2026年1月17日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0260~

論文のタイトル: Kinetic or Thermodynamic Product? Case Studies on the Formation of Regioisomers of Tetraphenyladamantanes

著者: Tim Berking, Wolfgang Frey, Clemens Richert*

雑誌名: Synthesis
巻: Volume 55, Issue 16, pp. 2473–2482
出版年: 2023
DOI: https://doi.org/10.1055/a-2097-0092


背景

1: アダマンタン誘導体と結晶化シャペロン

  • アダマンタンは、ダイヤモンド格子を構成する最小単位に相当する、高度に対称的で剛直な炭化水素です。
  • アダマンタンの橋頭位を置換した誘導体は、ナノ構造、多孔質材料、医薬品などのビルディングブロックとして重要です。
  • 特に、アルコキシフェニル基を持つテトラアリールアダマンタン(TAA)は、液体化合物を結晶内に取り込む「結晶化シャペロン」として注目されています。
  • これらは、有害物質や揮発性化合物の捕捉、あるいは液体の絶対立体配置を決定するためのツールとして利用されます。

2: 合成上の課題と研究のギャップ

  • 代表的なシャペロンであるTBro(ブロモ基含有TAA)は、これまでFriedel–Craftsアルキレーションの熱力学的安定生成物と考えられてきました。
  • しかし、従来の合成法では収率が20%以下と低く、効率的な製造が困難でした。
  • 原料のブロモアニソールには複数の反応点(ortho/para位)があるため、配向異性体(レジオアイソマー)が生成する可能性が高いことが知られていました。
  • これまで、どの異性体が真に最も安定な生成物(熱力学的支配生成物)であるかは不明確なままでした。

3: 本研究の目的と期待される成果

  • 本研究の目的は、強ブレンステッド酸存在下での反応を検証し、真の熱力学的安定異性体を特定することです。
  • ハロゲン(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)の種類が、生成物の配向性に与える微妙な影響を明らかにすることを目指します。
  • 得られた知見を基に、新しい結晶化シャペロンを高収率かつ高純度で提供する手法を確立します。
  • 熱力学的安定異性体の構造と特性(溶解性、結晶化能)を詳細に解析し、応用可能性を検討します。

方法

1: 研究デザインと合成スキーム

  • 本研究は、アダマンタン-1,3,5,7-テトラオール(TOA)と各種3-ハロアニソールを用いたFriedel–Craftsアルキレーションを基礎としています。
  • 反応条件(温度、酸触媒の種類と量、反応時間)を変化させ、生成する異性体の分布を調査しました。
  • さらに、一度生成した異性体混合物を強酸で処理し、異性化が進行するかを確認する熱力学的平衡試験を実施しました。
  • この手法により、速度論的に有利な生成物(初期にできるもの)と熱力学的に有利な生成物(最終的に安定なもの)を区別しました。

2: 使用した原料、試薬、選定基準

  • 原料として、TOAと3-フルオロ、3-クロロ、3-ブロモ、3-ヨードアニソールの4種を使用しました。
  • 酸触媒には、トシル酸(TosOH)およびより強力なトリフルオロメタンスルホン酸(TfOH)を選択しました。
  • 反応溶媒として、過剰量のハロアニソール(80当量)自体を用いています。
  • 酸の強度が異性化速度や副反応(エーテル結合の切断)に与える影響を評価基準としました。

3: 主要な評価項目と分析手法

  • 生成物の同定と異性体比率の決定には、1H NMR分光法を主に使用しました。
  • 各異性体の化学シフトを帰属するため、個別のピークを詳細に解析しています。
  • 単離した化合物の正確な三次元構造を確認するため、X線結晶構造解析を行いました。
  • 高分解能質量分析(EIまたはESI)により、目的物の組成を確認しました。

