論文のタイトル: Low-Cost, Safe, and Anion-Flexible Method for the Electrosynthesis of Diaryliodonium Salts
背景
1: 研究の背景
- ジアリールヨードニウム塩の重要性
- 金属フリーで扱いやすいアリール化反応試薬として注目されています。
- 特に、特定の官能基を選択的に導入する反応に有用です。
- 従来法の課題
- 多くの化学合成法は、多量の廃棄物を生じ、時間がかかります。
- また、毒性の高い試薬を用いる場合があります。
- 電気化学的アプローチの利点
- 電気をクリーンで安価な酸化剤として利用できます。
- これにより、環境負荷の低い合成法が期待されます。
2: 既存の手法
- 既存の電解合成法
- Pletcherらによって、特定のアシッドベースの電解質を用いた方法が報告されています。
- この方法では、多くの場合、合成後にアニオン交換が必要でした。
- アニオン交換は、時間とコストがかかる工程です。
- 別の電気化学的手法
- ElsherbiniとMoranによる方法では、高価なフッ素系溶媒(HFIP)が必要です。
- この方法で得られるジアリールヨードニウム塩は、特定のアニオン(トリフラートなど)に限定されます。
- アニオンの重要性
- ジアリールヨードニウム塩のアニオン(対アニオン)の種類は、その後のアリール化反応の成功に強く影響することが知られています。
3: 研究の目的
- 本研究の目的
- アニオンを自由に選択できる電解合成法の開発を目指しました。
- 危険な強酸や高価なフッ素化合物を避けることも重要な目標です。
- アプローチ
- アセトニトリルを溶媒とし、リチウム塩を支持電解質として用いる方法を採用しました。
- このアプローチは、MillerとHoffmannの先行研究に基づいています。
- 研究内容
- 合成条件の最適化。
- 多様な化合物の合成(基質範囲の検討)。
- 異なるアニオンを持つ塩の合成。
- 電解反応後の溶液をそのまま用いる応用の検討(ワンポット反応)。
- 生成した化合物の電気化学的性質の分析。
方法
1: 研究デザイン
- 研究デザイン
- アリールヨージドとアレーンを電解酸化により結合させる手法を用いました。
- 主に定電流(ガルバノスタット)条件下で反応を行いました。
- 電極を隔てた分割セル(H型ガラスセル)を使用しました。
- 使用機器と電極
- ガルバノスタットまたはポテンシオスタット/ガルバノスタットを電源として使用しました。
- 陰極にはガラス状炭素板を、陽極には白金シートを用いました。
- 反応温度と雰囲気
- 全ての反応は室温、大気圧下で行いました。
2: 反応条件
- 電解液組成
- アノライト(陽極室): アリールヨージド (1.0 mmol)、アレーン (5.0 mmol)、選択したリチウム塩 (5.0 mmol) をアセトニトリル (5 mL) に溶解しました。
- カソライト(陰極室): 同じリチウム塩 (5.0 mmol) をアセトニトリル (5 mL) に溶解しました。
- 最適反応条件
- 電流密度: 10 mA cm⁻² が最適であることが分かりました。
- 電荷量: 理論的には2 F/molですが、多くの場合、高収率を得るために4 F/molの電荷を流しました(ただし、一部のアニオンでは2 Fが最適でした)。
- 分割セルを用いることが高収率の鍵でした。
3: 後処理
- 生成物の単離と精製
- 電解終了後、アノライトを減圧濃縮しました。
- 残渣をカラムクロマトグラフィーで精製しました。
- 油状で得られた場合は、再結晶(CH₂Cl₂/ペンタン)を行いました。
- 収率の決定
- 主に¹H NMR分光法を用い、内部標準(メシチレン)と比較して収率を算出しました。
- その他の評価
- カソード室の沈殿物を粉末X線回折で分析しました。
- グラムスケール合成を試みました。
- ポスト電解液を用いたワンポットO-アリール化反応を行いました。
- ジアリールヨードニウム塩とヨードアレーンの電気化学的挙動を、リニアスイープボルタンメトリー(LSV)で分析しました。
