Dr. Indrajit Ghoshのグループが光触媒に興味のあるポスドク募集中

2025年9月13日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0250~

論文のタイトル: Electron Transfer Theory Elucidates the Hidden Role Played by Triethylamine and Triethanolamine during Photocatalysis(光触媒反応におけるトリエチルアミンとトリエタノールアミンの隠れた役割を解明する電子移動理論)

著者: Cody R. Carr,* Michael A. Vrionides, Ilya S. Sosulin, Aliaksandra Lisouskaya, Mehmed Z. Ertem,* and David C. Grills*

雑誌名: Journal of the American Chemical Society 

巻: ASAP
出版年: 2025
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.5c09982

背景

1: 研究の背景

  • 光触媒反応において、トリエチルアミン(TEA)およびトリエタノールアミン(TEOA)は、犠牲電子供与体(SED)として広く利用されています。
  • これらのアミンは、光吸収分子(光レドックス触媒または光増感剤)の励起状態を還元的にクエンチする役割を担います。
  • クエンチングにより供給された電子は、直接基質へ、あるいは共触媒を介して基質を活性化するために利用されます。
  • TEOAは、電子貯蔵庫としてだけでなく、電荷分離中間体の安定化にも寄与し、反応の選択性向上に貢献することもあります。
  • これらのアミンの利用は水素発生やCO2還元など、多岐にわたる光触媒システムで実績があります。

2: 未解決の問題点

  • TE(O)Aの1電子酸化により生成する窒素中心ラジカルカチオン(TE(O)A•+)は、プロトン移動や水素原子移動を経て、α-炭素中心ラジカル(TE(O)Aを形成します。
  • このTE(O)Aラジカルは、多くの光触媒を還元できる化学還元剤であることが古くから知られていました。
  • しかし、TE(O)A基本的な熱力学的・速度論的量については、特に一般的な溶媒であるアセトニトリル(CH3CN)中で不明確な点が多く残されていました。
  • このため、光触媒メカニズムにおけるTE(O)Aの具体的な関与は、しばしば十分に定義されていませんでした。

3: 研究の目的

  • 本研究は、光触媒反応における犠牲電子供与体であるTE(O)Aが果たす、これまで見過ごされがちであった「二次的な」機能を明確にすることを目的としました。
  • 具体的には、TE(O)Aと光触媒間の自由エネルギー交換に依存する「1光子/2電子変換プロセス」の可能性を合理化することを目指しました。
  • パルスラジオリシス(PR)と理論計算を組み合わせることで、TEAから一連のレニウムベースの自己増感光触媒への二分子電子移動反応を詳細に探求しました。
  • CH3CN中におけるTEA+およびTEOA+還元電位を正確に定量し、触媒活性状態の光触媒に対するベンチマークを設定しました。

方法

1: 研究デザインの概要

    • 本研究では、電子移動理論、電気化学測定、分光法、そして密度汎関数理論(DFT)計算を統合した多角的なアプローチを採用しました。
    • 特に、パルスラジオリシス(PR)を主要な実験手法として用い、生成したラジカルアニオンやTEAの反応性を時間分解吸収分光法で観察しました。
    • 様々な電子供与性および電子求引性基を持つレニウムベース錯体(1-8)を電子受容体として使用し、電子移動の駆動力(ΔG°)を1.43 Vの範囲で系統的に変化させました。
    • このアプローチにより、電子移動速度定数と駆動力の関係を広範囲にわたって測定し、Marcus理論を用いて分析しました。

    2: 対象物質の調製と生成

    • 電子受容体としては、配位子置換されたレニウム錯体、[ReCl(R1R2-bpy)(CO)3](錯体1-8)を使用しました。
    • これらの錯体は、CO2からCOへの触媒還元で知られ、触媒活性状態への還元電位の幅を広げるために設計されました。
    • 電子供与体としては、TEAおよびTEOAα-炭素中心ラジカルを研究対象としました。
    • TE(O)Aラジカルは、主にパルスラジオリシス(PR)を用いて、溶媒ラジカルがTE(O)Aによって捕捉されることで迅速に生成させました。
    • また、光化学的手法(レーザーフラッシュ光分解)もTE(O)A生成のために用いられました。

    3: 主要な評価項目と測定方法

    • レニウム錯体1-81電子還元電位(E1/2は、主にサイクリックボルタンメトリー(CV)により測定しました。
    • 錯体1のようにCVで不可逆的な挙動を示すものについては、PRによる平衡測定を用いて還元電位を決定しました。
    • TEAからレニウム錯体への二分子電子移動速度定数(kは、PRと過渡吸収分光法を組み合わせて測定しました。
    • TE(O)Aラジカルの形成は、スピン捕捉剤2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン(3tBNB)を用いた電子常磁性共鳴(EPR)分光法により確認・実証されました。
    • TEAの還元電位は、実験的に得られた速度定数と自由エネルギーの相関、電子移動理論、および密度汎関数理論(DFT)計算から導出されました。

