Dr. Indrajit Ghoshのグループが光触媒に興味のあるポスドク募集中

2025年8月30日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0248~

論文のタイトル: Straightforward One-Pot Syntheses of Silylamides of Magnesium and Calcium via an In Situ Grignard Metalation MethodIn Situ Grignard 金属化法によるマグネシウムおよびカルシウムのシリルアミドの簡便なワンポット合成

著者: Sven Krieck, Philipp Schüler, Jan M. Peschel, Matthias Westerhausen*

雑誌名: SYNTHESIS
巻: Vol. 51, Issue 5, pages 1115-1122
出版年: 2019
DOI: https://doi.org/10.1055/s-0037-1610407

背景

1: 研究の背景となる既存の知見

  • カルシウムビス[ビス(トリメチルシリル)アミド] (Ca(HMDS)2) は、多様な化学反応において広く利用されている試薬です。
  • これらのプロセスには、この錯体への簡便かつ大規模なアクセスが不可欠です。
  • 特に、可溶性有機カルシウム錯体は、様々な用途で非常に必要とされています。
  • アルカリ土類金属であるカルシウムは、周期表における位置(アルカリ金属と初期遷移金属の間)から、高い電気陽性度や触媒活性など、有益な特性を示します。
  • さらに、カルシウムは毒性がなく、地球上に豊富に存在し、安価であるという利点があります。

2: 未解決の問題点

  • 従来の方法(トランスメタル化、メタセシス、直接金属化)には、深刻な欠点がありました。
  • トランスメタル化プロトコルは、前駆体有機金属化合物の準備、分離、蒸留を必要とします。
  • メタセシスアプローチでは、不純物(カリウム含有カルシウム錯体やハロゲン化物)の形成を避けるために正確な化学量論が必要でした。
  • (H)HMDSとカルシウムの直接金属化は非常に困難であり、金属蒸気合成やアンモニア飽和溶媒を用いた活性化が必要です。
  • これらの活性化されたカルシウムは、発火性があったり、反応が不十分で純粋な生成物の単離が困難であったりしました。
  • BiPh3の添加やジベンジルカルシウム、アリールカルシウム試薬を用いた加速化戦略も、別の有機金属前駆体を必要とするという欠点がありました。

3: 研究の具体的な目的と期待される成果

  • 本研究の目的は、有機金属前駆体の準備を必要としない、Ca(HMDS)2の簡便な合成戦略を開発することです。
  • この方法は、ビス(トリメチルシリル)アミドに限定されず、これまで知られていない他のカルシウムビス(アミド)の合成も可能にすることを目指します。
  • これにより、事前の複雑で時間のかかる準備(カルシウムの精製・活性化、カルシウム化試薬の準備など)なしに、マルチグラムスケールでの生産が可能になることを期待します。
  • 最終的には、環境に優しいこれらの試薬への容易なアクセスを可能にし、その幅広い利用を促進することを目指します。

方法

1: 研究デザインの概要

  • 本研究では、in situ Grignard 金属化法(iGMM)という合成手法を開発しました。
  • この方法は、マグネシウムとカルシウムのシリルアミドを簡便なワンポット合成で得ることを可能にします。
  • 基本的な手順は、THF中のカルシウム薄片とアミン類の混合物に、過剰のブロモエタンを室温で滴下することです。
  • これにより、第二級および第一級のトリアルキルシリル置換アミンとアニリンから、対応するカルシウムビス(アミド)をマルチグラムスケールで調製することができます。
  • マグネシウムの薄片を用いた場合も同様に機能し、ヘテロレプティックな錯体(Hauser塩基)が生成されます。

2: 反応条件と試薬

  • 市販のカルシウム粒状品と第一級または第二級アミンをTHF中で室温で混合しました。
  • その後、THFに溶解したブロモエタンを滴下し、穏やかな金属化反応を開始させました。
  • 反応混合物は、反応を完了させるためにさらに3時間撹拌されました。
  • より高い変換率を得るための推奨戦略は、ブロモエタンとカルシウムを1.5当量使用することです。
  • 全ての操作は、不活性な窒素雰囲気下で標準的なSchlenk技術を用いて実施されました。
  • 使用した基質は市販品であり、さらなる精製なしで使用されました。溶媒は乾燥・蒸留されてから使用されました。

3: 評価項目と測定方法

  • 反応の変換率は、EtOH/H2O中で加水分解後、H2SO4を用いた酸滴定により決定されました。
  • 化合物の純度は、主にNMR分光法(1H, 29Si, 13C{1H})により検証されました。
  • 錯体の特性は、NMRパラメーター(例えば、29Si核や 15N核の化学シフト、結合定数)を用いて詳細に分析されました。
  • 分子構造は、結合長と結合角(M-N, M-O, N-M-Nなど)を測定することで明らかにされ、金属のサイズや電気陰性度による傾向が評価されました。
  • IRスペクトルも記録され、化合物の同定に利用されました。

4: 代表的な合成詳細例

  • [(thf)2Ca(HMDS)2]の合成:
    • カルシウム(50 mmol, 1.1 equiv)、(H)HMDS(45.4 mmol, 1 equiv)、THF(45 mL)をSchlenkフラスコに入れました。
    • ブロモエタン(45.4 mmol, 1 equiv)をTHF(5 mL)に溶解し、適度なガス発生を観察しながら滴下しました。
    • スラリーを2時間撹拌後、ブロモエタン(26.8 mmol, 0.6 equiv)を追加し、さらに2時間室温で撹拌しました。
    • 溶媒を減圧下で除去し、残渣をn-ペンタン/THF混合物で再溶解し、濾過後、-40 °Cで保管することでハロゲン化物を含まない無色結晶として単離しました。
  • [(thf)2MgBr(HMDS)](Hauser塩基)の合成:
    • マグネシウム(40.4 mmol, 1.1 equiv)をTHF(45 mL)に懸濁させ、(H)HMDS(36.4 mmol)を加えました。
    • ブロモエタン(36.4 mmol, 1 equiv)を30分かけて滴下し、Hauser塩基の透明な淡黄色ストック溶液を得ました。

結果

1: iGMMの有効性

  • iGMMは、第二級および第一級のトリアルキルシリル置換アミンとアニリンから、カルシウムビス(アミド)をマルチグラムスケールで調製することを可能にしました。
  • 反応中、カルシウム薄片がゆっくりと溶解し、エタンの発生が観察されました。
  • Ca(HMDS)2と臭化カルシウム(CaBr2)が等モル量で生成され、平衡はホモレプティック化合物(Ca(HMDS)2)の生成に有利でした。
  • この手順はマグネシウム薄片を使用した場合も良好に機能しましたが、この場合、平衡はヘテロレプティック錯体であるHauser塩基[(thf)2Mg(HMDS)X]の側に完全にシフトしました。
  • ウルツ型カップリング反応との競合を防ぐため、カルシウムをわずかに過剰量(1.5当量)使用することが有効であることが示されました。

2: iGMMの一般性

  • 本研究で開発されたiGMMにより、アリール-(アニリド)およびトリアルキルシリル置換されたカルシウムアミドの合成が可能になりました。
  • 窒素原子上にトリメチルシリル基が一つ存在するアミンは、その嵩高さに関わらず、高い収率で円滑な反応が進行しました(例:iPr3SiNH2で86%、tBu(NH)TMSで92%、Ph3SiNH2で78%の変換率)。
  • アニリン類も同様の条件下でカルシウム化が可能でしたが(例:Ph2NHで43%)、収率は低く、より長い反応時間が必要でした。
  • 一方、ジアルキルアミンや第一級・第二級ホスファンは、ブロモエタン添加中にそれぞれアンモニウムブロミドやホスホニウムブロミドを形成するため、カルシウム化反応は進行しませんでした。

3: 生成物の特性

  • 本方法で調製されたCa(HMDS)2は、他の金属を含みませんが、溶液中には少量の臭化カルシウムが含まれています。
  • 臭化カルシウムはアルカンに不溶性であるため、再結晶により容易に除去することが可能です。
  • マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムのビス(トリメチルシリル)アミド錯体である[(thf)2M(HMDS)2]は、金属中心に歪んだ四面体配位圏を持つビス(thf)付加物を形成します。
  • 中心金属原子の電気陰性度が増加すると、29Si核の共鳴が負の超共役効果により高磁場シフトすることが特徴的なNMRパラメーターとして観察されました。
  • M–NおよびM–O結合長は金属の半径とともに増加し、N–M–N結合角はMgからBaへ向かうにつれて減少する傾向が確認されました。
  • HMDS配位子による反応性M–N結合の立体的な遮蔽により、これらの錯体は空気に対して中程度の感度しか示さず、単離された結晶性材料およびストック溶液は非常に耐久性があり、化学変換に利用できます。

考察

1: 主要な発見

  • 本研究で開発されたiGMMは、マグネシウムおよびカルシウムのシリルアミドを簡便なワンポット合成で提供する極めて貴重な手法です。
  • この方法は、これまでの合成法が抱えていた、複雑な前駆体の調製、正確な化学量論の要求、金属活性化の必要性といった深刻な欠点を克服しました。
  • 特に、マルチグラムスケールでのCa(HMDS)2の生産を可能にし、他の様々なカルシウムビス(アミド)の合成にも適用できます。
  • これにより、これらの環境に優しい試薬への容易なアクセスが実現され、その幅広い応用が期待されます。

2: 主要な発見の意味

  • iGMMは、アリール基またはトリアルキルシリル基が窒素原子に置換したカルシウムアミドの合成を可能にしました
  • この手法は、従来困難であった(H)HMDSとカルシウム薄片の直接金属化を、ブロモエタンの添加によりスムーズかつ穏やかに開始させることに成功しました。
  • カルシウム系の場合、異種核錯体である(HMDS)CaBrは観察されず、ホモレプティック化合物(Ca(HMDS)2)が優先的に生成されることが示されました。
  • 対照的に、マグネシウム薄片を使用した場合、Hauser塩基[(thf)2Mg(HMDS)X]の形成が有利であることが確認され、これは強力な金属化能力を持つ重要な試薬となります。

3: 先行研究との比較

  • Ca(HMDS)2とCaBr2が等モル量で生成され、平衡がホモレプティック化合物に有利であるという本研究の発見は、過去の研究と一致しています。
  • [(thf)2M(HMDS)2](M = Mg, Ca)錯体は、酸性化合物の金属化反応における貴重な合成中間体であることが示されています。
  • これらの錯体は、ホスファニド、チオラート、セレノラート、テルロラート、メタロセン、アルキニル錯体の合成にも利用されています。
  • さらに、Ca(HMDS)2は、不飽和化合物のヒドロアミノ化、カルボジイミドのヒドロアセチレン化、バイオポリマー(ポリラクチド)の合成など、多様な触媒的応用において有効なプレ触媒として機能します。

4: 先行研究との比較(詳細な点)

  • 従来の(H)HMDSの直接金属化は、活性化カルシウム金属(例えば、金属蒸気合成やアンモニア飽和溶媒)を必要とする非常に困難なプロセスでした。本研究のiGMMは、このような事前の活性化なしに反応を可能にすることで、この問題点を解決しています。
  • メタセシスアプローチでは、AHMDS(A = アルカリ金属)とCaI2の反応でカリウム汚染が生じ、再結晶による除去が必要でした。iGMMで得られるCa(HMDS)2は、他の金属を実質的に含まないという利点があります。
  • アリールハライドは活性化されたカルシウムとのみ反応し、活性化特性を示さないという先行研究の結果と一致して、ブロモベンゼンはiGMMでは活性化剤として機能しませんでした。
  • アルキルヨウ化物やブロミドを用いた活性化カルシウムの直接合成では、ウルツ型C-Cカップリング反応が優勢であり、脂肪族ヒドロカルビルカルシウムハライドは通常アクセスできませんでした。iGMMは、ブロモエタンを効果的な開始剤として用いることで、この問題に対処しています。

5: 研究の限界点

  • 等モル量のカルシウムとブロモエタンを用いた場合、エーテル開裂やウルツ型カップリング反応との競合により、変換率は43%に留まりました。
  • より大きなアルキル基を持つアルキルハライド(例:プロピルブロミド)を用いると、収率が著しく低下しました。
  • クロロアルカンでは、(H)HMDSのカルシウム化を開始することができませんでした。
  • ジアルキルアミン(例:Cy2NH)は、ブロモエタンの添加中に直ちにアンモニウムブロミドを形成し、カルシウム化反応を妨げました。
  • 同様の理由で、第一級および第二級ホスファンもこの反応条件下ではカルシウム化されず、ホスホニウムブロミドが形成されました。
  • 調製された[(thf)2Ca(HMDS)2]溶液は、臭化カルシウムの溶解度に応じて少量の臭化カルシウムを含有しています。

結論

          • 本研究は、in situ Grignard 金属化法(iGMM)という、マグネシウムおよびカルシウムのシリルアミドを簡便なワンポット合成で得るための戦略を提示しました。
          • この画期的な方法は、マルチグラムスケールで、高純度のCa(HMDS)2および新規なカルシウムビス(アミド)を、事前の金属活性化や有機金属前駆体の準備なしに合成することを可能にしました。
          • 特に、アリール-およびトリアルキルシリル置換されたカルシウムアミドが高い収率で得られることが実証されました。
          • マグネシウムの場合、Hauser塩基と呼ばれる重要なヘテロレプティックアミドマグネシウムブロミド溶液への容易なアクセスも提供します。

          将来の展望

                                    • これらの合成が容易になった環境に優しい試薬は、材料科学、配位子移動、金属化試薬、ヒドロ機能化反応の触媒、重合開始剤など、多様な化学反応においてその用途をさらに拡大していくことが期待されます。

                                    TAKE HOME QUIZ

                                      Q1: Ca(HMDS)2 はなぜ重要な試薬として広く利用されているのですか?その用途の具体例を2つ挙げてください。

                                      Q2: 従来の Ca(HMDS)2 合成方法には、どのような深刻な欠点がありましたか?2つ以上挙げてください。

                                      Q3: 「in situ グリニャール金属化法 (iGMM)」を用いた Ca(HMDS)2 の合成について、以下の点を説明してください。

                                      1. 主要な反応物(Starting Materials)
                                      2. 反応条件
                                      3. カルシウムとマグネシウムを用いた場合の反応生成物の違い

                                      Q4: iGMMは、どのような種類のアミンのカルシウムビス(アミド)合成に適していますか?また、どの種類のアミンには適していませんか?

                                      Q5: [(thf)2M(HMDS)2] 錯体の物理的特性について、NMRデータと分子構造の観点から説明してください。

                                      解答

                                      1. Ca(HMDS)2 は、様々な化学量論的および触媒的応用において広く使用されている試薬だからです。このアルカリ土類金属の非毒性、地球上での豊富さ、安価な性質が利点として挙げられます。 具体的な用途例:

                                        • 酸性化合物の金属化反応における貴重な合成素として利用されます。初期の反応性研究では、ホスファニド、チオラート、セレンラート、テリルラート、メタロセン、アルキニル錯体などの合成例が含まれます。また、最近ではアミジナートの合成や水素化カルシウムケージの合成も可能にしています。
                                        • 重合開始剤として、特にポリラクチドなどの生体高分子の合成に利用されます。
                                        • 不飽和化合物(アルケン、アルキン、ヘテロクムレンなど)のカルシウムを介したヒドロアミン化反応や、カルボジイミドのヒドロアセチレン化など、多様な触媒プロセスにおける有用なプレ触媒としても機能します。
                                      2. 従来の合成方法には以下の深刻な欠点がありました。

                                        • トランスメタル化法:前駆体である有機金属化合物(Hg(HMDS)2 や Sn(HMDS)2)の調製、単離、蒸留が必要でした。
                                        • 複分解法:[Ca(HMDS)3] 型のカルシウム酸塩の生成を避けるために厳密な化学量論が必要であり、またハロゲン化物を含む生成物混合物が生じることがありました。一般的に、Ca(HMDS)2 生成物には少なくとも微量のカリウムが混入し、繰り返しの再結晶による除去が必要でした。
                                        • 直接金属化法:(H)HMDS の直接金属化に先立ち、カルシウム金属を活性化し、発火性の金属粉末を使用する必要がありました。また、アンモニア飽和溶媒中での反応は反応が鈍く、鈍い灰色の反応混合物が得られ、純粋な生成物の単離を妨げたと報告されています。
                                        • 他の有機金属前駆体の必要性:他の有機金属前駆体を必要とする金属化試薬の調製が必要でした。
                                      3. 以下の通り。

                                        • 主要な反応物: iGMMでは、市販のカルシウム薄片(または顆粒)ビス(トリメチルシリル)アミン ((H)HMDS)、そして臭化エチル(ブロモエタン)が主要な反応物として使用されます。反応はテトラヒドロフラン(THF)中で行われます。
                                        • 反応条件:
                                          • 市販のカルシウム顆粒とアミンをTHFに一緒に仕込みます。
                                          • 次に、THFに溶かした臭化エチルを室温で滴下します。
                                          • 反応混合物を通常3時間から5時間攪拌し、反応を完了させます。
                                          • 一般的に、カルシウムを1.5当量、アミンを1当量、臭化エチルを1.5当量用いることが推奨されます。
                                        • カルシウムとマグネシウムを用いた場合の反応生成物の違い:
                                          • カルシウムを使用した場合: 等モル量の臭化カルシウム(CaBr2)とCa(HMDS)2が形成し、平衡はホモレプティック化合物(Ca(HMDS)2)の側に傾きます。ヘテロレプティックな(HMDS)CaBrはこれらのエーテル溶液では観察されません。
                                          • マグネシウムを使用した場合: 平衡はヘテロレプティックな錯体((HMDS)MgBr)の側に完全に傾きます。これは強力な金属化能力を持つハウザー塩基として知られています。
                                      4. 以下の通り。

                                        1. 適しているアミン:
                                          • アリール置換アミド(アニリド):アニリン類はカルシウム化が可能ですが、収率は低く、より長い反応時間が必要です [21, 23 (Entry 3, Ph2NH)]。
                                          • トリアルキルシリル置換アミド:窒素原子上にトリアルキルシリル置換基が1つ存在する一級または二級のアミンは、その立体的なかさ高さに関わらず、高い収率で円滑に反応します。例として、ビス(トリメチルシリル)アミン((H)HMDS) [23 (Entry 1)]、iPr3SiNH2 [23 (Entry 4)]、tBu(NH)TMS [23 (Entry 5)]、Ph3SiNH2 [23 (Entry 6)] が挙げられます。
                                        2. 適していないアミン:
                                          • ジアルキルアミン(例:Cy2NH):臭化エチルの添加中にすぐにアンモニウム臭化物を形成するため、金属化反応が妨げられます [21, 23 (Entry 2)]。
                                          • 一級および二級ホスファン:同様の理由(ホスホニウム臭化物の形成)で、これらの条件下では金属化されません。
                                          • クロロアルカンは、(H)HMDSのカルシウム化を開始できません [19 (entry 7)]。
                                        • NMR特性:
                                          • アルカリ土類金属のビス(トリメチルシリル)アミド錯体は、特徴的なNMRパラメータを示します。
                                          • 中心金属原子の電気陰性度が増加すると29Si原子の共鳴は高磁場シフトを示します。これは、窒素原子からσ*(Si–C)結合への負電荷の逆供与(負の超共役)によるものです。
                                          • 窒素原子にトリメチルシリル基が1つしか結合していない場合、この負の超共役効果は増強され、より強い高磁場シフト(例:[(thf)2Ca{N(tBu)(SiMe3)}2] のδ = –20.7)が観察されます。
                                          • 15Nラベル化された錯体のδ(15N{1H})値も、アルカリ土類金属のサイズと硬さに強く依存します。
                                        • 分子構造:
                                          • [(thf)2M(HMDS)2] 錯体の分子構造は非常に類似しており、アルカリ土類金属のサイズと電気陰性度に依存する特徴的な傾向を示します。
                                          • 予想通り、M–NおよびM–O結合長は金属の半径とともに増加します。
                                          • 金属中心のサイズが増加すると分子内反発が減少するため、N–M–N結合角はMgからBaへ向かって減少します
                                          • N–Si結合長は負の超共役によりむしろ短く、この相互作用が大きなSi–N–Si結合角につながります。
                                          • かさ高いHMDS配位子による反応性M–N結合の立体的な遮蔽により、これらの錯体は空気に対して適度な感度しか示さず、単離された結晶性物質およびストック溶液は非常に耐久性があり、化学量論的および触媒的な化学変換に使用できます。

                                      2025年8月23日土曜日

                                      錯体化学から見るレドックスノンイノセント配位子(redox non-innocent ligand)の話

                                      前回、「上っ面の話だけで申し訳ありませんが、また時間ができれば続きを書こうと思います。」と言ってから7年も経ってしまいました。信じられません。7年ぶりの続編です。


                                      1. 概要と重要性

                                      錯体化合物における「レドックスノンイノセント配位子」の概念、その電子構造、反応性、および触媒作用への応用にについて概説します。ノンイノセント配位子は、金属中心の酸化状態を明確に定義することを困難にする、金属と配位子の間の強い電子的相互作用が特徴です。これらは、多電子変換の促進、触媒反応の選択性の調整、または稀な酸化状態の金属を安定化させる「電子貯蔵庫」としての機能など、触媒作用において重要な役割を果たします。


                                      2. 主要概念

                                      2.1. ノンイノセント配位子とは何か?

