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ひょんなことから、特集号のゲストエディターを務めることになりました。 Surfaces | Special Issue : Nanocarbons: Advances and Innovations オープンアクセス(OA)ジャーナルのため、掲載料(およそ27万円)が必要です。ま...

2025年7月22日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0243~

論文のタイトル:  Pronounced electronic modulation of geometrically-regulated metalloenediyne cyclization

著者: Sarah E. Lindahl, Erin M. Metzger, Chun-Hsing Chen, Maren Pink, and Jeffrey M. Zaleski*
雑誌名: Chemical Science
巻: Vol. 16, Issue 1, pp. 255-279
出版年: 2025
DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc05396f

背景

1: エンジインとその反応性

  • エンジイン(1,5-ジイン-3-エン機能性)は、30年以上前に発見された生物活性を持つ天然物です。
  • その独特な環化反応性は、正宗とバーグマンによってそれより10年以上前に記述されました。
  • 現在までに、14種類のエンジインと5種類の環化化合物が構造的に特徴づけられています。
  • 第2世代のカリケアマイシン抗体薬物複合体(マイロターグとベスポンサ)は、2017年にFDA承認され、急性骨髄性白血病やリンパ性白血病に対し低ナノモルからピコモルの活性を示しました。
  • ニコラウらは、自発的な環化が発生する臨界距離(d: 3.2~3.31 Å)を提唱し、シュライナーはこれを2.9~3.4 Åに拡張しました。
  • 金属フラグメントとの複合化は、結合したエンジイン基質を活性化する動的なプラットフォームを提供します。

2: 未解決の課題

  • 多くの天然エンジインは、室温で反応が速すぎるため、直接的な薬剤としての利用が困難です。
  • 反応性を微調整できる合成アナログの配列は、まだ十分に確立されていません。
  • エンジインユニットが自然界で果たす役割は、まだ完全に定義されていません。
  • 研究者は、1,5-ジイン-3-エンユニットの基本的な反応性を決定する幾何学的および電子的構造パラメーターを十分に理解し、活用するに至っていません。
  • 金属によって幾何学的に変調されたエンジインフレームワークへの電子的影響に関する報告例は少ない。

3: 研究の目的

  • 本研究は、未探索のホスフィン末端の電子的修飾が、室温での正宗・バーグマン環化の動力学を加速または遅延させる可能性を調査することを目的としています。
  • 多様な熱安定性ホスフィンエンジイン配位子(dxpeb)を用いて、新規なシスプラチン様Pt(II)メタロエンジイン(3, Pt(dxpeb)Cl2)の合成を目指しました。
  • これらの複合体が、熱的正宗・バーグマン環化動力学にユニークな電子的摂動をもたらすことを示します。
  • 幾何学的に剛直なフレームワークにおいて、離れた位置でのエンジイン機能化が活性化障壁に顕著な影響を与えることを実証します。
  • 本研究は、幾何学的および電子的制御メカニズムを選択的に融合させ、熱的に安定な構造の反応性を高める、または自発的に反応する分子を安定化させることを目指します。
  • これにより、歴史的な臨界距離の下限に位置する分子構造も結晶化して詳細に構造を解明し、あるいは本来反応性であるはずの分子が電子的な均衡によって長時間安定化されることを可能にします。

方法

1: 研究デザイン

  • 本研究では、様々な機能化ホスフィンエンジイン配位子(1a1h)と、その白金(II)複合体(3a3g)の合成と特性評価を行いました。
  • ホスフィン酸化物アナログ(2a2h)も合成され、基底状態でのアルキン電荷分布を実験的に調べるためのモデル系として利用されました。
  • メタロエンジインの環化生成物への変換は31P NMR分光法を用いて溶液中の動力学的研究として監視されました。
  • 密度汎関数理論(DFT)計算が、反応プロファイル、活性化障壁、分子軌道をモデル化し、電子的制御のメカニズムを視覚化するために利用されました。

2: 化合物選択と合成

  • 熱的に安定なホスフィンエンジイン配位子(dxpeb)の多様な配列が合成され、アリール置換基(Ph, Ph-pOCH3, Ph-pCF3, Ph-m2CH3, Ph-m2CF3)とアルキル置換基(iPr, Cy, tBu)の両方を含んでいます。
  • これらの配位子は、一連の正方平面型白金(II)複合体であるPt(dxpeb)Cl2 (3a3h) の合成に使用され、明確に定義された幾何学的フレームワークを提供しました。
  • 複合体3e (Ph-m2CF3)と3f (iPr)は結晶構造解析により、その構造とアルキン末端間距離が確認されました。
  • 置換基(電子供与性基と電子求引性基)の選択は、熱的正宗・バーグマン環化への影響を理解することを目的としました。

3: 測定と解析

  • 配位子と複合体の熱的安定性と環化温度は、示差走査熱量測定(DSC)によって測定されました。
  • 選定された配位子(1d, 1e, 2d, 2e)および白金複合体(3e, 3f, 5d)のアルキン末端間距離は、X線結晶構造解析によって決定されました。
  • 正宗・バーグマン環化の溶液中での動力学的活性化パラメーター(速度定数および活性化自由エネルギーΔG)は、31P NMR分光法を用いて正確に測定されました。
  • 配位子の電子的特性は、31P NMR化学シフト(ホスフィンの塩基性)および13C NMR化学シフト(アルキン炭素の分極)を用いて調査されました。
  • 計算化学(DFT)分析は、反応プロファイル、活性化障壁、フロンティア分子軌道(FMO)の視覚化、および自然結合軌道(NBO)電荷分析を通じて、電子的制御の起源を詳細に調査するために使用されました。

4: データ処理と計算手法

  • 動力学的研究では、1,4-シクロヘキサジエンを100倍過剰に用い、擬一次反応条件を確立しました。
  • 速度定数は、線形性の高い一次速度プロット(R2 > 0.98)から得られました。
  • 活性化自由エネルギー(ΔG)は、標準的なアイリングプロットから算出されました。
  • DFT計算では、(U)BPW91汎関数と6-31G**基底関数系が使用され、遷移金属原子にはLANL2DZ擬ポテンシャルが適用されました。
  • 開殻ジラジカル中間体は、スピン非制限アプローチを用いて計算されました。
  • 振動数計算は、基底状態と遷移状態の構造がそれぞれ極小点と一次鞍点に収束していることを確認し、室温での零点エネルギー補正を提供するために実施されました。
  • 溶媒和の効果を考慮するため、クロロホルム中での溶媒和単一点エネルギー計算はPCMモデルを用いて行われました。

結果

1: 幾何学的特徴と熱的安定性

  • 複合体3eと3fは、Pt(dxpeb)Cl2 構造として初めて結晶学的に特徴付けられました
  • それらのアルキン末端間距離は非常に短く(3e: 3.13 Å; 3f: 3.10 Å)、これは自発的な室温環化の臨界距離範囲(ニコラウ: 3.2–3.31 Å; シュライナー: 2.9–3.4 Å)の下限に位置します。
  • 異なる電子的プロファイルにもかかわらず、これらのメタロエンジインは剛直で均一な構造をとり、幾何学的寄与と電子的寄与が直交している可能性を示唆します。
  • 金属導入による錯体形成により、遊離配位子と比較してジラジカル生成への熱的活性化障壁が劇的に低下し、室温での容易な環芳香族化の可能性を示しています。
  • DSC分析の結果、アリール置換メタロエンジインの環化温度は、電子供与性置換基が電子求引性置換基に置き換わるにつれて上昇することが示されました。例えば、3eは236 °Cで環化し、他の誘導体(106-177 °C)よりも著しく高い温度でした。

2: 正宗・バーグマン環化の反応速度

  • 31P NMR分光法による解析の結果、これらのPt(II)メタロエンジインの正宗・バーグマン環化速度は劇的に変化することが明らかになりました。
  • 25 °Cにおいて、3a3gの環化の半減期(t1/2)は最大約35時間にも及ぶ範囲を示し、様々な電子供与性および電子求引性置換基による顕著な熱的チューニング可能性が示されました。
  • アリールホスフィン誘導体では、電子供与性置換基(3b, 3d)を持つ複合体の環芳香族化速度は、電子求引性置換基(3c, 3e)を持つ複合体と比較して10~30倍速いことが判明しました。
  • この傾向は、活性化自由エネルギー(ΔG)データにも反映されており、アリール置換メタロエンジイン系列全体で活性化障壁が約2.6 kcal mol−1変化しました。
  • 一般的に、アルキル置換基はアリール置換基よりも遅い環化速度と高い活性化障壁を示します。

3: 電子的構造と活性化障壁の関係

  • ホスフィン酸化物配位子(2a2e)の13C NMRシフトは、アルキン炭素が極性を持ち、ホスフィンに隣接する炭素(CA)がより電子豊富なことを示しています。
  • 電子求引性置換基を持つ配位子は、電子供与性置換基を持つ配位子よりも高度に分極しています。
  • メタロエンジイン(3a3e)の計算された基底状態(GS)および遷移状態(TS)構造のNBO電荷分析により、電子求引性置換基を持つ複合体は、アルキンフラグメント間のより大きなクーロン反発を示すことが明らかになりました。
  • この反発の増加は、正宗・バーグマン環化のより高い活性化障壁と相関していました。
  • 逆に、電子供与性基を持つ複合体は、より小さな双極子相互作用エネルギーと低い活性化障壁を示しました。

考察

1: 反応性の精密制御

  • 本研究は、Pt(dxpeb)Cl2複合体において、幾何学的および電子的制御メカニズムを選択的に融合できることを明確に示しています。
  • これらの複合体は、自発的な環化を示唆するアルキン末端間距離(3.10-3.13 Å)を持つにもかかわらず、置換基の電子的性質に応じて環化の半減期が大きく(0.6~35時間)変動します。
  • この劇的な熱的チューニング可能性は、ホスフィンエンジイン配位子の様々な電子供与性および電子求引性置換基を用いた遠隔機能化によって達成されました。
  • 本研究の結果は、電子供与性置換基が正宗・バーグマン環化を加速し、電子求引性基がそれを遅延させることを示しており、これは直接的なアルキン機能化に関するこれまでのパラダイムとは逆の傾向です。

