2024年12月15日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0217~

論文のタイトル: Reactivities of tertiary phosphines towards allenic, acetylenic, and vinylic Michael acceptors(第三級ホスフィン類のアレン、アセチレン、ビニル系マイケルアクセプターに対する反応性)
著者: Feng An, Jan Brossette, Harish Jangra, Yin Wei, Min Shi, Hendrik Zipse, Armin R. Ofial*
雑誌名: Chemical Science
巻: Volume 15, 18111-18126
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1039/D4SC04852K

背景

1: ホスフィンとマイケル付加

  • 第三級ホスフィン (PR3) のマイケルアクセプターへの付加は、多くのルイス塩基触媒反応において重要なステップである
  • ホスフィン触媒反応では、電子不足π系へのホスフィン付加により、双性イオン中間体が生成される
  • この中間体は、直接捕捉されるか、様々な求電子試薬との異性化を経て炭素-炭素結合形成反応に利用される
  • キラルホスフィン触媒は、これらの変換の不斉バージョンを可能にした

2: 既存の速度論的研究

  • ホスフィンとマイケルアクセプターとの付加反応におけるPR3反応性の体系的な比較は、これまで行われていない
  • ホスフィンとマイケルアクセプターとの付加は一般的に可逆反応であるため、速度論的研究が困難だった
  • 従来の速度論的研究では、プロトン性溶媒中でのカルボン酸によるプロトン移動が律速段階となり、三次の反応速度を示すことが多かった

3: 本研究の目的

  • 本研究では、様々な種類のマイケルアクセプターに対するPR3反応性の速度論的比較を行うことを目的とする
  • 特に、アレン系、アセチレン系、ビニル系マイケルアクセプターに対する10種類のホスフィンの付加反応の速度論を調査する
  • これらの知見は、PR3触媒反応の制御因子を理解し、有機触媒反応の開発に役立つと期待される

方法

1: 実験方法の概要

  • 10種類のホスフィンと、5種類のマイケルアクセプター(アクリル酸エチル、アレン酸エチル、プロピオール酸エチル、エテンスルホニルフルオリド、2-ブチン酸エチル)を用いる
  • ジクロロメタン中、20℃で反応を行い、分光光度計またはNMR分光法により反応速度を追跡
  • 反応中間体の双性イオンを効率的に捕捉するために、適切なプロトン源(コリジニウムトリフラートなど)を用いる

2: プロトン源の選択

  • 中間体の双性イオンを捕捉するプロトン源として、コリジニウムトリフラート (CT) を選択
  • CTは、研究対象のホスフィンの塩基性度範囲をカバーできるほど酸性度が低く、ホスフィンやマイケルアクセプターの反応性に影響を与えない
  • NMR分光法による検討により、CTがジクロロメタン溶液中でホスフィンやマイケルアクセプターと相互作用しないことを確認

3: 速度論的測定

  • 反応速度は、擬一次反応条件下で、過剰な反応パートナーを用いて測定
  • 吸光度またはNMRシグナル強度の時間変化を、単一指数関数または一次速度式にフィッティングすることで、擬一次速度定数 (kobs) を求める
  • 異なる濃度の過剰な反応パートナーを用いてkobsを測定し、kobsと反応パートナー濃度の線形関係から、二次速度定数 (k2) を算出

結果

1: 相対反応性

  • アクリル酸エチル (1) は、ホスフィンに対して比較的弱い求電子剤であることがわかった
  • アレン酸エチル (2) とプロピオール酸エチル (3) に対するホスフィンの反応性はほぼ同程度であり、一般的にアクリル酸エチル (1) よりも1~2桁高い
  • エテンスルホニルフルオリド (4) は、非常に強い求電子剤であり、1-3よりもはるかに速くホスフィンと反応した

2: ホスフィン反応性の相関

  • ホスフィンの反応性は、それらのブレンステッド塩基性度 (pKaH)、ヨウ化エチルとのSN2反応における求核性、鉄錯体安定化カルボカチオンに対する求核性 (NFe) と相関関係があった
  • これらの相関関係は、本研究で得られたホスフィン反応性のデータが、他の求電子剤に対しても一般的に適用可能であることを示唆

3: ホスフィンの求核性と求核脱離能

  • ホスフィンのマイケルアクセプターに対する反応速度定数は、ホスフィン-ボラン錯体におけるキヌクリジンによるPR3置換反応の速度定数 (kFB) とも相関関係があった
  • これは、最も弱い求核剤であるP(pfp)3が最も反応性の高い求核脱離基であり、求核性の高いPMe3やPBu3ではその逆の関係にあることを示唆

考察

1: DFT計算による解析

  • 量子化学計算を用いて、PR3付加反応の活性化障壁 (ΔGcalc) と反応エネルギー (ΔGadd) を計算した
  • 実験的に得られたギブズ活性化エネルギー (ΔGexp) は、計算されたΔGcalcと良い相関を示した
  • これらの結果は、実験で測定された二次速度定数k2が、電子不足反応パートナーへの初期ホスフィン付加を反映しているという解釈を裏付けている

2: 反応エネルギーと活性化障壁

  • ホスフィンのビニル系、アレン系、アセチレン系求電子剤への付加の活性化障壁は、熱力学的駆動力 (ΔGadd) の増加に伴い系統的に減少する
  • しかし、これらのホスファ-マイケル付加の遷移状態 (TS) では、生成物安定化効果の30~40%しか反映されていない
  • これは、ホスフィン付加反応の速度が、熱力学的安定性だけでなく、反応の固有障壁にも影響されることを示唆

3: 遷移状態の解析

  • 遷移状態 (TS) ジオメトリの解析から、PPh3とマイケルアクセプター間のP–C結合形成は、アクリル酸エチル (1) への付加において、アレン酸エチル (2) やプロピオール酸エチル (3) よりもわずかに進んでいることがわかった
  • これは、1へのPPh3の付加では、23との類似の反応よりも遅いTSを示唆

4: 研究の限界点

  • 計算では、実験的に得られたΔGexpの20 kJ mol-1の幅が、DFT計算ではわずか10 kJ mol-1の幅に圧縮されている
  • これは、計算モデルが実験で観察される反応速度のわずかな違いを完全には再現できていないことを示唆

結論

  • 本研究では、様々な第三級ホスフィンとマイケルアクセプターとの付加反応の速度論を詳細に調べた
  • ホスフィンの反応性は、その構造、ブレンステッド塩基性度、求核性、求核脱離能と密接に関係していることが明らかになった
  • これらの知見は、ホスフィン触媒反応の設計と最適化に役立つ可能性がある

将来の展望

  • 今後、ホスフィン触媒反応の全サイクルに関する更なる量子化学的研究が必要である
  • 特に、実験ではアクセスが困難なステップを計算によって解析することで、これらの多用途反応の系統的な改善に必要な因子を理解することができる

用語集

  • マイケル付加: 電子不足オレフィンなどのマイケルアクセプターに対する求核剤の付加反応
  • ルイス塩基: 電子対供与体
  • ホスフィン: リン原子を中心とする有機化合物
  • 双性イオン: 正電荷と負電荷の両方を持つ分子
  • 速度論: 化学反応の速度を研究する分野
  • ブレンステッド塩基性度: プロトンを受け取る能力の尺度
  • 求核性: 電子対を提供して結合を形成する能力の尺度
  • 求核脱離能: 結合電子対とともに脱離する能力の尺度
  • DFT計算: 分子の電子状態を計算する理論化学的手法
  • 遷移状態: 化学反応におけるエネルギーが最大となる状態

2024年12月14日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0216~

論文のタイトル: Aziridine Group Transfer via Transient N-Aziridinyl Radicals(アジリジン基転移を経由した一過性N-アジリジニルラジカル)
著者: Promita Biswas, Asim Maity, Matthew T. Figgins, David C. Powers*
雑誌名: Journal of the American Chemical Society
巻: Volume 146, Issue 45, 30796–30801
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c14169

背景

1: アジリジンの重要性

  • アジリジンは、最も小さい含窒素複素環であり、医薬品や天然物によく見られる
  • 従来のアジリジン合成法は、[2 + 1] 環化付加または分子内置換化学に基づいている。
  • これらの方法では、アジリジンを非環状前駆体から構築する
  • アジリジンは重要な合成構成要素であり、さまざまな有機小分子治療薬や天然物において求電子性薬物動態を示す

2: 既存合成法の限界

  • 既存の方法では、無修飾基質へのアジリジン転移は困難である
  • 多くの場合、C–N結合開裂を伴う
  • 例えば、N-アルキル化や金属触媒によるC-Nクロスカップリング反応では、生成物として1,2-アミノ官能基化生成物が得られることが多い
  • C-H結合やオレフィンなどの比較的官能基化されていない基質に、そのままアジリジンを転移させる方法は現在存在しない

3: 本研究の目的

  • 本研究では、アジリジンフラグメントをそのまま転移させる新しい手法を開発することを目指す
  • そのために、N-アジリジニルラジカルを反応中間体として用いる
  • N-アジリジニルラジカルは、N-ピリジニウムアジリジンの還元的活性化によって生成されると考えられる
  • これにより、オレフィンへのアジリジン転移を可能にする新しい合成手法の開発が期待される

方法

1: アジリジニルラジカルの生成

  • N-ピリジニウムアジリジンを前駆体として用いる
  • 光触媒としてIr(ppy)3、還元剤としてトリエチルアミンを用いる
  • 青色LED照射下、アセトニトリル溶液中で反応を行う
  • これらの条件下で、N-ピリジニウムアジリジンのN-N結合が還元的に活性化され、N-アジリジニルラジカルが生成される

2: オレフィンへのアジリジン転移

  • 生成したN-アジリジニルラジカルを、オレフィンと反応させる
  • 酸素雰囲気下で反応を行うことで、1,2-ヒドロキシアジリジン化生成物が得られる
  • 添加剤として臭化リチウムを用いることで収率が向上する
  • 様々な置換基を持つスチレン誘導体に対して、アジリジン転移反応が進行することを確認する

結果

1: 様々なオレフィンを用いた反応

  • 電子供与基を持つスチレン誘導体(4-メチル、4-メトキシ)は、中程度の収率で1,2-ヒドロキシアジリジン化生成物を与えた
  • 電子求引基を持つスチレン誘導体(4-ニトロ)は、高収率で1,2-ヒドロキシアジリジン化生成物を与えた
  • 複素環を含むスチレン誘導体(4-ビニルピリジン)も、アジリジン転移反応に適応可能であることがわかった

2: 様々なアジリジン前駆体を用いた反応

  • 電子求引基を持つN-ピリジニウムアジリジンは、高収率でアジリジン転移生成物を与えた
  • 電子供与基を持つN-ピリジニウムアジリジンは、中程度の収率でアジリジン転移生成物を与えた
  • 医薬品骨格から誘導されたN-ピリジニウムアジリジンも、アジリジン転移反応に利用できることがわかった

3: 脂肪族オレフィンを用いた反応

  • シクロヘキセンから誘導されたN-ピリジニウムアジリジンを用いた場合、収率は中程度であった
  • エチレンから誘導されたN-ピリジニウムアジリジンを用いた場合、収率は低かった

考察

1: N-アジリジニルラジカルの特性

  • DFT計算により、N-アジリジニルラジカルは平面構造をとり、不対電子はp軌道上に存在することが示唆された
  • ラジカル捕捉実験により、N-アジリジニルラジカルが実際に反応中間体として生成していることが確認された
  • これらの結果は、N-アジリジニルラジカルが求電子的な反応性を示すことを支持している

2: 反応機構

  • 光触媒からN-ピリジニウムアジリジンへの一電子移動により、N-アジリジニルラジカルが生成される
  • N-アジリジニルラジカルはスチレンと反応し、ベンジルラジカルを生成する
  • ベンジルラジカルは酸素と反応し、1,2-ヒドロキシアジリジン化生成物を与える

3: 先行研究との関連

  • 従来のアジリジン合成法とは異なり、本手法はアジリジン環の開環を伴わない
  • N-中心ラジカルのオレフィンへの付加反応に関する既存の研究と一致する結果が得られた
  • N-アジリジニルラジカルが合成化学における新しい反応中間体であることを示した

4: 研究の限界点

  • 脂肪族オレフィンを用いた場合の収率は、スチレン誘導体と比較して低い
  • 反応条件の最適化により、更なる収率の向上が期待される
  • 反応機構の更なる詳細な解明が必要である

結論

  • N-アジリジニルラジカルを用いた新しいアジリジン転移反応を開発した
  • 本手法は、様々な置換基を持つオレフィンに対してアジリジンを導入することを可能にする

将来の展望

  • 今後、触媒系の改良や反応条件の最適化により、更なる収率の向上と基質適用範囲の拡大が期待される
  • 本研究の成果は、アジリジンを含む機能性有機分子の合成に新たな可能性をもたらす

用語集

  • アジリジン: 含窒素三員環化合物
  • N-アジリジニルラジカル: アジリジンの窒素原子上に不対電子を持つラジカル種
  • 光触媒: 光エネルギーを吸収して化学反応を促進する触媒
  • DFT計算: 分子の電子状態を計算する理論化学的手法
  • ラジカル捕捉実験: ラジカル種を捕捉剤と反応させて検出する実験

2024年12月13日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0215~

論文のタイトル: A Highly Sterically Encumbered Boron Lewis Acid Enabled by an Organotellurium-Based Ligand(有機テルル系配位子によって実現した高度に立体障害のあるボロンルイス酸)
著者: Daniel Wegener, Alberto Pérez-Bitrián, Niklas Limberg, Anja Wiesner, Kurt F. Hoffmann, and Sebastian Riedel*
雑誌名: Chemistry - A European Journal
巻: Volume30, Issue36, e202401231
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1002/chem.202401231

背景

1: ボロンルイス酸の重要性

  • ルイス酸性を持つホロン化合物は、有機化学および有機金属化学において幅広い用途を持つため、化学において遍在している
  • 特に、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン (B(C6F5)3、'BCF') は、高いルイス酸性と高い立体障害を併せ持つ
  • BCFは、メタロセン系重合触媒の活性化剤として、また有機合成における一般的な触媒としてよく知られている
  • 高い立体障害のため、かさ高い塩基の存在下で様々な小分子を活性化するフラストレイテッドルイスペア (FLP) 化学において特に有名である

2: ルイス酸性の調整

  • ボロン中心におけるより高いルイス酸性と立体障害を目指したBCFの改質は、常に有益な研究分野
  • ボロン中心のルイス酸性をさらに調整するために、B原子とC原子の間に電気陰性度の高い酸素スペーサーを付加することが適切な戦略である
  • この戦略により、BCFと比較してより硬いルイス酸であるB(OC6F5)3が得られる。

3: 本研究の目的

  • 特に強いルイス酸の形成を可能にするもう一つのO-供与性配位子は、ペンタフルオロオルトテルレート基 (テフレート、OTeF5)である
  • テフレート基はしばしばフッ化物の嵩高い類似体と考えられているが、この部分によって生じる立体障害は、OC4F9、N(C6F5)2、OC(C6F5)3のような他の一般的なO-またはN-供与性配位子と比較して小さい
  • 本研究では、かさ高いアリール基を含むテフレート誘導体 [cis-PhTeF4O]- および [trans-(C6F5)2TeF3O]- (OTeF3(C6F5)2と簡略化) を用いて、高度に立体障害のあるルイス酸を合成することを目的とする

方法

1: B[OTeF3(C6F5)2]3の合成

  • まず、出発物質であるtrans-(C6F5)2TeFをアセトニトリル/水混合物 (MeCN中15% v/v H2O) 中で室温で一晩攪拌することにより、HOTeF3(C6F5)2 (1) を合成
  • 次に、ジクロロメタン中において、BCl3またはBCl3·SMe2と3当量の1を反応させることにより、ルイス酸B[OTeF3(C6F5)2]3 (3) を定量的に合成
  • 化合物3は、300℃までの著しく高い熱安定性を示す

2: ルイス酸性および立体障害の評価

  • 理論計算および実験的手法を用いて、化合物3のルイス酸性と立体障害を評価
  • ガス相フッ化物イオン親和性 (FIA) をBP86-D3BJ/def2-SVPレベルの理論を用いて計算
  • グローバル求電子性指数 (GEI) を、HOMOおよびLUMOエネルギーを適用して計算
  • Gutmann-Beckett法を用いて、ルイス酸性を実験的に評価
  • FinzeとRadiusによって提案された方法に従って、立体プロファイルを決定

3: 配位子移動反応性の評価

  • 化合物3のOTeF3(C6F5)2基のフッ化物化合物への移動反応性を評価
  • 化合物3を遊離フッ化物源として作用する[NMe4]Fと反応させ、[BF4]- と遊離アニオン[OTeF3(C6F5)2]- の生成を観察
  • 化合物3を不安定なフッ化物配位子を含む遷移金属錯体 [PPh4][(CF3)3AuF] および典型元素化合物と反応させる
  • 生成物をNMR分光法、ESI-MS、および単結晶X線回折を用いて同定

結果

1: ルイス酸性と立体障害

  • 化合物3は、463 kJ mol-1の計算されたFIA値を持つ強いルイス酸
  • この値は、B(OC4F9)3 (437 kJ mol-1) およびB(C6F5)3 (454 kJ mol-1) の値を超えており、SbF5 (487 kJ mol-1) によって与えられるルイス超酸性の閾値に近い
  • OTeF3(C6F5)2配位子は、文献で知られているボロン中心における最大の立体障害の一つを提供

2: ピリジンとの親和性

  • 化合物3は、より強いルイス塩基であるピリジンと安定な付加物を形成
  • 等温滴定熱量測定 (ITC) を用いて、B(OTeF5)3と比較して、化合物3のピリジンに対する親和性を決定した
  • 化合物3とピリジンの反応に対する親和性定数KAは、(1.23±0.16)·104であった
  • これは、B(OTeF5)3で観察された親和性 (KA = (1.69±0.13)·105) よりも低い

3: 配位子移動反応性

  • 化合物3は、[NMe4]Fと反応して[NMe4][OTeF3(C6F5)2] (5) を形成し、[BF4]-を放出
  • 化合物3は、[PPh4][(CF3)3AuF]と反応してAu(III)錯体[PPh4][(CF3)3Au(OTeF3(C6F5)2)] (6) を形成
  • さらに、化合物3を用いて、超原子価ヨウ素Togni型化合物7を調製

考察

1: 新規ルイス酸の特性

  • 新しいボロン系ルイス酸B[OTeF3(C6F5)2]3 (3) は、BCl3またはBCl3·SMe2とHOTeF3(C6F5)2 (1) から容易に合成された
  • このルイス酸の注目すべき特性の一つは、300℃までの特に高い熱安定性である
  • 立体プロファイルの評価により、OTeF3(C6F5)2配位子が文献で知られているボロン中心で最も大きな立体障害の一つを引き起こすことが明らかになった

