天然に存在する有機化合物の多くは,炭素,水素,酸素,窒素を含むにすぎません。硫黄やハロゲンなどを含むものがありますが,これらは周期表全体からみると,ごく一部の元素にすぎません。一方,人類が取り扱うことのできる元素には遷移元素を除いても多数の典型元素があり,これらの多くは人工的に有機化合物に構成元素として導入することができます。典型元素は種類が多く,かつ多様な原子価をとりますが,反応機構を考える際には,有機合成化学のように電子対(不対電子)の動きを示す波状の矢印を使ってもうまく機能します。なので,有機化学の教科書のように求核剤や求電子剤といった概念を典型元素に当てはめて考えていきたいと思います。
求核性および求電子性は、それぞれルイス塩基性およびルイス酸性に密接に関係しています。すなわち,求核剤はルイス塩基(電子対供与体)であり、求電子剤はルイス酸(電子対受容体)です。
ここで注意すべき点は,あくまで『ルイス』塩基性と密接に関係しているということです。求核性は求核攻撃の速度で測定されるので、速度論的概念です。 一方、塩基性は、プロトン化(またはルイス酸との会合)の平衡定数の観点から測定されるため、熱力学的概念です。もう一つの違いは、ブレンステッド塩基性はプロトンの熱力学的性質を指しますが、有機化学における求核性は、典型的には炭素中心への攻撃速度を指すことです。
ここからは,具体例を挙げながら説明していきます。まず,求核剤の傾向について箇条書きで述べます。
・アニオンは、関連する中性分子よりも良好な求核剤である。
RO– > ROH; RS– > R2S; NH2– > NH3
・類似の化学種においては,周期表の右側ヘ行くほど求核性は減少する。
これは,より電気的に陰性の元素は電子を強く引きつけるためです。
NH3 > H2O; R3P > R2S
PR3 > NR3; PhSe– > PhS– > PhO–
電気陰性度と大きさ(原子半径)の2つが求核性の重要な決定要因であることを覚えておけば,2つの原子の性質が周期表の左右でどのように異なるかを考えるために有用です。以下にポーリングの電気陰性度と,sブロックとpブロックの原子半径を示しています。当然のことですが,電気陰性度は、周期表の周期(Period)内で左から右へ行くほど増加し、族(group)内で下ヘ行くほど減少します。 原子半径は、周期表の周期(Period)内で左から右に縮小し、族(group)内で下ヘ行くほど大きくなります。
このような背景に反して、ハライドアニオンの相対的求核性は幾分謎めいています。溶媒としてメタノールを用いるSwain–Scottの求核性での順序は次のとおりです。
I– >Br– >Cl– >F–
他のプロトン性溶媒でも同じ順序が見られます。 これは、分極率に基づいて予想される順序でもあり,より大きな分極率のアニオンは最も求核性が高いはずです。 非プロトン性極性溶媒(例えば、DMSO、DMF、THFなど)では、相対速度は完全に逆転します。
F– ≫Cl– >Br– >I–
この顕著な逆転は、水素結合または非プロトン性溶媒中での水素結合の有無によるものです。
強力な水素結合受容体として、フルオライドはプロトン性溶媒中では弱い求核剤であることは明らかである。 最悪の水素結合受容体としてのヨウ化物は、プロトン性溶媒中ではるかに活性な求核剤である。 すなわち,溶媒との水素結合相互作用がない場合(脱水非プロトン性極性溶媒の場合である、フルオライドは最も強い求核剤である。重要な点として、「裸の」フッ化物イオンの高い求核性は、C-F結合の強さに起因している可能性があることです。 SN2遷移状態は、入ってくる求核剤と炭素との間の結合形成を含むので、その結合の強さは求核性の重要な決定因子です。