論文のタイトル: Suzuki–Miyaura coupling of arylthianthrenium tetrafluoroborate salts under acidic conditions
背景
1: 既存の知見と研究の重要性
- パラジウム触媒による鈴木–宮浦クロスカップリング (SMC) は、製薬業界で最も一般的に使用される炭素–炭素結合形成反応です。
- アリール(擬似)ハライドとアリールボロン酸は、SMCの一般的なカップリングパートナーとして機能します。
- 多くのヘテロアレーン、例えばピリジン、イミダゾール、チオフェンは、医薬品や農薬において広く普及している部分構造です。
- 多くのヘテロアリールボロン酸は、他のアリール求核試薬と比較して毒性が低く、安定で、取り扱いが容易であり、SMCの普及に貢献しています。
2: 未解決の問題点と研究のギャップ
- 一般的なSMC法は塩基の使用を必要とし、これが基質範囲を制限します。
- 多くのヘテロアリールボロン酸は不安定であり、特にトランスメタル化に必要な塩基性反応条件下で問題となります。
- 「2-ピリジル問題」はよく知られた課題であり、2-ピリジルボロン酸が反応条件下で非生産的なプロトデボロン化を起こすことを指します。
- この問題に対処するため、以前はボロン酸を環状トリオールボレートやN-メチルイミノ二酢酸 (MIDA) ボロネート誘導体として保護するアプローチが取られていました。
- 従来の塩基性および現代の中性条件下でのSMC反応は、高ルイス塩基性官能基が存在すると触媒中毒が原因で失敗する可能性があります。
3: 研究の目的
- これまでの進歩にもかかわらず、「2-ピリジル問題」は未解決のままであり、2-ピリジルボロン酸は中性条件下でも不安定です。
- 本研究は、酸性条件下でも進行できる概念的に異なるSMC反応を報告します。
- この進歩の鍵は、その後の生産的なトランスメタル化に塩基を必要としない、酸安定性のパラジウムベースのイオン対の形成です。
- 本研究の目的は、ヘテロアリールボロン酸のような壊れやすいカップリングパートナーの使用困難さを解決し、ルイス塩基性官能基による触媒中毒を避ける一般的な解決策を提供することです。
方法
1: 研究デザインの概要
- 本研究では、パラジウム触媒による鈴木–宮浦クロスカップリング (SMC) の新しい方法論が開発されました。
- この新しいSMCは、アリールチアントレニウムテトラフルオロボレート塩とアリールボロン酸をカップリングパートナーとして使用します。
- 「酸安定性イオン対」の形成が、酸性条件下での反応を可能にする鍵となるメカニズムであると提案されています。
- 機械論的研究は、核磁気共鳴 (NMR) 分光法、密度汎関数理論 (DFT) 計算、およびX線結晶構造解析を用いて実施されました。
2: 試薬の選定と反応条件
- 一般的な中性条件下でのSMC手順:
- アリールチアントレニウム塩 (0.200 mmol, 1.00 equiv.) とアリールボロン酸 (0.220 mmol, 1.10 equiv.) を使用しました。
- 触媒としてPd(tBu3P)2 を5.0 mol%加えました。
- 溶媒にはメタノール (2 mL, 0.1 M) を使用しました。
- 酸性条件下でのSMC手順:
- 上記の中性条件下での手順に加えて、HBF4·OEt2 (0.20 mmol, 1.0 equiv.) を添加しました。
- 反応混合物は60 °Cで強く攪拌し、必要な時間(10分~12時間)反応させました。
3: 評価項目と測定方法
- 生成物の収率は、内部標準としてフルオロベンゼンを用いた19F NMR分光分析によって決定されました。
- 機械論的理解を深めるため、フェニルボロン酸、1-BF4およびHBF4·OEt2間の反応がNMR分光法によって調査されました。
- パラジウム(II)中間体A(具体的には3-BF4)の形成は分光法的に観察されましたが、その純粋な形態の単離は不安定でした。
- DFT計算は、イオン対Bの形成と主要なトランスメタル化ステップの活性化エネルギーの予測に使用されました。
- [H]+[Py-BF3]- (4) のX線結晶構造が解明されました。
結果
1: 新規SMCの堅牢性
- 市販のPd(0)錯体は、HBF4の有無にかかわらず、フェニルボロン酸とアリールチアントレニウムテトラフルオロボレートのSMCを触媒することが示されました。
- 酸は生産的なクロスカップリングには必須ではありませんが、反応は酸の存在下でも進行することが確認されました。
- 酸の許容性により、ルイス塩基性官能基がin situでプロトン化され保護されるため、通常は反応しない基質も使用できるようになります。
- HClを使用した場合の収率は5%未満であり、HBF4を使用した際の高い収率とは対照的でした。
- トリフルアミドカウンターアニオン (NTf2-) を用いた場合も、類似のイオン対構造が形成されず、収率が大幅に低下しました。
2: 2-ピリジル問題の解決
- 2-ピリジルボロン酸のプロトデボロン化は、従来の塩基性および中性反応条件の両方で非常に速く進行します。
