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2025年5月24日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0237~

論文のタイトル: Unlocking regioselectivity: steric effects and conformational constraints of Lewis bases in alkyllithium-initiated butadiene polymerization

著者: Jian Tang, Yuan Fu, Jing Hua,* Jiahao Zhang, Shuoli Peng
and Zhibo Li 
雑誌名: Chemical Science
巻: Volume 15, Issue 48, 20493-20502
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC05144K

背景

1: 研究の背景

      • アニオン重合は、均一な分子量分布を持つポリマー合成に不可欠な方法であり、共役ジエンの重合に広く利用されています。
      • アニオン重合においては、ポリマーの微細構造、特に位置選択性(1,2-対1,4-構造ユニットの比率)を制御することが重要です。
      • アルキルリチウムはジエンのアニオン重合で最も一般的かつ広く使用される開始剤です。
      • 非極性溶媒中では、アルキルリチウム開始の1,3-ブタジエン重合は高い1,4-選択性を示しますが、ルイス塩基の添加により1,2-選択性へとシフトします
      • ジエチルエーテル、THF、TMEDA、1,2-ジピペリジルエタン(DiPip)などが一般的なルイス塩基として使用され、重合選択性に大きく影響します。

      2: 既存の手法

      • 過去50年間、ルイス塩基が位置選択性に影響を与える主な要因は電子的効果であるという仮説が有力でした。
      • この理論は、ルイス塩基が連鎖末端アリルカルバニオンの電荷分布を変化させ、ガンマ炭素(γ-炭素)の電子密度を高めることで1,2-付加を促進するというものです。
      • 高い極性溶媒(例: THF)で高い1,2-構造が得られることは、この理論で部分的に説明できます。
      • しかし、微量のTMEDA添加で1,2-含量が著しく増加するなど、既存の理論では説明できない実験現象も観察されています。
      • 特に、構造が非常に類似しているにも関わらず、1,2-付加率に大きく異なる影響を与えるルイス塩基の存在は、既存の理論に疑問を投げかけています。

      3: 研究の目的

      • 本研究では、これらの既存の理論を綿密に再検証し、強みと弱みを明らかにしました。
      • 未解決の問題を解決するため、活性種の構造をX線単結晶回折で分析し、新しいモデルを提案しました。
      • この新しいモデルに基づいて、立体障害がブタジエン重合の位置選択性に影響を与える主要なメカニズムであるという考えを導入しました。
      • さらに、「立体配座の制約」という概念を適用し、環状構造を持つルイス塩基による1,2-選択性の向上を説明しました。
      • これらの新しい知見に基づき、マイルドな条件下で100%に近い1,2-選択性を達成する効率的なルイス塩基を設計・合成することを目的としました。

      方法

      • 本研究では、既存理論の検証と新モデルの提案・検証のために複数の実験手法を組み合わせました。
      • in situ NMR分光法13C-NMR、1H-NMR、2H-NMR)を用いて、連鎖末端の電荷分布や活性種の異性体比率を分析しました。
      • 同位体標識研究(重水素標識)を実施し、連鎖末端の電荷分布に関する知見を得ました。 
      • X線単結晶回折により、活性種モデル化合物(アリルリチウム-ルイス塩基錯体)の固相構造を決定しました。
      • 密度汎関数理論(DFT)計算を用いて、連鎖成長遷移状態のエネルギー障壁をシミュレーションしました。
      • ルイス塩基の立体障害を定量的に評価するために、SambVcaプログラムを使用し、立体配座変化のエネルギー障壁も計算しました。

      結果

      1: 主要な結果
      • in situ 13C-NMRおよび重水素標識(2H-NMR)の結果、ルイス塩基の添加に関わらず、連鎖末端の負電荷は主にアルファ炭素(α-炭素)に集中していることが示されました。
      • ガンマ炭素(γ-炭素)の電子密度(13C-NMR化学シフトで評価)と1,2-選択性との間に明確な相関は観察されませんでした。
      • 電子的効果は1,2-付加の向上に約30-40%しか寄与せず、その寄与は異なるルイス塩基間でほぼ一定でした。
      • この結果は、ルイス塩基の電子的効果が位置選択性を決定する唯一の要因ではないことを示唆しています。

      2: 構造解析結果

      • X線単結晶回折により、活性種モデル化合物(錯体6a)は単核の歪んだ四面体構造をとることが明らかになりました。
      • ルイス塩基(6 DiPip)はキレート配位子としてLi+に二座配位し、アリルアニオンはη3-配位モードでLi+に配位していました。
      • DFT計算により、1,2-プロパゲーションのエネルギー障壁は、ルイス塩基の種類に関わらず、1,4-プロパゲーションよりも一貫して約1-3 kcal mol1低いことが示されました。
      • 遷移状態理論によれば、これは1,2-プロパゲーションが1,4-プロパゲーションより10-100倍速いことを示唆しており、高い1,2-ユニット含量と一致します.

