2025年1月27日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0225~

論文のタイトル: π-Bond Dissociation Energies: C–C, C–N, and C–O(π結合解離エネルギー:C-C、C-N、およびC-O)

著者: Steven R. Kass*
雑誌名: The Journal of Organic Chemistry 
巻: Volume 89, Issue20, 15158–15163
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01925

背景

1: 研究の背景

  • 単結合、二重結合、三重結合の解離エネルギーは重要な指標である。
  • 特にσ結合の解離エネルギーは広く研究され、教科書にも記載されている。
  • しかし、π結合のエネルギーは直接測定が困難であり、学生や研究者はその決定方法や代表的な値に不慣れである。
  • この論文では、π結合のエネルギーの決定方法を説明し、代表的な値を示すことを目的とする。

2: 未解決の問題点と研究の目的

  • π結合の強度はσ結合より弱いと教わるが、具体的な値や測定方法があまり知られていない。
  • π結合の解離は分子フラグメントを生成しないため、直接的な測定が困難である。
  • 本研究の目的は、π結合エネルギーの決定方法を解説し、C-C、C-N、C-O結合の代表的な値を示すことである。
  • また、水素化熱とπ結合強度との関係についても議論する。

3: 研究の具体的な目的と期待される成果

  • π結合エネルギーの定義を明確化し、回転障壁やBensonの方法を用いた計算方法を示す。
  • Active Thermochemical Tables (ATcT)データベースや高レベル計算手法(Gaussian-3 (G3)とWeizmann-1 (W1))を用いて、π結合エネルギーを算出する。
  • C-C, C-N, C-O のπ結合エネルギーの代表的な値を提示することで、読者の理解を深める。
  • π結合強度と水素化熱の関係を明らかにする。

方法

1: 研究デザイン

  • 本研究は、実験データと計算データに基づいてπ結合エネルギーを決定する。
  • Bensonの定義に基づいて、連続するH-X結合の解離エネルギーの差からπ結合エネルギーを算出する。
  • 対称化合物だけでなく非対称化合物のπ結合エネルギーも考慮する。

2: データ収集方法

  • ATcTデータベースから熱力学的データ(結合解離エネルギー、生成熱)を取得する。
  • Gaussian 3 (G3) と Weizmann-1 (W1) 計算手法を用いて、π結合エネルギーを計算する。
  • G3とW1の計算値は良好な一致を示し、W1の値を主に提示する。

3: 評価項目と測定方法

  • π結合エネルギー (Eπ):二重結合または三重結合におけるπ結合の強度を測定する。
  • 結合解離エネルギー (BDE):共有結合をホモリシス切断するのに必要なエネルギーを測定する。
  • 水素化熱 (ΔH°Hd2):水素化反応で放出される熱エネルギーを測定する。

結果

1: C-C π結合エネルギー

  • エテンのC=C π結合エネルギーは、回転障壁から約65 kcal mol-1と決定された。
  • Bensonの方法からも65.2 kcal mol-1が得られ、W1計算値(65.4 kcal mol-1)とも一致する。
  • エチンのC≡C π結合エネルギーは75.0 kcal mol-1であり、エテンより強い。

2: C-N π結合エネルギー

  • メタンイミンのC=N π結合エネルギーは約62 kcal mol-1であり、エテンよりわずかに弱い。
  • シアン化水素(HCN)のC≡N π結合エネルギーは70.0 kcal mol-1であり、エチンに類似する。

3: C-O π結合エネルギー

  • カルボニル結合(C=O)のπ結合エネルギーはC-CやC-N結合よりも大幅に強く、ホルムアルデヒド(CH2O)で75.3 kcal mol-1である。
  • **カルボニル炭素の電荷(qC)**とπ結合エネルギーの間には直線的な相関がある。

考察

1: 主要な発見

  • C-CとC-Nのπ結合エネルギーは類似しているが、C-O π結合は大幅に強い
  • カルボニルのπ結合エネルギーは、置換基の電子効果によって大きく変化する
  • π結合の強さと水素化熱は必ずしも相関しない
  • エチンのπ結合はエテンより強いが、水素化熱は大きい。これは、生成するC-H結合の強さの違いによる。
  • 二重結合のπ結合エネルギーは、二つのπ結合の平均値で決定される
  • 1,2-プロパジエンのπ結合エネルギーは、共鳴安定化のためにエテンより弱い。

2: 先行研究との比較

  • 以前の研究でも、π結合の強度が議論されており、本研究の結果はそれらを支持する。
  • 回転障壁を用いた方法とBensonの方法は、同様のπ結合エネルギーを与える。
  • 分子軌道理論は、1,3-ブタジエンのπ結合が弱いことを説明する。

3: 研究の限界点

  • 本研究で示したπ結合エネルギーは、特定の定義(Bensonの方法)に基づいている
  • 非対称化合物のπ結合エネルギーの決定には、複数の経路が存在する可能性がある。
  • 使用した計算手法には一定の誤差が含まれている可能性があり、さらなる検証が必要である。

結論

    • 本研究では、C-C, C-N, C-O π結合エネルギーの代表的な値を提示し、その決定方法を解説した。
    • π結合の強さと水素化熱は異なる概念であることを強調した。
    • カルボニルπ結合の強さに対する置換基効果を明らかにした。

    将来の展望

            • より複雑な分子系におけるπ結合エネルギーの理解を進めることが重要。

            用語集

              • π結合: 原子軌道の側面からの重なりによって形成される化学結合。
              • σ結合: 原子軌道の正面からの重なりによって形成される化学結合。
              • 結合解離エネルギー (BDE): 共有結合を切断するために必要なエネルギー。
              • 水素化熱: 水素化反応で放出される熱エネルギー。
              • Active Thermochemical Tables (ATcT): 正確で信頼性の高い熱化学データを提供するデータベース。
              • Gaussian-3 (G3)とWeizmann-1 (W1): 高精度な量子化学計算手法。
              • Bensonの方法: 連続するH-X結合の解離エネルギーの差からπ結合エネルギーを求める方法。

              TAKE HOME QUIZ

              問題1: π結合の解離エネルギーを直接測定することが難しい理由は何ですか?

