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2025年9月27日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0252~

論文のタイトル: Wittig Reaction in Deep Eutectic Solvents: Expanding theDES Toolbox in Synthesis(Wittig 反応における深共晶溶媒の活用:合成における DES ツールボックスの拡張)

著者: Federica De Nardi, Giulia Gorreta, Carolina Meazzo, Stefano Parisotto, Marco Blangetti, Cristina Prandi*

雑誌名: Chemistry – A European Journal 
巻: Volume 30, Issue 50, e202402090
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1002/chem.202402090


背景

1: 持続可能な合成へのパラダイムシフト

  • 有機合成は、持続可能で環境に優しい手法へと大きく転換しています。
  • この変化は、非従来型溶媒、特にイオン液体 (ILs) と深共晶溶媒 (DES) の研究に顕著です。
  • 古典的なWittig 反応は、ホスホニウム塩をイリドの形成を介してオレフィンに変換する、有機合成の基礎となる反応です。
  • 歴史的に従来の有機溶媒で行われてきましたが、ポリマー担持トリフェニルホスフィンや無溶媒条件、水などのより持続可能な条件への適応が模索されてきました。
  • DESは、さまざまな化学プロセスにおいて、グリーンで調整可能な代替溶媒として有望視されています。

2: 未解決の課題

  • Wittig反応における水の使用は、水に不溶または難溶な基質の課題があり、報告例も限定的です。
  • Wittig反応の一般的な副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド (TPPO) の単離は、煩雑で費用がかかるカラムクロマトグラフィーを必要とし、大規模操作には不向きです。
  • これまでTPPO除去には触媒的Wittig反応やLewis酸-TPPO付加物の形成などが提案されてきましたが、より効率的な解決策が求められています。
  • 本研究では、深共晶溶媒 (DES) 中でのWittig反応の実現可能性を調査します。
  • 特に、持続可能な方法論の観点から、未解決の課題を克服する新しいプロトコルの開発を目指します。

3: 研究の具体的な目的

  • 本研究は、穏やかで再現性の高い反応条件の確立を目指します。
  • カルボニル化合物およびホスホニウムパートナーの両方において幅広い基質適用範囲を確保します。
  • 高い変換率と反応収率を達成することを目指します。
  • 副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド (TPPO) の容易な除去方法を開発します。
  • これらの取り組みを通じて、合成における深共晶溶媒の適用可能性を拡大し、グリーンケミストリーの原則に沿った高収率・高純度でのオレフィン化生成物の回収を可能にすることを目指します。

方法

1: 研究デザインとアプローチ

  • 本研究は、深共晶溶媒 (DES) 中でのWittig反応の新しいプロトコルの開発と最適化を目指す合成化学研究です。
  • ChCl/Gly 1:2 (mol/mol) を主要な溶媒として、置換ホスホニウム塩と(ヘテロ)芳香族およびアルキルカルボニル化合物のWittig反応を開発しました。
  • 反応条件の最適化のため、様々な有機および無機塩基の効果を評価しました。
  • 開発したプロトコルの汎用性を確認するため、幅広い基質(多様なアルデヒドとホスホニウム塩)に適用しました。
  • 実用性を示すため、ホスホニウム塩 2 g (5 mmol) 規模へのスケールアップも検証しました。
  • 最終的に、カラムクロマトグラフィーなしでTPPOを除去できる作業プロトコルの開発を目指しました。

2: 実験条件と使用試薬

  • モデル反応: ベンジルトリフェニルホスホニウムクロリド (1a) と4-メトキシベンズアルデヒド (2a, 2当量) を使用しました。
  • 溶媒: 主にコリンクロリド/グリセロール (ChCl/Gly) 1:2 (mol/mol) の深共晶混合物を使用しました。
  • 反応条件: 室温 (25 °C) および空気下という穏やかな条件で反応を行いました。
  • 塩基の選択: t-BuOK、NaOH、LiTMP、DBU、NaH、K2CO3、Na2CO3など、多様な有機および無機塩基を評価し、K2CO3が最適な塩基として選定されました。
  • DESの選択: ChCl/H2O、ChCl/Urea、Gly/K2CO3、チモール/メントールなど、様々なユーステチック混合物を評価しました。
  • 試薬比率: 高い収率を維持するための最適な組み合わせとして、塩基1.2当量、アルデヒド1.5当量が設定されました。

3: 評価項目と分析方法

  • 生成物収率とジアステレオ選択性 (E/Z比) を主要な評価項目としました。
  • これらの値は、内部標準としてn-ヘプタンを用いた定量的1H-NMR分析によって決定されました。
  • 副生成物TPPOの除去効率も重要な評価項目でした。
  • TPPOの除去効率は、ZnCl2との錯体形成後のろ過により、内部標準としてトリフェニルホスフィンを用いた定量的31P-NMR分析によって評価されました。
  • プロトコルの実用性を確認するため、ホスホニウム塩 5 mmol (2 g) スケールでの反応も行われました。
  • 反応溶媒の再利用性もテストされ、水蒸発によるDES再生後に新鮮な試薬を加えて再利用し、その収率を測定しました。

結果

1: 塩基と溶媒の最適化

  • ChCl/Gly 1:2 (mol/mol) を溶媒とし、室温、空気下という穏やかな条件で、多様な塩基を用いた Wittig 反応が高効率で進行しました。
  • t-BuOK、NaOH、DBU、K2CO3を含む多くの有機および無機塩基で、90%以上の優れた収率が達成されました (例: t-BuOK 97%、NaOH 95%、DBU 99%、K2CO3 92%)。
  • ジアステレオ選択性は、半安定化イリドの場合に予想されるように、Z異性体がわずかに優勢でした (E/Z比 40:60~43:57)。
  • Gly/K2CO3 6:1 の混合物(外部塩基なし)を50 °Cで使用した場合、ほぼ定量的収率 (99%) を示しました。
  • 疎水性DES (チモール/メントール) や高酸性DES (ChCl/リンゴ酸) は効果が低いことが示されました。

2: 幅広い基質適用範囲

  • 提案されたプロトコルは、様々な(ヘテロ)芳香族アルデヒドに適用可能であることが示されました。
  • ハロゲン (I, Br, Cl)、電子供与基 (アルコキシ, メチル)、電子吸引基 (NO2, CF3) など、多様な置換基を持つアルデヒドが良好な収率で反応しました (例: メトキシ基 88-99%、ハロゲン化ベンズアルデヒド 74-95%)。
  • ビニル、アルキニル、シクロアルキル、脂環式、およびα,β-不飽和アルデヒドも使用可能でした。
  • 非常に求電子性の高いケトン、例えばトリフルオロメチルフェニルケトン (7b) は、良好な収率と高いE異性体へのジアステレオ選択性 (87:13) を示しました。
  • ホスホニウム塩に関しても、非安定化、半安定化、および安定化イリドのいずれも Wittig オレフィン化生成物を形成することができました。

3: スケールアップとTPPO除去

  • 本プロトコルは、ホスホニウム塩 2 g (5 mmol) スケールまでスケールアップ可能であることが確認され、良好な収率 (91%) で目的の Wittig 生成物 (3a) が得られました。
  • 媒体の粘度を低減するため、少量の2-MeTHFを添加することで、スケールアップされた反応でも87%の優れた収率と48:52のE/Z比で生成物が得られました。
  • ZnCl2を用いたTPPO除去プロトコルが開発され、TPPO:ZnCl2錯体のろ過により、最大92%のTPPO除去が達成されました。
  • このTPPO除去方法は、追加のクロマトグラフィー精製なしで製品の単離を可能にし、グリーンケミストリーの原則に合致します。
  • この方法論は、抗がん剤DMU-212の合成にも適用され、75%の収率と52:48のE/Z比で得られました。

考察

1: DESを用いたWittig反応の汎用性と効率性

  • 本研究で開発されたDESを用いたWittig反応プロトコルは、室温、空気下という穏やかな条件下で高い効率と広範な基質適用性を示しました。
  • 多様な有機および無機塩基、電子特性の異なるさまざまなアルデヒド、さらには非常に求電子性の高いケトンまで、このプロトコルで効率的に反応させることができました。
  • この発見は、DESが有機合成におけるグリーンで調整可能な代替溶媒としての可能性をさらに裏付け、特に医薬品化学のような分野での応用を促進するものです。
  • 非安定化、半安定化、安定化イリドのいずれも使用可能であることから、Wittig反応の「ツールボックス」をDES環境下で大幅に拡張できることが示されました。

2: TPPO除去の課題解決とスケールアップ

  • Wittig反応の長年の課題であった副生成物TPPOの除去に対して、ZnCl2を用いた簡便かつ効率的なプロトコルを確立しました。
  • この手法により、従来必須とされてきた高価で時間のかかるカラムクロマトグラフィーなしで、TPPOを最大92%除去し、高純度でオレフィン生成物を単離することが可能になりました。
  • 本プロトコルは、ホスホニウム塩 2 g (5 mmol) スケールまで容易にスケールアップ可能であり、少量の2-MeTHFの添加が粘度の高い媒体での攪拌を助けることが示されました。
  • これは、実験室規模だけでなく、より大規模な産業応用への Wittig 反応の適用可能性を大きく高め、グリーンケミストリーの原則に合致する持続可能な合成経路を提供します。

3: 先行研究との関連性

  • 本研究は、非従来型溶媒(イオン液体、DES)を用いた持続可能な有機合成へのパラダイムシフトという、最近の合成化学の動向に貢献しています。
  • 水溶性ホスホニウム塩や水中でセミ安定化イリドを用いる Wittig 反応の先行研究 [3, 4, 7, 8a] がある中で、本研究はDESという新たな反応媒体における Wittig 反応の幅広い可能性を実証しました。
  • CapriatiらによるDESを用いた Horner-Wadsworth-Emmons 反応のスケーラブルな合成 と同様に、本研究の Wittig 反応の成功は、DESが多様なオレフィン化反応において有効な媒体であることを示唆しています。
  • TPPO除去の課題に対しては、触媒的 Wittig 反応 やLewis酸-TPPO付加物の形成 など、様々な戦略が提案されてきました。本研究のZnCl2を用いた方法は、先行研究 [21, 22a] に着想を得ており、DES環境下での適用性を成功裏に示しました。
  • 反応のジアステレオ選択性は、従来の条件下で予測されるE/Z比と一致しており、特に半安定化イリドでZ異性体が優勢であるという Robiette らの報告とも整合しています。

4: 実用化への貢献

  • 抗がん剤DMU-212の合成への本方法論の適用は、DESを用いたWittig反応が、複雑な分子の効率的な構築、特に医薬品中間体の合成において実用的な手段となる可能性を示しています。
  • カラムクロマトグラフィーを必要としないTPPO除去プロトコルは、精製ステップの時間とコストを大幅に削減し、合成プロセス全体の効率を向上させます。
  • 穏やかな条件(室温、空気下)と幅広い基質適用性は、様々な合成経路においてDESが汎用性の高い「グリーンな」溶媒として利用できることを裏付けています。
  • この研究は、有機合成におけるネオテリック溶媒の利用拡大に貢献し、環境負荷の低い合成プロセスの設計を可能にするものです。

5: 研究の限界

  • モデル反応において溶媒の再利用を試みましたが、2回の追加反応で生成物3aの収率がそれぞれ47%、20%に低下しました。これらの結果の理解とリサイクル性改善のためのさらなる調査が必要です。
  • 特定のDES、特に疎水性のチモール/メントールや高酸性のChCl/リンゴ酸は、Wittig反応の溶媒として効果的ではありませんでした。
  • ケトンについては、非常に求電子性の高いものを除き、この条件下での反応性は低いという限界がありました。
  • クロロメチル、メチルホルミル、メチルトリフェニルホスホニウム塩など、一部のホスホニウム塩では収率が低い結果となりました。
  • また、ピロール誘導体 (3r) の合成では低い収率 (34%) でしか得られませんでした。

結論

  • 本研究により、深共晶溶媒 (DES) を用いたWittig反応の、スケーラブルで環境に優しいプロトコルが確立されました。
  • 室温、空気下という穏やかな条件で、多様な有機および無機塩基、そして広範なアルデヒドおよびホスホニウム塩に対して高効率な反応が実証されました。
  • ZnCl2を用いたTPPO除去プロトコルの開発は、高価で時間のかかるクロマトグラフィー精製なしに、高収率・高純度でオレフィン化生成物を回収できる画期的な方法であり、グリーンケミストリーの原則に深く貢献します。

将来の展望

                                    • このプロトコルは 2 gスケールまで拡張可能であり、抗がん剤DMU-212の合成にも成功したことから、医薬品製造を含む実用的な応用への大きな可能性を示しています。
                                    • 溶媒再利用性のさらなる改善、低反応性ケトンや特定のホスホニウム塩への適用拡大、および他のグリーン溶媒との比較を通じて、DESの「ツールボックス」をさらに広げることが期待されます。

                                    TAKE HOME QUIZ

                                    1. Wittig反応におけるイリドには、非安定化イリド、半安定化イリド、安定化イリドの3種類があります。これらのイリドの電子的な性質が、生成するオレフィンのE/Zジアステレオ選択性にどのように影響すると考えられますか?論文の結果(半安定化イリドでのZ異性体優勢、安定化イリドでのE異性体優勢)と従来のWittig反応のメカニズムを関連付けて説明してください。

                                    2. 本研究ではChCl/Gly 1:2 (mol/mol) が主要なDESとして使用されました。このDESが、Wittig反応の溶媒としてどのような化学的特性(例:水素結合供与体と受容体の役割、粘度など)を有していると考えられますか?また、ChCl/H2OやChCl/Ureaなどの他のDESが低い収率を示した理由、あるいは疎水性DES(チモール/メンソール)や高酸性DES(ChCl/リンゴ酸)が非効率的であった理由を、DESの組成とWittig反応のメカニズムの観点から考察してください。

                                    1. 本プロトコルでは、一般的にケトンは反応性が低いとされていますが、「非常に求電子性の高いケトン」、例えばトリフルオロメチルフェニルケトンは良好な収率で反応しました。この結果は、Wittigイリドの求核性またはDES環境下でのケトンの反応性に関して、どのような化学的洞察を与えますか?

                                    2. 副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド (TPPO) の除去にZnCl2が錯体形成剤として用いられました。TPPOとZnCl2はどのように相互作用して錯体を形成すると考えられますか?この錯体形成が、従来のクロマトグラフィー精製に比べて、高収率でオレフィンを単離する上でなぜ有利なのでしょうか?

                                    3. 2g (5 mmol) スケールへのスケールアップの際に、反応混合物の粘度を克服するために少量の2-MeTHFが添加されました。DESの粘度の高さは、大規模な合成においてどのような問題を引き起こす可能性がありますか?また、2-MeTHFの添加が粘度低減に貢献する化学的・物理的原理を説明してください。

                                    解答

                                    1. Wittig反応におけるイリドの電子的な性質は、生成するオレフィンのE/Zジアステレオ選択性に影響を与えます。論文によると、このジアステレオ選択性は従来の条件下で予測されるE/Z比と完全に一致しています。非安定化イリドと半安定化イリドの場合、低い選択性でZ異性体がわずかに優勢であることが観察されました。例えば、モデル反応で使用された半安定化イリドでは、Z異性体が42:58から43:57の比率でわずかに優勢でした。一方、安定化イリドの場合、E異性体への高い選択性が観察されました。論文では、安定化イリドを用いた場合に「E異性体への完全な立体制御」が達成され、「DES媒体は予測された立体選択性に影響を与えない」ことが確認されています。これは、安定化イリドでは熱力学的支配により安定なE異性体が生成しやすく、非安定化・半安定化イリドでは反応速度論的支配によりZ異性体が生成しやすいという、従来のWittig反応のメカニズムに沿った結果です。
                                    2. 本研究で主要なDESとして使用されたChCl/Gly 1:2 (mol/mol) は、コリンクロリド (ChCl) という第四級アンモニウム塩と、グリセロール (Gly) という中性の水素結合供与体を特定のモル比で混合したものです。このDESは、Wittig反応の溶媒として、穏やかな条件(室温、空気下)で高い効率を示しました。ChCl/Glyは、水素結合ネットワークを通じて特有の極性と粘度を持ち、反応物(ホスホニウム塩やアルデヒド)を溶解させ、イリド形成やその後の反応を促進するのに適した微環境を提供すると考えられます。ChCl/H2O 1:2 および ChCl/Urea 1:2 が低い収率を示した理由としては、水や尿素が水素結合供与体として機能する一方で、イリドの反応性を阻害したり、副反応を引き起こしたりする可能性が考えられます。特に水はWittig反応の副生成物TPPOの加水分解など、特定の条件下で反応に影響を与える可能性があります。疎水性DES(チモール/メンソール) や 高酸性DES(ChCl/リンゴ酸) が非効率的であった理由としては、以下の点が推測されます。
                                      • 疎水性DES: イリドは通常極性が高いため、疎水性環境では溶解度や反応性が低下する可能性があります。
                                      • 高酸性DES: Wittig反応におけるイリドは強い塩基によって生成される求核種であり、酸性環境下ではプロトン化されて失活し、反応が進行しなくなるため、効率が低下したと考えられます。
                                    3. 本プロトコルでは一般的にケトンは反応性が低いとされていますが、「非常に求電子性の高いケトン」であるトリフルオロメチルフェニルケトン (7b) は、良好な収率と高いE異性体選択性(87:13)で反応しました。この結果は、Wittigイリドの求核攻撃がケトンのカルボニル炭素の求電子性に強く依存していることを示唆しています。トリフルオロメチル基(-CF3)のような強い電子吸引基が存在することで、カルボニル炭素の正電荷が増大し、イリドからの求核攻撃が促進されます。このことから、DES環境下においても、Wittig反応の基本的な反応性原理、すなわちイリドの求核性とカルボニル化合物の求電子性のバランスが重要であることが示されています。イリドの求核性が十分であっても、ケトン側の求電子性が低い場合は反応が遅いか進行しにくいことを示唆しており、DESが反応媒体であっても、基質の電子的性質が反応性に与える影響は、従来の有機溶媒の場合と同様に支配的であるという洞察を与えます。
                                    4. 副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド (TPPO) の除去にはZnCl2が錯体形成剤として用いられました。TPPOの酸素原子はルイス塩基性を示し、ZnCl2はルイス酸として機能するため、TPPOの酸素原子がZnCl2の亜鉛原子と配位結合を形成し、安定な付加物(錯体)を生成すると考えられます。この錯体は反応混合物からろ過によって容易に分離できる固体として沈殿します。
                                    5. 2g (5 mmol) スケールへのスケールアップの際に、反応混合物の粘度を克服するために少量の2-MeTHFが添加されました。DESは、その水素結合ネットワーク構造により、一般的に粘度が高いという特性を持っています。DESの粘度の高さは、大規模な合成において以下のような問題を引き起こす可能性があります。
                                    • 攪拌効率の低下: 高粘度のため反応混合物の均一な攪拌が困難になり、反応効率が低下したり、部分的な過熱が生じたりする可能性があります。
                                    • 熱・物質移動の阻害: 粘度が高いと、反応物や生成物の拡散速度が遅くなり、物質移動が律速段階となることで、反応速度が低下したり、反応温度の制御が難しくなったりします。
                                    • 不均一な反応: 試薬が均一に分散せず、局所的に反応が進んでしまうことで、選択性の低下や副生成物の増加につながる可能性があります。
                                    • 製品回収の困難さ: 高粘度な媒体から製品を分離・回収するプロセス(例:ろ過、抽出)が複雑化し、効率が低下する可能性があります。
                                    2-MeTHFのような有機溶媒はDESの水素結合ネットワークを希釈または部分的に破壊し、全体的な流動性を向上させる効果があります。これにより、混合物の粘度が低下し、攪拌が容易になることで、大規模な反応でも効率的な物質移動と均一な反応環境が維持されやすくなります。

