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2025年5月31日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0238~

論文のタイトル: Rapid Synthesis of the Spiroketal Subunit of Neaumycin B: Stereochemical Aspects of Singly Anomeric Spiroketals and Proposal for a Stereocenter Reassignment

著者: Anna E. Healy, Marcus D. Van Engen, Nicholas A. Cinti, and Paul E. Floreancig* 
雑誌名: Organic Letters
巻: Volume 26, Issue 50, 10774–10779
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.orglett.4c03751

背景

1: ネアウマイシンBとは

  • ネアウマイシンB(1)は、2015年に微細胞子菌Actinoplanes sp. ATCC33076から単離されたマクロ環状ポリケチドです。
  • MRSAに対するラモプラニンの抗生物質効果を高めることが示されています。
  • また、U87神経膠芽腫細胞に対して例外的かつ選択的な細胞毒性 potency を示します。
  • 天然源からの入手は、その化学的不安定性により限られています。
  • 生物活性、天然存在量の低さ、合成の難しさから、ネアウマイシンBは化学合成の魅力的な標的となっています。

2: 未解決の構造問題

  • ネアウマイシンBの単離報告では、原子の連結性は記述されましたが、立体化学情報は含まれていませんでした。
  • その後の研究で提案された立体異性体構造が示されました (Figure 1)。
  • しかし、発表された構造に対して行われた2つの全合成からのスペクトルデータは、原子の連結性は確認できそうでしたが、報告された構造のものと一致しませんでした。
  • これは、ネアウマイシンBの実際の立体構造が依然として謎であることを示しています。
  • さらに、報告された構造は細胞毒性活性を欠いています。

3: 研究の目的

  • したがって、1の構造の謎を解くためには、さらなる合成努力が必要です。
  • これは、その抗神経膠芽腫活性に関するさらなる研究に不可欠です。
  • 本研究は、単一アノマー型スピロケタルの立体化学的側面と、立体中心の再割り当ての提案に焦点を当てています。
  • 目標は、天然物の構造における notable なサブユニットであるスピロケタールコアへの迅速かつ収束的なアプローチを報告することです。
  • これにより、2つの異性体的な単一アノマー型スピロケタルの形成という、まれにしか記述されない結果の起源を記述します。
  • 最終的に、この研究から得られた知見に基づいて、天然物中の立体中心に対する修正を提案します。

方法

1: 合成戦略の概要

  • 本研究では、ネアウマイシンBのスピロケタールユニットに対する迅速かつ収束的なアプローチを採用しました。
  • 主要な断片結合段階として、Mukaiyamaアルドール反応を利用しています。
  • この戦略の魅力的な要素は、断片結合プロセスで生成物に関連する立体中心を設定できる点です。
  • このアプローチは、立体選択的なアルドール断片結合から生じる基質からの脱水スピロケタール形成を経て進みます (Scheme 1)。
  • これは、単一アノマー構造形成のためのヘテロDiels-Alder/C-H結合開裂ベースの以前のアプローチが立体制御に難があったため変更されました。

2: 断片合成(アルデヒド)

  • アルデヒド断片の合成はScheme 2に示されています。
  • アルデヒド4は、1,3-プロパンジオールから容易に2段階で入手可能です。
  • Leightonのその場クロチル化条件下で5が得られ、良好なエナンチオ選択性を示しました。
  • 結果として生じるヒドロキシ基の保護基選択が、下流のアルドール反応の成功に不可欠であり、p-メトキシベンジル基が最適でした。
  • このシーケンスは、Johnson-Lemieux酸化によりアルデヒド7を形成して完了しました。

3: 断片合成(ケトン)

  • ケトン断片の構築はScheme 3に示されています。
  • 5-ヘキセン-1-オールのSwern酸化で調製されたアルデヒド8とプロピオニルクロリドのエナンチオおよびジアステレオ選択的シクロ付加により、β-ラクトン9を形成しました。
  • この段階は、多グラムスケールで実施可能で、立体異性体の形成は検出されませんでした。
  • ラクトン開環、Weinrebアミド形成、nBuLi過剰量添加によりケトン10が得られました。
  • NaBH4とEt2BOMeを用いたケトンの選択的syn-還元により、1,3-ジオールが形成され、その後シリル化により11が得られました。
  • TsujiバリエーションのWacker酸化により、ケトン12が得られました。

4: 断片結合と環化

  • 断片(アルデヒド7とケトン12)はMukaiyamaアルドール反応により結合されました (Scheme 4)。
  • ケトン12からのエノリルシラン13とアルデヒド7へのBF3・OEt2を用いた暴露により、アルドール生成物として8:1のジアステレオマー混合物14)が得られました。
  • 14のアシル化により15を形成し、PMBエーテルはDDQにより切断され、ヘミケタール16となりました。
  • 16をCSAとMeOHで処理すると、脱保護と環化が迅速に進行し、分離可能な2:1のスピロ環混合物が得られました。
  • これらの種は個別にパーアシル化され、構造決定を容易にしました。これにより、1718がそれぞれ高収率で得られました。

結果

1: 合成されたスピロケタルの特徴

  • スピロ環化により、見かけ上1つの立体中心が形成されるように見えますが、2つ以上の立体異性体が可能なのは、スピロ環[5.5.1]系が軸不斉であり、2つの立体発生単位が形成されるためです。
  • 我々の合成では、2つのスピロケタール異性体(1718)が2:1の混合物として分離されました。
  • これらの異性体は、単一アノマー型でした。
  • Figure 2に示される二重アノマー型異性体3は単離されませんでした
  • これはおそらく、軸方向に分岐鎖が存在することに伴うエネルギー的なペナルティによるものです。
  • スポンジスタチンの合成でも2つの単一非アノマー型スピロケタールの単離が報告されていますが、詳細な議論は少なく、他にはあまり報告されていません。

2: スペクトル分析による構造決定

  • 17181H NMRおよびNOESY実験により分析しました (Table 1)。
  • 多くの主要な水素は、非常に類似した分裂パターンとカップリング定数を示しましたが、化学シフトとNOEパターンは著しく異なっていました
  • 分裂パターンの類似性は、スピロケタールユニット上のすべての置換基がequatorial配向であることを明確に示しました。
  • これは、生成物の1つがFigure 2の構造3に関連する二重アノマー型異性体である可能性を排除します。
  • このシーケンスにおける主生成物(17)は、天然物と合成物から得られたスペクトルデータ(化学シフトとNOE)に非常に近いものを示しました。
  • 副生成物(18)は、代替の単一アノマー型異性体と一致していました。

3: 重要な化学シフトの差異

  • 化合物1718の化学シフトにおける顕著な違いは、酸素原子とジアキシャルな関係にある水素に見られます。
  • Table 1(ネアウマイシンBナンバリング)によると、17中のC25とC27の水素は、18に比べてそれぞれ1.17および0.18 ppm downfieldに位置しています。
  • 一方、17中のC33の水素は18に比べて0.7 ppm upfieldに位置しています。
  • 17中のC28のequatorial水素も立体異性体の強い指標であり、18に比べて0.67 ppm downfieldに位置しています。
  • 17における異常なdownfieldシフト(天然物でも見られる)の起源は不明ですが、この水素はアノマー配向の酸素とgauche関係にあることが指摘されています。
  • これらのスペクトルの違いは、将来のスピロケタール構造を区別するための貴重な出発点となるはずです。

考察

1: スピロ環異性体の起源

  • 構造1718の類似性は、エネルギー的にほぼ同等であるべきであることを示唆しており、これはそれらが2:1の混合物として形成されることと一致しています。
  • 純粋な18をスピロ環化条件下に置くと、1718の2:1混合物への遅い変換が見られました。
  • しかし、平衡化は環化よりもはるかに遅いため、混合物は速度論的制御から生じることを示唆しています。
  • 立体異性体は、ヘミケタール16から異なる経路を介した速度論的に制御された混合物として生成されると仮定しました (Scheme 5)。
  • 経路Aはオキソカルベニウムイオン19を経て進行し、立体電子的により好ましいaxial軌道からのアルコール付加により20を生成します(アノマー位で正味の立体化学保持)。
  • 代替経路(経路B)はアノマー中心での立体化学的反転を必要とし、SN2経路または水がオキソカルベニウムイオンと静電的に関連している中間体(21)からの立体制御を伴うSN1経路を介して発生し、22を生成します。

2: C34立体中心の再割り当ての可能性

  • 合成された主生成物17のNOE分析は、天然物のスピロ環サブユニットのそれと強い一致を示しましたが、周辺部には顕著な違いが見られました。
  • 例えば、Fenicalらは、ネアウマイシンBについて、C35とC25およびC27の水素間にNOEを報告しましたが、これは17では観察されませんでした。
  • Amos B. Smith III先生の論文も、合成された1と天然物の間で、C35領域に significant な化学シフトの差異を示していました。
  • これは、この領域が立体化学的誤りの潜在的な場所である可能性を示しています。
  • C34の立体化学的配置を反転させることで、好ましい側鎖のコンフォメーションを変化させ、この問題を解決できると仮説を立てました。

3: C34エピマーの合成と分析

  • この仮説を検証するため、必要な立体化学的配置を確立するためにanti-アルドール反応を行いました (Scheme 6)。
  • HeathcockのEvansアルドール反応バリアントがこの目的に適していることが判明しました。
  • ホウ素エノラート23をアルデヒド24とカップリングさせ、Weinrebアミド25を合成しました。
  • 続く一連の反応(BuLi添加、1,3-syn-ケトン還元、シリルエーテル形成)により26が得られました。
  • 終末アルキンのメチルケトンへの変換には、吉田らの銅触媒ボリル化条件を用いる経路が、酸に敏感なアルキンの水和に望ましい方法であることが判明しました。
  • 得られたケトン27からのエノリルシラン形成後、7とのBF3・OEt2促進アルドール反応により28が得られました。
  • 新たに生成したアルコールをアセテートに変換後、PMBエーテル切断および酸触媒環化により、スピロケタール2930相互変換可能なジアステレオマーの分離可能な2.5:1混合物として得られました。主なジアステレオマーをアセチル化して31としました。