    4: 使用した理論・計算手法

    • TEAとレニウム触媒間の電子移動速度定数(kETを記述するために、Marcus理論の正規領域と拡散律速領域を組み合わせたモデルを使用しました。
    • 特に、拡散律速の限界を記述するためにDebye-Smoluchowskiモデルが適用されました。
    • 電子移動の駆動力(ΔG°)は、M06-2XレベルのDFT計算とCPCM連続体溶媒和モデルを用いて理論的に計算されました。
    • 電子移動の再配列エネルギー(λは、4点スキームと二球モデルを用いて、分子内および溶媒再配列の両方を考慮して推定されました。
    • さらに、より精密なλ値の予測のため、明示的な溶媒分子を含むモデルシステムを用いた分子動力学シミュレーションとDFT計算も実施されました。

    結果

    1: 電子受容体の電気化学的・分光学的特性

    • サイクリックボルタンメトリー(CV)により、レニウム錯体1-8の1電子還元電位は、1.43 Vの広い範囲にわたることが示されました。
    • 錯体2-8は可逆的なレドックス挙動を示しましたが、強力な電子供与基を持つ錯体1は不可逆的でした。
    • 錯体1の正確な還元電位は、PRを用いた平衡測定により−2.214 V vs Fc+/0とと決定されました。
    • PRおよび分光電気化学(SEC)によって測定された、還元された光触媒(1−8)•−のUV-Vis過渡吸収スペクトルは非常に良く一致し、その分光学的特性が確立されました [Figure 4]。
    • CH3CN中における錯体2-8、Fc、TEAの拡散係数(D)は分子量に比例し、既報の傾向と一致しました [Figure 2C]。

    2: TE(O)Aラジカルの形成確認

    • 光分解実験において、3tBNBを用いることで、α-炭素中心ラジカルTE(O)Aの形成が電子常磁性共鳴(EPR)分光法により明確に確認されました。
    • 光増感剤ベンゾフェノン(BP)と3tBNB、TEAを含む溶液を可視光照射すると、(N)O−C型のスピン付加物に一致するEPRスペクトルが得られました [Figure 5C]。
    • BP非存在下では、3tBNB自身が光増感剤として機能し、N(O)−C型の付加物を生成することが示されました [Figure 5C]。
    • TEOAについても同様のラジカル-3tBNB付加生成物が検出されましたが、TEOAの粘性が高いためか、スペクトルに有意な広がりが観察されました [Figure S11]。

    3: 電子移動速度定数とTE(O)Aのレドックス電位

    • TEAからレニウム触媒2-8への二分子電子移動速度定数(kは、広範囲の駆動力をカバーし、Marcus理論の予測曲線と良好に一致しました [Figure 6C]。
    • 特に、還元電位がより負の触媒(5および8)との電子移動は拡散律速であり、速度定数はk ≈ kdiff = 9.8 × 109 M−1 s−1に達しました。
    • Marcus理論のフィッティングとDFT計算を組み合わせることで、CH3CN中におけるTEA+の平衡還元電位は−1.98 ± 0.08 V vs Fc+/0と精度良く決定されました。
    • TEOAの還元電位はTEAよりも0.22 V正であり、−1.76 V vs Fc+/0と決定されました。
    • これらの値は、一般的な光触媒条件下で、TE(O)A強力な還元駆動力を持つことを示しています。

    考察

    1: TE(O)Aの隠れた還元機能

    • 本研究の最も重要な発見は、犠牲電子供与体であるTE(O)Aから生成されるα-炭素中心ラジカルTE(O)Aが、強力な均一系化学還元剤であることを明確に示した点です。
    • これは、TE(O)Aが単に光触媒の励起状態をクエンチするだけでなく、より還元された「触媒活性」な基底状態の光触媒をも効果的に還元しうることを意味します。
    • この二次的な還元ステップは、多くの光触媒システムにおいてしばしば見過ごされてきた機能であり、光触媒反応メカニズムのより包括的な理解に繋がります。
    • 例えば、CO2還元触媒であるReCl(bpy)CO3の場合、TE(O)Aが追加の電子を供給することで、より高速な触媒形態の形成に寄与する可能性が示唆されています。

    2: 1光子/2電子変換プロセスの合理化

    • 本研究で定量されたTEA(−1.98 V)およびTEOA(−1.76 V)の還元電位は、代表的な光触媒の活性状態の電位(例:[Ir(ppy)2(dtbbpy)]+や[Ru(bpy)3]2+)と比較して、十分な還元駆動力を提供することが示されました。
    • これは、TE(O)Aが光触媒の励起状態をクエンチした後、生成したTE(O)Aがさらに別の電子を触媒に供与することで、見かけ上1つの光子で2つの電子を触媒システムに注入するプロセスを可能にする、という概念を合理化します。
    • このTE(O)Aによる還元ステップは、触媒の回転頻度よりも数桁速い速度で進行しうるため、光触媒反応の全体の効率と収率に大きく貢献する可能性があります。
    • このような「隠れた」二次還元ステップは、光レドックス反応の化学選択性にも影響を与えることが先行研究で示唆されています。