4: 最適化プロトコルの詳細

  • プロトコルA(長時間): トシル酸1当量を用い、140°Cで16時間加熱する条件です。
  • プロトコルB(短時間): トシル酸10当量を用い、140°Cでわずか2時間反応させる条件です。
  • プロトコルC(異性化): TfOH 10当量を用い、25°Cという温和な条件で65時間攪拌するプロセスです。
  • これらのプロトコルを比較することで、各ハロゲンにおける最適収率条件を導き出しました。

結果

1: 臭素およびヨウ素置換体の逆転現象

  • 臭素(Br)およびヨウ素(I)の場合、para位置換体(iTBroおよびiTIM)が真の熱力学的安定生成物であることが判明しました。
  • 初期に報告されていたortho置換体(TBro)は、実際には速度論的生成物に過ぎませんでした。
  • 強酸を用いた異性化プロトコルにより、iTBroの収率は従来の20%から最大91%まで飛躍的に向上しました。
  • ヨウ素置換体(iTIM)についても、短時間プロトコルで66%の良好な単離収率が得られました。

2: 塩素およびフッ素における配向性の違い

  • 塩素(Cl)の場合、ortho位とpara位の安定性が近く、複雑な異性体混合物が生成し、純粋な単一生成物の入手は困難でした。
  • 対照的に、フッ素(F)ではortho位置換体(TFM)が圧倒的に優先され、52%の収率で得られました。
  • フッ素置換体では異性化条件下でもortho位(TFM)が優勢であり、他のハロゲンとは異なる挙動を示しました。
  • これはフッ素の原子サイズが小さく、電子的な要因が立体障害を上回るためと考えられます。

3: 構造特性と結晶化能の評価

  • 熱力学生成物であるiTBroは、従来のTBroと比較して一般的な有機溶媒への溶解性が著しく低いことがわかりました。
  • X線構造解析の結果、iTBroはジクロロメタン(CH2Cl2)を安定に取り込んだ溶媒和結晶を形成しました。
  • iTBroの結晶構造では、遠位のハロゲン原子間の強力なパッキング力が溶解性の低下に寄与しています。
  • 一方で、フッ素置換体(TFM)は新たな結晶化シャペロンとしての可能性を示唆する結晶構造を示しました。

考察

1: 熱力学的安定性と立体障害の関係

  • 臭素やヨウ素のような大きなハロゲン原子では、アダマンタン核に近いortho位よりも、遠いpara位の方が立体的反発が少ないため安定化します。
  • これに対し、原子半径の小さいフッ素では、立体障害の影響が小さいためortho位が優先される結果となりました。
  • この発見は、アダマンタンのFriedel–Crafts反応において、ハロゲンの種類が配向性を決定する「微妙なバランス」を支配していることを示しています。

2: 酸触媒の役割と反応メカニズム

  • トシル酸は初期のアルキレーションに有効ですが、異性化の進行は極めて緩やかでした。
  • TfOH(トリフル酸)は、室温で速やかに「レトロFriedel–Crafts反応(脱アリール化と再アリール化)」を誘起し、平衡を達成させます。
  • 強酸を用いることで安定なWeiland中間体が生成しやすくなり、温和な条件下での異性化が可能になったと考察されます。

3: 先行研究との比較と学術的意義

  • Stetterらによる古典的な研究(1960年代)を、現代的な視点と精密なNMR分析で補完・拡張しました。
  • これまで「唯一の生成物」と思われていたものが、実は平衡状態の一部に過ぎないことを明らかにした点に意義があります。
  • 本研究は、アダマンタン化学における速度論と熱力学の制御に関する重要な教訓を提供しています。

4: 合成応用への道筋

  • 高純度・高収率で得られるiTIMやiTBroは、パラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応の優れたビルディングブロックとなります。
  • アリール腕をさらに伸長させることで、構造的に興味深い巨大で剛直なナノ分子の合成が可能になります。
  • これは材料科学分野において、新たな三次元構造設計を容易にする成果です。

