Dr. Indrajit Ghoshのグループが光触媒に興味のあるポスドク募集中

2025年7月27日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0244~

論文のタイトル: Straightforward computational determination of energy-transfer kinetics through the application of the Marcus theory

著者: Albert Solé-Daura and Feliu Maseras*
雑誌名: Chemical Science
巻: Vol. 15, Issue 34, pp. 13650-13658
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC03352C

背景

1: 光触媒作用の可能性

  • エネルギー移動(EnT)光触媒作用は、合成化学に革命をもたらす可能性を秘めています。
  • この技術により、通常では反応しない「非発色性化合物」の励起状態反応性を間接的に活性化できます。
  • これにより、従来の基底状態経路ではアクセスできない貴重な分子骨格の合成が可能になります。
  • 光触媒作用は、太陽光という再生可能エネルギー源を活用し、社会の持続可能性目標に貢献します。

2: 未解明な領域と課題

  • EnT光触媒作用は将来性が高いにもかかわらず、計算化学の分野ではまだ未開拓の領域が広範に残されています。
  • このメカニズムに関する知識の不足が、構造活性相関設計ルールの開発を妨げています。
  • 結果として、EnT光触媒作用の成功は、多くの場合コストのかかる実験的な試行錯誤に依存しています。
  • この研究は、このギャップを埋めるため、古典的マーカス理論とDFT計算の応用を検討することを目的としています。

3: 研究の目的

  • 本研究は、より洗練された手法に代わる費用対効果が高く、使いやすい計算手法として、古典的マーカス理論の可能性を体系的に検証しました。
  • 特に、アルケンの間接的な増感に関する詳細な実験的データ(GilmourおよびKerzigらの報告)を堅牢な参照値として活用しました。
  • また、「非対称」マーカス理論の変形を初めて応用し、従来の仮定からのずれを考慮しました。
  • 本手法がEnTの自由エネルギー障壁を非常に高い精度で予測できることを示し、計算化学分野の研究を促進することを目指します。

方法

1: 計算的手法のアプローチ

  • 本研究では、古典的なマーカス理論密度汎関数理論(DFT)計算と組み合わせて適用しました。
  • この手法は、反応物と生成物の状態間に電子カップリングがないと仮定する純粋に古典的なマーカス理論の変形を使用します。
  • これは、電子カップリングを明示的に含む半古典的なマーカス理論に比べて、計算コストが高い複雑な量子効果の考慮を避けることができます。
  • これにより、EnTプロセスの速度論を推定するための簡便な戦略が提供されます。

2: 研究対象の選定

  • 本研究では、Gilmour、Kerzigらのグループが報告した、光触媒(PC)によるアルケン(基質1-4)の間接的な増感に関する詳細な運動学的調査データを実験的参照として利用しました。
  • 主に、芳香族ケトンであるチオキサントン(TX)を光触媒として用いて、アルケン1-4の増感プロセスを調査しました。
  • 加えて、イリジウム(III)ベースおよびルテニウム(II)ベースの遷移金属光触媒を用いて、基質3のEnT反応性も分析しました。
  • これらの光触媒は、それぞれ異なる三重項状態エネルギー反応性を持つことが知られています。

3: 評価項目と測定

  • 主要な評価項目として、エネルギー移動(EnT)のギブズ自由エネルギー障壁(ΔG)を算出しました。
  • これらの計算値は、実験的に決定された反応速度定数からアイリング方程式を用いて導出された実験障壁と比較されました。
  • マーカス理論の適用に必要なパラメータとして、反応ギブズ自由エネルギー(ΔG°r再配列エネルギー(λ)をDFT計算によって求めました。
  • 再配列エネルギーは、反応物(λR)と生成物(λP)のそれぞれのエネルギー曲面上で個別に計算され、特にその違いが重視されました。

4: 計算の詳細

  • DFT計算は、B3LYP-D3BJレベルの理論で実施され、Gaussian 16量子化学計算パッケージを使用しました。
  • 分子の構造最適化と振動数計算には、典型元素にはcc-pVDZ基底関数系を、IrおよびRu金属中心にはLANL2DZ(f)基底関数系および擬ポテンシャルを使用しました。
  • 電子エネルギーは、最適化された構造に対して、より広範な基底関数系を用いた一点計算によって補正されました。
  • 溶媒効果は、アセトニトリルのIEF-PCM暗黙的溶媒和モデルを用いて導入されました。
  • マーカス理論の計算には、対称モデル(kR = kP非対称モデル(kR ≠ kP)の両方を使用し、その性能を比較しました。

結果

1: マーカス理論の精度

  • 本アプローチは、EnTプロセスにおける自由エネルギー障壁を高い精度で推定する顕著な能力を示しました。
  • 実験値との典型的誤差は2 kcal mol−1未満であり、平均絶対誤差(MAE)は1.2 kcal mol−1でした。
  • 特に、非対称マーカス理論は、対称アプローチよりも実験値に近い自由エネルギー障壁を一貫して与えました。
  • これは、反応物と生成物の再配列エネルギーに顕著な差(平均で31 kcal mol−1)があること、特に励起アルケンのビラジカルな性質により生成物側の曲面がより平坦であることに起因します。

2: TXによるアルケンの増感

  • TX(チオキサントン)とアルケン1-4の間のすべてのEnTプロセスは、熱力学的に有利(ΔG°r < 0)であることが確認されました。
  • 高度に共役した二重結合を持つ基質(234Z)は、ラジカルの非局在化が促進されるため、最も有利な反応自由エネルギーを示しました。
  • 基質1-3については、理論的に導出された速度定数が実験値と良好な一致を示し、EおよびZ異性体の増感における実験的選択性傾向を再現しました。
  • 微小速度論モデルを用いることで、光定常状態におけるE:Z比の実験的選択性傾向を定性的に再現できることが示されました。

3: アルケン4と遷移金属PC

  • 基質4の場合、計算されたEnT障壁が非常に低く(4Eで1.0 kcal mol−14Zで2.5 kcal mol−1)、EnT速度がEnTプロセス自体ではなく拡散によって支配されていることが示唆されました。
  • 拡散障壁は通常3~4 kcal mol−1のオーダーであり、これが実験的に決定された障壁の高さと4Eおよび4Zの類似した速度論を説明します。
  • イリジウム(III)ベースの光触媒についても、非対称マーカス方程式は非常に正確なEnT自由エネルギー障壁の推定を提供しました。
  • すべてのIr(III)系PCは基質を増感することに成功しましたが、ルテニウム(II)は不活性であり、これはその三重項エネルギーがアルケンへのEnTを許容するには不十分であったためとされます。