    3: 先行研究との比較と知見の更新

    • 本研究で決定されたCH3CN中でのTEAの還元電位(−1.98 V vs Fc+/0)は、過去の推定値(−1.9~−2.0 V)と概ね一致しています。
    • しかし、以前のいくつかの報告とは異なり、本研究ではTEAがTEOAよりも約0.2 V強力な還元剤であることが明確に示されました。
    • Kutalらの報告ではTEAがReBr(bpy)CO3を還元できないとされていましたが、我々のレーザーフラッシュ光分解およびパルスラジオリシスデータを組み合わせた最近の研究では、TEAとTEOAの両方がReCl(bpy)CO3を還元できることが示されました。
    • Waynerらの研究によるTEA+還元電位(−1.50 V)とも異なる結果であり、本研究は、CH3CN溶媒中でのTE(O)Aの熱力学的・速度論的量の長年の曖昧さを解消するものです。

    4: 再配列エネルギーと反応機構

    • TEAとレニウム錯体4間の再配列エネルギーは0.8〜1.3 eVと測定され、これはTE(O)Aが多くの一般的な金属中心光増感剤を容易に還元できることを示唆しています。
    • この再配列エネルギー値は、電子移動速度と効率を理解する上で重要なパラメータです。
    • 本研究では、Marcus理論のパラメータ(λ = 0.8 eV、|Hab| = 77 cm−1)を用いて、駆動力に依存する電子移動速度を記述することに成功しました [Figure 6C]。
    • この知見は、光触媒におけるリガンド修飾が、拡散挙動、反応半径、再配列エネルギー、および電子的結合に最小限の摂動しか与えないことを実証しています。
    • これにより、広範囲の駆動力にわたる電子移動挙動を系統的に調査する「Hammettアプローチ」の有効性が示されました。

    5: 研究の限界点

    • Marcus理論のフィッティングにおいて、TEA+の還元電位は±0.1 V程度の変動を許容しており、より多様な還元電位を持つ触媒セットがあれば、フィッティングの精度をさらに向上できる可能性があります。
    • DFT計算による再配列エネルギー(λ)の初期推定値(1.54〜1.66 eV)は、Marcusフィッティングで採用されたλ値(0.8 eV)よりも有意に高い値を示しました。
    • 計算された溶媒再配列エネルギー(λs)は、二球モデルにおける電子供与体と受容体間の推定距離Rに大きく依存し、広い範囲(0.14〜1.09 eV)を示しました。
    • 明示的な溶媒分子を組み込んだモデルシステムを用いた計算では、平均再配列エネルギーは1.36〜1.35 eVとなり、単純な連続体モデルよりも高い値となりましたが、モデル構築の複雑性が課題です。

    結論

    • 本研究は、犠牲電子供与体であるTE(O)Aが、光触媒反応において、励起状態のクエンチングに加えてα-炭素中心ラジカルTE(O)Aを介した強力な「隠れた」二次還元剤として機能することを解明しました。
    • CH3CN溶媒中において、TEA•およびTEOAの還元電位をFc+/0に対してそれぞれ−1.98 Vおよび−1.76 Vと正確に定量しました。
    • これらの知見は、TE(O)Aを用いる光触媒システムにおける「1光子/2電子変換プロセス」の可能性を合理化し、光触媒メカニズムの理解を深める重要な貢献です。
    • TE(O)Aの強力な還元能と比較的低い再配列エネルギーは、多くの金属中心光増感剤を効率的に還元し、触媒活性を向上させる可能性を示唆しています。

    将来の展望

                                  • これらの新しい知見は、将来の光触媒システムの設計と最適化において、TE(O)Aの効果的な利用法を再考するための貴重な指針を提供します。

                                  TAKE HOME QUIZ

                                  質問1: TEA および TEOA が犠牲電子供与体 (SED) として光触媒作用において果たす最も一般的な機能は何ですか? 

                                  a) 電荷分離中間体を安定化させること。 

                                  b) 光吸収分子の励起状態を還元的に消光すること。 

                                  c) 基質を直接活性化すること。 

                                  d) 助触媒として機能すること。

                                  質問2: TEA•+ および TEOA•+ ラジカルカチオンから、α-炭素中心ラジカルである TEA および TEOA が形成されるプロセスを説明してください。

                                  質問3: この研究において、電子受容体 (ReCl(R1R2-bpy)(CO)3 錯体) の特性評価および TEA の電子移動速度定数とレドックス電位の決定に主に用いられた実験手法を少なくとも3つ挙げてください。

                                  質問4: この研究で明らかにされた、TEA や TEOA のような犠牲電子供与体が光触媒作用中に持つ「隠れた役割」とは具体的にどのようなものですか?

                                  質問5: 研究者たちは、電子供与体である TE(O)A の形成をどのようにして確認しましたか? 

