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ひょんなことから、特集号のゲストエディターを務めることになりました。 Surfaces | Special Issue : Nanocarbons: Advances and Innovations オープンアクセス(OA)ジャーナルのため、掲載料(およそ27万円)が必要です。ま...

2025年7月22日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0243~

論文のタイトル:  Pronounced electronic modulation of geometrically-regulated metalloenediyne cyclization

著者: Sarah E. Lindahl, Erin M. Metzger, Chun-Hsing Chen, Maren Pink, and Jeffrey M. Zaleski*
雑誌名: Chemical Science
巻: Vol. 16, Issue 1, pp. 255-279
出版年: 2025
DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc05396f

背景

1: エンジインとその反応性

  • エンジイン(1,5-ジイン-3-エン機能性)は、30年以上前に発見された生物活性を持つ天然物です。
  • その独特な環化反応性は、正宗とバーグマンによってそれより10年以上前に記述されました。
  • 現在までに、14種類のエンジインと5種類の環化化合物が構造的に特徴づけられています。
  • 第2世代のカリケアマイシン抗体薬物複合体(マイロターグとベスポンサ)は、2017年にFDA承認され、急性骨髄性白血病やリンパ性白血病に対し低ナノモルからピコモルの活性を示しました。
  • ニコラウらは、自発的な環化が発生する臨界距離(d: 3.2~3.31 Å)を提唱し、シュライナーはこれを2.9~3.4 Åに拡張しました。
  • 金属フラグメントとの複合化は、結合したエンジイン基質を活性化する動的なプラットフォームを提供します。

2: 未解決の課題

  • 多くの天然エンジインは、室温で反応が速すぎるため、直接的な薬剤としての利用が困難です。
  • 反応性を微調整できる合成アナログの配列は、まだ十分に確立されていません。
  • エンジインユニットが自然界で果たす役割は、まだ完全に定義されていません。
  • 研究者は、1,5-ジイン-3-エンユニットの基本的な反応性を決定する幾何学的および電子的構造パラメーターを十分に理解し、活用するに至っていません。
  • 金属によって幾何学的に変調されたエンジインフレームワークへの電子的影響に関する報告例は少ない。

3: 研究の目的

  • 本研究は、未探索のホスフィン末端の電子的修飾が、室温での正宗・バーグマン環化の動力学を加速または遅延させる可能性を調査することを目的としています。
  • 多様な熱安定性ホスフィンエンジイン配位子(dxpeb)を用いて、新規なシスプラチン様Pt(II)メタロエンジイン(3, Pt(dxpeb)Cl2)の合成を目指しました。
  • これらの複合体が、熱的正宗・バーグマン環化動力学にユニークな電子的摂動をもたらすことを示します。
  • 幾何学的に剛直なフレームワークにおいて、離れた位置でのエンジイン機能化が活性化障壁に顕著な影響を与えることを実証します。
  • 本研究は、幾何学的および電子的制御メカニズムを選択的に融合させ、熱的に安定な構造の反応性を高める、または自発的に反応する分子を安定化させることを目指します。
  • これにより、歴史的な臨界距離の下限に位置する分子構造も結晶化して詳細に構造を解明し、あるいは本来反応性であるはずの分子が電子的な均衡によって長時間安定化されることを可能にします。

方法

1: 研究デザイン

  • 本研究では、様々な機能化ホスフィンエンジイン配位子(1a1h)と、その白金(II)複合体(3a3g)の合成と特性評価を行いました。
  • ホスフィン酸化物アナログ(2a2h)も合成され、基底状態でのアルキン電荷分布を実験的に調べるためのモデル系として利用されました。
  • メタロエンジインの環化生成物への変換は31P NMR分光法を用いて溶液中の動力学的研究として監視されました。
  • 密度汎関数理論(DFT)計算が、反応プロファイル、活性化障壁、分子軌道をモデル化し、電子的制御のメカニズムを視覚化するために利用されました。