                                      定義: ノンイノセント配位子とは、配位錯体中の金属中心の酸化状態を明確に定義することを困難にする、金属と配位子の間の強い電子的相互作用を示す配位子のことです。これは、配位子が単に金属に電子を供与する「求核性配位子」とは対照的です。


                                      一番上の式は典型的なコバルトアンミン錯体のレドックス(酸化還元)挙動ですが、二番目の式はノンイノセント配位子を有するコバルト錯体の酸化挙動を模式的に表したものです。(模式図とはいえあまりいい図式ではないかもしれません。理由は、コバルト中心の酸化数を電荷で書いたり、価数で書いたりしてしまっているからです。とはいえ、一番目の式は塩化物イオンは遊離しているので、塩素をアニオンの形式で書くからには、コバルト中心もカチオンの形式で書きたいところ。一方で、二番目の式は、一番目の式と違ってコバルト中心の価数が変わらないように振る舞うイメージを、全体としてのアニオンとして書いています。酸化後は共有結合と配位結合が混ざった構造として書いて、個人的にはあまり好みではないごまかし構造で書いていますが、三番目の極限構造式で補完していただければと思います。)

                                      三番目の式は、二番目の式の酸化後の構造を極限構造の形式で表しています。


                                      特徴:

                                      • 曖昧な酸化状態: ノンイノセント配位子を含む錯体では、電子が金属と配位子の両方に非局在化するため、金属と配位子のそれぞれの酸化状態を明確に割り当てることが困難になります。(先の式では、レドックス(酸化還元)挙動の違いを明確にするために、二番目と三番目の式で、ごまかし構造や極限構造を使って、あえて明確にコバルト中心の価数を書きましたが、実際はコバルト中心も含めて非局在化しているケースもあります。)
                                      • レドックス活性: これらの配位子は、電子を供与または受容する能力があるため、触媒サイクル中に自身で酸化還元変化を受けることができます。
                                      • 「電子貯蔵庫」: 多電子変換を必要とする反応において、配位子が電子貯蔵庫として機能し、金属が非典型的な、高エネルギーの酸化状態を取ることを回避できる場合があります。
                                      • 構造的変化: 配位子の酸化状態の変化は、多くの場合、結合長の明らかな変化(例:C-N結合、C=C結合)に反映されます。

                                      ノンイノセント配位子の種類:

                                      • o-フェニレンジアミン誘導体: o-フェニレンジアミン、o-アミノフェノール、o-アミノチオフェノールなど。これらは、2電子還元型、1電子酸化型(セミキノン型)、または2電子酸化型(キノン型)として存在できます。
                                      • ジチオレン: 硫黄含有配位子で、そのレドックス活性と金属との強いπ相互作用により、広範に研究されています。
                                      • 芳香族アゾ配位子: アゾ基の低エネルギーπ*軌道のため、多電子を受容できます。
                                      • テトラシアノエチレン (TCNE) およびテトラシアノキノジメタン (TCNX): 低エネルギーπ*軌道を持つ「最もノンイノセントの」有機配位子として知られています。
                                      • アミドフェノラート、カテコラート、イミノセミキノン: これらは、金属錯体中で異なる酸化状態を持つことができ、触媒作用において重要な役割を果たします。
                                      • ホスファサレン配位子: イミンがイミノホスホランに置き換わったサレン配位子のリン類縁体。強い電子供与性、高い柔軟性、立体障害が特徴で、金属を稀な酸化状態に安定化させることができます。

                                      2.2. 電子構造と結合

                                      分子軌道 (MO) 理論と原子価結合 (VB) 理論: 電子構造の記述には、非局在化MOと局在化VBの概念を理解することが重要です。ノンイノセント配位子を含む錯体では、複数の共鳴構造が電子状態に寄与する場合があります。(Prof. Dr. Sabyasachi SarkarとProf. Dr. Matthias Steinのやり取りなどは勉強になるで一読の価値あり。初報コメント返答

                                      • フロンティア軌道: 金属と配位子のフロンティア軌道(HOMO、LUMO)がエネルギー的に近接している場合、強い混合が生じ、明確な酸化状態の割り当てを困難にします。 
                                      • スピン状態とスピン密度: 開殻系では、スピン密度プロファイルは、電子が金属と配位子の間でどのように分布しているかを示す指標となります。反強磁性結合や多重配置基底状態も起こりえます。
                                      • 配位子場逆転: 一部の錯体では、配位子のエネルギー準位が金属のd軌道よりも高く、通常とは逆のエネルギー順序を示します(先のProf. Dr. Matthias Steinのコメントでもこれに関する指摘がありました)。これは、配位子からの強い電子供与またはπ-バックドネーションによって生じ、電子分布、配位子ジオメトリ、反応性に影響を与えます。

                                      2.3. ノンイノセント配位子を含む金属錯体の特徴付け

                                      • X線結晶構造解析: 結合長の分析は、配位子の酸化状態(例:C-N、C=C結合の長さの変化)と金属-配位子の相互作用を明らかにします。
                                      • 電気化学 (サイクリックボルタンメトリー): 酸化還元電位は、錯体全体の電子移動プロセスに関する情報を提供します。高い還元電位はノンイノセント配位子を示す場合がありますが、常にそうとは限りません。
                                      • 電子分光法 (UV-Vis-NIR): 電子吸収バンド(特にMLCT、LLCT)の変化は、電子密度再分布と酸化状態変化を反映します。
                                      • EPR/NMR分光法: 開殻種のスピン密度分布に関する実験的情報を提供します。NMR化学シフトは、スピン非局在化を示す場合があります。
                                      • X線吸収分光法 (XAS): K-edge XANESは、酸化状態、配位子場強度、スピン状態に関する詳細な局所情報を提供します。
                                      • DFT計算: ノンイノセント配位子を含む錯体の電子構造、スピン密度、および反応経路の計算に不可欠なツールです。対称性破壊アプローチは、異なる電子密度局在化に対応する状態を見つけるのに役立ちます。

                                      2.4. 触媒作用における役割

                                      • 電子貯蔵庫として: 多電子変換において、配位子が電子を受容または供与することで、金属が不安定な酸化状態を取ることを回避します。これは、第1列遷移金属において特に有用です。
                                      • 反応性配位子ラジカルの生成: 配位子ラジカルは、触媒サイクル中の共有結合の形成/切断に積極的に関与できます。
                                      • 金属の電子的性質の調整: 配位子の酸化/還元は、金属のルイス酸性度/塩基性度を調整し、触媒活性と選択性に影響を与えます。
                                      • 配位子-金属協同触媒作用 (MLC): 配位子と金属が相乗的に作用し、通常では困難な反応を促進します。これには、配位子がプロトン移動機能を持つ場合や、ヒドリドとプロトンが配位子と金属間で協同的に移動する場合が含まれます。
                                      • 水素生成/貯蔵: 配位子-金属協同作用は、水酸化やアルコール脱水素化による水素生成、または水素貯蔵に応用されます。
                                      • C-C結合形成反応: 酸化性付加/還元的脱離反応において、配位子が電子移動を促進することで、金属の酸化状態変化を伴わずにC-C結合形成を可能にします。
                                      • 水の酸化 (Water Oxidation): ノンイノセント配位子は、多電子が関与する水の酸化反応においてレドックス(酸化還元)当量を蓄積し、高原子価中間体を安定化させることで重要な役割を果たします。
                                      • その他の応用例: CO2還元、不活性結合の活性化、アジリジン化、C-H結合アミノ化、ヒドロシリル化、芳香族化合物の脱水素化、水素化など。

                                      3. ノンイノセント配位子を利用した触媒反応の具体的な例

                                      ノンイノセント配位子を利用した触媒反応には、様々な種類の有機反応やエネルギー変換プロセスが含まれます。

                                      • 水の酸化反応: ルテニウム、マンガン、イリジウム、ニッケル、銅などの錯体がノンイノセント配位子(NIL)とともに水の酸化触媒として機能します。
                                      例えば、田中触媒 ([Ru2(btpyan)(3,6-tBu2C6H2O2)2(OH)2]2+)は、レドックス活性なジオキソレン配位子を利用して水の酸化を促進し、高原子価Ru種の形成を回避することで効率的な触媒サイクルを可能にします。ルテニウム (Ru) 錯体では、配位子の酸化状態が触媒サイクルにおける鍵中間体の電子構造に影響を与えます。例えば、[Ru(trpy)(3,5-tBu2C6H2O2)(OH)2]2+ (田中触媒のモノマー種) のpH依存性酸化還元化学は、Ru(dπ)–NIL(π*) および Ru(dπ)–NIL(π) 結合相互作用によって反応性が決定されることを示しています。この錯体では、[RuII(trpy)(NILOx)(OH2)]2+ から Class B 種の [RuII(trpy)(NILOx)(OH)]+、さらに Class C 種の [RuII(trpy)(NIL)(O•−)]0 への進行が観測され、最後の種は反応性が高くプロトンを引き抜いて [RuII(trpy)(NIL)(OH)]0 を形成します。一方、ルテニウム二核錯体 [(RuII)2(OH)2(3,6-tBu2Q)2(btpyan)] は、レドックス活性なノンイノセントキノン配位子を持ち、水の酸化に対して顕著な電極触媒活性を示します。その構造中の2つのヒドロキシド配位子の配向が、分子内での酸素結合形成に重要な役割を果たします。 
                                       
                                      ニッケル (Ni) 錯体においても、水の酸化のメカニズムはpH依存的であり、Ni(II) から Ni(III) への酸化はプロトン共役電子移動 (PCET) を介してヒドロキソ種を形成することで起こります。

                                       

                                      特定のオキシイミネート配位子 (>NO−) を持つ銅触媒も、単一電子可逆酸化によって酸化ニトロキシルラジカル (>NO•) を生成することで、ノンイノセント酸化挙動を示し、O–O結合形成の主要段階に影響を与えます。

                                      • 水素化/ヒドロシリル化/アミン化: Fe錯体による不飽和種のヒドロシリル化、Pd錯体によるC-H結合のアミン化などが、配位子のレドックス活性を利用して進行します。

                                      鉄触媒を用いたCO2水素化反応において、配位子はH2の不均一開裂やレドックス等価物の貯蔵を促進する機能的な役割を果たします。ピラジン骨格を持つピンサー触媒は、ヘテロサイクルの芳香族性を乱すことで、金属-配位子協同触媒 (MLC) 反応性を回復させ、CO2および炭酸塩のギ酸への水素化を可能にします。

                                      例えば、ジチオレン錯体は水素発生触媒として報告されています。コバルトジチオレン錯体 [TBA][Co(bdt)2] は、プロトン還元において高い触媒活性を示し、光化学的水素発生でTON 2700を達成しました。ノンイノセントFeジチオレン錯体は触媒的水素発生に用いられ、最も高いTON 29,400を示しました。 

                                      一方、ルテニウムのピンサー錯体は、メタノールと水からのクリーンな水素生成に成功しています。配位子のNH部分が脱プロトン化され、活性な触媒となることで、基質から金属へのH-移動、および隣接窒素へのH+移動というNoyori型メカニズムを示唆しています。


                                      用語集

                                      ノンイノセント配位子 (Non-innocent Ligands): 金属と配位子の間の強い電子的相互作用により、金属の酸化状態を明確に定義することが困難な配位子。自身も酸化還元活性を示す。

                                      電子貯蔵庫 (Electron Reservoir): 多電子変換を必要とする反応において、配位子が電子を受容・供与することで、金属が不安定な酸化状態をとることを回避する機能。

                                      配位子-金属協同触媒作用 (Metal-Ligand Cooperativity, MLC): 配位子と金属が相乗的に作用し、触媒サイクル中の素反応(特に結合形成/切断)に積極的に関与する触媒作用のメカニズム。

                                      レドックス活性配位子 (Redox-active Ligands): 酸化還元変化を受け、電子を供与または受容できる配位子。

                                      配位子場逆転 (Inverted Ligand Field): 配位子のエネルギー準位が金属のd軌道よりも高くなる、通常とは逆の電子エネルギー順序。

                                      原子価互変異性 (Valence Tautomerism): 温度などの外部条件に応じて、錯体の電子状態が異なる共鳴構造間を可逆的に変化する現象。

                                      スピン密度 (Spin Density): 開殻系において、不対電子の密度が空間的にどのように分布しているかを示す指標。

                                      サイクリックボルタンメトリー (Cyclic Voltammetry, CV): 溶液中の化合物の酸化還元特性を評価するための電気化学的手法。

                                      電子分光法 (Electronic Spectroscopy): 化合物による光の吸収または発光を測定し、その電子構造に関する情報(例:MLCT、LLCTバンド)を得る手法。

                                      X線吸収分光法 (X-ray Absorption Spectroscopy, XAS): 物質によるX線の吸収を測定し、元素の酸化状態や局所構造に関する情報(特にXANES)を得る手法。

                                      密度汎関数理論 (Density Functional Theory, DFT): 電子構造計算に用いられる量子化学的手法。ノンイノセント配位子錯体の電子構造や反応メカニズムの予測に広く用いられる。

                                      HOMO (Highest Occupied Molecular Orbital): 占有されている軌道の中で最もエネルギーが高い分子軌道。

                                      LUMO (Lowest Unoccupied Molecular Orbital): 占有されていない軌道の中で最もエネルギーが低い分子軌道。

                                      MLCT (Metal-to-Ligand Charge Transfer): 金属から配位子への電荷移動を伴う電子遷移。

                                      LLCT (Ligand-to-Ligand Charge Transfer): 配位子間での電荷移動を伴う電子遷移。

                                      水の酸化 (Water Oxidation): 水を酸素とプロトン、電子に分解する反応。エネルギー変換技術において重要。


                                        TAKE HOME QUIZ

                                        1. ノンイノセント配位子が「電子貯蔵庫」として機能するとは、どのような意味ですか?
                                        2. X線結晶構造解析がノンイノセント配位子の特性評価にどのように役立ちますか?
                                        3. ノンイノセント配位子を含む錯体における「配位子場逆転」とは何ですか?
                                        4. 配位子-金属協同触媒作用 (MLC) は、従来の金属中心触媒作用とどのように異なりますか?
                                        5. 水の酸化触媒作用におけるノンイノセント配位子の主な利点は何ですか?
                                        6. DFT計算がノンイノセント配位子の電子構造研究において特に有用である理由を説明してください。
                                        7. EPR分光法は、ノンイノセント配位子を含む開殻錯体の研究にどのような情報を提供しますか?
                                        8. 配位子由来のラジカルが触媒作用においてどのように機能しますか?
                                        9. ノンイノセント配位子の「多重配置基底状態」とは、どのような意味ですか?

