2025年6月14日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0240~

論文のタイトル: Metal-free site-selective functionalization with cyclic diaryl λ3-chloranes: suppression of benzyne formation for ligand-coupling reactions環状ジアリールλ3-クロランを用いたメタルフリー位置選択的官能化:ベンザイン生成抑制による配位子カップリング反応

著者: Koushik Patra, Manas Pratim Dey, Mahiuddin Baidya*
雑誌名: Chemical Science
巻: Vol. 15, Issue 40, pp. 16605-16611
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC04108A

背景

1:  研究背景 - 超原子価ハロゲン化合物

  • 超原子価ハロゲン化合物は有機合成において多様な反応を可能にする有用な試薬として注目されています。
  • これらの化合物は、低毒性、調整可能な反応性、様々な官能基との適合性といった利点があります。
  • 特に、λ3-ヨージンやλ3-ブロマンはこれまでに広範に研究されてきました。
  • 一方、同族元素であるλ3-クロラン、特に環状ジアリールλ3-クロランは、そのユニークな性質にも関わらず、十分に研究が進んでいませんでした。
  • λ3-クロランは、高い電気陰性度とイオン化ポテンシャルにより、高い求核脱離能と求核剤捕捉傾向を持つと予想されます。
  • これは、ベンザイン中間体を経由する反応と、配位子カップリング反応という二つの異なる反応様式をもたらす可能性があります。

2: 未解決の課題 - λ3-クロランの反応性制御

  • 環状ジアリールλ3-クロランは、塩基条件下ではベンザイン中間体を経由し、主にメタ位の官能化を起こしやすいことが先行研究で示されています。
  • ベンザイン生成はエネルギー障壁が非常に低く、この経路が優先されるため、オルト位を選択的に官能化する配位子カップリング反応の実現は困難でした。
  • 過去には環状ジアリールλ3-クロランの熱分解による2,2'-ジハロゲノビフェニル合成が報告されていますが、配位子カップリングによるオルト官能化の一般的な手法は未開拓のままでした。
  • この反応性の制御、特にベンザイン経路を抑制して配位子カップリングを促進することが、λ3-クロラン化学における重要な課題でした。
  • 先行研究では、特定の求核剤(フェノール)を用いたジアリールλ3-クロランのC-OおよびC-C結合形成が報告されていますが、これらはベンザイン中間体を経由しています。
  • メタルフリー条件での位置選択的官能化法の開発は、合成法の簡便性や環境負荷低減の観点からも重要です。

3: 本研究の目的

  • 本研究の主要な目的は、環状ジアリールλ3-クロランを用いた新規配位子カップリング反応を開発することです。
  • 特に、より容易なベンザイン生成経路を効果的に抑制し、困難であったオルト位への位置選択的官能化を実現することを目指しました。
  • この目的を達成するため、低塩基性で求核性の高い試薬を用いることで、超原子価ハロゲン中心への直接的な相互作用を促進できると仮説を立てました。
  • メタルフリー条件下で反応が進行する手法を開発することを重視しました。
  • これにより、様々な非対称な2,2'-ビアリール誘導体を効率的に合成できると期待しました。
  • また、他のλ3-ハロゲン化合物(λ3-ヨージン、λ3-ブロマン)と比較し、λ3-クロランの特性を明らかにすることも目的としました。

方法

1: 研究デザインと全体概要

  • 本研究では、環状ジアリールλ3-クロランを用いた配位子カップリング反応の条件検討と適用範囲の検討を行いました。
  • 主に、λ3-クロランと求核剤を組み合わせる反応をデザインしました。
  • 手法として、三成分カップリング二成分カップリングの2つを開発しました。
  • 三成分カップリングは、λ3-クロラン、炭素二硫化物 (CS2)、およびアミンを用いる方法です。
  • 二成分カップリングは、λ3-クロランと様々な求核剤(アミン、S/N求核剤など)を直接反応させる方法です。
  • 反応はメタルフリー条件下で行いました。
  • 反応条件(溶媒、温度、試薬量など)を詳細に検討し、収率と位置選択性を最適化しました。

2: 三成分カップリング反応の検討

  • 三成分カップリングでは、出発物質として環状ジアリールλ3-クロラン (1a)、炭素二硫化物 (2a)、およびアミン (3a) のモデル系を用いて条件を検討しました。
  • 溶媒の影響を調べた結果、DCMが最も高い収率(88%)をもたらし、最適であることがわかりました. DCE、THF、CH3CN、DMF、MeOHでは収率が低下し、HFIPでは反応が進行しませんでした。
  • 反応温度は室温が最適であり、50℃に昇温すると収率が低下しました。
  • λ3-クロランの対アニオンも影響し、BF4-が最適で、OTs-は同程度、OTf-では収率がわずかに低下しました。
  • 最適条件(1a (0.2 mmol), 2a (0.5 mmol), 3a (0.24 mmol), DCM (1.5 mL), 室温, 18時間, N2雰囲気下)を確立しました。
  • この最適条件を用いて、様々な構造を持つアミンの適用範囲を検討しました. 環状脂肪族アミン、非環状アミン、第一級アミンなどが含まれます。
  • また、様々な構造のλ3-クロランの適用性も評価しました. 電子求引基や電子供与基を持つ対称型、および非対称型のλ3-クロランを用いました。

3: 二成分カップリングおよびその他の検討

  • 二成分カップリングでは、λ3-クロランと様々な求核剤を直接反応させました。
  • 特に、低塩基性であると予想される芳香族アミン(アニリン誘導体)との反応性を詳細に検討しました。
  • アニリン以外にも、チオシアン酸アンモニウム (NH4SCN)、p-トルエンスルフィン酸ナトリウム (TsNa) などの硫黄求核剤や、アジ化ナトリウム (NaN3)、亜硝酸ナトリウム (NaNO2) などの窒素求核剤との反応も試みました。
  • 対照実験として、高塩基性アミンを用いた場合の反応生成物を調べ、ベンザイン経路との関連性を評価しました。
  • さらに、第三級アミン(DABCO, キヌクリジン)を用いた新たな方法論も開発しました. これはアミン塩中間体を経由し、その後に様々な求核剤(N, S, O, C求核剤)と反応させる手法です。
  • λ3-ブロマンおよびλ3-ヨージンについても、今回開発した配位子カップリング条件下での反応性を比較評価しました。
  • 反応メカニズムを調べるために、立体障害のあるアミン、ラジカル捕捉剤(TEMPO)、およびベンザイン捕捉剤(フラン)を用いた実験を行いました。
  • 合成手法の実用性を示すために、グラムスケールでの合成を試みました。
  • 合成した主要な化合物の構造と位置選択性は、単結晶X線構造解析によって確認しました。

結果

1: 三成分カップリング反応の成果

  • 環状ジアリールλ3-クロラン、CS2、アミンを用いた三成分カップリング反応を初めて成功させました。
  • 最適条件(DCM溶媒、室温)下で、モデル化合物であるビアリールジチオカルバメート4aを88%という非常に高い収率で単離しました。
  • この反応は、クロロフェニル置換基に対して排他的にオルト位を選択しました. メタ位生成物は検出されませんでした。
  • これは、in situで生成したジチオカルバメートイオンが低塩基性かつ高い求核性を持ったため、ベンザイン中間体形成よりも配位子カップリングが優先されたことを示唆しています。
  • 本手法は、様々な環状および非環状アミンに適用可能であり、対応するビアリールジチオカルバメートを非常に高い収率(70-88%)で得ました。
  • 対称型λ3-クロランに加え、非対称型λ3-クロランも使用可能でしたが、置換基の電子特性に応じて位置異性体混合物が生じました. 電子求引基(エステル基)を持つ場合、エステル基側のアリール環へのカップリングが優先される傾向が見られました。

2: 二成分カップリングおよびベンザイン経路の結果

  • 芳香族アミン(アニリン誘導体)を用いたλ3-クロランとの二成分配位子カップリング反応も成功しました。
  • これにより、貴重な2-アミノビフェニル誘導体を、優れたオルト選択性で中程度の収率(69%)で合成しました。
  • 様々な置換パターンを持つN-フリーおよびN-置換アニリンに適用可能でした。
  • チオシアン酸塩、スルフィン酸塩、アジド、亜硝酸塩といった他の硫黄および窒素求核剤との二成分カップリングも、高収率(85-91%)かつ排他的なオルト選択性で進行しました。
  • 高塩基性アミンを用いた場合、仮説通りベンザイン中間体を経由した競合反応が起こりました。
  • 環状二次アミンとの反応では、メタ位およびオルト位官能化生成物の混合物が得られましたが、環サイズが増大するにつれてメタ選択性が徐々に向上し、非常に高い収率でメタ体が得られました。

3: 第三級アミン、比較研究、メカニズム、スケールアップ

  • 第三級アミン(DABCO、キヌクリジン)を用いた新しい方法論により、多様な求核剤との反応が可能になりました。
  • この方法では、まずλ3-クロランと第三級アミンからアンモニウム塩を生成し、その後に様々な求核剤と反応させることで、開環生成物や位置選択的なオルト官能化生成物が得られました. これは、高塩基性アミンによるメタ官能化とは異なる経路です。
  • λ3-クロランとλ3-ブロマン、λ3-ヨージンの配位子カップリングにおける反応性を比較した結果、λ3-クロランが最も優れていることが示されました. λ3-ブロマンは中程度の収率でしたが、λ3-ヨージンは室温では反応せず、高温でも低収率でした。
  • メカニズム調査により、立体障害のあるアミンとの反応でオルト生成物のみが得られたこと、ラジカル捕捉剤存在下でも反応が進行したことから、直接求核芳香族置換反応やラジカル機構は否定されました。
  • これは、配位子結合に続く配位子カップリング経路を支持する結果でした.
  • 高塩基性アミン存在下ではベンザイン中間体が捕捉された一方、配位子カップリング条件下ではベンザイン捕捉生成物は観察されませんでした。
  • 開発した手法はグラムスケールでも実施可能であり、小スケールと同程度の収率(三成分で80%、二成分で72%)で目的物が得られました。

考察

1: ベンザイン抑制による新規配位子カップリング

  • 本研究の最も重要な発見は、環状ジアリールλ3-クロランのこれまで未開拓であった配位子カップリング反応を開発したことです。
  • これは、λ3-クロランにおいてより容易に進行すると考えられていたベンザイン生成経路を効果的に抑制し、困難であった配位子カップリングを促進することで達成されました。
  • 特に、低塩基性で求核性の高い試薬(in situ生成したジチオカルバメートイオン、芳香族アミン、S/N求核剤など)を用いることで、ベンザイン生成に必要な脱プロトン化を抑制し、超原子価塩素中心への求核攻撃を優先させることができました。
  • これは、λ3-クロランの反応性を制御する新しい戦略を示しており、先行研究で報告されていたベンザイン中間体を経由するメタ選択的官能化とは対照的な結果です。

2: 幅広い適用範囲とオルト選択性

  • 開発した配位子カップリング反応は、多様な求核剤(様々なアミン、S/N求核剤)および多様な構造を持つλ3-クロランに適用可能であり、幅広い種類の非対称2,2'-ビアリール誘導体を合成できることが示されました。
  • 特に、三成分カップリングおよび二成分カップリング(芳香族アミン、S/N求核剤)は、非常に高い収率で進行し、かつ優れたオルト位置選択性を示しました. 生成物の構造と選択性はX線解析でも確認されました。
  • 第三級アミンを用いた新しいアプローチは、直接反応では困難な二次アミンのオルト選択的カップリング生成物へのアクセスを可能にし、合成的な有用性をさらに高めました.
  • これらの結果は、開発した手法が汎用性が高く、多様なC-SおよびC-N結合形成に適用できることを示しています。

3: 先行研究との比較とλ3-クロランの優位性

  • 環状ジアリールλ3-クロランを用いた配位子カップリングによるオルト官能化は、これまで一般的な手法が確立されていませんでした. 本研究は、この重要な合成手法を初めて実現したものです。
  • 高塩基性アミンを用いた場合に観察されたメタ選択的官能化は、先行研究で示唆されていたベンザイン経路(主にメタ位)と一致しており、本研究のオルト選択的反応との対比として、反応経路の制御に成功したことを明確に示しています。
  • λ3-クロランと、より広く研究されているλ3-ブロマンおよびλ3-ヨージンを比較した結果、本配位子カップリング反応においてλ3-クロランが最も優れていることが分かりました. これは、λ3-クロランのユニークな電子特性がこの反応に有利に働いた可能性を示唆しています。
  • これらの比較研究は、λ3-クロランが特定の種類の変換において、他の超原子価ハロゲン化合物では達成困難な独自の反応性を持つことを強調しています。

4: メカニズムの示唆

  • メカニズム調査の結果は、開発した配位子カップリング反応が、直接的な求核芳香族置換反応やラジカル機構を経由するものではないことを強く示唆しています。
  • 立体障害のあるアミンとの反応でオルト生成物のみが得られたこと、ラジカル捕捉剤存在下でも反応が妨げられなかったことが、これらの機構を否定しています。
  • 高塩基性アミン存在下でベンザイン捕捉生成物が確認された一方で、配位子カップリング条件下ではベンザイン捕捉生成物が観察されなかったことも重要です。
  • これらの結果は、本研究で開発した反応が、求核剤が超原子価塩素中心に配位結合し、その後、配位子カップリングが起こる経路を経由している可能性が高いことを支持しています. この経路は、オルト位への位置選択性を説明することができます。

5: 研究の限界

  • 本研究で開発された手法は非常に有用ですが、いくつかの限界も存在します。
  • 非対称なλ3-クロランを用いた三成分カップリングや二成分カップリング(アニリン)では、位置異性体の混合物が生成することがあります. これは、カップリングが起こるアリール環の選択性をさらに制御する必要があることを示唆しています。
  • 高塩基性アミンを用いると、目的とする配位子カップリングではなく、ベンザイン中間体を経由したメタ選択的官能化が優先されてしまいます. そのため、使用できるアミンにはある程度の制限があります(ただし、第三級アミンを用いることでこの課題の一部は克服されています)。
  • 他のλ3-ハロゲン化合物と比較してλ3-クロランが優れている一方で、λ3-ブロマンやλ3-ヨージンでは本条件下での反応性や収率が低いことが確認されています. この手法はλ3-クロランに特に適していると言えます。
  • すべての種類の求核剤に対して同様に高収率・高選択性が得られるわけではなく、求核剤の種類によっては反応条件の調整や収率の最適化が必要となる可能性があります。

結論

  • 本研究は、環状ジアリールλ3-クロランを用いた初めての配位子カップリング反応を開発しました。
  • これにより、λ3-クロランにおいて競合するベンザイン生成経路を効果的に抑制し、困難であったオルト位への位置選択的官能化をメタルフリー条件下で実現しました。
  • この手法は、二成分および三成分のアプローチで多様な求核剤(アミン、S/N求核剤)に適用可能であり、様々な非対称な2,2'-ビアリール誘導体を高収率・高選択性で提供します。
  • 特に、λ3-クロランは対応するλ3-ブロマンやλ3-ヨージンよりも本反応において優れた性能を示すことが明らかになりました。
  • 本研究は、未開拓であったλ3-クロランの合成化学における重要なブレークスルーであり、新しい分子骨格の構築生物活性化合物の合成に貢献する可能性があります。

将来の展望

            • 非対称λ3-クロランにおける位置選択性のさらなる制御や、他の種類の求核剤への適用拡大が考えられます。
            • この新しい反応性を利用したより複雑な分子の合成への展開も期待されます。


            TAKE HOME QUIZ

            1. この論文が主に焦点を当てている超原子価ハロゲン化合物は何ですか?そして、なぜこの種類の化合物はこれまであまり研究が進んでいなかったのですか?

            2. 環状ジアリールλ3-クロランの反応には、配位子カップリング反応ベンザイン中間体を経由する反応という2つの主要な経路があります。通常、どちらの経路がより容易に進行すると論文では述べられていますか?そして、研究者たちは配位子カップリング反応を優先させるためにどのような戦略を採用しましたか?

            3. 論文では、アミンを求核剤として用いた際に、そのブレンステッド塩基性の強さが反応の選択性に影響を与えることが示されています。塩基性の高いアミンを用いた場合に優先される反応経路は何ですか?そして、それにより分子のどの位置が官能基化されますか?

            4. この配位子カップリング反応を達成するための条件として、論文では金属触媒の有無についてどのように述べていますか?また、同じ反応をλ3-ブロマンやλ3-ヨーダンで行った場合と比較して、λ3-クロランの性能はどうでしたか?