考察

1: 主要な発見とその意義

  • 本研究は、古典的マーカス理論とDFT計算の組み合わせが、EnTプロセスの自由エネルギー障壁を推定するための信頼性の高いツールであることを明確に示しました。
  • 特に、反応物と生成物の自由エネルギー曲線の幅が異なる場合に適用される非対称マーカス理論は、実験値と比較して平均誤差1.2 kcal mol−1と非常に高い精度を提供します。
  • これは、励起状態のアルケンがビラジカル種としての特性を持ち、その生成物状態のポテンシャルエネルギー曲面が反応物よりも著しく平坦であるという分子レベルの洞察に基づいています。
  • このアプローチは、複雑で計算コストの高い量子効果や電子カップリングの明示的な計算を回避できるため、実用的かつ費用対効果の高いEnT反応予測戦略となります。

2: 光触媒の設計指針

  • 高い共役度を持つアルケンは、増感時に形成されるラジカルの非局在化が促進されるため、熱力学的に有利なEnTプロセスを示します。
  • 電子効果と立体効果のバランスが取れた「スイートスポット」が存在し、これが最適なEnT速度をもたらす可能性があります。
  • しかし、EnT障壁が非常に低い場合(例:基質4)、EnTプロセス自体が律速段階ではなく、むしろ光触媒と基質の拡散が全体の速度を支配することが明らかになりました。
  • この洞察は、EnT光触媒反応における効率と選択性を最適化するための重要な設計指針を提供します.

3: 先行研究との比較

  • マーカス理論は1956年に電子移動(SET)速度論の基礎的な説明として提案され、ノーベル化学賞も受賞した確立されたアプローチです。
  • 本研究は、この確立されたマーカス理論の枠組みEnTプロセスに拡張し、その有効性を定量的かつ体系的に実証しました。
  • これまで、EnTプロセスへのマーカス理論の適用は、電子カップリングの複雑な考慮が必要なため、あまり探求されていませんでした。
  • 本研究は、簡便な古典的マーカス理論が、定性的な傾向だけでなく、定量的な予測においても高い精度を持つことを示し、先行研究のギャップを埋めました。

4: 重要な影響因子

  • 遷移金属ベースの光触媒に関する分析は、光触媒の三重項状態エネルギーがEnTプロセスの速度論を決定する重要な要因であることを再確認しました。
  • しかし、光触媒の再配列エネルギーも、障壁の高さに大きな影響を与えることが示されました。例えば、TXやMeOTXの再配列エネルギーがIrベースの光触媒よりも小さいため、同様の三重項エネルギーを持つにもかかわらず、より速く基質を増感します。
  • Ru(II)が不活性であった一方でIr(III)-Aが活性であったという実験結果は、光触媒の励起状態寿命や、EnTプロセスと競合する無生産的な基底状態への緩和プロセスの重要性を示唆しています。

5: 研究の限界

  • 計算によって得られた生成物分布の定量的な精度は、計算精度の限界(通常1-2 kcal mol−1)内にあり、さらなる調整が必要な場合があります。
  • EnT障壁の高さだけでなく、光触媒の光吸収能力、励起状態の寿命、そしてEnT自由エネルギーを決定する三重項エネルギーの精度など、他のパラメータも慎重に評価する必要があります。
  • 特に、競合する副次的なプロセス(光触媒の無生産的な基底状態への緩和、三重項-三重項消滅、光触媒の分解など)が発生しうる高障壁のEnTプロセスを分析する際には、より注意深い評価が不可欠です。

結論

  • 本研究は、マーカス理論とDFT計算の組み合わせが、エネルギー移動(EnT)プロセスの自由エネルギー障壁を正確に推定するための信頼性の高い実用的なツールであることを支持しました。
  • 特に、「非対称」マーカス理論の適用は、励起されたアルケンのビラジカルな性質を考慮することで、高い予測精度を提供することが示されました。
  • この費用対効果の高い計算プロトコルは、実験作業の効率化のための未踏の計算スクリーニングを可能にし、構造-活性相関を解明することで、効率が向上した新規光触媒システムの戦略的設計への道を開きます。

将来の展望

                    • 本研究は、EnT光触媒作用という新興分野における実質的な進歩を促進し、さらなる計算研究を促進することが期待されます。
                    • これまでEnT光触媒の領域は「 largely uncharted area」であり、どの道が効率的な合成経路に通じるのか、手探りでしか進めませんでしたが、Marcus理論とDFT計算を組み合わせるという「非対称的なアプローチ」という新しい羅針盤と、その「高精度の地図」の精度を実験データで検証したことで、闇雲な試行錯誤を減らし、より効率的かつ論理的に、貴重な分子への近道を見つけられるようになり、未来の化学者は、より迅速に目的の「宝(分子骨格)」にたどり着くことができるようになる。

                    用語集

                    • EnT (Energy Transfer) photocatalysis (エネルギー移動光触媒作用): 光触媒が光を吸収して励起状態となり、そのエネルギーを別の分子(基質)に移動させ、基質を反応活性な励起状態にするプロセス。
                    • Marcus theory (マーカス理論): 電子移動反応やエネルギー移動反応の速度論を説明するために開発された理論。反応の自由エネルギー障壁を、反応自由エネルギーと再配列エネルギーの関数として予測する。
                    • DFT (Density Functional Theory) calculations (密度汎関数理論計算): 量子力学的手法の一つで、電子の密度に基づいて分子や材料の電子構造や特性を計算する。
                    • Photocatalyst (光触媒, PC): 光を吸収して励起状態となり、そのエネルギーを他の分子に移動させて化学反応を引き起こす物質。
                    • Alkene (アルケン): 少なくとも1つの炭素-炭素二重結合を持つ有機化合物。
                    • Gibbs free energy barrier (ΔG‡) (ギブズ自由エネルギー障壁): 化学反応が進行するために必要な最小限のエネルギー。この障壁が高いほど反応は遅くなる。
                    • Reorganization energy (λ) (再配列エネルギー): 電子移動またはエネルギー移動反応の際に、分子構造や周囲の溶媒が変化(再配列)するために必要なエネルギー。
                    • Ground-state pathways (基底状態経路): 反応物が安定した基底状態のままで進行する化学反応経路。
                    • Excited-state reactivity (励起状態反応性): 分子が光エネルギーを吸収して励起状態になったときに示す反応性。
                    • Non-chromophoric compounds (非発色性化合物): 可視光を直接吸収しない化合物。
                    • Triplet state (三重項状態): 分子の励起状態の一つで、2つの電子のスピンが平行になっている状態。比較的長寿命で、光触媒反応で重要な役割を果たす。
                    • Biradical species (ビラジカル種): 2つの非対電子を持つ分子種。アルケンの三重項状態がこれに該当する。
                    • Implicit solvation models (暗黙的溶媒和モデル): 溶媒分子を明示的に含まず、連続体として扱って溶媒効果を計算するモデル。

                    TAKE HOME QUIZ

                    問題1:エネルギー移動(EnT)光触媒とは何ですか?その合成化学における重要性と、非発色性化合物の励起状態反応性をどのように可能にするかを説明してください。

                    問題2:本研究の主な目的は何ですか?