2: 構造均一性と電子的寄与

  • Pt(II)との複合化は、メタロエンジイン複合体にほぼ均一で剛直に定義された構造をもたらします。
  • この構造の均一性により、正宗・バーグマン環化への幾何学的影響が最小限に抑えられ、電子的効果のより明確な解析が可能になりました。
  • 計算分析は、メタロエンジインとその遷移状態間の幾何学的差異が最小限であることを確認し、電子的再編成が環化速度を決定する主要因であるという提案を裏付けています。
  • この研究は、幾何学的に剛直なフレームワークにおいて、たとえ遠隔でのエンジイン機能化であっても、活性化障壁に顕著な影響を及ぼすことを実証しています。

3: 電子効果の複雑な様相

  • 非環式エンジインに関する以前の研究(Schmittel、Schreiner)では、アルキン末端の電子求引性置換基が、電子-電子反発を減少させることで活性化障壁を低下させると示されていました。
  • 本研究では、アリールホスフィン複合体(3a3e)において、電子供与性置換基(3b, 3d)が電子求引性置換基(3c, 3e)よりも環化を加速するという、このパラダイムに反する結果が得られました。
  • この一見矛盾する結果は、本システムにおけるPtCl2フラグメントと絶縁性ヘテロ原子(P)の存在という追加の複雑性に起因すると考えられます。
  • この複雑性により、これらの構造の電子構造が全体的に多様化し、遠隔の置換基が予測と異なる電子的影響を及ぼすことが示唆されます。

4: 軌道混合と分極の役割

  • NBO電荷分析は、電子求引性基がアルキン炭素(CA-CB双極子)の分極を増加させ、遷移状態における対向するアセチレン部分間のより大きなクーロン反発につながり、活性化障壁を増加させることを示しています。
  • 対照的に、電子供与性基は分極を減少させ、より低い障壁をもたらします。
  • さらに、電子供与性置換基は、アセチレンのπ軌道、ホスフィンに結合したアリール環系(低エネルギーのpσ特性を持つ)、およびPtCl2ラグメント間の実質的なπ軌道混合を促進します。
  • この軌道混合は、生成中のC–C結合と遷移状態を顕著に安定化させ、活性化障壁を低下させ、より速い環化速度をもたらします。電子求引性基の場合、軌道エネルギーのミスマッチのため、この混合はほとんど起こりません。

5: 研究の限界点

  • DSCによる固体状態の環化温度と溶液相での動力学を直接比較することは、相の違いにより困難です。
  • 13C NMRを用いた基底状態でのアルキン電荷分布の調査は、長時間の測定時間が必要なため無差別に適用できるわけではない。
  • 複合体3g(アルキル置換基)では副生成物が観察され、ジラジカル中間体が内部C–H結合と自己消光している可能性があり、アルキル構造の律速段階がアリール系とは異なる可能性を示唆しています。
  • 擬一次反応条件を確保するため1,4-シクロヘキサジエンを100倍過剰に用いましたが、ベンゼン環を持つエンジインの場合、H原子供与体の濃度依存性が影響する可能性があります。

結論

    • 本研究は、史上初の二価白金ホスフィンエンジイン複合体の単離と特性評価に成功しました。これらの複合体は、幾何学的な構造が類似しているにもかかわらず、置換基の電子的性質によって環化の半減期が大きく(約0.6~35時間)異なることを実証しました。
    • この幾何学的に反応性の高いフレームワークの安定化、および環化速度の制御における電子機能化が主要な駆動力であることが明らかになりました。
    • この電子的変調は、主に以下の2つの現象に起因します。1) アルキン炭素間の差動分極(電子求引性基によって増強され、環芳香族化を阻害)と、2) 顕著な軌道混合(電子供与性基によって促進され、遷移状態を安定化)です。

    将来の展望

                    • これらの新しいパラメーターは、エンジインの反応性範囲を従来の限界をはるかに超えて拡大し、活性化障壁をこれまでにないレベルで制御できることを示唆しています。
                    • 本研究は、ジラジカル利用の領域をさらに進展させるために、創造的な構造操作を奨励します。

                    TAKE HOME QUIZ

                    • 質問1:バーグマン環化とは何ですか?また、この論文で述べられているように、エンジインはなぜ生物学的に重要なのでしょうか?

                    • 質問2:この論文で合成された新規Pt(II)メタロエンジイン錯体 (3eおよび3f) は、結晶構造解析により、自発的な環化が起こるとされる臨界距離(3.2~3.31 Å)を下回るアルキン末端間距離を示しました。しかし、なぜこれらの錯体の中には、予想されるよりも安定なものがあったのでしょうか?その原因は何だと説明されていますか?

                    • 質問3:アリールホスフィン置換メタロエンジイン (3a–3e) のバーグマン環化速度について、電子供与基 (EDG) と電子求引基 (EWG) はそれぞれどのような影響を与えましたか?また、計算分析(NBO電荷分析やフロンティア分子軌道(FMO)の解析)に基づいて、この電子制御の起源は何だと説明されていますか?

                    • 質問4:論文では、Pt(II)ホスフィンエンジインジクロリド錯体(3a~3g)を合成する際に、反応条件の最適化が必要であったと述べられています。特に、3a、3b、3dが−20 °Cで約48時間で著しく分解したのに対し、3c、3e〜3gは約10日間安定であったのはなぜですか?

                    解答

                    1. バーグマン環化は、1,5-ジイン-3-エン骨格の珍しい環化反応であり、反応性の高い1,4-フェニルジラジカル種を生成します。エンジインは、カリケアマイシン(Mylotarg、Besponsa)などの天然物として発見され、その独特の環化反応性が生物学的効力、特にがん治療薬としての抗腫瘍活性に関与しているため、生物学的に重要です。
                    2. 錯体3e (アルキン末端間距離 3.13 Å) と3f (3.10 Å) は、ニコラウらが提唱した臨界距離(3.2~3.31 Å)およびシュライナーらが拡張した範囲(2.9~3.4 Å)内にあるにもかかわらず、特に3eは他の誘導体と比較して著しく高い環化温度(236 °C)を示しました。これは、幾何学的な影響と電子的な影響が直交しているためだと説明されています。Pt(II)への錯化によってアルキン末端間距離が大幅に短縮され、構造がほぼ均一で剛直に定義されるため、幾何学的な影響が最小化されます。その結果、配位子骨格上の電子的置換がバーグマン環化の活性化障壁に劇的な影響を与えることが明らかになりました。特に、電子求引基を持つ錯体は、熱的に敏感な電子供与基を持つ錯体と比較して、安定性が高いことが示されています。
                    3. アリールホスフィン置換メタロエンジイン (3a3e) の場合、電子供与基 (EDG) を持つ錯体 (3b: Ph-pOCH3; 3d: Ph-m2CH3) はバーグマン環化を加速させ、電子求引基 (EWG) を持つ錯体 (3c: Ph-pCF3; 3e: Ph-m2CF3) は環化を遅延させました。例えば、3dの環化速度は、類似の3eの30倍以上速いことが示されています。この電子制御の起源は、主に以下の2つの現象に由来すると説明されています: 
                      •  アルキン炭素の分極とクーロン反発の増幅: NBO電荷分析により、アルキン炭素間の電荷差が、in-plane π-系全体の分極に寄与していることが明らかになりました。電子求引基を持つ錯体はアルキンの分極が大きく、遷移状態でのアルキン断片間のクーロン反発が増加し、これが環化障壁を高める原因となります。
                      • π-軌道の混合と遷移状態の安定化: 電子供与基を持つ錯体では、in-plane π-軌道とホスフィンアリール環系、さらにはPtCl2 断片との間のπ-軌道の混合が顕著であり、これが発達中のC-C結合を安定化させ、活性化障壁を低下させます。一方で、電子求引基を持つ錯体では、軌道エネルギーのミスマッチにより、このπ-軌道の混合はごくわずかです。
                    4. これは、配位子のアリール環に電子供与基を持つメタロエンジイン (3a、3b、3d) は、電子求引基を持つ錯体 (3c、3e) よりも熱的に敏感であることを示唆しています。実験的な動力学研究のデータもこの観察と一致しており、電子供与基を持つ錯体は室温で非常に速い環化反応を示し、測定のためにはより低温で実験を行う必要がありました。例えば、3bは室温で非常に速く環化するため、20 °C以下でしか正確な速度評価ができませんでした。これは、電子供与基が環化を促進し、その結果、安定性が低下することを裏付けています。対照的に、電子求引基を持つ錯体(3c3e)はより遅い環化速度を示し、結果として安定性が高くなります。

                    2025年7月4日金曜日

                    Catch Key Points of a Paper ~0242~

                    論文のタイトル:  Water as a Reactant: DABCO-Catalyzed Hydration of Activated Alkynes for the Synthesis of Divinyl Ethers水を反応物として:DABCO触媒による活性アルキンの水和反応を用いたジビニルエーテルの合成

                    著者: Raquel Diana-Rivero, David S. Rivero, Alba García-Martín, Romen Carrillo*, David Tejedor*
                    雑誌名: The Journal of Organic Chemistry
                    巻: Vol. 89, Issue 20, pp. 15068–15074
                    出版年: 2024
                    DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01815

                    背景

                    1: 水と有機合成の可能性

                    • 有機合成において、水は溶媒としてだけでなく、酸素源、プロトン源、ヒドロキシル基源として多岐にわたる用途があります。
                    • 酸または金属触媒によるアルキンの水和反応でケトンが得られるのは、その代表的な例の一つです。
                    • 研究グループは、活性アルキンへの求核剤の塩基触媒付加反応(ヒドロキシル-イン、アミノ-イン、チオール-インなど)に豊富な経験を持っています。
                    • これらの反応で、微量の水が存在すると、通常は望ましくない副生成物である二重付加生成物(化合物3)が少量観察されることがあります。

                    2: 未解決の課題

                    • アルキンへの水の塩基触媒付加反応は、文献における前例がほとんどなく、末端活性アルキンへの付加の例もごくわずかです。
                    • 水は求核性が比較的低く、α,β-不飽和系に対する良好なマイケル供与体としては知られていません。
                    • 最近、活性アルキンへの水付加反応の応用例が報告されましたが、この反応性の基礎は「完全に無視され、未研究のまま」でした。
                    • 既存のわずかなデータには「不正確で誤解を招く」ものがあると考えています。

