著者: Davy S. Lin, Georg Späth, Zhanchao Meng, Lianne H. E. Wieske, Christophe Fares̀, and Alois Fürstner*
背景
1: 海洋天然物ノルセムブラノイドの重要性
- ノルセムブラノイドは、ソフトコーラル(Sinularia属など)から単離されるポリサイクリックジテルペノイドの仲間です。
- これらの化合物は、その驚くべき複雑なトポロジーと高密度な官能基化により、合成化学における象徴的な研究ターゲットとされてきました。
- 特にスカブロリド A (1) とスカブロリド B (3) は姉妹化合物として知られていましたが、最近になって骨格が大きく異なることが判明しました。
- スカブロリド A (1) が7-6-5の炭素骨格を持つ一方、スカブロリド B (3) は6-7-5の炭素三環式骨格を持っています。
2: スカブロリド B合成の課題と研究ギャップ
- 天然物スカブロリド Bの構造は、初期の単離報告で誤って割り当てられていたため、構造の再評価が必要とされました。
- 天然のスカブロリド B (3) は、X線回折分析により構造が確立され、以前推定されていた構造とは異なり、6-7-5骨格を持つことが確定しました。
- 先行研究で成功したスカブロリド A (1) への合成ルート(環閉鎖メタセシスを利用)は、この異なるトポロジーを持つスカブロリド B (3) には適用できませんでした。
- スカブロリド B (3) が持つ混み合った中央のシクロヘプテン環と橋頭エノン部位を構築するため、概念的に新しい合成戦略の開発が求められました。
3: 研究の目的
- ノルセムブラノイドスカブロリド B (3) の全合成を達成し、その構造を化学的に裏付けること。
- 特に、困難な橋頭オレフィンを含む中央の七員環構造を構築するための、新規かつ効率的な合成手法(ケトンの分子内アルケニル化)を開発すること。
- 合成したスカブロリド B (3) を起点として、関連する天然物であるシヌスカリド C (4)、イネレガノリド (6)、およびホリオリド (34) へと変換し、生合成的な関連性を探ること。
方法
1: 新規合成戦略の概説
- 研究デザインは、天然物(Scabrolide B)の全合成です。
- 従来の環閉鎖メタセシス(RCM)戦略の失敗を受け、合成計画を抜本的に見直しました。
- 新しい鍵戦略として、中央の七員環(C4-C5結合)を形成するために、エノラートの分子内アルケニル化を採用しました。
- この手法は、橋頭オレフィンを含む混み合った環状構造の形成を目指す、非常に挑戦的なアプローチでした。
- 最終的に、最長リニアシーケンスで19ステップで目的のスカブロリド B (3) を合成しました。
2: ビルディングブロックの調製
- 目標分子を構築するため、二つの重要なビルディングブロックを用意しました。
- ビルディングブロック1: (R)-ノルカルボン (19) を、ロジウム触媒による非対称1,4-付加反応と、その後の佐伯型酸化により高純度で調製しました。
- ビルディングブロック2: Z配置のアルケニルヨージド (23) を、(R)-リナロールを原料とし、Stork–Zhaoオレフィン化反応を経由して調製しました。
- これらのビルディングブロックは、ランタノイド触媒による向山−マイケル付加により結合されることを計画しました。
3: 鍵となる反応(断片結合)と立体制御
- 向山−マイケル付加による断片結合を行いました。
- 触媒としてLa(OTf)3(ランタン塩)を用い、エノン (19) とシリルケテンアセタール(23からin situ生成)を反応させました。
- この反応により、七員環化の前駆体となる化合物 (25) が70%の収率で得られました。
- 新規に形成されたC12-C13結合の立体配置は、ヌクレオファイルのアキシャル攻撃を経て形成され、X線回折分析により確認されました。
4: 鍵となる反応(中央七員環の形成)
- Pd触媒によるエノラートの分子内アルケニル化により、中央の七員環を閉じるステップを実行しました。
- この反応は、橋頭オレフィンを含む混み合った構造を形成するため、条件の最適化が極めて重要でした。
- 最適化の結果、Pd(PPh3)4触媒と、かさ高い2,6-ジイソプロピルフェノール/tBuOKの組み合わせを用いることで成功しました。
- 目標とする三環式エノン (28) が約60%の収率で得られ、合成経路の核心を担う骨格が完成しました。
結果
1: スカブロリド B (3) の全合成
- 鍵となる環化生成物 (28) に、アリル転位/酸化反応(O2/P(OMe)3/DBU)を適用し、単一のジアステレオマー (30) を得ました。
- 次に、MeReO3触媒による超面性1,3-アリル転位を行い、アリルアルコール (31) へと変換しました。
