2025年1月30日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0228~

論文のタイトル: Aerobic Ammoxidation of Cyclic Ketones to Dinitrile Products withCopper-Based Catalysts(銅触媒を用いた環状ケトンからジニトリルへの好気的アミノ酸化反応)

著者: Ziwei Zhao, Zhanrong Zhang,* Qingling Xu,* Shunhan Jia, Ying Wang, Wenli Yuan, Mingyang Liu, Huizhen Liu,* Qinglei Meng, Pei Zhang, Bingfeng Chen, Haijun Yang, and Buxing Han*
雑誌名: Journal of the American Chemical Society
巻: Volume147, Issue1, 1155–1161
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c14875

背景

1: アジポニトリル(ADN)とその重要性

  • ナイロン-6,6は、耐熱性、機械的強度、耐摩耗性、化学的安定性などの優れた特性を持つため、様々な産業で広く使用されています。
  • アジポニトリル (ADN) は、ナイロン-6,6の重要な前駆体であり、世界的な需要が非常に高い物質です。
  • ADNは、ポリアミドや特殊ポリウレタンの製造にも不可欠な原料です。
  • 2021年には、世界の年間ADN生産能力は約200万トンでした。
  • 世界のADN市場は、2023年から2030年まで年平均成長率8.2%で成長すると予測されています。

2: 従来のADN合成法の課題

  • 従来のADN合成法は、アジピン酸のアンモニア化によるものでしたが、高温での自己環化反応による低選択性と、装置の腐食という大きな欠点がありました。
  • 1970年代初頭にデュポンが開発したブタジエンを原料とする直接シアン化法が、現在では主流ですが、有毒なシアン化水素 (HCN) の使用が課題です。
  • その他、芳香族基質のC-C結合を選択的に切断する酸化法や、ジメチルアジペートのアンモニア化なども研究されていますが、効率や安全性に課題があります。
  • 環状炭化水素基質を用いた開環反応によるADN合成も試みられていますが、収率は高くありません。

3: 本研究の目的と成果

  • 本研究では、入手が容易で安価なシクロヘキサノンを原料とし、穏やかな条件下で高収率でADNを合成する新しい方法を開発しました。
  • 銅触媒1,10-フェナントロリン配位子を用い、環境に優しい酸素を酸化剤として、水性アンモニアを窒素源とするアミノ酸化反応により、99%以上の収率でADNを合成することに成功しました。
  • この触媒系は、様々な炭素数の環状ケトンや置換基を持つ環状ケトンにも適用可能で、対応するジニトリルを高収率で得ることができました。
  • 本研究は、ナイロン材料産業の発展に新たな基盤を築くものと期待されます。

方法

1実験デザインと触媒スクリーニング

  • シクロヘキサノンをジメチルスルホキシド (DMSO) 中で、水性アンモニアと酸素を用いてアミノ酸化反応を行いました。
  • 様々な銅塩を触媒としてスクリーニングした結果、臭化銅 (CuBr) と1,10-フェナントロリン (phen) の組み合わせが最も効果的であることがわかりました。
  • CuBrとphenの組み合わせは、99%以上の収率でADNを生成しました。
  • 他の銅塩(CuCl, CuI, CuBr2など)や遷移金属触媒は、触媒活性が低いか、反応を触媒しませんでした。

2: 反応条件の最適化

  • 酸素圧を上げると、ADNの収率も上昇し、5気圧で99%以上になりました。
  • CuBrの量を減らすと、収率は低下しました。
  • CuBrとphenの比率も最適化されました。CuBr:phen = 2:1、1:1、1:1.5で99%以上の収率が得られました。
  • Cu:phen比が過剰になると、Cu-3phen複合体が形成され、反応が阻害されることがわかりました。

3: 反応機構の解明

  • 反応中間体を調べるために、ヘキサナールとヘキサン酸を反応させました。
  • ヘキサナールは対応するニトリルに変換されましたが、ヘキサン酸は反応しませんでした。
  • これにより、アルデヒドが反応中間体として関与していることが示唆されました。
  • ラジカル捕捉剤を用いた実験から、この反応がラジカル経由で進行することが示されました。

4: ラジカル機構の確認と基質適用範囲の拡大

  • 電子常磁性共鳴 (EPR) スペクトルにより、反応溶液中にラジカルが存在することが確認されました。
  • 具体的には、OH、O2•-、およびORラジカルの関与が示唆されました。
  • この触媒系を、様々な炭素数の環状ケトンや置換基を持つ環状ケトンに適用した結果、対応するジニトリルを良好な収率で得ることができました。
  • シクロヘプタノンでは99%以上、シクロオクタノンでは約82%の収率が得られました。

結果

1触媒スクリーニングの結果

  • CuBrとphenの組み合わせが、最も高い触媒活性を示す。
  • 他の銅塩や遷移金属触媒は、触媒活性が低いか、反応を触媒しない。
  • O2、水性アンモニア、そしてphenが反応に不可欠である。
  • DMSOが最適な溶媒であることが判明。

2: 反応条件の最適化結果

  • 酸素圧を上げると、ADNの収率も上昇する。
  • CuBrの量を減らすと、収率は低下する。
  • CuBrとphenの最適な比率がある
  • Cu:phen比が過剰になると、反応が阻害される

3: 基質適用範囲と生成物

  • 様々な環状ケトンから対応するジニトリルが高収率で得られた。
  • シクロヘプタノン、シクロオクタノンなど、異なる炭素数の環状ケトンも反応した。
  • 様々な置換基を持つ環状ケトンも、対応するジニトリルに変換された

考察

1主要な発見とその意味

  • CuBrと1,10-フェナントロリンの組み合わせが、シクロヘキサノンからADNへの効率的な触媒であること。
  • **穏やかな条件(80℃、5気圧O2)**で、99%以上の高収率でADNが得られること。
  • 本触媒系は、様々な環状ケトンにも適用できる
  • ラジカル機構によって反応が進行していること。

2: 反応機構の詳細

  • アンモニアが基質と反応してイミン中間体を形成する。
  • Cu(I)種とO2の存在下で、イミンのβ-炭素から水素が引き抜かれる。
  • シクロヘキシルヒドロペルオキシドが形成され、それがO2-と反応してヒドロキシルラジカルを放出する。
  • C-C結合の切断により5-ホルミルバレロニトリルが生成する。
  • さらにアンモニア化され、最終的にADNとなる。

3: 先行研究との比較

  • 既存のADN合成法と比較して、本研究の触媒系は、より穏やかな条件で、高収率でADNを得ることができる。
  • 従来のシアン化法と異なり、有毒なシアン化水素を使用しない
  • 他の環状ケトンを原料とする研究と比較して、より広い基質範囲に対応できる。
  • 以前の報告では、環状ケトンからADNへの変換には高い温度や貴金属触媒が必要であったが、本研究ではより実用的な条件で達成された.

4: 研究の限界

  • 本研究で使用した溶媒はDMSOであるため、より環境に優しい溶媒の探索が必要である。
  • 反応機構については、詳細なステップのさらなる解明が必要である。
  • 今回の実験は主にラボスケールで行われたため、工業的なスケールアップの検討が必要である。
  • 触媒の再利用性や耐久性についても、更なる研究が求められる。

結論

      • シクロヘキサノンからADNへの新しい合成ルートを確立した。
      • CuBr/phen触媒系が、穏やかな条件下で、高収率でADNを合成できることを示した。
      • この触媒系は、様々な環状ケトンからジニトリルを合成するのに有効である。
      • 本研究は、ADNおよびその他のジニトリル製造のための、コスト効率が高く環境に優しい方法を提供する。

      将来の展望

          • 触媒の最適化や反応機構の詳細解明、スケールアップの検討、触媒リサイクルの研究が期待される。

          用語集

          • アジポニトリル (ADN): ナイロン-6,6の前駆体となるジニトリル化合物。
          • アミノ酸化: アミンと酸素を用いた酸化反応。
          • シクロヘキサノン: 環状ケトンの一種で、本研究の原料。
          • ジニトリル: 分子内に2つのニトリル基を持つ化合物。
          • 1,10-フェナントロリン (phen): 銅触媒の配位子として使用される有機化合物。
          • ラジカル: 不対電子を持つ反応性の高い原子または分子。
          • EPR: 電子常磁性共鳴の略。ラジカルを検出するために用いられる分光法。
          • DMSO: ジメチルスルホキシドの略。本研究で使用した溶媒。

          TAKE HOME QUIZ

          問題1: この研究で用いられた触媒は何ですか?また、その触媒が特に高い活性を示す理由を説明してください.

          問題2: アジポニトリル(ADN)の合成において、従来の製法と比較して、この研究で用いられた触媒を用いた場合の主な利点を3つ挙げてください.

          問題3: この研究で提案された反応機構において重要な役割を果たす3つのラジカル種を挙げてください。また、それぞれのラジカルが反応においてどのように関与するかを説明してください.

          問題4: 反応において、水が果たす重要な役割について説明してください.

          問題5: この研究で使用された触媒系の基質適用性について説明してください。どのような種類の化合物が、この触媒系でジニトリルに変換できるか、具体例を挙げて説明してください.

          問題6: この研究で明らかになった、反応がラジカル機構で進行することを示す実験的証拠を2つ挙げてください.

          解答のヒント

          • 問題1: 触媒は臭化銅(CuBr)と1,10-フェナントロリン(phen)の組み合わせです。CuBrは、シクロヘキサノン過酸化物の生成を抑制し、Cu(I)種を安定に保つため、高い活性を示します.
          • 問題2: 利点としては、高い触媒活性、高い選択性、温和な反応条件などが挙げられます。また、入手容易な原料環境に優しい点も利点です.
          • 問題3: ヒドロキシルラジカル(OH)、スーパーオキシドラジカル(O2•-)、アルコキシルラジカル(OR)が重要です。それぞれが連鎖反応に関与しています.
          • 問題4: 水はアルデヒドのカルボン酸への酸化を抑制し、ニトリルへの変換を促進します.
          • 問題5: この触媒系は、様々な炭素数の環状ケトンや、アルキル鎖を持つ環状ケトンもジニトリルに変換できます。例えば、シクロヘプタノンやシクロオクタノンなどが挙げられます.
          • 問題6: ラジカル捕捉剤による反応の抑制と、EPRスペクトルによるラジカルの検出が、ラジカル機構の証拠です.

          2025年1月29日水曜日

          Catch Key Points of a Paper ~0227~

          論文のタイトル: Reactivity of the phosphaethynolate anion withstabilized carbocations: mechanistic studies andsynthetic applications(安定化カルボカチオンを用いたホスファエチノラートアニオンの反応性:機構研究と合成応用)

          著者: Nguyen, Thi Hong Van; Chelli, Saloua; Mallet-Ladeira, Sonia; Breugst, Martin;* Lakhdar, Sami*
          雑誌名: Chemical Science
          巻: Volume15, 14406-14414
          出版年: 2024
          DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc03518f

          背景

          1: 研究の背景

          • 炭素-リン結合形成のための実用的で持続可能な手法の開発は、触媒作用から医薬品化学、材料科学まで幅広い分野で重要である。
          • 有機リン化合物は、多くの分野で重要な役割を果たしている。
          • 従来、PCl3が一般的な出発物質であったが、HCl副生成物の問題があったため、代替となるリン前駆体の開発が求められていた。
          • ホスフィン酸白色リン (P4) がPCl3の代替として注目されている。
          • ホスファエチノラートアニオン ([OCP]) は、シアネートアニオンのリンアナログとして、新たなリン前駆体として登場した。
          2研究の課題と目的
            • [OCP]の合成は以前から報告されていたが、大規模合成の難しさや空気・水分に対する感受性から、その利用は限られていた。
            • 近年、GrützmacherGoicoecheaの研究グループによって、安定なホスファエチノラートアニオンの効率的な合成法が開発された。
            • [OCP] は、リン転送剤としての可能性があり、有機リン分子リンベースの遷移金属錯体の合成に有効であることが示されている。
            • 本研究の目的は、[OCP] の 両性反応性 を理解し、その合成への応用を明らかにすることである。

            3研究の目的と成果

            • Mayrの参照求電子剤を用いて、[OCP]求核性を定量的に評価する。
            • [OCP]と様々な求電子剤との反応機構を解明し、主要な中間体を特定する。
            • [OCP] を用いた、合成的に有用な有機リン化合物の合成方法を開発する。
            • 特に、立体的に嵩高い二級ホスフィンオキシドの合成を達成し、それらを鈴木カップリング反応の配位子として利用する。

            方法

            1研究デザイン

            • UV-可視分光法およびレーザーフラッシュ光分解法を用いて、[OCP] とさまざまな Mayrの参照求電子剤 との反応速度を測定した。
            • 反応速度データと密度汎関数理論 (DFT) 計算を組み合わせ、[OCP] の リン求核性 を定量化した。
            • 反応生成物の分析から、二級および三級ホスフィンの形成を明らかにした。
            • 反応機構を詳細に議論し、主要な中間体を単離・特性評価した。
            2反応条件
            • ナトリウムホスファエチノラートは、ナトリウム赤リンtBuOHエチレンカーボネートから合成された。
            • アセトニトリル溶媒中、20℃で反応を実施。
            • 求電子剤に対して10当量以上の求核剤を使用し、擬一次反応条件で反応を行った。
            • 15-クラウン-5 の存在下で、対イオンの影響を評価した。
            • ジオキサンの反応への影響も調べた。
            3評価項目と測定方法
            • 反応速度定数は、レーザーフラッシュ光分解法またはUV-可視分光法を用いて決定した。
            • カルボカチオンは、対応するホスホニウム塩をレーザー照射により生成させた。
            • 核磁気共鳴 (NMR) 分光法1H, 13C, 31P)を用いて、中間体の構造を決定した。
            • X線結晶構造解析により、一部の生成物の構造を決定した。
            4使用した統計手法
            • 反応速度定数と求電子性の関係を線形回帰で分析。
            • DFT計算を用いて、反応機構と中間体の構造を解析。
            • 遷移状態構造を計算し、反応エネルギーを評価。
            • **RI-DSD-PBEP86-D3(BJ)/def2-QZVPP/SMD(THF)//M06-2X/6-31+G(d,p)/SMD(THF)**レベルの計算を実施。

            結果

            1求核性パラメータ

            • [OCP]求核性パラメータは、N = 19.02、sN = 0.82と決定された。
            • [OCP] の リン原子 は、シアネートアニオンよりも5桁、チオイソシアネートのN末端よりも10倍反応性が高い。
            • [OCP] は、カルボジイミドなどの弱い求電子剤とも反応可能である。
            • 拡散律速により、反応速度が一定の値に制限されていることが判明。
            2中間体の特性評価
            • 低温 (−60 °C) で、[OCP]とカルボカチオンとの反応により、双性イオンが生成することを確認。
            • 双性イオンを加温すると、ホスファケテン付加体が生成することを確認。
            • DFT計算により、反応経路が明らかになった。
            • 双性イオンは、熱力学的に安定な生成物であることが示された。
            3合成応用
            • 双性イオンNHCカルベンで処理すると、アゾリウムホスファエノラートが定量的に生成した。
            • 双性イオンを水で処理すると、二級ホスフィンが生成した。
            • 二級ホスフィンは空気中で酸化されやすく、二級ホスフィンオキシドとして単離した。
            • 様々な安定化カルボカチオンを用いて、二級ホスフィンおよび二級ホスフィンオキシドを合成した。

            考察

            1主要な発見

            • [OCP]のリン原子が、反応性の高い求核中心であることが明らかになった。
            • [OCP] と カルボカチオンとの反応中間体として、双性イオンが確認された。
            • の存在下で、双性イオンから二級ホスフィンが生成することが判明した。
            • 二級ホスフィンオキシドは、鈴木カップリング反応の配位子として有効であることが示された。
            2先行研究との比較
            • Grützmacherらの研究で、ホスファエチノラートアニオンボランとの反応で同様の複合体が形成されることが報告されている。
            • Slootwegらの研究では、[OCP] と異なる求電子剤との反応で、ビス(シクロプロペニル)ジホスフェタンジオンが生成することが報告されている。
            • Goicoecheaらの研究で、アシルホスフィンの合成が報告されている。
            • 本研究では、立体的に嵩高い二級ホスフィンの直接合成を達成した。
            • Mayrらの研究は、さまざまな求核剤の反応性を評価するための基準を提供。
            • HSAB理論が、[OCP] の求核性を説明できないことを示す研究がある。
            • [OCP] の求核性が、シアネートアニオンチオイソシアネートよりも高いことが示された。
            3研究の限界点
            • DFT計算で、双性イオンの安定性を過大評価している可能性がある。
            • 溶媒効果が計算結果に影響を与えている可能性がある。
            • [OCP] の酸化メカニズムについては、さらなる研究が必要である。
            • 二級ホスフィンは不安定であり、取り扱いに注意が必要である。

            結論

              • 本研究では、[OCP]のリン求核性を実験的に定量化した。
              • [OCP] は、動力学的および熱力学的に有利に反応することが示された。
              • 双性イオンなど、反応中間体を特定し、その特性を詳細に評価した。
              • 立体的に嵩高い二級ホスフィンオキシドの合成を達成し、鈴木カップリング反応における配位子としての有効性を示した。

              将来の展望

                • [OCP] を用いた、新しい有機リン化合物の合成法の開発や、触媒反応への応用が期待される。

                用語集

                • ホスファエチノラートアニオン ([OCP]): シアネートアニオンのリンアナログ。リン原子が求核中心となる。
                • Mayrの参照求電子剤: 求電子性を定量化するための基準となる化合物群。
                • 密度汎関数理論 (DFT): 量子化学計算手法の一つ。電子構造を計算するために使用される。
                • 双性イオン: 分子内に正と負の両方の電荷を持つ化合物。
                • NHCカルベン: N-複素環カルベン。有機触媒として使用される化合物。
                • 二級ホスフィン: リン原子に2つの炭素原子が結合した化合物。
                • 二級ホスフィンオキシド: 二級ホスフィンのリン原子が酸化された化合物。
                • 鈴木カップリング反応: 有機ホウ素化合物とハロゲン化アリールまたはハロゲン化ビニルをパラジウム触媒を用いて結合させる反応。
                • レーザーフラッシュ光分解法: レーザーを用いて光化学反応を起こさせ、その反応速度を測定する手法。
                • UV-可視分光法: 紫外・可視領域の光の吸収を測定し、化合物の特性を評価する手法。
                • 核磁気共鳴 (NMR) 分光法: 原子核の磁気的性質を利用して、化合物の構造を決定する手法。
                • X線結晶構造解析: X線回折を利用して結晶の構造を決定する手法。
                • 擬一次反応: 反応物の一方の濃度が過剰で、反応速度が他方の濃度のみに依存する反応。

                TAKE HOME QUIZ

                質問1: ホスファエチノラートアニオン([OCP]⁻)の分子構造における求核性中心はどこですか? 

