Dr. Indrajit Ghoshのグループが光触媒に興味のあるポスドク募集中

2025年9月29日月曜日

古典日本有機合成化学~その1~久原躬弦らによるベックマン転位に関する一連の研究

論文のタイトル: ベックマン轉位に就て

一連の論文に関わった著者: 久原躬弦*、藤堂良譲、甲斐荘楠香、岡田徹平、水津嘉之一郎、松宮馨、松波直彦

雑誌名: 東京化學會誌
巻・頁・年: 
  • 第一報、第三十二帙、一三二頁、明治四十四年(1911年)
  • 第二報については、第三報によれば同誌の三八七頁にあるとのことだったがその前後のページは見当たらなかった(ご存じの方がいれば是非ご連絡いただきたい)
  • 第三報、第三十五帙、二四〇頁、大正三年(1914年)
  • 第四報、第三十六帙、二〇九頁、大正四年(1915年)
  • 第五報、第三十六帙、四六五頁、大正四年(1915年)

背景

1: 研究の背景

  • ベックマン転位の理論: 1900年当時、ベックマン転位(1886年に報告)のメカニズムについては、多くの化学者によって様々な理論が提唱されていた。
  • 研究材料の不足: しかし、それらの理論を裏付けるための研究材料が不十分であったため、まだ満足のいく結論には至っていなかった。
  • これまでの研究: C. H. Sluiterはメチルフェニルケトオキシムの転位速度を測定し、一次反応に相当する結果を得ている。(参照
  • 本研究の重要性: 本研究は、異なる条件下での転位速度を測定し、反応機構を詳細に解明することを目指したものであり、当時、この分野の理解を深める上で重要であった。

2: 研究のギャップと戦略

  • 未解決の問題: 従来の理論では、転位反応がなぜ、またどのような条件下で進行するのか、特に反応試剤がどのように影響を与えるのかが明確ではなかった。
  • 研究のギャップ: 特に、ケトオキシムから生成する中間体の存在や、その中間体がどのように最終生成物へと変化するのかという具体的な過程は、仮説の段階に留まっていた。
  • 戦略1: 種々の塩化アシル基がジフェニルケトオキシムの転位に及ぼす影響を調査し、転位速度を測定すること。
  • 戦略2: 塩酸によるアセチルジフェニルケトオキシムの転位速度を測定し、反応機構を考察すること。

3: 具体的な研究目的

  • 目的1:転位機構の解明: 一連の実験結果に基づき、ベックマン転位の反応機構に関する新たな説を提唱すること。
  • 目的2:酸根(カウンターアニオン)の役割の検証: 転位反応における「酸根」の存在が必須条件であるという仮説を立て、これを実験的に検証すること
  • 目的3:中間体の単離と合成: 転位反応の途中で生成されると推定される中間体(イミド酸置換体のアシル誘導体)を実際に単離し、また別途合成すること。
  • 期待される成果: これらの目的を達成することで、ベックマン転位の本質をより明確にし、確固たる理論を構築することが期待される。

方法

1: 研究デザインの概説

  • 本研究は、特定の条件下で化学反応を進行させ、その生成物と反応速度を測定する実験的研究である。
  • 主要な実験1: ジフェニルケトオキシムと種々の塩化アシル基(塩化アセチル、クロロアセチルクロリド、ベンゼンスルホニルクロリド)との反応。
  • 主要な実験2: アセチルジフェニルケトオキシムと塩酸との反応。
  • 主要な実験3: 転位反応の中間体と推定される化合物の合成と、その性質の確認。

2: 反応条件と手順

  • 反応物質: 主にジフェニルケトオキシムとその誘導体を使用した。試剤として塩化アセチル、クロロアセチルクロリド、ベンゼンスルホニルクロリド、塩酸などを用いた。
  • 溶媒と濃度: 反応はクロロホルム溶媒中で行い、多くの場合、反応物の濃度は1/2規定溶液とした。
  • 温度管理: 反応は60℃の恒温槽や沸騰水中など、一定の温度条件下で実施した。反応後の進行を防ぐため、前後の処理は氷中で行った。
  • 手順の概略: 反応物を閉鎖管に封入し、一定時間加熱後、反応を停止させた。その後、溶媒を除去し、生成物を分離・精製した。

3: 主要評価項目と測定方法

  • 主要評価項目: ベックマン転位の生成物であるベンズアニリドの生成量。
  • 定量方法:
    1. 反応後の混合物からクロロホルムを蒸発させる。
    2. 残渣を20%苛性ソーダ溶液で処理し、不溶物を濾過・洗浄する。
    3. 不溶物を酒精(アルコール)に溶かし、再度濾過して蒸発乾固させる。
    4. 得られたベンズアニリドを110℃で乾燥させた後、秤量した。
  • 生成物の同定: 得られたベンズアニリドが純粋であることは、融点が158-159℃であることを確認して保証した。

4: 統計・解析手法

  • 反応速度の解析: 実験結果から、転位は一次反応に属するものと推定した。
  • 速度定数の算出: 以下の一次反応の速度式を用いて、反応速度定数(K)を算出した。
    • 0.4343 K = 1/t log(a / (a-x))
    • t: 時間, a: 初濃度, x: 時間tにおける生成物の濃度
  • 結果の解釈: 異なる反応試薬を用いた場合のベンズアニリド生成率(%)や、算出された速度定数を比較することで、反応機構を考察した。
  • 補足: 反応初期の速度定数に多少の変動が見られたが、これは閉鎖管内の物質が恒温槽の温度に達するまでの時間的遅れが原因と考察された。

結果

1: 塩化アシル基の反応性の違い

  • ジフェニルケトオキシムに3種類の塩化アシル基を60℃で作用させた結果、転位速度に顕著な差が見られた。

  • 塩化アセチル: 10分間では全く反応せず、15分でようやく2.4%がベンズアニリドに変化した。

  • クロロアセチルクロリド: 10分間で半分以上が転位した。

  • ベンゼンスルホニルクロリド: 10分間でほぼ全てがベンズアニリドに変化した。

  • 結論: 転位の速さは、塩化アシル基の元となる酸の強さ(解離定数の大きさ)と一致する傾向を示した。

2: アセチル体の転位と温度の影響

  • 塩化アセチルによる転位: 60℃では、塩化アセチルによるジフェニルケトオキシムの転位は程よく進行した。
  • 塩酸によるアセチル体の転位: 一方、アセチルジフェニルケトオキシムに塩酸を作用させた場合、60℃では転位が極めて緩慢でほとんど認められなかった。
  • 高温での反応: しかし、同じ反応を沸騰水(約100℃)の温度で行うと、転位は非常に迅速に進行した。
  • 考察: 同一温度では両者の反応性に違いが見られた。これは反応時に生成する塩酸の状態(塩酸塩か遊離か)の違いによるものと推察される。

3: 中間体の単離と合成

  • 目的: 転位反応の中間体として仮定したイミド酸エステルを実際に得ることを目指した。
  • アセチルエステルの場合: アセチル体は酸の助けがないと転位しないため、中間体(酢酸フェニルベンズイミド)を遊離状態で得ることは不可能だった。
  • スルホニルエステルの場合: ジフェニルケトオキシムのベンゼンスルホニルエステルは、加熱により自発的に(爆発的に)転位し、目的の中間体(ベンゼンスルホン酸フェニルベンズイミド)を遊離状態で得ることに成功した
  • 別途合成による証明: さらに、この中間体(黄色油状物質)を塩化フェニルベンズイミドとベンゼンスルホン酸銀から別途合成し、転位生成物と同一であることを物理化学的性質(吸収スペクトルなど)から確認した。

考察

1: 酸根(カウンターアニオン)の陰性度と転位速度

  • 発見: オキシムの転位速度は、反応によって生成するオキシムエステルに含まれる酸根の陰性の強さと密接な関係がある。
  • メカニズム:
    1. 酸根の陰性が強いほど、窒素原子との結合が弱くなり、不安定な系を形成する。
    2. このため、酸根が窒素から解離しやすくなる傾向が強まる。
    3. 酸根の解離が引き金となり、炭素に結合した炭化水素基が窒素へ移動し、酸根が炭素と結合するという位置交換(転位)が容易に起こる。
  • 重要性: この発見は、転位反応の駆動力は酸根の化学的性質(陰性度)に起因するという、反応機構の核心に迫るものである。

2: 転位における酸の役割

  • 発見: 陰性の弱い酸根を持つエステル(例:アセチルオキシム)の転位には、塩酸のような外部の酸の存在が必須である。
  • メカニズム:
    1. アセチルオキシムは、塩酸と反応して塩酸塩を形成する。
    2. これにより、窒素原子に添加された塩酸の影響で、酢酸根の陰性がさらに増大する。
    3. 結果として、酢酸根が窒素から分離する傾向が強まり、転位が進行する。
  • 対照的な例: 一方、陰性の強いベンゼンスルホニルオキシムは、外部の酸の助けがなくても自発的に転位する。
  • 重要性: この発見は、酸が触媒としてだけでなく、反応中間体の化学的性質を変化させることで転位を促進するという具体的な役割を明らかにした。

3: 先行研究との比較(支持)

  • Sluitterの研究: Sluitterは転位反応が一次反応に相当することを示唆しており、本研究で一次反応式を用いて速度定数を算出したことと整合する。
  • Beckmannの研究: Beckmannは、ジフェニルケトオキシムが塩化アセチルと作用してエステルを生成し、その後、副生する塩酸によって転位が起こることを記述している。これは、本研究の「アセチル体の転位には酸が必要」という結論を支持する。
  • Hantzschの研究: アセチルベンズヒドロキサム酸は温和な加熱でジフェニル尿素を生成(転位が起こる)するが、ベンズヒドロキサム酸は煮沸しても分解しない。これは、転位にアセチル基(酸根)の存在が重要であるという本研究の主張を強く支持する。

4: 先行研究との比較(発展)

  • ThieleとPickardの説: 彼らはジベンズヒドロキサム酸の転位において、イソシアン酸エステルが中間体として生成すると提唱した。
  • 本研究の発展: 本研究では、彼らの説を発展させ、転位の根本原因は酸根の解離にあり、その結果としてイミノ炭酸誘導体(本研究で単離・合成した中間体)が生成し、それが分解してイソシアン酸エステルになるとした。
  • Mummの研究: Mummは塩化フェニルベンズイミドからアシルベンズアニリドを合成したが、反応中間体(イミド酸エステル)の単離には至らなかった。
  • 本研究の貢献: 本研究では、小玉氏らの研究を引き継ぎ、ベックマン転位の過程で生成が仮定されていた中間体を世界で初めて単離・合成し、その存在を実験的に証明した

5: 研究の限界点

  • アセチル体中間体の単離: 酢酸フェニルベンズイミド(アセチル基を持つ中間体)は非常に不安定であり、遊離状態で純粋に得ることは困難であった。
  • 合成の難しさ: 塩化フェニルベンズイミドに金属の酢酸塩を作用させる方法でも、目的物ではなく分解物であるベンズアニリド等が生成することが多く、安定した合成条件を見出すことができなかった。
  • 反応初期の測定精度: 反応初期における速度定数には、実験装置の温度が安定するまでの時間的遅れによる多少の変動が見られた。

結論

  1. ベックマン転位は、オキシムエステル中の酸根の解離が引き金となる分子内転位である
  2. 転位の速度は酸根の陰性の強さに比例し、陰性が弱い場合は外部の酸が転位を促進する。
  3. 転位反応の中間体であるイミド酸エステル(ベンゼンスルホン酸フェニルベンズイミド)の存在を、単離と合成によって初めて実験的に証明した
  • 分野への貢献: これらの結果は、長年の謎であったベックマン転位の反応機構に明確な説明を与え、その本質が「イミド酸置換体のアシル誘導体を経由する反応」であることを実証した。

