論文のタイトル: On the Synthesis and Structure of ‘Naked’ Ga(I) and In(I) Salts and the Surprising Stability of Simple Ga(I) and In(I) Salts in the Coordinating Solvents Ether and Acetonitrile(‘Naked’ Ga(I)およびIn(I)塩の合成と構造、そして配位性溶媒エーテルおよびアセトニトリル中での単純なGa(I)およびIn(I)塩の驚くべき安定性)
著者: Antoine Barthélemy, Dr. Harald Scherer, Hanna Weller, Prof. Dr. Ingo Krossing
雑誌名: Chemistry – A European Journal
巻: Volume 30, Issue 35, e202400897
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202315064
背景
これまで、配位力の弱いアニオン (WCA) の塩として知られる真に‘Naked’、すなわち溶媒や配位子が付いていない金属イオンはごくわずかしか知られていない
これらのイオンを含む塩は、例えば、ディールス・アルダー反応、オレフィンのヒドロシリル化、CO2還元、イソブチレンの重合など、従来の金属イオン源と比較して、反応性や触媒活性を高めていることが知られている
この反応性の高さは、金属イオンの周りの配位圏が不飽和であることに起因しており、ルイス酸性度と酸化力を高めている
2: 研究課題
一価ガリウム(Ga(I))とインジウム(In(I))は、電荷密度の高い小さなアニオンの存在下では、三価(M(III))とゼロ価(M(0))に不均化しやすい性質がある
このため、一価ガリウムやインジウムの塩を扱う場合、WCAを用いることが必須
しかし、非無垢配位子や強いσ供与性配位子は、低原子価のM(I)の不均化を誘導する傾向がある
3: 研究目的
本研究では、配位性溶媒であるジエチルエーテルおよびアセトニトリル中でも、非常に大きな[pf]⁻ = [Al(ORF)4]⁻; RF = C(CF3)3 アニオン (V⁻ ≈ 0.75 nm3) と組み合わせると、Ga(I)が驚くほど安定であることを示す
さらに、あらゆる系にGa(I)とIn(I)を導入するための出発物質となりうる、溶媒フリーの‘Naked’ Ga[pf]およびIn[pf]塩への合成経路を提示する
方法
1: 合成方法
Ga[pf]は、極性が高く (εr = 22.1, 25℃)、配位性が非常に弱い溶媒である1,2,3-F3C6H3 (3FB) 中で、Ga⁰をAg[pf]で酸化することにより合成
In[pf]は、[In(PhF)2][pf]の1,2,3,4-F4C6H2 (4FB; εr = 12.6) 濃縮溶液にn-ペンタンを積層することにより合成
[M(MeCN)2][pf]と[M(OEt2)2][pf] (M = Ga, In) は、[M(PhF)2][pf]をオルト‐ジフルオロベンゼン(oDFB)中で化学量論量の2当量の配位子と反応させることによって合成
2: 分析方法
単結晶X線回折 (scXRD)
粉末X線回折
核磁気共鳴分光法 (NMR)
赤外分光法 (IR)
ラマン分光法
量子化学計算 (QTAIM電荷計算、フロンティア分子軌道計算、熱力学計算)
Hirshfeld解析
結果
1: Ga[pf] と In[pf] の構造
Ga[pf]では、Ga⁺イオンは、3つの-OC(CF3)3基の5つのフッ素原子と3つの酸素原子によって弱く配位される
In[pf]では、2つの結晶学的に独立した‘Naked’ In⁺カチオンが存在し、それぞれが4つの[pf]⁻アニオンと相互作用する
In[pf]ではIn⁺と酸素原子の間に接触がないのに対し、Ga[pf]ではGa⁺と酸素原子の間に接触が見られる
2: 配位性溶媒中での安定性
[M(PhF)2][pf] (M = Ga, In) のMeCNおよびOEt2溶液は、数週間後も不均化の兆候を示さなかった
