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2025年10月25日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0254~

論文のタイトル: Photocontrolled Cobalt Catalysis for Selective Hydroboration of α,β-Unsaturated Ketones(α,β-不飽和ケトンの選択的ヒドロホウ素化のための光制御コバルト触媒)

著者: Frédéric Beltran, Enrico Bergamaschi, Ignacio Funes-Ardoiz, and Christopher J. Teskey*

雑誌名: Angewandte Chemie International Edition 
巻: Volume 59, Issue 47, pp. 21176-21182
出版年: 2020
DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202009893


背景

1:研究の背景と重要性

  • α,β-不飽和カルボニル化合物の選択的還元: 合成化学において広く重要視される化学変換です。
  • 選択性の決定要因: 求核剤/還元剤と反応物の「硬さ」と「軟らかさ」(HSAB則)の概念によって、1,2-付加か1,4-付加かが決まります。
  • 触媒的ヒドロホウ素化: 従来の還元剤と比較して、官能基許容性が高く、選択性に優れた穏やかな還元法とされています。
  • 既存手法の課題: これまでのα,β-不飽和ケトンのヒドロホウ素化は、ほとんどが1,2-選択的でした。

2:未解決の問題点と研究のギャップ

  • 環状基質への非適用性: 既存の1,4-選択的ヒドロホウ素化法は、直線状の基質に限定され、反応に必要なs-cis配座をとれない環状α,β-不飽和ケトンには適用できませんでした。
  • 環状エノールボレートへのアクセス困難: この制限により、環状エノールボレートの選択的な形成が困難でした。環状エノールボレートは、アルドール反応において他のエノラートとは異なる立体選択性を示すため、合成化学的に価値があります。
  • 化学量論的添加物の必要性: 従来の選択性制御は、硬さや軟らかさを調整するために化学量論的な量の添加物を必要とすることが多く、廃棄物を生じさせる課題がありました。
  • 本研究の目的: 可視光という非侵襲的な外部刺激を用いることで、従来の硬さ・軟らかさの概念とは対照的に、根本的な選択性の反転を可能にする新しい手法を開発することです。

3:研究の具体的な目的と期待される成果

  • 光による反応経路の制御: 光の有無のみで制御される2つの異なるメカニズムを利用し、α,β-不飽和カルボニル化合物のヒドロホウ素化において対照的な生成物を得ることを目指しました。
  • 単一触媒プラットフォームの構築: これまで未解決であった環状不飽和ケトンを含む、直線状および環状の基質に対して、1,2-および1,4-ヒドロホウ素化の両方を実行できる単一の触媒システムを構築することを目的としました。
  • 環状エノールボレートへの直接的アクセス: 光照射下での1,4-選択的ヒドロホウ素化により、これまで困難であった環状エノールボレートを直接合成する経路を確立します。
  • ワンポットでのアルドール反応への応用: 合成した環状エノールボレートを利用し、ワンポットで立体選択的なsyn-アルドール生成物への簡便な合成ルートを提供することが期待されます。

方法

1:研究デザイン

  • 触媒反応の設計: 安価で安定なコバルト錯体 CoH[PPh(OEt)2]4 を触媒として使用しました。この錯体は、可視光照射により配位子を解離させ、配位不飽和な活性種を生成することが知られています。
  • 反応条件の比較: 光照射下(青色LED)と暗所の2つの条件下で反応を行い、生成物の位置選択性を比較しました。
  • 基質範囲の検討: 直線状および環状の様々なα,β-不飽和ケトンを用いて、本手法の一般性を評価しました。
  • メカニズム解明: 実験的検討(制御実験)と密度汎関数理論(DFT)計算を組み合わせることで、光の有無による反応メカニズムの違いを解析しました。

2:使用した主要な試薬と装置

  • 触媒: CoH[PPh(OEt)2]4
  • ヒドロホウ素化剤: ピナコールボラン (HBPin)
  • 基質: 種々のα,β-不飽和ケトン(例:カルコン、4,4-ジメチルシクロヘキサ-2-エン-1-オンなど)
  • 光源: 青色光
  • 反応溶媒: ベンゼン、THFなど

3:主要な評価項目と測定方法

  • 位置選択性: 生成物である飽和ケトン(1,4-還元生成物)とアリルアルコール(1,2-還元生成物)の比率を評価しました。
  • 収率: 反応後の生成物の単離収率を測定しました。
  • 立体選択性: ワンポットアルドール反応において、syn体とanti体のジアステレオマー比(d.r.)を評価しました。
  • 反応追跡: ¹H, ¹¹B, ³¹P NMRを用いて、反応の進行や中間体の生成を追跡しました。

4:使用した計算手法

  • 計算手法: 密度汎関数理論(DFT)計算。
  • 計算レベル: CPCM(benzene)/B3LYP-D3/Def2TZVPP//B3LYP-D3/6-31G(d)/LANL2DZレベルで計算を実施しました。
  • 目的: 暗所(18電子コバルト錯体)と光照射下(16電子コバルト錯体)での反応メカニズムの違いを理論的に解明し、観測された選択性を説明することです。
  • 解析対象: 遷移状態(TS)のエネルギー障壁や中間体の安定性を計算し、反応経路を比較しました。

