2024年7月31日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0086~

論文のタイトル: Light-Induced 1H NMR Hyperpolarization in Solids at 9.4 and 21.1 T

著者: Federico De Biasi, Ganesan Karthikeyan, Máté Visegrádi, Marcel Levien, Michael A. Hope, Paige J. Brown, Michael R. Wasielewski, Olivier Ouari, Lyndon Emsley*

雑誌: Journal of the American Chemical Society

出版年: 2024年


背景

1: NMRの感度向上の重要性

核磁気共鳴(NMR)分光法は固体の構造と動態の有力な分析手法

NMRの本質的な低感度が応用の障害となっている

核スピン超偏極法が感度向上に重要

マイクロ波誘起動的核偏極(DNP)が固体で最も一般的な手法


2: 光誘起超偏極法の可能性

光学的手法も固体で超偏極を生成可能

光化学的動的核偏極(photo-CIDNP)は光照射のみで超偏極を生成

固体状態でのphoto-CIDNPは主にタンパク質系で観察されてきた

13Cと15Nの超偏極が中心で、バルクへの偏極移動は限定的


3: 本研究の目的

合成分子を用いた1H photo-CIDNPの高磁場での実現

バルクへの1H超偏極の伝搬の実証

色素増感固体NMRへの応用可能性の探索


方法

1: 実験デザイン

PhotoPol-Sという新規ドナー-クロモフォア-アクセプター分子の設計

高磁場(9.4 Tと21.1 T)での1H NMR測定

マジック角回転(MAS)条件下での測定

100 Kの低温条件での実験


2: サンプル調製

PhotoPol-Sを1.5 mMの濃度でo-テルフェニル-d14に溶解

サンプルを3.2 mmサファイアローターに充填

酸素除去のために凍結脱気法で脱気


3: 測定条件

400 MHzと900 MHz NMR分光計を使用

3.2 mm MAS DNPプローブを使用

450 nmの青色レーザーで連続光照射

レーザー出力: 1.2-1.3 W

8 kHz MASと70秒の繰り返し時間で測定


結果

1: 1H NMRシグナル増強

900 MHzで106倍、400 MHzで88倍のシグナル増強を観測

超偏極したOTPマトリックスの残留1Hシグナルを検出

PhotoPol-S分子からバルクへの1H-1Hスピン拡散を確認


2: 偏極ビルドアップ

光照射下での偏極ビルドアップがT1緩和より速い

偏極遅延時間の増加とともに増強度が減少

スピン拡散長が>200 nmと推定され、均一な偏極を示唆


3: マトリックスプロトン化の影響

OTPのプロトン化度を5%に増加させると増強度が約60%に低下

バルク核間のスピン拡散が律速段階でないことを示唆


考察

1: 超偏極メカニズム

Three-spin mixing (TSM)メカニズムが主要な超偏極生成過程

PhotoPol-Sの大きな電子-電子カップリングがTSMを可能に

1H Larmor周波数と完全には一致しないが、十分な効率を実現


2: 高磁場での1H photo-CIDNP実現の意義

初めての高磁場(9.4 Tと21.1 T)での固体1H photo-CIDNP

合成分子を用いたバルクへの超偏極伝搬の実証

色素増感固体NMRへの応用可能性を示唆


3: 超偏極効率の考察

長い超偏極ビルドアップ時間が観測される

PhotoPol-S分子内での1H超偏極生成が律速段階の可能性

偏極剤の構造最適化による効率向上の余地


4: 研究の限界点

単一の偏極剤分子のみを検討

限られた磁場強度での実験

温度依存性や他のマトリックスでの挙動は未検討


結論

高磁場での光誘起1H NMR超偏極を実現

約100倍のシグナル増強を達成


将来の展望

色素増感高磁場固体NMRの更なる開拓

偏極剤の最適化による更なる性能向上の可能性

2024年7月30日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0085~

論文のタイトル: Site-Selective Distal C(sp3)−H Bromination of Aliphatic Amines as a Gateway for Forging Nitrogen-Containing sp3Architectures

著者: Jinhong Chen, Clarence Tan, Jesus Rodrigalvarez, Shuai Zhang, Ruben Martin

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

出版年: 2024年


背景

1: アミン化合物の重要性

2022年の上位200種の小分子処方薬の82%がアミノ基を含む

窒素含有骨格の合成手法が近年急速に発展

C(sp3)−H官能基化による窒素含有骨格類の合成が注目されている

後期段階での構造多様化が可能になる


2: 既存の手法と課題(アミンのC(sp3)−H官能基化の現状)

α位官能基化:超塩基、酸化プロセスを使用

β位官能基化:イミン-エナミン平衡を利用

遠位C(sp3)−H官能基化:金属触媒、アミジルラジカル、Ir触媒ボリル化

アンモニウム塩を利用した手法も開発されている

しかし、予測可能な位置選択性を持つ統一的手法が不足


3: 研究の目的(新しいC(sp3)−H官能基化戦略の開発)

未保護の一級・二級アミンの遠位C(sp3)−H結合を選択的に臭素化

予測可能な位置選択性パターンの確立

得られた臭素化中間体を利用した多様な変換反応の開発

医薬品化学に関連する窒素含有sp3骨格への迅速なアクセス


方法

1: C(sp3)−H臭素化反応条件の最適化

モデル基質:n-プロピルアミン

臭素源:1,3-ジブロモ-5,5-ジメチルヒダントイン(DBDMH)

酸性条件:過塩素酸(HClO4)

光触媒:テトラ-n-ブチルアンモニウムデカタングステート(TBADT)

光源:390 nm照射


2: 電子的効果による位置選択性の制御

アミンのプロトン化により近位C(sp3)−H結合のHAT抑制

DFT計算による結合解離エネルギーと電子密度の解析

プロトン化アミンの β位C(sp3)−H結合が最も反応性が高い

長鎖アミンでは最遠位のメチレン部位で反応が進行


3: 基質適用範囲の検討

直鎖状アルキルアミン

環状アミン(ピロリジン、ピペリジン、アゼパン)

アミノ酸

含フッ素化合物

市販薬(バクロフェン)


結果

1: 直鎖状アルキルアミンの臭素化

n-プロピルアミン:β位選択的臭素化(2a

n-ブチルアミン:γ位選択的臭素化(2c

n-ペンチルアミン:δ位選択的臭素化(2d、70%選択性)

アミノ酸:側鎖の構造により選択性が変化(2e, 2f


2: 環状アミンの臭素化

ピロリジン:β位選択的臭素化(2m

ピペリジン:γ位とβ位の混合物(2n

アゼパン:γ位選択的臭素化(2t、88%選択性)

置換基効果:メチル基、シアノ基により選択性が変化(2o, 2p, 2q


3: 臭素化中間体の変換反応

アジリジン、アゼチジンの合成(3a-3d

2-オキサゾリドンの合成(3f-3g

Ni触媒クロスカップリング反応(4a, 4c

Pd触媒Heck型反応(4b

C-N、C-O結合形成反応(4d-4f


考察

1: 位置選択性の制御要因

アミンのプロトン化による近位C-H結合の電子的摂動

結合解離エネルギーと電子密度の相関

長鎖アミンでの最遠位選択性:電子的影響の減衰


2: 従来法との比較(本手法の特徴と利点)

Hofmann-Löffler-Freytag反応との違い:より柔軟な環構築

金属触媒を用いない温和な条件下での反応

未保護アミンに直接適用可能

予測可能な位置選択性パターン


3: 合成的有用性(医薬品化学への応用)

多様な含窒素複素環の迅速合成

後期段階での構造修飾が可能

市販薬の合成:Azelastine®、Fluoxetine®の形式全合成


結論

未保護アミンの遠位C(sp3)−H臭素化法の開発に成功

予測可能な位置選択性パターンを実現

多様な含窒素sp3骨格への合成的アクセスを可能に

医薬品化学における有用性を実証


将来の展望

三級アミンへの適用性の検討

位置選択性のさらなる向上

不斉誘起を伴う変換反応の開発

大規模合成への適用性の検証

今後の創薬への応用に期待

2024年7月29日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0084~

論文のタイトル: Evaluating the interactions between vibrationalmodes and electronic transitions using frontierorbital energy derivatives(フロンティア軌道エネルギー導関数を用いた振動モードと電子遷移の相互作用の評価)

著者: Lisa A. Schröder, Harry L. Anderson, Igor Rončević

雑誌: Chemical Communications

出版年: 2024年


背景

1: 研究の背景

分子の光電子特性は振動の影響を受ける

平衡構造での計算だけでは不十分な場合がある 

核運動の効果を考慮するには多くの計算が必要

電子構造と強く結合した振動を特定する低コスト手法が求められている


2: 既存の課題

垂直励起エネルギーは核運動を考慮すると低エネルギー側にシフトする

ゼロ点振動でもこの効果(ZPR)が存在し、平均0.35 eV程度

ZPRは少数の振動モードで説明できる場合が多い

重要な振動モードを特定するのは難しい


3: 研究の目的

フロンティア軌道エネルギーの振動モードに対する導関数を用いた手法の提案

電子構造と強く結合した振動モードの低コストでの特定

垂直励起エネルギーへの振動の影響の評価

電子-振動結合の強い系での特定振動の効果の分析


方法

1: 静的束縛近似(SBA)の導入

励起子束縛エネルギーの幾何依存性を無視

光学ギャップの変化を基本ギャップの変化で近似

軌道エネルギー導関数から基本ギャップの変化を計算可能

電子構造と強く結合した振動の特定が可能


2: SBAの検証

Thielのベンチマークセット(30の小さな有機分子)を使用

TD-DFT計算(B3LYP/def2-SVP)で垂直励起エネルギーの変化を計算

各振動モードについてゼロ点振動を考慮した特徴的な幾何構造で計算

SBAによる予測とTD-DFT計算結果を比較


3: 強い電子-振動結合系への適用

ブタジイン連結ポルフィリン二量体ラジカルカチオン(1+)を対象

フロンティア軌道エネルギーの振動モードに対する導関数を計算

赤外活性振動(IRAV)との関連を調査

双極子モーメント変化と軌道エネルギー導関数の比較


結果

1: SBAの有効性

30分子中18分子でSBAが良好に成立

5分子では一部の振動(主に伸縮)で重要性を過小評価

非常に小さな分子(エテン、シクロプロパン等)ではSBAが成立しない

HOMO-LUMO遷移でない第一励起状態でもSBAは有効


2: 電子構造との結合

多くの小さな有機分子で15%未満の振動モードのみが強く結合

SBAで最も強く結合した振動モードを高い信頼性で特定可能

非常に小さな系を除き、強結合振動を正しく特定


3: 強結合系での適用

ポルフィリン二量体ラジカルカチオン(1+)でIRAVを特定

フロンティア軌道エネルギー導関数がIRAVで大きな値を示す

SOMO-3までの軌道もIRAVに大きく寄与

基本ギャップの変化ΔEgapがIRAV位置で非常に大きい


考察

1: SBAの利点

励起状態計算なしで電子構造と強く結合した振動を特定可能

計算コストが大幅に削減される

分子サイズが大きくなるほどSBAの精度が向上する可能性


2: SBAの限界

軌道結合の非対称性は評価できない

平衡構造近傍でのみ有効

縮退/準縮退軌道では過大評価の傾向

他の軌道が関与する遷移には1回の励起状態計算が必要


3: IRAVの解析

フロンティア軌道エネルギー導関数でIRAVを特定可能

対称性により赤外不活性なモードも検出可能

複数の占有軌道がIRAVに寄与することを示唆


結論

フロンティア軌道エネルギー導関数を用いた振動-電子結合の評価法を提案

多くの小分子で静的束縛近似(SBA)が有効であることを実証

電子構造と強く結合した振動モードを低コストで特定可能

強結合系(IRAVなど)の解析にも有用

分子特性の平衡構造外での予測精度向上に貢献


将来の展望

より大きな分子系への適用

温度効果の考慮

混合原子価系への応用


2024年7月28日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0083~

論文のタイトル: Polycyclic bis(amido)cyclodiphosphazane complexes of antimony(III) and bismuth(III): syntheses, molecular structures and solution behaviour(ポリサイクリックビス(アミド)シクロジホスファザンのアンチモン(III)およびビスマス(III)錯体:合成、分子構造、溶液挙動)

著者: Daniel F. Moser, Ingo Schranz, Michael C. Gerrety, Lothar Stahl, Richard J. Staples

雑誌: J. Chem. Soc., Dalton Trans.

ページ: 751–757

出版年: 1999年


背景

1: 研究の背景

リン系アミドは良く知られた無機化合物群

重元素(Sb, Bi)のアミド類縁体は少ない 

重元素アミド化合物は不安定で応用が限られていた

有機金属化合物や固体材料の前駆体として注目


2: 研究の目的

重元素(Sb, Bi)のアミド錯体の合理的合成法の確立

予測可能な構造を持つ単量体錯体の合成

配位空間を制御した新規錯体の設計


方法

1: 研究のアプローチ

ビス(アミド)置換無機複素環を配位子として使用

アンチモンおよびビスマスの3価錯体を合成

X線結晶構造解析による分子構造の決定

NMR分光法による溶液中の挙動解析


2: 合成方法

SbCl3やBiCl3と[(PNtBu)2(NRLi・THF)2]の反応

得られた塩化物錯体からの置換反応

置換基: N3-, OPh-, N(SiMe3)2-

トルエン溶媒中で結晶化


3: 構造解析

X線単結晶構造解析による分子構造の決定

CCD検出器付きBruker SMART回折計を使用

データ収集温度: 193 K

SHELXS-90およびSHELXL-97プログラムで構造精密化


結果

1: 錯体の分子構造

歪んだCs対称性を持つ多環式かご型構造

平面状シクロジホスファザン環を基部に持つ

重元素(SbまたはBi)が環上方に位置

3配位ピラミッド型構造の重元素中心


2: 結合長の比較

Sb-N結合長: 2.069-2.120 Å (アミド結合)

Sb-N結合長: 2.421-2.656 Å (環窒素からの配位結合)

Sb-Cl結合長: 2.439-2.492 Å

Sb-N3結合長: 2.199 Å


3: 溶液中の挙動

室温NMRでtert-ブチルイミノ基が非等価

加熱により信号がブロード化・融合

ビスマス錯体は室温以下で信号融合

ピラミダル反転による動的挙動を示唆


4: ピラミダル反転の活性化エネルギー

アンチモン錯体: >100 kJ/mol

ビスマス錯体: 53.6 kJ/mol

フェニル置換体: 77.4 kJ/mol

中心元素と配位子の嵩高さに依存


考察

1: 構造的特徴

多環式コア構造が錯体の安定性に寄与

嵩高い置換基が重元素の配位環境を制御

シクロジホスファザン環が配位空間を制限


2: 動的挙動

ピラミダル反転は分子内過程

活性化エネルギーは配位子と中心元素に依存

有機アンチモン・ビスマン化合物と類似の挙動


3: 研究の限界点

ビスマス錯体の合成収率が低い (30-40%)