                * (a) 酸素原子のみ * (b) リン原子のみ * (c) 酸素原子とリン原子の両方 * (d) 炭素原子

                質問2: [OCP]⁻の求核性パラメータ(NsN)を決定するために使用された実験手法は何ですか? 

                * (a) NMR分光法のみ * (b) 質量分析法のみ * (c) UV-Vis分光法およびレーザーフラッシュ光分解法 * (d) 赤外分光法

                質問3: [OCP]⁻と求電子剤との反応において、初期に形成される中間体は何ですか? 

                * (a) ホスフィンオキシド * (b) 双性イオン * (c) ホスファアルキン * (d) ジアニオン

                質問4: [OCP]⁻の求核性パラメータは、どの原子の求核性を表していますか? 

                * (a) 酸素原子 * (b) リン原子 * (c) 炭素原子 * (d) 酸素原子とリン原子の両方

                質問5: [OCP]⁻のリン原子の求核性は、シアネートアニオンと比較してどの程度ですか? 

                * (a) 約10倍低い * (b) 同程度 * (c) 5桁以上高い * (d) 約2倍高い

                質問6: [OCP]⁻と安定化されたカルボカチオンとの反応において、水と反応させることで生成されるのは何ですか? 

                * (a) ホスファケテン * (b) ホスファアルキン * (c) 第二級ホスフィン * (d) 第三級ホスフィン

                質問7: [OCP]⁻と高反応性カルボカチオンとの反応において、生成物は何ですか? 

                * (a) 第二級ホスフィンのみ * (b) 第二級ホスフィンと第三級ホスフィンの混合物 * (c) 第三級ホスフィンのみ * (d) ホスファケテン

                質問8: [OCP]⁻の反応における律速段階で、反応する求核性中心は変化しますか?

                • (a) 常に酸素原子が反応する
                • (b) 常にリン原子が反応する
                • (c) 変化しない(常に同じ求核性中心が反応する)
                • (d) 反応条件によって変化する

                質問9: [OCP]⁻と水との反応で、ホスファンカルボン酸が生成する過程において、DFT計算の結果から、どの段階が最もエネルギー障壁が高いですか? 

                * (a) 水の攻撃 * (b) OCPHの脱離 * (c) 脱炭酸 * (d) プロトン移動

                解答:

                1. (c)
                2. (c)
                3. (b)
                4. (b)
                5. (c)
                6. (c)
                7. (b)
                8. (c)
                9. (c)

                解説:

                • [OCP]⁻の求核性: [OCP]⁻は、酸素原子とリン原子の両方が求核性中心として機能します。ただし、リン原子の方がより求核性が高いことが実験的に確認されています。
                • 求核性パラメータの決定: UV-Vis分光法およびレーザーフラッシュ光分解法を用いて、様々な求電子剤との反応速度を測定し、メイアの式を用いて求核性パラメータを算出しました。
                • 反応機構: [OCP]⁻は、まずカルボカチオンなどの求電子剤と反応して双性イオンを形成し、次に、この中間体が水と反応して第二級ホスフィンを生成します。

                2025年1月28日火曜日

                Catch Key Points of a Paper ~0226~

                論文のタイトル: State-of-the-art local correlation methods enable affordable gold standard quantum chemistry for up to hundreds of atoms(局所相関法LNO-CCSD(T)による大規模分子系の高精度計算)

                著者: Péter R. Nagy*
                雑誌名: Chemical Science
                巻: Volume15, 14556-14584
                出版年: 2024
                DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc04755a

                背景

                1: 研究の背景

                • 量子化学計算は、化学反応や分子特性の理解に不可欠。
                • CCSD(T) 法は、高精度な電子相関計算手法として知られる。
                • しかし、CCSD(T) 法は計算コストが高く、大規模分子系への適用が困難。
                • 局所相関法は、計算コストを削減しつつ、CCSD(T) 法の精度を維持するための手法。
                • 特に、LNO-CCSD(T) 法は、効率性と精度を両立する有望な方法。

                2: 研究の課題と目的

                • 従来の局所相関法は、計算精度と効率性のバランスに課題があった。
                • 大規模分子系への適用には、さらなる効率化が必要とされていた。
                • 本研究の目的は、LNO-CCSD(T) 法の精度と効率性を検証し、大規模分子系への適用を可能にすること。
                • 特に、系統的な収束性誤差評価複合計算スキームに焦点を当てる。

                3: 研究の目的と成果

                • LNO-CCSD(T) 法のデフォルト設定で、多くの化学的に重要な系で十分な精度が得られることを示す。
                • 系統的な収束性を利用して、CCSD(T)/CBS (完全基底関数系) 極限に近づくための方法を開発。
                • LNO近似誤差基底関数系誤差を推定するための堅牢な誤差指標を開発。
                • 複合スキームを適用し、計算コストを削減しつつ、高精度なCCSD(T)/CBS エネルギーを算出。
                • 大規模系(最大1000原子)へのLNO-CCSD(T) 法の適用可能性を示す。

                方法

                1: 局所相関法

                • LNO-CCSD(T) 法は、局所分子軌道(LMO)基底を用いる。
                • LMOペアドメイン近似を適用して、計算コストを削減。
                • 密度フィッティング(DF)法と自然補助関数(NAF)を導入し、計算を加速。
                • ペア近似により、相互作用の強いLMOペアのみを高精度に計算。
                • ドメイン近似により、特定のドメイン内の非占有軌道のみを使用。

                2: 系統的収束

                • 基底関数系波動関数モデル局所近似の3軸に沿って系統的な収束を目指す。
                • X-tuple-z 基底関数系(D, T, Q, 5など)を使用。
                • MP, CI, CC などの波動関数 Ansatz階層を利用。
                • LNO 法では、Loose, Normal, Tight, veryTight などの設定で局所近似を系統的に改善。
                • CBS外挿を用いて、基底関数系の収束を加速。

                3: 誤差推定と複合スキーム

                • LAF(局所近似フリー)極限への外挿式を開発し、局所近似誤差を推定。
                • 複合エネルギー式 (例:ECBS(X,X+1),X N-T LNO-CCSD(T)) を利用し、計算コストを削減。
                • 高レベルの計算(例:N-T LAF LNO-CCSD(T)/X-z)と低レベルの補正(例:Normal LNO-CCSD(T)/DCBS(X,X+1))を組み合わせる。
                • 誤差指標を用いて、計算結果の信頼性を評価。

                結果

                1: 代表的な例

                • 酢酸二量体の相互作用エネルギー。
                • オクタメチルシクロブタン(OMCB)の二量化反応エネルギー。
                • ハロシクロ化反応の遷移状態(TS)の障壁高さ。
                • マイケル付加反応のTSの障壁高さ。
                • これらの例で、LNO-CCSD(T) 法がCBS 極限およびLAF 極限に系統的に収束することを実証。

                2: 系統的収束

                • LNO-CCSD(T) 法は、基底関数系局所近似の両方で系統的に収束。
                • LAF外挿により、LNO誤差をさらに低減。
                • LNO誤差の推定値は、CCSD(T) の結果を適切にカバー。
                • 複合スキームにより、CCSD(T)/CBS 極限に近い高精度なエネルギーを効率的に算出。

                3: 統計的分析

                • 14のテストセットで、約1000のエントリーについてLNO誤差を評価。
                • LNOエラーは、ほとんどの場合、0.5 kcal/mol 未満であり、DLPNO よりも小さい。
                • LNO相関エネルギー誤差は、ほとんどの場合、0.02-0.04% の範囲内。
                • LNO-CCSD(T) は、化学精度の範囲内でCCSD(T) 結果を再現。
                • デフォルト設定LNO-CCSD(T) は、多くの系で高い精度を実現。

                考察

                1: 主要な発見

                • LNO-CCSD(T) 法は、大規模分子系に対して、高精度かつ効率的な計算が可能。
                • 系統的な収束性により、CCSD(T)/CBS 極限へのアプローチが実現。
                • LAF外挿複合スキームにより、計算コストを削減しつつ、精度を向上。

                2: 精度の評価

                • デフォルト設定LNO-CCSD(T) は、多くの系で十分な精度を提供。
                • 複雑な系では、より厳密な設定が必要となる場合がある。
                • LNOエラーは、DLPNO よりも一般的に小さい。
                • LNO-CCSD(T) の相関エネルギー誤差は、非常に小さい。

                3: 先行研究との比較

                • LNO-CCSD(T) 法は、他の局所相関法と比較して、優れた精度と効率性を両立。
                • DLPNO-CCSD(T1) と比較して、同等の精度をより低い計算コストで達成。
                • 既存のベンチマーク研究でも、LNO-CCSD(T) の高い精度が確認されている。

                4: 研究の限界

                • 大規模なπ系複雑な相互作用を持つ系では、局所近似誤差が大きくなる可能性がある。
                • 基底関数系の不完全性も、精度に影響を与える可能性がある。
                • 一部の系では、多参照性が問題となる可能性がある。
                • 遷移金属錯体の計算には、注意が必要。
                • LNO 法は、開殻系への適用において、計算コストがやや増加する。

                結論

                • LNO-CCSD(T) 法は、大規模分子系の高精度計算を可能にする強力なツールである。
                • 系統的な収束性誤差評価複合スキームにより、信頼性の高い結果を効率的に得られる。

                将来の展望

                • 多参照系遷移金属錯体への適用をさらに検証する。
                • LNO-CCSD(T) 法は、触媒反応生化学材料科学など、さまざまな分野での応用が期待される。
                • LNO-CCSD(T) 法のオープンソース実装は、研究コミュニティへの貢献となる。

                用語集

                • CCSD(T): Coupled Cluster Singles and Doubles with perturbative Triples. 電子相関を考慮した高精度な量子化学計算手法。
                • LNO-CCSD(T): Local Natural Orbital Coupled Cluster Singles and Doubles with perturbative Triples. 局所自然軌道を用いたCCSD(T)法。
                • CBS: Complete Basis Set. 完全基底関数系。
                • LAF: Local Approximation Free. 局所近似フリー。
                • LMO: Localized Molecular Orbital. 局所分子軌道。
                • MP2: Second-order Møller-Plesset perturbation theory. 2次のメラープレセット摂動法。
                • DF: Density Fitting. 密度フィッティング法。
                • NAF: Natural Auxiliary Functions. 自然補助関数。
                • BSSE: Basis Set Superposition Error. 基底関数系の重ね合わせ誤差。
                • FCI: Full Configuration Interaction. 完全配置間相互作用。
                • DFT: Density Functional Theory. 密度汎関数理論。

                TAKE HOME QUIZ

                問題1: LNO-CCSD(T)法とは、どのような量子化学計算手法ですか? (a) 密度汎関数理論(DFT)に基づく手法 (b) 局所電子相関法に基づく、 coupled cluster (CC) 法の一種 (c) 分子力学(MM)法に基づく手法 (d) 半経験的分子軌道法

                解答: (b)

                解説: LNOは、**Local Natural Orbitals(局所自然軌道)**の略です。この軌道を用いることで、計算の効率化を図っています。LNO-CCSD(T)法は、局所相関の概念を取り入れた電子相関法であり、特にCCSD(T)法を基にしています。これにより、大規模分子系でも高精度な計算が可能となります。LNO-CCSD(T)法の最大の利点は、数百原子規模の分子に対して、化学精度(1 kcal mol−1以下の誤差)で計算できることです。また、従来のCCSD(T)法と比較して、計算コストを大幅に削減できます。

                問題2: LNO-CCSD(T)法は、どのような近似を用いて計算コストを削減していますか? (a) 波動関数の完全性を制限する (b) 分子軌道空間の局所性を利用する、自然軌道近似、ペア近似、ドメイン近似 (c) 積分計算を完全に省略する (d) 計算結果を実験値で補正する

                解答: (b)

                解説: LNO-CCSD(T)法は、局所相関の概念に基づいて、分子軌道空間の局所性を利用し、自然軌道近似 (NO)ペア近似ドメイン近似を導入して計算コストを削減しています。

                問題3: LNO-CCSD(T)法における系統的収束とは、何を指しますか? (a) 計算時間が短縮されること (b) 常に化学精度の結果が得られること (c) 局所近似、基底関数、およびCC励起レベルのそれぞれで、近似の度合いを徐々に小さくしていくこと (d) 計算結果が実験値に近づくこと

                解答: (c)

                解説: 系統的収束とは、局所近似の設定(Loose, Normal, Tightなど)、基底関数(二重ゼータ、三重ゼータなど)、およびCC励起レベル(CCSD, CCSD(T)など)を段階的に改善することで、計算結果をより正確な値に近づけていくことを指します。

                問題4: LNO-CCSD(T)法の計算結果の信頼性を評価するために、どのような方法が用いられますか? (a) 結果を実験値と比較する (b) 他の計算方法の結果と比較する (c) 局所近似設定を変えて収束性を確認する、基底関数系の系統的な収束、LAF極限への外挿 (d) 計算結果が物理的に妥当か確認する

                解答: (c)

                解説: LNO-CCSD(T)法の信頼性評価には、局所近似設定を変化させて結果の収束性を確認したり、基底関数系を系統的に大きくしたりすることが重要です。また、LAF(Local Approximation Free)極限への外挿も信頼性向上に役立ちます。

                問題5: LNO-CCSD(T)法を用いた大規模計算において、どのようなハードウェアリソースが必要ですか? (a) スーパーコンピュータのみ (b) 一般的な計算機クラスタでも可能、数十~数百GBのメモリと数日間の計算時間 (c) 量子コンピュータのみ (d) 特殊なグラフィックボード

                解答: (b)

                解説: LNO-CCSD(T)法は、一般的な計算機クラスタで実行できます。必要なメモリは数十~数百GB、計算時間は数日程度です。これにより、多くの研究者が比較的容易に高精度な計算を実行できるようになりました。

                問題6: LNO-CCSD(T)法とDLPNO-CCSD(T)法の主な違いは何ですか? (a) LNOはDFT法に基づくが、DLPNOはCC法に基づく (b) LNOは局所軌道に特化した自然軌道(LNO)を、DLPNOは軌道ペアに特化した自然軌道(PNO)を利用する (c) LNOは大規模計算に特化しているが、DLPNOは小規模計算に特化している (d) LNOは常にDLPNOよりも正確である

                解答: (b)

                解説: LNO-CCSD(T)法とDLPNO-CCSD(T)法の主な違いは、自然軌道の構築方法にあります。LNO法は、各局所軌道に特化した自然軌道を構築するのに対し、DLPNO法は軌道ペアごとに特化した**ペア自然軌道(PNO)**を構築します。一般的に、LNO-CCSD(T)はDLPNO-CCSD(T)より大規模計算でより高い効率と精度を発揮するとされています。

                2025年1月27日月曜日

                Catch Key Points of a Paper ~0225~

                論文のタイトル: π-Bond Dissociation Energies: C–C, C–N, and C–O(π結合解離エネルギー:C-C、C-N、およびC-O)

                著者: Steven R. Kass*
                雑誌名: The Journal of Organic Chemistry 
                巻: Volume 89, Issue20, 15158–15163
                出版年: 2024
                DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01925

                背景

                1: 研究の背景

                • 単結合、二重結合、三重結合の解離エネルギーは重要な指標である。
                • 特にσ結合の解離エネルギーは広く研究され、教科書にも記載されている。
                • しかし、π結合のエネルギーは直接測定が困難であり、学生や研究者はその決定方法や代表的な値に不慣れである。
                • この論文では、π結合のエネルギーの決定方法を説明し、代表的な値を示すことを目的とする。