2: 化合物選択と合成

  • 熱的に安定なホスフィンエンジイン配位子(dxpeb)の多様な配列が合成され、アリール置換基(Ph, Ph-pOCH3, Ph-pCF3, Ph-m2CH3, Ph-m2CF3)とアルキル置換基(iPr, Cy, tBu)の両方を含んでいます。
  • これらの配位子は、一連の正方平面型白金(II)複合体であるPt(dxpeb)Cl2 (3a3h) の合成に使用され、明確に定義された幾何学的フレームワークを提供しました。
  • 複合体3e (Ph-m2CF3)と3f (iPr)は結晶構造解析により、その構造とアルキン末端間距離が確認されました。
  • 置換基(電子供与性基と電子求引性基)の選択は、熱的正宗・バーグマン環化への影響を理解することを目的としました。

3: 測定と解析

  • 配位子と複合体の熱的安定性と環化温度は、示差走査熱量測定(DSC)によって測定されました。
  • 選定された配位子(1d, 1e, 2d, 2e)および白金複合体(3e, 3f, 5d)のアルキン末端間距離は、X線結晶構造解析によって決定されました。
  • 正宗・バーグマン環化の溶液中での動力学的活性化パラメーター(速度定数および活性化自由エネルギーΔG)は、31P NMR分光法を用いて正確に測定されました。
  • 配位子の電子的特性は、31P NMR化学シフト(ホスフィンの塩基性)および13C NMR化学シフト(アルキン炭素の分極)を用いて調査されました。
  • 計算化学(DFT)分析は、反応プロファイル、活性化障壁、フロンティア分子軌道(FMO)の視覚化、および自然結合軌道(NBO)電荷分析を通じて、電子的制御の起源を詳細に調査するために使用されました。

4: データ処理と計算手法

  • 動力学的研究では、1,4-シクロヘキサジエンを100倍過剰に用い、擬一次反応条件を確立しました。
  • 速度定数は、線形性の高い一次速度プロット(R2 > 0.98)から得られました。
  • 活性化自由エネルギー(ΔG)は、標準的なアイリングプロットから算出されました。
  • DFT計算では、(U)BPW91汎関数と6-31G**基底関数系が使用され、遷移金属原子にはLANL2DZ擬ポテンシャルが適用されました。
  • 開殻ジラジカル中間体は、スピン非制限アプローチを用いて計算されました。
  • 振動数計算は、基底状態と遷移状態の構造がそれぞれ極小点と一次鞍点に収束していることを確認し、室温での零点エネルギー補正を提供するために実施されました。
  • 溶媒和の効果を考慮するため、クロロホルム中での溶媒和単一点エネルギー計算はPCMモデルを用いて行われました。

結果

1: 幾何学的特徴と熱的安定性

  • 複合体3eと3fは、Pt(dxpeb)Cl2 構造として初めて結晶学的に特徴付けられました
  • それらのアルキン末端間距離は非常に短く(3e: 3.13 Å; 3f: 3.10 Å)、これは自発的な室温環化の臨界距離範囲(ニコラウ: 3.2–3.31 Å; シュライナー: 2.9–3.4 Å)の下限に位置します。
  • 異なる電子的プロファイルにもかかわらず、これらのメタロエンジインは剛直で均一な構造をとり、幾何学的寄与と電子的寄与が直交している可能性を示唆します。
  • 金属導入による錯体形成により、遊離配位子と比較してジラジカル生成への熱的活性化障壁が劇的に低下し、室温での容易な環芳香族化の可能性を示しています。
  • DSC分析の結果、アリール置換メタロエンジインの環化温度は、電子供与性置換基が電子求引性置換基に置き換わるにつれて上昇することが示されました。例えば、3eは236 °Cで環化し、他の誘導体(106-177 °C)よりも著しく高い温度でした。