X線構造解析で一部の錯体に disorder が見られた

溶液中の挙動解析が限られた温度範囲


結論

新規アンチモン・ビスマムアミド錯体の合成に成功

X線構造解析により分子構造を決定

溶液中でのピラミダル反転挙動を確認

重元素アミド化学の新たな可能性を提示


将来の展望

より安定な重元素アミド錯体の設計と合成

錯体の触媒活性や材料特性の探索

非対称なシクロジホスファザン配位子の開発

他の重元素(As, Te)への応用可能性の検討

理論計算による反転機構のさらなる解明

2024年7月27日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0082~

論文のタイトル: A Tandem Ring Closure and Nitrobenzene Reduction with Sulfide Provides an Improved Route to an Important Intermediate for the Anti-Tuberculosis Drug Candidate Sutezolid

著者: Hanuman P. Kalmode, Ongolu Ravikumar, Dinesh J. Paymode, John Bachert, Justina M. Burns, Rodger W. Stringham, Sarah L. Aleshire, and Ryan C. Nelson* 

雑誌: Organic Process Research & Development 

巻: 28, 1195−1204

出版年: 2024年


背景

1: 研究の背景

結核は世界で最も致命的な感染症の1つ

2021年に約1100万件の症例、160万人の死亡

適切な治療を適時に行えば治癒可能

低中所得国で症例の大半が発生


2: 未解決の問題

低コストで効果的な薬剤へのアクセスが限定的

多剤耐性結核(MDR-TB)の出現

新規TB治療薬の開発が数十年間停滞

新薬の低コスト化が最優先課題


3: 研究の目的

スーテゾリドの低コスト合成ルートの開発

チオモルホリン環構築の新手法の確立

遷移金属を用いないニトロ基の還元法の開発

スーテゾリドの重要中間体の効率的合成


方法

1: 合成戦略

ジエタノールアミンと硫化ナトリウムを出発原料に使用

3段階の合成ルートを設計

チオモルホリン環の構築と還元を同時に行う


2: 主要な反応ステップ

Step 1: SNAr反応によるジオール中間体の合成

Step 2: メシル化による活性化

Step 3: 硫化物によるタンデム環化/還元反応


3: 分析・精製方法

HPLCによる反応進行のモニタリング

NMR、HRMS等による構造確認

活性炭処理による最終製品の精製


結果

1: Step 1の最適化

DEAを溶媒兼反応物として使用

80-90°Cで3当量のDEAを使用

94.8%の収率で目的物を単離


2: Step 2の最適化

アセトニトリル中、Et3Nを塩基として使用

MsCl 2.5当量で完全な変換を達成

89.8%の収率で目的物を単離


3: Step 3の最適化

EtOH/H2O混合溶媒中、Na2S·9H2Oを使用

2段階添加法により副生成物を抑制

65.4%の収率で目的物を得た(活性炭処理後94.2%純度)


考察

1: 主要な成果

チオモルホリンを直接使用しない新規合成ルート

遷移金属を用いないニトロ基の還元に成功

3段階で53-68%の総収率を達成


2: コスト面での利点

安価な出発原料(DEA、Na2S)の使用

チオモルホリンの直接合成・単離を回避

遷移金属触媒の使用を回避


3: プロセス化学的利点

各ステップでの単離・精製が容易

スケールアップ(100gスケール)に成功

安全性に配慮したプロセス設計(発熱制御等)


4: 研究の限界

最終生成物の純度がやや低い(活性炭処理で改善)

さらなる収率向上の余地がある

工業スケールでの実証が必要


結論

スーテゾリド中間体の低コスト合成ルートを確立

チオモルホリン環構築の新手法を開発

3段階プロセスの100gスケールでの実証に成功


将来の展望

さらなる純度向上と工業スケールでの検証

スーテゾリドの低コスト製造への道を開く

2024年7月26日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0081~

論文のタイトル: Norcaradiene–Cycloheptatriene Equilibrium: A Heavy-Atom Quantum Tunneling Case(ノルカラジエン-シクロヘプタトリエン平衡: 重原子量子トンネリングの事例)

著者: Juan García de la Concepción, José C. Corchado, Pedro Cintas, Reyes Babiano

雑誌: The Journal of Organic Chemistry

出版年: 2024年


背景

1: 研究の背景

ノルカラジエン-シクロヘプタトリエン平衡は50年以上化学者の関心を集めてきた

この平衡は対称性が許容される求電子的反応を含む

抗ウイルス薬テコビリマットの合成など、実用的な応用がある


2: 未解決の問題

ノルカラジエンの検出は困難で、長年議論の的だった

1981年にRubinが77Kで初めてノルカラジエンを検出したと報告

しかし、この実験結果には疑問が残されていた


3: 研究の目的

最新の量子化学計算によりノルカラジエン-シクロヘプタトリエン平衡を再検討

実験結果と理論計算の不一致を解明する

重原子量子トンネリング効果の影響を評価する


方法

1: 計算手法

revDSD-PBEP86二重ハイブリッド密度汎関数法を使用

D3BJ経験的分散力補正を適用

jun-cc-pVTZ基底関数セットで構造最適化を実施


2: エネルギー計算

完全基底関数セット極限への外挿でエネルギーを精密化

CCSD(T)-F12法でrevDSD-PBEP86の結果を検証

SMD溶媒和モデルでシクロヘキサン中の効果を考慮


3: 反応速度論計算

正準変分遷移状態理論(CVT)を適用

小曲率トンネリング(SCT)近似で量子効果を考慮

Pilgrimソフトウェアパッケージを使用


結果

1: エネルギー差

298.15 Kでの自由エネルギー差:

  - revDSD/CBS: 5.2 kcal/mol

  - CCSD(T)-F12: 6.1 kcal/mol

実験値(~4 kcal/mol)よりも大きい値を示す


2: 反応速度定数

50-80 Kで量子トンネリングによる平坦な領域を確認

80-190 Kで浅いトンネリング領域を観測

190 K以上で熱活性化反応が支配的に


3: 実験値との比較

100 Kでの活性化エネルギー:

  - 実験値: 6.1 kcal/mol

  - CVT/SCT計算: 2.2 kcal/mol

半減期の大幅な差:

  - 実験値: 3分

  - 計算値: 1.7 × 10^-5秒


考察

1: 主要な発見

ノルカラジエンの半減期は極めて短い

低温でも重原子量子トンネリングが支配的

実験での検出は困難である可能性が高い


2: 実験結果との不一致

Rubinの実験は浅いトンネリング領域で行われた可能性

アレニウスプロットは低温では適用できない

固体マトリックス中での反応速度は予想より遅い傾向がある


3: 理論計算の妥当性

フッ素化ビシクロ[4.1.0]ヘプタ-2,4,6-トリエンの系で検証

実験値と1桁程度の差で一致

100 K付近での計算結果の信頼性を支持


4: 研究の限界

極低温での計算は収束が困難

溶媒効果の完全な再現は困難

実験による直接的な検証が難しい


結論

ノルカラジエン-シクロヘプタトリエン平衡は重原子量子トンネリングに支配される

低温でのノルカラジエンの検出は極めて困難

従来の実験結果の再解釈が必要

有機分子の異性化における量子トンネリングの重要性を示唆


将来の展望

今後、類似系での実験的検証が望まれる

2024年7月25日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0080~

論文のタイトル: 9-Step synthesis of (−)-larikaempferic acid methyl ester enabled by skeletal rearrangement

著者: Mario E. Rivera, Lei Li, Aditya Kolisetti, Nina Chi, Mingji Dai*

雑誌: Chemical Communications

出版年: 2024年


背景

1: 研究背景

ラリカエンフェリン酸メチルエステルは抗腫瘍促進効果を持つ天然物

独特の四環式骨格を持つ再構成アビエタン型ジテルペン

トランスヒドリンダン、オキサビシクロ[3.2.1]オクタン、6つの不斉中心を含む

Larix kaempferiの葉から0.0006%の収率で単離された


2: 研究の重要性

EBVの初期抗原活性化に対する強力な阻害効果を示す

β-カロテンよりも効果的な抗腫瘍促進リード化合物

がん予防開発のための有望な候補化合物

生合成経路は提案されているが、未検証


3: 研究目的

アビエチン酸から出発する簡潔な合成経路の開発

骨格再構成戦略を用いた効率的な合成法の確立

全9工程での(−)-ラリカエンフェリン酸メチルエステルの合成


方法

1: 合成戦略の概要

酸化的C-C結合開裂による10員環ジケトンの形成

環状アルドール反応による6-5-7三環式骨格の構築

分子内オキサ-マイケル付加によるオキサ架橋の形成

アビエチン酸から出発する9工程合成


2: 主要な合成ステップ

C13-C15二重結合の選択的還元

C8-C9二重結合の酸化的開裂

アルミナまたはLiHMDSを用いた環状アルドール反応

Saegusa-Ito酸化によるエノンの形成


3: 最終段階の合成

TMS基の除去

オキサ-マイケル付加の誘起

AcOH/THF/H2O混合溶媒中での一段階反応


結果

1: 主要中間体の合成

化合物11から12a/12bの1:1混合物を71%収率で得た

混合物12a/12bから13a/13bの1:1混合物を49%収率で得た

混合物13a/13bから19を60-75%収率で得た(13aベース)


2: 環状アルドール反応の制御

Al2O3またはLiHMDSを用いて望ましいトランス5,7-融合環系を形成

化合物13aから19への変換が可能、13bは分解

化合物14aから19への変換も76%収率で成功


3: 最終生成物の合成

化合物19から20へのSaegusa-Ito酸化を70%収率で達成

化合物20から(−)-ラリカエンフェリン酸メチルエステルを45%収率で合成

合成品のNMR、質量分析、旋光度データが天然物と一致


考察

1: 合成戦略の有効性

骨格再構成と環状化戦略が効果的に機能

縮合6-6-6三環式骨格から6-5-7三環式骨格への変換に成功

全9工程という短い工程数で目的物の合成を達成


2: 鍵反応の重要性

酸化的C-C結合開裂が10員環ジケトン形成に重要

キレーション制御下の環状アルドール反応がトランス5,7-融合環系構築に不可欠

オキサ-マイケル付加がオキサビシクロ[3.2.1]オクタン形成に有効


3: 生合成経路への示唆

提案された生合成経路を支持する結果を得た

オキサ-マイケル反応がオキサ架橋形成の代替プロセスである可能性を示唆


4: 研究の限界

一部の中間体の立体選択性制御に課題が残る

最終段階の収率にさらなる改善の余地がある


結論

アビエチン酸から9工程で(−)-ラリカエンフェリン酸メチルエステルの合成に成功

骨格再構成と環状化戦略が複雑な天然物合成に有効であることを実証

生合成経路の理解に貢献し、新たな合成手法の可能性を示唆

抗腫瘍促進活性を持つ化合物の更なる研究開発への道を開いた


将来の展望

合成経路の最適化による収率の向上

類縁体の合成と構造活性相関研究

ラリカエンフェリン酸の抗腫瘍メカニズムの解明

がん予防薬としての開発可能性の探索

他の複雑な天然物への骨格再構成戦略の応用

2024年7月24日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0079~

論文のタイトル: Towards a comprehensive data infrastructure for redox-active organic molecules targeting non-aqueous redox flow batteries(非水系レドックスフロー電池のための包括的なデータインフラストラクチャの構築)

著者: Rebekah Duke, Vinayak Bhat, Parker Sornberger, Susan A. Odom, Chad Risko

雑誌: Digital Discovery 

巻: 2, 1152–1162

出版年: 2023


背景

1: 研究の背景

再生可能エネルギーの増加に伴い、エネルギー貯蔵ソリューションの需要が高まっている

レドックスフロー電池(RFB)は拡張性が高くコスト効率の良い新興技術

有機物ベースのRFBは金属ベースよりも広く入手可能で安価

非水系溶媒を用いるRFB(NARFB)は大きな電位窓を持ち、エネルギー貯蔵能力が高い


2: 研究課題

NARFBに適した酸化還元活性分子の設計には、主要な特性のバランスが必要

酸化還元電位、安定性、溶解度などの特性の基礎的な理解が不足している

NARFBのための大規模で幅広くアクセス可能な均一なデータが不足している


3: 研究の目的

NARFB用の酸化還元活性有機分子のための包括的なデータインフラの構築

43,000以上の分子の特性データを含むD3TaLESデータベースの開発

データ処理ツールとデータ共有・分析のためのインフラストラクチャの提供


方法

1: データベース設計

NoSQLスキーマを採用し、柔軟性と拡張性を確保

バックエンドデータベース:計算/実験中心のスキーマ、生データを格納

フロントエンドデータベース:分子中心のスキーマ、分析用に処理されたデータを格納


2: データ処理ワークフロー

D3TaLESウェブサイトを通じてデータファイルとメタデータをアップロード

既存のパーシングパッケージと独自コードを組み合わせて生データファイルを解析

管理者による承認後、バックエンドデータをフロントエンドプロパティに変換


3: 計算手法

密度汎関数理論(DFT)を用いた高スループット分子計算ワークフロー

(IP-tuned) LC-ωHPBE/Def2SVPレベルの理論をGaussian16ソフトウェアで使用

酸化還元電位、安定性、溶解度などの基本的特性を計算


結果

1: データベースの構成

総計43,168の独自構造を含む

平均分子量329 g/mol

31,583分子が完全な酸化プロファイルを持つ

28,000以上の還元プロファイルを含む


2: 主要な計算特性

酸化電位

緩和エネルギー

垂直および断熱イオン化ポテンシャル

溶媒和エネルギー

ラジカルカチオン安定性スコア


3: データ可視化

UMAPを用いた2次元化学空間上の酸化電位マッピング

酸化電位とラジカル安定性スコアの散布図

分子量分布のヒストグラム


考察

1: D3TaLESの主要な特徴

幅広い化学空間をカバーする大規模なデータセット

計算データと実験データの両方を統合可能な柔軟な構造

データ処理ツールとAPIによる容易なアクセスと分析


2: データベースの活用例

ファネルパイプラインを用いたNARFBカソライト材料候補の絞り込み

5つのテストを通じて43,168分子から364の潜在的システムを選別

原子数、合成アクセシビリティスコア、ラジカル安定性スコアなどを基準に使用


3: 研究の意義

NARFBの材料設計における構造-特性関係の解明を促進

機械学習や高スループットスクリーニングのための基盤を提供

有機レドックスフロー電池研究の加速に貢献


4: 研究の限界

現在のデータは主にDFT計算に基づいている

実験データの統合が今後の課題

特定の分子クラス(例:キノン系)に偏りがある可能性


結論

NARFBのための包括的なデータインフラストラクチャを構築

43,000以上の分子の計算データを含むD3TaLESデータベースを開発

データ処理ツールとAPIにより、コミュニティからの貢献と多様なデータ共有・分析が可能


将来の展望

今後は実験データの統合や機械学習モデルの開発に焦点を当てる

レドックスフロー電池研究だけでなく、酸化還元活性有機分子を応用する他の分野にも拡張可能

2024年7月23日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0078~

論文のタイトル: Direct Observation of a Roaming Intermediate and Its Dynamics(直接観察によるローミング中間体とその動力学の解明)