                2: 未解決の問題点と研究の目的

                • π結合の強度はσ結合より弱いと教わるが、具体的な値や測定方法があまり知られていない。
                • π結合の解離は分子フラグメントを生成しないため、直接的な測定が困難である。
                • 本研究の目的は、π結合エネルギーの決定方法を解説し、C-C、C-N、C-O結合の代表的な値を示すことである。
                • また、水素化熱とπ結合強度との関係についても議論する。

                3: 研究の具体的な目的と期待される成果

                • π結合エネルギーの定義を明確化し、回転障壁やBensonの方法を用いた計算方法を示す。
                • Active Thermochemical Tables (ATcT)データベースや高レベル計算手法(Gaussian-3 (G3)とWeizmann-1 (W1))を用いて、π結合エネルギーを算出する。
                • C-C, C-N, C-O のπ結合エネルギーの代表的な値を提示することで、読者の理解を深める。
                • π結合強度と水素化熱の関係を明らかにする。

                方法

                1: 研究デザイン

                • 本研究は、実験データと計算データに基づいてπ結合エネルギーを決定する。
                • Bensonの定義に基づいて、連続するH-X結合の解離エネルギーの差からπ結合エネルギーを算出する。
                • 対称化合物だけでなく非対称化合物のπ結合エネルギーも考慮する。

                2: データ収集方法

                • ATcTデータベースから熱力学的データ(結合解離エネルギー、生成熱)を取得する。
                • Gaussian 3 (G3) と Weizmann-1 (W1) 計算手法を用いて、π結合エネルギーを計算する。
                • G3とW1の計算値は良好な一致を示し、W1の値を主に提示する。

                3: 評価項目と測定方法

                • π結合エネルギー (Eπ):二重結合または三重結合におけるπ結合の強度を測定する。
                • 結合解離エネルギー (BDE):共有結合をホモリシス切断するのに必要なエネルギーを測定する。
                • 水素化熱 (ΔH°Hd2):水素化反応で放出される熱エネルギーを測定する。

                結果

                1: C-C π結合エネルギー

                • エテンのC=C π結合エネルギーは、回転障壁から約65 kcal mol-1と決定された。
                • Bensonの方法からも65.2 kcal mol-1が得られ、W1計算値(65.4 kcal mol-1)とも一致する。
                • エチンのC≡C π結合エネルギーは75.0 kcal mol-1であり、エテンより強い。

                2: C-N π結合エネルギー

                • メタンイミンのC=N π結合エネルギーは約62 kcal mol-1であり、エテンよりわずかに弱い。
                • シアン化水素(HCN)のC≡N π結合エネルギーは70.0 kcal mol-1であり、エチンに類似する。

                3: C-O π結合エネルギー

                • カルボニル結合(C=O)のπ結合エネルギーはC-CやC-N結合よりも大幅に強く、ホルムアルデヒド(CH2O)で75.3 kcal mol-1である。
                • **カルボニル炭素の電荷(qC)**とπ結合エネルギーの間には直線的な相関がある。

                考察

                1: 主要な発見

                • C-CとC-Nのπ結合エネルギーは類似しているが、C-O π結合は大幅に強い
                • カルボニルのπ結合エネルギーは、置換基の電子効果によって大きく変化する
                • π結合の強さと水素化熱は必ずしも相関しない
                • エチンのπ結合はエテンより強いが、水素化熱は大きい。これは、生成するC-H結合の強さの違いによる。
                • 二重結合のπ結合エネルギーは、二つのπ結合の平均値で決定される
                • 1,2-プロパジエンのπ結合エネルギーは、共鳴安定化のためにエテンより弱い。

                2: 先行研究との比較

                • 以前の研究でも、π結合の強度が議論されており、本研究の結果はそれらを支持する。
                • 回転障壁を用いた方法とBensonの方法は、同様のπ結合エネルギーを与える。
                • 分子軌道理論は、1,3-ブタジエンのπ結合が弱いことを説明する。

                3: 研究の限界点

                • 本研究で示したπ結合エネルギーは、特定の定義(Bensonの方法)に基づいている
                • 非対称化合物のπ結合エネルギーの決定には、複数の経路が存在する可能性がある。
                • 使用した計算手法には一定の誤差が含まれている可能性があり、さらなる検証が必要である。

                結論

                  • 本研究では、C-C, C-N, C-O π結合エネルギーの代表的な値を提示し、その決定方法を解説した。
                  • π結合の強さと水素化熱は異なる概念であることを強調した。
                  • カルボニルπ結合の強さに対する置換基効果を明らかにした。

                  将来の展望

                          • より複雑な分子系におけるπ結合エネルギーの理解を進めることが重要。

                          用語集

                            • π結合: 原子軌道の側面からの重なりによって形成される化学結合。
                            • σ結合: 原子軌道の正面からの重なりによって形成される化学結合。
                            • 結合解離エネルギー (BDE): 共有結合を切断するために必要なエネルギー。
                            • 水素化熱: 水素化反応で放出される熱エネルギー。
                            • Active Thermochemical Tables (ATcT): 正確で信頼性の高い熱化学データを提供するデータベース。
                            • Gaussian-3 (G3)とWeizmann-1 (W1): 高精度な量子化学計算手法。
                            • Bensonの方法: 連続するH-X結合の解離エネルギーの差からπ結合エネルギーを求める方法。

                            TAKE HOME QUIZ

                            問題1: π結合の解離エネルギーを直接測定することが難しい理由は何ですか?

                            解答: π結合の解離は、分子フラグメントを生成しないため、直接的な測定が困難です。π結合を切断しても、安定したラジカルやイオンが生成せず、非結合性の一重項ビラジカルという概念的な構造になるため、ポテンシャルエネルギー面上では観測可能な種ではありません。

                            問題2: エテン(CH2=CH2)のC=C π結合エネルギーを求めるために、一般的に用いられる2つの方法を説明してください。

                            解答:

                            • 回転障壁法: エテンの二重結合の回転に必要な活性化エネルギーを利用する方法です。シス-トランス異性化の速度を測定し、アレニウスの式を用いることで、π結合エネルギーを算出します。この方法で得られる値は約65 kcal/molです。
                            • Bensonの方法: エタンのC-H結合の解離エネルギー(BDE1)とエチルラジカルのβ炭素上のC-H結合の解離エネルギー(BDE2)の差から、π結合エネルギーを求める方法です。エテンの場合、BDE1 - BDE2 = 101.0 - 35.8 = 65.2 kcal/molとなります。

                            問題3: エチンの(HC≡CH)のC≡C π結合エネルギーを算出するために、Bensonの方法をどのように適用しますか?

                            解答: エチンの場合、エテンのC-H結合の解離エネルギー(BDE1)とビニルラジカルのC-H結合の解離エネルギー(BDE2)の差からπ結合エネルギーを求めます。BDE1 - BDE2 = 110.6 - 35.6 = 75.0 kcal/molとなります。

                            問題4: 1,2-プロパジエン(アレン, CH2=C=CH2)のπ結合エネルギーを決定する際の、Bensonの方法における特別な考慮事項は何ですか?

                            解答: 1,2-プロパジエンのような非対称化合物では、隣接するC-H結合が異なるため、複数の解離経路が存在します。そのため、Bensonの方法では、隣接原子に水素原子またはラジカル中心がある場合のH-X結合強度の差を使用します。具体的には、2つの異なる経路(BDE1-BDE2'とBDE1'-BDE2)の平均値を計算します。これにより、熱力学的量が経路に依存しないようにします。

                            問題5: カルボニル基(C=O)のπ結合エネルギーは、一般的にC=CやC=Nのπ結合エネルギーと比較してどうですか?その理由を説明してください。

                            解答: カルボニル基のπ結合エネルギーは、一般的にC=CやC=Nのπ結合エネルギーよりも強いです。これは、酸素原子が炭素や窒素原子よりも小さく、電気陰性度が高いため、C=O結合の距離が短く、p軌道の重なりが良くなるためです。また、静電的な引力もC=O結合を強くする要因となります。

                            問題6: カルボニル炭素の電荷(qC)とπ結合エネルギー(Eπ)の間にはどのような関係がありますか?

                            解答: カルボニル炭素の電荷(qC)とπ結合エネルギー(Eπ)の間には、直線的な相関があります。カルボニル炭素上の電荷が大きくなるにつれて、π結合エネルギーも増加します。これは、カルボニル基が持つ共鳴構造(共有結合性の二重結合と双極性の構造)によって説明されます。資料中の式では、Eπ (kcal mol−1) = 27.3 × qC + 57.4, r2 = 0.928という関係式で表されます。

                            問題7: π結合エネルギーと水素化熱(ΔH°Hd2)の関係について説明してください。

                            解答: π結合エネルギーと水素化熱は関連していますが、直接的な相関はありません。水素化反応では、π結合の切断に加えて、2つの新しいC-H結合が形成され、水素分子の結合解離エネルギーが失われます。そのため、水素化熱は、π結合の強度だけでなく、形成されるC-H結合の強さなどの要因にも影響されます。

                            問題8: 二重結合を持つ炭素-窒素化合物(例:CH2=NH)のπ結合エネルギーは、対応する炭素-炭素化合物(例:CH2=CH2)と比較して、一般的にどうですか?

                            解答: 二重結合を持つ炭素-窒素化合物(例:CH2=NH)のπ結合エネルギーは、対応する炭素-炭素化合物(例:CH2=CH2)と比較して、わずかに小さいですが、類似しています。具体的には、その差は1.4〜5.0 kcal/mol程度です。ただし、水素化熱は大きく異なります

                            問題9: 三重結合を持つ窒素分子(N≡N)のπ結合エネルギーと、対応する炭素-炭素化合物(HC≡CH)のπ結合エネルギーは、どのように比較できますか?また、それらの水素化熱はどうですか?

                            解答: 三重結合を持つ窒素分子(N≡N)のπ結合エネルギーは、対応する炭素-炭素化合物(HC≡CH)のπ結合エネルギーとほぼ同じです。しかし、水素化熱は大きく異なり、N≡Nは非常に大きな負の値(-47.8 kcal/mol)を示し、HC≡CHは正の値(42.1 kcal/mol)を示します。これは主に、関連するH-X結合の解離エネルギーの違いによるものです。

                            2025年1月26日日曜日

                            Catch Key Points of a Paper ~0224~

                            論文のタイトル: Mn(I)-catalyzed sigmatropic rearrangement of β, γ-unsaturated alcohols(Mn(I)触媒によるβ,γ-不飽和アルコールのシグマトロピー転位)

                            著者: Can Yang, Xiaoyu Zhou, Lixing Shen, Zhuofeng Ke, Huanfeng Jiang* & Wei Zeng*
                            雑誌名: Nature Communications 
                            巻: Volume14, 1711
                            出版年: 2023
                            DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-023-37299-x

                            背景

                            1: 研究の背景

                            • 分子の再配列は、複雑な構造を効率的に変換する強力な手法である。
                            • 古典的な転位反応(ベックマン転位、コープ転位など)は、天然物や医薬品合成に広く利用されている。
                            • しかし、1,2-シグマトロピー転位(1,2-STR)や1,3-シグマトロピー転位(1,3-STR)は未開拓であった。
                            • この研究は、新しいタイプの炭素骨格再配列反応の開発を目指す。

                            2: 未解決の問題点と研究の目的

                            • C-C結合の活性化は困難であり、従来の反応ではC-C結合の開裂により別の炭素成分が失われることが多い。
                            • 効率的な炭素-炭素活性化に基づく官能基移動には、多量の試薬が必要となる。
                            • 本研究の目的は、触媒量のマンガン(I)を用いて、α-アリール-β,γ-不飽和アルコールのC-C結合活性化に基づくシグマトロピー転位を開発することである。
                            • この反応は、高い原子経済性とステップ経済性を実現することを目指す。

                            3: 研究の具体的な目的と期待される成果

                            • 多様なα-アリール-アリルアルコールやα-アリール-プロパルギルアルコールを、対応するカルボニル化合物に変換する。
                            • 1,2-STRおよび1,3-STRを、単一触媒系で実現する。
                            • この触媒モデルを、分子内および分子間カップリング反応に応用し、マクロ環状ケトンを合成する。
                            • この新しい骨格転位反応は、従来の分子転位反応を補完する有用なツールとなることが期待される。

                            方法

                            1: 研究デザインの概要

                            • 本研究では、マンガン触媒を用いた炭素骨格転位反応を開発するため、実験室での反応条件検討と基質適用範囲の調査を行った。
                            • 反応機構を解明するために、対照実験とDFT計算を実施した。
                            • マンガン触媒(Mn(CO)5Br)を使用し、様々な反応条件(温度、溶媒など)を検討した。

                            2: 試薬の選定基準

                            • この研究は、様々なα-アリール-β,γ-不飽和アルコールを基質として用いた。
                            • α-(2-インドリル)-置換された二次アリルアルコール、α-アリール三次アリルアルコール、α-(2-インドリル)プロパルギルアルコールなどの様々な基質を評価した。
                            • 反応の適用範囲を広げるために、様々な置換基を持つ基質を使用した。

                            3: 主要な評価項目と測定方法

                            • 反応の収率を、分離された生成物の量から決定した。
                            • 生成物の構造は、NMR、HR-MS、IRスペクトル、およびX線結晶構造解析により確認した。
                            • 反応機構を解明するため、D2Oを用いた同位体標識実験を実施した。
                            • DFT計算により、反応経路のエネルギープロファイルを分析した。

                            4: 使用した統計手法

                            • 本研究では、反応条件の最適化と収率の評価に重点を置いており、統計的な手法は主にDFT計算において使用された。
                            • DFT計算の結果は、反応の遷移状態の安定性や反応経路を解釈するために使用された。
                            • 生成物の収率データは、反応の効率を比較するために用いられた。

                            結果

                            1: 1,3-STR反応の最適化

                            • 様々なマンガン塩を用いた検討の結果、Mn2(CO)10とMn(CO)5Brが触媒として有効であることが判明した。
                            • 反応温度を75℃に上げたところ、収率が向上した。
                            • 溶媒スクリーニングの結果、1,2-ジクロロエタン(DCE)が最適な溶媒であることが確認された。
                            • Mn(CO)5Brを触媒とし、DCE中で75℃で反応させることで、80%の収率で目的の1,3-STR生成物を得た

                            2: 二次アリルアルコール基質適用範囲

                            • 様々な置換基を持つα-(2-インドリル)-置換二次アリルアルコールが、効率的に1,3-STR反応を起こし、対応する2-カルボニルエチルインドールを良好な収率で生成した
                            • 電子供与性基、電子吸引性基を持つ基質も、同様に反応が進行した。
                            • N-電子豊富なピリジル置換基を持つ基質も、良好な変換率で反応が進行した
                            • 内部アリルアルコールでも、同様の転位反応が進行した。

                            3: 三次アリルアルコールとプロパルギルアルコール基質適用範囲

                            • 三次アリルアルコールにおいても、選択的に1,3-アリール転位が進行し、対応するケトンを良好な収率で生成した
                            • α-(2-インドリル)プロパルギルアルコールは、1,2-STR反応を起こし、α-インドリル-α-ビニルアルデヒドを生成した
                            • 末端プロパルギルアルコールは、1,3-STR生成物と1,2-STR生成物の両方を与える場合がある。
                            • 様々な置換基を持つプロパルギルアルコールでも、この反応が適用できることを示した。

                            考察

                            1: 主要な発見

                            • マンガン(I)触媒を用いて、β,γ-不飽和アルコールのC-C結合活性化に基づくシグマトロピー転位反応を開発した。
                            • 1,2-STRおよび1,3-STRが、同一触媒系で実現可能であることを示した。
                            • 多様な基質に対して、この転位反応が有効であることを明らかにした。

                            2: 発見の意義と重要性

                            • この反応は、複雑な炭素骨格を効率的に再編成できる。
                            • 高い原子経済性とステップ経済性を実現し、環境に優しい合成法を提供する。
                            • この触媒モデルを、マクロ環状ケトンの合成や多様な分子構造の構築に応用できる可能性を示唆した。

                            3: 先行研究との比較

                            • 従来のC-C結合活性化反応では、多量の試薬が必要であったり、他の炭素成分が失われることが多かった。
                            • 本研究で開発した反応は、触媒量のマンガン(I)を用いて、効率的にC-C結合活性化に基づくシグマトロピー転位を実現した。
                            • 従来は未開拓であった1,2-STRおよび1,3-STRを同一系で実現した点が、先行研究と比較して大きな進歩である。
                            • Knowlesらによる光触媒反応と比較して、本研究はより広い基質範囲をカバーできることを示した。

                            4: 研究の限界点

                            • この反応は、特定の構造のβ,γ-不飽和アルコールに限定される可能性がある。
                            • 反応機構については、DFT計算に基づく提案にとどまっており、さらなる詳細な実験的検証が必要である。
                            • この研究は主に基礎研究であり、実用化に向けては、さらなる最適化や応用研究が必要である。

                            結論

                              • マンガン(I)触媒を用いた、新しい炭素骨格転位反応を開発した。
                              • 1,2-STRと1,3-STRを効率的に実現し、多様なカルボニル化合物を合成した。

                              将来の展望

                                    • より複雑な分子の合成や、反応機構の詳細な解明が期待される。

                                    用語集

                                    • シグマトロピー転位: 分子内で結合が移動する反応。
                                    • 1,2-STR: 1,2位間で結合が移動するシグマトロピー転位。
                                    • 1,3-STR: 1,3位間で結合が移動するシグマトロピー転位。
                                    • DFT: 密度汎関数理論。量子化学計算の一種。
                                    • Mn(I): 1価のマンガンイオン。

                                    TAKE HOME QUIZ

                                    問題1: この研究で主に焦点を当てている2つのタイプのシグマトロピー転位は何ですか? 