5: 研究の限界点

  • 今回特定された熱力学安定生成物(iTBro, iTIM)は溶解性が非常に低いため、結晶化シャペロンとしての汎用性には課題が残ります。
  • 良溶媒ではない分析対象(ゲスト分子)との共結晶化は困難である可能性が高いです。
  • 塩素置換体のように、安定性の差がわずかな場合は、依然として単一異性体の分離が合成上のボトルネックとなります。

結論

  • TOAとハロアニソールのFriedel–Crafts反応における、真の熱力学的安定生成物を初めて網羅的に特定しました。
  • 臭素・ヨウ素ではpara置換体、フッ素ではortho置換体が熱力学的に最安定であり、塩素は混合物を与えます。
  • 強酸(TfOH)による異性化プロトコルの確立により、これまで低収率だった化合物の高効率合成が可能となりました。

将来の展望

        • 実践への提言: 溶解性の高いTFM(フッ素体)は新たな結晶化シャペロンとして有望であり、今後の応用研究が期待されます。
        • 将来の方向性: 低溶解性の問題を克服するため、側鎖を導入した誘導体の開発が望まれます。

        用語集

        • アダマンタン (Adamantane): 籠状の構造を持つ飽和炭化水素。非常に剛直で、化学的に安定。
        • Friedel–Crafts アルキレーション: 酸触媒を用いて、芳香環にアルキル基(本研究ではアダマンタン基)を導入する有機反応。
        • 配向異性体 (Regioisomer): 分子式は同じだが、置換基が付く位置(ortho位、para位など)が異なる分子。
        • 熱力学支配生成物: 平衡状態において、自由エネルギーが最も低く、最も安定な生成物。
        • 速度論支配生成物: 反応のエネルギー障壁が最も低く、最も速く生成する生成物。必ずしも一番安定とは限らない。
        • 結晶化シャペロン (Crystallization chaperone): 結晶化しにくい液体分子などを、自らの結晶格子の中に閉じ込めて一緒に結晶化させる「介添え」分子。
        • ブレンステッド酸: プロトン(H+)を供与する物質。トシル酸やトリフル酸など。

        TAKE HOME QUIZ

        1:研究の背景と目的

        問 1: これまでの研究で、結晶化シャペロンとして知られる TBro(ブロモ基を持つ誘導体)は、反応においてどのような性質の生成物(速度論的または熱力学的)であると考えられていましたか。また、本研究ではそれがどのように修正されましたか。

        問 2: テトラアリールアダマンタン(TAA)誘導体が、化学において重要視されている主な理由は何ですか。1つ挙げてください。

        セクション2:ハロゲンの種類と配向性

        問 3: 3-ハロアニソールを原料とした場合、ハロゲンの種類(フッ素、臭素、ヨウ素)によって、最終的に得られる主生成物の置換位置(ortho位またはpara位)はどのように異なりますか。具体的に説明してください。

        問 4: 塩素(Cl)置換体において、純粋な単一異性体を得ることが困難であった理由は何ですか。

        セクション3:合成手法と反応条件

        問 5: 本研究で「異性化(Isomerization)」を促進するために使用された強力なブレンステッド酸は何ですか。また、従来のトシル酸(TosOH)と比較してどのような利点がありましたか。

        問 6: 熱力学的安定異性体である iTBro は、従来の TBro と比較して、物理的特性(特に溶解性)においてどのような違いがありますか。また、その違いが結晶化シャペロンとしての利用にどのような影響を与えますか。


        解答と解説

        問 1: 以前は TBro が熱力学的に安定な生成物であると考えられていました。しかし、本研究により、実際には iTBro(para-位置換体)が真の熱力学的安定生成物であり、TBro は速度論的生成物であったことが明らかになりました。

        問 2: 常温で液体の化合物を結晶内に取り込み、その絶対立体配置を決定するための「結晶化シャペロン」として機能するためです。

        問 3: 臭素(Br)およびヨウ素(I)の場合、アダマンタン核から遠い para位置換体(iTBro、iTIM)が熱力学的に安定な主生成物となります。一方、フッ素(F)の場合は、ortho位置換体(TFM)が優先的に生成されます。