                    問題3:Marcus理論はEnTプロセスにどのように適用されますか?また、本研究で検討されたEnT自由エネルギーバリア推定の2つの主なアプローチを述べ、それらの主な違いを説明してください。

                    問題4:なぜ「非対称的」Marcus理論アプローチが、アルケンの増感におけるEnT自由エネルギーバリアの推定により適しているのですか?

                    問題5:アルケン4Eおよび4Zの増感において、低いEnTバリアが予測されたにもかかわらず、実験的に類似の速度が観察されたのはなぜか?

                    問題6:EnT光触媒プロセスの実行可能性を安全に評価するために、EnTバリアの高さ以外に考慮すべき重要なパラメーターには何がありますか?

                    解答

                    1. EnT光触媒は、励起状態反応性を開拓し、通常は基底状態経路ではアクセスできない有用な分子骨格の合成ルートを開放する可能性を秘めています。この戦略は、非発色性化合物(光を吸収しにくい化合物)の励起状態反応性を間接的に増感することによって可能にします。典型的に、光触媒(PC)が光照射によって励起され、一重項励起状態から項間交差(ISC)を経て三重項状態(³PC*)に進化します。その後、この³PC*が基質を三重項-三重項EnTによって増感し、PCの基底状態を再生しながら、基質の三重項励起状態(T₁)を生成し、そこから反応が起こります。
                    2. 解答のポイント:本研究は、古典的なMarcus理論とDFT計算を組み合わせたアプローチが、EnTプロセスの速度論を推定するための簡便な戦略として有効であるかを検証することに焦点を当てています。特に、異なる光触媒とアルケン分子間のエネルギー移動ギブズエネルギー障壁を推定するための信頼できるツールとして密度汎関数理論が示されています。この研究は、EnT光触媒における構造活性相関と設計規則の開発を妨げていた計算化学における未開拓の領域のギャップを埋めることを目指しています。
                    3. 解答のポイント:Marcus理論は、元々電子移動(SET)の速度論を解明するために1956年に提唱されました。この理論は、反応物状態(GR(q))と生成物状態(GP(q))を記述する自由エネルギー盆地を、反応座標(q)上に投影された対称的な放物線関数として扱います

                      本研究では、以下の2つのアプローチが検討されました。

                      • 対称的アプローチ(Symmetric approach)
                        • これは最も一般的な仮定であり、反応物と生成物の両方の放物線が同じ幅(すなわち、kR = kP)を持つと仮定します。この場合、自由エネルギーバリア(ΔG)は、反応ギブズ自由エネルギー(ΔG°r)と再配列エネルギー(λ)から計算されます。λは、理想的にはλP = λR = λですが、計算上はλPλRの算術平均として決定されます。このアプローチはより大きな乖離を生じ、平均絶対誤差(MAE)は2.3 kcal mol⁻¹でした。
                      • 非対称的アプローチ(Asymmetric approach)
                        • このアプローチは、kRkP が大きく異なる場合(すなわち、放物線の幅が異なる場合)に対応するために導入されました。より洗練された解析式(式4)が使用され、λRλPおよびΔG°rをそれぞれ個別に組み込むことで、理想的な挙動からの逸脱を考慮します。このアプローチは、より正確なバリア推定値を提供し、MAEは1.2 kcal mol⁻¹でした。
                    4. 解答のポイント: 非対称的アプローチがより適しているのは、アルケンの励起状態が双極子種であるためです。増感されると、アルケンは元々の二重結合の二つの炭素原子を中心とする双極子を形成し、三重項状態ではC-C結合の二重結合特性が失われるため、約90°のねじれ角への回転に伴うエネルギー損失が著しく小さくなります。この結果、生成物状態の曲面は反応座標に沿って著しく平坦になります。計算された再配列エネルギー(λ)を見ると、反応物表面(λR)と生成物表面(λP)で大きく異なり、特に反応物表面で平均して約31 kcal mol⁻¹も大きくなっています。これは、生成物状態の曲面が反応物状態よりも湾曲が少ないことを示しており、この非対称性を考慮する非対称的アプローチが、より正確なバリア推定値(MAE 1.2 kcal mol⁻¹)を提供します。
                    5. 解答のポイント: これは、これらの基質のEnT速度がEnTプロセス自体によってではなく、拡散によって制御されていると仮定することで説明されます。計算された非常に低いバリア(それぞれ1.0 kcal mol⁻¹および2.5 kcal mol⁻¹)は、³TX*とアルケンを結合させるためのエントロピー支配のバリアが、EnTプロセスの固有のバリアよりも高いことを示唆しています。拡散バリアは通常3~4 kcal mol⁻¹のオーダーであるため、これが実験的に決定されたバリアの高さと、4E4Zで観察された類似の速度論(物理化学的性質が非常に似ているため、拡散速度が大きく変わるとは予想されない)を説明することができます。したがって、EnTステップが3 kcal mol⁻¹未満の自由エネルギーバリアで発生すると予測される場合、エントロピー的拡散バリアが全体の増感速度を制御していると考えるのが妥当です。
                    6. 解答のポイント: EnTバリアの高さに加えて、以下のパラメーターを慎重に評価する必要があります。

                      • 光触媒の光吸収能力
                      • 光触媒の励起状態寿命
                      • EnT自由エネルギーを決定する三重項エネルギーの精度
                      • 競合する副反応:これには、光触媒の基底状態への非生産的な緩和の他に、三重項-三重項アニヒレーションや、金属ベースの錯体における配位子の損失やチオキサントンなどの芳香族ケトンが関与する水素原子移動イベントによる光触媒の分解などが含まれます。