2025年9月27日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0252~

論文のタイトル: Wittig Reaction in Deep Eutectic Solvents: Expanding theDES Toolbox in Synthesis(Wittig 反応における深共晶溶媒の活用:合成における DES ツールボックスの拡張

著者: Federica De Nardi, Giulia Gorreta, Carolina Meazzo, Stefano Parisotto, Marco Blangetti, Cristina Prandi*

雑誌名: Chemistry – A European Journal 
巻: Volume 30, Issue 50, e202402090
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1002/chem.202402090


背景

1: 持続可能な合成へのパラダイムシフト

  • 有機合成は、持続可能で環境に優しい手法へと大きく転換しています。
  • この変化は、非従来型溶媒、特にイオン液体 (ILs) と深共晶溶媒 (DES) の研究に顕著です。
  • 古典的なWittig 反応は、ホスホニウム塩をイリドの形成を介してオレフィンに変換する、有機合成の基礎となる反応です。
  • 歴史的に従来の有機溶媒で行われてきましたが、ポリマー担持トリフェニルホスフィンや無溶媒条件、水などのより持続可能な条件への適応が模索されてきました。
  • DESは、さまざまな化学プロセスにおいて、グリーンで調整可能な代替溶媒として有望視されています。

2: 未解決の課題

  • Wittig反応における水の使用は、水に不溶または難溶な基質の課題があり、報告例も限定的です。
  • Wittig反応の一般的な副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド (TPPO) の単離は、煩雑で費用がかかるカラムクロマトグラフィーを必要とし、大規模操作には不向きです。
  • これまでTPPO除去には触媒的Wittig反応やLewis酸-TPPO付加物の形成などが提案されてきましたが、より効率的な解決策が求められています。
  • 本研究では、深共晶溶媒 (DES) 中でのWittig反応の実現可能性を調査します。
  • 特に、持続可能な方法論の観点から、未解決の課題を克服する新しいプロトコルの開発を目指します。

3: 研究の具体的な目的

  • 本研究は、穏やかで再現性の高い反応条件の確立を目指します。
  • カルボニル化合物およびホスホニウムパートナーの両方において幅広い基質適用範囲を確保します。
  • 高い変換率と反応収率を達成することを目指します。
  • 副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド (TPPO) の容易な除去方法を開発します。
  • これらの取り組みを通じて、合成における深共晶溶媒の適用可能性を拡大し、グリーンケミストリーの原則に沿った高収率・高純度でのオレフィン化生成物の回収を可能にすることを目指します。

方法

1: 研究デザインとアプローチ

  • 本研究は、深共晶溶媒 (DES) 中でのWittig反応の新しいプロトコルの開発と最適化を目指す合成化学研究です。
  • ChCl/Gly 1:2 (mol/mol) を主要な溶媒として、置換ホスホニウム塩と(ヘテロ)芳香族およびアルキルカルボニル化合物のWittig反応を開発しました。
  • 反応条件の最適化のため、様々な有機および無機塩基の効果を評価しました。
  • 開発したプロトコルの汎用性を確認するため、幅広い基質(多様なアルデヒドとホスホニウム塩)に適用しました。
  • 実用性を示すため、ホスホニウム塩 2 g (5 mmol) 規模へのスケールアップも検証しました。
  • 最終的に、カラムクロマトグラフィーなしでTPPOを除去できる作業プロトコルの開発を目指しました。

2実験条件と使用試薬

  • モデル反応: ベンジルトリフェニルホスホニウムクロリド (1a) と4-メトキシベンズアルデヒド (2a, 2当量) を使用しました。
  • 溶媒: 主にコリンクロリド/グリセロール (ChCl/Gly) 1:2 (mol/mol) の深共晶混合物を使用しました。
  • 反応条件: 室温 (25 °C) および空気下という穏やかな条件で反応を行いました。
  • 塩基の選択: t-BuOK、NaOH、LiTMP、DBU、NaH、K2CO3、Na2CO3など、多様な有機および無機塩基を評価し、K2CO3が最適な塩基として選定されました。
  • DESの選択: ChCl/H2O、ChCl/Urea、Gly/K2CO3、チモール/メントールなど、様々なユーステチック混合物を評価しました。
  • 試薬比率: 高い収率を維持するための最適な組み合わせとして、塩基1.2当量、アルデヒド1.5当量が設定されました。

3評価項目と分析方法

  • 生成物収率とジアステレオ選択性 (E/Z比) を主要な評価項目としました。
  • これらの値は、内部標準としてn-ヘプタンを用いた定量的1H-NMR分析によって決定されました。
  • 副生成物TPPOの除去効率も重要な評価項目でした。
  • TPPOの除去効率は、ZnCl2との錯体形成後のろ過により、内部標準としてトリフェニルホスフィンを用いた定量的31P-NMR分析によって評価されました。
  • プロトコルの実用性を確認するため、ホスホニウム塩 5 mmol (2 g) スケールでの反応も行われました。
  • 反応溶媒の再利用性もテストされ、水蒸発によるDES再生後に新鮮な試薬を加えて再利用し、その収率を測定しました。

結果

1塩基と溶媒の最適化

  • ChCl/Gly 1:2 (mol/mol) を溶媒とし、室温、空気下という穏やかな条件で、多様な塩基を用いた Wittig 反応が高効率で進行しました。
  • t-BuOK、NaOH、DBU、K2CO3を含む多くの有機および無機塩基で、90%以上の優れた収率が達成されました (例: t-BuOK 97%、NaOH 95%、DBU 99%、K2CO92%)。
  • ジアステレオ選択性は、半安定化イリドの場合に予想されるように、Z異性体がわずかに優勢でした (E/Z比 40:60~43:57)。
  • Gly/K2CO3 6:1 の混合物(外部塩基なし)を50 °Cで使用した場合、ほぼ定量的収率 (99%) を示しました。
  • 疎水性DES (チモール/メントール) や高酸性DES (ChCl/リンゴ酸) は効果が低いことが示されました。

2幅広い基質適用範囲

  • 提案されたプロトコルは、様々な(ヘテロ)芳香族アルデヒドに適用可能であることが示されました。
  • ハロゲン (I, Br, Cl)、電子供与基 (アルコキシ, メチル)、電子吸引基 (NO2, CF3) など、多様な置換基を持つアルデヒドが良好な収率で反応しました (例: メトキシ基 88-99%、ハロゲン化ベンズアルデヒド 74-95%)。
  • ビニル、アルキニル、シクロアルキル、脂環式、およびα,β-不飽和アルデヒドも使用可能でした。
  • 非常に求電子性の高いケトン、例えばトリフルオロメチルフェニルケトン (7b) は、良好な収率と高いE異性体へのジアステレオ選択性 (87:13) を示しました。
  • ホスホニウム塩に関しても、非安定化、半安定化、および安定化イリドのいずれも Wittig オレフィン化生成物を形成することができました。

3スケールアップとTPPO除去

  • 本プロトコルは、ホスホニウム塩 2 g (5 mmol) スケールまでスケールアップ可能であることが確認され、良好な収率 (91%) で目的の Wittig 生成物 (3a) が得られました。
  • 媒体の粘度を低減するため、少量の2-MeTHFを添加することで、スケールアップされた反応でも87%の優れた収率と48:52のE/Z比で生成物が得られました。
  • ZnCl2を用いたTPPO除去プロトコルが開発され、TPPO:ZnCl2錯体のろ過により、最大92%のTPPO除去が達成されました。
  • このTPPO除去方法は、追加のクロマトグラフィー精製なしで製品の単離を可能にし、グリーンケミストリーの原則に合致します。
  • この方法論は、抗がん剤DMU-212の合成にも適用され、75%の収率と52:48のE/Z比で得られました。

考察

1DESを用いたWittig反応の汎用性と効率性

  • 本研究で開発されたDESを用いたWittig反応プロトコルは、室温、空気下という穏やかな条件下で高い効率広範な基質適用性を示しました。
  • 多様な有機および無機塩基、電子特性の異なるさまざまなアルデヒド、さらには非常に求電子性の高いケトンまで、このプロトコルで効率的に反応させることができました。
  • この発見は、DESが有機合成におけるグリーンで調整可能な代替溶媒としての可能性をさらに裏付け、特に医薬品化学のような分野での応用を促進するものです。
  • 非安定化、半安定化、安定化イリドのいずれも使用可能であることから、Wittig反応の「ツールボックス」をDES環境下で大幅に拡張できることが示されました。

2TPPO除去の課題解決とスケールアップ

  • Wittig反応の長年の課題であった副生成物TPPOの除去に対して、ZnCl2を用いた簡便かつ効率的なプロトコルを確立しました。
  • この手法により、従来必須とされてきた高価で時間のかかるカラムクロマトグラフィーなしで、TPPOを最大92%除去し、高純度でオレフィン生成物を単離することが可能になりました。
  • 本プロトコルは、ホスホニウム塩 2 g (5 mmol) スケールまで容易にスケールアップ可能であり、少量の2-MeTHFの添加が粘度の高い媒体での攪拌を助けることが示されました。
  • これは、実験室規模だけでなく、より大規模な産業応用への Wittig 反応の適用可能性を大きく高め、グリーンケミストリーの原則に合致する持続可能な合成経路を提供します。

3先行研究との関連性

  • 本研究は、非従来型溶媒(イオン液体、DES)を用いた持続可能な有機合成へのパラダイムシフトという、最近の合成化学の動向に貢献しています。
  • 水溶性ホスホニウム塩や水中でセミ安定化イリドを用いる Wittig 反応の先行研究 [3, 4, 7, 8a] がある中で、本研究はDESという新たな反応媒体における Wittig 反応の幅広い可能性を実証しました。
  • CapriatiらによるDESを用いた Horner-Wadsworth-Emmons 反応のスケーラブルな合成 と同様に、本研究の Wittig 反応の成功は、DESが多様なオレフィン化反応において有効な媒体であることを示唆しています。
  • TPPO除去の課題に対しては、触媒的 Wittig 反応 やLewis酸-TPPO付加物の形成 など、様々な戦略が提案されてきました。本研究のZnCl2を用いた方法は、先行研究 [21, 22a] に着想を得ており、DES環境下での適用性を成功裏に示しました。
  • 反応のジアステレオ選択性は、従来の条件下で予測されるE/Z比と一致しており、特に半安定化イリドでZ異性体が優勢であるという Robiette らの報告とも整合しています。

4実用化への貢献

  • 抗がん剤DMU-212の合成への本方法論の適用は、DESを用いたWittig反応が、複雑な分子の効率的な構築、特に医薬品中間体の合成において実用的な手段となる可能性を示しています。
  • カラムクロマトグラフィーを必要としないTPPO除去プロトコルは、精製ステップの時間とコストを大幅に削減し、合成プロセス全体の効率を向上させます。
  • 穏やかな条件(室温、空気下)と幅広い基質適用性は、様々な合成経路においてDESが汎用性の高い「グリーンな」溶媒として利用できることを裏付けています。
  • この研究は、有機合成におけるネオテリック溶媒の利用拡大に貢献し、環境負荷の低い合成プロセスの設計を可能にするものです。

5研究の限界

  • モデル反応において溶媒の再利用を試みましたが、2回の追加反応で生成物3aの収率がそれぞれ47%、20%に低下しました。これらの結果の理解とリサイクル性改善のためのさらなる調査が必要です。
  • 特定のDES、特に疎水性のチモール/メントール高酸性のChCl/リンゴ酸は、Wittig反応の溶媒として効果的ではありませんでした。
  • ケトンについては、非常に求電子性の高いものを除き、この条件下での反応性は低いという限界がありました。
  • クロロメチル、メチルホルミル、メチルトリフェニルホスホニウム塩など、一部のホスホニウム塩では収率が低い結果となりました。
  • また、ピロール誘導体 (3r) の合成では低い収率 (34%) でしか得られませんでした。