                                    * a)-STRと-STR * b)-STRと-STR * c) 1,2-STRと1,3-STR * d)-STRと-STR

                                    問題2: この研究で開発された反応は、主にどのような種類の基質に適用されましたか? 

                                    * a) アルカン * b) アルケン * c) α-アリール-β,γ-不飽和アルコール * d) アルキン

                                    問題3: この研究で、反応機構を解明するために行われた実験は何ですか? 

                                    * a) 質量分析 * b) D2Oを用いた同位体標識実験 * c) NMR分析 * d) UV-Visスペクトル測定

                                    問題4: この研究で、分子内[n+1]環拡大反応を起こす基質の例は何ですか? 

                                    * a) α-アリールアリルアルコール * b) α-アリールプロパルギルアルコール * c) α-アルキニルシクロアルカノール * d) α-アリール第三級アルコール


                                    解答: 1:c, 2:c, 3:b, 4:c

                                    解説:

                                    • この研究は、C-C結合の活性化に基づく新しいシグマトロピー転位反応を扱っています。触媒として、マンガン(I)化合物(具体的にはMn(CO)5Br)が使用され、1,2-STRと1,3-STRという二つの異なるタイプのシグマトロピー転位を調査しています。 この反応は主に、α-アリール-β,γ-不飽和アルコールを基質として使用し、反応の主な利点は、高い原子経済性とステップ経済性です。
                                    • D2Oを用いた同位体標識実験により、反応機構に関する洞察が得られ、DFT計算は、反応のエネルギープロファイルを理解するために不可欠なツールでした。
                                    • α-アルキニルシクロアルカノールは、[n+1]環拡大反応を起こすことが示されました。

                                    2025年1月13日月曜日

                                    Catch Key Points of a Paper ~0223~

                                    論文のタイトル: Rapidly Generated, Ultra-Stable, and Switchable Photoinduced Radicals: A Solid-State Photochromic Paradigm for Reusable Paper Light-Writing(急速に生成され、超安定で切り替え可能な光誘起ラジカル:再利用可能な紙への光書き込みのための固体光クロミズムのパラダイム)

                                    著者: Xiaoyan Xu, Ihor Sahalianov, Hao Sun,* Zhongyu Li, Shengliang Wu, Boru Jiang, Hans Ågren, Glib V. Baryshnikov,* Man Zhang,* Liangliang Zhu*
                                    雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
                                    巻: e202422856
                                    出版年: 2024
                                    DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202422856

                                    背景

                                    1: 研究の背景

                                    • 光クロミズムは、光照射によって可逆的な色変化を示す分子の特性であり、光スイッチング、エネルギー効率の高いコーティング、情報ストレージなどの分野で応用されています。
                                    • 従来の光クロミズムは、アゾ、エチレン、ジアリールエテンなどのクロモフォアの構造変化に基づいています。
                                    • しかし、固体状態での効率的な光クロミズムは、分子の構造変化に必要な大きな構造的または配座的変化のために困難です。
                                    • 光誘起ラジカル(PIR)は、光誘起電子移動(PET)プロセスを通じて生成され、色変化を示すため、固体光クロミズムの代替アプローチとして有望です。

                                    2: 未解決の問題点と研究の目的

                                    • 従来のPIRは反応性が高く、二量化、不均化、酸化還元を起こしやすく、酸素や水によって失活しやすいという課題があります。
                                    • また、PIRの生成には数分の照射時間が必要であり、安定性は数時間から数日に限られています.
                                    • 本研究の目的は、迅速な光応答性、高いラジカル安定性、切り替え可能性、容易な加工性を持つPIR材料を開発することです。
                                    • 特に、固体状態での超安定なPIRの迅速な生成を達成するための戦略を開発することを目的としています。

                                    3: 期待される成果

                                    • 本研究では、強い非共有結合ネットワークを構築し、PETとラジカル安定化に有利な分子配向を組み合わせることで、迅速な生成と超安定なPIRを達成することを目指しました。
                                    • 結晶化能力の高い化合物は、異なる固体形態でも高い結晶性を維持し、結晶化による保護効果を十分に利用して、優れた光クロミック性能を達成できると仮定しました。
                                    • 本研究により、再利用可能な紙への光書き込みを含む、さまざまな光学的材料設計に役立つ新しい知見がもたらされると期待されます。

                                    方法

                                    1: 研究デザイン

                                    • 本研究では、ヒドロキシル修飾されたポリスルフィド化アレーンを合成し、それらの光クロミック特性を評価しました。
                                    • 分子構造、結晶構造、光物性の相関関係を調べるために、さまざまな実験手法を用いました。
                                    • 単結晶X線回折、粉末X線回折(PXRD)、電子常磁性共鳴(EPR)、核磁気共鳴(NMR)、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)、密度汎関数理論(DFT)などを使用しました。

                                    2: 化合物の選定基準

                                    • ポリスルフィド化アレーンヒドロキシル基を導入することで、分子間相互作用を強化し、水素結合を介した分子配向と剛直な結晶環境を構築できると考えました。
                                    • 比較対象化合物として、メトキシ基を持つ化合物も合成しました。
                                    • 7つのヒドロキシル修飾化合物(1-7)と、1つのメトキシ化合物(8)を合成し、その光クロミック特性を比較しました。
                                    • 化合物1が最も優れた光クロミック性能を示したため、特に詳細な調査を行いました。

                                    3: 主要な評価項目と測定方法

                                    • 光クロミック挙動: UV照射による色変化を観察し、吸収スペクトルを測定しました。
                                    • ラジカルの生成: EPR分光法を用いて、光照射後のラジカルの存在を確認し、スピン濃度を測定しました。
                                    • ラジカルの安定性: ラジカルの寿命を測定し、温度、酸素、湿度に対する安定性を評価しました。
                                    • 結晶構造: 単結晶X線回折を用いて分子構造と結晶構造を決定し、PXRDを用いて結晶性を評価しました。

                                    4: 使用した統計手法

                                    • 反応速度定数: 光照射による着色速度と、暗所での退色速度を、それぞれ反応速度モデルを用いて決定しました。
                                    • 半減期: ラジカルの寿命を半減期として計算しました。
                                    • DFT計算: 分子の電子構造と吸収スペクトルを理論的に計算しました。
                                    • 実験データは、シミュレーション結果と比較して、仮説の妥当性を評価しました。

                                    結果

                                    1: 主要な結果1

                                    • 化合物1は、UV照射下で7秒で飽和する、非常に迅速な光クロミック応答を示しました。
                                    • 化合物1のPIRは、暗所で3ヶ月間安定であり、報告されているPIR材料と比較して非常に高い安定性を示しました。
                                    • 化合物1のPIRは、可逆的に生成・消去でき、加熱または水蒸気で消去を加速できることを示しました。
                                    • 化合物8は、低温でのみPIRを観察でき、室温では安定なPIRを生成しませんでした。

                                    2: 主要な結果2

                                    • 化合物1の固体サンプルは、UV照射によりオレンジ色に変化し、420 nm付近に新しい吸収帯が出現しました。
                                    • NMR、FTIR、PXRDの結果から、異性化や結合形成・切断プロセスがないことが示唆され、PIRの生成が色変化の原因であることが示唆されました。
                                    • EPRスペクトルにより、UV照射後にg値2.004のラジカルが生成されたことが確認されました。
                                    • PIRは結晶性環境でのみ安定であり、溶液中では検出されませんでした。

                                    3: 主要な結果3

                                    • 単結晶X線回折の結果、ヒドロキシル修飾化合物(1, 2, 3, 6, 7)は、パラヒドロキシフェニル基が反平行に整列し、強い非共有結合ネットワークを形成していることが明らかになりました。
                                    • このネットワークは、分子の配向を促し、PETとラジカルの安定化に寄与しました。
                                    • 化合物8では、水素結合がないため、非平行のメトキシフェニル基が観察され、ラジカル安定化に不十分であることが示唆されました。
                                    • 化合物1の粉砕サンプル非ドープフィルムでも、高い結晶性優れた光クロミック特性が保持されていることが確認されました。

                                    考察

                                    1: 主要な発見とその意義

                                    • 本研究で開発されたヒドロキシル修飾されたポリスルフィド化アレーンは、PETプロセスを介してPIRを生成し、固体状態で高い安定性を示しました。
                                    • パラヒドロキシフェニル基の反平行整列と、非共有結合ネットワークは、電子移動を促進し、ラジカルを安定化させるのに重要であることが示されました。
                                    • 結晶化能力が高い化合物は、異なる固体形態でも優れた光クロミック特性を維持できることが明らかになりました。
                                    • これは、光クロミック材料の容易な加工に貢献し、幅広い応用分野への道を開きます。

                                    2: 主要な発見とその意味 (続き)

                                    • 化合物1迅速な光応答性ラジカルの超安定性は、情報暗号化/復号化光書き込みなどの応用を可能にします。
                                    • 化合物1を紙に塗布して光書き込み可能な再利用可能な紙を作成でき、水蒸気で消去することで繰り返し使用できることを示しました。
                                    • DFT計算により、PIRはアニオンラジカルカチオンラジカルの両方を含み、これらの両方が吸収スペクトルの変化に寄与することが示されました。
                                    • EPR実験により、PIRはモノラジカルであることが確認されました。

                                    3: 先行研究との比較

                                    • 従来の光クロミック材料は、固体状態での効率的な構造変化が難しいという課題がありました。
                                    • 本研究で開発されたPIRシステムは、分子の配座変化を必要とせず、固体状態での迅速かつ安定な色変化を達成できる点で優れています。
                                    • 以前報告されたPIRシステムは、寿命が短く、安定性が低いため、実用的な応用には課題がありました。
                                    • 本研究では、結晶工学によって、これらの課題を克服し、超安定なPIRの迅速な生成を実現しました。

                                    4: 研究の限界点

                                    • 本研究では、主にヒドロキシル修飾されたポリスルフィド化アレーンに焦点を当てています。他の分子構造への一般化は、さらなる研究が必要です。
                                    • PETのメカニズムは、まだ完全に解明されているわけではありません。さらなる理論的・実験的研究が必要です。
                                    • 光書き込み紙の長期的な安定性と耐久性は、より詳細な評価が必要です。
                                    • 温度と湿度に対する影響は詳細に評価しましたが、他の環境要因に対する影響は今後の研究課題です。

                                    結論

                                      • 本研究では、結晶工学を利用して、超安定なPIRを迅速に生成できる新しい有機PIRシステムを構築しました。
                                      • 複数の分子間相互作用ヒドロキシル誘導による配向が、電子移動とラジカルの安定化に重要な役割を果たすことを明らかにしました。
                                      • 本研究により、高効率で超安定なPIRを単一成分有機結晶から生成する新しい道が開かれました。

                                      将来の展望

                                            • 今後は、情報暗号化/復号化、光書き込み、偽造防止など、さまざまな分野への応用が期待されます。

                                            用語集: (必要に応じて追加)

                                            • 光クロミズム: 光照射によって可逆的な色変化を示す現象
                                            • 光誘起ラジカル (PIR): 光照射によって生成されるラジカル
                                            • 光誘起電子移動 (PET): 光照射によって電子が移動するプロセス
                                            • ポリスルフィド化アレーン: 硫黄原子を含む芳香族化合物
                                            • 結晶工学: 分子構造と結晶構造を制御して、目的の特性を持つ材料を作成する手法
                                            • 電子常磁性共鳴 (EPR): ラジカルなどの不対電子を持つ物質を検出する分光法
                                            • 密度汎関数理論 (DFT): 量子力学に基づいて分子の電子構造を計算する理論
                                            • 非共有結合ネットワーク: 水素結合などの非共有結合によって形成される分子ネットワーク

                                            TAKE HOME QUIZ

                                            1. この研究で開発されたPIR材料は、従来の光クロミック材料と比べてどのような利点がありますか?

                                            • (a) 分子構造の変化が小さくても色変化が大きい
                                            • (b) 高温でも安定である
                                            • (c) 溶液中でも安定である
                                            • (d) 製造コストが低い

                                            2. この研究におけるPIR生成のメカニズムを説明してください。

                                            • (a) 分子の異性化 
                                            • (b) 分子内の結合形成・開裂 
                                            • (c) 光誘起電子移動(PET)によるアニオンおよびカチオンラジカルの生成 
                                            • (d) 分子の酸化

                                            3. 論文中で言及されている、PIRの安定性に寄与する結晶環境の特徴を説明してください。

                                            • (a) 分子がランダムに配置されている
                                            • (b) 分子が整然と配列し、強い非共有結合ネットワークを形成している
                                            • (c) 分子間に大きな空間が存在する
                                            • (d) 分子が自由に動き回れる

                                            解答

                                            1. (a)
                                            2. (c)
                                            3. (b)

                                            2025年1月12日日曜日

                                            Catch Key Points of a Paper ~0222~

                                            論文のタイトル: Unified ionic and radical C-4 alkylation and arylation of pyridines(統一的イオン型およびラジカル型ピリジンのC-4アルキル化およびアリール化)

                                            著者: Qiu Shi, Xiaofeng Huang, Ruizhi Yang, Wenbo H. Liu*
                                            雑誌名: Chemical Science
                                            巻: Volume15, 12442-12450
                                            出版年: 2024
                                            DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc03739a

                                            背景

                                            1: 研究の背景

                                            • ピリジン骨格は医薬品、農薬、機能性材料に広く存在しており、その合成は重要である。
                                            • ピリジンのC–H官能基化は、複雑なピリジン誘導体を合成するための効率的な戦略である。
                                            • ピリジンをピリジニウムに変換し、求核付加反応を行う手法(Minisci反応)が有効である。
                                            • イオン性またはラジカル求核剤によるピリジニウムへの付加反応は有用だが、位置選択性の低さが課題である。
                                            2: 未解決の問題点
                                            • ピリジニウムの官能基化において、C-2異性体とC-4異性体の制御不能な生成が大きな問題である。
                                            • 従来のC-4官能基化戦略では、ヘテロ原子リンチピンを介した中間体の形成が必要である。
                                            • 多様な炭素求核剤に対して統一的なプロトコルを確立することが困難であった。
                                            3: 研究の目的と期待される成果
                                            • 本研究では、酵素模倣ポケット型尿素活性化試薬を用いることで、ピリジンのC-4官能基化の一般プラットフォームを開発することを目的とする。
                                            • イオン性およびラジカル求核剤の両方に対応できる統一的なプロトコルの開発を目指す。
                                            • 多様な求核剤に対し、高いC-4選択性を実現する。
                                            • 特に、ラジカルC-4アリール化を初めて実現することを目指す。
                                            • 開発されたプラットフォームは、医薬品の後期官能基化生物学的に重要な複雑な分子の調製に応用可能である。

                                            方法

                                            1: 研究デザイン

                                            • 新規な尿素活性化試薬を用いて、ピリジンのC-4位を選択的に官能基化するプロトコルを開発する。
                                            • Grignard試薬などのイオン性求核剤と、カルボン酸、ボロン酸などのラジカル前駆体を用いた反応を検討した。
                                            2: 反応条件
                                            • ピリジンを尿素誘導体と反応させ、グアニジニウム型付加物を形成。
                                            • Grignard試薬などの求核剤を添加し、ピリジンのC-4位に付加させる。
                                            • 必要に応じて、酸化的再芳香族化を行い、目的のピリジン誘導体を生成。
                                            • ラジカル反応の場合、追加の再芳香族化ステップは不要である。
                                            3: 主要な評価項目と測定方法
                                            • 生成物の収率は、単離された純粋な化合物の収率として評価した。
                                            • 異性体比(C-4/C-2)は、1H NMRおよびGC-MSを用いて決定した。
                                            • 結晶構造は、単結晶X線回折によって解析した。

                                            結果

                                            1: Grignard試薬を用いたC-4アルキル化

                                            • 多様なGrignard試薬(第一級、第二級、第三級、アリール、ヘテロアリール)が、高い収率とC-4選択性で反応した。
                                            • メチルGrignard試薬のような小さい求核剤でも、高いC-4選択性を示した。
                                            2: その他のイオン性求核剤を用いたC-4官能基化
                                            • 有機亜鉛試薬、TMSCN、有機リチウム試薬、シリルケテンアセタール、ニトロナート、マロネートなど、多様なイオン性求核剤が利用可能だった。
                                            • 有機リチウム試薬を用いたC-4アリール化も初めて実現した。
                                            3: ラジカル前駆体を用いたC-4官能基化
                                            • 多様なカルボン酸、ボロン酸、アルカンをラジカル前駆体として用いることができた。
                                            • 特に、C-4選択的なラジカルアリール化を初めて達成した。