4: C34エピマーのスペクトルとコンフォメーション

  • 化合物31のNOESY分析は、天然物で観察されるが17では見られない重要な関係性を明らかにしました。
  • 特に、H35がH25およびH27とのNOEを示しました。
  • これらの水素は平面構造では離れているように見えますが、Figure 3に示すように、ダイヤモンド格子に優先コンフォメーションを重ね合わせることで、その近接性が説明されます。
  • H34をH33に対してanti配向に置くことは、アルキル基と環の間のgauche相互作用を最小限に抑えるために望ましいです。
  • このコンフォメーションは、H35とH25およびH27の間の近接性を示しています。
  • 17の同様のコンフォメーションでは、H35はH25およびH27から離れています。

5: スペクトルと生物活性への示唆

  • 特筆すべきは、31におけるH35の化学シフトが、17のH35と比較して0.28 ppm downfieldに位置していることです。
  • これは、天然物とSmithの合成物のそれぞれの化学シフトの差異(Δδ = 0.27 ppm)と驚くほど一致しています。
  • このdownfieldシフトは、酸素原子との1,3-ジアキシャル関係にあるスピロ環内の水素との空間的類似性とも一致しています。
  • これは、分子のこの領域が rigid なコンフォメーションを持つことを意味するのではなく、コンフォメーションバイアスの変化を示唆しています。
  • この変化は、最初に提案された構造が生物活性を欠くことの一因である可能性があり、メチル基がコンフォメーション変化を誘導する能力を示しています。
  • Supporting Informationには、1731、天然ネアウマイシンB、合成ネアウマイシンB間の主要なNMR信号を比較した表が含まれています。

6: 限界点

  • 本研究はネアウマイシンBのスピロケタールサブユニットに焦点を当てています。
  • 報告された構造のすべての立体中心を検証または修正したわけではありません。
  • マクロ環の立体化学的割り当てには、追加の誤りがほぼ確実に存在すると考えられます。
  • 合成されたスピロケタール異性体(1718、または2930)は、平衡状態にあることが示されていますが、これが天然物の構造決定にどのように影響するかは完全に解明されていません。
  • 合成中間体の不安定性により、完全な特性評価ができなかった段階もあります(例:ヘミケタール16)。

結論

      • Mukaiyamaアルドール反応を介して断片を結合させ、生成物に関連する立体中心を生成する、ネアウマイシンBスピロケタールへの収束的アプローチを開発しました。
      • スピロ環化は、中心キラル立体中心と軸不斉立体発生単位の両方を生成するため、2つの単一アノマー型立体異性体のいずれかで形成される可能性があります。
      • 相互変換可能なスピロケタールの分光分析は、明確な化学シフトとNOEパターンを示し、容易な構造割り当てを可能にします。
      • 初期構造におけるNOESY相関の不足が、スピロ環のC33への側鎖における立体化学的誤割り当ての可能性を探るきっかけとなりました。
      • C34における初期の立体化学的割り当てを反転させた結果得られた分光データは、天然物のデータとはるかに整合性が高いことが示されました。
      • 本研究は、分子の一領域を修正し、天然物の構造解明における化学合成の重要な役割を改めて示すものです。

      将来の展望

              • 構造の謎を解明することは、ネアウマイシンBの抗神経膠芽腫活性に関するさらなる研究のために不可欠です。

              TAKE HOME QUIZ

              1. ネアウマイシン B の構造の中で、本論文が合成に焦点を当てている注目すべき部分はどこですか?また、その構造単位は分光データからどのようなタイプであることが示唆されていますか?
              2. 報告された合成経路で、スピロケタルの形成時に得られた主なスピロサイクル異性体は何種類でしたか?それらは「単一アノマー」型ですか、それとも「二重アノマー」型ですか? なぜ2種類以上の異性体が得られる可能性があるのですか?
              3. 合成されたスピロサイクル異性体を分析し、その構造を決定するために使用された重要な分光分析手法は何ですか? これらの分析から、主要な異性体と天然物の構造のどの点が一致していましたか?
              4. 著者らがネアウマイシン B の特定の立体中心の再アサインメントを提案した主な理由は何ですか? 具体的に、どの炭素原子の立体化学に誤りがあると仮説を立てましたか?
              5. 立体中心の配置を反転させて合成した化合物(31)が、天然物の分光データとより一致することを示した重要な分光学的観測は何ですか?

              解答

                1. 本論文が合成に焦点を当てている注目すべき部分は、ネアウマイシン Bの構造におけるスピロケタルのコアユニットです。この構造単位は、天然物の分離および全合成において得られた分光データから、単一アノマー型(structure 2)であることが示唆されています。二重アノマー異性体(structure 3)ではありません。

                2. 報告された合成経路で、スピロケタル形成時には2種類のスピロサイクル異性体が生成しました。これらの異性体はどちらも単一アノマー型であり、二重アノマー異性体は単離されませんでした。2種類以上の異性体が得られる可能性があるのは、スピロ環化プロセスが中心キラルな立体中心と軸キラルな立体生成単位の両方を生成するためです。Spiro[5.5.1]環系が軸キラルであるため、スピロ環化時に2つの立体生成単位が形成されます。

                3. 合成されたスピロサイクル異性体(17および18)を分析し、その構造を決定するために使用された重要な分光分析手法は、1H NMRおよびNOESY実験です。これらの分析から、主要な異性体(17)は、天然物または合成物から得られた化学シフトとNOEパターンが天然物と密接に一致することが明らかになりました。特に、スピロケタルユニット上の全ての置換基がエクアトリアル配向にあることが示され、これが主要な異性体と天然物の構造で一致する点でした。

                4. 著者らがネアウマイシン Bの特定の立体中心の再アサインメントを提案した主な理由は、天然物のスピロサイクル側鎖部分におけるNOEパターンが、合成した主要なスピロサイクル異性体(17)のそれと一致しなかったためです。具体的には、天然物で観察されたC35水素とC25およびC27水素間のNOEが、化合物17では観察されませんでした。この観察に基づき、著者らはC34炭素原子の立体化学に誤りがあると仮説を立てました。

                5. C34の立体中心の配置を反転させて合成した化合物(31)が、天然物の分光データとより一致することを示した重要な分光学的観測は、化合物31における特定のNOEパターンと化学シフトです。特に、化合物31のH35がH25とH27に対してNOEを示すことが観察され、これは天然物で観察される関係性です。また、化合物31H35の化学シフトが、化合物17のH35と比較して0.28 ppm downfieldに位置しており、これは天然物とSmithらの合成物質におけるそれぞれの化学シフト差(Δδ = 0.27 ppm)と非常に一致しています。これらの観測は、C34の立体化学を反転させた構造が、天然物の分光データをより正確に反映していることを示しています。

                2025年5月24日土曜日

                Catch Key Points of a Paper ~0237~

                論文のタイトル: Unlocking regioselectivity: steric effects and conformational constraints of Lewis bases in alkyllithium-initiated butadiene polymerization

                著者: Jian Tang, Yuan Fu, Jing Hua,* Jiahao Zhang, Shuoli Peng
                and Zhibo Li 
                雑誌名: Chemical Science
                巻: Volume 15, Issue 48, 20493-20502
                出版年: 2024
                DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC05144K

                背景

                1: 研究の背景

                    • アニオン重合は、均一な分子量分布を持つポリマー合成に不可欠な方法であり、共役ジエンの重合に広く利用されています。
                    • アニオン重合においては、ポリマーの微細構造、特に位置選択性(1,2-対1,4-構造ユニットの比率)を制御することが重要です。
                    • アルキルリチウムはジエンのアニオン重合で最も一般的かつ広く使用される開始剤です。
                    • 非極性溶媒中では、アルキルリチウム開始の1,3-ブタジエン重合は高い1,4-選択性を示しますが、ルイス塩基の添加により1,2-選択性へとシフトします
                    • ジエチルエーテル、THF、TMEDA、1,2-ジピペリジルエタン(DiPip)などが一般的なルイス塩基として使用され、重合選択性に大きく影響します。

                    2: 既存の手法

                    • 過去50年間、ルイス塩基が位置選択性に影響を与える主な要因は電子的効果であるという仮説が有力でした。
                    • この理論は、ルイス塩基が連鎖末端アリルカルバニオンの電荷分布を変化させ、ガンマ炭素(γ-炭素)の電子密度を高めることで1,2-付加を促進するというものです。
                    • 高い極性溶媒(例: THF)で高い1,2-構造が得られることは、この理論で部分的に説明できます。
                    • しかし、微量のTMEDA添加で1,2-含量が著しく増加するなど、既存の理論では説明できない実験現象も観察されています。
                    • 特に、構造が非常に類似しているにも関わらず、1,2-付加率に大きく異なる影響を与えるルイス塩基の存在は、既存の理論に疑問を投げかけています。

                    3: 研究の目的

                    • 本研究では、これらの既存の理論を綿密に再検証し、強みと弱みを明らかにしました。
                    • 未解決の問題を解決するため、活性種の構造をX線単結晶回折で分析し、新しいモデルを提案しました。
                    • この新しいモデルに基づいて、立体障害がブタジエン重合の位置選択性に影響を与える主要なメカニズムであるという考えを導入しました。
                    • さらに、「立体配座の制約」という概念を適用し、環状構造を持つルイス塩基による1,2-選択性の向上を説明しました。
                    • これらの新しい知見に基づき、マイルドな条件下で100%に近い1,2-選択性を達成する効率的なルイス塩基を設計・合成することを目的としました。