2: ルイス酸性の比較

  • 理論計算 (FIA, GEI) および実験的方法 (Gutmann-Beckett, ν(CN)) により、化合物3のルイス酸性はB(C6F5)3に匹敵し、関連するB(OTeF5)3よりもわずかに低いことが確認された
  • ITCを用いて化合物3のピリジンに対する親和性を評価したところ、関連するテフレート種4よりも低い親和性定数が明らかになった
  • B(OTeF5)3自体の親和性は、BCFで得られた値に匹敵する

3: 配位子移動反応

  • さらに、この新しい化合物を配位子移動試薬として容易に使用できることが、[NMe4]Fと反応させて[NMe4][OTeF3(C6F5)2] (5) を形成することで初めて実証された
  • 対応するフルオロ誘導体から始めて、同様の手順に従って、化合物3をAu(III)種[PPh4][(CF3)3Au(OTeF3(C6F5)2)] (6) の合成、および超原子価ヨウ素Togni型化合物7の調製に使用

結論

  • 有機テルル系配位子によって実現した高度に立体障害のある新しいボロン系ルイス酸B[OTeF3(C6F5)2]3 (3)を合成した
  • 化合物3は、B(C6F5)3に匹敵する高いルイス酸性と、文献で知られているボロン中心で最も大きな立体障害の一つを併せ持つ
  • さらに、フッ化物化合物に対する配位子移動反応性を示し、Au(III)錯体や超原子価ヨウ素種の合成に利用できる
  • これらは高いルイス酸性と立体障害のユニークな組み合わせと、基移動能力を伴うため、確立されたボロン系ルイス酸の現実的な代替手段として登場し、優れた挙動を提供する可能性がある

将来の展望

  • この新しいルイス酸は、確立されたボロン系ルイス酸の代替となり、FLP化学などの分野でさらなる応用が期待される

2024年12月12日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0214~

論文のタイトル: One-Pot Synthesis of Guanidinium 5,5′-Azotetrazolate Avoiding Isolation of Hazardous Sodium 5,5′-Azotetrazolate(危険なナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートの単離を避けるグアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレートのワンポット合成)
著者: Miroslav Labaj, Zdeněk Jalový,* Robert Matyáš, Jiří Nesveda, Jakub Mikulášťík, and Adam Votýpka
雑誌名: Organic Process Research & Development
巻: Volume 28, Issue 11, 4091–4098
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.oprd.4c00364 

背景

1: アゾテトラゾレートの用途

  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート五水和物 (Na2AzT·5H2O) は、様々なアゾテトラゾールエナジー塩の出発物質として使用される
  • 鉛フリーの一次爆薬や安全システムの膨張剤として使用される
  • 特に、グアニジニウムアゾテトラゾレート (GZT) は、エアバッグや消火剤として使用される

2: グアニジニウムアゾテトラゾレート (GZT) の重要性

  • GZTは、優れた化学的安定性と機械的刺激に対する非感受性から、高窒素アゾテトラゾレートの中で最も適している
  • エアバッグ やシートベルトプリテンショナー などの安全システムのガス発生剤として幅広く応用されている
  • 花火への添加剤、赤外線デコイの成分、高性能ハイブリッドロケット燃料への添加剤など、他の用途にも使用される

3: 研究の課題

  • GZTは、通常、中間体であるナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートから調製される
  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート五水和物は、より感受性の高い形に容易に変化するため、取り扱いに危険が伴う
  • 本研究では、五水和物が低水和物に変化する条件と、それらの機械的刺激に対する感受性に焦点を当てる
  • 危険なナトリウム塩の単離を必要としない、GZTのワンステップ製造プロセスを開発することを目的とする

方法

1: ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートの感受性評価

  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートとその水和物の、衝撃および摩擦に対する感受性を測定
  • 感受性は、衝撃エネルギーと摩擦力に対する開始確率の依存性として表す
  • 測定物質の結晶のサイズと形状を考慮 (五水和物:130−1100 μm、二水和物:90−600 μm、無水物:120−800 μm)
  • 結果を、一次爆薬である雷酸水銀 (MF) および高爆発性である四硝酸ペンタエリトリトール (PETN) の感受性と比較

2: ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート水和物の変化

  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート五水和物の結晶水の損失に影響を与える要因を調査
  • 温度、空気湿度、使用される溶媒の影響を評価
  • 示差熱分析 (DTA) および熱重量分析 (TG) を用いて、温度上昇による結晶水の損失を調査

3: グアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレートのワンポット合成

  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートを単離することなく、グアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレートをワンポットで合成する新しい方法を開発
  • 最初のステップは、公表されている方法に基づいてナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートを調製
  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートを温かい反応混合物に溶解させたまま、塩酸グアニジンを添加して、グアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレートを直接沈殿させる
  • 様々な条件下でのグアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレートの収率を評価

結果

1: 衝撃感受性

  • 無水塩と二水和物のナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートの衝撃感受性曲線を、雷酸水銀 (MF) および四硝酸ペンタエリトリトール (PETN) と比較した結果、ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート五水和物は、衝撃に対して完全に非感受性だった
  • 二水和物の衝撃感受性はPETNの半分だったが、無水塩はPETNよりもわずかに感受性が高かった
  • グアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレート (GZT) は、衝撃に対して完全に非感受性だった

2: 摩擦感受性

  • 無水塩と二水和物のナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートの摩擦感受性曲線を、雷酸水銀 (MF) および四硝酸ペンタエリトリトール (PETN) と比較した結果、ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート五水和物は、摩擦に対して完全に非感受性ではなかった (過去の文献では、非感受性であると報告されている例もある)
  • 二水和物の感受性は非常に高く、PETNに近い値を示した
  • 無水塩は摩擦に対して非常に感受性が高く、その感受性は雷酸水銀よりも高かった
  • GZTは、摩擦に対しても完全に非感受性だった

3: ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート水和物の変化

  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート五水和物のDTAおよびTGサーモグラムは、様々な水和物の出現領域を示した
  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート五水和物のDTAおよびTGサーモグラムから、二水和物の生成は55℃で起こり、3つの水分子が脱離することが示された
  • さらなる脱水は120℃で起こり、無水物が生成された
  • 分解は220℃で起こり、爆発を伴った

考察

1: ナトリウム塩の危険性

  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート二水和物と無水物は、どちらも感受性の高い物質
  • これらの物質の取り扱いと保管は危険であり、他の爆発物と同じリスクがある
  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレート五水和物は、温度上昇、低湿度、有機溶媒の影響により、二水和物または無水塩に変化する可能性がある
  • これらの変化により、物質は機械的刺激に敏感になり、取り扱いの安全性が損なわれる

2: ナトリウム塩の状態監視の重要性

  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートの状態は、保管および取り扱い中に定期的に監視する必要がある
  • 結晶水に関連する変化は、赤外分光法、熱分析法、またはカールフィッシャー法によって認識することが可能
  • 赤外分光法は、ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートの水和物形態を識別するための迅速かつ簡単な方法

3: ワンポット合成の利点

  • 本研究では、5-アミノテトラゾールと塩酸グアニジンから、ワンポットプロセスでグアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレートを調製する方法を開発した
  • このワンポット合成により、危険なナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートの単離を回避することが可能
  • 合成は迅速かつ安全であり、収率はナトリウム塩を経由する従来の2段階プロセスよりもさらに高い

4: 今後の研究と応用

  • グアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレートは、他のアゾテトラゾレート塩の出発物質として使用することが可能
  • 5,5′-アゾテトラゾレートの亜鉛塩と銀塩の合成に成功

結論

  • ナトリウム 5,5′-アゾテトラゾレートは、取り扱いの安全性を高めるために、保管および取り扱い中に注意深く監視する必要がある
  • 危険なナトリウム塩を回避し、取り扱いの安全なGZTを他の5,5′-アゾテトラゾール塩の出発物質として使用することを推奨
  • 本研究で開発されたグアニジニウム 5,5′-アゾテトラゾレートのワンポット合成は、迅速、安全、高収率であり、この分野に大きく貢献する

将来の展望

  • 今後の研究では、他の金属塩の合成と特性を調査する必要がある

2024年12月11日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0213~

論文のタイトル: Mechanistic differences between linear vs. spirocyclic dialkyldiazirine probes for photoaffinity labeling(線形 vs. スピロ環状ジアルキルジアジリンプローブの光親和性標識における機構的差異)
著者: Jessica G. K. O'Brien, Louis P. Conway, Paramesh K. Ramaraj, Appaso M. Jadhav, Jun Jin, Jason K. Dutra, Parrish Evers, Shadi S. Masoud, Manuel Schupp, Iakovos Saridakis, Yong Chen, Nuno Maulide, John P. Pezacki, Christopher W. am Ende,* Christopher G. Parker* and Joseph M. Fox*
雑誌名: Chemical Science
巻: Volume 15, 15463-15473
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/ 10.1039/d4sc04238g

背景

1: 光親和性標識とは?

  • 光親和性標識は、生細胞において、低分子リガンドとその標的との相互作用を調べるために広く使われている技術
  • 光親和性プローブは、リガンドを濃縮ハンドル(例:アルキンやビオチン)と光反応性基に結合させることで構築される
  • 光反応性基は、励起されると、近傍の標的を捕捉できる短寿命の反応性中間体を生成

2: 従来の光親和性プローブの課題

  • 古典的なベンゾフェノン、アリールアジド、アリールジアジリンに基づくプローブは、好ましい架橋速度を示しますが、その大きなサイズと疎水性のために、プローブの物理化学的特性が支配的になる
  • 理想的な光親和性プローブは、親プローブとほぼ同じ透過性と結合特性を示し、光分解時に高収率と非常に速い反応速度で標的と架橋し、それによって標的とインタラクトームの効果的なマッピングを可能にする

3: ジアルキルジアジリンの登場

  • 最小限のサイズと好ましい物理化学的特性を持つため、ジアルキルジアジリンは、細胞内相互作用の光親和性プローブとして台頭してきた
  • これらには、低分子とタンパク質の相互作用、薬物、天然物、フラグメント、タンパク質間相互作用、核酸とタンパク質の相互作用、代謝オリゴ糖工学、脂質とタンパク質の相互作用、生体膜の研究などが含まれる

方法

1: 研究デザイン

  • 線状ジアジリンとスピロ環状シクロブタンジアジリンの光化学的挙動の違いを、in vitroおよびin vivo実験を用いて調査

2: 化合物合成

  • メカニズム研究のための標準物質として、メチレンシクロプロパン、シクロブテン、ビシクロブタン、シクロブチルメチルエーテルのベンジルエステルおよびベンジルアミド類縁体を調製
  • アルキン官能基化スピロ環状ジアジリンに基づく一連のプローブを合成: N-(プロピニル)-1,2-ジアザスピロ[2.3]ヘキサ-1-エン-5-アミン および 5-プロピニル-1,2-ジアザスピロ[2.3]ヘキサ-1-エン-5-カルボン酸 

3: 光分解実験

  • シクロブタンジアジリン誘導体の光分解生成物を特性評価するために、様々な条件下で光分解実験を実施
  • メタノール (MeOH) 中でのジアジリンの光分解により、カルベン中間体の存在を示唆する生成物を得る

4: 生細胞標識実験

  • 線状ジアジリンとシクロブチルジアジリンに基づく一連のフラグメントプローブを用いて、生細胞における両者のプロテオミクスプロファイルを比較評価
  • HEK293T 細胞を様々な濃度のプローブ化合物で処理し、UV 照射を実施
  • 細胞を溶解し、タンパク質結合プローブを銅触媒アジド-アルキン 1,3-双極子環化付加反応によりテトラメチルローダミンに結合させる

結果

1: シクロブタンジアジリンの光分解によるカルベン生成の証拠

  • シクロブタンジアジリン誘導体の光分解により、メチレンシクロプロパンとシクロブテンが生成され、これはカルベン中間体の生成と一致する結果だった
  • テトラメチルエチレン (TME) 存在下でのシクロブタンジアジリンの光分解により、カルベン捕捉付加体が形成された
  • これらの結果は、シクロブタンジアジリンが光分解時にカルベン中間体を生成することを示唆

2: ジアゾシクロブタンの反応性

  • ジアゾシクロブタンは、水と急速に反応し、タンパク質アルキル化剤として機能することが明らかになった
  • ジアゾシクロブタンは、365 nm の光照射条件下ではシクロブチリデンへの有意な前駆体ではなかった

3: 生細胞における線状ジアジリンとシクロブタンジアジリンの標識効率の比較

  • シクロブチルジアジリンは、生細胞ケモプロテオミクス実験において、線状ジアルキルジアジリンと比較してタンパク質捕捉効率が低いことを示した
  • ゲルベースのプロファイリングと定量的 MS ベースのプロテオミクス解析により、シクロブタンジアジリンプローブで処理したサンプルでは、対応する線状ジアジリンプローブで処理したサンプルと比較して、標識が大幅に減少していることが明らかになった

考察

1: シクロブタンジアジリンの光化学

  • シクロブタンジアジリンの光分解は、線状ジアジリンとは異なり、カルベン化学が大きく寄与し、ジアゾ化学の寄与は少ないことを示している
  • メチレンシクロプロパン生成物の生成は、非ジアジリン前駆体から形成されたシクロブチリデンの初期の研究で観察されたように、カルベン機構が寄与していることを示唆している[ref1, 2, 3, 4, 5, 6]

2: ジアゾシクロブタンの役割

  • ジアゾシクロブタンは、シクロブタンジアジリンの光分解における重要な中間体ではないと考察
  • 線状ジアジリンは、タンパク質の標識にも関与する比較的長寿命のジアゾアルカンを生成する可能性がありますが、シクロブタンジアジリンはジアゾ生成物が最小限に抑えられ、標識は主にカルベン機構を介して行われる

3: 線状ジアジリンとシクロブタンジアジリンの標識プロファイルの違い

  • 線状ジアジリンは、ジアゾアルカン中間体を介した標識により、全体的な標識レベルが高くなる
  • シクロブタンジアジリンは、主にカルベン機構を介して標識するため、全体的な標識レベルは低くなりますが、バックグラウンド標識レベルも低くなる

結論

  • 線状ジアジリンとシクロブタンジアジリンの光化学的挙動の違いを明らかにした
  • シクロブタンジアジリンは、線状ジアジリンと比較して、カルベン化学への寄与が大きく、ジアゾ化学への寄与は少ないことが示された

将来の展望

  • この知見は、光親和性標識プローブの設計と応用に重要な意味を持つ
  • シクロブチリデン中間体の高い反応性と短寿命を考慮すると、シクロブタンジアジリンは、標識の半径が特に重要な考慮事項である低分子標的同定などのアプリケーションで特に役立つ

2024年12月10日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0212~

論文のタイトル: [18F]Trifluoroiodomethane – Enabling Photoredox-mediated Radical [18F]Trifluoromethylation for Positron Emission Tomography([18F]トリフルオロヨードメタン:陽電子放射断層撮影のための光レドックスを介したラジカル [18F]トリフルオロメチル化を可能にする)
著者: Lukas Veth,* Albert D. Windhorst, and Danielle J. Vugts
雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
巻: Early View, e202416901
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01729

背景

1: 陽電子放射断層撮影(PET)とは?

  • PETは、様々な疾患の診断や創薬において使用される非侵襲的な画像技術
  • 体内で標的構造と相互作用する放射性トレーサー(放射性標識化合物)を利用
  • PETで使用される陽電子放出放射性核種の中で、¹⁸Fは、好ましい特性(半減期が109.8分、陽電子エネルギーが低い)と医薬品化合物における普及率のために、重要な位置を占めている

2: ¹⁸Fを用いたトリフルオロメチル基の標識の課題

  • 医薬品化合物によく見られるトリフルオロメチル(CF₃)基の¹⁸F標識は特に困難
  • 既存の¹⁹Fの導入戦略は、¹⁸F標識には容易に適用不可
  • [¹⁸F]フッ化物を用いるアプローチは、多くの場合、特定の前駆体の合成を必要とし、アクセス可能な化学空間が制限される
  • また、¹⁸F-¹⁹F同位体交換に起因する低いモル活性が得られることがある

3: 研究の目的

  • ラジカルトリフルオロメチル化反応による、これまでアクセスできなかった化学空間へのアクセスを可能にする、新しい¹⁸F標識試薬の開発
  • 高いモル活性を持ち、様々な反応に適用可能な¹⁸F標識試薬を、30分以内で合成する

方法

1: [¹⁸F]トリフルオロヨードメタン(CF₂¹⁸FI)の合成

  • [¹⁸F]フルオロホルム(CHF₂¹⁸F)を出発物質として、塩基とヨウ素源の存在下で反応させることで、CF₂¹⁸FIを合成
  • 様々な塩基、ヨウ素源、溶媒をスクリーニングし、最適な反応条件を決定

2: ラジカル[¹⁸F]トリフルオロメチル化反応への応用

  • 合成したCF₂¹⁸FIを用いて、光レドックス触媒反応によるα-トリフルオロメチルケトンとトリフルオロメチルスルフィドを合成
  • 様々な基質を用いて反応を行い、官能基許容性を評価

3: 反応条件の最適化

  • α-トリフルオロメチルケトンの合成には、光レドックス触媒として[Ru(bpy)₃]Cl₂・6H₂O、塩基としてテトラメチルエチレンジアミン(TMEDA)を使用
  • トリフルオロメチルスルフィドの合成には、光レドックス触媒として[Ru(bpy)₃]Cl₂・6H₂O、塩基として1,1,3,3-テトラメチルグアニジン(TMG)を使用
  • 反応時間、温度、溶媒などを最適化

結果

1: CF₂¹⁸FIの合成

  • 最適化された反応条件を用いることで、CF₂¹⁸FIを25分以内に、良好な放射化学的収率(67±5%)および高いモル活性(>99% RCP)で合成することができた
  • この結果は、CF₂¹⁸FIがPETトレーサー合成のための有望なビルディングブロックであることを示した

2: α-トリフルオロメチルケトンの合成

  • CF₂¹⁸FIを用いることで、様々な置換基を持つα-トリフルオロメチルケトンを、中程度から良好な放射化学的変換率(RCC、22-96%)で合成することができた
  • 電子供与基および電子求引基の両方を含む基質に対して、反応は良好な結果を示した
  • 生物活性化合物であるプロベネシドおよびフェブキソスタットの誘導体の放射性標識も達成された

3: トリフルオロメチルスルフィドの合成

  • CF₂¹⁸FIを用いることで、様々な置換基を持つトリフルオロメチルスルフィドを、高収率(RCC、65-100%)で合成することができた
  • 芳香族および脂肪族の両方の基質に対して、反応は良好な結果を示した
  • 従来の方法と比較して、前駆体の使用量を大幅に削減することができた
  • 高いモル活性を達成することができた

考察

1: CF₂¹⁸FIの有用性

  • CF₂¹⁸FIが高モル活性で合成可能であり、光レドックス触媒反応によるラジカル¹⁸Fトリフルオロメチル化に利用できることを実証
  • CF₂¹⁸FIは、これまで合成が困難であった¹⁸F標識化合物の合成を可能にする、強力なツール