                    3: 研究目的

                      • この反応の可能性を認識し、その反応範囲と限界を明らかにするために本研究を開始しました。
                      • 本研究の目的は、簡潔かつ強力な有機触媒による水と入手しやすい末端活性アルキンとの反応を解明することです。
                      • 具体的には、以前は望ましくない微量生成物として観察されていた化合物3(ジビニルエーテル)の生成を最大化することを目指しました。
                      • この反応は、完全な原子経済性でジビニルエーテルを生成し、新しいアミド含有化合物の合成にも成功しました。

                      方法

                      1: 反応の最適化と触媒の選択

                      • この化学変換を完全に理解し、最適化プロセスに必要な手順を認識するため、第三級アミンによって活性化されたアルキンのメカニズムサイクルを詳細に検討しました。
                      • 触媒量の適切なアミンがアルキンに付加し、双性イオンIを生成し、これは初期種よりもはるかに強い塩基となります。
                      • 反応の効率をさらに理解し向上させるため、様々な反応パラメータを検討しました。
                      • 他の第三級アミン(Et3N, NMM, DMAP)が効果的でなかったのに対し、DABCO(1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン)は本反応において群を抜いて最高の触媒であることが判明しました。

                      2: 溶媒と反応条件の選定

                      • 溶媒の選択も非常に重要であり、ジビニルエーテル(化合物3a)の効率的な生成には含水ジクロロメタンが最良でした。
                      • プロピオールエステルやアルキノンには含水ジクロロメタン、プロピオールアミドには含水アセトニトリルを使用しました。
                      • 水のジクロロメタンへの溶解度が低いため、高濃度では反応に必要な水が不足し、低濃度(0.08 M)で反応させることで化合物3aの生成が向上しました。
                      • 触媒量は10%が最適であり、それよりも少ない量または多い量では反応性が阻害されました。

                      3: 基質と分析手法

                      • 異なる電子求引性基を持つ様々な活性アルキン(エステル、ケトン、アミド)の適用可能性を検討しました。
                      • 生成物の同定と純度確認には、1H NMR、13C NMR、高分解能質量分析(HRMS)を用いました。
                      • 二重結合の立体化学は、J結合定数(E体は約12 Hz、Z体は約7 Hz)に基づいて決定されました。
                      • 反応収率はNMRで、内部標準としてMe3SiSiMe3を使用して測定しました。

                      結果

                      1: 触媒と溶媒の最適化

                      • DABCOは、ジビニルエーテル(3a)の生成において、他の第三級アミン(Et3N, NMM, DMAP)と比較して圧倒的に優れた触媒効果を示しました
                      • 最適化された条件(DCM中0.08 M、10 mol% DABCO)で、メチルプロピオレートから92%の収率でジビニルエーテル3aが得られました
                      • ベンゼンでは二量体4aの生成が競合し、酢酸エチルやジエチルエーテルでは反応が非常に遅く、アセトニトリルやTHF、水自体は不適切な溶媒でした。
                      • これはDABCOのアルキンへの初期付加が溶媒に大きく依存することを示唆しています。

                      2: 多様な活性アルキンへの適用

                      • 脂肪族エステルを有するアルキンからは、高い収率で目的のジビニルエーテルが得られました(例:87-94%)。
                      • 芳香族エステルを有するアルキンは、副生成物の生成により中程度の収率(60-65%)でした。
                      • 芳香族アルキノンからは、優れた収率で目的のジビニルエーテルが得られました(例:90-93%)。
                      • 脂肪族アルキノンからは、別の副生成物の生成により中程度の収率(50-54%)でした.

                      3: プロピオールアミドの特殊条件と安定性

                      • プロピオールアミドは反応性が低いものの、含水アセトニトリル中でDABCOを25 mol%、反応時間を5時間に増やすことで、優れた収率(88-99%)で目的のジビニルエーテルが得られました
                      • この合成プロセスはグラムスケールでも効率が維持されることが確認され、実用性が高いことが示されました。
                      • プロピオールエステルやプロピオールアミド由来のジビニルエーテルは比較的安定でしたが、アルキノン由来の製品は酸に弱く、シリカゲルへの長時間の暴露やわずかに酸性の重水素化クロロホルム中でも分解することが判明しました

                      考察

                      1: ジビニルエーテル合成の意義

                      • 本研究は、入手容易な活性アルキンに水を付加し、ジビニルエーテルを効率的に合成する実用的で原子経済性の高い手法を確立しました
                      • この反応はDABCOによって触媒され、プロピオールエステルおよびアルキノンには含水ジクロロメタンが、プロピオールアミドには含水アセトニトリルが最適です。
                      • 機構的には、触媒量のDABCOがアルキンに付加して双性イオンIを生成し、これが反応媒質中の水によってプロトン化されることが重要です。
                      • これまでの研究で望ましくない副生成物として扱われていたジビニルエーテル(化合物3)の生成を意図的に最大化することに成功しました。

                      2: 反応性と選択性

                      • 形成される二重結合の立体化学は、主にまたは排他的に(E)配置であることが確認されました。これは、活性アルキンへの求核付加に関する既存の報告と一致しています。
                      • DABCOが他の第三級アミンよりも優れた触媒能を示すのは、その高い求核性に起因すると考えられます。
                      • 溶媒の選択が反応効率に極めて重要であり、これはDABCOのアルキンへの最初の付加に大きく影響すると示唆されています。
                      • ジクロロメタン中の水の溶解度が低いため、高濃度条件下では反応に必要な水が不足し、これが収率に影響を与える要因となります。

                      3: 先行研究との比較と新規性

                      • DABCOの触媒活性に関する知見は、アルコールと活性アルキンの付加反応に関する以前の報告と一致しています [7, 9a]。
                      • 水が有機合成の溶媒または有用な試薬として使用される例は多数報告されています [2, 1a, 1b]。
                      • しかし、THFを良い溶媒(54%収率)と報告した先行研究[3g]に対し、本研究ではTHFで繰り返し低い収率しか得られず、THFはこの反応の最適な溶媒ではないことを明確に示しました
                      • 本研究は、ジビニルエーテル化合物が求核剤によって選択的に分解可能であることを実証しました。これは、応答性システムや分解性ポリマーの開発において非常に有用な特性であり、以前は詳しく研究されていなかった側面です。

                      4: 研究の限界と今後の展望

                      • 芳香族エステルおよび脂肪族アルキノンを基質とした場合、それぞれ副生成物5および6の形成により、収率が中程度にとどまりました。
                      • アルキノン由来のジビニルエーテルは酸に弱く、単離や取り扱いに特別な注意が必要です。
                      • プロピオールアミドは、触媒の1,4-求核付加に対する受容性が低く、反応性が劣るため、より多くの触媒、水、そして長時間の反応が必要でした。
                      • ジビニルエーテルが選択的に分解可能であることを示しましたが、この特性の応用範囲や詳細なメカニズムについてはさらなる研究が必要です。

                      結論

                      • 本研究は、DABCO触媒を用いた活性アルキンの水和反応により、ジビニルエーテルを効率的かつ実用的に合成する手法を確立しました
                      • プロピオールエステルおよびアルキノンには含水ジクロロメタン、プロピオールアミドには含水アセトニトリルが最適な溶媒であることが明らかになりました。
                      • この研究により、アミド基を持つものなど、これまで知られていなかった新規ジビニルエーテル化合物へのアクセスが可能になりました
                      • また、これらのジビニルエーテル化合物が選択的に分解可能であることを実証した。

                      将来の展望

                                    • X-イン重合や応答性分子システムにおける新たな研究のきっかけとなることが期待されます。

                                    TAKE HOME QUIZ

                                    1. 主要な反応と生成物 この論文で報告されている主要な反応は何ですか、またその主要な生成物は何ですか?

                                    2. 最適な触媒 この反応に最も効率的な触媒として特定されたのは何ですか?

                                    3. 最適な溶媒条件 反応効率を最大化するために、以下のアルキンタイプに対してそれぞれどの溶媒が推奨されていますか? 

                                    • a. プロピオル酸エステルとアルキノン 
                                    • b. プロピオールアミド

                                    4. 塩基触媒反応の新規性 アルキンの塩基触媒による水和がこれまでの文献でほとんど前例がないのはなぜですか?

                                    5. 生成物の立体化学 形成される二重結合の立体化学は主にどのようなもので、それは何によって確認されましたか?

                                    6. 生成物の安定性 生成物であるジビニルエーテルは、その出発物質の種類によって安定性がどのように異なりますか?

                                    7. 生成物の応用可能性 この論文で合成されたジビニルエーテルは、どのような興味深い特性や応用可能性について言及されていますか?