            5. 提案されている配位子カップリング反応のメカニズムは、配位子結合に続く配位子カップリング経路であると論文では結論づけられています。このメカニズムを支持し、ベンザイン機構ラジカル機構ではないことを示すために行われた実験の例を一つ挙げてください。

             解答

            1. この論文が主に焦点を当てている超原子価ハロゲン化合物は環状ジアリールλ3-クロランです。この種類の化合物がこれまであまり研究が進んでいなかった理由として、論文では電気陰性度とイオン化ポテンシャルの高さにより、より高い反応性求核剤捕捉傾向の高さ、そして特にベンザイン中間体の形成傾向が高いことが示唆されています。ベンザイン形成のエネルギー障壁が非常に低く、この競合反応がオルト官能基化を目指す配位子カップリング反応を困難にしていたと考えられます。

            2. 環状ジアリールλ3-クロランの反応には、配位子カップリング反応とベンザイン中間体を経由する反応という2つの主要な経路があります。論文では、通常、ベンザイン中間体を経由する反応がより容易に進行すると述べられています。研究者たちは配位子カップリング反応を優先させるために、ブレンステッド塩基性が非常に低く、同時に強力な求核剤を用いる戦略を採用しました。これにより、競合するベンザイン形成を抑制し、ハイパーバレントハロゲン中心への求核剤の直接的な相互作用を促進することを目指しました。

            3. 論文では、アミンを求核剤として用いた際に、そのブレンステッド塩基性の強さが反応の選択性に影響を与えることが示されています。塩基性の高いアミンを用いた場合に優先される反応経路は、ベンザイン中間体を経由する経路です。それにより、分子のメタ位(3位)が官能基化された生成物が得られます。対照的に、塩基性が低く求核性の高いアミン(またはin situ生成した求核種)を用いると、配位子カップリング経路が優先され、分子のオルト位(2位)が官能基化されます。

            4. この配位子カップリング反応を達成するための条件として、論文では金属触媒は用いない金属フリー条件で行われていると述べています。同じ反応をλ3-ブロマンやλ3-ヨーダンで行った場合と比較して、λ3-クロランは配位子カップリング反応において優れた性能を示しました。具体的には、三成分系反応ではλ3-ブロマンは中程度の収率であったのに対し、λ3-ヨーダンはほとんど反応しませんでした。二成分系反応や第三級アミンを経由する反応でも、λ3-ブロマンは収率が低く、λ3-ヨーダンは不成功でした。

            5. 提案されている配位子カップリング反応のメカニズムが、配位子結合に続く配位子カップリング経路であり、ベンザイン機構やラジカル機構ではないことを示すために行われた実験の例として、以下の点が挙げられます:

              • 立体的にかさ高い弱い求核剤である2,4,6-トリメチルアニリンと反応させた際に、オルトカップリング生成物のみが得られ、ベンザイン機構で予測されるメタ生成物が検出されなかったこと。
              • ラジカル捕捉剤であるTEMPOの存在下でも、目的の配位子カップリング生成物が有意な量で単離されたこと。
              • ベンザイン発生条件下ではトラップ剤との付加物が観測されるのに対し、目的の配位子カップリング反応条件下ではベンザイン付加物が観測されなかったこと。

            2025年6月7日土曜日

            Catch Key Points of a Paper ~0239~

            論文のタイトル: Controlling Intramolecular Förster Resonance Energy Transfer and Singlet Fission in a Subporphyrazine–Pentacene Conjugate by Solvent Polarity

            著者: Dr. David Guzmán, Ilias Papadopoulos, Giulia Lavarda, Parisa R. Rami, Prof. Rik R. Tykwinski,* Dr. M. Salomé Rodríguez-Morgade,* Prof. Dirk M. Guldi,* Prof. Tomás Torres*
            雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
            巻: Vol. 60, Issue 3, pp. 1474–1481
            出版年: 2021
            DOI:  https://doi.org/10.1002/anie.202011197

            背景

            1: 研究の背景

            • 一重項励起子分裂(SF)は、1つの光子吸収後に一重項励起状態を相関三重項励起状態に変換するプロセスです。
            • SFは、単接合型太陽電池の性能向上に大きな可能性を秘めています。
            • SFを導入することで、太陽電池の理論的なエネルギー変換効率限界(Shockley-Queisser限界)を約32%から45%に引き上げられる可能性があります。
            • 過去10年間、SFのための材料特定、特性評価、最適化に主要な努力が払われてきました。

            2: 未解決の問題点

            • SF材料の多用途性やパンクロマチック(広範囲の光を吸収する)な光捕集能力の向上に関して、重要な課題が残っています。
            • 以前の研究では、Subphthalocyanine (SubPc) や Porphyrazine (ZnPz) 共役体をエネルギーアンテナ/ドナーとして利用し、分子内Förster共鳴エネルギー移動 (i-FRET) を介してエネルギーをペンタセン二量体 (Pnc2) に供給しました。
            • これらの従来のドナー(SubPcやZnPz)の使用では、分光学的重なり(蛍光と吸収のスペクトルオーバーラップ、J)を合成による化学構造変更なしに微調整することが困難でした。
            • その結果、SubPcやZnPzのパンクロマチック吸収、特に400から600 nmの範囲での吸収が最適化されないままでした。

            3: 研究の目的

            • 本研究は、エネルギーアンテナの蛍光を溶媒極性によって微調整し、それによりJを調整するというコンセプトによって、合成変更の必要性を回避することを目指しました。
            • この目的のために、Subporphyrazine (SubPz) と Pnc2 からなる共役体 C を選択しました。
            • 特定のSubPz(hexaaryl-subporphyrazine)をドナーとしてPnc2に結合させました。SubPzは450-550 nmに強い吸収を持ち、そのブロードな蛍光がPnc2の最も強い吸収とよく一致します。
            • 溶媒極性を用いて、SubPzの蛍光、J、Förster速度定数を制御し、最終的に三重項量子収率を最大化することを目指します

            方法

            1: 研究デザインと対象化合物

            • 本研究では、新しいアンテナ結合型ペンタセン二量体 C の合成と光物理的特性評価を行いました。
            • 共役体 C は、カルボン酸官能基を持つビスペンタセン (B) と、アルコール部分を持つ適切な SubPz 誘導体 (A) をエステル化することで合成されました。
            • 特性評価には、定常状態吸収/蛍光測定、時間分解過渡吸収測定などの手法が用いられました。
            • 研究対象として、SubPzOH (A)、Pnc2COOH (B)、そして共役体 SubPzPnc2 (C) を使用しました。

            2: 測定方法と溶媒

            • 化合物の光物理特性を評価するために、定常状態吸収および蛍光測定、時間相関単一光子計数法 (TCSPC)、フェムト秒 (fsTA) およびナノ秒 (nsTA) 過渡吸収分光法が使用されました。
            • i-FRET速度定数や三重項量子収率 (TQY) の決定も行われました。
            • 化合物の吸収特性の比較には、消衰係数が評価されました。
            • これらの測定は、キシレン、トルエン、アニソール、ベンゾニトリルという異なる極性を持つ溶媒中で実施されました。

            3: 解析手法

            • 過渡吸収データ解析のために、Bについては3種、Cについては4種の動態モデルが適用されました。
            • SFによる三重項励起状態の生成は、GSB (Ground State Bleaching) の強度の増加によって確立されました。
            • 相関三重項ペアが中間体CT状態を介して形成されることは、860, 970, 1400 nmにおけるフィンガープリントの解析によって示されました。
            • i-FRET速度定数 (kFRET) は、ドナーの蛍光寿命、アクセプターの消衰係数、ドナーの蛍光量子収率、スペクトルオーバーラップ積分などのパラメータを用いて計算されました。
            • 三重項量子収率 (TQY) は、特定の吸収ピークの強度追跡や、CT状態および相関三重項ペア状態の種関連スペクトルの相対強度比較によって決定されました. TQYには約±10%の誤差範囲が考慮されました。

            結果

            1: 合成と吸収・蛍光特性

            • SubPzOH (A) と Pnc2COOH (B) から、共役体 C がエステル化によって合成されました。 C の収率は 20%でした。
            • C の定常状態吸収スペクトルは、AB の個別のスペクトルの線形重ね合わせであり、基底状態での相互作用がないことを示しています。
            • SubPz (A) は 450 nm付近にブロードな CT バンド、560 nm 付近に Q バンドの強い吸収特徴を示します。
            • 共役体 C は、以前報告された SubPcPnc2 や ZnPzPnc2 に比べ、400-600 nm の範囲でブロードで強い吸収を示し、パンクロマチック性が大幅に向上しています(B単独に対して約85%吸収が増加)。
            • SubPz (A) の蛍光は溶媒極性に依存し、極性溶媒で最大 20 nm のレッドシフトを示します。 A の蛍光量子収率 (FF) も溶媒極性に依存します(キシレンで2.4%、ベンゾニトリルで<1.0%)。
            • 共役体 C では SubPz 中心蛍光は観測されず、Pnc2 中心蛍光に近接しており、強い蛍光消光と効率的な励起状態相互作用を示唆しています。

            2: エネルギー移動と一重項励起子分裂の速度

            • 時間分解測定により、共役体 C において SubPz から Pnc2 への効率的な分子内 Förster共鳴エネルギー移動 (i-FRET) が確認されました。
            • C 中の SubPz の一重項励起状態 (1(S1)SubPz,C) は、独立した分子 A よりも速く減衰し、約 3 ps で消失します。
            • この 1(S1)SubPz,C 状態は、i-FRET を介して Pnc2 の一重項励起状態 (1(S1S0)Pnc2,C) に置き換わります。
            • Pnc2 の一重項励起状態は、中間体の CT 状態 (CT(S1S0)Pnc2,C) を経由して、相関三重項ペア状態 (1(T1T1)Pnc2,C) に変換されます。このプロセスはペンタセン二量体における分子内一重項励起子分裂 (i-SF) に対応します.

            3: 溶媒効果と量子収率

            • 溶媒の選択は、個々のプロセスの効率に影響を与えます。
            • i-FRET 速度定数 (kFRET) は溶媒極性に依存し、最も無極性なキシレンで最も高く (3.52 x 1011 s-1)、ベンゾニトリルで最も低くなりました (1.14 x 1011 s-1)。 これは SubPz 蛍光と Pnc2 吸収のスペクトルオーバーラップ (J) がキシレンで最大であることと一致します。
            • 三重項量子収率 (TQY) も溶媒に依存します。 キシレンで最も高く (171% ± 10%)、トルエン (152%)、アニソール (151% ± 10%) では低下しました。
            • 興味深いことに、TQY はベンゾニトリルでも 161% ± 10% と高くなりました。 これは、Pnc2 の i-SF が中間体 CT 状態を介して進行し、より極性のある溶媒が有利に働くためと説明されています.
            • この結果は、効率的な i-FRET と効率的な i-SF の微妙なバランスを取ることが極めて重要であることを示しています。

            考察

            1: 主要な発見とその意味 - 溶媒によるチューニング

            • 本研究の主要な発見の一つは、SubPz エネルギー供与体のユニークなチューニング可能性です。
            • SubPz の蛍光が溶媒極性に依存してシフトする(溶媒依存性蛍光)という特徴が重要です。
            • この溶媒依存性蛍光により、SubPz 蛍光と Pnc2 吸収間のスペクトルオーバーラップ (J) を大幅に変化させることができます。
            • これにより、エネルギー供与体(SubPz)の合成的な変更なしに、分子構造を変えずに i-FRET の速度定数を調整することが可能になります

            2: 主要な発見とその意味 - i-FRETとi-SFの連鎖

            • 効率的な分子内Förster共鳴エネルギー移動(i-FRET)は、SubPzからPnc2へのエネルギー移動の主要なメカニズムです。
            • エネルギーがPnc2に移動した後、Pnc2二量体は分子内一重項励起子分裂(i-SF)を起こします。
            • この i-SF のメカニズムには、中間体の CT 状態の生成が含まれます。 一重項励起状態がこの中間体 CT 状態を経て、相関三重項ペア状態に変換されます。
            • キシレンにおける高速な i-FRET (3.52 x 1011 s-1) は、ベンゾニトリルに比べて約3倍速く、これは i-SF が通常非極性溶媒では不利であるという課題を回避する簡単な経路を提供します。

            3: 先行研究との比較

            • 本研究で開発された共役体 C は、以前に報告された SubPcPnc2 や ZnPzPnc2 共役体と比較して、吸収特性が改善されています。
            • SubPz ドナーは、400-600 nm の範囲でよりブロードで強い吸収を導入し、これによりパンクロマチック性が向上しました。
            • これは、SubPc (65%) や ZnPz (51%) をドナーとして使用した場合よりも、B (Pnc2) に対する全体の吸収増加率が高くなっています (85%)。

            4: 先行研究との比較とCT状態の役割

            • ペンタセンをプロトタイプとするSF材料に関する以前の研究が多数存在し、リンカーを介したカップリング調整による動力学や収率の操作が注目されてきました。
            • i-SFにおける中間体電荷移動(CT)状態の役割は、以前の研究でも議論されてきました [6, 12, 17–26, 35, 36]。
            • 本研究で示されたように、Pnc2におけるi-SFがCT中間体を経由することは、先行研究の結果と一致しています。
            • より極性のある溶媒では CT 状態のエネルギー準位が安定化され、i-SF の駆動力が向上することが、ベンゾニトリルで TQY が再び増加した理由として挙げられています。

            5: 研究の限界点

            • SubPzs の合成に関連する困難が、主要な欠点となる可能性があります。
            • エネルギー供与体 SubPz (A) の蛍光量子収率 (FF) が低い(キシレンで2.4%、ベンゾニトリルで<1.0%)ことは、一般的にはFRETのボトルネックとなる可能性があります。 ただし、共役体 C では効率的なエネルギー移動が観察されています。

            結論

                • 本研究では、エネルギー供与体 SubPz とエネルギー受容体 Pnc2 からなる新しい共役体 C の合成と特性評価に成功しました。
                • SubPz の固有の溶媒依存性蛍光により、溶媒極性によって SubPz の発光スペクトルと Pnc2 の吸収スペクトルとの重なり(J)を調整できることが実証されました。
                • この溶媒による J のチューニングは、分子構造の合成変更なしに i-FRET 速度定数を制御し、結果として三重項量子収率を最適化する手段を提供します。
                • 特にキシレン中で最適なスペクトルオーバーラップが実現され、高い i-FRET 速度定数 (3.52 x 1011 s-1) と最大三重項量子収率 (171% ± 10%) が得られました.
                • 本研究は、SF効率を向上させるための材料開発において、エネルギー供与体の溶媒依存性蛍光を利用してエネルギー移動とSFの連鎖を外部から制御できるという新しい戦略を示しています。

                将来の展望

                        • 高性能太陽電池などへの応用。

                        用語集

                        • 一重項励起子分裂 (SF): 1つの光子によって励起された一重項状態が、2つの三重項状態に分裂する現象。
                        • Förster共鳴エネルギー移動 (FRET): 励起されたドナー分子からアクセプター分子へ、非放射的にエネルギーが移動するプロセス。
                        • 分子内 Förster共鳴エネルギー移動 (i-FRET): 同一分子内のドナー部分からアクセプター部分へエネルギーが移動するプロセス。
                        • 三重項量子収率 (TQY): 吸収された光子数に対して、生成された三重項状態の数の比率。SFでは理論的に最大200%になりうる。
                        • ペンタセン(Pentacene): 有機半導体として使われる多環芳香族炭化水素の一つ。SFを示す代表的な材料.
                        • Subporphyrazine (SubPz): ポルフィリン類縁体の一種。本研究でエネルギー供与体として使用。
                        • 溶媒依存性蛍光 (Solvatochromic fluorescence): 分子の蛍光スペクトルが溶媒の極性によって変化する現象。
                        • スペクトルオーバーラップ (J): ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトルが重なる度合い。FRET効率に影響する重要な要素.
                        • 電荷移動 (CT) 状態: 電子の移動によって生じる励起状態. SFの中間体として関与することがある。

                        TAKE HOME QUIZ

                        Q1: この研究の主な目的は何ですか? 

                        Q2: この論文で研究されている共役体(C)は、主にどのような2つの部分から構成されていますか? 

                        Q3: 一重項励起子分裂(SF)とはどのようなプロセスですか?また、太陽電池の効率向上においてどのような可能性を秘めていますか? 

                        Q4: 一重項励起子分裂(SF)が起こるための重要な基準は何ですか? 

                        Q5: 共役体(C)におけるi-FRETは、SubPzからPnc2へのエネルギー移動を伴いますが、このエネルギー移動効率を制御するために、この研究ではSubPzのどのような特性が活用されていますか? 

                        Q6: i-FRETの速度定数と三重項量子収率(TQY)を最大化するための最適な溶媒は何でしたか?その溶媒でのそれぞれの最大値は何でしたか? 

                        Q7: キシレン以外の溶媒、特にベンゾニトリルにおいて、TQYが比較的高い値を示した(161%: 10 %)理由は何ですか?ベンゾニトリルは最も低いi-FRET速度定数を示したにもかかわらず、なぜでしょうか? 

                        Q8: 以前に報告されたSubPcPnc2やZnPzPnc2共役体と比較して、エネルギー供与体としてSubPzを使用する利点は何ですか? 

                         解答

                        1. 太陽電池の効率向上に貢献するため、特定の分子共役体(C)における分子内Förster共鳴エネルギー移動(i-FRET)と分子内一重項励起子分裂(i-SF)の挙動を、溶媒極性によって制御することです。
                        2. エネルギー供与体として働くヘキサアリールサブポルフィラジン(SubPz)と、主にエネルギー受容体および一重項励起子分裂を可能にする役割を持つペンタセンダイマー(Pnc2)です。
                        3. SFは、単一の光子吸収後に生じた一重項励起状態( S1S0)を、相関する三重項励起状態ペア( (1(T1T1))に変換するプロセスです。これを現在の太陽電池に組み込むことで、Shockley-Queisser限界とされる理論的な最大変換効率(約32%)を45%まで向上させる可能性があります。
                          • 熱力学的駆動力として、最初の一重項励起状態のエネルギー(E(S1))が、最初の三重項励起状態のエネルギーの2倍(2E(T1))と一致するか、わずかに大きい必要があります(E(S1) + 2E(T1))。
                          • 三重項-三重項消滅による高次三重項励起状態の生成を避けるため、第二の三重項励起状態のエネルギー(E(T2))は、最初の三重項励起状態のエネルギーの2倍を超える必要があります(E(T2) > 2E(T1))。
                          • 関与する個々の発色団間の最適な電子的カップリングが必要です。
                        4. SubPzの溶媒依存性蛍光(solvatochromic fluorescence)が活用されています。溶媒極性の変化に伴ってSubPzの蛍光スペクトルがシフトするため、SubPzの蛍光スペクトルとPnc2の吸収スペクトルの重なり(スペクトルオーバーラップ、J)を調整することが可能になります。
                        5. 最適な溶媒はキシレンでした。

                          • i-FRET速度定数 (kFRET): 3.52 X 1011 s-1
                          • 三重項量子収率 (TQY): 171%: 10 %
                        6. Pnc2におけるi-SFは、中間的な電荷移動(CT)状態を経由して進行するためです。より極性の高い溶媒(ベンゾニトリルなど)では、このCT状態のエネルギー準位が安定化され、i-SFの駆動力が向上するため、i-FRET効率が低い場合でもTQYが高くなることがあります。これは、効率的なi-FRETと、CT中間状態を介したi-SFの間のデリケートなバランスの重要性を示しています。

                          • より広範囲で強い吸収(特に400-600 nmの範囲)を共役体に付与し、パンクロマティック性を向上させます。論文中の共役体Cは、この範囲でB(Pnc2COOH)単体と比較して吸収が約85%増加しましたが、これはSubPc(65%)やZnPz(51%)よりも優れています。
                          • 溶媒極性による蛍光スペクトルのシフトを利用して、合成的な改変を加えることなく、SubPzの吸収/蛍光特性とPnc2の電子的な相補性を維持しつつ、スペクトルオーバーラップ(J)およびkFRETを調整できる点です。



                        2025年5月31日土曜日

                        Catch Key Points of a Paper ~0238~

                        論文のタイトル: Rapid Synthesis of the Spiroketal Subunit of Neaumycin B: Stereochemical Aspects of Singly Anomeric Spiroketals and Proposal for a Stereocenter Reassignment

                        著者: Anna E. Healy, Marcus D. Van Engen, Nicholas A. Cinti, and Paul E. Floreancig* 
                        雑誌名: Organic Letters
                        巻: Volume 26, Issue 50, 10774–10779
                        出版年: 2024
                        DOI: https://doi.org/10.1021/acs.orglett.4c03751

                        背景

                        1: ネアウマイシンBとは

                        • ネアウマイシンB(1)は、2015年に微細胞子菌Actinoplanes sp. ATCC33076から単離されたマクロ環状ポリケチドです。
                        • MRSAに対するラモプラニンの抗生物質効果を高めることが示されています。
                        • また、U87神経膠芽腫細胞に対して例外的かつ選択的な細胞毒性 potency を示します。
                        • 天然源からの入手は、その化学的不安定性により限られています。
                        • 生物活性、天然存在量の低さ、合成の難しさから、ネアウマイシンBは化学合成の魅力的な標的となっています。

