2017年1月21日土曜日

有機典型元素化学〜その2〜:求核性と求電子性

 天然に存在する有機化合物の多くは,炭素,水素,酸素,窒素を含むにすぎません。硫黄やハロゲンなどを含むものがありますが,これらは周期表全体からみると,ごく一部の元素にすぎません。一方,人類が取り扱うことのできる元素には遷移元素を除いても多数の典型元素があり,これらの多くは人工的に有機化合物に構成元素として導入することができます。典型元素は種類が多く,かつ多様な原子価をとりますが,反応機構を考える際には,有機合成化学のように電子対(不対電子)の動きを示す波状の矢印を使ってもうまく機能します。なので,有機化学の教科書のように求核剤や求電子剤といった概念を典型元素に当てはめて考えていきたいと思います。


 求核性および求電子性は、それぞれルイス塩基性およびルイス酸性に密接に関係しています。すなわち,求核剤はルイス塩基(電子対供与体)であり、求電子剤はルイス酸(電子対受容体)です。

 ここで注意すべき点は,あくまで『ルイス』塩基性と密接に関係しているということです。求核性は求核攻撃の速度で測定されるので、速度論的概念です。 一方、塩基性は、プロトン化(またはルイス酸との会合)の平衡定数の観点から測定されるため、熱力学的概念です。もう一つの違いは、ブレンステッド塩基性はプロトンの熱力学的性質を指しますが、有機化学における求核性は、典型的には炭素中心への攻撃速度を指すことです。




 ここからは,具体例を挙げながら説明していきます。まず,求核剤の傾向について箇条書きで述べます。

・アニオンは、関連する中性分子よりも良好な求核剤である。
RO > ROH; RS > R2S; NH2 > NH3

・類似の化学種においては,周期表の右側ヘ行くほど求核性は減少する。
これは,より電気的に陰性の元素は電子を強く引きつけるためです。
NH3 > H2O; R3P > R2S

・同族元素内では下の元素ほど求核性が増加する。
これは,より大きい原子は電気陰性度がより低く、それらから誘導されたアニオンはより分極しているためです。
PR3 > NR3; PhSe > PhS > PhO


電気陰性度と大きさ(原子半径)の2つが求核性の重要な決定要因であることを覚えておけば,2つの原子の性質が周期表の左右でどのように異なるかを考えるために有用です。以下にポーリングの電気陰性度と,sブロックとpブロックの原子半径を示しています。当然のことですが,電気陰性度は、周期表の周期(Period)内で左から右へ行くほど増加し、族(group)内で下ヘ行くほど減少します。 原子半径は、周期表の周期(Period)内で左から右に縮小し、族(group)内で下ヘ行くほど大きくなります。


 このような背景に反して、ハライドアニオンの相対的求核性は幾分謎めいています。溶媒としてメタノールを用いるSwain–Scottの求核性での順序は次のとおりです。
I– >Br– >Cl– >F– 
他のプロトン性溶媒でも同じ順序が見られます。 これは、分極率に基づいて予想される順序でもあり,より大きな分極率のアニオンは最も求核性が高いはずです。 非プロトン性極性溶媒(例えば、DMSO、DMF、THFなど)では、相対速度は完全に逆転します。
F– Cl– >Br– >I    
この顕著な逆転は、水素結合または非プロトン性溶媒中での水素結合の有無によるものです。
 強力な水素結合受容体として、フルオライドはプロトン性溶媒中では弱い求核剤であることは明らかである。 最悪の水素結合受容体としてのヨウ化物は、プロトン性溶媒中ではるかに活性な求核剤である。 すなわち,溶媒との水素結合相互作用がない場合(脱水非プロトン性極性溶媒の場合である、フルオライドは最も強い求核剤である。重要な点として、「裸の」フッ化物イオンの高い求核性は、C-F結合の強さに起因している可能性があることです。 SN2遷移状態は、入ってくる求核剤と炭素との間の結合形成を含むので、その結合の強さは求核性の重要な決定因子です。



2017年1月15日日曜日

有機典型元素化学〜その1〜

有機典型元素化学では,有機分子と典型元素を組み合わせた化合物や反応を扱う分野です。この有機典型元素化学について解説するにあたり,主に使用する教科書は「Arrow Pushing in Inorganic Chemistry: A Logical Approach to the Chemistry of the Main-Group Elements」です。

有機化学は炭素の化学であり,典型元素化学で核となるのは無機化学であるという印象を持たれている方も多いかもしれません。確かに,無機化学は膨大な数の分子と化学反応で構成されており,その全てを網羅することはかなり難しいでしょう。おそらく,その膨大な情報量と不連続性により,無機化学は暗記の学問であると思われてしまいがちです。しかし,本書では典型元素化学に足して機械的アプローチ、具体的には有機的な矢印の押し込みによってこの状態を変える試みを行っています具体的には、ルイス構造の中心原子が価電子帯に8個以上の電子を持つ高原子価の化合物でも、矢印の押し込みがうまく機能することが分かります。これまでの無機化学の教科書は教科書というよりも辞典に近いものであるというのが率直な印象でした。一方,有機化学の教科書の多くは,本質的にあらゆる反応に対して利用可能な「求核剤」と「求電子剤」という概念に基づいて,あらゆる反応を反応メカニズムに立ち返って説明しています。このような有機化学において普遍的に用いられる概念を典型元素化学に適用して解説しているのが本書です。