結果
1: 最適化結果
- 反応条件の最適化
- ガルバノスタットモード(一定電流)での合成が可能でした。
- 最適条件下では、代表的なジアリールヨードニウム塩 (3a) が93%の収率で得られました。
- 電流密度が高すぎたり、電荷量が不足したりすると収率が低下しました。
- 電極を隔てない(準分割)セルでは収率が非常に低くなりました。
- カソード室での観察
- カソード室では沈殿物が生じ、LiOHであることが確認されました。
- これは水や大気中のO₂に由来する可能性がありますが、正確なメカニズムは不明です。
2: 基質適用範囲
- 多様な化合物の合成(基質範囲)
- 多様なアリールヨージドとアレーンの組み合わせで、合計24例のジアリールヨードニウム塩を合成しました。
- 最高で99%の単離収率を達成しました。
- 電子求引性または電子供与性の弱い置換基を持つ基質は比較的高い収率で反応しました(66-97%)。
- 強い電子供与基 (OMe) や、ケトン/アセタール基を持つ基質は、目的生成物が得られませんでした。
- 環状ジアリールヨードニウム塩の合成も可能でした(収率 41-70%)。
- グラムスケール合成
- 代表的な化合物を7 mmolスケール(グラムスケール)で合成したところ、96%の収率で成功しました。
3: 応用展開
- アニオンの導入
- 異なるリチウム塩(支持電解質)を用いることで、対応する対アニオン(ClO₄⁻, BF₄⁻, OTf⁻, NTf₂⁻, PF₆⁻)を持つジアリールヨードニウム塩を合成できました。
- PF₆⁻塩は反応中に部分的に加水分解を受け、異なるアニオンの混合物となりました。
- ワンポットO-アリール化
- 電解によりin situで生成したジアリールヨードニウム塩を含む溶液を精製せずに用い、フェノールとのO-アリール化反応を行いました。
- 目的のジフェニルエーテルを76%の収率で得ることができました.
- 電気化学的挙動
- LSV分析により、ジアリールヨードニウム塩の還元電位が置換基の電子的性質に影響されることが確認されました。
- ただし、置換基効果は対応するヨードアレーンに比べて小さいことが示されました。
考察
1: 主要な発見とその意味
- 新しい合成法の利点
- 本研究で開発した電解合成法は、低コスト、安全、非フッ素系溶媒で行えます。
- これにより、従来のジアリールヨードニウム塩合成法の課題を克服しました。
- 特に、強酸を必要としない点が大きな利点です。
- 分割セルの重要性
- 電解反応において、陽極で生成したジアリールヨードニウムイオンが陰極に移動して還元されるのを防ぐために、分割セルが不可欠です。
2: 主要な発見の重要性
- アニオン選択性の達成
- 支持電解質として用いるリチウム塩の種類を変えるだけで、目的の対アニオンを持つジアリールヨードニウム塩を合成できました。
- これにより、合成後に別工程でアニオン交換を行う必要がなくなります。
- これは、アニオンがアリール化反応の効率に大きく影響するため、非常に有用です。
- 実用性の高さ
- 多様なアリールヨージドとアレーンに対応できる幅広い基質範囲を持ちます。
- グラムスケールでの合成も可能であり、大量合成への適用性を示しました.
- ポスト電解液をそのまま使えるワンポット反応は、合成工程の簡略化に貢献します。
- 電気化学的挙動の洞察
- LSV分析から、置換基がジアリールヨードニウム塩の還元電位に影響することが分かりました。
- 電極表面への付着の可能性など、還元プロセスに関する知見が得られました。
3: 先行研究との比較
- 本研究は、PletcherらやElsherbiniらによる電解合成法の研究 や、MillerとHoffmannによる初期の検討 を踏まえています。
- アニオン効果に関するStuart et al.の研究 の重要性が、本研究のアニオン選択性への動機となりました.
- 本手法は、これらの先行研究の課題(特定のアニオンのみ、高価な溶媒、追加のアニオン交換工程など)を克服するものです.
