著者: Cody R. Carr,* Michael A. Vrionides, Ilya S. Sosulin, Aliaksandra Lisouskaya, Mehmed Z. Ertem,* and David C. Grills*
背景
1: 研究の背景
- 光触媒反応において、トリエチルアミン(TEA)およびトリエタノールアミン(TEOA)は、犠牲電子供与体(SED)として広く利用されています。
- これらのアミンは、光吸収分子(光レドックス触媒または光増感剤)の励起状態を還元的にクエンチする役割を担います。
- クエンチングにより供給された電子は、直接基質へ、あるいは共触媒を介して基質を活性化するために利用されます。
- TEOAは、電子貯蔵庫としてだけでなく、電荷分離中間体の安定化にも寄与し、反応の選択性向上に貢献することもあります。
- これらのアミンの利用は水素発生やCO2還元など、多岐にわたる光触媒システムで実績があります。
2: 未解決の問題点
- TE(O)Aの1電子酸化により生成する窒素中心ラジカルカチオン(TE(O)A•+)は、プロトン移動や水素原子移動を経て、α-炭素中心ラジカル(TE(O)A•)を形成します。
- このTE(O)A•ラジカルは、多くの光触媒を還元できる化学還元剤であることが古くから知られていました。
- しかし、TE(O)A•の基本的な熱力学的・速度論的量については、特に一般的な溶媒であるアセトニトリル(CH3CN)中で不明確な点が多く残されていました。
- このため、光触媒メカニズムにおけるTE(O)A•の具体的な関与は、しばしば十分に定義されていませんでした。
3: 研究の目的
- 本研究は、光触媒反応における犠牲電子供与体であるTE(O)Aが果たす、これまで見過ごされがちであった「二次的な」機能を明確にすることを目的としました。
- 具体的には、TE(O)A•と光触媒間の自由エネルギー交換に依存する「1光子/2電子変換プロセス」の可能性を合理化することを目指しました。
- パルスラジオリシス(PR)と理論計算を組み合わせることで、TEA•から一連のレニウムベースの自己増感光触媒への二分子電子移動反応を詳細に探求しました。
- CH3CN中におけるTEA+およびTEOA+の還元電位を正確に定量し、触媒活性状態の光触媒に対するベンチマークを設定しました。
方法
1: 研究デザインの概要
- 本研究では、電子移動理論、電気化学測定、分光法、そして密度汎関数理論(DFT)計算を統合した多角的なアプローチを採用しました。
- 特に、パルスラジオリシス(PR)を主要な実験手法として用い、生成したラジカルアニオンやTEA•の反応性を時間分解吸収分光法で観察しました。
- 様々な電子供与性および電子求引性基を持つレニウムベース錯体(1-8)を電子受容体として使用し、電子移動の駆動力(ΔG°)を1.43 Vの範囲で系統的に変化させました。
- このアプローチにより、電子移動速度定数と駆動力の関係を広範囲にわたって測定し、Marcus理論を用いて分析しました。
2: 対象物質の調製と生成
- 電子受容体としては、配位子置換されたレニウム錯体、[ReCl(R1R2-bpy)(CO)3](錯体1-8)を使用しました。
- これらの錯体は、CO2からCOへの触媒還元で知られ、触媒活性状態への還元電位の幅を広げるために設計されました。
- 電子供与体としては、TEA•およびTEOA•のα-炭素中心ラジカルを研究対象としました。
- TE(O)A•ラジカルは、主にパルスラジオリシス(PR)を用いて、溶媒ラジカルがTE(O)Aによって捕捉されることで迅速に生成させました。
- また、光化学的手法(レーザーフラッシュ光分解)もTE(O)A•生成のために用いられました。
3: 主要な評価項目と測定方法
- レニウム錯体1-8の1電子還元電位(E1/2)は、主にサイクリックボルタンメトリー(CV)により測定しました。
- 錯体1のようにCVで不可逆的な挙動を示すものについては、PRによる平衡測定を用いて還元電位を決定しました。
- TEA•からレニウム錯体への二分子電子移動速度定数(k)は、PRと過渡吸収分光法を組み合わせて測定しました。
- TE(O)A•ラジカルの形成は、スピン捕捉剤2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン(3tBNB)を用いた電子常磁性共鳴(EPR)分光法により確認・実証されました。