著者: Grite L. Abma, Michael A. Parkes, Weronika O. Razmus, Yu Zhang, Adam S. Wyatt, Emma Springate, Richard T. Chapman, Daniel A. Horke, Russell S. Minns

雑誌: Journal of the American Chemical Society 

巻: 146, 18, 12595–12600

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

化学反応は通常、遷移状態理論で特徴づけられる

ローミングは解離反応における新しい反応機構

ローミングでは、結合切断後に2つのフラグメントが互いの周りを動き回る

直接的な実験観察は困難だった


2: 未解決の問題点

ローミング中間体の直接観測が課題

中間体の形成と崩壊の時間スケールが不明

ローミングが進行する電子ポテンシャル面が不明確

アセトアルデヒドの光解離におけるローミング機構の詳細が不明


3: 研究目的

アセトアルデヒドの光解離におけるローミング中間体の直接観測

中間体の形成と崩壊の時間スケールの測定

ローミングが進行する電子状態の同定

ローミング機構の詳細な理解


方法

1: 実験手法

262 nmでアセトアルデヒドを励起

56 nm (22.3 eV)の極端紫外パルスでプローブ

時間分解光電子分光法を使用

全時間分解光電子スペクトルの2D fitを実施


2: 理論計算

アセトアルデヒドのポテンシャルエネルギー面を計算

S1とS0表面のC-C結合長とC-C-H角度に関する投影を作成

ローミング中間体の光電子スペクトルを理論的に計算


3: データ解析

崩壊関連スペクトル(DAS)を抽出

3つの時定数(50 fs, >2.5 ns, 190 ps)で実験データを表現

理論計算と実験データを比較


結果

1: 主要な結果 1

初期励起状態(S1)の急速な減衰(~50 fs)を観測

HCO生成物の急速な形成(<100 fs)を確認

ローミング中間体に帰属される広いピーク(5.3-7.6 eV)を観測


2: 主要な結果 2

ローミング中間体の寿命は190±10 psと測定

中間体の崩壊とHCO生成物の増加を同時に観測

理論計算はローミング中間体の実験的観測と一致


3: 主要な結果 3

S1とS0表面の交差(円錐交差)を理論的に同定

交差点周辺に広く平らな領域(プラトー)を確認

量子軌道計算でS1からS0への超高速内部転換を確認


考察

1: 反応機構

UV光吸収後、S1状態に励起

円錐交差を経て急速にS0状態に内部転換

S0状態でローミング中間体が形成

中間体は190 psの寿命で崩壊し、HCO等を生成


2: 三重項状態の役割

三重項状態への項間交差は本実験では否定的

262 nmの励起では、S1/S0円錐交差への障壁を超える

より長波長の励起では三重項状態が重要になる可能性


3: 先行研究との比較

本研究は初めてローミング中間体を直接観測

先行研究で示唆された複雑な電子状態遷移は観測されず

時間分解能の向上により、より単純な反応機構を提案


4: 研究の限界

CH4+CO生成物の直接観測は困難

単一光子励起に限定されるため、生成物の収率が低い

長時間スケールの量子軌道計算は実行不可能


結論

ローミング中間体の直接観測に初めて成功

中間体の形成(<100 fs)と崩壊(190 ps)の時間スケールを測定

ローミングは電子基底状態(S0)で進行することを確認

XUV光電子分光法がローミング動力学の研究に有効


将来の展望

より広範な分子系でのローミング中間体の直接観測

異なる励起波長での実験による反応経路の比較

長時間スケールの量子動力学シミュレーション手法の開発

ローミング反応の制御手法の探索

XUV光電子分光法の他の複雑な光化学反応への応用

2024年7月22日月曜日

有機典型元素化学〜その4〜:pKaと脱離能

 そのにて概説した求核性に影響を与える多数の要因と比較して、脱離基の有効性ははるかに簡単に予測可能です。このご時世ですから、『ブレンステッド塩基が弱いほど、より良い脱離基が形成される。』と覚えておけば、あとは調べればなんとかなるでしょう。具体的な手順としては、単純に、脱離基の共役酸のpKaを調べるだけで、その脱離能力を正確に把握できます。一般的な反応の多くを考える範囲では、以下のpKaの表はその目的のために十分によく役立ちます。


最良の脱離基は最も強い酸の共役塩基であることを覚えておきましょう。すなわち、ヨウ化物と臭化物は有機化学において優れたよく利用される脱離基です。最悪の脱離基は、アミド、水素化物、アルキルアニオンなどの非常に強い塩基です。水酸化物およびアルコキシド (RO) も有機化学では貧弱な脱離基です。好例なのは、ウィリアムソン エーテル合成でしょう。
CH3O + CH3I -> CH3OCH3 + I
すべての素反応と同様、この反応は原則として可逆的ですが、その逆反応(IによるCH3Oの置換)は、あらゆる条件で起こることはありません。
有機化学に特に言及して、さらにいくつかの反応を見ていきましょう。
フッ化物とシアン化物は、pKaの値で示唆されるよりもはるかに悪い脱離基です。教科書的には、これは C-F および C-CN 結合の強さを反映していると説明されることがありますが、この辺りの話はまた別途記事を作成できればと思います。
スルホネート類は、スルホン酸のpKa値で示唆されるよりも優れた脱離基です。アレーンスルホン酸塩 (ArSO3)、 特にp-トルエンスルホン酸塩(トシレート: TsO)、トシル酸アルキルは対応するアルコール類から容易に調製できるため、有機化学では一般的な脱離基です。さらに優れたスルホネートベースの脱離基として、トリフルオロメタンスルホン酸アニオン(トリフレート: TfO)が開発され、今日では多くの反応で利用されています。

多くの学生が有機化学を初めて学ぶ際に苦労するのは、ヨウ化物イオンが優れた求核剤であると同時に優れた脱離基であるという事実だと思います。対照的に、アルコキシドイオン(RO) は優れた求核剤ですが、脱離基としては不十分です。

この違いは何に起因するのでしょうか?その理由を探っていきます。

この難題に対する解決策は、求核試薬と脱離基は両方ともルイス塩基であるにもかかわらず、それらの有効性を制御する非常に異なる要因があるということです。
ヨウ化物の求核性は主にその分極率またはHSAB則でいうところの柔らかいことに起因します。アルコキシドイオンの求核性は、OとCδ+間の硬いもの同士の相互作用と、その結果生じるC-O結合の強さによるところが大きいです。
一方、脱離基の有効性とそのブレンステッド塩基性の間には明らかな逆相関があります。したがって、ヨウ化物は非常に弱い塩基であるため、優れた脱離基になります。アルコキシドアニオンは強塩基であるため、脱離基としては優れていません。
プロトン化は脱離基の有効性を大幅に高めます。例えば、臭化物アニオン自体は、例えばNaBrの形で、アルコール(有機化学では脱離基として悪名高いOH)とは反応しません。
Br + RCOH -X-> RCBr + HO
その一方で、濃 HBr による OH 基のプロトン化により、以下に示すように、はるかに優れた脱離基である水の脱離が可能になります。 
Br + RCOH2+ -> RCBr + H2O
したがって、濃HBrは、単純なアルコールを対応する臭化アルキルに変換するのに適した試薬です(※分子内に酸を受け取る他のブレンステッド塩基として働く官能基が存在しないと仮定する場合に限る)。

以上の脱離基についての概念は、かなり「有機中心」の見解を提示しているという点に注意してください。現在、そこに触れる別の記事を作成中ですが、注意点として、求電子中心が炭素でない場合には、他のさまざまな要因が作用して一筋縄でいかなくなる点でしょう。逆に、そこが有機典型元素化学の醍醐味であり、今後、普遍的なルールを探求する価値のあるところとも感じています。
求電子中心が炭素でない場合に影響を及ぼす要因の中で最も重要なのは、電気陰性元素間の単結合は通常弱く、容易に切断されるという事実です。有機化学とは異なり、水酸化物アニオンは ROOH 形式の基質にとって適切な脱離基です。同様に、チオレート (RS) は、有機化学では絶望的に貧弱な脱離基ですが、二価の硫黄原子の環は求核試薬によって容易に分解され、中間体として脱離基 (S) を残します。

2024年7月21日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0077~

論文のタイトル: Synthetic Studies on Bilobalide

著者: Akihiro Shiogai, Tatsuya Toma, Satoshi Yokoshima*

雑誌: Synlett 

巻: 31(03): 290-294

出版年: 2020


背景

1: ビロバリドの構造と特徴

ビロバリドはイチョウの葉から単離されたセスキテルペン

1967年に初めて単離され、1971年に構造決定された

3つのラクトン環と1つのシクロペンタン環からなる四環性骨格

2つの水酸基とtert-ブチル基を含む6つの連続した不斉中心を有する


2: ビロバリドの生物学的活性と合成研究

神経保護作用やGABA受容体アンタゴニスト活性などの生物活性を示す

複雑な構造と生物活性から、化学分野で注目を集めている

これまでに3つの研究グループによる全合成が報告されている


3: 研究の目的

ビロバリドの新しい合成経路の開発

対称性に着目した逆合成解析の提案

連続する4級炭素の構築を含む合成戦略の確立


方法

1: 逆合成解析

ビロバリドの対称性に着目した逆合成解析

環状無水物のDiels-Alder反応を鍵反応として提案

連続する4級炭素の構築を目指す


2: 環状無水物の合成

シクロペンタジエンを出発物質とする多段階合成

一重項酸素を用いた酸化反応

パラジウム触媒を用いた還元的環化反応


3: Diels-Alder反応と脱対称化

環状無水物とブタジエンのDiels-Alder反応

立体選択的な反応による4級炭素の構築

対称ジオールの脱対称化反応


4: 官能基変換と環化反応

tert-ブチル基の導入

1,3-異性化反応による第3級アルコールの位置制御

酸性条件下での環状アセタール形成


結果

1: 環状無水物の合成

シクロペンタジエンから9段階で環状無水物11を合成

一重項酸素を用いた酸化反応で高収率でジオールを得た

AZADOを用いた酸化反応でジカルボン酸を効率的に合成


2: Diels-Alder反応と脱対称化

環状無水物11とブタジエンのDiels-Alder反応が室温で進行

立体選択的に2つの4級炭素を含む三環性化合物12を得た

PCCを用いた酸化反応で対称ジオール14から脱対称化を達成


3: 官能基変換と環化反応

tert-ブチルリチウムの付加反応でtert-ブチル基を導入

2,3,4,5-テトラフルオロフェニルボロン酸を用いた1,3-異性化反応

酸性条件下での環状アセタール形成と立体反転を伴う環化反応


考察

1: 合成戦略の有効性

対称性に着目した逆合成解析が効果的であった

Diels-Alder反応による4級炭素の構築が高い立体選択性で進行

脱対称化戦略により効率的に複雑な骨格を構築できた


2: 鍵反応の成功

環状無水物のDiels-Alder反応が予想通り進行

PCCを用いた酸化的脱対称化が高収率で進行

酸性条件下での環状アセタール形成と立体反転が同時に進行


3: Coreyの中間体との比較

合成した化合物22bがCoreyの全合成中間体と一致

新しい合成経路でCoreyの中間体に到達できた

本研究の合成戦略の妥当性が示された


4: 課題と今後の展望

第3級アルコールの立体化学制御が課題として残る

Mukaiyama水和反応で望まない立体化学の第3級アルコールが生成

さらなる立体選択的反応の開発が必要


結論

ビロバリドの新しい合成経路を開発

対称性を利用した効率的な合成戦略を確立

連続する4級炭素の構築に成功

Coreyの中間体への到達を達成


将来の展望

第3級アルコールの立体制御が今後の課題

さらなる反応開発によるビロバリド全合成への展開が期待される

2024年7月20日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0076~

 論文のタイトル: Synthesis of tribenzo-1,6-diazabicyclo[4.4.4]tetradecane(トリベンゾ-1,6-ジアザビシクロ[4.4.4]テトラデカンの合成)

著者: Hiroyuki Takemura, Seri Kuwahara, Hinano Nakamura, Shoko Munakata, Yumi Tsukada, Yuri Asami, Megumi Tominaga, Miwako Yoshida, Shiori Furuya, Mizuki Hirose, Miki Ikeda, Kazue Katai, Miyako Kanagawa, Yukie Nomoto, Tetsuo Iwanaga, Katsuya Sako

雑誌: Tetrahedron Letters

巻: 141, 155065

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

アザマクロサイクリックケージ化合物の研究が進行中

m-キシリレンや2,6-ルチジレン環を含むクリプタンドが特異的な包接現象を示す

p-キシリレンユニットを用いた大型立方体ケージ化合物も得られている

新たにo-キシリレンユニットを持つクリプタンドの設計を計画


2: 研究の目的

1,6-ジアザビシクロ[4.4.4]テトラデカンのベンゾ類縁体(1)の合成

小さな金属カチオンスカベンジャーや新型プロトンスポンジとしての可能性を探る

高度に対称的なプロペラ状クリプタンドの合成と性質の解明


3: 研究アプローチ

Alderらの合成ルートに基づくアプローチ

2,11-ジアザ[3.3]-o-シクロファンからの新規合成ルートの開発

得られた化合物の構造解析と理論計算による最適化構造の推定


方法

1: 合成アプローチ1

5,7,12,14-テトラヒドロフタラジノ[2,3-b]フタラジン(2)からの合成

o-キシリレンジブロミドとの反応

生成物の単離と構造解析


2: 合成アプローチ2

2,11-ジアザ[3.3]-o-シクロファン(8)からの合成

トシル基の除去とo-キシリレンジブロミドとの環化反応

プロトンテンプレート合成法の適用


3: 構造解析と計算

X線結晶構造解析による中間体の構造決定

DFT計算による最終生成物の最適化構造の推定

NMRスペクトル解析による構造確認


結果

1: アプローチ1の結果

目的の化合物1ではなく、1-アゾニア-6-アザトリシクロ[4.4.4.01,5]テトラデカントリベンゾ類縁体(4)が主生成物として得られた

化合物4の結晶構造を決定

化合物4の還元は目的の1を与えなかった


2: アプローチ2の結果

2,11-ジアザ[3.3]-o-シクロファン(8)の合成に成功

化合物8o-キシリレンジブロミドの反応により目的の1・H+]を73.3%の収率で得た

化合物1・H+は10%水酸化カリウム水溶液で容易に脱プロトン化された


3: 構造解析結果

化合物1のN···N距離は270.6 pm(DFT計算)

化合物1・H+のN···N距離は251.5 pm、N-H+結合長は115.3 pm(DFT計算)