結論

  • 本研究により、深共晶溶媒 (DES) を用いたWittig反応の、スケーラブルで環境に優しいプロトコルが確立されました。
  • 室温、空気下という穏やかな条件で、多様な有機および無機塩基、そして広範なアルデヒドおよびホスホニウム塩に対して高効率な反応が実証されました。
  • ZnCl2を用いたTPPO除去プロトコルの開発は、高価で時間のかかるクロマトグラフィー精製なしに、高収率・高純度でオレフィン化生成物を回収できる画期的な方法であり、グリーンケミストリーの原則に深く貢献します。

将来の展望

                                    • このプロトコルは 2 gスケールまで拡張可能であり、抗がん剤DMU-212の合成にも成功したことから、医薬品製造を含む実用的な応用への大きな可能性を示しています。
                                    • 溶媒再利用性のさらなる改善、低反応性ケトンや特定のホスホニウム塩への適用拡大、および他のグリーン溶媒との比較を通じて、DESの「ツールボックス」をさらに広げることが期待されます。

                                    TAKE HOME QUIZ

                                    1. Wittig反応におけるイリドには、非安定化イリド、半安定化イリド、安定化イリドの3種類があります。これらのイリドの電子的な性質が、生成するオレフィンのE/Zジアステレオ選択性にどのように影響すると考えられますか?論文の結果(半安定化イリドでのZ異性体優勢、安定化イリドでのE異性体優勢)と従来のWittig反応のメカニズムを関連付けて説明してください。

                                    2. 本研究ではChCl/Gly 1:2 (mol/mol) が主要なDESとして使用されました。このDESが、Wittig反応の溶媒としてどのような化学的特性(例:水素結合供与体と受容体の役割、粘度など)を有していると考えられますか?また、ChCl/H2OやChCl/Ureaなどの他のDESが低い収率を示した理由、あるいは疎水性DES(チモール/メンソール)や高酸性DES(ChCl/リンゴ酸)が非効率的であった理由を、DESの組成とWittig反応のメカニズムの観点から考察してください。

                                    1. 本プロトコルでは、一般的にケトンは反応性が低いとされていますが、「非常に求電子性の高いケトン」、例えばトリフルオロメチルフェニルケトンは良好な収率で反応しました。この結果は、Wittigイリドの求核性またはDES環境下でのケトンの反応性に関して、どのような化学的洞察を与えますか?

                                    2. 副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド (TPPO) の除去にZnCl2が錯体形成剤として用いられました。TPPOとZnCl2はどのように相互作用して錯体を形成すると考えられますか?この錯体形成が、従来のクロマトグラフィー精製に比べて、高収率でオレフィンを単離する上でなぜ有利なのでしょうか?

                                    3. 2g (5 mmol) スケールへのスケールアップの際に、反応混合物の粘度を克服するために少量の2-MeTHFが添加されました。DESの粘度の高さは、大規模な合成においてどのような問題を引き起こす可能性がありますか?また、2-MeTHFの添加が粘度低減に貢献する化学的・物理的原理を説明してください。

                                    解答

                                    1. Wittig反応におけるイリドの電子的な性質は、生成するオレフィンのE/Zジアステレオ選択性に影響を与えます。論文によると、このジアステレオ選択性は従来の条件下で予測されるE/Z比と完全に一致しています。非安定化イリドと半安定化イリドの場合、低い選択性でZ異性体がわずかに優勢であることが観察されました。例えば、モデル反応で使用された半安定化イリドでは、Z異性体が42:58から43:57の比率でわずかに優勢でした。一方、安定化イリドの場合、E異性体への高い選択性が観察されました。論文では、安定化イリドを用いた場合に「E異性体への完全な立体制御」が達成され、「DES媒体は予測された立体選択性に影響を与えない」ことが確認されています。これは、安定化イリドでは熱力学的支配により安定なE異性体が生成しやすく、非安定化・半安定化イリドでは反応速度論的支配によりZ異性体が生成しやすいという、従来のWittig反応のメカニズムに沿った結果です。
                                    2. 本研究で主要なDESとして使用されたChCl/Gly 1:2 (mol/mol) は、コリンクロリド (ChCl) という第四級アンモニウム塩と、グリセロール (Gly) という中性の水素結合供与体を特定のモル比で混合したものです。このDESは、Wittig反応の溶媒として、穏やかな条件(室温、空気下)で高い効率を示しました。ChCl/Glyは、水素結合ネットワークを通じて特有の極性と粘度を持ち、反応物(ホスホニウム塩やアルデヒド)を溶解させ、イリド形成やその後の反応を促進するのに適した微環境を提供すると考えられます。ChCl/H2O 1:2 および ChCl/Urea 1:2 が低い収率を示した理由としては、水や尿素が水素結合供与体として機能する一方で、イリドの反応性を阻害したり、副反応を引き起こしたりする可能性が考えられます。特に水はWittig反応の副生成物TPPOの加水分解など、特定の条件下で反応に影響を与える可能性があります。疎水性DES(チモール/メンソール) や 高酸性DES(ChCl/リンゴ酸) が非効率的であった理由としては、以下の点が推測されます。
                                      • 疎水性DES: イリドは通常極性が高いため、疎水性環境では溶解度や反応性が低下する可能性があります。
                                      • 高酸性DES: Wittig反応におけるイリドは強い塩基によって生成される求核種であり、酸性環境下ではプロトン化されて失活し、反応が進行しなくなるため、効率が低下したと考えられます。
                                    3. 本プロトコルでは一般的にケトンは反応性が低いとされていますが、「非常に求電子性の高いケトン」であるトリフルオロメチルフェニルケトン (7b) は、良好な収率と高いE異性体選択性(87:13)で反応しました。この結果は、Wittigイリドの求核攻撃がケトンのカルボニル炭素の求電子性に強く依存していることを示唆しています。トリフルオロメチル基(-CF3)のような強い電子吸引基が存在することで、カルボニル炭素の正電荷が増大し、イリドからの求核攻撃が促進されます。このことから、DES環境下においても、Wittig反応の基本的な反応性原理、すなわちイリドの求核性とカルボニル化合物の求電子性のバランスが重要であることが示されています。イリドの求核性が十分であっても、ケトン側の求電子性が低い場合は反応が遅いか進行しにくいことを示唆しており、DESが反応媒体であっても、基質の電子的性質が反応性に与える影響は、従来の有機溶媒の場合と同様に支配的であるという洞察を与えます。
                                    4. 副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド (TPPO) の除去にはZnCl2が錯体形成剤として用いられました。TPPOの酸素原子はルイス塩基性を示し、ZnCl2はルイス酸として機能するため、TPPOの酸素原子がZnCl2の亜鉛原子と配位結合を形成し、安定な付加物(錯体)を生成すると考えられます。この錯体は反応混合物からろ過によって容易に分離できる固体として沈殿します。
                                    5. 2g (5 mmol) スケールへのスケールアップの際に、反応混合物の粘度を克服するために少量の2-MeTHFが添加されました。DESは、その水素結合ネットワーク構造により、一般的に粘度が高いという特性を持っています。DESの粘度の高さは、大規模な合成において以下のような問題を引き起こす可能性があります。
                                    • 攪拌効率の低下: 高粘度のため反応混合物の均一な攪拌が困難になり、反応効率が低下したり、部分的な過熱が生じたりする可能性があります。
                                    • 熱・物質移動の阻害: 粘度が高いと、反応物や生成物の拡散速度が遅くなり、物質移動が律速段階となることで、反応速度が低下したり、反応温度の制御が難しくなったりします。
                                    • 不均一な反応: 試薬が均一に分散せず、局所的に反応が進んでしまうことで、選択性の低下や副生成物の増加につながる可能性があります。
                                    • 製品回収の困難さ: 高粘度な媒体から製品を分離・回収するプロセス(例:ろ過、抽出)が複雑化し、効率が低下する可能性があります。
                                    2-MeTHFのような有機溶媒はDESの水素結合ネットワークを希釈または部分的に破壊し、全体的な流動性を向上させる効果があります。これにより、混合物の粘度が低下し、攪拌が容易になることで、大規模な反応でも効率的な物質移動と均一な反応環境が維持されやすくなります。

                                    2025年9月20日土曜日

                                    Catch Key Points of a Paper ~0251~

                                    論文のタイトル: Combining two relatively weak bases (Zn(TMP)2 and KOtBu) for the regioselective metalation of non-activated arenes and heteroarenes

                                    著者: Neil R. Judge and Eva Hevia*

                                    雑誌名: Chemical Science 
                                    巻: Vol. 15, Issue 36, pages 14757-14765
                                    出版年: 2024
                                    DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc03892d


                                    背景

                                    1: 非活性アレーンの金属化における課題

                                    • 配向基を利用したオルト金属化 (Direct-ortho Methalation, DoM) は、芳香環の位置選択的な機能化のための強力な合成手法です。
                                    • 電子吸引性の「配向性官能基 (Directing Group, DG)」は、隣接するオルト水素の酸性度を高め、金属化試薬の配位部位を提供することで、高い位置選択性を実現します。
                                    • しかし、配向性官能基を持たない非活性アレーンの位置選択的金属化は、非常に困難な課題とされてきました。
                                    • 従来、この反応には厳しい反応条件と強塩基が必要で、しばしば低変換率と低い位置選択性をもたらしました。
                                    • 例えば、ナフタレンでは2つの非活性サイトが類似した酸性度を持つため、選択的な金属化が困難です。
                                    • これまでの研究では、ブチルリチウムやnBuLi/KOtBuのような強力な塩基を用いても、低収率の複雑な異性体混合物が得られることが報告されています。

                                    2: 二金属系塩基による金属化の進展と未解決の問題

                                    • Mulveyらは、ナトリウムジンケート [NaZn(TMP)tBu2] を用いて、ナフタレンのC2-ジンケート化を温和な条件で良好な収率で達成しました。
                                    • 我々のグループは、アルカリ金属アルコキシド添加剤が有機マグネシウムおよび有機亜鉛試薬の反応性を高める効果を発見しています。
                                    • 特に、ジスアミド亜鉛 Zn(TMP)2 に化学量論量の KOtBu を添加することで、室温で幅広いフルオロアレーンの直接的なジンケート化が優れた位置選択性で可能になりました。
                                    • この反応が注目に値するのは、KOtBuとZn(TMP)2はそれぞれ単独ではフルオロアレーンの金属化に対して不活性な比較的弱い塩基であるためです。
                                    • しかし、ベンゼンやトルエンのような非活性基質のジンケート化には、基質をバルク溶媒として使用する必要がありました。
                                    • また、金属化中間体の複雑な溶液中の構成、およびZn(TMP)2/2KOtBu混合物のTHF溶媒中での安定性については、さらなる理解が必要です。

                                    3: 研究の目的

                                    • 配向性官能基を持たない非活性基質および主要なヘテロ環分子の位置選択的なジンケート化への応用をさらに拡大することを目的とします。
                                    • KOtBuによって提供される活性化効果を解明するため、アルカリ金属の役割と使用される溶媒のドナー能力を検討します。
                                    • 電気求電子置換前の金属化中間体の正体を明らかにし、その溶液中の複雑な多種構成を解明します。
                                    • Zn(TMP)2/2KOtBu混合物の異なる溶媒中での安定性を評価し、特にTHFを分解して珍しいブタジエニル断片を形成する能力を明らかにします。
                                    • これらの知見を通じて、合成化学における困難なC-H結合官能化のための強力な新しいツールを提供することを目指します。

                                    方法

                                    1: 研究デザインとアプローチ

                                    • 合成化学的な手法を用いて、二金属塩基 Zn(TMP)2/2KOtBuによるC-H金属化反応を開発および評価しました。
                                    • 位置選択性反応効率を詳細に調査するため、幅広い非活性アレーンおよびヘテロアレーン基質が使用されました。
                                    • 生成した有機金属中間体は、その構造と安定性を理解するために捕捉・特性評価されました。
                                    • 最終的な金属化生成物は、ヨウ素によるクエンチ反応を通じて関連するヨード(ヘテロ)アレーンとして単離・定量されました。