                                            考察

                                            1: 主要な発見

                                            • 本研究で開発した尿素活性化試薬は、ピリジンを安定かつ高度に求電子的なピリジニウムに変換できる。
                                            • このピリジニウムは、C-2位とC-6位が保護されており、C-4位への求核攻撃を促進する
                                            • このプラットフォームは、イオン性およびラジカル求核剤の両方に対応できる。
                                            2: 意義と重要性
                                            • 従来の課題であったC-4選択的な官能基化を、多様な求核剤に対して実現した。
                                            • 特に、ラジカルC-4アリール化は、従来の方法では困難であった。
                                            • このプロトコルは、医薬品や生物活性分子の合成に有用である。
                                            3: 先行研究との比較
                                            • 先行研究では、特定の求核剤にしか適用できない、またはC-2位との異性体混合物が生成されるといった問題があった。
                                            • 本研究では、多様な求核剤に対し、高いC-4選択性を実現した。
                                            • Minisci反応における位置選択性の問題も解決している。

                                            結論

                                            • 本研究では、置換された尿素を活性化試薬として用いることで、ピリジンのC-4選択的な官能基化を実現した。
                                            • このプロトコルは、イオン性およびラジカル求核剤の両方に対応でき、アルキル化とアリール化が可能である。
                                            • 多様な求核剤が利用可能で、高いC-4選択性が得られる。
                                            • 特に、C-4選択的なラジカルアリール化を初めて達成した。

                                            将来の展望

                                                  • このプロトコルの有機合成における利用が期待される。
                                                  • C-4ヘテロ官能基化他のヘテロ芳香族への応用が期待される。

                                                  用語集

                                                  • Minisci反応: ピリジンの求電子攻撃に対して、炭素ラジカルを付加する反応
                                                  • Grignard試薬: 有機マグネシウム化合物で、求核剤として使用される
                                                  • 求核剤: 電子を豊富に持ち、正に帯電した原子に結合する試薬
                                                  • 求電子剤: 電子が不足しており、電子を求めて反応する試薬
                                                  • HSAB理論: 酸と塩基の硬さ(hard)と軟らかさ(soft)で反応性を説明する理論
                                                  • TMSCN: シアン化トリメチルシリル

                                                  TAKE HOME QUIZ

                                                  質問1: 本研究で開発された活性化試薬を使用することで、ピリジンはどのような状態に変換されますか? (a) 求核的なピリジン (b) 求電子的なピリジニウム (c) ラジカル中間体 (d) キレート化合物

                                                  質問2: 開発された活性化試薬は、ピリジニウムのどの位置を保護しますか? (a) C-3位とC-5位 (b) C-2位とC-6位 (c) C-4位のみ (d) すべての位置

                                                  質問3: イオン性求核剤の例として、以下のうち適切でないものはどれですか? (a) Grignard試薬 (b) 有機亜鉛試薬 (c) カルボン酸 (d) シリルケテンアセタール

                                                  質問4: ラジカル前駆体として利用できるのは、以下のうちどれですか? (a) カルボン酸 (b) アルデヒド (c) ケトン (d) アミド

                                                  質問5: 本研究で初めて達成されたC-4官能基化は何ですか? (a) C-4アルキル化 (b) C-4シアノ化 (c) C-4ラジカルアリール化 (d) C-4ハロゲン化

                                                  回答:

                                                  1. (b) 求電子的なピリジニウム
                                                  2. (b) C-2位とC-6位
                                                  3. (c) カルボン酸
                                                  4. (a) カルボン酸
                                                  5. (c) C-4ラジカルアリール化

                                                  2025年1月10日金曜日

                                                  Catch Key Points of a Paper ~0221~

                                                  論文のタイトル: Utilizing the Perfluoronaphthalene Radical Cation as a Selective Deelectronator to Access a Variety of Strongly Oxidizing Reactive Cations(強力な酸化性反応性カチオンにアクセスするための選択的脱電子剤としてのパーフルオロナフタレンラジカルカチオンの活用)

                                                  著者: MSc. Malte Sellin, MSc. Julie Willrett, MSc. David Röhner, MSc. Tim Heizmann, BSc. Julia Fischer, BSc. Matthis Seiler, BSc. Celia Holzmann, Dr. Tobias A. Engesser, Dr. Valentin Radtke, Prof. Dr. Ingo Krossing*
                                                  雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
                                                  巻: Volume63, Issue34, e202406742
                                                  出版年: 2024
                                                  DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202406742

                                                  背景

                                                  1: 脱電子反応の重要性

                                                  • 脱電子反応(一電子酸化)は、最も基本的な化学反応の一つです。
                                                  • しかし、複雑な基質の選択的な脱電子反応を実現するには、高度な実験条件が必要となります。
                                                  • これは、中性またはカチオン性基質の脱電子反応には、生成される系と適合するアニオンの導入が伴うためです。

                                                  2: 従来の脱電子剤の課題

                                                  • 従来の脱電子剤は、ニトロソニウム、銀、マジックブルーカチオンなどが用いられてきました。
                                                  • しかし、これらの脱電子剤は、電子移動以外の望ましくない反応性を示すことが課題でした。
                                                  • 特にニトロソニウムや銀カチオンは、ルイス塩基性基質との反応において、副反応を引き起こす可能性があります。

                                                  3: 本研究の目的

                                                  • 本研究では、強力かつ選択的な脱電子剤を開発することを目的としました。
                                                  • 具体的には、市販のパーフルオロナフタレン (naphthaleneF) のラジカルカチオンを利用します。
                                                  • これにより、高電位での脱電子反応が可能になり、多様な反応性カチオンの合成が期待されます。

                                                  方法

                                                  1: 脱電子剤の合成

                                                  • パーフルオロナフタレン (naphthaleneF) を [NO]+[F{Al(ORF)3}2] と固相反応させることで、[naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2] を合成しました。
                                                  • この反応は、[NO]+ 塩の固体状態での高い電位と、溶液の均一性を利用した、新規な合成法です。
                                                  • 反応は、ヘキサフルオロベンゼン (6FB) 溶媒中で、溶媒をゆっくりと蒸発させることで進行します。

                                                  2: 選択的脱電子反応

                                                  • 合成した [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2] を用いて、様々なモデル基質との脱電子反応を行いました。
                                                  • これには、アレーン、銅粉末、白リン、鉄(II)ビス(ヒドリドトリス(ピラゾリル)ボレート)(Fe(sc)2)、フェロセン、タングステンヘキサカルボニルが含まれます。
                                                  • これらの基質は、有機分子、バルク金属、非金属元素、有機金属化合物、配位化合物など、多様な化学種を代表するものです。

                                                  3: 生成物の分析

                                                  • 脱電子反応によって生成したカチオンを、様々な分光法を用いて分析しました。
                                                  • 赤外分光法 (IR) 、核磁気共鳴分光法 (NMR) 、単結晶X線構造解析 (scXRD) を用いて、生成物の構造や電子状態を明らかにしました。
                                                  • また、サイクリックボルタンメトリーを用いて、脱電子反応の電位を測定しました。

                                                  結果

                                                  1: 固相脱電子反応の成功

                                                  • [NO]+[F{Al(ORF)3}2] と naphthaleneF の固相反応により、 [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2] が生成することを確認しました。
                                                  • この反応は、カウンターイオンのサイズが反応の成否に大きく影響することを示しています。
                                                  • 大きな WCA [F{Al(ORF)3}2] を用いることで、格子エネルギーの低下が抑制され、反応が進行しやすくなります。

                                                  2: 多様なカチオンの生成

                                                  • [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2] は、様々な基質から選択的に電子を引き抜くことがわかりました。
                                                  • 例えば、タングステンヘキサカルボニルから [W(CO)6]+・、銅粉末から [CuF{Al(ORF)3}2]、白リンから [P9]+ カチオンが生成しました。
                                                  • また、フェロセン誘導体からは [Fc(CO)]2+、鉄(II)ビス(ヒドリドトリス(ピラゾリル)ボレート)錯体からは [Fe(sc)2]2+ が生成しました。

                                                  3: アセンジカチオンの生成と構造

                                                  • [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2] を用いて、ペンタセンとテトラセンのジカチオンを生成することに成功しました。
                                                  • これらのジカチオンは、溶液中では不安定であることが知られていますが、本研究では 5FB 溶液から結晶化し、構造解析を行いました。
                                                  • 特に、ペンタセンジカチオンの固体状態構造は、これが初めての報告例となります。

                                                  考察

                                                  1: [naphthaleneF]+・ の脱電子能

                                                  • [naphthaleneF]+・ は、4FB 溶液中で +2.00 V vs. Fc+/0 の電位を持ち、強力な酸化剤である ReF6 に匹敵する脱電子能を示します。
                                                  • 固体状態では、カウンターイオン [F{Al(ORF)3}2]  の大きなサイズにより、擬似気相条件が実現され、[NO]+ カチオンの電位が +2.34 V vs. Fc+/0 にまで上昇します。
                                                  • さらに、naphthaleneF との固相反応では、発生する NO ガスが系外に除去されることで、反応が生成物側にシフトし、[naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2] の固体状態電位は +2.41 V vs. Fc+/0 に達します。

                                                  2: 選択性の要因

                                                  • [naphthaleneF]+・は、高電位でありながら、高い選択性を示します。
                                                  • これは、[F{Al(ORF)3}2] アニオンの弱配位性と、フルオロベンゼン系溶媒の不活性な性質によるものと考えられます。
                                                  • これらの条件により、副反応が抑制され、目的とする脱電子反応が選択的に進行します。

                                                  3: 溶媒効果の影響

                                                  • フェロセンの2回目の脱電子反応の電位は、溶媒によって大きく異なることがわかりました。
                                                  • 4FB 溶媒中では、2回目の脱電子波は観測されませんでしたが、SO2 溶媒中では +1.71 V vs. Fc+/0 で観測されます。
                                                  • これは、SO2 が 4FB よりも強い溶媒和効果を持つため、カチオンの安定化に寄与しているためと考えられます。

                                                  本研究の限界

                                                  • アントラセンジカチオンのように、生成したカチオン自身が反応してしまう場合には、本手法では目的物を単離することができません。
                                                  • アントラセンの場合、Scholl 型反応により、主にプロトン化アントラセンが生成してしまいます。
                                                  • 本手法は、本質的に安定なカチオンの合成に有効ですが、不安定なカチオンには適用が難しい場合があります。

                                                  結論

                                                  • 本研究では、強力かつ選択的な脱電子剤である [naphthaleneF]+・[F{Al(ORF)3}2] を開発し、その有用性を示しました。
                                                  • 本手法は、様々な高酸化性カチオンの合成に適用可能であり、新奇な化学種の創出に貢献することが期待されます。

                                                  将来の展望

                                                      • より不安定なカチオンを安定化できる条件を探索することで、本手法の適用範囲をさらに広げることが課題となります。

                                                      TAKE HOME QUIZ

                                                      1. [naphthaleneF]+ の脱電子能力は、他の試薬と比較してどの程度ですか? 具体例を挙げて説明してください。

                                                      • [naphthaleneF]+ は、非常に強力な脱電子剤*であり、電位は+2.00 V (溶液中) / +2.41 V (固体状態) vs. Fc+/0です。
                                                      • [NO]+ の電位は、4FB中では+1.52 V vs. Fc+/0。[naphthaleneF]+* は、[NO]+よりも約0.5 V高い脱電子能力を持ちます。
                                                      • ReF6(六フッ化レニウム)などの非常に強力な酸化剤に匹敵する電位を持ちますが、より扱いやすいです。
                                                      • [anthraceneHal]+ の電位は+1.42 V vs. Fc+/0*であり、[naphthaleneF]+*の方がより強力です。
                                                      • Connelly/Geigerの分類では、+0.8 Vを超える脱電子剤は「非常に強力」とされていますが、[naphthaleneF]+* はそれをはるかに上回ります。
                                                      • 例えば、タングステンヘキサカルボニル (W(CO)6) は、従来の酸化剤では脱電子が難しかったが、[naphthaleneF]+* によって容易に脱電子されます。

                                                      2. [naphthaleneF]+ の反応における選択性について、説明してください。

                                                      • [naphthaleneF]+* は、高い脱電子能力だけでなく、選択性も兼ね備えています
                                                      • 例えば、タングステンヘキサカルボニルとの反応では、目的の脱電子反応のみが進行し、他の副反応は起こりにくいです。
                                                      • これは、[naphthaleneF]+* が特定の基質に対して優先的に反応するためです。
                                                      • 他の酸化剤では複数の反応経路が競合することがありますが、[naphthaleneF]+ はよりクリーンな反応を促進します。

                                                      3. 固体状態脱電子反応(SSD)において、カウンターイオンのサイズが反応に影響を与える理由を説明してください。

                                                      • SSD反応では、カウンターイオンのサイズが格子エネルギーに影響を与え、反応の熱力学に大きく影響します。
                                                      • [NO]+[SbF6] のような小さいカウンターイオンでは、格子エネルギーが大きく、脱電子反応のギブスエネルギー変化が大きくなります。
                                                      • 一方、[F{Al(ORF)3}2] のような非常に大きなカウンターイオンの場合、格子エネルギーの減少が小さく、反応がエネルギー的に有利になります。
                                                      • [NO]+[F{Al(ORF)3}2] は、より小さいイオンと比較して非常に高い固体状態電位(+2.34 V vs Fc+/0) を持ち、[naphthaleneF]+ の生成を促進します。

                                                      4. [naphthaleneF]+[F{Al(ORF)3}2] を用いた反応における、溶媒の役割は何ですか?

                                                      • 溶媒は、高電位での脱電子プロセスに耐えることができる必要があり、不活性で弱い配位性であることが重要です。
                                                      • 4FBや5FBなどの高度にフッ素化されたベンゼン誘導体は、この要件を満たす適切な溶媒です。
                                                      • これらの溶媒は、高い溶媒電位限界を持ち、反応性カチオンの安定化に役立ちます。

                                                      2025年1月9日木曜日

                                                      Catch Key Points of a Paper ~0220~

                                                      論文のタイトル: Retro-Cope elimination of cyclic alkynes: reactivity trends and rational design of next-generation bioorthogonal reagents(環状アルキンの逆Cope脱離:反応性トレンドと次世代バイオ直交試薬の合理的設計)

                                                      著者: Steven E. Beutick, Song Yu, Laura Orian, F. Matthias Bickelhaupt, and Trevor A. Hamlin*
                                                      雑誌名: Chemical Science
                                                      巻: Volume 15, 15178-15191
                                                      出版年: 2024
                                                      DOI: https://doi.org/10.1039/d4sc04211e

                                                      研究背景

                                                      1: バイオ直交化学の台頭

                                                      • バイオ直交化学は、生体系の研究と操作のための強力なツールとして登場しました。
                                                      • バイオ直交反応は、生体適合性と堅牢性を備え、高速の反応速度定数で進行し、本来の生物学的環境を妨げたり、反応したりしません。
                                                      • これらの要件を満たすバイオ直交試薬は、in vitro および in vivo の両方で、標的分子を標識およびイメージングすることにより、生物学的プロセスのプロービングを可能にします。

                                                      2: 既存のバイオ直交反応の限界

                                                      • 一般的なバイオ直交反応には、テトラジンベースの逆電子需要ディールス・アルダー(IED-DA)、 副生物のないスタウディンガー連結反応、 および銅(I)触媒アジド-アルキン環化付加(CuAAC)などの1,3-双極子環化付加などがあります。
                                                      • Bertozziらは、選択的なバイオ直交化学反応として、歪み促進アジド-アルキン環化付加反応(SPAAC)を開発しました。
                                                      • 歪み促進アルキン-ニトロン環化付加(SPANC)、 イソニトリルベースの [4 + 1] 環化付加、 および光活性化テトラゾール連結など、いくつかの新しいバイオ直交反応の開発により、この分野は引き続き発展しています。

                                                      3: 本研究の目的

                                                      • Kangらは最近、官能化された(環状)アルキンとN,N-ジアルキルヒドロキシルアミン間の逆Cope脱離反応(環状シクロオクチンのヒドロアミノ化)を新しいバイオ直交反応として提示しました(スキーム1a)。
                                                      • 本研究では、ジメチルヒドロキシルアミン(DMHA)と様々な環状アルキンとの間の逆Cope脱離反応を、DFTを用いてZORA-BP86/TZ2Pレベルで量子化学的に検討しました。
                                                      • この研究の目的は、全体的な反応性に対する以下の3つのユニークな活性化モードの役割を理解することです。
                                                        • 縮合環を介した追加のシクロアルキン歪み
                                                        • シクロアルキン上の環外ヘテロ原子置換
                                                        • シクロアルキン上の環内ヘテロ原子置換

                                                      研究方法

                                                      1: 計算手法

                                                      • すべての計算は、AMS2021プログラムを使用して実行されました。
                                                      • 気相中でのGrimmeのCREST 2.12を使用したコンフォメーション検索の後、 すべてのジオメトリとエネルギーは、一般化勾配近似(GGA)汎関数BP86を使用して計算され、MOは、大きな非縮小スレーター型軌道(STO)セットを使用して展開されました:TZ2P。
                                                      • 相対論的効果は、ゼロ次近似(ZORA)で考慮されました。

                                                      2: 活性化歪みモデル(ASM)