                    方法

                    • 本研究では、既存理論の検証と新モデルの提案・検証のために複数の実験手法を組み合わせました。
                    • in situ NMR分光法13C-NMR、1H-NMR、2H-NMR)を用いて、連鎖末端の電荷分布や活性種の異性体比率を分析しました。
                    • 同位体標識研究(重水素標識)を実施し、連鎖末端の電荷分布に関する知見を得ました。 
                    • X線単結晶回折により、活性種モデル化合物(アリルリチウム-ルイス塩基錯体)の固相構造を決定しました。
                    • 密度汎関数理論(DFT)計算を用いて、連鎖成長遷移状態のエネルギー障壁をシミュレーションしました。
                    • ルイス塩基の立体障害を定量的に評価するために、SambVcaプログラムを使用し、立体配座変化のエネルギー障壁も計算しました。

                    結果

                    1: 主要な結果
                    • in situ 13C-NMRおよび重水素標識(2H-NMR)の結果、ルイス塩基の添加に関わらず、連鎖末端の負電荷は主にアルファ炭素(α-炭素)に集中していることが示されました。
                    • ガンマ炭素(γ-炭素)の電子密度(13C-NMR化学シフトで評価)と1,2-選択性との間に明確な相関は観察されませんでした。
                    • 電子的効果は1,2-付加の向上に約30-40%しか寄与せず、その寄与は異なるルイス塩基間でほぼ一定でした。
                    • この結果は、ルイス塩基の電子的効果が位置選択性を決定する唯一の要因ではないことを示唆しています。

                    2: 構造解析結果

                    • X線単結晶回折により、活性種モデル化合物(錯体6a)は単核の歪んだ四面体構造をとることが明らかになりました。
                    • ルイス塩基(6 DiPip)はキレート配位子としてLi+に二座配位し、アリルアニオンはη3-配位モードでLi+に配位していました。
                    • DFT計算により、1,2-プロパゲーションのエネルギー障壁は、ルイス塩基の種類に関わらず、1,4-プロパゲーションよりも一貫して約1-3 kcal mol1低いことが示されました。
                    • 遷移状態理論によれば、これは1,2-プロパゲーションが1,4-プロパゲーションより10-100倍速いことを示唆しており、高い1,2-ユニット含量と一致します.

                    3: 機構解析結果

                      • DFT計算によるメカニズム解析では、1,4-付加の遷移状態において、モノマーがルイス塩基配位子に1,2-付加の場合よりも接近し、より大きな立体障害に直面することが示されました。
                      • ルイス塩基の立体障害(percent buried volumes)と1,2-選択性との間に有意な相関が観察されました。
                      • ルイス塩基の立体配座変化のエネルギー障壁が高いほど、ポリマー中の1,2-ユニット含量が高くなるという相関が発見されました。
                      • 特に、新しく設計・合成したルイス塩基11 iPrDiPzは、室温で99.8%以上の1,2-選択性を達成し、従来の最高のルイス塩基(6 DiPip)を凌駕しました。

                      考察

                      1: 主要な発見

                        • 主要な発見として、ルイス塩基によるブタジエン重合の位置選択性は、電子的効果だけでなく、立体障害によっても決定的に影響されることが明らかになりました。
                        • この立体障害メカニズムは、1,4-付加の遷移状態ではモノマーがルイス塩基配位子に接近するため、立体的にかさ高いルイス塩基が存在すると1,4-付加のエネルギー障壁が高くなることに起因します。
                        • その結果、1,4-付加が妨げられ、相対的にエネルギー障壁の低い1,2-付加が優位に進むことになります。
                        • in situ NMR研究によると、電子的効果は1,2-選択性の向上に約30-40%寄与しますが、これは異なるルイス塩基間でほぼ一定であり、立体的な違いが選択性の大きな変動の主因であることを示しています.

                        2: 主要な発見の重要性

                            • 「立体配座の制約」という概念は、一部のルイス塩基が期待される立体障害効果から逸脱する理由を説明します。
                            • 4 TEEDAや7 DiAzeのようなルイス塩基は、エチル基やアゼパニル基のC–C結合回転による立体配座の柔軟性が高く、1,4-付加に適した形状に調整できてしまうため、1,2-選択性が低下します。
                            • 対照的に、6 DiPipのような立体配座変化の障壁が高いルイス塩基は、その剛性の高さから1,4-付加に適した形状に調整しにくいため、1,2-選択性が向上します。
                            • 新しく合成されたルイス塩基群(8-11)を用いた実験は、立体配座変化障壁の高さが1,2-ユニット含量と強く相関することを示し、この理論を強力に支持しています。

                            3: 主要な発見の意味

                            • 本研究の別な重要な発見は、高い1,2-選択性を示すルイス塩基が、1,4-ユニット中のトランス-1,4/シス-1,4比率も高める傾向があることです。
                            • これは、ルイス塩基による立体効果が、1,2-/1,4-選択性と同様に、シス/トランス-1,4分布にも影響を与えるために生じます。
                            • シン-アリル活性種(トランス-1,4を生成)は、アンチ-アリル活性種(シス-1,4を生成)に比べて、かさ高いルイス塩基が存在する際により少ない空間を必要とすることがDFT計算で示されました。
                            • in situ 2H-NMRによる分析でも、体積が大きく立体配座の制約が大きいルイス塩基ほど、シン-活性種の割合が高くなることが確認され、これも立体効果によるものと考えられます。

                            4: 先行研究との比較

                            • 本研究は、ルイス塩基による位置選択性制御において、立体障害と立体配座の制約が決定的な役割を果たすことを明確にしました。
                            • これは、過去数十年にわたる「溶媒極性理論」や「電子的効果理論」といった先行研究の知見の上に成り立っていますが、それだけでは説明できなかった現象に新しい視点を提供します。
                            • 電子的効果が全く重要でないわけではなく、1,2-選択性の向上に約30-40%寄与しますが、ルイス塩基の種類による選択性の大きな違いは主に立体効果に起因することが示されました。
                            • ただし、重合温度やルイス塩基の配位能力など、他の要因もポリマーの微細構造に影響を及ぼす可能性は否定できません。
                            • 本理論を応用する上では、ルイス塩基がアリルリチウムと安定で効果的な錯体を形成することが必要です。配位が弱い場合、ルイス塩基は影響を与えません。

                            結論

                                • 本研究は、アルキルリチウム開始ブタジエンアニオン重合におけるルイス塩基の位置選択性制御機構を解明し、立体障害と立体配座の制約が決定的な要因であることを明らかにしました。
                                • この新しい理解は、1,4-付加の遷移状態におけるルイス塩基配位子とモノマー間の立体干渉が大きいことで、1,2-付加が促進されるという機構に基づいています。
                                • また、ルイス塩基が存在する場合のトランス-1,4およびシス-1,4ユニットの分布についても、立体効果によるものとして初めて説得力のある説明を提供しました。
                                • これらの知見を活かして設計された新規ルイス塩基11は、ブタジエン重合で99.8%を超える前例のない1,2-選択性を達成し、高温でも優れた性能を維持しました。
                                • 本研究は、アニオン重合における触媒設計において、電子的効果に加え、立体および立体配座の制御が非常に強力な戦略であることを示唆しています。

                                将来の展望

                                        • ルイス塩基の配位能力と立体効果・立体配座の制約との相互作用をさらに詳細に探求することが考えられます。

                                        用語集

                                        • アニオン重合 (Anionic Polymerization): 活性末端がアニオンである連鎖重合の一種。「リビング重合」や「制御重合」といった特徴を持つ。
                                        • 位置選択性 (Regioselectivity): モノマーの異なる付加様式(例: ブタジエンの1,2-付加または1,4-付加)の選択性を制御する能力。
                                        • 立体選択性 (Stereoselectivity): 重合中に形成される立体中心(例えば、1,2-ユニットのキラル中心)の配置を制御する能力。アニオン重合では通常制御が難しい。
                                        • ルイス塩基 (Lewis Base): 電子対供与体として働く化学種。アニオン重合では「極性修飾剤」または「極性添加剤」とも呼ばれる。
                                        • アルキルリチウム (Alkyllithium): アルキル基とリチウムからなる有機金属化合物。アニオン重合の開始剤として広く用いられる.
                                        • 1,4-付加 (1,4-addition): 共役ジエンが重合する際に、モノマーの1位と4位で結合が形成される様式。結果としてポリマー主鎖に内部二重結合(シス-1,4またはトランス-1,4)が導入される.
                                        • 1,2-付加 (1,2-addition): 共役ジエンが重合する際に、モノマーの1位と2位で結合が形成される様式。結果としてポリマー主鎖にビニル側鎖が導入される.
                                        • 連鎖末端アリルアニオン (Chain-end allylic carbanion): 重合が進行しているポリマー鎖の末端にある、アリル基に負電荷を持つアニオン活性種.
                                        • アルファ炭素 (α-carbon): 連鎖末端アリルアニオンにおいて、リチウムに最も近い炭素.
                                        • ガンマ炭素 (γ-carbon): 連鎖末端アリルアニオンにおいて、リチウムから最も遠い端の炭素.
                                        • DFT計算 (Density Functional Theory Calculation): 分子や材料の電子構造、エネルギー、反応経路などを理論的に計算する手法.
                                        • 遷移状態 (Transition State): 化学反応において、反応物から生成物へと変化する際に経由する、最もエネルギーが高い不安定な状態.
                                        • 立体障害 (Steric Hindrance): 分子内の原子や基の物理的な大きさや空間的な配置が、反応の進行や分子の形状に影響を与える効果.
                                        • 立体配座の制約 (Conformational Constraint): 分子内の特定の結合の回転などが制限されることで、分子がとれる形状(立体配座)が限られること.