                                    2: 基質と反応条件

                                    • モデル基質として、ナフタレン (1a) が初期のスクリーニング研究に使用されました。
                                    • 非活性アレーンとしては、ベンゼン、ビフェニレン、アントラセン、2-メトキシナフタレン、トリメチル(フェニル)シラン、メシチレン、m-キシレンなどが調査されました。
                                    • ヘテロ環分子としては、ベンゾオキサゾール、カフェイン、ベンゾチアゾール、ベンゾフラン、N-メチルイミダゾール、1-メチル-1,2,4-トリアゾールなどが含まれます。
                                    • 反応は主にTHF溶媒中で実施され、一部の非活性アレーン(ベンゼン、トリメチル(フェニル)シラン、メシチレン)はバルク溶媒としても使用されました。
                                    • 基本的には室温で、数分から24時間程度の反応時間が設定されました。
                                    • Zn(TMP)2/2KOtBu混合物の異なるアルカリ金属塩基(LiOtBu, NaOtBu)との比較も行われ、アルカリ金属効果が評価されました。

                                    3: 分析および構造決定手法

                                    • 反応の変換率と選択性は、ヘキサメチルベンゼンを内部標準とする1H NMRモニタリングによって決定されました。
                                    • 生成物の単離収率は、カラムクロマトグラフィーによる精製後に測定されました。
                                    • 金属化中間体およびTHF分解生成物の構造は、NMR分光法 (1H NMR, 13C{1H} NMR, 1H DOSY NMR) を用いて溶液中で特性評価されました。
                                    • 重要な中間体および生成物の固体構造は、X線結晶構造解析によって詳細に決定されました。
                                    • 特に、重水素NMR分析は、THF分解生成物への重水素の組み込みを確認するために使用されました。

                                    結果

                                    1: 非活性アレーンおよびヘテロアレーンの高効率・高選択的ジンケート化

                                    • Zn(TMP)2単独ではナフタレンの金属化は全く進行しませんでしたが、2当量のKOtBuを加えることで、ナフタレンはC2-ジンケート化が定量的かつ選択的に進行し、2-ヨードナフタレンが89%の単離収率で得られました。
                                    • この反応では、顕著なアルカリ金属効果が観察され、LiOtBuやNaOtBuを用いると反応が完全に停止しました。18-crown-6の存在下でも反応が停止し、K–π相互作用が成功の鍵であることが示唆されました。
                                    • ベンゼン、ビフェニレン、アントラセンといった広範な非活性アレーンも、この二金属塩基によって温和な条件で良好な収率(例:ベンゼンからヨードベンゼン99%、ビフェニレンから1-ヨードビフェニレン71%)でジンケート化されました。
                                    • ベンゾオキサゾール、ベンゾチアゾール、カフェインなどのより分解性の5員環ヘテロ環分子も、室温かつ短時間で81%から96%という優れた収率で効果的にα-ジンケート化されました。

                                    2: 金属化中間体の構造と配位子再配置

                                    • ベンゼンのジンケート化の初期段階では、高次カリウムジンケート [K2Zn(Ph)2(OtBu)2] (Ia) の形成がNMRモニタリングによって示唆されました。
                                    • しかし、結晶化を試みると、低次カリウムジンケート [(THF)2KZn(Ph)(OtBu)2]2 (3b) が単離されました。これは配位子再配置プロセスとフェニルカリウムの脱離によって説明されます。
                                    • 同様の配位子再配置プロセスは、ナフタレンやベンゾオキサゾールのジンケート化中間体からも低次ジンケート (3a, 3c) を生じさせることが確認されました。ベンゾオキサゾールの場合、脱離したカリウム種は開環反応を起こし、フェノキシド種 (4) を形成しました。
                                    • 対照的に、メシチレンやm-キシレンのような非活性アルキルアレーンのジンケート化では、得られる高次ジンケート [(THF)2K2Zn(CH2-3,5-Me2-C6H3)2(OtBu)2]N (5) は溶液中および固相の両方で安定でした。
                                    • この安定性は、Kカチオンとメシチルアニオンのπクラウドとの広範なK–π相互作用によって支えられていると考えられ、上記の配位子再配置プロセスを防ぎます。

                                    3: 予期せぬTHF溶媒の分解

                                    • 基質が存在しない状態でZn(TMP)2/2KOtBuのTHF溶液を室温で3日間放置すると、溶液が無色から鮮やかな紫色へと劇的に変化しました。
                                    • この反応により、s-トランス-1,3-ブタジエニル (C4H5) 断片が亜鉛中心に配位したカリウムジンケート [(PMDETA)KZn(C4H5)(OtBu)2]2 (7) が生成・単離されました。
                                    • このブタジエニル断片の形成は、THFの初期の相乗的なα-ジンケート化に続き、その後の環開裂と酸素の押し出しによって起こると考えられます。
                                    • 重水素置換THFを用いた実験では、ブタジエニル断片への重水素の取り込みが確認され、THFが分解源であることが示されました。
                                    • このTHFの金属化とそれに続く分解は、ベンゼンやメシチレンなどの非活性基質の完全なジンケート化に長時間の反応が必要な場合、副反応として問題となることが示唆されています。

                                    考察

                                    1: 弱い塩基の協調性とアルカリ金属効果の重要性

                                    • 単独では比較的弱い金属化剤であるKOtBuとZn(TMP)2が協力することで、強力な二金属塩基として機能することを明確に示しました。
                                    • この協力作用により、従来困難であったナフタレン、ビフェニレン、アントラセンといった非活性アレーンの困難な位置選択的ジンケート化が温和な条件下で高効率に達成されました。
                                    • この反応系におけるアルカリ金属効果は劇的であり、KOtBuをより軽いアルカリ金属のtert-ブトキシド(LiOtBuやNaOtBu)に切り替えると、金属化が完全に停止しました。
                                    • これは、より大きくソフトなK中心が基質であるアレーン環とπ相互作用を形成し、C−H結合のジンケート化を活性化する上で極めて重要な役割を果たすことを強く示唆しています。
                                    • このK原子のπ-アレーン相互作用による安定化は、メシチレンのようなアルキルアレーンの高次ジンケートの安定性向上にも寄与し、配位子再配置を防ぐ重要な要因となります。

                                    2: 有機金属中間体の複雑な溶液化学と安定性制御

                                    • 金属化中間体のNMR分光法およびX線結晶構造解析により、これらの反応に関わる有機金属中間体の複雑な溶液化学が明らかになりました。
                                    • 特に、混合アリール/アルコキシ高次カリウムジンケートは、一部の基質(ベンゼン、ナフタレン、ベンゾオキサゾール)において、カリウムアリール種の脱離を伴う配位子再配置プロセスを受け、低次ジンケートへと変化することが確認されました。
                                    • しかし、メシチレンなどのアルキルアレーンの場合では、Kカチオンがπ-アレーン相互作用によって安定化されることで、高次カリウムジンケートの完全性が溶液中および固体状態で保持され、配位子再配置プロセスを回避できることが示されました。
                                    • これらの知見は、溶媒と反応温度、そして基質の性質が、有機金属中間体の挙動に深く影響を及ぼし、最終的な有機生成物の収率に影響を与える可能性があることを強調しています。

                                    3: 先行研究との比較(金属化反応)

                                    • ナフタレンの金属化に関して、GilmanのnBuLiによる低変換率(最大20%)と複雑なC1-/C2-リチオ化異性体混合物や、SchlosserのnBuLi/KOtBuによる12種類の異性体混合物(全体収率53%)と比較して、本研究のZn(TMP)2/2KOtBu系はナフタレンのC2-ジンケート化を定量的かつ高い選択性で達成しました。
                                    • Mulveyはナトリウムジンケートを用いてナフタレンのC2-ジンケート化に成功していますが、本研究は比較的弱い塩基の組み合わせで同等以上の選択性を達成し、特にカリウムのπ-アレーン相互作用の重要性を明確に示しています。
                                    • ヘテロ環のα-ジンケート化において、DaugulisらのLiOtBuやK3PO4を塩基とするハロゲン化法は、多量の塩基(2-4当量)、高温(50-130°C)、長時間の反応(10-13時間)を必要としますが、本研究の方法は室温で短時間で高収率を達成し、過剰な塩基も不要である点で優位性を示します。
                                    • さらに、本方法で生成したジンケート中間体は、Pd触媒によるクロスC-Cカップリング反応にも利用可能であり、合成応用の幅を広げることができます。
                                    4: 先行研究との比較(THF分解)
                                    • 強塩基、特に有機リチウム試薬がTHFを金属化することは知られていますが、通常は不安定なα-リチオ化中間体がエテンとリチウムエノラートに分解し、[3+2]環化付加生成物が形成されます。
                                    • Mulveyらは以前、ナトリウムマグネシウムやナトリウムジンケートを用いてTHFのα-ジンケート化を報告しており、金属化されたテトラヒドロフラニル断片が安定で、環状モチーフが保持される例も示しています。
                                    • しかし、本研究で観察されたs-トランス-1,3-ブタジエニル断片の形成は、THFのα-ジンケート化に続く開環と酸素の押し出しという、より珍しい分解経路を示唆しています。
                                    • この分解反応の正確な機構はまだ不明ですが、これは二金属ジンケート系が極めて反応性の高いアニオン種を制御する能力を持つ一方で、反応条件や存在基質に応じて異なる分解経路を辿る可能性があることを示唆しています。
                                    • この分解は、長時間の反応が必要な場合に競合する副反応となり、特にTHFを溶媒として用いる際の反応設計上の課題を提起します。
                                    5: 研究の限界
                                    • 本研究のアプローチは、特定のπ拡張系アレーン(ピレン、フェナントレン)に対しては成功しませんでした。これらの基質では、競争的な単一電子移動(SET)プロセスが観察され、これはアントラセンのジンケート化で中程度の収率が得られた理由とも考えられます。
                                    • ピリジンやジアジン類へのアプローチは、室温で広範な分解が観察されたため、ジンケート化は困難でした。
                                    • 非置換(ヘテロ)アレーンの金属化生成物では、高次カリウムジンケート中間体における配位子再配置プロセスが確認され、カリウムアリール種の脱離と低次ジンケートの形成を伴うことが明らかになりました。これは、特に結晶化条件で現れ、溶液中の化学的複雑性を示しています。
                                    • THFの分解によって生じるブタジエニル断片 (7) の形成機構は、現在のところ詳細には解明されていません。
                                    • 非活性基質(ベンゼンやメシチレンなど)の完全なジンケート化に長時間の反応が必要な場合、THFを溶媒として使用すると、THFのα-金属化とそれに続く分解という副反応が競合し、目的の反応収率に影響を与える可能性があります。

                                    結論

                                      • 本研究は、KOtBuとZn(TMP)2という比較的弱い2つの金属化剤の協調作用により、ナフタレン、ビフェニレン、アントラセンのような非活性アレーンや、幅広いヘテロ環分子の困難な位置選択的ジンケート化が可能になることを示しました。
                                      • アルカリ金属、特にカリウムの劇的な効果が明らかになり、K–π相互作用がジンケート化反応の成功と高次ジンケートの安定化において極めて重要であることが強調されました。
                                      • 金属化中間体の複雑な溶液化学と配位子再配置プロセスが解明され、K原子のπ-アレーン相互作用による安定化がこのプロセスの回避に寄与することが示唆されました。
                                      • さらに、一般的な環状エーテルであるTHFが、この強力な二金属塩基の作用によって珍しいブタジエニル断片へと分解されるという予期せぬ反応を捕捉・特性評価し、Zn(TMP)2/2KOtBu組み合わせの強力な反応性を実証しました。

                                      将来の展望

                                                                      • 将来の研究では、この強力な二金属塩基のさらなる合成応用を探求し、特に配位子再配置プロセスの精密な制御戦略や、THF分解の機構解明が期待されます。
                                                                      • より複雑な基質への適用拡大、および得られた有機金属中間体のさらなる有機合成への活用も有望な研究方向です。

                                                                      TAKE HOME QUIZ

                                                                      1. この論文の中心的な発見は何ですか? 