                                    2025年8月2日土曜日

                                    Catch Key Points of a Paper ~0245~

                                    論文のタイトル: Suzuki–Miyaura coupling of arylthianthrenium tetrafluoroborate salts under acidic conditions

                                    著者: Li Zhang, Yuanhao Xie, Zibo Bai & Tobias Ritter*
                                    雑誌名: Nature Synthesis
                                    巻: Vol. 3, pages 1490–1497
                                    出版年: 2024
                                    DOI: https://doi.org/10.1038/s44160-024-00631-4

                                    背景

                                    1: 既存の知見と研究の重要性

                                    • パラジウム触媒による鈴木–宮浦クロスカップリング (SMC) は、製薬業界で最も一般的に使用される炭素–炭素結合形成反応です。
                                    • アリール(擬似)ハライドとアリールボロン酸は、SMCの一般的なカップリングパートナーとして機能します。
                                    • 多くのヘテロアレーン、例えばピリジン、イミダゾール、チオフェンは、医薬品や農薬において広く普及している部分構造です。
                                    • 多くのヘテロアリールボロン酸は、他のアリール求核試薬と比較して毒性が低く、安定で、取り扱いが容易であり、SMCの普及に貢献しています。

                                    2: 未解決の問題点と研究のギャップ

                                    • 一般的なSMC法は塩基の使用を必要とし、これが基質範囲を制限します。
                                    • 多くのヘテロアリールボロン酸は不安定であり、特にトランスメタル化に必要な塩基性反応条件下で問題となります。
                                    • 「2-ピリジル問題」はよく知られた課題であり、2-ピリジルボロン酸が反応条件下で非生産的なプロトデボロン化を起こすことを指します。
                                    • この問題に対処するため、以前はボロン酸を環状トリオールボレートやN-メチルイミノ二酢酸 (MIDA) ボロネート誘導体として保護するアプローチが取られていました。
                                    • 従来の塩基性および現代の中性条件下でのSMC反応は、高ルイス塩基性官能基が存在すると触媒中毒が原因で失敗する可能性があります。

                                    3: 研究の目的

                                    • これまでの進歩にもかかわらず、「2-ピリジル問題」は未解決のままであり、2-ピリジルボロン酸は中性条件下でも不安定です。
                                    • 本研究は、酸性条件下でも進行できる概念的に異なるSMC反応を報告します。
                                    • この進歩の鍵は、その後の生産的なトランスメタル化に塩基を必要としない、酸安定性のパラジウムベースのイオン対の形成です。
                                    • 本研究の目的は、ヘテロアリールボロン酸のような壊れやすいカップリングパートナーの使用困難さを解決し、ルイス塩基性官能基による触媒中毒を避ける一般的な解決策を提供することです。

                                    方法

                                    1: 研究デザインの概要

                                    • 本研究では、パラジウム触媒による鈴木–宮浦クロスカップリング (SMC) の新しい方法論が開発されました。
                                    • この新しいSMCは、アリールチアントレニウムテトラフルオロボレート塩とアリールボロン酸をカップリングパートナーとして使用します。
                                    • 「酸安定性イオン対」の形成が、酸性条件下での反応を可能にする鍵となるメカニズムであると提案されています。
                                    • 機械論的研究は、核磁気共鳴 (NMR) 分光法、密度汎関数理論 (DFT) 計算、およびX線結晶構造解析を用いて実施されました。

                                    2: 試薬の選定と反応条件

                                    • 一般的な中性条件下でのSMC手順:
                                      • アリールチアントレニウム塩 (0.200 mmol, 1.00 equiv.) とアリールボロン酸 (0.220 mmol, 1.10 equiv.) を使用しました。
                                      • 触媒としてPd(tBu3P)2 を5.0 mol%加えました。
                                      • 溶媒にはメタノール (2 mL, 0.1 M) を使用しました。
                                    • 酸性条件下でのSMC手順:
                                      • 上記の中性条件下での手順に加えて、HBF4·OEt2 (0.20 mmol, 1.0 equiv.) を添加しました。
                                      • 反応混合物は60 °Cで強く攪拌し、必要な時間(10分~12時間)反応させました。

                                    3: 評価項目と測定方法

                                    • 生成物の収率は、内部標準としてフルオロベンゼンを用いた19F NMR分光分析によって決定されました。
                                    • 機械論的理解を深めるため、フェニルボロン酸、1-BF4およびHBF4·OEt2間の反応がNMR分光法によって調査されました。
                                    • パラジウム(II)中間体A(具体的には3-BF4)の形成は分光法的に観察されましたが、その純粋な形態の単離は不安定でした。
                                    • DFT計算は、イオン対Bの形成と主要なトランスメタル化ステップの活性化エネルギーの予測に使用されました。
                                    • [H]+[Py-BF3]- (4) のX線結晶構造が解明されました。

                                    結果

                                    1: 新規SMCの堅牢性

                                    • 市販のPd(0)錯体は、HBF4の有無にかかわらず、フェニルボロン酸とアリールチアントレニウムテトラフルオロボレートのSMCを触媒することが示されました。
                                    • 酸は生産的なクロスカップリングには必須ではありませんが、反応は酸の存在下でも進行することが確認されました。
                                    • 酸の許容性により、ルイス塩基性官能基がin situでプロトン化され保護されるため、通常は反応しない基質も使用できるようになります。
                                    • HClを使用した場合の収率は5%未満であり、HBF4を使用した際の高い収率とは対照的でした。
                                    • トリフルアミドカウンターアニオン (NTf2-) を用いた場合も、類似のイオン対構造が形成されず、収率が大幅に低下しました。

                                    2: 2-ピリジル問題の解決

                                    • 2-ピリジルボロン酸のプロトデボロン化は、従来の塩基性および中性反応条件の両方で非常に速く進行します。
                                    • 2-ピリジルボロン酸とアリールチアントレニウム塩の反応は、中性条件下ではカップリング生成物5をわずか5%の収率でしか生成しませんでした。
                                    • しかし、外部のHBF4·OEt2の存在下では、カップリング生成物5が88%という高収率で得られました。
                                    • zwitterion [H]+[Py-BF3]-  (4) は、酸性条件下で加水分解に対して安定であることが示されました。

                                    3: 広範な基質範囲

                                    • 好ましいイオン対形成により、従来のSMC反応条件では非互換性であった多種多様な基質が、ボロン酸を出発物質として直接参加できるようになりました。
                                    • 塩基性ヘテロ環やアミンを含む化合物(6~17)は、酸性条件下で良好に反応します。
                                    • 例えば、以前のSMCで17%の収率だった殺線虫活性化合物14は、この酸性条件下でのイオン対形成により98%の収率で得られました。
                                    • 2-チオフェニル (18, 20)、2-フラニル (19) など、塩基に敏感なヘテロアリールボロン酸も高収率でカップリングできました。
                                    • 本反応は堅牢であり、大気中および湿った溶媒中(最大50 vol%の水)でも高い収率で実行可能です。

                                    考察

                                    1: 主要な発見の意味 

                                    • 本研究は、酸性条件下でC–C結合形成反応を促進できる、他のクロスカップリング反応ではこれまで示されていなかった珍しいトランスメタル化メカニズムを明らかにしました。
                                    • このメカニズムは、反応パートナー間に酸安定性のパラジウムベースのイオン対が形成されることに起因します。
                                    • このイオン対は、その後の生産的なトランスメタル化に外部の塩基を必要としません。

                                    2: 主要な発見の重要性 

                                      • 本SMC反応は、他のSMC反応で直接使用できなかったボロン酸(例えば、2-ピリジルボロン酸や強力なルイス塩基性官能基を持つボロン酸)の使用を可能にします。
                                      • これにより、ルイス塩基性官能基による触媒の失活(中毒)という既存の問題に対する一般的な解決策が提供されます。
                                      • 酸は触媒メカニズム自体に必須ではありませんが、通常は許容されない不安定な基質を反応に組み込むことを可能にします。
                                      • 提案された触媒サイクルにおいて、イオン対BにおけるPd–C(ipso)の距離は2.42 Åと計算されており、これはη1配位と一致します。

                                      3: 先行研究との関連性

                                      • 従来のSMCは塩基性条件下で行われますが、多くのヘテロアリールボロン酸はその条件下で不安定であることが知られています。
                                      • 2-ピリジルボロン酸のプロトデボロン化は、pH 4~10のSMC反応条件下で10⁻² s⁻¹の速度定数で進行することが、Lloyd-Jonesグループによって決定されています。
                                      • 以前のプロトコルでは、2-ピリジル問題を解決するために、塩基耐性のある有機ホウ素試薬を追加のステップで調製する必要がありました。
                                      • 本研究は、2-ピリジルボロン酸を保護なしで直接使用できる、これまでにない成功したSMCプロトコルを提供します。

                                      4: 先行研究との差別化

                                      • 他のSMC反応では、生産的なトランスメタル化に必要なルイス塩基性基が酸によってプロトン化されるため、酸はトランスメタル化を阻害します。
                                      • Buchwaldグループは、特定のPd-XPhosプレ触媒を開発し、2-チオフェニルボロン酸の効果的なクロスカップリングを90%以上の収率で達成しました。
                                      • Sanfordグループは、ベンゾイルフルオリドに対する中性条件下でのニッケル触媒SMCを開発しました。
                                      • 本研究で報告されたイオン対ベースのメカニズムは、これら既存の課題を克服する根本的に異なるアプローチを提供します。

                                      5: 研究の限界

                                      • 著者らは、酸化付加によって生成されるパラジウム(II)中間体A(具体的には3-BF4)が分光法的に観察されたものの、純粋な形態を単離する試みでは不安定であったことを認めています。
                                      • 同様に、形成されたイオン対Bも、より詳細な特性評価を回避したと述べられています。
                                      • アリールジアゾニウム塩についても同様のイオン対形成が検討されましたが、活性化障壁を克服するための高温が必要なため、熱的不安定性によりはるかに低い収率に終わりました。
                                      • この新しいメカニズムが、すべての種類のクロスカップリング反応に普遍的に適用できるかどうかは、今後の研究でさらに検証する必要があります。

                                      結論

                                        • 本研究は、酸性条件下でSMC反応を可能にする、これまで報告されていない新しいトランスメタル化経路を明らかにしました。
                                        • この革新的な経路は、反応パートナー間に形成される酸安定性のパラジウムベースのイオン対に基づいています。
                                        • これにより、従来のSMCでは使用が困難であった不安定なヘテロアリールボロン酸(例:2-ピリジルボロン酸)や、触媒毒性の原因となるルイス塩基性官能基を持つ基質が、直接、高効率で利用可能になりました。

                                        将来の展望

                                                            • このイオン対相互作用によって促進されるトランスメタル化メカニズムの炭素-ヘテロ原子結合形成などの他のクロスカップリング反応への適用可能性が期待されます。

                                                            TAKE HOME QUIZ

                                                            質問1: 従来の鈴木-宮浦クロスカップリング (SMC) 反応における一般的な課題は何ですか?特に、反応条件と基質範囲の観点から説明してください。

                                                            質問2: SMCにおいて「2-ピリジル問題」とは具体的にどのような課題であり、なぜ解決が困難とされてきたのでしょうか?

                                                            質問3: 本論文で報告されている新しいSMC反応は、酸性条件下でも進行しますが、この進歩の鍵となる「概念的な違い」は何ですか?

                                                            質問4: 新しいSMC反応では、特定の「イオン対」の形成が重要であると述べられています。このイオン対は、酸性条件下での反応の成功にどのように貢献すると考えられていますか?

                                                            質問5: この新しい酸性条件下でのSMC手法が、従来のSMC反応やこれまでの現代的なSMC手法と比較して持つ、顕著な利点を2つ挙げてください。

                                                            解答

                                                            1. 従来の鈴木-宮浦クロスカップリング (SMC) 反応は、医薬品産業で最も一般的に使用される炭素-炭素結合形成反応ですが、いくつかの一般的な課題を抱えています。

                                                              • 反応条件の課題:
                                                                • 典型的なSMC法は、塩基の使用を必要とします。この塩基の存在が、反応条件を制約する要因となります。
                                                                • 酸は、他のSMC反応におけるトランスメタル化を阻害します。これは、生産的なトランスメタル化に必要とされるルイス塩基性基(例えば、従来のSMCにおけるパラジウム水酸化物、パラジウムフッ化物、Pd-O-B前トランスメタル化中間体、あるいはニッケルや亜鉛の水酸化物など)が、酸の存在下でプロトン化されてしまうためです。
                                                              • 基質範囲の課題:
                                                                • 塩基の必要性は、基質範囲を制限します。多くのボロン酸は直接使用できず、独立して保護する必要がありました。
                                                                • 多くのルイス塩基性官能基は触媒を毒します。従来の塩基性条件下や現代の中性条件下での反応は、高いルイス塩基性を持つ様々な官能基が存在すると、触媒への配位による触媒毒性のため失敗することが多いです。
                                                                • 特に、ピリジン、イミダゾール、チオフェンなどのヘテロアレーンは医薬品や農薬に最も広く存在する部分構造であるにもかかわらず、多くのヘテロアリールボロン酸は不安定であり、特に生産的なトランスメタル化に必要な塩基性反応条件下では安定性が不十分であることが問題です。
                                                            2. SMCにおける「2-ピリジル問題」は、2-ピリジルボロン酸が反応条件下で非生産的なプロト脱ホウ素化(protodeboronation)を起こすという、よく認識された課題です。この脱ホウ素化により、目的のカップリング生成物が得られにくくなります。

                                                              この問題が解決困難とされてきた理由は以下の通りです。

                                                              • 2-ピリジルボロン酸の不安定性: 2-ピリジルボロン酸は、中性条件下ですらプロト脱ホウ素化に対して不安定であるため、従来のアプローチではこの問題が未解決のままでした。pH 4~10のSMC反応条件下でのプロト脱ホウ素化の速度定数は10⁻² s⁻¹と測定されています。
                                                              • 保護の必要性: この問題に対処するため、これまでのプロトコルでは、2-ピリジルボロン酸を環状トリオールボレート やN-メチルイミノ二酢酸(MIDA)ボロナート誘導体 といった、塩基に耐性のある有機ホウ素試薬として独立して保護する追加のステップが必要でした。これらの誘導体は、その後のトランスメタル化のために塩基性反応条件下でゆっくりと加水分解してボロン酸に戻ります。
                                                              • 直接使用の困難さ: 2-ピリジルボロン酸を直接使用する成功したSMCプロトコルは、これまで利用可能ではありませんでした。
                                                            3. 本論文で報告されている新しいSMC反応は、酸性条件下でも進行する「概念的に異なる」SMC反応であり、その進歩の鍵は、反応パートナー間に酸安定性のパラジウムベースの「イオン対」が形成される点にあります [1, 7, 11c]。

                                                              従来のSMC反応では、生産的なトランスメタル化に必要なルイス塩基性基(例えば、不電荷のパラジウム水酸化物やPd-O-B前トランスメタル化中間体など)が、酸の存在下でプロトン化されてしまい、トランスメタル化が阻害されるという問題がありました。

                                                              これに対し、本手法の「概念的な違い」は、この酸安定性のイオン対が、その後の生産的なトランスメタル化に塩基を必要としないという点です。著者らの目標は、酸の存在下でもトランスメタル化を可能にする、酸に安定なイオン対が前トランスメタル化中間体として機能する反応を開発することでした。具体的には、アリールチアントレニウム塩から生じるカチオン性アリールパラジウム複合体(A)と、アリールボロン酸から生成するアリールトリフルオロボラートアニオン(およびチアントレニウム塩のテトラフルオロボラート対アニオンまたはHBF4)との間で、イオン対B(酸に安定なイオン対)が形成されるというメカニズムを提案しています [5, 11c]。

