論文のタイトル: Practical Synthesis of Oxepanoprolines
著者: Kelvin J. Y. Wu, Priscilla Liow, and Andrew G. Myers*
雑誌名: Organic Process Research & Development
巻: Vol. 29, Issue 3, pp. 828–835
出版年: 2025
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.oprd.4c00521
背景
1: 研究の背景
- 研究グループは、新しい抗生物質候補である iboxamycin (IBX), cresomycin (CRM), および BT-33 を開発しています。
- これらの薬剤は、細菌のリボソームにあるAサイトの疎水性ポケットに結合し、タンパク質合成を強力に阻害します。
- 有望な抗菌活性と薬物動態プロファイルを示しており、多剤耐性菌に対する有効性が期待されています。
- これらの薬剤は、共通してオキセパノプロリン南部フラグメント (1) と呼ばれる重要な構造ブロックを持っています。
2: 問題提起
- これらの抗生物質候補の前臨床開発を進めるためには、各候補薬の多グラム量が必要となります。
- そのためには、共通の南部フラグメント 1 をデカグラム量で供給できる合成法が不可欠です。
- 以前に報告されたフラグメント 1 の合成ルートは、ステップ数が多く(線形13ステップ)、クロマトグラフィーによる精製回数も多い(11回)という課題がありました。
- これらの課題から、より実用的で大規模合成に適した新しい合成ルートの開発が必要とされていました。
3: 研究目的
- 本研究の目的は、共通オキセパノプロリン南部フラグメント 1 の新しい、より実用的で拡張性の高い合成ルートを開発することです。
- 特に、フラグメント 1 の持つ全ての立体中心を単一の化学反応操作で構築できる効率的なステップを開拓することを目指しました。
- この新しい合成法により、前臨床試験に必要なデカグラムスケールでのフラグメント 1 の供給を可能にすることを目指しました。
方法
1: 新規合成ルートの概要
- 開発した新しい合成ルートは、以前のルートより大幅に効率化されています。
- 鍵となる変換は、TiCl4 を用いた Hosomi−Sakurai アリル化反応と、それに続く Evans syn-アルドール付加反応を連続して行うタンデム反応です。
- この単一のタンデム反応操作によって、目的分子 1 が持つ全ての4つの立体中心が一挙に構築されます。これは我々の知る限り前例のない変換です。
- 開始物質としては、N-アクリロイルオキサゾリジノン 2、(E)-アリルシラン 3、および (R)-Garner’s アルデヒド 4 を用います [Scheme 1]。
- 全体としては、開始物質 2, 3, 4 から目的物 1 まで8つの線形ステップ(合計11ステップ)で到達します。
2: 主要なタンデム反応
- 鍵となるタンデム反応は、N-アクリロイルオキサゾリジノン 2 と TiCl4 の溶液に、まずアリルシラン 3 を加えて行われます。
- この段階で TiCl4 媒介による Hosomi-Sakurai アリル化が進行し、チタンエノラート中間体が生成すると考えられます。溶液の色が黄色から暗いバーガンディ色に変化することが観察されました。
- 次に、TMEDA および (R)-Garner’s アルデヒド 4 を加えることで、生成したチタンエノラートがアルデヒドにsyn-アルドール付加します。
- この一連の操作により、目的のアルドール生成物 5 とそのエピマーが生成します [Scheme 1]。反応はジアステレオ選択的に進行し、目的の 5 が優位に生成します。
3: 後続ステップとワークアップ
- タンデム反応で得られた主要生成物 5 は、一連のステップを経て目的のオキセパノプロリン 1 に変換されます [Scheme 2]。
- これらのステップには、アミナールとN-Boc基の脱保護、ラクトン環化、アセトニド保護、ラクタム還元、N-Boc保護、アルケン部位の官能基化(ヒドロホウ素化-ヨウ素化)、アセトニド脱保護、オキセパン環の構築(環化)、およびTEMPO触媒による酸化が含まれます。
- 大規模合成における課題として、タンデム反応のワークアップ時に不溶性のチタン中間体が多く生成することが挙げられました。
- この問題を解決するため、炭酸ナトリウム十水和物 (Na2CO3·10H2O) を用いた新しい濾過によるワークアップ手順を開発しました。
- この改良されたワークアップにより、酸の中和と不安定な中間体(化合物 5 のアミナール部分)の保護が可能になり、大規模合成が容易になりました。
結果
1: 主要なタンデム反応の結果
- 鍵となるタンデム反応(化合物 5 の合成)は、33.9 g の開始物質 2 スケールで行われました [Scheme 1]。
- 最終的に、目的のアルドール生成物 5 が 50.1 g 得られました。
- このステップの収率は 61% でした。
- 目的のジアステレオマー 5 とその (4R)-イソブチルエピマー S-5 は、4:1 の比率で生成しました。
- これらのエピマーは、フラッシュカラムクロマトグラフィーによって分離可能でした。
2: 全合成の結果
- 開発した新しい合成ルートを用いて、目的のオキセパノプロリン南部フラグメント 1 を10.0 g スケールで合成することに成功しました。