                    2025年7月22日火曜日

                    Catch Key Points of a Paper ~0243~

                    論文のタイトル:  Pronounced electronic modulation of geometrically-regulated metalloenediyne cyclization

                    著者: Sarah E. Lindahl, Erin M. Metzger, Chun-Hsing Chen, Maren Pink, and Jeffrey M. Zaleski*
                    雑誌名: Chemical Science
                    巻: Vol. 16, Issue 1, pp. 255-279
                    出版年: 2025
                    DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc05396f

                    背景

                    1: エンジインとその反応性

                    • エンジイン(1,5-ジイン-3-エン機能性)は、30年以上前に発見された生物活性を持つ天然物です。
                    • その独特な環化反応性は、正宗とバーグマンによってそれより10年以上前に記述されました。
                    • 現在までに、14種類のエンジインと5種類の環化化合物が構造的に特徴づけられています。
                    • 第2世代のカリケアマイシン抗体薬物複合体(マイロターグとベスポンサ)は、2017年にFDA承認され、急性骨髄性白血病やリンパ性白血病に対し低ナノモルからピコモルの活性を示しました。
                    • ニコラウらは、自発的な環化が発生する臨界距離(d: 3.2~3.31 Å)を提唱し、シュライナーはこれを2.9~3.4 Åに拡張しました。
                    • 金属フラグメントとの複合化は、結合したエンジイン基質を活性化する動的なプラットフォームを提供します。

                    2: 未解決の課題

                    • 多くの天然エンジインは、室温で反応が速すぎるため、直接的な薬剤としての利用が困難です。
                    • 反応性を微調整できる合成アナログの配列は、まだ十分に確立されていません。
                    • エンジインユニットが自然界で果たす役割は、まだ完全に定義されていません。
                    • 研究者は、1,5-ジイン-3-エンユニットの基本的な反応性を決定する幾何学的および電子的構造パラメーターを十分に理解し、活用するに至っていません。
                    • 金属によって幾何学的に変調されたエンジインフレームワークへの電子的影響に関する報告例は少ない。

                    3: 研究の目的

                    • 本研究は、未探索のホスフィン末端の電子的修飾が、室温での正宗・バーグマン環化の動力学を加速または遅延させる可能性を調査することを目的としています。
                    • 多様な熱安定性ホスフィンエンジイン配位子(dxpeb)を用いて、新規なシスプラチン様Pt(II)メタロエンジイン(3, Pt(dxpeb)Cl2)の合成を目指しました。
                    • これらの複合体が、熱的正宗・バーグマン環化動力学にユニークな電子的摂動をもたらすことを示します。
                    • 幾何学的に剛直なフレームワークにおいて、離れた位置でのエンジイン機能化が活性化障壁に顕著な影響を与えることを実証します。
                    • 本研究は、幾何学的および電子的制御メカニズムを選択的に融合させ、熱的に安定な構造の反応性を高める、または自発的に反応する分子を安定化させることを目指します。
                    • これにより、歴史的な臨界距離の下限に位置する分子構造も結晶化して詳細に構造を解明し、あるいは本来反応性であるはずの分子が電子的な均衡によって長時間安定化されることを可能にします。

                    方法

                    1: 研究デザイン

                    • 本研究では、様々な機能化ホスフィンエンジイン配位子(1a1h)と、その白金(II)複合体(3a3g)の合成と特性評価を行いました。
                    • ホスフィン酸化物アナログ(2a2h)も合成され、基底状態でのアルキン電荷分布を実験的に調べるためのモデル系として利用されました。
                    • メタロエンジインの環化生成物への変換は31P NMR分光法を用いて溶液中の動力学的研究として監視されました。
                    • 密度汎関数理論(DFT)計算が、反応プロファイル、活性化障壁、分子軌道をモデル化し、電子的制御のメカニズムを視覚化するために利用されました。

                    2: 化合物選択と合成

                    • 熱的に安定なホスフィンエンジイン配位子(dxpeb)の多様な配列が合成され、アリール置換基(Ph, Ph-pOCH3, Ph-pCF3, Ph-m2CH3, Ph-m2CF3)とアルキル置換基(iPr, Cy, tBu)の両方を含んでいます。
                    • これらの配位子は、一連の正方平面型白金(II)複合体であるPt(dxpeb)Cl2 (3a3h) の合成に使用され、明確に定義された幾何学的フレームワークを提供しました。
                    • 複合体3e (Ph-m2CF3)と3f (iPr)は結晶構造解析により、その構造とアルキン末端間距離が確認されました。
                    • 置換基(電子供与性基と電子求引性基)の選択は、熱的正宗・バーグマン環化への影響を理解することを目的としました。

                    3: 測定と解析

                    • 配位子と複合体の熱的安定性と環化温度は、示差走査熱量測定(DSC)によって測定されました。
                    • 選定された配位子(1d, 1e, 2d, 2e)および白金複合体(3e, 3f, 5d)のアルキン末端間距離は、X線結晶構造解析によって決定されました。
                    • 正宗・バーグマン環化の溶液中での動力学的活性化パラメーター(速度定数および活性化自由エネルギーΔG)は、31P NMR分光法を用いて正確に測定されました。
                    • 配位子の電子的特性は、31P NMR化学シフト(ホスフィンの塩基性)および13C NMR化学シフト(アルキン炭素の分極)を用いて調査されました。
                    • 計算化学(DFT)分析は、反応プロファイル、活性化障壁、フロンティア分子軌道(FMO)の視覚化、および自然結合軌道(NBO)電荷分析を通じて、電子的制御の起源を詳細に調査するために使用されました。

                    4: データ処理と計算手法

                    • 動力学的研究では、1,4-シクロヘキサジエンを100倍過剰に用い、擬一次反応条件を確立しました。
                    • 速度定数は、線形性の高い一次速度プロット(R2 > 0.98)から得られました。
                    • 活性化自由エネルギー(ΔG)は、標準的なアイリングプロットから算出されました。
                    • DFT計算では、(U)BPW91汎関数と6-31G**基底関数系が使用され、遷移金属原子にはLANL2DZ擬ポテンシャルが適用されました。
                    • 開殻ジラジカル中間体は、スピン非制限アプローチを用いて計算されました。
                    • 振動数計算は、基底状態と遷移状態の構造がそれぞれ極小点と一次鞍点に収束していることを確認し、室温での零点エネルギー補正を提供するために実施されました。
                    • 溶媒和の効果を考慮するため、クロロホルム中での溶媒和単一点エネルギー計算はPCMモデルを用いて行われました。