                                                            4. 新しいSMC反応では、酸に安定な「イオン対B」の形成が極めて重要であり、酸性条件下での反応成功に以下の貢献をすると考えられています。

                                                              • 塩基不要のトランスメタル化経路の提供: このイオン対Bは、その後の生産的なトランスメタル化に外部塩基を必要としません。従来のSMCでは、トランスメタル化に必要なルイス塩基性種が酸性条件下でプロトン化されて機能しなくなりますが、イオン対Bは酸の存在下でも安定に存在し、トランスメタル化中間体として機能します [7, 11c]。
                                                              • カチオン-π相互作用による促進: アニオンのアリールπ系とカチオン性パラジウムの間にカチオン-π相互作用が生じる可能性があり、これがイオン対Bの形成を促進するとともに、その後のトランスメタル化に適した幾何学的配置を提供すると考えられています。
                                                              • 熱力学的な安定性: 密度汎関数理論(DFT)計算により、[H]+[Py-BF3]- と[Ph-PdII]+BF4-(A)からイオン対BとHBF4を形成する反応が発エルゴン的(–6.3 kcal mol⁻¹)であることが予測されており、その形成が熱力学的に有利であることが示されています [24, 13c]。これにより、酸性条件下でもイオン対Bが効率的に形成されることが示唆されます。
                                                              • 反応性の維持: イオン対Bからのトランスメタル化は、22.5 kcal mol⁻¹の活性化エネルギーを持ち、その後の還元的な脱離を容易にする律速段階です。これは、イオン対が触媒サイクル内で反応性を維持し、効率的なカップリング反応を可能にすることを示唆しています。
                                                              • 特異性の確認: HClやトリフルアミド(NTf2-)のような類似のイオン対を形成しない対アニオンを用いた場合、反応がほとんど進行しないことが実験的に示されており、このイオン対Bの関連性が裏付けられています。
                                                            5. この新しい酸性条件下でのSMC手法は、従来のSMC反応やこれまでの現代的なSMC手法と比較して、特に以下の2つの顕著な利点を持っています。

                                                              1. 酸性条件下での反応進行と広範な基質適用範囲:

                                                                • 本手法は、化学量論的な強酸の存在下でもトランスメタル化経路を可能にするという点で、既存のSMC反応とは異なっています。従来のSMC反応では、酸はトランスメタル化を阻害します。
                                                                • 酸性条件下での反応が可能になることで、ルイス塩基性官能基(例:塩基性ヘテロ環やアミン類)を持つ基質が触媒毒性を引き起こすことなく直接使用できるようになります [1, 7, 11e]。これらの官能基は酸性条件下でプロトン化されることでin situで保護され、触媒への配位を防ぎます。例えば、従来のSMCでは収率が17%であった協調性窒素原子を持つ化合物14が、この酸性条件下では98%という高収率で得られています。これは、触媒毒性が課題であった従来の条件 を克服するものです。
                                                              2. 不安定なアリールボロン酸、特に「2-ピリジル問題」の直接的な解決:

                                                                • 本手法は、2-ピリジルボロン酸のような、これまで扱いにくく「2-ピリジル問題」として知られていた脆弱なカップリングパートナーを直接関与させることを可能にします。
                                                                • 2-ピリジルボロン酸は、塩基性および中性反応条件下で速やかにプロト脱ホウ素化を起こすため、SMCでの使用が困難でした。従来のアプローチでは、保護された有機ホウ素試薬(例:環状トリオールボレートやMIDAボロナート誘導体)の調製が必要でした。
                                                                • しかし、この新しい方法では、HBF4の存在下で2-ピリジルボロン酸から安定な[H]+[Py-BF3]- (4)が形成されることで、脱ホウ素化が抑制され、中性条件下では5%しか得られなかったカップリング生成物5が、酸性条件下では88%の高収率で得られています。これにより、保護ステップなしで、2-チオフェニル、2-フラニル、2-ベンゾフラニルなど、塩基に敏感な他のヘテロアリールボロン酸も幅広く使用できる汎用的な解決策が提供されます。

                                                            2025年5月24日土曜日

                                                            Catch Key Points of a Paper ~0237~

                                                            論文のタイトル: Unlocking regioselectivity: steric effects and conformational constraints of Lewis bases in alkyllithium-initiated butadiene polymerization

                                                            著者: Jian Tang, Yuan Fu, Jing Hua,* Jiahao Zhang, Shuoli Peng
                                                            and Zhibo Li 
                                                            雑誌名: Chemical Science
                                                            巻: Volume 15, Issue 48, 20493-20502
                                                            出版年: 2024
                                                            DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC05144K

                                                            背景

                                                            1: 研究の背景

                                                                • アニオン重合は、均一な分子量分布を持つポリマー合成に不可欠な方法であり、共役ジエンの重合に広く利用されています。
                                                                • アニオン重合においては、ポリマーの微細構造、特に位置選択性(1,2-対1,4-構造ユニットの比率)を制御することが重要です。
                                                                • アルキルリチウムはジエンのアニオン重合で最も一般的かつ広く使用される開始剤です。
                                                                • 非極性溶媒中では、アルキルリチウム開始の1,3-ブタジエン重合は高い1,4-選択性を示しますが、ルイス塩基の添加により1,2-選択性へとシフトします。
                                                                • ジエチルエーテル、THF、TMEDA、1,2-ジピペリジルエタン(DiPip)などが一般的なルイス塩基として使用され、重合選択性に大きく影響します。

                                                                2: 既存の手法

                                                                • 過去50年間、ルイス塩基が位置選択性に影響を与える主な要因は電子的効果であるという仮説が有力でした。
                                                                • この理論は、ルイス塩基が連鎖末端アリルカルバニオンの電荷分布を変化させ、ガンマ炭素(γ-炭素)の電子密度を高めることで1,2-付加を促進するというものです。
                                                                • 高い極性溶媒(例: THF)で高い1,2-構造が得られることは、この理論で部分的に説明できます。
                                                                • しかし、微量のTMEDA添加で1,2-含量が著しく増加するなど、既存の理論では説明できない実験現象も観察されています。
                                                                • 特に、構造が非常に類似しているにも関わらず、1,2-付加率に大きく異なる影響を与えるルイス塩基の存在は、既存の理論に疑問を投げかけています。

                                                                3: 研究の目的

                                                                • 本研究では、これらの既存の理論を綿密に再検証し、強みと弱みを明らかにしました。
                                                                • 未解決の問題を解決するため、活性種の構造をX線単結晶回折で分析し、新しいモデルを提案しました。
                                                                • この新しいモデルに基づいて、立体障害がブタジエン重合の位置選択性に影響を与える主要なメカニズムであるという考えを導入しました。
                                                                • さらに、「立体配座の制約」という概念を適用し、環状構造を持つルイス塩基による1,2-選択性の向上を説明しました。
                                                                • これらの新しい知見に基づき、マイルドな条件下で100%に近い1,2-選択性を達成する効率的なルイス塩基を設計・合成することを目的としました。

                                                                方法

                                                                • 本研究では、既存理論の検証と新モデルの提案・検証のために複数の実験手法を組み合わせました。
                                                                • in situ NMR分光法(13C-NMR、1H-NMR、2H-NMR)を用いて、連鎖末端の電荷分布や活性種の異性体比率を分析しました。
                                                                • 同位体標識研究(重水素標識)を実施し、連鎖末端の電荷分布に関する知見を得ました。 
                                                                • X線単結晶回折により、活性種モデル化合物(アリルリチウム-ルイス塩基錯体)の固相構造を決定しました。
                                                                • 密度汎関数理論(DFT)計算を用いて、連鎖成長遷移状態のエネルギー障壁をシミュレーションしました。
                                                                • ルイス塩基の立体障害を定量的に評価するために、SambVcaプログラムを使用し、立体配座変化のエネルギー障壁も計算しました。

                                                                結果

                                                                1: 主要な結果
                                                                • in situ 13C-NMRおよび重水素標識(2H-NMR)の結果、ルイス塩基の添加に関わらず、連鎖末端の負電荷は主にアルファ炭素(α-炭素)に集中していることが示されました。
                                                                • ガンマ炭素(γ-炭素)の電子密度(13C-NMR化学シフトで評価)と1,2-選択性との間に明確な相関は観察されませんでした。
                                                                • 電子的効果は1,2-付加の向上に約30-40%しか寄与せず、その寄与は異なるルイス塩基間でほぼ一定でした。
                                                                • この結果は、ルイス塩基の電子的効果が位置選択性を決定する唯一の要因ではないことを示唆しています。

                                                                2: 構造解析結果

                                                                • X線単結晶回折により、活性種モデル化合物(錯体6a)は単核の歪んだ四面体構造をとることが明らかになりました。
                                                                • ルイス塩基(6 DiPip)はキレート配位子としてLi+に二座配位し、アリルアニオンはη3-配位モードでLi+に配位していました。
                                                                • DFT計算により、1,2-プロパゲーションのエネルギー障壁は、ルイス塩基の種類に関わらず、1,4-プロパゲーションよりも一貫して約1-3 kcal mol−1低いことが示されました。
                                                                • 遷移状態理論によれば、これは1,2-プロパゲーションが1,4-プロパゲーションより10-100倍速いことを示唆しており、高い1,2-ユニット含量と一致します.

                                                                3: 機構解析結果

                                                                  • DFT計算によるメカニズム解析では、1,4-付加の遷移状態において、モノマーがルイス塩基配位子に1,2-付加の場合よりも接近し、より大きな立体障害に直面することが示されました。
                                                                  • ルイス塩基の立体障害(percent buried volumes)と1,2-選択性との間に有意な相関が観察されました。
                                                                  • ルイス塩基の立体配座変化のエネルギー障壁が高いほど、ポリマー中の1,2-ユニット含量が高くなるという相関が発見されました。
                                                                  • 特に、新しく設計・合成したルイス塩基11 iPrDiPzは、室温で99.8%以上の1,2-選択性を達成し、従来の最高のルイス塩基(6 DiPip)を凌駕しました。

                                                                  考察

                                                                  1: 主要な発見

                                                                    • 主要な発見として、ルイス塩基によるブタジエン重合の位置選択性は、電子的効果だけでなく、立体障害によっても決定的に影響されることが明らかになりました。
                                                                    • この立体障害メカニズムは、1,4-付加の遷移状態ではモノマーがルイス塩基配位子に接近するため、立体的にかさ高いルイス塩基が存在すると1,4-付加のエネルギー障壁が高くなることに起因します。
                                                                    • その結果、1,4-付加が妨げられ、相対的にエネルギー障壁の低い1,2-付加が優位に進むことになります。
                                                                    • in situ NMR研究によると、電子的効果は1,2-選択性の向上に約30-40%寄与しますが、これは異なるルイス塩基間でほぼ一定であり、立体的な違いが選択性の大きな変動の主因であることを示しています.

                                                                    2: 主要な発見の重要性

                                                                        • 「立体配座の制約」という概念は、一部のルイス塩基が期待される立体障害効果から逸脱する理由を説明します。
                                                                        • 4 TEEDAや7 DiAzeのようなルイス塩基は、エチル基やアゼパニル基のC–C結合回転による立体配座の柔軟性が高く、1,4-付加に適した形状に調整できてしまうため、1,2-選択性が低下します。
                                                                        • 対照的に、6 DiPipのような立体配座変化の障壁が高いルイス塩基は、その剛性の高さから1,4-付加に適した形状に調整しにくいため、1,2-選択性が向上します。
                                                                        • 新しく合成されたルイス塩基群(8-11)を用いた実験は、立体配座変化障壁の高さが1,2-ユニット含量と強く相関することを示し、この理論を強力に支持しています。

                                                                        3: 主要な発見の意味

                                                                        • 本研究の別な重要な発見は、高い1,2-選択性を示すルイス塩基が、1,4-ユニット中のトランス-1,4/シス-1,4比率も高める傾向があることです。
                                                                        • これは、ルイス塩基による立体効果が、1,2-/1,4-選択性と同様に、シス/トランス-1,4分布にも影響を与えるために生じます。
                                                                        • シン-アリル活性種(トランス-1,4を生成)は、アンチ-アリル活性種(シス-1,4を生成)に比べて、かさ高いルイス塩基が存在する際により少ない空間を必要とすることがDFT計算で示されました。
                                                                        • in situ 2H-NMRによる分析でも、体積が大きく立体配座の制約が大きいルイス塩基ほど、シン-活性種の割合が高くなることが確認され、これも立体効果によるものと考えられます。

                                                                        4: 先行研究との比較

                                                                        • 本研究は、ルイス塩基による位置選択性制御において、立体障害と立体配座の制約が決定的な役割を果たすことを明確にしました。
                                                                        • これは、過去数十年にわたる「溶媒極性理論」や「電子的効果理論」といった先行研究の知見の上に成り立っていますが、それだけでは説明できなかった現象に新しい視点を提供します。
                                                                        • 電子的効果が全く重要でないわけではなく、1,2-選択性の向上に約30-40%寄与しますが、ルイス塩基の種類による選択性の大きな違いは主に立体効果に起因することが示されました。
                                                                        • ただし、重合温度やルイス塩基の配位能力など、他の要因もポリマーの微細構造に影響を及ぼす可能性は否定できません。
                                                                        • 本理論を応用する上では、ルイス塩基がアリルリチウムと安定で効果的な錯体を形成することが必要です。配位が弱い場合、ルイス塩基は影響を与えません。

                                                                        結論

                                                                            • 本研究は、アルキルリチウム開始ブタジエンアニオン重合におけるルイス塩基の位置選択性制御機構を解明し、立体障害と立体配座の制約が決定的な要因であることを明らかにしました。
                                                                            • この新しい理解は、1,4-付加の遷移状態におけるルイス塩基配位子とモノマー間の立体干渉が大きいことで、1,2-付加が促進されるという機構に基づいています。
                                                                            • また、ルイス塩基が存在する場合のトランス-1,4およびシス-1,4ユニットの分布についても、立体効果によるものとして初めて説得力のある説明を提供しました。
                                                                            • これらの知見を活かして設計された新規ルイス塩基11は、ブタジエン重合で99.8%を超える前例のない1,2-選択性を達成し、高温でも優れた性能を維持しました。
                                                                            • 本研究は、アニオン重合における触媒設計において、電子的効果に加え、立体および立体配座の制御が非常に強力な戦略であることを示唆しています。

                                                                            将来の展望

                                                                                    • ルイス塩基の配位能力と立体効果・立体配座の制約との相互作用をさらに詳細に探求することが考えられます。

                                                                                    用語集

                                                                                    • アニオン重合 (Anionic Polymerization): 活性末端がアニオンである連鎖重合の一種。「リビング重合」や「制御重合」といった特徴を持つ。
                                                                                    • 位置選択性 (Regioselectivity): モノマーの異なる付加様式(例: ブタジエンの1,2-付加または1,4-付加)の選択性を制御する能力。
                                                                                    • 立体選択性 (Stereoselectivity): 重合中に形成される立体中心(例えば、1,2-ユニットのキラル中心)の配置を制御する能力。アニオン重合では通常制御が難しい。
                                                                                    • ルイス塩基 (Lewis Base): 電子対供与体として働く化学種。アニオン重合では「極性修飾剤」または「極性添加剤」とも呼ばれる。
                                                                                    • アルキルリチウム (Alkyllithium): アルキル基とリチウムからなる有機金属化合物。アニオン重合の開始剤として広く用いられる.
                                                                                    • 1,4-付加 (1,4-addition): 共役ジエンが重合する際に、モノマーの1位と4位で結合が形成される様式。結果としてポリマー主鎖に内部二重結合(シス-1,4またはトランス-1,4)が導入される.
                                                                                    • 1,2-付加 (1,2-addition): 共役ジエンが重合する際に、モノマーの1位と2位で結合が形成される様式。結果としてポリマー主鎖にビニル側鎖が導入される.
                                                                                    • 連鎖末端アリルアニオン (Chain-end allylic carbanion): 重合が進行しているポリマー鎖の末端にある、アリル基に負電荷を持つアニオン活性種.
                                                                                    • アルファ炭素 (α-carbon): 連鎖末端アリルアニオンにおいて、リチウムに最も近い炭素.
                                                                                    • ガンマ炭素 (γ-carbon): 連鎖末端アリルアニオンにおいて、リチウムから最も遠い端の炭素.
                                                                                    • DFT計算 (Density Functional Theory Calculation): 分子や材料の電子構造、エネルギー、反応経路などを理論的に計算する手法.
                                                                                    • 遷移状態 (Transition State): 化学反応において、反応物から生成物へと変化する際に経由する、最もエネルギーが高い不安定な状態.
                                                                                    • 立体障害 (Steric Hindrance): 分子内の原子や基の物理的な大きさや空間的な配置が、反応の進行や分子の形状に影響を与える効果.
                                                                                    • 立体配座の制約 (Conformational Constraint): 分子内の特定の結合の回転などが制限されることで、分子がとれる形状(立体配座)が限られること.

                                                                                      TAKE HOME QUIZ

                                                                                      1. アルキルリチウム開始ブタジエン重合における位置選択性に関する、ルイス塩基の役割についての従来の支配的な仮説は何でしたか?
                                                                                      2. この論文が、その仮説に加えて位置選択性に重要な役割を果たすと明らかにした新たな要因は何ですか?
                                                                                      3. この論文で提案されている、ルイス塩基の「立体障害」が1,4-付加よりも1,2-付加を促進するメカニズムについて説明してください。
                                                                                      4. ルイス塩基の持つ「配座拘束」(conformational constraint)という概念は、どのように特定のルイス塩基(例:6 DiPipや新しく開発された11)の1,2-選択性を高めるのに寄与しますか?
                                                                                      5. 高い1,2-選択性を示すルイス塩基は、ポリブタジエンの1,4-ユニットにおけるシス-1,4とトランス-1,4の分布にどのように影響する傾向がありますか?
                                                                                      6. 論文ではその理由は何だと説明されていますか?