結果

1:光による位置選択性のスイッチング

  • 直線状基質(カルコン)での選択性制御:

    • 暗所: 1,4-還元生成物(飽和ケトン)が選択的に得られました。
    • 光照射下: 選択性が完全に反転し、1,2-還元生成物(アリルアルコール)が得られました。
  • 環状基質での選択性制御:

    • 暗所: 従来法と同様に、1,2-還元生成物が得られました。
    • 光照射下: これまで困難であった1,4-還元生成物(飽和ケトン)を選択的に得ることに成功しました。

2:ワンポットでのsyn選択的アルドール反応

  • 環状エノールボレートの活用: 光照射下で生成した環状ボロンエノラートを単離せず、そのまま求電子剤(アルデヒド)と反応させました。

  • 高いsyn選択性: ほとんどの環状エノン基質において、極めて高い選択性でsyn-アルドール生成物が得られました。これは、銅ヒドリド触媒を用いた従来法がanti選択的であるのと対照的です。

  • 幅広い適用範囲: 5員環から7員環までの様々な環状基質や、芳香族、複素環、脂肪族アルデヒドに適用可能でした。

3:メカニズム解明のための実験とDFT計算

  • 制御実験:

    • 熱反応では光反応ほどの収率・選択性は得られませんでした。
    • 1,2-還元生成物を光照射しても1,4-還元生成物にはならず、逐次的な異性化・ヒドロホウ素化の経路は否定されました。
    • 暗所ではピナコールボラン非存在下で反応が進行しない一方、光照射下では触媒量で反応が進行することが示唆されました。
  • DFT計算による反応経路の比較:

    • 光照射下(不飽和16電子錯体): 基質がコバルト中心に直接配位し、C=C結合へのヒドリド挿入が有利でした(エネルギー障壁 10.7 kcal/mol)。
    • 暗所(飽和18電子錯体): 基質が配位できず、Co⁰錯体とラジカル中間体を経る全く異なる経路(SET機構)で反応が進行することが示唆されました(エネルギー障壁 24.9 kcal/mol)。

考察

1:光による触媒配位圏の制御と選択性スイッチ

  • 発見: 可視光の照射の有無によって、コバルト触媒の配位圏を制御し、ヒドロホウ素化反応の位置選択性を1,2-付加と1,4-付加の間で自在に切り替えることに成功しました。
  • 意味: これは、反応物の硬さや軟らかさを化学量論的な添加物で調整する従来のアプローチとは一線を画す、概念的に新しい選択性制御法です。
  • 重要性: 光という外部刺激を用いることで、廃棄物を出すことなく、単一の触媒システムで多様な生成物を合成する道を拓きました。金属錯体の配位圏制御における光の未開拓な可能性を示しています。

2:二つの異なる反応メカニズムの解明

  • 発見: DFT計算と実験により、光照射下と暗所では全く異なるメカニズムが作動していることが明らかになりました。
    • 光照射下: 16電子の不飽和錯体が基質と直接相互作用し、ヒドリド移動を経て反応が進行します。
    • 暗所: 18電子の飽和錯体は、Co⁰錯体を生成後、一電子移動(SET)を伴うラジカル的な経路で反応を触媒します。
  • 重要性: このメカニズムの解明は、観測された選択性の違いを合理的に説明するものです。特に、暗所でのCo¹-H錯体が不活性であるという従来の定説に対し、新たな反応経路の存在を示唆しました。

3:1,4-選択性について

  • 支持する先行研究:
    • 銅ヒドリド触媒を用いた先駆的な研究では、1,4-選択的還元が可能でしたが、空気中で不安定な試薬が必要でした。本研究は、より取り扱いやすい試薬で同様の変換を達成しています。
  • 対立または補完する先行研究:
    • Evansらによるカテコールボランを用いたロジウム触媒反応は1,4-選択的ですが、直線状基質に限定されていました。本研究は、環状基質という長年の課題を解決しました。
    • 環状基質のアルドール反応では、銅、スズ、チタンエノラートを用いる従来法は主にanti生成物を与えましたが、本手法は対照的にsyn生成物を高選択的に与えます。

4:光触媒反応とメカニズムについて

  • 支持する先行研究:
    • 遷移金属触媒において、配位子の光脱離を利用して反応のON/OFFを切り替える例は報告されていました。本研究は、この原理を反応のON/OFFではなく、選択性のスイッチングに応用した点で新しいです。
    • Onishiらの研究で、CoH[PPh(OEt)2]4が可視光で配位子を解離させることは確立されていました。本研究は、この知見を基に、解離後の活性種が異なる反応性を示す可能性に着目しました。
  • 本研究の独自性:
    • 光を用いて反応性を制御する研究は注目されていますが、多くは酸化還元サイクルを含む光レドックス触媒です。本研究は、触媒の配位状態を光で変化させることで、非レドックス的な反応の経路を制御した点が独創的です。