- TEA•の還元電位は、実験的に得られた速度定数と自由エネルギーの相関、電子移動理論、および密度汎関数理論(DFT)計算から導出されました。
4: 使用した理論・計算手法
- TEA•とレニウム触媒間の電子移動速度定数(kET)を記述するために、Marcus理論の正規領域と拡散律速領域を組み合わせたモデルを使用しました。
- 特に、拡散律速の限界を記述するためにDebye-Smoluchowskiモデルが適用されました。
- 電子移動の駆動力(ΔG°)は、M06-2XレベルのDFT計算とCPCM連続体溶媒和モデルを用いて理論的に計算されました。
- 電子移動の再配列エネルギー(λ)は、4点スキームと二球モデルを用いて、分子内および溶媒再配列の両方を考慮して推定されました。
- さらに、より精密なλ値の予測のため、明示的な溶媒分子を含むモデルシステムを用いた分子動力学シミュレーションとDFT計算も実施されました。
結果
1: 電子受容体の電気化学的・分光学的特性
- サイクリックボルタンメトリー(CV)により、レニウム錯体1-8の1電子還元電位は、1.43 Vの広い範囲にわたることが示されました。
- 錯体2-8は可逆的なレドックス挙動を示しましたが、強力な電子供与基を持つ錯体1は不可逆的でした。
- 錯体1の正確な還元電位は、PRを用いた平衡測定により−2.214 V vs Fc+/0とと決定されました。
- PRおよび分光電気化学(SEC)によって測定された、還元された光触媒(1−8)•−のUV-Vis過渡吸収スペクトルは非常に良く一致し、その分光学的特性が確立されました [Figure 4]。
- CH3CN中における錯体2-8、Fc、TEAの拡散係数(D)は分子量に比例し、既報の傾向と一致しました [Figure 2C]。
2: TE(O)A•ラジカルの形成確認
- 光分解実験において、3tBNBを用いることで、α-炭素中心ラジカルTE(O)A•の形成が電子常磁性共鳴(EPR)分光法により明確に確認されました。
- 光増感剤ベンゾフェノン(BP)と3tBNB、TEAを含む溶液を可視光照射すると、(N•)O−C型のスピン付加物に一致するEPRスペクトルが得られました [Figure 5C]。
- BP非存在下では、3tBNB自身が光増感剤として機能し、N(O•)−C型の付加物を生成することが示されました [Figure 5C]。
- TEOA•についても同様のラジカル-3tBNB付加生成物が検出されましたが、TEOAの粘性が高いためか、スペクトルに有意な広がりが観察されました [Figure S11]。
3: 電子移動速度定数とTE(O)A•のレドックス電位
- TEA•からレニウム触媒2-8への二分子電子移動速度定数(k)は、広範囲の駆動力をカバーし、Marcus理論の予測曲線と良好に一致しました [Figure 6C]。
- 特に、還元電位がより負の触媒(5および8)との電子移動は拡散律速であり、速度定数はk ≈ kdiff = 9.8 × 109 M−1 s−1に達しました。
- Marcus理論のフィッティングとDFT計算を組み合わせることで、CH3CN中におけるTEA+の平衡還元電位は−1.98 ± 0.08 V vs Fc+/0と精度良く決定されました。
- TEOA•の還元電位はTEA•よりも0.22 V正であり、−1.76 V vs Fc+/0と決定されました。
- これらの値は、一般的な光触媒条件下で、TE(O)A•が強力な還元駆動力を持つことを示しています。
考察
1: TE(O)A•の隠れた還元機能
- 本研究の最も重要な発見は、犠牲電子供与体であるTE(O)Aから生成されるα-炭素中心ラジカルTE(O)A•が、強力な均一系化学還元剤であることを明確に示した点です。
- これは、TE(O)Aが単に光触媒の励起状態をクエンチするだけでなく、より還元された「触媒活性」な基底状態の光触媒をも効果的に還元しうることを意味します。
- この二次的な還元ステップは、多くの光触媒システムにおいてしばしば見過ごされてきた機能であり、光触媒反応メカニズムのより包括的な理解に繋がります。
- 例えば、CO2還元触媒であるReCl(bpy)CO3の場合、TE(O)A•が追加の電子を供給することで、より高速な触媒形態の形成に寄与する可能性が示唆されています。
2: 1光子/2電子変換プロセスの合理化
- 本研究で定量されたTEA•(−1.98 V)およびTEOA•(−1.76 V)の還元電位は、代表的な光触媒の活性状態の電位(例:[Ir(ppy)2(dtbbpy)]+や[Ru(bpy)3]2+)と比較して、十分な還元駆動力を提供することが示されました。
