2024年10月31日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0171~

論文のタイトル: Addressing Environmental Challenges of Porphyrin Mixtures Obtained from Statistical Syntheses

著者: Helen Hölzel, Maximilian Muth, Dominik Lungerich, Norbert Jux

雑誌: Chemistry—Methods 

巻: Volume1, Issue3, Pages 142-147

出版年: 2021年


背景

1: 研究の背景

統計的合成アプローチは多様な分子ライブラリーへの迅速なアクセスを提供

低対称ポルフィリンは興味深い光電子的特性を持つ

しかし、精製が困難で大量の溶媒を必要とする

環境因子(E-factor)が非常に高い


2: 研究の課題

低対称ポルフィリンの合成と精製には多大な時間と資源が必要

従来の手動クロマトグラフィーは多量の溶媒廃棄物を生成

学術研究でも持続可能性を考慮する必要性が高まっている


3: 研究目的

半自動化プロセスによるポルフィリン混合物の合成と精製の効率化

消耗品コストの削減、時間の節約、廃棄物生成の低減を目指す

環境因子(E-factor)の大幅な削減を達成する


方法

1: 研究アプローチ

モノモードマイクロ波リアクターと自動サンプラーを使用

中圧液体クロマトグラフィー(MPLC)による精製

UV/Vis検出器と再利用可能なSiO2充填ガラスカラムを採用


2: ポルフィリン合成

2種類のベンズアルデヒドの統計的反応を実施

Zerrouki型ポルフィリン合成条件を修正して使用

マイクロ波照射により反応時間を短縮(5分)


3: 精製プロセス

固体ローダーを用いてサンプルを導入

ガードカラムとメインカラムを使用して分離

単一溶媒系での分離を目指す

溶媒のリサイクルにより廃棄物を最小化


4: 環境因子の評価

E-factorを計算して環境負荷を評価

従来法と半自動化プロセスのE-factorを比較

溶媒リサイクルの効果を検証


結果

1: ポルフィリン混合物の合成

P1-P6の6種類のポルフィリン混合物を合成

A3B、trans-A2B2cis-A2B2、AB3異性体を分離

総収率は24.7-27.6%を達成


2: 精製条件の最適化

流速50 mL/minで最適な分離を実現(P1)

単一溶媒系(CH2Cl2またはCHCl3)で極性ポルフィリンを分離

非極性ポルフィリンは溶媒混合系が必要


3: 環境因子の改善

極性ポルフィリン(P1-P3)のE-factorを530-624に低減

従来法と比較して2桁以上の改善を達成

非極性ポルフィリン(P4-P6)でもE-factorを2000-2500に抑制


考察

1: 半自動化プロセスの利点

操作者の介入を最小限に抑え、再現性を向上

マイクロ波照射により反応時間を大幅に短縮

MPLCによる精製で溶媒使用量を削減


2: 環境負荷の低減

単一溶媒系の採用により溶媒廃棄物をほぼゼロに

溶媒リサイクルにより非極性ポルフィリンのE-factorも大幅に改善

従来法と比較して1-2桁のE-factor低減を実現


3: 学術研究への示唆

統計的アプローチの環境面での優位性を実証

選択的合成と比較して総収率、時間、コスト面で有利

持続可能性を考慮したレトロ合成計画の重要性を提示


4: 研究の限界

非極性ポルフィリンでは単一溶媒系での分離が困難

溶媒混合系のリサイクルには制限がある

一部の異性体(cis/trans A2B2)の完全分離が困難


結論

半自動化プロセスによりポルフィリン合成の環境負荷を大幅に低減

学術研究でも持続可能性を考慮することの重要性を示した

選択的合成と統計的アプローチの環境面での比較評価が必要


将来の展望

さらなるプロセス最適化により、より広範な化合物への適用が期待される

2024年10月30日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0170~

論文のタイトル: Azobenzene-Substituted Triptycenes: Understanding the Exciton Coupling of Molecular Switches in Close Proximity(アゾベンゼン置換トリプチセン:近接した分子スイッチのエキシトン結合の理解)

著者: Anne Kunz, Nils Oberhof, Frederik Scherz, Leon Martins, Andreas Dreuw, Hermann A. Wegner

雑誌: Chemistry - A European Journal

巻: Volume28, Issue38, e202200972

出版年: 2022年


背景

1: 研究の背景(アゾベンゼンの多様な応用)

アゾベンゼン(AB)は従来の染料としての用途を超えて多機能化

エネルギー・情報貯蔵、有機触媒、光生物学、分子機械など広範な応用

E-Z異性化による大きな構造変化が応用の鍵

光、熱、電気化学、機械的刺激による異性化が可能


2: 研究課題(複数のフォトスイッチの相互作用)

複数のフォトスイッチを1分子内に組み込む際の課題

直接共役していなくても近接したフォトクロミック部位は相互影響

環状システムでは異性化による大きな構造変化が他の部位に影響

空間を介したエネルギー移動の影響は距離に依存


3: 研究目的(トリプチセン骨格を用いた研究設計)

sp3中心で電子的に分離されたAB単位の相互作用を調査

トリプチセン骨格にAB単位を1-3個導入した化合物を設計・合成

異性化挙動とエキシトン結合効果を実験的・計算科学的に解明

複数のフォトスイッチを1分子に組み込む際の新しい設計パラメータの提供


方法

1: 合成方法(アゾベンゼン-トリプチセンの合成)

市販のトリプチセン(1)から出発

ニトロ化、還元、Baeyer-Mills カップリングを経て目的物を合成

ニトロ化条件を最適化し、所望の置換パターンを達成

アミノトリプチセン(7-11)とニトロソベンゼンのカップリングで目的物(12-16)を合成


結果

1: 化合物の特徴(合成した化合物の構造的特徴)

メタ位置に1-3個のAB単位を導入したトリプチセン誘導体(12-16)を合成

化合物14はキラルで、エナンチオマー混合物として得られた

トリプチセン骨格によりAB単位は空間的に近接しているが電子的に分離

メタ置換パターンにより直接のπ共役は最小限に抑制


2: 光異性化挙動(UV/Vis分光法による異性化挙動の観察)

アセトニトリル中でUV/Vis分光法により光異性化を追跡

親AB分子と比較して、π→π*遷移が若干長波長シフト(約340 nm)

365 nmの光照射によりπ→π*遷移の吸収極大が減少(EZ異性化)

448 nmの光照射によりZE逆異性化を確認

1H NMR分光法でも異性化を追跡し、すべての可能な異性体を検出


3: 異性体組成分析(光定常状態(PSS)の異性体組成)

HPLCを用いて各化合物のPSS組成を決定

365 nm照射後、ほとんどの化合物で80%以上のZ異性体を達成

化合物15のみZ異性体69%と低く、立体障害の影響が示唆される

可視光照射により約80%のE異性体へ戻すことが可能

70℃加熱でほぼ100%E異性体へ戻すことが可能


考察

1: 計算科学的解析(エキシトン結合効果の理論的考察)

時間依存密度汎関数理論(TDDFT)を用いて励起状態を計算

n→π*遷移は各AB単位に局在化し、ほぼ影響を受けない

π→π*遷移は顕著なエキシトン結合効果を示す

AB単位の数と配置によりエキシトン結合の様式が変化

分子の対称性を反映したエキシトン結合パターンを観察


2: エキシトン結合の影響(置換パターンによるスペクトル変化)