2: 正宗・バーグマン環化の反応速度

  • 31P NMR分光法による解析の結果、これらのPt(II)メタロエンジインの正宗・バーグマン環化速度は劇的に変化することが明らかになりました。
  • 25 °Cにおいて、3a3gの環化の半減期(t1/2)は最大約35時間にも及ぶ範囲を示し、様々な電子供与性および電子求引性置換基による顕著な熱的チューニング可能性が示されました。
  • アリールホスフィン誘導体では、電子供与性置換基(3b, 3d)を持つ複合体の環芳香族化速度は、電子求引性置換基(3c, 3e)を持つ複合体と比較して10~30倍速いことが判明しました。
  • この傾向は、活性化自由エネルギー(ΔG)データにも反映されており、アリール置換メタロエンジイン系列全体で活性化障壁が約2.6 kcal mol−1変化しました。
  • 一般的に、アルキル置換基はアリール置換基よりも遅い環化速度と高い活性化障壁を示します。

3: 電子的構造と活性化障壁の関係

  • ホスフィン酸化物配位子(2a2e)の13C NMRシフトは、アルキン炭素が極性を持ち、ホスフィンに隣接する炭素(CA)がより電子豊富なことを示しています。
  • 電子求引性置換基を持つ配位子は、電子供与性置換基を持つ配位子よりも高度に分極しています。
  • メタロエンジイン(3a3e)の計算された基底状態(GS)および遷移状態(TS)構造のNBO電荷分析により、電子求引性置換基を持つ複合体は、アルキンフラグメント間のより大きなクーロン反発を示すことが明らかになりました。
  • この反発の増加は、正宗・バーグマン環化のより高い活性化障壁と相関していました。
  • 逆に、電子供与性基を持つ複合体は、より小さな双極子相互作用エネルギーと低い活性化障壁を示しました。

考察

1: 反応性の精密制御

  • 本研究は、Pt(dxpeb)Cl2複合体において、幾何学的および電子的制御メカニズムを選択的に融合できることを明確に示しています。
  • これらの複合体は、自発的な環化を示唆するアルキン末端間距離(3.10-3.13 Å)を持つにもかかわらず、置換基の電子的性質に応じて環化の半減期が大きく(0.6~35時間)変動します。
  • この劇的な熱的チューニング可能性は、ホスフィンエンジイン配位子の様々な電子供与性および電子求引性置換基を用いた遠隔機能化によって達成されました。
  • 本研究の結果は、電子供与性置換基が正宗・バーグマン環化を加速し、電子求引性基がそれを遅延させることを示しており、これは直接的なアルキン機能化に関するこれまでのパラダイムとは逆の傾向です。

2: 構造均一性と電子的寄与

  • Pt(II)との複合化は、メタロエンジイン複合体にほぼ均一で剛直に定義された構造をもたらします。
  • この構造の均一性により、正宗・バーグマン環化への幾何学的影響が最小限に抑えられ、電子的効果のより明確な解析が可能になりました。
  • 計算分析は、メタロエンジインとその遷移状態間の幾何学的差異が最小限であることを確認し、電子的再編成が環化速度を決定する主要因であるという提案を裏付けています。
  • この研究は、幾何学的に剛直なフレームワークにおいて、たとえ遠隔でのエンジイン機能化であっても、活性化障壁に顕著な影響を及ぼすことを実証しています。

3: 電子効果の複雑な様相

  • 非環式エンジインに関する以前の研究(Schmittel、Schreiner)では、アルキン末端の電子求引性置換基が、電子-電子反発を減少させることで活性化障壁を低下させると示されていました。
  • 本研究では、アリールホスフィン複合体(3a3e)において、電子供与性置換基(3b, 3d)が電子求引性置換基(3c, 3e)よりも環化を加速するという、このパラダイムに反する結果が得られました。
  • この一見矛盾する結果は、本システムにおけるPtCl2フラグメントと絶縁性ヘテロ原子(P)の存在という追加の複雑性に起因すると考えられます。
  • この複雑性により、これらの構造の電子構造が全体的に多様化し、遠隔の置換基が予測と異なる電子的影響を及ぼすことが示唆されます。