      3: 機構解析結果

        • DFT計算によるメカニズム解析では、1,4-付加の遷移状態において、モノマーがルイス塩基配位子に1,2-付加の場合よりも接近し、より大きな立体障害に直面することが示されました。
        • ルイス塩基の立体障害(percent buried volumes)と1,2-選択性との間に有意な相関が観察されました。
        • ルイス塩基の立体配座変化のエネルギー障壁が高いほど、ポリマー中の1,2-ユニット含量が高くなるという相関が発見されました。
        • 特に、新しく設計・合成したルイス塩基11 iPrDiPzは、室温で99.8%以上の1,2-選択性を達成し、従来の最高のルイス塩基(6 DiPip)を凌駕しました。

        考察

        1: 主要な発見

          • 主要な発見として、ルイス塩基によるブタジエン重合の位置選択性は、電子的効果だけでなく、立体障害によっても決定的に影響されることが明らかになりました。
          • この立体障害メカニズムは、1,4-付加の遷移状態ではモノマーがルイス塩基配位子に接近するため、立体的にかさ高いルイス塩基が存在すると1,4-付加のエネルギー障壁が高くなることに起因します。
          • その結果、1,4-付加が妨げられ、相対的にエネルギー障壁の低い1,2-付加が優位に進むことになります。
          • in situ NMR研究によると、電子的効果は1,2-選択性の向上に約30-40%寄与しますが、これは異なるルイス塩基間でほぼ一定であり、立体的な違いが選択性の大きな変動の主因であることを示しています.

          2: 主要な発見の重要性

              • 「立体配座の制約」という概念は、一部のルイス塩基が期待される立体障害効果から逸脱する理由を説明します。
              • 4 TEEDAや7 DiAzeのようなルイス塩基は、エチル基やアゼパニル基のC–C結合回転による立体配座の柔軟性が高く、1,4-付加に適した形状に調整できてしまうため、1,2-選択性が低下します。
              • 対照的に、6 DiPipのような立体配座変化の障壁が高いルイス塩基は、その剛性の高さから1,4-付加に適した形状に調整しにくいため、1,2-選択性が向上します。
              • 新しく合成されたルイス塩基群(8-11)を用いた実験は、立体配座変化障壁の高さが1,2-ユニット含量と強く相関することを示し、この理論を強力に支持しています。

              3: 主要な発見の意味

              • 本研究の別な重要な発見は、高い1,2-選択性を示すルイス塩基が、1,4-ユニット中のトランス-1,4/シス-1,4比率も高める傾向があることです。
              • これは、ルイス塩基による立体効果が、1,2-/1,4-選択性と同様に、シス/トランス-1,4分布にも影響を与えるために生じます。
              • シン-アリル活性種(トランス-1,4を生成)は、アンチ-アリル活性種(シス-1,4を生成)に比べて、かさ高いルイス塩基が存在する際により少ない空間を必要とすることがDFT計算で示されました。
              • in situ 2H-NMRによる分析でも、体積が大きく立体配座の制約が大きいルイス塩基ほど、シン-活性種の割合が高くなることが確認され、これも立体効果によるものと考えられます。

              4: 先行研究との比較

              • 本研究は、ルイス塩基による位置選択性制御において、立体障害と立体配座の制約が決定的な役割を果たすことを明確にしました。
              • これは、過去数十年にわたる「溶媒極性理論」や「電子的効果理論」といった先行研究の知見の上に成り立っていますが、それだけでは説明できなかった現象に新しい視点を提供します。
              • 電子的効果が全く重要でないわけではなく、1,2-選択性の向上に約30-40%寄与しますが、ルイス塩基の種類による選択性の大きな違いは主に立体効果に起因することが示されました。
              • ただし、重合温度やルイス塩基の配位能力など、他の要因もポリマーの微細構造に影響を及ぼす可能性は否定できません。
              • 本理論を応用する上では、ルイス塩基がアリルリチウムと安定で効果的な錯体を形成することが必要です。配位が弱い場合、ルイス塩基は影響を与えません。