                        2: 未解決の構造問題

                        • ネアウマイシンBの単離報告では、原子の連結性は記述されましたが、立体化学情報は含まれていませんでした。
                        • その後の研究で提案された立体異性体構造が示されました (Figure 1)。
                        • しかし、発表された構造に対して行われた2つの全合成からのスペクトルデータは、原子の連結性は確認できそうでしたが、報告された構造のものと一致しませんでした。
                        • これは、ネアウマイシンBの実際の立体構造が依然として謎であることを示しています。
                        • さらに、報告された構造は細胞毒性活性を欠いています。

                        3: 研究の目的

                        • したがって、1の構造の謎を解くためには、さらなる合成努力が必要です。
                        • これは、その抗神経膠芽腫活性に関するさらなる研究に不可欠です。
                        • 本研究は、単一アノマー型スピロケタルの立体化学的側面と、立体中心の再割り当ての提案に焦点を当てています。
                        • 目標は、天然物の構造における notable なサブユニットであるスピロケタールコアへの迅速かつ収束的なアプローチを報告することです。
                        • これにより、2つの異性体的な単一アノマー型スピロケタルの形成という、まれにしか記述されない結果の起源を記述します。
                        • 最終的に、この研究から得られた知見に基づいて、天然物中の立体中心に対する修正を提案します。

                        方法

                        1: 合成戦略の概要

                        • 本研究では、ネアウマイシンBのスピロケタールユニットに対する迅速かつ収束的なアプローチを採用しました。
                        • 主要な断片結合段階として、Mukaiyamaアルドール反応を利用しています。
                        • この戦略の魅力的な要素は、断片結合プロセスで生成物に関連する立体中心を設定できる点です。
                        • このアプローチは、立体選択的なアルドール断片結合から生じる基質からの脱水スピロケタール形成を経て進みます (Scheme 1)。
                        • これは、単一アノマー構造形成のためのヘテロDiels-Alder/C-H結合開裂ベースの以前のアプローチが立体制御に難があったため変更されました。

                        2: 断片合成(アルデヒド)

                        • アルデヒド断片の合成はScheme 2に示されています。
                        • アルデヒド4は、1,3-プロパンジオールから容易に2段階で入手可能です。
                        • Leightonのその場クロチル化条件下で5が得られ、良好なエナンチオ選択性を示しました。
                        • 結果として生じるヒドロキシ基の保護基選択が、下流のアルドール反応の成功に不可欠であり、p-メトキシベンジル基が最適でした。
                        • このシーケンスは、Johnson-Lemieux酸化によりアルデヒド7を形成して完了しました。

                        3: 断片合成(ケトン)

                        • ケトン断片の構築はScheme 3に示されています。
                        • 5-ヘキセン-1-オールのSwern酸化で調製されたアルデヒド8とプロピオニルクロリドのエナンチオおよびジアステレオ選択的シクロ付加により、β-ラクトン9を形成しました。
                        • この段階は、多グラムスケールで実施可能で、立体異性体の形成は検出されませんでした。
                        • ラクトン開環、Weinrebアミド形成、nBuLi過剰量添加によりケトン10が得られました。
                        • NaBH4とEt2BOMeを用いたケトンの選択的syn-還元により、1,3-ジオールが形成され、その後シリル化により11が得られました。
                        • TsujiバリエーションのWacker酸化により、ケトン12が得られました。

                        4: 断片結合と環化

                        • 断片(アルデヒド7とケトン12)はMukaiyamaアルドール反応により結合されました (Scheme 4)。
                        • ケトン12からのエノリルシラン13とアルデヒド7へのBF3・OEt2を用いた暴露により、アルドール生成物として8:1のジアステレオマー混合物14)が得られました。
                        • 14のアシル化により15を形成し、PMBエーテルはDDQにより切断され、ヘミケタール16となりました。
                        • 16をCSAとMeOHで処理すると、脱保護と環化が迅速に進行し、分離可能な2:1のスピロ環混合物が得られました。
                        • これらの種は個別にパーアシル化され、構造決定を容易にしました。これにより、1718がそれぞれ高収率で得られました。

                        結果

                        1: 合成されたスピロケタルの特徴

                        • スピロ環化により、見かけ上1つの立体中心が形成されるように見えますが、2つ以上の立体異性体が可能なのは、スピロ環[5.5.1]系が軸不斉であり、2つの立体発生単位が形成されるためです。
                        • 我々の合成では、2つのスピロケタール異性体(1718)が2:1の混合物として分離されました。
                        • これらの異性体は、単一アノマー型でした。
                        • Figure 2に示される二重アノマー型異性体3は単離されませんでした
                        • これはおそらく、軸方向に分岐鎖が存在することに伴うエネルギー的なペナルティによるものです。
                        • スポンジスタチンの合成でも2つの単一非アノマー型スピロケタールの単離が報告されていますが、詳細な議論は少なく、他にはあまり報告されていません。

                        2: スペクトル分析による構造決定

                        • 17181H NMRおよびNOESY実験により分析しました (Table 1)。
                        • 多くの主要な水素は、非常に類似した分裂パターンとカップリング定数を示しましたが、化学シフトとNOEパターンは著しく異なっていました
                        • 分裂パターンの類似性は、スピロケタールユニット上のすべての置換基がequatorial配向であることを明確に示しました。
                        • これは、生成物の1つがFigure 2の構造3に関連する二重アノマー型異性体である可能性を排除します。
                        • このシーケンスにおける主生成物(17)は、天然物と合成物から得られたスペクトルデータ(化学シフトとNOE)に非常に近いものを示しました。
                        • 副生成物(18)は、代替の単一アノマー型異性体と一致していました。

                        3: 重要な化学シフトの差異

                        • 化合物1718の化学シフトにおける顕著な違いは、酸素原子とジアキシャルな関係にある水素に見られます。
                        • Table 1(ネアウマイシンBナンバリング)によると、17中のC25とC27の水素は、18に比べてそれぞれ1.17および0.18 ppm downfieldに位置しています。
                        • 一方、17中のC33の水素は18に比べて0.7 ppm upfieldに位置しています。
                        • 17中のC28のequatorial水素も立体異性体の強い指標であり、18に比べて0.67 ppm downfieldに位置しています。
                        • 17における異常なdownfieldシフト(天然物でも見られる)の起源は不明ですが、この水素はアノマー配向の酸素とgauche関係にあることが指摘されています。
                        • これらのスペクトルの違いは、将来のスピロケタール構造を区別するための貴重な出発点となるはずです。

                        考察

                        1: スピロ環異性体の起源

                        • 構造1718の類似性は、エネルギー的にほぼ同等であるべきであることを示唆しており、これはそれらが2:1の混合物として形成されることと一致しています。
                        • 純粋な18をスピロ環化条件下に置くと、1718の2:1混合物への遅い変換が見られました。
                        • しかし、平衡化は環化よりもはるかに遅いため、混合物は速度論的制御から生じることを示唆しています。
                        • 立体異性体は、ヘミケタール16から異なる経路を介した速度論的に制御された混合物として生成されると仮定しました (Scheme 5)。
                        • 経路Aはオキソカルベニウムイオン19を経て進行し、立体電子的により好ましいaxial軌道からのアルコール付加により20を生成します(アノマー位で正味の立体化学保持)。
                        • 代替経路(経路B)はアノマー中心での立体化学的反転を必要とし、SN2経路または水がオキソカルベニウムイオンと静電的に関連している中間体(21)からの立体制御を伴うSN1経路を介して発生し、22を生成します。

                        2: C34立体中心の再割り当ての可能性

                        • 合成された主生成物17のNOE分析は、天然物のスピロ環サブユニットのそれと強い一致を示しましたが、周辺部には顕著な違いが見られました。
                        • 例えば、Fenicalらは、ネアウマイシンBについて、C35とC25およびC27の水素間にNOEを報告しましたが、これは17では観察されませんでした。
                        • Amos B. Smith III先生の論文も、合成された1と天然物の間で、C35領域に significant な化学シフトの差異を示していました。
                        • これは、この領域が立体化学的誤りの潜在的な場所である可能性を示しています。
                        • C34の立体化学的配置を反転させることで、好ましい側鎖のコンフォメーションを変化させ、この問題を解決できると仮説を立てました。

                        3: C34エピマーの合成と分析

                        • この仮説を検証するため、必要な立体化学的配置を確立するためにanti-アルドール反応を行いました (Scheme 6)。
                        • HeathcockのEvansアルドール反応バリアントがこの目的に適していることが判明しました。
                        • ホウ素エノラート23をアルデヒド24とカップリングさせ、Weinrebアミド25を合成しました。
                        • 続く一連の反応(BuLi添加、1,3-syn-ケトン還元、シリルエーテル形成)により26が得られました。
                        • 終末アルキンのメチルケトンへの変換には、吉田らの銅触媒ボリル化条件を用いる経路が、酸に敏感なアルキンの水和に望ましい方法であることが判明しました。
                        • 得られたケトン27からのエノリルシラン形成後、7とのBF3・OEt2促進アルドール反応により28が得られました。
                        • 新たに生成したアルコールをアセテートに変換後、PMBエーテル切断および酸触媒環化により、スピロケタール2930相互変換可能なジアステレオマーの分離可能な2.5:1混合物として得られました。主なジアステレオマーをアセチル化して31としました。

                        4: C34エピマーのスペクトルとコンフォメーション

                        • 化合物31のNOESY分析は、天然物で観察されるが17では見られない重要な関係性を明らかにしました。
                        • 特に、H35がH25およびH27とのNOEを示しました。
                        • これらの水素は平面構造では離れているように見えますが、Figure 3に示すように、ダイヤモンド格子に優先コンフォメーションを重ね合わせることで、その近接性が説明されます。
                        • H34をH33に対してanti配向に置くことは、アルキル基と環の間のgauche相互作用を最小限に抑えるために望ましいです。
                        • このコンフォメーションは、H35とH25およびH27の間の近接性を示しています。
                        • 17の同様のコンフォメーションでは、H35はH25およびH27から離れています。

                        5: スペクトルと生物活性への示唆

                        • 特筆すべきは、31におけるH35の化学シフトが、17のH35と比較して0.28 ppm downfieldに位置していることです。
                        • これは、天然物とSmithの合成物のそれぞれの化学シフトの差異(Δδ = 0.27 ppm)と驚くほど一致しています。
                        • このdownfieldシフトは、酸素原子との1,3-ジアキシャル関係にあるスピロ環内の水素との空間的類似性とも一致しています。
                        • これは、分子のこの領域が rigid なコンフォメーションを持つことを意味するのではなく、コンフォメーションバイアスの変化を示唆しています。
                        • この変化は、最初に提案された構造が生物活性を欠くことの一因である可能性があり、メチル基がコンフォメーション変化を誘導する能力を示しています。
                        • Supporting Informationには、1731、天然ネアウマイシンB、合成ネアウマイシンB間の主要なNMR信号を比較した表が含まれています。

                        6: 限界点

                        • 本研究はネアウマイシンBのスピロケタールサブユニットに焦点を当てています。
                        • 報告された構造のすべての立体中心を検証または修正したわけではありません。
                        • マクロ環の立体化学的割り当てには、追加の誤りがほぼ確実に存在すると考えられます。
                        • 合成されたスピロケタール異性体(1718、または2930)は、平衡状態にあることが示されていますが、これが天然物の構造決定にどのように影響するかは完全に解明されていません。
                        • 合成中間体の不安定性により、完全な特性評価ができなかった段階もあります(例:ヘミケタール16)。

                        結論

                            • Mukaiyamaアルドール反応を介して断片を結合させ、生成物に関連する立体中心を生成する、ネアウマイシンBスピロケタールへの収束的アプローチを開発しました。
                            • スピロ環化は、中心キラル立体中心と軸不斉立体発生単位の両方を生成するため、2つの単一アノマー型立体異性体のいずれかで形成される可能性があります。
                            • 相互変換可能なスピロケタールの分光分析は、明確な化学シフトとNOEパターンを示し、容易な構造割り当てを可能にします。
                            • 初期構造におけるNOESY相関の不足が、スピロ環のC33への側鎖における立体化学的誤割り当ての可能性を探るきっかけとなりました。
                            • C34における初期の立体化学的割り当てを反転させた結果得られた分光データは、天然物のデータとはるかに整合性が高いことが示されました。
                            • 本研究は、分子の一領域を修正し、天然物の構造解明における化学合成の重要な役割を改めて示すものです。

                            将来の展望

                                    • 構造の謎を解明することは、ネアウマイシンBの抗神経膠芽腫活性に関するさらなる研究のために不可欠です。

                                    TAKE HOME QUIZ

                                    1. ネアウマイシン B の構造の中で、本論文が合成に焦点を当てている注目すべき部分はどこですか?また、その構造単位は分光データからどのようなタイプであることが示唆されていますか?
                                    2. 報告された合成経路で、スピロケタルの形成時に得られた主なスピロサイクル異性体は何種類でしたか?それらは「単一アノマー」型ですか、それとも「二重アノマー」型ですか? なぜ2種類以上の異性体が得られる可能性があるのですか?
                                    3. 合成されたスピロサイクル異性体を分析し、その構造を決定するために使用された重要な分光分析手法は何ですか? これらの分析から、主要な異性体と天然物の構造のどの点が一致していましたか?
                                    4. 著者らがネアウマイシン B の特定の立体中心の再アサインメントを提案した主な理由は何ですか? 具体的に、どの炭素原子の立体化学に誤りがあると仮説を立てましたか?
                                    5. 立体中心の配置を反転させて合成した化合物(31)が、天然物の分光データとより一致することを示した重要な分光学的観測は何ですか?

                                    解答

                                      1. 本論文が合成に焦点を当てている注目すべき部分は、ネアウマイシン Bの構造におけるスピロケタルのコアユニットです。この構造単位は、天然物の分離および全合成において得られた分光データから、単一アノマー型(structure 2)であることが示唆されています。二重アノマー異性体(structure 3)ではありません。

                                      2. 報告された合成経路で、スピロケタル形成時には2種類のスピロサイクル異性体が生成しました。これらの異性体はどちらも単一アノマー型であり、二重アノマー異性体は単離されませんでした。2種類以上の異性体が得られる可能性があるのは、スピロ環化プロセスが中心キラルな立体中心と軸キラルな立体生成単位の両方を生成するためです。Spiro[5.5.1]環系が軸キラルであるため、スピロ環化時に2つの立体生成単位が形成されます。

                                      3. 合成されたスピロサイクル異性体(17および18)を分析し、その構造を決定するために使用された重要な分光分析手法は、1H NMRおよびNOESY実験です。これらの分析から、主要な異性体(17)は、天然物または合成物から得られた化学シフトとNOEパターンが天然物と密接に一致することが明らかになりました。特に、スピロケタルユニット上の全ての置換基がエクアトリアル配向にあることが示され、これが主要な異性体と天然物の構造で一致する点でした。

                                      4. 著者らがネアウマイシン Bの特定の立体中心の再アサインメントを提案した主な理由は、天然物のスピロサイクル側鎖部分におけるNOEパターンが、合成した主要なスピロサイクル異性体(17)のそれと一致しなかったためです。具体的には、天然物で観察されたC35水素とC25およびC27水素間のNOEが、化合物17では観察されませんでした。この観察に基づき、著者らはC34炭素原子の立体化学に誤りがあると仮説を立てました。

                                      5. C34の立体中心の配置を反転させて合成した化合物(31)が、天然物の分光データとより一致することを示した重要な分光学的観測は、化合物31における特定のNOEパターンと化学シフトです。特に、化合物31のH35がH25とH27に対してNOEを示すことが観察され、これは天然物で観察される関係性です。また、化合物31H35の化学シフトが、化合物17のH35と比較して0.28 ppm downfieldに位置しており、これは天然物とSmithらの合成物質におけるそれぞれの化学シフト差(Δδ = 0.27 ppm)と非常に一致しています。これらの観測は、C34の立体化学を反転させた構造が、天然物の分光データをより正確に反映していることを示しています。

                                      2025年5月24日土曜日

                                      Catch Key Points of a Paper ~0237~

                                      論文のタイトル: Unlocking regioselectivity: steric effects and conformational constraints of Lewis bases in alkyllithium-initiated butadiene polymerization

                                      著者: Jian Tang, Yuan Fu, Jing Hua,* Jiahao Zhang, Shuoli Peng
                                      and Zhibo Li 
                                      雑誌名: Chemical Science
                                      巻: Volume 15, Issue 48, 20493-20502
                                      出版年: 2024
                                      DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC05144K

                                      背景

                                      1: 研究の背景

                                          • アニオン重合は、均一な分子量分布を持つポリマー合成に不可欠な方法であり、共役ジエンの重合に広く利用されています。
                                          • アニオン重合においては、ポリマーの微細構造、特に位置選択性(1,2-対1,4-構造ユニットの比率)を制御することが重要です。
                                          • アルキルリチウムはジエンのアニオン重合で最も一般的かつ広く使用される開始剤です。
                                          • 非極性溶媒中では、アルキルリチウム開始の1,3-ブタジエン重合は高い1,4-選択性を示しますが、ルイス塩基の添加により1,2-選択性へとシフトします
                                          • ジエチルエーテル、THF、TMEDA、1,2-ジピペリジルエタン(DiPip)などが一般的なルイス塩基として使用され、重合選択性に大きく影響します。

                                          2: 既存の手法

                                          • 過去50年間、ルイス塩基が位置選択性に影響を与える主な要因は電子的効果であるという仮説が有力でした。
                                          • この理論は、ルイス塩基が連鎖末端アリルカルバニオンの電荷分布を変化させ、ガンマ炭素(γ-炭素)の電子密度を高めることで1,2-付加を促進するというものです。
                                          • 高い極性溶媒(例: THF)で高い1,2-構造が得られることは、この理論で部分的に説明できます。
                                          • しかし、微量のTMEDA添加で1,2-含量が著しく増加するなど、既存の理論では説明できない実験現象も観察されています。
                                          • 特に、構造が非常に類似しているにも関わらず、1,2-付加率に大きく異なる影響を与えるルイス塩基の存在は、既存の理論に疑問を投げかけています。

                                          3: 研究の目的

                                          • 本研究では、これらの既存の理論を綿密に再検証し、強みと弱みを明らかにしました。
                                          • 未解決の問題を解決するため、活性種の構造をX線単結晶回折で分析し、新しいモデルを提案しました。
                                          • この新しいモデルに基づいて、立体障害がブタジエン重合の位置選択性に影響を与える主要なメカニズムであるという考えを導入しました。
                                          • さらに、「立体配座の制約」という概念を適用し、環状構造を持つルイス塩基による1,2-選択性の向上を説明しました。
                                          • これらの新しい知見に基づき、マイルドな条件下で100%に近い1,2-選択性を達成する効率的なルイス塩基を設計・合成することを目的としました。

                                          方法

                                          • 本研究では、既存理論の検証と新モデルの提案・検証のために複数の実験手法を組み合わせました。
                                          • in situ NMR分光法13C-NMR、1H-NMR、2H-NMR)を用いて、連鎖末端の電荷分布や活性種の異性体比率を分析しました。
                                          • 同位体標識研究(重水素標識)を実施し、連鎖末端の電荷分布に関する知見を得ました。 
                                          • X線単結晶回折により、活性種モデル化合物(アリルリチウム-ルイス塩基錯体)の固相構造を決定しました。
                                          • 密度汎関数理論(DFT)計算を用いて、連鎖成長遷移状態のエネルギー障壁をシミュレーションしました。
                                          • ルイス塩基の立体障害を定量的に評価するために、SambVcaプログラムを使用し、立体配座変化のエネルギー障壁も計算しました。

                                          結果

                                          1: 主要な結果
                                          • in situ 13C-NMRおよび重水素標識(2H-NMR)の結果、ルイス塩基の添加に関わらず、連鎖末端の負電荷は主にアルファ炭素(α-炭素)に集中していることが示されました。
                                          • ガンマ炭素(γ-炭素)の電子密度(13C-NMR化学シフトで評価)と1,2-選択性との間に明確な相関は観察されませんでした。
                                          • 電子的効果は1,2-付加の向上に約30-40%しか寄与せず、その寄与は異なるルイス塩基間でほぼ一定でした。
                                          • この結果は、ルイス塩基の電子的効果が位置選択性を決定する唯一の要因ではないことを示唆しています。

                                          2: 構造解析結果

                                          • X線単結晶回折により、活性種モデル化合物(錯体6a)は単核の歪んだ四面体構造をとることが明らかになりました。
                                          • ルイス塩基(6 DiPip)はキレート配位子としてLi+に二座配位し、アリルアニオンはη3-配位モードでLi+に配位していました。
                                          • DFT計算により、1,2-プロパゲーションのエネルギー障壁は、ルイス塩基の種類に関わらず、1,4-プロパゲーションよりも一貫して約1-3 kcal mol1低いことが示されました。
                                          • 遷移状態理論によれば、これは1,2-プロパゲーションが1,4-プロパゲーションより10-100倍速いことを示唆しており、高い1,2-ユニット含量と一致します.