                                        解答

                                        1. ノンイノセント配位子は、「電子貯蔵庫」として機能することで、多電子変換が必要な触媒反応において、金属が非典型的な高エネルギー酸化状態を取ることを回避します。配位子自身が電子を受容または供与し、金属の酸化状態をより安定した状態に保つことを可能にします。
                                        2. X線結晶構造解析は、配位子の結合長の明らかな変化を検出することで、ノンイノセント配位子の特性評価に役立ちます。例えば、C-N結合やC=C結合の長さの変化は、配位子の酸化状態の変化を直接的に示します。
                                        3. ノンイノセント配位子を含む錯体における「配位子場逆転」とは、配位子のエネルギー準位が金属のd軌道よりも高くなる状態を指します。これにより、通常とは逆のエネルギー順序で軌道が埋められ、電子分布や反応性に影響を与えます。
                                        4. 配位子-金属協同触媒作用 (MLC) は、配位子が単なる観客の役割ではなく、触媒サイクル中の素反応、特に共有結合の活性化と形成/切断に積極的に関与する点で異なります。これにより、金属単独では困難な反応も促進されます。
                                        5. 水の酸化触媒作用におけるノンイノセント配位子の主な利点は、多電子反応に必要なレドックス当量(電子とプロトン)を蓄積する能力があることです。これにより、高原子価の金属中間体を安定化させ、触媒サイクル全体のエネルギー障壁を低下させることができます。
                                        6. DFT計算は、ノンイノセント配位子を含む錯体の電子構造、スピン密度分布、および可能性のある反応経路を原子レベルで予測・可視化できるため、非常に有用です。特に、対称性破壊アプローチは、複数のエネルギー的に近い電子状態を区別するのに役立ちます。
                                        7. EPR分光法は、ノンイノセント配位子を含む開殻錯体の研究において、スピン密度が金属と配位子の間でどのように分布しているかを示す実験的情報を提供します。これは、金属と配位子の間の電子的相互作用の性質を解明するのに役立ちます。
                                        8. 配位子由来のラジカルは、触媒作用において、基質の共有結合形成や切断に直接関与することで機能します。これにより、金属が関与する従来のメカニズムでは達成が難しい、新しい反応経路や選択性を開拓できます。
                                        9. ノンイノセント配位子の「多重配置基底状態」とは、錯体の基底電子状態が、単一の電子配置では十分に記述できず、複数の異なる共鳴構造または分子軌道配置の組み合わせによって表現される状態を指します。これは、金属と配位子の間の電子非局在化が非常に強い場合に発生します。


                                        2025年8月16日土曜日

                                        Catch Key Points of a Paper ~0247~

                                         論文のタイトル: Elucidating the mechanism of solid-state energy release from dianthracenes via auto-catalyzed cycloreversion

                                        著者: Cijil Raju, Zhenhuan Sun, Ryo Koibuchi, Ji Yong Choi, Subhayan Chakraborty, Jihye Park, Hirohiko Houjou,* Klaus Schmidt-Rohr,* Grace G. D. Han*

                                        雑誌名: Journal of Materials Chemistry A
                                        巻: Vol. 12, Issue 39, pages 26678-26686
                                        出版年: 2024
                                        DOI: https://doi.org/10.1039/d4ta05282j

                                        背景

                                        1: 分子太陽熱エネルギー貯蔵の進歩

                                        • 分子太陽熱エネルギー貯蔵(MOST)は、太陽光エネルギーを化学結合に貯蔵し、必要に応じて熱として放出する効果的な方法として注目されています。
                                        • 一般的なMOST化合物は、溶液中で光応答性のある異性化を起こし、準安定な異性体を形成します。
                                        • エネルギー放出は、光照射、加熱、化学触媒、電気触媒によって引き起こされる逆異性化によってトリガーされます。
                                        • 近年、固相で動作するMOSTシステムが開発され、エネルギー貯蔵密度と漏洩防止の向上が期待されています。

                                        2: 固相MOSTシステムの課題と可能性

                                        • 結晶相では分子の構造変化の自由度が低く、一般的な分子スイッチの光異性化が制限されるため、固相MOST応用が困難でした。
                                        • 既存の固相フォトスイッチングシステムは、エネルギー貯蔵能力が未調査か不十分でした。
                                        • 可逆的なトポケミカル環化付加反応は、結晶状態でのみ進行し、エネルギーを貯蔵できる準安定な環化付加物を生成するため、有望な候補とされています。
                                        • トポケミカル反応は、大きな構造変化を伴う異性化と比較して、結合形成と解離に伴う構造変化が小さいという利点があります。

                                        3: 研究の目的(ジアントラセンの複雑なエネルギー放出メカニズムの解明)

                                        • 最近報告された9位と10位に置換基を持つアントラセンシステムは、約0.2 MJ kg⁻¹という顕著なエネルギー貯蔵と放出を示します。
                                        • この高いエネルギー差は、光誘起二量化による芳香環の非芳香族化に起因すると考えられます。
                                        • ジアントラセンのエネルギー貯蔵値が熱的な逆環化反応の活性化エネルギーに匹敵するため、自己活性化によるエネルギー放出が初めて観察されました。
                                        • しかし、ジアントラセンの熱誘起逆環化反応は、非ガウス型発熱挙動という特異なDSCプロファイルを示し、一時的な中間混相の形成が示唆されています。
                                        • これまで、固相における複雑な化学的・物理的変化のため、この顕著なエネルギー放出プロセスのメカニズムや速度論的理解は不十分でした。
                                        • 本研究の目的は、包括的な固相分析(DSC、PXRD、固体NMR)を用いて、ジアントラセンの固相逆環化メカニズムを解明することです。

                                        方法

                                        1: 研究デザインと分析手法

                                        • 本研究は、ジアントラセンの逆環化反応中に放出される多量のエネルギーに寄与する固相メカニズムを解明するために、包括的な固相分析手法を採用しました。
                                        • 研究全体を通して、数時間にわたるゆっくりとした段階的な固相変換を可能にするため、50℃をわずかに下回る穏やかな熱条件が適用されました。

                                        2: 主要な評価項目と測定方法

                                        • 等温時分割DSC(示差走査熱量測定): 48℃でジアントラセンの全体的な発熱プロセスをモニターし、非ガウス型発熱曲線や複数の発熱イベントを特定しました。
                                        • 時間分解PXRD(粉末X線回折): 49 ± 1℃で加熱中のジアントラセンの結晶構造変化を追跡し、初期発熱中の結晶構造のわずかな変化と、最終的なアントラセン結晶相の出現を観察しました。
                                        • 等温固体NMR分光法(核磁気共鳴): 49 ± 1℃(一部は25℃)で加熱中のジアントラセンの化学組成変化と反応速度を分析し、過渡的な中間相の化学組成を特定しました。

                                        3: データ解析方法

                                        • 固体NMRデータの定量的解析: ジアントラセン、中間アントラセン、最終アントラセン結晶の3つの成分の時間依存性分率を定量的に分析しました。
                                        • 速度論的解析: ジアントラセンの減衰曲線は、部分的に協調的な3DAvrami理論の解析方程式でフィッティングされ、各逆環化プロセスの協調的パラメーター(C)が導出されました。
                                        • 密度汎関数理論(DFT)計算: Quantum ESPRESSO (QE) コードを用いて、化学変換と物理変換が総エネルギー放出に寄与する相対的な割合を調査しました。
                                        • エネルギー項の計算: 総エネルギー放出(ΔĒcry)、化学解離エネルギー(ΔĒunit)、格子エネルギー変化(ΔĒlatt)が定義され、計算されました。

                                        結果

                                        1: 複雑な熱挙動と結晶構造変化

                                        • 48℃での等温DSC測定では、全てのジアントラセンが非ガウス型発熱曲線を示し、逆環化中に複数の発熱イベントが存在することが示されました。
                                        • 時分割PXRDでは、初期加熱時(1-Dと2-Dで4時間、3-Dで2時間)にはわずかなピークシフトが観察され、結晶構造の小さな変化が示唆されました。
                                        • その後、加熱時間経過と共に最終的なアントラセン結晶相に対応する新しいPXRD信号が出現しました。
                                        • これらの結果は、初期の化学変換(ジアントラセンの結合解離)が、ジアントラセン結晶に似た過渡的な中間相の形成につながり、その後、最終的なアントラセン結晶状態への段階的な相転移が起こることを示唆しています。
                                        • 化学変換と相転移の両方が、逆環化中の全体的なエネルギー放出に寄与していることが明らかになりました。

                                        2: 中間相の化学組成と動態

                                        • 等温固体NMR分光法により、ジアントラセン四級炭素信号の減少と、アントラセン(例:C9炭素)の新しい信号の出現が確認され、逆環化プロセスが成功したことが裏付けられました。
                                        • NMRスペクトルの詳細な分析では、一部のアントラセンピークに異なる時間経過を持つ2つの成分が存在することが明らかになりました。
                                        • この最初の成分は初期に現れ、強度最大を通過した後に消失し、化学速度論における中間体の定義と一致し、中間相の存在を裏付けました。
                                        • 中間相は、ジアントラセン結晶中にアントラセンがジアントラセン分子に囲まれた状態で存在することで形成され、その充填環境が純粋なアントラセン結晶とは異なるため、わずかに異なる化学シフトを示します。

                                        3: 反応速度論とエネルギー寄与の内訳

                                        • NMRデータから導出された3つの成分(ジアントラセン、中間アントラセン、最終アントラセン結晶)の時間依存性分率が示されました (Fig. 4)。
                                        • ジアントラセン変換のシグモイド曲線は、固相における自己触媒的な逆環化反応を反映しており、速度論的解析により分子の協調性のレベルが異なることが示されました。
                                        • 化合物1(R = CH₃)は最も低い協調性(C = 0.48)を示し、化合物2(R = OCH₃)と3(R = OAc)はより高い協調性(それぞれC = 0.67と0.56)を示しました。
                                        • DFT計算の結果、化学解離(ΔĒunit)が全エネルギー放出(ΔĒcry)の主要な寄与因子であり、格子エネルギーの変化(ΔĒlatt)はわずかな追加エネルギー放出を提供することが示されました (Table 1)。

                                        考察

                                        1: 複雑なエネルギー放出メカニズムの解明

                                        • 本研究は、ジアントラセンの固相エネルギー放出が、過渡的な中間相(ジアントラセン結晶中のアンラセンペア)の初期形成と、それに続く最終的なアントラセン結晶への相転移という複雑な経路を経ることを発見しました。
                                        • この多段階プロセスは、等温時分割DSC、PXRD、および固体NMRという包括的な固相分析手法を組み合わせることで詳細に解明されました。
                                        • この知見により、アントラセンベースのMOST化合物における化学変換と相転移の両方が、全体的なエネルギー貯蔵と放出に寄与することが定性的かつ定量的に区別されました。

                                        2: 自己触媒的反応と分子協調性

                                        • 逆環化反応の固相速度論的解析は、アントラセン誘導体における自己触媒反応の分子協調性を明らかにしました。
                                        • NMRデータにフィッティングされたシミュレーション(Fig. 5)では、中間相(黄色領域)の空間分布と成長が、協調性の低い化合物13でより均一であることが示されました。
                                        • 一方で、協調性の高い化合物2は、中間相のクラスター形成を示し、最終的なアントラセン結晶相を迅速に生成することを反映していました。
                                        • 高い協調性を示す固相反応では、中間体や生成物の局所的な形成が、隣接分子の反応の活性化エネルギーを低下させ、さらなる反応を促進することが示唆されています。

                                        3: エネルギー寄与の内訳と今後の設計指針

                                        • 計算結果に基づき、ジアントラセンの逆環化における総エネルギー放出は、化学解離エネルギーと結晶格子安定化エネルギーの合計として記述されました。
                                        • この解析により、化学解離が総エネルギー放出の主要な寄与因子であり、格子エネルギーの変化は比較的小さな追加エネルギー放出であることが明確になりました。
                                        • 計算値は実験値よりも大きいものの、ΔĒunitとΔĒlattの相対的な寄与度は、アントラセンシステムにおける固相エネルギー貯蔵に関する重要な洞察を提供します。
                                        • これらの根本的な洞察は、固相MOSTエネルギー貯蔵システムのさらなる設計を導く上で貴重な情報となります。

                                        4: 先行研究との比較と研究の限界

                                        • 従来の熱異性化や固相トポケミカル反応による発熱は、通常、ガウス型のDSCプロファイルを示します。本研究のジアントラセン系で観察された顕著な複数の発熱挙動は、検出可能な過渡的な中間混合相の形成に起因する点でユニークです。
                                        • 過去のスタイリルピリリウムシステムは0.1 MJ kg⁻¹未満のエネルギー貯蔵密度でしたが、本研究のアントラセンシステムは約0.2 MJ kg⁻¹と優れたエネルギー貯蔵を示します。これは、二量化による高共役アントラセンの非芳香族化に起因します。

                                        結論

                                              • 本研究は、等温時間分解DSC、PXRD、固体NMRを用いて、ジアントラセン結晶中のアントラセンペアを特徴とする過渡的な中間相の初期形成、およびそれに続く最終的なアントラセン結晶への相転移という複雑な固相エネルギー放出メカニズムを明らかにしました。
                                              • 固相逆環化の速度論的解析により、アントラセン誘導体の自己触媒反応における分子協調性が解明されました。
                                              • 化学変換と相転移の両方が全体的なエネルギー貯蔵と放出に寄与することが、定性的かつ計算に基づいて定量的に区別されました。

                                              将来の展望

                                                                      • これらの根本的な知見と分析手法は、太陽光エネルギーを貯蔵し、自己触媒作用を通じて熱を放出する新規な固相MOSTエネルギー貯蔵化合物の設計と研究に貢献するでしょう。

                                                                      用語集

                                                                      • 分子太陽熱エネルギー貯蔵 (Molecular Solar Thermal, MOST): 太陽光エネルギーを化学結合として貯蔵し、必要に応じて熱として放出する技術。
                                                                      • 二量化ジアントラセン (Dianthracenes): アントラセンが光によって二量体化した化合物。熱を放出することで元のアントラセンに戻る。
                                                                      • 逆環化反応 (Cycloreversion): 環状分子が開環して元の非環状分子に戻る化学反応。ここではジアントラセンがアントラセンに戻る反応を指す。
                                                                      • 示差走査熱量測定 (Differential Scanning Calorimetry, DSC): サンプルと基準物質の間の熱流量の差を温度の関数として測定し、熱反応を検出する分析手法。ここでは熱放出(発熱)を測定。
                                                                      • 粉末X線回折 (Powder X-ray Diffraction, PXRD): 結晶性材料の構造情報を得るために使用される分析手法。ここでは結晶構造の変化や相転移を追跡。
                                                                      • 固体NMR分光法 (Solid-state NMR spectroscopy): 固体の分子構造や運動性を分析する核磁気共鳴分光法。ここでは中間相の化学組成や反応速度を解明。
                                                                      • 発熱ピーク (Exothermic peak): DSCで観測される、熱が放出される過程を示すピーク。
                                                                      • 非ガウス型 (Non-Gaussian): 一般的な熱反応で観察される対称的なガウス曲線とは異なる形状。複数のプロセスが重なっていることを示唆。
                                                                      • 中間相 (Intermediate phase): 反応の途中で一時的に形成される安定な相。ここではジアントラセン結晶中にアントラセンが混在した状態。
                                                                      • 相転移 (Phase transition): 物質がある物理的状態から別の状態へ変化する過程。ここでは中間相から最終的なアントラセン結晶への変化。
                                                                      • 自己触媒 (Auto-catalyzed): 生成物自体が反応を加速する触媒として機能するプロセス。
                                                                      • 協調性 (Cooperativity): 一部の分子の変換が、周囲の分子の反応障壁を低下させ、さらなる反応を促進する現象。
                                                                      • アブラミ理論 (Avrami theory): 相転移や結晶化の速度論を記述するために使用される理論。
                                                                      • 密度汎関数理論 (Density Functional Theory, DFT): 量子力学的手法の一つで、物質の電子構造やエネルギーを計算するために使用される。
                                                                      • 格子エネルギー (Lattice energy): 結晶格子を形成するイオンまたは分子が、無限に離れた気相状態から結晶を形成する際に放出されるエネルギー。ここでは結晶環境が関与するエネルギー変化を指す。
                                                                      • 解離エネルギー (Dissociation energy): 分子内の結合を切断するために必要なエネルギー。ここではジアントラセンがアントラセンに解離する化学結合の変化に伴うエネルギー。

                                                                      TAKE HOME QUIZ

                                                                      1. この研究論文によると、ジアントラセンの固相熱誘起逆環化反応は、トリガーされたエネルギー放出プロセス中に、具体的にどのような段階を経て進行すると明らかにされましたか? 
                                                                      2. ジアントラセンの固相逆環化反応において観察された「一時的な中間相」は、固相NMR分析によって具体的にどのような化学組成を持つと特定されましたか?また、その存在は他にどのような分析手法で裏付けられましたか? 
                                                                      3. 本論文において、ジアントラセンの熱誘起逆環化反応中にDSCで観察された「通常ではない」熱挙動とは具体的にどのようなものでしたか?また、その複数の発熱ピークが示唆するメカニズムは何ですか? 
                                                                      4. ジアントラセンの固相逆環化反応における「自己触媒作用(auto-catalysis)」と「分子協同性(molecular cooperativity)」は、それぞれどのように説明され、高分子協同性が反応にどのような影響を与えると述べられていますか?
                                                                      5. 理論計算(DFT)の結果によると、ジアントラセンの逆環化反応による全体のエネルギー放出(ΔĒcry)はどのように定義され、その主要な寄与と副次的な寄与はそれぞれ何であると結論付けられましたか? 

                                                                      解答

                                                                      1. 本研究では、ジアントラセンが熱誘起によってエネルギーを放出する際に、以下の3つの段階を経ることが明らかにされています:

                                                                        1. 化学的解離 (chemical dissociation)
                                                                        2. 中間混合相の形成 (formation of a mixed intermediate phase)
                                                                        3. 最終的なアントラセン結晶への相転移 (phase transition to the final anthracene crystal)
                                                                      2. 固相NMR分析によって、この一時的な中間相は、ジアントラセン結晶中に存在するアントラセンのペアであると特定されました。新たに形成されたアントラセン分子が純粋なアントラセン結晶とは異なるパッキング環境にあるため、わずかに異なる化学シフトが観察されています。 この中間相の存在は、示差走査熱量測定(DSC)における非ガウス型の複数の発熱ピークや、粉末X線回折(PXRD)における初期段階でのピークシフトやその後の最終アントラセン結晶ピークの出現によっても裏付けられました。

                                                                      3. DSCでは、非ガウス型の、複数の発熱ピークが観察されました。これは、従来の熱異性化や固相反応で一般的に見られるガウス型DSCプロファイルとは異なると説明されています。 この顕著な複数の発熱ピークは、一時的な中間混合相の形成が、DSCで検出可能なほど安定していることを示唆しています。これにより、化学変換と相転移という複数の発熱イベントが進行していることが示されました。

                                                                      4. 以下の通り。

                                                                        • 自己触媒作用: ジアントラセン変換の時間依存性がS字型を示しており、これは固相での自己触媒的な逆環化反応を反映しているとされています。
                                                                        • 分子協同性: 固相反応において、局所的に中間体または生成物が形成されることが、周囲の分子の反応の活性化エネルギーを低下させることで、さらなる反応を促進する挙動と定義されています。
                                                                        • 高分子協同性の影響: 高い分子協同性を持つ反応では、局所的に形成されたアントラセン結晶が、最終的なアントラセン相を生成するために急速に伝播し、最終的に全体が最終アントラセン相で満たされることにつながると説明されています。
                                                                      5. 理論計算(DFT)によると、全体のエネルギー放出(ΔĒcry)は、結晶中のアントラセンとジアントラセンの平均エネルギー差として定義されます。これは、化学的解離エネルギー(ΔĒunit結晶格子安定化エネルギー(ΔĒlatt)の合計として表されます。 結論として、化学的解離エネルギー(ΔĒunit)が全体のエネルギー放出に対する主要な寄与であり、一方、格子エネルギー変化(ΔĒlatt)は副次的な追加エネルギー放出であると結論付けられました。

                                                                      2025年8月9日土曜日

                                                                      Catch Key Points of a Paper ~0246~

                                                                      論文のタイトル: Controlled synthesis of CD2H-ketones

                                                                      著者: Pankaj Kumar and Graham Pattison*

                                                                      雑誌名: Chemical Communications
                                                                      巻: Vol. 60, Issue 94, pages 13887-13890
                                                                      出版年: 2024
                                                                      DOI: https://doi.org/10.1039/D4CC04819A

                                                                      背景

                                                                      1: 既存の知見と研究の重要性

                                                                      • CD2Hのような部分的に重水素化された化合物の合成は、一般的な方法が不足している。
                                                                      • これらの化合物は、創薬における代謝プロセスの精密な制御や、相補的な分光分析プローブの開発に重要である。
                                                                      • 米国FDAによる重水素化薬剤(Austedo, Sotyktu)の承認は、医薬品化学における重水素導入の利点を確立した。
                                                                      • 炭素-重水素結合の動的同位体効果により、代謝速度が低下し、重水素化薬剤候補の半減期が長くなる。
                                                                      • 重水素化分子は、反応機構の解明や代謝経路の追跡のための同位体ラベル、ラマン分光法や質量分析におけるプローブとしても使用されてきた。