4: 研究の限界点
- 全ての基質に適用できるわけではなく、特定の置換基(強い電子供与基やケトン/アセタール基)では目的生成物が得られませんでした。
- PF₆⁻アニオンは反応中に分解(加水分解)しました。
- 最適化された電荷量は、導入するアニオンによって調整が必要な場合があります。
- 生成物の精製には、カラムクロマトグラフィーや再結晶が必要な場合があります。
- 副生成物(ホモカップリング物や未確認物)の生成が確認されました。
- 電気化学測定において、電極表面への物質の付着が示唆されました。
結論
- 低コストで安全、アニオン選択性に優れたジアリールヨードニウム塩の新しい電解合成法を開発しました。
- 多様な構造を持つジアリールヨードニウム塩を合成でき、グラムスケール合成やワンポット反応への応用も可能です。
- ジアリールヨードニウム塩の電気化学的挙動と置換基効果に関する知見が得られました。
将来の展望
- より効率的かつ持続可能な方法で、重要なアリール化試薬であるジアリールヨードニウム塩を供給するための道を開きます.
- アニオンの種類がジアリールヨードニウム塩の電気化学的挙動や反応性に与える影響について、さらなる研究を進めています。
TAKE HOME QUIZ
- 問1: 本論文で提示されているジアリールヨードニウム塩の合成の主要な手法は何ですか?
- 問2: 既存の化学的手法や他の電解合成法と比較して、本論文で提示された電解合成法の主な利点は何ですか?
- 問3: 最適化された電解合成法では、どの溶媒が使用されていますか?
- 問4: 生成物であるジアリールヨードニウムイオンがカソードで還元されるのを防ぐために、どのようなタイプの電解セルが鍵となりますか?
- 問5: 本手法のスケールアップは実証されましたか?実証された場合、どの程度のスケールで行われましたか?
- 問6: 電解後の溶液は、精製などの追加の後処理なしに、直接さらなる反応に利用できる可能性は示されていますか?示されている場合、どのような反応が例として挙げられていますか?
- 問7: 線形掃引ボルタンメトリー(LSV)による研究から、ジアリールヨードニウム塩のレドックス挙動に対して、アリール環上のパラ位の電子的置換基はどのような影響を及ぼすことが分かりましたか?
- 問8: パラ位の電子的置換基がレドックス電位に与える影響は、ジアリールヨードニウム塩と対応するヨードアレーンのどちらでより顕著でしたか?
解答
-
問1: 本論文で提示されているジアリールヨードニウム塩の合成の主要な手法は、アノードでのアリールヨード化物とアレーンとのC-Iカップリングに基づいた電気化学的手法です。
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問2: 既存のプロトコルと比較して、本手法は化学酸化剤、強酸、またはフッ素化溶媒を必要としない点が主な利点です。さらに、適切な支持電解質を使用することで、合成後にイオン交換を行うことなく所望の対アニオンを導入できる「アニオンの柔軟性」がある点も大きな利点とされています。本手法における「アニオンの柔軟性」とは、合成後に別途イオン交換ステップを経ることなく、電解合成の段階で所望の対アニオンを持つジアリールヨードニウム塩を直接得られることを指します。これは、使用する支持電解質の種類を選択することによって達成されます。
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問3: 最適化された電解合成法では、溶媒としてアセトニトリル (acetonitrile) が使用されています。
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問4: 生成物であるジアリールヨードニウムイオンがカソードで還元されるのを防ぐための鍵となるのは、分割セル (divided cell) の使用です。
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問5: 本手法のスケールアップは実証されました。7 mmolスケール (約3.09 g) での合成が実証されています。
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問6: 電解後のジアリールヨードニウム塩を含む溶液は、精製などの追加の後処理なしに、直接さらなる反応に利用できる可能性が示されています。例として、O-アリール化反応が挙げられています。
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問7: 線形掃引ボルタンメトリー(LSV)による研究から、アリール環上のパラ位の電子的置換基は、ジアリールヨードニウム塩のレドックス挙動に対して明確な電子的影響を及ぼすことが分かりました。置換基定数(σp)との間に線形依存関係が見られました。
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問8: パラ位の電子的置換基がレドックス電位に与える影響は、ジアリールヨードニウム塩よりも対応するヨードアレーンの方でより顕著でした。これは、ヨードアレーンにおけるレドックス電位と置換基定数(σp)との線形関係の傾きが、ジアリールヨードニウム塩の場合よりも大きかったことから示されています。
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