論文のタイトル: s-Block Metal Base-Catalyzed Synthesis of Sterically Encumbered Derivatives of Ethane-1,2-diyl-bis(diphenylphosphane oxide) (dppeO2)(sブロック金属塩基触媒による嵩高いエタン-1,2-ジイル誘導体の合成)
著者: Benjamin E. Fener, Philipp Schüler, Felix E. Pröhl, Helmar Görls, Phil Liebing, and Matthias Westerhausen
雑誌名: Organometallics
巻: Volume 43, Issue 10, 1095–1109
出版年: 2024
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.organomet.4c00052
背景
1: 有機リン化合物の重要性
有機リン化合物は、生物活性天然物、医薬品、農薬、難燃剤など、幅広い分野で重要な役割を果たしている
ホスフィン (PR3) およびビス(ホスフィン) (R2P-X-PR2) は、その柔らかさと強いσ供与能のため、均一系触媒に使用される遷移金属錯体の配位子として広く応用されている
リン原子に結合した置換基を変えることで、ホスフィンの電子的性質(トルマン電子パラメータを参照)と立体的性質(トルマンコーン角を参照)の両方を調整できることが大きな利点
その結果、ホスフィン配位子を持つ遷移金属錯体の反応性を精密に調整することができる
2: 嵩高いエタン-1,2-ジイル誘導体の合成における課題
酸化されたホスフィン (ホスフィンオキシド O=PR3) は、より硬い金属カチオン (例えば、Ti4+、Zn2+、La3+) の配位子として、その性質が上記と同じ原理で調整できるため、ますます重要
しかし、嵩高い誘導体は合成が非常に限られているため、文献に記載されている例は少ない
1,2-ビス(ジオルガニルホスファニル)エタン (diphos) 合成の一般的な出発点は、1,2-ビス(ジクロロホスファニル)エタンであり、これはグリニャール試薬または有機リチウム化合物と反応して適切なジホス誘導体になる
しかし、前駆体化合物の合成には、過酷な反応条件と、酸素と水を厳密に排除した取り扱いが必要となる
3: 研究の目的
既存の合成法は、副生成物の生成による原子効率の低さ、毒性の高い遷移金属化合物の使用、高い反応温度や長い反応時間、フェニルよりも大きな置換基の収率の低さなど、深刻な欠点がある
したがって、効率的な代替合成法の開発が切望されている
sブロック金属塩基触媒によるPudovik反応の概念を、嵩高い2級ホスフィンオキシドのシリル化アセチレンおよびin situ生成アセチレン (カルシウムアセチリドから) への付加へと拡張することを目的とした
これにより、これまで注目されていなかった嵩高いエタン-1,2-ジイルビス(ジアリールホスフィンオキシド)(広く応用されているジホスファミリーのビス(ホスフィン)の酸化された類縁体)の簡便で高収率な合成戦略を提供
方法
1: 研究デザイン
sブロック金属塩基触媒を用いたPudovik反応という新しい合成法を開発
この反応は、嵩高い2級ホスフィンオキシドを、シリル化アセチレン、またはin situ生成アセチレン(カルシウムアセチリドから)に付加させるもの
2: 反応条件の最適化
反応溶媒、触媒量、トリメチルシリルアセチレンの当量数など、様々な反応条件を検討
エーテル系溶媒、高い触媒量、過剰量のトリメチルシリルアセチレンが、高収率を得るために有利
3: 基質適用範囲の調査
様々な2級ホスフィンオキシドを用いて、開発した合成法の適用範囲を調査
アリール環のオルト位に少なくとも1つのアルキル置換基を持つ基質は、対応するエタン-1,2-ジイルビス(ホスフィンオキシド)を高収率で生成する
4: 生成物の分析
得られた生成物を、NMR分光法、単結晶X線回折などを用いて分析し、構造を確認
また、DFT計算を用いて反応機構を検討し、実験結果を裏付けた
結果
1: 反応溶媒の影響
反応溶媒の極性が高いほど、収率が向上する傾向が見られた
特に、アセトニトリルは優れた溶媒であり、1時間後にはほぼ完全な変換 (92%) を達成した
2: 触媒量とトリメチルシリルアセチレン当量数の影響
触媒量が多いほど、反応速度が速くなる
また、トリメチルシリルアセチレンの当量数が多いほど、反応速度が向上した
3: 基質適用範囲
アリール環のオルト位にアルキル置換基を持つ2級ホスフィンオキシドは、目的の生成物を高収率で与えた
一方、オルト位が置換されていない基質では、異なる反応経路が進行し、目的の生成物は得られなかった
考察
1: 反応機構
DFT計算に基づいた反応機構を提案した
反応は、まずトリメチルシリルアセチレンからカリウムホスフィナイト種へのシリル移動によってアセチレンが生成されることから始まる
次に、嵩高いカリウムホスフィナイト Ar*2P−O−K がアセチレンを攻撃する
この反応シーケンスを繰り返すことで、予想外の嵩高いジホス誘導体 Ar*2P(O)−C2H4−P(O)-Ar*2 が得られる
2: 立体障害の影響
アリール環のオルト位にアルキル置換基が存在することで、求核剤がリン原子に近づくのを立体的に妨げ、目的の反応経路を促進していると考えられる
一方、オルト位が置換されていない基質では、求核剤がリン原子を攻撃しやすいため、異なる反応生成物が得られる
3: sブロック金属の影響
重いアルカリ金属 (K-Cs) は、リチウムやナトリウムの同族体よりも効率的に反応を触媒した
これは、金属イオンの柔らかさと分極率が反応速度に影響を与えていることを示唆
4: NMR分光法による反応追跡
NMR分光法を用いることで、反応中間体や生成物を同定し、反応機構を詳細に検討できた
特に、アセチレンの生成と消費、O-トリメチルシリルホスフィナイトの生成と変換などを確認した
5: カルシウムアセチリドを用いた合成法
トリメチルシリルアセチレンの代わりに、カルシウムアセチリドをアセチレン源として用いることで、より安全かつ簡便に目的の生成物を合成できた
この反応では、超塩基性条件下で、カルシウムアセチリドと2級ホスフィンオキシドが反応し、エタン-1,2-ジイルビス(ジアリールホスフィンオキシド)誘導体が生成
結論
sブロック金属塩基触媒を用いることで、嵩高いエタン-1,2-ジイルビス(ジアリールホスフィンオキシド)誘導体を効率的に合成する新しい方法を開発
この方法は、従来法と比較して、原子効率が高く、毒性の高い試薬を使用しない点で優れている
また、カルシウムアセチリドを用いた合成法は、より安全かつ簡便な方法として期待される
将来の展望
本合成法を他の基質へ展開し、さらなる高機能な有機リン化合物の開発
用語集
sブロック金属: 周期表の1族と2族に属する金属元素
ホスフィン: リン原子に3つの有機基が結合した化合物
ホスフィンオキシド: ホスフィンのリン原子が酸素原子と二重結合した化合物
Pudovik反応: ホスフィンオキシドのP-H結合を不飽和結合に付加させる反応
DFT計算: 分子の電子状態やエネルギーなどを計算する手法
NMR分光法: 原子核の磁気的な性質を利用して、分子の構造を解析する手法
単結晶X線回折: 結晶にX線を照射し、回折パターンを解析することで結晶構造を決定する手法
超塩基性条件: 非常に強い塩基性を示す条件
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