                                                                      2: 未解決の問題点と研究の目的

                                                                      • ケトンのα-位置における重水素化レベルの制御は極めて困難である。
                                                                      • 既存のプロトコルはCH3からCD3への「全てまたはなし」の結果をもたらし、CDH2やCD2Hのような中間的な重水素化度の製品を制御して得ることはできない。
                                                                      • 1Hと2Hの両方で標識されたメチル基の部分的重水素化を可能にする方法の発見が求められている。
                                                                      • 既存の部分重水素化メチル基合成法は、費用がかさむ、アクセスが難しい、または過重水素化の傾向がある。
                                                                      • 特に酸触媒下では、CD3-ケトンが一般的に形成される。

                                                                      3: 研究の具体的な目的と期待される成果

                                                                      • 本研究の目標は、部分的に重水素化されたCD2Hメチル置換基を含むケトンの効率的かつ選択的な合成法の開発である。
                                                                      • これにより、代謝が速すぎるCH3基や遅すぎるCD3基の場合に、理想的な代謝速度を与える中間レベルの重水素化(CD2H)が可能になる
                                                                      • CD2HおよびCDH2基を含む分子は、1HNMR、ラマン分光法(2H)、質量分析など、複数の相補的な手法で同時に研究できるメカニズムプローブとして利用できる
                                                                      • 初期の課題は、重水素化の程度の制御であると予想された。

                                                                      方法

                                                                      1: 研究デザインの概説

                                                                      • エステルとビス[(ピナコラト)ボリル]メタンのカップリングを介した、CD2H置換ケトンの合成プロトコルを開発した。
                                                                      • 反応は塩基の存在下で行われ、中間体をD2Oで捕捉する。
                                                                      • D2Oは低コストで容易に入手可能な重水素源として理想的であった。
                                                                      • 本手法は、リチウム化されたジェミナルビス(ホウ素)化合物とエステルの反応に関する既存の知見に基づいている。
                                                                      • 各ホウ素原子が電気的に重水素源と逐次的に捕捉されることを目的とした。

                                                                      2: 最適化された条件

                                                                      • 高選択性を得るために、溶媒量の削減とD2Oの増量が必要であった。
                                                                      • 標準化された反応条件は、1.5当量NaHMDS、2.0当量ビス[(ピナコラト)ボリル]メタン(0.3 mL 無水THF中)、10当量D2Oである。
                                                                      • エノール化可能なエステルの場合、溶媒を無水トルエンに変更し、エステルの添加を遅らせることで、収率と重水素化選択性が向上した。
                                                                      • これらの条件が、収率と二重水素化生成物への選択性の最高の組み合わせをもたらした。

                                                                      3: 評価項目と測定方法

                                                                      • 重水素化生成物の比率は1H NMRによって測定され、質量分析によって検証された。
                                                                      • 13C NMRではCD3-ケトン生成物は全く観察されず、高分解能質量スペクトルで微量(<5%)のみ検出された。
                                                                      • 単離収率と二重水素化率(CD2H%)、および全重水素化率(モノ+ジ、d%)が報告されている。
                                                                      • 生成物の安定性は、室温での1年間の保存と、異なるpH緩衝液での交換実験によって評価された。
                                                                      • CD2H置換基が炭素骨格のどこに導入されたかを評価した。

                                                                      結果

                                                                      1: 非エノール化可能エステルの反応性

                                                                      • パラ置換安息香酸エステル(1a-f)は、最適化された条件下で円滑に反応した。
                                                                      • これにより、目的のケトン(3a-3f)が中程度から良好な収率(44-75%)で得られ、二重水素化に対し高い選択性(85-94%)を示した。
                                                                      • 無置換、メタ、オルト置換安息香酸エステルでも同様に成功した。
                                                                      • チオフェン、ピリジン、ピラゾール環を含むヘテロ芳香族誘導体でも優れた結果を示した。
                                                                      • 8 mmolスケールでの反応(3i)でも、小スケールと同等の収率と同位体選択性が得られた。

                                                                      2: 反応性官能基の許容性

                                                                      • 3-アミノ安息香酸メチルは、二重水素化ケトン3qが主要生成物として得られたが、混合物となり、単離収率は31%、二重水素化率は82%だった。
                                                                      • 4-ヒドロキシ安息香酸メチルは、酸性のフェノールとNaHMDSの相互作用により、不反応であったと推測される。
                                                                      • 桂皮酸エステル誘導体(1r)は、アルケンβ位ではなくエステル位で非常に選択的な反応を示し3rを生成した。
                                                                      • アルデヒド基もある程度許容され、3sが33%の単離収率で得られたが、副生成物も生じ、目的物と分離可能であった。
                                                                      • 対称芳香族ジエステルは、標準量の2倍の試薬で四重水素化ジケトン3t3uを中程度の収率で生成した。

                                                                      3: エノール化可能エステルと生成物の安定性

                                                                      • エノール化可能なエステルは、最適化された条件(NaHMDS、無水トルエン、エステル遅延添加)下で、低〜中程度の収率(28〜45%)であったが、二重水素化生成物への純度と選択性(83〜87%)は非常に良好であった。
                                                                      • シクロヘキサン-1,4-ジカルボキシレート1yのジメチルエステルは、対称四重水素化ジケトン3yを生成し、非メチルα-位置には重水素が導入されなかった
                                                                      • 二重水素化化合物は、室温で1年間保存しても重水素化比率に変化の兆候を示さなかった
                                                                      • ただし、アミン含有化合物3qは、溶液で保存した場合、時間とともに重水素化生成物の比率が低下した。
                                                                      • 24時間後、酸性または中性pHではほとんど重水素交換が見られず、pH 10では少量、pH 12では著しい交換が見られた

                                                                      考察

                                                                      1: 主要な発見の意味

                                                                      • エステルとビス[(ピナコラト)ボリル]メタンを塩基の存在下でカップリングさせることにより、部分的に重水素化されたメチルケトンへのアクセスプロトコルが開発された
                                                                      • この戦略は、二重水素化メチルケトンを中程度から良好な収率で、かつ高い選択性で提供する
                                                                      • 重水素化は、ビス(ホウ素)エノラート中間体にホウ素が存在した位置でのみ起こり、高い位置選択性を示した。
                                                                      • これは、以前は制御が困難だったCD2Hのような中間レベルの重水素化を実現することで、部分重水素化における長年の課題を解決するものである。
                                                                      • この精密な制御は、創薬において代謝プロセスの微妙な調整を可能にする。

                                                                      2: 主要な発見の重要性

                                                                      • CD2HおよびCDH2基を含む分子は、1H NMR、ラマン分光法(2H)、質量分析といった相補的な技術を同時に用いて研究できるメカニズムプローブとして利用できる。
                                                                      • 従来の「全てまたはなし」の結果とは異なり、この新しい方法は特異的なCD2Hの結果を達成した。
                                                                      • LiTMPは自己Claisen反応を回避できたものの、スクランブルにより選択性が低かったのに対し、NaHMDSを特定の条件(溶媒減量、D2O増量)で使用することが、高い選択性を達成する上で重要であった。
                                                                      • 本研究で開発された手法は、医薬品化学における重水素導入の利点をさらに強固にするものである。

                                                                      3: 先行研究との比較

                                                                      • 従来のα-重水素化ケトンへのH/D交換法は、エノラートやエノール中間体を介して行われるが、一般的にCH3基がCD3置換基に変換される「全てまたはなし」の結果であった。
                                                                      • この新しいプロトコルは、中間的な重水素化度(CD2H)の生成物を制御して得ることを可能にし、この点において既存の方法の限界を克服した。
                                                                      • CDH2IやCD2HI由来のシリカゲルを用いる既存の部分重水素化メチル基合成法は、非常に高価でアクセスが困難であった。
                                                                      • 末端アルキンの水和によるCD2Hケトン合成の報告例は存在するが、多くの場合、過重水素化を伴い、特に酸触媒下ではCD3-ケトンが形成されがちであった。
                                                                      • 本手法は、これらの課題を克服し、より便利で選択的なルートを提供する。

                                                                      4: 生成物の安定性と合成応用

                                                                      • 二重水素化生成物(アミン含有化合物3qの溶液貯蔵時を除く)は、重水素化比率の優れた安定性を長期間および酸性/中性pH条件下で示した。
                                                                      • この安定性は、創薬およびメカニズム研究における実用的な応用にとって極めて重要である。
                                                                      • カルボニル基への求核付加を伴う標準的な変換反応(NaBH4による還元、グリニャール付加、トシルヒドラゾン形成)では、重水素化が高水準で保持された
                                                                      • これにより、CD2H基がさらなる合成ステップに耐えうることが示された。
                                                                      • しかし、エノラート形成を伴う反応では、予測通り重水素化の著しい消失が見られた。

                                                                      5: 研究の限界点

                                                                      • エノール化可能なエステルを用いた初期の試みでは、自己Claisen反応や競合反応により収率が低かった
                                                                      • LiTMPの使用は自己Claisen副生成物を回避したが、重水素化において非常に低い選択性をもたらし、著しいスクランブルが見られた。
                                                                      • 4-ヒドロキシ安息香酸メチルは、酸性のフェノールとNaHMDSの相互作用が原因で、反応しなかった。
                                                                      • エノール化可能なエステルに対する最適化された条件でも、収率は低〜中程度(28〜45%)であった。
                                                                      • 対称ジエステルから四重水素化ジケトンを得る際の収率がやや低かったのは、片方のエステル部位での微量の反応が原因とされた。
                                                                      • アミン含有化合物3qは、溶液貯蔵時に重水素化生成物の比率の劣化を示した。また、pH 10で少量の、pH 12で著しい重水素交換が見られた。

                                                                      結論

                                                                          • エステルとビス[(ピナコラト)ボリル]メタンのカップリングを通じて、部分的に重水素化されたメチルケトン(CD2H-ケトン)への新規かつ効率的なプロトコルが開発された
                                                                          • この戦略は、高い二重水素化選択性、および関連する条件下での優れた安定性を提供する。
                                                                          • グラムスケール合成と重水素保持を伴うさらなる変換が可能であり、将来の医薬品および産業応用に本手法の有用性が確認された。

                                                                          将来の展望

                                                                                                • 本手法は、創薬における代謝プロセスの精密な制御を可能にし、相補的な分光分析のための多機能プローブの開発に貢献する。

                                                                                                TAKE HOME QUIZ

                                                                                                1. CD2H化合物(部分的に重水素化された化合物)の合成が、なぜ重要であると考えられているのでしょうか? 2つの主な理由を挙げてください。 

                                                                                                2. ケトンのα位を部分的に重水素化する際に、従来の方法ではどのような課題がありましたか? 特に、CH3基の重水素化について述べてください。 

                                                                                                3. この論文で報告されているCD2H-メチルケトンの合成プロトコルは、どのような材料と主要なステップで構成されていますか?

                                                                                                4. 本プロトコルにおいて、塩基としてLiTMPを使用した場合とNaHMDSを使用した場合で、重水素化の選択性にどのような違いが見られましたか? その理由についても簡単に説明してください。 

                                                                                                5. 合成されたCD2H-ケトンは、その後の標準的なカルボニル変換反応において、重水素をどの程度保持しますか? 重水素の保持が期待できる反応と、失われる可能性のある反応のタイプをそれぞれ挙げてください。 

                                                                                                解答

                                                                                                1. CD2H化合物のような部分的に重水素化された基を持つ化合物の合成が重要であると考えられる主な理由は以下の2点です。

                                                                                                  • 医薬品開発における代謝プロセスの精密な制御: 医薬品開発において、重水素化は薬剤の代謝速度を低下させ、半減期を延長する効果があることが確立されています(例:AustedoやSotyktuなどの承認薬)。メチル基(CH3)の代謝が速すぎ、完全に重水素化されたCD3基の代謝が遅すぎる場合に、CD2Hのような中間的な重水素化レベルの化合物は、理想的な代謝速度を与えることで、代謝プロセスを微調整することを可能にします。
                                                                                                  • 相補的な分光技術による分析のための多機能プローブとしての利用: CD2HやCDH2基を含む分子は12(重水素)の両方を含むメカニズム研究用のプローブとして利用できます。これにより、重水素化された部位を1H NMR、ラマン分光法(2)、質量分析法などの複数の相補的な分析技術で同時に研究することが可能になります。重水素はラマン分光法や質量分析法において重要なプローブ原子です。
                                                                                                2. ケトンのα位、特にCH3基を部分的に重水素化する際の従来の方法における課題は以下の通りです。

                                                                                                  • 重水素化レベルの制御が極めて困難: 従来のプロトコルでは、ケトンのα位の重水素化レベルを正確に制御することが非常に困難でした。多くの場合、重水素化されたケトンは「オール・オア・ナッシング」の結果となり、CH3基が完全にCD3基に変換され、CDH2やCD2Hのような中間的な重水素化度の製品を制御して得ることはできませんでした
                                                                                                  • 過剰重水素化(CD3-ケトンの形成): 例えば、末端アルキンへの重水素源を用いた水和によるCD2Hケトンの合成も報告されていますが、多くの場合、過剰な重水素化が起こり、特に酸触媒下ではCD3-ケトンが一般的に形成されていました
                                                                                                  • 塩基性条件下での重水素交換: ビス(ボロン)エノラートを生成する際に用いられる塩基性条件下では、水素と重水素の交換が容易に起こる可能性があり、重水素化の度合いを制御することが課題となることが予想されていました。
                                                                                                3. この論文で報告されているCD2H-メチルケトンの合成プロトコルは、以下の材料と主要なステップで構成されています。

                                                                                                  • 主要な材料:

                                                                                                    • エステル: 特に非エノール化可能なエステル(例:パラ置換安息香酸エステル)が広範にわたって試されました。
                                                                                                    • ビス[(ピナコラート)ボリル]メタン: エステルと反応してα,α-ビス(エノラート)等価体を生成する、gem-ビス(ホウ素)化合物です。
                                                                                                    • 塩基: 最適化された条件では、NaHMDS (ナトリウムヘキサメチルジシラジド) が用いられました。
                                                                                                    • 重水素源: D2O(重水) が安価で入手しやすいため、理想的な重水素源として使用されました。
                                                                                                    • 溶媒: 無水THF (テトラヒドロフラン)が用いられました。エノール化可能なエステルの場合は、無水トルエンへの溶媒変更も試みられました。
                                                                                                  • 主要なステップ:

                                                                                                    • エステルとビス[(ピナコラート)ボリル]メタンのカップリング: 塩基の存在下で、エステルがビス[(ピナコラート)ボリル]メタンと反応し、gem-ビス(ボロン)エノラート中間体が生成されます。
                                                                                                    • D2Oによるトラッピング(重水素化): 生成されたビス(ボロン)エノラート中間体が、D2Oでトラップされ、2つのホウ素原子がそれぞれ重水素化されることで、ジ重水素化されたメチルケトン(CD2H-メチルケトン)が構築されます。
                                                                                                    • 条件の最適化: 高い選択性を得るためには、溶媒量の削減とD2O量の増加が重要でした。最終的な最適化条件には、NaHMDS 1.5当量、ビス[(ピナコラート)ボリル]メタン 2.0当量、無水THF 0.3 mL、D2O10当量が採用されました。
                                                                                                4. 本プロトコルにおいて、塩基としてLiTMPを使用した場合とNaHMDSを使用した場合では、重水素化の選択性に顕著な違いが見られました。

                                                                                                  • NaHMDSを使用した場合:

                                                                                                    • 非エノール化可能なエステルに対して、高いジ重水素化選択性(85~94%) を示しました。
                                                                                                    • エノール化可能なエステルに対しても、溶媒を変更しエステルの添加を遅らせることで、収率は中程度ながらも非常に高いジ重水素化生成物の選択性(83~87%) を達成しました。
                                                                                                  • LiTMPを使用した場合:

                                                                                                    • 収率は向上したものの、ジ重水素化に対する選択性は非常に低かったです。
                                                                                                    • 例えば、メチル2-メチル安息香酸エステル(非エノール化可能)を用いた場合、LiTMPの使用によりジ重水素化率は38%、全体の重水素化率は75%となり、NaHMDS使用時よりも選択性が大幅に劣ることが示されました。
                                                                                                  • 理由(重水素交換):

                                                                                                    • LiTMPはNaHMDSよりも強い塩基であり、エノール化可能なエステルにおける自己クライゼン反応を回避するのには有効でしたが、その使用は大幅な重水素スクランブリング(無秩序化)を引き起こし、重水素化の選択性を低下させることがメカニズム研究で明らかになりました。これは、LiTMPを使用することで重水素交換が容易に起こり、重水素が意図しない位置に移動したり、既存の重水素が水素と交換されたりしたためと考えられます。
                                                                                                5. 合成されたCD2H-ケトンは、その後の標準的なカルボニル変換反応において、重水素の保持は反応のタイプによって異なります。

                                                                                                  • 重水素の非常に高い保持が期待できる反応(カルボニル基への求核付加を伴う反応):

                                                                                                    • NaBH4による還元 (4i)
                                                                                                    • グリニャール付加 (5i, 6i)
                                                                                                    • トシルヒドラゾン形成 (7i) これらの反応はすべて、良好な収率で進行し、重水素の非常に高い保持レベルが観察されました。これは、これらの反応がカルボニル炭素への直接的な求核付加を伴い、α位の水素や重水素の交換が起こりにくいためと考えられます。
                                                                                                  • 重水素の有意な消失が起こる可能性のある反応(エノラート形成を伴う反応):

                                                                                                    • エノラート形成を伴う反応では、予測通りに重水素の有意な消失につながりました。ケトンのα位はエノラート形成を通じて容易に重水素交換を受けるため、このような反応条件下では重水素が失われやすくなります。

                                                                                                  2025年8月2日土曜日

                                                                                                  Catch Key Points of a Paper ~0245~

                                                                                                  論文のタイトル: Suzuki–Miyaura coupling of arylthianthrenium tetrafluoroborate salts under acidic conditions

                                                                                                  著者: Li Zhang, Yuanhao Xie, Zibo Bai & Tobias Ritter*
                                                                                                  雑誌名: Nature Synthesis
                                                                                                  巻: Vol. 3, pages 1490–1497
                                                                                                  出版年: 2024
                                                                                                  DOI: https://doi.org/10.1038/s44160-024-00631-4

                                                                                                  背景

                                                                                                  1: 既存の知見と研究の重要性

                                                                                                  • パラジウム触媒による鈴木–宮浦クロスカップリング (SMC) は、製薬業界で最も一般的に使用される炭素–炭素結合形成反応です
                                                                                                  • アリール(擬似)ハライドとアリールボロン酸は、SMCの一般的なカップリングパートナーとして機能します。
                                                                                                  • 多くのヘテロアレーン、例えばピリジン、イミダゾール、チオフェンは、医薬品や農薬において広く普及している部分構造です。
                                                                                                  • 多くのヘテロアリールボロン酸は、他のアリール求核試薬と比較して毒性が低く、安定で、取り扱いが容易であり、SMCの普及に貢献しています。

