論文のタイトル: Why Are Some Pnictogen(III) Pincer Complexes Planar and Others Pyramidal?(いくつかのニクトゲン(III)ピンサー錯体が平面状であり、他がピラミッド型である理由)
著者: Tyler J. Hannah, Tamina Z. Kirsch, and Saurabh S. Chitnis
雑誌名: Chemistry—A European Journal
巻: Volume 30, Issue 57, e202402851
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1002/chem.202402851
背景
1: ニクトゲン(III)ピンサー錯体とは
ニクトゲン(III)ピンサー錯体は、3つの「X型」置換基が1つの平面につながれた三価アニオン性ピンサー配位子を持つ錯体
これらの錯体は、ニクトゲン中心で完全に平面なものから歪んだピラミッド型まで、さまざまな動的立体配座を示す
ニクトゲンピンサー錯体の高い反応性は、その幾何学的構造に起因するとされている
2: 従来の理解と課題
これらの錯体の構造は、原子価殻電子対反発 (VSEPR) 理論を用いて予測されてきた
しかし、VSEPR理論は、置換基が中心原子の周りを自由に再編成して反発を回避できることを前提としている
ニクトゲン(III)ピンサー錯体では、多座配位子によって置換基の動きが制限されるため、VSEPR理論から逸脱した構造が見られる
3: 研究の目的
さまざまな配位子とニクトゲン中心におけるニクトゲン(III)ピンサー錯体の構造多様性を説明するための統一モデルを提案
16種類の配位子と4種類の重ニクトゲンからなる64種類の錯体の計算分析を行い、実験結果を説明し、新しい予測を行う
方法
1: 計算手法
分散補正密度汎関数理論 (DFT) 計算を用いて、64種類のプニクトゲン(III)ピンサー錯体 (1-16Pn, Pn = P, As, Sb, Bi) の固有の立体配座ポテンシャルエネルギー曲面をマッピング
計算されたポテンシャルエネルギーのプロファイルの深さとその最小値の位置は、それぞれ平面またはピラミッド形状の選好の大きさと方向を反映
2: 二面角スキャン
X-Pn-Y-Z二面角に対するエネルギーを示す二面角スキャンを計算し、ピラミッド型(二面角105°–130°)または平面型(二面角175°–180°)の立体配座の相対的な安定性を示した
計算には、B3PW91(D3-BJ)レベルの汎関数、def2-svp基底系、GrimmeのD3分散補正、Becke-Johnsonダンピングを用いた
3: 電子構造解析
結合安定性(結合長、Wiberg結合次数)と非局在化(NPA電荷、Hirshfeld電荷)の特徴を調べることで、平面化を支持する配位子ベースのπ結合効果と競合する、ピラミッド化を支持するプニクトゲンベースのσ結合効果を仮定
結果
1: 二面角スキャン結果
二面角スキャンは、平面型またはピラミッド型の立体配座の相対的な安定性を示している
既知の化合物または類似化合物のうち、実験的に結晶構造が決定されている17例のうち16例で、二面角スキャンの最小値は観察された幾何学的構造を正確に反映
多くの場合、リン化合物とヒ素化合物では、両方の幾何学的構造に対してエネルギー的に近い2つの極小値が見られますが、アンチモン錯体やビスマス錯体では見られない
2: σ/π結合効果の証拠
平面形状では、中心ニクトゲンの3つの互いに垂直なp軌道のうち2つだけが3つの配位子アームと相互作用できる
3中心4電子(3-c-4-e)超原子価相互作用は、2中心2電子(2-c-2-e)電子精密相互作用よりも弱い
ニクトゲン(III)ピンサー錯体では、ヘテロ原子またはアリール環を持つ配位子とニクトゲン中心との間にπ電子非局在化が存在する可能性がある
この非局在化は、4n + 2 π電子数と一致する場合、芳香族安定化も可能に
3: ニクトゲンと配位子の特徴の影響
ニクトゲン元素の影響: 共有結合的なσ結合を強化する要因はピラミッド型を安定化させ、π結合を強化する要因は平面型を安定化させる
縮合アレーンの影響: 縮合アレーンを持つピンサー配位子では、5員環ヘテロ原子環内のπ非局在化が縮合6員環アレーンの既存の芳香族性と競合し、平面化への推進力を低下させる
骨格の繋留の影響: ピンサー配位子の骨格を繋留すると、π非局在化を増加させる幾何学的構造に事前に組み立てることで平面化が促進される
考察
1: σ/π結合効果による構造の合理化
重ニクトゲンでは、配位子との共有結合性が低下し、配位子を含む結合のイオン性が高まる
その結果、ほとんどすべての配位子において、平面性への選好はP<As<Sb<Biの順に増加する
縮合アレーンを持つ配位子では、平面構造の安定性が低下し、ピラミッド型と平面型がほぼ縮退する
2: 骨格の繋留と電子効果の影響
短い繋留はピラミッド構造を不安定化させる
平面構造では超原子価N-Pn-N相互作用がはるかに長くなる
長い繋留は、配位子の芳香環を互いに押し離すことでπ非局在化を阻害し、平面構造を不安定化させる
電子供与性または中性の繋留は平面化を支持する一方、電子求引性の繋留はピラミッド化を支持する
3: π共役の中断と二量体化の影響
π共役経路に四面体成分を持つ配位子骨格は、π非局在化を中断し、ピラミッド化を促進する
共役経路へのより重い元素の挿入も、それらの多重結合効率の低下によりπ非局在化を中断し、平面構造を不利にする
σ結合超原子価による不安定化をπ非局在化による安定化で相殺できない場合、ピラミッド構造が優先される
4: 先行研究との整合性
提案されたσ/π結合効果モデルは、実験的に観察された構造の傾向と一致している
特に、重いニクトゲンにおける平面構造の選好性、縮合アレーンによる平面性の低下、繋留による平面化の促進などが確認される
5: 研究の限界点
主に気相単量体におけるニクトゲン(III)ピンサー錯体の固有の立体配座ポテンシャルエネルギー曲面を解析した
溶媒効果や凝集状態の影響については考慮していない
結論
ニクトゲン(III)ピンサー錯体の構造多様性を説明するための統一モデルを提案した
ニクトゲンベースのσ効果と配位子ベースのπ効果の競合によって、平面型とピラミッド型の構造が決定されることを明らかにした
将来の展望
このモデルは、ニクトゲンピンサー錯体の合理的設計に役立つ可能性がある
これらの要因を考慮したより包括的なモデルの開発
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