5:研究の限界点

  • α,β-不飽和アルデヒドへの適用限界:
    • 基質としてα,β-不飽和アルデヒド(1p)を用いた場合、暗所では1,2-還元生成物のみが得られ、光照射下でもこれが主生成物となり、選択性の制御は達成できませんでした。
  • 一部基質での選択性の低下:
    • 特定の直線状基質(1h, 1i)では、暗所条件で生成物の混合物を与えました。
    • 電子不足のアルデヒド(4k, 4l)を用いたアルドール反応では、syn選択性が低下する傾向が見られました。
  • 計算モデルの単純化:
    • DFT計算において、計算コスト削減のため、ホスホニット配位子のエチル基をメチル基に単純化してモデル化しています。これにより、実験結果と予測された選択性の比率に若干の差異が生じた可能性があります。

結論

  • 安価なコバルト触媒を用い、光の有無だけでα,β-不飽和ケトンのヒドロホウ素化の位置選択性を自在に制御する新しい触媒システムを開発しました。
  • これまで困難であった環状ケトンの1,4-選択的ヒドロホウ素化を達成し、ワンポットで高syn選択的なアルドール反応へと展開しました。
  • 実験とDFT計算から、光照射下と暗所では、それぞれ配位飽和度の異なる触媒が全く異なるメカニズムで反応を駆動していることを明らかにしました。
  • 本研究は、外部刺激(光)を用いて触媒の配位圏を動的に制御することで、反応の選択性を根本から変えるという新しい戦略を提示しました。
  • これにより、合成化学における反応制御の新たな可能性を示し、特に価値の高い環状エノールボレートの簡便な合成法を提供しました。

将来の展望

  • この「光による配位圏制御」の概念を、他の触媒反応や不斉合成へと応用することが期待されます。
  • より複雑な天然物合成など、実践的な応用への展開が今後の課題です。

用語集

  • ヒドロホウ素化 (Hydroboration): 化合物に水素(H)とホウ素(B)を同時に付加させる化学反応。
  • α,β-不飽和ケトン (α,β-Unsaturated Ketone): カルボニル基(C=O)に隣接して炭素-炭素二重結合(C=C)を持つ化合物。
  • 1,2-付加 vs 1,4-付加 (1,2- vs 1,4-Addition): α,β-不飽和カルボニル化合物への求核攻撃の位置。1,2-付加はカルボニル炭素へ、1,4-付加はβ位の炭素への攻撃を指す。
  • エノールボレート (Enolborate): ホウ素が酸素原子に結合したエノラート。アルドール反応などの中間体として重要。
  • ワンポット反応 (One-pot reaction): 反応容器内で複数の反応ステップを、中間体を単離することなく連続して行う合成手法。
  • DFT計算 (Density Functional Theory calculations): 電子密度を用いて分子の電子状態やエネルギーを計算する量子化学計算手法の一つ。反応メカニズムの解明に強力なツールとなる。
  • 配位圏 (Coordination sphere): 中心金属イオンとそれに直接結合している配位子からなる領域。

TAKE HOME QUIZ

問1: この研究が解決しようとした、従来のα,β-不飽和ケトンのヒドロホウ素化における主な課題は何ですか?最も適切なものを一つ選んでください。 

a) 反応速度が遅いこと 

b) 高価な貴金属触媒が必要なこと 

c) 環状基質に対して1,4-選択的な反応が困難であったこと 

d) 反応に高温条件が必要なこと

問2: この研究で用いられたコバルト錯体 CoH[PPh(OEt)2]4 は、可視光を照射されるとどのように変化しますか? 

a) 触媒活性を失う 

b) 配位子(ホスホナイト)を一つ解離させ、配位不飽和な16電子錯体になる 

c) 酸化状態がCo(I)からCo(II)に変化する 

d) 基質と不可逆的に結合する

問3: 環状ケトン基質(例:1k)を用いたヒドロホウ素化において、光の有無は生成物にどのような影響を与えましたか? 

a) 光の有無に関わらず、常に1,2-還元生成物が得られた 

b) 光を照射すると反応が進行しなくなり、暗所でのみ1,4-還元生成物が得られた 

c) 暗所では1,2-還元生成物が、光照射下では1,4-還元生成物が選択的に得られた 

d) 暗所では1,4-還元生成物が、光照射下では1,2-還元生成物が選択的に得られた

問4: 光照射下で生成した環状ボロンエノラートをアルデヒドと反応させるワンポット・アルドール反応では、主にどちらの立体異性体(ジアステレオマー)が生成しましたか? 

a) anti(アンチ)体 

b) syn(シン)体 

c) ラセミ体(syn体とanti体の1:1混合物) 

d) どちらも生成しなかった

問5: DFT計算によって示唆された、暗所条件での反応メカニズムの特徴として正しいものはどれですか? 

a) 触媒が基質と直接配位し、ヒドリド移動が起こる 

b) 光照射下よりも活性化エネルギーが低い 

c) Co⁰錯体とラジカル中間体を経る、一電子移動(SET)を伴う経路で進行する 

d) ピナコールボラン(HBPin)が無くても反応が進行する

解答

  1. c) 
  2. b) 
  3. c) 
  4. b) 
  5. c) 

2025年1月29日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0227~

論文のタイトル: Reactivity of the phosphaethynolate anion withstabilized carbocations: mechanistic studies andsynthetic applications(安定化カルボカチオンを用いたホスファエチノラートアニオンの反応性:機構研究と合成応用)