                                                                                                  2: 未解決の問題点と研究のギャップ

                                                                                                  • 一般的なSMC法は塩基の使用を必要とし、これが基質範囲を制限します。
                                                                                                  • 多くのヘテロアリールボロン酸は不安定であり、特にトランスメタル化に必要な塩基性反応条件下で問題となります
                                                                                                  • 「2-ピリジル問題」はよく知られた課題であり、2-ピリジルボロン酸が反応条件下で非生産的なプロトデボロン化を起こすことを指します。
                                                                                                  • この問題に対処するため、以前はボロン酸を環状トリオールボレートやN-メチルイミノ二酢酸 (MIDA) ボロネート誘導体として保護するアプローチが取られていました。
                                                                                                  • 従来の塩基性および現代の中性条件下でのSMC反応は、高ルイス塩基性官能基が存在すると触媒中毒が原因で失敗する可能性があります。

                                                                                                  3: 研究の目的

                                                                                                  • これまでの進歩にもかかわらず、「2-ピリジル問題」は未解決のままであり、2-ピリジルボロン酸は中性条件下でも不安定です
                                                                                                  • 本研究は、酸性条件下でも進行できる概念的に異なるSMC反応を報告します
                                                                                                  • この進歩の鍵は、その後の生産的なトランスメタル化に塩基を必要としない、酸安定性のパラジウムベースのイオン対の形成です
                                                                                                  • 本研究の目的は、ヘテロアリールボロン酸のような壊れやすいカップリングパートナーの使用困難さを解決し、ルイス塩基性官能基による触媒中毒を避ける一般的な解決策を提供することです。

                                                                                                  方法

                                                                                                  1: 研究デザインの概要

                                                                                                  • 本研究では、パラジウム触媒による鈴木–宮浦クロスカップリング (SMC) の新しい方法論が開発されました
                                                                                                  • この新しいSMCは、アリールチアントレニウムテトラフルオロボレート塩とアリールボロン酸をカップリングパートナーとして使用します。
                                                                                                  • 「酸安定性イオン対」の形成が、酸性条件下での反応を可能にする鍵となるメカニズムであると提案されています
                                                                                                  • 機械論的研究は、核磁気共鳴 (NMR) 分光法、密度汎関数理論 (DFT) 計算、およびX線結晶構造解析を用いて実施されました。

                                                                                                  2: 試薬の選定と反応条件

                                                                                                  • 一般的な中性条件下でのSMC手順:
                                                                                                    • アリールチアントレニウム塩 (0.200 mmol, 1.00 equiv.) とアリールボロン酸 (0.220 mmol, 1.10 equiv.) を使用しました。
                                                                                                    • 触媒としてPd(tBu3P)2 を5.0 mol%加えました。
                                                                                                    • 溶媒にはメタノール (2 mL, 0.1 M) を使用しました。
                                                                                                  • 酸性条件下でのSMC手順:
                                                                                                    • 上記の中性条件下での手順に加えて、HBF4·OEt2 (0.20 mmol, 1.0 equiv.) を添加しました。
                                                                                                    • 反応混合物は60 °Cで強く攪拌し、必要な時間(10分~12時間)反応させました。

                                                                                                  3: 評価項目と測定方法

                                                                                                  • 生成物の収率は、内部標準としてフルオロベンゼンを用いた19F NMR分光分析によって決定されました
                                                                                                  • 機械論的理解を深めるため、フェニルボロン酸、1-BF4およびHBF4·OEt2間の反応がNMR分光法によって調査されました。
                                                                                                  • パラジウム(II)中間体A(具体的には3-BF4)の形成は分光法的に観察されましたが、その純粋な形態の単離は不安定でした
                                                                                                  • DFT計算は、イオン対Bの形成と主要なトランスメタル化ステップの活性化エネルギーの予測に使用されました。
                                                                                                  • [H]+[Py-BF3]- (4) のX線結晶構造が解明されました。

                                                                                                  結果

                                                                                                  1: 新規SMCの堅牢性

                                                                                                  • 市販のPd(0)錯体は、HBF4の有無にかかわらず、フェニルボロン酸とアリールチアントレニウムテトラフルオロボレートのSMCを触媒することが示されました
                                                                                                  • 酸は生産的なクロスカップリングには必須ではありませんが、反応は酸の存在下でも進行することが確認されました。
                                                                                                  • 酸の許容性により、ルイス塩基性官能基がin situでプロトン化され保護されるため、通常は反応しない基質も使用できるようになります
                                                                                                  • HClを使用した場合の収率は5%未満であり、HBF4を使用した際の高い収率とは対照的でした。
                                                                                                  • トリフルアミドカウンターアニオン (NTf2-) を用いた場合も、類似のイオン対構造が形成されず、収率が大幅に低下しました。

                                                                                                  2: 2-ピリジル問題の解決

                                                                                                  • 2-ピリジルボロン酸のプロトデボロン化は、従来の塩基性および中性反応条件の両方で非常に速く進行します
                                                                                                  • 2-ピリジルボロン酸とアリールチアントレニウム塩の反応は、中性条件下ではカップリング生成物5をわずか5%の収率でしか生成しませんでした。
                                                                                                  • しかし、外部のHBF4·OEt2の存在下では、カップリング生成物5が88%という高収率で得られました
                                                                                                  • zwitterion [H]+[Py-BF3]-  (4) は、酸性条件下で加水分解に対して安定であることが示されました。

                                                                                                  3: 広範な基質範囲

                                                                                                  • 好ましいイオン対形成により、従来のSMC反応条件では非互換性であった多種多様な基質が、ボロン酸を出発物質として直接参加できるようになりました
                                                                                                  • 塩基性ヘテロ環やアミンを含む化合物(617)は、酸性条件下で良好に反応します。
                                                                                                  • 例えば、以前のSMCで17%の収率だった殺線虫活性化合物14は、この酸性条件下でのイオン対形成により98%の収率で得られました
                                                                                                  • 2-チオフェニル (18, 20)、2-フラニル (19) など、塩基に敏感なヘテロアリールボロン酸も高収率でカップリングできました。
                                                                                                  • 本反応は堅牢であり、大気中および湿った溶媒中(最大50 vol%の水)でも高い収率で実行可能です。

                                                                                                  考察

                                                                                                  1: 主要な発見の意味 

                                                                                                  • 本研究は、酸性条件下でC–C結合形成反応を促進できる、他のクロスカップリング反応ではこれまで示されていなかった珍しいトランスメタル化メカニズムを明らかにしました
                                                                                                  • このメカニズムは、反応パートナー間に酸安定性のパラジウムベースのイオン対が形成されることに起因します。
                                                                                                  • このイオン対は、その後の生産的なトランスメタル化に外部の塩基を必要としません。

                                                                                                  2: 主要な発見の重要性 

                                                                                                    • 本SMC反応は、他のSMC反応で直接使用できなかったボロン酸(例えば、2-ピリジルボロン酸や強力なルイス塩基性官能基を持つボロン酸)の使用を可能にします
                                                                                                    • これにより、ルイス塩基性官能基による触媒の失活(中毒)という既存の問題に対する一般的な解決策が提供されます。
                                                                                                    • 酸は触媒メカニズム自体に必須ではありませんが、通常は許容されない不安定な基質を反応に組み込むことを可能にします
                                                                                                    • 提案された触媒サイクルにおいて、イオン対BにおけるPd–C(ipso)の距離は2.42 Åと計算されており、これはη1配位と一致します。

                                                                                                    3: 先行研究との関連性

                                                                                                    • 従来のSMCは塩基性条件下で行われますが、多くのヘテロアリールボロン酸はその条件下で不安定であることが知られています。
                                                                                                    • 2-ピリジルボロン酸のプロトデボロン化は、pH 4~10のSMC反応条件下で10⁻² s⁻¹の速度定数で進行することが、Lloyd-Jonesグループによって決定されています
                                                                                                    • 以前のプロトコルでは、2-ピリジル問題を解決するために、塩基耐性のある有機ホウ素試薬を追加のステップで調製する必要がありました。
                                                                                                    • 本研究は、2-ピリジルボロン酸を保護なしで直接使用できる、これまでにない成功したSMCプロトコルを提供します

                                                                                                    4: 先行研究との差別化

                                                                                                    • 他のSMC反応では、生産的なトランスメタル化に必要なルイス塩基性基が酸によってプロトン化されるため、酸はトランスメタル化を阻害します
                                                                                                    • Buchwaldグループは、特定のPd-XPhosプレ触媒を開発し、2-チオフェニルボロン酸の効果的なクロスカップリングを90%以上の収率で達成しました。
                                                                                                    • Sanfordグループは、ベンゾイルフルオリドに対する中性条件下でのニッケル触媒SMCを開発しました。
                                                                                                    • 本研究で報告されたイオン対ベースのメカニズムは、これら既存の課題を克服する根本的に異なるアプローチを提供します

                                                                                                    5: 研究の限界

                                                                                                    • 著者らは、酸化付加によって生成されるパラジウム(II)中間体A(具体的には3-BF4)が分光法的に観察されたものの、純粋な形態を単離する試みでは不安定であったことを認めています。
                                                                                                    • 同様に、形成されたイオン対Bも、より詳細な特性評価を回避したと述べられています。
                                                                                                    • アリールジアゾニウム塩についても同様のイオン対形成が検討されましたが、活性化障壁を克服するための高温が必要なため、熱的不安定性によりはるかに低い収率に終わりました
                                                                                                    • この新しいメカニズムが、すべての種類のクロスカップリング反応に普遍的に適用できるかどうかは、今後の研究でさらに検証する必要があります。

                                                                                                    結論

                                                                                                      • 本研究は、酸性条件下でSMC反応を可能にする、これまで報告されていない新しいトランスメタル化経路を明らかにしました
                                                                                                      • この革新的な経路は、反応パートナー間に形成される酸安定性のパラジウムベースのイオン対に基づいています
                                                                                                      • これにより、従来のSMCでは使用が困難であった不安定なヘテロアリールボロン酸(例:2-ピリジルボロン酸)や、触媒毒性の原因となるルイス塩基性官能基を持つ基質が、直接、高効率で利用可能になりました

                                                                                                      将来の展望

                                                                                                                          • このイオン対相互作用によって促進されるトランスメタル化メカニズムの炭素-ヘテロ原子結合形成などの他のクロスカップリング反応への適用可能性が期待されます。

                                                                                                                          TAKE HOME QUIZ

                                                                                                                          質問1: 従来の鈴木-宮浦クロスカップリング (SMC) 反応における一般的な課題は何ですか?特に、反応条件と基質範囲の観点から説明してください。

                                                                                                                          質問2: SMCにおいて「2-ピリジル問題」とは具体的にどのような課題であり、なぜ解決が困難とされてきたのでしょうか?

                                                                                                                          質問3: 本論文で報告されている新しいSMC反応は、酸性条件下でも進行しますが、この進歩の鍵となる「概念的な違い」は何ですか?

                                                                                                                          質問4: 新しいSMC反応では、特定の「イオン対」の形成が重要であると述べられています。このイオン対は、酸性条件下での反応の成功にどのように貢献すると考えられていますか?

                                                                                                                          質問5: この新しい酸性条件下でのSMC手法が、従来のSMC反応やこれまでの現代的なSMC手法と比較して持つ、顕著な利点を2つ挙げてください。

                                                                                                                          解答

                                                                                                                          1. 従来の鈴木-宮浦クロスカップリング (SMC) 反応は、医薬品産業で最も一般的に使用される炭素-炭素結合形成反応ですが、いくつかの一般的な課題を抱えています。

                                                                                                                            • 反応条件の課題:
                                                                                                                              • 典型的なSMC法は、塩基の使用を必要とします。この塩基の存在が、反応条件を制約する要因となります。
                                                                                                                              • 酸は、他のSMC反応におけるトランスメタル化を阻害します。これは、生産的なトランスメタル化に必要とされるルイス塩基性基(例えば、従来のSMCにおけるパラジウム水酸化物、パラジウムフッ化物、Pd-O-B前トランスメタル化中間体、あるいはニッケルや亜鉛の水酸化物など)が、酸の存在下でプロトン化されてしまうためです。
                                                                                                                            • 基質範囲の課題:
                                                                                                                              • 塩基の必要性は、基質範囲を制限します。多くのボロン酸は直接使用できず、独立して保護する必要がありました。
                                                                                                                              • 多くのルイス塩基性官能基は触媒を毒します。従来の塩基性条件下や現代の中性条件下での反応は、高いルイス塩基性を持つ様々な官能基が存在すると、触媒への配位による触媒毒性のため失敗することが多いです。
                                                                                                                              • 特に、ピリジン、イミダゾール、チオフェンなどのヘテロアレーンは医薬品や農薬に最も広く存在する部分構造であるにもかかわらず、多くのヘテロアリールボロン酸は不安定であり、特に生産的なトランスメタル化に必要な塩基性反応条件下では安定性が不十分であることが問題です。
                                                                                                                          2. SMCにおける「2-ピリジル問題」は、2-ピリジルボロン酸が反応条件下で非生産的なプロト脱ホウ素化(protodeboronation)を起こすという、よく認識された課題です。この脱ホウ素化により、目的のカップリング生成物が得られにくくなります。

                                                                                                                            この問題が解決困難とされてきた理由は以下の通りです。

                                                                                                                            • 2-ピリジルボロン酸の不安定性: 2-ピリジルボロン酸は、中性条件下ですらプロト脱ホウ素化に対して不安定であるため、従来のアプローチではこの問題が未解決のままでした。pH 4~10のSMC反応条件下でのプロト脱ホウ素化の速度定数は10⁻² s⁻¹と測定されています。
                                                                                                                            • 保護の必要性: この問題に対処するため、これまでのプロトコルでは、2-ピリジルボロン酸を環状トリオールボレート やN-メチルイミノ二酢酸(MIDA)ボロナート誘導体 といった、塩基に耐性のある有機ホウ素試薬として独立して保護する追加のステップが必要でした。これらの誘導体は、その後のトランスメタル化のために塩基性反応条件下でゆっくりと加水分解してボロン酸に戻ります。
                                                                                                                            • 直接使用の困難さ: 2-ピリジルボロン酸を直接使用する成功したSMCプロトコルは、これまで利用可能ではありませんでした
                                                                                                                          3. 本論文で報告されている新しいSMC反応は、酸性条件下でも進行する「概念的に異なる」SMC反応であり、その進歩の鍵は、反応パートナー間に酸安定性のパラジウムベースの「イオン対」が形成される点にあります [1, 7, 11c]。

                                                                                                                            従来のSMC反応では、生産的なトランスメタル化に必要なルイス塩基性基(例えば、不電荷のパラジウム水酸化物やPd-O-B前トランスメタル化中間体など)が、酸の存在下でプロトン化されてしまい、トランスメタル化が阻害されるという問題がありました。

                                                                                                                            これに対し、本手法の「概念的な違い」は、この酸安定性のイオン対が、その後の生産的なトランスメタル化に塩基を必要としないという点です。著者らの目標は、酸の存在下でもトランスメタル化を可能にする、酸に安定なイオン対が前トランスメタル化中間体として機能する反応を開発することでした。具体的には、アリールチアントレニウム塩から生じるカチオン性アリールパラジウム複合体(A)と、アリールボロン酸から生成するアリールトリフルオロボラートアニオン(およびチアントレニウム塩のテトラフルオロボラート対アニオンまたはHBF4)との間で、イオン対B(酸に安定なイオン対)が形成されるというメカニズムを提案しています [5, 11c]。

                                                                                                                          4. 新しいSMC反応では、酸に安定な「イオン対B」の形成が極めて重要であり、酸性条件下での反応成功に以下の貢献をすると考えられています。

                                                                                                                            • 塩基不要のトランスメタル化経路の提供: このイオン対Bは、その後の生産的なトランスメタル化に外部塩基を必要としません。従来のSMCでは、トランスメタル化に必要なルイス塩基性種が酸性条件下でプロトン化されて機能しなくなりますが、イオン対Bは酸の存在下でも安定に存在し、トランスメタル化中間体として機能します [7, 11c]。
                                                                                                                            • カチオン-π相互作用による促進: アニオンのアリールπ系とカチオン性パラジウムの間にカチオン-π相互作用が生じる可能性があり、これがイオン対Bの形成を促進するとともに、その後のトランスメタル化に適した幾何学的配置を提供すると考えられています。
                                                                                                                            • 熱力学的な安定性: 密度汎関数理論(DFT)計算により、[H]+[Py-BF3]- と[Ph-PdII]+BF4-A)からイオン対BとHBF4を形成する反応が発エルゴン的(–6.3 kcal mol⁻¹)であることが予測されており、その形成が熱力学的に有利であることが示されています [24, 13c]。これにより、酸性条件下でもイオン対Bが効率的に形成されることが示唆されます。
                                                                                                                            • 反応性の維持: イオン対Bからのトランスメタル化は、22.5 kcal mol⁻¹の活性化エネルギーを持ち、その後の還元的な脱離を容易にする律速段階です。これは、イオン対が触媒サイクル内で反応性を維持し、効率的なカップリング反応を可能にすることを示唆しています。
                                                                                                                            • 特異性の確認: HClやトリフルアミド(NTf2-)のような類似のイオン対を形成しない対アニオンを用いた場合、反応がほとんど進行しないことが実験的に示されており、このイオン対Bの関連性が裏付けられています。
                                                                                                                          5. この新しい酸性条件下でのSMC手法は、従来のSMC反応やこれまでの現代的なSMC手法と比較して、特に以下の2つの顕著な利点を持っています。

                                                                                                                            1. 酸性条件下での反応進行と広範な基質適用範囲:

                                                                                                                              • 本手法は、化学量論的な強酸の存在下でもトランスメタル化経路を可能にするという点で、既存のSMC反応とは異なっています。従来のSMC反応では、酸はトランスメタル化を阻害します。
                                                                                                                              • 酸性条件下での反応が可能になることで、ルイス塩基性官能基(例:塩基性ヘテロ環やアミン類)を持つ基質が触媒毒性を引き起こすことなく直接使用できるようになります [1, 7, 11e]。これらの官能基は酸性条件下でプロトン化されることでin situで保護され、触媒への配位を防ぎます。例えば、従来のSMCでは収率が17%であった協調性窒素原子を持つ化合物14が、この酸性条件下では98%という高収率で得られています。これは、触媒毒性が課題であった従来の条件 を克服するものです。
                                                                                                                            2. 不安定なアリールボロン酸、特に「2-ピリジル問題」の直接的な解決:

                                                                                                                              • 本手法は、2-ピリジルボロン酸のような、これまで扱いにくく「2-ピリジル問題」として知られていた脆弱なカップリングパートナーを直接関与させることを可能にします。
                                                                                                                              • 2-ピリジルボロン酸は、塩基性および中性反応条件下で速やかにプロト脱ホウ素化を起こすため、SMCでの使用が困難でした。従来のアプローチでは、保護された有機ホウ素試薬(例:環状トリオールボレートやMIDAボロナート誘導体)の調製が必要でした。
                                                                                                                              • しかし、この新しい方法では、HBF4の存在下で2-ピリジルボロン酸から安定な[H]+[Py-BF3]- (4)が形成されることで、脱ホウ素化が抑制され、中性条件下では5%しか得られなかったカップリング生成物5が、酸性条件下では88%の高収率で得られています。これにより、保護ステップなしで、2-チオフェニル、2-フラニル、2-ベンゾフラニルなど、塩基に敏感な他のヘテロアリールボロン酸も幅広く使用できる汎用的な解決策が提供されます。

                                                                                                                          2025年7月27日日曜日

                                                                                                                          Catch Key Points of a Paper ~0244~

                                                                                                                          論文のタイトル: Straightforward computational determination of energy-transfer kinetics through the application of the Marcus theory

                                                                                                                          著者: Albert Solé-Daura and Feliu Maseras*
                                                                                                                          雑誌名: Chemical Science
                                                                                                                          巻: Vol. 15, Issue 34, pp. 13650-13658
                                                                                                                          出版年: 2024
                                                                                                                          DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC03352C

                                                                                                                          背景

                                                                                                                          1: 光触媒作用の可能性

                                                                                                                          • エネルギー移動(EnT)光触媒作用は、合成化学に革命をもたらす可能性を秘めています。
                                                                                                                          • この技術により、通常では反応しない「非発色性化合物」の励起状態反応性を間接的に活性化できます。
                                                                                                                          • これにより、従来の基底状態経路ではアクセスできない貴重な分子骨格の合成が可能になります。
                                                                                                                          • 光触媒作用は、太陽光という再生可能エネルギー源を活用し、社会の持続可能性目標に貢献します。

                                                                                                                          2: 未解明な領域と課題

                                                                                                                          • EnT光触媒作用は将来性が高いにもかかわらず、計算化学の分野ではまだ未開拓の領域が広範に残されています。
                                                                                                                          • このメカニズムに関する知識の不足が、構造活性相関設計ルールの開発を妨げています。
                                                                                                                          • 結果として、EnT光触媒作用の成功は、多くの場合コストのかかる実験的な試行錯誤に依存しています。
                                                                                                                          • この研究は、このギャップを埋めるため、古典的マーカス理論とDFT計算の応用を検討することを目的としています。

                                                                                                                          3: 研究の目的

                                                                                                                          • 本研究は、より洗練された手法に代わる費用対効果が高く、使いやすい計算手法として、古典的マーカス理論の可能性を体系的に検証しました。
                                                                                                                          • 特に、アルケンの間接的な増感に関する詳細な実験的データ(GilmourおよびKerzigらの報告)を堅牢な参照値として活用しました。
                                                                                                                          • また、「非対称」マーカス理論の変形を初めて応用し、従来の仮定からのずれを考慮しました。
                                                                                                                          • 本手法がEnTの自由エネルギー障壁を非常に高い精度で予測できることを示し、計算化学分野の研究を促進することを目指します。

                                                                                                                          方法

                                                                                                                          1: 計算的手法のアプローチ

                                                                                                                          • 本研究では、古典的なマーカス理論密度汎関数理論(DFT)計算と組み合わせて適用しました。
                                                                                                                          • この手法は、反応物と生成物の状態間に電子カップリングがないと仮定する純粋に古典的なマーカス理論の変形を使用します。
                                                                                                                          • これは、電子カップリングを明示的に含む半古典的なマーカス理論に比べて、計算コストが高い複雑な量子効果の考慮を避けることができます。
                                                                                                                          • これにより、EnTプロセスの速度論を推定するための簡便な戦略が提供されます。

                                                                                                                          2: 研究対象の選定

                                                                                                                          • 本研究では、Gilmour、Kerzigらのグループが報告した、光触媒(PC)によるアルケン(基質1-4)の間接的な増感に関する詳細な運動学的調査データを実験的参照として利用しました。
                                                                                                                          • 主に、芳香族ケトンであるチオキサントン(TX)を光触媒として用いて、アルケン1-4の増感プロセスを調査しました。
                                                                                                                          • 加えて、イリジウム(III)ベースおよびルテニウム(II)ベースの遷移金属光触媒を用いて、基質3のEnT反応性も分析しました。
                                                                                                                          • これらの光触媒は、それぞれ異なる三重項状態エネルギー反応性を持つことが知られています。

                                                                                                                          3: 評価項目と測定

                                                                                                                          • 主要な評価項目として、エネルギー移動(EnT)のギブズ自由エネルギー障壁(ΔG)を算出しました。
                                                                                                                          • これらの計算値は、実験的に決定された反応速度定数からアイリング方程式を用いて導出された実験障壁と比較されました。
                                                                                                                          • マーカス理論の適用に必要なパラメータとして、反応ギブズ自由エネルギー(ΔG°r再配列エネルギー(λ)をDFT計算によって求めました。
                                                                                                                          • 再配列エネルギーは、反応物(λR)と生成物(λP)のそれぞれのエネルギー曲面上で個別に計算され、特にその違いが重視されました。

                                                                                                                          4: 計算の詳細

                                                                                                                          • DFT計算は、B3LYP-D3BJレベルの理論で実施され、Gaussian 16量子化学計算パッケージを使用しました。
                                                                                                                          • 分子の構造最適化と振動数計算には、典型元素にはcc-pVDZ基底関数系を、IrおよびRu金属中心にはLANL2DZ(f)基底関数系および擬ポテンシャルを使用しました。
                                                                                                                          • 電子エネルギーは、最適化された構造に対して、より広範な基底関数系を用いた一点計算によって補正されました。
                                                                                                                          • 溶媒効果は、アセトニトリルのIEF-PCM暗黙的溶媒和モデルを用いて導入されました。
                                                                                                                          • マーカス理論の計算には、対称モデル(kR = kP非対称モデル(kR ≠ kP)の両方を使用し、その性能を比較しました。

                                                                                                                          結果

                                                                                                                          1: マーカス理論の精度

                                                                                                                          • 本アプローチは、EnTプロセスにおける自由エネルギー障壁を高い精度で推定する顕著な能力を示しました。
                                                                                                                          • 実験値との典型的誤差は2 kcal mol−1未満であり、平均絶対誤差(MAE)は1.2 kcal mol−1でした。
                                                                                                                          • 特に、非対称マーカス理論は、対称アプローチよりも実験値に近い自由エネルギー障壁を一貫して与えました。
                                                                                                                          • これは、反応物と生成物の再配列エネルギーに顕著な差(平均で31 kcal mol−1)があること、特に励起アルケンのビラジカルな性質により生成物側の曲面がより平坦であることに起因します。

                                                                                                                          2: TXによるアルケンの増感

                                                                                                                          • TX(チオキサントン)とアルケン1-4の間のすべてのEnTプロセスは、熱力学的に有利(ΔG°r < 0)であることが確認されました。
                                                                                                                          • 高度に共役した二重結合を持つ基質(234Z)は、ラジカルの非局在化が促進されるため、最も有利な反応自由エネルギーを示しました。
                                                                                                                          • 基質1-3については、理論的に導出された速度定数が実験値と良好な一致を示し、EおよびZ異性体の増感における実験的選択性傾向を再現しました。
                                                                                                                          • 微小速度論モデルを用いることで、光定常状態におけるE:Z比の実験的選択性傾向を定性的に再現できることが示されました。

                                                                                                                          3: アルケン4と遷移金属PC

                                                                                                                          • 基質4の場合、計算されたEnT障壁が非常に低く(4Eで1.0 kcal mol−14Zで2.5 kcal mol−1)、EnT速度がEnTプロセス自体ではなく拡散によって支配されていることが示唆されました。
                                                                                                                          • 拡散障壁は通常3~4 kcal mol−1のオーダーであり、これが実験的に決定された障壁の高さと4Eおよび4Zの類似した速度論を説明します。
                                                                                                                          • イリジウム(III)ベースの光触媒についても、非対称マーカス方程式は非常に正確なEnT自由エネルギー障壁の推定を提供しました。
                                                                                                                          • すべてのIr(III)系PCは基質を増感することに成功しましたが、ルテニウム(II)は不活性であり、これはその三重項エネルギーがアルケンへのEnTを許容するには不十分であったためとされます。

                                                                                                                          考察

                                                                                                                          1: 主要な発見とその意義

                                                                                                                          • 本研究は、古典的マーカス理論とDFT計算の組み合わせが、EnTプロセスの自由エネルギー障壁を推定するための信頼性の高いツールであることを明確に示しました。
                                                                                                                          • 特に、反応物と生成物の自由エネルギー曲線の幅が異なる場合に適用される非対称マーカス理論は、実験値と比較して平均誤差1.2 kcal mol−1と非常に高い精度を提供します。
                                                                                                                          • これは、励起状態のアルケンがビラジカル種としての特性を持ち、その生成物状態のポテンシャルエネルギー曲面が反応物よりも著しく平坦であるという分子レベルの洞察に基づいています。
                                                                                                                          • このアプローチは、複雑で計算コストの高い量子効果や電子カップリングの明示的な計算を回避できるため、実用的かつ費用対効果の高いEnT反応予測戦略となります。

                                                                                                                          2: 光触媒の設計指針

                                                                                                                          • 高い共役度を持つアルケンは、増感時に形成されるラジカルの非局在化が促進されるため、熱力学的に有利なEnTプロセスを示します。
                                                                                                                          • 電子効果と立体効果のバランスが取れた「スイートスポット」が存在し、これが最適なEnT速度をもたらす可能性があります。
                                                                                                                          • しかし、EnT障壁が非常に低い場合(例:基質4)、EnTプロセス自体が律速段階ではなく、むしろ光触媒と基質の拡散が全体の速度を支配することが明らかになりました。
                                                                                                                          • この洞察は、EnT光触媒反応における効率と選択性を最適化するための重要な設計指針を提供します.

                                                                                                                          3: 先行研究との比較

                                                                                                                          • マーカス理論は1956年に電子移動(SET)速度論の基礎的な説明として提案され、ノーベル化学賞も受賞した確立されたアプローチです。
                                                                                                                          • 本研究は、この確立されたマーカス理論の枠組みEnTプロセスに拡張し、その有効性を定量的かつ体系的に実証しました。
                                                                                                                          • これまで、EnTプロセスへのマーカス理論の適用は、電子カップリングの複雑な考慮が必要なため、あまり探求されていませんでした。
                                                                                                                          • 本研究は、簡便な古典的マーカス理論が、定性的な傾向だけでなく、定量的な予測においても高い精度を持つことを示し、先行研究のギャップを埋めました。

                                                                                                                          4: 重要な影響因子

                                                                                                                          • 遷移金属ベースの光触媒に関する分析は、光触媒の三重項状態エネルギーがEnTプロセスの速度論を決定する重要な要因であることを再確認しました。
                                                                                                                          • しかし、光触媒の再配列エネルギーも、障壁の高さに大きな影響を与えることが示されました。例えば、TXやMeOTXの再配列エネルギーがIrベースの光触媒よりも小さいため、同様の三重項エネルギーを持つにもかかわらず、より速く基質を増感します。
                                                                                                                          • Ru(II)が不活性であった一方でIr(III)-Aが活性であったという実験結果は、光触媒の励起状態寿命や、EnTプロセスと競合する無生産的な基底状態への緩和プロセスの重要性を示唆しています。

                                                                                                                          5: 研究の限界

                                                                                                                          • 計算によって得られた生成物分布の定量的な精度は、計算精度の限界(通常1-2 kcal mol−1)内にあり、さらなる調整が必要な場合があります。
                                                                                                                          • EnT障壁の高さだけでなく、光触媒の光吸収能力、励起状態の寿命、そしてEnT自由エネルギーを決定する三重項エネルギーの精度など、他のパラメータも慎重に評価する必要があります。
                                                                                                                          • 特に、競合する副次的なプロセス(光触媒の無生産的な基底状態への緩和、三重項-三重項消滅、光触媒の分解など)が発生しうる高障壁のEnTプロセスを分析する際には、より注意深い評価が不可欠です。

                                                                                                                          結論

                                                                                                                          • 本研究は、マーカス理論とDFT計算の組み合わせが、エネルギー移動(EnT)プロセスの自由エネルギー障壁を正確に推定するための信頼性の高い実用的なツールであることを支持しました。
                                                                                                                          • 特に、「非対称」マーカス理論の適用は、励起されたアルケンのビラジカルな性質を考慮することで、高い予測精度を提供することが示されました。
                                                                                                                          • この費用対効果の高い計算プロトコルは、実験作業の効率化のための未踏の計算スクリーニングを可能にし、構造-活性相関を解明することで、効率が向上した新規光触媒システムの戦略的設計への道を開きます。

                                                                                                                          将来の展望

                                                                                                                                            • 本研究は、EnT光触媒作用という新興分野における実質的な進歩を促進し、さらなる計算研究を促進することが期待されます。
                                                                                                                                            • これまでEnT光触媒の領域は「 largely uncharted area」であり、どの道が効率的な合成経路に通じるのか、手探りでしか進めませんでしたが、Marcus理論とDFT計算を組み合わせるという「非対称的なアプローチ」という新しい羅針盤と、その「高精度の地図」の精度を実験データで検証したことで、闇雲な試行錯誤を減らし、より効率的かつ論理的に、貴重な分子への近道を見つけられるようになり、未来の化学者は、より迅速に目的の「宝(分子骨格)」にたどり着くことができるようになる。

                                                                                                                                            用語集

                                                                                                                                            • EnT (Energy Transfer) photocatalysis (エネルギー移動光触媒作用): 光触媒が光を吸収して励起状態となり、そのエネルギーを別の分子(基質)に移動させ、基質を反応活性な励起状態にするプロセス。
                                                                                                                                            • Marcus theory (マーカス理論): 電子移動反応やエネルギー移動反応の速度論を説明するために開発された理論。反応の自由エネルギー障壁を、反応自由エネルギーと再配列エネルギーの関数として予測する。
                                                                                                                                            • DFT (Density Functional Theory) calculations (密度汎関数理論計算): 量子力学的手法の一つで、電子の密度に基づいて分子や材料の電子構造や特性を計算する。
                                                                                                                                            • Photocatalyst (光触媒, PC): 光を吸収して励起状態となり、そのエネルギーを他の分子に移動させて化学反応を引き起こす物質。
                                                                                                                                            • Alkene (アルケン): 少なくとも1つの炭素-炭素二重結合を持つ有機化合物。
                                                                                                                                            • Gibbs free energy barrier (ΔG‡) (ギブズ自由エネルギー障壁): 化学反応が進行するために必要な最小限のエネルギー。この障壁が高いほど反応は遅くなる。
                                                                                                                                            • Reorganization energy (λ) (再配列エネルギー): 電子移動またはエネルギー移動反応の際に、分子構造や周囲の溶媒が変化(再配列)するために必要なエネルギー。
                                                                                                                                            • Ground-state pathways (基底状態経路): 反応物が安定した基底状態のままで進行する化学反応経路。
                                                                                                                                            • Excited-state reactivity (励起状態反応性): 分子が光エネルギーを吸収して励起状態になったときに示す反応性。
                                                                                                                                            • Non-chromophoric compounds (非発色性化合物): 可視光を直接吸収しない化合物。
                                                                                                                                            • Triplet state (三重項状態): 分子の励起状態の一つで、2つの電子のスピンが平行になっている状態。比較的長寿命で、光触媒反応で重要な役割を果たす。
                                                                                                                                            • Biradical species (ビラジカル種): 2つの非対電子を持つ分子種。アルケンの三重項状態がこれに該当する。
                                                                                                                                            • Implicit solvation models (暗黙的溶媒和モデル): 溶媒分子を明示的に含まず、連続体として扱って溶媒効果を計算するモデル。

                                                                                                                                            TAKE HOME QUIZ

                                                                                                                                            問題1:エネルギー移動(EnT)光触媒とは何ですか?その合成化学における重要性と、非発色性化合物の励起状態反応性をどのように可能にするかを説明してください。

                                                                                                                                            問題2:本研究の主な目的は何ですか?

                                                                                                                                            問題3:Marcus理論はEnTプロセスにどのように適用されますか?また、本研究で検討されたEnT自由エネルギーバリア推定の2つの主なアプローチを述べ、それらの主な違いを説明してください。

                                                                                                                                            問題4:なぜ「非対称的」Marcus理論アプローチが、アルケンの増感におけるEnT自由エネルギーバリアの推定により適しているのですか?

                                                                                                                                            問題5:アルケン4Eおよび4Zの増感において、低いEnTバリアが予測されたにもかかわらず、実験的に類似の速度が観察されたのはなぜか?

                                                                                                                                            問題6:EnT光触媒プロセスの実行可能性を安全に評価するために、EnTバリアの高さ以外に考慮すべき重要なパラメーターには何がありますか?