化合物1・H+では内部プロトンが一方の窒素原子に偏っている


考察

1: 合成経路の考察

Alderのルートでは目的化合物が得られず、トリシクロ化合物4が生成

プロトンテンプレート合成法が1・H+の合成に有効

溶媒条件の最適化が重要(クロロホルム中、塩基なし)


2: 構造特性の考察

化合物1・H+は親化合物の骨格1,6-ジアザビシクロ[4.4.4]テトラデカン(A)と異なり、非対称的なプロトン配置を示す

弱いNH+···N水素結合の形成が示唆される

ベンジル型環状ジアミンと脂肪族二環性ジアミンの挙動の違いを確認


3: 塩基性の考察

化合物1は通常のアミンと同程度の弱い塩基性を示す

トリベンジルアミン(pKa = 4.1, DMSO)の弱い塩基性が影響

プロトンスポンジAとは異なる性質を持つ


4: 研究の限界

結晶構造が得られなかったため、理論計算に頼らざるを得なかった

化合物1の応用可能性についてはさらなる研究が必要

金属カチオンとの相互作用に関する実験データが不足


結論

新規クリプタンド1の合成に成功

ベンゾ類縁体は親化合物とは異なる性質を示す

弱い塩基性と非対称的なプロトン配置が特徴


将来の展望

金属カチオンスカベンジャーとしての可能性を探る必要性

ベンジル型環状ジアミンの特性をさらに解明する研究の重要性

Catch Key Points of a Paper ~0075~

論文のタイトル: Organocatalytic desymmetrization provides access to planar chiral [2.2]paracyclophanes(有機触媒による不斉非対称化が面不斉[2.2]パラシクロファンへのアクセスを可能にする)

著者: Vojtěch Dočekal, Filip Koucký, Ivana Císařová & Jan Veselý

雑誌: Nature Communications

巻: 15, 3090

出版年: 2024


背景

1: 面不斉[2.2]パラシクロファンの重要性

[2.2]パラシクロファンは2つのベンゼン環がエチレン架橋で結合した化合物

高い立体配座安定性: 最大200°Cまで保持

不斉合成の配位子や触媒として幅広い応用

材料科学でポリマー、エネルギー材料、色素として利用


2: 既存合成法の限界

光学活性体合成の課題: 分割法や速度論的分割に限定、収率50%以下

ラセミ体の光学分割: 時間とコストがかかる

速度論的分割: 金属触媒や酵素を使用、基質範囲が限定的

効率的な合成法の開発が課題


3: 研究目的

有機触媒による不斉非対称化の開発

プロキラルなジホルミル[2.2]パラシクロファンの不斉非対称化

N-ヘテロ環状カルベン(NHC)触媒を用いた酸化的エステル化

中心不斉から面不斉への効率的な不斉転写

高収率・高選択的な合成法の確立


方法

1: 反応条件の最適化 

基質: 疑似パラ-ジホルミル[2.2]パラシクロファン (1a)および疑似ゲム-ジホルミル[2.2]パラシクロファン (1b)

触媒スクリーニング

酸化剤・塩基・溶媒


2: 基質適用範囲の検討

脂肪族アルコール

芳香族アルコール

天然物・生理活性化合物由来アルコール

チオール


3: 反応機構の検討

重水素ラベル実験

速度論的同位体効果 (KIE)

エナンチオ制御


4: 合成的有用性

グラムスケール合成と誘導体化

二官能性触媒の開発と応用


結果

1: 最適反応条件

触媒: アミノ酸由来のNHC前駆体

酸化剤: 3,3',5,5'-テトラ-tert-ブチルジフェノキノン(DQ)

塩基: 炭酸セシウム

溶媒: ジクロロメタン


2: 触媒スクリーニング結果

疑似パラ体の不斉非対称化:

  - L-バリン由来NHC前駆体 (pre-C1): 51% 収率, 92:8 er

  - L-フェニルアラニン由来NHC前駆体 (pre-C2): 82% 収率, 93:7 er

最終的な最適条件: pre-C1, 収率87%, エナンチオ選択性99:1 er

疑似ゲム体の不斉非対称化:

  - pre-C1(室温より低温で実施): 91% 収率, 99.5:0.5 er

  - ジエステル副生成物の生成なし


3: 反応の基質適用範囲 - 疑似パラ体

脂肪族アルコール: 高収率・高選択性で進行

  - メタノールからラウリルアルコールまで高収率・高選択性

  - 官能基許容性: ハロゲン、メトキシ、アルケニル、アルキニル基

芳香族アルコール: ベンジルアルコール、2-フェニルエタノールで良好

  - 2-(フェロセニル)エタノール: 収率80%, 97:3 er

天然物・生理活性化合物由来アルコール:

  - インドメタシン、プロリン、ビオチン、ケノデオキシコール酸

  - スルフロール、シトロネロール、保護グルコース誘導体

チオール: チオエステル形成可能、収率・選択性はやや低下


4: 反応の基質適用範囲 - 疑似ゲム体

脂肪族アルコール: 高収率・高選択性を維持

芳香族アルコール: 2-フェニルエタノールで94% 収率, 99.5:0.5 er

天然物由来アルコール: コレステロールで84% 収率, 99.5:0.5 er


5: 反応機構の検討結果 - 疑似パラ体 vs 疑似ゲム体

疑似パラ体 (1a): 重水素ラベル実験によりBreslow中間体の可逆的形成を確認

疑似ゲム体 (1b): 重水素取り込みがなかったことからBreslow中間体の不可逆的形成


6: 合成的有用性 - グラムスケール合成と誘導体化

疑似ゲム体 (1b) のグラムスケール合成:

  - 収率88%, エナンチオ選択性99.5:0.5 er

アルデヒド基の変換反応:

  - チオエステル化: NHC触媒による酸化的条件下, 収率93%

  - Wittig反応: オレフィン形成, 収率98%

  - 還元的アミノ化: 2級アミン形成, 収率71%

  - アルコールへの還元: 収率95%

  - Pinnick酸化: カルボン酸形成, 収率92%

光触媒前駆体の合成: 収率76% (3段階)


7: 二官能性触媒の開発結果

Baeyer-Villiger酸化、還元、酸化を経て新規プラナーキラル触媒を合成

カルボン酸を有する二官能性触媒を合成


考察

1: 反応機構の考察

疑似パラ体 (1a): 

  - 速度論的同位体効果 (KIE): 2.8 (プロトン移動が律速段階)

  - エナンチオ制御: 不斉非対称化 (kR/kS = 7.6/1) + 速度論的分割 (s = 4.1)

疑似ゲム体 (1b): 

  - KIE: ~0.5 (カルベンの求核攻撃が律速段階)

  - エナンチオ制御: 不斉非対称化のみ (kR/kS > 400/1)


2: 二官能性触媒の活性

アミナール化反応: 高収率で生成物を得るが、エナンチオ選択性は低い

Henry反応: 高収率で生成物を得るが、エナンチオ選択性は低い


結論

NHC触媒を用いたジホルミル[2.2]パラシクロファンの不斉非対称化法の開発

高収率・高エナンチオ選択性で面不斉化合物を合成 (最高99.5:0.5 er)

幅広い基質適用範囲: 脂肪族、芳香族、天然物由来アルコール

疑似パラ体と疑似ゲム体でのエナンチオ制御メカニズムの違いを明確化

グラムスケール合成の実現

多様な官能基変換の可能性を実証


将来の展望

新規面不斉触媒や配位子合成への応用

有機触媒による不斉合成の新たな可能性の開拓

2024年7月19日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0074~

論文のタイトル: Ferroelastic Control of the Multicolor Emission from a Triply Doped Organic Crystal

著者: Patrick Commins, Marieh B. Al-Handawi, Caner Deger, Srujana Polavaram, Ilhan Yavuz, Rachid Rezgui, Liang Li*, K. N. Houk, and Panče Naumov*

雑誌: Journal of the American Chemical Society

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

結晶性有機固体の発光は非発光性エネルギー移動の脱励起過程によって容易に消光する

蛍光体のポリマーや他のホストへの分散が発光強度向上に使用される

しかし、この戦略はゲストの配向のランダム化と粒界での光学損失をもたらす


2: 未解決の問題

有機結晶は定まった形状と脆さを持つため、発光材料の足場としては望ましくない

しかし、秩序だった密に詰まった格子を持ち、異方性発光が可能

小分子などの不純物をホストでき、マトリックス分離効果が発光を増強・調整できる


3: 研究目的

本質的に非発光性のアニリニウムブロミド単結晶に3つの蛍光性有機分子をドープ

青から深いオレンジまでの発光特性を付与

強誘電弾性双晶化による発光強度の可逆的調整を目指す


方法

1: 結晶作製方法

アニリンとアントラセンをアクリジンオレンジと共に溶解

48%臭化水素酸とメタノールに溶解

48時間かけてゆっくり蒸発させて単結晶を成長


2: ドーパントの選択と特性評価

フェナジン、アントラセン、アクリジンオレンジを選択

X線回折構造解析で結晶構造を確認

偏光蛍光顕微鏡で発光特性を評価


3: 計算手法

密度汎関数理論(DFT)に基づく第一原理計算を実施

B3LYP/6-311G(d,p)レベルで計算

ゲスト分子のホスト格子内での配向を決定


結果

1: ドープ結晶の発光特性

350-380 nm、480 nm、540 nmの励起でそれぞれ青、緑、オレンジ色の発光

CIE色度図上で340-550 nmの励起で広範囲の色調を実現

3つのドーパントの発光スペクトルが重なり合って多色発光を実現


2: 強誘電弾性双晶化の効果

結晶の(100)/(1̅00)面に圧力を加えると強誘電弾性双晶化が発生

双晶領域では発光強度が減少

双晶化・双晶解消過程で発光強度が可逆的に変化


3: ゲスト分子の配向

すべてのゲスト分子がb軸に沿って優先的に配向

双晶化により約83°回転

フェナジンは双晶化・双晶解消サイクルで徐々に無秩序化


考察

1: 多色発光メカニズム

3つのドーパントの選択的励起により広範囲の発光色を実現

ホスト格子がドーパントの配向を制御し、異方性発光を可能に

エネルギー移動プロセスにより発光特性が調整される


2: 強誘電弾性制御の意義

機械的力による発光特性の可逆的制御を実現

従来の有機発光材料にはない新しい機能

フォトンスイッチやセンサーへの応用可能性


3: ゲスト分子の動的挙動

双晶化・双晶解消過程でゲスト分子が再配向

フェナジンの無秩序化が他のドーパントと異なる挙動を示す

温度依存性実験により再配向過程の熱力学的特性を確認


4: 研究の限界

ドーパント濃度が非常に低く(< 0.3 wt%)、X線構造解析が困難


結論

非発光性有機結晶への多重ドープにより多色発光を実現

強誘電弾性効果を利用した発光制御の新しいアプローチを提示

フォースセンサーや光スイッチなどのオプトエレクトロニクスデバイスへの応用可能性

有機結晶の発光特性操作に新たな道を開く

外部刺激に応答・適応できる革新的材料・デバイス開発への指針を提供


将来の展望

発光強度の変化メカニズムの詳細な解明が今後の課題

実用化に向けた耐久性や再現性の評価が必要


2024年7月18日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0073~

論文のタイトル: Facile Energy Release from Substituted Dewar Isomers of 1,2-Dihydro-1,2-Azaborinines Catalyzed by Coinage Metal Lewis Acids(1,2-ジヒドロ-1,2-アザボリニン類の置換デュワー異性体からの容易なエネルギー放出: 貨幣金属ルイス酸による触媒作用)

著者: Robert C. Richter, Sonja M. Biebl, Ralf Einholz, Johannes Walz, Cäcilia Maichle-Mössmer, Markus Ströbele, Holger F. Bettinger, Ivana Fleischer

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

分子太陽熱システム(MOST)は太陽エネルギー貯蔵の有望な解決策

1,2-ジヒドロ-1,2-アザボリニンは新しいMOSTシステムとして導入された

高エネルギー密度(約48 kcal/mol)と光異性化の高い量子収率を持つ

メタ安定異性体の長い半減期が特徴


2: 未解決の問題

効率的で制御可能なエネルギー放出がMOSTシステムの決定的特性

既存の触媒(Wilkinson触媒)は高価な貴金属を使用

代替触媒の開発が重要


3: 研究目的

銀塩を1,2-ジヒドロ-1,2-アザボリニン誘導体のデュワー異性体の電子環状開環反応の触媒として調査

NMR分光法、X線結晶構造解析、反応速度測定、計算化学を組み合わせて反応機構を解明

BND1およびBND2の触媒作用による異性化メカニズムを解明


方法

1: 触媒スクリーニング

AgSbF6などの銀塩を用いてBND1の異性化反応を検討

弱配位性アニオンを持つ銀塩の効果を調査

反応条件: BND1 (150 μmol)、Ag源 (5 mol%)、DCM (0.5 mL)、室温、24時間


2: 構造解析

[BND1AgSbF6]2および[BNB1AgSbF6]2の単結晶X線構造解析

NMRスペクトル測定による溶液中の構造解析

計算化学によるエネルギー計算と反応機構の検討


3: 反応速度論的研究

BND1の異性化反応の一次反応速度定数を測定

アイリングプロットによる活性化パラメータの決定

同位体効果の測定によるレート決定段階の考察


結果

1: 触媒活性

AgSbF6が最も効果的な触媒:室温で24時間以内に定量的な異性化

弱配位性アニオンを持つ銀塩(AgClO4, AgBF4)も高い触媒活性を示した

Ag[Al(OC(CF3)3)4]は5時間で定量的な異性化を達成


2: 構造解析結果

[BND1AgSbF6]2の結晶構造:初めてのデュワーアザボリニン構造

BND1とAg+イオンがη2配位で二量体構造を形成

NMR解析:低温で銀イオンとの配位を確認、昇温で徐々に異性化


3: 反応速度論

[BND1AgSbF6]2の活性化エネルギー: 23.6 ± 0.7 kcal/mol

[BND1Ag[Al(OC(CF3)3)4]]xの活性化エネルギー: 24.9 ± 0.5 kcal/mol

二次同位体効果 (kH/kD = 1.10 ± 0.02): 架橋頭炭素のsp3からsp2への再混成が律速段階


考察

1: 触媒作用のメカニズム

銀イオンがBND1のC=C二重結合とメシチル基に配位

二量体構造[BND1AgSbF6]2が反応中間体として重要

計算結果:銀イオンの配位により活性化エネルギーが低下


2: 構造と反応性の相関

デュワー構造の歪みエネルギーが異性化の駆動力

銀イオンの配位によりさらに歪みが増大し、反応が促進

メシチル基の立体効果が異性体の安定性に寄与


3: 他のMOSTシステムとの比較

アザボリニン系の高いエネルギー密度と長い半減期が利点

銀触媒による制御可能なエネルギー放出が実用化に向けて重要

ノルボルナジエン/クアドリシクラン系との類似点と相違点


4: 研究の限界

銀触媒の酸化還元反応による副反応の可能性

溶媒効果の詳細な解明が必要

より広範な置換基効果の検討が今後の課題


結論

銀塩触媒によるアザボリニンMOSTシステムの効率的なエネルギー放出を実現

反応機構の解明:二量体中間体の重要性とLewis酸性の影響を明確化


将来の展望

より実用的な触媒系の開発と応用研究への展開が期待される

2024年7月17日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0072~

論文のタイトル: Tunably strained metallacycles enable modular differentiation of aza-arene C–H bonds

