論文のタイトル: Thermal Truncation of Heptamethine Cyanine Dyes(熱分解によるヘプタメチンシアニン色素の短鎖化)
著者: Jana Okorocěnkova, Josef Filgas, Nasrulla Majid Khan, Petr Slavícěk,* and Petr Klán*
雑誌名: Journal of the American Chemical Society
巻: Volume 146, Issue 28, 8785–8795
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c02116
背景
1: シアニン色素とその重要性
シアニン色素は、共役ポリメチン鎖を介して 2 つの窒素中心を連結した有機分子
この色素は、核酸やタンパク質の蛍光標識、光線力学療法の光増感剤、バイオセンサー、イメージング剤として広く利用
特に、近赤外蛍光を有するペンタメチン (Cy5) やヘプタメチン (Cy7) シアニン色素は、がんイメージングや標的療法への応用が期待
2: シアニン色素の合成における課題
シアニン色素の合成は、主に初期段階における複素環末端基やヘプタメチン鎖への官能基導入に依存
しかし、ポリエン鎖、特にヘプタメチン鎖のさらなる修飾は、これまで十分に研究されていなかった
シアニン誘導体の合成過程では、鎖の短縮化(切断)反応が副反応として発生することがある
そのメカニズムは体系的に解明されていない
3: 研究の目的
均一系酸塩基触媒求核置換反応を介した、ヘプタメチンシアニン (Cy7) からペンタメチン (Cy5) およびトリメチン (Cy3) シアニンへの切断反応について体系的に調査
鎖の C3' および C4' 位の置換基、複素環末端基の種類、塩基、求核剤、酸素の存在、溶媒特性、温度が切断プロセスに与える影響を明らかにする
様々な分析・分光技術を用いて鎖短縮のメカニズムを研究し、ab initio 計算によって検証することで、シアニン誘導体の合成における副反応の抑制と、対称および非対称なメソ置換 Cy5 誘導体の代替合成経路の提供
方法
1: 研究デザイン
様々な置換基を持つヘプタメチンシアニン (Cy7) を合成し、それらをインドリニウム塩や塩基存在下、様々な溶媒、温度条件で反応させた
反応混合物は、UV-vis 分光法、高速液体クロマトグラフィー (HPLC)、高分解能質量分析法 (HRMS)、核磁気共鳴 (NMR) 分析を用いて経時的に分析
2: 反応条件の検討
溶媒として、極性プロトン性溶媒であるエタノールとメタノール、非プロトン性溶媒であるアセトニトリルを用いた
塩基として、酢酸ナトリウム、t-BuOK、MeONa、DIPEA、DBU などを検討
反応温度は 50 ℃ または 80 ℃ とした
3: 分析方法
反応混合物中の生成物の定量には、HPLC を用いた
生成物の構造は、HRMS および NMR によって決定
反応中間体および副生成物は、HRMS によって同定
4: 理論計算
反応メカニズムの詳細を解明するために、量子化学計算を行った
電子エネルギー計算には、高レベル ab initio 法である DLPNO-CCSD(T)/cc-pVTZ 法を用いた
遷移状態の探索、振動数計算には、PBE0/def2-TZVP/D3BJ レベルの密度汎関数理論 (DFT) を用いた
溶媒効果は、分極連続体モデル (PCM) を用いて考慮した
結果
1: 塩基、溶媒、温度の影響
切断反応は、塩基、溶媒、温度の影響を強く受けた
高温 (≥50 ℃) および酢酸ナトリウム、DIPEA、DIPA などの塩基の化学量論量は、高い切断収率に不可欠
弱い塩基であるピリジン (pKa = 5.2) は反応を媒介せず、強い塩基である t-BuOK や MeONa は 2c の収率を大幅に低下させました。
水の非存在下では 2c の生成が促進されたが、溶液から酸素を除去しても影響はなかった
2: ヘプタメチン鎖置換基の影響
C3' 位に電子求引基 (EWG) を持つ Cy7 は、高い Cy5 収率を与えた
特に、C3' 位にフッ素またはシアノ基を有する Cy7 からは、高収率で対応する Cy5 が得られた
一方、C4' 位の置換基は切断反応に悪影響を及ぼし、検出可能な量の Cy5 生成物は得られなかった
3: Cy5 誘導体の反応性
Cy5 誘導体は、研究された条件下では Cy3 誘導体への切断を受けなかった
しかし、C3' 位に EWG を持つ Cy5 では、インドリニウム誘導体との反応により、末端インドリニウム末端基の交換が観察された
この交換反応は、C3' 位の EWG がポリエン鎖の求電子性を高め、インドリニウムの求核攻撃を受けやすくするためと考えられる
考察
1: 切断反応のメカニズム
実験結果と理論計算に基づいて、Cy7 切断反応のメカニズムを提案した
最初のステップは、インドリニウム求核剤 4B の Cy7 ポリエン鎖への求核付加
この付加は、C4' 位で起こるのが最も有利であり、付加体 A1 が生成
A1 は DIPA によって脱プロトン化され、A2 を生成
A2 は C5' 位でプロトン化され、A3 を生成し、これが分解して 2c を生成
2: 理論計算の役割
量子化学計算は、実験結果を裏付け、反応メカニズムの理解を深める上で重要な役割を果たした
計算によって得られた活性化障壁は、実験的に観察された反応速度と一致していた
また、同定された中間体の量は、計算結果によって支持された
3: 電子求引基の影響
C3' 位の電子求引基は、ポリエン鎖の求電子性を高めることで、切断反応を促進する
これは、C4' 位への求核攻撃を容易にするためと考えられる
一方、C4' 位の置換基は、立体障害によって切断反応を阻害すると考えられる
4: Cy5 誘導体における末端基交換
C3' 位に EWG を持つ Cy5 誘導体は、末端インドリニウム末端基の交換を起こす
これは、C2' 位への求核攻撃によるものと考えられる
この反応は、Cy7 から Cy5 への変換と同様のメカニズムで進行する
5: 研究の限界点
主に非生物的条件下での切断反応を検討した
生体内でのシアニン色素の挙動を理解するためには、さらなる研究が必要
また、溶媒効果や立体効果など、切断反応に影響を与える可能性のある他の要因については検討していない
結論
ヘプタメチンシアニン色素は、特定の条件下で切断反応を起こし、ペンタメチンシアニン色素に変換されることが明らかになった
将来の展望
この切断反応は、シアニン色素の合成や修飾における副反応を抑制するために利用できる可能性がある
シアニン色素の安定性や反応性に関する理解を深め、新たな応用開発に繋げる
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