                                    解答

                                    1. この論文では、活性化アルキンへの水の付加反応が報告されています。この反応の主要な生成物は、ジビニルエーテルです。
                                    2. 研究の結果、DABCO (1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン)が、検討されたすべての第三級アミンの中で最も優れた、そして最も効率的な触媒であることが明確に示されています。これはDABCOの高い求核性に起因すると考えられます。
                                    3. a. プロピオル酸エステルとアルキノンには、含水ジクロロメタンが最適な溶媒として見出されています。 b. プロピオールアミドには、含水アセトニトリルが推奨されています。
                                    4. 水は求核性が非常に低く、α,β-不飽和系との反応において優れたマイケル供与体とは知られていないため、アルキンへの塩基触媒による水の付加はこれまでほとんど前例がありませんでした。
                                    5. 形成される二重結合の立体化学は主にまたは排他的に(E)配置であり、これは活性化アルキンへの求核付加に関するこれまでの報告と一致しています。立体化学の割り当ては、J結合定数に基づいて行われました。E体では約12 HzZ体では約7 Hzでした。
                                    6. プロピオル酸エステルおよびプロピオールアミドから得られるジビニルエーテルは非常に安定であり、単離過程で特別な注意は必要ありませんでした。一方、アルキノンから得られる生成物(3h-k)は酸に敏感であり、わずかに酸性の重水素化クロロホルムや、シリカゲルへの長時間の曝露によって分解します。これらの化合物のNMRスペクトルは、残留酸の問題を防ぐために、水酸化ナトリウムペレットで前処理された重水素化ベンゼンまたは重水素化クロロホルムで記録されました。
                                    7. 一部のジビニルエーテルは以前から興味深い光学的特性を示すことが知られており、この研究によりアミド基を持つ新しい化合物へのアクセスが得られたため、これらの特性に関するさらなる研究の道が開かれました。これらのジビニルエーテル化合物が選択的に分解可能であることも証明されており、これは応答性システム や分解性ポリマー の開発にとって非常に有用な特性であると期待されています。実際、モデル化合物3aはチオラートの存在下でビニルスルフィド8aを生成することが示されました。

                                        2025年6月30日月曜日

                                        Catch Key Points of a Paper ~0241~

                                        論文のタイトル: Practical Synthesis of Oxepanoprolines

                                        著者: Kelvin J. Y. Wu, Priscilla Liow, and Andrew G. Myers*
                                        雑誌名: Organic Process Research & Development
                                        巻: Vol. 29, Issue 3, pp. 828–835
                                        出版年: 2025
                                        DOI: https://doi.org/10.1021/acs.oprd.4c00521

                                        背景

                                        1:  研究の背景

                                        • 研究グループは、新しい抗生物質候補である iboxamycin (IBX), cresomycin (CRM), および BT-33 を開発しています。
                                        • これらの薬剤は、細菌のリボソームにあるAサイトの疎水性ポケットに結合し、タンパク質合成を強力に阻害します。
                                        • 有望な抗菌活性と薬物動態プロファイルを示しており、多剤耐性菌に対する有効性が期待されています。
                                        • これらの薬剤は、共通してオキセパノプロリン南部フラグメント (1) と呼ばれる重要な構造ブロックを持っています。

                                        2:  問題提起

                                        • これらの抗生物質候補の前臨床開発を進めるためには、各候補薬の多グラム量が必要となります。
                                        • そのためには、共通の南部フラグメント 1 をデカグラム量で供給できる合成法が不可欠です。
                                        • 以前に報告されたフラグメント 1 の合成ルートは、ステップ数が多く(線形13ステップ)、クロマトグラフィーによる精製回数も多い(11回)という課題がありました。
                                        • これらの課題から、より実用的で大規模合成に適した新しい合成ルートの開発が必要とされていました。

                                        3:  研究目的

                                        • 本研究の目的は、共通オキセパノプロリン南部フラグメント 1 の新しい、より実用的で拡張性の高い合成ルートを開発することです。
                                        • 特に、フラグメント 1 の持つ全ての立体中心単一の化学反応操作で構築できる効率的なステップを開拓することを目指しました。
                                        • この新しい合成法により、前臨床試験に必要なデカグラムスケールでのフラグメント 1 の供給を可能にすることを目指しました。

                                        方法

                                        1: 新規合成ルートの概要

                                        • 開発した新しい合成ルートは、以前のルートより大幅に効率化されています。
                                        • 鍵となる変換は、TiCl4 を用いた Hosomi−Sakurai アリル化反応と、それに続く Evans syn-アルドール付加反応連続して行うタンデム反応です。
                                        • この単一のタンデム反応操作によって、目的分子 1 が持つ全ての4つの立体中心が一挙に構築されます。これは我々の知る限り前例のない変換です。
                                        • 開始物質としては、N-アクリロイルオキサゾリジノン 2、(E)-アリルシラン 3、および (R)-Garner’s アルデヒド 4 を用います [Scheme 1]。
                                        • 全体としては、開始物質 2, 3, 4 から目的物 1 まで8つの線形ステップ(合計11ステップ)で到達します。

                                        2: 主要なタンデム反応

                                        • 鍵となるタンデム反応は、N-アクリロイルオキサゾリジノン 2 と TiCl4 の溶液に、まずアリルシラン 3 を加えて行われます。
                                        • この段階で TiCl4 媒介による Hosomi-Sakurai アリル化が進行し、チタンエノラート中間体が生成すると考えられます。溶液の色が黄色から暗いバーガンディ色に変化することが観察されました。
                                        • 次に、TMEDA および (R)-Garner’s アルデヒド 4 を加えることで、生成したチタンエノラートがアルデヒドにsyn-アルドール付加します。
                                        • この一連の操作により、目的のアルドール生成物 5 とそのエピマーが生成します [Scheme 1]。反応はジアステレオ選択的に進行し、目的の 5 が優位に生成します。

                                        3: 後続ステップとワークアップ

                                        • タンデム反応で得られた主要生成物 5 は、一連のステップを経て目的のオキセパノプロリン 1 に変換されます [Scheme 2]。
                                        • これらのステップには、アミナールとN-Boc基の脱保護、ラクトン環化、アセトニド保護、ラクタム還元、N-Boc保護、アルケン部位の官能基化(ヒドロホウ素化-ヨウ素化)、アセトニド脱保護、オキセパン環の構築(環化)、およびTEMPO触媒による酸化が含まれます。
                                        • 大規模合成における課題として、タンデム反応のワークアップ時に不溶性のチタン中間体が多く生成することが挙げられました。
                                        • この問題を解決するため、炭酸ナトリウム十水和物 (Na2CO3·10H2O) を用いた新しい濾過によるワークアップ手順を開発しました。
                                        • この改良されたワークアップにより、酸の中和と不安定な中間体(化合物 5 のアミナール部分)の保護が可能になり、大規模合成が容易になりました。

                                        結果

                                        1: 主要なタンデム反応の結果

                                        • 鍵となるタンデム反応(化合物 5 の合成)は、33.9 g の開始物質 2 スケールで行われました [Scheme 1]。
                                        • 最終的に、目的のアルドール生成物 550.1 g 得られました。
                                        • このステップの収率は 61% でした。
                                        • 目的のジアステレオマー 5 とその (4R)-イソブチルエピマー S-5 は、4:1 の比率で生成しました。
                                        • これらのエピマーは、フラッシュカラムクロマトグラフィーによって分離可能でした。

                                        2: 全合成の結果

                                        • 開発した新しい合成ルートを用いて、目的のオキセパノプロリン南部フラグメント 110.0 g スケールで合成することに成功しました。
                                        • 開始物質 2, 3, 4 から目的物 1 までの全収率は 20.0% でした。
                                        • これは、以前のルートの全収率 10.1% (13線形ステップ) と比較して大幅な改善です。
                                        • 合成経路全体で必要とされるクロマトグラフィー分離の回数はわずか5回でした。これも以前のルートの11回から削減されました。

                                        3: 分析結果

                                        • 最終生成物であるオキセパノプロリン 1 は、白色の針状結晶として得られました。
                                        • 得られた結晶を用いて単結晶X線構造解析を行い、1 の化学構造が明確に確認されました。
                                        • X線解析により、分子内の全ての立体中心の配置が確定されました。
                                        • 合成された 1 の純度は、1H NMR分光法により評価されました。

                                        考察

                                        1: 新規ルートの意義

                                        • 開発した新しい合成ルートは、抗生物質候補の共通フラグメントであるオキセパノプロリン 1製造ルート開発の基盤として非常に有望です。
                                        • 以前の合成ルートと比較して、ステップ数が少なく全収率が高いことに加えて、クロマトグラフィー分離の回数も大幅に削減されています。
                                        • これにより、工業的なスケールアップにおいて、より実用的効率的なプロセスが実現可能となりました。
                                        • 特に、目標であったデカグラム量での合成を達成できたことは大きな成果です。

                                        2: 鍵となるタンデム反応

                                        • 本研究の最も重要な要素は、Hosomi-Sakurai アリル化と Evans syn-アルドール付加を組み合わせた画期的なタンデム反応の開発です。
                                        • この単一操作により、分子内の全ての不斉点(立体中心)を効率的に一挙に構築することが可能になりました。
                                        • これは、複雑な分子構造を迅速かつ効率的に組み立てるための強力な手法を示しています。
                                        • この反応の開発は、既存のジアステレオ選択的なアリル化やアルドール付加に関する先行研究に触発されました。

                                        3: 応用可能性と限界

                                        • 本研究で確立された合成法、特に鍵となるタンデム反応は、出発物質である 2, 3, 4 の構造を変更することにより、新しいオキセパノプロリン類似体新規な南部フラグメントを合成するための汎用性の高いテンプレートとして機能する可能性があります。
                                        • これにより、新しい抗生物質前駆体の迅速な設計と合成が可能となり、創薬研究に貢献できます。
                                        • 本合成法の限界としては、主要なタンデム反応のジアステレオ選択比が 4:1 である点が挙げられます。より高い立体選択性が達成できれば、さらに効率化が見込めます。
                                        • 完全にクロマトフリーの合成法ではありませんが、以前のルートより分離回数は大幅に減少しました。

                                        結論

                                        • 本研究は、抗生物質候補に共通する重要な構造ブロックであるオキセパノプロリン南部フラグメント 1 の、実用的で拡張性の高い新規合成ルートを開発したことを報告しました。
                                        • 最も重要な貢献は、Hosomi-Sakurai アリル化Evans syn-アルドール付加を組み合わせた単一操作での立体中心構築タンデム反応の開発であり、これにより合成経路が大幅に短縮されました。
                                        • 開発したルートは、以前のルートと比較してステップ数と精製回数が少なく、デカグラムスケールでの合成に成功しました。

                                        将来の展望

                                                    • この合成法は、フラグメント 1 の商業生産ルート開発の基盤となりうるだけでなく、出発物質の構造変更により多様な新規抗生物質前駆体の合成に応用できる可能性を秘めています。

                                                    TAKE HOME QUIZ

                                                    1. オキセパノプロリン南部フラグメント(1)を共通の足場として共有する3つの抗生物質候補は何ですか?
                                                    2. 単一操作ですべての4つの立体中心を構築する、注目すべき主要な変換は何ですか?
                                                    3. この主要な単一ステップの変換から得られる主な生成物は何ですか?また、その主な生成物とエピマーとの典型的なジアステレオマー比はいくつでしたか?
                                                    4. 前駆体2、3、および4からのオキセパノプロリン1の合成における、新しい経路の全体の収率と直線的なステップ数はいくつですか?
                                                    5. 主要な変換(前駆体2、3、4を組み合わせるステップ)を大規模スケールでより実用的にするために開発された特定のワークアップ手順は何ですか?