        問 4: 塩素の場合、ortho位置換体とpara位置換体の安定性の差が非常に小さく、複雑な異性体混合物が形成されるためです。

        問 5: トリフルオロメタンスルホン酸(TfOH / トリフル酸)が使用されました。トシル酸では異性化に140℃で1週間以上かかりましたが、TfOHを使用すると25℃という温和な条件で、65時間以内に効率よく異性化を完了させることができました。

        問 6: iTBro は TBro よりも有機溶媒への溶解性が著しく低いという特徴があります。このため、それ自体が溶媒としての性質を持たないゲスト分子との共結晶化(熱的結晶化)に使用することが難しくなるという制約が生じます。

        2026年1月10日土曜日

        Catch Key Points of a Paper ~0259~

        論文のタイトル: Total Synthesis of the Norcembranoid Scabrolide B and Its Transformation into Sinuscalide C, Ineleganolide, and Horiolide

        著者: Davy S. Lin, Georg Späth, Zhanchao Meng, Lianne H. E. Wieske, Christophe Fares̀, and Alois Fürstner*

        雑誌名: Journal of the American Chemical Society 
        巻: Volume 146, Issue 35, pp. 24250–24256
        出版年:  2024
        DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c09467


        背景

        1: 海洋天然物ノルセムブラノイドの重要性

        • ノルセムブラノイドは、ソフトコーラル(Sinularia属など)から単離されるポリサイクリックジテルペノイドの仲間です。
        • これらの化合物は、その驚くべき複雑なトポロジーと高密度な官能基化により、合成化学における象徴的な研究ターゲットとされてきました。
        • 特にスカブロリド A (1) とスカブロリド B (3) は姉妹化合物として知られていましたが、最近になって骨格が大きく異なることが判明しました。
        • スカブロリド A (1) が7-6-5の炭素骨格を持つ一方、スカブロリド B (3) は6-7-5の炭素三環式骨格を持っています。

        2: スカブロリド B合成の課題と研究ギャップ

        • 天然物スカブロリド Bの構造は、初期の単離報告で誤って割り当てられていたため、構造の再評価が必要とされました。
        • 天然のスカブロリド B (3) は、X線回折分析により構造が確立され、以前推定されていた構造とは異なり、6-7-5骨格を持つことが確定しました。
        • 先行研究で成功したスカブロリド A (1) への合成ルート(環閉鎖メタセシスを利用)は、この異なるトポロジーを持つスカブロリド B (3) には適用できませんでした
        • スカブロリド B (3) が持つ混み合った中央のシクロヘプテン環と橋頭エノン部位を構築するため、概念的に新しい合成戦略の開発が求められました。

        3: 研究の目的

        • ノルセムブラノイドスカブロリド B (3) の全合成を達成し、その構造を化学的に裏付けること。
        • 特に、困難な橋頭オレフィンを含む中央の七員環構造を構築するための、新規かつ効率的な合成手法(ケトンの分子内アルケニル化)を開発すること。
        • 合成したスカブロリド B (3) を起点として、関連する天然物であるシヌスカリド C (4)イネレガノリド (6)、およびホリオリド (34) へと変換し、生合成的な関連性を探ること。

        方法

        1: 新規合成戦略の概説

        • 研究デザインは、天然物(Scabrolide B)の全合成です。
        • 従来の環閉鎖メタセシス(RCM)戦略の失敗を受け、合成計画を抜本的に見直しました
        • 新しい鍵戦略として、中央の七員環(C4-C5結合)を形成するために、エノラートの分子内アルケニル化を採用しました。
        • この手法は、橋頭オレフィンを含む混み合った環状構造の形成を目指す、非常に挑戦的なアプローチでした。
        • 最終的に、最長リニアシーケンスで19ステップで目的のスカブロリド B (3) を合成しました。

