逆格子は、結晶構造解析において非常に重要な概念であり、結晶の直接格子 (direct lattice) とは別の、関連する空間(逆空間 (reciprocal space) と呼ばれます)における格子です。具体的には、結晶の構造やX線回折現象を記述するために導入されます。
定義と関係:
- 逆格子は、基底ベクトル a*、b*、c* によって定義される空間です。この空間はフーリエ空間 (Fourier space) とも呼ばれます。
- 逆空間のベクトルは、逆長さの次元を持ちます (例: Å⁻¹)。
- 逆格子ベクトル h (h = ha* + kb* + lc*) は、直接格子の面と密接な関係があります。具体的には、ベクトル h は直接格子の特定の面(ベクトル1/ha, 1/kb, 1/lcで単位胞ベクトルを横断する面)の法線の方向を持ち、その大きさ ⎪h⎪ はその面から原点までの距離 d の逆数に等しくなります (d = 1/⎪h⎪)。この性質が、算術的な計算において平面の記述よりもベクトルの使用を有利にし、逆格子を導入する理由となります。
- 逆格子ベクトルの定義式(数学的厳密性)$$\mathbf{a^*} = \frac{\mathbf{b} \times \mathbf{c}}{V}, \quad \mathbf{b^*} = \frac{\mathbf{c} \times \mathbf{a}}{V}, \quad \mathbf{c^*} = \frac{\mathbf{a} \times \mathbf{b}}{V}$$
ここで $${V = \mathbf{a} \cdot (\mathbf{b} \times \mathbf{c})}$$
回折における役割:
- X線回折実験は、逆格子を基に記述することができます。
- 回折は、エワルド球 (Ewald sphere) 上に、結晶の格子面に対応する逆格子ベクトル h が乗るときに起こります。
- すべての回折斑点(diffraction spots)は、逆空間における格子ベクトル h に割り当てることができます。
- 逆格子ベクトル h は、結晶中の回折を記述する上で支配的な役割を果たします。
構造因子との関連:
- 構造因子 (Structure Factor) F(b) は、逆空間の関数です。その引数である b (または結晶学では通常 h と表記される) は、逆格子ベクトルを表します。
- 実験では回折X線の強度 I が測定されますが、I は構造因子の絶対値(構造振幅 ⎪F(b)⎪)の二乗に比例します (I(b) ∼ ⎪F(b)⎪²)。
- 回折実験から得られるのは構造振幅 ⎪F(b)⎪ のみであり、構造因子の位相 ϕ(b) を直接得ることはできません。これが結晶構造解析の中心的な課題である位相問題 (phase problem) です。
実験的な観測:
- フィルム法 (回転法、ワイゼンベルグ法、プリセッション法) は、逆格子の層や断面を視覚化するのに用いられました。回転写真では層線が逆格子の層に対応し、プリセッション写真では歪みのない逆格子の像が得られます。
- フィルム上の回折斑点の位置や距離から、逆格子定数 (a*, b*, c*, α*, β*, γ*) を推定し、それから直接格子の格子定数を計算することができました。
- 現代の自動回折計(点検出器や面積検出器)は、特定の逆格子点 (hkl) における回折強度を自動的に測定します。
制限球と解像度:
- 特定の波長 λ のX線では、逆格子ベクトル h の大きさが 2/λ より小さい、すなわち半径 2/λ の球の内部にある逆格子点のみが回折を起こし観測可能です。この球は制限球 (limiting sphere) と呼ばれ、逆空間に存在します。
- 制限球の半径 (2/λ) は、回折実験の解像度 (resolution) の限界を定めます。高い解像度(小さいd値)は、逆空間でより原点から離れた(⎪h⎪が大きい)回折点を観測することに対応します。波長の短いMoKα線はCuKα線よりも制限球が大きくなり、より高解像度のデータを収集できます。最小面間隔(解像度) \( d_{\min} \) は、 \( \theta = 90^\circ \) のとき \( \lambda/2 \) となります。
対称性と消滅則:
- 逆格子には、結晶の対称性に対応した強度対称性 (intensity symmetry) が現れます。フリーデルの法則 (Friedel's law) は、異常分散など特別な場合を除き、I(h) = I(-h) であることを示しており、X線回折が常に中心対称であることを意味します。これにより、観測すべき独立な反射は制限球の半分に減ります。
- 独立な反射の集合(非対称単位 (asymmetric unit))は、逆空間内の特定の領域に存在し、結晶のラウエ群(Laue group)によって定義されます。
- 結晶の並進対称要素(すべり面やらせん軸)は、逆空間の特定の hkl において、回折強度が系統的にゼロになる現象を引き起こします。これは系統的消滅 (systematic extinctions) と呼ばれ、フィルム上では特定の回折斑点が消えたり、ディフラクトメーターデータでは非常に弱い強度として観測されたりします。系統的消滅は、すべり面と鏡面、回転軸とらせん軸を区別するのに役立ち、空間群 (space group) の決定に不可欠な情報を提供します。KAMTRAの例では、00l反射のl=2n+1が消滅していることから、c方向の2₁らせん軸の存在が示され、空間群の決定に利用されました。
単位胞の内容と密度:
- 逆格子の単位胞の体積 V* は、直接格子の単位胞の体積 V の逆数 (V* = 1/V) に等しいです。
- 格子定数から計算される単位胞の体積 V は、単位胞あたりの分子数 Z やX線密度 ρx の計算に用いられます。
原子変位パラメーター:
- 原子の熱運動や位置の乱れを示す変位パラメーター(以前は温度因子と呼ばれていました)は、逆格子ベクトル h の成分 (h, k, l) と逆格子定数 (a*, b*, c*, α*, β*, γ*) を含む式で表現されます。これは、回折強度に対するこれらの効果を補正するために用いられます。
要するに、逆格子は、X線回折実験で直接観測される回折斑点と、結晶の原子配置という直接空間の情報との橋渡しをする概念です。回折パターンを逆空間で解釈することで、結晶の基本的な情報(対称性、単位胞のサイズと形状)が得られ、最終的に原子の電子密度分布を導出するための構造因子が得られます(ただし位相問題の解決が必要)。