                                  a) 直接その吸収スペクトルを測定することによって。 

                                  b) 2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン (3tBNB) との反応をスピン捕獲EPR分光法を用いて観察することによって。 

                                  c) サイクリックボルタンメトリーを用いてその酸化電位を測定することによって。 

                                  d) その蛍光消光を観察することによって。

                                  質問6: 本研究では、配位子置換されたレニウムベースの錯体 (1-8) が用いられました。bipyridyl 配位子上の異なる R1 および R2 基でこれらの錯体を調節する目的は何でしたか?


                                  解答

                                  1: b) 光吸収分子の励起状態を還元的に消光すること 犠牲電子供与体 (SED) の最も一般的な機能は、光吸収分子の励起状態を還元的に消光し、余分な電子を直接基質へ、または基質を活性化する助触媒へ送ることであると述べられています。

                                  2: TEA•+ および TEOA•+ ラジカルカチオンの一電子酸化により、隣接するα-炭素の C−H 結合の酸性度が著しく増加します。これにより、TE(O)A•+ はプロトン転移 (PT経路) または水素原子転移 (HAT経路) を介して、TE(O)A 分子と迅速に反応します。この反応の結果、TE(O)AH+ と、窒素中心に隣接するα-炭素中心ラジカルである TE(O)A がそれぞれ1当量ずつ生成されます。

                                  3: 主に以下の実験手法が用いられました。

                                  • サイクリックボルタンメトリー (CV): 電子受容体である ReCl(R1R2-bpy)(CO)3 錯体 (1-8) の電気化学的特性評価に用いられました。
                                  • パルス放射線分解 (PR): 電子受容体 (特に錯体1) の平衡レドックス電位を決定し、TE(O)A の反応性を観察するために用いられました。
                                  • スピン捕獲電子常磁性共鳴 (EPR) 分光法: 電子供与体である TE(O)A ラジカルの形成を立証するために用いられました。
                                  • 過渡吸収分光法: PR実験でラジカルアニオンのその後の反応性をプローブするために用いられました。

                                  4: 犠牲電子供与体である TE(O)A の「隠れた役割」は、光触媒作用中に発生する TE(O)A と呼ばれる一時的なラジカルが、強力な均一系化学還元剤として機能し、光触媒をさらに還元することです。これにより、電子受容体の相対的なレドックス電位に応じて、正味の一光子・二電子変換プロセスが可能になることが明らかにされました。

                                  5: b) 2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン (3tBNB) との反応をスピン捕獲EPR分光法を用いて観察することによって。 研究者たちは、TE(O)A の形成をさらに裏付けるために、光化学的手法を用いて感光剤とスピン捕獲剤の存在下で連続光分解を行い、得られた EPR スペクトルを測定しました。3tBNB は α-炭素中心ラジカルと反応し、新しい EPR 活性な O-中心または N-中心ラジカルスピン付加物を生成することが示されました。

                                  6: レニウムベースの錯体 (1-8) の配位子に異なる R1 および R2 基を導入する目的は、電子移動の駆動力の範囲を 1.43 V にわたって調整し、較正することでした。これにより、電子移動の駆動力に対する速度定数の依存性をリレーするプローブ分子として機能させました。この方法は、CH3CN中での溶解度を維持しながら、拡散挙動、反応半径、再配列エネルギー、および電子結合への摂動を最小限に抑えることができました。

                                  2025年9月6日土曜日

                                  Catch Key Points of a Paper ~0249~

                                  論文のタイトル: Probing the alkylidene carbene–strained alkyne equilibrium in polycyclic systems via the Fritsch–Buttenberg–Wiechell rearrangement(多環系におけるアルキリデンカルベンと歪みアルキンの平衡のFritsch–Buttenberg–Wiechell転位による解析)

                                  著者: T. E. Anderson, Dasan M. Thamattoor,* David Lee Phillips*

                                  雑誌名: Nature Communications
                                  巻: Volume 15, pages 8313
                                  出版年: 2024
                                  DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-024-52390-7

                                  背景

                                  1: 既存の知見と研究の重要性

                                  • 歪み環状アルキンは、高い反応性と複雑な骨格を形成する能力から、合成化学において価値のあるビルディングブロックです。
                                  • これらは、理想的な線形幾何学からの逸脱を伴うため、化学結合の歪みの限界を探る上で理論的・実践的に重要です。
                                  • アルキリデンカルベンは、Fritsch–Buttenberg–Wiechell (FBW) 転位を介して歪み環状アルキンを形成する経路を提供します。
                                  • FBW転位は、他の方法では生成が困難な高反応性で幾何学的に歪んだ環状アルキンへのアクセスを可能にします。
                                  • 多くの歪みアルキンは室温で不安定な中間体であり、その形成は様々な捕捉剤との反応によって推測されてきました。