著者: Nguyen, Thi Hong Van; Chelli, Saloua; Mallet-Ladeira, Sonia; Breugst, Martin;* Lakhdar, Sami*
雑誌名: Chemical Science
巻: Volume15, 14406-14414
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc03518f

背景

1: 研究の背景

  • 炭素-リン結合形成のための実用的で持続可能な手法の開発は、触媒作用から医薬品化学、材料科学まで幅広い分野で重要である。
  • 有機リン化合物は、多くの分野で重要な役割を果たしている。
  • 従来、PCl3が一般的な出発物質であったが、HCl副生成物の問題があったため、代替となるリン前駆体の開発が求められていた。
  • ホスフィン酸や白色リン (P4) がPCl3の代替として注目されている。
  • ホスファエチノラートアニオン ([OCP]−) は、シアネートアニオンのリンアナログとして、新たなリン前駆体として登場した。
2: 研究の課題と目的
    • [OCP]−の合成は以前から報告されていたが、大規模合成の難しさや空気・水分に対する感受性から、その利用は限られていた。
    • 近年、GrützmacherとGoicoecheaの研究グループによって、安定なホスファエチノラートアニオンの効率的な合成法が開発された。
    • [OCP]− は、リン転送剤としての可能性があり、有機リン分子やリンベースの遷移金属錯体の合成に有効であることが示されている。
    • 本研究の目的は、[OCP]− の 両性反応性 を理解し、その合成への応用を明らかにすることである。

    3: 研究の目的と成果

    • Mayrの参照求電子剤を用いて、[OCP]−の求核性を定量的に評価する。
    • [OCP]−と様々な求電子剤との反応機構を解明し、主要な中間体を特定する。
    • [OCP]− を用いた、合成的に有用な有機リン化合物の合成方法を開発する。
    • 特に、立体的に嵩高い二級ホスフィンオキシドの合成を達成し、それらを鈴木カップリング反応の配位子として利用する。

    方法

    1: 研究デザイン

    • UV-可視分光法およびレーザーフラッシュ光分解法を用いて、[OCP]− とさまざまな Mayrの参照求電子剤 との反応速度を測定した。
    • 反応速度データと密度汎関数理論 (DFT) 計算を組み合わせ、[OCP]− の リン求核性 を定量化した。
    • 反応生成物の分析から、二級および三級ホスフィンの形成を明らかにした。
    • 反応機構を詳細に議論し、主要な中間体を単離・特性評価した。
    2: 反応条件
    • ナトリウムホスファエチノラートは、ナトリウム、赤リン、tBuOH、エチレンカーボネートから合成された。
    • アセトニトリル溶媒中、20℃で反応を実施。
    • 求電子剤に対して10当量以上の求核剤を使用し、擬一次反応条件で反応を行った。
    • 15-クラウン-5 の存在下で、対イオンの影響を評価した。
    • ジオキサンの反応への影響も調べた。
    3: 評価項目と測定方法
    • 反応速度定数は、レーザーフラッシュ光分解法またはUV-可視分光法を用いて決定した。
    • カルボカチオンは、対応するホスホニウム塩をレーザー照射により生成させた。
    • 核磁気共鳴 (NMR) 分光法(1H, 13C, 31P)を用いて、中間体の構造を決定した。
    • X線結晶構造解析により、一部の生成物の構造を決定した。
    4: 使用した統計手法
    • 反応速度定数と求電子性の関係を線形回帰で分析。
    • DFT計算を用いて、反応機構と中間体の構造を解析。
    • 遷移状態構造を計算し、反応エネルギーを評価。
    • **RI-DSD-PBEP86-D3(BJ)/def2-QZVPP/SMD(THF)//M06-2X/6-31+G(d,p)/SMD(THF)**レベルの計算を実施。

    結果

    1: 求核性パラメータ

    • [OCP]−の求核性パラメータは、N = 19.02、sN = 0.82と決定された。
    • [OCP]− の リン原子 は、シアネートアニオンよりも5桁、チオイソシアネートのN末端よりも10倍反応性が高い。
    • [OCP]− は、カルボジイミドなどの弱い求電子剤とも反応可能である。
    • 拡散律速により、反応速度が一定の値に制限されていることが判明。
    2: 中間体の特性評価
    • 低温 (−60 °C) で、[OCP]−とカルボカチオンとの反応により、双性イオンが生成することを確認。
    • 双性イオンを加温すると、ホスファケテン付加体が生成することを確認。
    • DFT計算により、反応経路が明らかになった。
    • 双性イオンは、熱力学的に安定な生成物であることが示された。
    3: 合成応用
    • 双性イオンをNHCカルベンで処理すると、アゾリウムホスファエノラートが定量的に生成した。
    • 双性イオンを水で処理すると、二級ホスフィンが生成した。
    • 二級ホスフィンは空気中で酸化されやすく、二級ホスフィンオキシドとして単離した。
    • 様々な安定化カルボカチオンを用いて、二級ホスフィンおよび二級ホスフィンオキシドを合成した。