                                                                                                                                            解答

                                                                                                                                            1. EnT光触媒は、励起状態反応性を開拓し、通常は基底状態経路ではアクセスできない有用な分子骨格の合成ルートを開放する可能性を秘めています。この戦略は、非発色性化合物(光を吸収しにくい化合物)の励起状態反応性を間接的に増感することによって可能にします。典型的に、光触媒(PC)が光照射によって励起され、一重項励起状態から項間交差(ISC)を経て三重項状態(³PC*)に進化します。その後、この³PC*が基質を三重項-三重項EnTによって増感し、PCの基底状態を再生しながら、基質の三重項励起状態(T₁)を生成し、そこから反応が起こります。
                                                                                                                                            2. 解答のポイント:本研究は、古典的なMarcus理論とDFT計算を組み合わせたアプローチが、EnTプロセスの速度論を推定するための簡便な戦略として有効であるかを検証することに焦点を当てています。特に、異なる光触媒とアルケン分子間のエネルギー移動ギブズエネルギー障壁を推定するための信頼できるツールとして密度汎関数理論が示されています。この研究は、EnT光触媒における構造活性相関と設計規則の開発を妨げていた計算化学における未開拓の領域のギャップを埋めることを目指しています。
                                                                                                                                            3. 解答のポイント:Marcus理論は、元々電子移動(SET)の速度論を解明するために1956年に提唱されました。この理論は、反応物状態(GR(q))と生成物状態(GP(q))を記述する自由エネルギー盆地を、反応座標(q)上に投影された対称的な放物線関数として扱います

                                                                                                                                              本研究では、以下の2つのアプローチが検討されました。

                                                                                                                                              • 対称的アプローチ(Symmetric approach)
                                                                                                                                                • これは最も一般的な仮定であり、反応物と生成物の両方の放物線が同じ幅(すなわち、kR = kP)を持つと仮定します。この場合、自由エネルギーバリア(ΔG)は、反応ギブズ自由エネルギー(ΔG°r)と再配列エネルギー(λ)から計算されます。λは、理想的にはλP = λR = λですが、計算上はλPλRの算術平均として決定されます。このアプローチはより大きな乖離を生じ、平均絶対誤差(MAE)は2.3 kcal mol⁻¹でした。
                                                                                                                                              • 非対称的アプローチ(Asymmetric approach)
                                                                                                                                                • このアプローチは、kRkP が大きく異なる場合(すなわち、放物線の幅が異なる場合)に対応するために導入されました。より洗練された解析式(式4)が使用され、λRλPおよびΔG°rをそれぞれ個別に組み込むことで、理想的な挙動からの逸脱を考慮します。このアプローチは、より正確なバリア推定値を提供し、MAEは1.2 kcal mol⁻¹でした。
                                                                                                                                            4. 解答のポイント: 非対称的アプローチがより適しているのは、アルケンの励起状態が双極子種であるためです。増感されると、アルケンは元々の二重結合の二つの炭素原子を中心とする双極子を形成し、三重項状態ではC-C結合の二重結合特性が失われるため、約90°のねじれ角への回転に伴うエネルギー損失が著しく小さくなります。この結果、生成物状態の曲面は反応座標に沿って著しく平坦になります。計算された再配列エネルギー(λ)を見ると、反応物表面(λR)と生成物表面(λP)で大きく異なり、特に反応物表面で平均して約31 kcal mol⁻¹も大きくなっています。これは、生成物状態の曲面が反応物状態よりも湾曲が少ないことを示しており、この非対称性を考慮する非対称的アプローチが、より正確なバリア推定値(MAE 1.2 kcal mol⁻¹)を提供します。
                                                                                                                                            5. 解答のポイント: これは、これらの基質のEnT速度がEnTプロセス自体によってではなく、拡散によって制御されていると仮定することで説明されます。計算された非常に低いバリア(それぞれ1.0 kcal mol⁻¹および2.5 kcal mol⁻¹)は、³TX*とアルケンを結合させるためのエントロピー支配のバリアが、EnTプロセスの固有のバリアよりも高いことを示唆しています。拡散バリアは通常3~4 kcal mol⁻¹のオーダーであるため、これが実験的に決定されたバリアの高さと、4E4Zで観察された類似の速度論(物理化学的性質が非常に似ているため、拡散速度が大きく変わるとは予想されない)を説明することができます。したがって、EnTステップが3 kcal mol⁻¹未満の自由エネルギーバリアで発生すると予測される場合、エントロピー的拡散バリアが全体の増感速度を制御していると考えるのが妥当です。
                                                                                                                                            6. 解答のポイント: EnTバリアの高さに加えて、以下のパラメーターを慎重に評価する必要があります。

                                                                                                                                              • 光触媒の光吸収能力
                                                                                                                                              • 光触媒の励起状態寿命
                                                                                                                                              • EnT自由エネルギーを決定する三重項エネルギーの精度
                                                                                                                                              • 競合する副反応:これには、光触媒の基底状態への非生産的な緩和の他に、三重項-三重項アニヒレーションや、金属ベースの錯体における配位子の損失やチオキサントンなどの芳香族ケトンが関与する水素原子移動イベントによる光触媒の分解などが含まれます。

                                                                                                                                            2025年7月22日火曜日

                                                                                                                                            Catch Key Points of a Paper ~0243~

                                                                                                                                            論文のタイトル:  Pronounced electronic modulation of geometrically-regulated metalloenediyne cyclization

                                                                                                                                            著者: Sarah E. Lindahl, Erin M. Metzger, Chun-Hsing Chen, Maren Pink, and Jeffrey M. Zaleski*
                                                                                                                                            雑誌名: Chemical Science
                                                                                                                                            巻: Vol. 16, Issue 1, pp. 255-279
                                                                                                                                            出版年: 2025
                                                                                                                                            DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc05396f

                                                                                                                                            背景

                                                                                                                                            1: エンジインとその反応性

                                                                                                                                            • エンジイン(1,5-ジイン-3-エン機能性)は、30年以上前に発見された生物活性を持つ天然物です。
                                                                                                                                            • その独特な環化反応性は、正宗とバーグマンによってそれより10年以上前に記述されました。
                                                                                                                                            • 現在までに、14種類のエンジインと5種類の環化化合物が構造的に特徴づけられています。
                                                                                                                                            • 第2世代のカリケアマイシン抗体薬物複合体(マイロターグとベスポンサ)は、2017年にFDA承認され、急性骨髄性白血病やリンパ性白血病に対し低ナノモルからピコモルの活性を示しました。
                                                                                                                                            • ニコラウらは、自発的な環化が発生する臨界距離(d: 3.2~3.31 Å)を提唱し、シュライナーはこれを2.9~3.4 Åに拡張しました。
                                                                                                                                            • 金属フラグメントとの複合化は、結合したエンジイン基質を活性化する動的なプラットフォームを提供します。

                                                                                                                                            2: 未解決の課題

                                                                                                                                            • 多くの天然エンジインは、室温で反応が速すぎるため、直接的な薬剤としての利用が困難です。
                                                                                                                                            • 反応性を微調整できる合成アナログの配列は、まだ十分に確立されていません。
                                                                                                                                            • エンジインユニットが自然界で果たす役割は、まだ完全に定義されていません。
                                                                                                                                            • 研究者は、1,5-ジイン-3-エンユニットの基本的な反応性を決定する幾何学的および電子的構造パラメーターを十分に理解し、活用するに至っていません。
                                                                                                                                            • 金属によって幾何学的に変調されたエンジインフレームワークへの電子的影響に関する報告例は少ない。

                                                                                                                                            3: 研究の目的

                                                                                                                                            • 本研究は、未探索のホスフィン末端の電子的修飾が、室温での正宗・バーグマン環化の動力学を加速または遅延させる可能性を調査することを目的としています。
                                                                                                                                            • 多様な熱安定性ホスフィンエンジイン配位子(dxpeb)を用いて、新規なシスプラチン様Pt(II)メタロエンジイン(3, Pt(dxpeb)Cl2)の合成を目指しました。
                                                                                                                                            • これらの複合体が、熱的正宗・バーグマン環化動力学にユニークな電子的摂動をもたらすことを示します。
                                                                                                                                            • 幾何学的に剛直なフレームワークにおいて、離れた位置でのエンジイン機能化が活性化障壁に顕著な影響を与えることを実証します。
                                                                                                                                            • 本研究は、幾何学的および電子的制御メカニズムを選択的に融合させ、熱的に安定な構造の反応性を高める、または自発的に反応する分子を安定化させることを目指します。
                                                                                                                                            • これにより、歴史的な臨界距離の下限に位置する分子構造も結晶化して詳細に構造を解明し、あるいは本来反応性であるはずの分子が電子的な均衡によって長時間安定化されることを可能にします。

                                                                                                                                            方法

                                                                                                                                            1: 研究デザイン

                                                                                                                                            • 本研究では、様々な機能化ホスフィンエンジイン配位子(1a1h)と、その白金(II)複合体(3a3g)の合成と特性評価を行いました。
                                                                                                                                            • ホスフィン酸化物アナログ(2a2h)も合成され、基底状態でのアルキン電荷分布を実験的に調べるためのモデル系として利用されました。
                                                                                                                                            • メタロエンジインの環化生成物への変換は31P NMR分光法を用いて溶液中の動力学的研究として監視されました。
                                                                                                                                            • 密度汎関数理論(DFT)計算が、反応プロファイル、活性化障壁、分子軌道をモデル化し、電子的制御のメカニズムを視覚化するために利用されました。

                                                                                                                                            2: 化合物選択と合成

                                                                                                                                            • 熱的に安定なホスフィンエンジイン配位子(dxpeb)の多様な配列が合成され、アリール置換基(Ph, Ph-pOCH3, Ph-pCF3, Ph-m2CH3, Ph-m2CF3)とアルキル置換基(iPr, Cy, tBu)の両方を含んでいます。
                                                                                                                                            • これらの配位子は、一連の正方平面型白金(II)複合体であるPt(dxpeb)Cl2 (3a3h) の合成に使用され、明確に定義された幾何学的フレームワークを提供しました。
                                                                                                                                            • 複合体3e (Ph-m2CF3)と3f (iPr)は結晶構造解析により、その構造とアルキン末端間距離が確認されました。
                                                                                                                                            • 置換基(電子供与性基と電子求引性基)の選択は、熱的正宗・バーグマン環化への影響を理解することを目的としました。

                                                                                                                                            3: 測定と解析

                                                                                                                                            • 配位子と複合体の熱的安定性と環化温度は、示差走査熱量測定(DSC)によって測定されました。
                                                                                                                                            • 選定された配位子(1d, 1e, 2d, 2e)および白金複合体(3e, 3f, 5d)のアルキン末端間距離は、X線結晶構造解析によって決定されました。
                                                                                                                                            • 正宗・バーグマン環化の溶液中での動力学的活性化パラメーター(速度定数および活性化自由エネルギーΔG)は、31P NMR分光法を用いて正確に測定されました。
                                                                                                                                            • 配位子の電子的特性は、31P NMR化学シフト(ホスフィンの塩基性)および13C NMR化学シフト(アルキン炭素の分極)を用いて調査されました。
                                                                                                                                            • 計算化学(DFT)分析は、反応プロファイル、活性化障壁、フロンティア分子軌道(FMO)の視覚化、および自然結合軌道(NBO)電荷分析を通じて、電子的制御の起源を詳細に調査するために使用されました。

                                                                                                                                            4: データ処理と計算手法

                                                                                                                                            • 動力学的研究では、1,4-シクロヘキサジエンを100倍過剰に用い、擬一次反応条件を確立しました。
                                                                                                                                            • 速度定数は、線形性の高い一次速度プロット(R2 > 0.98)から得られました。
                                                                                                                                            • 活性化自由エネルギー(ΔG)は、標準的なアイリングプロットから算出されました。
                                                                                                                                            • DFT計算では、(U)BPW91汎関数と6-31G**基底関数系が使用され、遷移金属原子にはLANL2DZ擬ポテンシャルが適用されました。
                                                                                                                                            • 開殻ジラジカル中間体は、スピン非制限アプローチを用いて計算されました。
                                                                                                                                            • 振動数計算は、基底状態と遷移状態の構造がそれぞれ極小点と一次鞍点に収束していることを確認し、室温での零点エネルギー補正を提供するために実施されました。
                                                                                                                                            • 溶媒和の効果を考慮するため、クロロホルム中での溶媒和単一点エネルギー計算はPCMモデルを用いて行われました。

                                                                                                                                            結果

                                                                                                                                            1: 幾何学的特徴と熱的安定性

                                                                                                                                            • 複合体3eと3fは、Pt(dxpeb)Cl2 構造として初めて結晶学的に特徴付けられました
                                                                                                                                            • それらのアルキン末端間距離は非常に短く(3e: 3.13 Å; 3f: 3.10 Å)、これは自発的な室温環化の臨界距離範囲(ニコラウ: 3.2–3.31 Å; シュライナー: 2.9–3.4 Å)の下限に位置します。
                                                                                                                                            • 異なる電子的プロファイルにもかかわらず、これらのメタロエンジインは剛直で均一な構造をとり、幾何学的寄与と電子的寄与が直交している可能性を示唆します。
                                                                                                                                            • 金属導入による錯体形成により、遊離配位子と比較してジラジカル生成への熱的活性化障壁が劇的に低下し、室温での容易な環芳香族化の可能性を示しています。
                                                                                                                                            • DSC分析の結果、アリール置換メタロエンジインの環化温度は、電子供与性置換基が電子求引性置換基に置き換わるにつれて上昇することが示されました。例えば、3eは236 °Cで環化し、他の誘導体(106-177 °C)よりも著しく高い温度でした。

                                                                                                                                            2: 正宗・バーグマン環化の反応速度

                                                                                                                                            • 31P NMR分光法による解析の結果、これらのPt(II)メタロエンジインの正宗・バーグマン環化速度は劇的に変化することが明らかになりました。
                                                                                                                                            • 25 °Cにおいて、3a3gの環化の半減期(t1/2)は最大約35時間にも及ぶ範囲を示し、様々な電子供与性および電子求引性置換基による顕著な熱的チューニング可能性が示されました。
                                                                                                                                            • アリールホスフィン誘導体では、電子供与性置換基(3b, 3d)を持つ複合体の環芳香族化速度は、電子求引性置換基(3c, 3e)を持つ複合体と比較して10~30倍速いことが判明しました。
                                                                                                                                            • この傾向は、活性化自由エネルギー(ΔG)データにも反映されており、アリール置換メタロエンジイン系列全体で活性化障壁が約2.6 kcal mol−1変化しました。
                                                                                                                                            • 一般的に、アルキル置換基はアリール置換基よりも遅い環化速度と高い活性化障壁を示します。

                                                                                                                                            3: 電子的構造と活性化障壁の関係

                                                                                                                                            • ホスフィン酸化物配位子(2a2e)の13C NMRシフトは、アルキン炭素が極性を持ち、ホスフィンに隣接する炭素(CA)がより電子豊富なことを示しています。
                                                                                                                                            • 電子求引性置換基を持つ配位子は、電子供与性置換基を持つ配位子よりも高度に分極しています。
                                                                                                                                            • メタロエンジイン(3a3e)の計算された基底状態(GS)および遷移状態(TS)構造のNBO電荷分析により、電子求引性置換基を持つ複合体は、アルキンフラグメント間のより大きなクーロン反発を示すことが明らかになりました。
                                                                                                                                            • この反発の増加は、正宗・バーグマン環化のより高い活性化障壁と相関していました。
                                                                                                                                            • 逆に、電子供与性基を持つ複合体は、より小さな双極子相互作用エネルギーと低い活性化障壁を示しました。

                                                                                                                                            考察

                                                                                                                                            1: 反応性の精密制御

                                                                                                                                            • 本研究は、Pt(dxpeb)Cl2複合体において、幾何学的および電子的制御メカニズムを選択的に融合できることを明確に示しています。
                                                                                                                                            • これらの複合体は、自発的な環化を示唆するアルキン末端間距離(3.10-3.13 Å)を持つにもかかわらず、置換基の電子的性質に応じて環化の半減期が大きく(0.6~35時間)変動します。
                                                                                                                                            • この劇的な熱的チューニング可能性は、ホスフィンエンジイン配位子の様々な電子供与性および電子求引性置換基を用いた遠隔機能化によって達成されました。
                                                                                                                                            • 本研究の結果は、電子供与性置換基が正宗・バーグマン環化を加速し、電子求引性基がそれを遅延させることを示しており、これは直接的なアルキン機能化に関するこれまでのパラダイムとは逆の傾向です。

                                                                                                                                            2: 構造均一性と電子的寄与

                                                                                                                                            • Pt(II)との複合化は、メタロエンジイン複合体にほぼ均一で剛直に定義された構造をもたらします。
                                                                                                                                            • この構造の均一性により、正宗・バーグマン環化への幾何学的影響が最小限に抑えられ、電子的効果のより明確な解析が可能になりました。
                                                                                                                                            • 計算分析は、メタロエンジインとその遷移状態間の幾何学的差異が最小限であることを確認し、電子的再編成が環化速度を決定する主要因であるという提案を裏付けています。
                                                                                                                                            • この研究は、幾何学的に剛直なフレームワークにおいて、たとえ遠隔でのエンジイン機能化であっても、活性化障壁に顕著な影響を及ぼすことを実証しています。

                                                                                                                                            3: 電子効果の複雑な様相

                                                                                                                                            • 非環式エンジインに関する以前の研究(Schmittel、Schreiner)では、アルキン末端の電子求引性置換基が、電子-電子反発を減少させることで活性化障壁を低下させると示されていました。
                                                                                                                                            • 本研究では、アリールホスフィン複合体(3a3e)において、電子供与性置換基(3b, 3d)が電子求引性置換基(3c, 3e)よりも環化を加速するという、このパラダイムに反する結果が得られました。
                                                                                                                                            • この一見矛盾する結果は、本システムにおけるPtCl2フラグメントと絶縁性ヘテロ原子(P)の存在という追加の複雑性に起因すると考えられます。
                                                                                                                                            • この複雑性により、これらの構造の電子構造が全体的に多様化し、遠隔の置換基が予測と異なる電子的影響を及ぼすことが示唆されます。

                                                                                                                                            4: 軌道混合と分極の役割

                                                                                                                                            • NBO電荷分析は、電子求引性基がアルキン炭素(CA-CB双極子)の分極を増加させ、遷移状態における対向するアセチレン部分間のより大きなクーロン反発につながり、活性化障壁を増加させることを示しています。
                                                                                                                                            • 対照的に、電子供与性基は分極を減少させ、より低い障壁をもたらします。
                                                                                                                                            • さらに、電子供与性置換基は、アセチレンのπ軌道、ホスフィンに結合したアリール環系(低エネルギーのpσ特性を持つ)、およびPtCl2ラグメント間の実質的なπ軌道混合を促進します。
                                                                                                                                            • この軌道混合は、生成中のC–C結合と遷移状態を顕著に安定化させ、活性化障壁を低下させ、より速い環化速度をもたらします。電子求引性基の場合、軌道エネルギーのミスマッチのため、この混合はほとんど起こりません。

                                                                                                                                            5: 研究の限界点

                                                                                                                                            • DSCによる固体状態の環化温度と溶液相での動力学を直接比較することは、相の違いにより困難です。
                                                                                                                                            • 13C NMRを用いた基底状態でのアルキン電荷分布の調査は、長時間の測定時間が必要なため無差別に適用できるわけではない。
                                                                                                                                            • 複合体3g(アルキル置換基)では副生成物が観察され、ジラジカル中間体が内部C–H結合と自己消光している可能性があり、アルキル構造の律速段階がアリール系とは異なる可能性を示唆しています。
                                                                                                                                            • 擬一次反応条件を確保するため1,4-シクロヘキサジエンを100倍過剰に用いましたが、ベンゼン環を持つエンジインの場合、H原子供与体の濃度依存性が影響する可能性があります。

                                                                                                                                            結論

                                                                                                                                              • 本研究は、史上初の二価白金ホスフィンエンジイン複合体の単離と特性評価に成功しました。これらの複合体は、幾何学的な構造が類似しているにもかかわらず、置換基の電子的性質によって環化の半減期が大きく(約0.6~35時間)異なることを実証しました。
                                                                                                                                              • この幾何学的に反応性の高いフレームワークの安定化、および環化速度の制御における電子機能化が主要な駆動力であることが明らかになりました。
                                                                                                                                              • この電子的変調は、主に以下の2つの現象に起因します。1) アルキン炭素間の差動分極(電子求引性基によって増強され、環芳香族化を阻害)と、2) 顕著な軌道混合(電子供与性基によって促進され、遷移状態を安定化)です。

                                                                                                                                              将来の展望

                                                                                                                                                              • これらの新しいパラメーターは、エンジインの反応性範囲を従来の限界をはるかに超えて拡大し、活性化障壁をこれまでにないレベルで制御できることを示唆しています。
                                                                                                                                                              • 本研究は、ジラジカル利用の領域をさらに進展させるために、創造的な構造操作を奨励します。

                                                                                                                                                              TAKE HOME QUIZ

                                                                                                                                                              • 質問1:バーグマン環化とは何ですか?また、この論文で述べられているように、エンジインはなぜ生物学的に重要なのでしょうか?