- 2-ピリジルボロン酸とアリールチアントレニウム塩の反応は、中性条件下ではカップリング生成物5をわずか5%の収率でしか生成しませんでした。
- しかし、外部のHBF4·OEt2の存在下では、カップリング生成物5が88%という高収率で得られました。
- zwitterion [H]+[Py-BF3]- (4) は、酸性条件下で加水分解に対して安定であることが示されました。
3: 広範な基質範囲
- 好ましいイオン対形成により、従来のSMC反応条件では非互換性であった多種多様な基質が、ボロン酸を出発物質として直接参加できるようになりました。
- 塩基性ヘテロ環やアミンを含む化合物(6~17)は、酸性条件下で良好に反応します。
- 例えば、以前のSMCで17%の収率だった殺線虫活性化合物14は、この酸性条件下でのイオン対形成により98%の収率で得られました。
- 2-チオフェニル (18, 20)、2-フラニル (19) など、塩基に敏感なヘテロアリールボロン酸も高収率でカップリングできました。
- 本反応は堅牢であり、大気中および湿った溶媒中(最大50 vol%の水)でも高い収率で実行可能です。
考察
1: 主要な発見の意味
- 本研究は、酸性条件下でC–C結合形成反応を促進できる、他のクロスカップリング反応ではこれまで示されていなかった珍しいトランスメタル化メカニズムを明らかにしました。
- このメカニズムは、反応パートナー間に酸安定性のパラジウムベースのイオン対が形成されることに起因します。
- このイオン対は、その後の生産的なトランスメタル化に外部の塩基を必要としません。
2: 主要な発見の重要性
- 本SMC反応は、他のSMC反応で直接使用できなかったボロン酸(例えば、2-ピリジルボロン酸や強力なルイス塩基性官能基を持つボロン酸)の使用を可能にします。
- これにより、ルイス塩基性官能基による触媒の失活(中毒)という既存の問題に対する一般的な解決策が提供されます。
- 酸は触媒メカニズム自体に必須ではありませんが、通常は許容されない不安定な基質を反応に組み込むことを可能にします。
- 提案された触媒サイクルにおいて、イオン対BにおけるPd–C(ipso)の距離は2.42 Åと計算されており、これはη1配位と一致します。
3: 先行研究との関連性
- 従来のSMCは塩基性条件下で行われますが、多くのヘテロアリールボロン酸はその条件下で不安定であることが知られています。
- 2-ピリジルボロン酸のプロトデボロン化は、pH 4~10のSMC反応条件下で10⁻² s⁻¹の速度定数で進行することが、Lloyd-Jonesグループによって決定されています。
- 以前のプロトコルでは、2-ピリジル問題を解決するために、塩基耐性のある有機ホウ素試薬を追加のステップで調製する必要がありました。
- 本研究は、2-ピリジルボロン酸を保護なしで直接使用できる、これまでにない成功したSMCプロトコルを提供します。
4: 先行研究との差別化
- 他のSMC反応では、生産的なトランスメタル化に必要なルイス塩基性基が酸によってプロトン化されるため、酸はトランスメタル化を阻害します。
- Buchwaldグループは、特定のPd-XPhosプレ触媒を開発し、2-チオフェニルボロン酸の効果的なクロスカップリングを90%以上の収率で達成しました。
- Sanfordグループは、ベンゾイルフルオリドに対する中性条件下でのニッケル触媒SMCを開発しました。
- 本研究で報告されたイオン対ベースのメカニズムは、これら既存の課題を克服する根本的に異なるアプローチを提供します。
5: 研究の限界
- 著者らは、酸化付加によって生成されるパラジウム(II)中間体A(具体的には3-BF4)が分光法的に観察されたものの、純粋な形態を単離する試みでは不安定であったことを認めています。
- 同様に、形成されたイオン対Bも、より詳細な特性評価を回避したと述べられています。
- アリールジアゾニウム塩についても同様のイオン対形成が検討されましたが、活性化障壁を克服するための高温が必要なため、熱的不安定性によりはるかに低い収率に終わりました。
- この新しいメカニズムが、すべての種類のクロスカップリング反応に普遍的に適用できるかどうかは、今後の研究でさらに検証する必要があります。
結論
- 本研究は、酸性条件下でSMC反応を可能にする、これまで報告されていない新しいトランスメタル化経路を明らかにしました。
- この革新的な経路は、反応パートナー間に形成される酸安定性のパラジウムベースのイオン対に基づいています。
- これにより、従来のSMCでは使用が困難であった不安定なヘテロアリールボロン酸(例:2-ピリジルボロン酸)や、触媒毒性の原因となるルイス塩基性官能基を持つ基質が、直接、高効率で利用可能になりました。
将来の展望
- このイオン対相互作用によって促進されるトランスメタル化メカニズムの炭素-ヘテロ原子結合形成などの他のクロスカップリング反応への適用可能性が期待されます。
TAKE HOME QUIZ
質問1: 従来の鈴木-宮浦クロスカップリング (SMC) 反応における一般的な課題は何ですか?特に、反応条件と基質範囲の観点から説明してください。
質問2: SMCにおいて「2-ピリジル問題」とは具体的にどのような課題であり、なぜ解決が困難とされてきたのでしょうか?