⁷¹Ga NMRおよび¹¹⁵In NMRの化学シフトは、[M(PhF)2][pf]を純粋なMeCNおよびOEt2に溶解した場合と、[M(L)2][pf] (L = MeCN, OEt2)をoDFBに溶解した場合で類似しており、遊離配位子と比較して有意に低磁場シフトしている
3: [M(MeCN)2][pf] と [M(OEt2)2][pf] の構造
[M(MeCN)2]⁺および[M(OEt2)2]⁺錯体カチオンは、これまでに報告されているGa(I)/ニトリル錯体またはM(I)/ジエチルエーテル錯体 (M = Ga, In) の最初の例
錯体カチオンのHOMOとLUMOは主にガリウム中心であり、それぞれ高いs性とp性を持ち、[M(ligand)2]⁺錯体のカルベノイドまたはシリレンのような両性の特徴
考察
1: Ga[pf]とIn[pf]の構造の違い
Ga[pf]ではGa⁺イオンが酸素原子とも相互作用しているのに対し、In[pf]では相互作用が見られないのは、In⁺カチオンの方がサイズが大きく、ルイス酸性度が低いため
In[pf]は固体状態では、[pf]⁻アニオンがわずかに歪んだ立方最密充填を形成しており、In⁺カチオンは、厳密な交互配置で四面体サイトの半分を占有
2: 配位性溶媒中での安定性
MeCNおよびOEt2はPhFよりもわずかに強い電子供与体であるため、[M(PhF)(L)2-3]⁺ (L = MeCN または OEt2) 型のアレーン錯体は形成されない
計算によると、[MLn]⁺ (n = 2–4) 型の錯体は、溶液中では同じ配位子Lに対して同様に安定
溶媒和していない塩から決定されたIn(I)のイオン半径 (約160 pm) は、ゼオライト構造から決定された値 (123 pm) よりも有意に大きい
3: 単量体錯体の形成
[M(L)2]⁺錯体のHOMO-LUMOギャップと形式的な金属カチオン上の電荷は、二量体またはオリゴマー化することが知られているGa⁺フラグメントよりもかなり大きい
これらの値が高いことは、フラグメントの大きなHOMO-LUMOギャップと金属イオン上の高い正電荷の両方によってM-M結合の形成が妨げられていることを示しており、MeCNとOEt2はGa⁺とIn⁺カチオンに対して十分に強い電子供与体ではないことを意味する
4: 先行研究との関連
以前の研究では、強いσ供与体であるDMAP やtBuNC の存在下では、多カチオン性[{Ga(L)2}n]ⁿ⁺クラスター (n = 4–5) が形成されることが観察されている
これは、配位子がカルベン類似の[Ga(L)2]⁺部分を中間的に形成するように誘導し、Ga(I)-Ga(I)結合の形成を妨げない程度に立体的に混雑していない場合にのみ起こる
5: 研究の限界
OEt2とMeCNの配位子についてのみ検討しており、他の配位子については検討していない
結論
本研究では、配位力の弱い[pf]⁻アニオンを用いて、真に‘Naked’溶媒フリーのGa(I)およびIn(I)塩を高純度で単離することに成功
また、一般的に信じられていることに反して、一価のガリウムとインジウムのカチオンは、強い配位性溶媒であるMeCNとOEt2の溶液中でも数週間驚くほど安定であることが示された
これらの知見は、合成や触媒作用におけるGa(I)[pf]とIn(I)[pf]の利用に向けたさらなる研究を促進する
将来の展望
用語集
[pf]⁻: [Al(ORF)₄]⁻ (RF = C(CF₃)₃)
HOMO: Highest Occupied Molecular Orbital (最高被占軌道)
LUMO: Lowest Unoccupied Molecular Orbital (最低空軌道)
QTAIM: Quantum Theory of Atoms in Molecules (分子中の原子に対する量子論)
scXRD: single crystal X-ray diffraction (単結晶X線回折)
NMR: Nuclear Magnetic Resonance (核磁気共鳴)
IR: Infrared spectroscopy (赤外分光法)
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