著者: Longlong Xi, Minyan Wang, Yong Liang, Yue Zhao, Zhuangzhi Shi

雑誌: Nature Communications

巻: 14:3986

出版年: 2023


背景

1: C-H活性化の課題

C-H結合の活性化は有機分子の機能化に重要

複数のC-H結合の中から特定の位置を選択することが課題

従来は立体的・電子的効果や配向基を利用

5-7員環の中間体を経由する方法が主流


2: ひずみのある金属環状中間体

3-4員環のような高度にひずんだ中間体の生成は困難

脂肪族アミンのC-H活性化では小さな金属環状中間体が報告済み

ベンゼン環が融合した類似体の形成はさらに困難

アザアレーンのC-H結合を区別する新しい戦略が必要


3: 本研究の目的

アザアレーンのC-H活性化における位置選択性の制御

3員環または4員環の金属環状中間体の形成

配位子の調整による反応位置の切り替え

キノリンなどの複素環化合物への適用


方法

1: 反応条件の最適化

3-メチルキノリンと(ブロモエチニル)トリイソプロピルシランの反応

[Rh(cod)Cl]2を触媒として使用

NaOtBuを塩基として使用

トルエン溶媒中、120°Cで反応


2: 配位子の影響

dtbpy (4,4'-ジ-tert-ブチル-2,2'-ビピリジン)を使用:C2位選択性

IMes・HCl (NHC配位子)を使用:C8位選択性

触媒前駆体の構造をX線結晶構造解析で確認


3: 基質適用範囲の検討

様々な置換基を持つキノリン類の反応

ベンゾ[f]キノリン、フェナントリジンなどの複素環化合物への適用

アルキニル臭化物の構造変更による影響の調査


結果

1: キノリン誘導体の位置選択的アルキニル化

C2位選択的アルキニル化:収率84%、C2/C8 = 99/1

C8位選択的アルキニル化:収率85%、C8/C2 = 92/8

電子供与基、ハロゲン、CF3基などの置換基に対応


2: 他のアザアレーンへの適用

ベンゾ[f]キノリン:C3位とC5位で選択的反応

フェナントリジン:C6位とC4位で選択的反応

4,7-フェナントロリン:モノおよびジ置換体を生成


3: 反応の一般性

グラムスケールでの反応にも適用可能

生成物の官能基変換による多様な誘導体合成

医薬品中間体や機能性材料の合成への応用


考察

1: 反応機構の考察

DFT計算による反応経路の解析

C-Br結合の酸化的付加が律速段階

配位子によるC-H活性化位置の制御


2: 位置選択性の起源

キノリンのC2位とC8位の電子密度の違い

配位子の立体効果と電子効果の影響

3員環vs 4員環中間体の安定性の差


3: 本手法の利点

配位子による簡便な位置選択性の制御

複素環化合物の直接的な官能基化

従来法では困難だった位置での反応が可能


4: 研究の限界点

一部の基質で反応性が低下

末端アルキンの反応性が低い

配位子の選択肢がまだ限られている


結論

3員環・4員環の金属環状中間体を経由するC-H活性化を実現

配位子による位置選択性の制御が可能に

アザアレーンの新しい官能基化法を開発


将来の展望

医薬品・機能性材料合成への応用が期待される

さらなる配位子設計による適用範囲の拡大が今後の課題

2024年7月15日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0071~

論文のタイトル: Sequential Selective Dissolution of Coinage Metals in Recyclable Ionic Media(リサイクル可能なイオン性媒体中での貴金属の連続選択的溶解)

著者: Dr. Anže Zupanc, Joseph Install, Dr. Timo Weckman, Dr. Marko M. Melander, Mikko J. Heikkilä, Dr. Marianna Kemell, Prof. Karoliina Honkala, Prof. Timo Repo

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

銅、銀、金は現代の電子機器に不可欠

天然資源は限られており、リサイクルが重要

既存のリサイクル方法には選択性や環境への影響に問題がある

新しい持続可能で選択的な方法の開発が必要


2: 未解決の問題点

従来法は腐食性が高く危険な鉱酸や有毒な浸出剤を使用

多くの廃水を生成し、環境への悪影響が大きい

選択性が低く、複雑な多段階処理が必要


3: 研究の目的

バイオマス由来のイオン性溶媒と環境に優しい酸化剤を用いた新しいアプローチの開発

銅、銀、金混合物からの単一金属の連続選択的溶解の実現

溶解媒体のリサイクルと再利用が可能なシステムの構築


方法

1: 研究デザイン

異なるイオン性媒体と酸化剤の組み合わせによる金属溶解実験

実際の電子廃棄物基板への適用試験

溶解反応と選択性の分析技術およびDFT計算による探索


2: 使用した材料と手法

イオン性媒体: コリンクロリド/尿素(ChCl/U)、乳酸(LA)

酸化剤: 過酸化水素水(H2O2)、Oxone

基板: 金属ワイヤー、プリント基板、金メッキ、太陽電池パネル


3: 評価項目と測定方法

金属溶解量: ワイヤー質量減少の経時変化測定

溶解選択性: 異なる金属の溶解挙動の比較

溶解メカニズム: 各種分析技術(EDS、XRD、UV/Vis)による解析

熱力学的検討: DFT計算による自由エネルギー評価


結果

1: 銅の選択的溶解

ChCl/U/H2O2系で銅を選択的に溶解(2.7 wt%)

銀と金は溶解せず

初期溶解速度: 0.48 mol/m2h


2: 銀の選択的溶解

LA/H2O2系で銀を高濃度で溶解(7.0 wt%)

金は溶解せず、銅は銀の1/4程度の溶解

初期溶解速度: 3.32 mol/m2h


3: 金の溶解

ChCl/U/Oxone系で銅と金が溶解

金の溶解量: 1.1 wt%

初期溶解速度: 0.11 mol/m2h


考察

1: 選択的溶解のメカニズム

イオン性媒体と金属イオンの相互作用が選択性に寄与

DFT計算により各系での溶解の熱力学的可能性を確認

塩化物イオンによる表面パッシベーションが銀の選択性に影響


2: 従来法との比較

鉱酸や有毒な浸出剤を使用せず、環境負荷が低い

連続的な選択溶解により多段階処理が不要

溶媒のリサイクルが可能で持続可能性が高い


3: 実用化への課題

溶解速度は従来法より遅い傾向

大規模適用時の物質移動や不純物蓄積の検討が必要

ライフサイクルアセスメントによる総合的な評価が必要


4: 研究の限界点

実験室スケールでの検証に留まっている

長期的な溶媒の安定性や再利用回数の検討が不十分

複雑な実廃棄物への適用性のさらなる検証が必要


結論

バイオマス由来のイオン性媒体を用いた貴金属の連続選択的溶解法を開発

環境負荷が低く、溶媒のリサイクルが可能な持続可能なプロセス

電子廃棄物からの金属回収に適用可能性を示す


将来の展望

循環型経済と持続可能な開発の目標に沿った新しいリサイクルアプローチ

2024年7月14日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0070~

論文のタイトル: Ni(2,2':6',2''-terpyridine)2: a high-spin octahedral formal Ni(0) complex

著者: Natalia Cabrera-Lobera, Estefanía del Horno, M. Teresa Quirós, Elena Buñuel, Magali Gimeno, William W. Brennessel, Michael L. Neidig, José Luis Priegoe, Diego J. Cárdenas 

雑誌: Dalton Transactions

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

Niの錯体は多様な酸化状態を取り得る

単純な基質の活性化や複雑な有機化合物合成に有用

特にNi(I)誘導体が重要な中間体として注目されている

2,2':6',2''-ターピリジン(tpy)はNi触媒反応で重要なリガンド


2: 未解決の問題

Ni(tpy)2錯体の合成と構造解析が報告されていたが、詳細な分光学データや結晶構造は未解明

先行研究では四面体構造の反磁性錯体と推定されていた

実際の電子構造や磁気的性質は不明確


3: 研究目的  

Ni(0)前駆体とtpyの反応で生成するNi(tpy)2錯体を単離・構造決定

固体状態および溶液中での磁気的性質を解明

DFT計算により電子構造を明らかにする


方法

1: 錯体の合成

Ni(cod)2とtpyをトルエン中で室温反応

ペンタンを蒸気拡散させ、-25°Cで結晶化


2: 構造解析  

X線結晶構造解析

1H NMRスペクトル測定(d8-THF中)

EPRスペクトル測定

Evans法による有効磁気モーメント測定


3: 磁化率測定

固体試料の温度依存磁化率測定(2-298 K)


4: 理論計算

DFT計算(M06-2x/6-31G(d)レベル)

単量体および二量体モデルで異なるスピン多重度を検討


結果

1: 結晶構造

八面体構造のNi(tpy)2錯体を単離

Ni-N結合長:2.127(7) Å (外側), 1.985(4) Å (内側)

ピリジン環間C-C結合長:1.456(12) Å 


2: 磁気的性質

溶液中: μeff = 4.9(2)μB (THF), 5.2(2)μB (トルエン) 

S = 2の基底状態を示唆

固体状態: 磁気モーメントは298 Kで3.8μBから2 Kで1.4μBに減少


3: 理論計算結果

単量体: 五重項状態(S=2)が最安定

二量体: π-スタッキング相互作用を持つ構造が安定

反強磁性的カップリングの可能性を示唆


考察

1: 電子構造の解釈

結晶構造とDFT計算から、Ni(II)中心に2つのラジカルアニオンtpyリガンドが配位した構造

[Ni2+(tpy-•)2]0として記述可能


2: 磁気的性質の考察

溶液中ではS=2の高スピン状態

固体状態では分子間相互作用による反強磁性的カップリングの可能性


3: 他の遷移金属錯体との比較

Ti, Cr, Mo, W錯体は反磁性(S=0)

Fe, Ru錯体はS=1を示す

Niは特異的にS=2を示す


4: 研究の意義

新規な高スピンNi(0)錯体の発見

リガンドによる電子非局在化の重要性を示唆

触媒前駆体としての可能性


5: 研究の限界

反応条件(溶媒、温度)の影響が十分に検討されていない

触媒活性の評価が行われていない


結論

八面体構造の高スピンNi(tpy)2錯体を初めて単離・構造決定

リガンドへの電子移動によりNi(II)中心が生成

固体状態では分子間π-スタッキングによる反強磁性的相互作用の可能性


将来の展望

新規な触媒前駆体や機能性材料への応用が期待される

2024年7月13日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0069~

論文のタイトル: Why •CF2H is nucleophilic but •CF3 is electrophilic in reactions with heterocycles(CF2HラジカルとCF3ラジカルの異なる反応性:ヘテロ環化合物との反応における求核性と親電子性)

著者: Meng Duan, Qianzhen Shao, Qingyang Zhou, Phil S. Baran, K. N. Houk

雑誌: Nature Communications

巻: 15巻, 4630号

出版年: 2024年


背景

1: フッ素化合物の重要性

フッ素化合物は農薬、医薬品、材料科学で広く応用されている

ヘテロ環化合物の直接的なジフルオロメチル化は未発達

10年以上前に、ジフルオロメタンスルフィン酸亜鉛が開発された


2: CF2HラジカルとCF3ラジカルの反応性の違い

CF2Hラジカルはアルキルラジカルや芳香族ラジカルと同様の求核性を示す

CF3ラジカルは親電子性を示す

この違いは経験的に観察されているが、理由は不明瞭


3: 研究の目的

CF2HラジカルとCF3ラジカルの反応性の違いを理論的に解明する

フッ素原子の影響を詳細に分析する

ヘテロ環化合物との反応における位置選択性を説明する


方法

1: 計算手法

密度汎関数理論(DFT)計算を使用

M06-2X汎関数と6-311+G(d,p)基底関数を使用

SMD溶媒和モデルを適用


2: モデル化合物

プロトン化されたヘテロ環化合物を使用

4-アセチルピリジン、バレニクリン、ジヒドロキニーネを対象


3: 解析方法

遷移状態の自由エネルギー差(ΔΔG)を計算

フロンティア分子軌道(FMO)理論を適用

制限開殻DFT計算を実施


結果

1: ラジカルのSOMOエネルギー

CH3: -2.6 eV

CH2F: -2.5 eV

CF2H: -2.8 eV

CF3: -3.4 eV


2: フッ素原子の影響

誘起効果:SOMOエネルギーを低下させる

共役効果:SOMOエネルギーを上昇させる

CF3では誘起効果が支配的


3: 位置選択性の違い

CF2H:ヘテロ環のLUMO係数が支配的

CF3:ヘテロ環のHOMOとLUMO係数の両方が重要


考察

1: CF2HとCF3の反応性の違い

CF2H:CH3と同様の求核性を示す

CF3:誘起効果が強く、親電子性を示す

フッ素原子数の増加に伴う不連続な変化


2: フッ素原子の効果

1つ目と2つ目のフッ素:誘起効果と共役効果が相殺

3つ目のフッ素:誘起効果が支配的になる


3: 位置選択性のメカニズム

CF2H:ヘテロ環のLUMOとの相互作用が主要

CF3:ヘテロ環のHOMOとLUMOの両方と相互作用


4: 研究の限界

プロトン化されたヘテロ環のみを考慮

溶媒効果の詳細な検討が不足

実験結果との更なる比較が必要


結論

CF2HラジカルとCF3ラジカルの反応性の違いを理論的に説明

フッ素原子数による不連続な変化を解明

ヘテロ環化合物との反応における位置選択性のメカニズムを提案


将来の展望

より多様なヘテロ環化合物での検証が必要

新しい反応設計への応用可能性

2024年7月12日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0068~

論文のタイトル: Syntheses and Structures of Two Dimethyl Diselenide–Diiodine Adducts and the First Well Characterized Diorgano Disulfide–Nitrosonium Adduct(ジメチルジセレニド-ジヨウ素付加体の合成と構造、および初めて構造決定されたジオルガノジスルフィド-ニトロソニウム付加体)