- これは、TE(O)Aが光触媒の励起状態をクエンチした後、生成したTE(O)A•がさらに別の電子を触媒に供与することで、見かけ上1つの光子で2つの電子を触媒システムに注入するプロセスを可能にする、という概念を合理化します。
- このTE(O)A•による還元ステップは、触媒の回転頻度よりも数桁速い速度で進行しうるため、光触媒反応の全体の効率と収率に大きく貢献する可能性があります。
- このような「隠れた」二次還元ステップは、光レドックス反応の化学選択性にも影響を与えることが先行研究で示唆されています。
3: 先行研究との比較と知見の更新
- 本研究で決定されたCH3CN中でのTEA•の還元電位(−1.98 V vs Fc+/0)は、過去の推定値(−1.9~−2.0 V)と概ね一致しています。
- しかし、以前のいくつかの報告とは異なり、本研究ではTEA•がTEOA•よりも約0.2 V強力な還元剤であることが明確に示されました。
- Kutalらの報告ではTEA•がReBr(bpy)CO3を還元できないとされていましたが、我々のレーザーフラッシュ光分解およびパルスラジオリシスデータを組み合わせた最近の研究では、TEA•とTEOA•の両方がReCl(bpy)CO3を還元できることが示されました。
- Waynerらの研究によるTEA+還元電位(−1.50 V)とも異なる結果であり、本研究は、CH3CN溶媒中でのTE(O)A•の熱力学的・速度論的量の長年の曖昧さを解消するものです。
4: 再配列エネルギーと反応機構
- TEA•とレニウム錯体4間の再配列エネルギーは0.8〜1.3 eVと測定され、これはTE(O)A•が多くの一般的な金属中心光増感剤を容易に還元できることを示唆しています。
- この再配列エネルギー値は、電子移動速度と効率を理解する上で重要なパラメータです。
- 本研究では、Marcus理論のパラメータ(λ = 0.8 eV、|Hab| = 77 cm−1)を用いて、駆動力に依存する電子移動速度を記述することに成功しました [Figure 6C]。
- この知見は、光触媒におけるリガンド修飾が、拡散挙動、反応半径、再配列エネルギー、および電子的結合に最小限の摂動しか与えないことを実証しています。
- これにより、広範囲の駆動力にわたる電子移動挙動を系統的に調査する「Hammettアプローチ」の有効性が示されました。
5: 研究の限界点
- Marcus理論のフィッティングにおいて、TEA+の還元電位は±0.1 V程度の変動を許容しており、より多様な還元電位を持つ触媒セットがあれば、フィッティングの精度をさらに向上できる可能性があります。
- DFT計算による再配列エネルギー(λ)の初期推定値(1.54〜1.66 eV)は、Marcusフィッティングで採用されたλ値(0.8 eV)よりも有意に高い値を示しました。
- 計算された溶媒再配列エネルギー(λs)は、二球モデルにおける電子供与体と受容体間の推定距離Rに大きく依存し、広い範囲(0.14〜1.09 eV)を示しました。
- 明示的な溶媒分子を組み込んだモデルシステムを用いた計算では、平均再配列エネルギーは1.36〜1.35 eVとなり、単純な連続体モデルよりも高い値となりましたが、モデル構築の複雑性が課題です。
結論
- 本研究は、犠牲電子供与体であるTE(O)Aが、光触媒反応において、励起状態のクエンチングに加えてα-炭素中心ラジカルTE(O)A•を介した強力な「隠れた」二次還元剤として機能することを解明しました。
- CH3CN溶媒中において、TEA•およびTEOA•の還元電位をFc+/0に対してそれぞれ−1.98 Vおよび−1.76 Vと正確に定量しました。
- これらの知見は、TE(O)Aを用いる光触媒システムにおける「1光子/2電子変換プロセス」の可能性を合理化し、光触媒メカニズムの理解を深める重要な貢献です。
- TE(O)A•の強力な還元能と比較的低い再配列エネルギーは、多くの金属中心光増感剤を効率的に還元し、触媒活性を向上させる可能性を示唆しています。
将来の展望
- これらの新しい知見は、将来の光触媒システムの設計と最適化において、TE(O)Aの効果的な利用法を再考するための貴重な指針を提供します。
TAKE HOME QUIZ
質問1: TEA および TEOA が犠牲電子供与体 (SED) として光触媒作用において果たす最も一般的な機能は何ですか?