2つのAB単位が平行な場合(13)、π→π*遷移の赤方・青方シフトを観察

2つのAB単位が反対側にある場合(14)、エキシトン結合は減少

3つのAB単位がC3v対称の場合(15)、2つの縮退状態と1つの非縮退状態を観察

3つのAB単位がCs対称の場合(16)、3つの非縮退状態を観察

理論計算結果は実験的に観察されたスペクトル変化と一致


3: 研究の意義(複数のフォトスイッチ設計への示唆)

sp3中心で分離されたAB単位でもエキシトン結合効果が存在することを実証

分子の対称性がエキシトン結合パターンに大きく影響することを解明

n→π*遷移は影響を受けにくく、π→π*遷移が主にエキシトン結合の影響を受ける

複数のフォトスイッチを1分子に導入する際の新しい設計指針を提供


4: 研究の限界と今後の展望

キラルな化合物14のエナンチオマー比は未検討

エキシトン結合効果と光異性化効率の関係性の詳細な解明が必要

異なる骨格や置換パターンでの検証が望まれる

理論計算と実験結果の更なる対応付けが求められる


結論

トリプチセン骨格を用いてsp3中心で分離されたAB単位の相互作用を解明

すべての化合物で効率的な光異性化を確認

エキシトン結合効果が分子の対称性に依存することを実証

複数のフォトスイッチを組み込んだ分子設計に新しい指針を提供


将来の展望

エネルギー・情報貯蔵、分子機械などへの応用が期待される

2024年10月29日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0169~

論文のタイトル: Systematic Route to Construct the 5–5–6 Tricyclic Core of Furanobutenolide-Derived Cembranoids and Norcembranoids(フラノブテノリド由来セムブラノイドおよびノルセムブラノイドの5-5-6三環式コア構築への系統的アプローチ)

著者: Melinda Chan, Nicholas J. Hafeman, Tyler J. Fulton, and Brian M. Stoltz*

雑誌: Organic Letters

巻: Volume26, Issue30, 6320–6323

出版年: 2024年


背景

1: 研究の背景

海洋生物由来の複雑な天然物が長年化学者の関心を集める

Sinularia属軟サンゴから多様なマクロ環状・多環状化合物が得られる

ポリ環状フラノブテノリド由来セムブラノイド・ノルセムブラノイドが注目

これらの化合物は複雑な構造と有望な生物活性を持つ


2: 既存研究と課題

2022年にハベロケート(7)の不斉全合成を報告

Julia-Kocieńskiオレフィン化とエステル化/Diels-Alder反応カスケードを利用

トリシクリックコア構築に成功したが、いくつかの制約あり

プロピオール酸エステル中間体の不安定性が課題


3: 研究目的

5-5-6三環式コア構築の効率的な方法の開発

高立体選択性を持つ分子内Diels-Alder反応の利用

プロパルギルエーテルテザーを用いた反応効率の向上

多様な天然物ファミリーへの応用可能性の探索


方法

1: 合成戦略

ジオール3からプロパルギルエーテル12の合成

分子内Diels-Alder反応による三環式エーテル13の形成

エーテル13からケトン16への変換を目指す3段階酸化プロトコル


2: 主要反応

プロパルギルブロミドを用いた塩基性アルキル化条件下でのエーテル化

分子内Diels-Alder反応による環状エーテル形成

V触媒による位置選択的エポキシ化

Ti触媒によるエポキシド開環還元


3: 分析・特性評価

NMR (1H, 13C)によるエーテル1213の構造確認

高分解能質量分析(HRMS)による分子量確認

赤外分光法(IR)による官能基同定

X線結晶構造解析によるエーテル13の立体構造決定


結果

1: エーテル合成と環化

ジオール3からプロパルギルエーテル12を83%収率で合成

エーテル12の分子内Diels-Alder反応が96%収率で進行

シクロエーテル13が単一のジアステレオマーとして得られる


2: 酸化反応の結果

エポキシド14が単一のジアステレオマーとして生成

ジオール15への還元的エポキシド開環が高収率で進行

IBX酸化によりケトン16が生成


3: 構造特性

エーテル13はエステル4と比較して安定性が向上

ケトン16ではΔオレフィンの異性化が観察されず

ケトン16の構造は一部の天然物と類似した特徴を持つ


考察

1: 合成経路の改善

プロパルギルエーテルルートが高収率・高選択性を示す

エステルルートと比較して中間体の安定性が向上

取り扱いが容易になり、精製が簡略化された


2: 反応機構の考察

エーテル構造が分子内Diels-Alder反応に有利な立体配座を提供

s-トランス配座の採用が容易になり、反応性が向上

エステル構造による立体的制約が解消された


3: 酸化段階の課題

エーテル13からラクトン5への直接酸化は困難

複数の反応性アリル位C-H結合の存在が原因

酵素的方法の検討が今後の課題として示唆される


4: 天然物合成への応用

ケトン16の構造がdissectolide Aなどの天然物と類似

IBX酸化時のオレフィン異性化の制御が可能に

多様な天然物への合成アプローチの可能性が開かれた


結論

高効率・高選択的な5-5-6三環式コア構築法を確立

プロパルギルエーテルテザーの利用により反応性と安定性が向上

複雑な海洋天然物合成への新たなアプローチを提供

酵素的酸化など、更なる反応開発の余地がある


将来の展望

フラノブテノリド由来天然物ファミリーへの応用が期待される

2024年10月28日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0168~

論文のタイトル: Adaptive Photochemical Nonlinearities for Optical Neural Networks(光学ニューラルネットワークのための適応的光化学非線形性)

著者と出版詳細: Marlon Becker, Jan Riegelmeyer, Maximilian David Seyfried, Bart Jan Ravoo, Carsten Schuck, Benjamin Risse