                                                      • 研究対象の反応に関連する活性化障壁の定量分析は、反応性の活性化歪みモデル(ASM)を使用して取得されました。
                                                      • PES、つまりDE(z)は、歪みエネルギーDEstrain(z)と相互作用エネルギーDEint(z)に分解されました[式(1)]。
                                                      • すべてのエネルギー項は、反応中に明確な変化を受ける、形成中のC/H結合の長さに投影されました。

                                                      3: エネルギー分解分析(EDA)

                                                      • DEint(z)の背後にある物理的メカニズムをより深く理解するために、正準エネルギー分解分析(EDA)を使用しました。
                                                      • これは、コーン・シャムMO理論の枠組みの中で、変形した反応物間のDEintを、物理的に意味のある3つの項に分解します[式(2)]。

                                                      4: ボロノイ変形密度解析

                                                      • 電子密度分布は、原子電荷を計算するためのボロノイ変形密度(VDD)法を使用して分析されます。

                                                      結果

                                                      1: 環状アルキン

                                                      • 線状2-ブチンとシクロオクチン(COT)を比較することにより、アルキンの曲げ、つまりアルキン歪みが逆Cope脱離反応性に及ぼす影響について調べました。
                                                      • これらの反応物とジメチルヒドロキシルアミン(DMHA)との間の逆Cope脱離反応に関連する計算された電子活性化エネルギー(DE‡)と反応エネルギー(DErxn)は表1に示されています。
                                                      • 電子活性化障壁は、2-ブチンからCOTに移行すると、15.8 kcal mol-1から4.6 kcal mol-1に大幅に低下します(表1)。
                                                      • 歪んだアルキンの線状2-ブチンに対する逆Cope脱離反応性の向上につながる物理的要因を特定するために、反応性の活性化歪みモデル(ASM)が適用されます(図1a)。

                                                      2: 追加の歪みを持つ環状アルキン

                                                      • 次に、親COTの反応性を、1,3-双極子環化付加反応における2つの一般的なバイオ直交環状アルキン試薬であるジベンゾシクロオクチン(DIBO)およびビシクロノニン(BCN)と比較します。
                                                      • これらの反応物とジメチルヒドロキシルアミン(DMHA)との間の逆Cope脱離反応に関連する、計算された電子活性化エネルギー(DE‡)と反応エネルギー(DErxn)を表2に示します。

                                                      3: 環外プロパルギル置換の影響

                                                      • 次に、COTの環外プロパルギル位における変調について説明します。
                                                      • COTの環外プロパルギル位にヒドロキシ基(HO-COT)とジフルオロ基(DIFO)を付加した効果を調べました。

                                                      4: 環内プロパルギル置換の影響

                                                      • 最後に、DMHAとの逆Cope脱離反応に対するヘテロシクロオクチン(Y-COT)の反応性を分析しました。
                                                      • 環内プロパルギル炭素を窒素(N-COT)、酸素(O-COT)、硫黄(S-COT)で置換します。

                                                      考察

                                                      1: 主要な発見

                                                      • アルキンの歪み(線状から環状)による逆Cope脱離反応の増強は、活性化歪みの減少と安定化軌道相互作用の強化に起因することがわかりました。
                                                      • 環化によるアルキンの歪みは、プロピンp*-LUMOアルキンの安定化を誘導し、それがより小さく、より有利なHOMODMHA-LUMOアルキンギャップをもたらし、したがってより安定化する逆電子需要(IED)軌道相互作用をもたらします。
                                                      • 縮合環でCOTを付加すると、アルキンの歪みがさらに付与され、活性化歪みがさらに少なくなり、IED軌道相互作用がさらに安定化します。
                                                      • COTを環外および環内ヘテロ原子置換基で修飾すると、p*-LUMOアルキンも安定化し、その結果、安定化IED軌道相互作用がさらに強化されます。
                                                      2: DIBOの二次効果
                                                      • ジベンゾ環状シクロオクチンであるDIBOの場合、二次効果が観察されます。これは、BCN(ビシクロノニン)と比較して、反応座標(r(C/H))に沿った一貫した点である一貫したジオメトリで発生する活性化歪みのより顕著な減少を示します。
                                                      • これは、以下に示す理由により、C/H結合の形成の背後にあるC/N結合の形成が遅れる、より傾斜した反応経路に関連付けることができます。DIBOのねじれた性質により、COTのピン面-HOMOはベンゼン置換基のπ系と混合し、立体的パウリ反発を高めます。
                                                      • 強い反発相互作用は、反応系をより傾斜した反応経路に適応させることによって吸収されます。その結果、重複が減少し、それによって反発的なパウリ反発と有利な軌道相互作用の両方が低下します。
                                                      • 特に、このより傾斜した反応経路により、両方の反応物は一貫したジオメトリであまり歪まなくなり、活性化歪みがより顕著に減少します。
                                                      3: 研究の限界
                                                      • この研究では、特定の計算手法とレベルの理論を使用して、逆Cope脱離反応における様々な環状アルキンの反応性を調査しました。
                                                      • 他の計算手法や溶媒効果を考慮すると、反応性トレンドや設計原理に微妙な違いが生じる可能性があります。

                                                      結論

                                                      • 環状アルキンとジメチルヒドロキシルアミン(DMHA)との間の逆Cope脱離反応は、アルキンの適切な官能化によって加速できることがわかりました。
                                                      • 3つの異なる活性化モード、つまり(i)縮合環によるアルキンの追加の歪み、および(ii)環外ヘテロ原子置換基、および(iii)シクロアルキン上の環内ヘテロ原子置換によるシクロアルキンの修飾を検討しました。
                                                      • これらの活性化モードの設計原理と適切な組み合わせを使用して、これらの逆Cope脱離反応における他のすべての現在の試薬よりも優れた二次の速度定数を特徴とする、斬新なバイオ直交試薬のスイートを合理的に設計しました。

                                                        将来の展望

                                                        • 提案された新しいバイオ直交試薬の合成と実験的評価。
                                                        • 異なる置換基と環状アルキンコアを探索して反応性をさらに最適化します。
                                                        • 逆Cope脱離反応の生体内応用におけるこれらの試薬の可能性を調査します。

                                                        用語集

                                                        • バイオ直交化学:生体系に影響を与えない化学反応を用いて生体分子を修飾・操作する化学分野。
                                                        • 逆Cope脱離反応:ヒドロキシルアミン誘導体が環状アルキンと反応してアルケンとイミンを生成する化学反応。
                                                        • 活性化歪みモデル(ASM):化学反応における活性化障壁を理解するための理論的枠組み。
                                                        • 密度汎関数理論(DFT):物質の電子構造を計算するための量子力学的計算手法。
                                                        • コーン・シャム分子軌道(KS-MO):DFT計算で得られる分子軌道の種類。

                                                        TAKE HOME QUIZ

                                                        問題:

                                                        1. 環状アルキンの歪みが、レトロ・コープ脱離反応の反応性にどのように影響しますか?

                                                          • (a) 歪みが大きいほど反応性は低下する
                                                          • (b) 歪みは反応性に影響しない
                                                          • (c) 歪みが大きいほど反応性は向上する
                                                          • (d) 歪みは反応を阻害する
                                                        2. 環状アルキンのプロパルギル位にヘテロ原子を導入すると、反応性はどのように変化しますか?

                                                          • (a) 反応性は低下する
                                                          • (b) 反応性は変化しない
                                                          • (c) 反応性は向上する
                                                          • (d) 反応は停止する
                                                        3. 以下の環状アルキンの中で、DMHAとのレトロ・コープ脱離反応の反応性が最も高いのはどれですか?

                                                          • (a) シクロオクチン(COT)
                                                          • (b) ジベンゾシクロオクチン(DIBO)
                                                          • (c) ビシクロノニン(BCN)
                                                          • (d) 2-ブチン
                                                        4. 活性化歪みモデル(ASM)において、反応の活性化障壁はどのように分解されますか?

                                                          • (a) 歪みエネルギーとポテンシャルエネルギー
                                                          • (b) 歪みエネルギーと相互作用エネルギー
                                                          • (c) 相互作用エネルギーと電子エネルギー
                                                          • (d) 電子エネルギーとポテンシャルエネルギー
                                                        5. エネルギー分解分析(EDA)において、相互作用エネルギーはどのように分解されますか?

                                                          • (a) 静電相互作用と電子相互作用
                                                          • (b) 静電相互作用、ファンデルワールス相互作用、軌道相互作用
                                                          • (c) 静電相互作用、パウリ反発、軌道相互作用
                                                          • (d) パウリ反発とファンデルワールス相互作用
                                                        6. 環状アルキンのLUMOエネルギーが低いと、レトロ・コープ脱離反応の反応性はどうなりますか?

                                                          • (a) 反応性が低下する
                                                          • (b) 反応性は変化しない
                                                          • (c) 反応性が向上する
                                                          • (d) 反応は停止する
                                                        7. DIBOの反応において、C/N結合形成距離がC/H結合形成距離よりも遅れるのはなぜですか?

                                                          • (a) 歪みエネルギーが高いから
                                                          • (b) 軌道相互作用が少ないから
                                                          • (c) パウリ反発が大きいから
                                                          • (d) 静電相互作用が大きいから
                                                        8. DMHAとのレトロ・コープ脱離反応において、ヘテロ原子置換されたシクロオクチンは主にどの経路で反応しますか?

                                                          • (a) マルコフニコフ付加
                                                          • (b) アンチマルコフニコフ付加
                                                          • (c) ランダムな付加
                                                          • (d) 付加反応は起こらない

                                                        解答:

                                                        1. (c)
                                                        2. (c)
                                                        3. (c)
                                                        4. (b)
                                                        5. (c)
                                                        6. (c)
                                                        7. (c)
                                                        8. (b)

                                                        解説:

                                                        • 環状アルキンの歪みが大きいほど、反応性は向上します。これは、歪んだ構造が反応に必要な活性化エネルギーを低下させるためです。
                                                        • プロパルギル位にヘテロ原子(例えば、酸素やフッ素)を導入すると、環状アルキンのLUMOエネルギーが低下し、反応性が向上します。
                                                        • ビシクロノニン(BCN) は、シクロオクチン(COT)よりも歪みが大きく、より反応性が高いことが示されています。

                                                        2025年1月8日水曜日

                                                        Catch Key Points of a Paper ~0219~

                                                        論文のタイトル: Versatile, Modular, and General Strategy for the Synthesis of α-Amino Carbonyls(α-アミノカルボニルの合成のための汎用性が高く、モジュール化された、一般的な戦略)

                                                        著者: Jianzhong Liu and Matthew J. Gaunt*
                                                        雑誌名: Journal of the American Chemical Society
                                                        巻: Volume 146, Issue 9, 11870–11886
                                                        出版年: 2024
                                                        DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c09434

                                                        背景

                                                        1: アルキルアミンの塩基性度の調整:創薬における重要性
                                                        • アルキルアミンの塩基性度の調整は、生理的条件下でのイオン化状態を制御するため、創薬において重要です。
                                                        • 塩基性度は、親油性、溶解性、代謝、hERGイオンチャネルや標的受容体との相互作用などの要因に影響を与えます。
                                                        • その結果、アルキルアミンのバイオアベイラビリティと細胞透過性を向上させることができます。
                                                        • オフターゲット相互作用を阻害することもできます。
                                                        2: α-アミノカルボニル:医薬品候補における重要な特徴
                                                        • アルキルアミンの塩基性度を下げる1つの方法は、窒素原子に隣接してカルボニル基を導入することです。
                                                        • したがって、隣接するアミド、エステル、またはケトンを持つアルキルアミンは、多くの医薬品候補において重要な特徴となっています。
                                                        • α-アミノカルボニルの影響により、その調製のための新しい方法の開発は、合成における継続的な課題となっています。
                                                        • 特に、α-アミノカルボニル由来の医薬品候補の多様なライブラリーの構築に適用される場合に重要です。
                                                        3: α-アミノカルボニル合成の現状と課題
                                                        • 医薬品関連のα-アミノカルボニルの合成には、多大な研究努力が向けられてきました。
                                                        • α-アミノ酸を操作する戦略に加えて、適切な求電子剤によるエノラート、エノール、エナミンの官能化を利用する方法も一般的になっています。
                                                        • しかし、これらのプロセスのほとんどは、複数段階を必要とし、特注の求電子剤を使用するか、カルボニル化合物の種類によって制限されています。
                                                        • つまり、α-アミノカルボニルのための一般的なプラットフォームはまだ存在していません。

                                                        方法

                                                        1: モジュール式でプログラム可能な合成戦略
                                                        • 本論文では、広範囲のα-アミノカルボニルのモジュール式でプログラム可能な合成を提供する実用的な戦略を説明しています。
                                                        • このプロセスの一般性は、カルバモイルラジカルを生成するための非常に穏やかな方法によって可能になります。
                                                        • これは、特別に調整されたカルボキサミド試薬のルイス酸-可視光媒介ノリッシュI型フラグメンテーションを介して進行し、in situで生成されたバイアスのないイミンへの付加によって捕捉されます。

                                                        2: 反応の特徴と利点

                                                        • 各成分における反応の広範な範囲に加えて、豊富で多様に存在するアミンとカルボニル原料を利用できる能力が、二次元アレイ合成を通じて示されています。
                                                        • これは、新規の、アッセイ準備が整ったα-アミノアミドのライブラリーを構築するために使用されます。
                                                        • 単一ステップでα-アミノアミド骨格を組み立て、入手しやすく、実質的に存在するC(sp3)リッチな原料のクラスから引き出すことができます。
                                                        • 生成物に残留する活性化基や保護基を含まず、試薬のほぼ等モル化学量論で進行し、アレイ型ライブラリー合成に適しています。

                                                        3: 可視光線媒介ラジカル付加反応

                                                        • 可視光線とシランを介した活性化モードが穏やかな条件下でアルキルラジカルを生成し、in situで生成された全アルキル置換イミニウムイオンへの付加を調整できるカルボニルアルキル化アミノ化と呼ばれる汎用性の高い第三級アルキルアミン合成プラットフォームを確立しました。
                                                        • α-アミノアミドのモジュール式で実用的かつ一般的な戦略の課題を踏まえ、可視光線媒介によるカルバモイルラジカルの、その置換基によってバイアスされていないin situで生成されたイミニウムイオンへの付加が、由緒あるUgi多成分カップリングと匹敵するほど幅広い反応性を提供する可能性があると推測しました。
                                                        • カルバモイルラジカルは、求電子性イミニウムイオンアクセプターに適合する極性を持ち、効果的なカップリングの基礎を提供する中程度の求核性開殻中間体です。

                                                        結果

                                                        1: ルイス酸活性化モードによるカルバモイルラジカル生成
                                                        • カルバモイルラジカルの便利な供給源として、4-カルボキサミド-1,4-ジヒドロピリジン(DHP)に注目しました。
                                                        • これは、対応する4-カルボキシ-DHPからのアミド結合形成によってアクセスできるためです。
                                                        • これは、多様なアミン原料プールによって提供されるモジュール性を利用しています。
                                                        • 4-カルボキサミド-DHPはカルバモイルラジカルの前駆体として使用されてきましたが、
                                                        • 活性化には、一般に、可視光線媒介光触媒の作用または試薬との電子ドナー-アクセプター錯体の形成が必要です。
                                                        2: 可視光線照射によるDHPの活性化
                                                        • カルバモイルラジカルへの選択的なホモリティック結合開裂がノリッシュI型フラグメンテーションを介して起こると仮定すると、
                                                        • DHPユニットのπHOMOとσC-CO*軌道の間の対称性が許容される励起は、可視光線照射によって駆動される可能性があります(図2A)。
                                                        • 4-カルボキサミド-1,4-DHP試薬のσC-CO*軌道のエネルギーを、アミドのカルボニルモチーフへのルイス酸配位によって低下させることで、DHP-πHOMO軌道に近づけるだけでなく、
                                                        3: C-CO結合の分極と可視光線励起
                                                        • C-CO結合を分極させて、σC-CO*軌道の係数がC-4位で増加するようにしました。
                                                        • これにより、オーバーラップが改善され、ノリッシュI型フラグメンテーションからカルバモイルラジカルへの可視光線励起が可能になります。

                                                        考察

                                                        • これらのカルボニルカルバモイル化アミノ化およびカルボニルアシル化アミノ化反応は、由緒あるUgiおよびStrecker反応の実用的かつ一般的な代替手段であり、機能的および構造的に多様なα-アミノカルボニルの広範なスペクトルを生成するための簡単な手段を表しています。
                                                        • 複雑なC(sp3)リッチアミンの合成のための堅牢なモジュール式方法の開発は、過小評価されている課題です。
                                                        • 関連するカルボニルアルキル化アミノ化プロセスに関する私たちの研究と合わせて、
                                                        • ここに提示された研究は、この広範なアミン合成プラットフォームに大きく貢献し、これらの重要な構造の合成を合理化します。
                                                        • これは、新しい生物活性分子の探求において非常に有用である可能性があります。

                                                        結論

                                                        • 本論文では、穏やかでモジュール式のα-アミノアミド合成法を開発し、その有用性を示しました。
                                                        • この方法は、UgiおよびStrecker反応の代替手段として、医薬品開発などの分野で広く応用される可能性があります。

                                                        将来の展望

                                                          • さらなる基質適用範囲の拡大や反応機構の詳細な解明が期待されます。

                                                          用語集

                                                          • α-アミノカルボニル: カルボニル基のα位にアミノ基を持つ化合物。
                                                          • カルバモイルラジカル: カルバモイル基から水素原子が1つ取り除かれたラジカル種。
                                                          • ノリッシュI型フラグメンテーション: カルボニル化合物が光を吸収して結合が切断される反応の一種。
                                                          • イミン: 炭素-窒素二重結合を持つ有機化合物。
                                                          • C(sp3)リッチ: sp3混成軌道を多く持つ炭素原子を多く含む化合物。
                                                          • Ugi反応: イソシアニド、カルボン酸、アルデヒド、アミンからα-アミノアミドを合成する多成分反応。
                                                          • Strecker反応: アルデヒドまたはケトン、アミン、シアン化物からα-アミノニトリルを合成する多成分反応。
                                                          • 4-カルボキサミド-1,4-ジヒドロピリジン(DHP): ピリジン環の4位にカルボキサミド基を持つジヒドロピリジン誘導体。
                                                          • ルイス酸: 電子対を受け取ることができる化学種。
                                                          • 電子ドナー-アクセプター錯体: 電子ドナー分子と電子アクセプター分子が弱い結合によって形成される錯体。

                                                          TAKE HOME QUIZ

                                                          1. この論文で開発されたα-アミノカルボニル合成法は、どのような種類の触媒を利用しており、どのような役割を果たしていますか?

