論文のタイトル: Utilizing the Perfluoronaphthalene Radical Cation as a Selective Deelectronator to Access a Variety of Strongly Oxidizing Reactive Cations(強力な酸化性反応性カチオンにアクセスするための選択的脱電子剤としてのパーフルオロナフタレンラジカルカチオンの活用)
著者: MSc. Malte Sellin, MSc. Julie Willrett, MSc. David Röhner, MSc. Tim Heizmann, BSc. Julia Fischer, BSc. Matthis Seiler, BSc. Celia Holzmann, Dr. Tobias A. Engesser, Dr. Valentin Radtke, Prof. Dr. Ingo Krossing*
雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
巻: Volume63, Issue34, e202406742
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202406742
背景
1: 脱電子反応の重要性
- 脱電子反応(一電子酸化)は、最も基本的な化学反応の一つです。
- しかし、複雑な基質の選択的な脱電子反応を実現するには、高度な実験条件が必要となります。
- これは、中性またはカチオン性基質の脱電子反応には、生成される系と適合するアニオンの導入が伴うためです。
2: 従来の脱電子剤の課題
- 従来の脱電子剤は、ニトロソニウム、銀、マジックブルーカチオンなどが用いられてきました。
- しかし、これらの脱電子剤は、電子移動以外の望ましくない反応性を示すことが課題でした。
- 特にニトロソニウムや銀カチオンは、ルイス塩基性基質との反応において、副反応を引き起こす可能性があります。
3: 本研究の目的
- 本研究では、強力かつ選択的な脱電子剤を開発することを目的としました。
- 具体的には、市販のパーフルオロナフタレン (naphthaleneF) のラジカルカチオンを利用します。
- これにより、高電位での脱電子反応が可能になり、多様な反応性カチオンの合成が期待されます。
方法
1: 脱電子剤の合成
- パーフルオロナフタレン (naphthaleneF) を [NO]+[F{Al(ORF)3}2]‐ と固相反応させることで、[naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ を合成しました。
- この反応は、[NO]+ 塩の固体状態での高い電位と、溶液の均一性を利用した、新規な合成法です。
- 反応は、ヘキサフルオロベンゼン (6FB) 溶媒中で、溶媒をゆっくりと蒸発させることで進行します。
2: 選択的脱電子反応
- 合成した [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ を用いて、様々なモデル基質との脱電子反応を行いました。
- これには、アレーン、銅粉末、白リン、鉄(II)ビス(ヒドリドトリス(ピラゾリル)ボレート)(Fe(sc)2)、フェロセン、タングステンヘキサカルボニルが含まれます。
- これらの基質は、有機分子、バルク金属、非金属元素、有機金属化合物、配位化合物など、多様な化学種を代表するものです。
3: 生成物の分析
- 脱電子反応によって生成したカチオンを、様々な分光法を用いて分析しました。
- 赤外分光法 (IR) 、核磁気共鳴分光法 (NMR) 、単結晶X線構造解析 (scXRD) を用いて、生成物の構造や電子状態を明らかにしました。
- また、サイクリックボルタンメトリーを用いて、脱電子反応の電位を測定しました。
結果
1: 固相脱電子反応の成功
- [NO]+[F{Al(ORF)3}2]‐ と naphthaleneF の固相反応により、 [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ が生成することを確認しました。
- この反応は、カウンターイオンのサイズが反応の成否に大きく影響することを示しています。
- 大きな WCA [F{Al(ORF)3}2]‐ を用いることで、格子エネルギーの低下が抑制され、反応が進行しやすくなります。
2: 多様なカチオンの生成
- [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ は、様々な基質から選択的に電子を引き抜くことがわかりました。
- 例えば、タングステンヘキサカルボニルから [W(CO)6]+・、銅粉末から [CuF{Al(ORF)3}2]、白リンから [P9]+ カチオンが生成しました。
- また、フェロセン誘導体からは [Fc(CO)]2+、鉄(II)ビス(ヒドリドトリス(ピラゾリル)ボレート)錯体からは [Fe(sc)2]2+ が生成しました。
3: アセンジカチオンの生成と構造
- [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ を用いて、ペンタセンとテトラセンのジカチオンを生成することに成功しました。
- これらのジカチオンは、溶液中では不安定であることが知られていますが、本研究では 5FB 溶液から結晶化し、構造解析を行いました。
- 特に、ペンタセンジカチオンの固体状態構造は、これが初めての報告例となります。
考察
1: [naphthaleneF]+・ の脱電子能