                                                                                      解答

                                                                                      1. 過去50年間、ルイス塩基は主に「電子効果」を通じて位置選択性に影響を与えるという仮説が支配的でした。この理論では、ルイス塩基が連鎖末端のアリルカルバニオンの電荷分布を変化させ、γ-炭素の電子密度を増加させることで1,2-付加を促進すると考えられていました。別の視点としては、ルイス塩基が活性種をアンチ異性体からシン異性体へ移行させ、1,2-ポリブタジエンの生成を促進するという説もありました。アルキルリチウム開始ブタジエン重合において、非極性溶媒中では高い1,4-選択性を示しますが、ルイス塩基の添加によって1,2-選択性へとシフトします。

                                                                                      2. この論文の研究は、これらの従来の理論だけでは説明できない実験現象があることを指摘しています。本研究では、従来の電子効果に加えて、「立体障害」(steric hindrance)が位置選択性に決定的な役割を果たすことを明らかにしました。さらに、ルイス塩基の「配座拘束」(conformational constraint)という概念も、特定のルイス塩基の高い1,2-選択性を説明する上で重要な要因であると述べています。

                                                                                      3. この論文で提案されているメカニズムは、活性種のX線単結晶回折研究 およびDFT計算 に基づいています。活性種は、ルイス塩基がリガンドとしてリチウムイオンに配位したポリブタジエニルリチウムの錯体であると考えられています。立体障害が1,2-付加を促進するメカニズムは、1,4-付加の遷移状態においてモノマーがルイス塩基リガンドと空間的に接近し、大きな立体干渉が生じるためです。DFT計算の結果は、1,4-付加のエネルギー障壁が1,2-付加のエネルギー障壁よりも高い傾向にあることを示しています。特に、1,4-付加の遷移状態では、モノマーがリガンドに近接することで、1,2-付加の遷移状態よりも大きな立体障害に直面します。この立体干渉により1,4-付加が阻害され、相対的にエネルギー障壁が低い1,2-付加が優位に進むため、1,2-選択性が高まります。

                                                                                      4. 「配座拘束」の概念は、ルイス塩基の立体障害に加えて、位置選択性に影響を与える重要な要素として導入されています。ルイス塩基が持つ配座変化のしやすさ(柔軟性)が1,2-選択性に影響します。例えば、4 TEEDAや7 DiAzeのようなルイス塩基は、エチル基やアゼパニル基のC–C結合の内部回転が可能であるため、配座の柔軟性が高いです。この柔軟性により、1,4-付加時の高い立体障害に対応するために配座を調整することが比較的容易になり、結果として1,2-選択性が低下します。対照的に、6 DiPipのようなルイス塩基は、シクロヘキシル基の配座変化障壁が高く、剛性が高いです。これにより、1,4-モノマー付加に有利な配座への調整が困難になります。新しく開発されたルイス塩基11 iPrDiPzは、C–N(iPr)–C構造により剛性が非常に高く、配座変化障壁が最も高いことが示されています。この高い配座拘束効果により、11は1,4-付加に有利な配座をとることが極めて難しくなり、その結果、他のルイス塩基よりもはるかに高い、ほぼ100%に近い1,2-選択性を達成します。

                                                                                      5. この論文では、高い1,2-選択性を示すルイス塩基は、ポリブタジエンの1,4-ユニットにおいて、トランス-1,4ユニットの比率を高める傾向があるという興味深い現象が観察されています。

                                                                                      6. この現象は、1,2-選択性と同様に、シス-1,4とトランス-1,4の分布も「立体効果」によって支配されているためであると論文では説明されています。DFT計算および2H-NMRによる活性種の分析から、かさ高いルイス塩基が存在する場合、シス-1,4ユニットを生成する「C字型」のアンチ型アリル活性種よりも、トランス-1,4ユニットを生成する「ジグザグ型」のシン型アリル活性種の方が立体障害が少ないことが示されています。したがって、立体障害の大きいルイス塩基は、シン型活性種の生成を促進し、これがトランス-1,4ポリブタジエンユニットの形成につながると結論付けられています。つまり、ルイス塩基の立体障害は、1,2-選択性を高めるだけでなく、1,4-ユニット中のトランス-1,4選択性も同時に高める効果があるということです。

                                                                                      2025年5月18日日曜日

                                                                                      Catch Key Points of a Paper ~0236~

                                                                                      論文のタイトル: Bridged Boranoanthracenes: Precursors for Free Oxoboranes through Aromatization-Driven Oxidative Extrusion

                                                                                      著者: Stav Deri, Moran Feller, Shibaram Panda, Batya Blank, Mark A. Iron, Yael Diskin-Posner, Liat Avram, Linda J. W. Shimon, Rakesh Mondal, Samer Gnaim* 
                                                                                      雑誌名: Journal of the American Chemical Society
                                                                                      出版年: 2025
                                                                                      DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c15496

                                                                                      少し余談ですが、この分子には思い入れがありまして、過去に海外学振の申請書でこれっぽい分子の合成と応用をプロポーザルとして出していました。
                                                                                      残念ながら、不採用という結果でしたが、興味がある人や、これから挑戦するぞという人向けに有料記事として、noteにあげたので、よかったらプロポーザルの墓前で一緒に手を合わせてやってください。

                                                                                      背景

                                                                                      1: 研究の背景

                                                                                      • オキソボランは、ホウ素と酸素を含む低配位で非常に反応性の高い中間体です。
                                                                                      • そのユニークな分子構造と電子特性、反応性から、数十年にわたり大きな関心を集めています。
                                                                                      • これまでは、600℃以上の高温熱分解や光分解マトリックス条件など、合成的に非実用的な条件下でしか生成できませんでした。
                                                                                      • 初めて溶液中で遊離オキソボランを生成する方法が1985年に報告されました(前駆体:ジオキサジボレタン Aの光分解)。
                                                                                      • 1997年には別の熱的方法が開発されました(前駆体:ジチアスタンナボレタン BとDMSOの熱分解)。

                                                                                      2: 研究の背景にある課題

                                                                                      • 従来の常温での生成法は、特殊な立体障害を持つアリール基を持つ前駆体に依存しています。
                                                                                      • これらの前駆体や生成したオキソボラン種は、加水分解安定性が低いという制限がありました。
                                                                                      • そのため、研究の焦点は、ルイス酸やルイス塩基によって安定化された、単離可能なオキソボラン種の研究へとシフトしました。
                                                                                      • 最初の例は2005年に報告された、β-ジケチミナートとAlCl3で安定化された3配位オキソボランです。
                                                                                      • その後、様々な配位子やルイス酸で安定化された多くのオキソボランが合成されました。
                                                                                      • 最近では、塩基フリーの2配位オキソボランや金属オキソボラン錯体も報告されています。

                                                                                      3: 研究の目的

                                                                                      • しかし、過去30年間、遊離オキソボラン種の効率的な生成と詳細な研究は限定的でした。
                                                                                      • 本研究では、新しいクラスのボラノボラジエン誘導体、特に「ボラノアントラセン」を導入します。
                                                                                      • これらの前駆体を用いて、遊離オキソボラン種を生成するための、根本的に新しいメカニズムを提案します。
                                                                                      • このメカニズムは、酸化的な芳香族化(芳香族環ができることで安定化エネルギーを得るプロセス)によって推進されます。
                                                                                      • これにより、これまで報告例が少ない「アミノオキソボラン」種の生成が可能になります。
                                                                                      • 目的は、この新規生成経路、アミノオキソボランの構造、および多様な反応性を詳細に研究することです。

                                                                                      方法

                                                                                      1: 合成方法

                                                                                      • 新しいブリッジ化ボラノアントラセン (1a-d) を開発しました。
                                                                                      • これらの化合物は、マグネシウム-アントラセンと様々なアミノボランジハライドを出発物質として合成されます。 (図2A参照)
                                                                                      • 合成は、エーテル系または芳香族溶媒中、室温で行われます。
                                                                                      • 目的生成物 (1a-d) は、50〜75%の収率で得られ、グラムスケールでの合成も可能です.

                                                                                      2: オキソボラン生成方法

                                                                                      • 提案した化学経路(図1C参照)に従い、ボラノアントラセン (1a-d) と様々な酸素系ルイス塩基(酸素原子を介してホウ素に配位する塩基)の反応性を評価しました。
                                                                                      • 反応はベンゼンを溶媒とし、70℃で行いました。
                                                                                      • 他の酸素系ルイス塩基ではわずかな反応しか見られませんでしたが、DMSO(ジメチルスルホキシド)を用いた場合、完全な変換が達成されました。
                                                                                      • DMSO非存在下では、原料はほとんど変化しませんでした。
                                                                                      • DMSO存在下、ボラノアントラセンは酸化的な熱押し出し反応を起こし、アントラセンと反応性の高いアミノオキソボラン種を生成しました。

                                                                                      3: 研究手法

                                                                                      • 生成したアミノオキソボラン中間体の反応性を探索しました。
                                                                                      • 具体的には、B-C結合への挿入反応や、ニトロンおよびアゾメチンイミンとのシクロ付加反応を試みました。 (図3, 4参照)
                                                                                      • 反応の進行と生成物の構造決定は、主にNMR解析 (1H, 13C, 11B) とX線結晶構造解析によって行いました。(図2B参照)
                                                                                      • 反応メカニズムを理解するため、DFT(密度汎関数理論)計算を実施しました。
                                                                                      • また、低温NMRや拡散NMR、ラジカルトラッピング実験も行い、計算結果を裏付ける証拠を得ました。

                                                                                      結果

                                                                                      1: ボラノアントラセンの合成と構造

                                                                                      • 図2Aに示されているように、ブリッジ化ボラノアントラセン 1a-d の合成に成功しました。
                                                                                      •  1H NMRスペクトルでは、ベンジル位プロトン(アントラセン骨格と結合する炭素上のプロトン)に特徴的なシングレット信号が観測されました。
                                                                                      •  11B-NMRスペクトルでは、出発物質であるアミノボランジハライドと比較して、ブリッジングホウ素原子の信号が低磁場にシフトしました。
                                                                                      • 図2Bに示されているように、X線解析により boranoanthracenes 1a-1c および 1d のピリジン付加体の固体構造が確認されました。
                                                                                      • 構造解析の結果、ホウ素中心がベンゾ基の片側に傾いていることや、ホウ素と窒素の結合距離がB=N二重結合に近い値であることが分かりました。

                                                                                      2: アミノオキソボランの生成

                                                                                      • DMSOを添加し、70℃で加熱すると、ボラノアントラセン (1a-d) は酸化的なフラグメンテーション(分子が断片化すること)を起こしました。
                                                                                      • この反応により、アントラセンとアミノオキソボラン中間体 (1a’) が生成しました。 (図3参照)
                                                                                      • 1H NMRにより、アントラセンが84%の収率で生成したことが確認されました。
                                                                                      • 11B-NMRでは、反応性の高いアミノオキソボラン中間体が速やかに環状化し、ボロキシンと呼ばれる生成物に対応する幅広い信号が観測されました。
                                                                                      • また、DMSOが酸化剤として機能した証拠として、ジメチルスルフィド(DMS)が75%の収率で検出されました。 (図7B参照)

                                                                                      3: アミノオキソボランの反応性

                                                                                      • 生成したアミノオキソボランは、これまでに報告されていない多様な反応性を示しました。
                                                                                      • B-C結合への挿入反応: 特にTMS-BA (1c) および Ph-BA (1d) 由来のオキソボランは、分子内のB-C結合に挿入する反応を起こし、新規生成物 (3c, 3d) を与えました。 (図3参照) これは、オキソボラン種によるB-C結合挿入の最初の例です。
                                                                                      • [3+2]シクロ付加反応: iPr-BA (1a) および TMS-BA (1c) 由来のオキソボランは、ニトロンと反応し、新規な5員環ボラノヘテロ環(1,3,4,2-ジオキサザボロリジン)を形成しました。 (図4A参照)
                                                                                      • [5+2]シクロ付加反応: TMS-BA (1c) 由来のオキソボランは、アゾメチンイミンと反応し、初の7員環ボラサイクル(1,3,5,6,2-ジオキサジアザボレピノイソキノリン)を形成しました。 (図4C参照)

                                                                                      考察

                                                                                      1: 反応メカニズム(初期段階)

                                                                                      • 反応メカニズムを詳細に理解するため、DFT計算と実験解析を組み合わせた研究を行いました。
                                                                                      • 提案されたメカニズムの最初の段階は、DMSO(酸素ルイス塩基)がボラノアントラセンのホウ素中心に配位することです。
                                                                                      • このDMSO配位付加体の形成は、低温11B-NMR解析によって支持されています。 (図6A参照) 温度を下げることで、配位した種と非配位の種の信号が分離して観測されました.
                                                                                      • また、 1H NMRおよび拡散NMR(分子の動きを測定する方法)によっても、DMSOがボラノアントラセンに結合し、分子量の大きい新しい種を形成したことが示されました。 (図6B参照)
                                                                                      • その後のフラグメンテーションは、酸化的な芳香族化によって駆動されると考えられます。

                                                                                      2: 反応メカニズム(フラグメンテーション)

                                                                                      • メカニズム研究の結果、このフラグメンテーションは段階的なラジカル経路(不対電子を持つ中間体を経る経路)で進行すると提案されています。
                                                                                      • DFT計算は、一つのB-C結合が切れてラジカル中間体 (II) が形成される可能性を示唆しています。 (図5参照)
                                                                                      • この段階的なラジカル経路は、分子内ラジカルトラッピング実験によってさらに支持されました。 特定のラジカル捕捉剤が存在する場合、ラジカル中間体を経由した生成物が観測されました。 (図7A参照)
                                                                                      • 次の段階で、中間体 (II) の硫黄-酸素結合が切断され、DMSと中間体 (III) が生成します。 DMSの生成はNMRで確認されています。 (図7B参照)
                                                                                      • 最終段階で、中間体 (III) が芳香族化し、アントラセンと反応性の高いアミノオキソボラン中間体 (IV) が生成します。 この段階は大きなエネルギーゲインを伴います。

                                                                                      3: 従来の生成法との比較

                                                                                      • これまでの遊離オキソボランは、高温や光分解などの苛酷な条件、あるいは特殊な前駆体と熱反応を組み合わせて生成されてきました。
                                                                                      • 本研究で開発した方法は、比較的に穏やかな熱条件(室温〜70℃)でアミノオキソボラン種を生成できる点で異なります。
                                                                                      • 従来の芳香族化駆動による反応性種の生成は、一般的にレドックス(酸化還元)中性のプロセスであり、炭化水素骨格の酸化と反応性種の還元が同時に起こります。
                                                                                      • しかし、本研究のオキソボラン生成メカニズムでは、DMSOという「ノンイノセント」なルイス塩基(配位するだけでなく反応にも関わる)が関与し、酸化的な芳香族化によって反応性種の生成が駆動されます。
                                                                                      • これは、芳香族化駆動による反応性種生成において、知られている限り初めての酸化的なプロセスを用いた例です。

                                                                                      4: 反応性・構造の意義

                                                                                      • アミノオキソボラン種によるB-C結合への分子間挿入反応は、私たちの知る限り最初の例です。 これは、オキソボランの未開拓の反応性経路を示唆しています。
                                                                                      • ニトロンやアゾメチンイミンとのシクロ付加反応は、アミノオキソボランの求電子的な性質やオキソフィル性(酸素への親和性)を利用したものであり、新規なホウ素を含む複素環化合物の合成法となります。
                                                                                      • natural resonance theory(NRT)を用いたアミノオキソボランの解析は、従来の強力なB≡O三重結合を持つオキソボランとは異なり、B-O結合とB-N結合に有意なイオン性があることを示唆しています。 (図7C参照)
                                                                                      • これは、アミノ置換基がオキソボランの電子構造に影響を与え、その反応性を調整する可能性を示しています。
                                                                                      • ボラノアントラセンの固体構造で見られたホウ素中心の傾きは、関連化合物の構造に関する先行研究の観察とも一致します。

                                                                                      5: 研究の限界

                                                                                      • 様々なボラノアントラセン前駆体 (1a-d) の反応速度には違いが見られました. 特にTMP-BA (1b) は反応完了までに10日以上を要しました。
                                                                                      • これらの反応速度の違いは、アミン置換基の電子的および立体的な要因に起因すると考えられます。
                                                                                      • 特に立体的に嵩高いTMP基は、DMSOのホウ素への配位を妨げ、反応を遅らせる可能性があります. これらの要因がDMSOの配位効率にどう影響するかは、さらなる研究が必要です。
                                                                                      • メカニズム研究における一部の計算(例:中間体IからIIへの遷移)では、近似的な手法を用いる必要がありました. メカニズムの全てのステップを詳細に解明するには、さらなる計算や実験的検証が有用です。
                                                                                      • ラジカル捕捉実験で、特定の捕捉剤を用いた際に、原料消費にもかかわらず目的のオキソボラン由来生成物が少量しか得られず、未知のホウ素種が観測されました. これは、捕捉剤の性質や反応条件により、他の複雑な副反応経路が存在する可能性を示唆します。

                                                                                      結論

                                                                                          • 本研究では、新しいクラスのボラノアントラセンを前駆体として開発しました。
                                                                                          • 酸素系ルイス塩基(DMSO)の配位を起点とする、酸化的な芳香族化駆動による新しいメカニズムを通じて、遊離アミノオキソボラン種を生成できることを示しました。
                                                                                          • これは、文献報告が少ないアミノオキソボランを生成する新しい経路を提供します。
                                                                                          • 生成したアミノオキソボランは、これまで知られていなかった反応性、特にB-C結合への分子間挿入反応、ニトロンとの[3+2]シクロ付加、アゾメチンイミンとの[5+2]シクロ付加反応を示しました。
                                                                                          • これらの多様な反応性は、有機化学および合成手法の分野において、アミノオキソボランが持つ未開拓の大きな潜在的可能性を明らかにしました。

                                                                                          将来の展望

                                                                                          • アミノオキソボランのさらなる反応性探索や、立体・電子的要因が反応に与える影響の詳細な解明が挙げられます。

                                                                                          TAKE HOME QUIZ

                                                                                          1. フリーオキソボラン種を生成するために本論文で提案された新規メカニズムは、何によって駆動されると述べられていますか?
                                                                                          2. この新規メカニズムにおいて、オキソボラン生成を達成するために使用されたマイルドな酸素ルイス塩基および酸化剤は何ですか?
                                                                                          3. 本論文で報告されている、アミノオキソボラン種の3つの異なる反応性は何ですか?
                                                                                          4. 提案されているオキソボラン生成メカニズムの最初の段階で起こることは何ですか?
                                                                                          5. DMSOがボラノアントラセンに配位しているという証拠は、主にどのような分析手法によって得られましたか?
                                                                                          6. DFT計算と実験結果(ラジカルトラップ実験など)は、提案されている反応メカニズムがコンサーテッド(協奏的)経路ではなく、どのような経路で進行することを示唆していますか?その証拠は何ですか?
                                                                                          7. NRT分析によると、アミノオキソボランの電子構造はどのような特徴を持っていますか?遊離オキソボランの代表的なB≡O三重結合構造と比較してどう異なりますか?
                                                                                          8. 本論文で提案されている酸化芳香族化駆動メカニズムは、これまでの芳香族化駆動プロセス(通常はレドックス中性)とどのように異なると述べられていますか?