4: 軌道混合と分極の役割

  • NBO電荷分析は、電子求引性基がアルキン炭素(CA-CB双極子)の分極を増加させ、遷移状態における対向するアセチレン部分間のより大きなクーロン反発につながり、活性化障壁を増加させることを示しています。
  • 対照的に、電子供与性基は分極を減少させ、より低い障壁をもたらします。
  • さらに、電子供与性置換基は、アセチレンのπ軌道、ホスフィンに結合したアリール環系(低エネルギーのpσ特性を持つ)、およびPtCl2ラグメント間の実質的なπ軌道混合を促進します。
  • この軌道混合は、生成中のC–C結合と遷移状態を顕著に安定化させ、活性化障壁を低下させ、より速い環化速度をもたらします。電子求引性基の場合、軌道エネルギーのミスマッチのため、この混合はほとんど起こりません。

5: 研究の限界点

  • DSCによる固体状態の環化温度と溶液相での動力学を直接比較することは、相の違いにより困難です。
  • 13C NMRを用いた基底状態でのアルキン電荷分布の調査は、長時間の測定時間が必要なため無差別に適用できるわけではない。
  • 複合体3g(アルキル置換基)では副生成物が観察され、ジラジカル中間体が内部C–H結合と自己消光している可能性があり、アルキル構造の律速段階がアリール系とは異なる可能性を示唆しています。
  • 擬一次反応条件を確保するため1,4-シクロヘキサジエンを100倍過剰に用いましたが、ベンゼン環を持つエンジインの場合、H原子供与体の濃度依存性が影響する可能性があります。

結論

    • 本研究は、史上初の二価白金ホスフィンエンジイン複合体の単離と特性評価に成功しました。これらの複合体は、幾何学的な構造が類似しているにもかかわらず、置換基の電子的性質によって環化の半減期が大きく(約0.6~35時間)異なることを実証しました。
    • この幾何学的に反応性の高いフレームワークの安定化、および環化速度の制御における電子機能化が主要な駆動力であることが明らかになりました。
    • この電子的変調は、主に以下の2つの現象に起因します。1) アルキン炭素間の差動分極(電子求引性基によって増強され、環芳香族化を阻害)と、2) 顕著な軌道混合(電子供与性基によって促進され、遷移状態を安定化)です。

    将来の展望

                    • これらの新しいパラメーターは、エンジインの反応性範囲を従来の限界をはるかに超えて拡大し、活性化障壁をこれまでにないレベルで制御できることを示唆しています。
                    • 本研究は、ジラジカル利用の領域をさらに進展させるために、創造的な構造操作を奨励します。

                    TAKE HOME QUIZ

                    • 質問1:バーグマン環化とは何ですか?また、この論文で述べられているように、エンジインはなぜ生物学的に重要なのでしょうか?

                    • 質問2:この論文で合成された新規Pt(II)メタロエンジイン錯体 (3eおよび3f) は、結晶構造解析により、自発的な環化が起こるとされる臨界距離(3.2~3.31 Å)を下回るアルキン末端間距離を示しました。しかし、なぜこれらの錯体の中には、予想されるよりも安定なものがあったのでしょうか?その原因は何だと説明されていますか?

                    • 質問3:アリールホスフィン置換メタロエンジイン (3a–3e) のバーグマン環化速度について、電子供与基 (EDG) と電子求引基 (EWG) はそれぞれどのような影響を与えましたか?また、計算分析(NBO電荷分析やフロンティア分子軌道(FMO)の解析)に基づいて、この電子制御の起源は何だと説明されていますか?

                    • 質問4:論文では、Pt(II)ホスフィンエンジインジクロリド錯体(3a~3g)を合成する際に、反応条件の最適化が必要であったと述べられています。特に、3a、3b、3dが−20 °Cで約48時間で著しく分解したのに対し、3c、3e〜3gは約10日間安定であったのはなぜですか?