                                  2: 未解決の問題点と研究のギャップ

                                  • FBW転位によるアルキン生成は、一般的にアルキンを優先する熱力学的平衡に依存すると考えられてきました。
                                  • しかし、多くの多環系アルキンにおける追加の幾何学的制約は、平衡をカルベン側に傾ける可能性があります。
                                  • このような場合、歪みアルキンの直接合成でさえ、逆1,2-転位(Roger Brown転位)によりアルキリデンカルベンへの転位を引き起こす可能性があります。
                                  • 過去に、アルキリデンカルベンのFBW転位を介した多環系アルキン(例えば5および7)の検出が試みられましたが、両化学種の相対的安定性の不利な差が原因で失敗していました。
                                  • アルキリデンカルベノイド種の使用、反応温度、捕捉剤の種類など、多くの実験的要因が中間体の熱力学的安定性の解釈を複雑にする可能性があります。

                                  3: 研究の目的と期待される成果

                                  • 本研究は、以前は熱力学的に到達不可能と考えられていた3つの高歪み多環系アルキン(bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10)、pentacyclo[5.5.0.04,11.05,9.08,12]dodec-2-yne (13)、pentacyclo[6.4.0.03,7.04,12.06,11]dodec-9-yne (6))を穏やかな条件下で生成します。
                                  • これらのアルキンは、ジエン捕捉剤を用いたディールス・アルダー環化付加によって捕捉されます。
                                  • また、異なる捕捉剤を使用することでアルキリデンカルベンの捕捉も試み、これにより外環式アルキリデンカルベンとその環状アルキンFBW転位生成物の両方が捕捉された初の事例を提供します。
                                  • 捕捉剤の選択が反応結果に決定的な影響を与え、カルベンまたはアルキンのいずれかを捕捉できることが期待され、計算実験によって予測されます。
                                  • 本研究は、不安定な中間体の捕捉において、熱力学的な関係性が必ずしも制限ではないことを実証することを目指します。

                                  方法

                                  1: 研究デザインの概要

                                  • 本研究は、遊離アルキリデンカルベンの光分解的生成アプローチを採用しており、穏やかな条件下および室温で進行します。
                                  • この方法は、アルキリデンカルベノイドの特徴である代替反応経路を避けることを可能にします。
                                  • 計算研究(DLPNO-CCSD(T)/CPCM(benzene)/def2-TZVPP//M06/CPCM(benzene)/def2-TZVPレベルの理論)により、反応経路のエネルギー面、活性化エネルギー、および中間体の相対的安定性を予測しました。
                                  • ターゲットアルキン(10, 13, 6)および対応するカルベン(9, 12, 5)の前駆体22, 29, 50)の有機合成が実施されました。
                                  • これらの前駆体を介して生成した中間体の捕捉研究が行われ、ジエン捕捉剤(16)とシクロヘキセン(35)が使用されました。

                                  2: 主要な試薬と中間体

                                  • 生成された歪み多環系アルキン: bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10), pentacyclo[5.5.0.04,11.05,9.08,12]dodec-2-yne (13), pentacyclo[6.4.0.03,7.04,12.06,11]dodec-9-yne (6)。
                                  • 対応するアルキリデンカルベン: 7-norbornylidene carbene (9), 8-pentacyclo[5.4.0.02,6.03,10.05,9]undecylidene carbene (12), および 2-pentacyclo[6.3.0.03,7.04,11.06,10]undecylidene carbene (5)。
                                  • 捕捉剤:
                                    • 2,5-ビス(メトキシカルボニル)−3,4-ジフェニルシクロペンタジエノン (16): ディールス・アルダー環化付加によりアルキンを優先的に捕捉すると予想。
                                    • シクロヘキセン (35): カルベンとアルキンの両方を捕捉可能と予想。
                                  • 合成されたアルキリデンカルベン前駆体: 22, 29, 50

                                  3: 主要な評価項目と測定方法

                                  • アルキンおよびカルベンの検出: 特定の捕捉剤との反応生成物を分析することで間接的に検出。
                                  • 反応生成物の構造決定:
                                    • X線結晶構造解析により、主要な付加体(11, 37, 40)の構造が確認されました。
                                    • 1H NMR分光法により、未精製反応混合物中の生成物収率、未反応のジエン、および主要な生成物の同定が行われました。
                                    • GC/MS分析により、一部の生成物(例:付加体39)の同定が行われました。
                                  • エネルギーおよび活性化エネルギーの計算: DLPNO-CCSD(T)/CPCM(benzene)/def2-TZVPP//M06/CPCM(benzene)/def2-TZVPレベルの理論を使用し、FBW転位の活性化エネルギーおよび中間体の相対的安定性を評価しました。
                                  • 歪みエネルギーの計算: 化合物10および13の三重結合における歪みエネルギーが算出されました。

                                  4: 実験条件と分析手法

                                  • 光分解実験: Newport 200W Xe-Hgアークランプ(280–400 nm)を使用し、石英製容器中でアルゴン雰囲気下、ベンゼンまたはシクロヘキセン中で実施されました。
                                  • 反応時間: 前駆体が消費されるまで、4時間から16時間の範囲で照射が行われました。
                                  • 生成物の精製: フラッシュカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、硝酸銀処理シリカゲル)が用いられました。
                                  • 化合物の特性評価: 合成された化合物および反応生成物は、1H NMR, 13C NMR, 高分解能質量分析 (HRMS) (ESI), 赤外分光法 (IR) (ATR) によって詳細に特性評価されました。