                                                    解答

                                                    1. オキセパノプロリン南部フラグメント(1)を共通の足場として共有する3つの抗生物質候補は、イボキサマイシン(IBX)、クレソマイシン(CRM)、およびBT-33です。
                                                    2. この注目すべき主要な変換は、チタンテトラクロリド(TiCl4)触媒によるEvans N-アクリロイルオキサゾリジノン(2)と(E)-アリルシラン(3)の棚ぼた式(tandem)Hosomi-Sakuraiアリル化反応に続き、生成するチタンエノラートと(R)-Garner'sアルデヒド(4)のsyn-アルドール付加反応です。
                                                    3. この主要な単一ステップの変換から得られる主な生成物は、「Evans syn」アルドール生成物(化合物5)です。粗生成物混合物の¹H NMR分析により、化合物5とその(4R)-エピマーが4:1の比率で生成したことが明らかになりました。
                                                    4. 前駆体23、および4からのオキセパノプロリン1の合成における、新しい経路は全体の収率20.0%で、8つの直線的なステップ(合計11ステップ)で完了します。これは以前の経路よりも収率が高く、ステップ数も少ないです。
                                                    5. 大規模スケールでの精製を容易にするために、固体の炭酸ナトリウム十水和物(Na₂CO₃·10H₂O)を用いた二重ろ過ワークアップ手順が開発されました。これは、水性ワークアップ中に形成される不溶性の二酸化チタンを扱い、酸を加水分解から中和するために役立ちます。

                                                    2025年6月14日土曜日

                                                    Catch Key Points of a Paper ~0240~

                                                    論文のタイトル: Metal-free site-selective functionalization with cyclic diaryl λ3-chloranes: suppression of benzyne formation for ligand-coupling reactions環状ジアリールλ3-クロランを用いたメタルフリー位置選択的官能化:ベンザイン生成抑制による配位子カップリング反応

                                                    著者: Koushik Patra, Manas Pratim Dey, Mahiuddin Baidya*
                                                    雑誌名: Chemical Science
                                                    巻: Vol. 15, Issue 40, pp. 16605-16611
                                                    出版年: 2024
                                                    DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC04108A

                                                    背景

                                                    1:  研究背景 - 超原子価ハロゲン化合物

                                                    • 超原子価ハロゲン化合物は有機合成において多様な反応を可能にする有用な試薬として注目されています。
                                                    • これらの化合物は、低毒性、調整可能な反応性、様々な官能基との適合性といった利点があります。
                                                    • 特に、λ3-ヨージンやλ3-ブロマンはこれまでに広範に研究されてきました。
                                                    • 一方、同族元素であるλ3-クロラン、特に環状ジアリールλ3-クロランは、そのユニークな性質にも関わらず、十分に研究が進んでいませんでした。
                                                    • λ3-クロランは、高い電気陰性度とイオン化ポテンシャルにより、高い求核脱離能と求核剤捕捉傾向を持つと予想されます。
                                                    • これは、ベンザイン中間体を経由する反応と、配位子カップリング反応という二つの異なる反応様式をもたらす可能性があります。

                                                    2: 未解決の課題 - λ3-クロランの反応性制御

                                                    • 環状ジアリールλ3-クロランは、塩基条件下ではベンザイン中間体を経由し、主にメタ位の官能化を起こしやすいことが先行研究で示されています。
                                                    • ベンザイン生成はエネルギー障壁が非常に低く、この経路が優先されるため、オルト位を選択的に官能化する配位子カップリング反応の実現は困難でした。
                                                    • 過去には環状ジアリールλ3-クロランの熱分解による2,2'-ジハロゲノビフェニル合成が報告されていますが、配位子カップリングによるオルト官能化の一般的な手法は未開拓のままでした。
                                                    • この反応性の制御、特にベンザイン経路を抑制して配位子カップリングを促進することが、λ3-クロラン化学における重要な課題でした。
                                                    • 先行研究では、特定の求核剤(フェノール)を用いたジアリールλ3-クロランのC-OおよびC-C結合形成が報告されていますが、これらはベンザイン中間体を経由しています。
                                                    • メタルフリー条件での位置選択的官能化法の開発は、合成法の簡便性や環境負荷低減の観点からも重要です。

                                                    3: 本研究の目的

                                                    • 本研究の主要な目的は、環状ジアリールλ3-クロランを用いた新規配位子カップリング反応を開発することです。
                                                    • 特に、より容易なベンザイン生成経路を効果的に抑制し、困難であったオルト位への位置選択的官能化を実現することを目指しました。
                                                    • この目的を達成するため、低塩基性で求核性の高い試薬を用いることで、超原子価ハロゲン中心への直接的な相互作用を促進できると仮説を立てました。
                                                    • メタルフリー条件下で反応が進行する手法を開発することを重視しました。
                                                    • これにより、様々な非対称な2,2'-ビアリール誘導体を効率的に合成できると期待しました。
                                                    • また、他のλ3-ハロゲン化合物(λ3-ヨージン、λ3-ブロマン)と比較し、λ3-クロランの特性を明らかにすることも目的としました。

                                                    方法

                                                    1: 研究デザインと全体概要

                                                    • 本研究では、環状ジアリールλ3-クロランを用いた配位子カップリング反応の条件検討と適用範囲の検討を行いました。
                                                    • 主に、λ3-クロランと求核剤を組み合わせる反応をデザインしました。
                                                    • 手法として、三成分カップリング二成分カップリングの2つを開発しました。
                                                    • 三成分カップリングは、λ3-クロラン、炭素二硫化物 (CS2)、およびアミンを用いる方法です。
                                                    • 二成分カップリングは、λ3-クロランと様々な求核剤(アミン、S/N求核剤など)を直接反応させる方法です。
                                                    • 反応はメタルフリー条件下で行いました。
                                                    • 反応条件(溶媒、温度、試薬量など)を詳細に検討し、収率と位置選択性を最適化しました。

                                                    2: 三成分カップリング反応の検討

                                                    • 三成分カップリングでは、出発物質として環状ジアリールλ3-クロラン (1a)、炭素二硫化物 (2a)、およびアミン (3a) のモデル系を用いて条件を検討しました。
                                                    • 溶媒の影響を調べた結果、DCMが最も高い収率(88%)をもたらし、最適であることがわかりました. DCE、THF、CH3CN、DMF、MeOHでは収率が低下し、HFIPでは反応が進行しませんでした。
                                                    • 反応温度は室温が最適であり、50℃に昇温すると収率が低下しました。
                                                    • λ3-クロランの対アニオンも影響し、BF4-が最適で、OTs-は同程度、OTf-では収率がわずかに低下しました。
                                                    • 最適条件(1a (0.2 mmol), 2a (0.5 mmol), 3a (0.24 mmol), DCM (1.5 mL), 室温, 18時間, N2雰囲気下)を確立しました。
                                                    • この最適条件を用いて、様々な構造を持つアミンの適用範囲を検討しました. 環状脂肪族アミン、非環状アミン、第一級アミンなどが含まれます。
                                                    • また、様々な構造のλ3-クロランの適用性も評価しました. 電子求引基や電子供与基を持つ対称型、および非対称型のλ3-クロランを用いました。

                                                    3: 二成分カップリングおよびその他の検討

                                                    • 二成分カップリングでは、λ3-クロランと様々な求核剤を直接反応させました。
                                                    • 特に、低塩基性であると予想される芳香族アミン(アニリン誘導体)との反応性を詳細に検討しました。
                                                    • アニリン以外にも、チオシアン酸アンモニウム (NH4SCN)、p-トルエンスルフィン酸ナトリウム (TsNa) などの硫黄求核剤や、アジ化ナトリウム (NaN3)、亜硝酸ナトリウム (NaNO2) などの窒素求核剤との反応も試みました。
                                                    • 対照実験として、高塩基性アミンを用いた場合の反応生成物を調べ、ベンザイン経路との関連性を評価しました。
                                                    • さらに、第三級アミン(DABCO, キヌクリジン)を用いた新たな方法論も開発しました. これはアミン塩中間体を経由し、その後に様々な求核剤(N, S, O, C求核剤)と反応させる手法です。
                                                    • λ3-ブロマンおよびλ3-ヨージンについても、今回開発した配位子カップリング条件下での反応性を比較評価しました。
                                                    • 反応メカニズムを調べるために、立体障害のあるアミン、ラジカル捕捉剤(TEMPO)、およびベンザイン捕捉剤(フラン)を用いた実験を行いました。
                                                    • 合成手法の実用性を示すために、グラムスケールでの合成を試みました。
                                                    • 合成した主要な化合物の構造と位置選択性は、単結晶X線構造解析によって確認しました。

                                                    結果

                                                    1: 三成分カップリング反応の成果

                                                    • 環状ジアリールλ3-クロラン、CS2、アミンを用いた三成分カップリング反応を初めて成功させました。
                                                    • 最適条件(DCM溶媒、室温)下で、モデル化合物であるビアリールジチオカルバメート4aを88%という非常に高い収率で単離しました。
                                                    • この反応は、クロロフェニル置換基に対して排他的にオルト位を選択しました. メタ位生成物は検出されませんでした。
                                                    • これは、in situで生成したジチオカルバメートイオンが低塩基性かつ高い求核性を持ったため、ベンザイン中間体形成よりも配位子カップリングが優先されたことを示唆しています。
                                                    • 本手法は、様々な環状および非環状アミンに適用可能であり、対応するビアリールジチオカルバメートを非常に高い収率(70-88%)で得ました。
                                                    • 対称型λ3-クロランに加え、非対称型λ3-クロランも使用可能でしたが、置換基の電子特性に応じて位置異性体混合物が生じました. 電子求引基(エステル基)を持つ場合、エステル基側のアリール環へのカップリングが優先される傾向が見られました。