                    解答

                    1. バーグマン環化は、1,5-ジイン-3-エン骨格の珍しい環化反応であり、反応性の高い1,4-フェニルジラジカル種を生成します。エンジインは、カリケアマイシン(Mylotarg、Besponsa)などの天然物として発見され、その独特の環化反応性が生物学的効力、特にがん治療薬としての抗腫瘍活性に関与しているため、生物学的に重要です。
                    2. 錯体3e (アルキン末端間距離 3.13 Å) と3f (3.10 Å) は、ニコラウらが提唱した臨界距離(3.2~3.31 Å)およびシュライナーらが拡張した範囲(2.9~3.4 Å)内にあるにもかかわらず、特に3eは他の誘導体と比較して著しく高い環化温度(236 °C)を示しました。これは、幾何学的な影響と電子的な影響が直交しているためだと説明されています。Pt(II)への錯化によってアルキン末端間距離が大幅に短縮され、構造がほぼ均一で剛直に定義されるため、幾何学的な影響が最小化されます。その結果、配位子骨格上の電子的置換がバーグマン環化の活性化障壁に劇的な影響を与えることが明らかになりました。特に、電子求引基を持つ錯体は、熱的に敏感な電子供与基を持つ錯体と比較して、安定性が高いことが示されています。
                    3. アリールホスフィン置換メタロエンジイン (3a3e) の場合、電子供与基 (EDG) を持つ錯体 (3b: Ph-pOCH3; 3d: Ph-m2CH3) はバーグマン環化を加速させ、電子求引基 (EWG) を持つ錯体 (3c: Ph-pCF3; 3e: Ph-m2CF3) は環化を遅延させました。例えば、3dの環化速度は、類似の3eの30倍以上速いことが示されています。この電子制御の起源は、主に以下の2つの現象に由来すると説明されています: 
                      •  アルキン炭素の分極とクーロン反発の増幅: NBO電荷分析により、アルキン炭素間の電荷差が、in-plane π-系全体の分極に寄与していることが明らかになりました。電子求引基を持つ錯体はアルキンの分極が大きく、遷移状態でのアルキン断片間のクーロン反発が増加し、これが環化障壁を高める原因となります。
                      • π-軌道の混合と遷移状態の安定化: 電子供与基を持つ錯体では、in-plane π-軌道とホスフィンアリール環系、さらにはPtCl2 断片との間のπ-軌道の混合が顕著であり、これが発達中のC-C結合を安定化させ、活性化障壁を低下させます。一方で、電子求引基を持つ錯体では、軌道エネルギーのミスマッチにより、このπ-軌道の混合はごくわずかです。
                    4. これは、配位子のアリール環に電子供与基を持つメタロエンジイン (3a、3b、3d) は、電子求引基を持つ錯体 (3c、3e) よりも熱的に敏感であることを示唆しています。実験的な動力学研究のデータもこの観察と一致しており、電子供与基を持つ錯体は室温で非常に速い環化反応を示し、測定のためにはより低温で実験を行う必要がありました。例えば、3bは室温で非常に速く環化するため、20 °C以下でしか正確な速度評価ができませんでした。これは、電子供与基が環化を促進し、その結果、安定性が低下することを裏付けています。対照的に、電子求引基を持つ錯体(3c3e)はより遅い環化速度を示し、結果として安定性が高くなります。

                    2025年7月4日金曜日

                    Catch Key Points of a Paper ~0242~

                    論文のタイトル:  Water as a Reactant: DABCO-Catalyzed Hydration of Activated Alkynes for the Synthesis of Divinyl Ethers水を反応物として:DABCO触媒による活性アルキンの水和反応を用いたジビニルエーテルの合成

                    著者: Raquel Diana-Rivero, David S. Rivero, Alba García-Martín, Romen Carrillo*, David Tejedor*
                    雑誌名: The Journal of Organic Chemistry
                    巻: Vol. 89, Issue 20, pp. 15068–15074
                    出版年: 2024
                    DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01815