    考察

    1: 主要な発見

    • [OCP]−のリン原子が、反応性の高い求核中心であることが明らかになった。
    • [OCP]− と カルボカチオンとの反応中間体として、双性イオンが確認された。
    • 水の存在下で、双性イオンから二級ホスフィンが生成することが判明した。
    • 二級ホスフィンオキシドは、鈴木カップリング反応の配位子として有効であることが示された。
    2: 先行研究との比較
    • Grützmacherらの研究で、ホスファエチノラートアニオンとボランとの反応で同様の複合体が形成されることが報告されている。
    • Slootwegらの研究では、[OCP]− と異なる求電子剤との反応で、ビス(シクロプロペニル)ジホスフェタンジオンが生成することが報告されている。
    • Goicoecheaらの研究で、アシルホスフィンの合成が報告されている。
    • 本研究では、立体的に嵩高い二級ホスフィンの直接合成を達成した。
    • Mayrらの研究は、さまざまな求核剤の反応性を評価するための基準を提供。
    • HSAB理論が、[OCP]− の求核性を説明できないことを示す研究がある。
    • [OCP]− の求核性が、シアネートアニオンやチオイソシアネートよりも高いことが示された。
    3: 研究の限界点
    • DFT計算で、双性イオンの安定性を過大評価している可能性がある。
    • 溶媒効果が計算結果に影響を与えている可能性がある。
    • [OCP]− の酸化メカニズムについては、さらなる研究が必要である。
    • 二級ホスフィンは不安定であり、取り扱いに注意が必要である。

    結論

      • 本研究では、[OCP]−のリン求核性を実験的に定量化した。
      • [OCP]− は、動力学的および熱力学的に有利に反応することが示された。
      • 双性イオンなど、反応中間体を特定し、その特性を詳細に評価した。
      • 立体的に嵩高い二級ホスフィンオキシドの合成を達成し、鈴木カップリング反応における配位子としての有効性を示した。

      将来の展望

        • [OCP]− を用いた、新しい有機リン化合物の合成法の開発や、触媒反応への応用が期待される。

        用語集

        • ホスファエチノラートアニオン ([OCP]−): シアネートアニオンのリンアナログ。リン原子が求核中心となる。
        • Mayrの参照求電子剤: 求電子性を定量化するための基準となる化合物群。
        • 密度汎関数理論 (DFT): 量子化学計算手法の一つ。電子構造を計算するために使用される。
        • 双性イオン: 分子内に正と負の両方の電荷を持つ化合物。
        • NHCカルベン: N-複素環カルベン。有機触媒として使用される化合物。
        • 二級ホスフィン: リン原子に2つの炭素原子が結合した化合物。
        • 二級ホスフィンオキシド: 二級ホスフィンのリン原子が酸化された化合物。
        • 鈴木カップリング反応: 有機ホウ素化合物とハロゲン化アリールまたはハロゲン化ビニルをパラジウム触媒を用いて結合させる反応。
        • レーザーフラッシュ光分解法: レーザーを用いて光化学反応を起こさせ、その反応速度を測定する手法。
        • UV-可視分光法: 紫外・可視領域の光の吸収を測定し、化合物の特性を評価する手法。
        • 核磁気共鳴 (NMR) 分光法: 原子核の磁気的性質を利用して、化合物の構造を決定する手法。
        • X線結晶構造解析: X線回折を利用して結晶の構造を決定する手法。
        • 擬一次反応: 反応物の一方の濃度が過剰で、反応速度が他方の濃度のみに依存する反応。

        TAKE HOME QUIZ

        質問1: ホスファエチノラートアニオン([OCP]⁻)の分子構造における求核性中心はどこですか? 

        * (a) 酸素原子のみ * (b) リン原子のみ * (c) 酸素原子とリン原子の両方 * (d) 炭素原子

        質問2: [OCP]⁻の求核性パラメータ(NとsN)を決定するために使用された実験手法は何ですか? 

        * (a) NMR分光法のみ * (b) 質量分析法のみ * (c) UV-Vis分光法およびレーザーフラッシュ光分解法 * (d) 赤外分光法

        質問3: [OCP]⁻と求電子剤との反応において、初期に形成される中間体は何ですか? 

        * (a) ホスフィンオキシド * (b) 双性イオン * (c) ホスファアルキン * (d) ジアニオン

        質問4: [OCP]⁻の求核性パラメータは、どの原子の求核性を表していますか? 

        * (a) 酸素原子 * (b) リン原子 * (c) 炭素原子 * (d) 酸素原子とリン原子の両方

        質問5: [OCP]⁻のリン原子の求核性は、シアネートアニオンと比較してどの程度ですか? 

        * (a) 約10倍低い * (b) 同程度 * (c) 5桁以上高い * (d) 約2倍高い

        質問6: [OCP]⁻と安定化されたカルボカチオンとの反応において、水と反応させることで生成されるのは何ですか? 

        * (a) ホスファケテン * (b) ホスファアルキン * (c) 第二級ホスフィン * (d) 第三級ホスフィン

        質問7: [OCP]⁻と高反応性カルボカチオンとの反応において、生成物は何ですか? 

        * (a) 第二級ホスフィンのみ * (b) 第二級ホスフィンと第三級ホスフィンの混合物 * (c) 第三級ホスフィンのみ * (d) ホスファケテン

        質問8: [OCP]⁻の反応における律速段階で、反応する求核性中心は変化しますか?