- 最終的にMnO2酸化を行うことで、ターゲット化合物である(−)-スカブロリド B (3)を合成しました。
- 合成された物質の分析データは、天然物(「シヌスカリド D」としても知られる)と完全に一致し、X線結晶構造解析により疑いの余地なく確認されました。
2: 関連天然物シヌスカリド C (4) への変換
- 合成されたスカブロリド B (3) は、バージェス試薬を用いて処理されました。
- その結果、脱水反応が起こり、関連する天然物であるシヌスカリド C (4)が良好な収率で得られました。
- (4) の分析データも、文献データと一致しました。
3: イネレガノリド (6) およびホリオリド (34) への生体模倣変換
- スカブロリド B (3) を塩基性条件(Et3N/MeOH/MeCN)下で処理したところ、カスケード反応が誘発されました。
- オキサマイケル付加(C8-OH基がエノンに付加)とC12立体中心のエピマー化が連鎖的に起こり、特徴的なテトラヒドロフラン環を持つイネレガノリド (6)が形成されました。
- この反応を継続すると、不安定な (6) は、レトロオキサマイケル、レトロアルドール、分子内マイケル付加を含む複雑なカスケードを経て、最終的にホリオリド (34)へと変換されました。
考察
1: 鍵となる合成手法の成功とその重要性
- 本研究の最も重要な発見は、極めて混み合った七員環(橋頭オレフィンを内包)を形成するための、ケトンの分子内アルケニル化という挑戦的な戦略が成功したことです。
- この手法は、同様のひずみのある構造を持つ生成物への応用としては前例がないものであり、合成化学における大きな可能性を秘めています。
- 最適な触媒と塩基/添加剤の組み合わせ(Pd(PPh3)4/2,6-ジイソプロピルフェノール/tBuOK)の特定が、この困難なC-C結合形成に不可欠でした。
2: 構造確認と生合成的な意味合い
- 全合成の成功と天然物との分析データの一致は、X線構造解析と合わせて、スカブロリド B (3) の再割り当てされた構造(6-7-5骨格)を決定的に確認しました。
- スカブロリド B (3) からイネレガノリド (6) への塩基を介した変換は、これらの海洋ノルセムブラノイド間の未確認の生合成的リンクを模倣している可能性があります。
- イネレガノリド (6) の特徴であるテトラヒドロフラン環が、C8-OH基のオキサマイケル付加によって後期段階で形成されることが示されました。
3: 先行研究との相違点(骨格と経路)
- スカブロリド A (1) と B (3) は、以前の予測に反し、炭素骨格のトポロジーが根本的に異なり(7-6-5 vs 6-7-5)、さらにC12立体中心の配置も逆でした。
- この骨格の相違が原因で、スカブロリド A (1) の効率的な合成経路(RCMに基づく)は、スカブロリド B (3) の合成には適用不可能でした。
- この結果は、天然物の構造的微妙な違いが、全合成において合成戦略の抜本的な変更を要求する大きな要因となることを示しています。
4: ホリオリド形成の生体模倣カスケード
- イネレガノリド (6) は、反応を継続すると分解し、複雑な生体模倣カスケードを経てホリオリド (34)へと変換されます。
- このカスケードには、レトロオキサマイケル反応に続いて、レトロアルドール反応、そして分子内のマイケル付加により新しいC5-C9結合を形成するステップが含まれています。
- このホリオリド (34) への変換プロセスは、提案されている生合成経路の一部を反映しており、スカブロリド B (3) がイネレガノリド (6) の生合成前駆体である可能性を示唆しています。
5: 研究の限界点
- 中央七員環を形成する鍵反応(分子内アルケニル化)において、目的生成物 (28) と共に、二量体副生成物 (29) が約29%生成し、分離が必要でした。
- イネレガノリド (6) は、塩基性条件下で不安定であり、ホリオリド (34) へと変換されるため、イネレガノリド (6) の単離収率は低かったです。
- スカブロリド B (3) からイネレガノリド (6) への変換におけるC12立体中心のエピマー化の正確なメカニズム(特に不可逆性)については、さらなる研究が必要です 。
結論
- ノルセムブラノイド Scabrolide B (3) の最初の全合成を最長19ステップで達成しました。
- 本合成の鍵は、困難な橋頭オレフィンを含む中央七員環を、ケトンの分子内アルケニル化という新規手法により効率的に構築した点にあります。
- 合成された Scabrolide B (3) は、シヌスカリド C (4)、イネレガノリド (6)、およびホリオリド (34) へと変換され、これらの海洋天然物間の潜在的な生合成的関連性が示されました。
将来の展望
- ケトンの分子内アルケニル化という合成手法は、混み合った環状構造の構築に幅広い応用可能性を持ちます。