                    背景

                    1: 水と有機合成の可能性

                    • 有機合成において、水は溶媒としてだけでなく、酸素源、プロトン源、ヒドロキシル基源として多岐にわたる用途があります。
                    • 酸または金属触媒によるアルキンの水和反応でケトンが得られるのは、その代表的な例の一つです。
                    • 研究グループは、活性アルキンへの求核剤の塩基触媒付加反応(ヒドロキシル-イン、アミノ-イン、チオール-インなど)に豊富な経験を持っています。
                    • これらの反応で、微量の水が存在すると、通常は望ましくない副生成物である二重付加生成物(化合物3)が少量観察されることがあります。

                    2: 未解決の課題

                    • アルキンへの水の塩基触媒付加反応は、文献における前例がほとんどなく、末端活性アルキンへの付加の例もごくわずかです。
                    • 水は求核性が比較的低く、α,β-不飽和系に対する良好なマイケル供与体としては知られていません。
                    • 最近、活性アルキンへの水付加反応の応用例が報告されましたが、この反応性の基礎は「完全に無視され、未研究のまま」でした。
                    • 既存のわずかなデータには「不正確で誤解を招く」ものがあると考えています。

                    3: 研究目的

                      • この反応の可能性を認識し、その反応範囲と限界を明らかにするために本研究を開始しました。
                      • 本研究の目的は、簡潔かつ強力な有機触媒による水と入手しやすい末端活性アルキンとの反応を解明することです。
                      • 具体的には、以前は望ましくない微量生成物として観察されていた化合物3(ジビニルエーテル)の生成を最大化することを目指しました。
                      • この反応は、完全な原子経済性でジビニルエーテルを生成し、新しいアミド含有化合物の合成にも成功しました。

                      方法

                      1: 反応の最適化と触媒の選択

                      • この化学変換を完全に理解し、最適化プロセスに必要な手順を認識するため、第三級アミンによって活性化されたアルキンのメカニズムサイクルを詳細に検討しました。
                      • 触媒量の適切なアミンがアルキンに付加し、双性イオンIを生成し、これは初期種よりもはるかに強い塩基となります。
                      • 反応の効率をさらに理解し向上させるため、様々な反応パラメータを検討しました。
                      • 他の第三級アミン(Et3N, NMM, DMAP)が効果的でなかったのに対し、DABCO(1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン)は本反応において群を抜いて最高の触媒であることが判明しました。

                      2: 溶媒と反応条件の選定

                      • 溶媒の選択も非常に重要であり、ジビニルエーテル(化合物3a)の効率的な生成には含水ジクロロメタンが最良でした。
                      • プロピオールエステルやアルキノンには含水ジクロロメタン、プロピオールアミドには含水アセトニトリルを使用しました。
                      • 水のジクロロメタンへの溶解度が低いため、高濃度では反応に必要な水が不足し、低濃度(0.08 M)で反応させることで化合物3aの生成が向上しました。
                      • 触媒量は10%が最適であり、それよりも少ない量または多い量では反応性が阻害されました。

                      3: 基質と分析手法

                      • 異なる電子求引性基を持つ様々な活性アルキン(エステル、ケトン、アミド)の適用可能性を検討しました。
                      • 生成物の同定と純度確認には、1H NMR、13C NMR、高分解能質量分析(HRMS)を用いました。
                      • 二重結合の立体化学は、J結合定数(E体は約12 Hz、Z体は約7 Hz)に基づいて決定されました。
                      • 反応収率はNMRで、内部標準としてMe3SiSiMe3を使用して測定しました。

                      結果

                      1: 触媒と溶媒の最適化

                      • DABCOは、ジビニルエーテル(3a)の生成において、他の第三級アミン(Et3N, NMM, DMAP)と比較して圧倒的に優れた触媒効果を示しました
                      • 最適化された条件(DCM中0.08 M、10 mol% DABCO)で、メチルプロピオレートから92%の収率でジビニルエーテル3aが得られました
                      • ベンゼンでは二量体4aの生成が競合し、酢酸エチルやジエチルエーテルでは反応が非常に遅く、アセトニトリルやTHF、水自体は不適切な溶媒でした。
                      • これはDABCOのアルキンへの初期付加が溶媒に大きく依存することを示唆しています。