2: α-トリフルオロメチルケトンの合成の意義

  • α-トリフルオロメチルケトンは、様々な生物活性化合物に存在する重要な構造モチーフ
  • 開発された方法は、α-トリフルオロメチルケトンの¹⁸F標識化を可能にした
  • これは、創薬やPETイメージングにおける新たな可能性を開く

3: トリフルオロメチルスルフィド合成の利点

  • 従来の方法と比較して、開発された方法は、前駆体の使用量が少ない、高いモル活性を達成できる、芳香族および脂肪族の両方の基質に適用できるなどの利点がある

4: 先行研究との関連性

  • 光レドックス触媒を用いたラジカルトリフルオロメチル化反応は、近年有機化学において広く研究されている
  • しかし、光レドックス触媒を用いた¹⁸Fトリフルオロメチル化反応は、これまで報告されていなかった
  • 光レドックス触媒を用いた¹⁸Fトリフルオロメチル化反応の例であり、この分野における重要な進歩

結論

  • [¹⁸F]トリフルオロヨードメタン(CF₂¹⁸FI)の効率的な合成法を開発し、光レドックス触媒を用いたラジカル[¹⁸F]トリフルオロメチル化反応によるα-トリフルオロメチルケトンおよびトリフルオロメチルスルフィドの合成に成功した
  • これらの化合物は、これまで¹⁸F標識化が困難であったため、PETトレーサー開発に新たな可能性をもたらす

将来の展望

  • CF₂¹⁸FIを用いたより多様な¹⁸F標識化合物の合成法が開発され、PETイメージング研究がさらに発展することが期待される

2024年12月9日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0211~

論文のタイトル: Stereoselective Synthesis of Chiral C2-Symmetric 1,3- and 1,5-Bis-Sulfoxides Guided by the Horeau Principle: Understanding the Influence of the Carbon Chain Nature in Its Ability for Metal Coordination(キラルC2対称1,3-および1,5-ビススルホキシドの立体選択的合成:金属配位能における炭素鎖の性質の影響の理解)

著者: Nazaret Moreno-Rodríguez, L. Alberto Prieto, Victoria Valdivia, Rocío Recio,* and Inmaculada Fernández*

雑誌名: The Journal of Organic Chemistry

巻: Volume 89, Issue 20, 15048–15061

出版年: 2024

DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01729


背景

1: キラルなビス-スルホキシドの重要性

  • キラリティは医薬品や農薬などの開発において非常に重要であるため、キラル化合物の合成は有機化学の重要な分野
  • キラルビススルホキシドは、不斉触媒反応において重要な役割を果たす、価値のあるキラル配位子として認識されている
  • これらの化合物の重要性は、それらが持つ独特の構造的特徴、特にスルフィニル基のキラリティーに起因しており、これが様々な不斉変換において優れたエナンチオ選択性を示す鍵となる
  • さらに、合成の容易さ、官能基化の可能性の広さ、安定性により、不斉合成における用途がさらに広がる

2: 既存の合成法の課題

  • キラルなビス-スルホキシドの伝統的な合成法は、しばしば、複数のステップ、厳しい反応条件、低い収率を伴う
  • これらの課題を克服し、これらの貴重な化合物を効率的かつ立体選択的に合成するための新しい方法の開発が求められている
  • Horeauの法則は、キラルなスルフィニル基を導入するための強力なツールであり、立体選択的制御を達成するための実用的なアプローチを提供
  • 特に、1,5-ビス(スルフィニル)誘導体は、炭素鎖にスルフェニル基またはスルフィニル基が追加で存在するため、三座キラル配位子の新しいファミリーを構成

3: 研究の目的

  • Horeauの法則を利用して、2つの異なるタイプのC2対称キラルビススルホキシド、1,3-および1,5-ビス(スルフィニル)誘導体の立体選択的合成を実現
  • 2つの配位子ファミリー(1,3-および1,5-ビススルホキシド)のそれぞれに1つの合成経路を系統的に開発および最適化し、エナンチオ選択性を高めるためのHoreauの法則の戦略的利用を強調する
  • さらに、合成したビススルホキシドから誘導されたパラジウム(Pd)およびルテニウム(Ru)錯体を調製し、分光分析によってそれらの構造を解明する

方法

1: 研究デザインの概要

  • Horeauの法則に基づく、2つの異なるタイプのC2対称キラルビススルホキシドの立体選択的合成のための2つの明確な合成経路の開発と最適化に焦点を当てる
  • 最初の経路では、立体発散動的速度論的光学分割を介したキラルなプロパン-1,3-ビス(スルフィネート)の合成が含まれ、その後、対応するC2対称エナンチオピュア1,3-ビス(スルフィニル)プロパンに変換される
  • 2番目の経路は、エナンチオピュアビニルスルホキシドの二量化に依存しており、C2対称エナンチオピュア1,5-ビス(スルフィニル)-3-チオ誘導体が生成される

2: 試薬と条件

  • すべての反応は、乾燥アルゴン雰囲気下で、オーブン乾燥したガラス器具と乾燥溶媒を使用して実施
  • MeOH、トルエン、THF、DMF、CH2Cl2、ジエチルエーテルはモレキュラーシーブを使用して乾燥させて使用
  • 化学物質は市販品を追加の精製せずに使用
  • TLCはシリカゲルGF254(Merck)で実施し、化合物はリンモリブデン酸/ EtOHで炭化させて検出
  • フラッシュクロマトグラフィーには、Merck230〜400メッシュシリカゲルを使用

3: 1,3-ビス-スルホキシドの合成

  • 1,3-ビス(スルフィニル)プロパン誘導体は、対応するプロパン-1,3-ビス(スルフィネート)から、求核置換反応によって合成
  • 光学活性なプロパン-1,3-ビス(スルフィネート)は、プロパン-1,3-ビス(スルフィニル)クロリドの立体発散動的速度論的光学分割によって得る
  • このプロセスでは、キラルな補助剤としてDCG(1,2:5,6-ジ-O-シクロヘキシリデン-α-D-グルコフラノース)を使用し、Horeauの原理に基づいてジアステレオマー比を制御

4: 1,5-ビス-スルホキシドの合成

  • 1,5-ビス(スルフィニル)誘導体は、エナンチオマー的に純粋なビニルスルホキシドの二量化によって合成
  • ビニルスルホキシドは、対応するスルフィネートエステルとビニルマグネシウムブロミドとの反応によって調製
  • 再び、Horeauの原理を適用して、二量化ステップにおけるジアステレオ選択性を制御

5: 金属錯体の調製

  • 1,3-および1,5-ビス-スルホキシド配位子を、パラジウム(II)およびルテニウム(II)前駆体と反応させて、対応する金属錯体を調製
  • パラジウム錯体は、1,3-ビス-スルホキシド配位子とPd(TFA)2を反応させることで得る
  • 一方、ルテニウム錯体は、1,3-および1,5-ビス-スルホキシド配位子をRuCl3・3H2Oと反応させることで合成
  • 1H NMRおよび19F NMR分光法により錯体中の配位子の配位モードと立体化学を決定する

結果

1: 1,3-ビス-スルホキシドの立体選択的合成

  • プロパン-1,3-ビス(スルフィニル)クロリドの立体発散動的速度論的光学分割によって、プロパン-1,3-ビス(スルフィネート)を首尾よく合成した
  • Horeauの原理を適用することにより、高収率で優れたジアステレオ選択性で、様々なキラルな1,3-ビス(スルフィネート)エステルを合成できた
  • モノスルフィネート、特にDCGプロパンスルフィネートの形成における観察されたS/R比からビススルフィネートのジアステレオマー比を外挿することによって得られた理論計算と一致した
  • これらのビススルホキシドを有機触媒として使用して不斉アリル化反応を実施し、その効率を評価した

2: 1,5-ビス(スルフィニル)-3-チオ誘導体の合成

  • エナンチオ純粋ビニルスルホキシドの二量化は、Na2Sの存在下で高収率かつ優れたジアステレオ選択性で進行した
  • 対応するC2対称エナンチオ純粋(R、R)-および(S、S)-1,5-ビス(スルフィニル)-3-チオ誘導体を良好な収率で得た
  • この反応は、Horeau効果によって影響を受け、所望のジアステレオマーの増幅が可能になった
  • 生成物のジアステレオマー比は、Horeauの原理に基づいて計算された値とよく一致し、この原理がこれらの系の立体化学的結果を予測するための有効なツールであることを示している

3: パラジウム(II)およびルテニウム(II)錯体の特徴

  • 1,3-ビス-スルホキシド配位子を含むパラジウム(II)錯体の単離は、補助配位子としてトリフルオロアセテートを用いた場合にのみ達成された
  • ルテニウム(II)錯体の場合、1,3-ビス-スルホキシドではトランス配置が決定された
  • 1,5-ビス(スルフィニル)誘導体中の配位元素として第三の硫黄原子を導入すると、2つの異なる三配位ルテニウム(II)錯体が形成された
  • これらの錯体の構造は、鎖の中央の硫黄がチオエーテルとしてかスルホキシドとしてか、採用された酸化状態によって複雑に影響される

考察

1: Horeauの原理の合成への応用

  • 異なる種類のC2対称キラルなビス-スルホキシドの立体選択的合成におけるHoreauの原理の有用性を明確に示している
  • この原理を合成戦略に組み込むことで、動的速度論的光学分割プロセスにおけるジアステレオ選択性を正確に予測および制御し、望ましい立体異性体を高収率で得ることが可能になる

2: 立体選択性への洞察

  • 1,3-および1,5-ビス(スルフィニル)誘導体の両方に対する異なる合成経路の開発と最適化により、このタイプの化合物の立体化学的結果を制御する要因についての洞察が得られた
  • Horeauの法則の適用は、所望のジアステレオマーを選択的に増幅するための実用的なアプローチである

3: ビス-スルホキシド配位子の金属配位能への影響

  • 合成したビススルホキシドから誘導されたパラジウム(Pd)およびルテニウム(Ru)錯体の調製と特性評価により、これらの配位子の金属配位能に関するさらなる理解が得られた
  • 金属錯体の形成におけるスルホキシド基の性質と炭素鎖の長さの重要性を浮き彫りにした
  • 1,3-ビススルホキシドを含むPd(II)錯体の単離は、補助配位子としてトリフルオロアセテートを使用することによってのみ達成される
  • 1,3-ビス-スルホキシドは、パラジウム(II)錯体を形成するために補助配位子を必要とするが、かさ高い置換基は錯体形成を妨げる
  • Ru(II)錯体の場合は、1,3-ビススルホキシドのトランス幾何構造を決定することができた
  • 1,5-ビス-スルホキシド中の追加の配位硫黄原子は、ルテニウム(II)との錯化を促進し、さまざまな配位モードを可能にする

4: 構造と反応性に関するさらなる考察

  • 配位要素として3番目の硫黄原子を1,5-ビス(スルフィニル)誘導体に導入すると、2つの異なる三配位Ru(II)錯体の形成が容易になる
  • これらの錯体の構造は、鎖の中央の硫黄が採用する酸化状態(チオエーテルかスルホキシドか)によって複雑に影響を受ける
  • 一方、合成されたキラルなビス-スルホキシド配位子は、不斉触媒において大きな可能性を秘めている
  • それらの独特の構造と金属配位特性により、様々な不斉変換においてエナンチオ選択性を誘導することができる

5: 研究の限界点

  • 限られた数のビス-スルホキシド配位子と金属錯体の調査に留まっている
  • より幅広い基質と反応条件を探索するさらなる研究は、これらの配位子の触媒用途における完全な可能性を明らかにするために必要

結論

  • Horeauの法則に基づく、2つの異なるタイプのC2対称キラルビススルホキシド、1,3-および1,5-ビス(スルフィニル)誘導体の効率的かつ立体選択的な合成を実証
  • Horeauの原理を適用することで、ジアステレオマー比を効果的に制御することができた
  • 動的速度論的光学分割とエナンチオ純粋ビニルスルホキシドの二量化を伴うこれらの化合物の調製のための2つの異なる戦略的経路を首尾よく開発および最適化した
  • 合成されたビス-スルホキシドから誘導されたパラジウム(II)およびルテニウム(II)錯体を調製し、特徴付けた
  • 合成された錯体の特性評価により、それらの配位化学と錯体形成挙動についての洞察が得られた
  • これらの知見は、不斉合成とキラル触媒の分野に貴重な貢献をもたらす

将来の展望

  • これらの新規なキラルビススルホキシド配位子の不斉触媒における用途を探求する
  • さまざまな不斉変換におけるそれらの有効性を評価する

2024年12月8日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0210~

論文のタイトル: Multinuclear beryllium amide and imide complexes: structure, properties and bonding(多核ベリリウムアミドおよびイミド錯体:構造、特性、結合)

著者: Deniz F. Bekiş, ‡ Lewis R. Thomas-Hargreaves,‡ Sergei I. Ivlev and Magnus R. Buchner *

雑誌名: Dalton Transactions

巻: Volume 53, 15551-15564

出版年: 2024

DOI: 10.1039/d4dt02269f


背景

1: ベリリウム化学の現状

  • 低原子価のsブロックおよび初期pブロック金属の化学は、過去20年間で多くの注目を集めてきた
  • これらの低原子価化合物のほとんどは、N電子供与性配位子を利用して単離された
  • しかし、これは最軽量の第2族金属であるベリリウムには当てはまらない
  • 低原子価化合物は、1つの例外を除いて、C電子供与性配位子でのみ実現されている

2: N電子供与性ベリリウム錯体の還元

  • N電子供与性錯体のベリリウムの還元に関する報告はほとんどなく、ベリリウム塩の形成をもたらしたのみ
  • 近年発表されたN電子供与性配位子を持つベリリウム錯体の膨大な数を考えると、これらの系の一部で還元が試みられたが、明確な化合物が得られなかったと推測できる

3: 研究の目的

  • 低原子価ベリリウムを得るための一般的に適用可能な還元剤はまだ見つかっておらず、各配位子系には特別な還元条件が必要
  • したがって、ベリリウム化合物の特性については、配位子と還元剤を合理的に選択するには、あまりにも知られていないことが明らか
  • このため、単純なベリリウムハロゲン化物錯体と有機ベリリウム化合物を広範囲に研究した

方法

1: 研究対象の化合物

  • 選択したアミドおよびイミド配位子を持つベリリウム化合物を調製し、それらの電子および立体効果が誘導錯体の構造と分光学的特性に与える影響を調査
  • 具体的には、以下のベリリウムアミドおよびイミド錯体を合成および特性評価
    • [Be(HNMes)2]3 (1)
    • [(py)2Be(HNMes)2] (2)
    • [Be(HNDipp)2]2 (3)
    • [Be(NPh2)(μ2-HNDipp)]2 (4)
    • [Be(NCPh2)2]3 (5)

2: 合成手法

  • 目的のベリリウムアミドの合成には、有機ベリリウム化合物によるアミンの直接脱プロトン化を選択
  • ベリリウムイミド錯体(5)は、ジイソブチルベリリウムとジフェニルメタンイミンを反応させて合成
  • すべての反応は、J. Young NMRチューブまたはPTFEシールされたシュレンクチューブで実施
  • すべてのガラス器具は、参考文献( F. Kraus, S. Schulz et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 10562.)の手順に従ってシリル化する

3: 特性評価手法

  • NMR分光法:Bruker Avance Neo 300およびAvance III 500 NMR分光計で1H、9Be、13C NMRスペクトルを記録
  • IR分光法:アルゴン充填グローブボックス内のダイヤモンドATRユニットを備えたBruker alpha FTIR分光計でIRスペクトルを記録
  • 単結晶X線回折:事前に乾燥させたアルゴン流中で単結晶を選択し、周囲温度でMiTeGen MicroLoopシステムを使用してマウント
  • 計算の詳細:すべての密度汎関数理論(DFT)計算は、プログラムスイートTURBOMOLE 7.7で、PBE0ハイブリッド密度汎関数法(DFT-PBE0)と、1組の分極関数を備えたカールスルーエトリプルζ価基底関数系(def2-TZVP)を使用して実施

結果

1: 構造特性

  • すべての化合物は、単結晶X線回折分析によって構造的に特性評価された
  • 化合物134は、2つのベリリウム原子をμ2架橋するアミド窒素原子を含む二核構造
  • 化合物15は、中心の四配位ベリリウム原子と、2つの末端三配位ベリリウム原子を持つ三核線状構造
  • 化合物2は、2つのアミド配位子と2つのピリジン配位子によって配位された擬似四面体配位圏を持つ単核ベリリウム錯体

2: 結合解析

  • 局在化分子軌道(LMO)および固有原子軌道(IAO)原子電荷分析を実施して、結合状況を調査した
  • IAO原子電荷分析により、多核化合物または単核ピリジン付加物2の電荷分布に有意な差がないことが明らかになった
  • LMO分析は、末端アミド配位子へのBe-N相互作用が主に共有結合性のσBe-N結合で構成されているのに対し、μ2-N架橋相互作用は2電子-3中心σ結合であることを示した

3: 電子および立体効果の影響

  • ベリリウム原子における電子の不足は、窒素原子における孤立電子対からベリリウム原子への追加の供与によって部分的に補償
  • これにより、末端Be-N結合の部分的な二重結合特性が生じ、末端窒素原子が平面化する
  • 架橋窒素原子の場合、窒素の孤立電子対は主に窒素原子に位置し、1つまたは2つのベリリウム原子にわずかに供与

考察

1: 末端配位子の影響

  • 末端アミド配位子の電子的性質の変化は、結合状況にほとんど影響を与えない
  • むしろ、配位子の立体的な要求がベリリウム化合物の構造を決定する可能性が高く、これは空間充填モデルによって示される

2: 架橋相互作用

  • 2電子-3中心σ結合が関与するベリリウム原子間で均等に分布している場合、この多中心結合が有利になる
  • 分子構造が許せば、末端Be-N-C結合と架橋Be2-N-C結合にわたってπ非局在化が可能であり、N=C二重結合を含むイミド配位子を導入することによって強制することが可能

3: 電荷分布

  • しかし、このπ非局在化は、ベリリウム原子と窒素原子における部分電荷分布に大きな影響を与えない
  • 結論として、N電子供与性配位子の電子的性質の変化は、結合状況にほとんど影響を与えない

4: 立体障害の影響

  • 空間充填モデルからわかるように、配位子の立体障害がベリリウム化合物の構造を決定する
  • より嵩高い配位子は、より大きく、より開いた構造の形成につながる

5: 研究の限界点

  • 限られた数のベリリウムアミドおよびイミド錯体を調査した
  • これらの化合物の反応性と触媒作用を調査するためにさらなる研究が必要

結論

  • 一連の密接に関連するベリリウムアミドおよびイミド錯体を合成および特性評価
  • これらの化合物はすべて芳香族溶媒によく溶け、これは多くの関連する有機ベリリウム錯体とは対照的
  • 化合物12を除いて、溶液中の動的挙動の証拠は見られなかった
  • 末端アミド配位子へのBe-N相互作用が主に共有結合性のσBe-N結合で構成されているのに対し、μ2-N架橋相互作用は2電子-3中心σ結合である
  • ベリリウム原子における電子の不足は、窒素原子における孤立電子対からベリリウム原子への追加の供与によって部分的に補償される

