2025年5月10日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0234~

 論文のタイトル: 1,3-Dipolar cyclisation reactions of nitriles with sterically encumbered cyclic triphosphanes: synthesis and electronic structure of phosphorus-rich heterocycles with tunable colour (1,3-双極子環化反応によるニトリルと立体的にかさ高い環状トリホスファンの反応: リンを豊富に含むヘテロ環の合成と電子的構造、およびその色調整可能性)

著者: Mitchell A. Nascimento, Etienne A. LaPierre*, Brian O. Patrick, Jade E. T. Watson, Lara Watanabe, Jeremy Rawson, Christian Hering-Junghans*, Ian Manners
雑誌名: Chemical Science
巻: Volume 15, Issue 30, 12006–12016
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc02497d

背景

1: 研究の背景

  • 有機化学分野では、C–CおよびC–X結合形成に関する多くの手法が確立されています。
  • 対照的に、典型元素間の結合形成法はまだ十分に発展していません
  • 典型化学では還元カップリングなどが用いられますが、しばしば過酷な条件を必要とします。
  • これにより、官能基の導入が難しく、不要な副生成物が生成することもあります。
  • 有機合成の確立された手法を無機基質に応用することで、新しい合成ルートが開かれます。
  • 環化反応は、無機環状系を構築する上でリン化学で注目されています。

2: リン化合物における色

  • リンを含む化合物の中には、色を示す例が報告されています。
  • 例として、ホスファメチンシアニン類やジホスフェンなどがあります。
  • これらの色の起源は、主にπ–π*遷移などの電子遷移によるものです。
  • しかし、閉殻(非ラジカル)のリンを豊富に含む化合物で色を示す例は比較的少ないです。
  • 特に、本研究の対象であるP3CNコアを持つ先行研究の化合物は、無色または淡黄色でした。

3: 研究の目的

  • 本研究では、リンを豊富に含む1-アザ-2,3,4-トリホスホレン誘導体の色に焦点を当てました。
  • 環状トリホスファンとニトリルの反応を通じて、新しいP3CNヘテロ環を合成しました。
  • 特に、リン原子に結合した置換基の立体的な大きさが色に与える影響を調べました。
  • ニトリルに由来する置換基の電子的性質の影響も評価しました。
  • 色の起源、それを調整するメカニズム、および潜在的な応用可能性を明らかにすることを目指しました。

方法

1: 化合物の合成

  • 立体的にかさ高い置換基を持つ環状トリホスファン(例: (PTipp)3)を出発物質としました。
  • これをニトリル(RCN)および酸(トリフル酸)と反応させました。
  • これにより、形式的な[3+2]環化反応が進行し、五員環構造を持つ1-アザ-2,3,4-トリホスホレニウムカチオン[1R]+)を合成しました。
  • 得られたカチオン種を塩基(NEt3)で処理することにより、対応する中性種(2R)を容易に得ました。
  • これらのカチオンと中性種は、酸または塩基の添加により可逆的に相互変換が可能です。
  • さらに、これらのP3CNユニットをポリマー鎖に導入する手法も検討しました。

2: 構造・物性評価と理論計算

  • 合成した化合物の固体構造は、単結晶X線回折(SC-XRD)により詳細に解析しました。
  • 溶液中の化合物については、NMR分光法(31P{1H}, 1H, 19F NMR)を用いて構造を確認し、安定性を評価しました。
  • 化合物の色や光吸収特性は、UV-Vis分光法により測定しました。
  • 観測された色の電子的な起源を理解するため、DFTおよびTD-DFT計算を行いました。
  • これらの理論計算には、実験的に得られた固体構造データを参考にしました。
  • ポリマーについては、GPCやNMR等で評価を行いました。

3: 多様な色の発現

  • カチオン種[1R]+は、リン原子の置換基(R)やニトリル由来の置換基(R)を変えることで、広範囲の色を示しました。
  • 例えば、R=Tipp, R=Meで深紅色、R=Tipp or Dipp, R=Phで深青色、R=Mes, R=Phでオレンジ色 でした。
  • R=tBuの場合、一般に無色または淡黄色でした。
  • Rがフェニル基の場合、そのパラ置換基(例: p-MeO, p-CF3)によっても色調が変化しました(マゼンタ、ロイヤルブルーなど)。
  • 対応する中性種2Rは、カチオン種とは異なる色(無色、黄色、オレンジ色など)を示し、色の可逆的なスイッチングが観察されました。
  • 論文中で示されたこれらの化合物の固体および溶液での写真は、色の多様性を示しています。

結果

1: 構造と吸収の関連

  • X線構造解析から、カチオン種[1R]+のP3CN環状コアは、リン上の立体障害が増すにつれて、平面からの歪み(曲がり角θ)が増加することが明らかになりました。
  • 一方、中性種2Rは比較的平面に近い構造を保っていました。
  • UV-Visスペクトルでは、カチオン種に低エネルギー吸収帯が観察されました。
  • この吸収帯の波長と、X線構造解析で得られた環の曲がり角の間には、強い線形相関が見られました。
  • つまり、環の曲がりが大きいほど、吸収波長が長波長(赤方)シフトしました。
  • 論文中の曲がり角と吸収波長の関係を示すグラフを参照。