        • (a) 常に酸素原子が反応する
        • (b) 常にリン原子が反応する
        • (c) 変化しない(常に同じ求核性中心が反応する)
        • (d) 反応条件によって変化する

        質問9: [OCP]⁻と水との反応で、ホスファンカルボン酸が生成する過程において、DFT計算の結果から、どの段階が最もエネルギー障壁が高いですか? 

        * (a) 水の攻撃 * (b) OCPHの脱離 * (c) 脱炭酸 * (d) プロトン移動

        解答:

        1. (c)
        2. (c)
        3. (b)
        4. (b)
        5. (c)
        6. (c)
        7. (b)
        8. (c)
        9. (c)

        解説:

        • [OCP]⁻の求核性: [OCP]⁻は、酸素原子とリン原子の両方が求核性中心として機能します。ただし、リン原子の方がより求核性が高いことが実験的に確認されています。
        • 求核性パラメータの決定: UV-Vis分光法およびレーザーフラッシュ光分解法を用いて、様々な求電子剤との反応速度を測定し、メイアの式を用いて求核性パラメータを算出しました。
        • 反応機構: [OCP]⁻は、まずカルボカチオンなどの求電子剤と反応して双性イオンを形成し、次に、この中間体が水と反応して第二級ホスフィンを生成します。

        2025年1月12日日曜日

        Catch Key Points of a Paper ~0222~

        論文のタイトル: Unified ionic and radical C-4 alkylation and arylation of pyridines(統一的イオン型およびラジカル型ピリジンのC-4アルキル化およびアリール化)

        著者: Qiu Shi, Xiaofeng Huang, Ruizhi Yang, Wenbo H. Liu*
        雑誌名: Chemical Science
        巻: Volume15, 12442-12450
        出版年: 2024
        DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc03739a

        背景

        1: 研究の背景

        • ピリジン骨格は医薬品、農薬、機能性材料に広く存在しており、その合成は重要である。
        • ピリジンのC–H官能基化は、複雑なピリジン誘導体を合成するための効率的な戦略である。
        • ピリジンをピリジニウムに変換し、求核付加反応を行う手法(Minisci反応)が有効である。
        • イオン性またはラジカル求核剤によるピリジニウムへの付加反応は有用だが、位置選択性の低さが課題である。
        2: 未解決の問題点
        • ピリジニウムの官能基化において、C-2異性体とC-4異性体の制御不能な生成が大きな問題である。
        • 従来のC-4官能基化戦略では、ヘテロ原子リンチピンを介した中間体の形成が必要である。
        • 多様な炭素求核剤に対して統一的なプロトコルを確立することが困難であった。
        3: 研究の目的と期待される成果
        • 本研究では、酵素模倣ポケット型尿素活性化試薬を用いることで、ピリジンのC-4官能基化の一般プラットフォームを開発することを目的とする。
        • イオン性およびラジカル求核剤の両方に対応できる統一的なプロトコルの開発を目指す。
        • 多様な求核剤に対し、高いC-4選択性を実現する。
        • 特に、ラジカルC-4アリール化を初めて実現することを目指す。
        • 開発されたプラットフォームは、医薬品の後期官能基化や生物学的に重要な複雑な分子の調製に応用可能である。

        方法

        1: 研究デザイン

        • 新規な尿素活性化試薬を用いて、ピリジンのC-4位を選択的に官能基化するプロトコルを開発する。
        • Grignard試薬などのイオン性求核剤と、カルボン酸、ボロン酸などのラジカル前駆体を用いた反応を検討した。
        2: 反応条件
        • ピリジンを尿素誘導体と反応させ、グアニジニウム型付加物を形成。
        • Grignard試薬などの求核剤を添加し、ピリジンのC-4位に付加させる。
        • 必要に応じて、酸化的再芳香族化を行い、目的のピリジン誘導体を生成。
        • ラジカル反応の場合、追加の再芳香族化ステップは不要である。
        3: 主要な評価項目と測定方法
        • 生成物の収率は、単離された純粋な化合物の収率として評価した。
        • 異性体比(C-4/C-2)は、1H NMRおよびGC-MSを用いて決定した。
        • 結晶構造は、単結晶X線回折によって解析した。

        結果

        1: Grignard試薬を用いたC-4アルキル化

        • 多様なGrignard試薬(第一級、第二級、第三級、アリール、ヘテロアリール)が、高い収率とC-4選択性で反応した。
        • メチルGrignard試薬のような小さい求核剤でも、高いC-4選択性を示した。
        2: その他のイオン性求核剤を用いたC-4官能基化
        • 有機亜鉛試薬、TMSCN、有機リチウム試薬、シリルケテンアセタール、ニトロナート、マロネートなど、多様なイオン性求核剤が利用可能だった。
        • 有機リチウム試薬を用いたC-4アリール化も初めて実現した。
        3: ラジカル前駆体を用いたC-4官能基化
        • 多様なカルボン酸、ボロン酸、アルカンをラジカル前駆体として用いることができた。
        • 特に、C-4選択的なラジカルアリール化を初めて達成した。