将来の展望

  • より広範囲のN電子供与性配位子を探求し、これらの錯体の反応性と触媒用途を調査する必要がある

2024年12月7日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0209~

論文のタイトル: Spin Statistics for Triplet–Triplet Annihilation Upconversion: Exchange Coupling, Intermolecular Orientation, and Reverse Intersystem Crossing(三重項-三重項消滅アップコンバージョンにおけるスピン統計:交換結合、分子間配向、逆項間交差)

著者: David G. Bossanyi、Yoichi Sasaki、Shuangqing Wang、Dimitri Chekulaev、Nobuo Kimizuka、Nobuhiro Yanai、Jenny Clark

雑誌名: JACS Au

巻: Volume 1, Issue 12, 2188–2201

出版年: 2021

DOI: https://doi.org/10.1021/jacsau.1c00322


背景

1: 三重項-三重項消滅(TTA)とは

  • 2つの励起状態の三重項励起子が衝突し、1つの励起状態の一重項励起子を生成する現象
  • 有機EL(OLED)や太陽電池、バイオ医療用途など、様々な分野で注目されている
  • TTAを用いたフォトンアップコンバージョン(TTA-UC)は、低エネルギー光を高エネルギー光に変換できるため、太陽電池の効率向上に期待されている
  • TTAの効率はスピン統計因子ηによって決まる

2: スピン統計因子ηの重要性と課題

  • 因子ηは、2つの三重項励起子から一重項励起子が生成される確率を表す
  • 高いηを持つ材料は、高効率なTTA-UCを実現するために重要
  • 従来のTTA-UCの議論では、強い交換結合を仮定しており、ηは最大でも2/5とされてきた。
  • しかし、実験的に観測された磁場効果から、弱い交換結合がTTA-UCに重要な役割を果たすことが示唆される

3: 研究の目的

  • 弱い交換結合のスピン統計因子ηへの影響を明らかにする
  • 三重項対状態からの内部転換逆項間交差の役割を調べる
  • ルブレンをモデル系として、TTA-UCのスピン統計に関する包括的な理解を深める

方法

1: 研究対象と測定手法

  • ルブレンナノ粒子(NP)をポリビニルアルコール(PVA)マトリックスに分散させた薄膜を作製
  • 時間分解フォトルミネッセンス(TRPL)測定を用いて、三重項-三重項消滅のダイナミクスと磁場効果を調査
  • 過渡吸収(TA)分光法を用いて、ルブレンの励起状態のエネルギー準位を決定
  • ポンプ-プッシュ-プローブ分光法を用いて、高準位逆項間交差(HL-RISC)の存在を検証

2: サンプル作製

  • ルブレンナノ粒子は、再沈殿法を用いて作製
  • PVAマトリックスは、酸素遮断のために使用
  • 熱蒸着法を用いて、多結晶ルブレン薄膜も作製

3: データ解析

  • TRPL測定から得られた遅延蛍光の強度変化を磁場に対してプロットし、磁場効果を解析
  • TAスペクトルから、一重項および三重項励起状態の吸収ピークを特定
  • ポンプ-プッシュ-プローブ測定から、T2状態の寿命HL-RISCの効率を評価

結果

1: ルブレンナノ粒子における三重項-三重項消滅

  • ルブレンNP薄膜の時間分解PLスペクトルから、励起強度が高いほど、三重項-三重項消滅による遅延蛍光が強くなることが分かった
  • この結果は、三重項対状態を介した一重項状態の再生成を示唆

2: 三重項対状態の弱い交換結合

  • ルブレンNP薄膜における磁場効果(MFE)から、弱い磁場(<50 mT)ではPL強度が増加し、強い磁場では減少
  • このようなMFEは、弱い交換結合を持つ三重項対状態の存在を示唆

3: ルブレンのエネルギー準位とHL-RISC

  • ルブレンNP薄膜の過渡吸収スペクトルから、一重項分裂のダイナミクスと、T1→T2遷移に対応する吸収ピークが観測された
  • ポンプ-プッシュ-プローブ測定から、T2状態からS1状態へのHL-RISCの存在が確認された

考察

1: 弱い交換結合がスピン統計に及ぼす影響

  • 従来のTTA-UCの議論では、強い交換結合を仮定していましたが、本研究の結果は弱い交換結合の重要性を示している
  • 弱い交換結合を持つ三重項対状態では、スピン統計因子ηは最大で2/3に増加
  • シミュレーション結果も、交換結合の強さがMFEηに影響を及ぼすことを示唆

2: 分子間配向とHL-RISCの影響

  • 分子間配向は、三重項対状態のスピン混合に影響を与え、ηを変化させる
  • 分子間配向およびHL-RISCの効率がηに及ぼす影響を示すシミュレーション結果から、HL-RISCは、T2状態からS1状態への遷移を促進し、ηを向上させる可能性がある

3: 先行研究との比較

  • DPAなどの従来のTTA-UC材料では、ηは約40%と報告されている
  • ルブレンでは、HL-RISCの効果により、溶液中では約60%、固体状態では最大72%のηが報告されている
4: 研究の限界点
  • ルブレンをモデル系として用いましたが、他のTTA-UC材料系では異なる挙動を示す可能性がある
  • HL-RISCの正確なメカニズムや効率は、さらなる研究が必要

結論

  • TTA-UCにおける弱い交換結合の重要性を明らかにし、スピン統計に関する理解を深めた
  • 分子間配向HL-RISCηに大きな影響を与えることを示した
  • これらの知見は、高効率なTTA-UC材料の設計に役立つ

将来の展望

  • HL-RISCを積極的に利用することで、スピン統計限界を超えるTTA-UCの実現が期待される

2024年12月6日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0208~

論文のタイトル: Controlling the Helical Pitch of Foldamers through Terminal Functionality: A Solid State Study(末端官能基によるフォルダマーのらせんピッチの制御:固体状態の研究)

著者: Alexander R. Davis, Sena Ozturk, Colin C. Seaton, Louise Male, and Sarah J. Pike*

雑誌名: Chemistry - A European Journal

巻: e202402892

出版年: 2024

DOI: https://doi.org/10.1002/chem.202402892


背景

1: フォルダマーとらせん構造の重要性

  • らせん構造は自然界に広く存在し、生体分子が機能を発揮するために不可欠
  • フォルダマーと呼ばれる合成らせんオリゴマーは、自然界のらせん構造を模倣することが可能
  • フォルダマーはセンサー、触媒、材料化学など、幅広い分野で応用されている
  • フォルダマーの二次構造は、その活性と機能に影響を与えるため、らせん構造のサイズと形状を制御する新しい方法の開発が重要

2: フォルダマーのらせんピッチ制御の現状

  • フォルダマーのらせんピッチを制御する体系的な研究は不足している
  • 従来の方法は、自己組織化を利用して二重らせん構造を形成することで、らせんピッチを調整していた
  • 自己組織化は設計が難しく、すべての用途に適しているわけではない

3: 研究の目的

  • 末端官能基を系統的に変化させることで、フォルダマーのらせんピッチを制御できることを実証する
  • 単一鎖フォルダマーを用いることで、自己組織化に頼らずにらせんピッチを制御する
  • 末端官能基がフォルダマーの固体状態の挙動に与える影響を、結晶学的解析を用いて明らかにする

方法

1: 研究デザイン

  • オルト-アゾベンゼン/2,6-ピリジンジカルボキサミドフォルダマーのライブラリを用いて研究を行う
  • 末端官能基として、カルボキシベンジル (Cbz)、ジフェニルカルバミル (N(Ph)2)、フェロセン (Fc)、tert-ブチルオキシカルボニル (Boc) を選択
  • これらの官能基は、π-πスタッキング、C-H⋯O、C-H⋯π水素結合などの超分子相互作用を形成する傾向が異なる

2: フォルダマーの合成

  • フォルダマー 110 は、多段階手順で合成
  • まず、o-フェニレンジアミン 11 をジ-tert-ブチルジカルボネート ((Boc)2O) で処理してモノ-Boc 保護を行い、12 を得た
  • 化合物 12 のアミノ基を、CH2Cl2/H2O の二相系反応混合物中でオキソン存在下でニトロソ基に変換し、13 を得た
  • 化合物 1113 を酢酸存在下で反応させて、非対称アゾベンゼン 14 を得た
  • 化合物 14 をピリジン-2,6-ジカルボニルクロリドおよびピリジンと 48 時間反応させて、目的のジ Boc 末端フォルダマー10 を得た
  • 化合物 8 は、14 をトリフルオロ酢酸で処理することで得た非対称の Fc/NH2基を持つアゾベンゼン 15 を同様にピリジン-2,6-ジカルボニルクロリドおよびピリジンと反応させて得た

3: 結晶構造解析

  • 合成したフォルダマーの単結晶 X 線回折分析を行う
  • らせんピッチは、各末端基のカルボニルの C 原子から C 原子までを測定
  • 超分子相互作用を特定し、それらが固体状態の挙動に与える影響を評価

結果

1: フォルダマーの固体状態挙動

  • すべてのフォルダマー (110) は、固体状態で安定ならせん構造をとることが確認された
  • らせん構造は、中心の 2,6-ピリジンジカルボキサミドユニットの周りの折り畳みを促進する syn-syn コンフォメーションと、アゾベンゼンユニットのらせんを拡張する E-配座によって安定化
  • ほとんどのフォルダマー (15710) は、単位格子内に M-らせんと P-らせんを同量含んでいる
  • フォルダマー 6P-らせんのみを示した

2: Cbz 末端フォルダマーのらせんピッチ

  • 少なくとも 1 つの末端 Cbz 基を持つフォルダマー (14) のらせんピッチは 3.4–3.7 Å 
  • これらのフォルダマーは、密ならせん構造をとった
  • Cbz 基は、π-πスタッキング相互作用や C-H⋯O 水素結合などのさまざまな分子間相互作用に関与していた

3: N(Ph)2、Fc、Boc 末端フォルダマーのらせんピッチ

  • N(Ph)2 末端フォルダマー (57) のらせんピッチは 3.9–5.7 Å で、Cbz 末端フォルダマーよりも大きくなった
  • Fc/Boc 末端フォルダマー (810) は、5.6 Å (8)、6.3 Å (9)、7.3 Å (10) と、さらに大きならせんピッチを示した
  • これらのフォルダマーでは、末端官能基が関与する超分子相互作用が、より緩く、より広がったらせん構造の形成に寄与していた

考察

1: 末端官能基がフォルダマーのらせんピッチに与える影響

  • 末端官能基は、フォルダマーの固体状態のらせんピッチに大きな影響を与える
  • Cbz 基は、密ならせん構造の形成を促進
  • N(Ph)2 基は、Cbz 基よりも柔軟性が低いため、らせんピッチはやや大きくなる
  • Fc 基と Boc 基は、かさ高い性質と超分子相互作用のために、最も大きならせんピッチをもたらす

2: らせんピッチと超分子相互作用の関係

  • Cbz 末端フォルダマーでは、Cbz 基の柔軟性により、らせん構造を崩すことなく、さまざまな超分子相互作用を形成することができる
  • N(Ph)2 末端フォルダマーでは、N(Ph)2 基の剛性と立体障害が、結晶充填とらせんピッチに影響を与える
  • Fc 末端フォルダマーと Boc 末端フォルダマーでは、末端官能基が関与する π-πスタッキング相互作用や C-H⋯O 水素結合が、より緩く、より広がったらせん構造の形成に寄与している

3: らせんピッチ制御の重要性

  • フォルダマーのらせんピッチを制御することで、特定の形状とサイズを持つフォルダマーを設計することが可能
  • これは、固体状態での用途において特に重要

4: 研究の限界点

  • 結晶充填を予測することは困難であり、すべてのフォルダマーでらせんピッチを正確に予測することはできない
  • 単一回転フォルダマーに焦点を当てており、複数回転フォルダマーへの適用可能性はさらに調査する必要がある

結論

  • 末端官能基がオルト-アゾベンゼン/2,6-ピリジンジカルボキサミドフォルダマーのらせんピッチに大きな影響を与えることを実証
  • 単純な末端基の変更により、幅広いらせんピッチ (3.4–7.3 Å) を持つフォルダマーを合成することができた
  • この知見は、特定の形状とサイズを持つ機能性フォルダマーの設計に役立つ

将来の展望

  • 複数回転フォルダマーにおける末端官能基の影響を調査し、らせんピッチ制御の一般性をさらに高める

2024年12月5日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0207~

論文のタイトル: Synthetic and Mechanistic Studies into the Reductive Functionalization of Nitro Compounds Catalyzed by an Iron(salen) Complex(鉄(salen)錯体を触媒としたニトロ化合物の還元的官能基化に関する合成および機構的研究)

著者: Emily Pocock, Martin Diefenbach, Thomas M. Hood, Michael Nunn, Emma Richards, Vera Krewald, and Ruth L. Webster

雑誌名: Journal of the American Chemical Society

巻: Volume 146, Issue 29, 19839–19851

出版年: 2024

DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c02797


背景

1: ニトロ化合物還元の重要性

  • ニトロ基からアミンへの変換は、医薬品や材料科学において重要な反応
  • 従来の還元法は、高温や強酸などの過酷な条件が必要
  • より穏やかな条件下でニトロ化合物を還元できる触媒の開発が求められている

2: 鉄触媒を用いたニトロ化合物還元の現状

  • 単純な鉄塩や配位鉄錯体を触媒とした、より穏やかな条件下での還元法が開発されている
  • しかし、これらの反応はしばしば強力な反応条件を必要とする
  • 鉄触媒を用いたニトロ化合物の還元反応の機構解明は、触媒設計の進展に不可欠

3: 研究の目的

  • 安定で、スケーラブルな合成が可能な鉄(salen)錯体を触媒としたニトロ化合物還元法を開発する
  • 反応機構を詳細に研究し、触媒反応の理解を深める
  • 得られた知見を基に、ヒドロアミノ化反応への応用を検討する

方法

1: 研究デザイン

  • 本研究では、鉄(salen)-μ-oxo錯体(1a)を前触媒として用いる
  • ピナコールボラン(HBpin)またはフェニルシラン(H3SiPh)を還元剤として使用
  • 反応は、室温または50℃でアセトニトリル溶媒中で行う

2: 基質の選択

  • 様々な置換基を持つニトロ芳香族化合物および脂肪族化合物を基質として用いる
  • カルボニル基を持つ基質も使用し、還元剤による化学選択性について検討

スライド3: 分析方法

  • 反応生成物は、核磁気共鳴分光法(NMR)および質量分析法(MS)を用いて同定する
  • 反応機構の解明には、電子常磁性共鳴(EPR)、速度論解析、密度汎関数理論(DFT)計算などを用う

結果

1: ニトロ化合物還元の基質適用範囲

  • 鉄(salen)錯体1aとHBpinを用いた還元反応は、様々なニトロ芳香族化合物に対して高い収率で進行した
  • 電子求引基および電子供与基を持つ基質の両方で良好な収率で反応が進行した
  • チオフェノールやフェノールなどの官能基も許容され、高い官能基許容性を示した
  • その他、広範なニトロ化合物が還元された

2: 脂肪族ニトロ化合物の還元

  • 脂肪族ニトロ化合物に対しても、本触媒系を用いることで効率的に還元反応が進行した
  • ニトロメタンも還元され、無水メチルアミンの簡便な合成法として利用できる

3: 化学選択的なニトロ基還元

  • アルデヒド基を持つニトロ化合物をHBpinで還元すると、アルデヒド基も同時に還元された
  • 還元剤をH3SiPhに変更することで、ニトロ基を選択的に還元し、アルデヒド基を残すことができた

考察

1: 反応機構に関する考察

  • 種々の分光法や速度論解析の結果から、ニトロソ中間体が生成し、鉄ヒドリド錯体が触媒サイクルに関与していることが示唆された
  • 速度論解析の結果は、単核鉄ヒドリド種が触媒活性種であることを支持

2: 計算化学による反応機構の解析

  • DFT計算により、鉄ヒドリド錯体1cからニトロ化合物へのヒドリド移動が律速段階であることが示唆された
  • 計算で得られた活性化エネルギーは、実験的に得られたEyring解析の結果とよく一致した

3: ヒドロアミノ化反応への応用

  • ニトロソ中間体の捕捉を利用したヒドロアミノ化反応を検討した
  • HBpinは還元力が強すぎるため、H3SiPhを用いることでヒドロアミノ化生成物を得ることができた

4: アルケンLUMOエネルギーと反応性の相関

  • DFT計算を用いて、様々なアルケンのLUMOエネルギーを算出した
  • アルケンのLUMOエネルギーが低いほど、ヒドロアミノ化反応が進行しやすい傾向が見られた

5: 研究の限界点

  • 触媒活性種である鉄ヒドリド錯体1cの単離には至っていない
  • ヒドロアミノ化反応の収率は、基質によって大きく異なり、改善の余地がある

結論

  • 安定で取り扱いが容易な鉄(salen)錯体を触媒とした、ニトロ化合物の効率的な還元法を開発
  • 詳細な反応機構研究により、ニトロソ中間体と鉄ヒドリド錯体が関与する触媒サイクルを提案
  • アルケンのLUMOエネルギーを指標とした、ヒドロアミノ化反応の予測が可能になった

将来の展望

    • 触媒のさらなる改良と、ヒドロアミノ化反応の基質適用範囲の拡大

    2024年12月4日水曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0206~

    論文のタイトル: Simple Parameters and Data Processing for Better Signal-to-Noise and Temporal Resolution in In Situ 1D NMR Reaction MonitoringIn situ 1D NMR反応モニタリングにおける信号対雑音比と時間分解能向上のためのシンプルなパラメーターとデータ処理)

    著者: Annabel Flook and Guy C. Lloyd-Jones*

    雑誌名: The Journal of Organic Chemistry

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c01882


    背景

    1: in situ NMR分光法による反応モニタリングの重要性

    • in situ NMR分光法による反応モニタリングは、化学反応の速度論やメカニズムの詳細な調査を可能にする
    • この技術を用いると、NMRチューブまたはフローシステム内で反応を開始し、高磁場または卓上型分光計のプローブ内で連続的にモニタリングできる
    • 通常、数分から数時間にわたって、反応の寿命にわたって一連のNMRスペクトルが収集される

    2: 従来法の課題

    • 従来のNMR分光法による反応モニタリングでは、信号対雑音比(S/N)と時間分解能の両方を最適化することは困難
    • 高いS/Nを実現するためにスキャン数を増やすと、得られるFIDの数が減り、結果として反応の時間経過におけるデータポイントが減少
    • 逆に、時間分解能を向上させるためにスキャン数を減らすと、S/Nが低下し、正確な濃度データを得ることが困難

    3: 研究の目的

    • 本研究では、分光計で同じ数のスキャンを取得しながら、各スキャンを独立して保存するというシンプルな代替案を提案
    • 信号の平均化は、測定後の処理によって行われる
    • この方法により、S/Nと運動データポイントの数の両方が増加し、「過剰平均化」の影響を回避できる