                                  結果

                                  1: アルキン10と13のジエン16による生成と捕捉

                                  • bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10)は、前駆体22の光分解後に生成され、シクロペンタジエノン16によって捕捉され、付加体11が32%の単離収率で得られました。
                                    • 計算予測では、アルキン10は対応するカルベン9より1.0 kcal/mol安定であり、FBW転位の活性化エネルギーは8.4 kcal/molでした。
                                  • pentacyclo[5.5.0.04,11.05,9.08,12]dodec-2-yne (13)は、前駆体29の光分解後に生成され、ジエン16によって捕捉され、付加体14が10%の単離収率で得られました。
                                    • 計算予測では、アルキン13は対応するカルベン12より2.4 kcal/mol安定であり、FBW転位の活性化エネルギーは10.1 kcal/molでした。
                                  • 反応混合物中には、異性化生成物32および51や二量化生成物(アレン31)も検出され、代替反応経路の存在が示唆されました。

                                  2: カルベン9と12のシクロヘキセン35による捕捉

                                  • 前駆体22シクロヘキセン (35)の存在下で光分解した結果、シクロプロパン化生成物36が排他的に生成し(35%単離収率)、アルキン10ではなくカルベン9が捕捉されたことを示しました。
                                  • 同様に、前駆体29シクロヘキセン (35)の存在下で光分解した結果、シクロプロパン化生成物39が排他的に生成し(40%単離収率)、アルキン13ではなくカルベン12が捕捉されたことを示しました。
                                  • これらのデータは、捕捉実験の結果が、アルキンとアルキリデンカルベン間の熱力学的関係ではなく、主に捕捉剤の種類に依存することを示しています。
                                  • 計算研究は、アルキン10および13に対するシクロヘキセンの付加の活性化エネルギーが、カルベン捕捉と比較して著しく高いことを示しており、実験結果を裏付けています。

                                  3: 熱力学的に不利なアルキン6のジエン16による捕捉

                                  • pentacyclo[6.4.0.03,7.04,12.06,11]dodec-9-yne (6)は、計算上、対応するアルキリデンカルベン5より4.5 kcal/mol不安定であると予測されました。
                                  • しかし、前駆体50の光分解後にジエン16を使用することで、アルキン6は成功裏に捕捉され、付加体151%の単離収率で得られました。
                                  • これは、熱力学的に不利な関係にあるアルキンでさえ、適切な反応パートナーを使用すれば捕捉可能であることを示しています。
                                  • 付加体15の収率(1%)は、付加体14の収率(10%)とほぼ同程度であり、両反応におけるカルベンとアルキンの熱力学的関係が異なるにもかかわらず、FBW転位の活性化エネルギーが収率の主要な決定要因である可能性が示唆されました。

                                  考察

                                  1: 捕捉剤によって左右される結果

                                  • 本研究は、3つの高歪み多環系アルキン(10136)と、それに対応するアルキリデンカルベン(912)の両方の生成と捕捉に成功しました。
                                  • 重要な発見は、捕捉剤の種類が、カルベンとアルキンのどちらが捕捉されるかを決定するという点です。これは、Curtin-Hammettの原理を示しています。
                                  • 計算実験は、ジエン16とシクロヘキセン35で観察された生成物特異性が、捕捉の活性化エネルギーの違いに起因することを裏付けました。
                                  • 例えば、ジエン16はカルベン9よりもアルキン10を捕捉する活性化エネルギーが低いのに対し、シクロヘキセン35はアルキン10との反応の活性化エネルギーが著しく高いため、カルベン9の捕捉が優先されます。

                                  2: 熱力学的アクセシビリティの克服

                                  • 本研究は、以前の捕捉実験では熱力学的にアクセス不可能と見なされていたアルキン1013、および6を生成しました。
                                  • これは、穏やかな条件下で遊離アルキリデンカルベンを生成する光分解法を用いることで達成され、アルキリデンカルベノイドに特徴的な代替反応経路を回避できました。
                                  • これらの結果は、アルキンとカルベンの間の熱力学的関係が、適切な反応パートナーが使用される限り、不安定な中間体の捕捉に対する制限ではないことを示しています。
                                  • これにより、FBW転位によるアルキン生成が常にアルキンを優先する熱力学的平衡に依存するという従来の前提に異議を唱えることになります。