                                                    2: 二成分カップリングおよびベンザイン経路の結果

                                                    • 芳香族アミン(アニリン誘導体)を用いたλ3-クロランとの二成分配位子カップリング反応も成功しました。
                                                    • これにより、貴重な2-アミノビフェニル誘導体を、優れたオルト選択性で中程度の収率(69%)で合成しました。
                                                    • 様々な置換パターンを持つN-フリーおよびN-置換アニリンに適用可能でした。
                                                    • チオシアン酸塩、スルフィン酸塩、アジド、亜硝酸塩といった他の硫黄および窒素求核剤との二成分カップリングも、高収率(85-91%)かつ排他的なオルト選択性で進行しました。
                                                    • 高塩基性アミンを用いた場合、仮説通りベンザイン中間体を経由した競合反応が起こりました。
                                                    • 環状二次アミンとの反応では、メタ位およびオルト位官能化生成物の混合物が得られましたが、環サイズが増大するにつれてメタ選択性が徐々に向上し、非常に高い収率でメタ体が得られました。

                                                    3: 第三級アミン、比較研究、メカニズム、スケールアップ

                                                    • 第三級アミン(DABCO、キヌクリジン)を用いた新しい方法論により、多様な求核剤との反応が可能になりました。
                                                    • この方法では、まずλ3-クロランと第三級アミンからアンモニウム塩を生成し、その後に様々な求核剤と反応させることで、開環生成物や位置選択的なオルト官能化生成物が得られました. これは、高塩基性アミンによるメタ官能化とは異なる経路です。
                                                    • λ3-クロランとλ3-ブロマン、λ3-ヨージンの配位子カップリングにおける反応性を比較した結果、λ3-クロランが最も優れていることが示されました. λ3-ブロマンは中程度の収率でしたが、λ3-ヨージンは室温では反応せず、高温でも低収率でした。
                                                    • メカニズム調査により、立体障害のあるアミンとの反応でオルト生成物のみが得られたこと、ラジカル捕捉剤存在下でも反応が進行したことから、直接求核芳香族置換反応やラジカル機構は否定されました。
                                                    • これは、配位子結合に続く配位子カップリング経路を支持する結果でした.
                                                    • 高塩基性アミン存在下ではベンザイン中間体が捕捉された一方、配位子カップリング条件下ではベンザイン捕捉生成物は観察されませんでした。
                                                    • 開発した手法はグラムスケールでも実施可能であり、小スケールと同程度の収率(三成分で80%、二成分で72%)で目的物が得られました。

                                                    考察

                                                    1: ベンザイン抑制による新規配位子カップリング

                                                    • 本研究の最も重要な発見は、環状ジアリールλ3-クロランのこれまで未開拓であった配位子カップリング反応を開発したことです。
                                                    • これは、λ3-クロランにおいてより容易に進行すると考えられていたベンザイン生成経路を効果的に抑制し、困難であった配位子カップリングを促進することで達成されました。
                                                    • 特に、低塩基性で求核性の高い試薬(in situ生成したジチオカルバメートイオン、芳香族アミン、S/N求核剤など)を用いることで、ベンザイン生成に必要な脱プロトン化を抑制し、超原子価塩素中心への求核攻撃を優先させることができました。
                                                    • これは、λ3-クロランの反応性を制御する新しい戦略を示しており、先行研究で報告されていたベンザイン中間体を経由するメタ選択的官能化とは対照的な結果です。

                                                    2: 幅広い適用範囲とオルト選択性

                                                    • 開発した配位子カップリング反応は、多様な求核剤(様々なアミン、S/N求核剤)および多様な構造を持つλ3-クロランに適用可能であり、幅広い種類の非対称2,2'-ビアリール誘導体を合成できることが示されました。
                                                    • 特に、三成分カップリングおよび二成分カップリング(芳香族アミン、S/N求核剤)は、非常に高い収率で進行し、かつ優れたオルト位置選択性を示しました. 生成物の構造と選択性はX線解析でも確認されました。
                                                    • 第三級アミンを用いた新しいアプローチは、直接反応では困難な二次アミンのオルト選択的カップリング生成物へのアクセスを可能にし、合成的な有用性をさらに高めました.
                                                    • これらの結果は、開発した手法が汎用性が高く、多様なC-SおよびC-N結合形成に適用できることを示しています。

                                                    3: 先行研究との比較とλ3-クロランの優位性

                                                    • 環状ジアリールλ3-クロランを用いた配位子カップリングによるオルト官能化は、これまで一般的な手法が確立されていませんでした. 本研究は、この重要な合成手法を初めて実現したものです。
                                                    • 高塩基性アミンを用いた場合に観察されたメタ選択的官能化は、先行研究で示唆されていたベンザイン経路(主にメタ位)と一致しており、本研究のオルト選択的反応との対比として、反応経路の制御に成功したことを明確に示しています。
                                                    • λ3-クロランと、より広く研究されているλ3-ブロマンおよびλ3-ヨージンを比較した結果、本配位子カップリング反応においてλ3-クロランが最も優れていることが分かりました. これは、λ3-クロランのユニークな電子特性がこの反応に有利に働いた可能性を示唆しています。
                                                    • これらの比較研究は、λ3-クロランが特定の種類の変換において、他の超原子価ハロゲン化合物では達成困難な独自の反応性を持つことを強調しています。

                                                    4: メカニズムの示唆

                                                    • メカニズム調査の結果は、開発した配位子カップリング反応が、直接的な求核芳香族置換反応やラジカル機構を経由するものではないことを強く示唆しています。
                                                    • 立体障害のあるアミンとの反応でオルト生成物のみが得られたこと、ラジカル捕捉剤存在下でも反応が妨げられなかったことが、これらの機構を否定しています。
                                                    • 高塩基性アミン存在下でベンザイン捕捉生成物が確認された一方で、配位子カップリング条件下ではベンザイン捕捉生成物が観察されなかったことも重要です。
                                                    • これらの結果は、本研究で開発した反応が、求核剤が超原子価塩素中心に配位結合し、その後、配位子カップリングが起こる経路を経由している可能性が高いことを支持しています. この経路は、オルト位への位置選択性を説明することができます。

                                                    5: 研究の限界

                                                    • 本研究で開発された手法は非常に有用ですが、いくつかの限界も存在します。
                                                    • 非対称なλ3-クロランを用いた三成分カップリングや二成分カップリング(アニリン)では、位置異性体の混合物が生成することがあります. これは、カップリングが起こるアリール環の選択性をさらに制御する必要があることを示唆しています。
                                                    • 高塩基性アミンを用いると、目的とする配位子カップリングではなく、ベンザイン中間体を経由したメタ選択的官能化が優先されてしまいます. そのため、使用できるアミンにはある程度の制限があります(ただし、第三級アミンを用いることでこの課題の一部は克服されています)。
                                                    • 他のλ3-ハロゲン化合物と比較してλ3-クロランが優れている一方で、λ3-ブロマンやλ3-ヨージンでは本条件下での反応性や収率が低いことが確認されています. この手法はλ3-クロランに特に適していると言えます。
                                                    • すべての種類の求核剤に対して同様に高収率・高選択性が得られるわけではなく、求核剤の種類によっては反応条件の調整や収率の最適化が必要となる可能性があります。

                                                    結論

                                                    • 本研究は、環状ジアリールλ3-クロランを用いた初めての配位子カップリング反応を開発しました。
                                                    • これにより、λ3-クロランにおいて競合するベンザイン生成経路を効果的に抑制し、困難であったオルト位への位置選択的官能化をメタルフリー条件下で実現しました。
                                                    • この手法は、二成分および三成分のアプローチで多様な求核剤(アミン、S/N求核剤)に適用可能であり、様々な非対称な2,2'-ビアリール誘導体を高収率・高選択性で提供します。
                                                    • 特に、λ3-クロランは対応するλ3-ブロマンやλ3-ヨージンよりも本反応において優れた性能を示すことが明らかになりました。
                                                    • 本研究は、未開拓であったλ3-クロランの合成化学における重要なブレークスルーであり、新しい分子骨格の構築生物活性化合物の合成に貢献する可能性があります。

                                                    将来の展望

                                                              • 非対称λ3-クロランにおける位置選択性のさらなる制御や、他の種類の求核剤への適用拡大が考えられます。
                                                              • この新しい反応性を利用したより複雑な分子の合成への展開も期待されます。


                                                              TAKE HOME QUIZ

                                                              1. この論文が主に焦点を当てている超原子価ハロゲン化合物は何ですか?そして、なぜこの種類の化合物はこれまであまり研究が進んでいなかったのですか?

                                                              2. 環状ジアリールλ3-クロランの反応には、配位子カップリング反応ベンザイン中間体を経由する反応という2つの主要な経路があります。通常、どちらの経路がより容易に進行すると論文では述べられていますか?そして、研究者たちは配位子カップリング反応を優先させるためにどのような戦略を採用しましたか?

                                                              3. 論文では、アミンを求核剤として用いた際に、そのブレンステッド塩基性の強さが反応の選択性に影響を与えることが示されています。塩基性の高いアミンを用いた場合に優先される反応経路は何ですか?そして、それにより分子のどの位置が官能基化されますか?

                                                              4. この配位子カップリング反応を達成するための条件として、論文では金属触媒の有無についてどのように述べていますか?また、同じ反応をλ3-ブロマンやλ3-ヨーダンで行った場合と比較して、λ3-クロランの性能はどうでしたか?