                    結果

                    1: 幾何学的特徴と熱的安定性

                    • 複合体3eと3fは、Pt(dxpeb)Cl2 構造として初めて結晶学的に特徴付けられました
                    • それらのアルキン末端間距離は非常に短く(3e: 3.13 Å; 3f: 3.10 Å)、これは自発的な室温環化の臨界距離範囲(ニコラウ: 3.2–3.31 Å; シュライナー: 2.9–3.4 Å)の下限に位置します。
                    • 異なる電子的プロファイルにもかかわらず、これらのメタロエンジインは剛直で均一な構造をとり、幾何学的寄与と電子的寄与が直交している可能性を示唆します。
                    • 金属導入による錯体形成により、遊離配位子と比較してジラジカル生成への熱的活性化障壁が劇的に低下し、室温での容易な環芳香族化の可能性を示しています。
                    • DSC分析の結果、アリール置換メタロエンジインの環化温度は、電子供与性置換基が電子求引性置換基に置き換わるにつれて上昇することが示されました。例えば、3eは236 °Cで環化し、他の誘導体(106-177 °C)よりも著しく高い温度でした。

                    2: 正宗・バーグマン環化の反応速度

                    • 31P NMR分光法による解析の結果、これらのPt(II)メタロエンジインの正宗・バーグマン環化速度は劇的に変化することが明らかになりました。
                    • 25 °Cにおいて、3a3gの環化の半減期(t1/2)は最大約35時間にも及ぶ範囲を示し、様々な電子供与性および電子求引性置換基による顕著な熱的チューニング可能性が示されました。
                    • アリールホスフィン誘導体では、電子供与性置換基(3b, 3d)を持つ複合体の環芳香族化速度は、電子求引性置換基(3c, 3e)を持つ複合体と比較して10~30倍速いことが判明しました。
                    • この傾向は、活性化自由エネルギー(ΔG)データにも反映されており、アリール置換メタロエンジイン系列全体で活性化障壁が約2.6 kcal mol−1変化しました。
                    • 一般的に、アルキル置換基はアリール置換基よりも遅い環化速度と高い活性化障壁を示します。

                    3: 電子的構造と活性化障壁の関係

                    • ホスフィン酸化物配位子(2a2e)の13C NMRシフトは、アルキン炭素が極性を持ち、ホスフィンに隣接する炭素(CA)がより電子豊富なことを示しています。
                    • 電子求引性置換基を持つ配位子は、電子供与性置換基を持つ配位子よりも高度に分極しています。
                    • メタロエンジイン(3a3e)の計算された基底状態(GS)および遷移状態(TS)構造のNBO電荷分析により、電子求引性置換基を持つ複合体は、アルキンフラグメント間のより大きなクーロン反発を示すことが明らかになりました。
                    • この反発の増加は、正宗・バーグマン環化のより高い活性化障壁と相関していました。
                    • 逆に、電子供与性基を持つ複合体は、より小さな双極子相互作用エネルギーと低い活性化障壁を示しました。

                    考察

                    1: 反応性の精密制御

                    • 本研究は、Pt(dxpeb)Cl2複合体において、幾何学的および電子的制御メカニズムを選択的に融合できることを明確に示しています。
                    • これらの複合体は、自発的な環化を示唆するアルキン末端間距離(3.10-3.13 Å)を持つにもかかわらず、置換基の電子的性質に応じて環化の半減期が大きく(0.6~35時間)変動します。
                    • この劇的な熱的チューニング可能性は、ホスフィンエンジイン配位子の様々な電子供与性および電子求引性置換基を用いた遠隔機能化によって達成されました。
                    • 本研究の結果は、電子供与性置換基が正宗・バーグマン環化を加速し、電子求引性基がそれを遅延させることを示しており、これは直接的なアルキン機能化に関するこれまでのパラダイムとは逆の傾向です。

                    2: 構造均一性と電子的寄与

                    • Pt(II)との複合化は、メタロエンジイン複合体にほぼ均一で剛直に定義された構造をもたらします。
                    • この構造の均一性により、正宗・バーグマン環化への幾何学的影響が最小限に抑えられ、電子的効果のより明確な解析が可能になりました。
                    • 計算分析は、メタロエンジインとその遷移状態間の幾何学的差異が最小限であることを確認し、電子的再編成が環化速度を決定する主要因であるという提案を裏付けています。
                    • この研究は、幾何学的に剛直なフレームワークにおいて、たとえ遠隔でのエンジイン機能化であっても、活性化障壁に顕著な影響を及ぼすことを実証しています。

                    3: 電子効果の複雑な様相

                    • 非環式エンジインに関する以前の研究(Schmittel、Schreiner)では、アルキン末端の電子求引性置換基が、電子-電子反発を減少させることで活性化障壁を低下させると示されていました。
                    • 本研究では、アリールホスフィン複合体(3a3e)において、電子供与性置換基(3b, 3d)が電子求引性置換基(3c, 3e)よりも環化を加速するという、このパラダイムに反する結果が得られました。
                    • この一見矛盾する結果は、本システムにおけるPtCl2フラグメントと絶縁性ヘテロ原子(P)の存在という追加の複雑性に起因すると考えられます。
                    • この複雑性により、これらの構造の電子構造が全体的に多様化し、遠隔の置換基が予測と異なる電子的影響を及ぼすことが示唆されます。

                    4: 軌道混合と分極の役割

                    • NBO電荷分析は、電子求引性基がアルキン炭素(CA-CB双極子)の分極を増加させ、遷移状態における対向するアセチレン部分間のより大きなクーロン反発につながり、活性化障壁を増加させることを示しています。
                    • 対照的に、電子供与性基は分極を減少させ、より低い障壁をもたらします。
                    • さらに、電子供与性置換基は、アセチレンのπ軌道、ホスフィンに結合したアリール環系(低エネルギーのpσ特性を持つ)、およびPtCl2ラグメント間の実質的なπ軌道混合を促進します。
                    • この軌道混合は、生成中のC–C結合と遷移状態を顕著に安定化させ、活性化障壁を低下させ、より速い環化速度をもたらします。電子求引性基の場合、軌道エネルギーのミスマッチのため、この混合はほとんど起こりません。