                                                            • 可視光とルイス酸。特に、TBS-OTfSc(OTf)3 が重要なルイス酸として使用されている。ルイス酸は4-カルボキサミド-DHPのカルボニル基に配位し、σC-CO*軌道を活性化し、可視光照射によるラジカル生成を促進する。また、イミニウムイオンの生成も促進すると考えられる。
                                                          2. この合成法で、α-アミノアミドを生成するために用いられるラジカル中間体であるカルバモイルラジカルの生成は、どのようなメカニズムで説明できますか?

                                                            • カルバモイルラジカルは、4-カルボキサミド-1,4-ジヒドロピリジン(DHP)から生成され、4-カルボキサミド-1,4-DHPのルイス酸配位により、σC−CO*軌道のエネルギーが低下し、可視光照射によるNorrish type-I開裂が促進される。
                                                          3. この合成法は、どのようなタイプの出発物質を利用してα-アミノカルボニルを生成できますか?

                                                            • 多様なアミン、アルデヒド、およびケトン。特に、C(sp3)リッチなアミンアルキル置換されたアルデヒドまたはケトンを使用できる点が重要。
                                                          4. この合成法は、従来のStrecker反応やUgi反応と比較して、どのような利点がありますか?

                                                            • 解答のポイント:
                                                              • 穏和な条件: 毒性の高い試薬(シアン化物、イソニトリル)を避け、可視光とルイス酸を利用する。
                                                              • モジュール性と多様性: 幅広いアミンとカルボニル化合物を使用できる。
                                                              • ワンステップ合成: α-アミノアミド骨格を一度に構築できる。
                                                              • アレイ合成への適用: 多数の化合物を並行して合成できる。
                                                              • 医薬品への応用: 既存の医薬品やその類似体を効率的に合成できる。
                                                          5. この合成法の反応速度を決める律速段階は何ですか?

                                                            • 4-カルボキサミド-DHPのホモリシス(結合の均等開裂)


                                                          2025年1月7日火曜日

                                                          Catch Key Points of a Paper ~0218~

                                                          論文のタイトル: Insight into the Course of the Ferrier Rearrangement Used to Obtain Untypical Diosgenyl Saponins(非典型的なジオスゲニルサポニン類の生成に用いられるフェリエ転位の過程への洞察)

                                                          著者: Grzegorz Detlaff, Magdalena Zdrowowicz, Małgorzata Paduszyńska, Magdalena Datta, Daria Grzywacz, Wojciech Kamysz, Janusz Rak, Andrzej Nowacki, Henryk Myszka, Beata Liberek*
                                                          雑誌名: The Journal of Organic Chemistry
                                                          巻: Volume 89, Issue 20, 15026–15040
                                                          出版年: 2024
                                                          DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01756

                                                          研究の背景

                                                          • フェリエ転位は、グリカルから2,3-不飽和グリコシドを合成するための重要な反応
                                                          • この反応は、天然物合成や医薬品化学において広く応用されている
                                                          • 従来のフェリエ転位は、ルイス酸触媒下で求核剤との反応により進行すると考えられている
                                                          • しかし、反応機構の詳細は完全には解明されていない

                                                          研究の目的

                                                          • 本研究では、フェリエ転位の過程で生成する中間体の安定性をDFT計算を用いて調査
                                                          • 得られた知見に基づいて、不典型的なジオスゲニルサポニンを得るためのフェリエ転位の反応機構を提案
                                                          • また、合成されたジオスゲニルサポニンの細胞毒性活性についても評価

                                                          方法

                                                          • 6種類の異なるアセチル化グリカル(1〜6)を用いてフェリエ転位を実施
                                                          • DFT計算を用いて、アリルオキシカルベニウムイオンとジオキソレニウムイオンの安定性を比較しました。
                                                          • ジオスゲニンとグリカルの反応を、無水エーテルとジクロロメタンの混合溶媒中で、無水塩化鉄(III)触媒を用いて行いました。
                                                          • 反応生成物は、フラッシュクロマトグラフィーを用いて精製しました。
                                                          • 生成物の構造は、NMR、MALDI-TOF-MS、HRMSを用いて決定しました。
                                                          • 細胞毒性活性は、MTTアッセイを用いて評価しました。

                                                          結果

                                                          • DFT計算の結果、すべてのジオキソレニウムイオン(1″〜5″)は対応するアリルオキシカルベニウムイオン(1′〜5′)よりも安定であることが明らかになりました。
                                                          • ジオキソレニウムイオンは、アリルオキシカルベニウムイオンから変換されることで生成すると考えられます。
                                                          • ジオスゲニンの反応は、アリルオキシカルベニウムイオンを介して進行すると考えられます。
                                                          • グリカルの種類によって、αアノマーとβアノマーの生成比が異なることが明らかになりました。
                                                          • 末端基のエクアトリアル配向とアグリコンの擬似アキシャル配向が、半椅子配座を安定化させる要因であることが示唆されました。
                                                          • アノマー効果とアリル効果が、2,3-不飽和グリコシドの配座選好性に影響を与えることが明らかになりました。

                                                          考察

                                                          • DFT計算と実験結果に基づいて、フェリエ転位の反応機構が提案されました。
                                                            • ジオキソレニウムイオンは、反応中間体として存在する可能性があります。
                                                            • しかし、ジオスゲニンの反応は、アリルオキシカルベニウムイオンを介して進行すると考えられます。
                                                          • グリカルの種類によって、αアノマーとβアノマーの生成比が異なるのは、アノマー効果とアリル効果のバランスが異なるためと考えられます。
                                                          • 合成されたジオスゲニルサポニンは、いくつかの癌細胞株に対して細胞毒性活性を示しました。

                                                          結論

                                                          • 本研究では、DFT計算を用いて、フェリエ転位の過程で生成する中間体の安定性を調べました。
                                                          • 得られた知見に基づいて、不典型的なジオスゲニルサポニンを得るためのフェリエ転位の反応機構を提案しました。

                                                          将来の展望

                                                            • より広範な基質を用いて、提案された反応機構の妥当性を検証する必要があります。
                                                            • 合成されたジオスゲニルサポニンの細胞毒性活性をさらに詳しく評価する必要があります。

                                                            TAKE HOME QUIZ

                                                            フェリエ転位反応について
                                                            1. フェリエ転位反応とはどのような反応ですか?
                                                              • ルイス酸の存在下で、アセチル化されたグリカル求核剤と反応し、2,3-不飽和グリコシドを生成する反応です。
                                                            2. フェリエ転位反応の2つの主要な経路を説明してください。各経路における中間体は何かを述べてください。
                                                              • 第一の経路は、SN1'型求核置換反応であり、アリルオキシカルベニウムイオンを中間体とします。
                                                              • 第二の経路は、ジオキソレニウムイオンを中間体としますが、これはアリルオキシカルベニウムイオンからの転換によって生成される可能性があります。
                                                            3. フェリエ転位反応において、ルイス酸はどのような役割を果たしますか?プロトン酸との違いを説明してください。
                                                              • ルイス酸は、アセチル化されたグリカルの3-OAc基を開裂させ、アリルオキシカルベニウムイオンを生成します。
                                                              • プロトン酸は、求電子付加を引き起こし、2-デオキシグリコシドを生成する可能性があります。

                                                            2025年1月5日日曜日

                                                            無電解めっきの化学~その1~

                                                            1. 電解めっきと無電解めっきの比較

                                                            電解めっきと無電解めっきはどちらも金属をコーティングするために使用されるめっき技術です。

                                                            電解めっきは、外部電流を用いて金属イオンを基板上に還元析出させるプロセスです。一方、無電解めっきでは、外部電流源は使用しません。代わりに、めっき浴中の還元剤が金属イオンを還元するために使用されます。

                                                            電解めっきでは、めっきされる対象物は回路の陰極として機能し、外部電流源から電子を受け取り、めっき浴中の金属イオンを還元して金属コーティングを形成します。一方、無電解めっきでは、還元剤が電子を提供して金属イオンを還元し、基板上に金属を析出させます。

                                                            電解めっきは一般に、より速いめっき速度とより厚いめっきを実現できますが、均一な厚さのめっきを得たい場合や、複雑な形状の対象物に対しては困難な場合があります。一方、無電解めっきは、複雑な形状や内面に均一なめっきを施すことができ、めっきの厚さもより均一になります。ただし、電解めっきと比較して、めっき速度が遅く、めっきの厚さが薄くなる傾向があります。

                                                            電解めっきでは、めっき液の組成管理、電流密度、温度制御など、多くのパラメータを制御する必要があります。無電解めっきでは、めっき液の組成管理、温度制御、pH調整、安定剤の添加など、やはり多くのパラメータを制御する必要がありますが、電流制御は不要です。

                                                            要約すると、電解めっきと無電解めっきの主な違いは、電流源の有無、めっき速度と厚さ、複雑な形状への適合性、および制御が必要なパラメータにあります。 


                                                            2. 無電解めっきプロセス概論

                                                            無電解めっきは、外部電流源を使用せずに、還元剤の存在下で金属イオンを基板上に還元することによって金属を析出させる化学プロセスです。めっき浴の組成、動作温度、pH、安定剤などの要因が析出速度と析出物の特性に影響を与えます。

                                                            析出メカニズムは、通常、混合電位理論を用いて説明されます。これにより、無電解めっきは、還元剤の酸化と金属イオンの還元という2つの部分的な反応から構成されると考えられています。これらの反応は、めっきされる金属の表面で同時に起こり、その表面は触媒として機能します。

                                                            無電解めっきプロセスにおける部分反応は、以下の式で表すことができます。

                                                            陽極反応: 還元剤 (R) → 酸化生成物 + 電子 (e

                                                            陰極反応: 金属イオン (M+) + 電子 (e) → 金属 (M0

                                                            a. これらの反応の平衡電位は、それぞれE°RE°Mで表されます。無電解めっきが起こるためには、還元剤の平衡電位E°Rが金属析出反応の電位E°Mよりも卑でなければなりません。

                                                            b. 無電解めっき浴には、錯化剤が添加され、金属イオンを溶液中に維持し、バルク溶液内での析出を防ぎます。錯化剤は、金属錯体の解離定数によって決定される値まで、遊離金属イオン濃度を抑制します。これにより、浴をより高いpH値で操作することが可能になり、銅析出などの特定の金属の析出の熱力学的駆動力が大きくなります。

                                                            c. 無電解めっきプロセスにおける陽極反応と陰極反応の速度は等しくなければなりません。これは、混合電位 (EM)と呼ばれる動的平衡状態によって達成されます。混合電位は、E°RE°Mの間にあり、交換電流密度、ターフェル勾配、温度などのパラメータに依存します。

                                                            d. 析出速度は、混合電位と析出電流によって決定されます。析出電流は、部分陽極分極曲線と部分陰極分極曲線の交点から得られます。

                                                            e. 安定剤は、無電解めっき浴に添加され、均一な析出を保持し、浴の自然分解を防ぎます。安定剤は、析出反応に関与する素反応の1つ以上を阻害することによって作用します。

                                                            f. 特定の無電解めっきシステムの析出メカニズムは、使用される還元剤と錯化剤、および動作条件によって異なります。たとえば、次亜リン酸塩を還元剤として使用する無電解ニッケルめっきでは、次亜リン酸塩が酸化されて亜リン酸塩と水素ガスが生成されます。ニッケルイオンは、次亜リン酸塩から放出された電子によって還元され、ニッケル金属が生成されます。このプロセスには、水素発生などの他の反応も含まれます。

                                                            g. 無電解めっき合金の析出には、異なる金属イオンの同時還元が含まれます。合金の組成は、めっき浴中の金属イオンの相対濃度とそれぞれの還元電位によって制御できます。例えば、金-銀合金は無電解金浴にKAg(CN)2と過剰な遊離シアン化物を連続的に添加することでめっきできます。

                                                            要約すると、無電解めっき合金の析出メカニズムは、還元剤の酸化と複数の金属イオンの同時還元という複雑なプロセスです。混合電位理論を使用して析出プロセスを説明でき、析出速度と析出物の特性は、浴組成、動作温度、pH、安定剤などの要因によって影響を受けます。


                                                            3. 化学めっき浴の種類

                                                            以下に、様々な無電解めっき浴の例を紹介します。特定の用途に最適な浴組成と操作条件は、めっきされる金属、基板材料、所望のめっき特性によって異なります。

                                                            亜鉛めっき浴

                                                            亜鉛めっきに用いられる浴の組成には、水酸化ナトリウム、酸化亜鉛、塩化第二鉄六水和物、硝酸ナトリウム、硫酸亜鉛、硫酸ニッケル、酒石酸ナトリウムカリウム、シアン化カリウム、酒石酸水素カリウム、硫酸銅が含まれています。これらの成分の濃度は、特定の浴の配合によって異なります。


                                                            コバルトめっき浴

                                                            a. コバルト-リン合金めっき浴

                                                            コバルト-リン合金めっき浴は、硫酸コバルト、次亜リン酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、クエン酸ナトリウムを含み、88℃で作動します。pHは7.4〜8.2の範囲で、リン含有量は、溶液のpHを調整することで制御できます。

                                                            b. コバルトめっき浴 (室温)

                                                            室温で作動するコバルトめっき浴には、コバルト、次亜リン酸ナトリウム十水和物、DMAB(ジメチルアミンボラン)が含まれ、pHはアンモニア水で10.5に調整されます。ピリジン、クエン酸、CrCl3の混合物を添加することで、DMAB浴の安定性を向上させることができます。これらの阻害剤は、重金属や硫黄化合物とは異なり、めっき中に共析出されません。特定の条件下では、次亜リン酸塩をDMAB浴に添加することで、めっきを阻害することができます。次亜リン酸塩を酸性浴に添加すると、めっきプロセスが遅くなり、析出金属電極の混合電位が貴になります。次亜リン酸塩濃度を上げると、最終的には析出プロセスが停止します。


                                                            金めっき浴

                                                            a. 金めっき浴 (次亜リン酸塩)

                                                            次亜リン酸塩を用いた無電解金めっき浴は、KAu(CN)2、KCN、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、NaHCO3、次亜リン酸ナトリウム一水和物などの成分を含んでいます。この浴は、7〜7.5のpHで93±2℃の温度で作動します。

                                                            b. 金合金めっき浴 (金-銀合金)

                                                            均一な組成の金-銀合金を析出させるためには、水素化ホウ素金めっき浴にKAg(CN)2と過剰な遊離シアン化物を連続的に添加する必要があります。これは、銀錯体が金錯体よりもはるかに還元されやすいためです。


                                                            パラジウムめっき浴

                                                            a. ヒドラジン浴

                                                            ヒドラジンを用いた無電解パラジウムめっき浴は、Pd(NH3)4Cl2、Na2EDTA、NH4OH、ヒドラジンなどの成分を含んでいます。この浴は40〜80℃の温度で作動し、めっき速度は温度の上昇とともに直線的に増加します。EDTA塩は安定剤として添加され、EDTAがないと、温度が70℃を超えると浴が自然分解します。

                                                            b. 次亜リン酸塩浴

                                                            次亜リン酸塩を用いた無電解パラジウムめっき浴は、PdCl2、NH4OH、NH4Cl、HCl、次亜リン酸ナトリウム一水和物などの成分を含み、pHは9.8±2.0で、50〜60℃の温度で作動します。めっき速度は約2.5μm/時です。この浴は、銅、真鍮、金、鋼、無電解ニッケル上に自然にパラジウムをめっきしますが、基板によって20秒から1.5分までの初期誘導期間があります。0.1 g/L PdCl2と0.5 mL/L HCl (38%)の混合液で室温で30秒間前処理し、DI水ですすぐと、誘導期間が短縮されます。新たにめっきされたニッケルまたはSnCl2-PdCl2プロセスで活性化された非金属表面では、めっきはほぼ瞬時に行われます。