- 開始物質 2, 3, 4 から目的物 1 までの全収率は 20.0% でした。
- これは、以前のルートの全収率 10.1% (13線形ステップ) と比較して大幅な改善です。
- 合成経路全体で必要とされるクロマトグラフィー分離の回数はわずか5回でした。これも以前のルートの11回から削減されました。
3: 分析結果
- 最終生成物であるオキセパノプロリン 1 は、白色の針状結晶として得られました。
- 得られた結晶を用いて単結晶X線構造解析を行い、1 の化学構造が明確に確認されました。
- X線解析により、分子内の全ての立体中心の配置が確定されました。
- 合成された 1 の純度は、1H NMR分光法により評価されました。
考察
1: 新規ルートの意義
- 開発した新しい合成ルートは、抗生物質候補の共通フラグメントであるオキセパノプロリン 1 の製造ルート開発の基盤として非常に有望です。
- 以前の合成ルートと比較して、ステップ数が少なく、全収率が高いことに加えて、クロマトグラフィー分離の回数も大幅に削減されています。
- これにより、工業的なスケールアップにおいて、より実用的で効率的なプロセスが実現可能となりました。
- 特に、目標であったデカグラム量での合成を達成できたことは大きな成果です。
2: 鍵となるタンデム反応
- 本研究の最も重要な要素は、Hosomi-Sakurai アリル化と Evans syn-アルドール付加を組み合わせた画期的なタンデム反応の開発です。
- この単一操作により、分子内の全ての不斉点(立体中心)を効率的に一挙に構築することが可能になりました。
- これは、複雑な分子構造を迅速かつ効率的に組み立てるための強力な手法を示しています。
- この反応の開発は、既存のジアステレオ選択的なアリル化やアルドール付加に関する先行研究に触発されました。
3: 応用可能性と限界
- 本研究で確立された合成法、特に鍵となるタンデム反応は、出発物質である 2, 3, 4 の構造を変更することにより、新しいオキセパノプロリン類似体や新規な南部フラグメントを合成するための汎用性の高いテンプレートとして機能する可能性があります。
- これにより、新しい抗生物質前駆体の迅速な設計と合成が可能となり、創薬研究に貢献できます。
- 本合成法の限界としては、主要なタンデム反応のジアステレオ選択比が 4:1 である点が挙げられます。より高い立体選択性が達成できれば、さらに効率化が見込めます。
- 完全にクロマトフリーの合成法ではありませんが、以前のルートより分離回数は大幅に減少しました。
結論
- 本研究は、抗生物質候補に共通する重要な構造ブロックであるオキセパノプロリン南部フラグメント 1 の、実用的で拡張性の高い新規合成ルートを開発したことを報告しました。
- 最も重要な貢献は、Hosomi-Sakurai アリル化とEvans syn-アルドール付加を組み合わせた単一操作での立体中心構築タンデム反応の開発であり、これにより合成経路が大幅に短縮されました。
- 開発したルートは、以前のルートと比較してステップ数と精製回数が少なく、デカグラムスケールでの合成に成功しました。
将来の展望
- この合成法は、フラグメント 1 の商業生産ルート開発の基盤となりうるだけでなく、出発物質の構造変更により多様な新規抗生物質前駆体の合成に応用できる可能性を秘めています。
TAKE HOME QUIZ
- オキセパノプロリン南部フラグメント(1)を共通の足場として共有する3つの抗生物質候補は何ですか?
- 単一操作ですべての4つの立体中心を構築する、注目すべき主要な変換は何ですか?
- この主要な単一ステップの変換から得られる主な生成物は何ですか?また、その主な生成物とエピマーとの典型的なジアステレオマー比はいくつでしたか?
- 前駆体2、3、および4からのオキセパノプロリン1の合成における、新しい経路の全体の収率と直線的なステップ数はいくつですか?
- 主要な変換(前駆体2、3、4を組み合わせるステップ)を大規模スケールでより実用的にするために開発された特定のワークアップ手順は何ですか?
解答
- オキセパノプロリン南部フラグメント(1)を共通の足場として共有する3つの抗生物質候補は、イボキサマイシン(IBX)、クレソマイシン(CRM)、およびBT-33です。
- この注目すべき主要な変換は、チタンテトラクロリド(TiCl4)触媒によるEvans N-アクリロイルオキサゾリジノン(2)と(E)-アリルシラン(3)の棚ぼた式(tandem)Hosomi-Sakuraiアリル化反応に続き、生成するチタンエノラートと(R)-Garner'sアルデヒド(4)のsyn-アルドール付加反応です。
- この主要な単一ステップの変換から得られる主な生成物は、「Evans syn」アルドール生成物(化合物5)です。粗生成物混合物の¹H NMR分析により、化合物5とその(4R)-エピマーが4:1の比率で生成したことが明らかになりました。
- 前駆体2、3、および4からのオキセパノプロリン1の合成における、新しい経路は全体の収率20.0%で、8つの直線的なステップ(合計11ステップ)で完了します。これは以前の経路よりも収率が高く、ステップ数も少ないです。
- 大規模スケールでの精製を容易にするために、固体の炭酸ナトリウム十水和物(Na₂CO₃·10H₂O)を用いた二重ろ過ワークアップ手順が開発されました。これは、水性ワークアップ中に形成される不溶性の二酸化チタンを扱い、酸を加水分解から中和するために役立ちます。
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