                    5: 研究の限界点

                    • DSCによる固体状態の環化温度と溶液相での動力学を直接比較することは、相の違いにより困難です。
                    • 13C NMRを用いた基底状態でのアルキン電荷分布の調査は、長時間の測定時間が必要なため無差別に適用できるわけではない。
                    • 複合体3g(アルキル置換基)では副生成物が観察され、ジラジカル中間体が内部C–H結合と自己消光している可能性があり、アルキル構造の律速段階がアリール系とは異なる可能性を示唆しています。
                    • 擬一次反応条件を確保するため1,4-シクロヘキサジエンを100倍過剰に用いましたが、ベンゼン環を持つエンジインの場合、H原子供与体の濃度依存性が影響する可能性があります。

                    結論

                      • 本研究は、史上初の二価白金ホスフィンエンジイン複合体の単離と特性評価に成功しました。これらの複合体は、幾何学的な構造が類似しているにもかかわらず、置換基の電子的性質によって環化の半減期が大きく(約0.6~35時間)異なることを実証しました。
                      • この幾何学的に反応性の高いフレームワークの安定化、および環化速度の制御における電子機能化が主要な駆動力であることが明らかになりました。
                      • この電子的変調は、主に以下の2つの現象に起因します。1) アルキン炭素間の差動分極(電子求引性基によって増強され、環芳香族化を阻害)と、2) 顕著な軌道混合(電子供与性基によって促進され、遷移状態を安定化)です。

                      将来の展望

                                      • これらの新しいパラメーターは、エンジインの反応性範囲を従来の限界をはるかに超えて拡大し、活性化障壁をこれまでにないレベルで制御できることを示唆しています。
                                      • 本研究は、ジラジカル利用の領域をさらに進展させるために、創造的な構造操作を奨励します。

                                      TAKE HOME QUIZ

                                      • 質問1:バーグマン環化とは何ですか?また、この論文で述べられているように、エンジインはなぜ生物学的に重要なのでしょうか?

                                      • 質問2:この論文で合成された新規Pt(II)メタロエンジイン錯体 (3eおよび3f) は、結晶構造解析により、自発的な環化が起こるとされる臨界距離(3.2~3.31 Å)を下回るアルキン末端間距離を示しました。しかし、なぜこれらの錯体の中には、予想されるよりも安定なものがあったのでしょうか?その原因は何だと説明されていますか?

                                      • 質問3:アリールホスフィン置換メタロエンジイン (3a–3e) のバーグマン環化速度について、電子供与基 (EDG) と電子求引基 (EWG) はそれぞれどのような影響を与えましたか?また、計算分析(NBO電荷分析やフロンティア分子軌道(FMO)の解析)に基づいて、この電子制御の起源は何だと説明されていますか?

                                      • 質問4:論文では、Pt(II)ホスフィンエンジインジクロリド錯体(3a~3g)を合成する際に、反応条件の最適化が必要であったと述べられています。特に、3a、3b、3dが−20 °Cで約48時間で著しく分解したのに対し、3c、3e〜3gは約10日間安定であったのはなぜですか?

                                      解答

                                      1. バーグマン環化は、1,5-ジイン-3-エン骨格の珍しい環化反応であり、反応性の高い1,4-フェニルジラジカル種を生成します。エンジインは、カリケアマイシン(Mylotarg、Besponsa)などの天然物として発見され、その独特の環化反応性が生物学的効力、特にがん治療薬としての抗腫瘍活性に関与しているため、生物学的に重要です。
                                      2. 錯体3e (アルキン末端間距離 3.13 Å) と3f (3.10 Å) は、ニコラウらが提唱した臨界距離(3.2~3.31 Å)およびシュライナーらが拡張した範囲(2.9~3.4 Å)内にあるにもかかわらず、特に3eは他の誘導体と比較して著しく高い環化温度(236 °C)を示しました。これは、幾何学的な影響と電子的な影響が直交しているためだと説明されています。Pt(II)への錯化によってアルキン末端間距離が大幅に短縮され、構造がほぼ均一で剛直に定義されるため、幾何学的な影響が最小化されます。その結果、配位子骨格上の電子的置換がバーグマン環化の活性化障壁に劇的な影響を与えることが明らかになりました。特に、電子求引基を持つ錯体は、熱的に敏感な電子供与基を持つ錯体と比較して、安定性が高いことが示されています。
                                      3. アリールホスフィン置換メタロエンジイン (3a3e) の場合、電子供与基 (EDG) を持つ錯体 (3b: Ph-pOCH3; 3d: Ph-m2CH3) はバーグマン環化を加速させ、電子求引基 (EWG) を持つ錯体 (3c: Ph-pCF3; 3e: Ph-m2CF3) は環化を遅延させました。例えば、3dの環化速度は、類似の3eの30倍以上速いことが示されています。この電子制御の起源は、主に以下の2つの現象に由来すると説明されています: 
                                        •  アルキン炭素の分極とクーロン反発の増幅: NBO電荷分析により、アルキン炭素間の電荷差が、in-plane π-系全体の分極に寄与していることが明らかになりました。電子求引基を持つ錯体はアルキンの分極が大きく、遷移状態でのアルキン断片間のクーロン反発が増加し、これが環化障壁を高める原因となります。
                                        • π-軌道の混合と遷移状態の安定化: 電子供与基を持つ錯体では、in-plane π-軌道とホスフィンアリール環系、さらにはPtCl2 断片との間のπ-軌道の混合が顕著であり、これが発達中のC-C結合を安定化させ、活性化障壁を低下させます。一方で、電子求引基を持つ錯体では、軌道エネルギーのミスマッチにより、このπ-軌道の混合はごくわずかです。
                                      4. これは、配位子のアリール環に電子供与基を持つメタロエンジイン (3a、3b、3d) は、電子求引基を持つ錯体 (3c、3e) よりも熱的に敏感であることを示唆しています。実験的な動力学研究のデータもこの観察と一致しており、電子供与基を持つ錯体は室温で非常に速い環化反応を示し、測定のためにはより低温で実験を行う必要がありました。例えば、3bは室温で非常に速く環化するため、20 °C以下でしか正確な速度評価ができませんでした。これは、電子供与基が環化を促進し、その結果、安定性が低下することを裏付けています。対照的に、電子求引基を持つ錯体(3c3e)はより遅い環化速度を示し、結果として安定性が高くなります。

