2024年11月25日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0197~

論文のタイトル: Beyond Strain Release: Delocalization-Enabled Organic Reactivity

著者: Alistair J. Sterling, Russell C. Smith, Edward A. Anderson, and Fernanda Duarte

雑誌名: Journal of Organic Chemistry

巻: Volume 89, Issue 14, 9979–9989

出版年: 2024

DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c00857


背景

1: ひずみエネルギーと有機反応性

有機反応の駆動力として、ひずみエネルギーの解放は重要な概念

特に、環状構造を持つ分子では、結合角の歪みから生じる「環ひずみ」が、分子の反応性を高める

環ひずみは、環状化合物の開環反応や付加反応などの速度を向上させるために、有機合成で広く利用されている


2: ひずみエネルギーだけでは説明できない反応性

しかし、ひずみエネルギーの大きさだけでは、有機分子の反応性を完全に予測することはできない

例えば、シクロプロパンとシクロブタンはほぼ同じ環ひずみエネルギーを持っていますが、開環反応に対する反応性には大きな差がある

シクロプロパンはシクロブタンよりもはるかに速く開環反応を起こす


3: 研究の目的

ひずみエネルギーに加えて、「電子非局在化が有機分子の反応性に大きな影響を与える」ことを示す

特に、エポキシド、アジリジン、プロペランなどの3員環を含む分子や、ひずみ駆動型の環化付加反応において、電子非局在化が反応性を高める、あるいは支配的な要因となることを明らかにする

これらの知見に基づき、有機合成、医薬品化学、高分子科学、生体共役化学などでよく見られるひずみを持つビルディングブロックを含む反応の活性化障壁を正確に予測するための「経験則」を提案する


方法

1: 研究対象

炭化水素、複素環化合物、シクロアルキン、シクロアルケンなどの様々なひずみを持つ分子を対象に、電子非局在化と反応性の関係を調査

具体的には、メチルラジカルの付加反応やアミドアニオンの求核付加反応、アジド-アルキン環化付加反応などを計算化学的手法を用いて解析


2: 計算化学的手法

分子構造の最適化、エネルギー計算、電子状態解析には、密度汎関数理論(DFT)を利用

また、結合の非局在化の程度を定量化するために、自然結合軌道(NBO)解析と電子局在化関数(ELF)を利用

さらに、反応の活性化障壁を予測するために、マーカス理論とベル-エバンス-ポランニー(BEP)原理に基づく線形自由エネルギー関係(LFER)を構築


3: ひずみエネルギーの算出

各分子のひずみエネルギーは、適切な参照化合物とのエネルギー差から算出

例えば、シクロプロパンのひずみエネルギーは、プロパンとのエネルギー差から求めた


結果

1: 3員環化合物の開環反応における非局在化

メチルラジカルの付加反応において、シクロプロパンはシクロブタンよりも活性化障壁が有意に低い

これは、シクロプロパンのC-C結合がシクロブタンよりも非局在化しているためと考えられる

シクロプロパンでは、σ結合が隣接するσ*軌道に電子を供与することで、電子が環全体に非局在化している

この非局在化は、遷移状態の安定化に寄与し、活性化障壁を低下させる


2: 複素環化合物における非局在化の影響

エチレンオキシドやアジリジンなどの3員環複素環化合物も、対応する4員環化合物よりも高い反応性を示した

これは、3員環構造における電子非局在化によって説明できる

特に、リンや硫黄などの第3周期元素を含む複素環化合物は、第2周期元素を含む化合物よりも非局在化の影響を受けやすく、反応性が高くなることが予測された。


3: 環化付加反応における非局在化

ひずみ促進型アジド-アルキン環化付加反応においても、電子非局在化が重要な役割を果たすことが示された

例えば、ジベンゾシクロオクチンは、親シクロオクチンよりもひずみエネルギーが低いにもかかわらず、高い反応性を示す

これは、ベンゼン環のπ共役による電子非局在化が、遷移状態を安定化させるためと考えられる


考察

1: 電子非局在化と反応性の関係

結合の非局在化の程度が、有機分子の反応性を予測するための重要な指標となることを示す

ひずみエネルギーが高い分子ほど反応性が高いという一般的な理解に加えて、電子非局在化も考慮することで、より正確な反応性予測が可能


2: 非局在化の定量的評価

NBO解析やELF解析を用いて、結合の非局在化を定量的に評価した

これらの指標を用いることで、異なる分子間や異なる反応間で、非局在化の影響を比較検討することが可能


3: 経験則の提案

本研究の結果に基づき、2つの分子の間の反応性差を予測するための簡単な経験則を提案

この経験則は、ひずみエネルギーの差と、切断される結合に縮合した3員環の数の差を考慮した


4: 経験則の適用例

この経験則は、ビシクロ[1.1.0]ブタン、ビシクロ[2.1.0]ペンタン、[1.1.1]プロペランなどの分子のラジカル付加反応に対する相対的な反応性を正しく予測することができた

また、ビシクロ[1.1.0]ブタンとビシクロ[2.1.0]ペンタンスルホンのアミン付加反応においても、実験結果とよく一致する予測が得られた


5: 研究の限界点

主に気相中での反応を対象としており、溶媒効果や立体効果などは考慮していない

より正確な反応性予測のためには、これらの要素を含めたモデルの開発が必要


結論

電子非局在化が有機分子の反応性に大きな影響を与えることを明らかにした

提案された経験則は、ひずみを持つ分子を含む反応の設計や最適化に役立つ可能性がある


将来の展望

溶媒効果や立体効果などを考慮した、より精度の高いモデルの開発


用語集

ひずみエネルギー: 分子の構造が理想的な結合角や結合距離からずれることによって生じるエネルギー

電子非局在化: 電子が特定の原子や結合に局在化せず、分子全体に広がっている状態

3員環: 3つの原子からなる環状構造

環化付加反応: 2つの分子が結合して環状構造を形成する反応

密度汎関数理論 (DFT): 分子の電子状態を計算するための理論

自然結合軌道 (NBO) 解析: 分子の電子構造を局在化した軌道で表現する手法

電子局在化関数 (ELF): 電子の局在化の程度を表す関数

マーカス理論: 電子移動反応の速度論を記述する理論

ベル-エバンス-ポランニー (BEP) 原理: 反応の活性化エネルギーと反応熱の関係を表す原理

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