                                                                      a) Zn(TMP)2単独で非活性アレーンの金属化が効率的に可能である。 

                                                                      b) KOtBu単独で非活性アレーンの金属化が効率的に可能である。 

                                                                      c) Zn(TMP)2とKOtBuという比較的弱い2つの塩基が協調することで、非活性アレーンやヘテロアレーンの困難な位置選択的金属化が温和な条件下で可能になる。 

                                                                      d) 強力な有機リチウム試薬が非活性アレーンの金属化に最も効果的である。

                                                                      2. このジンケート化反応系におけるアルカリ金属(特にカリウム)の最も重要な役割は何ですか? 

                                                                      a) カリウムは反応に全く影響を与えず、単なるカウンターイオンである。 

                                                                      b) カリウムはZn(TMP)2の反応性を低下させる。 

                                                                      c) カリウムイオンは基質であるアレーン環とπ相互作用を形成し、C-H結合のジンケート化を活性化する。 

                                                                      d) カリウムは有機亜鉛中間体を不安定化させ、分解を促進する。

                                                                      3. 基質が存在しない状態でZn(TMP)2/2KOtBu混合物をTHF溶媒中で長時間放置した際に観察された予期せぬ副反応は何ですか? 

                                                                      a) THFが重合して高分子を形成した。 

                                                                      b) THFは安定であり、Zn(TMP)2/2KOtBu混合物の反応性は変化しなかった。 

                                                                      c) THFの初期のα-ジンケート化に続き、環開裂と酸素の押し出しを経て、s-トランス-1,3-ブタジエニル(C4H5)断片が亜鉛中心に配位したカリウムジンケートが形成された。 

                                                                      d) THFが別の環状エーテルに変換された。

                                                                      4. ベンゼンやナフタレンのような非置換(ヘテロ)アレーンの金属化において、高次カリウムジンケート中間体に関してどのような現象が観察されましたか? 

                                                                      a) 高次ジンケートは常に溶液中および固体状態で安定だった。 

                                                                      b) カリウムアリール種の脱離を伴う配位子再配置プロセスを受け、低次ジンケートへと変化する傾向があった。 

                                                                      c) 高次ジンケートはすぐに溶媒と反応して分解した。 

                                                                      d) これらの基質では、金属化中間体は全く形成されなかった。

                                                                      5. ナフタレンの金属化において、本研究のZn(TMP)2/2KOtBu系は、GilmanのnBuLiやSchlosserのnBuLi/KOtBuのような先行研究と比較してどのような性能を示しましたか? 

                                                                      a) 同程度の低い変換率と選択性を示した。 

                                                                      b) 多数の異性体混合物を与えた。 

                                                                      c) ナフタレンのC2-ジンケート化を定量的かつ高い選択性(89%の単離収率)で達成した。 

                                                                      d) ナフタレンの金属化には全く失敗した。

                                                                      解答

                                                                      1. c) 解説: 論文の要点であり、タイトルにも示されているように、Zn(TMP)2とKOtBuそれぞれは弱い塩基ですが、組み合わせることで非活性アレーンやヘテロアレーンを位置選択的にジンケート化できる強力な二金属塩基となります。Zn(TMP)2単独ではナフタレンの金属化は全く進行せず、KOtBu単独でもフルオロアレーンの金属化に不活性であることが示されています。
                                                                      2. c) 解説: 異なるアルカリ金属のtert-ブトキシド(LiOtBu, NaOtBu)を用いたスクリーニング実験では、カリウムを使用した場合にのみ金属化が進行しました。これは、大きくよりソフトなK中心がアレーン環とπ相互作用を形成し、基質のC-Hジンケート化を活性化する上で極めて重要な役割を果たすためであると考察されています。
                                                                      3. c) 解説: 論文では、基質なしでZn(TMP)2/2KOtBuのTHF溶液を放置すると、鮮やかな紫色に変化し、s-トランス-1,3-ブタジエニル断片を含む珍しい分解生成物(7)が単離されたことが報告されています。これはTHFの初期のα-ジンケート化とその後の環開裂と酸素押し出しに起因すると考えられています。
                                                                      4. b) 解説: NMRおよびX線結晶構造解析により、ベンゼンやナフタレンなどの金属化中間体である高次カリウムジンケート(I)は、カリウムアリール種の脱離を伴う配位子再配置プロセスを経て、低次カリウムジンケート(3)へと変化することが明らかになりました。ただし、メシチレンのようなアルキルアレーンではK原子がπ-アレーン相互作用によって安定化されることで、この再配置プロセスが回避されることも示されています。
                                                                      5. c) 解説: GilmanはnBuLiを用いて最大20%の低変換率とC1-/C2-リチオ化異性体の混合物を報告し、SchlosserはnBuLi/KOtBuを用いて12種類の異性体混合物(全体収率53%)を得ています。これに対し、本研究のZn(TMP)2/2KOtBu系は、室温で2時間という温和な条件でナフタレンのC2-ジンケート化を定量的かつ選択的に進行させ、89%の単離収率で2-ヨードナフタレンを生成しました。

                                                                      2025年9月13日土曜日

                                                                      Catch Key Points of a Paper ~0250~

                                                                      論文のタイトル: Electron Transfer Theory Elucidates the Hidden Role Played by Triethylamine and Triethanolamine during Photocatalysis(光触媒反応におけるトリエチルアミンとトリエタノールアミンの隠れた役割を解明する電子移動理論)

                                                                      著者: Cody R. Carr,* Michael A. Vrionides, Ilya S. Sosulin, Aliaksandra Lisouskaya, Mehmed Z. Ertem,* and David C. Grills*

                                                                      雑誌名: Journal of the American Chemical Society 

                                                                      巻: ASAP
                                                                      出版年: 2025
                                                                      DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.5c09982

                                                                      背景

                                                                      1: 研究の背景

                                                                      • 光触媒反応において、トリエチルアミン(TEA)およびトリエタノールアミン(TEOA)は、犠牲電子供与体(SED)として広く利用されています。
                                                                      • これらのアミンは、光吸収分子(光レドックス触媒または光増感剤)の励起状態を還元的にクエンチする役割を担います。
                                                                      • クエンチングにより供給された電子は、直接基質へ、あるいは共触媒を介して基質を活性化するために利用されます。
                                                                      • TEOAは、電子貯蔵庫としてだけでなく、電荷分離中間体の安定化にも寄与し、反応の選択性向上に貢献することもあります。
                                                                      • これらのアミンの利用は水素発生やCO2還元など、多岐にわたる光触媒システムで実績があります。

                                                                      2: 未解決の問題点

                                                                      • TE(O)Aの1電子酸化により生成する窒素中心ラジカルカチオン(TE(O)A•+)は、プロトン移動や水素原子移動を経て、α-炭素中心ラジカル(TE(O)Aを形成します。
                                                                      • このTE(O)Aラジカルは、多くの光触媒を還元できる化学還元剤であることが古くから知られていました。
                                                                      • しかし、TE(O)A基本的な熱力学的・速度論的量については、特に一般的な溶媒であるアセトニトリル(CH3CN)中で不明確な点が多く残されていました。
                                                                      • このため、光触媒メカニズムにおけるTE(O)Aの具体的な関与は、しばしば十分に定義されていませんでした。

                                                                      3: 研究の目的

                                                                      • 本研究は、光触媒反応における犠牲電子供与体であるTE(O)Aが果たす、これまで見過ごされがちであった「二次的な」機能を明確にすることを目的としました。
                                                                      • 具体的には、TE(O)Aと光触媒間の自由エネルギー交換に依存する「1光子/2電子変換プロセス」の可能性を合理化することを目指しました。
                                                                      • パルスラジオリシス(PR)と理論計算を組み合わせることで、TEAから一連のレニウムベースの自己増感光触媒への二分子電子移動反応を詳細に探求しました。
                                                                      • CH3CN中におけるTEA+およびTEOA+還元電位を正確に定量し、触媒活性状態の光触媒に対するベンチマークを設定しました。

                                                                      方法

                                                                      1: 研究デザインの概要

                                                                        • 本研究では、電子移動理論、電気化学測定、分光法、そして密度汎関数理論(DFT)計算を統合した多角的なアプローチを採用しました。
                                                                        • 特に、パルスラジオリシス(PR)を主要な実験手法として用い、生成したラジカルアニオンやTEAの反応性を時間分解吸収分光法で観察しました。
                                                                        • 様々な電子供与性および電子求引性基を持つレニウムベース錯体(1-8)を電子受容体として使用し、電子移動の駆動力(ΔG°)を1.43 Vの範囲で系統的に変化させました。
                                                                        • このアプローチにより、電子移動速度定数と駆動力の関係を広範囲にわたって測定し、Marcus理論を用いて分析しました。

                                                                        2: 対象物質の調製と生成

                                                                        • 電子受容体としては、配位子置換されたレニウム錯体、[ReCl(R1R2-bpy)(CO)3](錯体1-8)を使用しました。
                                                                        • これらの錯体は、CO2からCOへの触媒還元で知られ、触媒活性状態への還元電位の幅を広げるために設計されました。
                                                                        • 電子供与体としては、TEAおよびTEOAα-炭素中心ラジカルを研究対象としました。
                                                                        • TE(O)Aラジカルは、主にパルスラジオリシス(PR)を用いて、溶媒ラジカルがTE(O)Aによって捕捉されることで迅速に生成させました。
                                                                        • また、光化学的手法(レーザーフラッシュ光分解)もTE(O)A生成のために用いられました。

                                                                        3: 主要な評価項目と測定方法

                                                                        • レニウム錯体1-81電子還元電位(E1/2は、主にサイクリックボルタンメトリー(CV)により測定しました。
                                                                        • 錯体1のようにCVで不可逆的な挙動を示すものについては、PRによる平衡測定を用いて還元電位を決定しました。
                                                                        • TEAからレニウム錯体への二分子電子移動速度定数(kは、PRと過渡吸収分光法を組み合わせて測定しました。
                                                                        • TE(O)Aラジカルの形成は、スピン捕捉剤2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン(3tBNB)を用いた電子常磁性共鳴(EPR)分光法により確認・実証されました。
                                                                        • TEAの還元電位は、実験的に得られた速度定数と自由エネルギーの相関、電子移動理論、および密度汎関数理論(DFT)計算から導出されました。

                                                                        4: 使用した理論・計算手法

                                                                        • TEAとレニウム触媒間の電子移動速度定数(kETを記述するために、Marcus理論の正規領域と拡散律速領域を組み合わせたモデルを使用しました。
                                                                        • 特に、拡散律速の限界を記述するためにDebye-Smoluchowskiモデルが適用されました。
                                                                        • 電子移動の駆動力(ΔG°)は、M06-2XレベルのDFT計算とCPCM連続体溶媒和モデルを用いて理論的に計算されました。
                                                                        • 電子移動の再配列エネルギー(λは、4点スキームと二球モデルを用いて、分子内および溶媒再配列の両方を考慮して推定されました。
                                                                        • さらに、より精密なλ値の予測のため、明示的な溶媒分子を含むモデルシステムを用いた分子動力学シミュレーションとDFT計算も実施されました。