              結論

                  • 本研究は、アルキルリチウム開始ブタジエンアニオン重合におけるルイス塩基の位置選択性制御機構を解明し、立体障害と立体配座の制約が決定的な要因であることを明らかにしました。
                  • この新しい理解は、1,4-付加の遷移状態におけるルイス塩基配位子とモノマー間の立体干渉が大きいことで、1,2-付加が促進されるという機構に基づいています。
                  • また、ルイス塩基が存在する場合のトランス-1,4およびシス-1,4ユニットの分布についても、立体効果によるものとして初めて説得力のある説明を提供しました。
                  • これらの知見を活かして設計された新規ルイス塩基11は、ブタジエン重合で99.8%を超える前例のない1,2-選択性を達成し、高温でも優れた性能を維持しました。
                  • 本研究は、アニオン重合における触媒設計において、電子的効果に加え、立体および立体配座の制御が非常に強力な戦略であることを示唆しています。

                  将来の展望

                          • ルイス塩基の配位能力と立体効果・立体配座の制約との相互作用をさらに詳細に探求することが考えられます。

                          用語集

                          • アニオン重合 (Anionic Polymerization): 活性末端がアニオンである連鎖重合の一種。「リビング重合」や「制御重合」といった特徴を持つ。
                          • 位置選択性 (Regioselectivity): モノマーの異なる付加様式(例: ブタジエンの1,2-付加または1,4-付加)の選択性を制御する能力。
                          • 立体選択性 (Stereoselectivity): 重合中に形成される立体中心(例えば、1,2-ユニットのキラル中心)の配置を制御する能力。アニオン重合では通常制御が難しい。
                          • ルイス塩基 (Lewis Base): 電子対供与体として働く化学種。アニオン重合では「極性修飾剤」または「極性添加剤」とも呼ばれる。
                          • アルキルリチウム (Alkyllithium): アルキル基とリチウムからなる有機金属化合物。アニオン重合の開始剤として広く用いられる.
                          • 1,4-付加 (1,4-addition): 共役ジエンが重合する際に、モノマーの1位と4位で結合が形成される様式。結果としてポリマー主鎖に内部二重結合(シス-1,4またはトランス-1,4)が導入される.
                          • 1,2-付加 (1,2-addition): 共役ジエンが重合する際に、モノマーの1位と2位で結合が形成される様式。結果としてポリマー主鎖にビニル側鎖が導入される.
                          • 連鎖末端アリルアニオン (Chain-end allylic carbanion): 重合が進行しているポリマー鎖の末端にある、アリル基に負電荷を持つアニオン活性種.
                          • アルファ炭素 (α-carbon): 連鎖末端アリルアニオンにおいて、リチウムに最も近い炭素.
                          • ガンマ炭素 (γ-carbon): 連鎖末端アリルアニオンにおいて、リチウムから最も遠い端の炭素.
                          • DFT計算 (Density Functional Theory Calculation): 分子や材料の電子構造、エネルギー、反応経路などを理論的に計算する手法.
                          • 遷移状態 (Transition State): 化学反応において、反応物から生成物へと変化する際に経由する、最もエネルギーが高い不安定な状態.
                          • 立体障害 (Steric Hindrance): 分子内の原子や基の物理的な大きさや空間的な配置が、反応の進行や分子の形状に影響を与える効果.
                          • 立体配座の制約 (Conformational Constraint): 分子内の特定の結合の回転などが制限されることで、分子がとれる形状(立体配座)が限られること.

                            TAKE HOME QUIZ

                            1. アルキルリチウム開始ブタジエン重合における位置選択性に関する、ルイス塩基の役割についての従来の支配的な仮説は何でしたか?
                            2. この論文が、その仮説に加えて位置選択性に重要な役割を果たすと明らかにした新たな要因は何ですか?
                            3. この論文で提案されている、ルイス塩基の「立体障害」が1,4-付加よりも1,2-付加を促進するメカニズムについて説明してください。
                            4. ルイス塩基の持つ「配座拘束」(conformational constraint)という概念は、どのように特定のルイス塩基(例:6 DiPipや新しく開発された11)の1,2-選択性を高めるのに寄与しますか?
                            5. 高い1,2-選択性を示すルイス塩基は、ポリブタジエンの1,4-ユニットにおけるシス-1,4とトランス-1,4の分布にどのように影響する傾向がありますか?
                            6. 論文ではその理由は何だと説明されていますか?