                                          3: 機構解析結果

                                            • DFT計算によるメカニズム解析では、1,4-付加の遷移状態において、モノマーがルイス塩基配位子に1,2-付加の場合よりも接近し、より大きな立体障害に直面することが示されました。
                                            • ルイス塩基の立体障害(percent buried volumes)と1,2-選択性との間に有意な相関が観察されました。
                                            • ルイス塩基の立体配座変化のエネルギー障壁が高いほど、ポリマー中の1,2-ユニット含量が高くなるという相関が発見されました。
                                            • 特に、新しく設計・合成したルイス塩基11 iPrDiPzは、室温で99.8%以上の1,2-選択性を達成し、従来の最高のルイス塩基(6 DiPip)を凌駕しました。

                                            考察

                                            1: 主要な発見

                                              • 主要な発見として、ルイス塩基によるブタジエン重合の位置選択性は、電子的効果だけでなく、立体障害によっても決定的に影響されることが明らかになりました。
                                              • この立体障害メカニズムは、1,4-付加の遷移状態ではモノマーがルイス塩基配位子に接近するため、立体的にかさ高いルイス塩基が存在すると1,4-付加のエネルギー障壁が高くなることに起因します。
                                              • その結果、1,4-付加が妨げられ、相対的にエネルギー障壁の低い1,2-付加が優位に進むことになります。
                                              • in situ NMR研究によると、電子的効果は1,2-選択性の向上に約30-40%寄与しますが、これは異なるルイス塩基間でほぼ一定であり、立体的な違いが選択性の大きな変動の主因であることを示しています.

                                              2: 主要な発見の重要性

                                                  • 「立体配座の制約」という概念は、一部のルイス塩基が期待される立体障害効果から逸脱する理由を説明します。
                                                  • 4 TEEDAや7 DiAzeのようなルイス塩基は、エチル基やアゼパニル基のC–C結合回転による立体配座の柔軟性が高く、1,4-付加に適した形状に調整できてしまうため、1,2-選択性が低下します。
                                                  • 対照的に、6 DiPipのような立体配座変化の障壁が高いルイス塩基は、その剛性の高さから1,4-付加に適した形状に調整しにくいため、1,2-選択性が向上します。
                                                  • 新しく合成されたルイス塩基群(8-11)を用いた実験は、立体配座変化障壁の高さが1,2-ユニット含量と強く相関することを示し、この理論を強力に支持しています。

                                                  3: 主要な発見の意味

                                                  • 本研究の別な重要な発見は、高い1,2-選択性を示すルイス塩基が、1,4-ユニット中のトランス-1,4/シス-1,4比率も高める傾向があることです。
                                                  • これは、ルイス塩基による立体効果が、1,2-/1,4-選択性と同様に、シス/トランス-1,4分布にも影響を与えるために生じます。
                                                  • シン-アリル活性種(トランス-1,4を生成)は、アンチ-アリル活性種(シス-1,4を生成)に比べて、かさ高いルイス塩基が存在する際により少ない空間を必要とすることがDFT計算で示されました。
                                                  • in situ 2H-NMRによる分析でも、体積が大きく立体配座の制約が大きいルイス塩基ほど、シン-活性種の割合が高くなることが確認され、これも立体効果によるものと考えられます。

                                                  4: 先行研究との比較

                                                  • 本研究は、ルイス塩基による位置選択性制御において、立体障害と立体配座の制約が決定的な役割を果たすことを明確にしました。
                                                  • これは、過去数十年にわたる「溶媒極性理論」や「電子的効果理論」といった先行研究の知見の上に成り立っていますが、それだけでは説明できなかった現象に新しい視点を提供します。
                                                  • 電子的効果が全く重要でないわけではなく、1,2-選択性の向上に約30-40%寄与しますが、ルイス塩基の種類による選択性の大きな違いは主に立体効果に起因することが示されました。
                                                  • ただし、重合温度やルイス塩基の配位能力など、他の要因もポリマーの微細構造に影響を及ぼす可能性は否定できません。
                                                  • 本理論を応用する上では、ルイス塩基がアリルリチウムと安定で効果的な錯体を形成することが必要です。配位が弱い場合、ルイス塩基は影響を与えません。

                                                  結論

                                                      • 本研究は、アルキルリチウム開始ブタジエンアニオン重合におけるルイス塩基の位置選択性制御機構を解明し、立体障害と立体配座の制約が決定的な要因であることを明らかにしました。
                                                      • この新しい理解は、1,4-付加の遷移状態におけるルイス塩基配位子とモノマー間の立体干渉が大きいことで、1,2-付加が促進されるという機構に基づいています。
                                                      • また、ルイス塩基が存在する場合のトランス-1,4およびシス-1,4ユニットの分布についても、立体効果によるものとして初めて説得力のある説明を提供しました。
                                                      • これらの知見を活かして設計された新規ルイス塩基11は、ブタジエン重合で99.8%を超える前例のない1,2-選択性を達成し、高温でも優れた性能を維持しました。
                                                      • 本研究は、アニオン重合における触媒設計において、電子的効果に加え、立体および立体配座の制御が非常に強力な戦略であることを示唆しています。

                                                      将来の展望

                                                              • ルイス塩基の配位能力と立体効果・立体配座の制約との相互作用をさらに詳細に探求することが考えられます。

                                                              用語集

                                                              • アニオン重合 (Anionic Polymerization): 活性末端がアニオンである連鎖重合の一種。「リビング重合」や「制御重合」といった特徴を持つ。
                                                              • 位置選択性 (Regioselectivity): モノマーの異なる付加様式(例: ブタジエンの1,2-付加または1,4-付加)の選択性を制御する能力。
                                                              • 立体選択性 (Stereoselectivity): 重合中に形成される立体中心(例えば、1,2-ユニットのキラル中心)の配置を制御する能力。アニオン重合では通常制御が難しい。
                                                              • ルイス塩基 (Lewis Base): 電子対供与体として働く化学種。アニオン重合では「極性修飾剤」または「極性添加剤」とも呼ばれる。
                                                              • アルキルリチウム (Alkyllithium): アルキル基とリチウムからなる有機金属化合物。アニオン重合の開始剤として広く用いられる.
                                                              • 1,4-付加 (1,4-addition): 共役ジエンが重合する際に、モノマーの1位と4位で結合が形成される様式。結果としてポリマー主鎖に内部二重結合(シス-1,4またはトランス-1,4)が導入される.
                                                              • 1,2-付加 (1,2-addition): 共役ジエンが重合する際に、モノマーの1位と2位で結合が形成される様式。結果としてポリマー主鎖にビニル側鎖が導入される.
                                                              • 連鎖末端アリルアニオン (Chain-end allylic carbanion): 重合が進行しているポリマー鎖の末端にある、アリル基に負電荷を持つアニオン活性種.
                                                              • アルファ炭素 (α-carbon): 連鎖末端アリルアニオンにおいて、リチウムに最も近い炭素.
                                                              • ガンマ炭素 (γ-carbon): 連鎖末端アリルアニオンにおいて、リチウムから最も遠い端の炭素.
                                                              • DFT計算 (Density Functional Theory Calculation): 分子や材料の電子構造、エネルギー、反応経路などを理論的に計算する手法.
                                                              • 遷移状態 (Transition State): 化学反応において、反応物から生成物へと変化する際に経由する、最もエネルギーが高い不安定な状態.
                                                              • 立体障害 (Steric Hindrance): 分子内の原子や基の物理的な大きさや空間的な配置が、反応の進行や分子の形状に影響を与える効果.
                                                              • 立体配座の制約 (Conformational Constraint): 分子内の特定の結合の回転などが制限されることで、分子がとれる形状(立体配座)が限られること.

                                                                TAKE HOME QUIZ

                                                                1. アルキルリチウム開始ブタジエン重合における位置選択性に関する、ルイス塩基の役割についての従来の支配的な仮説は何でしたか?
                                                                2. この論文が、その仮説に加えて位置選択性に重要な役割を果たすと明らかにした新たな要因は何ですか?
                                                                3. この論文で提案されている、ルイス塩基の「立体障害」が1,4-付加よりも1,2-付加を促進するメカニズムについて説明してください。
                                                                4. ルイス塩基の持つ「配座拘束」(conformational constraint)という概念は、どのように特定のルイス塩基(例:6 DiPipや新しく開発された11)の1,2-選択性を高めるのに寄与しますか?
                                                                5. 高い1,2-選択性を示すルイス塩基は、ポリブタジエンの1,4-ユニットにおけるシス-1,4とトランス-1,4の分布にどのように影響する傾向がありますか?
                                                                6. 論文ではその理由は何だと説明されていますか?

                                                                解答

                                                                1. 過去50年間、ルイス塩基は主に「電子効果」を通じて位置選択性に影響を与えるという仮説が支配的でした。この理論では、ルイス塩基が連鎖末端のアリルカルバニオンの電荷分布を変化させ、γ-炭素の電子密度を増加させることで1,2-付加を促進すると考えられていました。別の視点としては、ルイス塩基が活性種をアンチ異性体からシン異性体へ移行させ、1,2-ポリブタジエンの生成を促進するという説もありました。アルキルリチウム開始ブタジエン重合において、非極性溶媒中では高い1,4-選択性を示しますが、ルイス塩基の添加によって1,2-選択性へとシフトします。

                                                                2. この論文の研究は、これらの従来の理論だけでは説明できない実験現象があることを指摘しています。本研究では、従来の電子効果に加えて、「立体障害」(steric hindrance)が位置選択性に決定的な役割を果たすことを明らかにしました。さらに、ルイス塩基の「配座拘束」(conformational constraint)という概念も、特定のルイス塩基の高い1,2-選択性を説明する上で重要な要因であると述べています。

                                                                3. この論文で提案されているメカニズムは、活性種のX線単結晶回折研究 およびDFT計算 に基づいています。活性種は、ルイス塩基がリガンドとしてリチウムイオンに配位したポリブタジエニルリチウムの錯体であると考えられています。立体障害が1,2-付加を促進するメカニズムは、1,4-付加の遷移状態においてモノマーがルイス塩基リガンドと空間的に接近し、大きな立体干渉が生じるためです。DFT計算の結果は、1,4-付加のエネルギー障壁が1,2-付加のエネルギー障壁よりも高い傾向にあることを示しています。特に、1,4-付加の遷移状態では、モノマーがリガンドに近接することで、1,2-付加の遷移状態よりも大きな立体障害に直面します。この立体干渉により1,4-付加が阻害され、相対的にエネルギー障壁が低い1,2-付加が優位に進むため、1,2-選択性が高まります。

                                                                4. 「配座拘束」の概念は、ルイス塩基の立体障害に加えて、位置選択性に影響を与える重要な要素として導入されています。ルイス塩基が持つ配座変化のしやすさ(柔軟性)が1,2-選択性に影響します。例えば、4 TEEDAや7 DiAzeのようなルイス塩基は、エチル基やアゼパニル基のC–C結合の内部回転が可能であるため、配座の柔軟性が高いです。この柔軟性により、1,4-付加時の高い立体障害に対応するために配座を調整することが比較的容易になり、結果として1,2-選択性が低下します。対照的に、6 DiPipのようなルイス塩基は、シクロヘキシル基の配座変化障壁が高く、剛性が高いです。これにより、1,4-モノマー付加に有利な配座への調整が困難になります。新しく開発されたルイス塩基11 iPrDiPzは、C–N(iPr)–C構造により剛性が非常に高く、配座変化障壁が最も高いことが示されています。この高い配座拘束効果により、11は1,4-付加に有利な配座をとることが極めて難しくなり、その結果、他のルイス塩基よりもはるかに高い、ほぼ100%に近い1,2-選択性を達成します

                                                                5. この論文では、高い1,2-選択性を示すルイス塩基は、ポリブタジエンの1,4-ユニットにおいて、トランス-1,4ユニットの比率を高める傾向があるという興味深い現象が観察されています。

                                                                6. この現象は、1,2-選択性と同様に、シス-1,4とトランス-1,4の分布も「立体効果」によって支配されているためであると論文では説明されています。DFT計算および2H-NMRによる活性種の分析から、かさ高いルイス塩基が存在する場合、シス-1,4ユニットを生成する「C字型」のアンチ型アリル活性種よりも、トランス-1,4ユニットを生成する「ジグザグ型」のシン型アリル活性種の方が立体障害が少ないことが示されています。したがって、立体障害の大きいルイス塩基は、シン型活性種の生成を促進し、これがトランス-1,4ポリブタジエンユニットの形成につながると結論付けられています。つまり、ルイス塩基の立体障害は、1,2-選択性を高めるだけでなく、1,4-ユニット中のトランス-1,4選択性も同時に高める効果があるということです。

                                                                2025年5月18日日曜日

                                                                Catch Key Points of a Paper ~0236~

                                                                論文のタイトル: Bridged Boranoanthracenes: Precursors for Free Oxoboranes through Aromatization-Driven Oxidative Extrusion

                                                                著者: Stav Deri, Moran Feller, Shibaram Panda, Batya Blank, Mark A. Iron, Yael Diskin-Posner, Liat Avram, Linda J. W. Shimon, Rakesh Mondal, Samer Gnaim* 
                                                                雑誌名: Journal of the American Chemical Society
                                                                出版年: 2025
                                                                DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c15496

                                                                少し余談ですが、この分子には思い入れがありまして、過去に海外学振の申請書でこれっぽい分子の合成と応用をプロポーザルとして出していました。
                                                                残念ながら、不採用という結果でしたが、興味がある人や、これから挑戦するぞという人向けに有料記事として、noteにあげたので、よかったらプロポーザルの墓前で一緒に手を合わせてやってください。

                                                                背景

                                                                1: 研究の背景

                                                                • オキソボランは、ホウ素と酸素を含む低配位で非常に反応性の高い中間体です。
                                                                • そのユニークな分子構造と電子特性、反応性から、数十年にわたり大きな関心を集めています。
                                                                • これまでは、600℃以上の高温熱分解や光分解マトリックス条件など、合成的に非実用的な条件下でしか生成できませんでした。
                                                                • 初めて溶液中で遊離オキソボランを生成する方法が1985年に報告されました(前駆体:ジオキサジボレタン Aの光分解)。
                                                                • 1997年には別の熱的方法が開発されました(前駆体:ジチアスタンナボレタン BとDMSOの熱分解)。

                                                                2: 研究の背景にある課題

                                                                • 従来の常温での生成法は、特殊な立体障害を持つアリール基を持つ前駆体に依存しています。
                                                                • これらの前駆体や生成したオキソボラン種は、加水分解安定性が低いという制限がありました。
                                                                • そのため、研究の焦点は、ルイス酸やルイス塩基によって安定化された、単離可能なオキソボラン種の研究へとシフトしました。
                                                                • 最初の例は2005年に報告された、β-ジケチミナートとAlCl3で安定化された3配位オキソボランです。
                                                                • その後、様々な配位子やルイス酸で安定化された多くのオキソボランが合成されました。
                                                                • 最近では、塩基フリーの2配位オキソボランや金属オキソボラン錯体も報告されています。

                                                                3: 研究の目的

                                                                • しかし、過去30年間、遊離オキソボラン種の効率的な生成と詳細な研究は限定的でした。
                                                                • 本研究では、新しいクラスのボラノボラジエン誘導体、特に「ボラノアントラセン」を導入します。
                                                                • これらの前駆体を用いて、遊離オキソボラン種を生成するための、根本的に新しいメカニズムを提案します。
                                                                • このメカニズムは、酸化的な芳香族化(芳香族環ができることで安定化エネルギーを得るプロセス)によって推進されます。
                                                                • これにより、これまで報告例が少ない「アミノオキソボラン」種の生成が可能になります。
                                                                • 目的は、この新規生成経路、アミノオキソボランの構造、および多様な反応性を詳細に研究することです。

                                                                方法

                                                                1: 合成方法

                                                                • 新しいブリッジ化ボラノアントラセン (1a-d) を開発しました。
                                                                • これらの化合物は、マグネシウム-アントラセンと様々なアミノボランジハライドを出発物質として合成されます。 (図2A参照)
                                                                • 合成は、エーテル系または芳香族溶媒中、室温で行われます。
                                                                • 目的生成物 (1a-d) は、50〜75%の収率で得られ、グラムスケールでの合成も可能です.