                                          TAKE HOME QUIZ

                                          1. アルキルリチウム開始ブタジエン重合における位置選択性に関する、ルイス塩基の役割についての従来の支配的な仮説は何でしたか?
                                          2. この論文が、その仮説に加えて位置選択性に重要な役割を果たすと明らかにした新たな要因は何ですか?
                                          3. この論文で提案されている、ルイス塩基の「立体障害」が1,4-付加よりも1,2-付加を促進するメカニズムについて説明してください。
                                          4. ルイス塩基の持つ「配座拘束」(conformational constraint)という概念は、どのように特定のルイス塩基(例:6 DiPipや新しく開発された11)の1,2-選択性を高めるのに寄与しますか?
                                          5. 高い1,2-選択性を示すルイス塩基は、ポリブタジエンの1,4-ユニットにおけるシス-1,4とトランス-1,4の分布にどのように影響する傾向がありますか?
                                          6. 論文ではその理由は何だと説明されていますか?

                                          解答

                                          1. 過去50年間、ルイス塩基は主に「電子効果」を通じて位置選択性に影響を与えるという仮説が支配的でした。この理論では、ルイス塩基が連鎖末端のアリルカルバニオンの電荷分布を変化させ、γ-炭素の電子密度を増加させることで1,2-付加を促進すると考えられていました。別の視点としては、ルイス塩基が活性種をアンチ異性体からシン異性体へ移行させ、1,2-ポリブタジエンの生成を促進するという説もありました。アルキルリチウム開始ブタジエン重合において、非極性溶媒中では高い1,4-選択性を示しますが、ルイス塩基の添加によって1,2-選択性へとシフトします。

                                          2. この論文の研究は、これらの従来の理論だけでは説明できない実験現象があることを指摘しています。本研究では、従来の電子効果に加えて、「立体障害」(steric hindrance)が位置選択性に決定的な役割を果たすことを明らかにしました。さらに、ルイス塩基の「配座拘束」(conformational constraint)という概念も、特定のルイス塩基の高い1,2-選択性を説明する上で重要な要因であると述べています。

                                          3. この論文で提案されているメカニズムは、活性種のX線単結晶回折研究 およびDFT計算 に基づいています。活性種は、ルイス塩基がリガンドとしてリチウムイオンに配位したポリブタジエニルリチウムの錯体であると考えられています。立体障害が1,2-付加を促進するメカニズムは、1,4-付加の遷移状態においてモノマーがルイス塩基リガンドと空間的に接近し、大きな立体干渉が生じるためです。DFT計算の結果は、1,4-付加のエネルギー障壁が1,2-付加のエネルギー障壁よりも高い傾向にあることを示しています。特に、1,4-付加の遷移状態では、モノマーがリガンドに近接することで、1,2-付加の遷移状態よりも大きな立体障害に直面します。この立体干渉により1,4-付加が阻害され、相対的にエネルギー障壁が低い1,2-付加が優位に進むため、1,2-選択性が高まります。

                                          4. 「配座拘束」の概念は、ルイス塩基の立体障害に加えて、位置選択性に影響を与える重要な要素として導入されています。ルイス塩基が持つ配座変化のしやすさ(柔軟性)が1,2-選択性に影響します。例えば、4 TEEDAや7 DiAzeのようなルイス塩基は、エチル基やアゼパニル基のC–C結合の内部回転が可能であるため、配座の柔軟性が高いです。この柔軟性により、1,4-付加時の高い立体障害に対応するために配座を調整することが比較的容易になり、結果として1,2-選択性が低下します。対照的に、6 DiPipのようなルイス塩基は、シクロヘキシル基の配座変化障壁が高く、剛性が高いです。これにより、1,4-モノマー付加に有利な配座への調整が困難になります。新しく開発されたルイス塩基11 iPrDiPzは、C–N(iPr)–C構造により剛性が非常に高く、配座変化障壁が最も高いことが示されています。この高い配座拘束効果により、11は1,4-付加に有利な配座をとることが極めて難しくなり、その結果、他のルイス塩基よりもはるかに高い、ほぼ100%に近い1,2-選択性を達成します

                                          5. この論文では、高い1,2-選択性を示すルイス塩基は、ポリブタジエンの1,4-ユニットにおいて、トランス-1,4ユニットの比率を高める傾向があるという興味深い現象が観察されています。

                                          6. この現象は、1,2-選択性と同様に、シス-1,4とトランス-1,4の分布も「立体効果」によって支配されているためであると論文では説明されています。DFT計算および2H-NMRによる活性種の分析から、かさ高いルイス塩基が存在する場合、シス-1,4ユニットを生成する「C字型」のアンチ型アリル活性種よりも、トランス-1,4ユニットを生成する「ジグザグ型」のシン型アリル活性種の方が立体障害が少ないことが示されています。したがって、立体障害の大きいルイス塩基は、シン型活性種の生成を促進し、これがトランス-1,4ポリブタジエンユニットの形成につながると結論付けられています。つまり、ルイス塩基の立体障害は、1,2-選択性を高めるだけでなく、1,4-ユニット中のトランス-1,4選択性も同時に高める効果があるということです。

                                          2025年5月18日日曜日

                                          Catch Key Points of a Paper ~0236~

                                          論文のタイトル: Bridged Boranoanthracenes: Precursors for Free Oxoboranes through Aromatization-Driven Oxidative Extrusion

                                          著者: Stav Deri, Moran Feller, Shibaram Panda, Batya Blank, Mark A. Iron, Yael Diskin-Posner, Liat Avram, Linda J. W. Shimon, Rakesh Mondal, Samer Gnaim* 
                                          雑誌名: Journal of the American Chemical Society
                                          出版年: 2025
                                          DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c15496

                                          少し余談ですが、この分子には思い入れがありまして、過去に海外学振の申請書でこれっぽい分子の合成と応用をプロポーザルとして出していました。
                                          残念ながら、不採用という結果でしたが、興味がある人や、これから挑戦するぞという人向けに有料記事として、noteにあげたので、よかったらプロポーザルの墓前で一緒に手を合わせてやってください。

                                          背景

                                          1: 研究の背景

                                          • オキソボランは、ホウ素と酸素を含む低配位で非常に反応性の高い中間体です。
                                          • そのユニークな分子構造と電子特性、反応性から、数十年にわたり大きな関心を集めています。
                                          • これまでは、600℃以上の高温熱分解や光分解マトリックス条件など、合成的に非実用的な条件下でしか生成できませんでした。
                                          • 初めて溶液中で遊離オキソボランを生成する方法が1985年に報告されました(前駆体:ジオキサジボレタン Aの光分解)。
                                          • 1997年には別の熱的方法が開発されました(前駆体:ジチアスタンナボレタン BとDMSOの熱分解)。

                                          2: 研究の背景にある課題

                                          • 従来の常温での生成法は、特殊な立体障害を持つアリール基を持つ前駆体に依存しています。
                                          • これらの前駆体や生成したオキソボラン種は、加水分解安定性が低いという制限がありました。
                                          • そのため、研究の焦点は、ルイス酸やルイス塩基によって安定化された、単離可能なオキソボラン種の研究へとシフトしました。
                                          • 最初の例は2005年に報告された、β-ジケチミナートとAlCl3で安定化された3配位オキソボランです。
                                          • その後、様々な配位子やルイス酸で安定化された多くのオキソボランが合成されました。
                                          • 最近では、塩基フリーの2配位オキソボランや金属オキソボラン錯体も報告されています。

                                          3: 研究の目的

                                          • しかし、過去30年間、遊離オキソボラン種の効率的な生成と詳細な研究は限定的でした。
                                          • 本研究では、新しいクラスのボラノボラジエン誘導体、特に「ボラノアントラセン」を導入します。
                                          • これらの前駆体を用いて、遊離オキソボラン種を生成するための、根本的に新しいメカニズムを提案します。
                                          • このメカニズムは、酸化的な芳香族化(芳香族環ができることで安定化エネルギーを得るプロセス)によって推進されます。
                                          • これにより、これまで報告例が少ない「アミノオキソボラン」種の生成が可能になります。
                                          • 目的は、この新規生成経路、アミノオキソボランの構造、および多様な反応性を詳細に研究することです。

                                          方法

                                          1: 合成方法

                                          • 新しいブリッジ化ボラノアントラセン (1a-d) を開発しました。
                                          • これらの化合物は、マグネシウム-アントラセンと様々なアミノボランジハライドを出発物質として合成されます。 (図2A参照)
                                          • 合成は、エーテル系または芳香族溶媒中、室温で行われます。
                                          • 目的生成物 (1a-d) は、50〜75%の収率で得られ、グラムスケールでの合成も可能です.

                                          2: オキソボラン生成方法

                                          • 提案した化学経路(図1C参照)に従い、ボラノアントラセン (1a-d) と様々な酸素系ルイス塩基(酸素原子を介してホウ素に配位する塩基)の反応性を評価しました。
                                          • 反応はベンゼンを溶媒とし、70℃で行いました。
                                          • 他の酸素系ルイス塩基ではわずかな反応しか見られませんでしたが、DMSO(ジメチルスルホキシド)を用いた場合、完全な変換が達成されました。
                                          • DMSO非存在下では、原料はほとんど変化しませんでした。
                                          • DMSO存在下、ボラノアントラセンは酸化的な熱押し出し反応を起こし、アントラセンと反応性の高いアミノオキソボラン種を生成しました。

                                          3: 研究手法

                                          • 生成したアミノオキソボラン中間体の反応性を探索しました。
                                          • 具体的には、B-C結合への挿入反応や、ニトロンおよびアゾメチンイミンとのシクロ付加反応を試みました。 (図3, 4参照)
                                          • 反応の進行と生成物の構造決定は、主にNMR解析 (1H, 13C, 11B) とX線結晶構造解析によって行いました。(図2B参照)
                                          • 反応メカニズムを理解するため、DFT(密度汎関数理論)計算を実施しました。
                                          • また、低温NMRや拡散NMR、ラジカルトラッピング実験も行い、計算結果を裏付ける証拠を得ました。