                                                              5. 提案されている配位子カップリング反応のメカニズムは、配位子結合に続く配位子カップリング経路であると論文では結論づけられています。このメカニズムを支持し、ベンザイン機構ラジカル機構ではないことを示すために行われた実験の例を一つ挙げてください。

                                                               解答

                                                              1. この論文が主に焦点を当てている超原子価ハロゲン化合物は環状ジアリールλ3-クロランです。この種類の化合物がこれまであまり研究が進んでいなかった理由として、論文では電気陰性度とイオン化ポテンシャルの高さにより、より高い反応性求核剤捕捉傾向の高さ、そして特にベンザイン中間体の形成傾向が高いことが示唆されています。ベンザイン形成のエネルギー障壁が非常に低く、この競合反応がオルト官能基化を目指す配位子カップリング反応を困難にしていたと考えられます。

                                                              2. 環状ジアリールλ3-クロランの反応には、配位子カップリング反応とベンザイン中間体を経由する反応という2つの主要な経路があります。論文では、通常、ベンザイン中間体を経由する反応がより容易に進行すると述べられています。研究者たちは配位子カップリング反応を優先させるために、ブレンステッド塩基性が非常に低く、同時に強力な求核剤を用いる戦略を採用しました。これにより、競合するベンザイン形成を抑制し、ハイパーバレントハロゲン中心への求核剤の直接的な相互作用を促進することを目指しました。

                                                              3. 論文では、アミンを求核剤として用いた際に、そのブレンステッド塩基性の強さが反応の選択性に影響を与えることが示されています。塩基性の高いアミンを用いた場合に優先される反応経路は、ベンザイン中間体を経由する経路です。それにより、分子のメタ位(3位)が官能基化された生成物が得られます。対照的に、塩基性が低く求核性の高いアミン(またはin situ生成した求核種)を用いると、配位子カップリング経路が優先され、分子のオルト位(2位)が官能基化されます。

                                                              4. この配位子カップリング反応を達成するための条件として、論文では金属触媒は用いない金属フリー条件で行われていると述べています。同じ反応をλ3-ブロマンやλ3-ヨーダンで行った場合と比較して、λ3-クロランは配位子カップリング反応において優れた性能を示しました。具体的には、三成分系反応ではλ3-ブロマンは中程度の収率であったのに対し、λ3-ヨーダンはほとんど反応しませんでした。二成分系反応や第三級アミンを経由する反応でも、λ3-ブロマンは収率が低く、λ3-ヨーダンは不成功でした。

                                                              5. 提案されている配位子カップリング反応のメカニズムが、配位子結合に続く配位子カップリング経路であり、ベンザイン機構やラジカル機構ではないことを示すために行われた実験の例として、以下の点が挙げられます:

                                                                • 立体的にかさ高い弱い求核剤である2,4,6-トリメチルアニリンと反応させた際に、オルトカップリング生成物のみが得られ、ベンザイン機構で予測されるメタ生成物が検出されなかったこと。
                                                                • ラジカル捕捉剤であるTEMPOの存在下でも、目的の配位子カップリング生成物が有意な量で単離されたこと。
                                                                • ベンザイン発生条件下ではトラップ剤との付加物が観測されるのに対し、目的の配位子カップリング反応条件下ではベンザイン付加物が観測されなかったこと。

                                                              2025年6月7日土曜日

                                                              Catch Key Points of a Paper ~0239~

                                                              論文のタイトル: Controlling Intramolecular Förster Resonance Energy Transfer and Singlet Fission in a Subporphyrazine–Pentacene Conjugate by Solvent Polarity

                                                              著者: Dr. David Guzmán, Ilias Papadopoulos, Giulia Lavarda, Parisa R. Rami, Prof. Rik R. Tykwinski,* Dr. M. Salomé Rodríguez-Morgade,* Prof. Dirk M. Guldi,* Prof. Tomás Torres*
                                                              雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
                                                              巻: Vol. 60, Issue 3, pp. 1474–1481
                                                              出版年: 2021
                                                              DOI:  https://doi.org/10.1002/anie.202011197

                                                              背景

                                                              1: 研究の背景

                                                              • 一重項励起子分裂(SF)は、1つの光子吸収後に一重項励起状態を相関三重項励起状態に変換するプロセスです。
                                                              • SFは、単接合型太陽電池の性能向上に大きな可能性を秘めています。
                                                              • SFを導入することで、太陽電池の理論的なエネルギー変換効率限界(Shockley-Queisser限界)を約32%から45%に引き上げられる可能性があります。
                                                              • 過去10年間、SFのための材料特定、特性評価、最適化に主要な努力が払われてきました。

                                                              2: 未解決の問題点

                                                              • SF材料の多用途性やパンクロマチック(広範囲の光を吸収する)な光捕集能力の向上に関して、重要な課題が残っています。
                                                              • 以前の研究では、Subphthalocyanine (SubPc) や Porphyrazine (ZnPz) 共役体をエネルギーアンテナ/ドナーとして利用し、分子内Förster共鳴エネルギー移動 (i-FRET) を介してエネルギーをペンタセン二量体 (Pnc2) に供給しました。
                                                              • これらの従来のドナー(SubPcやZnPz)の使用では、分光学的重なり(蛍光と吸収のスペクトルオーバーラップ、J)を合成による化学構造変更なしに微調整することが困難でした。
                                                              • その結果、SubPcやZnPzのパンクロマチック吸収、特に400から600 nmの範囲での吸収が最適化されないままでした。

                                                              3: 研究の目的

                                                              • 本研究は、エネルギーアンテナの蛍光を溶媒極性によって微調整し、それによりJを調整するというコンセプトによって、合成変更の必要性を回避することを目指しました。
                                                              • この目的のために、Subporphyrazine (SubPz) と Pnc2 からなる共役体 C を選択しました。
                                                              • 特定のSubPz(hexaaryl-subporphyrazine)をドナーとしてPnc2に結合させました。SubPzは450-550 nmに強い吸収を持ち、そのブロードな蛍光がPnc2の最も強い吸収とよく一致します。
                                                              • 溶媒極性を用いて、SubPzの蛍光、J、Förster速度定数を制御し、最終的に三重項量子収率を最大化することを目指します

                                                              方法

                                                              1: 研究デザインと対象化合物

                                                              • 本研究では、新しいアンテナ結合型ペンタセン二量体 C の合成と光物理的特性評価を行いました。
                                                              • 共役体 C は、カルボン酸官能基を持つビスペンタセン (B) と、アルコール部分を持つ適切な SubPz 誘導体 (A) をエステル化することで合成されました。
                                                              • 特性評価には、定常状態吸収/蛍光測定、時間分解過渡吸収測定などの手法が用いられました。
                                                              • 研究対象として、SubPzOH (A)、Pnc2COOH (B)、そして共役体 SubPzPnc2 (C) を使用しました。

                                                              2: 測定方法と溶媒

                                                              • 化合物の光物理特性を評価するために、定常状態吸収および蛍光測定、時間相関単一光子計数法 (TCSPC)、フェムト秒 (fsTA) およびナノ秒 (nsTA) 過渡吸収分光法が使用されました。
                                                              • i-FRET速度定数や三重項量子収率 (TQY) の決定も行われました。
                                                              • 化合物の吸収特性の比較には、消衰係数が評価されました。
                                                              • これらの測定は、キシレン、トルエン、アニソール、ベンゾニトリルという異なる極性を持つ溶媒中で実施されました。

                                                              3: 解析手法

                                                              • 過渡吸収データ解析のために、Bについては3種、Cについては4種の動態モデルが適用されました。
                                                              • SFによる三重項励起状態の生成は、GSB (Ground State Bleaching) の強度の増加によって確立されました。
                                                              • 相関三重項ペアが中間体CT状態を介して形成されることは、860, 970, 1400 nmにおけるフィンガープリントの解析によって示されました。
                                                              • i-FRET速度定数 (kFRET) は、ドナーの蛍光寿命、アクセプターの消衰係数、ドナーの蛍光量子収率、スペクトルオーバーラップ積分などのパラメータを用いて計算されました。
                                                              • 三重項量子収率 (TQY) は、特定の吸収ピークの強度追跡や、CT状態および相関三重項ペア状態の種関連スペクトルの相対強度比較によって決定されました. TQYには約±10%の誤差範囲が考慮されました。

                                                              結果

                                                              1: 合成と吸収・蛍光特性

                                                              • SubPzOH (A) と Pnc2COOH (B) から、共役体 C がエステル化によって合成されました。 C の収率は 20%でした。
                                                              • C の定常状態吸収スペクトルは、AB の個別のスペクトルの線形重ね合わせであり、基底状態での相互作用がないことを示しています。
                                                              • SubPz (A) は 450 nm付近にブロードな CT バンド、560 nm 付近に Q バンドの強い吸収特徴を示します。
                                                              • 共役体 C は、以前報告された SubPcPnc2 や ZnPzPnc2 に比べ、400-600 nm の範囲でブロードで強い吸収を示し、パンクロマチック性が大幅に向上しています(B単独に対して約85%吸収が増加)。
                                                              • SubPz (A) の蛍光は溶媒極性に依存し、極性溶媒で最大 20 nm のレッドシフトを示します。 A の蛍光量子収率 (FF) も溶媒極性に依存します(キシレンで2.4%、ベンゾニトリルで<1.0%)。
                                                              • 共役体 C では SubPz 中心蛍光は観測されず、Pnc2 中心蛍光に近接しており、強い蛍光消光と効率的な励起状態相互作用を示唆しています。

                                                              2: エネルギー移動と一重項励起子分裂の速度

                                                              • 時間分解測定により、共役体 C において SubPz から Pnc2 への効率的な分子内 Förster共鳴エネルギー移動 (i-FRET) が確認されました。
                                                              • C 中の SubPz の一重項励起状態 (1(S1)SubPz,C) は、独立した分子 A よりも速く減衰し、約 3 ps で消失します。
                                                              • この 1(S1)SubPz,C 状態は、i-FRET を介して Pnc2 の一重項励起状態 (1(S1S0)Pnc2,C) に置き換わります。
                                                              • Pnc2 の一重項励起状態は、中間体の CT 状態 (CT(S1S0)Pnc2,C) を経由して、相関三重項ペア状態 (1(T1T1)Pnc2,C) に変換されます。このプロセスはペンタセン二量体における分子内一重項励起子分裂 (i-SF) に対応します.