雑誌: Advanced Intelligent Systems

巻: Volume5, Issue12, 2300229

出版年: 2023年


背景

1: 研究の背景

人工深層ニューラルネットワーク(DNN)は科学と工学で広く使用されている

DNNの性能は過去10年で飛躍的に向上

電子技術の進歩には物理的な制約がある

非常に深いニューラルネットワークの学習には莫大なエネルギーが必要


2: 光学的信号処理の可能性

光学的信号処理はより高速で省エネルギー

光学ニューラルネットワーク(ONN)への関心が高まっている

ONNは行列乗算の並列処理が可能

線形演算は集積フォトニクスで実現可能


3: 研究の目的

光学的非線形性の実現が課題となっている

従来の設計では柔軟性が不足している

光スイッチ可能な化合物の非線形特性を活用

アゾベンゼンの光異性化を利用した活性化関数の開発


方法

1: 実験設計

アゾベンゼン溶液の濃度依存的な吸光度測定

532nmレーザーを信号キャリアとして使用

468nm LEDで trans-cis 異性化を制御

入力強度は可変中性密度フィルターで調整


2: 数理モデルの構築

Beer-Lambertの法則に基づく解析的フィッティング関数の導出

化学平衡と線形入力強度依存性を仮定

ガウシアンノイズを組み込んだモデル化

非線形性の強さαをパラメータとして導入


3: ニューラルネットワークシミュレーション

全結合ニューラルネットワーク(FCN)を使用

XOR、円、MNIST、FMNISTの4つの分類タスクで評価

SGD最適化アルゴリズムとNesterovモメンタムを使用

入力データを[0,1]に正規化し、重みを正の値に制限


結果

1: アゾベンゼン溶液の非線形光学特性

濃度が高いほど非線形性が顕著に

低入力強度と高入力強度で線形領域が存在

中間の入力強度で非線形領域を観察

非線形性の強さαは濃度に比例して増加


2: ニューラルネットワークの性能評価

α=0(線形)の場合、XORと円形タスクで50%程度の精度

αの増加に伴い、全タスクで精度が急激に向上

MNISTとFMNISTでも非線形性の導入で性能が向上

αがある閾値を超えると性能が安定


3: 活性化関数の特性

第1層の活性化は最も非線形性の高い領域に分布

第2層の活性化はより広い範囲に分布

実験で得られたαの値(例:c = 3 mMでα = 1.75)で十分な非線形性を実現


考察

1: 主要な発見

光スイッチ可能な化合物を用いた新しい活性化関数の実現

濃度調整による非線形性の制御が可能

非線形性の強さαに対する臨界値の存在を確認

従来の電子ハードウェアを超える可能性を示唆


2: 先行研究との比較

従来の光学非線形素子と比べて柔軟性が高い

電子ハードウェアよりも高速かつ省エネルギー

他の光スイッチ可能な化合物への応用可能性


3: 理論的な示唆

非線形性の強さと学習性能の関係を明らかに

活性化関数の特性が学習に与える影響の解明

リザーバーコンピューティングなど他のアーキテクチャへの応用可能性


4: 研究の限界点

高濃度での Beer-Lambert 則からの逸脱

スイッチング過程の時間的ダイナミクスの未解明

ナノフォトニック回路への実装が今後の課題


結論

光学ニューラルネットワーク用の適応的光化学非線形性を実現

アゾベンゼンの光異性化を利用した柔軟な活性化関数の設計

非線形性の強さと学習性能の関係を定量的に評価


将来の展望

他の光スイッチ可能な化合物への応用や時間的ダイナミクスの研究が今後の課題

インテリジェントマターにおける情報処理の新たな可能性を示唆

2024年10月27日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0167~

論文のタイトル: Visible Light-Enhanced C−H Amination of Cyclic Ethers with Iminoiodinanes(可視光増強によるイミノヨージナンを用いた環状エーテルのC-H アミノ化)

著者: Igor D. Jurberg, Rene A. Nome, Stefano Crespi, Teresa D. Z. Atvars, Burkhard König

雑誌: Advanced Synthesis & Catalysis

巻: Volume364, 4061-4068

出版年: 2022年


背景

1: 研究の背景

C-H官能基化は有機合成における重要な研究分野

C-Hアミノ化は高付加価値化合物の合成に特に重要

従来は金属触媒によるナイトレン転移が一般的

可視光を用いた反応促進が注目されている


2: 未解決の課題

多くの有機分子は可視光領域に吸収を持たない

光触媒が一般的に必要とされる

イミノヨージナンの可視光による直接活性化の可能性

環状エーテルのC-Hアミノ化への応用が未探索


3: 研究目的

イミノヨージナンの可視光による直接活性化を検討

環状エーテルのC-Hアミノ化反応の開発

反応機構の解明と最適化

置換基効果の調査


方法

1: 実験デザイン

イミノヨージナンと環状エーテルの反応を設計

青色LED (455 nm) を光源として使用

反応条件の最適化(溶媒、温度、光照射時間など)

生成物の単離と構造決定


2: 分析手法

NMRによる反応追跡と生成物の構造解析

UV-Vis分光法によるイミノヨージナンの吸収特性評価

発光分光法による励起状態の解析

DFT計算による電子状態の解析


3: 基質適用範囲の検討

異なる置換基を持つイミノヨージナンの合成と評価

様々な環状エーテルとの反応性の調査

反応の制限と限界の探索

熱的条件との比較実験


結果

1: 最適化条件

THFを溶媒とし、青色LED照射下で20分間反応

NaBH4による還元を経てアミノアルコールを71%収率で合成

熱的条件(60℃)では収率60%

光触媒の添加は収率向上に寄与せず


2: 基質適用範囲

様々な置換イミノヨージナンで収率23-72%を達成

電子供与性置換基(OMe)で最も高い収率(70%)

活性化された環状エーテルが良好な反応性を示す

立体的に込み合った基質では反応性が低下


3: 機構研究

KIE実験でC-H結合開裂が律速段階であることを確認

UV-Vis測定でイミノヨージナンの光吸収特性を解明

発光分光法で一重項・三重項ナイトレン中間体を観測

DFT計算で置換基効果と電子状態を理論的に説明


考察

1: 反応機構の提案

青色光照射によるイミノヨージナンの直接活性化

一重項ナイトレンによるC-H挿入経路

三重項ナイトレンによる水素原子移動と再結合経路

N,O-アセタール中間体の還元によるアミノアルコール生成


2: 置換基効果の考察

電子供与性基による反応性向上を確認

UV-Vis吸収と反応性の相関を見出す

DFT計算により置換基効果のメカニズムを解明

スピン-軌道相互作用の重要性を指摘


3: 既存手法との比較

金属触媒を必要としない環境調和型反応

可視光による反応加速効果を実証

熱的条件と比較して収率向上を達成

基質適用範囲の拡大に成功


4: 研究の限界点

一部の環状エーテルで反応性が低い

立体的に込み合った基質での制限

N,O-アセタール中間体の単離困難

光照射装置の最適化の余地


結論

イミノヨージナンの可視光活性化によるC-Hアミノ化を開発

環状エーテルからアミノアルコールの合成に成功

反応機構を分光学的・理論的に解明


将来の展望

さらなる基質拡大と反応条件の最適化が今後の課題

持続可能な有機合成への応用が期待される

2024年10月25日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0166~

論文のタイトル: Wavelength Selective Photocontrol of Hybrid Azobenzene-Spiropyran Photoswitches with Overlapping Chromophores(重なり合う発色団を持つハイブリッドアゾベンゼン-スピロピラン光スイッチの波長選択的光制御)

著者: Torben Saßmannshausen, Dr. Anne Kunz, Nils Oberhof, Friederike Schneider, Chavdar Slavov, Prof. Dr. Andreas Dreuw, Prof. Dr. Josef Wachtveitl, Prof. Dr. Hermann A. Wegner 

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

巻: Volume63, Issue10, e202314112

出版年: 2024年


背景

1: 研究の背景(多重光クロミック化合物の可能性)

複数の光スイッチユニットを持つ化合物は魅力的

ナノ技術、再生可能エネルギー利用、データストレージなどに応用可能

新たな機能性を持つ分子複合システムの開発が課題

合成、分光学、理論の分野での挑戦が必要


2: 未解決の問題(光スイッチの結合と機能性)

光スイッチの理想的な共有結合方法が不明確

結合パターンによってアゾベンゼン(AB)の異性化動力学が変化

メタ位結合のABは単量体に近い性質を示す

パラ位結合のABは赤色シフトし、量子効率が低下


3: 研究目的(ハイブリッド光スイッチの設計)

アゾベンゼン(AB)とスピロピラン(SP)を直接結合したハイブリッド二量体の設計

メタ位とパラ位で結合したAB-SP二量体の合成

個々のスイッチユニットの電子的分離と独立したスイッチング機能の実現

赤色シフトによる紫外線吸収の低減


方法

1: 合成方法(AB-SP誘導体の合成)

メタ位結合AB-SP: ABを先に構築し、次にSPユニットを形成

パラ位結合AB-SP: SPを先に合成し、次にABユニットを付加

置換基としてNO2基を導入し、MC形態の半減期を延長


2: 分光学的解析(静的・時間分解分光法)

UV/Vis吸収スペクトル測定

過渡吸収分光法による超高速ダイナミクス観測

光定常状態(PSS)の分析

NMR実験によるPSSの組成決定


3: 理論計算(量子化学計算)

CAM-B3LYP/6-311G* D3(BJ) PCM(MeCN)レベルでの計算

吸収スペクトルの計算

電子遷移の局在性とキャラクターの解析

デタッチメント/アタッチメント密度の可視化


結果

1: パラ位結合AB-SPの光物理学的特性

ABユニットの吸収が60 nm赤色シフト(385 nm)

SPユニットの遷移はクロメン部位に局在化

波長選択的な光異性化が可能

パラ-(E)-AB-MCの選択的生成は困難


2: メタ位結合AB-SPの光物理学的特性

ABとSPの吸収スペクトルが単量体の和に近い

電荷移動遷移が400 nm付近に出現

ABとSPユニットの個別励起が可能

メタ-(E)-AB-MCへの変換時にABの(E)→(Z)異性化も発生


3: 超高速ダイナミクス(過渡吸収分光法による動的挙動)