    方法

    1: 実験方法の概要

    • in situ 1D NMR分光法を用いて様々な化学反応をモニタリング
    • 各反応について、一連の単一スキャンFIDを取得
    • パルス角とスキャン間隔を系統的に選択
    • 取得したFIDは、移動平均を用いた後処理によって信号平均化

    2: 後処理における信号平均化

    • 単一スキャンFIDのデータスタックに対して、nスキャンの移動平均(n > 1)を適用することで、信号平均化を行った
    • この方法により、運動データポイントの数とS/Nを最適化するために、実験後にスキャン平均化の程度を柔軟に変更することができた
    • 信号平均化は、元のデータを上書きすることなく、任意のサイズ(n)のブロックでスキャンを合計することで実行できる

    3: 全反応スペクトル

    • 反応の寿命にわたる一連のFIDを合計することで、「全反応スペクトル」を作成
    • このスペクトルは、低濃度の副生成物や中間体などの過渡種の存在と化学シフトに関する補助的な情報を提供
    • 全反応スペクトルは、最大のS/Nを達成するために、すべてのスキャンを平均化することによって得られた

    4: 位相サイクルとの整合性

    • 後処理FID処理は、位相サイクルと整合性のある方法で適用可能
    • 位相サイクルとコヒーレントに信号平均化を適用しないと、重大な残留溶媒信号が存在し、スペクトルがグローバルフェーズ処理に適さなくなる
    • 位相サイクルの数と整合性のあるnを設定することで、スペクトル歪みを発生させることなく、運動データポイントの数を増やすことができる

    結果

    1: 時間分解能の向上

    • 後処理による信号平均化により、従来の方法と比較して、運動データポイントの数が大幅に増加した
    • この増加により、反応の初期および後期の段階をより詳細に調べることができた
    • 例として、2,6-ジフルオロフェニルボロネート [1OH] のプロトデボロネーション反応において、後処理により、従来の16スキャン平均化と比較して、運動データ密度が大幅に増加した(N(16)con = 191)

    2: 過剰平均化の回避

    • 後処理により、運動データの忠実度に影響を与えることなく、時間ウィンドウ(n × τR)を柔軟に変更することができた
    • これにより、過剰平均化の影響を特定して軽減することができた
    • 例として、50℃での[1OH]のプロトデボロネーション反応において、後処理によるn = 16または32での平均化は、真の運動プロファイルからの大きなずれを引き起こしました。一方、n = 8を適用すると、運動の忠実性が十分に保たれ、従来の分光計上での平均化方法よりも時間分解能が大幅に向上した

    3: 中間体の同定

    • 全反応スペクトルを使用することで、反応中に比較的低濃度で存在する種(中間体など)を特定することができた
    • 例として、ピナコールの存在下での[1OH]のプロトデボロネーション反応において、全反応スペクトル(N(Σ))は、約3分後に最大濃度約150 μMに達する一過性ボロネート[3OH]の検出を可能にした

    考察

    1: 後処理による信号平均化の利点

    • 後処理による信号平均化により、S/Nを犠牲にすることなく、時間分解能を向上させることができた
    • この方法により、単一の実験からより多くの情報を得ることができ、過剰平均化のリスクを最小限に抑えることができた
    • さらに、後処理による信号平均化は、曲線フィッティングのデータ品質を向上させた

    2: 従来法との比較

    • 従来の分光計上での信号平均化では、運動データポイントの数が制限され、過剰平均化のリスクがあった
    • 後処理による信号平均化により、これらの制限を克服し、NMR分光法による反応モニタリングの精度と効率を向上させることができた

    3: 位相サイクルとの整合性

    • 後処理FID処理を位相サイクルと整合性のある方法で適用することで、溶媒抑制の効果を高め、スペクトル歪みを排除することができた
    • この整合性により、非重水素化溶媒中での反応を1H NMR分光法で分析することが可能になった

    4: 本研究の限界点

    • 後処理による信号平均化は、スペクトルが密集しているシステムや、ドリフトピークが現れるシステムでは、全反応スペクトルを生成する際に注意が必要
    • 位相サイクルを使用する複雑なパルスシーケンスでは、縮小平均化を適用すると位相サイクルとの整合性が失われ、スペクトル歪みが生じる可能性がある

    結論

    • 後処理による信号平均化は、in situ 1D NMR反応モニタリングにおけるS/Nと時間分解能の両方を向上させるためのシンプルかつ効果的な方法
    • この方法は、過剰平均化のリスクを最小限に抑え、曲線フィッティングのデータ品質を向上させ、位相サイクルと整合性のある方法で適用可能


    将来の展望

    • 後処理による信号平均化は、様々な化学反応のin situ NMRモニタリングに広く適用できる可能性がある
    • この方法は、複雑な反応メカニズムの解明や、反応速度論の正確な測定に役立つことが期待される
    • NMR分光法を用いた反応モニタリングの分野に大きな進歩をもたらすことが期待される

    2024年12月3日火曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0205~

     論文のタイトル: A Modular Strategy for the Synthesis of Macrocycles and Medium-Sized Rings via Cyclization/Ring Expansion Cascade Reactions(環化/環拡大カスケード反応を利用したマクロサイクルおよび中員環合成のためのモジュール戦略)

    著者: Illya Zalessky, Jack M. Wootton, Jerry K. F. Tam, Dominic E. Spurling, William C. Glover-Humphreys, James R. Donald, Will E. Orukotan, Lee C. Duff, Ben J. Knapper, Adrian C. Whitwood, Theo F. N. Tanner, Afjal H. Miah, Jason M. Lynam, and William P. Unsworth*

    雑誌名: Journal of the American Chemical Society

    巻: Volume  146, Issue 8, 5702–5711

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c00659


    背景

    1: マクロサイクルと中員環の重要性

    • マクロサイクル(12員環以上)と中員環(8〜11員環)は、多くの科学分野および技術において非常に重要
    • 医薬品、配位子、センサー、自己組織化/超分子用途など、広範な応用がある
    • 特に中員環は、創薬において新しい生物活性リード化合物としての可能性を秘めている

    2: 従来法の課題

    • マクロサイクルと中員環の合成は、特に大規模合成では困難が伴う
    • 大きな環を合成する際、末端間環化による分子内カップリングの選択性が低いことが課題
    • 高希釈条件が一般的に用いられますが、分子間反応を完全に防ぐことは難しく、実用性とスケーラビリティに悪影響を及ぼす。

    3: 研究の目的

    • 高希釈条件を必要としない、環化/環拡大(CRE)カスケード反応を用いた、マクロサイクルおよび中員環合成のための一般的なモジュール戦略の開発
    • 挑戦的な末端間環化を、より小さな、容易な段階に分解することで、より速度論的に有利な全体的な環化を促進する

    方法

    1: 研究デザイン

    • 9つの新規CRE反応プロトコルを用いた、さまざまな官能基化マクロサイクルおよび中員環の合成
    • 各プロトコルは、速度論的に有利な5〜7員環環化ステップのみを経由するように設計されている

    2: モジュール合成アプローチ

    • 必要な線状前駆体を簡単に組み立てるためのモジュール合成アプローチを開発
    • これにより、広範囲な官能基化マクロサイクルおよび中員環へのアクセスが可能になる

    3: 反応条件の最適化

    • 各CRE反応プロトコルについて、最適な反応条件(溶媒、温度、反応時間など)を決定
    • 制御反応を実施し、内部求核剤の役割とカスケードメカニズムを検証

    4: 生成物の特性評価

    • 核磁気共鳴(NMR)分光法、赤外(IR)分光法、質量分析法(MS)など、さまざまな分光技術を用いて生成物を特性評価
    • 多くの生成物について、X線結晶構造解析を実施

    結果

    1: 新規CRE反応の開発

    • ピリジン含有ヒドロキシ酸のCREによる中員環ラクトンの合成に関する以前の研究に基づいて、9つの新しいCRE反応タイプを開発
    • 内部求核剤(Z)、末端求核剤(NuH)、求電子成分(E)を変化させることで、多様な生成物を得ることに成功

    2: 中員環化合物の合成

    • 開発したCRE反応を用いて、8〜12員環のさまざまな中員環化合物を良好な収率で合成
    • ラクトン、ラクタム、環状カルバメート、スルフィット、チオラクトンなど、多様な官能基を含む生成物を得ることに成功

    3: マクロサイクル化合物の合成

    • 複数の内部求核剤を含む線状前駆体を用いることで、より大きなマクロサイクル(14〜17員環)の合成に成功
    • これらの反応は、高希釈条件を必要とせずに、良好な収率で進行

    考察

    1: CREアプローチの利点

    • CREアプローチにより、高希釈条件を必要とせずに、中員環およびマクロサイクル化合物を効率的に合成することが可能になった
    • この方法は、従来法では困難であった複雑な環状構造の構築を容易にする

    2: モジュール合成の性質

    • モジュール式の合成アプローチにより、線状前駆体を容易に調製できるため、CRE反応の適用範囲がさらに広がる
    • 広範な官能基と環サイズにアクセスできるため、さまざまな用途に適した化合物を設計可能

    3: 反応メカニズムのサポート

    • 制御実験の結果は、CREカスケードメカニズムを支持しており、内部求核剤の役割が重要であることを示している
    • 中間体の検出および計算化学的研究により、提案されたメカニズムがさらに裏付けられている

    4: 研究の限界点

    • 特定の基質では、CREカスケードが失敗し、代わりに低エネルギー経路で反応が進行する可能性がある
    • 生成物の中には、環縮小反応を起こしやすいものがあり、さらなる誘導体化が制限される可能性がある

    結論

    • 本研究では、中員環およびマクロサイクル化合物の合成のための汎用性の高い効率的なCREアプローチを開発
    • このモジュール戦略は、高希釈条件を必要とせず、幅広い基質に適用可能


    将来の展望

    • CREアプローチの適用範囲を拡大し、より複雑な環状構造を合成することが期待される
    • 創薬、材料科学、超分子化学などの分野に大きな影響を与えることが期待される

    2024年12月2日月曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0204~

     論文のタイトル: Blue-to-UVB Upconversion, Solvent Sensitization and Challenging Bond Activation Enabled by a Benzene-Based Annihilator(青色光からUVBへのアップコンバージョン、溶媒の励起、およびベンゼンベースのアニヒレーターによる挑戦的な結合の活性化)

    著者: Till J. B. Zähringer, Julian A. Moghtader, Maria-Sophie Bertrams, Dr. Bibhisan Roy, Masanori Uji, Prof. Dr. Nobuhiro Yanai, Prof. Dr. Christoph Kerzig

    雑誌名: Angewandte Chemie International Edition

    巻: Volume62, Issue8, e202215340

    出版年: 2023

    DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202215340


    背景

    1: UVB光を用いた光化学反応の現状

    • UVB領域 (280–315 nm) の高エネルギー光子は、多くの有用な光化学反応の開始に必要とされている
    • しかし、UVB光源には、太陽光に含まれない、寿命が短い、エネルギー変換効率が低いなどの問題点がある
    • これらの問題点を解決するために、可視光をUVB光に変換する技術が求められている

    2: 三重項-三重項消滅アップコンバージョン (TTA-UC)

    • TTA-UCは、2つの低エネルギー光子を1つの高エネルギー光子に変換する機構
    • 可視光を用いたTTA-UCにより、高エネルギー光源の代替手段
    • これまで、可視光からUVA光への変換は報告されていたが、UVB光への変換は実現されていなかった。

    3: 本研究の目的

    • 青色光を用いたTTA-UCにより、UVB領域の光子を生成するシステムを開発する
    • 開発したシステムを用いて、UVB光を必要とするエネルギー要求の高い光化学反応を駆動する

    方法

    1: 材料の選択

    • アニヒレーター:ベンゼン誘導体 (bTIPS-Bz) を新たに合成
    • 感光剤:既知のカルバゾイルジシアノベンゼン系TADF発光体 (4CzIPN) を使用
    • 溶媒:シクロヘキサンとトルエンの混合溶媒を使用

    2: 分光学的測定

    • 吸収スペクトルおよび発光スペクトル測定により、各化合物の光学特性を評価
    • レーザーフラッシュフォトリシス (LFP) を用いた過渡吸収 (TA) および発光分光法により、アップコンバージョンシステムの詳細なメカニズムを調査
    • 355 nmレーザーと、447 nmおよび445 nmの青色ダイオードレーザーを用いて励起

    3: アップコンバージョン効率の評価

    • 青色光励起下でのアップコンバージョン発光スペクトルを測定し、その強度依存性を評価
    • アップコンバージョン量子収率 (ΦUC) を算出

    4: UC-FRET反応シーケンスの評価

    • bTIPS-Bzの発光と、UVB吸収性を持つカルボニル化合物(ピナコロンとアセトン)の吸収のスペクトル重なりを評価
    • NMRおよびLFP実験により、UC-FRETシーケンスをモニター

    結果

    1: 新規アニヒレーターの特性

    • bTIPS-Bzは、309 nmにピークを持つUVB領域での発光を示し、その約半分はUVB範囲にある
    • bTIPS-Bzの一重項励起状態エネルギーは4.15 eVと高く、これは299 nmの光子エネルギーに相当する
    • bTIPS-Bzは、ベンゼンと比較して、高い蛍光量子収率 (ΦFI = 0.48) と短い蛍光寿命 (3.2 ns) を示す

    2: 青色光駆動アップコンバージョンの実現

    • 4CzIPNbTIPS-Bzの組み合わせにより、青色光励起下でUVB発光が観測された
    • 時間分解発光測定により、三重項-三重項消滅による遅延発光が確認された
    • 447 nmおよび445 nmの青色光励起下で、約1%のアップコンバージョン量子収率が達成された

    3: UC-FRETによる基質活性化

    • 1bTIPS-Bz* からカルボニル化合物への効率的なFRETが確認された
    • UC-FRETにより、ピナコロンのNorrish I型開裂反応が進行し、イソブチレンが生成された
    • 同様の戦略を用いて、ジベンジルケトンのNorrish開裂とそれに続くC-C結合形成も確認された

    考察

    1: 高効率なUVBアップコンバージョン

    • ベンゼン誘導体であるbTIPS-Bzは、高い一重項励起状態エネルギーと蛍光量子収率を持ち、UVB領域での発光を実現した
    • 4CzIPNを用いた青色光励起による効率的な三重項エネルギー移動と、それに続くTTAにより、UVB光子が生成された

    2: UC-FRETによる高エネルギー光化学

    • bTIPS-BzのUVB発光と、カルボニル化合物の吸収のスペクトル重なりにより、効率的なFRETが可能となった
    • UC-FRETは、従来UVB光源を必要とした高エネルギー光化学反応を、可視光を用いて駆動する新しい戦略を提供

    3: 本研究の限界点

    • 現状では、アップコンバージョン量子収率は1%程度にとどまっており、さらなる向上が必要
    • 使用したアニヒレーターの光安定性については、詳細な検討が必要
    • 高濃度のアニヒレーターによるフィルター効果の影響を低減する必要がある

    結論

    • 青色光励起によるUVBアップコンバージョンシステムを初めて実現
    • 開発したシステムは、UVB光を必要とするエネルギー要求の高い光化学反応を駆動できることを実証
    • 持続可能な光化学反応の開発に大きく貢献する成果


    将来の展望

    • アニヒレーターのさらなる開発により、アップコンバージョン量子収率の向上や、より短波長のUV光生成が期待される
    • 固体またはゲル状環境への組み込みにより、大規模な応用が可能になる
    • 将来的には、UVA-UVCアップコンバージョンシステムの開発により、水銀ランプを完全に置き換えることも期待される

    2024年12月1日日曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0203~

    論文のタイトル: Strategies to control humidity sensitivity of azobenzene isomerisation kinetics in polymer thin films(ポリマー薄膜におけるアゾベンゼン異性化速度の湿度感受性を制御する戦略)

    著者: Sami Vesamäki, Henning Meteling, Roshan Nasare, Antti Siiskonen, Jani Patrakka, Nelmary Roas-Escalona, Markus Linder, Matti Virkki & Arri Priimagi 

    雑誌名: Communications Materials

    巻: Volume 5, Article number: 209

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1038/s43246-024-00642-w


    背景

    1: アゾベンゼン光スイッチとその課題

    アゾベンゼンは、光に応答して構造が変化する分子スイッチとして、光生物学からエネルギー貯蔵まで、幅広い分野で注目されている

    しかし、アゾベンゼンを用いた研究成果を実用化するには、多くの課題がある


    2: 水素結合を利用した湿度センシングの可能性

    ヒドロキシアゾベンゼンは、水素結合を介して互いに、あるいは周囲の環境と相互作用

    この特性を利用して、ポリマー薄膜中のヒドロキシアゾベンゼンの異性化速度を湿度センシングに応用できる可能性がある


    3: 研究の目的

    湿度センシングにおけるヒドロキシアゾベンゼンの構造、ポリマーマトリックス、アゾベンゼン含有量の影響を調査

    実用的な湿度センシングデバイスの開発を目指し、性能向上のための戦略を提案


    方法

    1: アゾベンゼン異性化速度の測定

    アゾベンゼンは、光照射によりトランス体からシス体へと異性化し、吸収スペクトルが変化

    特定波長における吸光度の時間変化を測定することで、異性化速度を決定

    固体状態では、分子運動が制限されるため、異性化速度はストレッチ指数モデルで記述される


    2: 湿度依存性の評価

    湿度制御チャンバー内で、様々な相対湿度下におけるアゾベンゼンの異性化速度を測定

    異性化速度定数と相対湿度の関係から、湿度感受性の強さを評価


    3: 材料と評価方法

    様々な構造を持つヒドロキシアゾベンゼン、アミノアゾベンゼン、およびアゾベンゼンカルボン酸を合成し、ポリマー薄膜に導入

    吸水特性の異なる3種類のポリマー、PMMA、P4VP、エチルセルロースを用いる

    薄膜の吸水特性を水晶振動子マイクロバランス(QCM-D)と動的蒸気収着(DVS)法で測定

    密度汎関数理論(DFT)計算を用いて、アゾベンゼンと水の相互作用を解析


    結果

    1: ヒドロキシアゾベンゼン構造と湿度感受性

    4位にヒドロキシ基を持つアゾベンゼンは、パラ位の置換基の種類にかかわらず、高い湿度感受性を示す

    電子供与性の強い置換基は異性化を遅くし、電子求引性の強い置換基は異性化を速くする

    ヘテロアレーンは、湿度感受性と異性化速度に影響を与える


    2: アゾベンゼンとアミノアゾベンゼンの比較

    4-アミノアゾベンゼンは、4-ヒドロキシアゾベンゼンに比べて湿度感受性が弱い

    カルボン酸置換基を持つアゾベンゼンは、ヒドロキシ置換基よりも高い湿度感受性を示す

    カルボン酸の位置は、湿度感受性に影響を与えない


    3: ポリマーマトリックスとアゾベンゼン含有量の影響

    ポリマーマトリックスの吸水特性は、アゾベンゼンの異性化速度の湿度依存性に大きく影響する

    吸水性の高いポリマーは、より高い湿度感受性を示す

    アゾベンゼン含有量が増加すると、薄膜の吸水量が減少し、湿度感受性が低下


    考察

    1: 湿度感受性のメカニズム

    ヒドロキシアゾベンゼンは、水素結合を介してアゾ-ヒドラゾン互変異性を示す

    水の存在は、互変異性を促進し、回転異性化経路を活性化することで、異性化速度を増加させる

    このメカニズムは、カルボン酸置換基を持つアゾベンゼンの高い湿度感受性を説明可能


    2: ポリマーマトリックスの役割

    ポリマーマトリックスは、アゾベンゼンと周囲環境との相互作用を媒介

    吸水特性とアゾベンゼンとの相互作用が、センシング性能に影響を与える

    吸水性の高いポリマーは、異性化速度の広いダイナミックレンジを提供


    3: アゾベンゼン含有量の調整

    アゾベンゼン含有量は、センシング性能の微調整に利用可能

    含有量が多いほど低湿度での応答速度は速くなるが、相分離が起こりやすくなる

    フェノール-ピリジン水素結合のような強い分子間相互作用を利用することで、相分離を抑えながらアゾベンゼン含有量を増やすことが可能


    4: センサー材料設計の指針

    4-ヒドロキシアゾベンゼンは、高精度な湿度センサーに適していますが、低湿度では応答速度が遅くなる

    4-アミノアゾベンゼンは、広範な湿度範囲で高速な測定が可能ですが、精度が犠牲になる

    ポリマーマトリックスには、吸水性が高く、直線的な吸水等温線を持つものが最適


    5: 研究の限界点

    実験は相対湿度80%以下に限定されており、高湿度領域での挙動は未解明

    アゾベンゼン含有量の影響については、定量的な理解にはさらなる研究が必要


    結論

    本研究は、ポリマー薄膜中のアゾベンゼン異性化速度の湿度感受性を制御するための戦略を明らかにした

    アゾベンゼンの構造、ポリマーマトリックス、アゾベンゼン含有量の適切な選択により、湿度センシング性能を最適化可能


    将来の展望

    高精度かつ高速な湿度センサーの開発に貢献するだけでなく、分子スイッチを用いたセンシング技術の発展に新たな可能性をもたらす

    2024年11月30日土曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0202~

    論文のタイトル: Understanding and Tuning the Electronic Structure of Pentalenides

    著者: Niko A. Jenek, Andreas Helbig, Stuart M. Boyt, Mandeep Kaur, Hugh J. Sanderson, Shaun B. Reeksting, Gabriele Kociok-Köhn, Holger Helten* and Ulrich Hintermair*

    雑誌名: Chemical Science

    巻: Volume 15, 12765-12779

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1039/d3sc04622b


    背景

    1: ペンタレニドとは?