                                                                                          解答

                                                                                          1. フリーオキソボラン種を生成するために本論文で提案された新規メカニズムは、酸化芳香族化 (oxidative aromatization) によって駆動されるフラグメンテーションカスケードです。このプロセスは、ノンイノセントなルイス塩基が関与することで、反応性種の生成を駆動する正式な酸化を引き起こしながら芳香族化が進行すると述べられています。

                                                                                          2. この新規メカニズムにおいて、オキソボラン生成を達成するために使用されたマイルドな酸素ルイス塩基および酸化剤は、ジメチルスルホキシド (DMSO) です。DMSOは、ボラノアントラセンへの配位によって反応を開始させ、ノンイノセントなルイス塩基および末端酸化剤として機能すると提案されています。

                                                                                          3. 本論文で報告されている、アミノオキソボラン種の3つの異なる反応性は何ですか?

                                                                                            • オキソボラン種のB−C結合への挿入
                                                                                            • ニトロンとの[3 + 2]シクロ付加反応
                                                                                            • アゾメチンイミンとの[5 + 2]シクロ付加反応
                                                                                          4. 提案されているオキソボラン生成メカニズムの最初の段階で起こることは、酸素ルイス塩基(DMSO)のホウ素中心への配位、すなわちDMSOとボラノアントラセンの複合体形成です。

                                                                                          5. DMSOがボラノアントラセンに配位しているという証拠は、主に以下の分析手法によって得られました:

                                                                                            • 低温 11B-NMR分析
                                                                                            • 1H NMRスペクトルにおける配位したDMSOの検出
                                                                                            • 拡散NMR分光法 (Diffusion NMR spectroscopy)
                                                                                            • 位相感応性1D-NOE実験
                                                                                          6. DFT計算と実験結果は、提案されている反応メカニズムがコンサーテッド(協奏的)経路ではなく、ラジカル中間体を伴う二状態段階的芳香族化メカニズム、または段階的ラジカル経路で進行することを示唆しています。 その証拠としては以下が挙げられています。

                                                                                            • DFT計算によって、中間体IIと呼ばれる、一つのB−C結合のみが切断された構造が示唆されたこと。これは二状態反応性と最小エネルギー交差項 (MECP) の考慮につながりました。
                                                                                            • 分子内ラジカルトラップ実験において、ベンジルラジカル(中間体8)が関与する可能性のある生成物 (9) が観察されたこと。
                                                                                            • ラジカル捕捉剤 (PhSiH3) の存在下でオキソボラン形成反応が阻害されたこと。 これらの結果は、ビリジカル中間体IIの形成を示しています。
                                                                                          7. NRT分析によると、アミノオキソボランは、B−OおよびB−N結合においてsignificantなイオン性を持つという特徴があります。これは、主にアレン様オキソボラン構造IVa (17%寄与) と構造IVb (19%寄与) の二つの主要な共鳴構造によって説明されます。 遊離オキソボランが通常、強いB−O三重結合共鳴構造を持つとされるのに対し、アミノオキソボランでは三重結合構造の寄与は小さく(例えばMeBOではMe-B≡O構造が87%寄与するのに比べ)、よりイオン性を持つ構造が主要な寄与をしています。

                                                                                          8. これまでの反応性典型元素種の芳香族化駆動形成は、一般的にレドックス中性のプロセスを介して進行し、フラグメンテーションによって炭化水素骨格が形式的に酸化されて芳香環を形成し、同時に還元された反応性種が生成されると述べられています。 一方、本論文で提案されているオキソボラン形成メカニズムは、ノンイノセントなルイス塩基(DMSO)の関与により、反応性種の生成を駆動する正式な酸化芳香族化を促進するという点で異なります。これは、この分野におけるこのようなプロセスの最初の例であると述べられています。

                                                                                          2025年1月10日金曜日

                                                                                          Catch Key Points of a Paper ~0221~

                                                                                          論文のタイトル: Utilizing the Perfluoronaphthalene Radical Cation as a Selective Deelectronator to Access a Variety of Strongly Oxidizing Reactive Cations(強力な酸化性反応性カチオンにアクセスするための選択的脱電子剤としてのパーフルオロナフタレンラジカルカチオンの活用)

                                                                                          著者: MSc. Malte Sellin, MSc. Julie Willrett, MSc. David Röhner, MSc. Tim Heizmann, BSc. Julia Fischer, BSc. Matthis Seiler, BSc. Celia Holzmann, Dr. Tobias A. Engesser, Dr. Valentin Radtke, Prof. Dr. Ingo Krossing*
                                                                                          雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
                                                                                          巻: Volume63, Issue34, e202406742
                                                                                          出版年: 2024
                                                                                          DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202406742

                                                                                          背景

                                                                                          1: 脱電子反応の重要性

                                                                                          • 脱電子反応(一電子酸化)は、最も基本的な化学反応の一つです。
                                                                                          • しかし、複雑な基質の選択的な脱電子反応を実現するには、高度な実験条件が必要となります。
                                                                                          • これは、中性またはカチオン性基質の脱電子反応には、生成される系と適合するアニオンの導入が伴うためです。

                                                                                          2: 従来の脱電子剤の課題

                                                                                          • 従来の脱電子剤は、ニトロソニウム、銀、マジックブルーカチオンなどが用いられてきました。
                                                                                          • しかし、これらの脱電子剤は、電子移動以外の望ましくない反応性を示すことが課題でした。
                                                                                          • 特にニトロソニウムや銀カチオンは、ルイス塩基性基質との反応において、副反応を引き起こす可能性があります。

                                                                                          3: 本研究の目的

                                                                                          • 本研究では、強力かつ選択的な脱電子剤を開発することを目的としました。
                                                                                          • 具体的には、市販のパーフルオロナフタレン (naphthaleneF) のラジカルカチオンを利用します。
                                                                                          • これにより、高電位での脱電子反応が可能になり、多様な反応性カチオンの合成が期待されます。

                                                                                          方法

                                                                                          1: 脱電子剤の合成

                                                                                          • パーフルオロナフタレン (naphthaleneF) を [NO]+[F{Al(ORF)3}2]‐ と固相反応させることで、[naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ を合成しました。
                                                                                          • この反応は、[NO]+ 塩の固体状態での高い電位と、溶液の均一性を利用した、新規な合成法です。
                                                                                          • 反応は、ヘキサフルオロベンゼン (6FB) 溶媒中で、溶媒をゆっくりと蒸発させることで進行します。

                                                                                          2: 選択的脱電子反応

                                                                                          • 合成した [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ を用いて、様々なモデル基質との脱電子反応を行いました。
                                                                                          • これには、アレーン、銅粉末、白リン、鉄(II)ビス(ヒドリドトリス(ピラゾリル)ボレート)(Fe(sc)2)、フェロセン、タングステンヘキサカルボニルが含まれます。
                                                                                          • これらの基質は、有機分子、バルク金属、非金属元素、有機金属化合物、配位化合物など、多様な化学種を代表するものです。

                                                                                          3: 生成物の分析

                                                                                          • 脱電子反応によって生成したカチオンを、様々な分光法を用いて分析しました。
                                                                                          • 赤外分光法 (IR) 、核磁気共鳴分光法 (NMR) 、単結晶X線構造解析 (scXRD) を用いて、生成物の構造や電子状態を明らかにしました。
                                                                                          • また、サイクリックボルタンメトリーを用いて、脱電子反応の電位を測定しました。

                                                                                          結果

                                                                                          1: 固相脱電子反応の成功

                                                                                          • [NO]+[F{Al(ORF)3}2]‐ と naphthaleneF の固相反応により、 [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ が生成することを確認しました。
                                                                                          • この反応は、カウンターイオンのサイズが反応の成否に大きく影響することを示しています。
                                                                                          • 大きな WCA [F{Al(ORF)3}2]‐ を用いることで、格子エネルギーの低下が抑制され、反応が進行しやすくなります。

                                                                                          2: 多様なカチオンの生成

                                                                                          • [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ は、様々な基質から選択的に電子を引き抜くことがわかりました。
                                                                                          • 例えば、タングステンヘキサカルボニルから [W(CO)6]+・、銅粉末から [CuF{Al(ORF)3}2]、白リンから [P9]+ カチオンが生成しました。
                                                                                          • また、フェロセン誘導体からは [Fc(CO)]2+、鉄(II)ビス(ヒドリドトリス(ピラゾリル)ボレート)錯体からは [Fe(sc)2]2+ が生成しました。

                                                                                          3: アセンジカチオンの生成と構造

                                                                                          • [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ を用いて、ペンタセンとテトラセンのジカチオンを生成することに成功しました。
                                                                                          • これらのジカチオンは、溶液中では不安定であることが知られていますが、本研究では 5FB 溶液から結晶化し、構造解析を行いました。
                                                                                          • 特に、ペンタセンジカチオンの固体状態構造は、これが初めての報告例となります。

                                                                                          考察

                                                                                          1: [naphthaleneF]+・ の脱電子能

                                                                                          • [naphthaleneF]+・ は、4FB 溶液中で +2.00 V vs. Fc+/0 の電位を持ち、強力な酸化剤である ReF6 に匹敵する脱電子能を示します。
                                                                                          • 固体状態では、カウンターイオン [F{Al(ORF)3}2]‐  の大きなサイズにより、擬似気相条件が実現され、[NO]+ カチオンの電位が +2.34 V vs. Fc+/0 にまで上昇します。
                                                                                          • さらに、naphthaleneF との固相反応では、発生する NO ガスが系外に除去されることで、反応が生成物側にシフトし、[naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ の固体状態電位は +2.41 V vs. Fc+/0 に達します。

                                                                                          2: 選択性の要因

                                                                                          • [naphthaleneF]+・は、高電位でありながら、高い選択性を示します。
                                                                                          • これは、[F{Al(ORF)3}2]‐ アニオンの弱配位性と、フルオロベンゼン系溶媒の不活性な性質によるものと考えられます。
                                                                                          • これらの条件により、副反応が抑制され、目的とする脱電子反応が選択的に進行します。

                                                                                          3: 溶媒効果の影響

                                                                                          • フェロセンの2回目の脱電子反応の電位は、溶媒によって大きく異なることがわかりました。
                                                                                          • 4FB 溶媒中では、2回目の脱電子波は観測されませんでしたが、SO2 溶媒中では +1.71 V vs. Fc+/0 で観測されます。
                                                                                          • これは、SO2 が 4FB よりも強い溶媒和効果を持つため、カチオンの安定化に寄与しているためと考えられます。

                                                                                          本研究の限界

                                                                                          • アントラセンジカチオンのように、生成したカチオン自身が反応してしまう場合には、本手法では目的物を単離することができません。
                                                                                          • アントラセンの場合、Scholl 型反応により、主にプロトン化アントラセンが生成してしまいます。
                                                                                          • 本手法は、本質的に安定なカチオンの合成に有効ですが、不安定なカチオンには適用が難しい場合があります。

                                                                                          結論

                                                                                          • 本研究では、強力かつ選択的な脱電子剤である [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ を開発し、その有用性を示しました。
                                                                                          • 本手法は、様々な高酸化性カチオンの合成に適用可能であり、新奇な化学種の創出に貢献することが期待されます。

                                                                                          将来の展望

                                                                                              • より不安定なカチオンを安定化できる条件を探索することで、本手法の適用範囲をさらに広げることが課題となります。

                                                                                              TAKE HOME QUIZ

                                                                                              1. [naphthaleneF]+ の脱電子能力は、他の試薬と比較してどの程度ですか? 具体例を挙げて説明してください。

                                                                                              • [naphthaleneF]+ は、非常に強力な脱電子剤*であり、電位は+2.00 V (溶液中) / +2.41 V (固体状態) vs. Fc+/0です。
                                                                                              • [NO]+ の電位は、4FB中では+1.52 V vs. Fc+/0。[naphthaleneF]+* は、[NO]+よりも約0.5 V高い脱電子能力を持ちます。
                                                                                              • ReF6(六フッ化レニウム)などの非常に強力な酸化剤に匹敵する電位を持ちますが、より扱いやすいです。
                                                                                              • [anthraceneHal]+ の電位は+1.42 V vs. Fc+/0*であり、[naphthaleneF]+*の方がより強力です。
                                                                                              • Connelly/Geigerの分類では、+0.8 Vを超える脱電子剤は「非常に強力」とされていますが、[naphthaleneF]+* はそれをはるかに上回ります。
                                                                                              • 例えば、タングステンヘキサカルボニル (W(CO)6) は、従来の酸化剤では脱電子が難しかったが、[naphthaleneF]+* によって容易に脱電子されます。

                                                                                              2. [naphthaleneF]+ の反応における選択性について、説明してください。

                                                                                              • [naphthaleneF]+* は、高い脱電子能力だけでなく、選択性も兼ね備えています。
                                                                                              • 例えば、タングステンヘキサカルボニルとの反応では、目的の脱電子反応のみが進行し、他の副反応は起こりにくいです。
                                                                                              • これは、[naphthaleneF]+* が特定の基質に対して優先的に反応するためです。
                                                                                              • 他の酸化剤では複数の反応経路が競合することがありますが、[naphthaleneF]+ はよりクリーンな反応を促進します。

                                                                                              3. 固体状態脱電子反応(SSD)において、カウンターイオンのサイズが反応に影響を与える理由を説明してください。

                                                                                              • SSD反応では、カウンターイオンのサイズが格子エネルギーに影響を与え、反応の熱力学に大きく影響します。
                                                                                              • [NO]+[SbF6]‐ のような小さいカウンターイオンでは、格子エネルギーが大きく、脱電子反応のギブスエネルギー変化が大きくなります。
                                                                                              • 一方、[F{Al(ORF)3}2]‐ のような非常に大きなカウンターイオンの場合、格子エネルギーの減少が小さく、反応がエネルギー的に有利になります。
                                                                                              • [NO]+[F{Al(ORF)3}2]‐ は、より小さいイオンと比較して非常に高い固体状態電位(+2.34 V vs Fc+/0) を持ち、[naphthaleneF]+ の生成を促進します。

                                                                                              4. [naphthaleneF]+[F{Al(ORF)3}2]‐ を用いた反応における、溶媒の役割は何ですか?

                                                                                              • 溶媒は、高電位での脱電子プロセスに耐えることができる必要があり、不活性で弱い配位性であることが重要です。
                                                                                              • 4FBや5FBなどの高度にフッ素化されたベンゼン誘導体は、この要件を満たす適切な溶媒です。
                                                                                              • これらの溶媒は、高い溶媒電位限界を持ち、反応性カチオンの安定化に役立ちます。

                                                                                              2024年12月15日日曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0217~

                                                                                              論文のタイトル: Reactivities of tertiary phosphines towards allenic, acetylenic, and vinylic Michael acceptors(第三級ホスフィン類のアレン、アセチレン、ビニル系マイケルアクセプターに対する反応性)
                                                                                              著者: Feng An, Jan Brossette, Harish Jangra, Yin Wei, Min Shi, Hendrik Zipse, Armin R. Ofial*
                                                                                              雑誌名: Chemical Science
                                                                                              巻: Volume 15, 18111-18126
                                                                                              出版年: 2024
                                                                                              DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC04852K

                                                                                              背景

                                                                                              1: ホスフィンとマイケル付加

                                                                                              • 第三級ホスフィン (PR3) のマイケルアクセプターへの付加は、多くのルイス塩基触媒反応において重要なステップである
                                                                                              • ホスフィン触媒反応では、電子不足π系へのホスフィン付加により、双性イオン中間体が生成される
                                                                                              • この中間体は、直接捕捉されるか、様々な求電子試薬との異性化を経て炭素-炭素結合形成反応に利用される
                                                                                              • キラルホスフィン触媒は、これらの変換の不斉バージョンを可能にした

                                                                                              2: 既存の速度論的研究

                                                                                              • ホスフィンとマイケルアクセプターとの付加反応におけるPR3反応性の体系的な比較は、これまで行われていない
                                                                                              • ホスフィンとマイケルアクセプターとの付加は一般的に可逆反応であるため、速度論的研究が困難だった
                                                                                              • 従来の速度論的研究では、プロトン性溶媒中でのカルボン酸によるプロトン移動が律速段階となり、三次の反応速度を示すことが多かった

                                                                                              3: 本研究の目的

                                                                                              • 本研究では、様々な種類のマイケルアクセプターに対するPR3反応性の速度論的比較を行うことを目的とする
                                                                                              • 特に、アレン系、アセチレン系、ビニル系マイケルアクセプターに対する10種類のホスフィンの付加反応の速度論を調査する
                                                                                              • これらの知見は、PR3触媒反応の制御因子を理解し、有機触媒反応の開発に役立つと期待される

                                                                                              方法

                                                                                              1: 実験方法の概要

                                                                                              • 10種類のホスフィンと、5種類のマイケルアクセプター(アクリル酸エチル、アレン酸エチル、プロピオール酸エチル、エテンスルホニルフルオリド、2-ブチン酸エチル)を用いる
                                                                                              • ジクロロメタン中、20℃で反応を行い、分光光度計またはNMR分光法により反応速度を追跡
                                                                                              • 反応中間体の双性イオンを効率的に捕捉するために、適切なプロトン源(コリジニウムトリフラートなど)を用いる

                                                                                              2: プロトン源の選択

                                                                                              • 中間体の双性イオンを捕捉するプロトン源として、コリジニウムトリフラート (CT) を選択
                                                                                              • CTは、研究対象のホスフィンの塩基性度範囲をカバーできるほど酸性度が低く、ホスフィンやマイケルアクセプターの反応性に影響を与えない
                                                                                              • NMR分光法による検討により、CTがジクロロメタン溶液中でホスフィンやマイケルアクセプターと相互作用しないことを確認