        考察

        1: 主要な発見

        • 本研究で開発した尿素活性化試薬は、ピリジンを安定かつ高度に求電子的なピリジニウムに変換できる。
        • このピリジニウムは、C-2位とC-6位が保護されており、C-4位への求核攻撃を促進する。
        • このプラットフォームは、イオン性およびラジカル求核剤の両方に対応できる。
        2: 意義と重要性
        • 従来の課題であったC-4選択的な官能基化を、多様な求核剤に対して実現した。
        • 特に、ラジカルC-4アリール化は、従来の方法では困難であった。
        • このプロトコルは、医薬品や生物活性分子の合成に有用である。
        3: 先行研究との比較
        • 先行研究では、特定の求核剤にしか適用できない、またはC-2位との異性体混合物が生成されるといった問題があった。
        • 本研究では、多様な求核剤に対し、高いC-4選択性を実現した。
        • Minisci反応における位置選択性の問題も解決している。

        結論

        • 本研究では、置換された尿素を活性化試薬として用いることで、ピリジンのC-4選択的な官能基化を実現した。
        • このプロトコルは、イオン性およびラジカル求核剤の両方に対応でき、アルキル化とアリール化が可能である。
        • 多様な求核剤が利用可能で、高いC-4選択性が得られる。
        • 特に、C-4選択的なラジカルアリール化を初めて達成した。

        将来の展望

              • このプロトコルの有機合成における利用が期待される。
              • C-4ヘテロ官能基化や他のヘテロ芳香族への応用が期待される。

              用語集

              • Minisci反応: ピリジンの求電子攻撃に対して、炭素ラジカルを付加する反応
              • Grignard試薬: 有機マグネシウム化合物で、求核剤として使用される
              • 求核剤: 電子を豊富に持ち、正に帯電した原子に結合する試薬
              • 求電子剤: 電子が不足しており、電子を求めて反応する試薬
              • HSAB理論: 酸と塩基の硬さ(hard)と軟らかさ(soft)で反応性を説明する理論
              • TMSCN: シアン化トリメチルシリル

              TAKE HOME QUIZ

              質問1: 本研究で開発された活性化試薬を使用することで、ピリジンはどのような状態に変換されますか? (a) 求核的なピリジン (b) 求電子的なピリジニウム (c) ラジカル中間体 (d) キレート化合物

              質問2: 開発された活性化試薬は、ピリジニウムのどの位置を保護しますか? (a) C-3位とC-5位 (b) C-2位とC-6位 (c) C-4位のみ (d) すべての位置

              質問3: イオン性求核剤の例として、以下のうち適切でないものはどれですか? (a) Grignard試薬 (b) 有機亜鉛試薬 (c) カルボン酸 (d) シリルケテンアセタール

              質問4: ラジカル前駆体として利用できるのは、以下のうちどれですか? (a) カルボン酸 (b) アルデヒド (c) ケトン (d) アミド

              質問5: 本研究で初めて達成されたC-4官能基化は何ですか? (a) C-4アルキル化 (b) C-4シアノ化 (c) C-4ラジカルアリール化 (d) C-4ハロゲン化

              回答:

              1. (b) 求電子的なピリジニウム
              2. (b) C-2位とC-6位
              3. (c) カルボン酸
              4. (a) カルボン酸
              5. (c) C-4ラジカルアリール化

              2024年7月22日月曜日

              有機典型元素化学〜その4〜:pKaと脱離能

               その2,3にて概説した求核性に影響を与える多数の要因と比較して、脱離基の有効性ははるかに簡単に予測可能です。このご時世ですから、『ブレンステッド塩基が弱いほど、より良い脱離基が形成される。』と覚えておけば、あとは調べればなんとかなるでしょう。具体的な手順としては、単純に、脱離基の共役酸のpKaを調べるだけで、その脱離能力を正確に把握できます。一般的な反応の多くを考える範囲では、以下のpKaの表はその目的のために十分によく役立ちます。


              最良の脱離基は最も強い酸の共役塩基であることを覚えておきましょう。すなわち、ヨウ化物と臭化物は有機化学において優れたよく利用される脱離基です。最悪の脱離基は、アミド、水素化物、アルキルアニオンなどの非常に強い塩基です。水酸化物およびアルコキシド (RO-) も有機化学では貧弱な脱離基です。好例なのは、ウィリアムソン エーテル合成でしょう。
              CH3O- + CH3I -> CH3OCH3 + I-
              すべての素反応と同様、この反応は原則として可逆的ですが、その逆反応(I-によるCH3O-の置換)は、あらゆる条件で起こることはありません。
              有機化学に特に言及して、さらにいくつかの反応を見ていきましょう。
              フッ化物とシアン化物は、pKaの値で示唆されるよりもはるかに悪い脱離基です。教科書的には、これは C-F および C-CN 結合の強さを反映していると説明されることがありますが、この辺りの話はまた別途記事を作成できればと思います。
              スルホネート類は、スルホン酸のpKa値で示唆されるよりも優れた脱離基です。アレーンスルホン酸塩 (ArSO3-)、 特にp-トルエンスルホン酸塩(トシレート: TsO-)、トシル酸アルキルは対応するアルコール類から容易に調製できるため、有機化学では一般的な脱離基です。さらに優れたスルホネートベースの脱離基として、トリフルオロメタンスルホン酸アニオン(トリフレート: TfO-)が開発され、今日では多くの反応で利用されています。