                                      2025年7月4日金曜日

                                      Catch Key Points of a Paper ~0242~

                                      論文のタイトル:  Water as a Reactant: DABCO-Catalyzed Hydration of Activated Alkynes for the Synthesis of Divinyl Ethers水を反応物として:DABCO触媒による活性アルキンの水和反応を用いたジビニルエーテルの合成

                                      著者: Raquel Diana-Rivero, David S. Rivero, Alba García-Martín, Romen Carrillo*, David Tejedor*
                                      雑誌名: The Journal of Organic Chemistry
                                      巻: Vol. 89, Issue 20, pp. 15068–15074
                                      出版年: 2024
                                      DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01815

                                      背景

                                      1: 水と有機合成の可能性

                                      • 有機合成において、水は溶媒としてだけでなく、酸素源、プロトン源、ヒドロキシル基源として多岐にわたる用途があります。
                                      • 酸または金属触媒によるアルキンの水和反応でケトンが得られるのは、その代表的な例の一つです。
                                      • 研究グループは、活性アルキンへの求核剤の塩基触媒付加反応(ヒドロキシル-イン、アミノ-イン、チオール-インなど)に豊富な経験を持っています。
                                      • これらの反応で、微量の水が存在すると、通常は望ましくない副生成物である二重付加生成物(化合物3)が少量観察されることがあります。

                                      2: 未解決の課題

                                      • アルキンへの水の塩基触媒付加反応は、文献における前例がほとんどなく、末端活性アルキンへの付加の例もごくわずかです。
                                      • 水は求核性が比較的低く、α,β-不飽和系に対する良好なマイケル供与体としては知られていません。
                                      • 最近、活性アルキンへの水付加反応の応用例が報告されましたが、この反応性の基礎は「完全に無視され、未研究のまま」でした。
                                      • 既存のわずかなデータには「不正確で誤解を招く」ものがあると考えています。

                                      3: 研究目的

                                        • この反応の可能性を認識し、その反応範囲と限界を明らかにするために本研究を開始しました。
                                        • 本研究の目的は、簡潔かつ強力な有機触媒による水と入手しやすい末端活性アルキンとの反応を解明することです。
                                        • 具体的には、以前は望ましくない微量生成物として観察されていた化合物3(ジビニルエーテル)の生成を最大化することを目指しました。
                                        • この反応は、完全な原子経済性でジビニルエーテルを生成し、新しいアミド含有化合物の合成にも成功しました。

                                        方法

                                        1: 反応の最適化と触媒の選択

                                        • この化学変換を完全に理解し、最適化プロセスに必要な手順を認識するため、第三級アミンによって活性化されたアルキンのメカニズムサイクルを詳細に検討しました。
                                        • 触媒量の適切なアミンがアルキンに付加し、双性イオンIを生成し、これは初期種よりもはるかに強い塩基となります。
                                        • 反応の効率をさらに理解し向上させるため、様々な反応パラメータを検討しました。
                                        • 他の第三級アミン(Et3N, NMM, DMAP)が効果的でなかったのに対し、DABCO(1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン)は本反応において群を抜いて最高の触媒であることが判明しました。

                                        2: 溶媒と反応条件の選定

                                        • 溶媒の選択も非常に重要であり、ジビニルエーテル(化合物3a)の効率的な生成には含水ジクロロメタンが最良でした。
                                        • プロピオールエステルやアルキノンには含水ジクロロメタン、プロピオールアミドには含水アセトニトリルを使用しました。
                                        • 水のジクロロメタンへの溶解度が低いため、高濃度では反応に必要な水が不足し、低濃度(0.08 M)で反応させることで化合物3aの生成が向上しました。
                                        • 触媒量は10%が最適であり、それよりも少ない量または多い量では反応性が阻害されました。

                                        3: 基質と分析手法

                                        • 異なる電子求引性基を持つ様々な活性アルキン(エステル、ケトン、アミド)の適用可能性を検討しました。
                                        • 生成物の同定と純度確認には、1H NMR、13C NMR、高分解能質量分析(HRMS)を用いました。
                                        • 二重結合の立体化学は、J結合定数(E体は約12 Hz、Z体は約7 Hz)に基づいて決定されました。
                                        • 反応収率はNMRで、内部標準としてMe3SiSiMe3を使用して測定しました。

                                        結果

                                        1: 触媒と溶媒の最適化

                                        • DABCOは、ジビニルエーテル(3a)の生成において、他の第三級アミン(Et3N, NMM, DMAP)と比較して圧倒的に優れた触媒効果を示しました
                                        • 最適化された条件(DCM中0.08 M、10 mol% DABCO)で、メチルプロピオレートから92%の収率でジビニルエーテル3aが得られました
                                        • ベンゼンでは二量体4aの生成が競合し、酢酸エチルやジエチルエーテルでは反応が非常に遅く、アセトニトリルやTHF、水自体は不適切な溶媒でした。
                                        • これはDABCOのアルキンへの初期付加が溶媒に大きく依存することを示唆しています。

                                        2: 多様な活性アルキンへの適用

                                        • 脂肪族エステルを有するアルキンからは、高い収率で目的のジビニルエーテルが得られました(例:87-94%)。
                                        • 芳香族エステルを有するアルキンは、副生成物の生成により中程度の収率(60-65%)でした。
                                        • 芳香族アルキノンからは、優れた収率で目的のジビニルエーテルが得られました(例:90-93%)。
                                        • 脂肪族アルキノンからは、別の副生成物の生成により中程度の収率(50-54%)でした.