                                                                2: オキソボラン生成方法

                                                                • 提案した化学経路(図1C参照)に従い、ボラノアントラセン (1a-d) と様々な酸素系ルイス塩基(酸素原子を介してホウ素に配位する塩基)の反応性を評価しました。
                                                                • 反応はベンゼンを溶媒とし、70℃で行いました。
                                                                • 他の酸素系ルイス塩基ではわずかな反応しか見られませんでしたが、DMSO(ジメチルスルホキシド)を用いた場合、完全な変換が達成されました。
                                                                • DMSO非存在下では、原料はほとんど変化しませんでした。
                                                                • DMSO存在下、ボラノアントラセンは酸化的な熱押し出し反応を起こし、アントラセンと反応性の高いアミノオキソボラン種を生成しました。

                                                                3: 研究手法

                                                                • 生成したアミノオキソボラン中間体の反応性を探索しました。
                                                                • 具体的には、B-C結合への挿入反応や、ニトロンおよびアゾメチンイミンとのシクロ付加反応を試みました。 (図3, 4参照)
                                                                • 反応の進行と生成物の構造決定は、主にNMR解析 (1H, 13C, 11B) とX線結晶構造解析によって行いました。(図2B参照)
                                                                • 反応メカニズムを理解するため、DFT(密度汎関数理論)計算を実施しました。
                                                                • また、低温NMRや拡散NMR、ラジカルトラッピング実験も行い、計算結果を裏付ける証拠を得ました。

                                                                結果

                                                                1: ボラノアントラセンの合成と構造

                                                                • 図2Aに示されているように、ブリッジ化ボラノアントラセン 1a-d の合成に成功しました。
                                                                •  1H NMRスペクトルでは、ベンジル位プロトン(アントラセン骨格と結合する炭素上のプロトン)に特徴的なシングレット信号が観測されました。
                                                                •  11B-NMRスペクトルでは、出発物質であるアミノボランジハライドと比較して、ブリッジングホウ素原子の信号が低磁場にシフトしました。
                                                                • 図2Bに示されているように、X線解析により boranoanthracenes 1a-1c および 1d のピリジン付加体の固体構造が確認されました。
                                                                • 構造解析の結果、ホウ素中心がベンゾ基の片側に傾いていることや、ホウ素と窒素の結合距離がB=N二重結合に近い値であることが分かりました。

                                                                2: アミノオキソボランの生成

                                                                • DMSOを添加し、70℃で加熱すると、ボラノアントラセン (1a-d) は酸化的なフラグメンテーション(分子が断片化すること)を起こしました。
                                                                • この反応により、アントラセンとアミノオキソボラン中間体 (1a’) が生成しました。 (図3参照)
                                                                • 1H NMRにより、アントラセンが84%の収率で生成したことが確認されました。
                                                                • 11B-NMRでは、反応性の高いアミノオキソボラン中間体が速やかに環状化し、ボロキシンと呼ばれる生成物に対応する幅広い信号が観測されました。
                                                                • また、DMSOが酸化剤として機能した証拠として、ジメチルスルフィド(DMS)が75%の収率で検出されました。 (図7B参照)

                                                                3: アミノオキソボランの反応性

                                                                • 生成したアミノオキソボランは、これまでに報告されていない多様な反応性を示しました。
                                                                • B-C結合への挿入反応: 特にTMS-BA (1c) および Ph-BA (1d) 由来のオキソボランは、分子内のB-C結合に挿入する反応を起こし、新規生成物 (3c, 3d) を与えました。 (図3参照) これは、オキソボラン種によるB-C結合挿入の最初の例です。
                                                                • [3+2]シクロ付加反応: iPr-BA (1a) および TMS-BA (1c) 由来のオキソボランは、ニトロンと反応し、新規な5員環ボラノヘテロ環(1,3,4,2-ジオキサザボロリジン)を形成しました。 (図4A参照)
                                                                • [5+2]シクロ付加反応: TMS-BA (1c) 由来のオキソボランは、アゾメチンイミンと反応し、初の7員環ボラサイクル(1,3,5,6,2-ジオキサジアザボレピノイソキノリン)を形成しました。 (図4C参照)

                                                                考察

                                                                1: 反応メカニズム(初期段階)

                                                                • 反応メカニズムを詳細に理解するため、DFT計算と実験解析を組み合わせた研究を行いました。
                                                                • 提案されたメカニズムの最初の段階は、DMSO(酸素ルイス塩基)がボラノアントラセンのホウ素中心に配位することです。
                                                                • このDMSO配位付加体の形成は、低温11B-NMR解析によって支持されています。 (図6A参照) 温度を下げることで、配位した種と非配位の種の信号が分離して観測されました.
                                                                • また、 1H NMRおよび拡散NMR(分子の動きを測定する方法)によっても、DMSOがボラノアントラセンに結合し、分子量の大きい新しい種を形成したことが示されました。 (図6B参照)
                                                                • その後のフラグメンテーションは、酸化的な芳香族化によって駆動されると考えられます。

                                                                2: 反応メカニズム(フラグメンテーション)

                                                                • メカニズム研究の結果、このフラグメンテーションは段階的なラジカル経路(不対電子を持つ中間体を経る経路)で進行すると提案されています。
                                                                • DFT計算は、一つのB-C結合が切れてラジカル中間体 (II) が形成される可能性を示唆しています。 (図5参照)
                                                                • この段階的なラジカル経路は、分子内ラジカルトラッピング実験によってさらに支持されました。 特定のラジカル捕捉剤が存在する場合、ラジカル中間体を経由した生成物が観測されました。 (図7A参照)
                                                                • 次の段階で、中間体 (II) の硫黄-酸素結合が切断され、DMSと中間体 (III) が生成します。 DMSの生成はNMRで確認されています。 (図7B参照)
                                                                • 最終段階で、中間体 (III) が芳香族化し、アントラセンと反応性の高いアミノオキソボラン中間体 (IV) が生成します。 この段階は大きなエネルギーゲインを伴います。

                                                                3: 従来の生成法との比較

                                                                • これまでの遊離オキソボランは、高温や光分解などの苛酷な条件、あるいは特殊な前駆体と熱反応を組み合わせて生成されてきました。
                                                                • 本研究で開発した方法は、比較的に穏やかな熱条件(室温〜70℃)でアミノオキソボラン種を生成できる点で異なります。
                                                                • 従来の芳香族化駆動による反応性種の生成は、一般的にレドックス(酸化還元)中性のプロセスであり、炭化水素骨格の酸化と反応性種の還元が同時に起こります。
                                                                • しかし、本研究のオキソボラン生成メカニズムでは、DMSOという「ノンイノセント」なルイス塩基(配位するだけでなく反応にも関わる)が関与し、酸化的な芳香族化によって反応性種の生成が駆動されます。
                                                                • これは、芳香族化駆動による反応性種生成において、知られている限り初めての酸化的なプロセスを用いた例です。

                                                                4: 反応性・構造の意義

                                                                • アミノオキソボラン種によるB-C結合への分子間挿入反応は、私たちの知る限り最初の例です。 これは、オキソボランの未開拓の反応性経路を示唆しています。
                                                                • ニトロンやアゾメチンイミンとのシクロ付加反応は、アミノオキソボランの求電子的な性質やオキソフィル性(酸素への親和性)を利用したものであり、新規なホウ素を含む複素環化合物の合成法となります。
                                                                • natural resonance theory(NRT)を用いたアミノオキソボランの解析は、従来の強力なB≡O三重結合を持つオキソボランとは異なり、B-O結合とB-N結合に有意なイオン性があることを示唆しています。 (図7C参照)
                                                                • これは、アミノ置換基がオキソボランの電子構造に影響を与え、その反応性を調整する可能性を示しています。
                                                                • ボラノアントラセンの固体構造で見られたホウ素中心の傾きは、関連化合物の構造に関する先行研究の観察とも一致します。

                                                                5: 研究の限界

                                                                • 様々なボラノアントラセン前駆体 (1a-d) の反応速度には違いが見られました. 特にTMP-BA (1b) は反応完了までに10日以上を要しました。
                                                                • これらの反応速度の違いは、アミン置換基の電子的および立体的な要因に起因すると考えられます。
                                                                • 特に立体的に嵩高いTMP基は、DMSOのホウ素への配位を妨げ、反応を遅らせる可能性があります. これらの要因がDMSOの配位効率にどう影響するかは、さらなる研究が必要です。
                                                                • メカニズム研究における一部の計算(例:中間体IからIIへの遷移)では、近似的な手法を用いる必要がありました. メカニズムの全てのステップを詳細に解明するには、さらなる計算や実験的検証が有用です。
                                                                • ラジカル捕捉実験で、特定の捕捉剤を用いた際に、原料消費にもかかわらず目的のオキソボラン由来生成物が少量しか得られず、未知のホウ素種が観測されました. これは、捕捉剤の性質や反応条件により、他の複雑な副反応経路が存在する可能性を示唆します。

                                                                結論

                                                                    • 本研究では、新しいクラスのボラノアントラセンを前駆体として開発しました。
                                                                    • 酸素系ルイス塩基(DMSO)の配位を起点とする、酸化的な芳香族化駆動による新しいメカニズムを通じて、遊離アミノオキソボラン種を生成できることを示しました。
                                                                    • これは、文献報告が少ないアミノオキソボランを生成する新しい経路を提供します。
                                                                    • 生成したアミノオキソボランは、これまで知られていなかった反応性、特にB-C結合への分子間挿入反応、ニトロンとの[3+2]シクロ付加、アゾメチンイミンとの[5+2]シクロ付加反応を示しました。
                                                                    • これらの多様な反応性は、有機化学および合成手法の分野において、アミノオキソボランが持つ未開拓の大きな潜在的可能性を明らかにしました。

                                                                    将来の展望

                                                                    • アミノオキソボランのさらなる反応性探索や、立体・電子的要因が反応に与える影響の詳細な解明が挙げられます。

                                                                    TAKE HOME QUIZ

                                                                    1. フリーオキソボラン種を生成するために本論文で提案された新規メカニズムは、何によって駆動されると述べられていますか?
                                                                    2. この新規メカニズムにおいて、オキソボラン生成を達成するために使用されたマイルドな酸素ルイス塩基および酸化剤は何ですか?
                                                                    3. 本論文で報告されている、アミノオキソボラン種の3つの異なる反応性は何ですか?
                                                                    4. 提案されているオキソボラン生成メカニズムの最初の段階で起こることは何ですか?
                                                                    5. DMSOがボラノアントラセンに配位しているという証拠は、主にどのような分析手法によって得られましたか?
                                                                    6. DFT計算と実験結果(ラジカルトラップ実験など)は、提案されている反応メカニズムがコンサーテッド(協奏的)経路ではなく、どのような経路で進行することを示唆していますか?その証拠は何ですか?
                                                                    7. NRT分析によると、アミノオキソボランの電子構造はどのような特徴を持っていますか?遊離オキソボランの代表的なB≡O三重結合構造と比較してどう異なりますか?
                                                                    8. 本論文で提案されている酸化芳香族化駆動メカニズムは、これまでの芳香族化駆動プロセス(通常はレドックス中性)とどのように異なると述べられていますか?

                                                                    解答

                                                                    1. フリーオキソボラン種を生成するために本論文で提案された新規メカニズムは、酸化芳香族化 (oxidative aromatization) によって駆動されるフラグメンテーションカスケードです。このプロセスは、ノンイノセントなルイス塩基が関与することで、反応性種の生成を駆動する正式な酸化を引き起こしながら芳香族化が進行すると述べられています。

                                                                    2. この新規メカニズムにおいて、オキソボラン生成を達成するために使用されたマイルドな酸素ルイス塩基および酸化剤は、ジメチルスルホキシド (DMSO) です。DMSOは、ボラノアントラセンへの配位によって反応を開始させ、ノンイノセントなルイス塩基および末端酸化剤として機能すると提案されています。

                                                                    3. 本論文で報告されている、アミノオキソボラン種の3つの異なる反応性は何ですか?

                                                                      • オキソボラン種のB−C結合への挿入
                                                                      • ニトロンとの[3 + 2]シクロ付加反応
                                                                      • アゾメチンイミンとの[5 + 2]シクロ付加反応
                                                                    4. 提案されているオキソボラン生成メカニズムの最初の段階で起こることは、酸素ルイス塩基(DMSO)のホウ素中心への配位、すなわちDMSOとボラノアントラセンの複合体形成です。

                                                                    5. DMSOがボラノアントラセンに配位しているという証拠は、主に以下の分析手法によって得られました:

                                                                      • 低温 11B-NMR分析
                                                                      • 1H NMRスペクトルにおける配位したDMSOの検出
                                                                      • 拡散NMR分光法 (Diffusion NMR spectroscopy)
                                                                      • 位相感応性1D-NOE実験
                                                                    6. DFT計算と実験結果は、提案されている反応メカニズムがコンサーテッド(協奏的)経路ではなく、ラジカル中間体を伴う二状態段階的芳香族化メカニズム、または段階的ラジカル経路で進行することを示唆しています。 その証拠としては以下が挙げられています。

                                                                      • DFT計算によって、中間体IIと呼ばれる、一つのB−C結合のみが切断された構造が示唆されたこと。これは二状態反応性最小エネルギー交差項 (MECP) の考慮につながりました。
                                                                      • 分子内ラジカルトラップ実験において、ベンジルラジカル(中間体8)が関与する可能性のある生成物 (9) が観察されたこと。
                                                                      • ラジカル捕捉剤 (PhSiH3) の存在下でオキソボラン形成反応が阻害されたこと。 これらの結果は、ビリジカル中間体IIの形成を示しています。
                                                                    7. NRT分析によると、アミノオキソボランは、B−OおよびB−N結合においてsignificantなイオン性を持つという特徴があります。これは、主にアレン様オキソボラン構造IVa (17%寄与) と構造IVb (19%寄与) の二つの主要な共鳴構造によって説明されます。 遊離オキソボランが通常、強いB−O三重結合共鳴構造を持つとされるのに対し、アミノオキソボランでは三重結合構造の寄与は小さく(例えばMeBOではMe-B≡O構造が87%寄与するのに比べ)、よりイオン性を持つ構造が主要な寄与をしています。

                                                                    8. これまでの反応性典型元素種の芳香族化駆動形成は、一般的にレドックス中性のプロセスを介して進行し、フラグメンテーションによって炭化水素骨格が形式的に酸化されて芳香環を形成し、同時に還元された反応性種が生成されると述べられています。 一方、本論文で提案されているオキソボラン形成メカニズムは、ノンイノセントなルイス塩基(DMSO)の関与により、反応性種の生成を駆動する正式な酸化芳香族化を促進するという点で異なります。これは、この分野におけるこのようなプロセスの最初の例であると述べられています。

                                                                    2025年5月17日土曜日

                                                                    Catch Key Points of a Paper ~0235~

                                                                     論文のタイトル: Low-Cost, Safe, and Anion-Flexible Method for the Electrosynthesis of Diaryliodonium Salts

                                                                    著者: Anton Scherkus, Aija Gudkova, Jan Čada, Bernd H. Müller, Tomas Bystron, and Robert Francke*
                                                                    雑誌名: Journal of Organic Chemistry
                                                                    巻: Volume 89, Issue 19, 14129–14134
                                                                    出版年: 2024
                                                                    DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01521

                                                                    背景

                                                                    1: 研究の背景

                                                                      • ジアリールヨードニウム塩の重要性
                                                                        • 金属フリーで扱いやすいアリール化反応試薬として注目されています。
                                                                        • 特に、特定の官能基を選択的に導入する反応に有用です。
                                                                      • 従来法の課題
                                                                        • 多くの化学合成法は、多量の廃棄物を生じ、時間がかかります。
                                                                        • また、毒性の高い試薬を用いる場合があります。
                                                                      • 電気化学的アプローチの利点
                                                                        • 電気をクリーンで安価な酸化剤として利用できます。
                                                                        • これにより、環境負荷の低い合成法が期待されます。

                                                                      2: 既存の手法

                                                                      • 既存の電解合成法
                                                                        • Pletcherらによって、特定のアシッドベースの電解質を用いた方法が報告されています。
                                                                        • この方法では、多くの場合、合成後にアニオン交換が必要でした。
                                                                        • アニオン交換は、時間とコストがかかる工程です。
                                                                      • 別の電気化学的手法
                                                                        • ElsherbiniとMoranによる方法では、高価なフッ素系溶媒(HFIP)が必要です。
                                                                        • この方法で得られるジアリールヨードニウム塩は、特定のアニオン(トリフラートなど)に限定されます。
                                                                      • アニオンの重要性
                                                                        • ジアリールヨードニウム塩のアニオン(対アニオン)の種類は、その後のアリール化反応の成功に強く影響することが知られています。

                                                                      3: 研究の目的

                                                                          • 本研究の目的
                                                                            • アニオンを自由に選択できる電解合成法の開発を目指しました。
                                                                            • 危険な強酸や高価なフッ素化合物を避けることも重要な目標です。
                                                                          • アプローチ
                                                                            • アセトニトリルを溶媒とし、リチウム塩を支持電解質として用いる方法を採用しました。
                                                                            • このアプローチは、MillerとHoffmannの先行研究に基づいています。
                                                                          • 研究内容
                                                                            • 合成条件の最適化。
                                                                            • 多様な化合物の合成(基質範囲の検討)。
                                                                            • 異なるアニオンを持つ塩の合成。
                                                                            • 電解反応後の溶液をそのまま用いる応用の検討(ワンポット反応)。
                                                                            • 生成した化合物の電気化学的性質の分析。

                                                                          方法

                                                                          1: 研究デザイン

                                                                          • 研究デザイン
                                                                            • アリールヨージドとアレーンを電解酸化により結合させる手法を用いました。
                                                                            • 主に定電流(ガルバノスタット)条件下で反応を行いました。
                                                                            • 電極を隔てた分割セル(H型ガラスセル)を使用しました。
                                                                          • 使用機器と電極
                                                                            • ガルバノスタットまたはポテンシオスタット/ガルバノスタットを電源として使用しました。
                                                                            • 陰極にはガラス状炭素板を、陽極には白金シートを用いました。
                                                                          • 反応温度と雰囲気
                                                                            • 全ての反応は室温、大気圧下で行いました。

                                                                          2: 反応条件

                                                                          • 電解液組成
                                                                            • アノライト(陽極室): アリールヨージド (1.0 mmol)、アレーン (5.0 mmol)、選択したリチウム塩 (5.0 mmol) をアセトニトリル (5 mL) に溶解しました。
                                                                            • カソライト(陰極室): 同じリチウム塩 (5.0 mmol) をアセトニトリル (5 mL) に溶解しました。
                                                                          • 最適反応条件
                                                                            • 電流密度: 10 mA cm⁻² が最適であることが分かりました。
                                                                            • 電荷量: 理論的には2 F/molですが、多くの場合、高収率を得るために4 F/molの電荷を流しました(ただし、一部のアニオンでは2 Fが最適でした)。
                                                                            • 分割セルを用いることが高収率の鍵でした。