                                                                        結果

                                                                        1: 電子受容体の電気化学的・分光学的特性

                                                                        • サイクリックボルタンメトリー(CV)により、レニウム錯体1-8の1電子還元電位は、1.43 Vの広い範囲にわたることが示されました。
                                                                        • 錯体2-8は可逆的なレドックス挙動を示しましたが、強力な電子供与基を持つ錯体1は不可逆的でした。
                                                                        • 錯体1の正確な還元電位は、PRを用いた平衡測定により−2.214 V vs Fc+/0とと決定されました。
                                                                        • PRおよび分光電気化学(SEC)によって測定された、還元された光触媒(1−8)•−のUV-Vis過渡吸収スペクトルは非常に良く一致し、その分光学的特性が確立されました [Figure 4]。
                                                                        • CH3CN中における錯体2-8、Fc、TEAの拡散係数(D)は分子量に比例し、既報の傾向と一致しました [Figure 2C]。

                                                                        2: TE(O)Aラジカルの形成確認

                                                                        • 光分解実験において、3tBNBを用いることで、α-炭素中心ラジカルTE(O)Aの形成が電子常磁性共鳴(EPR)分光法により明確に確認されました。
                                                                        • 光増感剤ベンゾフェノン(BP)と3tBNB、TEAを含む溶液を可視光照射すると、(N)O−C型のスピン付加物に一致するEPRスペクトルが得られました [Figure 5C]。
                                                                        • BP非存在下では、3tBNB自身が光増感剤として機能し、N(O)−C型の付加物を生成することが示されました [Figure 5C]。
                                                                        • TEOAについても同様のラジカル-3tBNB付加生成物が検出されましたが、TEOAの粘性が高いためか、スペクトルに有意な広がりが観察されました [Figure S11]。

                                                                        3: 電子移動速度定数とTE(O)Aのレドックス電位

                                                                        • TEAからレニウム触媒2-8への二分子電子移動速度定数(kは、広範囲の駆動力をカバーし、Marcus理論の予測曲線と良好に一致しました [Figure 6C]。
                                                                        • 特に、還元電位がより負の触媒(5および8)との電子移動は拡散律速であり、速度定数はk ≈ kdiff = 9.8 × 109 M−1 s−1に達しました。
                                                                        • Marcus理論のフィッティングとDFT計算を組み合わせることで、CH3CN中におけるTEA+の平衡還元電位は−1.98 ± 0.08 V vs Fc+/0と精度良く決定されました。
                                                                        • TEOAの還元電位はTEAよりも0.22 V正であり、−1.76 V vs Fc+/0と決定されました。
                                                                        • これらの値は、一般的な光触媒条件下で、TE(O)A強力な還元駆動力を持つことを示しています。

                                                                        考察

                                                                        1: TE(O)Aの隠れた還元機能

                                                                        • 本研究の最も重要な発見は、犠牲電子供与体であるTE(O)Aから生成されるα-炭素中心ラジカルTE(O)Aが、強力な均一系化学還元剤であることを明確に示した点です。
                                                                        • これは、TE(O)Aが単に光触媒の励起状態をクエンチするだけでなく、より還元された「触媒活性」な基底状態の光触媒をも効果的に還元しうることを意味します。
                                                                        • この二次的な還元ステップは、多くの光触媒システムにおいてしばしば見過ごされてきた機能であり、光触媒反応メカニズムのより包括的な理解に繋がります。
                                                                        • 例えば、CO2還元触媒であるReCl(bpy)CO3の場合、TE(O)Aが追加の電子を供給することで、より高速な触媒形態の形成に寄与する可能性が示唆されています。

                                                                        2: 1光子/2電子変換プロセスの合理化

                                                                        • 本研究で定量されたTEA(−1.98 V)およびTEOA(−1.76 V)の還元電位は、代表的な光触媒の活性状態の電位(例:[Ir(ppy)2(dtbbpy)]+や[Ru(bpy)3]2+)と比較して、十分な還元駆動力を提供することが示されました。
                                                                        • これは、TE(O)Aが光触媒の励起状態をクエンチした後、生成したTE(O)Aがさらに別の電子を触媒に供与することで、見かけ上1つの光子で2つの電子を触媒システムに注入するプロセスを可能にする、という概念を合理化します。
                                                                        • このTE(O)Aによる還元ステップは、触媒の回転頻度よりも数桁速い速度で進行しうるため、光触媒反応の全体の効率と収率に大きく貢献する可能性があります。
                                                                        • このような「隠れた」二次還元ステップは、光レドックス反応の化学選択性にも影響を与えることが先行研究で示唆されています。

                                                                        3: 先行研究との比較と知見の更新

                                                                        • 本研究で決定されたCH3CN中でのTEAの還元電位(−1.98 V vs Fc+/0)は、過去の推定値(−1.9~−2.0 V)と概ね一致しています。
                                                                        • しかし、以前のいくつかの報告とは異なり、本研究ではTEAがTEOAよりも約0.2 V強力な還元剤であることが明確に示されました。
                                                                        • Kutalらの報告ではTEAがReBr(bpy)CO3を還元できないとされていましたが、我々のレーザーフラッシュ光分解およびパルスラジオリシスデータを組み合わせた最近の研究では、TEAとTEOAの両方がReCl(bpy)CO3を還元できることが示されました。
                                                                        • Waynerらの研究によるTEA+還元電位(−1.50 V)とも異なる結果であり、本研究は、CH3CN溶媒中でのTE(O)Aの熱力学的・速度論的量の長年の曖昧さを解消するものです。

                                                                        4: 再配列エネルギーと反応機構

                                                                        • TEAとレニウム錯体4間の再配列エネルギーは0.8〜1.3 eVと測定され、これはTE(O)Aが多くの一般的な金属中心光増感剤を容易に還元できることを示唆しています。
                                                                        • この再配列エネルギー値は、電子移動速度と効率を理解する上で重要なパラメータです。
                                                                        • 本研究では、Marcus理論のパラメータ(λ = 0.8 eV、|Hab| = 77 cm−1)を用いて、駆動力に依存する電子移動速度を記述することに成功しました [Figure 6C]。
                                                                        • この知見は、光触媒におけるリガンド修飾が、拡散挙動、反応半径、再配列エネルギー、および電子的結合に最小限の摂動しか与えないことを実証しています。
                                                                        • これにより、広範囲の駆動力にわたる電子移動挙動を系統的に調査する「Hammettアプローチ」の有効性が示されました。

                                                                        5: 研究の限界点

                                                                        • Marcus理論のフィッティングにおいて、TEA+の還元電位は±0.1 V程度の変動を許容しており、より多様な還元電位を持つ触媒セットがあれば、フィッティングの精度をさらに向上できる可能性があります。
                                                                        • DFT計算による再配列エネルギー(λ)の初期推定値(1.54〜1.66 eV)は、Marcusフィッティングで採用されたλ値(0.8 eV)よりも有意に高い値を示しました。
                                                                        • 計算された溶媒再配列エネルギー(λs)は、二球モデルにおける電子供与体と受容体間の推定距離Rに大きく依存し、広い範囲(0.14〜1.09 eV)を示しました。
                                                                        • 明示的な溶媒分子を組み込んだモデルシステムを用いた計算では、平均再配列エネルギーは1.36〜1.35 eVとなり、単純な連続体モデルよりも高い値となりましたが、モデル構築の複雑性が課題です。

                                                                        結論

                                                                        • 本研究は、犠牲電子供与体であるTE(O)Aが、光触媒反応において、励起状態のクエンチングに加えてα-炭素中心ラジカルTE(O)Aを介した強力な「隠れた」二次還元剤として機能することを解明しました。
                                                                        • CH3CN溶媒中において、TEA•およびTEOAの還元電位をFc+/0に対してそれぞれ−1.98 Vおよび−1.76 Vと正確に定量しました。
                                                                        • これらの知見は、TE(O)Aを用いる光触媒システムにおける「1光子/2電子変換プロセス」の可能性を合理化し、光触媒メカニズムの理解を深める重要な貢献です。
                                                                        • TE(O)Aの強力な還元能と比較的低い再配列エネルギーは、多くの金属中心光増感剤を効率的に還元し、触媒活性を向上させる可能性を示唆しています。

                                                                        将来の展望

                                                                                                      • これらの新しい知見は、将来の光触媒システムの設計と最適化において、TE(O)Aの効果的な利用法を再考するための貴重な指針を提供します。

                                                                                                      TAKE HOME QUIZ

                                                                                                      質問1: TEA および TEOA が犠牲電子供与体 (SED) として光触媒作用において果たす最も一般的な機能は何ですか? 

                                                                                                      a) 電荷分離中間体を安定化させること。 

                                                                                                      b) 光吸収分子の励起状態を還元的に消光すること。 

                                                                                                      c) 基質を直接活性化すること。 

                                                                                                      d) 助触媒として機能すること。

                                                                                                      質問2: TEA•+ および TEOA•+ ラジカルカチオンから、α-炭素中心ラジカルである TEA および TEOA が形成されるプロセスを説明してください。

                                                                                                      質問3: この研究において、電子受容体 (ReCl(R1R2-bpy)(CO)3 錯体) の特性評価および TEA の電子移動速度定数とレドックス電位の決定に主に用いられた実験手法を少なくとも3つ挙げてください。

                                                                                                      質問4: この研究で明らかにされた、TEA や TEOA のような犠牲電子供与体が光触媒作用中に持つ「隠れた役割」とは具体的にどのようなものですか?

                                                                                                      質問5: 研究者たちは、電子供与体である TE(O)A の形成をどのようにして確認しましたか? 

                                                                                                      a) 直接その吸収スペクトルを測定することによって。 

                                                                                                      b) 2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン (3tBNB) との反応をスピン捕獲EPR分光法を用いて観察することによって。 

                                                                                                      c) サイクリックボルタンメトリーを用いてその酸化電位を測定することによって。 

                                                                                                      d) その蛍光消光を観察することによって。

                                                                                                      質問6: 本研究では、配位子置換されたレニウムベースの錯体 (1-8) が用いられました。bipyridyl 配位子上の異なる R1 および R2 基でこれらの錯体を調節する目的は何でしたか?


                                                                                                      解答

                                                                                                      1: b) 光吸収分子の励起状態を還元的に消光すること 犠牲電子供与体 (SED) の最も一般的な機能は、光吸収分子の励起状態を還元的に消光し、余分な電子を直接基質へ、または基質を活性化する助触媒へ送ることであると述べられています。

                                                                                                      2: TEA•+ および TEOA•+ ラジカルカチオンの一電子酸化により、隣接するα-炭素の C−H 結合の酸性度が著しく増加します。これにより、TE(O)A•+ はプロトン転移 (PT経路) または水素原子転移 (HAT経路) を介して、TE(O)A 分子と迅速に反応します。この反応の結果、TE(O)AH+ と、窒素中心に隣接するα-炭素中心ラジカルである TE(O)A がそれぞれ1当量ずつ生成されます。

                                                                                                      3: 主に以下の実験手法が用いられました。

                                                                                                      • サイクリックボルタンメトリー (CV): 電子受容体である ReCl(R1R2-bpy)(CO)3 錯体 (1-8) の電気化学的特性評価に用いられました。
                                                                                                      • パルス放射線分解 (PR): 電子受容体 (特に錯体1) の平衡レドックス電位を決定し、TE(O)A の反応性を観察するために用いられました。
                                                                                                      • スピン捕獲電子常磁性共鳴 (EPR) 分光法: 電子供与体である TE(O)A ラジカルの形成を立証するために用いられました。
                                                                                                      • 過渡吸収分光法: PR実験でラジカルアニオンのその後の反応性をプローブするために用いられました。

                                                                                                      4: 犠牲電子供与体である TE(O)A の「隠れた役割」は、光触媒作用中に発生する TE(O)A と呼ばれる一時的なラジカルが、強力な均一系化学還元剤として機能し、光触媒をさらに還元することです。これにより、電子受容体の相対的なレドックス電位に応じて、正味の一光子・二電子変換プロセスが可能になることが明らかにされました。