                                                                                                                                                              • 質問2:この論文で合成された新規Pt(II)メタロエンジイン錯体 (3eおよび3f) は、結晶構造解析により、自発的な環化が起こるとされる臨界距離(3.2~3.31 Å)を下回るアルキン末端間距離を示しました。しかし、なぜこれらの錯体の中には、予想されるよりも安定なものがあったのでしょうか?その原因は何だと説明されていますか?

                                                                                                                                                              • 質問3:アリールホスフィン置換メタロエンジイン (3a–3e) のバーグマン環化速度について、電子供与基 (EDG) と電子求引基 (EWG) はそれぞれどのような影響を与えましたか?また、計算分析(NBO電荷分析やフロンティア分子軌道(FMO)の解析)に基づいて、この電子制御の起源は何だと説明されていますか?

                                                                                                                                                              • 質問4:論文では、Pt(II)ホスフィンエンジインジクロリド錯体(3a~3g)を合成する際に、反応条件の最適化が必要であったと述べられています。特に、3a、3b、3dが−20 °Cで約48時間で著しく分解したのに対し、3c、3e〜3gは約10日間安定であったのはなぜですか?

                                                                                                                                                              解答

                                                                                                                                                              1. バーグマン環化は、1,5-ジイン-3-エン骨格の珍しい環化反応であり、反応性の高い1,4-フェニルジラジカル種を生成します。エンジインは、カリケアマイシン(Mylotarg、Besponsa)などの天然物として発見され、その独特の環化反応性が生物学的効力、特にがん治療薬としての抗腫瘍活性に関与しているため、生物学的に重要です。
                                                                                                                                                              2. 錯体3e (アルキン末端間距離 3.13 Å) と3f (3.10 Å) は、ニコラウらが提唱した臨界距離(3.2~3.31 Å)およびシュライナーらが拡張した範囲(2.9~3.4 Å)内にあるにもかかわらず、特に3eは他の誘導体と比較して著しく高い環化温度(236 °C)を示しました。これは、幾何学的な影響と電子的な影響が直交しているためだと説明されています。Pt(II)への錯化によってアルキン末端間距離が大幅に短縮され、構造がほぼ均一で剛直に定義されるため、幾何学的な影響が最小化されます。その結果、配位子骨格上の電子的置換がバーグマン環化の活性化障壁に劇的な影響を与えることが明らかになりました。特に、電子求引基を持つ錯体は、熱的に敏感な電子供与基を持つ錯体と比較して、安定性が高いことが示されています。
                                                                                                                                                              3. アリールホスフィン置換メタロエンジイン (3a3e) の場合、電子供与基 (EDG) を持つ錯体 (3b: Ph-pOCH3; 3d: Ph-m2CH3) はバーグマン環化を加速させ、電子求引基 (EWG) を持つ錯体 (3c: Ph-pCF3; 3e: Ph-m2CF3) は環化を遅延させました。例えば、3dの環化速度は、類似の3eの30倍以上速いことが示されています。この電子制御の起源は、主に以下の2つの現象に由来すると説明されています: 
                                                                                                                                                                •  アルキン炭素の分極とクーロン反発の増幅: NBO電荷分析により、アルキン炭素間の電荷差が、in-plane π-系全体の分極に寄与していることが明らかになりました。電子求引基を持つ錯体はアルキンの分極が大きく、遷移状態でのアルキン断片間のクーロン反発が増加し、これが環化障壁を高める原因となります。
                                                                                                                                                                • π-軌道の混合と遷移状態の安定化: 電子供与基を持つ錯体では、in-plane π-軌道とホスフィンアリール環系、さらにはPtCl2 断片との間のπ-軌道の混合が顕著であり、これが発達中のC-C結合を安定化させ、活性化障壁を低下させます。一方で、電子求引基を持つ錯体では、軌道エネルギーのミスマッチにより、このπ-軌道の混合はごくわずかです。
                                                                                                                                                              4. これは、配位子のアリール環に電子供与基を持つメタロエンジイン (3a、3b、3d) は、電子求引基を持つ錯体 (3c、3e) よりも熱的に敏感であることを示唆しています。実験的な動力学研究のデータもこの観察と一致しており、電子供与基を持つ錯体は室温で非常に速い環化反応を示し、測定のためにはより低温で実験を行う必要がありました。例えば、3bは室温で非常に速く環化するため、20 °C以下でしか正確な速度評価ができませんでした。これは、電子供与基が環化を促進し、その結果、安定性が低下することを裏付けています。対照的に、電子求引基を持つ錯体(3c3e)はより遅い環化速度を示し、結果として安定性が高くなります。

                                                                                                                                                              2025年7月4日金曜日

                                                                                                                                                              Catch Key Points of a Paper ~0242~

                                                                                                                                                              論文のタイトル:  Water as a Reactant: DABCO-Catalyzed Hydration of Activated Alkynes for the Synthesis of Divinyl Ethers水を反応物として:DABCO触媒による活性アルキンの水和反応を用いたジビニルエーテルの合成

                                                                                                                                                              著者: Raquel Diana-Rivero, David S. Rivero, Alba García-Martín, Romen Carrillo*, David Tejedor*
                                                                                                                                                              雑誌名: The Journal of Organic Chemistry
                                                                                                                                                              巻: Vol. 89, Issue 20, pp. 15068–15074
                                                                                                                                                              出版年: 2024
                                                                                                                                                              DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01815

                                                                                                                                                              背景

                                                                                                                                                              1: 水と有機合成の可能性

                                                                                                                                                              • 有機合成において、水は溶媒としてだけでなく、酸素源、プロトン源、ヒドロキシル基源として多岐にわたる用途があります。
                                                                                                                                                              • 酸または金属触媒によるアルキンの水和反応でケトンが得られるのは、その代表的な例の一つです。
                                                                                                                                                              • 研究グループは、活性アルキンへの求核剤の塩基触媒付加反応(ヒドロキシル-イン、アミノ-イン、チオール-インなど)に豊富な経験を持っています。
                                                                                                                                                              • これらの反応で、微量の水が存在すると、通常は望ましくない副生成物である二重付加生成物(化合物3)が少量観察されることがあります。

                                                                                                                                                              2: 未解決の課題

                                                                                                                                                              • アルキンへの水の塩基触媒付加反応は、文献における前例がほとんどなく、末端活性アルキンへの付加の例もごくわずかです。
                                                                                                                                                              • 水は求核性が比較的低く、α,β-不飽和系に対する良好なマイケル供与体としては知られていません。
                                                                                                                                                              • 最近、活性アルキンへの水付加反応の応用例が報告されましたが、この反応性の基礎は「完全に無視され、未研究のまま」でした。
                                                                                                                                                              • 既存のわずかなデータには「不正確で誤解を招く」ものがあると考えています。

                                                                                                                                                              3: 研究目的

                                                                                                                                                                • この反応の可能性を認識し、その反応範囲と限界を明らかにするために本研究を開始しました。
                                                                                                                                                                • 本研究の目的は、簡潔かつ強力な有機触媒による水と入手しやすい末端活性アルキンとの反応を解明することです。
                                                                                                                                                                • 具体的には、以前は望ましくない微量生成物として観察されていた化合物3(ジビニルエーテル)の生成を最大化することを目指しました。
                                                                                                                                                                • この反応は、完全な原子経済性でジビニルエーテルを生成し、新しいアミド含有化合物の合成にも成功しました。

                                                                                                                                                                方法

                                                                                                                                                                1: 反応の最適化と触媒の選択

                                                                                                                                                                • この化学変換を完全に理解し、最適化プロセスに必要な手順を認識するため、第三級アミンによって活性化されたアルキンのメカニズムサイクルを詳細に検討しました。
                                                                                                                                                                • 触媒量の適切なアミンがアルキンに付加し、双性イオンIを生成し、これは初期種よりもはるかに強い塩基となります。
                                                                                                                                                                • 反応の効率をさらに理解し向上させるため、様々な反応パラメータを検討しました。
                                                                                                                                                                • 他の第三級アミン(Et3N, NMM, DMAP)が効果的でなかったのに対し、DABCO(1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン)は本反応において群を抜いて最高の触媒であることが判明しました。

                                                                                                                                                                2: 溶媒と反応条件の選定

                                                                                                                                                                • 溶媒の選択も非常に重要であり、ジビニルエーテル(化合物3a)の効率的な生成には含水ジクロロメタンが最良でした。
                                                                                                                                                                • プロピオールエステルやアルキノンには含水ジクロロメタン、プロピオールアミドには含水アセトニトリルを使用しました。
                                                                                                                                                                • 水のジクロロメタンへの溶解度が低いため、高濃度では反応に必要な水が不足し、低濃度(0.08 M)で反応させることで化合物3aの生成が向上しました。
                                                                                                                                                                • 触媒量は10%が最適であり、それよりも少ない量または多い量では反応性が阻害されました。

                                                                                                                                                                3: 基質と分析手法

                                                                                                                                                                • 異なる電子求引性基を持つ様々な活性アルキン(エステル、ケトン、アミド)の適用可能性を検討しました。
                                                                                                                                                                • 生成物の同定と純度確認には、1H NMR、13C NMR、高分解能質量分析(HRMS)を用いました。
                                                                                                                                                                • 二重結合の立体化学は、J結合定数(E体は約12 Hz、Z体は約7 Hz)に基づいて決定されました。
                                                                                                                                                                • 反応収率はNMRで、内部標準としてMe3SiSiMe3を使用して測定しました。

                                                                                                                                                                結果

                                                                                                                                                                1: 触媒と溶媒の最適化

                                                                                                                                                                • DABCOは、ジビニルエーテル(3a)の生成において、他の第三級アミン(Et3N, NMM, DMAP)と比較して圧倒的に優れた触媒効果を示しました
                                                                                                                                                                • 最適化された条件(DCM中0.08 M、10 mol% DABCO)で、メチルプロピオレートから92%の収率でジビニルエーテル3aが得られました
                                                                                                                                                                • ベンゼンでは二量体4aの生成が競合し、酢酸エチルやジエチルエーテルでは反応が非常に遅く、アセトニトリルやTHF、水自体は不適切な溶媒でした。
                                                                                                                                                                • これはDABCOのアルキンへの初期付加が溶媒に大きく依存することを示唆しています。

                                                                                                                                                                2: 多様な活性アルキンへの適用

                                                                                                                                                                • 脂肪族エステルを有するアルキンからは、高い収率で目的のジビニルエーテルが得られました(例:87-94%)。
                                                                                                                                                                • 芳香族エステルを有するアルキンは、副生成物の生成により中程度の収率(60-65%)でした。
                                                                                                                                                                • 芳香族アルキノンからは、優れた収率で目的のジビニルエーテルが得られました(例:90-93%)。
                                                                                                                                                                • 脂肪族アルキノンからは、別の副生成物の生成により中程度の収率(50-54%)でした.

                                                                                                                                                                3: プロピオールアミドの特殊条件と安定性

                                                                                                                                                                • プロピオールアミドは反応性が低いものの、含水アセトニトリル中でDABCOを25 mol%、反応時間を5時間に増やすことで、優れた収率(88-99%)で目的のジビニルエーテルが得られました
                                                                                                                                                                • この合成プロセスはグラムスケールでも効率が維持されることが確認され、実用性が高いことが示されました。
                                                                                                                                                                • プロピオールエステルやプロピオールアミド由来のジビニルエーテルは比較的安定でしたが、アルキノン由来の製品は酸に弱く、シリカゲルへの長時間の暴露やわずかに酸性の重水素化クロロホルム中でも分解することが判明しました

                                                                                                                                                                考察

                                                                                                                                                                1: ジビニルエーテル合成の意義

                                                                                                                                                                • 本研究は、入手容易な活性アルキンに水を付加し、ジビニルエーテルを効率的に合成する実用的で原子経済性の高い手法を確立しました
                                                                                                                                                                • この反応はDABCOによって触媒され、プロピオールエステルおよびアルキノンには含水ジクロロメタンが、プロピオールアミドには含水アセトニトリルが最適です。
                                                                                                                                                                • 機構的には、触媒量のDABCOがアルキンに付加して双性イオンIを生成し、これが反応媒質中の水によってプロトン化されることが重要です。
                                                                                                                                                                • これまでの研究で望ましくない副生成物として扱われていたジビニルエーテル(化合物3)の生成を意図的に最大化することに成功しました。

                                                                                                                                                                2: 反応性と選択性

                                                                                                                                                                • 形成される二重結合の立体化学は、主にまたは排他的に(E)配置であることが確認されました。これは、活性アルキンへの求核付加に関する既存の報告と一致しています。
                                                                                                                                                                • DABCOが他の第三級アミンよりも優れた触媒能を示すのは、その高い求核性に起因すると考えられます。
                                                                                                                                                                • 溶媒の選択が反応効率に極めて重要であり、これはDABCOのアルキンへの最初の付加に大きく影響すると示唆されています。
                                                                                                                                                                • ジクロロメタン中の水の溶解度が低いため、高濃度条件下では反応に必要な水が不足し、これが収率に影響を与える要因となります。

                                                                                                                                                                3: 先行研究との比較と新規性

                                                                                                                                                                • DABCOの触媒活性に関する知見は、アルコールと活性アルキンの付加反応に関する以前の報告と一致しています [7, 9a]。
                                                                                                                                                                • 水が有機合成の溶媒または有用な試薬として使用される例は多数報告されています [2, 1a, 1b]。
                                                                                                                                                                • しかし、THFを良い溶媒(54%収率)と報告した先行研究[3g]に対し、本研究ではTHFで繰り返し低い収率しか得られず、THFはこの反応の最適な溶媒ではないことを明確に示しました
                                                                                                                                                                • 本研究は、ジビニルエーテル化合物が求核剤によって選択的に分解可能であることを実証しました。これは、応答性システムや分解性ポリマーの開発において非常に有用な特性であり、以前は詳しく研究されていなかった側面です。

                                                                                                                                                                4: 研究の限界と今後の展望

                                                                                                                                                                • 芳香族エステルおよび脂肪族アルキノンを基質とした場合、それぞれ副生成物5および6の形成により、収率が中程度にとどまりました。
                                                                                                                                                                • アルキノン由来のジビニルエーテルは酸に弱く、単離や取り扱いに特別な注意が必要です。
                                                                                                                                                                • プロピオールアミドは、触媒の1,4-求核付加に対する受容性が低く、反応性が劣るため、より多くの触媒、水、そして長時間の反応が必要でした。
                                                                                                                                                                • ジビニルエーテルが選択的に分解可能であることを示しましたが、この特性の応用範囲や詳細なメカニズムについてはさらなる研究が必要です。

                                                                                                                                                                結論

                                                                                                                                                                • 本研究は、DABCO触媒を用いた活性アルキンの水和反応により、ジビニルエーテルを効率的かつ実用的に合成する手法を確立しました
                                                                                                                                                                • プロピオールエステルおよびアルキノンには含水ジクロロメタン、プロピオールアミドには含水アセトニトリルが最適な溶媒であることが明らかになりました。
                                                                                                                                                                • この研究により、アミド基を持つものなど、これまで知られていなかった新規ジビニルエーテル化合物へのアクセスが可能になりました
                                                                                                                                                                • また、これらのジビニルエーテル化合物が選択的に分解可能であることを実証した。

                                                                                                                                                                将来の展望

                                                                                                                                                                              • X-イン重合や応答性分子システムにおける新たな研究のきっかけとなることが期待されます。

                                                                                                                                                                              TAKE HOME QUIZ

                                                                                                                                                                              1. 主要な反応と生成物 この論文で報告されている主要な反応は何ですか、またその主要な生成物は何ですか?

                                                                                                                                                                              2. 最適な触媒 この反応に最も効率的な触媒として特定されたのは何ですか?

                                                                                                                                                                              3. 最適な溶媒条件 反応効率を最大化するために、以下のアルキンタイプに対してそれぞれどの溶媒が推奨されていますか? 

                                                                                                                                                                              • a. プロピオル酸エステルとアルキノン 
                                                                                                                                                                              • b. プロピオールアミド

                                                                                                                                                                              4. 塩基触媒反応の新規性 アルキンの塩基触媒による水和がこれまでの文献でほとんど前例がないのはなぜですか?

                                                                                                                                                                              5. 生成物の立体化学 形成される二重結合の立体化学は主にどのようなもので、それは何によって確認されましたか?

                                                                                                                                                                              6. 生成物の安定性 生成物であるジビニルエーテルは、その出発物質の種類によって安定性がどのように異なりますか?

                                                                                                                                                                              7. 生成物の応用可能性 この論文で合成されたジビニルエーテルは、どのような興味深い特性や応用可能性について言及されていますか?

                                                                                                                                                                              解答

                                                                                                                                                                              1. この論文では、活性化アルキンへの水の付加反応が報告されています。この反応の主要な生成物は、ジビニルエーテルです。
                                                                                                                                                                              2. 研究の結果、DABCO (1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン)が、検討されたすべての第三級アミンの中で最も優れた、そして最も効率的な触媒であることが明確に示されています。これはDABCOの高い求核性に起因すると考えられます。
                                                                                                                                                                              3. a. プロピオル酸エステルとアルキノンには、含水ジクロロメタンが最適な溶媒として見出されています。 b. プロピオールアミドには、含水アセトニトリルが推奨されています。
                                                                                                                                                                              4. 水は求核性が非常に低く、α,β-不飽和系との反応において優れたマイケル供与体とは知られていないため、アルキンへの塩基触媒による水の付加はこれまでほとんど前例がありませんでした。
                                                                                                                                                                              5. 形成される二重結合の立体化学は主にまたは排他的に(E)配置であり、これは活性化アルキンへの求核付加に関するこれまでの報告と一致しています。立体化学の割り当ては、J結合定数に基づいて行われました。E体では約12 HzZ体では約7 Hzでした。
                                                                                                                                                                              6. プロピオル酸エステルおよびプロピオールアミドから得られるジビニルエーテルは非常に安定であり、単離過程で特別な注意は必要ありませんでした。一方、アルキノンから得られる生成物(3h-k)は酸に敏感であり、わずかに酸性の重水素化クロロホルムや、シリカゲルへの長時間の曝露によって分解します。これらの化合物のNMRスペクトルは、残留酸の問題を防ぐために、水酸化ナトリウムペレットで前処理された重水素化ベンゼンまたは重水素化クロロホルムで記録されました。
                                                                                                                                                                              7. 一部のジビニルエーテルは以前から興味深い光学的特性を示すことが知られており、この研究によりアミド基を持つ新しい化合物へのアクセスが得られたため、これらの特性に関するさらなる研究の道が開かれました。これらのジビニルエーテル化合物が選択的に分解可能であることも証明されており、これは応答性システム や分解性ポリマー の開発にとって非常に有用な特性であると期待されています。実際、モデル化合物3aはチオラートの存在下でビニルスルフィド8aを生成することが示されました。