                            解答

                            1. 過去50年間、ルイス塩基は主に「電子効果」を通じて位置選択性に影響を与えるという仮説が支配的でした。この理論では、ルイス塩基が連鎖末端のアリルカルバニオンの電荷分布を変化させ、γ-炭素の電子密度を増加させることで1,2-付加を促進すると考えられていました。別の視点としては、ルイス塩基が活性種をアンチ異性体からシン異性体へ移行させ、1,2-ポリブタジエンの生成を促進するという説もありました。アルキルリチウム開始ブタジエン重合において、非極性溶媒中では高い1,4-選択性を示しますが、ルイス塩基の添加によって1,2-選択性へとシフトします。

                            2. この論文の研究は、これらの従来の理論だけでは説明できない実験現象があることを指摘しています。本研究では、従来の電子効果に加えて、「立体障害」(steric hindrance)が位置選択性に決定的な役割を果たすことを明らかにしました。さらに、ルイス塩基の「配座拘束」(conformational constraint)という概念も、特定のルイス塩基の高い1,2-選択性を説明する上で重要な要因であると述べています。

                            3. この論文で提案されているメカニズムは、活性種のX線単結晶回折研究 およびDFT計算 に基づいています。活性種は、ルイス塩基がリガンドとしてリチウムイオンに配位したポリブタジエニルリチウムの錯体であると考えられています。立体障害が1,2-付加を促進するメカニズムは、1,4-付加の遷移状態においてモノマーがルイス塩基リガンドと空間的に接近し、大きな立体干渉が生じるためです。DFT計算の結果は、1,4-付加のエネルギー障壁が1,2-付加のエネルギー障壁よりも高い傾向にあることを示しています。特に、1,4-付加の遷移状態では、モノマーがリガンドに近接することで、1,2-付加の遷移状態よりも大きな立体障害に直面します。この立体干渉により1,4-付加が阻害され、相対的にエネルギー障壁が低い1,2-付加が優位に進むため、1,2-選択性が高まります。

                            4. 「配座拘束」の概念は、ルイス塩基の立体障害に加えて、位置選択性に影響を与える重要な要素として導入されています。ルイス塩基が持つ配座変化のしやすさ(柔軟性)が1,2-選択性に影響します。例えば、4 TEEDAや7 DiAzeのようなルイス塩基は、エチル基やアゼパニル基のC–C結合の内部回転が可能であるため、配座の柔軟性が高いです。この柔軟性により、1,4-付加時の高い立体障害に対応するために配座を調整することが比較的容易になり、結果として1,2-選択性が低下します。対照的に、6 DiPipのようなルイス塩基は、シクロヘキシル基の配座変化障壁が高く、剛性が高いです。これにより、1,4-モノマー付加に有利な配座への調整が困難になります。新しく開発されたルイス塩基11 iPrDiPzは、C–N(iPr)–C構造により剛性が非常に高く、配座変化障壁が最も高いことが示されています。この高い配座拘束効果により、11は1,4-付加に有利な配座をとることが極めて難しくなり、その結果、他のルイス塩基よりもはるかに高い、ほぼ100%に近い1,2-選択性を達成します

                            5. この論文では、高い1,2-選択性を示すルイス塩基は、ポリブタジエンの1,4-ユニットにおいて、トランス-1,4ユニットの比率を高める傾向があるという興味深い現象が観察されています。

                            6. この現象は、1,2-選択性と同様に、シス-1,4とトランス-1,4の分布も「立体効果」によって支配されているためであると論文では説明されています。DFT計算および2H-NMRによる活性種の分析から、かさ高いルイス塩基が存在する場合、シス-1,4ユニットを生成する「C字型」のアンチ型アリル活性種よりも、トランス-1,4ユニットを生成する「ジグザグ型」のシン型アリル活性種の方が立体障害が少ないことが示されています。したがって、立体障害の大きいルイス塩基は、シン型活性種の生成を促進し、これがトランス-1,4ポリブタジエンユニットの形成につながると結論付けられています。つまり、ルイス塩基の立体障害は、1,2-選択性を高めるだけでなく、1,4-ユニット中のトランス-1,4選択性も同時に高める効果があるということです。

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