                      2: 多様な活性アルキンへの適用

                      • 脂肪族エステルを有するアルキンからは、高い収率で目的のジビニルエーテルが得られました(例:87-94%)。
                      • 芳香族エステルを有するアルキンは、副生成物の生成により中程度の収率(60-65%)でした。
                      • 芳香族アルキノンからは、優れた収率で目的のジビニルエーテルが得られました(例:90-93%)。
                      • 脂肪族アルキノンからは、別の副生成物の生成により中程度の収率(50-54%)でした.

                      3: プロピオールアミドの特殊条件と安定性

                      • プロピオールアミドは反応性が低いものの、含水アセトニトリル中でDABCOを25 mol%、反応時間を5時間に増やすことで、優れた収率(88-99%)で目的のジビニルエーテルが得られました
                      • この合成プロセスはグラムスケールでも効率が維持されることが確認され、実用性が高いことが示されました。
                      • プロピオールエステルやプロピオールアミド由来のジビニルエーテルは比較的安定でしたが、アルキノン由来の製品は酸に弱く、シリカゲルへの長時間の暴露やわずかに酸性の重水素化クロロホルム中でも分解することが判明しました

                      考察

                      1: ジビニルエーテル合成の意義

                      • 本研究は、入手容易な活性アルキンに水を付加し、ジビニルエーテルを効率的に合成する実用的で原子経済性の高い手法を確立しました
                      • この反応はDABCOによって触媒され、プロピオールエステルおよびアルキノンには含水ジクロロメタンが、プロピオールアミドには含水アセトニトリルが最適です。
                      • 機構的には、触媒量のDABCOがアルキンに付加して双性イオンIを生成し、これが反応媒質中の水によってプロトン化されることが重要です。
                      • これまでの研究で望ましくない副生成物として扱われていたジビニルエーテル(化合物3)の生成を意図的に最大化することに成功しました。

                      2: 反応性と選択性

                      • 形成される二重結合の立体化学は、主にまたは排他的に(E)配置であることが確認されました。これは、活性アルキンへの求核付加に関する既存の報告と一致しています。
                      • DABCOが他の第三級アミンよりも優れた触媒能を示すのは、その高い求核性に起因すると考えられます。
                      • 溶媒の選択が反応効率に極めて重要であり、これはDABCOのアルキンへの最初の付加に大きく影響すると示唆されています。
                      • ジクロロメタン中の水の溶解度が低いため、高濃度条件下では反応に必要な水が不足し、これが収率に影響を与える要因となります。

                      3: 先行研究との比較と新規性

                      • DABCOの触媒活性に関する知見は、アルコールと活性アルキンの付加反応に関する以前の報告と一致しています [7, 9a]。
                      • 水が有機合成の溶媒または有用な試薬として使用される例は多数報告されています [2, 1a, 1b]。
                      • しかし、THFを良い溶媒(54%収率)と報告した先行研究[3g]に対し、本研究ではTHFで繰り返し低い収率しか得られず、THFはこの反応の最適な溶媒ではないことを明確に示しました
                      • 本研究は、ジビニルエーテル化合物が求核剤によって選択的に分解可能であることを実証しました。これは、応答性システムや分解性ポリマーの開発において非常に有用な特性であり、以前は詳しく研究されていなかった側面です。

                      4: 研究の限界と今後の展望

                      • 芳香族エステルおよび脂肪族アルキノンを基質とした場合、それぞれ副生成物5および6の形成により、収率が中程度にとどまりました。
                      • アルキノン由来のジビニルエーテルは酸に弱く、単離や取り扱いに特別な注意が必要です。
                      • プロピオールアミドは、触媒の1,4-求核付加に対する受容性が低く、反応性が劣るため、より多くの触媒、水、そして長時間の反応が必要でした。
                      • ジビニルエーテルが選択的に分解可能であることを示しましたが、この特性の応用範囲や詳細なメカニズムについてはさらなる研究が必要です。