                                                            銀めっき浴

                                                            無電解銀めっき浴には、硝酸銀、シアン化ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの成分が含まれており、還元剤として、グルコース、ホルマリン、ヒドラジン、ヒドラジンボランなどが使用されます。最適な操作条件は、使用する還元剤によって異なります。


                                                            無電解ニッケルめっき浴

                                                            無電解ニッケルめっき浴の組成と操作条件は、使用する還元剤の種類によって異なります。

                                                            a. 次亜リン酸塩浴

                                                            次亜リン酸塩を還元剤として使用する浴では、硫酸ニッケル、次亜リン酸ナトリウム、乳酸などの錯化剤、酢酸、グルタル酸、プロピオン酸、コハク酸、アジピン酸などの緩衝剤が含まれています。これらの浴は、一般的に4.5〜6.0のpH範囲で、70〜90℃の温度で作動します。この浴では、pHの調整が重要です。酸性浴では、水は触媒表面で解離し(H2O = H+ + OH)、ヒドロキシルイオン(OH)が次亜リン酸塩のP-H結合の水素を置換し、その結果、電子と水素原子が生成されます。OHイオンの消費により、溶液中の水素イオン(H+)が蓄積し、溶液のpHが同時に低下します。アルカリ性浴では、pHを7.0〜14.0のアルカリ性範囲に調整するために、塩基性化合物(NaOH、NH4OHなど)がめっき液に添加されます。OHとP-H結合の反応の結果、アルカリ性溶液でもpHが低下します。ただし、この場合のpHの低下は、H+イオンの生成と蓄積ではなく、OHイオンの消費によるものです。

                                                            錯化剤は、無電解ニッケルめっきにおいて重要な役割を果たします。錯化剤はニッケルイオンと配位結合を形成し、ニッケルイオンの還元電位を変化させます。錯化剤は、酸性浴で最も効果的に機能し、一般的に4.5〜6.0のpH範囲で使用されます。

                                                            安定剤は、無電解ニッケルめっき浴に添加され、均一な析出を保持し、浴の自然分解を防ぎます。安定剤は、析出反応に関与する素反応の1つ以上を阻害することによって作用します。安定剤は、一般的に3つのクラスに分類されます。

                                                            クラスI: 重金属化合物(例:Pb、Cd、Hg)

                                                            クラスII: 硫黄、セレン、テルルなどの第VI族元素の化合物

                                                            クラスIII: 酸素を含む化合物(例:AsO33-、IO3-、MoO42-)、不飽和有機酸(例:マレイン酸、イタコン酸)

                                                            クラスIおよびクラスIIの安定剤は、0.10 ppmという低濃度でも効果的に機能します。多くの場合、これらの2つのクラスのいずれかの安定剤の濃度が2 ppmを大きく超えると、めっき反応が完全に阻害される可能性があります。一方、チオ尿素などの特定のクラスI安定剤は、最適濃度では、安定剤を含まない浴よりも析出速度を大幅に増加させます。クラスIIIの安定剤は、めっき速度を低下させることなく、浴の安定性を向上させることができます。


                                                            b. DMAB浴

                                                            DMABを還元剤として使用する浴では、塩化ニッケル、次亜リン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、塩化アンモニウム、水酸化アンモニウム、DMABなどが含まれています。これらの浴は、一般的に6〜9のpH範囲で、40〜71℃の温度で作動します。この浴では、DMAB濃度がめっき速度に影響を与えます。析出速度は、DMAB濃度の増加とともに直線的に増加し、濃度が約0.06Mになるまで続きます。この点を越えると、DMAB濃度を上げてもめっき速度はわずかにしか増加しません。変曲点における速度の大きさはpHに関係し、pHが低いほど、変曲点における速度の大きさは大きくなります。

                                                            DMABの加水分解は、めっき速度に影響を与える可能性があります。めっき液の温度が速度対温度曲線の最初の変曲点に相当する温度に達すると、DMABの加水分解が重要になります。つまり、DMABの加水分解がニッケル還元と競合し始めます。各曲線の2番目の変曲点では、DMABの加水分解が支配的な反応になります。


                                                            4. 無電解めっき被膜の特性と用途

                                                            無電解ニッケル合金めっき

                                                            無電解ニッケルめっきは、耐食性、硬度、耐摩耗性に優れ、均一な厚さでめっきできることから、様々な産業分野で広く利用されています。特に、次亜リン酸塩を還元剤として用いる無電解ニッケル-リンめっきが一般的です。

                                                            a. 無電解ニッケル-リンめっきの特性と用途

                                                            高リン皮膜:耐食性に優れ、非磁性

                                                            低リン皮膜:硬度が高く、耐摩耗性に優れる

                                                            耐食性: 無電解ニッケル-リンめっきは、優れた耐食性を備えており、特にアルカリ性環境に対して強いため、化学処理装置や石油・ガス産業の部品に用いられます。

                                                            硬度・耐摩耗性: リン含有量によって硬度や耐摩耗性が変化します。高リンタイプのめっきは硬度が高く、耐摩耗性に優れているため、ギア、クラッチ、油圧システム部品などに適用されます。低リンタイプのめっきは、耐食性と延性を両立させるため、航空機部品、ポンプ部品などに利用されます。

                                                            均一な厚さ: 複雑な形状の部品にも均一な厚さでめっき被膜を形成できるため、油圧システム部品、ポンプ部品、サッカラーロッドジョイント、チュービングパッカーなどに適用されます。

                                                            b. 無電解ニッケル-リンめっきの組成と処理

                                                            リン含有量: リン含有量は、めっき浴のpH、温度、還元剤の種類、添加剤によって制御できます。用途に応じて、高リンタイプ(9-12%P)、中リンタイプ(5-8%P)、低リンタイプ(1-2%P)が選択されます。

                                                            熱処理: めっき後の熱処理によって、硬度や耐摩耗性を向上させることができます。析出硬化処理を行うことで、硬度がHv1000以上まで向上します。

                                                            安定剤: めっき浴の安定性を維持するために、安定剤が添加されます。安定剤の種類と濃度は、めっき浴の組成や操作条件によって異なります。

                                                            品質管理: めっきの品質を管理するために、めっき速度、めっき膜厚、組成、耐食性、硬度、耐摩耗性などを定期的に測定する必要があります。

                                                            c. 具体例

                                                            一般的に、めっき層のリン含有量が 10 重量パーセントを超える場合、Ni-P 合金には次の特性があります。内部固有応力が低く、通常はほぼゼロまたはわずかに圧縮性です。耐腐食性に優れ、多孔性が低く、めっきされた状態では非磁性です。要求される特性の1つ以上がこれらの特性のいずれかであれば、めっき浴のpHを下げても害はありません。なぜなら、リン含有量が増加し、皮膜が所望の特性を達成し維持することができるからです。一方、特定の用途において、リン含有量が一定の範囲内、例えば重量比で5.5~6.0%の範囲内にとどまることが求められる場合、pHを適度に低下させると、リン含有量が規定値を超えてしまう可能性があります。

                                                            9%以上のリンを含む無電解ニッケル皮膜は、それ以下の合金含有量の皮膜よりも優れた耐食性を有することが、屋外暴露試験と塩水噴霧試験で示されています。高いリン含有量で圧縮応力を有する皮膜は、pHを4.5以下にし、めっき液中に強力なキレート剤を存在させることで達成できます。


                                                            無電解コバルト合金めっき

                                                            無電解コバルトめっきは、硬度、耐摩耗性、磁気特性に優れており、エレクトロニクス分野や磁気記録媒体などに利用されています。

                                                            a. 無電解コバルト合金めっきの特性と用途

                                                            高密度データ記録: 高保磁力金属膜を形成できるため、磁気メモリデバイスなどに利用されます。高密度データ記録には、ほぼ矩形のB-Hループ、200エルステッド以上の保磁力、残留磁化(Br)と保磁力(Hc)の比率が比較的低いことが求められます。

                                                            耐摩耗性と硬度: リン含有量が増加すると、微ひずみと硬度が増加します。

                                                            耐食性: 表面を保護するため、ロジウムのオーバーレイが用いられることもあります。

                                                            b. 無電解コバルト合金めっきの組成と処理

                                                            還元剤: 次亜リン酸塩、ホルムアルデヒド、水素化ホウ素ナトリウム、DMAB、ヒドラジンなどが使用されます。還元剤の種類によって、めっき速度、析出物の組成、特性が変化します。

                                                            錯化剤: クエン酸などが用いられ、めっき浴の安定性を高めます。

                                                            安定剤: ピリジン、クエン酸、CrCl3などを添加することで、DMAB浴の安定性を向上させることができます。

                                                            pH: めっき浴のpHは、析出物の組成や特性に影響を与えます。還元剤の種類によって最適なpHが異なります。

                                                            温度: めっき浴の温度は、めっき速度や析出物の特性に影響を与えます。還元剤の種類によって最適な温度が異なります。


                                                            無電解銅めっき

                                                            無電解銅めっきは、導電性とはんだ付け性に優れており、プリント配線板のスルーホールめっきや、非導電体の金属化などに利用されています。

                                                            a. 無電解銅めっきの特性と用途

                                                            導電性: プリント配線板のスルーホールめっきに利用することで、多層配線板の製造を可能にします。

                                                            はんだ付け性: 電子部品のはんだ付けに適しています。

                                                            b. 無電解銅めっきの組成と処理

                                                            還元剤: ホルムアルデヒドが一般的に使用されます。

                                                            錯化剤: EDTAなどが用いられ、銅イオンを溶液中に安定化させます。

                                                            安定剤: 浴の分解を防ぐために、安定剤が添加されます。

                                                            pH: めっき浴のpHは、析出物の特性や安定性に影響を与えます。一般的にはアルカリ性条件で操作されます。

                                                            温度: めっき浴の温度は、めっき速度や析出物の特性に影響を与えます。

                                                            活性化処理: 非導電体へのめっきを行う場合、パラジウム-スズ触媒などを用いた活性化処理が必要となります。


                                                            無電解金めっき

                                                            無電解金めっきは、耐食性、耐摩耗性、装飾性に優れており、電子部品の接点めっきや、装飾めっきなどに利用されています。

                                                            a. 無電解金めっきの特性と用途

                                                            耐食性: 優れた耐食性を備えているため、アルミニウム蒸着ポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜などの表面保護に利用されます。

                                                            耐摩耗性: 高い耐摩耗性を示します。

                                                            装飾性: 美しい金色の外観を得ることができます。

                                                            b. 無電解金めっきの組成と処理

                                                            還元剤: 次亜リン酸塩、ヒドラジン、水素化ホウ素ナトリウム、ジメチルアミンボランなどが使用されます。

                                                            錯化剤: シアン化物、クエン酸、EDTAなどが用いられます。

                                                            安定剤: フッ化物が安定剤として使用されることがあります。

                                                            pH: めっき浴のpHは、析出物の特性や安定性に影響を与えます。還元剤の種類によって最適なpHが異なります。

                                                            温度: めっき浴の温度は、めっき速度や析出物の特性に影響を与えます。還元剤の種類によって最適な温度が異なります。

                                                            c. 具体例

                                                            シアン化金錯体を用いた浴は、均一で緻密なめっき皮膜を得ることができます。

                                                            ホウ水素化物やジメチルアミンボランを用いた浴は、高速めっきが可能です。

                                                            装飾用の最終仕上げには、銅、錫、または金が最終的な薄い金属皮膜として使用されます。これらの薄い皮膜は比較的細孔がありません。金皮膜は、安価で寿命の短い物品にのみ適しています。代表的な配合は、シアン化金2.4 g/L、シアン化カリウム2.1 g/L、温度12℃です。


                                                            無電解銀めっき

                                                            無電解銀めっきは、導電性、はんだ付け性、反射率に優れており、電子部品の接点めっきや、光学ミラーなどに利用されています。

                                                            a. 無電解銀めっきの特性と用途

                                                            導電性: 高い導電性を備えているため、電子部品の接点めっきに適しています。

                                                            はんだ付け性: 良好なはんだ付け性を示します。

                                                            反射率: 高い反射率を持つため、光学ミラーなどに利用されます。

                                                            b. 無電解銀めっきの組成と処理

                                                            無電解銀めっきは、還元剤の種類によって、アルカリ性浴と酸性浴に分けられます。

                                                            還元剤: グルコース、ホルマリン、ヒドラジン、ヒドラジンボランなどが使用されます。

                                                            錯化剤: シアン化物、アンモニアなどが用いられます。

                                                            安定剤: ロッシェル塩、ヨウ化カリウム、3,5-ジヨードチロシンなどの安定剤が用いられます。

                                                            pH: めっき浴のpHは、析出物の特性や安定性に影響を与えます。一般的にはアルカリ性条件で操作されます。

                                                            温度: めっき浴の温度は、めっき速度や析出物の特性に影響を与えます。

                                                            c. 具体例

                                                            安定剤は、部分カソード反応を抑制したり、銀粒子の成長を制御することで、浴の安定化に貢献します。

                                                            基材への密着性を向上させるために、エッチング処理や銀下地めっきが有効です。

                                                            3,5-ジヨードチロシン添加浴(DIT浴)は部分カソード反応を制御することで電極表面での反応を抑制し、溶液中の微細銀粒子の成長を制御することで浴を安定化させます。


                                                            無電解パラジウムめっき

                                                            無電解パラジウムめっきは、耐食性、耐摩耗性、触媒活性に優れており、電子部品の接点めっきや、触媒などに利用されています。

                                                            a, 無電解パラジウムめっきの特性と用途

                                                            耐食性: 優れた耐食性を備えています。

                                                            耐摩耗性: 高い耐摩耗性を示します。

                                                            触媒活性: 高い触媒活性を持つため、様々な化学反応の触媒として利用されます。

                                                            b. 無電解パラジウムめっきの組成と処理

                                                            還元剤: ヒドラジン、次亜リン酸塩、アミンボランなどが使用されます。

                                                            錯化剤: EDTA、アンモニアなどが用いられます。

                                                            安定剤: チオ尿素、ピロリジンなどが安定剤として使用されることがあります。

                                                            pH: めっき浴のpHは、析出物の特性や安定性に影響を与えます。還元剤の種類によって最適なpHが異なります。

                                                            温度: めっき浴の温度は、めっき速度や析出物の特性に影響を与えます。還元剤の種類によって最適な温度が異なります。


                                                            白金族めっき

                                                            パラジウム、白金、ルテニウムなどの白金族金属の無電解めっきについて、特に、ヒドラジンや次亜リン酸塩を用いためっき浴の組成と特性などを紹介します。白金族金属めっきは、触媒活性、耐食性、耐摩耗性などの優れた特性を有するため、様々な用途において期待されています。

                                                            ヒドラジン浴は、酸性浴とアルカリ性浴があり、それぞれ異なるめっき特性を示します。

                                                            次亜リン酸塩浴は、パラジウムめっきに用いられることが多く、浴の組成や操作条件によってめっき速度や皮膜の特性が変化します。

                                                            具体例

                                                            cis-ジアミン白金亜硝酸塩を白金の供給源として使用する場合、めっき反応全体は次のとおりです。

                                                             2(NH3)2Pt(NO2)2 + N2H4・H2O → 2Pt + 5N2 + 9H2

                                                            したがって、この反応に伴い、溶液中に反応副生成物が蓄積されることはありません。


                                                            樹脂めっき

                                                            樹脂めっきの工程と重要なポイントについて、特に、ABS樹脂へのめっきを例に、前処理方法、活性化処理、無電解ニッケルめっきなどを紹介します。樹脂めっきは、軽量化、デザインの自由度向上、コスト削減などのメリットがあります。

                                                            樹脂めっきの工程は、前処理、活性化処理、無電解めっき、電解めっきからなります。

                                                            前処理では、エッチング処理により樹脂表面にアンカーを形成し、めっき皮膜との密着性を向上させます。

                                                            活性化処理では、パラジウムなどの触媒を樹脂表面に付着させ、無電解めっきの開始点を形成します。

                                                            具体例

                                                            ABSをエッチング液に浸すと、ブタジエンが選択的に除去され、小さな穴または結合部位が残ります。ABSに一般的に使用されるエッチング液は次のとおりです。

                                                            a. クロム-硫酸混合液

                                                             三酸化クロム - 375~450 g/L 

                                                             硫酸 - 335~360 g/L 

                                                            b. 全クロム液

                                                             三酸化クロム - 900+ g/L 

                                                            これはより細かく均一なエッチングが得られる傾向があります。


                                                            まとめ

                                                            無電解めっきは、均一な厚さで複雑な形状の部品にもめっき被膜を形成できるため、様々な用途で利用されています。めっき合金の特性は、その組成によって大きく変化し、用途に応じて最適な組成・処理を選択する必要があります。化学めっき技術は、エレクトロニクス、自動車、航空宇宙、医療など、様々な分野で重要な役割を担っており、今後も更なる発展が期待されます。


                                                            TAKE HOME QUIZ

                                                            1. 無電解めっきと電解めっきの主な違いを2つ挙げ、それぞれを説明してください。

                                                            2. 無電解めっき浴の品質管理において、重要な項目を3つ挙げ、それぞれについて具体的な管理方法を説明してください。