                                  3: 先行研究の支持・反証

                                  • 先行研究の熱力学的アクセシビリティに関する結論への反証: 以前のアルキン571013の検出の試みは、アルキンがカルベンと比較して熱力学的に不利であるとされたために失敗していました。本研究は、これらのアルキンが捕捉可能であることを示しました。
                                  • 捕捉剤/速度論的制御の役割を支持: 以前の低温条件下での捕捉失敗は、カルベンの熱力学的優位性に起因するとされていましたが、本研究は、低温がカルベンとアルキンの平衡が確立される前にカルベン捕捉を優先させる速度論的制御をもたらす可能性を示唆しています。これは、本研究で観察されたCurtin-Hammettの原理と一致しています。
                                  • 一部のシステムにおける計算予測との一致: アルキン56、および78の相対的熱力学的安定性に関する以前の報告は、本研究で実施された計算実験と一致することが確認されました。

                                  4: さらなる示唆と洞察

                                  • 本研究は、外環式アルキリデンカルベンとその環状アルキンFBW転位生成物の両方が成功裏に捕捉された報告となります。
                                  • 付加体111415の収率は、特にウンデシリデンカルベンの場合、FBW転位の活性化エネルギーが生成物収率の重要な決定要因であることを示唆しています。
                                  • 計算実験によって裏付けられたように、歪みアルキンとの環化付加反応のメカニズムは、通常、双ラジカル中間体ではなくジカルベン経路を通じて進行します。

                                  5: 研究の限界点

                                  • 前駆体29の光分解時に観察された複雑な副生成物混合は、カルベン12代替反応経路および分解への感受性が高いことを示唆しています。
                                  • 前駆体22の光分解でも、転位生成物32)と二量化生成物(アレン31)が観察され、競合反応が存在することが示されました。
                                  • 過去の多環系アルキン生成におけるアルキリデンカルベノイドの使用は、それらの異なる反応パターンや代替経路(二量化、分解、FBW転位)の可能性により、カルベン-アルキン平衡の研究を複雑にする問題点がありました。
                                  • 一部の生成物(例:付加体14の10%、付加体15の1%)の収率が比較的低いことは、生成物形成の最大化における課題を示唆しています。

                                  結論

                                  • 外環式アルキリデンカルベンの光化学的生成は、以前はアクセス不可能と考えられていたものを含め、高歪みケージドアルキンを生成するための有用な戦略であることが実証されました。
                                  • 異なる捕捉剤を使用することで、アルキリデンカルベン(912)とその対応するシクロアルキン(1013)の両方を捕捉できることが示され、捕捉剤の選択が決定的な役割を果たすことが明らかになりました。
                                  • カルベンとアルキンの相対的熱力学的安定性は、使用される反応パートナーとFBW転位の活性化エネルギーよりも重要性が低いことが示されました。
                                  • 本研究は、FBW転位における熱力学的関係を推論するために捕捉実験のみを使用することの問題点を浮き彫りにしています。

                                  将来の展望

                                                              • FBW転位の活性化エネルギーに影響を与える要因に関するさらなる研究は、合成戦略の最適化につながる可能性があります。
                                                              • 開発された穏やかな条件下での光分解アプローチは、より広範囲の歪みアルキンとその合成的応用にアクセスするための汎用性の高い方法を提供します。
                                                              • カルベンまたはアルキンのいずれかを選択的に捕捉できる能力は、複雑な分子骨格や医薬品の合成に新たな道を開きます。

                                                              TAKE HOME QUIZ

                                                                1. 「歪んだシクロアルキン」とは何ですか、そして合成化学においてなぜ重要なのでしょうか?その特徴と、医薬品や天然物への応用における価値を述べてください。

                                                                2. Fritsch–Buttenberg–Wiechell (FBW) 転位について簡単に説明してください。この転位におけるアルキン生成の従来の一般的な考え方(熱力学的平衡)は何でしたか?

                                                                3. 過去に高ひずみシクロアルキンの生成と研究が困難であった主な理由は何ですか?

                                                                  • 以下の要因を考慮して説明してください:
                                                                    • 化学種の不安定性
                                                                    • アルキリデンカルベノイドの使用
                                                                    • 反応温度
                                                                    • 捕捉剤の選択
                                                                4. 著者は、以前は熱力学的にアクセス不可能と考えられていた3つの高ひずみ多環系アルキンをどのように生成しましたか?この新しいアプローチの利点を述べてください。

                                                                5. 捕捉剤の選択が実験結果(カルベンとアルキンのどちらが検出されるか)にどのように決定的な影響を与えましたか?使用された異なる捕捉剤とその主な結果を例を挙げて説明してください。

                                                                解答

                                                                1. 「歪んだシクロアルキン」とは、環状構造にアルキンが組み込まれることで、理想的な直線幾何形状から逸脱することを余儀なくされ、その結果としてひずみが生じたアルキンです。
                                                                  • 特徴: これらの化学結合のひずみの限界を探ることを可能にします。非常に反応性が高く、構造的に複雑な骨格を形成する能力を持つため、不安定で一時的な化学種であることが多いです。
                                                                  • 合成化学における重要性: その反応性は、多くの医薬品や天然物に共通する特徴である、複雑な分子骨格の生成に利用されてきました。
                                                                2. Fritsch–Buttenberg–Wiechell (FBW) 転位は、アルキリデンカルベン (1) が1,2-シフトを起こしてアルキン (2) を生成する反応です (図1A参照)。エキソサイクリックアルキリデンカルベン (3) の場合、FBW転位は他の方法では生成が困難な高反応性で幾何学的にひずんだ環状アルキン (4) へのアクセスを提供できます (図1B参照)。従来の一般的な考え方では、アルキリデンカルベンのFBW転位によるアルキン生成は、対応するカルベンよりも目的のアルキンが有利な熱力学的平衡に依存すると考えられていました。