                                                                                              3: 速度論的測定

                                                                                              • 反応速度は、擬一次反応条件下で、過剰な反応パートナーを用いて測定
                                                                                              • 吸光度またはNMRシグナル強度の時間変化を、単一指数関数または一次速度式にフィッティングすることで、擬一次速度定数 (kobs) を求める
                                                                                              • 異なる濃度の過剰な反応パートナーを用いてkobsを測定し、kobsと反応パートナー濃度の線形関係から、二次速度定数 (k2) を算出

                                                                                              結果

                                                                                              1: 相対反応性

                                                                                              • アクリル酸エチル (1) は、ホスフィンに対して比較的弱い求電子剤であることがわかった
                                                                                              • アレン酸エチル (2) とプロピオール酸エチル (3) に対するホスフィンの反応性はほぼ同程度であり、一般的にアクリル酸エチル (1) よりも1~2桁高い
                                                                                              • エテンスルホニルフルオリド (4) は、非常に強い求電子剤であり、1-3よりもはるかに速くホスフィンと反応した

                                                                                              2: ホスフィン反応性の相関

                                                                                              • ホスフィンの反応性は、それらのブレンステッド塩基性度 (pKaH)、ヨウ化エチルとのSN2反応における求核性、鉄錯体安定化カルボカチオンに対する求核性 (NFe) と相関関係があった
                                                                                              • これらの相関関係は、本研究で得られたホスフィン反応性のデータが、他の求電子剤に対しても一般的に適用可能であることを示唆

                                                                                              3: ホスフィンの求核性と求核脱離能

                                                                                              • ホスフィンのマイケルアクセプターに対する反応速度定数は、ホスフィン-ボラン錯体におけるキヌクリジンによるPR3置換反応の速度定数 (kFB) とも相関関係があった
                                                                                              • これは、最も弱い求核剤であるP(pfp)3が最も反応性の高い求核脱離基であり、求核性の高いPMe3やPBu3ではその逆の関係にあることを示唆

                                                                                              考察

                                                                                              1: DFT計算による解析

                                                                                              • 量子化学計算を用いて、PR3付加反応の活性化障壁 (ΔG‡calc) と反応エネルギー (ΔGadd) を計算した
                                                                                              • 実験的に得られたギブズ活性化エネルギー (ΔG‡exp) は、計算されたΔG‡calcと良い相関を示した
                                                                                              • これらの結果は、実験で測定された二次速度定数k2が、電子不足反応パートナーへの初期ホスフィン付加を反映しているという解釈を裏付けている

                                                                                              2: 反応エネルギーと活性化障壁

                                                                                              • ホスフィンのビニル系、アレン系、アセチレン系求電子剤への付加の活性化障壁は、熱力学的駆動力 (ΔGadd) の増加に伴い系統的に減少する
                                                                                              • しかし、これらのホスファ-マイケル付加の遷移状態 (TS) では、生成物安定化効果の30~40%しか反映されていない
                                                                                              • これは、ホスフィン付加反応の速度が、熱力学的安定性だけでなく、反応の固有障壁にも影響されることを示唆

                                                                                              3: 遷移状態の解析

                                                                                              • 遷移状態 (TS) ジオメトリの解析から、PPh3とマイケルアクセプター間のP–C結合形成は、アクリル酸エチル (1) への付加において、アレン酸エチル (2) やプロピオール酸エチル (3) よりもわずかに進んでいることがわかった
                                                                                              • これは、1へのPPh3の付加では、2や3との類似の反応よりも遅いTSを示唆

                                                                                              4: 研究の限界点

                                                                                              • 計算では、実験的に得られたΔG‡expの20 kJ mol-1の幅が、DFT計算ではわずか10 kJ mol-1の幅に圧縮されている
                                                                                              • これは、計算モデルが実験で観察される反応速度のわずかな違いを完全には再現できていないことを示唆

                                                                                              結論

                                                                                              • 本研究では、様々な第三級ホスフィンとマイケルアクセプターとの付加反応の速度論を詳細に調べた
                                                                                              • ホスフィンの反応性は、その構造、ブレンステッド塩基性度、求核性、求核脱離能と密接に関係していることが明らかになった
                                                                                              • これらの知見は、ホスフィン触媒反応の設計と最適化に役立つ可能性がある

                                                                                              将来の展望

                                                                                              • 今後、ホスフィン触媒反応の全サイクルに関する更なる量子化学的研究が必要である
                                                                                              • 特に、実験ではアクセスが困難なステップを計算によって解析することで、これらの多用途反応の系統的な改善に必要な因子を理解することができる

                                                                                              用語集

                                                                                              • マイケル付加: 電子不足オレフィンなどのマイケルアクセプターに対する求核剤の付加反応
                                                                                              • ルイス塩基: 電子対供与体
                                                                                              • ホスフィン: リン原子を中心とする有機化合物
                                                                                              • 双性イオン: 正電荷と負電荷の両方を持つ分子
                                                                                              • 速度論: 化学反応の速度を研究する分野
                                                                                              • ブレンステッド塩基性度: プロトンを受け取る能力の尺度
                                                                                              • 求核性: 電子対を提供して結合を形成する能力の尺度
                                                                                              • 求核脱離能: 結合電子対とともに脱離する能力の尺度
                                                                                              • DFT計算: 分子の電子状態を計算する理論化学的手法
                                                                                              • 遷移状態: 化学反応におけるエネルギーが最大となる状態

                                                                                              2024年12月13日金曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0215~

                                                                                              論文のタイトル: A Highly Sterically Encumbered Boron Lewis Acid Enabled by an Organotellurium-Based Ligand(有機テルル系配位子によって実現した高度に立体障害のあるボロンルイス酸)
                                                                                              著者: Daniel Wegener, Alberto Pérez-Bitrián, Niklas Limberg, Anja Wiesner, Kurt F. Hoffmann, and Sebastian Riedel*
                                                                                              雑誌名: Chemistry - A European Journal
                                                                                              巻: Volume30, Issue36, e202401231
                                                                                              出版年: 2024
                                                                                              DOI: https://doi.org/10.1002/chem.202401231

                                                                                              背景

                                                                                              1: ボロンルイス酸の重要性

                                                                                              • ルイス酸性を持つホロン化合物は、有機化学および有機金属化学において幅広い用途を持つため、化学において遍在している
                                                                                              • 特に、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン (B(C6F5)3、'BCF') は、高いルイス酸性と高い立体障害を併せ持つ
                                                                                              • BCFは、メタロセン系重合触媒の活性化剤として、また有機合成における一般的な触媒としてよく知られている
                                                                                              • 高い立体障害のため、かさ高い塩基の存在下で様々な小分子を活性化するフラストレイテッドルイスペア (FLP) 化学において特に有名である

                                                                                              2: ルイス酸性の調整

                                                                                              • ボロン中心におけるより高いルイス酸性と立体障害を目指したBCFの改質は、常に有益な研究分野
                                                                                              • ボロン中心のルイス酸性をさらに調整するために、B原子とC原子の間に電気陰性度の高い酸素スペーサーを付加することが適切な戦略である
                                                                                              • この戦略により、BCFと比較してより硬いルイス酸であるB(OC6F5)3が得られる。

                                                                                              3: 本研究の目的

                                                                                              • 特に強いルイス酸の形成を可能にするもう一つのO-供与性配位子は、ペンタフルオロオルトテルレート基 (テフレート、OTeF5)である
                                                                                              • テフレート基はしばしばフッ化物の嵩高い類似体と考えられているが、この部分によって生じる立体障害は、OC4F9、N(C6F5)2、OC(C6F5)3のような他の一般的なO-またはN-供与性配位子と比較して小さい
                                                                                              • 本研究では、かさ高いアリール基を含むテフレート誘導体 [cis-PhTeF4O]- および [trans-(C6F5)2TeF3O]- (OTeF3(C6F5)2と簡略化) を用いて、高度に立体障害のあるルイス酸を合成することを目的とする

                                                                                              方法

                                                                                              1: B[OTeF3(C6F5)2]3の合成

                                                                                              • まず、出発物質であるtrans-(C6F5)2TeF4をアセトニトリル/水混合物 (MeCN中15% v/v H2O) 中で室温で一晩攪拌することにより、HOTeF3(C6F5)2 (1) を合成
                                                                                              • 次に、ジクロロメタン中において、BCl3またはBCl3·SMe2と3当量の1を反応させることにより、ルイス酸B[OTeF3(C6F5)2]3 (3) を定量的に合成
                                                                                              • 化合物3は、300℃までの著しく高い熱安定性を示す

                                                                                              2: ルイス酸性および立体障害の評価

                                                                                              • 理論計算および実験的手法を用いて、化合物3のルイス酸性と立体障害を評価
                                                                                              • ガス相フッ化物イオン親和性 (FIA) をBP86-D3BJ/def2-SVPレベルの理論を用いて計算
                                                                                              • グローバル求電子性指数 (GEI) を、HOMOおよびLUMOエネルギーを適用して計算
                                                                                              • Gutmann-Beckett法を用いて、ルイス酸性を実験的に評価
                                                                                              • FinzeとRadiusによって提案された方法に従って、立体プロファイルを決定

                                                                                              3: 配位子移動反応性の評価

                                                                                              • 化合物3のOTeF3(C6F5)2基のフッ化物化合物への移動反応性を評価
                                                                                              • 化合物3を遊離フッ化物源として作用する[NMe4]Fと反応させ、[BF4]- と遊離アニオン[OTeF3(C6F5)2]- の生成を観察
                                                                                              • 化合物3を不安定なフッ化物配位子を含む遷移金属錯体 [PPh4][(CF3)3AuF] および典型元素化合物と反応させる
                                                                                              • 生成物をNMR分光法、ESI-MS、および単結晶X線回折を用いて同定

                                                                                              結果

                                                                                              1: ルイス酸性と立体障害

                                                                                              • 化合物3は、463 kJ mol-1の計算されたFIA値を持つ強いルイス酸
                                                                                              • この値は、B(OC4F9)3 (437 kJ mol-1) およびB(C6F5)3 (454 kJ mol-1) の値を超えており、SbF5 (487 kJ mol-1) によって与えられるルイス超酸性の閾値に近い
                                                                                              • OTeF3(C6F5)2配位子は、文献で知られているボロン中心における最大の立体障害の一つを提供

                                                                                              2: ピリジンとの親和性

                                                                                              • 化合物3は、より強いルイス塩基であるピリジンと安定な付加物を形成
                                                                                              • 等温滴定熱量測定 (ITC) を用いて、B(OTeF5)3と比較して、化合物3のピリジンに対する親和性を決定した
                                                                                              • 化合物3とピリジンの反応に対する親和性定数KAは、(1.23±0.16)·104であった
                                                                                              • これは、B(OTeF5)3で観察された親和性 (KA = (1.69±0.13)·105) よりも低い

                                                                                              3: 配位子移動反応性

                                                                                              • 化合物3は、[NMe4]Fと反応して[NMe4][OTeF3(C6F5)2] (5) を形成し、[BF4]-を放出
                                                                                              • 化合物3は、[PPh4][(CF3)3AuF]と反応してAu(III)錯体[PPh4][(CF3)3Au(OTeF3(C6F5)2)] (6) を形成
                                                                                              • さらに、化合物3を用いて、超原子価ヨウ素Togni型化合物7を調製

                                                                                              考察

                                                                                              1: 新規ルイス酸の特性

                                                                                              • 新しいボロン系ルイス酸B[OTeF3(C6F5)2]3 (3) は、BCl3またはBCl3·SMe2とHOTeF3(C6F5)2 (1) から容易に合成された
                                                                                              • このルイス酸の注目すべき特性の一つは、300℃までの特に高い熱安定性である
                                                                                              • 立体プロファイルの評価により、OTeF3(C6F5)2配位子が文献で知られているボロン中心で最も大きな立体障害の一つを引き起こすことが明らかになった

                                                                                              2: ルイス酸性の比較

                                                                                              • 理論計算 (FIA, GEI) および実験的方法 (Gutmann-Beckett, ν(CN)) により、化合物3のルイス酸性はB(C6F5)3に匹敵し、関連するB(OTeF5)3よりもわずかに低いことが確認された
                                                                                              • ITCを用いて化合物3のピリジンに対する親和性を評価したところ、関連するテフレート種4よりも低い親和性定数が明らかになった
                                                                                              • B(OTeF5)3自体の親和性は、BCFで得られた値に匹敵する

                                                                                              3: 配位子移動反応

                                                                                              • さらに、この新しい化合物を配位子移動試薬として容易に使用できることが、[NMe4]Fと反応させて[NMe4][OTeF3(C6F5)2] (5) を形成することで初めて実証された
                                                                                              • 対応するフルオロ誘導体から始めて、同様の手順に従って、化合物3をAu(III)種[PPh4][(CF3)3Au(OTeF3(C6F5)2)] (6) の合成、および超原子価ヨウ素Togni型化合物7の調製に使用

                                                                                              結論

                                                                                              • 有機テルル系配位子によって実現した高度に立体障害のある新しいボロン系ルイス酸B[OTeF3(C6F5)2]3 (3)を合成した
                                                                                              • 化合物3は、B(C6F5)3に匹敵する高いルイス酸性と、文献で知られているボロン中心で最も大きな立体障害の一つを併せ持つ
                                                                                              • さらに、フッ化物化合物に対する配位子移動反応性を示し、Au(III)錯体や超原子価ヨウ素種の合成に利用できる
                                                                                              • これらは高いルイス酸性と立体障害のユニークな組み合わせと、基移動能力を伴うため、確立されたボロン系ルイス酸の現実的な代替手段として登場し、優れた挙動を提供する可能性がある

                                                                                              将来の展望

                                                                                              • この新しいルイス酸は、確立されたボロン系ルイス酸の代替となり、FLP化学などの分野でさらなる応用が期待される

                                                                                              2024年10月9日水曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0150~

                                                                                              論文のタイトル: Lewis base adducts of NpCl4

                                                                                              著者: Lauren M. Lopez, Madeleine C. Uible, Matthias Zeller, Suzanne C. Bart

                                                                                              雑誌: Chemical Communications

                                                                                              巻: 60, 5956-5959

                                                                                              出版年: 2024


                                                                                              背景

                                                                                              1: 研究の背景

                                                                                              トランスウラン元素の基礎化学探索には、適切な出発物質が不足

                                                                                              有機溶媒に可溶な非水系ハロゲン化物の開発が重要

                                                                                              現在利用可能なトランスウラン酸化物から非水系ハロゲン化物を生成

                                                                                              NpCl4(DME)2が便利な出発物質として報告されている


                                                                                              2: 未解決の問題点

                                                                                              NpCl4(DME)2の合成にはTMS-Clが必要で、N系付加体の生成が困難

                                                                                              NpCl4(DME)2のTHF中での挙動は知られているが、他の溶媒での挙動は不明

                                                                                              Np(IV)クロリドの様々な有機溶媒中での同定が必要


                                                                                              3: 研究の目的

                                                                                              NpCl4(DME)2から新しいNp(IV)ルイス塩基付加体の合成

                                                                                              アセトニトリルとピリジンを用いたNp(IV)溶媒付加体の調製

                                                                                              4,4'-ジ-tert-ブチル-2,2'-ビピリジンとトリフェニルホスフィンオキシドを用いたNp(IV)付加体の合成

                                                                                              得られた化合物の分光学的・構造的特性解析


                                                                                              方法

                                                                                              1: 合成方法

                                                                                              NpCl4(DME)2をアセトニトリルまたはピリジンに溶解

                                                                                              溶液を約16時間攪拌後、真空下で揮発性物質を除去

                                                                                              4,4'-ジ-tert-ブチル-2,2'-ビピリジンまたはトリフェニルホスフィンオキシドとNpCl4(DME)2をTHF中で反応


                                                                                              2: 分析手法

                                                                                              1H NMR分光法による構造解析

                                                                                              固体赤外分光法による結合特性の評価

                                                                                              X線結晶構造解析による分子構造の決定

                                                                                              電子吸収分光法によるUV-Vis-NIR領域のスペクトル測定


                                                                                              3: 比較研究

                                                                                              合成したNp(IV)化合物とウラン類似体の特性を比較

                                                                                              スペクトル特性や結晶構造の違いを分析

                                                                                              Np(IV)とU(IV)の電子構造の差異を考察


                                                                                              結果

                                                                                              1: 新規Np(IV)化合物の合成

                                                                                              NpCl4(MeCN)4 (1): 非常に薄いピンク色粉末、95%収率

                                                                                              NpCl4(pyr)4 (2): 黄褐色粉末、93%収率

                                                                                              NpCl4(tBuBipy)2 (3): 明るいピンク色、81%収率

                                                                                              NpCl4(OPPh3)2 (4): 薄い青色結晶


                                                                                              2: 結晶構造解析結果

                                                                                              化合物1と2: 8配位、歪んだ十二面体構造

                                                                                              化合物3: 8配位、近似的な十二面体構造

                                                                                              化合物4: 6配位、オクタヘドラル構造

                                                                                              Np-Cl結合距離: 2.5732(17) - 2.6282(9) Å

                                                                                              Np-N結合距離: 2.5526(17) - 2.6877(14) Å


                                                                                              3: 分光学的特性

                                                                                              化合物1: アセトニトリル中で305 nmと360 nmに強い吸収

                                                                                              化合物2: ピリジン中で300 nm付近に強い吸収、388 nmに肩

                                                                                              化合物3: ジクロロメタン中で493 nmと530 nmに吸収

                                                                                              化合物4: ジクロロメタン中で365 nmに強い吸収

                                                                                              すべての化合物でNIR領域に弱い鋭い吸収(f-f遷移)