パラ位結合体: ABとSPの動的挙動が混在

メタ位結合体: ABとSPの動的挙動がより独立的

励起波長によって異なるダイナミクスを観測

トリプレット状態の形成と減衰を確認


考察

1: パラ位結合の影響(パラ位結合による電子的結合)

ABユニットの赤色シフトにより可視光での制御が可能

SPユニットの遷移はスピロ原子により分離され、影響が小さい

波長選択的な制御が可能だが、完全な独立性は達成できず


2: メタ位結合の利点(メタ位結合による電子的分離)

ABとSPユニットの電子的分離が促進される

個別のスイッチング制御が可能

完全な直交性は達成されないが、高い独立性を実現


3: ハイブリッド光スイッチの設計戦略

結合位置の選択により電子的相互作用を制御可能

パラ位結合は赤色シフトを利用した応用に有効

メタ位結合は独立したスイッチング機能に適する

目的に応じた結合様式の選択が重要


4: 研究の限界

光定常状態の正確な組成決定が困難

短い熱的半減期による生成物の蓄積制限

完全に独立したスイッチングの実現が課題

長波長での制御にはさらなる分子設計が必要


結論

ハイブリッド光スイッチの可能性

AB-SPハイブリッド二量体の合成と特性解明に成功

メタ位結合とパラ位結合で異なる光物理学的特性を実現

波長選択的な光制御が可能な多機能分子システムを開発


将来の展望

ナノ構造や材料の複雑な光制御への応用が期待される

さらなる分子設計の最適化により、完全な直交性の実現を目指す

2024年10月24日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0165~

論文のタイトル: One-Pot Sulfonamide Synthesis Exploiting the Palladium-Catalyzed Sulfination of Aryl Iodides(ワンポット法を利用したスルホンアミド合成:アリールヨウ化物のパラジウム触媒スルフィン化の応用)

著者: Emmanuel Ferrer Flegeau, Jack M. Harrison, Michael C. Willis*

雑誌: Synlett 

巻: Volume27, 101–105

出版年: 2016年


背景

1: 研究の背景(スルホンアミドの重要性)

スルホンアミド基は医薬品や農薬で広く応用されている

化学的・代謝的安定性、三次元構造、極性、結合性が特徴

様々な適応症の治療薬として開発されている

一般的にアリール(またはヘテロアリール)スルホニルクロリドとアミンの組み合わせで合成


2: 従来の合成法の限界

特定のヘテロアリールスルホニルクロリドは不安定

望ましいスルホニルクロリドへのアクセスが制限される

電子求引性芳香族置換反応の特性による生成物の制限

チオール中間体の調製と強力な酸化条件の使用が必要


3: 研究目的

アリールハライドを出発物質とする新しいスルホンアミド合成法の開発

SO2等価体DABSOとアミンを組み合わせた方法の確立

パラジウム(0)触媒を用いたスルフィン化反応の応用

前駆体有機金属試薬の使用を回避し、官能基許容性を向上


方法

1: 反応設計

アリールヨウ化物とDABSOの組み合わせによるアンモニウムスルフィネート中間体の形成

パラジウム(0)触媒を用いたスルフィン化反応

アミンと次亜塩素酸ナトリウム(漂白剤)水溶液の添加によるスルホンアミド形成


2: 反応条件の最適化

溶媒の評価:イソプロパノールが最適

触媒:Pd(OAc)2とPAd2Bu(CataCXium A)の組み合わせ

塩基:トリエチルアミン

温度:75°C

反応時間:16時間(スルフィネート形成)+ 90分(スルホンアミド形成)


3: 基質の適用範囲の検討

アリールヨウ化物の置換基効果の評価

アミン成分の多様性の検討

官能基許容性の確認

スケールアップ実験の実施


結果

1: アリールヨウ化物の適用範囲

中性および電子供与性置換基を持つ基質が良好に反応

オルト、メタ、パラ置換体全てが適用可能

パラ-SMe誘導体の成功は注目に値する

電子求引性置換基(ハロゲン、エステル、ニトリル、ケトン)も効率的に反応


2: アミン成分の適用範囲

一級アミンは一般的に良好な結果を示す

反応性の高い官能基(アセタール、三置換アルケン、ピリジル基)を含むアミンも適用可能

アニリン誘導体も基質として使用可能

アミノ酸誘導体も適用可能


3: スケールアップ実験

4.23 mmolスケール(1.0 gのアリールヨウ化物)で反応を実施

合成的に有用なスケールでの問題がないことを実証


考察

1: 方法の利点

簡便な操作:ワンポット法による合成が可能

広い基質適用範囲:様々なアリールヨウ化物とアミンが使用可能

官能基許容性:酸性および求電子性官能基の存在下で反応が進行

スケーラビリティ:グラムスケールでの合成が可能


2: 従来法との比較

前駆体有機金属試薦の使用を回避:官能基許容性の向上

スルホニルクロリド中間体を経由しない:不安定な中間体の問題を解決

SO2等価体DABSOの使用:取り扱いが容易で安全性が高い

パラジウム触媒の使用:温和な条件下での反応が可能


3: 研究の限界

アリールヨウ化物に限定:臭化物や塩化物への適用は未検討

パラジウム触媒の使用:コストと環境負荷の観点から課題

一部の基質でNCSの使用が必要:反応の汎用性に制限


結論

アリールヨウ化物からの新しいワンポット法スルホンアミド合成法を開発

広い基質適用範囲と高い官能基許容性を実現

従来法の問題点(不安定中間体、強力な酸化条件)を解決


将来の展望

医薬品・農薬合成への応用が期待される

今後の課題:他のハロゲン化物への適用、触媒の最適化

2024年10月23日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0164~

論文のタイトル: A Double-Walled Tetrahedron with AgI4 Vertices Binds Different Guests in Distinct Sites(異なるゲストを異なる部位に結合するAgI4頂点を持つ二重壁四面体)

著者: Samuel E. Clark, Dr. Andrew W. Heard, Dr. Charlie T. McTernan, Dr. Tanya K. Ronson, Dr. Barbara Rossi, Petr Rozhin, Prof. Silvia Marchesan, Prof. Jonathan R. Nitschke

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

巻: Volume62, Issue16, e202301612

出版年: 2023年


背景

1: 研究の背景

金属-有機ケージは、分子認識や化学分離に応用可能

内部空洞を持ち、ゲストを選択的に結合できる

サブコンポーネント自己集合により複雑な3次元構造を形成

AgIは構造金属イオンとして有用な可能性がある


2: 未解決の課題

多金属クラスターを頂点とする自己組織化構造の開発が進行中

AgIクラスターを含む構造の合理的設計戦略が必要

既存のAgI構造は内部空間が比較的小さく、ゲスト結合に制限


3: 研究目的

AgI4クラスターを頂点とする新しい二重壁四面体構造の開発

内部および外部のゲスト結合部位の特性評価

ハロゲン交換による内部空洞体積の調整可能性の検討


方法

1: 合成方法

1,3,5-トリス(4-アミノフェニル)ベンゼン(A)と2-ホルミル-1,8-ナフチリジン(B)を使用

AgIビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドとテトラ-n-ブチルアンモニウムヨウ化物を添加

サブコンポーネント自己集合により四面体ケージ1を形成


2: 構造解析

1H NMRスペクトル解析で2つの異なるリガンド環境を確認

DOSY NMRで単一の離散構造を確認

質量分析で[Ag16I4L8]12+組成を確認

単結晶X線回折で分子構造を決定


3: ゲスト結合評価

小さな中性および陰イオン性化合物のスクリーニング

1H NMRシフトによる結合の確認

内部および外部結合モードの区別

結合定数の算出


4: ハロゲン交換実験

ヨウ化物、臭化物、塩化物を用いたケージの合成

1H NMRによるハロゲン交換過程のモニタリング

交換後の内部空洞体積の推定


結果

1: 構造の特徴

T対称二重壁四面体構造を形成

各頂点に[Ag4I]3+クラスターを含む

内部と外部のリガンドが異なる配位様式を示す

内部空洞体積は103 Å3と算出


2: ゲスト結合特性

陰イオン性ゲストが内部空洞に結合 (Ka = 2-9 × 102 M-1)