        2: ビルディングブロックの調製

        • 目標分子を構築するため、二つの重要なビルディングブロックを用意しました。
        • ビルディングブロック1: (R)-ノルカルボン (19) を、ロジウム触媒による非対称1,4-付加反応と、その後の佐伯型酸化により高純度で調製しました。
        • ビルディングブロック2Z配置のアルケニルヨージド (23) を、(R)-リナロールを原料とし、Stork–Zhaoオレフィン化反応を経由して調製しました。
        • これらのビルディングブロックは、ランタノイド触媒による向山−マイケル付加により結合されることを計画しました。

        3: 鍵となる反応(断片結合)と立体制御

        • 向山−マイケル付加による断片結合を行いました。
        • 触媒としてLa(OTf)3(ランタン塩)を用い、エノン (19) とシリルケテンアセタール(23からin situ生成)を反応させました。
        • この反応により、七員環化の前駆体となる化合物 (25) が70%の収率で得られました。
        • 新規に形成されたC12-C13結合の立体配置は、ヌクレオファイルのアキシャル攻撃を経て形成され、X線回折分析により確認されました。

        4: 鍵となる反応(中央七員環の形成)

        • Pd触媒によるエノラートの分子内アルケニル化により、中央の七員環を閉じるステップを実行しました。
        • この反応は、橋頭オレフィンを含む混み合った構造を形成するため、条件の最適化が極めて重要でした。
        • 最適化の結果、Pd(PPh3)4触媒と、かさ高い2,6-ジイソプロピルフェノール/tBuOKの組み合わせを用いることで成功しました。
        • 目標とする三環式エノン (28) が約60%の収率で得られ、合成経路の核心を担う骨格が完成しました。

        結果

        1: スカブロリド B (3) の全合成

        • 鍵となる環化生成物 (28) に、アリル転位/酸化反応(O2/P(OMe)3/DBU)を適用し、単一のジアステレオマー (30) を得ました。
        • 次に、MeReO3触媒による超面性1,3-アリル転位を行い、アリルアルコール (31) へと変換しました。
        • 最終的にMnO2酸化を行うことで、ターゲット化合物である(−)-スカブロリド B (3)を合成しました。
        • 合成された物質の分析データは、天然物(「シヌスカリド D」としても知られる)と完全に一致し、X線結晶構造解析により疑いの余地なく確認されました。

        2: 関連天然物シヌスカリド C (4) への変換

        • 合成されたスカブロリド B (3) は、バージェス試薬を用いて処理されました。
        • その結果、脱水反応が起こり、関連する天然物であるシヌスカリド C (4)が良好な収率で得られました。
        • (4) の分析データも、文献データと一致しました。

        3: イネレガノリド (6) およびホリオリド (34) への生体模倣変換

        • スカブロリド B (3) を塩基性条件(Et3N/MeOH/MeCN)下で処理したところ、カスケード反応が誘発されました。
        • オキサマイケル付加(C8-OH基がエノンに付加)とC12立体中心のエピマー化が連鎖的に起こり、特徴的なテトラヒドロフラン環を持つイネレガノリド (6)が形成されました。
        • この反応を継続すると、不安定な (6) は、レトロオキサマイケル、レトロアルドール、分子内マイケル付加を含む複雑なカスケードを経て、最終的にホリオリド (34)へと変換されました。

        考察

        1: 鍵となる合成手法の成功とその重要性

        • 本研究の最も重要な発見は、極めて混み合った七員環(橋頭オレフィンを内包)を形成するための、ケトンの分子内アルケニル化という挑戦的な戦略が成功したことです。
        • この手法は、同様のひずみのある構造を持つ生成物への応用としては前例がないものであり、合成化学における大きな可能性を秘めています。
        • 最適な触媒と塩基/添加剤の組み合わせ(Pd(PPh3)4/2,6-ジイソプロピルフェノール/tBuOK)の特定が、この困難なC-C結合形成に不可欠でした。