2: 電子構造と電荷移動

  • DFT/TD-DFT計算により、カチオン種[1R]+の色の原因が分子内電荷移動であることが示唆されました。
  • この電荷移動は、主にHOMOからLUMOへの遷移に由来します。
  • HOMOはリン原子の非結合性軌道に、LUMOはニトリル由来のN=C-R部位のπ*軌道に主に分布しています。
  • 立体的にかさ高い置換基による環の曲がりがHOMOのエネルギー準位を上昇させます。
  • これによりHOMO-LUMOギャップが小さくなり、可視光領域での低エネルギー吸収が可能になります。
  • 計算された電荷移動距離を示すD指数は約2.3 Åであり、リンからN=C-R部位への明確な電荷移動を示唆しています。

3: 高分子材料への応用

  • 合成したP3CNユニットを、ラジカル重合で得られたポリ(4-シアノスチレン)鎖に化学的に結合させました。
  • これにより、P3CN構造を側鎖に持つ共重合体が得られました。
  • このポリマーをガラスウールに担持させたところ、酸性または塩基性の蒸気に応答して色を変化させました。
  • 中性のオレンジ色から、酸性雰囲気で紫色に変化しました(カチオン化)。
  • その後、塩基性雰囲気に戻すと、再びオレンジ色に戻りました(脱プロトン化)。
  • この色の変化は可逆的であり、繰り返し行うことが可能でした。

考察

1: 色の起源と調整メカニズム

  • 本研究は、リンを豊富に含む閉殻化合物における、立体的に誘起された色調整という珍しい例を示しました。
  • 色の根本的な原因は、プロトン化によって引き起こされるP3CN環状コアの構造的な曲がりです。
  • この曲がりがリン原子上のHOMOエネルギーを特異的に上昇させます。
  • 結果として、リン原子からN=C-R′部位への分子内電荷移動が可視光領域で起こり、色として観測されます。
  • 色の波長は、リン上の置換基の立体的な大きさを制御することで、効果的に調整できます。
  • ニトリル置換基の電子的性質を変化させることでも、LUMOエネルギーが調整され、色に影響を与えます。

2: 構造-性質関係と材料設計への示唆

  • 本研究で明らかになった、環の曲がり角と電荷移動吸収波長の間の明確な線形相関は重要です。
  • これは、化合物の基底状態の構造が光物理的性質に直接影響を与えることを示しています。
  • この構造-性質相関は、ニクトゲン(リン族元素)を含む電荷移動材料の合理的な設計に向けた新しい洞察を提供します。
  • 開発した化合物は、比較的合成が容易で、構造がモジュール式に改変可能であり、かつ光安定性も良好です。
  • これらの特性は、様々な応用における利用可能性を示唆しています。

3: プロトン応答性とセンサー応用

  • カチオン種と中性種の間で観測された可逆的な色変化は、Brønsted酸-塩基に応答するスイッチとして機能します。
  • このプロトン応答性という特徴は、化学センサーなどへの応用が期待されます。
  • 概念実証として、P3CNユニットをポリマー鎖に共有結合させた比色センサーを開発しました。
  • このポリマーセンサーは、酸性・塩基性ガスに空気中で安定に、かつ可逆的に応答しました。
  • 将来の研究課題として、より扱いやすい形態(例: 薄膜)のポリマーセンサー開発などが考えられます。

結論

    • 本研究により、リンを豊富に含む1-アザ-2,3,4-トリホスホレンおよびカチオン種が、新規の電荷移動現象により色を示すことが明らかになりました。
    • 色の起源は、立体障害による環の構造的な曲がりと関連する分子内電荷移動にあります。
    • リンおよびニトリル上の置換基を設計することで、化合物の色を効果的に調整できることを示しました。
    • 特に、環の曲がり角と電荷移動吸収波長の間の明確な構造-性質相関を発見しました。

    将来の展望

          • これらの化合物は、電荷移動材料の設計や、プロトン応答性センサーなどへの応用が期待されます。
          • 今回の発見は、ニクトゲンを含む材料の設計に新たな道を開くものです。

          TAKE HOME QUIZ

          1. この論文で報告されている、合成・研究された主な化合物は何ですか?

            • a) 有機アジド
            • b) 循環トリホスファン
            • c) リン(P)を豊富に含む複素環
            • d) ホスファアルキン
          2. これらのカチオン性種([1R]+)を合成するために使用された主要な反応タイプは何ですか?

            • a) 塩複分解反応
            • b) Huisgen環化付加反応
            • c) 形式的な[3+2]-環化反応
            • d) 還元的カップリング反応
          3. カチオン性種([1R]+)の色の調整に寄与する主な要因は何ですか?(最も適切なものをすべて選んでください)

            • a) 溶媒の種類
            • b) リン(P)上の置換基の立体的な大きさ
            • c) ニトリル(R′CN)結合パートナーの電子的特性
            • d) 反応温度
          4. カチオン性種において観測された色の主な起源として、論文で特定された現象は何ですか?

            • a) π–π*遷移
            • b) 分子内電荷移動
            • c) 金属中心への配位
            • d) 分子振動
          5. この論文で実証された、これらの化合物またはそれらを組み込んだポリマーの潜在的な応用は何ですか?

            • a) 温度センサー
            • b) 湿度センサー
            • c) プロトン(酸)およびアンモニア(塩基)センサー
            • d) 光電池材料
          6. カチオン性種([1R]+)の色(特に低エネルギー吸収帯の波長)と強く相関することが見出された構造的特徴は何ですか?

            • a) P-P結合距離
            • b) C-N結合距離
            • c) P3CNリングの曲がり角度
            • d) 分子全体の平面性

          解答

          1. (c)(特に1-aza-2,3,4-triphospholeniumカチオンとその中性体)
          2. (c)
          3. (b),(c)
          4. (b)(Intramolecular Charge Transfer, ICT)
          5. (c)
          6. (c)


           

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