a) 電荷分離中間体を安定化させること。
b) 光吸収分子の励起状態を還元的に消光すること。
c) 基質を直接活性化すること。
d) 助触媒として機能すること。
質問2: TEA•+ および TEOA•+ ラジカルカチオンから、α-炭素中心ラジカルである TEA• および TEOA• が形成されるプロセスを説明してください。
質問3: この研究において、電子受容体 (ReCl(R1R2-bpy)(CO)3 錯体) の特性評価および TEA• の電子移動速度定数とレドックス電位の決定に主に用いられた実験手法を少なくとも3つ挙げてください。
質問4: この研究で明らかにされた、TEA や TEOA のような犠牲電子供与体が光触媒作用中に持つ「隠れた役割」とは具体的にどのようなものですか?
質問5: 研究者たちは、電子供与体である TE(O)A• の形成をどのようにして確認しましたか?
a) 直接その吸収スペクトルを測定することによって。
b) 2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン (3tBNB) との反応をスピン捕獲EPR分光法を用いて観察することによって。
c) サイクリックボルタンメトリーを用いてその酸化電位を測定することによって。
d) その蛍光消光を観察することによって。
質問6: 本研究では、配位子置換されたレニウムベースの錯体 (1-8) が用いられました。bipyridyl 配位子上の異なる R1 および R2 基でこれらの錯体を調節する目的は何でしたか?
解答
1: b) 光吸収分子の励起状態を還元的に消光すること 犠牲電子供与体 (SED) の最も一般的な機能は、光吸収分子の励起状態を還元的に消光し、余分な電子を直接基質へ、または基質を活性化する助触媒へ送ることであると述べられています。
2: TEA•+ および TEOA•+ ラジカルカチオンの一電子酸化により、隣接するα-炭素の C−H 結合の酸性度が著しく増加します。これにより、TE(O)A•+ はプロトン転移 (PT経路) または水素原子転移 (HAT経路) を介して、TE(O)A 分子と迅速に反応します。この反応の結果、TE(O)AH+ と、窒素中心に隣接するα-炭素中心ラジカルである TE(O)A• がそれぞれ1当量ずつ生成されます。
3: 主に以下の実験手法が用いられました。
- サイクリックボルタンメトリー (CV): 電子受容体である ReCl(R1R2-bpy)(CO)3 錯体 (1-8) の電気化学的特性評価に用いられました。
- パルス放射線分解 (PR): 電子受容体 (特に錯体1) の平衡レドックス電位を決定し、TE(O)A• の反応性を観察するために用いられました。
- スピン捕獲電子常磁性共鳴 (EPR) 分光法: 電子供与体である TE(O)A• ラジカルの形成を立証するために用いられました。
- 過渡吸収分光法: PR実験でラジカルアニオンのその後の反応性をプローブするために用いられました。
4: 犠牲電子供与体である TE(O)A の「隠れた役割」は、光触媒作用中に発生する TE(O)A• と呼ばれる一時的なラジカルが、強力な均一系化学還元剤として機能し、光触媒をさらに還元することです。これにより、電子受容体の相対的なレドックス電位に応じて、正味の一光子・二電子変換プロセスが可能になることが明らかにされました。
5: b) 2,4,6-トリ-tert-ブチルニトロソベンゼン (3tBNB) との反応をスピン捕獲EPR分光法を用いて観察することによって。 研究者たちは、TE(O)A• の形成をさらに裏付けるために、光化学的手法を用いて感光剤とスピン捕獲剤の存在下で連続光分解を行い、得られた EPR スペクトルを測定しました。3tBNB は α-炭素中心ラジカルと反応し、新しい EPR 活性な O-中心または N-中心ラジカルスピン付加物を生成することが示されました。
6: レニウムベースの錯体 (1-8) の配位子に異なる R1 および R2 基を導入する目的は、電子移動の駆動力の範囲を 1.43 V にわたって調整し、較正することでした。これにより、電子移動の駆動力に対する速度定数の依存性をリレーするプローブ分子として機能させました。この方法は、CH3CN中での溶解度を維持しながら、拡散挙動、反応半径、再配列エネルギー、および電子結合への摂動を最小限に抑えることができました。
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