小さな芳香族分子が外部結合クレフトに結合 (Ka ≈ 2 × 1022 M-1)

ベンゼンは6:1の化学量論比で外部結合


3: ハロゲン交換と空洞調整

I- > Br- > Cl-の順でハロゲン親和性を確認

ハロゲン交換により内部空洞体積を調整可能

臭化物体積111 Å3、塩化物体積113 Å3と推定


考察

1: 主要な発見

新規な二重壁四面体構造の形成に成功

AgI4クラスターが頂点として機能

内部と外部に異なるゲスト結合部位を持つ


2: 主要な特徴

陰イオン性ゲストは内部に、芳香族ゲストは外部に選択的に結合

ハロゲン交換により内部空洞体積を微調整可能

ナフチリジン-イミンリガンドがAgIクラスター形成を支援


3: 先行研究との比較

既存のAgIケージ構造よりも大きな内部空間を実現

多金属クラスター頂点を持つ自己組織化構造の新しい例を提供

ハロゲン交換による空洞調整は新規な特徴


4: 研究の意義

複雑なAgIクラスター頂点アーキテクチャを持つケージの設計原理を提供

集合後の内部空洞体積調整により、標的結合挙動の制御が可能に

化学センサーなど、新しい応用分野の開拓につながる可能性


5: 研究の限界

臭化物および塩化物アナログの単結晶X線構造解析ができていない

ゲスト結合の選択性メカニズムの詳細な解明が必要

より広範なゲスト分子のスクリーニングが望まれる


結論

AgIクラスター頂点を持つ新規二重壁四面体ケージの開発に成功

内部と外部に異なるゲスト結合部位を持つユニークな構造

ハロゲン交換による内部空洞体積の調整が可能


将来の展望

今後、発光性AgIクラスター頂点を用いた化学センサーの開発が期待される

より複雑なゲスト分子の選択的結合や分離への応用が考えられる

2024年10月22日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0163~

論文のタイトル: C(sp3)–P cross-coupling of alkyl substrates with P(O)–H compounds and phosphites

著者: Jinyu Tang, Jinxuan Ni, Qian Chen

雑誌: Tetrahedron Letters 

巻: Volume149, 155266

出版年: 2024年


背景

1: 研究の背景

アルキルリン化合物は多岐にわたる応用がある

配位子、難燃剤、生物有機・医薬品化学、農薬など

C(sp3)–P結合構築の従来法には制限がある

過剰な有毒有機ハロゲン化物の使用

厳しい反応条件、基質適用範囲の限定


2: 研究の目的

C(sp3)–P結合形成の新規手法開発が必要

P(O)–H化合物やホスファイトを用いたクロスカップリング

C(sp3)–H結合のリン酸化反応

アルキルラジカル前駆体とホスファイトのカップリング


3: レビューの範囲

2020年以降のC(sp3)–Pクロスカップリング反応を概説

P(O)–H化合物とホスファイトをリン源として使用

C(sp3)–H結合やC(sp3)–LG結合を持つアルキル基質

光触媒や金属触媒を用いた新規手法に注目


方法

1: レビュー方法

2020年以降の関連論文を収集・分析

C(sp3)–P結合形成に関する最新の進展を整理

反応のタイプに基づいて2つに分類

C(sp3)–H結合を持つアルキル基質

C(sp3)–LG結合を持つアルキル基質


2: 反応の分類と評価

基質の種類: α-C(sp3)–H、ベンジルC(sp3)–H、遠隔C(sp3)–H

脱離基(LG)の種類: OH、NR2、COOH、CO2Phth、BF3K

触媒システム: 光触媒、金属触媒、無触媒条件

反応条件、収率、基質適用範囲、官能基許容性を評価


結果

1: C(sp3)–H結合のリン酸化

α-C(sp3)–H結合のリン酸化が多く報告

アミン、アルコール、エーテルなどの基質で成功

光触媒を用いた手法が多く開発されている

遠隔C(sp3)–H結合のリン酸化は比較的少ない


2: C(sp3)–LG結合のリン酸化

アルコールやアミン誘導体を用いた手法が開発

アルキルハライドの代替として環境に優しい

脱炭酸を伴うC(sp3)–Pクロスカップリングも報告

NHPI エステルやアルキルトリフルオロホウ酸塩を使用


3: 新規リン酸化試薬の開発

BecaPなどの新規リン酸化試薬が設計された

アルキルラジカルを効率的に捕捉可能

温和な光触媒条件下で反応が進行

幅広い1級・2級アルキル基質に適用可能


考察

1: 主要な進展

α-アミノホスホン酸合成の手法が多く開発

イミニウム中間体へのリン求核付加が一般的

遠隔C(sp3)–H結合や非活性化C(sp3)–H結合のリン酸化は課題


2: 主要な発見

アルキルラジカルのリン酸化が新たな可能性を示す

C(sp3)–LG結合(LG = CO2PhthやBF3K)を前駆体として利用

温和な条件下でC(sp3)–P結合形成が可能


3: 研究の限界

非活性化C(sp3)–H結合の直接リン酸化例は少ない

選択的なアルキルラジカル/ホスホリルラジカルカップリングは課題

不斉C(sp3)–Hリン酸化の応用例が限られている


結論

C(sp3)–Pクロスカップリング反応の進展を概説

アルキルラジカルのリン酸化が有望な戦略


将来の展望

非活性化C(sp3)–H結合の選択的リン酸化

電気化学的手法の適用

不斉C(sp3)–Hリン酸化の応用拡大

2024年10月21日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0162~

論文のタイトル: Impact of two diammonium cations on the structure and photophysics of layered Sn-based perovskites(二つのジアンモニウムカチオンが層状Snベースペロブスカイトの構造と光物理学に与える影響)

著者: Eelco K. Tekelenburg, Nawal Aledlbi, Lijun Chen, Graeme R. Blake, Maria A. Loi

雑誌: Journal of Materials Chemistry C

巻: Volume11, 8154-8160

出版年: 2023年


背景

1: 層状金属ハライドペロブスカイトの重要性

光電子デバイスへの応用が期待される新興材料

大きな有機カチオンを収容できる柔軟な結晶構造

構造と光学特性のチューニングが可能

太陽電池やLEDで既に貢献実績あり


2: 研究のギャップ

ジアンモニウムカチオンの利用が増加傾向

Snベースペロブスカイトの結晶構造への理解が不足

カチオンの影響に関する詳細な知見が必要

環境に優しいSnの光学特性の探索が不十分


3: 研究の目的

2種類のジアンモニウムカチオン(OBEとEDBE)の影響を調査

結晶構造と光学特性の関係を解明

Snベースペロブスカイトの構造的柔軟性を探索

薄膜作製プロセスの影響を評価


方法

1: 材料合成と構造解析

Anti-Solvent Vapour Crystallisation法でOBESnI4とEDBESnI4を合成

X線回折(XRD)で結晶構造を解析

水素結合の形成を確認


2: 光学特性評価

Kubelka-Munk変換拡散反射スペクトル測定

室温でのフォトルミネッセンス(PL)スペクトル測定

温度依存PLスペクトル測定(4.4 Kまで)