質問3: 本論文で報告されている新しいSMC反応は、酸性条件下でも進行しますが、この進歩の鍵となる「概念的な違い」は何ですか?
質問4: 新しいSMC反応では、特定の「イオン対」の形成が重要であると述べられています。このイオン対は、酸性条件下での反応の成功にどのように貢献すると考えられていますか?
質問5: この新しい酸性条件下でのSMC手法が、従来のSMC反応やこれまでの現代的なSMC手法と比較して持つ、顕著な利点を2つ挙げてください。
解答
従来の鈴木-宮浦クロスカップリング (SMC) 反応は、医薬品産業で最も一般的に使用される炭素-炭素結合形成反応ですが、いくつかの一般的な課題を抱えています。
- 反応条件の課題:
- 典型的なSMC法は、塩基の使用を必要とします。この塩基の存在が、反応条件を制約する要因となります。
- 酸は、他のSMC反応におけるトランスメタル化を阻害します。これは、生産的なトランスメタル化に必要とされるルイス塩基性基(例えば、従来のSMCにおけるパラジウム水酸化物、パラジウムフッ化物、Pd-O-B前トランスメタル化中間体、あるいはニッケルや亜鉛の水酸化物など)が、酸の存在下でプロトン化されてしまうためです。
- 基質範囲の課題:
- 塩基の必要性は、基質範囲を制限します。多くのボロン酸は直接使用できず、独立して保護する必要がありました。
- 多くのルイス塩基性官能基は触媒を毒します。従来の塩基性条件下や現代の中性条件下での反応は、高いルイス塩基性を持つ様々な官能基が存在すると、触媒への配位による触媒毒性のため失敗することが多いです。
- 特に、ピリジン、イミダゾール、チオフェンなどのヘテロアレーンは医薬品や農薬に最も広く存在する部分構造であるにもかかわらず、多くのヘテロアリールボロン酸は不安定であり、特に生産的なトランスメタル化に必要な塩基性反応条件下では安定性が不十分であることが問題です。
- 反応条件の課題:
SMCにおける「2-ピリジル問題」は、2-ピリジルボロン酸が反応条件下で非生産的なプロト脱ホウ素化(protodeboronation)を起こすという、よく認識された課題です。この脱ホウ素化により、目的のカップリング生成物が得られにくくなります。
この問題が解決困難とされてきた理由は以下の通りです。
- 2-ピリジルボロン酸の不安定性: 2-ピリジルボロン酸は、中性条件下ですらプロト脱ホウ素化に対して不安定であるため、従来のアプローチではこの問題が未解決のままでした。pH 4~10のSMC反応条件下でのプロト脱ホウ素化の速度定数は10⁻² s⁻¹と測定されています。
- 保護の必要性: この問題に対処するため、これまでのプロトコルでは、2-ピリジルボロン酸を環状トリオールボレート やN-メチルイミノ二酢酸(MIDA)ボロナート誘導体 といった、塩基に耐性のある有機ホウ素試薬として独立して保護する追加のステップが必要でした。これらの誘導体は、その後のトランスメタル化のために塩基性反応条件下でゆっくりと加水分解してボロン酸に戻ります。
- 直接使用の困難さ: 2-ピリジルボロン酸を直接使用する成功したSMCプロトコルは、これまで利用可能ではありませんでした。
本論文で報告されている新しいSMC反応は、酸性条件下でも進行する「概念的に異なる」SMC反応であり、その進歩の鍵は、反応パートナー間に酸安定性のパラジウムベースの「イオン対」が形成される点にあります [1, 7, 11c]。
従来のSMC反応では、生産的なトランスメタル化に必要なルイス塩基性基(例えば、不電荷のパラジウム水酸化物やPd-O-B前トランスメタル化中間体など)が、酸の存在下でプロトン化されてしまい、トランスメタル化が阻害されるという問題がありました。
これに対し、本手法の「概念的な違い」は、この酸安定性のイオン対が、その後の生産的なトランスメタル化に塩基を必要としないという点です。著者らの目標は、酸の存在下でもトランスメタル化を可能にする、酸に安定なイオン対が前トランスメタル化中間体として機能する反応を開発することでした。具体的には、アリールチアントレニウム塩から生じるカチオン性アリールパラジウム複合体(A)と、アリールボロン酸から生成するアリールトリフルオロボラートアニオン(およびチアントレニウム塩のテトラフルオロボラート対アニオンまたはHBF4)との間で、イオン対B(酸に安定なイオン対)が形成されるというメカニズムを提案しています [5, 11c]。