    ペンタレニドは、2つの5員環が縮合した平面10π電子系芳香族性を有する有機化合物

    ペンタレニド配位子は、単一の金属中心に折り畳まれたり、2つの金属を結合したりするなど、η1からη8までの様々な結合様式をとる


    2: ペンタレニド研究の現状と課題

    ペンタレニド配位子は、窒素や二酸化炭素などの小分子の活性化やオレフィン重合触媒など、様々な用途を持つ有機金属錯体の合成に利用されている

    しかし、ペンタレニドの合成は難しいため、その有機金属化学や多金属錯体をベースとした協同結合活性化戦略における利用に関する研究は進んでいない

    特に、置換基の制御された導入を可能にする一般的な合成手法は知られていない


    3: 研究の目的

    9つの新しいペンタレニド誘導体の合成と特性評価を行い、置換基がペンタレニドのコアに及ぼす電子効果を体系的に調査

    NMR分光法およびDFT計算を用いて、電荷分布分析、NICSスキャン、ACID計算などを行い、置換基による電子構造の変化を明らかにする


    方法

    1: ペンタレニド誘導体の合成

    対称な置換基を有するペンタレニド誘導体は、対応するジヒドロペンタレンをLiNEt2で脱プロトン化することにより合成

    非対称な置換基を有するペンタレニド誘導体も同様に、対応するジヒドロペンタレンをLiNEt2またはKHMDSとLiNEt2の組み合わせで脱プロトン化することにより合成


    2: 分光学的分析

    合成したペンタレニド誘導体は、多核NMR分光法および質量分析法により特性評価

    特に、1H NMRおよび13C NMR化学シフトを測定することで、ペンタレニドコアの電子状態を調査


    3: DFT計算

    ペンタレニド誘導体の電子構造をより深く理解するために、DFT計算を行った

    芳香族性と電荷分布の計算には、溶液中でのイオン対形成を考慮し、裸のジアニオンを用いた


    4: 電子構造解析

    誘起電流密度 (ACID) の異方性および核非依存性化学シフト (NICS) スキャンを計算することで、ペンタレニドの芳香族性を評価

    自然結合軌道 (NBO) 計算を用いて、ペンタレニドコア内の電荷局在化と置換基効果を調査


    結果

    1: 対称テトラアリールペンタレニドの合成と構造

    テトラフェニル、テトラ-p-トリル、テトラ-m-キシリルペンタレニド誘導体を高収率で合成した

    X線結晶構造解析により、これらの誘導体がtrans η5配位様式で結晶化することを確認した

    溶液中では、溶媒分離イオン対を形成し、置換基が速やかに反転していることが示唆された


    2: 非対称アリールペンタレニドの合成と特性

    異なるアリール基で置換された非対称ペンタレニド誘導体を合成した

    1H NMRスペクトルにおいて、ウィングチッププロトンの化学シフトに差が見られ、ペンタレニドコアの分極が示唆された

    電子求引性基を導入することで、分極の程度を調整できる


    3: アルキル置換ペンタレニドの合成

    従来法では、アルキル置換基を有するジヒドロペンタレンは、脱プロトン化の際に環外二重結合を形成してしまうため、ペンタレニド誘導体の合成が困難

    メチル基の位置とアリール置換基の組み合わせを調整することで、環外二重結合形成を抑制し、アルキル置換ペンタレニド誘導体の合成に成功した


    考察

    1: 置換基によるペンタレニドの芳香族性の変化

    DFT計算により、アリール置換基はペンタレニドコアの芳香族性を低下させることが示された

    これは、置換基への電荷の非局在化によるものと考えられる

    非対称置換ペンタレニドでは、置換基を持たない5員環の方が、置換基を持つ5員環よりも芳香族性が高い


    2: 置換基によるペンタレニドの電荷分布の変化

    NBO計算により、アリール置換基はペンタレニドコアから電荷密度を引き抜くことが示された

    電子求引性基を導入することで、ペンタレニドコアの分極が強くなる

    アルキル置換基は電子供与性を示し、ペンタレニドコアの分極に影響を与える


    3: ペンタレニドのフロンティア軌道解析

    DFT計算により、アリール置換基はペンタレニドのフロンティア軌道を安定化させることが示された

    アリール置換ペンタレニドは、非置換ペンタレニドよりも弱いドナー配位子ですが、より良いアクセプター配位子であることが示唆された


    4: 非対称ペンタレニドの遷移金属錯体への応用

    非対称に置換されたペンタレニド配位子を用いることで、分極した二核ロジウム(I)錯体を合成

    この錯体では、それぞれのロジウム原子とその補助配位子は、電子的にだけでなく立体的に区別される


    5: 研究の限界点

    主にエーテル溶媒中におけるペンタレニドの性質を調べたが、他の溶媒系における挙動や反応性については、さらなる研究が必要

    合成したペンタレニド誘導体を用いた遷移金属錯体の触媒活性については検討していない


    結論

    9つの新しいペンタレニド誘導体を合成し、その電子構造を詳細に解析した

    置換基の種類によってペンタレニドコアの芳香族性、電荷分布、フロンティア軌道エネルギーレベルを調整できることを明らかにした

    非対称置換ペンタレニドを用いることで、分極した二核遷移金属錯体を合成できる可能性を示した


    将来の展望

    触媒、センサー、機能性材料など、様々な分野への応用が期待される

    2024年11月29日金曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0201~

    論文のタイトル: Noncontact Layer Stabilization of Azafullerene Radicals: Route toward High-Spin-Density Surfaces(非接触層安定化によるアザフラーレンラジカル:高スピン密度表面への道)

    著者: Yuri Tanuma, Gregor Kladnik, Luca Schio, Marion van Midden Mavrič, Bastien Anézo, Erik Zupanič, Gregor Bavdek, Ruben Canton-Vitoria, Luca Floreano, Nikos Tagmatarchis, Hermann A. Wegner, Alberto Morgante, Christopher P. Ewels,* Dean Cvetko,* Denis Arčon*

    雑誌名: ACS Nano 

    巻: Volume 17, Issue 24, 25301−25310

    出版年: 2023

    DOI: https://doi.org/10.1021/acsnano.3c08717


    背景

    1: 有機ラジカルとアザフラーレン

    有機ラジカルは、量子コンピューティングや触媒反応設計への応用が期待されている

    安定な有機ラジカルの一つであるアザフラーレン (C59N) は、フラーレン骨格中の炭素原子が窒素原子に置換された構造をしている

    C59Nは、窒素原子に隣接する炭素原子上に不対電子を持つラジカル種


    2: アザフラーレンラジカルの課題と研究の必要性

    C59N• ラジカルは反応性が高く、容易に二量体 (C59N)2 を形成してしまう

    分子量子ビットへの応用には、固体基板上での分子スピンの安定化と操作が不可欠

    これには、基板との相互作用の制御と、二量体形成を防ぐ分子間結合の抑制が重要


    3: 研究の目的

    真空蒸着法により金 (Au) 基板上に堆積させたアザフラーレン薄膜の特性を調査

    アザフラーレンの結合状態とラジカル状態を、様々な膜厚で評価

    分子ラジカルの状態を安定化させるメカニズムを解明する


    方法

    1: 実験手法

    アザフラーレン二量体 (C59N)2 粉末を真空中で加熱し、Au(111) 基板上に堆積させた

    堆積させた薄膜の厚さは、0.35 から 2.1 単分子層 (ML) まで変化させた


    2: 薄膜構造解析

    低温走査型トンネル顕微鏡 (STM) を用いて、薄膜の表面構造を観察した

    X線光電子分光法 (XPS) により、薄膜の元素組成と化学結合状態を分析した


    3: ラジカル状態解析

    X線吸収微細構造 (NEXAFS) 分光法を用いて、薄膜の電子状態とラジカル状態を評価した

    特に、窒素 K-edge NEXAFS スペクトルにおける単一占有分子軌道 (SUMO) ピークに着目した


    4: 理論計算

    密度汎関数理論 (DFT) 計算を用いて、アザフラーレンとAu基板の相互作用を調べた

    アザフラーレン単量体と二量体のNEXAFSスペクトルを計算し、実験結果と比較した


    結果

    1: STM観察結果

    Au(111) 基板上に堆積させたC59N は、基板のステップエッジから成長する二次元島状構造を形成

    島状構造は、アザフラーレン分子が六方格子状に配列した単分子層であることが確認された

    分子間距離は (C59N)2 二量体よりも大きく、単量体の存在を示唆


    2: XPS測定結果

    C 1s および N 1s XPSスペクトルから、C59N は Au(111) 基板と相互作用している

    膜厚が 8 Å までの薄膜では、Au 基板によるコアホール遮蔽効果のため、結合エネルギーが低エネルギー側にシフトした

    このシフトは、単分子層の形成を示唆しており、STM観察結果と一致している


    3: NEXAFS測定結果

    N 1s NEXAFS スペクトルから、C59N• ラジカル状態の存在を示すSUMOピークが観測された

    SUMOピーク強度は、単分子層の形成に伴い増加し、二層目では減少した

    この結果は、単分子層上でC59N• ラジカルが安定化し、二層目では二量体化することを示唆


    考察

    1: 第一層におけるC59N• ラジカルの安定化

    第一層のC59N• は、窒素原子に隣接する炭素原子を介して Au(111) 基板に結合

    基板との相互作用により、C59N• のラジカル性が部分的に抑制

    しかし、第一層は、その上に堆積するアザフラーレンに対する保護層として機能


    2: 第二層における高スピン密度相の形成

    第一層上に堆積した第二層のC59N• は、基板との相互作用が弱くなる

    その結果、第二層では C59N• ラジカルが単量体として存在し、高スピン密度相を形成

    二層目の被覆率が増加すると、C59N• 分子の二量体化が起こり始める


    3: 非接触層安定化のメカニズム

    研究の結果は、非接触層安定化と呼ばれるメカニズムを示唆している

    第一層が犠牲層として機能することで、第二層のC59N• ラジカルは基板から隔離され、安定化される

    このメカニズムは、他の分子ラジカル系にも応用できる可能性がある


    4: 先行研究との関連

    従来の研究では、C59N• は反応性の高いSi基板やCu基板上に堆積されていた

    これらの基板では、C59N• は基板と強く相互作用し、ラジカル性を失っていた

    本研究では、Au(111) 基板を用いることで、C59N• ラジカルの安定化に成功


    5: 研究の限界点

    真空蒸着法を用いて薄膜を作製したが、実際的な応用には、溶液プロセスなど、他の作製方法の検討が必要

    C59N• ラジカルのスピン状態を直接観測する実験が必要


    結論

    Au(111) 基板上に堆積させたアザフラーレン薄膜において、非接触層安定化による C59N• ラジカルの安定化を実証

    将来の展望

    分子スピン量子ビットや表面触媒反応など、様々な分野への応用が期待される

    C59N• ラジカルのスピン操作や、他の分子ラジカル系への応用に関する研究が重要

    2024年11月28日木曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0200~

    論文のタイトル: The n,π* States of Heteroaromatics: When are They the Lowest Excited States and in What Way Can They Be Aromatic or Antiaromatic?(ヘテロ芳香族のn,π*状態:最低励起状態となる場合と芳香族性/反芳香族性の発現)

    著者: Nathalie Proos Vedin、Sílvia Escayola、Slavko RadenkovićMiquel SolàHenrik Ottosson

    雑誌名: The Journal of Physical Chemistry A

    巻: Volume 128, Issue 22, 4493–4506

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1021/acs.jpca.4c02580


    背景

    1: ヘテロ芳香族化合物とその重要性

    ヘテロ芳香族化合物は、生化学から太陽電池まで、様々な分野で重要な役割を果たしている

    ヘテロ芳香族化合物の電子構造、特に基底状態と励起状態の芳香族性/反芳香族性を理解することは、その特性を理解する上で重要

    ヘテロ芳香族化合物の光物理学的および光化学的特性は、通常、最低一重項励起状態(S1)と最低三重項励起状態(T1)によって決定される


    2: 従来の芳香族性/反芳香族性理論の課題

    π,π*励起状態の芳香族性/反芳香族性は、Baird則によって説明されます。

    しかし、Baird則は、S1やT1状態がn,π*状態であるヘテロ芳香族化合物には適用できない

    ヘテロ芳香族化合物のn,π*状態の芳香族性/反芳香族性を評価し、合理的に説明する方法は、これまで十分に研究されていなかった


    3: 研究の目的

    平面内孤立電子対(nσ、ここではn)を持つ6π電子ヘテロ芳香族化合物のn,π*励起状態を分析

    定性的理論と量子化学計算を用いて、n,π*状態の芳香族性/反芳香族性を評価し、合理的に説明

    n,π*状態の芳香族性/反芳香族性が、n,π*状態とπ,π*状態のエネルギー差、および最低励起状態の性質にどのように影響するかを調査


    方法

    1: 計算手法

    密度汎関数理論(DFT)計算を用いて、様々なヘテロ芳香族化合物のn,π*状態の電子構造とエネルギーを計算

    特に、長距離補正CAM-B3LYP汎関数を用いた非制限Kohn-Sham(KS)形式で、主に三重項n,π*状態(3n,π*)を計算

    一重項n,π*状態(1n,π*)については、時間依存(TD)DFT計算を用いた


    2: 芳香族性/反芳香族性指標

    電子芳香族性指標として、多中心指標(MCI)と非局在化結合の電子密度(EDDB)を計算

    磁気的指標として、核非依存化学シフト(NICS)と磁気誘起電流密度(MICD)を計算

    これらの指標をスピン分離して計算することで、n,π*状態のαスピン成分とβスピン成分の芳香族性/反芳香族性を個別に評価


    3: 対象化合物

    様々な6員環ヘテロ芳香族化合物を対象とした

    5員環ヘテロ芳香族化合物は、n,π*状態のエネルギーが高く、実験的に観測することが困難であるため、本研究では除外した

    ヘテロ原子として、窒素、酸素、硫黄、リン、ケイ素、炭素(アニオン)などを含む化合物を検討した


    結果

    1: 6員環単一ヘテロ芳香族化合物

    フェニルアニオンやシラフェニルアニオンなどの電気陰性度の低いヘテロ原子を持つ化合物は、3n,π*状態に残留芳香族性を示した

    ピリジンやチオピリリウムカチオンなどの電気陰性度の高いヘテロ原子を持つ化合物は、3n,π*状態に残留反芳香族性を示した

    これらの結果は、MCI、EDDB、MICD、NICSなどの様々な芳香族性/反芳香族性指標によって裏付けられた


    2: 6員環二ヘテロ芳香族化合物

    パラ位に2つの同一のヘテロ原子を持つ化合物(例:ピラジン)は、3n,π*状態に顕著な芳香族残留性を示した

    これは、高い対称性(D2h)によりπ電子がより均一に分布するためと考えられる

    他の二ヘテロ芳香族化合物では、S0状態の芳香族性、ヘテロ原子の電気陰性度、ヘテロ原子の相対位置などが、3n,π*状態の芳香族性/反芳香族性に影響を与えた


    3: n,π*状態とπ,π*状態のエネルギー差

    3n,π*状態の残留芳香族性が高い化合物は、3n,π*状態と3π,π*状態のエネルギー差が小さい傾向があった

    特に、単一置換ピラジンでは、ΔE(3π,π*-3n,π*)とMCI(3n,π*)の間に有意な相関が認められた(R2 = 0.84)