著者: Birgit Mueller, Teemu T. Takaluoma, Risto S. Laitinen, Konrad Seppelt

雑誌: European Journal of Inorganic Chemistry

巻: 4970-4977

出版年: 2011年


背景

1: 研究の背景

16族元素(S, Se, Te)を含む有機分子の付加体形成が注目されている

ジヨウ素や二トロソニウムとの付加体に関心が高まっている

生物学、材料科学、産業化学など幅広い分野に応用可能性がある


2: 未解決の課題

ジメチルジセレニド-ジヨウ素付加体の構造が未解明

ジオルガノジスルフィド-ニトロソニウム付加体の特性が不明

これらの付加体形成メカニズムの理解が不十分


3: 研究の目的

新規ジメチルジセレニド-ジヨウ素付加体の合成と構造解析

初のジオルガノジスルフィド-ニトロソニウム付加体の構造解析

付加体形成のメカニズムを理論計算により解明


方法

1: 合成と結晶構造解析

ジメチルジセレニドとジヨウ素の反応による付加体合成

X線結晶構造解析による分子構造の決定

単結晶X線回折装置を使用(Bruker Smart CCD 1000)


2: ニトロソニウム付加体の合成

ジ-ネオペンチルジスルフィドとニトロシルトリフラートの反応

低温(‐80°C)での結晶化と構造解析

溶液中での色変化の観察


3: 理論計算

密度汎関数理論(DFT)計算によるジスルフィド-NO+付加体の安定性評価

M06L/def2-TZVPPレベルでの計算

電子密度分布とNBO解析による結合性の評価


結果

1: ジメチルジセレニド-ジヨウ素付加体の構造

[Me2Se2·2I2]と[Me2Se2·I2]の2種類の付加体を同定

線形Se-I-I配置を持つ中性電荷移動「スポーク」型付加体

I-I結合長の伸長とSe-I間の配位結合の形成を確認


2: ジ-ネオペンチルジスルフィド-ニトロソニウム付加体

[C10H22S2·NO+ TfO]の結晶構造を決定

S-S-N-O四員環構造の形成を確認

S-N、S-O間の相互作用を観測(結合長: S-N 2.3Å, S-O 2.9Å)


3: 理論計算結果

ジスルフィド-NO+付加体の安定性を比較評価

電子供与性置換基が付加体形成を有利にする傾向

電荷移動が付加体形成の主要メカニズムであることを確認


考察

1: ジメチルジセレニド-ジヨウ素付加体の特徴

Se-I-I角度がほぼ180°で強い異方性を示す

電荷移動によりI-I結合が弱まり、Se-I間に配位結合が形成

付加体の化学量論比により構造が変化


2: ジスルフィド-ニトロソニウム付加体の性質

ジスルフィドのC-S-S-C二面角が160°に増大

NO+との相互作用により四員環構造を形成

溶液中と固体状態で色変化を示す動的挙動


3: 付加体形成のメカニズム

硫黄のローンペアからNO+のLUMO(π*)への電子移動が主要因

電子供与性置換基が硫黄上の正電荷を安定化

π軌道の重なりにより S-S 結合が短縮


4: 研究の限界点

理論計算は気相中で行われ、溶媒効果が考慮されていない

一部の付加体で結晶化が困難で構造決定ができなかった

動的挙動の詳細なメカニズムは未解明


結論

新規ジメチルジセレニド-ジヨウ素付加体の構造を解明

初のジオルガノジスルフィド-ニトロソニウム付加体を構造解析

電荷移動が付加体形成の主要メカニズムであることを確認


将来の展望

今後は溶媒効果の考慮や動的挙動の解明が課題

これらの知見は新規材料設計や生体内相互作用の理解に貢献

2024年7月11日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0067~

論文のタイトル: A Machine Learning Approach to Model Interaction Effects: Development and Application to Alcohol Deoxyfluorination

著者: Andrzej M. Żurański, Shivaani S. Gandhi, and Abigail G. Doyle

雑誌: Journal of the American Chemical Society

巻: 145, 7898−7909

出版年: 2023年


背景

1: 機械学習と高スループット実験

機械学習(ML)技術の高スループット実験(HTE)データセットへの応用が増加

HTEデータセットは多数の反応成分を系統的に変化させて生成

反応成分間の相互作用効果のモデル化が課題

既存のMLアルゴリズムでは相互作用効果の学習が困難


2: 相互作用効果モデル化の課題

無関係な特徴の存在が相互作用効果の学習を妨げる

HTEデータセットの実験設計と構造を考慮できないMLモデル

広範な分子特徴量使用による無関係な特徴の混入

相互作用効果の学習に特化したアプローチの必要性


3: 新しいモデリングアプローチの提案

HTEデータセットの統計的モデリングアプローチの開発

実験の分散分析(ANOVA)による系統的効果の特定

個々の効果を化学情報に基づく特徴量で回帰

アルコールの脱酸素フッ素化データセットへの適用と検証


方法

1: 統計的モデリングワークフロー

ANOVAによるHTEデータセットの分析

反応収率に有意な影響を与える成分の特定

一般化加法モデル(GAM)の構築

化学的特徴量を用いた個々の効果のモデル化


2: アルコール脱酸素フッ素化データセット

37種類のアルコール(第1級、第2級、ベンジル、環状)

5種類のスルホニルフルオリド

4種類の塩基(アミジン/グアニジン/ホスファゼン)

全740反応の全因子実験計画


3: 計算化学的アプローチによる特徴量生成

M06-2X/def2-TZVP レベルのDFT計算

THF溶媒効果の考慮

アルコールの立体的・電子的特徴量の計算

AutoQChemワークフローによる特徴量生成の自動化


4: 交差検証と外部検証によるモデル評価

Leave-One-Alcohol-Out (LOAO) 交差検証

平均絶対誤差(MAE)とRoot Mean Squared Error (RMSE)の算出

新規アルコール化合物セットによる外部検証

ランダムフォレストモデルとの性能比較


結果

1: ANOVAの主効果と相互作用効果

すべての主効果(アルコール、塩基、スルホニルフルオリド)が有意

アルコール-塩基、アルコール-スルホニルフルオリドの相互作用が有意

塩基-スルホニルフルオリドの相互作用は有意性が低い

モデルM0との調整済みR2 = 0.97、残差標準誤差 = 3.9%


2: アルコール-塩基相互作用における立体効果と反応性の関係

α炭素の埋没体積(Vbur)が相互作用の指標

Vbur < 0.37のアルコールで塩基依存性が大きい

第1級、非嵩高アルコールでDBUの性能が低下

ベンジルアルコールではDBUとMTBDで収率低下


3: アルコール-スルホニルフルオリド相互作用における環状アルコールの特異性

α炭素の結合角(α)が相互作用の指標

α < 101.8°の歪んだ環状アルコールで相互作用が顕著

パーフルオロ-1-ブタンスルホニルフルオリド(PBSF)が環状アルコールに対して高い収率

5員環アルコールでも同様の傾向が観察されるが、効果は小さい


考察

1: モデルの性能と予測精度の向上

新モデルM1: MAE = 13%, RMSE = 17%

旧ランダムフォレストモデル: MAE = 18%, RMSE = 21%

M1モデルは過学習が少なく、汎化性能が向上

第3級アルコールと不飽和アルコールの予測精度に課題


2: 競争的求核置換反応におけるアルコール-塩基相互作用の解釈

立体障害の少ない第1級/ベンジルアルコールでDBU, MTBDの性能低下

DBUによる求核置換反応が競合的に進行

m-クロロベンジルアルコールとDBUの反応でアミジニウム塩を55%収率で単離

塩基サイズと求核性が相互作用の原因と推測


3: アルコール-スルホニルフルオリド相互作用の解釈

タイトル: 環状アルコールの立体化学と反応性

環状アルコールの立体化学的研究でSN2機構を支持

速度論的研究でフッ化物イオン濃度への正の依存性を確認

PBSFはより強力な求電子剤を生成し、SN2反応を促進

PBSF-BTMG付加体が追加のフッ化物源として機能する可能性


4: モデルの限界

第3級アルコール、アリルアルコールの予測精度向上が必要

データセットの拡張による不活性基質クラスのモデル安定化



結論

HTEデータセットの相互作用効果を効果的にモデル化

ANOVAと特徴量ベースの回帰を組み合わせた新手法を開発

アルコール脱酸素フッ素化反応の理解を深化

予測精度の向上と化学的解釈可能性の両立を実現

機械学習と化学的専門知識の融合による反応開発の新たな方向性を提示


将来の展望

収率以外の反応性指標(選択性、反応速度)の考慮

3成分以上の多重相互作用のモデル化手法の開発

2024年7月10日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0066~

論文のタイトル: Separation of Tellurium from Metal Chalcogenides through Mild Anhydrous Chlorination(金属カルコゲニドからの穏やかな無水塩素化によるテルルの分離)

著者: Madeleine C. Uible, Jerod M. Kieser, Suzanne C. Bart

雑誌: Chemistry - A European Journal

巻: 29, e202202364

出版年: 2023年



背景

1: テルル分離の重要性

テルルは太陽光発電用薄膜材料として重要

地殻中の存在量が非常に少ない (1-10 ppb)

銅精錬の副産物として主に回収

使用済み太陽電池からのリサイクルが重要な供給源


2: 既存のリサイクル手法と課題

First Solar社の湿式プロセス: 機械的分離後、酸化溶解

酸化物の分離と還元が必要

複数の元素がドープされた新型太陽電池では分離が困難

テルルとセレンの分離が特に困難


3: 研究の目的

温和な条件下でのテルル分離手法の開発

カテコール配位子を用いたテルル錯体の形成

カドミウムや亜鉛などの遷移金属からの分離

セレン、硫黄などの他のカルコゲンからの分離


方法

1: 分離プロセスの概要

3段階のプロセス: 溶解、錯体形成、分離

穏和な塩素化剤としてヨードベンゼンジクロリド(PhICl2)を使用

3,5-ジ-tert-ブチルカテコール(dtbc)をテルル錯体形成に使用


2: 溶解プロセス

MCh (M = Cd, Zn; Ch = Te, Se, S) に対してPhICl2を3当量使用

室温でアセトニトリル中1-3時間撹拌

TeとSeはTeCl4とSeCl4に酸化される


3: 錯体形成と分離

溶解物にdtbcを2当量添加

Te(dtbc)2錯体が形成され、暗橙色に変化

SeはSe0に還元され、赤色沈殿として分離

ろ過とトリチュレーションで精製


4: 分析手法

1H NMR分光法による純度確認

X線蛍光分析(XRF)による微量元素分析

誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)による定量分析


結果

1: テルル錯体の分離効率

Te(dtbc)2として高純度で分離 (20.0-23.2% Te)

CdとZnの含有量が1000-10000倍減少

SeとSも ppm レベルまで低減


2: 混合カルコゲニドからの分離

CdTe/ZnTe/CdSe/CdS混合物からもTe(dtbc)2を分離

Cd: 99 ppm, Zn: 35 ppm, Se: 1352 ppm, S: 397 ppm


3: セレンの分離

CdSeからのSe回収率: 99.3%

Cd含有量: 67 ppm

SとZnは検出限界以下


考察

1: テルル分離の有効性

カテコール配位子がTe選択的な錯体形成に有効

穏和な条件下で高い分離効率を達成

遷移金属(Cd, Zn)からの分離に成功


2: 他のカルコゲンからの分離

SeはSe0として還元分離、Sは未反応で容易に分離

TeとSeの分離は通常困難だが、本手法で効果的に達成


3: プロセスの利点

温和な条件: 室温、大気中で操作可能

再利用可能な試薬: PhICl2PhICl2からPhIが生成

柔軟性: 様々な金属カルコゲニドに適用可能


4: 研究の限界点

分離効率のさらなる向上の余地あり

大規模プロセスへのスケールアップ検討が必要

経済性評価が未実施


結論

穏和な条件下でのテルル高純度分離に成功

カテコール配位子の選択性を利用した新規分離法


将来の展望

太陽電池リサイクルへの応用可能性

プロセス最適化と他の金属カルコゲニドへの適用が今後の課題

2024年7月9日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0065~

論文のタイトル: Isonitriles as Alkyl Radical Precursors in Visible Light Mediated Hydro- and Deuterodeamination Reactions

著者: Irene Quirós, María Martín, Miguel Gomez-Mendoza, María Jesús Cabrera-Afonso, Marta Liras, Israel Fernández, Luis Nóvoa, and Mariola Tortosa*

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

巻: 63, e202317683

出版年: 2024年


背景

1: 研究の背景

可視光光触媒反応は、従来不活性だった官能基を活性化できる

アミンは天然物や医薬品に広く存在する重要な官能基

C-N結合の切断は合成的に重要だが、新しい方法が必要


2: 既存の脱アミノ化手法

ピリジニウム塩を用いる方法(1級・2級アミンのみ)

電子豊富なイミンを用いる方法(3級アミンのみ)

1,2-ジアルキルジアゼンの脱窒素化

1級、2級、3級アミンに共通の手法が不足


3: イソニトリルに着目した研究

イソニトリルは多くの天然物に存在し、1級アミンから容易に合成可能

イソニトリルのC-N単結合の切断と官能基化は限定的

可視光照射下でのアルキルラジカル前駆体としての利用可能性を探る


方法

1: 反応条件の最適化

モデル基質:N-Boc保護‐4‐イソシアノピペリジン1a

光源:青色LED(λmax = 455 nm)

溶媒:アセトニトリル

シリル化剤:トリス(トリメチルシリル)シラン2a

濃度:0.2 M


2: 基質適用範囲の検討

1級、2級、3級アルキルイソニトリルの検討

アミノ酸誘導体の検討

生物活性分子や医薬品誘導体への応用

グラムスケール反応の検討


3: 重水素化反応の検討

(TMS)3SiDを用いた重水素化反応

様々な基質での重水素化効率の評価

2-デオキシ-D-グルコースの位置選択的重水素化


結果

1: 脱アミノ化反応の基質適用範囲

1級、2級、3級アルキルイソニトリルで高収率を達成

アミノ酸誘導体や生物活性分子でも効率的に進行

チロシンやトリプトファン、ジペプチドでも適用可能

リナグリプチン誘導体での位置選択性を確認


2: 重水素化反応の結果

(TMS)3SiDを用いて効率的な重水素化を達成

2-デオキシ-D-グルコースでは軸位選択的に重水素導入

様々な官能基を持つ基質で高い重水素化率を実現


3: 光触媒を用いた反応の加速

4CzIPNを光触媒として使用し、反応を大幅に加速

ベンジル位基質や一部の1級イソニトリルで効果的

リシンやプリマキン誘導体で高収率を達成


考察

1: 反応機構の考察

ラジカル捕捉剤(TEMPO)による反応の阻害

シリルラジカルの生成を示唆するGiese生成物の形成

酸素非存在下でも反応が進行することを確認


2: DFT計算による反応機構の考察

DFT計算によるエネルギープロファイルの解析

イソニトリルへのシリルラジカル付加は熱中性

β開裂によるアルキルラジカル生成が駆動力


3: 光触媒反応の機構解析

蛍光消光実験による反応速度定数の決定

過渡吸収分光法による中間体の検出

電子移動過程の可能性を示唆


4: 研究の意義と限界

イソニトリルを用いた新規脱アミノ化法の開発

可視光照射下での穏和な条件での反応

反応開始機構の詳細は不明確


結論

可視光照射下でのイソニトリルの脱アミノ化反応を開発

1級、2級、3級イソニトリルに適用可能な汎用性の高い手法

光触媒の使用により反応が大幅に加速

アルキルラジカル前駆体としてのイソニトリルの新しい可能性


将来の展望

今後のC-C結合形成反応への応用が期待される

2024年7月8日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0064~

論文のタイトル: Intermolecular [3+3] ring expansion of aziridines to dehydropiperi-dines through the intermediacy of aziridinium ylides(アジリジンの分子間[3+3]環拡大による脱水素ピペリジンの合成)