                                                                          3: 後処理

                                                                          • 生成物の単離と精製
                                                                            • 電解終了後、アノライトを減圧濃縮しました。
                                                                            • 残渣をカラムクロマトグラフィーで精製しました。
                                                                            • 油状で得られた場合は、再結晶(CH₂Cl₂/ペンタン)を行いました。
                                                                          • 収率の決定
                                                                            • 主に¹H NMR分光法を用い、内部標準(メシチレン)と比較して収率を算出しました。
                                                                          • その他の評価
                                                                            • カソード室の沈殿物を粉末X線回折で分析しました。
                                                                            • グラムスケール合成を試みました。
                                                                            • ポスト電解液を用いたワンポットO-アリール化反応を行いました。
                                                                            • ジアリールヨードニウム塩とヨードアレーンの電気化学的挙動を、リニアスイープボルタンメトリー(LSV)で分析しました。

                                                                          結果

                                                                          1: 最適化結果

                                                                          • 反応条件の最適化
                                                                            • ガルバノスタットモード(一定電流)での合成が可能でした。
                                                                            • 最適条件下では、代表的なジアリールヨードニウム塩 (3a) が93%の収率で得られました。
                                                                            • 電流密度が高すぎたり、電荷量が不足したりすると収率が低下しました。
                                                                            • 電極を隔てない(準分割)セルでは収率が非常に低くなりました。
                                                                          • カソード室での観察
                                                                            • カソード室では沈殿物が生じ、LiOHであることが確認されました。
                                                                            • これは水や大気中のO₂に由来する可能性がありますが、正確なメカニズムは不明です。

                                                                          2: 基質適用範囲

                                                                              • 多様な化合物の合成(基質範囲)
                                                                                • 多様なアリールヨージドとアレーンの組み合わせで、合計24例のジアリールヨードニウム塩を合成しました。
                                                                                • 最高で99%の単離収率を達成しました。
                                                                                • 電子求引性または電子供与性の弱い置換基を持つ基質は比較的高い収率で反応しました(66-97%)。
                                                                                • 強い電子供与基 (OMe) や、ケトン/アセタール基を持つ基質は、目的生成物が得られませんでした。
                                                                                • 環状ジアリールヨードニウム塩の合成も可能でした(収率 41-70%)。
                                                                              • グラムスケール合成
                                                                                • 代表的な化合物を7 mmolスケール(グラムスケール)で合成したところ、96%の収率で成功しました。

                                                                              3: 応用展開

                                                                              • アニオンの導入
                                                                                • 異なるリチウム塩(支持電解質)を用いることで、対応する対アニオン(ClO₄⁻, BF₄⁻, OTf⁻, NTf₂⁻, PF₆⁻)を持つジアリールヨードニウム塩を合成できました。
                                                                                • PF₆⁻塩は反応中に部分的に加水分解を受け、異なるアニオンの混合物となりました。
                                                                              • ワンポットO-アリール化
                                                                                • 電解によりin situで生成したジアリールヨードニウム塩を含む溶液を精製せずに用い、フェノールとのO-アリール化反応を行いました。
                                                                                • 目的のジフェニルエーテルを76%の収率で得ることができました.
                                                                              • 電気化学的挙動
                                                                                • LSV分析により、ジアリールヨードニウム塩の還元電位が置換基の電子的性質に影響されることが確認されました。
                                                                                • ただし、置換基効果は対応するヨードアレーンに比べて小さいことが示されました。

                                                                              考察

                                                                              1: 主要な発見とその意味

                                                                              • 新しい合成法の利点
                                                                                • 本研究で開発した電解合成法は、低コスト、安全、非フッ素系溶媒で行えます。
                                                                                • これにより、従来のジアリールヨードニウム塩合成法の課題を克服しました。
                                                                                • 特に、強酸を必要としない点が大きな利点です。
                                                                              • 分割セルの重要性
                                                                                • 電解反応において、陽極で生成したジアリールヨードニウムイオンが陰極に移動して還元されるのを防ぐために、分割セルが不可欠です。

                                                                              2: 主要な発見の重要性

                                                                                • アニオン選択性の達成
                                                                                  • 支持電解質として用いるリチウム塩の種類を変えるだけで、目的の対アニオンを持つジアリールヨードニウム塩を合成できました。
                                                                                  • これにより、合成後に別工程でアニオン交換を行う必要がなくなります。
                                                                                  • これは、アニオンがアリール化反応の効率に大きく影響するため、非常に有用です。
                                                                                • 実用性の高さ
                                                                                  • 多様なアリールヨージドとアレーンに対応できる幅広い基質範囲を持ちます。
                                                                                  • グラムスケールでの合成も可能であり、大量合成への適用性を示しました.
                                                                                  • ポスト電解液をそのまま使えるワンポット反応は、合成工程の簡略化に貢献します。
                                                                                • 電気化学的挙動の洞察
                                                                                  • LSV分析から、置換基がジアリールヨードニウム塩の還元電位に影響することが分かりました。
                                                                                  • 電極表面への付着の可能性など、還元プロセスに関する知見が得られました。

                                                                                3: 先行研究との比較

                                                                                • 本研究は、PletcherらやElsherbiniらによる電解合成法の研究 や、MillerとHoffmannによる初期の検討 を踏まえています。
                                                                                • アニオン効果に関するStuart et al.の研究 の重要性が、本研究のアニオン選択性への動機となりました.
                                                                                • 本手法は、これらの先行研究の課題(特定のアニオンのみ、高価な溶媒、追加のアニオン交換工程など)を克服するものです.

                                                                                4: 研究の限界点

                                                                                • 全ての基質に適用できるわけではなく、特定の置換基(強い電子供与基やケトン/アセタール基)では目的生成物が得られませんでした。
                                                                                • PF₆⁻アニオンは反応中に分解(加水分解)しました。
                                                                                • 最適化された電荷量は、導入するアニオンによって調整が必要な場合があります。
                                                                                • 生成物の精製には、カラムクロマトグラフィーや再結晶が必要な場合があります。
                                                                                • 副生成物(ホモカップリング物や未確認物)の生成が確認されました。
                                                                                • 電気化学測定において、電極表面への物質の付着が示唆されました。

                                                                                結論

                                                                                  • 低コストで安全、アニオン選択性に優れたジアリールヨードニウム塩の新しい電解合成法を開発しました。
                                                                                  • 多様な構造を持つジアリールヨードニウム塩を合成でき、グラムスケール合成やワンポット反応への応用も可能です。
                                                                                  • ジアリールヨードニウム塩の電気化学的挙動と置換基効果に関する知見が得られました。

                                                                                  将来の展望

                                                                                  • より効率的かつ持続可能な方法で、重要なアリール化試薬であるジアリールヨードニウム塩を供給するための道を開きます.
                                                                                  • アニオンの種類がジアリールヨードニウム塩の電気化学的挙動や反応性に与える影響について、さらなる研究を進めています。

                                                                                  TAKE HOME QUIZ

                                                                                  • 問1: 本論文で提示されているジアリールヨードニウム塩の合成の主要な手法は何ですか?
                                                                                  • 問2: 既存の化学的手法や他の電解合成法と比較して、本論文で提示された電解合成法の主な利点は何ですか?
                                                                                  • 問3: 最適化された電解合成法では、どの溶媒が使用されていますか?
                                                                                  • 問4: 生成物であるジアリールヨードニウムイオンがカソードで還元されるのを防ぐために、どのようなタイプの電解セルが鍵となりますか?
                                                                                  • 問5: 本手法のスケールアップは実証されましたか?実証された場合、どの程度のスケールで行われましたか?
                                                                                  • 問6: 電解後の溶液は、精製などの追加の後処理なしに、直接さらなる反応に利用できる可能性は示されていますか?示されている場合、どのような反応が例として挙げられていますか?
                                                                                  • 問7: 線形掃引ボルタンメトリー(LSV)による研究から、ジアリールヨードニウム塩のレドックス挙動に対して、アリール環上のパラ位の電子的置換基はどのような影響を及ぼすことが分かりましたか?
                                                                                  • 問8: パラ位の電子的置換基がレドックス電位に与える影響は、ジアリールヨードニウム塩と対応するヨードアレーンのどちらでより顕著でしたか?

                                                                                  解答

                                                                                  • 問1: 本論文で提示されているジアリールヨードニウム塩の合成の主要な手法は、アノードでのアリールヨード化物とアレーンとのC-Iカップリングに基づいた電気化学的手法です。

                                                                                  • 問2: 既存のプロトコルと比較して、本手法は化学酸化剤、強酸、またはフッ素化溶媒を必要としない点が主な利点です。さらに、適切な支持電解質を使用することで、合成後にイオン交換を行うことなく所望の対アニオンを導入できる「アニオンの柔軟性」がある点も大きな利点とされています。本手法における「アニオンの柔軟性」とは、合成後に別途イオン交換ステップを経ることなく、電解合成の段階で所望の対アニオンを持つジアリールヨードニウム塩を直接得られることを指します。これは、使用する支持電解質の種類を選択することによって達成されます。

                                                                                  • 問3: 最適化された電解合成法では、溶媒としてアセトニトリル (acetonitrile) が使用されています。

                                                                                  • 問4: 生成物であるジアリールヨードニウムイオンがカソードで還元されるのを防ぐための鍵となるのは、分割セル (divided cell) の使用です。

                                                                                  • 問5: 本手法のスケールアップは実証されました。7 mmolスケール (約3.09 g) での合成が実証されています。

                                                                                  • 問6: 電解後のジアリールヨードニウム塩を含む溶液は、精製などの追加の後処理なしに、直接さらなる反応に利用できる可能性が示されています。例として、O-アリール化反応が挙げられています。

                                                                                  • 問7: 線形掃引ボルタンメトリー(LSV)による研究から、アリール環上のパラ位の電子的置換基は、ジアリールヨードニウム塩のレドックス挙動に対して明確な電子的影響を及ぼすことが分かりました。置換基定数(σp)との間に線形依存関係が見られました。

                                                                                  • 問8: パラ位の電子的置換基がレドックス電位に与える影響は、ジアリールヨードニウム塩よりも対応するヨードアレーンの方でより顕著でした。これは、ヨードアレーンにおけるレドックス電位と置換基定数(σp)との線形関係の傾きが、ジアリールヨードニウム塩の場合よりも大きかったことから示されています。





                                                                                  2025年5月10日土曜日

                                                                                  Catch Key Points of a Paper ~0234~

                                                                                   論文のタイトル: 1,3-Dipolar cyclisation reactions of nitriles with sterically encumbered cyclic triphosphanes: synthesis and electronic structure of phosphorus-rich heterocycles with tunable colour (1,3-双極子環化反応によるニトリルと立体的にかさ高い環状トリホスファンの反応: リンを豊富に含むヘテロ環の合成と電子的構造、およびその色調整可能性)

                                                                                  著者: Mitchell A. Nascimento, Etienne A. LaPierre*, Brian O. Patrick, Jade E. T. Watson, Lara Watanabe, Jeremy Rawson, Christian Hering-Junghans*, Ian Manners
                                                                                  雑誌名: Chemical Science
                                                                                  巻: Volume 15, Issue 30, 12006–12016
                                                                                  出版年: 2024
                                                                                  DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc02497d

                                                                                  背景

                                                                                  1: 研究の背景

                                                                                  • 有機化学分野では、C–CおよびC–X結合形成に関する多くの手法が確立されています。
                                                                                  • 対照的に、典型元素間の結合形成法はまだ十分に発展していません
                                                                                  • 典型化学では還元カップリングなどが用いられますが、しばしば過酷な条件を必要とします。
                                                                                  • これにより、官能基の導入が難しく、不要な副生成物が生成することもあります。
                                                                                  • 有機合成の確立された手法を無機基質に応用することで、新しい合成ルートが開かれます。
                                                                                  • 環化反応は、無機環状系を構築する上でリン化学で注目されています。

                                                                                  2: リン化合物における色

                                                                                  • リンを含む化合物の中には、色を示す例が報告されています。
                                                                                  • 例として、ホスファメチンシアニン類やジホスフェンなどがあります。
                                                                                  • これらの色の起源は、主にπ–π*遷移などの電子遷移によるものです。
                                                                                  • しかし、閉殻(非ラジカル)のリンを豊富に含む化合物で色を示す例は比較的少ないです。
                                                                                  • 特に、本研究の対象であるP3CNコアを持つ先行研究の化合物は、無色または淡黄色でした。

                                                                                  3: 研究の目的

                                                                                  • 本研究では、リンを豊富に含む1-アザ-2,3,4-トリホスホレン誘導体の色に焦点を当てました。
                                                                                  • 環状トリホスファンとニトリルの反応を通じて、新しいP3CNヘテロ環を合成しました。
                                                                                  • 特に、リン原子に結合した置換基の立体的な大きさが色に与える影響を調べました。
                                                                                  • ニトリルに由来する置換基の電子的性質の影響も評価しました。
                                                                                  • 色の起源、それを調整するメカニズム、および潜在的な応用可能性を明らかにすることを目指しました。

                                                                                  方法

                                                                                  1: 化合物の合成

                                                                                  • 立体的にかさ高い置換基を持つ環状トリホスファン(例: (PTipp)3)を出発物質としました。
                                                                                  • これをニトリル(RCN)および酸(トリフル酸)と反応させました。
                                                                                  • これにより、形式的な[3+2]環化反応が進行し、五員環構造を持つ1-アザ-2,3,4-トリホスホレニウムカチオン[1R]+)を合成しました。
                                                                                  • 得られたカチオン種を塩基(NEt3)で処理することにより、対応する中性種(2R)を容易に得ました。
                                                                                  • これらのカチオンと中性種は、酸または塩基の添加により可逆的に相互変換が可能です。
                                                                                  • さらに、これらのP3CNユニットをポリマー鎖に導入する手法も検討しました。

                                                                                  2: 構造・物性評価と理論計算

                                                                                  • 合成した化合物の固体構造は、単結晶X線回折(SC-XRD)により詳細に解析しました。
                                                                                  • 溶液中の化合物については、NMR分光法(31P{1H}, 1H, 19F NMR)を用いて構造を確認し、安定性を評価しました。
                                                                                  • 化合物の色や光吸収特性は、UV-Vis分光法により測定しました。
                                                                                  • 観測された色の電子的な起源を理解するため、DFTおよびTD-DFT計算を行いました。
                                                                                  • これらの理論計算には、実験的に得られた固体構造データを参考にしました。
                                                                                  • ポリマーについては、GPCやNMR等で評価を行いました。

                                                                                  3: 多様な色の発現

                                                                                  • カチオン種[1R]+は、リン原子の置換基(R)やニトリル由来の置換基(R)を変えることで、広範囲の色を示しました。
                                                                                  • 例えば、R=Tipp, R=Meで深紅色、R=Tipp or Dipp, R=Phで深青色、R=Mes, R=Phでオレンジ色 でした。
                                                                                  • R=tBuの場合、一般に無色または淡黄色でした。
                                                                                  • Rがフェニル基の場合、そのパラ置換基(例: p-MeO, p-CF3)によっても色調が変化しました(マゼンタ、ロイヤルブルーなど)。
                                                                                  • 対応する中性種2Rは、カチオン種とは異なる色(無色、黄色、オレンジ色など)を示し、色の可逆的なスイッチングが観察されました。
                                                                                  • 論文中で示されたこれらの化合物の固体および溶液での写真は、色の多様性を示しています。

                                                                                  結果

                                                                                  1: 構造と吸収の関連

                                                                                  • X線構造解析から、カチオン種[1R]+のP3CN環状コアは、リン上の立体障害が増すにつれて、平面からの歪み(曲がり角θ)が増加することが明らかになりました。
                                                                                  • 一方、中性種2Rは比較的平面に近い構造を保っていました。
                                                                                  • UV-Visスペクトルでは、カチオン種に低エネルギー吸収帯が観察されました。
                                                                                  • この吸収帯の波長と、X線構造解析で得られた環の曲がり角の間には、強い線形相関が見られました。
                                                                                  • つまり、環の曲がりが大きいほど、吸収波長が長波長(赤方)シフトしました。
                                                                                  • 論文中の曲がり角と吸収波長の関係を示すグラフを参照。

                                                                                  2: 電子構造と電荷移動

                                                                                  • DFT/TD-DFT計算により、カチオン種[1R]+の色の原因が分子内電荷移動であることが示唆されました。
                                                                                  • この電荷移動は、主にHOMOからLUMOへの遷移に由来します。
                                                                                  • HOMOはリン原子の非結合性軌道に、LUMOはニトリル由来のN=C-R部位のπ*軌道に主に分布しています。
                                                                                  • 立体的にかさ高い置換基による環の曲がりがHOMOのエネルギー準位を上昇させます。
                                                                                  • これによりHOMO-LUMOギャップが小さくなり、可視光領域での低エネルギー吸収が可能になります。
                                                                                  • 計算された電荷移動距離を示すD指数は約2.3 Åであり、リンからN=C-R部位への明確な電荷移動を示唆しています。

                                                                                  3: 高分子材料への応用

                                                                                  • 合成したP3CNユニットを、ラジカル重合で得られたポリ(4-シアノスチレン)鎖に化学的に結合させました。
                                                                                  • これにより、P3CN構造を側鎖に持つ共重合体が得られました。
                                                                                  • このポリマーをガラスウールに担持させたところ、酸性または塩基性の蒸気に応答して色を変化させました。
                                                                                  • 中性のオレンジ色から、酸性雰囲気で紫色に変化しました(カチオン化)。
                                                                                  • その後、塩基性雰囲気に戻すと、再びオレンジ色に戻りました(脱プロトン化)。
                                                                                  • この色の変化は可逆的であり、繰り返し行うことが可能でした。

                                                                                  考察

                                                                                  1: 色の起源と調整メカニズム

                                                                                  • 本研究は、リンを豊富に含む閉殻化合物における、立体的に誘起された色調整という珍しい例を示しました。
                                                                                  • 色の根本的な原因は、プロトン化によって引き起こされるP3CN環状コアの構造的な曲がりです。
                                                                                  • この曲がりがリン原子上のHOMOエネルギーを特異的に上昇させます。
                                                                                  • 結果として、リン原子からN=C-R′部位への分子内電荷移動が可視光領域で起こり、色として観測されます。
                                                                                  • 色の波長は、リン上の置換基の立体的な大きさを制御することで、効果的に調整できます。
                                                                                  • ニトリル置換基の電子的性質を変化させることでも、LUMOエネルギーが調整され、色に影響を与えます。

                                                                                  2: 構造-性質関係と材料設計への示唆

                                                                                  • 本研究で明らかになった、環の曲がり角と電荷移動吸収波長の間の明確な線形相関は重要です。
                                                                                  • これは、化合物の基底状態の構造が光物理的性質に直接影響を与えることを示しています。
                                                                                  • この構造-性質相関は、ニクトゲン(リン族元素)を含む電荷移動材料の合理的な設計に向けた新しい洞察を提供します。
                                                                                  • 開発した化合物は、比較的合成が容易で、構造がモジュール式に改変可能であり、かつ光安定性も良好です。
                                                                                  • これらの特性は、様々な応用における利用可能性を示唆しています。

                                                                                  3: プロトン応答性とセンサー応用

                                                                                  • カチオン種と中性種の間で観測された可逆的な色変化は、Brønsted酸-塩基に応答するスイッチとして機能します。
                                                                                  • このプロトン応答性という特徴は、化学センサーなどへの応用が期待されます。
                                                                                  • 概念実証として、P3CNユニットをポリマー鎖に共有結合させた比色センサーを開発しました。
                                                                                  • このポリマーセンサーは、酸性・塩基性ガスに空気中で安定に、かつ可逆的に応答しました。
                                                                                  • 将来の研究課題として、より扱いやすい形態(例: 薄膜)のポリマーセンサー開発などが考えられます。

                                                                                  結論

                                                                                    • 本研究により、リンを豊富に含む1-アザ-2,3,4-トリホスホレンおよびカチオン種が、新規の電荷移動現象により色を示すことが明らかになりました。
                                                                                    • 色の起源は、立体障害による環の構造的な曲がりと関連する分子内電荷移動にあります。
                                                                                    • リンおよびニトリル上の置換基を設計することで、化合物の色を効果的に調整できることを示しました。
                                                                                    • 特に、環の曲がり角と電荷移動吸収波長の間の明確な構造-性質相関を発見しました。

                                                                                    将来の展望

                                                                                          • これらの化合物は、電荷移動材料の設計や、プロトン応答性センサーなどへの応用が期待されます。
                                                                                          • 今回の発見は、ニクトゲンを含む材料の設計に新たな道を開くものです。

                                                                                          TAKE HOME QUIZ

                                                                                          1. この論文で報告されている、合成・研究された主な化合物は何ですか?