              多くの学生が有機化学を初めて学ぶ際に苦労するのは、ヨウ化物イオンが優れた求核剤であると同時に優れた脱離基であるという事実だと思います。対照的に、アルコキシドイオン(RO-) は優れた求核剤ですが、脱離基としては不十分です。

              この違いは何に起因するのでしょうか?その理由を探っていきます。

              この難題に対する解決策は、求核試薬と脱離基は両方ともルイス塩基であるにもかかわらず、それらの有効性を制御する非常に異なる要因があるということです。
              ヨウ化物の求核性は主にその分極率またはHSAB則でいうところの柔らかいことに起因します。アルコキシドイオンの求核性は、O-とCδ+間の硬いもの同士の相互作用と、その結果生じるC-O結合の強さによるところが大きいです。
              一方、脱離基の有効性とそのブレンステッド塩基性の間には明らかな逆相関があります。したがって、ヨウ化物は非常に弱い塩基であるため、優れた脱離基になります。アルコキシドアニオンは強塩基であるため、脱離基としては優れていません。
              プロトン化は脱離基の有効性を大幅に高めます。例えば、臭化物アニオン自体は、例えばNaBrの形で、アルコール(有機化学では脱離基として悪名高いOH-)とは反応しません。
              Br- + RCOH -X-> RCBr + HO-
              その一方で、濃 HBr による OH 基のプロトン化により、以下に示すように、はるかに優れた脱離基である水の脱離が可能になります。 
              Br- + RCOH2+ -> RCBr + H2O
              したがって、濃HBrは、単純なアルコールを対応する臭化アルキルに変換するのに適した試薬です(※分子内に酸を受け取る他のブレンステッド塩基として働く官能基が存在しないと仮定する場合に限る)。

              以上の脱離基についての概念は、かなり「有機中心」の見解を提示しているという点に注意してください。現在、そこに触れる別の記事を作成中ですが、注意点として、求電子中心が炭素でない場合には、他のさまざまな要因が作用して一筋縄でいかなくなる点でしょう。逆に、そこが有機典型元素化学の醍醐味であり、今後、普遍的なルールを探求する価値のあるところとも感じています。
              求電子中心が炭素でない場合に影響を及ぼす要因の中で最も重要なのは、電気陰性元素間の単結合は通常弱く、容易に切断されるという事実です。有機化学とは異なり、水酸化物アニオンは ROOH 形式の基質にとって適切な脱離基です。同様に、チオレート (RS-) は、有機化学では絶望的に貧弱な脱離基ですが、二価の硫黄原子の環は求核試薬によって容易に分解され、中間体として脱離基 (S-) を残します。

              2017年2月6日月曜日

              有機典型元素化学〜その3〜:HSAB則


               その2で述べた求核性に影響を及ぼすいくつかの要因は、ルイス酸と塩基の硬さと軟らかさの概念(HSAB則)に簡潔にまとめられています。 HSABのコンセプトは、50年以上前にRalph Pearsonによって導入され、続いてPearsonとParrらによって確固たる理論的基礎が確立されました。硬い酸および塩基は、比較的非極性であり、正または負の比較的高い表面電荷密度を有します。軟らかい酸および塩基は、比較的分極性であり、正または負の低い表面電荷密度を有します。言うまでもなく、どっちつかずの場合がたくさんあります。高い表面電荷密度(硬さ)は、高い形式電荷(FC)、正または負、および小さい原子/イオンサイズから一般的に決まり、逆は、低い表面電荷密度(軟わらかさ)に当てはまります。硬いおよび軟わらかい酸および塩基の例を以下に示します。



               硬さと軟らかさの概念の有用性は、軟らかい塩基が軟らかい酸とより速く反応してより強い結合を形成し、硬い塩基が硬い酸とより速く反応してより強い結合を形成するというHSABの原理から分かります。この原理により、膨大な量の化学を合理化することができます。
               HSABの概念は、求核性の理解を容易にします。より軟らかい塩基は、より良い求核剤になることが多い。 例えば、ホスフィンは、より硬いその類縁体であるアミンよりも一般的に良い求核剤であり、一方、硫黄化合物は、それらの酸素類似体よりも良い求核剤である。
               HSAB則の最良の例のいくつかは、いわゆる配位子交換反応やメタセシス反応です。すなわち、メタセシス反応がどの方向に進行するかどうかが分かります。
              具体的には、

              SeCl2 + 2(CH3)3SiBr → SeBr2 +2(CH3)3SiCl

              上式では、SeはSiはよりも軟らかいルイス酸であり、臭素アニオンは塩素アニオンよりも軟らかいルイス塩基であるので、SeとBrが結合し、SiとClが結合していなければなりません。

              PCl3 + AsF3 → PF3 + AsCl3

              第2の例では、AsはPよりも軟らかいルイス酸中心であり、塩素アニオンはフッ素アニオンより軟らかいルイス塩基になります。すなわち、これらの配位子交換反応はHSAB則と一致しています。