新しいSMC反応では、酸に安定な「イオン対B」の形成が極めて重要であり、酸性条件下での反応成功に以下の貢献をすると考えられています。
- 塩基不要のトランスメタル化経路の提供: このイオン対Bは、その後の生産的なトランスメタル化に外部塩基を必要としません。従来のSMCでは、トランスメタル化に必要なルイス塩基性種が酸性条件下でプロトン化されて機能しなくなりますが、イオン対Bは酸の存在下でも安定に存在し、トランスメタル化中間体として機能します [7, 11c]。
- カチオン-π相互作用による促進: アニオンのアリールπ系とカチオン性パラジウムの間にカチオン-π相互作用が生じる可能性があり、これがイオン対Bの形成を促進するとともに、その後のトランスメタル化に適した幾何学的配置を提供すると考えられています。
- 熱力学的な安定性: 密度汎関数理論(DFT)計算により、[H]+[Py-BF3]- と[Ph-PdII]+BF4-(A)からイオン対BとHBF4を形成する反応が発エルゴン的(–6.3 kcal mol⁻¹)であることが予測されており、その形成が熱力学的に有利であることが示されています [24, 13c]。これにより、酸性条件下でもイオン対Bが効率的に形成されることが示唆されます。
- 反応性の維持: イオン対Bからのトランスメタル化は、22.5 kcal mol⁻¹の活性化エネルギーを持ち、その後の還元的な脱離を容易にする律速段階です。これは、イオン対が触媒サイクル内で反応性を維持し、効率的なカップリング反応を可能にすることを示唆しています。
- 特異性の確認: HClやトリフルアミド(NTf2-)のような類似のイオン対を形成しない対アニオンを用いた場合、反応がほとんど進行しないことが実験的に示されており、このイオン対Bの関連性が裏付けられています。
この新しい酸性条件下でのSMC手法は、従来のSMC反応やこれまでの現代的なSMC手法と比較して、特に以下の2つの顕著な利点を持っています。
酸性条件下での反応進行と広範な基質適用範囲:
- 本手法は、化学量論的な強酸の存在下でもトランスメタル化経路を可能にするという点で、既存のSMC反応とは異なっています。従来のSMC反応では、酸はトランスメタル化を阻害します。
- 酸性条件下での反応が可能になることで、ルイス塩基性官能基(例:塩基性ヘテロ環やアミン類)を持つ基質が触媒毒性を引き起こすことなく直接使用できるようになります [1, 7, 11e]。これらの官能基は酸性条件下でプロトン化されることでin situで保護され、触媒への配位を防ぎます。例えば、従来のSMCでは収率が17%であった協調性窒素原子を持つ化合物14が、この酸性条件下では98%という高収率で得られています。これは、触媒毒性が課題であった従来の条件 を克服するものです。
不安定なアリールボロン酸、特に「2-ピリジル問題」の直接的な解決:
- 本手法は、2-ピリジルボロン酸のような、これまで扱いにくく「2-ピリジル問題」として知られていた脆弱なカップリングパートナーを直接関与させることを可能にします。
- 2-ピリジルボロン酸は、塩基性および中性反応条件下で速やかにプロト脱ホウ素化を起こすため、SMCでの使用が困難でした。従来のアプローチでは、保護された有機ホウ素試薬(例:環状トリオールボレートやMIDAボロナート誘導体)の調製が必要でした。
- しかし、この新しい方法では、HBF4の存在下で2-ピリジルボロン酸から安定な[H]+[Py-BF3]- (4)が形成されることで、脱ホウ素化が抑制され、中性条件下では5%しか得られなかったカップリング生成物5が、酸性条件下では88%の高収率で得られています。これにより、保護ステップなしで、2-チオフェニル、2-フラニル、2-ベンゾフラニルなど、塩基に敏感な他のヘテロアリールボロン酸も幅広く使用できる汎用的な解決策が提供されます。
0 件のコメント:
コメントを投稿