励起強度依存PLスペクトル測定


3: 薄膜作製と評価

ブレードコーティング法で薄膜を作製

70℃と100℃で処理温度を変化

吸収スペクトルとPLスペクトルの測定

共焦点レーザー走査顕微鏡で空間分布を観察


結果

1: 結晶構造の違い

OBESnI4: 平面状の〈100〉型層状構造

EDBESnI4: 波打った〈110〉型層状構造

EDBEカチオン間の水素結合が波打ち構造を安定化


2: 光学特性の比較

OBESnI4: 1.99 eVに吸収ピーク、1.90 eVと1.96 eVにPLピーク

• EDBESnI4: 2.36 eVに吸収ピーク、1.61 eVに幅広いPLバンド

• EDBESnI4のストークスシフトは約700 meV


3: 薄膜の特性

70℃処理: 黒色薄膜、単一結晶相

100℃処理: 赤色薄膜、2つの結晶相の混合

処理温度により光学特性が大きく変化

100℃処理で新しい未同定の結晶相が出現


考察

1: 構造と光学特性の関係

カチオンの長さが結晶構造を決定

八面体のSn-I-Sn角度が電子バンド構造に影響

EDBESnI4の幅広いPLバンドは欠陥に起因する可能性


2: 温度依存性の解釈

OBESnI4の低エネルギー発光は熱活性化プロセス

EDBESnI4は低温で複数の発光状態を示す

発光寿命とフルエンス依存性から欠陥由来の発光を示唆


3: 薄膜の相転移

100℃処理で新しい結晶相が出現

可能性のある原因:

  - 八面体の連結性の変化

  - 波打ち構造への転移

動力学的に捕捉された状態の形成


4: 研究の限界点

新しい結晶相の詳細な構造解析が未完了

欠陥の正確な性質と位置の特定が必要

長期的な安定性と素子性能の評価が不足


結論

カチオン間相互作用が層状ペロブスカイトの構造を制御

Snベースペロブスカイトの特異な光学特性を解明

処理温度が薄膜の結晶構造と光学特性に大きく影響


将来の展望

新規相の構造同定

欠陥エンジニアリングによる発光制御

デバイス応用に向けた最適化

2024年10月20日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0161~

論文のタイトル: Enhanced inverted singlet–triplet gaps in azaphenalenes and non-alternant hydrocarbons

著者: Marc H. Garner, J. Terence Blaskovits, Clémence Corminboeuf

雑誌: Chemical Communications

巻: 60, 2070-2073

出版年: 2024年


背景

1: 研究背景

一部の分子で一重項-三重項ギャップの逆転が発見された

このような化合物は分子発光体として有望

逆転ギャップは熱力学的に有利な発光性一重項状態を持つ

アザフェナレンや多環式炭化水素で逆転ギャップが観察された


2: 未解決の課題

逆転ギャップメカニズムの合理的設計パラダイムが必要

HOMO-LUMOの重なりが最小の分子で逆転が起こる可能性

非交互炭化水素の中には、対称性が高くてもギャップが小さい正の値のものがある

これらの分子で逆転を誘導する方法が不明確


3: 研究目的

Heilbronnerの置換基戦略の可能性を明らかにする

置換基効果が低対称性コアの構造変化だけでなく、電子的調整によってギャップに直接影響を与えることを示す

フントの規則に従う化合物でも逆転を誘導できることを実証

既に負のギャップを持つ化合物でも、逆転の大きさを増加させる


方法

1: 計算方法

EOM-CCSD/cc-pVDZレベルで垂直励起エネルギーを計算

Q-Chem 5.1ソフトウェアを使用

EOM-CCSDの計算リソース制限により、分子サイズと数を制限


2: 分子設計戦略

Heilbronnerの置換基戦略を適用

LUMOの係数が大きい位置にドナー置換基を配置

HOMOの係数が大きい位置にアクセプター置換基を配置

アザピレン、シクロペンタ[ef]ヘプタレンなどの分子コアを選択


3: 構造最適化

ωB97X-D/def2-TZVPレベルで構造最適化

Gaussian16ソフトウェアを使用

対称性の制約なしで最適化

虚数振動数がないことを確認


4: データ解析

垂直一重項-三重項ギャップ(E(S1-T1))を計算

置換基効果による一重項-三重項ギャップの変化を分析

親化合物と置換体のギャップを比較

逆転ギャップの誘導または増強を評価


結果

1: アザピレン誘導体の結果

アザピレン-3,5,8,10-テトラオール:E(S1-T1) = -3 meV

アザピレン-1,2,6,7-テトラカルボニトリル:E(S1-T1) = 負の値

いくつかの置換体で別の三重項状態がT1になる現象を観察

テトラキス(トリフルオロメチル)-アザピレン:CC2/cc-pVDZレベルで最も負のギャップ


2: 非交互炭化水素の結果

シクロペンタ[ef]ヘプタレン-3,5,8,10-テトラオール:E(S1-T1) = -26 meV

アズレノ[2,1,8-kla]ヘプタレン-2,8,11-トリオール:E(S1-T1) = -9 meV

ベンゾ[f]シクロペンタ[cd]アズレン-2,3,8,10-テトラオール:E(S1-T1) = -2 meV

これらの分子は親化合物では正のギャップを持っていた


3: アザフェナレンの結果

ヘプタジン-2,5,8-トリアミン(メレム):E(S1-T1) = -265 meV(最も負のギャップ)

シクラジンとペンタアザフェナレンの一部の置換体:ギャップが正になる

置換位置の選択が重要で、逆転に非常に敏感

トリアミン置換ペンタアザフェナレン:E(S1-T1) = -8 meV、f_osc = 0.043


考察

1: Heilbronner戦略の有効性

多くの非交互炭化水素とアザフェナレンで逆転ギャップを誘導・増強

ドナー/アクセプター置換基の適切な配置が鍵

親化合物より100 meV近く負のギャップを増強できる場合もある

逆戦略を適用すると、逆転ギャップを抑制できる


2: 構造と電子的効果の相互作用

置換基効果は常に予想通りの結果をもたらすわけではない

一部の置換体では、親化合物よりもギャップが正になる場合がある

分子コアの対称性破壊が負のギャップを減少させる可能性

構造歪みと電子的効果のバランスが重要


3: 発光特性との関連

ほとんどの逆転ギャップ分子はS1状態が暗い(fosc ≈ 0)

HOMO-LUMOの重なりの欠如が原因

トリアミン置換ペンタアザフェナレンなど、一部の分子で有望な結果

負のギャップとfosc のトレードオフを考慮した設計が必要


4: 研究の限界

EOM-CCSDの計算コスト制限により、小さな置換基のみを検討

より大きな置換基や複雑な組み合わせの探索が必要

構造歪みと電子的効果の定量的評価が不十分

デバイス環境での逆転ギャップの安定性は未検証


結論

Heilbronner戦略により、逆転一重項-三重項ギャップを誘導・増強できる

非交互炭化水素とアザフェナレンの両方で有効

置換基の選択と位置が重要

逆転ギャップと発光特性のバランスを取る必要がある


将来の展望

今後はより大きな置換基や複雑な組み合わせの探索が必要

デバイス環境での安定性や実用性の検証が重要

2024年10月19日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0160~

論文のタイトル: Near-infrared–to–visible highly selective thermal emitters based on an intrinsic semiconductor(近赤外-可視光域における高選択的熱放射体 - 真性半導体を用いた新手法)

著者: Takashi Asano,* Masahiro Suemitsu, Kohei Hashimoto, Menaka De Zoysa, Tatsuya Shibahara, Tatsunori Tsutsumi, Susumu Noda

雑誌: Science Advances

巻: Vol. 2, No. 12: e1600499

出版年: 2016年


背景

1: 研究の背景

熱放射スペクトル制御はエネルギー利用効率向上に重要

照明、エネルギー回収、センシングなど幅広い分野に応用可能

特定波長域で強い放射、他の波長域で低い放射が理想的

近赤外-可視光域での制御は特に困難


2: 既存技術の限界

ナノ構造化耐熱金属:長波長域の放射抑制が困難

高ドープ半導体:長波長域でのバックグラウンド放射が強い

波長選択ミラー:ミラーの温度上昇による性能低下の懸念

近赤外-可視光域での高効率・高選択的熱放射体が未実現


3: 研究目的

真性半導体を用いた新しい熱放射体の提案

電子的共鳴と光学的共鳴の同時利用

高温動作可能な近赤外-可視光域の高選択的熱放射体の実現

理論計算と実験による性能実証


方法

1: デバイス設計

材料:真性シリコン(高温動作可能、融点1687K)