        2: 構造確認と生合成的な意味合い

        • 全合成の成功と天然物との分析データの一致は、X線構造解析と合わせて、スカブロリド B (3) の再割り当てされた構造(6-7-5骨格)を決定的に確認しました。
        • スカブロリド B (3) からイネレガノリド (6) への塩基を介した変換は、これらの海洋ノルセムブラノイド間の未確認の生合成的リンクを模倣している可能性があります。
        • イネレガノリド (6) の特徴であるテトラヒドロフラン環が、C8-OH基のオキサマイケル付加によって後期段階で形成されることが示されました。

        3: 先行研究との相違点(骨格と経路)

        • スカブロリド A (1) と B (3) は、以前の予測に反し、炭素骨格のトポロジーが根本的に異なり(7-6-5 vs 6-7-5)、さらにC12立体中心の配置も逆でした。
        • この骨格の相違が原因で、スカブロリド A (1) の効率的な合成経路(RCMに基づく)は、スカブロリド B (3) の合成には適用不可能でした。
        • この結果は、天然物の構造的微妙な違いが、全合成において合成戦略の抜本的な変更を要求する大きな要因となることを示しています。

        4: ホリオリド形成の生体模倣カスケード

        • イネレガノリド (6) は、反応を継続すると分解し、複雑な生体模倣カスケードを経てホリオリド (34)へと変換されます。
        • このカスケードには、レトロオキサマイケル反応に続いて、レトロアルドール反応、そして分子内のマイケル付加により新しいC5-C9結合を形成するステップが含まれています。
        • このホリオリド (34) への変換プロセスは、提案されている生合成経路の一部を反映しており、スカブロリド B (3) がイネレガノリド (6) の生合成前駆体である可能性を示唆しています。

        5: 研究の限界点

        • 中央七員環を形成する鍵反応(分子内アルケニル化)において、目的生成物 (28) と共に、二量体副生成物 (29) が約29%生成し、分離が必要でした。
        • イネレガノリド (6) は、塩基性条件下で不安定であり、ホリオリド (34) へと変換されるため、イネレガノリド (6) の単離収率は低かったです。
        • スカブロリド B (3) からイネレガノリド (6) への変換におけるC12立体中心のエピマー化の正確なメカニズム(特に不可逆性)については、さらなる研究が必要です 。

        結論

        • ノルセムブラノイド Scabrolide B (3) の最初の全合成を最長19ステップで達成しました。
        • 本合成の鍵は、困難な橋頭オレフィンを含む中央七員環を、ケトンの分子内アルケニル化という新規手法により効率的に構築した点にあります。
        • 合成された Scabrolide B (3) は、シヌスカリド C (4)イネレガノリド (6)、およびホリオリド (34) へと変換され、これらの海洋天然物間の潜在的な生合成的関連性が示されました。

        将来の展望

            • ケトンの分子内アルケニル化という合成手法は、混み合った環状構造の構築に幅広い応用可能性を持ちます。
            • Scabrolide Bを介したイネレガノリドの形成メカニズムは、これらの天然物の真の生合成経路を解明するための手がかりとなるため、さらなる検証が求められます。