- [naphthaleneF]+・ は、4FB 溶液中で +2.00 V vs. Fc+/0 の電位を持ち、強力な酸化剤である ReF6 に匹敵する脱電子能を示します。
- 固体状態では、カウンターイオン [F{Al(ORF)3}2]‐ の大きなサイズにより、擬似気相条件が実現され、[NO]+ カチオンの電位が +2.34 V vs. Fc+/0 にまで上昇します。
- さらに、naphthaleneF との固相反応では、発生する NO ガスが系外に除去されることで、反応が生成物側にシフトし、[naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ の固体状態電位は +2.41 V vs. Fc+/0 に達します。
2: 選択性の要因
- [naphthaleneF]+・は、高電位でありながら、高い選択性を示します。
- これは、[F{Al(ORF)3}2]‐ アニオンの弱配位性と、フルオロベンゼン系溶媒の不活性な性質によるものと考えられます。
- これらの条件により、副反応が抑制され、目的とする脱電子反応が選択的に進行します。
3: 溶媒効果の影響
- フェロセンの2回目の脱電子反応の電位は、溶媒によって大きく異なることがわかりました。
- 4FB 溶媒中では、2回目の脱電子波は観測されませんでしたが、SO2 溶媒中では +1.71 V vs. Fc+/0 で観測されます。
- これは、SO2 が 4FB よりも強い溶媒和効果を持つため、カチオンの安定化に寄与しているためと考えられます。
本研究の限界
- アントラセンジカチオンのように、生成したカチオン自身が反応してしまう場合には、本手法では目的物を単離することができません。
- アントラセンの場合、Scholl 型反応により、主にプロトン化アントラセンが生成してしまいます。
- 本手法は、本質的に安定なカチオンの合成に有効ですが、不安定なカチオンには適用が難しい場合があります。
結論
- 本研究では、強力かつ選択的な脱電子剤である [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2]‐ を開発し、その有用性を示しました。
- 本手法は、様々な高酸化性カチオンの合成に適用可能であり、新奇な化学種の創出に貢献することが期待されます。
将来の展望
- より不安定なカチオンを安定化できる条件を探索することで、本手法の適用範囲をさらに広げることが課題となります。
TAKE HOME QUIZ
1. [naphthaleneF]+ の脱電子能力は、他の試薬と比較してどの程度ですか? 具体例を挙げて説明してください。
- [naphthaleneF]+ は、非常に強力な脱電子剤*であり、電位は+2.00 V (溶液中) / +2.41 V (固体状態) vs. Fc+/0です。
- [NO]+ の電位は、4FB中では+1.52 V vs. Fc+/0。[naphthaleneF]+* は、[NO]+よりも約0.5 V高い脱電子能力を持ちます。
- ReF6(六フッ化レニウム)などの非常に強力な酸化剤に匹敵する電位を持ちますが、より扱いやすいです。
- [anthraceneHal]+ の電位は+1.42 V vs. Fc+/0*であり、[naphthaleneF]+*の方がより強力です。
- Connelly/Geigerの分類では、+0.8 Vを超える脱電子剤は「非常に強力」とされていますが、[naphthaleneF]+* はそれをはるかに上回ります。
- 例えば、タングステンヘキサカルボニル (W(CO)6) は、従来の酸化剤では脱電子が難しかったが、[naphthaleneF]+* によって容易に脱電子されます。
2. [naphthaleneF]+ の反応における選択性について、説明してください。
- [naphthaleneF]+* は、高い脱電子能力だけでなく、選択性も兼ね備えています。
- 例えば、タングステンヘキサカルボニルとの反応では、目的の脱電子反応のみが進行し、他の副反応は起こりにくいです。
- これは、[naphthaleneF]+* が特定の基質に対して優先的に反応するためです。
- 他の酸化剤では複数の反応経路が競合することがありますが、[naphthaleneF]+ はよりクリーンな反応を促進します。
3. 固体状態脱電子反応(SSD)において、カウンターイオンのサイズが反応に影響を与える理由を説明してください。
- SSD反応では、カウンターイオンのサイズが格子エネルギーに影響を与え、反応の熱力学に大きく影響します。
- [NO]+[SbF6]‐ のような小さいカウンターイオンでは、格子エネルギーが大きく、脱電子反応のギブスエネルギー変化が大きくなります。
- 一方、[F{Al(ORF)3}2]‐ のような非常に大きなカウンターイオンの場合、格子エネルギーの減少が小さく、反応がエネルギー的に有利になります。
- [NO]+[F{Al(ORF)3}2]‐ は、より小さいイオンと比較して非常に高い固体状態電位(+2.34 V vs Fc+/0) を持ち、[naphthaleneF]+ の生成を促進します。
4. [naphthaleneF]+[F{Al(ORF)3}2]‐ を用いた反応における、溶媒の役割は何ですか?
- 溶媒は、高電位での脱電子プロセスに耐えることができる必要があり、不活性で弱い配位性であることが重要です。
- 4FBや5FBなどの高度にフッ素化されたベンゼン誘導体は、この要件を満たす適切な溶媒です。
- これらの溶媒は、高い溶媒電位限界を持ち、反応性カチオンの安定化に役立ちます。
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