                      結論

                      • 本研究は、DABCO触媒を用いた活性アルキンの水和反応により、ジビニルエーテルを効率的かつ実用的に合成する手法を確立しました
                      • プロピオールエステルおよびアルキノンには含水ジクロロメタン、プロピオールアミドには含水アセトニトリルが最適な溶媒であることが明らかになりました。
                      • この研究により、アミド基を持つものなど、これまで知られていなかった新規ジビニルエーテル化合物へのアクセスが可能になりました
                      • また、これらのジビニルエーテル化合物が選択的に分解可能であることを実証した。

                      将来の展望

                                    • X-イン重合や応答性分子システムにおける新たな研究のきっかけとなることが期待されます。

                                    TAKE HOME QUIZ

                                    1. 主要な反応と生成物 この論文で報告されている主要な反応は何ですか、またその主要な生成物は何ですか?

                                    2. 最適な触媒 この反応に最も効率的な触媒として特定されたのは何ですか?

                                    3. 最適な溶媒条件 反応効率を最大化するために、以下のアルキンタイプに対してそれぞれどの溶媒が推奨されていますか? 

                                    • a. プロピオル酸エステルとアルキノン 
                                    • b. プロピオールアミド

                                    4. 塩基触媒反応の新規性 アルキンの塩基触媒による水和がこれまでの文献でほとんど前例がないのはなぜですか?

                                    5. 生成物の立体化学 形成される二重結合の立体化学は主にどのようなもので、それは何によって確認されましたか?

                                    6. 生成物の安定性 生成物であるジビニルエーテルは、その出発物質の種類によって安定性がどのように異なりますか?

                                    7. 生成物の応用可能性 この論文で合成されたジビニルエーテルは、どのような興味深い特性や応用可能性について言及されていますか?

                                    解答

                                    1. この論文では、活性化アルキンへの水の付加反応が報告されています。この反応の主要な生成物は、ジビニルエーテルです。
                                    2. 研究の結果、DABCO (1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン)が、検討されたすべての第三級アミンの中で最も優れた、そして最も効率的な触媒であることが明確に示されています。これはDABCOの高い求核性に起因すると考えられます。
                                    3. a. プロピオル酸エステルとアルキノンには、含水ジクロロメタンが最適な溶媒として見出されています。 b. プロピオールアミドには、含水アセトニトリルが推奨されています。
                                    4. 水は求核性が非常に低く、α,β-不飽和系との反応において優れたマイケル供与体とは知られていないため、アルキンへの塩基触媒による水の付加はこれまでほとんど前例がありませんでした。
                                    5. 形成される二重結合の立体化学は主にまたは排他的に(E)配置であり、これは活性化アルキンへの求核付加に関するこれまでの報告と一致しています。立体化学の割り当ては、J結合定数に基づいて行われました。E体では約12 HzZ体では約7 Hzでした。
                                    6. プロピオル酸エステルおよびプロピオールアミドから得られるジビニルエーテルは非常に安定であり、単離過程で特別な注意は必要ありませんでした。一方、アルキノンから得られる生成物(3h-k)は酸に敏感であり、わずかに酸性の重水素化クロロホルムや、シリカゲルへの長時間の曝露によって分解します。これらの化合物のNMRスペクトルは、残留酸の問題を防ぐために、水酸化ナトリウムペレットで前処理された重水素化ベンゼンまたは重水素化クロロホルムで記録されました。
                                    7. 一部のジビニルエーテルは以前から興味深い光学的特性を示すことが知られており、この研究によりアミド基を持つ新しい化合物へのアクセスが得られたため、これらの特性に関するさらなる研究の道が開かれました。これらのジビニルエーテル化合物が選択的に分解可能であることも証明されており、これは応答性システム や分解性ポリマー の開発にとって非常に有用な特性であると期待されています。実際、モデル化合物3aはチオラートの存在下でビニルスルフィド8aを生成することが示されました。