- Scabrolide Bを介したイネレガノリドの形成メカニズムは、これらの天然物の真の生合成経路を解明するための手がかりとなるため、さらなる検証が求められます。
用語集
聴衆に馴染みのない専門用語について、以下に解説します。
- ノルセムブラノイド (Norcembranoid): ソフトコーラル由来の環状ジテルペノイド(テルペンの誘導体)の総称。
- 炭素三環式骨格 (Carbotricyclic scaffold): 三つの炭素環が融合してできた骨格。
- 橋頭オレフィン (Bridgehead olefin): 複数の環が共有する炭素原子(橋頭位)に二重結合を持つ構造。通常、ひずみが大きく、合成が困難とされる。
- エノン (Enone): 炭素-炭素二重結合の隣にカルボニル基(ケトン)を持つ不飽和カルボニル化合物 ($\alpha,\beta$-不飽和ケトン)。
- 分子内アルケニル化 (Intramolecular alkenylation): 一つの分子内で、ケトンのエノラート(求核種)とビニルハライド(求電子種)がパラジウム触媒下で反応し、環を形成する反応。
- 向山−マイケル付加 (Mukaiyama−Michael addition): シリルエノールエーテルなどの求核剤が、ルイス酸触媒(本研究ではランタノイド触媒)の存在下でエノンに付加する反応。
- オキサマイケル付加 (Oxa-Michael addition): アルコール(酸素求核剤)が不飽和カルボニル化合物(エノン)に付加し、新しいC-O結合を形成する反応。
TAKE HOME QUIZ
1:構造的課題と新しい合成戦略
問 1: 姉妹化合物であるスカブロリド A (1) とスカブロリド B (3) の炭素骨格のトポロジー(環の構成)は、どのように異なると特定されましたか。それぞれ、環のサイズを示す数字(例: 7-6-5)を使って説明してください。
問 2: スカブロリド B (3) の全合成を成功させるために採用された、概念的に新しい鍵となる合成戦略は何でしたか。この戦略が特に挑戦的であった理由を、目標構造の部位に関連付けて説明してください。
2:鍵反応と試薬
問 3: 鍵となる七員環化反応の前駆体(25)は、二つのビルディングブロック(19と23からin situ生成したもの)を結合することによって得られました。この結合ステップに使用された反応タイプと触媒は何ですか。
問 4: 中央の七員環を閉じるための分子内アルケニル化反応において、この論文で成功を収めた特定の触媒と、塩基/添加剤の組み合わせは何ですか。
問 5: 中央の七員環の形成後、目的の三環式エノン (28) に続いて行われたアリル転位/酸化反応(γ-酸化)に使用された標準的な酸化剤は何ですか。
3:天然物への変換と生合成的示唆
問 6: 合成されたスカブロリド B (3) から、関連する天然物であるイネレガノリド (6) が形成される際、どのような種類の反応と、どの立体中心の変化が含まれていましたか。この変換の観察が持つ潜在的な生合成的意味合いは何ですか。
問 7: イネレガノリド (6) は、塩基性条件下で不安定であり、最終的にホリオリド (34) へと変換されました。このホリオリド形成のカスケードには、レトロオキサマイケル反応に続いて、具体的にどのような反応が含まれていますか。
解答と解説
問 1: スカブロリド A (1) は7-6-5の炭素三環式骨格を持つ一方、スカブロリド B (3) は6-7-5の骨格を持つという点で大きく異なります,。さらに、C12立体中心の配置も逆でした。
問 2: 鍵となる戦略は、ケトンの分子内アルケニル化に頼るというものでした,。これは、混み合った中央のシクロヘプテン環を橋頭エノン部位で構築するためであり、ひずみのある、または混み合った生成物への適用例がまれであったため、大きなリスクを伴いました。
問 3: 向山−マイケル付加反応が使用され、触媒としてランタン塩(La(OTf)3)が用いられました。
問 4: 触媒はPd(PPh3)4であり、これと組み合わせることで成功した塩基/添加剤は、かさ高い2,6-ジイソプロピルフェノールとtBuOKの組み合わせでした。
問 6: C8−OH基のエノンへのオキサマイケル付加によって特徴的なテトラヒドロフラン環が形成され、同時にC12立体中心のエピマー化が起こりました。この観察は、これらの象徴的な海洋ノルセムブラノイド間における、これまで認識されていなかった生合成的な関連性を模倣している可能性を示唆しています。
問 7: レトロオキサマイケル反応に続いて、レトロアルドール反応が起こり、その後、分子内マイケル付加によって新しい C5−C9 結合が形成されます。
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