                                                                                                      5: b) 2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン (3tBNB) との反応をスピン捕獲EPR分光法を用いて観察することによって。 研究者たちは、TE(O)A の形成をさらに裏付けるために、光化学的手法を用いて感光剤とスピン捕獲剤の存在下で連続光分解を行い、得られた EPR スペクトルを測定しました。3tBNB は α-炭素中心ラジカルと反応し、新しい EPR 活性な O-中心または N-中心ラジカルスピン付加物を生成することが示されました。

                                                                                                      6: レニウムベースの錯体 (1-8) の配位子に異なる R1 および R2 基を導入する目的は、電子移動の駆動力の範囲を 1.43 V にわたって調整し、較正することでした。これにより、電子移動の駆動力に対する速度定数の依存性をリレーするプローブ分子として機能させました。この方法は、CH3CN中での溶解度を維持しながら、拡散挙動、反応半径、再配列エネルギー、および電子結合への摂動を最小限に抑えることができました。

                                                                                                      2025年9月6日土曜日

                                                                                                      Catch Key Points of a Paper ~0249~

                                                                                                      論文のタイトル: Probing the alkylidene carbene–strained alkyne equilibrium in polycyclic systems via the Fritsch–Buttenberg–Wiechell rearrangement(多環系におけるアルキリデンカルベンと歪みアルキンの平衡のFritsch–Buttenberg–Wiechell転位による解析)

                                                                                                      著者: T. E. Anderson, Dasan M. Thamattoor,* David Lee Phillips*

                                                                                                      雑誌名: Nature Communications
                                                                                                      巻: Volume 15, pages 8313
                                                                                                      出版年: 2024
                                                                                                      DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-024-52390-7

                                                                                                      背景

                                                                                                      1: 既存の知見と研究の重要性

                                                                                                      • 歪み環状アルキンは、高い反応性と複雑な骨格を形成する能力から、合成化学において価値のあるビルディングブロックです。
                                                                                                      • これらは、理想的な線形幾何学からの逸脱を伴うため、化学結合の歪みの限界を探る上で理論的・実践的に重要です。
                                                                                                      • アルキリデンカルベンは、Fritsch–Buttenberg–Wiechell (FBW) 転位を介して歪み環状アルキンを形成する経路を提供します。
                                                                                                      • FBW転位は、他の方法では生成が困難な高反応性で幾何学的に歪んだ環状アルキンへのアクセスを可能にします。
                                                                                                      • 多くの歪みアルキンは室温で不安定な中間体であり、その形成は様々な捕捉剤との反応によって推測されてきました。

                                                                                                      2: 未解決の問題点と研究のギャップ

                                                                                                      • FBW転位によるアルキン生成は、一般的にアルキンを優先する熱力学的平衡に依存すると考えられてきました。
                                                                                                      • しかし、多くの多環系アルキンにおける追加の幾何学的制約は、平衡をカルベン側に傾ける可能性があります。
                                                                                                      • このような場合、歪みアルキンの直接合成でさえ、逆1,2-転位(Roger Brown転位)によりアルキリデンカルベンへの転位を引き起こす可能性があります。
                                                                                                      • 過去に、アルキリデンカルベンのFBW転位を介した多環系アルキン(例えば5および7)の検出が試みられましたが、両化学種の相対的安定性の不利な差が原因で失敗していました。
                                                                                                      • アルキリデンカルベノイド種の使用、反応温度、捕捉剤の種類など、多くの実験的要因が中間体の熱力学的安定性の解釈を複雑にする可能性があります。

                                                                                                      3: 研究の目的と期待される成果

                                                                                                      • 本研究は、以前は熱力学的に到達不可能と考えられていた3つの高歪み多環系アルキン(bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10)、pentacyclo[5.5.0.04,11.05,9.08,12]dodec-2-yne (13)、pentacyclo[6.4.0.03,7.04,12.06,11]dodec-9-yne (6))を穏やかな条件下で生成します。
                                                                                                      • これらのアルキンは、ジエン捕捉剤を用いたディールス・アルダー環化付加によって捕捉されます。
                                                                                                      • また、異なる捕捉剤を使用することでアルキリデンカルベンの捕捉も試み、これにより外環式アルキリデンカルベンとその環状アルキンFBW転位生成物の両方が捕捉された初の事例を提供します。
                                                                                                      • 捕捉剤の選択が反応結果に決定的な影響を与え、カルベンまたはアルキンのいずれかを捕捉できることが期待され、計算実験によって予測されます。
                                                                                                      • 本研究は、不安定な中間体の捕捉において、熱力学的な関係性が必ずしも制限ではないことを実証することを目指します。

                                                                                                      方法

                                                                                                      1: 研究デザインの概要

                                                                                                      • 本研究は、遊離アルキリデンカルベンの光分解的生成アプローチを採用しており、穏やかな条件下および室温で進行します。
                                                                                                      • この方法は、アルキリデンカルベノイドの特徴である代替反応経路を避けることを可能にします。
                                                                                                      • 計算研究(DLPNO-CCSD(T)/CPCM(benzene)/def2-TZVPP//M06/CPCM(benzene)/def2-TZVPレベルの理論)により、反応経路のエネルギー面、活性化エネルギー、および中間体の相対的安定性を予測しました。
                                                                                                      • ターゲットアルキン(10, 13, 6)および対応するカルベン(9, 12, 5)の前駆体22, 29, 50)の有機合成が実施されました。
                                                                                                      • これらの前駆体を介して生成した中間体の捕捉研究が行われ、ジエン捕捉剤(16)とシクロヘキセン(35)が使用されました。

                                                                                                      2: 主要な試薬と中間体

                                                                                                      • 生成された歪み多環系アルキン: bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10), pentacyclo[5.5.0.04,11.05,9.08,12]dodec-2-yne (13), pentacyclo[6.4.0.03,7.04,12.06,11]dodec-9-yne (6)。
                                                                                                      • 対応するアルキリデンカルベン: 7-norbornylidene carbene (9), 8-pentacyclo[5.4.0.02,6.03,10.05,9]undecylidene carbene (12), および 2-pentacyclo[6.3.0.03,7.04,11.06,10]undecylidene carbene (5)。
                                                                                                      • 捕捉剤:
                                                                                                        • 2,5-ビス(メトキシカルボニル)−3,4-ジフェニルシクロペンタジエノン (16): ディールス・アルダー環化付加によりアルキンを優先的に捕捉すると予想。
                                                                                                        • シクロヘキセン (35): カルベンとアルキンの両方を捕捉可能と予想。
                                                                                                      • 合成されたアルキリデンカルベン前駆体: 22, 29, 50

                                                                                                      3: 主要な評価項目と測定方法

                                                                                                      • アルキンおよびカルベンの検出: 特定の捕捉剤との反応生成物を分析することで間接的に検出。
                                                                                                      • 反応生成物の構造決定:
                                                                                                        • X線結晶構造解析により、主要な付加体(11, 37, 40)の構造が確認されました。
                                                                                                        • 1H NMR分光法により、未精製反応混合物中の生成物収率、未反応のジエン、および主要な生成物の同定が行われました。
                                                                                                        • GC/MS分析により、一部の生成物(例:付加体39)の同定が行われました。
                                                                                                      • エネルギーおよび活性化エネルギーの計算: DLPNO-CCSD(T)/CPCM(benzene)/def2-TZVPP//M06/CPCM(benzene)/def2-TZVPレベルの理論を使用し、FBW転位の活性化エネルギーおよび中間体の相対的安定性を評価しました。
                                                                                                      • 歪みエネルギーの計算: 化合物10および13の三重結合における歪みエネルギーが算出されました。

                                                                                                      4: 実験条件と分析手法

                                                                                                      • 光分解実験: Newport 200W Xe-Hgアークランプ(280–400 nm)を使用し、石英製容器中でアルゴン雰囲気下、ベンゼンまたはシクロヘキセン中で実施されました。
                                                                                                      • 反応時間: 前駆体が消費されるまで、4時間から16時間の範囲で照射が行われました。
                                                                                                      • 生成物の精製: フラッシュカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、硝酸銀処理シリカゲル)が用いられました。
                                                                                                      • 化合物の特性評価: 合成された化合物および反応生成物は、1H NMR, 13C NMR, 高分解能質量分析 (HRMS) (ESI), 赤外分光法 (IR) (ATR) によって詳細に特性評価されました。

                                                                                                      結果

                                                                                                      1: アルキン10と13のジエン16による生成と捕捉

                                                                                                      • bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10)は、前駆体22の光分解後に生成され、シクロペンタジエノン16によって捕捉され、付加体11が32%の単離収率で得られました。
                                                                                                        • 計算予測では、アルキン10は対応するカルベン9より1.0 kcal/mol安定であり、FBW転位の活性化エネルギーは8.4 kcal/molでした。
                                                                                                      • pentacyclo[5.5.0.04,11.05,9.08,12]dodec-2-yne (13)は、前駆体29の光分解後に生成され、ジエン16によって捕捉され、付加体14が10%の単離収率で得られました。
                                                                                                        • 計算予測では、アルキン13は対応するカルベン12より2.4 kcal/mol安定であり、FBW転位の活性化エネルギーは10.1 kcal/molでした。
                                                                                                      • 反応混合物中には、異性化生成物32および51や二量化生成物(アレン31)も検出され、代替反応経路の存在が示唆されました。

                                                                                                      2: カルベン9と12のシクロヘキセン35による捕捉

                                                                                                      • 前駆体22シクロヘキセン (35)の存在下で光分解した結果、シクロプロパン化生成物36が排他的に生成し(35%単離収率)、アルキン10ではなくカルベン9が捕捉されたことを示しました。
                                                                                                      • 同様に、前駆体29シクロヘキセン (35)の存在下で光分解した結果、シクロプロパン化生成物39が排他的に生成し(40%単離収率)、アルキン13ではなくカルベン12が捕捉されたことを示しました。
                                                                                                      • これらのデータは、捕捉実験の結果が、アルキンとアルキリデンカルベン間の熱力学的関係ではなく、主に捕捉剤の種類に依存することを示しています。
                                                                                                      • 計算研究は、アルキン10および13に対するシクロヘキセンの付加の活性化エネルギーが、カルベン捕捉と比較して著しく高いことを示しており、実験結果を裏付けています。

                                                                                                      3: 熱力学的に不利なアルキン6のジエン16による捕捉

                                                                                                      • pentacyclo[6.4.0.03,7.04,12.06,11]dodec-9-yne (6)は、計算上、対応するアルキリデンカルベン5より4.5 kcal/mol不安定であると予測されました。
                                                                                                      • しかし、前駆体50の光分解後にジエン16を使用することで、アルキン6は成功裏に捕捉され、付加体151%の単離収率で得られました。
                                                                                                      • これは、熱力学的に不利な関係にあるアルキンでさえ、適切な反応パートナーを使用すれば捕捉可能であることを示しています。
                                                                                                      • 付加体15の収率(1%)は、付加体14の収率(10%)とほぼ同程度であり、両反応におけるカルベンとアルキンの熱力学的関係が異なるにもかかわらず、FBW転位の活性化エネルギーが収率の主要な決定要因である可能性が示唆されました。

                                                                                                      考察

                                                                                                      1: 捕捉剤によって左右される結果

                                                                                                      • 本研究は、3つの高歪み多環系アルキン(10136)と、それに対応するアルキリデンカルベン(912)の両方の生成と捕捉に成功しました。
                                                                                                      • 重要な発見は、捕捉剤の種類が、カルベンとアルキンのどちらが捕捉されるかを決定するという点です。これは、Curtin-Hammettの原理を示しています。
                                                                                                      • 計算実験は、ジエン16とシクロヘキセン35で観察された生成物特異性が、捕捉の活性化エネルギーの違いに起因することを裏付けました。
                                                                                                      • 例えば、ジエン16はカルベン9よりもアルキン10を捕捉する活性化エネルギーが低いのに対し、シクロヘキセン35はアルキン10との反応の活性化エネルギーが著しく高いため、カルベン9の捕捉が優先されます。