                                                                                            • a) 有機アジド
                                                                                            • b) 循環トリホスファン
                                                                                            • c) リン(P)を豊富に含む複素環
                                                                                            • d) ホスファアルキン
                                                                                          2. これらのカチオン性種([1R]+)を合成するために使用された主要な反応タイプは何ですか?

                                                                                            • a) 塩複分解反応
                                                                                            • b) Huisgen環化付加反応
                                                                                            • c) 形式的な[3+2]-環化反応
                                                                                            • d) 還元的カップリング反応
                                                                                          3. カチオン性種([1R]+)の色の調整に寄与する主な要因は何ですか?(最も適切なものをすべて選んでください)

                                                                                            • a) 溶媒の種類
                                                                                            • b) リン(P)上の置換基の立体的な大きさ
                                                                                            • c) ニトリル(R′CN)結合パートナーの電子的特性
                                                                                            • d) 反応温度
                                                                                          4. カチオン性種において観測された色の主な起源として、論文で特定された現象は何ですか?

                                                                                            • a) π–π*遷移
                                                                                            • b) 分子内電荷移動
                                                                                            • c) 金属中心への配位
                                                                                            • d) 分子振動
                                                                                          5. この論文で実証された、これらの化合物またはそれらを組み込んだポリマーの潜在的な応用は何ですか?

                                                                                            • a) 温度センサー
                                                                                            • b) 湿度センサー
                                                                                            • c) プロトン(酸)およびアンモニア(塩基)センサー
                                                                                            • d) 光電池材料
                                                                                          6. カチオン性種([1R]+)の色(特に低エネルギー吸収帯の波長)と強く相関することが見出された構造的特徴は何ですか?

                                                                                            • a) P-P結合距離
                                                                                            • b) C-N結合距離
                                                                                            • c) P3CNリングの曲がり角度
                                                                                            • d) 分子全体の平面性

                                                                                          解答

                                                                                          1. (c)(特に1-aza-2,3,4-triphospholeniumカチオンとその中性体)
                                                                                          2. (c)
                                                                                          3. (b),(c)
                                                                                          4. (b)(Intramolecular Charge Transfer, ICT)
                                                                                          5. (c)
                                                                                          6. (c)


                                                                                           

                                                                                          2025年4月25日金曜日

                                                                                          特集号の宣伝 Nanocarbons: Advances and Innovations

                                                                                          ひょんなことから、特集号のゲストエディターを務めることになりました。

                                                                                          Surfaces | Special Issue : Nanocarbons: Advances and Innovations


                                                                                          オープンアクセス(OA)ジャーナルのため、掲載料(およそ27万円)が必要です。まぁ、日本からの投稿は研究費かつかつなとこ多いと思うんで、あんま期待してません。

                                                                                          しかも、分野にも依るのでしょうが、MDPIの評判を日本語で調べると基本的に辛辣なブログが目立ちました。なおさら、期待できなさそう。ただ、良い評判よりもクレームの方が目立つのは世の常なので、個人的にはMDPIに村でも焼かれたのか。。。?という気持ちで見ていました。

                                                                                          まぁ、個人的には、ゲストとはいえエディターを務めてみたかったというところと、良くも悪くも近頃の研究界隈に思うところがいろいろありまして、その一端を特集号の宣伝文句の中にしれっと織り交ぜています。

                                                                                          ’’’実用化を重視する現代では、エンドツーエンドの研究に多額の予算が必要になることがよくあります。この焦点は、すぐに適用できない有望な材料研究を誤って脇に追いやり、出版を妨げ、応用科学者による認識を制限する可能性があります。このようなオープンアクセスの特別号は、そのギャップを埋める上で重要な役割を果たし、初期段階の発見が認識され、将来のイノベーションを刺激するためのプラットフォームを提供します。’’’

                                                                                          実際、出版もされずに研究室内に留まる材料が積みあがっていく、というのはいかがなものかと思うわけです。それこそ、研究費の無駄遣いでは???さらに言うと、個人的にはもうジャーナルのIFとかクソどうでもいいし、嘘はついてないんだから最低限の体裁だけ整えて、金払ってでも世に出したい研究とかってどこで公表したらいいの?という話を、日本ではあまり聞きませんでしたが、少なくとも去年1年の間に、そういう話をちらほら聞く機会があったわけです。

                                                                                          そういったタイミングも重なって、オファーを引き受けることにしました。

                                                                                          これで、この特集号に論文が集まらなかったら、まず第一にエディターとしての求心力が弱い。加えて、先のニーズが世間の声ほどは、実体としては存在しないほど弱い。他にも、宣伝が弱い、集め方が悪いなど、その他の理由も含めて、結果を見たときに、自分の今後の身の振り方を考える上でも、いい勉強になりそう。

                                                                                          タイトルも最初はNanocarbon EXPOみたいなタイトルにしようとしたら、普通に修正されたので、自称ありきたりなタイトルになってしまいました。これも勉強。

                                                                                          まぁ年末まで受け付ける予定なので、気長に結果を楽しみにしててください。

                                                                                          2025年4月19日土曜日

                                                                                          Catch Key Points of a Paper ~0233~

                                                                                          論文のタイトル: Halogenation-induced C–N bond activation enables the synthesis of 1,2-cis C-aryl furanosides via deaminative cyclization (ハロゲン化誘起C-N結合活性化による1,2-シスC-アリールフラノシドの脱アミノ環化合成)

                                                                                          著者: Wenbo Wang, Jiawei Wu, Kaiyu Jiang, Maochao Zhou, Gang He*
                                                                                          雑誌名: Chemical Science
                                                                                          巻: Volume16, Issue1, 410-417
                                                                                          出版年: 2025
                                                                                          DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc07410f

                                                                                          背景

                                                                                          1: 研究の背景

                                                                                          • 1,2-シスC-アリールフラノシドは、天然に存在し、生物活性を示す重要な化合物群です。
                                                                                          • 特に、Streptomyces属によって産生されるギルボカルシンVは、抗腫瘍活性と低い毒性を示します。
                                                                                          • これらの化合物は、創薬化学全合成において重要なターゲットです。
                                                                                          • 従来の合成法では、複雑な保護操作が必要であり、効率が低いという課題があります。

                                                                                          2: 未解決の問題点と研究の目的

                                                                                          • 1,2-シス配置は、立体電子効果と立体障害により、合成が難しいです。
                                                                                          • 従来の合成法は、保護基の導入と脱離を必要とし、合成経路が長くなりがちです。
                                                                                          • 保護されていないアルドースから、簡便かつ効率的な手法1,2-シスC-アリールフラノシドを合成すること。

                                                                                          3: 研究の具体的な目的と成果

                                                                                          • ペタシス反応脱アミノ環化反応を組み合わせた新しい合成法を開発する。
                                                                                          • 複雑な保護操作なしに、1,2-シスC-アリールフラノシド高い選択性で合成できる手法を確立する。
                                                                                          • この手法は、天然物や生物活性物質の合成に役立つと期待される。

                                                                                          方法

                                                                                          1: 研究デザイン

                                                                                          • ペタシス反応脱アミノ環化反応を用いた二段階合成法
                                                                                          • ペタシス反応: 保護されていないアルドースアリールボロン酸またはボロネートを用いて、1,2-トランス配置のヒドロキシアミンを生成。
                                                                                          • 脱アミノ環化反応: ハロゲン化によりC-N結合を活性化し、分子内SN2反応により1,2-シスC-アリールフラノシドを生成。

                                                                                          2: 主要な評価項目と測定方法

                                                                                          • 主要な評価項目: 1,2-シスC-アリールフラノシド収率立体選択性
                                                                                          • 測定方法:
                                                                                            • 核磁気共鳴 (NMR): 生成物の構造と立体配置を決定
                                                                                            • X線結晶構造解析: 生成物の立体配置を確定
                                                                                          • 反応条件: 反応温度、反応時間、試薬の当量など

                                                                                          結果

                                                                                          1: ペタシス反応の結果

                                                                                          • p-トルイジンまたはインドリンを用いたペタシス反応により、1,2-トランス配置の1-アリールポリヒドロキシアミンを高い選択性で得ました。
                                                                                          • グルコース4-メチルフェニルトリフルオロボレートを用いた場合、12が得られた。
                                                                                          • 反応は、空気雰囲気下で、湿気に対して特に注意する必要なく実施可能

                                                                                          2: 脱アミノ環化反応の結果

                                                                                          • ハロゲン化NBSまたはNCS使用)により、C-N結合が活性化され、1,2-シスC-アリールフラノシドが生成。
                                                                                          • NBSを用いた場合、85%の収率で3が得られました。
                                                                                          • NCSを用いた場合も、同程度の収率が得られました。

                                                                                          3: 反応機構の検証

                                                                                          • エナンチオ濃縮基質を用いた実験により、分子内SN2反応による立体反転が確認されました。
                                                                                          • ハロゲン化により生成した四級アンモニウム塩が、脱離基として働き、C-N結合の切断を促進。
                                                                                          • オルト位のハロゲン化も、C-N結合の切断を促進している可能性

                                                                                          考察

                                                                                          1: 主要な発見とその意味

                                                                                          • ペタシス反応脱アミノ環化反応を組み合わせることで、保護されていないアルドースから1,2-シスC-アリールフラノシドを効率的に合成できることを発見。
                                                                                          • ハロゲン化によるC-N結合の活性化が、分子内SN2反応を誘起する鍵であることが判明。
                                                                                          • この手法は、1,2-シスC-アリールフラノシドの合成における新たな戦略となる可能性。

                                                                                          2: 主要な発見の重要性

                                                                                          • 天然物生物活性物質の合成において、1,2-シスC-アリールフラノシドの合成は重要な課題です。
                                                                                          • この研究で開発された手法は、従来法よりも簡便であり、より幅広い応用が期待されます。
                                                                                          • 医薬品機能性材料の開発にも貢献する可能性があります。

                                                                                          3: 先行研究との比較

                                                                                          • 従来の合成法は、複雑な保護操作を必要とし、効率が低い。
                                                                                          • 本研究では、保護されていないアルドースを直接使用し、ワンポットでの合成も可能であることが示された。
                                                                                          • 先行研究でも、1,2-シスC-アリールフラノシドの合成例はあるが、本研究の手法はより簡便汎用性が高い。

                                                                                          4: 反応機構の詳細

                                                                                          • ペタシス反応では、p-トルイジンアルデヒドと反応してイミンを生成し、同時にC2-OHがアリールボレートを捕捉し、ボロネート錯体を形成。
                                                                                          • 次に、分子内アリール基転移が起こり、1,2-トランス選択的な1-アリールポリヒドロキシアミンが生成。
                                                                                          • ハロゲン化によってアリールアミン四級アンモニウム塩となり、C-N結合が活性化され、SN2反応が進行。

                                                                                          5: 研究の限界点

                                                                                          • 電子豊富なアレーンを持つ1-アリールポリヒドロキシアミンの場合、SN1反応も起こり、アノマー混合物が得られた。
                                                                                          • マンノースラムノースリキソースを用いた場合、SN2反応で生成する立体配置がSN1反応による異性体も得られた。
                                                                                          • 1,2-cis配置がすべて同じ側にあるため、SN2反応の遷移状態では立体反発が起こる可能性。

                                                                                          結論

                                                                                          • 本研究では、保護されていないアルドースから1,2-シスC-アリールフラノシドを効率的に合成する二段階法を開発。
                                                                                          • ハロゲン化によるC-N結合の活性化が鍵であり、分子内SN2反応を誘起。
                                                                                          • この手法は、広範なアルドースアリールトリフルオロボレートに適用可能。

                                                                                          将来の展望

                                                                                              • アミン含有基質の選択的な変換への応用も期待される。

                                                                                              TAKE HOME QUIZ

                                                                                              1. 1,2-シスC-アリールフラノシドとは何か?

                                                                                              • (a) アリール基がフラノースのアノマー位に結合し、C2-OHと同じ側にある炭水化物
                                                                                              • (b) アリール基がフラノースのアノマー位に結合し、C2-OHと反対側にある炭水化物
                                                                                              • (c) アリール基がピラノースのアノマー位に結合している炭水化物
                                                                                              • (d) アリール基が炭水化物のどの位置にも結合していない

                                                                                              2. ギルボカルシンVの主な生物活性は?

                                                                                              • (a) 抗生物質活性
                                                                                              • (b) 抗腫瘍活性
                                                                                              • (c) 抗炎症活性
                                                                                              • (d) 抗ウイルス活性

                                                                                              3. 本研究で用いられた二段階合成法は?

                                                                                              • (a) ペタシス反応と脱アミノ環化反応
                                                                                              • (b) フリーデルクラフツ反応とグリコシル化反応
                                                                                              • (c) ウィッティヒ反応とディールスアルダー反応
                                                                                              • (d) 還元反応と酸化反応

                                                                                              4. ペタシス反応で生成する中間体の立体配置は?

                                                                                              • (a) 1,2-シス
                                                                                              • (b) 1,2-トランス
                                                                                              • (c) 1,3-シス
                                                                                              • (d) 1,3-トランス

                                                                                              5. 脱アミノ環化反応でC-N結合を活性化するために使用される試薬は?

                                                                                              • (a) 水素化ホウ素ナトリウム
                                                                                              • (b) N-ブロモスクシンイミド(NBS)またはN-クロロスクシンイミド(NCS)
                                                                                              • (c) リチウムアルミニウムヒドリド
                                                                                              • (d) 過マンガン酸カリウム

                                                                                              6. 脱アミノ環化反応の反応機構は?

                                                                                              • (a) 分子内SN1反応
                                                                                              • (b) 分子内SN2反応
                                                                                              • (c) 分子間SN1反応
                                                                                              • (d) 分子間SN2反応

                                                                                              7. 脱アミノ環化反応で、ハロゲン化によって生成する中間体は?

                                                                                              • (a) カルボカチオン
                                                                                              • (b) カルバニオン
                                                                                              • (c) 四級アンモニウム塩
                                                                                              • (d) ラジカル

                                                                                              解答

                                                                                              1. (a)
                                                                                              2. (b)
                                                                                              3. (a)
                                                                                              4. (b)
                                                                                              5. (b)
                                                                                              6. (b)
                                                                                              7. (c)


                                                                                               

                                                                                              2025年4月12日土曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0232~

                                                                                              論文のタイトル: One-pot Functionalization for the Preparation of Cobaltocene-Modified Redox-Responsive Porous Microparticles (コバルトセニウム修飾されたレドックス応答性多孔質微粒子のワンポット機能化)

                                                                                              著者: Till Rittner, Jaeshin Kim, Aaron Haben, Ralf Kautenburger, Oliver Janka, Jungtae Kim, Markus Gallei*
                                                                                              雑誌名: Chemistry - A European Journal
                                                                                              巻: Volume30, e202402338
                                                                                              出版年: 2024
                                                                                              DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc06697a

                                                                                              背景

                                                                                              1: 研究の背景

                                                                                              • 近年、メタロセンは、その電子特性と機能化の多様性から注目を集めている。
                                                                                              • フェロセンは、電気化学分析や燃料添加剤として広く利用されているが、そのカチオン状態は不安定である。
                                                                                              • コバルトセニウムは、フェロセンと等電子であるが、常に電荷を持った状態が安定であるため、有機合成や電気化学分析で利用されている。
                                                                                              • コバルトセニウムを様々な材料に組み込む研究が進んでいるが、多孔質基質への機能化はまだ少ない。

                                                                                              2: 未解決の問題点と研究の目的

                                                                                              • 従来の表面機能化法は、複雑で時間と労力がかかる
                                                                                              • 多孔質基質へのコバルトセニウムの導入は、触媒や分析応用において非常に魅力的だが、実用的な表面機能化戦略が必要とされている。
                                                                                              • 本研究では、ワンポット反応による、多孔質微粒子表面へのコバルトセニウム導入の簡便な手法を開発する。
                                                                                              • この手法により、コバルトセニウムの量を制御し、表面特性を調整することを目指す。

                                                                                              3: 研究の具体的な目標と成果

                                                                                              • 3-(トリエトキシシリル)プロパン-1-アミン (APTES) を用いた触媒不使用カップリング反応によるコバルトセニウム導入。
                                                                                              • ATR-IR、SEM、EDS、TGA、ICP-MSを用いて、表面機能化を評価する。
                                                                                              • サイクリックボルタンメトリー (CV) を用いて、電気化学的応答性を解析する。
                                                                                              • 合成された材料のセラミック材料としての可能性を示す。

                                                                                              方法

                                                                                              1: 研究デザイン

                                                                                              • ワンポット合成によるコバルトセニウム修飾多孔質微粒子の作製。
                                                                                              • 2段階法(APTESを先に結合させ、その後にコバルトセニウムを導入)と比較検討。
                                                                                              • APTESとコバルトセニウムの比率を変化させ、表面特性への影響を評価する。
                                                                                              • 作製した微粒子をさまざまな分析手法で特性評価を実施。