            用語集

            聴衆に馴染みのない専門用語について、以下に解説します。

            • ノルセムブラノイド (Norcembranoid): ソフトコーラル由来の環状ジテルペノイド(テルペンの誘導体)の総称。
            • 炭素三環式骨格 (Carbotricyclic scaffold): 三つの炭素環が融合してできた骨格。
            • 橋頭オレフィン (Bridgehead olefin): 複数の環が共有する炭素原子(橋頭位)に二重結合を持つ構造。通常、ひずみが大きく、合成が困難とされる。
            • エノン (Enone): 炭素-炭素二重結合の隣にカルボニル基(ケトン)を持つ不飽和カルボニル化合物 ($\alpha,\beta$-不飽和ケトン)。
            • 分子内アルケニル化 (Intramolecular alkenylation): 一つの分子内で、ケトンのエノラート(求核種)とビニルハライド(求電子種)がパラジウム触媒下で反応し、環を形成する反応。
            • 向山−マイケル付加 (Mukaiyama−Michael addition): シリルエノールエーテルなどの求核剤が、ルイス酸触媒(本研究ではランタノイド触媒)の存在下でエノンに付加する反応。
            • オキサマイケル付加 (Oxa-Michael addition): アルコール(酸素求核剤)が不飽和カルボニル化合物(エノン)に付加し、新しいC-O結合を形成する反応。

            TAKE HOME QUIZ

            1:構造的課題と新しい合成戦略

            問 1: 姉妹化合物であるスカブロリド A (1) とスカブロリド B (3) の炭素骨格のトポロジー(環の構成)は、どのように異なると特定されましたか。それぞれ、環のサイズを示す数字(例: 7-6-5)を使って説明してください。

            問 2: スカブロリド B (3) の全合成を成功させるために採用された、概念的に新しい鍵となる合成戦略は何でしたか。この戦略が特に挑戦的であった理由を、目標構造の部位に関連付けて説明してください。

            2:鍵反応と試薬

            問 3: 鍵となる七員環化反応の前駆体(25)は、二つのビルディングブロック(1923からin situ生成したもの)を結合することによって得られました。この結合ステップに使用された反応タイプと触媒は何ですか。

            問 4: 中央の七員環を閉じるための分子内アルケニル化反応において、この論文で成功を収めた特定の触媒と、塩基/添加剤の組み合わせは何ですか。

            問 5: 中央の七員環の形成後、目的の三環式エノン (28) に続いて行われたアリル転位/酸化反応(γ-酸化)に使用された標準的な酸化剤は何ですか。

            3:天然物への変換と生合成的示唆

            問 6: 合成されたスカブロリド B (3) から、関連する天然物であるイネレガノリド (6) が形成される際、どのような種類の反応と、どの立体中心の変化が含まれていましたか。この変換の観察が持つ潜在的な生合成的意味合いは何ですか。

            問 7: イネレガノリド (6) は、塩基性条件下で不安定であり、最終的にホリオリド (34) へと変換されました。このホリオリド形成のカスケードには、レトロオキサマイケル反応に続いて、具体的にどのような反応が含まれていますか。


            解答と解説

            問 1: スカブロリド A (1) は7-6-5の炭素三環式骨格を持つ一方、スカブロリド B (3) は6-7-5の骨格を持つという点で大きく異なります,。さらに、C12立体中心の配置も逆でした。

            問 2: 鍵となる戦略は、ケトンの分子内アルケニル化に頼るというものでした,。これは、混み合った中央のシクロヘプテン環橋頭エノン部位で構築するためであり、ひずみのある、または混み合った生成物への適用例がまれであったため、大きなリスクを伴いました。

            問 3: 向山−マイケル付加反応が使用され、触媒としてランタン塩(La(OTf)3)が用いられました。

            問 4: 触媒はPd(PPh3)4であり、これと組み合わせることで成功した塩基/添加剤は、かさ高い2,6-ジイソプロピルフェノールtBuOKの組み合わせでした。

            問 5: O2雰囲気下で、P(OMe)3DBUの存在下で反応が実行されました。

            問 6: C8−OH基のエノンへのオキサマイケル付加によって特徴的なテトラヒドロフラン環が形成され、同時にC12立体中心のエピマー化が起こりました。この観察は、これらの象徴的な海洋ノルセムブラノイド間における、これまで認識されていなかった生合成的な関連性を模倣している可能性を示唆しています。

            問 7: レトロオキサマイケル反応に続いて、レトロアルドール反応が起こり、その後、分子内マイケル付加によって新しい C5−C9 結合が形成されます。