本題に入るにあたり,高原子価についての混乱を避けるために前置きとして以下の左右の構造について解説します。それぞれ,右の多重結合構造が一般的ですが,右の多重結合構造を有機化学的に考えてしまうと,酸素原子と結合している高原子価の原子が電荷的に等価だと誤解し混乱してしまうかもしれません。そこで,本ブログでも教科書同様に明瞭な感覚的な理解を促すために,非現実的な形式電荷の左側の構造で解説しようと思います。(典型元素ガチ勢の人はよりよい方法があれば教えてください)



また,これからその2で話していく内容は,おそらく大学の学部2年生以上の有機化学の知識を前提としていますのであしからず。

2017年1月8日日曜日

Prof. Ian Mannersについてのこととリンクの追加について

タイトルにもあるように今日は、Manners教授についての話をします。

なぜ彼の話をするのかと言いますと、特にここ数年、彼は毎年Science・Nature・JACS・ACIEに論文をバンバン出しまくっているのです(論文リスト)。どういうネタでScienceやNatureに論文を投稿しているかといいますと、典型元素化学・触媒化学・ポリマー合成・ポリマー・自己組織化・材料科学などですね。いわゆる入口から出口まできっちりと科学をやっているんですね。

彼の出自は、まず初めにProf. Neil G. Connellyのところでorganotransition metal radicals(有機遷移金属ラジカル)についての研究で博士号を取得します。ちなみにConnelly教授の総説Chemical Redox Agents for Organometallic Chemistry にお世話になったという人は多いのではないでしょうか。
その後、ポスドクとしてProf. H. R. Allcockの下でpolyphosphazenes、Prof. P. Paetzoldの下でiminoboranesについての研究を行い、今の研究につながっているものと思われます。

で、今回ホームページにリンクの追加を行ったわけですが、某典型元素化学についての学会に僕が参加して思ったのは、著名な教授に直接会えてよかった規模小さくね?です。周期表にはたくさんの典型元素があるのに!単純な分野に逃げてるんじゃないですか?(煽り)
とまぁ、虚空に文句を放ってもしゃーないし、やることやってから文句垂れろって空耳が聞こえるので、やれるだけのことをやろうと思います。というわけで、原因はそれとは別に、典型元素化学について勉強しようとすると日本語で解説とかしてるページ少ないっていうのが、結構大きな問題だと思うわけです。まぁ、洋書買って英語で勉強しろってのも一理あるんですが、馬の耳に念仏で、

典型元素化学が面白い分野で深く広く化学について学べてしかも実社会の役に立つんだ!

っていうことを大声で主張しないといけないと思うわけで、やれるだけのことをやってみます。

2017年1月2日月曜日

時短のためにやっていること

時短って大事ですよね。

一日って長いようで短いですし、
ボスからのプレッシャーとかもありますし、
一ヶ月って長いようで短いですし、
ボスからのプレッシャーとかもありますし、
一年って長いようで短いですし、
ボスからのプレッシャーとかもありますし、
ドラマの再放送を見たい日に限って
ボスからのプレッシャーとかがありますし

そんなわけで、やっぱり末端の駒たる我々にとって
自分の時間を確保するためには、時短が大事です。

そこで、普段私が時短のために行っていることを、
思い付く限り書き連ねていこうと思います。

あくまで、時短をやるのはボスのためでもラボのためでもなく、自分の時間を確保するためにやるものです。
誰かのための時短は自分の首を絞めるだけです。

反応準備編
まず、一番大事なのはちょっとした時間に机の上を常にきれいにしておくことだと思います。
結局のところ、準備段階でコードがひっかかってなにかが倒れたり、あるいはガラス器具を割ってその後処理をする事になると、時間が減る上にモチベーションも下がります。
また、それと関連して、試薬の整理(場所の把握)とコードをねじりっこで束ねておくこと等も時短に繋がります。

反応の準備としては、反応容器、撹拌子、クランプ、スターラー、蛇腹、試薬、薬包紙、(紙)ろうとなどがあります。
言うまでもなく、反応容器と撹拌子は当然前日に準備できるならすべきですし、クランプやスターラーと蛇腹の位置も確定できるならしておくべきですね。(まぁヒートガン派閥の人もいますが)
薬包紙と紙ろうとに関してですが、薬包紙折るくらいなら良いですが紙ろうとなどは大量生産してTLCと同様に筒状の容器にストックしておくのが良いです。
要は、朝の作業を試薬を量って入れるだけにしておくと、低血圧で朝は本当になにもしたくない気持ちが強い自分でも朝から反応を仕込むことができてます。

反応中
精製の準備や先の紙ろう斗の量産やデータ整理などのタスク処理か、仮眠をとる。
タスク処理はまだしも、仮眠が時短というのには疑問を持たれるかもしれませんが、反応後の後処理と精製は最も体力を消費します。
つまりは仮眠というインベストメントなのです。

反応後
小スケールでは,TLCで分離条件が確定しているならまぶし法で分けるのが手っ取り早いと思います。
しかし,小スケール以外ではカラムは極力回避したいです。
カラムそのものにかかる時間もさることながら,大量の溶媒の濃縮や留去にかかる時間もばかにならないので,急がば回れで小スケールで単離した化合物の溶解度を調べておいて,再結晶や洗浄で精製したいところです。

合成に関連する作業に関して,昨年を振り返って思った時短のためにやっていることはこれくらいですかね。
他にもあるかもしれませんが,そのときはまたその2として書き連ねたいと思います。