                                        3: プロピオールアミドの特殊条件と安定性

                                        • プロピオールアミドは反応性が低いものの、含水アセトニトリル中でDABCOを25 mol%、反応時間を5時間に増やすことで、優れた収率(88-99%)で目的のジビニルエーテルが得られました
                                        • この合成プロセスはグラムスケールでも効率が維持されることが確認され、実用性が高いことが示されました。
                                        • プロピオールエステルやプロピオールアミド由来のジビニルエーテルは比較的安定でしたが、アルキノン由来の製品は酸に弱く、シリカゲルへの長時間の暴露やわずかに酸性の重水素化クロロホルム中でも分解することが判明しました

                                        考察

                                        1: ジビニルエーテル合成の意義

                                        • 本研究は、入手容易な活性アルキンに水を付加し、ジビニルエーテルを効率的に合成する実用的で原子経済性の高い手法を確立しました
                                        • この反応はDABCOによって触媒され、プロピオールエステルおよびアルキノンには含水ジクロロメタンが、プロピオールアミドには含水アセトニトリルが最適です。
                                        • 機構的には、触媒量のDABCOがアルキンに付加して双性イオンIを生成し、これが反応媒質中の水によってプロトン化されることが重要です。
                                        • これまでの研究で望ましくない副生成物として扱われていたジビニルエーテル(化合物3)の生成を意図的に最大化することに成功しました。

                                        2: 反応性と選択性

                                        • 形成される二重結合の立体化学は、主にまたは排他的に(E)配置であることが確認されました。これは、活性アルキンへの求核付加に関する既存の報告と一致しています。
                                        • DABCOが他の第三級アミンよりも優れた触媒能を示すのは、その高い求核性に起因すると考えられます。
                                        • 溶媒の選択が反応効率に極めて重要であり、これはDABCOのアルキンへの最初の付加に大きく影響すると示唆されています。
                                        • ジクロロメタン中の水の溶解度が低いため、高濃度条件下では反応に必要な水が不足し、これが収率に影響を与える要因となります。

                                        3: 先行研究との比較と新規性

                                        • DABCOの触媒活性に関する知見は、アルコールと活性アルキンの付加反応に関する以前の報告と一致しています [7, 9a]。
                                        • 水が有機合成の溶媒または有用な試薬として使用される例は多数報告されています [2, 1a, 1b]。
                                        • しかし、THFを良い溶媒(54%収率)と報告した先行研究[3g]に対し、本研究ではTHFで繰り返し低い収率しか得られず、THFはこの反応の最適な溶媒ではないことを明確に示しました
                                        • 本研究は、ジビニルエーテル化合物が求核剤によって選択的に分解可能であることを実証しました。これは、応答性システムや分解性ポリマーの開発において非常に有用な特性であり、以前は詳しく研究されていなかった側面です。

                                        4: 研究の限界と今後の展望

                                        • 芳香族エステルおよび脂肪族アルキノンを基質とした場合、それぞれ副生成物5および6の形成により、収率が中程度にとどまりました。
                                        • アルキノン由来のジビニルエーテルは酸に弱く、単離や取り扱いに特別な注意が必要です。
                                        • プロピオールアミドは、触媒の1,4-求核付加に対する受容性が低く、反応性が劣るため、より多くの触媒、水、そして長時間の反応が必要でした。
                                        • ジビニルエーテルが選択的に分解可能であることを示しましたが、この特性の応用範囲や詳細なメカニズムについてはさらなる研究が必要です。

                                        結論

                                        • 本研究は、DABCO触媒を用いた活性アルキンの水和反応により、ジビニルエーテルを効率的かつ実用的に合成する手法を確立しました
                                        • プロピオールエステルおよびアルキノンには含水ジクロロメタン、プロピオールアミドには含水アセトニトリルが最適な溶媒であることが明らかになりました。
                                        • この研究により、アミド基を持つものなど、これまで知られていなかった新規ジビニルエーテル化合物へのアクセスが可能になりました
                                        • また、これらのジビニルエーテル化合物が選択的に分解可能であることを実証した。

                                        将来の展望

                                                      • X-イン重合や応答性分子システムにおける新たな研究のきっかけとなることが期待されます。

                                                      TAKE HOME QUIZ

                                                      1. 主要な反応と生成物 この論文で報告されている主要な反応は何ですか、またその主要な生成物は何ですか?

                                                      2. 最適な触媒 この反応に最も効率的な触媒として特定されたのは何ですか?

                                                      3. 最適な溶媒条件 反応効率を最大化するために、以下のアルキンタイプに対してそれぞれどの溶媒が推奨されていますか? 

                                                      • a. プロピオル酸エステルとアルキノン 
                                                      • b. プロピオールアミド

                                                      4. 塩基触媒反応の新規性 アルキンの塩基触媒による水和がこれまでの文献でほとんど前例がないのはなぜですか?

                                                      5. 生成物の立体化学 形成される二重結合の立体化学は主にどのようなもので、それは何によって確認されましたか?

                                                      6. 生成物の安定性 生成物であるジビニルエーテルは、その出発物質の種類によって安定性がどのように異なりますか?

                                                      7. 生成物の応用可能性 この論文で合成されたジビニルエーテルは、どのような興味深い特性や応用可能性について言及されていますか?

                                                      解答

                                                      1. この論文では、活性化アルキンへの水の付加反応が報告されています。この反応の主要な生成物は、ジビニルエーテルです。
                                                      2. 研究の結果、DABCO (1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン)が、検討されたすべての第三級アミンの中で最も優れた、そして最も効率的な触媒であることが明確に示されています。これはDABCOの高い求核性に起因すると考えられます。
                                                      3. a. プロピオル酸エステルとアルキノンには、含水ジクロロメタンが最適な溶媒として見出されています。 b. プロピオールアミドには、含水アセトニトリルが推奨されています。
                                                      4. 水は求核性が非常に低く、α,β-不飽和系との反応において優れたマイケル供与体とは知られていないため、アルキンへの塩基触媒による水の付加はこれまでほとんど前例がありませんでした。
                                                      5. 形成される二重結合の立体化学は主にまたは排他的に(E)配置であり、これは活性化アルキンへの求核付加に関するこれまでの報告と一致しています。立体化学の割り当ては、J結合定数に基づいて行われました。E体では約12 HzZ体では約7 Hzでした。
                                                      6. プロピオル酸エステルおよびプロピオールアミドから得られるジビニルエーテルは非常に安定であり、単離過程で特別な注意は必要ありませんでした。一方、アルキノンから得られる生成物(3h-k)は酸に敏感であり、わずかに酸性の重水素化クロロホルムや、シリカゲルへの長時間の曝露によって分解します。これらの化合物のNMRスペクトルは、残留酸の問題を防ぐために、水酸化ナトリウムペレットで前処理された重水素化ベンゼンまたは重水素化クロロホルムで記録されました。
                                                      7. 一部のジビニルエーテルは以前から興味深い光学的特性を示すことが知られており、この研究によりアミド基を持つ新しい化合物へのアクセスが得られたため、これらの特性に関するさらなる研究の道が開かれました。これらのジビニルエーテル化合物が選択的に分解可能であることも証明されており、これは応答性システム や分解性ポリマー の開発にとって非常に有用な特性であると期待されています。実際、モデル化合物3aはチオラートの存在下でビニルスルフィド8aを生成することが示されました。