著者: Josephine Eshon, Kate A. Nicastri, Steven C. Schmid, William T. Raskopf, Ilia A. Guzei, Israel Fernández, Jennifer M. Schomaker

雑誌: Nature Communications

巻: 11:1273

出版年: 2020年


背景

1: 研究背景

N-複素環は医薬品や天然物に重要

ピペリジンは最も一般的なN-複素環骨格の1つ

既存の合成法では立体選択性の制御が困難

アジリジンは小員環からのN-複素環合成に有用


2: 未解決の課題 

アジリジンの環拡大反応の適用範囲が限定的

立体化学情報を保持した環拡大が難しい

分子間反応での立体選択的な環拡大の例が少ない

アジリジニウムイリドを経由する新しい反応機構の開発が必要


3: 研究目的

二環性アジリジンとロジウム触媒ビニルカルベンの[3+3]環拡大反応の開発

立体選択的な脱水素ピペリジン合成法の確立

アジリジニウムイリド中間体を経由する新規反応機構の解明


方法

1: 反応条件の最適化

アジリジン基質とビニルジアゾ酢酸エステルを用いた反応

Rh2(OAc)4触媒を使用

ジクロロメタン溶媒中、室温で反応


2: 基質適用範囲の検討

様々な置換基を持つアジリジン基質の合成

電子的性質の異なるビニルジアゾ酢酸エステルの合成

各基質の収率とジアステレオ選択性を評価


3: 反応機構の解析

DFT計算による反応経路の解析

キラルアジリジンを用いた立体化学の保持の確認

X線結晶構造解析による生成物の立体配置の決定


結果

1: アジリジン基質の適用範囲

直鎖アルキル基を持つアジリジンで良好な収率(66-92%)

かさ高い置換基(イソプロピル基)でも良好な収率(71%)

アルキルクロリドやエーテル基を含む基質も反応可能


2: ビニルジアゾ酢酸エステルの適用範囲

電子供与性、中性、電子求引性置換基で同程度の収率

β-アルキル置換ジアゾエステルでも良好な収率

エステル部位のかさ高さも許容


3: 反応機構の解明

DFT計算によりアジリジニウムイリド中間体の存在を示唆

擬[1,4]シグマトロピー転位を経由する新規機構を提案

キラルアジリジンからの立体化学の保持を確認


考察

1: 反応の特徴

アジリジンの分子間[3+3]環拡大反応の開発に成功

高立体選択的な脱水素ピペリジン合成法を確立

幅広い基質適用範囲を実現


2: 反応機構

アジリジニウムイリド中間体を経由する新規反応機構を解明

擬[1,4]シグマトロピー転位による立体保持機構を提案

キラルアジリジンからの立体化学情報の転写に成功


3: 先行研究との比較

従来の分子内反応と比べ、より汎用性の高い分子間反応を実現

アジリジンの環拡大反応の適用範囲を大幅に拡大

立体化学情報の保持という点で既存法を凌駕


4: 研究の限界点

一部の電子豊富な複素環基質で低収率

エナンチオ選択的反応の開発が今後の課題

反応機構の直接的な実験的証拠が限定的


結論

アジリジンの新規[3+3]環拡大反応を開発

高立体選択的な脱水素ピペリジン合成法を確立

アジリジニウムイリドの新しい反応性を解明


将来の展望

生理活性物質合成への応用が期待される

エナンチオ選択的触媒の開発が今後の課題

Catch Key Points of a Paper ~0063~

論文のタイトル: Dynamic Tuning of the Bandgap of CdSe Quantum Dots through Redox-Active Exciton-Delocalizing N-Heterocyclic Carbene Ligands(レドックス活性エキシトン非局在化N-ヘテロ環状カルベン配位子を通じたCdSe量子ドットのバンドギャップの動的調整)

著者: Dana E. Westmoreland, Rafael López-Arteaga, Leanna Page Kantt, Michael R. Wasielewski, Emily A. Weiss

雑誌: Journal of the American Chemical Society

巻: 144, 4300-4304

出版年: 2022年


背景

1: 研究背景

量子ドット(QD)は狭い線幅の光学遷移を持つ

QDのサイズ・形状変化でスペクトルシフトが可能

従来法では動的・可逆的な調整が困難

エキシトン非局在化配位子(EDL)でQDの光学特性を制御可能


2: 未解決の課題

EDLの電子構造を外部から可逆的に変調する手法が必要

EDLとQDの界面での電子密度再分布を制御する必要がある

環境応答性のあるEDLの設計が課題


3: 研究目的

レドックス活性なN-ヘテロ環状カルベン(NHC)配位子の開発 

NHC配位子を用いたCdSe QDのバンドギャップの動的調整

電気化学的手法によるQDの光学応答の制御


方法

1: 材料合成

1,3-ジメシチルナフトキノイミダゾリウム塩化物([nqNHC][Cl])の合成

CdSe QDの合成(物理的半径1.2 nm)

[nqNHC][Cl]とNaHを用いたQD表面へのnqNHC配位子交換


2: 特性評価

1H NMR分析による配位子結合の確認

吸収スペクトル測定によるQDバンドギャップシフトの評価

微分パルスボルタンメトリー(DPV)によるnqNHCの還元電位測定


3: 電気化学測定

バルク電解によるnqNHC-QD複合体の還元

印加電位に対するQD吸収スペクトルの変化観察

還元nqNHC種の吸収スペクトル測定


結果

1: 配位子交換の効果

nqNHC配位子交換によりQDの吸収ピークが102 meV赤方シフト

見かけのQD半径変化(ΔR)は0.15 nm

NMR解析によりnqNHCの結合とオレイン酸配位子の置換を確認


2: nqNHCの還元挙動

遊離nqNHCの還元電位: -0.8 V, -1.6 V vs. Fc/Fc+

QD結合nqNHCの還元電位: -0.67 V, -1.15 V vs. Fc/Fc+

開回路電位(-0.61 V)で多くのQD結合nqNHCが1電子還元状態


3: QDバンドギャップの電気化学的調整

印加電位-0.3 V vs. Ag/Ag+とでQD吸収が25 meV追加赤方シフト

nqNHC•-とnqNHC2-の吸収特性が出現

QD結合nqNHCの2電子還元によりΔΔR = 0.04 nmの変化


考察

1: 主要な発見

nqNHC配位子によりQDのエキシトン非局在化が実現

電気化学的還元によりQDバンドギャップを動的に調整可能

配位子の還元状態とQDの光学応答に相関関係


2: 手法の特徴

nqNHCの還元・再酸化によりQDバンドギャップの可逆的制御が可能

電気化学的手法によりQDの量子閉じ込めを外部から調整可能

NHC配位子を用いたQD表面修飾の新手法を確立


3: 先行研究との比較

従来のFRETベースのセンシング手法と異なり、単一色素で実現

定量的解釈が容易で、可視〜近赤外域で応用可能

NHCの豊富な合成手法を活かした分析特異的センサー設計が可能


4: 研究の制限

溶液中での測定に限定されており、固体膜での検証が必要

印加電位の精密な制御と内部標準の使用に課題あり

QDの安定性向上と配位子交換効率の改善が必要


結論

レドックス活性nqNHC配位子を用いたCdSe QDのバンドギャップ制御に成功

電気化学的手法によるQDの光学応答の可逆的・動的調整を実現

局所電気化学ポテンシャル検出のための新しい光学センシング戦略を提案


将来の展望

NHCベースのQD機能化によるセンサー開発への道を開拓

2024年7月6日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0062~

論文のタイトル: Spatial control over catalyst positioning on biodegradable polymeric nanomotors(生分解性高分子ナノモーターの触媒位置制御)

著者: B. Jelle Toebes, F. Cao, Daniela A. Wilson

雑誌: Nature Communications

巻: 10, 5308

出版年: 2019年


背景

1: ナノモーターの現状

生物学的ナノモーターを模倣した人工ナノモーターの研究が進んでいる

生医学応用や環境浄化など様々な分野で利用が期待されている  

サイズ、形状、材料特性の異なるデザインが必要とされている

これまでの人工ナノモーターは比較的単純なデザインに限られていた


2: 多機能ナノモーターの課題

適応性のあるシステムには多角的なデザインが必要

運動性と感知・認識などの機能を組み合わせる必要がある

複数の機能を1つのシステムに実装するのは困難

触媒の位置制御がナノスケールでは難しい


3: 本研究の目的

生分解性高分子を用いた多機能ナノモーターの開発

触媒の位置を制御する手法の確立

酵素の固定化による再現性と効率の向上

開口部サイズに依存しない酵素の固定化法の実現


方法

1: ナノモーター作製の概要

生分解性ポリ(エチレングリコール)-b-ポリ(D,L-ラクチド)(PEG-PDLLA)ブロック共重合体を使用

アジド基を含む高分子を5wt%混合

自己組織化により内方陥没型のストマトサイト構造を形成

トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)ビーズで外側のアジド基のみを還元

内側と外側で異なる官能基を持つ構造を作製


2: 酵素の固定化

カタラーゼとグルコースオキシダーゼを使用

ジベンゾシクロオクチンスルホ-N-ヒドロキシスクシンイミジル(DBCO-NHS) リンカーで酵素を修飾

ストマトサイト内部のアジド基と反応させて固定化

ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で酵素の固定化を確認


3: ナノモーターの特性評価

クライオ電子顕微鏡で構造を観察

動的光散乱法で粒子径を測定

蛍光ラベル化で外側の官能基を定量

ナノ粒子追跡解析法で運動性を評価


結果

1: ストマトサイト構造の形成

平均サイズ約370 nmのストマトサイト構造を確認

開口部のサイズは約30 nm

アジド基の約45%が外側に存在することを確認


2: 酵素の固定化

SDS-PAGEで酵素-高分子複合体の形成を確認

酵素活性の96%以上が保持されていることを確認


3: ナノモーターの運動性

グルコース存在下で平均二乗変位の増加を確認

燃料濃度の増加に伴い運動速度が上昇

球状ポリマーソームと比較して特徴的な運動を観察


考察

1: 触媒位置制御の意義

内側と外側で異なる官能基を持つ構造の実現

酵素を内部に固定化し、外側に他の分子を結合可能

触媒の位置制御により効率的な推進力生成が可能に


2: 生分解性材料の利点

PEG-PDLLAの使用により生体適合性と分解性を実現

医療応用への可能性が拡大


3: 運動メカニズムの考察

酸素ナノバブルの形成と崩壊による推進力生成の可能性

ストマトサイト構造が気泡形成のテンプレートとして機能


4: 研究の限界点

長期的な安定性や生体内での挙動は未評価

異なる形状や大きさのナノモーターへの応用可能性は不明


結論

生分解性高分子を用いた多機能ナノモーターの開発に成功

触媒の位置を精密に制御する手法を確立

内部に酵素を固定化し、外側に他の分子を結合可能な構造を実現


将来の展望

医療応用や環境浄化などへの応用が期待される

今後は生体内での挙動評価や異なる形状への応用が課題

2024年7月5日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0061~

論文のタイトル: Mechanistic Investigation of Ni-Catalyzed Reductive Cross-Coupling of Alkenyl and Benzyl Electrophiles(メカニズム調査:アルケニルおよびベンジル求電子剤のNi触媒還元的クロスカップリング)

著者: Raymond F. Turro, Julie L.H. Wahlman, Z. Jaron Tong, Xiahe Chen, Miao Yang, Emily P. Chen, Xin Hong, Ryan G. Hadt, K. N. Houk, Yun-Fang Yang*, and Sarah E. Reisman*

雑誌: J. Am. Chem. Soc. 

巻: 145, 14705−14715

出版年: 2023年


背景

1: 研究の背景

Ni触媒還元的クロスカップリング(RCC)はC(sp2)−C(sp3)結合形成に有用

有機求電子剤から直接クロスカップリング生成物を得られる

金属粉末や有機電子供与体が還元剤として使用される

電気化学的にも駆動可能


2: 未解決の課題

クロスカップリング生成物の選択性が課題

各求電子剤を順次酸化的付加する触媒が必要

または各カップリングパートナーを別々に活性化する触媒系が必要

高選択性を示すNi触媒系がいくつか開発されている


3: 研究目的

2つのキラルビス(オキサゾリン)類 L1·Ni触媒非対称還元的アルケニル化(ARA)反応のメカニズム調査

均一系TDAE駆動反応の速度論的駆動力とresting stateの決定

L1·NiIIX2前駆体触媒の酸化還元特性調査

求電子剤活性化メカニズムの解明

計算化学による立体選択性決定段階の理解


方法

1: 実験手法

サイクリックボルタンメトリー(CV)による還元電位測定

電子常磁性共鳴(EPR)分光法による還元種の分析

19F NMRによる反応モニタリング

速度論的実験(異なる過剰濃度実験、 variable time normalization analysis(VTNA)分析)


2: 計算化学

密度汎関数理論(DFT)計算(Gaussian 16、B3LYP-D3、Ni: LANL2DZ、その他の原子: 6-31G(d)

正しい波動関数が得られたことを確認するために、キーワード「stable = opt」を使用

一点エネルギーは、M06/6-311+G(d,p)-SDD レベルで計算

SMD 溶媒和モデル (solvent = DMA) を使用

計算された構造は、CYLview を使用して視覚化

遷移状態の構造と相対Gibbs自由エネルギーの計算

ラジカル捕捉のエナンチオ決定段階の解析


3: 反応条件

TDAE駆動ARA反応:NHP エステル + アルケニルブロミド

Mn駆動ARA反応:ベンジルクロリド + アルケニルブロミド

L1·NiBr2触媒、DMA溶媒、NaI添加剤使用


結果

1: TDAE駆動反応の速度論

NHPエステルに対して1次の速度依存性

アルケニルブロミドに対して0次または逆分数次の依存性

触媒濃度に対して0次の依存性(標準条件下)