                                          結果

                                          1: ボラノアントラセンの合成と構造

                                          • 図2Aに示されているように、ブリッジ化ボラノアントラセン 1a-d の合成に成功しました。
                                          •  1H NMRスペクトルでは、ベンジル位プロトン(アントラセン骨格と結合する炭素上のプロトン)に特徴的なシングレット信号が観測されました。
                                          •  11B-NMRスペクトルでは、出発物質であるアミノボランジハライドと比較して、ブリッジングホウ素原子の信号が低磁場にシフトしました。
                                          • 図2Bに示されているように、X線解析により boranoanthracenes 1a-1c および 1d のピリジン付加体の固体構造が確認されました。
                                          • 構造解析の結果、ホウ素中心がベンゾ基の片側に傾いていることや、ホウ素と窒素の結合距離がB=N二重結合に近い値であることが分かりました。

                                          2: アミノオキソボランの生成

                                          • DMSOを添加し、70℃で加熱すると、ボラノアントラセン (1a-d) は酸化的なフラグメンテーション(分子が断片化すること)を起こしました。
                                          • この反応により、アントラセンとアミノオキソボラン中間体 (1a’) が生成しました。 (図3参照)
                                          • 1H NMRにより、アントラセンが84%の収率で生成したことが確認されました。
                                          • 11B-NMRでは、反応性の高いアミノオキソボラン中間体が速やかに環状化し、ボロキシンと呼ばれる生成物に対応する幅広い信号が観測されました。
                                          • また、DMSOが酸化剤として機能した証拠として、ジメチルスルフィド(DMS)が75%の収率で検出されました。 (図7B参照)

                                          3: アミノオキソボランの反応性

                                          • 生成したアミノオキソボランは、これまでに報告されていない多様な反応性を示しました。
                                          • B-C結合への挿入反応: 特にTMS-BA (1c) および Ph-BA (1d) 由来のオキソボランは、分子内のB-C結合に挿入する反応を起こし、新規生成物 (3c, 3d) を与えました。 (図3参照) これは、オキソボラン種によるB-C結合挿入の最初の例です。
                                          • [3+2]シクロ付加反応: iPr-BA (1a) および TMS-BA (1c) 由来のオキソボランは、ニトロンと反応し、新規な5員環ボラノヘテロ環(1,3,4,2-ジオキサザボロリジン)を形成しました。 (図4A参照)
                                          • [5+2]シクロ付加反応: TMS-BA (1c) 由来のオキソボランは、アゾメチンイミンと反応し、初の7員環ボラサイクル(1,3,5,6,2-ジオキサジアザボレピノイソキノリン)を形成しました。 (図4C参照)

                                          考察

                                          1: 反応メカニズム(初期段階)

                                          • 反応メカニズムを詳細に理解するため、DFT計算と実験解析を組み合わせた研究を行いました。
                                          • 提案されたメカニズムの最初の段階は、DMSO(酸素ルイス塩基)がボラノアントラセンのホウ素中心に配位することです。
                                          • このDMSO配位付加体の形成は、低温11B-NMR解析によって支持されています。 (図6A参照) 温度を下げることで、配位した種と非配位の種の信号が分離して観測されました.
                                          • また、 1H NMRおよび拡散NMR(分子の動きを測定する方法)によっても、DMSOがボラノアントラセンに結合し、分子量の大きい新しい種を形成したことが示されました。 (図6B参照)
                                          • その後のフラグメンテーションは、酸化的な芳香族化によって駆動されると考えられます。

                                          2: 反応メカニズム(フラグメンテーション)

                                          • メカニズム研究の結果、このフラグメンテーションは段階的なラジカル経路(不対電子を持つ中間体を経る経路)で進行すると提案されています。
                                          • DFT計算は、一つのB-C結合が切れてラジカル中間体 (II) が形成される可能性を示唆しています。 (図5参照)
                                          • この段階的なラジカル経路は、分子内ラジカルトラッピング実験によってさらに支持されました。 特定のラジカル捕捉剤が存在する場合、ラジカル中間体を経由した生成物が観測されました。 (図7A参照)
                                          • 次の段階で、中間体 (II) の硫黄-酸素結合が切断され、DMSと中間体 (III) が生成します。 DMSの生成はNMRで確認されています。 (図7B参照)
                                          • 最終段階で、中間体 (III) が芳香族化し、アントラセンと反応性の高いアミノオキソボラン中間体 (IV) が生成します。 この段階は大きなエネルギーゲインを伴います。

                                          3: 従来の生成法との比較

                                          • これまでの遊離オキソボランは、高温や光分解などの苛酷な条件、あるいは特殊な前駆体と熱反応を組み合わせて生成されてきました。
                                          • 本研究で開発した方法は、比較的に穏やかな熱条件(室温〜70℃)でアミノオキソボラン種を生成できる点で異なります。
                                          • 従来の芳香族化駆動による反応性種の生成は、一般的にレドックス(酸化還元)中性のプロセスであり、炭化水素骨格の酸化と反応性種の還元が同時に起こります。
                                          • しかし、本研究のオキソボラン生成メカニズムでは、DMSOという「ノンイノセント」なルイス塩基(配位するだけでなく反応にも関わる)が関与し、酸化的な芳香族化によって反応性種の生成が駆動されます。
                                          • これは、芳香族化駆動による反応性種生成において、知られている限り初めての酸化的なプロセスを用いた例です。

                                          4: 反応性・構造の意義

                                          • アミノオキソボラン種によるB-C結合への分子間挿入反応は、私たちの知る限り最初の例です。 これは、オキソボランの未開拓の反応性経路を示唆しています。
                                          • ニトロンやアゾメチンイミンとのシクロ付加反応は、アミノオキソボランの求電子的な性質やオキソフィル性(酸素への親和性)を利用したものであり、新規なホウ素を含む複素環化合物の合成法となります。
                                          • natural resonance theory(NRT)を用いたアミノオキソボランの解析は、従来の強力なB≡O三重結合を持つオキソボランとは異なり、B-O結合とB-N結合に有意なイオン性があることを示唆しています。 (図7C参照)
                                          • これは、アミノ置換基がオキソボランの電子構造に影響を与え、その反応性を調整する可能性を示しています。
                                          • ボラノアントラセンの固体構造で見られたホウ素中心の傾きは、関連化合物の構造に関する先行研究の観察とも一致します。

                                          5: 研究の限界

                                          • 様々なボラノアントラセン前駆体 (1a-d) の反応速度には違いが見られました. 特にTMP-BA (1b) は反応完了までに10日以上を要しました。
                                          • これらの反応速度の違いは、アミン置換基の電子的および立体的な要因に起因すると考えられます。
                                          • 特に立体的に嵩高いTMP基は、DMSOのホウ素への配位を妨げ、反応を遅らせる可能性があります. これらの要因がDMSOの配位効率にどう影響するかは、さらなる研究が必要です。
                                          • メカニズム研究における一部の計算(例:中間体IからIIへの遷移)では、近似的な手法を用いる必要がありました. メカニズムの全てのステップを詳細に解明するには、さらなる計算や実験的検証が有用です。
                                          • ラジカル捕捉実験で、特定の捕捉剤を用いた際に、原料消費にもかかわらず目的のオキソボラン由来生成物が少量しか得られず、未知のホウ素種が観測されました. これは、捕捉剤の性質や反応条件により、他の複雑な副反応経路が存在する可能性を示唆します。

                                          結論

                                              • 本研究では、新しいクラスのボラノアントラセンを前駆体として開発しました。
                                              • 酸素系ルイス塩基(DMSO)の配位を起点とする、酸化的な芳香族化駆動による新しいメカニズムを通じて、遊離アミノオキソボラン種を生成できることを示しました。
                                              • これは、文献報告が少ないアミノオキソボランを生成する新しい経路を提供します。
                                              • 生成したアミノオキソボランは、これまで知られていなかった反応性、特にB-C結合への分子間挿入反応、ニトロンとの[3+2]シクロ付加、アゾメチンイミンとの[5+2]シクロ付加反応を示しました。
                                              • これらの多様な反応性は、有機化学および合成手法の分野において、アミノオキソボランが持つ未開拓の大きな潜在的可能性を明らかにしました。

                                              将来の展望

                                              • アミノオキソボランのさらなる反応性探索や、立体・電子的要因が反応に与える影響の詳細な解明が挙げられます。

                                              TAKE HOME QUIZ

                                              1. フリーオキソボラン種を生成するために本論文で提案された新規メカニズムは、何によって駆動されると述べられていますか?
                                              2. この新規メカニズムにおいて、オキソボラン生成を達成するために使用されたマイルドな酸素ルイス塩基および酸化剤は何ですか?
                                              3. 本論文で報告されている、アミノオキソボラン種の3つの異なる反応性は何ですか?
                                              4. 提案されているオキソボラン生成メカニズムの最初の段階で起こることは何ですか?
                                              5. DMSOがボラノアントラセンに配位しているという証拠は、主にどのような分析手法によって得られましたか?
                                              6. DFT計算と実験結果(ラジカルトラップ実験など)は、提案されている反応メカニズムがコンサーテッド(協奏的)経路ではなく、どのような経路で進行することを示唆していますか?その証拠は何ですか?
                                              7. NRT分析によると、アミノオキソボランの電子構造はどのような特徴を持っていますか?遊離オキソボランの代表的なB≡O三重結合構造と比較してどう異なりますか?
                                              8. 本論文で提案されている酸化芳香族化駆動メカニズムは、これまでの芳香族化駆動プロセス(通常はレドックス中性)とどのように異なると述べられていますか?