                                                                                                      2: 熱力学的アクセシビリティの克服

                                                                                                      • 本研究は、以前の捕捉実験では熱力学的にアクセス不可能と見なされていたアルキン1013、および6を生成しました。
                                                                                                      • これは、穏やかな条件下で遊離アルキリデンカルベンを生成する光分解法を用いることで達成され、アルキリデンカルベノイドに特徴的な代替反応経路を回避できました。
                                                                                                      • これらの結果は、アルキンとカルベンの間の熱力学的関係が、適切な反応パートナーが使用される限り、不安定な中間体の捕捉に対する制限ではないことを示しています。
                                                                                                      • これにより、FBW転位によるアルキン生成が常にアルキンを優先する熱力学的平衡に依存するという従来の前提に異議を唱えることになります。

                                                                                                      3: 先行研究の支持・反証

                                                                                                      • 先行研究の熱力学的アクセシビリティに関する結論への反証: 以前のアルキン571013の検出の試みは、アルキンがカルベンと比較して熱力学的に不利であるとされたために失敗していました。本研究は、これらのアルキンが捕捉可能であることを示しました。
                                                                                                      • 捕捉剤/速度論的制御の役割を支持: 以前の低温条件下での捕捉失敗は、カルベンの熱力学的優位性に起因するとされていましたが、本研究は、低温がカルベンとアルキンの平衡が確立される前にカルベン捕捉を優先させる速度論的制御をもたらす可能性を示唆しています。これは、本研究で観察されたCurtin-Hammettの原理と一致しています。
                                                                                                      • 一部のシステムにおける計算予測との一致: アルキン56、および78の相対的熱力学的安定性に関する以前の報告は、本研究で実施された計算実験と一致することが確認されました。

                                                                                                      4: さらなる示唆と洞察

                                                                                                      • 本研究は、外環式アルキリデンカルベンとその環状アルキンFBW転位生成物の両方が成功裏に捕捉された報告となります。
                                                                                                      • 付加体111415の収率は、特にウンデシリデンカルベンの場合、FBW転位の活性化エネルギーが生成物収率の重要な決定要因であることを示唆しています。
                                                                                                      • 計算実験によって裏付けられたように、歪みアルキンとの環化付加反応のメカニズムは、通常、双ラジカル中間体ではなくジカルベン経路を通じて進行します。

                                                                                                      5: 研究の限界点

                                                                                                      • 前駆体29の光分解時に観察された複雑な副生成物混合は、カルベン12代替反応経路および分解への感受性が高いことを示唆しています。
                                                                                                      • 前駆体22の光分解でも、転位生成物32)と二量化生成物(アレン31)が観察され、競合反応が存在することが示されました。
                                                                                                      • 過去の多環系アルキン生成におけるアルキリデンカルベノイドの使用は、それらの異なる反応パターンや代替経路(二量化、分解、FBW転位)の可能性により、カルベン-アルキン平衡の研究を複雑にする問題点がありました。
                                                                                                      • 一部の生成物(例:付加体14の10%、付加体15の1%)の収率が比較的低いことは、生成物形成の最大化における課題を示唆しています。

                                                                                                      結論

                                                                                                      • 外環式アルキリデンカルベンの光化学的生成は、以前はアクセス不可能と考えられていたものを含め、高歪みケージドアルキンを生成するための有用な戦略であることが実証されました。
                                                                                                      • 異なる捕捉剤を使用することで、アルキリデンカルベン(912)とその対応するシクロアルキン(1013)の両方を捕捉できることが示され、捕捉剤の選択が決定的な役割を果たすことが明らかになりました。
                                                                                                      • カルベンとアルキンの相対的熱力学的安定性は、使用される反応パートナーとFBW転位の活性化エネルギーよりも重要性が低いことが示されました。
                                                                                                      • 本研究は、FBW転位における熱力学的関係を推論するために捕捉実験のみを使用することの問題点を浮き彫りにしています。

                                                                                                      将来の展望

                                                                                                                                  • FBW転位の活性化エネルギーに影響を与える要因に関するさらなる研究は、合成戦略の最適化につながる可能性があります。
                                                                                                                                  • 開発された穏やかな条件下での光分解アプローチは、より広範囲の歪みアルキンとその合成的応用にアクセスするための汎用性の高い方法を提供します。
                                                                                                                                  • カルベンまたはアルキンのいずれかを選択的に捕捉できる能力は、複雑な分子骨格や医薬品の合成に新たな道を開きます。

                                                                                                                                  TAKE HOME QUIZ

                                                                                                                                    1. 「歪んだシクロアルキン」とは何ですか、そして合成化学においてなぜ重要なのでしょうか?その特徴と、医薬品や天然物への応用における価値を述べてください。

                                                                                                                                    2. Fritsch–Buttenberg–Wiechell (FBW) 転位について簡単に説明してください。この転位におけるアルキン生成の従来の一般的な考え方(熱力学的平衡)は何でしたか?

                                                                                                                                    3. 過去に高ひずみシクロアルキンの生成と研究が困難であった主な理由は何ですか?

                                                                                                                                      • 以下の要因を考慮して説明してください:
                                                                                                                                        • 化学種の不安定性
                                                                                                                                        • アルキリデンカルベノイドの使用
                                                                                                                                        • 反応温度
                                                                                                                                        • 捕捉剤の選択
                                                                                                                                    4. 著者は、以前は熱力学的にアクセス不可能と考えられていた3つの高ひずみ多環系アルキンをどのように生成しましたか?この新しいアプローチの利点を述べてください。

                                                                                                                                    5. 捕捉剤の選択が実験結果(カルベンとアルキンのどちらが検出されるか)にどのように決定的な影響を与えましたか?使用された異なる捕捉剤とその主な結果を例を挙げて説明してください。

                                                                                                                                    解答

                                                                                                                                    1. 「歪んだシクロアルキン」とは、環状構造にアルキンが組み込まれることで、理想的な直線幾何形状から逸脱することを余儀なくされ、その結果としてひずみが生じたアルキンです。
                                                                                                                                      • 特徴: これらの化学結合のひずみの限界を探ることを可能にします。非常に反応性が高く、構造的に複雑な骨格を形成する能力を持つため、不安定で一時的な化学種であることが多いです。
                                                                                                                                      • 合成化学における重要性: その反応性は、多くの医薬品や天然物に共通する特徴である、複雑な分子骨格の生成に利用されてきました。
                                                                                                                                    2. Fritsch–Buttenberg–Wiechell (FBW) 転位は、アルキリデンカルベン (1) が1,2-シフトを起こしてアルキン (2) を生成する反応です (図1A参照)。エキソサイクリックアルキリデンカルベン (3) の場合、FBW転位は他の方法では生成が困難な高反応性で幾何学的にひずんだ環状アルキン (4) へのアクセスを提供できます (図1B参照)。従来の一般的な考え方では、アルキリデンカルベンのFBW転位によるアルキン生成は、対応するカルベンよりも目的のアルキンが有利な熱力学的平衡に依存すると考えられていました。

                                                                                                                                    3. 以下の要因が、高ひずみシクロアルキンの生成と研究を困難にしていました。

                                                                                                                                      • 化学種の不安定性: 高ひずみシクロアルキンは不安定で一時的な化学種であり、通常の実験条件下では生成および研究が困難でした。
                                                                                                                                      • アルキリデンカルベノイドの使用: 高ひずみ多環系アルキンを生成するためのアルキリデンカルベンの調製は、主にブロモエチレンシクロアルカン類の脱プロトン化やジブロモメチレンシクロアルカン類の脱リチウム化によって行われ、これらはアルキリデンカルベノイド種を生成します。アルキリデンカルベノイドは、遊離アルキリデンカルベンとは異なる反応性を示し、二量化、分解、FBW転位といった独自の経路で反応する可能性があるため、カルベン-アルキン平衡の研究には問題がありました。
                                                                                                                                      • 反応温度: カルベン-アルキン平衡が確立される度合いは反応温度に影響されます。高温下での捕捉実験はアルキンの検出に成功する傾向がありましたが、低温条件下での多くの試みは不成功でした。これは一般にカルベンがアルキンよりも熱力学的に有利であるためとされていましたが、低温では反応結果が速度論的支配下に置かれ、熱力学的平衡が確立される前にカルベンが捕捉されることが有利になる可能性も指摘されています。
                                                                                                                                      • 捕捉剤の選択: たとえアルキンが対応するカルベンよりも熱力学的に有利であったとしても、使用する特定の捕捉剤によっては検出を免れることがありました。これは、Curtin–Hammettの原理に従い、生成物の分布が中間体の熱力学的安定性ではなく、中間体の捕捉に対する相対的な活性化自由エネルギーによって決定されるためです。もしカルベンと捕捉剤の反応の絶対活性化自由エネルギーが、アルキンと捕捉剤の反応よりも低い場合、中間体の相対的な熱力学的安定性に関わらず、カルベンが優先的に選択されます。
                                                                                                                                    4. 著者は、以前は熱力学的にアクセス不可能と考えられていた3つの高ひずみ多環系アルキン、すなわちbicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10)pentacyclo[5.5.0.04,11.05,9.08,12]dodec-2-yne (13)、およびpentacyclo[6.4.0.03,7.04,12.06,11]dodec-9-yne (6) を生成しました。

                                                                                                                                      • 彼らは、遊離アルキリデンカルベンを穏やかな条件と常温で生成する光分解アプローチを開発し、これを利用しました。
                                                                                                                                      • 新しいアプローチの利点:
                                                                                                                                        • 穏やかな条件と常温で反応が進行します。
                                                                                                                                        • アルキリデンカルベノイドに特徴的な代替反応経路を避けることができます。
                                                                                                                                        • 多様な反応パートナーとの捕捉を可能にします。
                                                                                                                                        • これにより、これまで熱力学的に不利と考えられていたアルキンも捕捉できるようになりました。
                                                                                                                                    5. 捕捉剤の選択は、反応結果(カルベンとアルキンのどちらが捕捉されるか)に決定的な影響を与えることがわかりました。これは計算実験によっても予測可能でした。

                                                                                                                                      • 使用された異なる捕捉剤とその主な結果:
                                                                                                                                        • シクロペンタジエノン 16 (cyclopentadienone 16):
                                                                                                                                          • この捕捉剤は、Diels–Alder環化付加反応を起こすアルキン 10と13を優先的に検出すると予想されました。実際に、前駆体22の光分解と16の存在下で、bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10) と16の反応生成物である付加体11が主要な生成物として得られました。計算によれば、アルキン1016の捕捉に対する絶対的および相対的活性化自由エネルギーは、カルベン9の捕捉よりも低く、そのためアルキンが捕捉実験で有利になると予測されました。
                                                                                                                                        • シクロヘキセン 35 (cyclohexene 35):
                                                                                                                                          • この捕捉剤は、カルベンとアルキンの両方を捕捉できると予想されましたが、前駆体2229をシクロヘキセン (35) の存在下で光分解した結果、シクロプロパン化生成物36と39のみが排他的に得られました。これは、捕捉剤の濃度に関わらず、bicyclo[2.2.2]oct-2-yne (10) はシクロヘキセンで捕捉できなかったことを示しています。計算実験では、シクロヘキセン (35) とアルキン10の付加反応に対する活性化自由エネルギーが非常に高いため、カルベン9の捕捉が有利になると予測されました。たとえ平衡状態ではアルキン10の濃度が低くても、その捕捉の活性化自由エネルギーが実質的に高いため、カルベン9の捕捉が優先される結果となりました。