                                                                                              考察

                                                                                              1: 主要な発見

                                                                                              NpCl4(DME)2からのDMEリガンド置換が容易に進行

                                                                                              Np(IV)イオンの配位環境は溶媒やリガンドにより多様

                                                                                              Np(IV)ビピリジンおよびトリフェニルホスフィンオキシド化合物の初めての結晶構造解析


                                                                                              2: ウラン類似体との比較

                                                                                              Np(IV)とU(IV)化合物で類似のスペクトル特性

                                                                                              結晶構造に若干の違い(例:UCl4(tBuBipy)2は正方反柱形)

                                                                                              NIR領域の吸収パターンに差異(例:UCl4(OPPh3)2の1930 nm吸収)


                                                                                              3: 溶液挙動

                                                                                              アセトニトリルとピリジン付加体は溶液中で動的挙動

                                                                                              トリフェニルホスフィンオキシド付加体は溶液中で2種の異性体

                                                                                              ビピリジン付加体は溶液中で安定な構造を維持


                                                                                              4: 研究の意義

                                                                                              新規Np(IV)出発物質の開発に貢献

                                                                                              Np(IV)の配位化学に関する理解を深化

                                                                                              トランスウラン元素の非水系化学研究の基盤を提供


                                                                                              5: 研究の限界

                                                                                              放射性物質の取り扱いによる実験の制約

                                                                                              長期的な安定性や反応性に関する情報の不足

                                                                                              より広範なリガンドや反応条件の探索が必要


                                                                                              結論

                                                                                              NpCl4(DME)2からの4種の新規Np(IV)ルイス塩基付加体の合成に成功

                                                                                              Np(IV)イオンのリガンド置換化学に関する重要な知見を獲得

                                                                                              分光学的・構造的解析によりNp(IV)化合物の特性を明らかに


                                                                                              将来の展望

                                                                                              今後の非水系ネプツニウム有機金属化合物合成への基盤を確立

                                                                                              さらなるリガンド置換反応や有機金属誘導体の研究が期待される

                                                                                              2024年10月4日金曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0146~

                                                                                              論文のタイトル: Enhancement of London Dispersion in Frustrated Lewis Pairs: Towards a Crystalline Encounter Complex(フラストレートルイス対におけるロンドン分散力の増強: 結晶性エンカウンター錯体に向けて)

                                                                                              著者: Flip Holtrop, Christoph Helling, Martin Lutz, Nicolaas P. van Leest, Bas de Bruin, J. Chris Slootweg*

                                                                                              雑誌: Synlett 

                                                                                              巻: 34, 1122–1128

                                                                                              出版年: 2023


                                                                                              背景

                                                                                              1: フラストレートルイス対(FLP)化学の基礎

                                                                                              2006年にStephanらによって発見されたFLP

                                                                                              金属フリーで小分子(H2, CO2など)を活性化可能

                                                                                              ルイス酸とルイス塩基の相互作用が重要

                                                                                              エンカウンター錯体の形成が提唱されている


                                                                                              2: エンカウンター錯体の課題

                                                                                              弱い相互作用のため溶液中で高濃度化が困難

                                                                                              分光学的手法での研究が難しい

                                                                                              計算科学的研究では、ロンドン分散力の重要性が示唆

                                                                                              実験的には19F,1H HOESY NMRやUV/Visで観測例あり


                                                                                              3: 研究の目的

                                                                                              ロンドン分散力を増強したFLPの設計

                                                                                              エンカウンター錯体の濃度増加を目指す

                                                                                              結晶性エンカウンター錯体の単離と構造解析

                                                                                              FLP前駆体の相互作用の理解を深める


                                                                                              方法

                                                                                              1: 計算化学的アプローチ(計算化学による設計)

                                                                                              B97XD/6-311+G(d,p)//B97XD/6-31G(d)レベルでの構造最適化

                                                                                              エンカウンター錯体形成エネルギーの計算

                                                                                              様々なルイス酸・塩基の組み合わせを検討

                                                                                              ロンドン分散力の寄与を評価


                                                                                              2: 合成と構造解析(実験的アプローチ)

                                                                                              計算結果に基づき、有望なFLP系を選択

                                                                                              N(3,5-tBu2C6H3)3とB(3,5-tBu2C6H3)3の合成

                                                                                              単結晶X線構造解析による構造決定

                                                                                              NMR、IR、融点測定による特性評価


                                                                                              3: エンカウンター錯体の研究(エンカウンター錯体の探索)

                                                                                              FLP成分の混合と溶液挙動の観察

                                                                                              結晶化条件の最適化

                                                                                              得られた結晶の各種分析(X線回折、NMR、IR)

                                                                                              単一成分結晶との比較解析


                                                                                              結果

                                                                                              1: 計算によるFLP設計結果

                                                                                              N(3,5-tBu2C6H3)3/B(3,5-tBu2C6H3)3系が有望

                                                                                              エンカウンター錯体形成エネルギー: -39.93 kcal/mol

                                                                                              ロンドン分散力の寄与: -25.33 kcal/mol

                                                                                              N-B間距離: 3.778 Å (弱い相互作用を示唆)


                                                                                              2: FLP成分の合成と構造解析

                                                                                              N(3,5-tBu2C6H3)3とB(3,5-tBu2C6H3)3の合成に成功

                                                                                              単結晶X線構造解析で分子構造を決定

                                                                                              両成分とも平面三角形構造を持つ

                                                                                              分子間の最短N...N、B...B距離は10 Å以上


                                                                                              3: エンカウンター錯体の探索

                                                                                              FLP混合物の結晶化

                                                                                              トルエンまたはn-ペンタンから無色結晶を得た

                                                                                              X線回折で N(3,5-tBu2C6H3)3の結晶構造と類似

                                                                                              NMR解析で1:1混合物であることを確認

                                                                                              IRスペクトルは両成分の特徴を示す


                                                                                              考察

                                                                                              1: エンカウンター錯体の形成と評価

                                                                                              結晶中でN(3,5-tBu2C6H3)3とB(3,5-tBu2C6H3)3が1:1で存在

                                                                                              NとBの位置に置換型無秩序が観測される

                                                                                              ホモ二量体とヘテロ二量体の形成エネルギーが近い

                                                                                              完全な秩序構造は得られなかった


                                                                                              2: ロンドン分散力の役割と重要性

                                                                                              計算結果と実験結果が整合

                                                                                              ロンドン分散力がFLP成分の会合を促進

                                                                                              従来のFLPよりも強い相互作用を実現

                                                                                              結晶化を可能にする駆動力となった


                                                                                              3: 本研究の意義とFLP化学への影響

                                                                                              エンカウンター錯体の構造的証拠を初めて提示

                                                                                              FLP前駆体の相互作用の理解を深めた

                                                                                              分散力制御によるFLP設計の新たな指針を示した

                                                                                              H2活性化などのFLP反応機構解明に貢献する可能性


                                                                                              4: 研究の限界点

                                                                                              溶液中での挙動解析が不十分

                                                                                              N/B無秩序のため厳密な構造決定ができていない

                                                                                              反応性や触媒活性の評価が未実施

                                                                                              より多様なFLP系での検証が必要


                                                                                              結論

                                                                                              ロンドン分散力を増強したFLPの設計・合成に成功

                                                                                              N(3,5-tBu2C6H3)3/B(3,5-tBu2C6H3)3の1:1共結晶を得た

                                                                                              エンカウンター錯体の構造的証拠を初めて提示

                                                                                              FLP化学におけるロンドン分散力の重要性を実証


                                                                                              将来の展望

                                                                                              今後、異なる形状のルイス酸・塩基での研究が期待される

                                                                                              FLP反応機構解明への貢献が期待できる

                                                                                              2024年9月30日月曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0142~

                                                                                              論文のタイトル: Photodriven Sm(III)-to-Sm(II) Reduction for Catalytic Applications(光駆動Sm(III)からSm(II)への還元と触媒応用)

                                                                                              著者: Christian M. Johansen, Emily A. Boyd, Drew E. Tarnopol, Jonas C. Peters

                                                                                              雑誌: Journal of the American Chemical Society

                                                                                              巻: 146, 37, 25456–25461

                                                                                              出版年: 2024


                                                                                              背景

                                                                                              1: SmI2の特性と課題

                                                                                              SmI2は多用途な一電子還元剤

                                                                                              大きく柔軟な配位圏が選択性を可能に

                                                                                              通常化学量論量で使用される

                                                                                              Sm(III)-アルコキシド種の形成で反応が停止

                                                                                              触媒的再生が困難


                                                                                              2: 既存の再生方法と問題点

                                                                                              従来法:ハロシラン、低原子価金属、電気化学的手法

                                                                                              問題点:過酷な条件、副生成物の生成

                                                                                              光駆動戦略が未開拓

                                                                                              内圏還元剤としてのSmI2(L)nの化学との互換性が課題


                                                                                              3: 研究目的

                                                                                              光化学的手法によるSmI2再生法の開発

                                                                                              SmI3およびSm(III)-アルコキシドからのSmI2生成

                                                                                              添加物存在下でのSm(II)種生成の実現

                                                                                              光駆動Sm触媒反応への応用


                                                                                              方法

                                                                                              1: 光還元アプローチ

                                                                                              ハンチュ(Hantzsch)エステル(HEH2)を光還元剤として使用

                                                                                              [Ir(dtbbpy)(ppy)2]+ を光触媒として使用

                                                                                              UV-vis分光法によるSmI2生成のモニタリング

                                                                                              サイクリックボルタンメトリーによる電気化学的特性評価


                                                                                              2: SmI3からのSmI2生成

                                                                                              SmI3、HEH2、2,6-ルチジン塩基の混合物を調製

                                                                                              440 nmの光照射

                                                                                              UV-visスペクトルによるSmI2特性ピークの観察

                                                                                              塩基の有無による影響の比較


                                                                                              3: Sm(OiPr)3からのSmI2生成

                                                                                              Sm(OiPr)3、テトラ-n-ヘプチルアンモニウムヨウ化物、HEH2の混合

                                                                                              酸(HTFSI)の添加

                                                                                              440 nmの光照射

                                                                                              UV-visおよびCVによる生成物の分析


                                                                                              結果

                                                                                              1: SmI3からのSmI2生成結果

                                                                                              HEH2とルチジン存在下で、SmI2特性ピーク(555 nm, 618 nm)を観察

                                                                                              最大収率約25%

                                                                                              塩基なしでは反応進行せず

                                                                                              [Ir3+]触媒使用で80%変換(2分)を達成


                                                                                              2: Sm(OiPr)3からのSmI2生成結果

                                                                                              酸添加により光照射下でSmI2生成を確認

                                                                                              CV研究により、酸添加でのSm種の還元電位変化を観察

                                                                                              [Ir3+]触媒使用で30%変換(2分)を達成


                                                                                              3: 添加物存在下でのSm(II)生成結果

                                                                                              プロトン性、キラル、ルイス塩基性添加物存在下でSm(II)生成可能

                                                                                              より還元力の強い光触媒 2,4,6-tris(diphenylamino)-3,5-difluorobenzonitrile (3DPA2FBN)使用でSmBr2、Sm(HMPA)42+生成


                                                                                              考察

                                                                                              1: 光還元メカニズム

                                                                                              HEH2の光励起による直接還元

                                                                                              [Ir3+]触媒を用いた還元的消光

                                                                                              プロトン移動を伴う電子移動(PCET)の可能性

                                                                                              添加物の役割:配位子効果、プロトン源


                                                                                              2: 従来法との比較

                                                                                              ルイス酸性金属添加物や副生成物なしで進行

                                                                                              多様な配位子との互換性

                                                                                              光駆動による穏和な条件下での反応


                                                                                              3: 応用可能性

                                                                                              ケトン-アクリレートカップリング反応への適用

                                                                                              光駆動Sm触媒反応の実現

                                                                                              異なる基質ペアでの反応性の違い


                                                                                              4: 研究の限界点

                                                                                              光還元の量子収率や効率に関する詳細な検討が必要

                                                                                              基質適用範囲の更なる拡大が課題

                                                                                              反応メカニズムの詳細な解明が今後の課題


                                                                                              結論

                                                                                              光駆動によるSm(III)からSm(II)への還元を実現

                                                                                              添加物存在下でのSm(II)種生成を可能に

                                                                                              光駆動Sm触媒反応の実証


                                                                                              将来の展望

                                                                                              Sm触媒の新たな応用可能性を開拓

                                                                                              2024年9月24日火曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0137~

                                                                                              論文のタイトル: Taming the Lewis Superacidity of Non-Planar Boranes: CH Bond Activation and Non-Classical Binding Modes at Boron(非平面ボランの超ルイス酸性の制御:C-H結合活性化と非古典的結合様式)

                                                                                              著者:Arnaud Osi, Damien Mahaut, Dr. Nikolay Tumanov, Dr. Luca Fusaro, Prof. Dr. Johan Wouters, Prof. Dr. Benoît Champagne, Dr. Aurélien Chardon, Prof. Dr. Guillaume Berionni

                                                                                              雑誌: Angewandte Chemie International Edition

                                                                                              巻: 61, e202112342

                                                                                              出版年: 2022


                                                                                              背景

                                                                                              1: ルイス酸の基礎

                                                                                              ルイス酸は電子対受容体として定義される

                                                                                              ボランは中性の三配位ボロン化合物

                                                                                              フラストレートルイスペア(FLP)の発見で注目を集める

                                                                                              非平面ボランは小分子活性化や新しい結合様式の可能性がある


                                                                                              2: 非平面ボランの課題

                                                                                              9-ボラトリプチセンは凝縮相で非常に不安定

                                                                                              弱いルイス塩基や弱い配位アニオンとの付加体としてのみ観察可能

                                                                                              強い共有結合の活性化や合成への応用は未探索


                                                                                              3: 研究の目的

                                                                                              非平面ボロンルイス超酸の合理的設計

                                                                                              特異な構造と反応性を持つ化合物の開発

                                                                                              非古典的な電子不足B-H-B結合の形成

                                                                                              強いC-H結合やC-Si結合の活性化の実現


                                                                                              方法

                                                                                              1: 化合物の合成

                                                                                              10-メシチル-9-スルホニウム-10-ボラトリプチセン3の合成

                                                                                              超強酸HCTf3を用いたB-C結合開裂によるトリフリド錯体4の生成

                                                                                              ヒドリド転移反応によるボロヒドリド5の合成


                                                                                              2: 構造解析

                                                                                              X線結晶構造解析による分子構造の決定

                                                                                              NMR分光法による溶液中の構造解析

                                                                                              自然結合軌道(NBO)解析による電子構造の調査


                                                                                              3: 反応性の評価

                                                                                              ルイス酸性度の測定(Gutmann-Becketテスト、赤外分光法)

                                                                                              フッ化物イオン親和性(FIA)の計算

                                                                                              様々な基質との反応性の調査(ベンゼン、トルエン、シランなど)


                                                                                              結果

                                                                                              1: 非古典的B-H-B結合の形成

                                                                                              化合物6の生成:2つの9-スルホニウム-10-ボラトリプチセン単位がH-で連結

                                                                                              B-H-B角度:168.0(3)°とほぼ直線的

                                                                                              B-H結合長:1.293(4) Åと通常のB-H結合より13%長い


                                                                                              2: 高いルイス酸性

                                                                                              Gutmann-Becketテスト:δ = 81.2 ppm(31P NMR)

                                                                                              気相FIA:854 kJ mol-1(B(C6F5)3の466 kJ mol-1を大きく上回る)

                                                                                              主要な陽イオン性ルイス酸と同等以上のFIA値


                                                                                              3: C-H結合活性化

                                                                                              非活性化芳香族C-H結合の活性化(ベンゼン、トルエン、キシレンなど)

                                                                                              選択的なCsp3-H結合活性化(2-ジメチルアミノメシチレン)

                                                                                              Csp3-Si結合の選択的開裂(Ph-SiMe3、(Me3Si)3SiH)


                                                                                              考察

                                                                                              1: 非古典的B-H-B結合の意義

                                                                                              電子不足な3中心2電子結合の形成

                                                                                              カルベニウムイオンやシリリウムイオンとの類似性

                                                                                              高い安定性:HClやHNTf2による反応性なし


                                                                                              2: 超ルイス酸性の起源

                                                                                              非平面構造によるボロン原子の高い電子不足性

                                                                                              スルホニウムリンカーの強い電子吸引性

                                                                                              ピラミッド化による構造再編成エネルギーの最小化


                                                                                              3: C-H結合活性化の特徴

                                                                                              非活性化芳香族C-H結合の金属フリー活性化

                                                                                              立体障害に敏感な選択性

                                                                                              プロトデボロン化による触媒サイクルの可能性


                                                                                              4: 研究の限界

                                                                                              化合物の不安定性と取り扱いの難しさ

                                                                                              触媒的C-H官能基化の未達成

                                                                                              反応機構の詳細な解明が必要


                                                                                              結論

                                                                                              非平面ボロンルイス超酸の合理的設計と合成に成功

                                                                                              非古典的B-H-B結合の形成と特性解明

                                                                                              非活性C-H結合とC-Si結合の活性化を実現

                                                                                              遷移金属様の反応性を示す典型元素化合物の可能性


                                                                                              将来の展望

                                                                                              触媒的C-H官能基化反応の開発

                                                                                              2024年7月22日月曜日

                                                                                              有機典型元素化学〜その4〜:pKaと脱離能

                                                                                               その2,3にて概説した求核性に影響を与える多数の要因と比較して、脱離基の有効性ははるかに簡単に予測可能です。このご時世ですから、『ブレンステッド塩基が弱いほど、より良い脱離基が形成される。』と覚えておけば、あとは調べればなんとかなるでしょう。具体的な手順としては、単純に、脱離基の共役酸のpKaを調べるだけで、その脱離能力を正確に把握できます。一般的な反応の多くを考える範囲では、以下のpKaの表はその目的のために十分によく役立ちます。


