著者: Yuri Tanuma, Gregor Kladnik, Luca Schio, Marion van Midden Mavrič, Bastien Anézo, Erik Zupanič, Gregor Bavdek, Ruben Canton-Vitoria, Luca Floreano, Nikos Tagmatarchis, Hermann A. Wegner, Alberto Morgante, Christopher P. Ewels,* Dean Cvetko,* Denis Arčon*
雑誌名: ACS Nano
巻: Volume 17, Issue 24, 25301−25310
出版年: 2023
DOI: https://doi.org/10.1021/acsnano.3c08717
背景
1: 有機ラジカルとアザフラーレン
有機ラジカルは、量子コンピューティングや触媒反応設計への応用が期待されている
安定な有機ラジカルの一つであるアザフラーレン (C59N) は、フラーレン骨格中の炭素原子が窒素原子に置換された構造をしている
C59Nは、窒素原子に隣接する炭素原子上に不対電子を持つラジカル種
2: アザフラーレンラジカルの課題と研究の必要性
C59N• ラジカルは反応性が高く、容易に二量体 (C59N)2 を形成してしまう
分子量子ビットへの応用には、固体基板上での分子スピンの安定化と操作が不可欠
これには、基板との相互作用の制御と、二量体形成を防ぐ分子間結合の抑制が重要
3: 研究の目的
真空蒸着法により金 (Au) 基板上に堆積させたアザフラーレン薄膜の特性を調査
アザフラーレンの結合状態とラジカル状態を、様々な膜厚で評価
分子ラジカルの状態を安定化させるメカニズムを解明する
方法
1: 実験手法
アザフラーレン二量体 (C59N)2 粉末を真空中で加熱し、Au(111) 基板上に堆積させた
堆積させた薄膜の厚さは、0.35 から 2.1 単分子層 (ML) まで変化させた
2: 薄膜構造解析
低温走査型トンネル顕微鏡 (STM) を用いて、薄膜の表面構造を観察した
X線光電子分光法 (XPS) により、薄膜の元素組成と化学結合状態を分析した
3: ラジカル状態解析
X線吸収微細構造 (NEXAFS) 分光法を用いて、薄膜の電子状態とラジカル状態を評価した
特に、窒素 K-edge NEXAFS スペクトルにおける単一占有分子軌道 (SUMO) ピークに着目した
4: 理論計算
密度汎関数理論 (DFT) 計算を用いて、アザフラーレンとAu基板の相互作用を調べた
アザフラーレン単量体と二量体のNEXAFSスペクトルを計算し、実験結果と比較した
結果
1: STM観察結果
Au(111) 基板上に堆積させたC59N は、基板のステップエッジから成長する二次元島状構造を形成
島状構造は、アザフラーレン分子が六方格子状に配列した単分子層であることが確認された
分子間距離は (C59N)2 二量体よりも大きく、単量体の存在を示唆
2: XPS測定結果
C 1s および N 1s XPSスペクトルから、C59N は Au(111) 基板と相互作用している
膜厚が 8 Å までの薄膜では、Au 基板によるコアホール遮蔽効果のため、結合エネルギーが低エネルギー側にシフトした
このシフトは、単分子層の形成を示唆しており、STM観察結果と一致している
3: NEXAFS測定結果
N 1s NEXAFS スペクトルから、C59N• ラジカル状態の存在を示すSUMOピークが観測された
SUMOピーク強度は、単分子層の形成に伴い増加し、二層目では減少した
この結果は、単分子層上でC59N• ラジカルが安定化し、二層目では二量体化することを示唆
考察
1: 第一層におけるC59N• ラジカルの安定化
第一層のC59N• は、窒素原子に隣接する炭素原子を介して Au(111) 基板に結合
基板との相互作用により、C59N• のラジカル性が部分的に抑制
しかし、第一層は、その上に堆積するアザフラーレンに対する保護層として機能
2: 第二層における高スピン密度相の形成
第一層上に堆積した第二層のC59N• は、基板との相互作用が弱くなる
その結果、第二層では C59N• ラジカルが単量体として存在し、高スピン密度相を形成
二層目の被覆率が増加すると、C59N• 分子の二量体化が起こり始める
3: 非接触層安定化のメカニズム
研究の結果は、非接触層安定化と呼ばれるメカニズムを示唆している
第一層が犠牲層として機能することで、第二層のC59N• ラジカルは基板から隔離され、安定化される
このメカニズムは、他の分子ラジカル系にも応用できる可能性がある
4: 先行研究との関連
従来の研究では、C59N• は反応性の高いSi基板やCu基板上に堆積されていた
これらの基板では、C59N• は基板と強く相互作用し、ラジカル性を失っていた
本研究では、Au(111) 基板を用いることで、C59N• ラジカルの安定化に成功
5: 研究の限界点
真空蒸着法を用いて薄膜を作製したが、実際的な応用には、溶液プロセスなど、他の作製方法の検討が必要
C59N• ラジカルのスピン状態を直接観測する実験が必要
結論
Au(111) 基板上に堆積させたアザフラーレン薄膜において、非接触層安定化による C59N• ラジカルの安定化を実証将来の展望
分子スピン量子ビットや表面触媒反応など、様々な分野への応用が期待される
C59N• ラジカルのスピン操作や、他の分子ラジカル系への応用に関する研究が重要
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