                                                                3. 以下の要因が、高ひずみシクロアルキンの生成と研究を困難にしていました。

                                                                  • 化学種の不安定性: 高ひずみシクロアルキンは不安定で一時的な化学種であり、通常の実験条件下では生成および研究が困難でした。
                                                                  • アルキリデンカルベノイドの使用: 高ひずみ多環系アルキンを生成するためのアルキリデンカルベンの調製は、主にブロモエチレンシクロアルカン類の脱プロトン化やジブロモメチレンシクロアルカン類の脱リチウム化によって行われ、これらはアルキリデンカルベノイド種を生成します。アルキリデンカルベノイドは、遊離アルキリデンカルベンとは異なる反応性を示し、二量化、分解、FBW転位といった独自の経路で反応する可能性があるため、カルベン-アルキン平衡の研究には問題がありました。
                                                                  • 反応温度: カルベン-アルキン平衡が確立される度合いは反応温度に影響されます。高温下での捕捉実験はアルキンの検出に成功する傾向がありましたが、低温条件下での多くの試みは不成功でした。これは一般にカルベンがアルキンよりも熱力学的に有利であるためとされていましたが、低温では反応結果が速度論的支配下に置かれ、熱力学的平衡が確立される前にカルベンが捕捉されることが有利になる可能性も指摘されています。
                                                                  • 捕捉剤の選択: たとえアルキンが対応するカルベンよりも熱力学的に有利であったとしても、使用する特定の捕捉剤によっては検出を免れることがありました。これは、Curtin–Hammettの原理に従い、生成物の分布が中間体の熱力学的安定性ではなく、中間体の捕捉に対する相対的な活性化自由エネルギーによって決定されるためです。もしカルベンと捕捉剤の反応の絶対活性化自由エネルギーが、アルキンと捕捉剤の反応よりも低い場合、中間体の相対的な熱力学的安定性に関わらず、カルベンが優先的に選択されます。
                                                                4. 著者は、以前は熱力学的にアクセス不可能と考えられていた3つの高ひずみ多環系アルキン、すなわちbicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10)pentacyclo[5.5.0.04,11.05,9.08,12]dodec-2-yne (13)、およびpentacyclo[6.4.0.03,7.04,12.06,11]dodec-9-yne (6) を生成しました。

                                                                  • 彼らは、遊離アルキリデンカルベンを穏やかな条件と常温で生成する光分解アプローチを開発し、これを利用しました。
                                                                  • 新しいアプローチの利点:
                                                                    • 穏やかな条件と常温で反応が進行します。
                                                                    • アルキリデンカルベノイドに特徴的な代替反応経路を避けることができます。
                                                                    • 多様な反応パートナーとの捕捉を可能にします。
                                                                    • これにより、これまで熱力学的に不利と考えられていたアルキンも捕捉できるようになりました。
                                                                5. 捕捉剤の選択は、反応結果(カルベンとアルキンのどちらが捕捉されるか)に決定的な影響を与えることがわかりました。これは計算実験によっても予測可能でした。

                                                                  • 使用された異なる捕捉剤とその主な結果:
                                                                    • シクロペンタジエノン 16 (cyclopentadienone 16):
                                                                      • この捕捉剤は、Diels–Alder環化付加反応を起こすアルキン 10と13を優先的に検出すると予想されました。実際に、前駆体22の光分解と16の存在下で、bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10) と16の反応生成物である付加体11が主要な生成物として得られました。計算によれば、アルキン1016の捕捉に対する絶対的および相対的活性化自由エネルギーは、カルベン9の捕捉よりも低く、そのためアルキンが捕捉実験で有利になると予測されました。
                                                                    • シクロヘキセン 35 (cyclohexene 35):
                                                                      • この捕捉剤は、カルベンとアルキンの両方を捕捉できると予想されましたが、前駆体2229をシクロヘキセン (35) の存在下で光分解した結果、シクロプロパン化生成物36と39のみが排他的に得られました。これは、捕捉剤の濃度に関わらず、bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10) はシクロヘキセンで捕捉できなかったことを示しています。計算実験では、シクロヘキセン (35) とアルキン10の付加反応に対する活性化自由エネルギーが非常に高いため、カルベン9の捕捉が有利になると予測されました。たとえ平衡状態ではアルキン10の濃度が低くても、その捕捉の活性化自由エネルギーが実質的に高いため、カルベン9の捕捉が優先される結果となりました。