                                                                                              最良の脱離基は最も強い酸の共役塩基であることを覚えておきましょう。すなわち、ヨウ化物と臭化物は有機化学において優れたよく利用される脱離基です。最悪の脱離基は、アミド、水素化物、アルキルアニオンなどの非常に強い塩基です。水酸化物およびアルコキシド (RO-) も有機化学では貧弱な脱離基です。好例なのは、ウィリアムソン エーテル合成でしょう。
                                                                                              CH3O- + CH3I -> CH3OCH3 + I-
                                                                                              すべての素反応と同様、この反応は原則として可逆的ですが、その逆反応(I-によるCH3O-の置換)は、あらゆる条件で起こることはありません。
                                                                                              有機化学に特に言及して、さらにいくつかの反応を見ていきましょう。
                                                                                              フッ化物とシアン化物は、pKaの値で示唆されるよりもはるかに悪い脱離基です。教科書的には、これは C-F および C-CN 結合の強さを反映していると説明されることがありますが、この辺りの話はまた別途記事を作成できればと思います。
                                                                                              スルホネート類は、スルホン酸のpKa値で示唆されるよりも優れた脱離基です。アレーンスルホン酸塩 (ArSO3-)、 特にp-トルエンスルホン酸塩(トシレート: TsO-)、トシル酸アルキルは対応するアルコール類から容易に調製できるため、有機化学では一般的な脱離基です。さらに優れたスルホネートベースの脱離基として、トリフルオロメタンスルホン酸アニオン(トリフレート: TfO-)が開発され、今日では多くの反応で利用されています。

                                                                                              多くの学生が有機化学を初めて学ぶ際に苦労するのは、ヨウ化物イオンが優れた求核剤であると同時に優れた脱離基であるという事実だと思います。対照的に、アルコキシドイオン(RO-) は優れた求核剤ですが、脱離基としては不十分です。

                                                                                              この違いは何に起因するのでしょうか?その理由を探っていきます。

                                                                                              この難題に対する解決策は、求核試薬と脱離基は両方ともルイス塩基であるにもかかわらず、それらの有効性を制御する非常に異なる要因があるということです。
                                                                                              ヨウ化物の求核性は主にその分極率またはHSAB則でいうところの柔らかいことに起因します。アルコキシドイオンの求核性は、O-とCδ+間の硬いもの同士の相互作用と、その結果生じるC-O結合の強さによるところが大きいです。
                                                                                              一方、脱離基の有効性とそのブレンステッド塩基性の間には明らかな逆相関があります。したがって、ヨウ化物は非常に弱い塩基であるため、優れた脱離基になります。アルコキシドアニオンは強塩基であるため、脱離基としては優れていません。
                                                                                              プロトン化は脱離基の有効性を大幅に高めます。例えば、臭化物アニオン自体は、例えばNaBrの形で、アルコール(有機化学では脱離基として悪名高いOH-)とは反応しません。
                                                                                              Br- + RCOH -X-> RCBr + HO-
                                                                                              その一方で、濃 HBr による OH 基のプロトン化により、以下に示すように、はるかに優れた脱離基である水の脱離が可能になります。 
                                                                                              Br- + RCOH2+ -> RCBr + H2O
                                                                                              したがって、濃HBrは、単純なアルコールを対応する臭化アルキルに変換するのに適した試薬です(※分子内に酸を受け取る他のブレンステッド塩基として働く官能基が存在しないと仮定する場合に限る)。

                                                                                              以上の脱離基についての概念は、かなり「有機中心」の見解を提示しているという点に注意してください。現在、そこに触れる別の記事を作成中ですが、注意点として、求電子中心が炭素でない場合には、他のさまざまな要因が作用して一筋縄でいかなくなる点でしょう。逆に、そこが有機典型元素化学の醍醐味であり、今後、普遍的なルールを探求する価値のあるところとも感じています。
                                                                                              求電子中心が炭素でない場合に影響を及ぼす要因の中で最も重要なのは、電気陰性元素間の単結合は通常弱く、容易に切断されるという事実です。有機化学とは異なり、水酸化物アニオンは ROOH 形式の基質にとって適切な脱離基です。同様に、チオレート (RS-) は、有機化学では絶望的に貧弱な脱離基ですが、二価の硫黄原子の環は求核試薬によって容易に分解され、中間体として脱離基 (S-) を残します。

                                                                                              2024年5月4日土曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0016~

                                                                                              論文のタイトル: Inorganic Triphenylphosphine

                                                                                              著者: Adam D. Gorman, Jonathan A. Bailey, Natalie Fey, Tom A. Young, Hazel A. Sparkes, Paul G. Pringle

                                                                                              雑誌: Angewandte Chemie International Edition

                                                                                              巻: 57 巻

                                                                                              出版年: 2018


                                                                                              背景

                                                                                              1:  研究の背景

                                                                                              炭素-炭素 (CC) 結合と窒素-ホウ素 (BN) 結合は等電子的

                                                                                              BN化合物はCC化合物と類似した構造を持つが、一般的に反応性が高い

                                                                                              ボラジン (B3N3H6) は「無機ベンゼン」と呼ばれる代表的なBN化合物


                                                                                              2: 未解決の問題 

                                                                                              ボラジン誘導体の化学は未だ十分に解明されていない

                                                                                              リン原子を含むボラジン化合物は合成例がない  


                                                                                              3: 研究の目的

                                                                                              リン原子を含む最初の高分子量ボラジン化合物 tris(2-borazinyl)phosphine (PBaz3) の合成

                                                                                              PBaz3の構造と性質をトリフェニルホスフィン(PPh3) と比較


                                                                                              方法

                                                                                              1: 研究デザイン 

                                                                                              合成実験と物性解析


                                                                                              2: 合成方法

                                                                                              クロロボラジンと P(SiMe3)3 からPBaz3 を合成 

                                                                                              単離収率最大 97%


                                                                                              3: 分析手法  

                                                                                              NMR分光法 (31P, 11B, 1H)

                                                                                              X線結晶構造解析

                                                                                              理論計算 (DFT, DLPNO-CCSD(T))  


                                                                                              4: 物性評価

                                                                                              ルイス塩基性 (BH3との反応)  

                                                                                              酸化反応性 (H2O, ONMe3との反応)


                                                                                              結果

                                                                                              1: PBaz3とPPh3の構造比較

                                                                                              分子構造は類似しているが、P-B結合距離がP-C結合より長い

                                                                                              立体配座が大きく異なる


                                                                                              2: ルイス塩基性 

                                                                                              PBaz3とPPh3のルイス塩基性はほぼ同等

                                                                                              BH3との平衡定数から判断


                                                                                              3: 反応性の違い

                                                                                              PBaz3は水と定量的に反応してPH3を生成するが、PPh3は不活性

                                                                                              PBaz3はONMe3と反応してP(OBaz)3を与えるが、PPh3はそうならない


                                                                                              考察  

                                                                                              1: PBaz3とPPh3の構造の違い 

                                                                                              P-B結合はP-C結合よりも極性が高く、P周りの立体配座が変化する

                                                                                              計算化学的にP原子のlone pairの性質が異なることが示唆される


                                                                                              2: ルイス塩基性について

                                                                                              PBaz3とPPh3のlone pairのエネルギー準位は類似しているため、ルイス塩基性も同等  


                                                                                              3: 反応性の違いの起源

                                                                                              P-B結合は比較的強いが、生成物中のB-O結合がさらに強力であるため、反応が進行する


                                                                                              4: 先行研究との関係  

                                                                                              ボラジン誘導体の置換反応は付加-脱離機構で進行することが知られている

                                                                                              本研究結果はBN/CC化合物の反応性の違いを裏付ける


                                                                                              5: 限界点

                                                                                              PBaz3は極めて不安定で実用化は困難

                                                                                              より安定な単一ボラジニル置換体の開発が必要


                                                                                              結論

                                                                                              トリフェニルホスフィンの「無機版」PBaz3を初めて合成し、その構造と性質を解明した

                                                                                              PBaz3はPPh3とルイス塩基性は類似するが、酸化的付加反応性が顕著に異なる 

                                                                                              その差異は、強力なB-O結合の生成によるものと示唆された

                                                                                              本研究はBN/CC化合物の特性と反応性の違いを例証している


                                                                                              今後の展望

                                                                                              PBaz3よりも安定な類縁体の開発が望まれる

                                                                                              2024年5月2日木曜日

                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0012~

                                                                                              論文のタイトル: Nitrogen Lewis Acids

                                                                                              著者: Alla Pogoreltsev, Yuri Tulchinsky, Natalia Fridman, Mark Gandelman

                                                                                              雑誌: Journal of the American Chemical Society

                                                                                              巻: 139巻, 4062-4067ページ

                                                                                              出版年: 2017


                                                                                              背景

                                                                                              1: 研究の背景

                                                                                              ルイス酸は化学の基本概念で、様々な化学分野で不可欠な役割を果たしている

                                                                                              従来は主にホウ素、アルミニウム、リン、スズ、アンチモンなどの元素を中心としたルイス酸が知られている


                                                                                              2: 未解決の問題点

                                                                                              窒素原子を中心としたルイス酸はこれまでほとんど知られていなかった

                                                                                              既存の電子不足窒素化合物はルイス塩基との安定な付加体を形成しない


                                                                                              3: 本研究の目的

                                                                                              安定で立体化学的に修飾可能な窒素ルイス酸の開発

                                                                                              窒素ルイス酸とルイス塩基との安定な付加体の形成と構造決定


                                                                                              方法

                                                                                              1: 研究デザイン

                                                                                              トリアゾリウム塩およびトリアジニウム塩の合成

                                                                                              これらの窒素ルイス酸とリン系および炭素系ルイス塩基との反応


                                                                                              2: 構造解析 

                                                                                              NMR分光分析による生成物の同定

                                                                                              単結晶X線構造解析による分子構造決定


                                                                                              3: 理論計算

                                                                                              DFT計算による反応性と構造の解析

                                                                                              ルイス酸性発現の理論的根拠の検討


                                                                                              結果

                                                                                              1: 窒素ルイス酸の発見

                                                                                              トリアゾリウム塩およびトリアジニウム塩がルイス塩基と安定な付加体を形成

                                                                                              付加体の構造がNMRおよびX線で決定された


                                                                                              2: 新規環状化合物の合成

                                                                                              付加体の一部が分子内環化して新規の三級飽和窒素化合物(トリアザン)を与えた


                                                                                              3: 理論計算による反応性解析  

                                                                                              DFT計算により、π共役系の増大とともにルイス酸性が増大することが示された

                                                                                              中心窒素の空のπ軌道がルイス酸性発現の起源であることが支持された


                                                                                              考察

                                                                                              1: 窒素ルイス酸の特徴

                                                                                              従来の典型元素ルイス酸に並ぶ新規なルイス酸の発見

                                                                                              幅広い修飾が可能で、ルイス酸性が電子的に調節可能


                                                                                              2: 環状トリアザンの特性

                                                                                              新規な三級飽和窒素化合物で、特異な構造と反応性が期待される


                                                                                              3: 計算化学的考察

                                                                                              中心窒素のπ軌道のエネルギー準位がルイス酸性を決定する重要な因子

                                                                                              六員環化合物の方が五員環より大きな歪みを受けやすく、より安定な付加体形成に寄与


                                                                                              4: 限界点

                                                                                              トリアゾリウム環開環の機構など、一部の反応経路が未解明

                                                                                              より幅広いルイス塩基との反応性評価が必要


                                                                                              結論

                                                                                              窒素を中心とする新規なルイス酸系が開発された

                                                                                              新奇の三級飽和窒素化合物(トリアザン)の合成に成功した


                                                                                              将来の展望

                                                                                              新規化合物群として、さらなる探索が必要

                                                                                              本研究は、ルイス酸化学の新たな方向性を拓く可能性がある

                                                                                              窒素ルイス酸の触媒反応や超分子化学への応用が期待される

                                                                                              2017年2月6日月曜日

                                                                                              有機典型元素化学〜その3〜:HSAB則


                                                                                               その2で述べた求核性に影響を及ぼすいくつかの要因は、ルイス酸と塩基の硬さと軟らかさの概念(HSAB則)に簡潔にまとめられています。 HSABのコンセプトは、50年以上前にRalph Pearsonによって導入され、続いてPearsonとParrらによって確固たる理論的基礎が確立されました。硬い酸および塩基は、比較的非極性であり、正または負の比較的高い表面電荷密度を有します。軟らかい酸および塩基は、比較的分極性であり、正または負の低い表面電荷密度を有します。言うまでもなく、どっちつかずの場合がたくさんあります。高い表面電荷密度(硬さ)は、高い形式電荷(FC)、正または負、および小さい原子/イオンサイズから一般的に決まり、逆は、低い表面電荷密度(軟わらかさ)に当てはまります。硬いおよび軟わらかい酸および塩基の例を以下に示します。



                                                                                               硬さと軟らかさの概念の有用性は、軟らかい塩基が軟らかい酸とより速く反応してより強い結合を形成し、硬い塩基が硬い酸とより速く反応してより強い結合を形成するというHSABの原理から分かります。この原理により、膨大な量の化学を合理化することができます。
                                                                                               HSABの概念は、求核性の理解を容易にします。より軟らかい塩基は、より良い求核剤になることが多い。 例えば、ホスフィンは、より硬いその類縁体であるアミンよりも一般的に良い求核剤であり、一方、硫黄化合物は、それらの酸素類似体よりも良い求核剤である。
                                                                                               HSAB則の最良の例のいくつかは、いわゆる配位子交換反応やメタセシス反応です。すなわち、メタセシス反応がどの方向に進行するかどうかが分かります。
                                                                                              具体的には、

                                                                                              SeCl2 + 2(CH3)3SiBr → SeBr2 +2(CH3)3SiCl

                                                                                              上式では、SeはSiはよりも軟らかいルイス酸であり、臭素アニオンは塩素アニオンよりも軟らかいルイス塩基であるので、SeとBrが結合し、SiとClが結合していなければなりません。

                                                                                              PCl3 + AsF3 → PF3 + AsCl3

                                                                                              第2の例では、AsはPよりも軟らかいルイス酸中心であり、塩素アニオンはフッ素アニオンより軟らかいルイス塩基になります。すなわち、これらの配位子交換反応はHSAB則と一致しています。








                                                                                              2017年1月21日土曜日

                                                                                              有機典型元素化学〜その2〜:求核性と求電子性

                                                                                               天然に存在する有機化合物の多くは,炭素,水素,酸素,窒素を含むにすぎません。硫黄やハロゲンなどを含むものがありますが,これらは周期表全体からみると,ごく一部の元素にすぎません。一方,人類が取り扱うことのできる元素には遷移元素を除いても多数の典型元素があり,これらの多くは人工的に有機化合物に構成元素として導入することができます。典型元素は種類が多く,かつ多様な原子価をとりますが,反応機構を考える際には,有機合成化学のように電子対(不対電子)の動きを示す波状の矢印を使ってもうまく機能します。なので,有機化学の教科書のように求核剤や求電子剤といった概念を典型元素に当てはめて考えていきたいと思います。


                                                                                               求核性および求電子性は、それぞれルイス塩基性およびルイス酸性に密接に関係しています。すなわち,求核剤はルイス塩基(電子対供与体)であり、求電子剤はルイス酸(電子対受容体)です。

                                                                                               ここで注意すべき点は,あくまで『ルイス』塩基性と密接に関係しているということです。求核性は求核攻撃の速度で測定されるので、速度論的概念です。 一方、塩基性は、プロトン化(またはルイス酸との会合)の平衡定数の観点から測定されるため、熱力学的概念です。もう一つの違いは、ブレンステッド塩基性はプロトンの熱力学的性質を指しますが、有機化学における求核性は、典型的には炭素中心への攻撃速度を指すことです。




                                                                                               ここからは,具体例を挙げながら説明していきます。まず,求核剤の傾向について箇条書きで述べます。

                                                                                              ・アニオンは、関連する中性分子よりも良好な求核剤である。
                                                                                              RO– > ROH; RS– > R2S; NH2– > NH3

                                                                                              ・類似の化学種においては,周期表の右側ヘ行くほど求核性は減少する。
                                                                                              これは,より電気的に陰性の元素は電子を強く引きつけるためです。
                                                                                              NH3 > H2O; R3P > R2S

                                                                                              ・同族元素内では下の元素ほど求核性が増加する。
                                                                                              これは,より大きい原子は電気陰性度がより低く、それらから誘導されたアニオンはより分極しているためです。
                                                                                              PR3 > NR3; PhSe– > PhS– > PhO–


                                                                                              電気陰性度と大きさ(原子半径)の2つが求核性の重要な決定要因であることを覚えておけば,2つの原子の性質が周期表の左右でどのように異なるかを考えるために有用です。以下にポーリングの電気陰性度と,sブロックとpブロックの原子半径を示しています。当然のことですが,電気陰性度は、周期表の周期(Period)内で左から右へ行くほど増加し、族(group)内で下ヘ行くほど減少します。 原子半径は、周期表の周期(Period)内で左から右に縮小し、族(group)内で下ヘ行くほど大きくなります。


                                                                                               このような背景に反して、ハライドアニオンの相対的求核性は幾分謎めいています。溶媒としてメタノールを用いるSwain–Scottの求核性での順序は次のとおりです。
                                                                                              I– >Br– >Cl– >F– 
                                                                                              他のプロトン性溶媒でも同じ順序が見られます。 これは、分極率に基づいて予想される順序でもあり,より大きな分極率のアニオンは最も求核性が高いはずです。 非プロトン性極性溶媒(例えば、DMSO、DMF、THFなど)では、相対速度は完全に逆転します。
                                                                                              F– ≫Cl– >Br– >I–    
                                                                                              この顕著な逆転は、水素結合または非プロトン性溶媒中での水素結合の有無によるものです。
                                                                                               強力な水素結合受容体として、フルオライドはプロトン性溶媒中では弱い求核剤であることは明らかである。 最悪の水素結合受容体としてのヨウ化物は、プロトン性溶媒中ではるかに活性な求核剤である。 すなわち,溶媒との水素結合相互作用がない場合(脱水非プロトン性極性溶媒の場合である、フルオライドは最も強い求核剤である。重要な点として、「裸の」フッ化物イオンの高い求核性は、C-F結合の強さに起因している可能性があることです。 SN2遷移状態は、入ってくる求核剤と炭素との間の結合形成を含むので、その結合の強さは求核性の重要な決定因子です。