                                              解答

                                              1. フリーオキソボラン種を生成するために本論文で提案された新規メカニズムは、酸化芳香族化 (oxidative aromatization) によって駆動されるフラグメンテーションカスケードです。このプロセスは、ノンイノセントなルイス塩基が関与することで、反応性種の生成を駆動する正式な酸化を引き起こしながら芳香族化が進行すると述べられています。

                                              2. この新規メカニズムにおいて、オキソボラン生成を達成するために使用されたマイルドな酸素ルイス塩基および酸化剤は、ジメチルスルホキシド (DMSO) です。DMSOは、ボラノアントラセンへの配位によって反応を開始させ、ノンイノセントなルイス塩基および末端酸化剤として機能すると提案されています。

                                              3. 本論文で報告されている、アミノオキソボラン種の3つの異なる反応性は何ですか?

                                                • オキソボラン種のB−C結合への挿入
                                                • ニトロンとの[3 + 2]シクロ付加反応
                                                • アゾメチンイミンとの[5 + 2]シクロ付加反応
                                              4. 提案されているオキソボラン生成メカニズムの最初の段階で起こることは、酸素ルイス塩基(DMSO)のホウ素中心への配位、すなわちDMSOとボラノアントラセンの複合体形成です。

                                              5. DMSOがボラノアントラセンに配位しているという証拠は、主に以下の分析手法によって得られました:

                                                • 低温 11B-NMR分析
                                                • 1H NMRスペクトルにおける配位したDMSOの検出
                                                • 拡散NMR分光法 (Diffusion NMR spectroscopy)
                                                • 位相感応性1D-NOE実験
                                              6. DFT計算と実験結果は、提案されている反応メカニズムがコンサーテッド(協奏的)経路ではなく、ラジカル中間体を伴う二状態段階的芳香族化メカニズム、または段階的ラジカル経路で進行することを示唆しています。 その証拠としては以下が挙げられています。

                                                • DFT計算によって、中間体IIと呼ばれる、一つのB−C結合のみが切断された構造が示唆されたこと。これは二状態反応性最小エネルギー交差項 (MECP) の考慮につながりました。
                                                • 分子内ラジカルトラップ実験において、ベンジルラジカル(中間体8)が関与する可能性のある生成物 (9) が観察されたこと。
                                                • ラジカル捕捉剤 (PhSiH3) の存在下でオキソボラン形成反応が阻害されたこと。 これらの結果は、ビリジカル中間体IIの形成を示しています。
                                              7. NRT分析によると、アミノオキソボランは、B−OおよびB−N結合においてsignificantなイオン性を持つという特徴があります。これは、主にアレン様オキソボラン構造IVa (17%寄与) と構造IVb (19%寄与) の二つの主要な共鳴構造によって説明されます。 遊離オキソボランが通常、強いB−O三重結合共鳴構造を持つとされるのに対し、アミノオキソボランでは三重結合構造の寄与は小さく(例えばMeBOではMe-B≡O構造が87%寄与するのに比べ)、よりイオン性を持つ構造が主要な寄与をしています。

                                              8. これまでの反応性典型元素種の芳香族化駆動形成は、一般的にレドックス中性のプロセスを介して進行し、フラグメンテーションによって炭化水素骨格が形式的に酸化されて芳香環を形成し、同時に還元された反応性種が生成されると述べられています。 一方、本論文で提案されているオキソボラン形成メカニズムは、ノンイノセントなルイス塩基(DMSO)の関与により、反応性種の生成を駆動する正式な酸化芳香族化を促進するという点で異なります。これは、この分野におけるこのようなプロセスの最初の例であると述べられています。

                                              2025年5月17日土曜日

                                              Catch Key Points of a Paper ~0235~

                                               論文のタイトル: Low-Cost, Safe, and Anion-Flexible Method for the Electrosynthesis of Diaryliodonium Salts

                                              著者: Anton Scherkus, Aija Gudkova, Jan Čada, Bernd H. Müller, Tomas Bystron, and Robert Francke*
                                              雑誌名: Journal of Organic Chemistry
                                              巻: Volume 89, Issue 19, 14129–14134
                                              出版年: 2024
                                              DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01521

                                              背景

                                              1: 研究の背景

                                                • ジアリールヨードニウム塩の重要性
                                                  • 金属フリーで扱いやすいアリール化反応試薬として注目されています。
                                                  • 特に、特定の官能基を選択的に導入する反応に有用です。
                                                • 従来法の課題
                                                  • 多くの化学合成法は、多量の廃棄物を生じ、時間がかかります。
                                                  • また、毒性の高い試薬を用いる場合があります。
                                                • 電気化学的アプローチの利点
                                                  • 電気をクリーンで安価な酸化剤として利用できます。
                                                  • これにより、環境負荷の低い合成法が期待されます。

                                                2: 既存の手法

                                                • 既存の電解合成法
                                                  • Pletcherらによって、特定のアシッドベースの電解質を用いた方法が報告されています。
                                                  • この方法では、多くの場合、合成後にアニオン交換が必要でした。
                                                  • アニオン交換は、時間とコストがかかる工程です。
                                                • 別の電気化学的手法
                                                  • ElsherbiniとMoranによる方法では、高価なフッ素系溶媒(HFIP)が必要です。
                                                  • この方法で得られるジアリールヨードニウム塩は、特定のアニオン(トリフラートなど)に限定されます。
                                                • アニオンの重要性
                                                  • ジアリールヨードニウム塩のアニオン(対アニオン)の種類は、その後のアリール化反応の成功に強く影響することが知られています。

                                                3: 研究の目的

                                                    • 本研究の目的
                                                      • アニオンを自由に選択できる電解合成法の開発を目指しました。
                                                      • 危険な強酸や高価なフッ素化合物を避けることも重要な目標です。
                                                    • アプローチ
                                                      • アセトニトリルを溶媒とし、リチウム塩を支持電解質として用いる方法を採用しました。
                                                      • このアプローチは、MillerとHoffmannの先行研究に基づいています。
                                                    • 研究内容
                                                      • 合成条件の最適化。
                                                      • 多様な化合物の合成(基質範囲の検討)。
                                                      • 異なるアニオンを持つ塩の合成。
                                                      • 電解反応後の溶液をそのまま用いる応用の検討(ワンポット反応)。
                                                      • 生成した化合物の電気化学的性質の分析。

                                                    方法

                                                    1: 研究デザイン

                                                    • 研究デザイン
                                                      • アリールヨージドとアレーンを電解酸化により結合させる手法を用いました。
                                                      • 主に定電流(ガルバノスタット)条件下で反応を行いました。
                                                      • 電極を隔てた分割セル(H型ガラスセル)を使用しました。
                                                    • 使用機器と電極
                                                      • ガルバノスタットまたはポテンシオスタット/ガルバノスタットを電源として使用しました。
                                                      • 陰極にはガラス状炭素板を、陽極には白金シートを用いました。
                                                    • 反応温度と雰囲気
                                                      • 全ての反応は室温、大気圧下で行いました。

                                                    2: 反応条件

                                                    • 電解液組成
                                                      • アノライト(陽極室): アリールヨージド (1.0 mmol)、アレーン (5.0 mmol)、選択したリチウム塩 (5.0 mmol) をアセトニトリル (5 mL) に溶解しました。
                                                      • カソライト(陰極室): 同じリチウム塩 (5.0 mmol) をアセトニトリル (5 mL) に溶解しました。
                                                    • 最適反応条件
                                                      • 電流密度: 10 mA cm⁻² が最適であることが分かりました。
                                                      • 電荷量: 理論的には2 F/molですが、多くの場合、高収率を得るために4 F/molの電荷を流しました(ただし、一部のアニオンでは2 Fが最適でした)。
                                                      • 分割セルを用いることが高収率の鍵でした。

                                                    3: 後処理

                                                    • 生成物の単離と精製
                                                      • 電解終了後、アノライトを減圧濃縮しました。
                                                      • 残渣をカラムクロマトグラフィーで精製しました。
                                                      • 油状で得られた場合は、再結晶(CH₂Cl₂/ペンタン)を行いました。
                                                    • 収率の決定
                                                      • 主に¹H NMR分光法を用い、内部標準(メシチレン)と比較して収率を算出しました。
                                                    • その他の評価
                                                      • カソード室の沈殿物を粉末X線回折で分析しました。
                                                      • グラムスケール合成を試みました。
                                                      • ポスト電解液を用いたワンポットO-アリール化反応を行いました。
                                                      • ジアリールヨードニウム塩とヨードアレーンの電気化学的挙動を、リニアスイープボルタンメトリー(LSV)で分析しました。

                                                    結果

                                                    1: 最適化結果

                                                    • 反応条件の最適化
                                                      • ガルバノスタットモード(一定電流)での合成が可能でした。
                                                      • 最適条件下では、代表的なジアリールヨードニウム塩 (3a) が93%の収率で得られました。
                                                      • 電流密度が高すぎたり、電荷量が不足したりすると収率が低下しました。
                                                      • 電極を隔てない(準分割)セルでは収率が非常に低くなりました。
                                                    • カソード室での観察
                                                      • カソード室では沈殿物が生じ、LiOHであることが確認されました。
                                                      • これは水や大気中のO₂に由来する可能性がありますが、正確なメカニズムは不明です。

                                                    2: 基質適用範囲

                                                        • 多様な化合物の合成(基質範囲)
                                                          • 多様なアリールヨージドとアレーンの組み合わせで、合計24例のジアリールヨードニウム塩を合成しました。
                                                          • 最高で99%の単離収率を達成しました。
                                                          • 電子求引性または電子供与性の弱い置換基を持つ基質は比較的高い収率で反応しました(66-97%)。
                                                          • 強い電子供与基 (OMe) や、ケトン/アセタール基を持つ基質は、目的生成物が得られませんでした。
                                                          • 環状ジアリールヨードニウム塩の合成も可能でした(収率 41-70%)。
                                                        • グラムスケール合成
                                                          • 代表的な化合物を7 mmolスケール(グラムスケール)で合成したところ、96%の収率で成功しました。