                                                              3: 溶媒効果と量子収率

                                                              • 溶媒の選択は、個々のプロセスの効率に影響を与えます。
                                                              • i-FRET 速度定数 (kFRET) は溶媒極性に依存し、最も無極性なキシレンで最も高く (3.52 x 1011 s-1)、ベンゾニトリルで最も低くなりました (1.14 x 1011 s-1)。 これは SubPz 蛍光と Pnc2 吸収のスペクトルオーバーラップ (J) がキシレンで最大であることと一致します。
                                                              • 三重項量子収率 (TQY) も溶媒に依存します。 キシレンで最も高く (171% ± 10%)、トルエン (152%)、アニソール (151% ± 10%) では低下しました。
                                                              • 興味深いことに、TQY はベンゾニトリルでも 161% ± 10% と高くなりました。 これは、Pnc2 の i-SF が中間体 CT 状態を介して進行し、より極性のある溶媒が有利に働くためと説明されています.
                                                              • この結果は、効率的な i-FRET と効率的な i-SF の微妙なバランスを取ることが極めて重要であることを示しています。

                                                              考察

                                                              1: 主要な発見とその意味 - 溶媒によるチューニング

                                                              • 本研究の主要な発見の一つは、SubPz エネルギー供与体のユニークなチューニング可能性です。
                                                              • SubPz の蛍光が溶媒極性に依存してシフトする(溶媒依存性蛍光)という特徴が重要です。
                                                              • この溶媒依存性蛍光により、SubPz 蛍光と Pnc2 吸収間のスペクトルオーバーラップ (J) を大幅に変化させることができます。
                                                              • これにより、エネルギー供与体(SubPz)の合成的な変更なしに、分子構造を変えずに i-FRET の速度定数を調整することが可能になります

                                                              2: 主要な発見とその意味 - i-FRETとi-SFの連鎖

                                                              • 効率的な分子内Förster共鳴エネルギー移動(i-FRET)は、SubPzからPnc2へのエネルギー移動の主要なメカニズムです。
                                                              • エネルギーがPnc2に移動した後、Pnc2二量体は分子内一重項励起子分裂(i-SF)を起こします。
                                                              • この i-SF のメカニズムには、中間体の CT 状態の生成が含まれます。 一重項励起状態がこの中間体 CT 状態を経て、相関三重項ペア状態に変換されます。
                                                              • キシレンにおける高速な i-FRET (3.52 x 1011 s-1) は、ベンゾニトリルに比べて約3倍速く、これは i-SF が通常非極性溶媒では不利であるという課題を回避する簡単な経路を提供します。

                                                              3: 先行研究との比較

                                                              • 本研究で開発された共役体 C は、以前に報告された SubPcPnc2 や ZnPzPnc2 共役体と比較して、吸収特性が改善されています。
                                                              • SubPz ドナーは、400-600 nm の範囲でよりブロードで強い吸収を導入し、これによりパンクロマチック性が向上しました。
                                                              • これは、SubPc (65%) や ZnPz (51%) をドナーとして使用した場合よりも、B (Pnc2) に対する全体の吸収増加率が高くなっています (85%)。

                                                              4: 先行研究との比較とCT状態の役割

                                                              • ペンタセンをプロトタイプとするSF材料に関する以前の研究が多数存在し、リンカーを介したカップリング調整による動力学や収率の操作が注目されてきました。
                                                              • i-SFにおける中間体電荷移動(CT)状態の役割は、以前の研究でも議論されてきました [6, 12, 17–26, 35, 36]。
                                                              • 本研究で示されたように、Pnc2におけるi-SFがCT中間体を経由することは、先行研究の結果と一致しています。
                                                              • より極性のある溶媒では CT 状態のエネルギー準位が安定化され、i-SF の駆動力が向上することが、ベンゾニトリルで TQY が再び増加した理由として挙げられています。

                                                              5: 研究の限界点

                                                              • SubPzs の合成に関連する困難が、主要な欠点となる可能性があります。
                                                              • エネルギー供与体 SubPz (A) の蛍光量子収率 (FF) が低い(キシレンで2.4%、ベンゾニトリルで<1.0%)ことは、一般的にはFRETのボトルネックとなる可能性があります。 ただし、共役体 C では効率的なエネルギー移動が観察されています。

                                                              結論

                                                                  • 本研究では、エネルギー供与体 SubPz とエネルギー受容体 Pnc2 からなる新しい共役体 C の合成と特性評価に成功しました。
                                                                  • SubPz の固有の溶媒依存性蛍光により、溶媒極性によって SubPz の発光スペクトルと Pnc2 の吸収スペクトルとの重なり(J)を調整できることが実証されました。
                                                                  • この溶媒による J のチューニングは、分子構造の合成変更なしに i-FRET 速度定数を制御し、結果として三重項量子収率を最適化する手段を提供します。
                                                                  • 特にキシレン中で最適なスペクトルオーバーラップが実現され、高い i-FRET 速度定数 (3.52 x 1011 s-1) と最大三重項量子収率 (171% ± 10%) が得られました.
                                                                  • 本研究は、SF効率を向上させるための材料開発において、エネルギー供与体の溶媒依存性蛍光を利用してエネルギー移動とSFの連鎖を外部から制御できるという新しい戦略を示しています。

                                                                  将来の展望

                                                                          • 高性能太陽電池などへの応用。

                                                                          用語集

                                                                          • 一重項励起子分裂 (SF): 1つの光子によって励起された一重項状態が、2つの三重項状態に分裂する現象。
                                                                          • Förster共鳴エネルギー移動 (FRET): 励起されたドナー分子からアクセプター分子へ、非放射的にエネルギーが移動するプロセス。
                                                                          • 分子内 Förster共鳴エネルギー移動 (i-FRET): 同一分子内のドナー部分からアクセプター部分へエネルギーが移動するプロセス。
                                                                          • 三重項量子収率 (TQY): 吸収された光子数に対して、生成された三重項状態の数の比率。SFでは理論的に最大200%になりうる。
                                                                          • ペンタセン(Pentacene): 有機半導体として使われる多環芳香族炭化水素の一つ。SFを示す代表的な材料.
                                                                          • Subporphyrazine (SubPz): ポルフィリン類縁体の一種。本研究でエネルギー供与体として使用。
                                                                          • 溶媒依存性蛍光 (Solvatochromic fluorescence): 分子の蛍光スペクトルが溶媒の極性によって変化する現象。
                                                                          • スペクトルオーバーラップ (J): ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトルが重なる度合い。FRET効率に影響する重要な要素.
                                                                          • 電荷移動 (CT) 状態: 電子の移動によって生じる励起状態. SFの中間体として関与することがある。

                                                                          TAKE HOME QUIZ

                                                                          Q1: この研究の主な目的は何ですか? 

                                                                          Q2: この論文で研究されている共役体(C)は、主にどのような2つの部分から構成されていますか? 

                                                                          Q3: 一重項励起子分裂(SF)とはどのようなプロセスですか?また、太陽電池の効率向上においてどのような可能性を秘めていますか? 

                                                                          Q4: 一重項励起子分裂(SF)が起こるための重要な基準は何ですか? 

                                                                          Q5: 共役体(C)におけるi-FRETは、SubPzからPnc2へのエネルギー移動を伴いますが、このエネルギー移動効率を制御するために、この研究ではSubPzのどのような特性が活用されていますか? 

                                                                          Q6: i-FRETの速度定数と三重項量子収率(TQY)を最大化するための最適な溶媒は何でしたか?その溶媒でのそれぞれの最大値は何でしたか? 

                                                                          Q7: キシレン以外の溶媒、特にベンゾニトリルにおいて、TQYが比較的高い値を示した(161%: 10 %)理由は何ですか?ベンゾニトリルは最も低いi-FRET速度定数を示したにもかかわらず、なぜでしょうか? 

                                                                          Q8: 以前に報告されたSubPcPnc2やZnPzPnc2共役体と比較して、エネルギー供与体としてSubPzを使用する利点は何ですか? 

                                                                           解答

                                                                          1. 太陽電池の効率向上に貢献するため、特定の分子共役体(C)における分子内Förster共鳴エネルギー移動(i-FRET)と分子内一重項励起子分裂(i-SF)の挙動を、溶媒極性によって制御することです。
                                                                          2. エネルギー供与体として働くヘキサアリールサブポルフィラジン(SubPz)と、主にエネルギー受容体および一重項励起子分裂を可能にする役割を持つペンタセンダイマー(Pnc2)です。
                                                                          3. SFは、単一の光子吸収後に生じた一重項励起状態( S1S0)を、相関する三重項励起状態ペア( (1(T1T1))に変換するプロセスです。これを現在の太陽電池に組み込むことで、Shockley-Queisser限界とされる理論的な最大変換効率(約32%)を45%まで向上させる可能性があります。
                                                                            • 熱力学的駆動力として、最初の一重項励起状態のエネルギー(E(S1))が、最初の三重項励起状態のエネルギーの2倍(2E(T1))と一致するか、わずかに大きい必要があります(E(S1) + 2E(T1))。
                                                                            • 三重項-三重項消滅による高次三重項励起状態の生成を避けるため、第二の三重項励起状態のエネルギー(E(T2))は、最初の三重項励起状態のエネルギーの2倍を超える必要があります(E(T2) > 2E(T1))。
                                                                            • 関与する個々の発色団間の最適な電子的カップリングが必要です。
                                                                          4. SubPzの溶媒依存性蛍光(solvatochromic fluorescence)が活用されています。溶媒極性の変化に伴ってSubPzの蛍光スペクトルがシフトするため、SubPzの蛍光スペクトルとPnc2の吸収スペクトルの重なり(スペクトルオーバーラップ、J)を調整することが可能になります。
                                                                          5. 最適な溶媒はキシレンでした。

                                                                            • i-FRET速度定数 (kFRET): 3.52 X 1011 s-1
                                                                            • 三重項量子収率 (TQY): 171%: 10 %
                                                                          6. Pnc2におけるi-SFは、中間的な電荷移動(CT)状態を経由して進行するためです。より極性の高い溶媒(ベンゾニトリルなど)では、このCT状態のエネルギー準位が安定化され、i-SFの駆動力が向上するため、i-FRET効率が低い場合でもTQYが高くなることがあります。これは、効率的なi-FRETと、CT中間状態を介したi-SFの間のデリケートなバランスの重要性を示しています。

                                                                            • より広範囲で強い吸収(特に400-600 nmの範囲)を共役体に付与し、パンクロマティック性を向上させます。論文中の共役体Cは、この範囲でB(Pnc2COOH)単体と比較して吸収が約85%増加しましたが、これはSubPc(65%)やZnPz(51%)よりも優れています。
                                                                            • 溶媒極性による蛍光スペクトルのシフトを利用して、合成的な改変を加えることなく、SubPzの吸収/蛍光特性とPnc2の電子的な相補性を維持しつつ、スペクトルオーバーラップ(J)およびkFRETを調整できる点です。