    これは、3n,π*状態の芳香族性/反芳香族性が、最低励起状態の性質に影響を与えることを示唆


    考察

    1: n,π*状態におけるσ/π結合効果

    n,π*状態では、反芳香族的なπα成分と芳香族的なπβ成分がせめぎ合っている

    電気陰性度の低いヘテロ原子と負電荷は、πβ成分の芳香族性を高め、残留芳香族性を促進する

    一方、電気陰性度の高いヘテロ原子は、π電子分布を局在化させ、残留反芳香族性を促進する


    2: 3n,π*状態の幾何学的緩和

    3n,π*状態の幾何学的緩和は、πα成分とπβ成分のせめぎ合いによって影響を受ける

    一部の化合物では、πα成分の反芳香族性とπβ成分の芳香族性が共に減少

    他の化合物では、πβ成分の芳香族性がほぼ維持される一方で、πα成分の反芳香族性がわずかに減少


    3: n,π*状態の芳香族性/反芳香族性の応用

    アミロリド型薬剤の光分解は、反芳香族的なT1π,π*)状態からの光イオン化によって起こる

    置換基によってn,π*状態とπ,π*状態のエネルギー順序を制御することで、T1状態を芳香族的なn,π*状態にすることができる

    これは、光安定性の高いアミロリド型薬剤の設計に役立つ可能性がある


    4: 研究の限界点

    主に気相単量体におけるヘテロ芳香族化合物のn,π*状態を解析した

    溶媒効果や凝集状態の影響は考慮されていない


    結論

    ヘテロ芳香族化合物のn,π*状態の芳香族性/反芳香族性を評価し、合理的に説明するための理論的枠組みを提示した

    n,π*状態の芳香族性/反芳香族性は、最低励起状態の性質、n,π*状態とπ,π*状態のエネルギー差、分子の幾何学的構造などに影響を与えることが明らかになった


    将来の展望

    これらの知見は、光機能性材料や医薬品などの分野におけるヘテロ芳香族化合物の合理的設計に役立つと期待される

    これらの要因を考慮したより包括的な解析


    2024年11月27日水曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0199~

    論文のタイトル: Why Are Some Pnictogen(III) Pincer Complexes Planar and Others Pyramidal?(いくつかのニクトゲン(III)ピンサー錯体が平面状であり、他がピラミッド型である理由)

    著者: Tyler J. Hannah, Tamina Z. Kirsch, and Saurabh S. Chitnis

    雑誌名: Chemistry—A European Journal

    巻: Volume 30, Issue 57, e202402851

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1002/chem.202402851


    背景

    1: ニクトゲン(III)ピンサー錯体とは

    ニクトゲン(III)ピンサー錯体は、3つの「X型」置換基が1つの平面につながれた三価アニオン性ピンサー配位子を持つ錯体

    これらの錯体は、ニクトゲン中心で完全に平面なものから歪んだピラミッド型まで、さまざまな動的立体配座を示す

    ニクトゲンピンサー錯体の高い反応性は、その幾何学的構造に起因するとされている


    2: 従来の理解と課題

    これらの錯体の構造は、原子価殻電子対反発 (VSEPR) 理論を用いて予測されてきた

    しかし、VSEPR理論は、置換基が中心原子の周りを自由に再編成して反発を回避できることを前提としている

    ニクトゲン(III)ピンサー錯体では、多座配位子によって置換基の動きが制限されるため、VSEPR理論から逸脱した構造が見られる


    3: 研究の目的

    さまざまな配位子とニクトゲン中心におけるニクトゲン(III)ピンサー錯体の構造多様性を説明するための統一モデルを提案

    16種類の配位子と4種類の重ニクトゲンからなる64種類の錯体の計算分析を行い、実験結果を説明し、新しい予測を行う


    方法

    1: 計算手法

    分散補正密度汎関数理論 (DFT) 計算を用いて、64種類のプニクトゲン(III)ピンサー錯体 (1-16Pn, Pn = P, As, Sb, Bi) の固有の立体配座ポテンシャルエネルギー曲面をマッピング

    計算されたポテンシャルエネルギーのプロファイルの深さとその最小値の位置は、それぞれ平面またはピラミッド形状の選好の大きさと方向を反映


    2: 二面角スキャン

    X-Pn-Y-Z二面角に対するエネルギーを示す二面角スキャンを計算し、ピラミッド型(二面角105°–130°)または平面型(二面角175°–180°)の立体配座の相対的な安定性を示した

    計算には、B3PW91(D3-BJ)レベルの汎関数、def2-svp基底系、GrimmeのD3分散補正、Becke-Johnsonダンピングを用いた


    3: 電子構造解析

    結合安定性(結合長、Wiberg結合次数)と非局在化(NPA電荷、Hirshfeld電荷)の特徴を調べることで、平面化を支持する配位子ベースのπ結合効果と競合する、ピラミッド化を支持するプニクトゲンベースのσ結合効果を仮定


    結果

    1: 二面角スキャン結果

    二面角スキャンは、平面型またはピラミッド型の立体配座の相対的な安定性を示している

    既知の化合物または類似化合物のうち、実験的に結晶構造が決定されている17例のうち16例で、二面角スキャンの最小値は観察された幾何学的構造を正確に反映

    多くの場合、リン化合物とヒ素化合物では、両方の幾何学的構造に対してエネルギー的に近い2つの極小値が見られますが、アンチモン錯体やビスマス錯体では見られない


    2: σ/π結合効果の証拠

    平面形状では、中心ニクトゲンの3つの互いに垂直なp軌道のうち2つだけが3つの配位子アームと相互作用できる

    3中心4電子(3-c-4-e)超原子価相互作用は、2中心2電子(2-c-2-e)電子精密相互作用よりも弱い

    ニクトゲン(III)ピンサー錯体では、ヘテロ原子またはアリール環を持つ配位子とニクトゲン中心との間にπ電子非局在化が存在する可能性がある

    この非局在化は、4n + 2 π電子数と一致する場合、芳香族安定化も可能に


    3: ニクトゲンと配位子の特徴の影響

    ニクトゲン元素の影響: 共有結合的なσ結合を強化する要因はピラミッド型を安定化させ、π結合を強化する要因は平面型を安定化させる

    縮合アレーンの影響: 縮合アレーンを持つピンサー配位子では、5員環ヘテロ原子環内のπ非局在化が縮合6員環アレーンの既存の芳香族性と競合し、平面化への推進力を低下させる

    骨格の繋留の影響: ピンサー配位子の骨格を繋留すると、π非局在化を増加させる幾何学的構造に事前に組み立てることで平面化が促進される


    考察

    1: σ/π結合効果による構造の合理化

    重ニクトゲンでは、配位子との共有結合性が低下し、配位子を含む結合のイオン性が高まる

    その結果、ほとんどすべての配位子において、平面性への選好はP<As<Sb<Biの順に増加する

    縮合アレーンを持つ配位子では、平面構造の安定性が低下し、ピラミッド型と平面型がほぼ縮退する


    2: 骨格の繋留と電子効果の影響

    短い繋留はピラミッド構造を不安定化させる

    平面構造では超原子価N-Pn-N相互作用がはるかに長くなる

    長い繋留は、配位子の芳香環を互いに押し離すことでπ非局在化を阻害し、平面構造を不安定化させる

    電子供与性または中性の繋留は平面化を支持する一方、電子求引性の繋留はピラミッド化を支持する


    3: π共役の中断と二量体化の影響

    π共役経路に四面体成分を持つ配位子骨格は、π非局在化を中断し、ピラミッド化を促進する

    共役経路へのより重い元素の挿入も、それらの多重結合効率の低下によりπ非局在化を中断し、平面構造を不利にする

    σ結合超原子価による不安定化をπ非局在化による安定化で相殺できない場合、ピラミッド構造が優先される


    4: 先行研究との整合性

    提案されたσ/π結合効果モデルは、実験的に観察された構造の傾向と一致している

    特に、重いニクトゲンにおける平面構造の選好性、縮合アレーンによる平面性の低下、繋留による平面化の促進などが確認される


    5: 研究の限界点

    主に気相単量体におけるニクトゲン(III)ピンサー錯体の固有の立体配座ポテンシャルエネルギー曲面を解析した

    溶媒効果や凝集状態の影響については考慮していない


    結論

    ニクトゲン(III)ピンサー錯体の構造多様性を説明するための統一モデルを提案した

    ニクトゲンベースのσ効果と配位子ベースのπ効果の競合によって、平面型とピラミッド型の構造が決定されることを明らかにした


    将来の展望

    このモデルは、ニクトゲンピンサー錯体の合理的設計に役立つ可能性がある

    これらの要因を考慮したより包括的なモデルの開発


    2024年11月26日火曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0198~

    論文のタイトル: Thermal Truncation of Heptamethine Cyanine Dyes(熱分解によるヘプタメチンシアニン色素の短鎖化)

    著者: Jana Okorocěnkova, Josef Filgas, Nasrulla Majid Khan, Petr Slavícěk,* and Petr Klán*

    雑誌名: Journal of the American Chemical Society

    巻: Volume 146, Issue 28, 8785–8795

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c02116


    背景

    1: シアニン色素とその重要性

    シアニン色素は、共役ポリメチン鎖を介して 2 つの窒素中心を連結した有機分子

    この色素は、核酸やタンパク質の蛍光標識、光線力学療法の光増感剤、バイオセンサー、イメージング剤として広く利用

    特に、近赤外蛍光を有するペンタメチン (Cy5) やヘプタメチン (Cy7) シアニン色素は、がんイメージングや標的療法への応用が期待


    2: シアニン色素の合成における課題

    シアニン色素の合成は、主に初期段階における複素環末端基やヘプタメチン鎖への官能基導入に依存

    しかし、ポリエン鎖、特にヘプタメチン鎖のさらなる修飾は、これまで十分に研究されていなかった

    シアニン誘導体の合成過程では、鎖の短縮化(切断)反応が副反応として発生することがある

    そのメカニズムは体系的に解明されていない


    3: 研究の目的

    均一系酸塩基触媒求核置換反応を介した、ヘプタメチンシアニン (Cy7) からペンタメチン (Cy5) およびトリメチン (Cy3) シアニンへの切断反応について体系的に調査

    鎖の C3' および C4' 位の置換基、複素環末端基の種類、塩基、求核剤、酸素の存在、溶媒特性、温度が切断プロセスに与える影響を明らかにする

    様々な分析・分光技術を用いて鎖短縮のメカニズムを研究し、ab initio 計算によって検証することで、シアニン誘導体の合成における副反応の抑制と、対称および非対称なメソ置換 Cy5 誘導体の代替合成経路の提供


    方法

    1: 研究デザイン

    様々な置換基を持つヘプタメチンシアニン (Cy7) を合成し、それらをインドリニウム塩や塩基存在下、様々な溶媒、温度条件で反応させた

    反応混合物は、UV-vis 分光法、高速液体クロマトグラフィー (HPLC)、高分解能質量分析法 (HRMS)、核磁気共鳴 (NMR) 分析を用いて経時的に分析


    2: 反応条件の検討

    溶媒として、極性プロトン性溶媒であるエタノールとメタノール、非プロトン性溶媒であるアセトニトリルを用いた

    塩基として、酢酸ナトリウム、t-BuOK、MeONa、DIPEA、DBU などを検討

    反応温度は 50 ℃ または 80 ℃ とした


    3: 分析方法

    反応混合物中の生成物の定量には、HPLC を用いた

    生成物の構造は、HRMS および NMR によって決定

    反応中間体および副生成物は、HRMS によって同定


    4: 理論計算

    反応メカニズムの詳細を解明するために、量子化学計算を行った

    電子エネルギー計算には、高レベル ab initio 法である DLPNO-CCSD(T)/cc-pVTZ 法を用いた

    遷移状態の探索、振動数計算には、PBE0/def2-TZVP/D3BJ レベルの密度汎関数理論 (DFT) を用いた

    溶媒効果は、分極連続体モデル (PCM) を用いて考慮した


    結果

    1: 塩基、溶媒、温度の影響

    切断反応は、塩基、溶媒、温度の影響を強く受けた

    高温 (≥50 ℃) および酢酸ナトリウム、DIPEA、DIPA などの塩基の化学量論量は、高い切断収率に不可欠

    弱い塩基であるピリジン (pKa = 5.2) は反応を媒介せず、強い塩基である t-BuOK や MeONa は 2c の収率を大幅に低下させました。

    水の非存在下では 2c の生成が促進されたが、溶液から酸素を除去しても影響はなかった


    2: ヘプタメチン鎖置換基の影響

    C3' 位に電子求引基 (EWG) を持つ Cy7 は、高い Cy5 収率を与えた

    特に、C3' 位にフッ素またはシアノ基を有する Cy7 からは、高収率で対応する Cy5 が得られた

    一方、C4' 位の置換基は切断反応に悪影響を及ぼし、検出可能な量の Cy5 生成物は得られなかった


    3: Cy5 誘導体の反応性

    Cy5 誘導体は、研究された条件下では Cy3 誘導体への切断を受けなかった

    しかし、C3' 位に EWG を持つ Cy5 では、インドリニウム誘導体との反応により、末端インドリニウム末端基の交換が観察された

    この交換反応は、C3' 位の EWG がポリエン鎖の求電子性を高め、インドリニウムの求核攻撃を受けやすくするためと考えられる


    考察

    1: 切断反応のメカニズム

    実験結果と理論計算に基づいて、Cy7 切断反応のメカニズムを提案した 

    最初のステップは、インドリニウム求核剤 4B の Cy7 ポリエン鎖への求核付加

    この付加は、C4' 位で起こるのが最も有利であり、付加体 A1 が生成

    A1 は DIPA によって脱プロトン化され、A2 を生成

    A2 は C5' 位でプロトン化され、A3 を生成し、これが分解して 2c を生成


    2: 理論計算の役割

    量子化学計算は、実験結果を裏付け、反応メカニズムの理解を深める上で重要な役割を果たした

    計算によって得られた活性化障壁は、実験的に観察された反応速度と一致していた

    また、同定された中間体の量は、計算結果によって支持された


    3: 電子求引基の影響

    C3' 位の電子求引基は、ポリエン鎖の求電子性を高めることで、切断反応を促進する

    これは、C4' 位への求核攻撃を容易にするためと考えられる

    一方、C4' 位の置換基は、立体障害によって切断反応を阻害すると考えられる


    4: Cy5 誘導体における末端基交換

    C3' 位に EWG を持つ Cy5 誘導体は、末端インドリニウム末端基の交換を起こす

    これは、C2' 位への求核攻撃によるものと考えられる

    この反応は、Cy7 から Cy5 への変換と同様のメカニズムで進行する


    5: 研究の限界点

    主に非生物的条件下での切断反応を検討した

    生体内でのシアニン色素の挙動を理解するためには、さらなる研究が必要 

    また、溶媒効果や立体効果など、切断反応に影響を与える可能性のある他の要因については検討していない


    結論

    ヘプタメチンシアニン色素は、特定の条件下で切断反応を起こし、ペンタメチンシアニン色素に変換されることが明らかになった


    将来の展望

    この切断反応は、シアニン色素の合成や修飾における副反応を抑制するために利用できる可能性がある

    シアニン色素の安定性や反応性に関する理解を深め、新たな応用開発に繋げる

    2024年11月25日月曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0197~

    論文のタイトル: Beyond Strain Release: Delocalization-Enabled Organic Reactivity

    著者: Alistair J. Sterling, Russell C. Smith, Edward A. Anderson, and Fernanda Duarte

    雑誌名: Journal of Organic Chemistry

    巻: Volume 89, Issue 14, 9979–9989

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c00857


    背景

    1: ひずみエネルギーと有機反応性

    有機反応の駆動力として、ひずみエネルギーの解放は重要な概念

    特に、環状構造を持つ分子では、結合角の歪みから生じる「環ひずみ」が、分子の反応性を高める

    環ひずみは、環状化合物の開環反応や付加反応などの速度を向上させるために、有機合成で広く利用されている


    2: ひずみエネルギーだけでは説明できない反応性

    しかし、ひずみエネルギーの大きさだけでは、有機分子の反応性を完全に予測することはできない

    例えば、シクロプロパンとシクロブタンはほぼ同じ環ひずみエネルギーを持っていますが、開環反応に対する反応性には大きな差がある

    シクロプロパンはシクロブタンよりもはるかに速く開環反応を起こす


    3: 研究の目的

    ひずみエネルギーに加えて、「電子非局在化が有機分子の反応性に大きな影響を与える」ことを示す

    特に、エポキシド、アジリジン、プロペランなどの3員環を含む分子や、ひずみ駆動型の環化付加反応において、電子非局在化が反応性を高める、あるいは支配的な要因となることを明らかにする

    これらの知見に基づき、有機合成、医薬品化学、高分子科学、生体共役化学などでよく見られるひずみを持つビルディングブロックを含む反応の活性化障壁を正確に予測するための「経験則」を提案する


    方法

    1: 研究対象

    炭化水素、複素環化合物、シクロアルキン、シクロアルケンなどの様々なひずみを持つ分子を対象に、電子非局在化と反応性の関係を調査

    具体的には、メチルラジカルの付加反応やアミドアニオンの求核付加反応、アジド-アルキン環化付加反応などを計算化学的手法を用いて解析


    2: 計算化学的手法

    分子構造の最適化、エネルギー計算、電子状態解析には、密度汎関数理論(DFT)を利用

    また、結合の非局在化の程度を定量化するために、自然結合軌道(NBO)解析と電子局在化関数(ELF)を利用

    さらに、反応の活性化障壁を予測するために、マーカス理論とベル-エバンス-ポランニー(BEP)原理に基づく線形自由エネルギー関係(LFER)を構築


    3: ひずみエネルギーの算出

    各分子のひずみエネルギーは、適切な参照化合物とのエネルギー差から算出

    例えば、シクロプロパンのひずみエネルギーは、プロパンとのエネルギー差から求めた


    結果

    1: 3員環化合物の開環反応における非局在化

    メチルラジカルの付加反応において、シクロプロパンはシクロブタンよりも活性化障壁が有意に低い

    これは、シクロプロパンのC-C結合がシクロブタンよりも非局在化しているためと考えられる

    シクロプロパンでは、σ結合が隣接するσ*軌道に電子を供与することで、電子が環全体に非局在化している

    この非局在化は、遷移状態の安定化に寄与し、活性化障壁を低下させる


    2: 複素環化合物における非局在化の影響

    エチレンオキシドやアジリジンなどの3員環複素環化合物も、対応する4員環化合物よりも高い反応性を示した

    これは、3員環構造における電子非局在化によって説明できる

    特に、リンや硫黄などの第3周期元素を含む複素環化合物は、第2周期元素を含む化合物よりも非局在化の影響を受けやすく、反応性が高くなることが予測された。


    3: 環化付加反応における非局在化

    ひずみ促進型アジド-アルキン環化付加反応においても、電子非局在化が重要な役割を果たすことが示された

    例えば、ジベンゾシクロオクチンは、親シクロオクチンよりもひずみエネルギーが低いにもかかわらず、高い反応性を示す

    これは、ベンゼン環のπ共役による電子非局在化が、遷移状態を安定化させるためと考えられる


    考察

    1: 電子非局在化と反応性の関係

    結合の非局在化の程度が、有機分子の反応性を予測するための重要な指標となることを示す

    ひずみエネルギーが高い分子ほど反応性が高いという一般的な理解に加えて、電子非局在化も考慮することで、より正確な反応性予測が可能


    2: 非局在化の定量的評価

    NBO解析やELF解析を用いて、結合の非局在化を定量的に評価した

    これらの指標を用いることで、異なる分子間や異なる反応間で、非局在化の影響を比較検討することが可能


    3: 経験則の提案

    本研究の結果に基づき、2つの分子の間の反応性差を予測するための簡単な経験則を提案

    この経験則は、ひずみエネルギーの差と、切断される結合に縮合した3員環の数の差を考慮した


    4: 経験則の適用例

    この経験則は、ビシクロ[1.1.0]ブタン、ビシクロ[2.1.0]ペンタン、[1.1.1]プロペランなどの分子のラジカル付加反応に対する相対的な反応性を正しく予測することができた