              解答: π結合の解離は、分子フラグメントを生成しないため、直接的な測定が困難です。π結合を切断しても、安定したラジカルやイオンが生成せず、非結合性の一重項ビラジカルという概念的な構造になるため、ポテンシャルエネルギー面上では観測可能な種ではありません。

              問題2: エテン(CH2=CH2)のC=C π結合エネルギーを求めるために、一般的に用いられる2つの方法を説明してください。

              解答:

              • 回転障壁法: エテンの二重結合の回転に必要な活性化エネルギーを利用する方法です。シス-トランス異性化の速度を測定し、アレニウスの式を用いることで、π結合エネルギーを算出します。この方法で得られる値は約65 kcal/molです。
              • Bensonの方法: エタンのC-H結合の解離エネルギー(BDE1)とエチルラジカルのβ炭素上のC-H結合の解離エネルギー(BDE2)の差から、π結合エネルギーを求める方法です。エテンの場合、BDE1 - BDE2 = 101.0 - 35.8 = 65.2 kcal/molとなります。

              問題3: エチンの(HC≡CH)のC≡C π結合エネルギーを算出するために、Bensonの方法をどのように適用しますか?

              解答: エチンの場合、エテンのC-H結合の解離エネルギー(BDE1)とビニルラジカルのC-H結合の解離エネルギー(BDE2)の差からπ結合エネルギーを求めます。BDE1 - BDE2 = 110.6 - 35.6 = 75.0 kcal/molとなります。

              問題4: 1,2-プロパジエン(アレン, CH2=C=CH2)のπ結合エネルギーを決定する際の、Bensonの方法における特別な考慮事項は何ですか?

              解答: 1,2-プロパジエンのような非対称化合物では、隣接するC-H結合が異なるため、複数の解離経路が存在します。そのため、Bensonの方法では、隣接原子に水素原子またはラジカル中心がある場合のH-X結合強度の差を使用します。具体的には、2つの異なる経路(BDE1-BDE2'とBDE1'-BDE2)の平均値を計算します。これにより、熱力学的量が経路に依存しないようにします。

              問題5: カルボニル基(C=O)のπ結合エネルギーは、一般的にC=CやC=Nのπ結合エネルギーと比較してどうですか?その理由を説明してください。

              解答: カルボニル基のπ結合エネルギーは、一般的にC=CやC=Nのπ結合エネルギーよりも強いです。これは、酸素原子が炭素や窒素原子よりも小さく、電気陰性度が高いため、C=O結合の距離が短く、p軌道の重なりが良くなるためです。また、静電的な引力もC=O結合を強くする要因となります。

              問題6: カルボニル炭素の電荷(qC)とπ結合エネルギー(Eπ)の間にはどのような関係がありますか?

              解答: カルボニル炭素の電荷(qC)とπ結合エネルギー(Eπ)の間には、直線的な相関があります。カルボニル炭素上の電荷が大きくなるにつれて、π結合エネルギーも増加します。これは、カルボニル基が持つ共鳴構造(共有結合性の二重結合と双極性の構造)によって説明されます。資料中の式では、Eπ (kcal mol−1) = 27.3 × qC + 57.4, r2 = 0.928という関係式で表されます。

              問題7: π結合エネルギーと水素化熱(ΔH°Hd2)の関係について説明してください。

              解答: π結合エネルギーと水素化熱は関連していますが、直接的な相関はありません。水素化反応では、π結合の切断に加えて、2つの新しいC-H結合が形成され、水素分子の結合解離エネルギーが失われます。そのため、水素化熱は、π結合の強度だけでなく、形成されるC-H結合の強さなどの要因にも影響されます。

              問題8: 二重結合を持つ炭素-窒素化合物(例:CH2=NH)のπ結合エネルギーは、対応する炭素-炭素化合物(例:CH2=CH2)と比較して、一般的にどうですか?

              解答: 二重結合を持つ炭素-窒素化合物(例:CH2=NH)のπ結合エネルギーは、対応する炭素-炭素化合物(例:CH2=CH2)と比較して、わずかに小さいですが、類似しています。具体的には、その差は1.4〜5.0 kcal/mol程度です。ただし、水素化熱は大きく異なります

              問題9: 三重結合を持つ窒素分子(N≡N)のπ結合エネルギーと、対応する炭素-炭素化合物(HC≡CH)のπ結合エネルギーは、どのように比較できますか?また、それらの水素化熱はどうですか?

              解答: 三重結合を持つ窒素分子(N≡N)のπ結合エネルギーは、対応する炭素-炭素化合物(HC≡CH)のπ結合エネルギーとほぼ同じです。しかし、水素化熱は大きく異なり、N≡Nは非常に大きな負の値(-47.8 kcal/mol)を示し、HC≡CHは正の値(42.1 kcal/mol)を示します。これは主に、関連するH-X結合の解離エネルギーの違いによるものです。

              0 件のコメント:

              コメントを投稿