                                                                                              2: 材料

                                                                                              • ヒドロキシリッチなポリスチレン-ポリジビニルベンゼン (PSDVB) 微粒子を使用。
                                                                                              • 3-(トリエトキシシリル)プロパン-1-アミン (APTES) を機能化剤として使用。
                                                                                              • エチニルコバルトセニウムヘキサフルオロリン酸塩をコバルトセニウム源として使用。

                                                                                              3: 主要な評価項目と測定方法

                                                                                              • ATR-IR: 表面機能化の確認。
                                                                                              • SEM & EDS: 微粒子の構造と元素分布の確認。
                                                                                              • TGA: コバルトセニウム含有量の測定。
                                                                                              • ICP-MS: コバルト含有量の定量分析。
                                                                                              • LSCM: 微粒子の形状と多孔質の確認。
                                                                                              • CV: 電気化学的応答性の測定。
                                                                                              • PXRD: 焼成後の材料の結晶構造の評価。

                                                                                              4: 使用した統計手法

                                                                                              • スペクトルデータの処理には、OPUS 8.5およびOrigin2020bを使用。
                                                                                              • TGAの評価には、Netzsch Proteus Thermal Analysis 8.0.1を使用。
                                                                                              • CVの評価には、EC-Lab V11.46を使用。
                                                                                              • SEMの画像分析には、SmartSEM Version 6.07を使用。

                                                                                              結果

                                                                                              1: ATR-IRによる表面機能化の確認

                                                                                              • APTES修飾された粒子にはν(C-N)の共鳴が見られる。
                                                                                              • コバルトセニウムで機能化された粒子には、ν(PF6) と ν(シクロペンタジエニル) の信号が見られる。
                                                                                              • APTES-コバルトセニウム複合体 (7) の信号と比較して、コバルトセニウムが粒子表面に固定化されたことを確認。
                                                                                              • コバルトセニウムの導入量が増加するにつれて、対応する信号強度が増加する。

                                                                                              2: TGAによるコバルトセニウム含有量の測定

                                                                                              • 350℃以上で炭素構造の分解が確認された。
                                                                                              • コバルトセニウムの導入量が増加すると、質量減少がより多くなる。
                                                                                              • APTESの導入量を増やすと、残渣質量が増加した。
                                                                                              • P-1シリーズでは、コバルトセニウムの導入量増加に伴い、残渣質量が段階的に増加し、約24.5 wt%でプラトーに達した。

                                                                                              3: SEM、EDS、ICP-MSによる微粒子の構造と元素分布の評価

                                                                                              • LSCMによって、微粒子が損傷を受けていないことが確認された。
                                                                                              • SEMによって、多孔質構造と微粒子の完全性が確認された。
                                                                                              • EDSによって、コバルトが均一に分布していることが確認された。
                                                                                              • ICP-MSEDSの結果は、コバルト含有量の増加傾向を示している。

                                                                                              考察

                                                                                              1: 主要な発見

                                                                                              • ワンポット合成法により、多孔質微粒子表面へのコバルトセニウム導入を簡便に実現。
                                                                                              • APTESの量を調整することで、コバルトセニウムの導入量を制御可能。
                                                                                              • 二段階法と比較して、ワンポット法はより簡便で、精製ステップも少ない。
                                                                                              • APTESとコバルトセニウムの比率を変えることで、表面特性を調整可能。

                                                                                              2: 主要な特性

                                                                                              • TGAの結果から、コバルトセニウムの含有量が確認され、APTESの添加量とコバルトセニウムの量との関係性が明らかになった。
                                                                                              • LSCM、SEMにより、多孔質構造が維持されつつ、表面が修飾されていることが確認された。
                                                                                              • EDSとICP-MSにより、コバルトの含有量と分布が分析され、その定量的な関係が確認された。
                                                                                              • CVにより、電気化学的な応答性が確認され、コバルトセニウムの導入量が電気化学特性に影響を与えることが示された。

                                                                                              3: 先行研究との比較

                                                                                              • フェロセンを基にした研究は多いが、コバルトセニウムを多孔質材料に固定化する研究は少ない。
                                                                                              • ワンポット合成は、表面機能化においてより実用的である。
                                                                                              • APTESを用いた機能化は、先行研究でも知られているが、本研究ではコバルトセニウムと組み合わせた点が新しい。
                                                                                              • 本研究は、コバルトセニウムの電気化学的特性を保持したまま、多孔質材料に導入する点において、他の研究とは異なる。

                                                                                              4: 研究の限界点

                                                                                              • CV測定は、電極表面への粒子の付着に依存するため、再現性が乏しい。
                                                                                              • 分散状態での測定が困難であり、実際の応用環境での挙動を完全に反映しているわけではない。
                                                                                              • コバルトセニウムとAPTESの正確な比率の定量は、IRデータだけでは困難である。
                                                                                              • セラミック材料としての応用は、収率が低く限定的である。
                                                                                              • 熱処理後の材料の結晶性が低いことが課題である。

                                                                                              結論

                                                                                              • ワンポット法により、多孔質微粒子へのコバルトセニウム導入に成功。
                                                                                              • コバルトセニウムとAPTESの量を調整することで、表面特性を制御可能。
                                                                                              • 得られた材料は、レドックス活性を示し、電気化学的応答性を調整可能。
                                                                                              • 焼成により、磁性を示す多孔質セラミック材料に変換可能。

                                                                                              将来の展望

                                                                                                • 本研究は、触媒や分析応用における、新たな機能性材料の開発に貢献する。

                                                                                                TAKE HOME QUIZ

                                                                                                1. 研究の目的と方法に関する質問

                                                                                                  • メタロセンとは、どのような化合物ですか?
                                                                                                    • (a) 金属と有機配位子が結合した化合物
                                                                                                    • (b) 金属のみで構成される化合物
                                                                                                    • (c) 有機物のみで構成される化合物
                                                                                                  • フェロセンコバルトセニウムの主な違いは何ですか?
                                                                                                    • (a) フェロセンは常に電荷を持ち、コバルトセニウムは中性である。
                                                                                                    • (b) コバルトセニウムは常に電荷を持った状態が安定で、フェロセンのカチオン状態は不安定である。
                                                                                                    • (c) 両者に違いはない。

                                                                                                  2. 研究の目的と方法に関する質問

                                                                                                  • この研究の主な目的は何ですか?
                                                                                                    • (a) フェロセンを多孔質基質に導入すること。
                                                                                                    • (b) ワンポット反応による、多孔質微粒子表面へのコバルトセニウム導入の簡便な手法を開発すること。
                                                                                                    • (c) コバルトセニウムの新しい合成法を開発すること。
                                                                                                  • この研究で用いられた2つの機能化戦略は何ですか?
                                                                                                    • (a) APTESを先に結合させる2段階法と、APTES-コバルトセニウムを直接導入するワンポット法。
                                                                                                    • (b) 異なる溶媒のみを用いた2つの方法。
                                                                                                    • (c) 熱処理の有無による2つの方法。

                                                                                                  3. 結果と考察に関する質問

                                                                                                  • ATR-IRの結果から何がわかりましたか?
                                                                                                    • (a) コバルトセニウムは存在しない。
                                                                                                    • (b) コバルトセニウムが粒子表面に固定化されたことを確認した。
                                                                                                    • (c) APTESは存在しない。
                                                                                                  • SEM、EDS、ICP-MSの結果から何がわかりましたか?
                                                                                                    • (a) 粒子は破壊された。
                                                                                                    • (b) コバルトが均一に分布しており、含有量を定量的に分析した。
                                                                                                    • (c) 多孔質構造は失われた。
                                                                                                  • 熱処理後の材料は何を示すことが分かりましたか?
                                                                                                    • (a) 磁性を示す多孔質セラミック材料に変換可能。
                                                                                                    • (b) 磁性を示さないセラミック材料に変換可能。
                                                                                                    • (c) セラミック材料に変換不可能。
                                                                                                  • この研究の限界点は何ですか?
                                                                                                    • (a) CV測定の再現性の難しさ、分散状態での測定困難、セラミック材料としての応用収率の低さなど。
                                                                                                    • (b) 特に限界点はない。
                                                                                                    • (c) 分析手法が不足している。

                                                                                                  解答

                                                                                                  1. (a), (b)
                                                                                                  2. (b), (a)
                                                                                                  3. (b), (b),(a), (a)


                                                                                                  2025年4月5日土曜日

                                                                                                  Catch Key Points of a Paper ~0231~

                                                                                                  論文のタイトル: Hyperstable alkenes: are they remarkably unreactive?(超安定アルケン:それらは著しく非反応性なのか?)

                                                                                                  著者: HMatthew D. Summersgill, Lawrence R. Gahan, Sharon Chow, Gregory K. Pierens, Paul V. Bernhardt, Elizabeth H. Krenske, and Craig M. Williams*
                                                                                                  雑誌名: Chemical Science
                                                                                                  巻: Volume15, Issue46, 19299-19306
                                                                                                  出版年: 2024
                                                                                                  DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc06697a

                                                                                                  背景

                                                                                                  1: 研究の背景

                                                                                                  • 1980年代初頭、MaierとSchleyerはケージ型二環式アルケン(オレフィン)を「超安定」と提唱。
                                                                                                  • これらのアルケンは、理論的に「著しく非反応性」と予測された。
                                                                                                  • 当時、抗がん剤タキソールのような天然物にもケージ型アルケンが含まれており、二重結合の安定性を理解する重要性があった。
                                                                                                  • 超安定アルケンの定義を明確化する必要性が指摘されていた。

                                                                                                  2: 未解決の問題点と研究の目的

                                                                                                  • 理論的に予測された超安定アルケンの合成が困難で、その特性を十分に検証できていなかった。
                                                                                                  • 過去に合成された例はごくわずかであり、予測された安定性と反応性の関係が不明確だった。
                                                                                                  • 本研究の目的は、新たな超安定アルケンを合成し、その反応性を詳細に調査すること。

                                                                                                  3: 期待される成果

                                                                                                  • 効率的な合成法を開発し、複数の超安定アルケンを合成する。
                                                                                                  • 合成した超安定アルケンの水素化反応に対する抵抗性を評価する。
                                                                                                  • 様々な酸化剤に対する反応性を調べ、「超安定」の定義を再検討する。
                                                                                                  • 計算化学的アプローチにより、実験結果を裏付け、より深い理解を得る。

                                                                                                  方法

                                                                                                  1: 

                                                                                                  研究デザインの概要
                                                                                                  • Brown–Mattesonホモロゲーション法を最適化し、ケージ型二環式アルケンを合成。
                                                                                                  • ワンポット合成法を用いることで、効率的な合成を実現。
                                                                                                  • 合成したアルケンの特性を評価するために、水素化反応、酸化反応を実施。
                                                                                                  • 密度汎関数理論(DFT)計算を行い、アルケンの安定性と反応性を理論的に検証。

                                                                                                  2: 

                                                                                                  対象となる化合物と合成
                                                                                                  • シクロオクタジエンを出発物質とし、ボラシクランを中間体として用いて環拡大を行う。
                                                                                                  • ブロモメチルリチウムを反応試薬として使用。
                                                                                                  • ジクロロメチルリチウムを用いて、炭素骨格の形成とホウ素原子の除去。
                                                                                                  • 得られたアルコールを脱水し、対応するアルケンを得る。

                                                                                                  3: 

                                                                                                  主要な評価項目と測定方法
                                                                                                  • 水素化反応: パラジウム炭素触媒(Pd/C)と白金酸化物触媒(PtO2)を用いて、様々な条件下で水素化反応を実施。
                                                                                                  • 酸化反応: 四酸化オスミウム(OsO4)、メタクロロ過安息香酸(mCPBA)、ジメチルジオキシラン(DMDO)を用いて酸化反応を実施。
                                                                                                  • 核磁気共鳴分光法(NMR)とガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS): 反応の追跡と生成物の構造決定。
                                                                                                  • X線結晶構造解析: 生成物の結晶構造を決定。

                                                                                                  4: 

                                                                                                  計算化学的手法
                                                                                                  • M06-2X/def2-TZVPPレベルのDFT計算を用いて、アルケンの安定性と反応性を評価。
                                                                                                  • 水素化の自由エネルギー(ΔGhydrog)を計算し、アルケンの水素化反応に対する耐性を評価。
                                                                                                  • オレフィンひずみエネルギー(OSE)を計算し、水素化エネルギーとの相関性を確認。

                                                                                                  結果

                                                                                                  1: 

                                                                                                  合成された新たな超安定アルケン
                                                                                                  • bicyclo[5.3.3]tridec-1-ene (10)、bicyclo[4.3.3]dodec-1-ene (13)、およびE-bicyclo[4.4.3]tridec-1-ene (6) など、複数の超安定アルケンを合成。
                                                                                                  • bicyclo[4.3.3]dodec-6-ene (25)も合成され、より安定な異性体であることが示された。
                                                                                                  • 合成法は、ワンポットで効率的であることが示された。

                                                                                                  2: 

                                                                                                  水素化反応の結果
                                                                                                  • 合成された超安定アルケン(10, 6)は、通常の条件下では水素化されなかった
                                                                                                  • より過酷な条件下(PtO2/H2、50 psi)でも水素化への抵抗性を示した。
                                                                                                  • 過去に合成された超安定アルケンと比較して、水素化に対する抵抗性が非常に高いことが判明。
                                                                                                  • bicyclo[4.3.3]dodec-6-ene (25)は、より過酷な条件下で僅かながら水素化された。

                                                                                                  3: 

                                                                                                  酸化反応の結果
                                                                                                  • 合成された超安定アルケンは、オスミウムテトロキシド(OsO4TMEDAを用いた反応により、対応するオスメートエステルを生成。
                                                                                                  • mCPBAやDMDOを用いて、対応するエポキシドを生成。
                                                                                                  • 超安定アルケンは、酸化反応に対して抵抗性がないことが示された。

                                                                                                  考察

                                                                                                  1: 

                                                                                                  主要な発見
                                                                                                  • 計算化学的結果実験結果が一致し、超安定アルケンの水素化に対する抵抗性が確認。
                                                                                                  • OSEとΔGhydrogの間に線形相関が見られた。
                                                                                                  • 超安定アルケンの「超安定」は、水素化への抵抗性に限定されることが示唆された。

                                                                                                  2: 

                                                                                                  反応性の考察
                                                                                                  • 超安定アルケンは、酸化反応に対しては通常のアルケンと同様に反応することが判明。
                                                                                                  • 以前の定義である「超安定」は、水素化に対する抵抗性を意味するにすぎないと結論付けられた。
                                                                                                  • これらのアルケンが持つ独特なケージ構造が安定性に寄与していると考えられる。

                                                                                                  3: 

                                                                                                  先行研究との比較
                                                                                                  • 過去に報告された超安定アルケンの水素化条件と比較して、本研究で合成されたアルケンはより強い抵抗性を示した。
                                                                                                  • 以前の研究における理論的予測と、今回の実験的結果が一致していることが確認された。
                                                                                                  • 天然物においても、ケージ構造を持つアルケンが報告されており、その安定性について理解が深まった。

                                                                                                  4: 

                                                                                                  研究の限界点
                                                                                                  • 水素化反応のメカニズムについては、異なる触媒や溶媒の影響を考慮する必要がある。
                                                                                                  • 計算化学的アプローチは、熱力学的なエネルギーのみを扱っており、反応の障壁の高さについては言及していない。
                                                                                                  • 実験的に水素化反応の速度を測定するのが困難であり、計算値で代用した。

                                                                                                  5: 

                                                                                                  反応経路の補足
                                                                                                  • ホモロゲーション反応における環拡大の制御が難しい場合がある。
                                                                                                  • 反応条件によって、過剰ホモロゲーション炭素-ホウ素結合の転位が起こりうる。
                                                                                                  • 脱離反応でアルケンを生成する際に、より安定な異性体に変化することがある。

                                                                                                  結論

                                                                                                    • 新たな超安定アルケンの合成に成功し、その特性を詳細に評価した。
                                                                                                    • **「超安定」**という用語は、水素化反応に対する抵抗性に限定されることが明確になった。
                                                                                                    • 酸化反応に対しては、他のアルケンと同様に反応性があることがわかった。
                                                                                                    • 計算化学が、超安定アルケンの安定性と反応性の理解に役立つことが示された。

                                                                                                    将来の展望

                                                                                                          • 今後の研究では、水素化反応のメカニズム他の反応における反応性についてさらに詳細な研究が求められる。

                                                                                                          TAKE HOME QUIZ

                                                                                                          1. 本研究で合成された超安定アルケンが、水素化反応に対して抵抗性を示す主な理由は何ですか?

                                                                                                            • a) 立体障害
                                                                                                            • b) π結合の強さ
                                                                                                            • c) ケージ構造による特別な安定性
                                                                                                            • d) 電子的な安定性
                                                                                                          2. 本研究で使用された主な合成手法は何ですか?

                                                                                                            • a) Grignard反応
                                                                                                            • b) Diels–Alder反応
                                                                                                            • c) Brown–Matteson ホモロゲーション法
                                                                                                            • d) Wittig反応
                                                                                                          3. DFT計算によって評価された、アルケンの安定性を表す指標は何ですか?

                                                                                                            • a) オレフィンひずみエネルギー(OSE)
                                                                                                            • b) 水素化の自由エネルギー(ΔGhydrog
                                                                                                            • c) 分子量
                                                                                                            • d) 沸点

                                                                                                          記述問題

                                                                                                          1. 本研究における「超安定アルケン」の定義を、実験結果に基づいて説明してください。
                                                                                                          2. 本研究で合成された超安定アルケンの中で、特に水素化に対する抵抗性が高いものはどれですか?
                                                                                                          3. 本研究で用いられた「ワンポット合成」とはどのような合成法ですか?

                                                                                                          解答

                                                                                                          選択問題

                                                                                                          1. c
                                                                                                          2. c
                                                                                                          3. b

                                                                                                          記述問題

                                                                                                          1. 本研究では、「超安定アルケン」とは、水素化反応に対して高い抵抗性を持つアルケンと定義されました。以前の研究では、理論的な予測に基づいて「著しく非反応性」とされていましたが、本研究の結果から、酸化反応など他の反応に対しては通常のアルケンと同様に反応することが明らかになりました。したがって、「超安定」という用語は、水素化反応に対する抵抗性を指すに過ぎません。
                                                                                                          2. 本研究で合成された超安定アルケンのうち、特に水素化に対する抵抗性が高いのは、bicyclo[5.3.3]tridec-1-ene (10)とE-bicyclo[4.4.3]tridec-1-ene (6)です。これらのアルケンは、白金酸化物触媒を用いた加圧条件下でも水素化されませんでした。
                                                                                                          3. ワンポット合成とは、反応容器内で複数の反応を連続して行う合成法です。本研究では、シクロオクタジエンから出発し、ボラシクランを経由して超安定アルケンを合成する過程を、一つの容器内で連続して行いました。この手法により、反応中間体を単離する必要がなくなり、効率的な合成が可能になります。