    また、ビシクロ[1.1.0]ブタンとビシクロ[2.1.0]ペンタンスルホンのアミン付加反応においても、実験結果とよく一致する予測が得られた


    5: 研究の限界点

    主に気相中での反応を対象としており、溶媒効果や立体効果などは考慮していない

    より正確な反応性予測のためには、これらの要素を含めたモデルの開発が必要


    結論

    電子非局在化が有機分子の反応性に大きな影響を与えることを明らかにした

    提案された経験則は、ひずみを持つ分子を含む反応の設計や最適化に役立つ可能性がある


    将来の展望

    溶媒効果や立体効果などを考慮した、より精度の高いモデルの開発


    用語集

    ひずみエネルギー: 分子の構造が理想的な結合角や結合距離からずれることによって生じるエネルギー

    電子非局在化: 電子が特定の原子や結合に局在化せず、分子全体に広がっている状態

    3員環: 3つの原子からなる環状構造

    環化付加反応: 2つの分子が結合して環状構造を形成する反応

    密度汎関数理論 (DFT): 分子の電子状態を計算するための理論

    自然結合軌道 (NBO) 解析: 分子の電子構造を局在化した軌道で表現する手法

    電子局在化関数 (ELF): 電子の局在化の程度を表す関数

    マーカス理論: 電子移動反応の速度論を記述する理論

    ベル-エバンス-ポランニー (BEP) 原理: 反応の活性化エネルギーと反応熱の関係を表す原理

    2024年11月24日日曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0196~

    論文のタイトル: s-Block Metal Base-Catalyzed Synthesis of Sterically Encumbered Derivatives of Ethane-1,2-diyl-bis(diphenylphosphane oxide) (dppeO2)(sブロック金属塩基触媒による嵩高いエタン-1,2-ジイル誘導体の合成)

    著者: Benjamin E. Fener, Philipp Schüler, Felix E. Pröhl, Helmar Görls, Phil Liebing, and Matthias Westerhausen

    雑誌名: Organometallics

    巻: Volume 43, Issue 10, 1095–1109

    出版年: 2024

    DOI: https://doi.org/10.1021/acs.organomet.4c00052


    背景

    1: 有機リン化合物の重要性

    有機リン化合物は、生物活性天然物、医薬品、農薬、難燃剤など、幅広い分野で重要な役割を果たしている

    ホスフィン (PR3) およびビス(ホスフィン) (R2P-X-PR2) は、その柔らかさと強いσ供与能のため、均一系触媒に使用される遷移金属錯体の配位子として広く応用されている 

    リン原子に結合した置換基を変えることで、ホスフィンの電子的性質(トルマン電子パラメータを参照)と立体的性質(トルマンコーン角を参照)の両方を調整できることが大きな利点 

    その結果、ホスフィン配位子を持つ遷移金属錯体の反応性を精密に調整することができる


    2: 嵩高いエタン-1,2-ジイル誘導体の合成における課題

    酸化されたホスフィン (ホスフィンオキシド O=PR3) は、より硬い金属カチオン (例えば、Ti4+、Zn2+、La3+) の配位子として、その性質が上記と同じ原理で調整できるため、ますます重要 

    しかし、嵩高い誘導体は合成が非常に限られているため、文献に記載されている例は少ない 

    1,2-ビス(ジオルガニルホスファニル)エタン (diphos) 合成の一般的な出発点は、1,2-ビス(ジクロロホスファニル)エタンであり、これはグリニャール試薬または有機リチウム化合物と反応して適切なジホス誘導体になる 

    しかし、前駆体化合物の合成には、過酷な反応条件と、酸素と水を厳密に排除した取り扱いが必要となる


    3: 研究の目的

    既存の合成法は、副生成物の生成による原子効率の低さ、毒性の高い遷移金属化合物の使用、高い反応温度や長い反応時間、フェニルよりも大きな置換基の収率の低さなど、深刻な欠点がある

    したがって、効率的な代替合成法の開発が切望されている

    sブロック金属塩基触媒によるPudovik反応の概念を、嵩高い2級ホスフィンオキシドのシリル化アセチレンおよびin situ生成アセチレン (カルシウムアセチリドから) への付加へと拡張することを目的とした

    これにより、これまで注目されていなかった嵩高いエタン-1,2-ジイルビス(ジアリールホスフィンオキシド)(広く応用されているジホスファミリーのビス(ホスフィン)の酸化された類縁体)の簡便で高収率な合成戦略を提供


    方法

    1: 研究デザイン

    sブロック金属塩基触媒を用いたPudovik反応という新しい合成法を開発

    この反応は、嵩高い2級ホスフィンオキシドを、シリル化アセチレン、またはin situ生成アセチレン(カルシウムアセチリドから)に付加させるもの


    2: 反応条件の最適化

    反応溶媒、触媒量、トリメチルシリルアセチレンの当量数など、様々な反応条件を検討

    エーテル系溶媒、高い触媒量、過剰量のトリメチルシリルアセチレンが、高収率を得るために有利


    3: 基質適用範囲の調査

    様々な2級ホスフィンオキシドを用いて、開発した合成法の適用範囲を調査

    アリール環のオルト位に少なくとも1つのアルキル置換基を持つ基質は、対応するエタン-1,2-ジイルビス(ホスフィンオキシド)を高収率で生成する


    4: 生成物の分析

    得られた生成物を、NMR分光法、単結晶X線回折などを用いて分析し、構造を確認

    また、DFT計算を用いて反応機構を検討し、実験結果を裏付けた


    結果

    1: 反応溶媒の影響

    反応溶媒の極性が高いほど、収率が向上する傾向が見られた

    特に、アセトニトリルは優れた溶媒であり、1時間後にはほぼ完全な変換 (92%) を達成した


    2: 触媒量とトリメチルシリルアセチレン当量数の影響

    触媒量が多いほど、反応速度が速くなる

    また、トリメチルシリルアセチレンの当量数が多いほど、反応速度が向上した


    3: 基質適用範囲

    アリール環のオルト位にアルキル置換基を持つ2級ホスフィンオキシドは、目的の生成物を高収率で与えた

    一方、オルト位が置換されていない基質では、異なる反応経路が進行し、目的の生成物は得られなかった


    考察

    1: 反応機構

    DFT計算に基づいた反応機構を提案した

    反応は、まずトリメチルシリルアセチレンからカリウムホスフィナイト種へのシリル移動によってアセチレンが生成されることから始まる

    次に、嵩高いカリウムホスフィナイト Ar*2P−O−K がアセチレンを攻撃する

    この反応シーケンスを繰り返すことで、予想外の嵩高いジホス誘導体 Ar*2P(O)−C2H4−P(O)-Ar*2 が得られる


    2: 立体障害の影響

    アリール環のオルト位にアルキル置換基が存在することで、求核剤がリン原子に近づくのを立体的に妨げ、目的の反応経路を促進していると考えられる

    一方、オルト位が置換されていない基質では、求核剤がリン原子を攻撃しやすいため、異なる反応生成物が得られる


    3: sブロック金属の影響

    重いアルカリ金属 (K-Cs) は、リチウムやナトリウムの同族体よりも効率的に反応を触媒した

    これは、金属イオンの柔らかさと分極率が反応速度に影響を与えていることを示唆


    4: NMR分光法による反応追跡

    NMR分光法を用いることで、反応中間体や生成物を同定し、反応機構を詳細に検討できた

    特に、アセチレンの生成と消費、O-トリメチルシリルホスフィナイトの生成と変換などを確認した


    5: カルシウムアセチリドを用いた合成法

    トリメチルシリルアセチレンの代わりに、カルシウムアセチリドをアセチレン源として用いることで、より安全かつ簡便に目的の生成物を合成できた

    この反応では、超塩基性条件下で、カルシウムアセチリドと2級ホスフィンオキシドが反応し、エタン-1,2-ジイルビス(ジアリールホスフィンオキシド)誘導体が生成


    結論

    sブロック金属塩基触媒を用いることで、嵩高いエタン-1,2-ジイルビス(ジアリールホスフィンオキシド)誘導体を効率的に合成する新しい方法を開発

    この方法は、従来法と比較して、原子効率が高く、毒性の高い試薬を使用しない点で優れている

    また、カルシウムアセチリドを用いた合成法は、より安全かつ簡便な方法として期待される 


    将来の展望

    本合成法を他の基質へ展開し、さらなる高機能な有機リン化合物の開発


    用語集

    sブロック金属: 周期表の1族と2族に属する金属元素

    ホスフィン: リン原子に3つの有機基が結合した化合物

    ホスフィンオキシド: ホスフィンのリン原子が酸素原子と二重結合した化合物

    Pudovik反応: ホスフィンオキシドのP-H結合を不飽和結合に付加させる反応

    DFT計算: 分子の電子状態やエネルギーなどを計算する手法

    NMR分光法: 原子核の磁気的な性質を利用して、分子の構造を解析する手法

    単結晶X線回折: 結晶にX線を照射し、回折パターンを解析することで結晶構造を決定する手法

    超塩基性条件: 非常に強い塩基性を示す条件 

    2024年11月23日土曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0195~

    論文のタイトル: Effect of [n]-Helicene Length on Crystal Packing([n]ヘリセンの長さが結晶充填に及ぼす影響)

    著者: Julia A. Schmidt, Emma H. Wolpert, Grace M. Sparrow, Erin R. Johnson, and Kim E. Jelfs

    雑誌名: Crystal Growth & Design

    巻: Volume 23, Issue 12, 8909−8917

    出版年: 2023

    DOI: https://doi.org/10.1021/acs.cgd.3c00964


    背景

    1: 有機半導体の可能性

    有機半導体 (OSC) は、従来の無機半導体と比較して、低コストで環境に優しい代替材料として注目されている

    OSCは柔軟性と生分解性を備えており、フレキシブルディスプレイ、生分解性エレクトロニクス、エネルギーハーベスティングスマート材料など、新しい機能を持つ半導体材料への応用が期待されている

    デバイスの性能は、電荷キャリアが分子間を移動する容易さに大きく依存し、これは分子の固体状態の配置によって決まる


    2: キラリティの導入

    OSCにキラリティを導入すると、偏光選択性光検出器、キラルスイッチ、室温スピントロニクスデバイスなど、さらなる機能を追加できる

    ヘリセンは、高いキラル光学応答、電荷輸送特性、室温での電子スピンフィルター能力により、新しい有機エレクトロニクス技術を設計するための有望な化合物

    キラリティは固体状態の形成にさらなる複雑さを加える

    キラル化合物は、電子輸送特性が大きく異なるエナンチオピュア結晶とラセミ結晶の両方を形成できる


    3: ヘリセンにおける課題

    ヘリセンは分子パッキングとそれが性能に与える影響が十分に理解されていないため、電子デバイスへの応用はまだ初期段階にある

    分子構造と光電子特性の間の相互作用をより深く理解するために、窒素原子の位置を変えることによる影響をアザヘリセンで調査

    置換ヘリセンのスクリーニングにより、OSC性能指標を最大化する上でフッ素化ヘリセンが最も有望であることが明らかに

    非置換ヘリセンの高い電荷移動度を超えることは困難


    方法

    1: 結晶構造予測 (CSP)

    ナフタレンと-ヘリセン分子は、Gaussian 16を用いてB3LYP/6-31G(d,p)レベルで構造最適化

    CrystalPredictor IIソフトウェアパッケージを用いて、多形領域内で最大20 kJ mol⁻¹のエネルギー範囲にわたる仮説的な結晶構造を生成しました。

    計算コストを抑制するため、分子は剛体として扱われ、探索は非対称単位中の分子が1つだけ (Z' = 1) に制限


    2: 計算の詳細

    CrystalPredictorから得られた暫定的な結晶構造は、DMACRYS内で分布多重極とW99パラメータを用いて緩和された

    最小値の10 kJ mol⁻¹以内の力場最適化構造のサブセットを、FHI-aimsプログラムを用いた密度汎関数理論 (DFT) を用いて完全に緩和し、再ランク付けした

    DFT計算では、B86bPBE汎関数と交換ホール双極子モーメント (XDM) 分散モデルを使用し、「light」基底関数系と「tight」積分グリッドを使用


    3: 結晶パッキング解析

    結晶パッキング解析は、π-πスタッキング相互作用の解析のために開発されたオープンソースのPythonモジュールCRYSTACKを用いて行った

    解析は、4×4×4のスーパーセルを構築し、中心分子を取り、最初の隣接シェル内の分子との分子間相互作用を計算することによって行った

    各結晶について、ヘリセン骨格の芳香環がπ-π相互作用に関与する割合を計算することで、π-πスタッキングの程度を評価した


    結果

    1: 実験との比較

    CSPランドスケープは、実験的に既知の結晶構造のほとんどを再現することができた

    再現できなかった例 (ヘリセン、ヘリセン、ヘリセン、ヘリセン) では、実験構造はインターグロース (交互に反対のエナンチオマーの層を含むヘリセンなど) であったか、非対称単位中の分子数が多かった

    実験的に実現されたZ'=1構造の場合、B86bPBE-XDM計算は、ランドスケープ内の最低エネルギーZ'=1多形として正しく同定された


    2: ヘリセン長さと多形性の関係

    CSP探索の結果、得られた安定な多形の数はヘリセンの長さが長くなるにつれて減少する

    これは、分子のらせん形状が長くなるほど、ポテンシャルエネルギー面が急勾配になるためと考えられる

    多形の数の最も顕著な減少は、芳香環の数を4から6に増やした場合に起こる

    これは、ヘリセンからヘリセンへの分子の形状変化に起因すると考えられる


    3: π-πスタッキング相互作用の傾向

    πスタッキング相互作用と格子エネルギーの関係を調べるため、各鎖長についてピアソン相関係数を計算した

    結果は、ほとんどのnの値について、π-πスタッキング相互作用と結晶格子エネルギーの間に直接的ではあるが弱い関係があることを明らかにした

    鎖長がナフタレンからヘリセンまで長くなると、π-πスタッキングはそれほど不利ではなくなり、格子エネルギーとπ-πスタッキング相互作用の間に識別可能な相関関係がなくなる


    考察

    1: ヘリセン長さとパッキングモチーフ

    エナンチオピュア構造では、ヘリセンはヘリンボーン型パッキングと、文献で確立された隣接する並進鎖と同様のヘリセンの並進鎖の両方を示す

    一方、ヘリセンは、ヘリセンのCSPランドスケープに見られるパッキングモチーフを示さない

    ヘリセンは、インターロックされたペアの鎖が支配的ですが、n > 8では、このパッキング挙動が変化し、隣接するヘリセン間のインターロックが少なくなる


    2: π-πスタッキングと分子形状

    ヘリセンのピアソン相関係数が低いことは、π-πスタッキングと格子エネルギーの間にほとんど相関関係がないことを示唆しており、したがって、π-π相互作用は有利でも不利でもない

    他のnの値に対するピアソン相関係数が高いことに比べて、分子形状が均一でない場合、πスタッキングはそれほど不利ではないことを示唆

    この傾向は、ヘリセンのCSPランドスケープにおける多形が比較的少ないという最初の観察結果と一致


    3: 研究の限界

    Z'=1の構造のみに焦点を当てており、Z'>1の構造は考慮していない


    結論

    CSPを用いて、ナフタレンおよびn = 3-12の[n]ヘリセンについて、ヘリセン長がポリモルフィズムと分子間相互作用に及ぼす影響を調査した

    ヘリセンの長さと形状が、結晶パッキング挙動とπ-πスタッキング相互作用の傾向に大きな影響を与えることを示した

    特に、ヘリセンの最も安定な多形は、高いホール移動度を持つ可能性のあるパッキングモチーフを示しており、これは効率的な電荷輸送とデバイス性能の向上を示唆


    将来の展望

    Z'>1の構造を考慮することで、実験的に実現された構造をより正確に予測する

    用語集

    有機半導体 (OSC): 電気を通すことができる有機材料

    キラリティ: 分子が鏡像と重ね合わせることができない性質

    エナンチオピュア: 1つのエナンチオマーのみを含む物質

    ラセミ体: 2つのエナンチオマーを等量含む物質

    結晶構造予測 (CSP): 分子の結晶構造を計算によって予測する手法

    π-πスタッキング相互作用: 芳香環間の相互作用

    ポリモルフィズム: 同じ化学組成を持つ物質が複数の結晶構造をとることができる現象

    ヘリンボーン型パッキング: 分子がジグザグパターンで配置されるパッキングモチーフ

    2024年11月22日金曜日

    Catch Key Points of a Paper ~0194~

    論文のタイトル: New Facile Synthesis of Adamantyl Isothiocyanates(アダマンチルイソチオシアネートの新規合成法の開発)

    著者: Vladimir Burmistrov  , Dmitry Pitushkin , Gennady Butov*

    雑誌名: SynOpen 

    巻: Volume 01, Issue 01, 121-124

    出版年: 2017

    DOI: https://doi.org/10.1055/s-0036-1588574


    背景

    1: 研究の意義(アダマンチルイソチオシアネートの重要性)

    生物活性化合物の合成における重要な前駆体

    可溶性エポキシドヒドロラーゼ阻害剤の開発に有用

    ウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性化因子の阻害剤として期待

    医薬品化学で広く使用される尿素類への変換が可能


    2: 従来法の課題(既存合成法の問題点)

    腐食性または有毒な試薬の使用が必要

    CS2とNaOHを使用する方法の危険性

    チオホスゲンとCaCO3を用いる方法の毒性

    触媒を必要とする現代的手法の複雑さ

    単純で効果的な合成法の欠如


    方法

    1: 新規合成法(合成手法の概要)

    フェニルイソチオシアネートとアダマンチルアミンの反応

    溶媒としてp-キシレンを使用

    還流条件下で3時間反応

    室温まで冷却後、濃塩酸で処理

    生成物の単離・精製


    結果

    1: 反応条件の最適化

    p-キシレン中での還流が最も高収率

    反応温度は還流温度が最適

    試薬比率は1:2(アミン:イソチオシアネート)が効果的

    非極性溶媒中での反応が有利

    塩基性溶媒では収率が低下


    2: 各種アダマンチルイソチオシアネートの合成例と収率

    1-アダマンチルイソチオシアネート:95%

    3,5-ジメチルアダマンチルイソチオシアネート:80%

    3,5,7-トリメチルアダマンチルイソチオシアネート:75%

    2-アダマンチルイソチオシアネート:92%


    考察

    1: 反応機構の考察

    チオウレア中間体の形成

    フェニルイソチオシアネートによる機能基交換

    溶媒の極性が反応に影響

    チオウレアの溶解性が重要

    反応の選択性が高い


    結論

    簡便な新規合成法の確立

    触媒不要での高収率達成

    穏和な条件下での反応

    様々な置換基を持つ誘導体の合成が可能


    将来の展望

    医薬品開発への応用