構造:ナノロッドアレイ(フォトニック共鳴制御)

パラメータ最適化:格子定数、ロッド高さ、ロッド半径、Si膜厚


2: 理論計算

厳密結合波解析法を使用

温度依存の吸収係数と屈折率を考慮

放射スペクトル、角度依存性、エネルギー変換効率を計算


3: デバイス作製

SOI基板を使用(500nm Si / 1000nm SiO2 / 700μm Si)

電子ビームリソグラフィとプラズマエッチングでパターン形成

1mm x 1mmの放射体領域を作製

基板Siの除去(バックグラウンド放射低減)


4: 光学測定

顕微分光システムを使用

Ar充填チャンバー内でセラミックヒーターで加熱

波長範囲:500-8000nm

温度:1273K(1000℃)での測定


結果

1: 理論計算結果

1400Kでの放射スペクトル計算

ロッド半径105nm:1100nm以下の波長で59%の入力パワーを放射

ロッド半径190nm:1800nm以下の波長で84%の入力パワーを放射

角度依存性が小さい放射特性を確認


2: 実験結果(近赤外域)

ロッド半径105nm:915nmでピーク放射率0.62

ロッド半径90nm:870nmでピーク放射率0.78

ロッド半径85nm:790nmでピーク放射率0.77

1100-1400nmでの放射率は0.02-0.04と低い


3: 実験結果(広帯域)

1200-4800nmで放射率0.02以下

4800-7000nmで放射率0.05以下

理論計算と実験結果が良く一致

CO2吸収による4200nmのピークを観測


考察

1: 主要な発見

真性Si利用で近赤外-可視域の高選択的熱放射を実現

電子的共鳴(バンド間遷移)と光学的共鳴(ロッドアレイ)の組み合わせが有効

長波長域の放射を大幅に抑制(従来技術の課題を克服)


2: 性能の意義

高い波長選択性:特定波長で強い放射、他の波長で極めて低い放射

高温動作:1273K(1000℃)でも安定動作

エネルギー変換効率の向上:理論上84%(1800nm以下)


3: 応用可能性

高効率照明源

太陽熱光起電力変換システム

高感度センサー

放射冷却システム


4: 今後の課題

さらなる大面積化(ナノインプリント技術の利用)

耐久性向上(Al2O3コーティングの検討)

他の半導体材料(SiCなど)での可視光域への拡張


結論

真性Si利用で近赤外-可視域の高選択的熱放射体を実現

理論と実験の両面から性能を実証


将来の展望

エネルギー利用効率向上に大きく貢献する可能性

他の半導体材料への展開で更なる性能向上の可能性

照明、エネルギー変換、センシングなど幅広い応用が期待される


2024年10月18日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0159~

論文のタイトル: A general synthesis of dendralenes(デンドラレンの一般的合成法)

著者: Josemon George, Jas S. Ward and Michael S. Sherburn*

雑誌: Chemical Science

巻: 10, 9969-9973

出版年: 2019年


背景

1: デンドラレンとは

sp2混成炭素からなる炭化水素の4つの基本構造の1つ

非環状で分岐した構造を持つ

21世紀初頭まで扱いが困難と考えられていた

[3]デンドラレンから[12]デンドラレンが合成されている


2: デンドラレンの重要性

複雑な構造を迅速に生成する有用なビルディングブロック

連続的な付加反応(ジエン伝達性)が可能

天然物合成への応用が近年報告されている

段階経済的な全合成に利用されている


3: 既存の合成法の課題

既存の合成法は構造的に限定されたサブセットのみ可能

置換基の種類や数に制限がある

立体選択的な合成法が確立されていない

より短い工程数での合成が求められている


方法

1: 新しい合成アプローチ

市販のアルデヒドから2〜3工程で合成

Ramirezジブロモメチレン化反応を利用

根岸クロスカップリング反応を活用

1,1-ジブロモアルケンを出発物質として使用


2: 立体選択的合成の戦略

1,1-ジブロモアルケンの選択的モノカップリング

異なる2つのアルケニル亜鉛試薬を逐次的に反応

Pd(0)/t-Bu3P触媒を用いた立体保持カップリング

[PdCl2(dppf)]前触媒を用いた立体反転カップリング


3: 合成の多様性

アルキル、シクロアルキル、アルケニル、アルキニル、アリール、ヘテロアリール置換基に対応

[3]デンドラレンの全ての可能な位置への置換が可能

1〜5個の置換基を導入可能

[4]デンドラレンの立体選択的合成にも適用可能


結果

1: [3]デンドラレンの合成例

23種類の[3]デンドラレンを合成

13種類の1,1-ジブロモアルケンと4種類のアルケニル求核剤を使用

中心のメチレン位に様々な置換基を導入(アルキル、アリール、アルケニル、アルキニルなど)


2: 立体選択的合成の成功

19種類の[3]デンドラレンを立体保持カップリングで合成

6種類の[3]デンドラレンを立体反転カップリングで合成

10組のE/Z異性体ペアを選択的に合成

NOE実験とX線結晶構造解析で立体化学を確認


3: 新規反応の開発

[4]デンドラレンの初の立体選択的合成に成功(10a-Z)

前例のない連続的な6π-6π電子環状反応を実現(10a-Z1112)

多環式化合物の新しい合成法への可能性を示唆


考察

1: 合成法の利点

幅広い置換基に対応可能

立体選択的合成が可能

短工程での合成を実現

拡張共役系を持つデンドラレン構造の初の一般的合成法


2: デンドラレンの構造的特徴

化合物4e-ZとX線結晶構造解析の結果、最長共役セグメントがほぼ平面構造

イソプロペニル置換基は平面から77°と83°の角度で傾斜


3: ジエン伝達性Diels-Alder反応の応用

立体異性体が異なる構造異性体のオクタリンを生成

天然物や医薬品に多く見られるオクタリンやデカリン骨格の合成に有用


4: 研究の限界点

アルキル置換基を持つ系での立体選択性の課題

高圧条件が必要な反応があるなど、一部の反応条件に制約


結論

デンドラレンの初の広範囲な合成法を確立

1〜5個の多様な置換基を持つ[3]デンドラレンの合成に成功

立体選択的合成の問題を解決

[4]デンドラレンへの応用も示唆

任意のデンドラレン構造の短期間での化学合成を可能に


将来の展望

 段階経済的な全合成への新たな応用が期待される

2024年10月17日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0158~

論文のタイトル: Synthesis of a Molecule with Five Different Adjacent Pnictogens(5つの異なる隣接するニクトゲンを含む分子の合成)