                                                        3: 応用展開

                                                        • アニオンの導入
                                                          • 異なるリチウム塩(支持電解質)を用いることで、対応する対アニオン(ClO₄⁻, BF₄⁻, OTf⁻, NTf₂⁻, PF₆⁻)を持つジアリールヨードニウム塩を合成できました。
                                                          • PF₆⁻塩は反応中に部分的に加水分解を受け、異なるアニオンの混合物となりました。
                                                        • ワンポットO-アリール化
                                                          • 電解によりin situで生成したジアリールヨードニウム塩を含む溶液を精製せずに用い、フェノールとのO-アリール化反応を行いました。
                                                          • 目的のジフェニルエーテルを76%の収率で得ることができました.
                                                        • 電気化学的挙動
                                                          • LSV分析により、ジアリールヨードニウム塩の還元電位が置換基の電子的性質に影響されることが確認されました。
                                                          • ただし、置換基効果は対応するヨードアレーンに比べて小さいことが示されました。

                                                        考察

                                                        1: 主要な発見とその意味

                                                        • 新しい合成法の利点
                                                          • 本研究で開発した電解合成法は、低コスト、安全、非フッ素系溶媒で行えます。
                                                          • これにより、従来のジアリールヨードニウム塩合成法の課題を克服しました。
                                                          • 特に、強酸を必要としない点が大きな利点です。
                                                        • 分割セルの重要性
                                                          • 電解反応において、陽極で生成したジアリールヨードニウムイオンが陰極に移動して還元されるのを防ぐために、分割セルが不可欠です。

                                                        2: 主要な発見の重要性

                                                          • アニオン選択性の達成
                                                            • 支持電解質として用いるリチウム塩の種類を変えるだけで、目的の対アニオンを持つジアリールヨードニウム塩を合成できました。
                                                            • これにより、合成後に別工程でアニオン交換を行う必要がなくなります。
                                                            • これは、アニオンがアリール化反応の効率に大きく影響するため、非常に有用です。
                                                          • 実用性の高さ
                                                            • 多様なアリールヨージドとアレーンに対応できる幅広い基質範囲を持ちます。
                                                            • グラムスケールでの合成も可能であり、大量合成への適用性を示しました.
                                                            • ポスト電解液をそのまま使えるワンポット反応は、合成工程の簡略化に貢献します。
                                                          • 電気化学的挙動の洞察
                                                            • LSV分析から、置換基がジアリールヨードニウム塩の還元電位に影響することが分かりました。
                                                            • 電極表面への付着の可能性など、還元プロセスに関する知見が得られました。

                                                          3: 先行研究との比較

                                                          • 本研究は、PletcherらやElsherbiniらによる電解合成法の研究 や、MillerとHoffmannによる初期の検討 を踏まえています。
                                                          • アニオン効果に関するStuart et al.の研究 の重要性が、本研究のアニオン選択性への動機となりました.
                                                          • 本手法は、これらの先行研究の課題(特定のアニオンのみ、高価な溶媒、追加のアニオン交換工程など)を克服するものです.

                                                          4: 研究の限界点

                                                          • 全ての基質に適用できるわけではなく、特定の置換基(強い電子供与基やケトン/アセタール基)では目的生成物が得られませんでした。
                                                          • PF₆⁻アニオンは反応中に分解(加水分解)しました。
                                                          • 最適化された電荷量は、導入するアニオンによって調整が必要な場合があります。
                                                          • 生成物の精製には、カラムクロマトグラフィーや再結晶が必要な場合があります。
                                                          • 副生成物(ホモカップリング物や未確認物)の生成が確認されました。
                                                          • 電気化学測定において、電極表面への物質の付着が示唆されました。

                                                          結論

                                                            • 低コストで安全、アニオン選択性に優れたジアリールヨードニウム塩の新しい電解合成法を開発しました。
                                                            • 多様な構造を持つジアリールヨードニウム塩を合成でき、グラムスケール合成やワンポット反応への応用も可能です。
                                                            • ジアリールヨードニウム塩の電気化学的挙動と置換基効果に関する知見が得られました。

                                                            将来の展望

                                                            • より効率的かつ持続可能な方法で、重要なアリール化試薬であるジアリールヨードニウム塩を供給するための道を開きます.
                                                            • アニオンの種類がジアリールヨードニウム塩の電気化学的挙動や反応性に与える影響について、さらなる研究を進めています。

                                                            TAKE HOME QUIZ

                                                            • 問1: 本論文で提示されているジアリールヨードニウム塩の合成の主要な手法は何ですか?
                                                            • 問2: 既存の化学的手法や他の電解合成法と比較して、本論文で提示された電解合成法の主な利点は何ですか?
                                                            • 問3: 最適化された電解合成法では、どの溶媒が使用されていますか?
                                                            • 問4: 生成物であるジアリールヨードニウムイオンがカソードで還元されるのを防ぐために、どのようなタイプの電解セルが鍵となりますか?
                                                            • 問5: 本手法のスケールアップは実証されましたか?実証された場合、どの程度のスケールで行われましたか?
                                                            • 問6: 電解後の溶液は、精製などの追加の後処理なしに、直接さらなる反応に利用できる可能性は示されていますか?示されている場合、どのような反応が例として挙げられていますか?
                                                            • 問7: 線形掃引ボルタンメトリー(LSV)による研究から、ジアリールヨードニウム塩のレドックス挙動に対して、アリール環上のパラ位の電子的置換基はどのような影響を及ぼすことが分かりましたか?
                                                            • 問8: パラ位の電子的置換基がレドックス電位に与える影響は、ジアリールヨードニウム塩と対応するヨードアレーンのどちらでより顕著でしたか?

                                                            解答

                                                            • 問1: 本論文で提示されているジアリールヨードニウム塩の合成の主要な手法は、アノードでのアリールヨード化物とアレーンとのC-Iカップリングに基づいた電気化学的手法です。

                                                            • 問2: 既存のプロトコルと比較して、本手法は化学酸化剤、強酸、またはフッ素化溶媒を必要としない点が主な利点です。さらに、適切な支持電解質を使用することで、合成後にイオン交換を行うことなく所望の対アニオンを導入できる「アニオンの柔軟性」がある点も大きな利点とされています。本手法における「アニオンの柔軟性」とは、合成後に別途イオン交換ステップを経ることなく、電解合成の段階で所望の対アニオンを持つジアリールヨードニウム塩を直接得られることを指します。これは、使用する支持電解質の種類を選択することによって達成されます。

                                                            • 問3: 最適化された電解合成法では、溶媒としてアセトニトリル (acetonitrile) が使用されています。

                                                            • 問4: 生成物であるジアリールヨードニウムイオンがカソードで還元されるのを防ぐための鍵となるのは、分割セル (divided cell) の使用です。

                                                            • 問5: 本手法のスケールアップは実証されました。7 mmolスケール (約3.09 g) での合成が実証されています。

                                                            • 問6: 電解後のジアリールヨードニウム塩を含む溶液は、精製などの追加の後処理なしに、直接さらなる反応に利用できる可能性が示されています。例として、O-アリール化反応が挙げられています。

                                                            • 問7: 線形掃引ボルタンメトリー(LSV)による研究から、アリール環上のパラ位の電子的置換基は、ジアリールヨードニウム塩のレドックス挙動に対して明確な電子的影響を及ぼすことが分かりました。置換基定数(σp)との間に線形依存関係が見られました。

                                                            • 問8: パラ位の電子的置換基がレドックス電位に与える影響は、ジアリールヨードニウム塩よりも対応するヨードアレーンの方でより顕著でした。これは、ヨードアレーンにおけるレドックス電位と置換基定数(σp)との線形関係の傾きが、ジアリールヨードニウム塩の場合よりも大きかったことから示されています。





                                                            2025年5月10日土曜日

                                                            Catch Key Points of a Paper ~0234~

                                                             論文のタイトル: 1,3-Dipolar cyclisation reactions of nitriles with sterically encumbered cyclic triphosphanes: synthesis and electronic structure of phosphorus-rich heterocycles with tunable colour (1,3-双極子環化反応によるニトリルと立体的にかさ高い環状トリホスファンの反応: リンを豊富に含むヘテロ環の合成と電子的構造、およびその色調整可能性)

                                                            著者: Mitchell A. Nascimento, Etienne A. LaPierre*, Brian O. Patrick, Jade E. T. Watson, Lara Watanabe, Jeremy Rawson, Christian Hering-Junghans*, Ian Manners
                                                            雑誌名: Chemical Science
                                                            巻: Volume 15, Issue 30, 12006–12016
                                                            出版年: 2024
                                                            DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc02497d

                                                            背景

                                                            1: 研究の背景

                                                            • 有機化学分野では、C–CおよびC–X結合形成に関する多くの手法が確立されています。
                                                            • 対照的に、典型元素間の結合形成法はまだ十分に発展していません
                                                            • 典型化学では還元カップリングなどが用いられますが、しばしば過酷な条件を必要とします。
                                                            • これにより、官能基の導入が難しく、不要な副生成物が生成することもあります。
                                                            • 有機合成の確立された手法を無機基質に応用することで、新しい合成ルートが開かれます。
                                                            • 環化反応は、無機環状系を構築する上でリン化学で注目されています。

                                                            2: リン化合物における色

                                                            • リンを含む化合物の中には、色を示す例が報告されています。
                                                            • 例として、ホスファメチンシアニン類やジホスフェンなどがあります。
                                                            • これらの色の起源は、主にπ–π*遷移などの電子遷移によるものです。
                                                            • しかし、閉殻(非ラジカル)のリンを豊富に含む化合物で色を示す例は比較的少ないです。
                                                            • 特に、本研究の対象であるP3CNコアを持つ先行研究の化合物は、無色または淡黄色でした。

                                                            3: 研究の目的

                                                            • 本研究では、リンを豊富に含む1-アザ-2,3,4-トリホスホレン誘導体の色に焦点を当てました。
                                                            • 環状トリホスファンとニトリルの反応を通じて、新しいP3CNヘテロ環を合成しました。
                                                            • 特に、リン原子に結合した置換基の立体的な大きさが色に与える影響を調べました。
                                                            • ニトリルに由来する置換基の電子的性質の影響も評価しました。
                                                            • 色の起源、それを調整するメカニズム、および潜在的な応用可能性を明らかにすることを目指しました。