2: 触媒の酸化還元特性

L1·NiIICl2L1·NiIIBr2は非可逆的な還元波を示す

TDAE還元によりL1·NiIBr種が生成

L1·NiIClはアルケニルブロミドと速やかに反応


3: 触媒休止状態と求電子剤活性化

NiII酸化的付加錯体が触媒resting stateと推定

NHPエステルはNiではなくTDAEにより還元

TMSBrがLewis酸としてNHPエステル還元を促進


考察

1: 反応機構の違い

TDAE駆動反応:NHPエステルの還元がTDAEにより行われる

Mn駆動反応:ベンジルクロリドの活性化がNiIにより行われる

両反応ともNiI/III触媒サイクルを経由


2: NHPエステル活性化の新しい知見

Lewis酸によりNHPエステルの還元電位が低下

Lewis酸の選択により還元速度を制御可能

従来の(bpy)Ni触媒系とは異なるメカニズム


3: 立体選択性の起源

ラジカル捕捉段階がエナンチオ決定段階

遷移状態の立体障害がエナンチオ選択性を決定

リガンドL1の嵩高い部分が重要な役割を果たす


4: 研究の限界

均一系TDAE反応と不均一系金属粉末反応で異なる挙動

一部の反応中間体の単離・同定が困難

計算結果は実験値を若干過大評価


結論

2つのARA反応で異なる求電子剤活性化メカニズムを解明

NHPエステル還元はLewis酸により制御可能

触媒resting stateとしてNiII-アルケニル錯体を同定

本研究はNi触媒RCC反応の最適化に指針を提供


将来の展望

反応中間体の単離と詳細な構造解析

2024年7月4日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0060~

論文のタイトル: Triarylborane-Catalyzed Alkenylation Reactions of Aryl Esters with Diazo Compounds(トリアリールボラン触媒によるアリールエステルとジアゾ化合物のアルケニル化反応)

著者: Dr. Ayan Dasgupta, Katarína Stefkova, Rasool Babaahmadi, Lukas Gierlichs, Prof. Alireza Ariafard, Dr. Rebecca L. Melen

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

巻: 59, 15492-15496

出版年: 2020


背景

1: 研究背景

ジアゾ化合物は有機合成に広く利用される多用途中間体

炭素-炭素二重結合形成に利用される

通常、遷移金属触媒(Pd, Cu, Fe)が必要

金属フリーアプローチは比較的稀


2: 未解決の課題

環境に優しい金属フリー触媒の開発が求められる

ベンジル位sp3炭素のアルケニル化の新手法が必要

トリス(ペンタフルオロフェニル)ボランB(C6F5)3の触媒能力の探索


3: 研究目的

B(C6F5)3を用いた金属フリーアルケニル化反応の開発

アリールエステルとジアゾ化合物の反応による共役有機化合物の合成

反応メカニズムの解明


方法

1: 反応条件の最適化

様々なボラン触媒の検討(B(C6F5)3, B(2,4,6-F3C6H2)3など)

触媒量、温度、溶媒の最適化

エステル部位の脱離基の効果を調査


2: 基質適用範囲の検討

様々なジアゾマロン酸エステルとアリール-アルキニルエステルの反応

非対称α-アリール-ジアゾエステルの反応

ジアリールエステルの反応


3: 反応メカニズムの解明

DFT計算による理論的検討

SMD/M06-2X-D3/def2-TZVP//CPCM/B3LYP/6-31G(d)レベルで計算

触媒サイクルの提案と自由エネルギープロファイルの作成


結果

1: 最適反応条件

B(C6F5)3 (10-20 mol%)が最も効果的な触媒

65℃、トリフルオロトルエン溶媒が最適

電子求引性の脱離基(4-FC6H4, CF3)が有効


2: 基質適用範囲

対称ジアゾエステル: 良好〜非常に良好な収率(63-87%)

非対称α-アリール-ジアゾエステル: 中程度の収率(36-46%)

ジアリールエステル: 良好〜非常に良好な収率(67-87%)


3: 反応メカニズム

ボランによるエステルの活性化が初期段階

カルベニウムイオン中間体の生成

E2型脱離反応によるC=C結合形成


考察

1: 反応の特徴

金属フリー条件下でのアルケニル化反応の実現

高機能化されたC=C結合生成物の簡便な合成法

幅広い基質適用範囲


2: 主要な発見

B(C6F5)3の触媒効果の解明

エステル部位の活性化が鍵となる反応機構

DFT計算による理論的裏付け


3: 先行研究との比較

従来の遷移金属触媒を用いた手法と比較して環境調和型

単一ステップでの複雑なエステル置換エンイン・ジエン生成物の合成


4: 研究の意義

生物活性天然物合成への応用可能性

ピラン-2-オン等の複素環化合物合成への展開


5: 研究の限界点

電子供与性置換基を持つ基質での反応性低下

非対称ジアゾエステルでの副生成物の生成

シクロヘキシル基を持つエステルでの反応性の欠如


結論

B(C6F5)3触媒を用いた金属フリーアルケニル化反応の開発

プロパルギル、アリール、ベンジル位でのC=C結合形成を実現

反応機構の解明により、今後の触媒設計への指針を提供


将来の展望

生物活性化合物合成への応用が期待される新規合成法の確立

2024年7月3日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0059~

論文のタイトル: One pot conversion of phenols and anilines to aldehydes and ketones exploiting α gem boryl carbanions

著者: Kanak Kanti Das, Debasis Aich, Sutapa Dey, Santanu Panda

雑誌: Nature Communications

巻: 15, 3794

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

官能基の変換は有機合成において重要な資産

フェノール/アニリンは天然に豊富に存在

カルボニル化合物は生理活性分子に広く存在

フェノール/アニリンからカルボニル化合物への効率的な変換が重要


2: 既存の手法と課題

従来法は遷移金属触媒を用いたクロスカップリングが必要

一酸化炭素を用いる手法は毒性や高圧ガスの危険性がある

医薬品における遷移金属の許容一日摂取量に関する問題

遷移金属フリーかつCOフリーの変換法が求められている


3: 研究の目的

フェノール/アニリンからアルデヒド/ケトンへの一段階変換法の開発

C-O/C-N結合開裂を伴う遷移金属フリーの手法の確立

多様な官能基に適用可能な手法の開発

生理活性分子合成への応用


方法

1: 合成手法の概要

フェノールからキノケタールへの酸化

α-ビス(ボリル)カルバニオンとの1,2-付加反応

ビニルボロン酸エステルの酸化によるカルボニル化合物の生成

ワンポット反応での実施


2: 反応条件の最適化

(ジアセトキシヨード(Ⅲ))benzene(PIDA )を用いたフェノールの酸化

K2CO3によるAcOHの中和

温度、塩基、酸化剤の検討

NaBO3・4H2Oを用いた最終酸化段階


3: 基質適用範囲の検討

様々な置換基を持つフェノール類の検討

アニリン誘導体への適用

生理活化合物への応用

BINOLを用いた光触媒の設計


結果

1: アルデヒド合成

多様な置換基を持つフェノールからアルデヒドを合成

オルト、パラ、メタ位に置換基を有する基質に適用可能

ハロゲン、エステル、ケタール、水酸基、アルケン、末端アルキンとの共存性


2: ケトン合成

フェノールから各種ケトンへの変換に成功

アリールアルキルケトン、ジアリールケトン、アセトフェノン類の合成

α,β-不飽和ケトンの立体選択的合成(100% trans選択性)


3: アニリンからの合成

保護アニリンからアルデヒド・ケトンへの変換

キノケタール中間体の単離が高収率に必要

多様な置換基を持つアニリン類に適用可能


考察

1: 反応機構

キノケタール中間体の生成

α-ビス(ボリル)カルバニオンの1,2-付加

ビニルボロン酸エステル中間体の生成

NBO解析とDFT計算による反応性の説明


2: 従来法との比較

遷移金属触媒やCOを必要としない環境調和型の手法

ワンポット反応による効率的な合成

多様な官能基との共存性が高い

位置選択的なアセトフェノン合成が可能


3: 生理活性分子合成への応用

CRACインヒビターの合成

抗マラリア活性化合物の合成

抗真菌活性を持つ化合物の合成

トポイソメラーゼ阻害剤の効率的合成


4: 新規光触媒の開発

BINOLベースの多環式化合物の設計

可視光および太陽光照射下での光触媒活性

デハロゲン化アリール化反応への応用

デカルボキシル化およびデボリル化ビニル化反応の達成


結論

フェノール/アニリンからアルデヒド/ケトンへの効率的変換法を開発

遷移金属フリー・COフリーの環境調和型手法を確立

多様な官能基に適用可能で、生理活性分子合成に有用


将来の展望

新規光触媒の開発につながる可能性を示唆

有機合成化学における新たな方法論として期待

2024年7月2日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0058~

論文のタイトル: Factors governing the protonation of Keggin-type polyoxometalates: influence of the core structure in clusters

著者: Hiroshi Sampei, Hiromu Akiyama, Koki Saegusa, Masahiro Yamaguchi, Shuhei Ogo, Hiromi Nakai, Tadaharu Ueda, Yasushi Sekine

雑誌: Dalton Transactions

出版年: 2024年


背景

1: 研究背景

ポリオキソメタレート(POM)は原子レベルで精密な構造を持つナノクラスター

POMの性質は部分的な原子置換や異性化によって修飾可能

POMの配位と性質の関係は定量的に解明されていない場合が多い

POMは電子デバイス、触媒、センサーなどへの応用が研究されている


2: 研究の重要性

POMのプロトン化・脱プロトン化は触媒活性に重要

水素化、脱水素化、酸素還元、水素発生などの反応に関与

分子吸着・脱着刺激のモデル材料としても重要

配位環境の制御によるプロトン化特性の調整が応用範囲を広げる可能性


3: 研究の目的

Keggin型POMのα-およびβ-異性体のプロトン化位置とエネルギーを支配する因子の解明

コア構造XO4とシェル構造M12O36の相互作用の影響を調査

実験的に合成・単離が困難なβ-異性体の性質予測方法の確立


方法

1: 計算手法

密度汎関数理論(DFT)計算を実施

Gaussian16 revision C.01を使用

M06汎関数を交換相関汎関数として選択

基底関数セット:SDD(添加金属M)、cc-pVDZ(他の元素)


2: モデル構築

α-およびβ-異性体のKeggin型POM [XM12O40]z- をモデル化

X: B(III), Al(III), Ga(III), Si(IV), Ge(IV), P(V), As(V), S(VI)

M: Mo(VI), W(VI)

溶媒効果:PCM法を用いてアセトニトリルをモデル化(ε = 36.64)


3: 解析手法

自然結合軌道(NBO)解析の実施

分子静電ポテンシャル(MEP)表面の可視化

プロトン化エネルギーの計算と回帰分析

HOMO-LUMOギャップの解析


結果

1: プロトン化サイト

α-異性体:全電荷zの増加に伴いプロトン化サイトが変化

β-異性体:プロトン化サイトの変化は観察されず

O22eサイト:電子的効果によりプロトン化に適している

O12サイト:構造的効果により安定なプロトン化を形成


2: プロトン化エネルギー

POMの全電荷zとヘテロ原子のイオン半径に依存

添加金属種Mの影響は明確ではない

β-XMo12異性体が最も低いプロトン化エネルギーを示す


3: 回帰分析結果

POMの全電荷zと結合原子価の和を用いた回帰分析

α-異性体のデータからβ-異性体のプロトン化エネルギーを高精度で予測可能

R2値 ≥ 0.997 を達成


考察

1: プロトン化サイトの決定要因

添加金属種Mの影響:疑似ヤーンテラー効果とM-O結合の共有結合性

POMの全電荷zの影響:電子密度分布の変化

β-異性体の特徴:O22eの共有結合的プロトン結合とO12の水素結合形成


2: プロトン化エネルギーの支配因子

POMの全電荷z:クラスター全体の電子状態を反映

ヘテロ原子と結合する酸素と金属間Oh-Mの結合長:コア-シェル相互作用の強さを表す

これらの因子はα-異性体からβ-異性体の性質予測に有効


3: HOMO-LUMOギャップへの応用

プロトン化エネルギーを支配する因子がHOMO-LUMOギャップも制御

光化学的・酸化還元反応の特性予測に有用

コア-シェル相互作用の重要性を示唆


4: 研究の限界点

実験値との直接比較が限られている

複数プロトンの吸着に関する検討が不足

他のナノクラスターへの適用可能性の検証が必要


結論

Keggin型POMのプロトン化特性は全電荷とコア-シェル相互作用に支配される

α-異性体のデータからβ-異性体の性質を高精度で予測可能

この知見はPOMの物理化学的性質の制御に貢献


将来の展望

他のコア-シェル構造ナノクラスターへの応用が期待される

複数プロトン吸着や他のナノクラスターへの適用性の検証が今後の課題

2024年7月1日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0057~

論文のタイトル: Synthesis and Structure of the Small Superelectrophile [C2(OH)2Me2]2+(小さな超求電子剤 [C2(OH)2Me2]2+ の合成と構造)

著者: Alan Virmani, Christoph Jessen, Andreas J. Kornath*

雑誌: Chemistry - A European Journal

出版年: 2024年


背景

1: 研究背景

炭素中心の超求電子剤は長年研究対象

置換基が構造や電荷分布に与える影響に注目

超酸性媒体で安定化が可能


2: 未解決の課題

小さな炭素中心超求電子剤の構造解析が困難

従来の超酸では安定化できない化合物の存在

理論計算と実験結果の不一致


3: 研究目的

[C2(OH)2Me2]2+の合成と構造解析

SO2を溶媒として用いた新しい合成法の開発

量子化学計算による電子状態の解明


方法

1: 合成方法

2,3-ブタンジオンの二重プロトン化

SO2を溶媒として使用

SbF5とHFを用いた超酸性条件


2: 分析手法

ラマン分光法による構造解析

単結晶X線回折による結晶構造決定

-196°Cでの低温測定


3: 理論計算

B3LYP/aug-cc-pVTZレベルでの量子化学計算

自然結合軌道(NBO)解析

分子静電ポテンシャル(MEP)計算


結果

1: 結晶構造

[C2(OH)2Me2]2+C2h対称性を持つ

C-C結合長: 1.549(4) Å

C-O結合長: 1.250(4) Å


2: 分子間相互作用

強い水素結合: O1···F3 (2.476(3) Å)

C···F相互作用: C1···F2ii (2.520(3) Å)

SO2分子との共結晶化


3: 電子状態

πホールの静電ポテンシャル: 1082.4 kJ·mol-1

NBO解析によるドナー-アクセプター相互作用

π(C-C)軌道へのフッ素原子からの電子供与


考察

1: 構造の特徴

平面構造(C2h)は分子間相互作用により安定化

C-C結合長は未プロトン化体と変わらず

高い電子不足性を示す


2: 溶媒効果

SO2の使用が超求電子剤の安定化に重要

従来の超酸では副反応が進行


3: 理論と実験の比較

気相計算ではC2対称性を予測

結晶中ではC2h対称性を観測

分子間相互作用が構造に大きく影響


4: 研究の限界

溶液中での挙動は未解明

より大きな置換基を持つ類縁体との比較が必要

反応性に関する研究が今後の課題


結論

[C2(OH)2Me2]2+の初めての単離に成功

SO2溶媒中での安定化が鍵

分子間相互作用が構造と安定性に重要

超求電子剤の設計と合成に新しい指針を提供


将来の展望

今後、反応性や触媒能の研究に展開可能