                                                            方法

                                                            1: 化合物の合成

                                                            • 立体的にかさ高い置換基を持つ環状トリホスファン(例: (PTipp)3)を出発物質としました。
                                                            • これをニトリル(RCN)および酸(トリフル酸)と反応させました。
                                                            • これにより、形式的な[3+2]環化反応が進行し、五員環構造を持つ1-アザ-2,3,4-トリホスホレニウムカチオン[1R]+)を合成しました。
                                                            • 得られたカチオン種を塩基(NEt3)で処理することにより、対応する中性種(2R)を容易に得ました。
                                                            • これらのカチオンと中性種は、酸または塩基の添加により可逆的に相互変換が可能です。
                                                            • さらに、これらのP3CNユニットをポリマー鎖に導入する手法も検討しました。

                                                            2: 構造・物性評価と理論計算

                                                            • 合成した化合物の固体構造は、単結晶X線回折(SC-XRD)により詳細に解析しました。
                                                            • 溶液中の化合物については、NMR分光法(31P{1H}, 1H, 19F NMR)を用いて構造を確認し、安定性を評価しました。
                                                            • 化合物の色や光吸収特性は、UV-Vis分光法により測定しました。
                                                            • 観測された色の電子的な起源を理解するため、DFTおよびTD-DFT計算を行いました。
                                                            • これらの理論計算には、実験的に得られた固体構造データを参考にしました。
                                                            • ポリマーについては、GPCやNMR等で評価を行いました。

                                                            3: 多様な色の発現

                                                            • カチオン種[1R]+は、リン原子の置換基(R)やニトリル由来の置換基(R)を変えることで、広範囲の色を示しました。
                                                            • 例えば、R=Tipp, R=Meで深紅色、R=Tipp or Dipp, R=Phで深青色、R=Mes, R=Phでオレンジ色 でした。
                                                            • R=tBuの場合、一般に無色または淡黄色でした。
                                                            • Rがフェニル基の場合、そのパラ置換基(例: p-MeO, p-CF3)によっても色調が変化しました(マゼンタ、ロイヤルブルーなど)。
                                                            • 対応する中性種2Rは、カチオン種とは異なる色(無色、黄色、オレンジ色など)を示し、色の可逆的なスイッチングが観察されました。
                                                            • 論文中で示されたこれらの化合物の固体および溶液での写真は、色の多様性を示しています。

                                                            結果

                                                            1: 構造と吸収の関連

                                                            • X線構造解析から、カチオン種[1R]+のP3CN環状コアは、リン上の立体障害が増すにつれて、平面からの歪み(曲がり角θ)が増加することが明らかになりました。
                                                            • 一方、中性種2Rは比較的平面に近い構造を保っていました。
                                                            • UV-Visスペクトルでは、カチオン種に低エネルギー吸収帯が観察されました。
                                                            • この吸収帯の波長と、X線構造解析で得られた環の曲がり角の間には、強い線形相関が見られました。
                                                            • つまり、環の曲がりが大きいほど、吸収波長が長波長(赤方)シフトしました。
                                                            • 論文中の曲がり角と吸収波長の関係を示すグラフを参照。

                                                            2: 電子構造と電荷移動

                                                            • DFT/TD-DFT計算により、カチオン種[1R]+の色の原因が分子内電荷移動であることが示唆されました。
                                                            • この電荷移動は、主にHOMOからLUMOへの遷移に由来します。
                                                            • HOMOはリン原子の非結合性軌道に、LUMOはニトリル由来のN=C-R部位のπ*軌道に主に分布しています。
                                                            • 立体的にかさ高い置換基による環の曲がりがHOMOのエネルギー準位を上昇させます。
                                                            • これによりHOMO-LUMOギャップが小さくなり、可視光領域での低エネルギー吸収が可能になります。
                                                            • 計算された電荷移動距離を示すD指数は約2.3 Åであり、リンからN=C-R部位への明確な電荷移動を示唆しています。

                                                            3: 高分子材料への応用

                                                            • 合成したP3CNユニットを、ラジカル重合で得られたポリ(4-シアノスチレン)鎖に化学的に結合させました。
                                                            • これにより、P3CN構造を側鎖に持つ共重合体が得られました。
                                                            • このポリマーをガラスウールに担持させたところ、酸性または塩基性の蒸気に応答して色を変化させました。
                                                            • 中性のオレンジ色から、酸性雰囲気で紫色に変化しました(カチオン化)。
                                                            • その後、塩基性雰囲気に戻すと、再びオレンジ色に戻りました(脱プロトン化)。
                                                            • この色の変化は可逆的であり、繰り返し行うことが可能でした。

                                                            考察

                                                            1: 色の起源と調整メカニズム

                                                            • 本研究は、リンを豊富に含む閉殻化合物における、立体的に誘起された色調整という珍しい例を示しました。
                                                            • 色の根本的な原因は、プロトン化によって引き起こされるP3CN環状コアの構造的な曲がりです。
                                                            • この曲がりがリン原子上のHOMOエネルギーを特異的に上昇させます。
                                                            • 結果として、リン原子からN=C-R′部位への分子内電荷移動が可視光領域で起こり、色として観測されます。
                                                            • 色の波長は、リン上の置換基の立体的な大きさを制御することで、効果的に調整できます。
                                                            • ニトリル置換基の電子的性質を変化させることでも、LUMOエネルギーが調整され、色に影響を与えます。

                                                            2: 構造-性質関係と材料設計への示唆

                                                            • 本研究で明らかになった、環の曲がり角と電荷移動吸収波長の間の明確な線形相関は重要です。
                                                            • これは、化合物の基底状態の構造が光物理的性質に直接影響を与えることを示しています。
                                                            • この構造-性質相関は、ニクトゲン(リン族元素)を含む電荷移動材料の合理的な設計に向けた新しい洞察を提供します。
                                                            • 開発した化合物は、比較的合成が容易で、構造がモジュール式に改変可能であり、かつ光安定性も良好です。
                                                            • これらの特性は、様々な応用における利用可能性を示唆しています。

                                                            3: プロトン応答性とセンサー応用

                                                            • カチオン種と中性種の間で観測された可逆的な色変化は、Brønsted酸-塩基に応答するスイッチとして機能します。
                                                            • このプロトン応答性という特徴は、化学センサーなどへの応用が期待されます。
                                                            • 概念実証として、P3CNユニットをポリマー鎖に共有結合させた比色センサーを開発しました。
                                                            • このポリマーセンサーは、酸性・塩基性ガスに空気中で安定に、かつ可逆的に応答しました。
                                                            • 将来の研究課題として、より扱いやすい形態(例: 薄膜)のポリマーセンサー開発などが考えられます。

                                                            結論

                                                              • 本研究により、リンを豊富に含む1-アザ-2,3,4-トリホスホレンおよびカチオン種が、新規の電荷移動現象により色を示すことが明らかになりました。
                                                              • 色の起源は、立体障害による環の構造的な曲がりと関連する分子内電荷移動にあります。
                                                              • リンおよびニトリル上の置換基を設計することで、化合物の色を効果的に調整できることを示しました。
                                                              • 特に、環の曲がり角と電荷移動吸収波長の間の明確な構造-性質相関を発見しました。

                                                              将来の展望

                                                                    • これらの化合物は、電荷移動材料の設計や、プロトン応答性センサーなどへの応用が期待されます。
                                                                    • 今回の発見は、ニクトゲンを含む材料の設計に新たな道を開くものです。

                                                                    TAKE HOME QUIZ

                                                                    1. この論文で報告されている、合成・研究された主な化合物は何ですか?

                                                                      • a) 有機アジド
                                                                      • b) 循環トリホスファン
                                                                      • c) リン(P)を豊富に含む複素環
                                                                      • d) ホスファアルキン
                                                                    2. これらのカチオン性種([1R]+)を合成するために使用された主要な反応タイプは何ですか?

                                                                      • a) 塩複分解反応
                                                                      • b) Huisgen環化付加反応
                                                                      • c) 形式的な[3+2]-環化反応
                                                                      • d) 還元的カップリング反応
                                                                    3. カチオン性種([1R]+)の色の調整に寄与する主な要因は何ですか?(最も適切なものをすべて選んでください)

                                                                      • a) 溶媒の種類
                                                                      • b) リン(P)上の置換基の立体的な大きさ
                                                                      • c) ニトリル(R′CN)結合パートナーの電子的特性
                                                                      • d) 反応温度
                                                                    4. カチオン性種において観測された色の主な起源として、論文で特定された現象は何ですか?

                                                                      • a) π–π*遷移
                                                                      • b) 分子内電荷移動
                                                                      • c) 金属中心への配位
                                                                      • d) 分子振動
                                                                    5. この論文で実証された、これらの化合物またはそれらを組み込んだポリマーの潜在的な応用は何ですか?

                                                                      • a) 温度センサー
                                                                      • b) 湿度センサー
                                                                      • c) プロトン(酸)およびアンモニア(塩基)センサー
                                                                      • d) 光電池材料
                                                                    6. カチオン性種([1R]+)の色(特に低エネルギー吸収帯の波長)と強く相関することが見出された構造的特徴は何ですか?

                                                                      • a) P-P結合距離
                                                                      • b) C-N結合距離
                                                                      • c) P3CNリングの曲がり角度
                                                                      • d) 分子全体の平面性

                                                                    解答

                                                                    1. (c)(特に1-aza-2,3,4-triphospholeniumカチオンとその中性体)
                                                                    2. (c)
                                                                    3. (b),(c)
                                                                    4. (b)(Intramolecular Charge Transfer, ICT)
                                                                    5. (c)
                                                                    6. (c)