著者: Christian Ritter, Florian Weigend, Carsten von Hänisch

雑誌: Chemistry - A European Journal

巻: 26, 8536-8540

出版年: 2020年


背景

1: 研究背景

異なる15族元素を含む分子化合物は特殊な結合状況と反応性を示す

最近、初のビスマス-アンチモン単結合を持つ化合物が合成された

ヘテロ環状ビラジカロイドの反応性が研究されている

二元系15族化合物は半導体製造の前駆体として使用される


2: 未解決の課題

開鎖型の4元系や5元系15族化合物の合成は困難

ビスマスを含む3元系化合物はリン酸アゼン部分で実現されている例が多い

ビスマス-X結合(Xは他の典型元素)は本質的に不安定

全5つの15族元素を含む化合物は未だ合成されていない


3: 研究目的

(ビスアミド)ジアザアルセチジンを出発物質として利用

段階的な反応を経て、5つの異なる隣接する15族元素を含む分子を合成

得られた化合物の構造と物性を解明する


方法

1: 合成戦略

(tBuNAs)2(tBuNH)2をリチオ化して出発物質を調製

AsCl3, SbCl3, BiCl3との反応で多環式化合物を合成

リチオ化したジ-tert-ブチル-スチビノ-tert-ブチル-ホスファンとの反応


2: 構造解析

単結晶X線構造解析による分子構造の決定

NMR分光法による溶液中の構造と動的挙動の解析

UV/Vis分光法による電子状態の解析


3: 理論計算

密度汎関数理論(DFT)計算による電子構造の解析

時間依存DFT計算による励起状態の解析

X2C法を用いた相対論効果の考慮


結果

1: 多環式化合物の合成

[(tBuNAs)2(tBuNH)2]PnCl (Pn = As (2), Sb (3), Bi (4))の合成に成功

化合物2-4は温度依存NMRにより動的挙動を示す

化合物4は二量体構造を形成し、Biは5配位構造をとる


2: 5元系化合物の合成

[(tBuNAs)2(tBuNH)2]BiP(tBu)SbtBu2 (7)の合成に成功

化合物7は初の5つの15族元素を含む分子化合物

Bi-P結合長: 2.751(3) Å, Sb-P結合長: 2.550(2) Å

Bi-P-Sb角: 102.20(8)°


3: 物性

化合物7は室温で安定で、光に対しても比較的安定

UV/Visスペクトルで441.5 nmに強い吸収を示す(ε = 2.9×105 l mol-1 m-1)

TD-DFT計算により、HOMO-LUMO遷移が可視領域の吸収に寄与


考察

1: 構造的特徴

(ビスアミド)ジアザアルセチジン骨格が安定化に寄与

Biは追加のN配位により5配位構造をとる

As-N-As-N-Bi-P-Sb配列で電気陰性度が交互に変化


2: 電子状態

HOMOはP原子に、LUMOはBi/Sb原子に局在化

可視領域の吸収はHOMO-LUMO遷移に起因

中心原子(Bi/Sb)と分子構造の違いがLUMOエネルギーに影響


3: 安定性

キレート効果とN原子の追加配位によりBi原子が保護されている

電気陰性度の交互配列が分子の安定性に寄与

Bi-P結合の不安定性は予想に反して観測されず


4: 研究の限界

P原子を含む類縁体の合成は選択性が低く困難

理論計算では実験値との30 nm程度のブルーシフトが見られる

光や熱に対する長期安定性の詳細な評価が必要


結論

5元系15族分子化合物の合成に成功

(ビスアミド)ジアザアルセチジン骨格が安定化に重要な役割

予想外の安定性と特異な電子状態を示す

半導体材料への応用や新規多元系化合物の合成に道を開く


将来の展望

周期表順の5元系15族化合物合成

2024年10月16日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0157~

論文のタイトル: Atomic and Ionic Radii of Elements 1–96

Corrigendum

著者: Martin Rahm, Roald Hoffmann, N. W. Ashcroft

雑誌: Chemistry - A European Journal

巻: Volume 22, Issue 41 p. 14625-14632

出版年: 2020年


背景

1: 原子サイズの定義

原子や原子イオンのサイズを定義することは長年の課題

分子、結晶、イオン結合など環境により原子サイズは変化

原子サイズの定義には本質的な曖昧さが存在


2: 原子サイズ定義の重要性  

化学結合や構造の合理化に重要

物質の物性を説明する上で有用な記述子

融点、多孔性、電気伝導性、触媒活性などの理解に寄与


3: 研究の目的

元素1-96の原子および陽イオン半径を計算

電子密度に基づく一貫した指標を用いて半径を定義

実験的なファンデルワールス半径との相関を検証


方法

1: 計算手法

相対論的全電子密度汎関数理論(DFT)計算を実施

PBE0汎関数とANO-RCC基底関数を使用

Douglas-Kroll-Hess 2次スカラー相対論ハミルトニアンを適用


2: 半径の定義

電子密度が0.001 electrons/bohr3に減衰する平均距離を半径と定義

125 mbohr3のグリッドで電子密度を分析

非球対称な電子密度分布にも対応可能な手法を採用


3: 検証方法

実験的なファンデルワールス半径との相関を検証

Alvarezらの結晶構造から得られた半径データを使用

相関係数および平均偏差を算出


結果

1: 原子半径の周期性

d軌道、f軌道元素で半径の収縮が見られる

主族元素では原子番号の増加に伴い半径が減少

Cr、Pdなど特異的に小さな半径を持つ元素が存在


2: ファンデルワールス半径との相関

計算値と実験値の間に良好な相関(r2 = 0.856)

平均偏差は0.01Åと小さい

アルカリ金属で系統的な差異が見られる


3: 陽イオン・陰イオン半径

陽イオン化により半径は減少、陰イオン化で増大

軽元素ほど電離による収縮が大きい

f軌道元素はイオン化で約0.4Åの収縮


考察

1: 半径トレンドの解釈

外殻電子の量子数が小さいほど空間的広がりが大きい

s < p < d < f の順で半径への寄与が大きい

内殻電子による遮蔽効果も半径に影響


2: Pdの小さな半径

[Kr]5s0 4d10 の電子配置が要因

s電子がないため、隣接元素より小さな半径となる

実験的にも同様の傾向が確認されている


3: アルカリ金属の偏差

計算値は実験値より小さい傾向

1つのs電子による電子密度の特殊性が原因の可能性

同じ密度でもより大きなパウリ反発を生じる


4: 研究の限界

自由原子の基底状態のみを考慮

化学環境下での電子状態変化は考慮していない

相対論効果の取り扱いが近似的


結論

元素1-96の原子・イオン半径を一貫した指標で計算

実験的ファンデルワールス半径と良好な相関を確認

半径トレンドを電子構造の観点から合理的に説明

化学結合や物性の理解に有用な基礎データを提供


将来の展望

厳密な相対論効果の取り込み


2024年10月15日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0156~

論文のタイトル: Closed-loop recycling of plastics enabled by dynamic covalent diketoenamine bonds(動的共有ジケトエナミン結合による閉ループプラスチックリサイクルの実現)

著者: Peter R. Christensen, Angelique M. Scheuermann, Kathryn E. Loeffler and Brett A. Helms *

雑誌: Nature Chemistry

巻: Vol. 11, pages442–448

出版年: 2019年


背景

1: プラスチックリサイクルの課題

従来のプラスチックは不可逆的な結合形成反応で合成

元のモノマーを高純度で回収するのが困難かつコスト高

リサイクルされたプラスチックは残留不純物や劣化により低価値

持続可能な代替プラスチックの開発が急務


2: 動的共有結合ポリマーの可能性

動的共有結合を利用したポリマー設計が注目

結合交換により理論上はリサイクル可能

しかし、エネルギー効率の良い脱重合と分離の例は稀

再利用可能なモノマーの回収は依然として課題


3: 研究目的

動的共有ジケトエナミン結合を利用した新規ポリマーの開発

容易な脱重合と分離を可能にする材料設計 

添加物に対する高い許容性を持つポリマーの実現

混合プラスチック廃棄物からのモノマー回収

クローズドループでのリサイクルプロセスの確立


方法

1: PDKポリマーの合成

β-トリケトンとアミンの縮合重合反応によりPDKを合成

ボールミル法を用いた無溶媒合成プロセスを開発

TRENや各種ジアミンを用いて多様なPDKネットワークを形成

反応時間や配合比を調整し、ネットワーク密度を制御


2: PDKの脱重合と分離

強酸性水溶液(0.5-5.0 M H2SO4)中で室温脱重合

塩基性水溶液での抽出により純粋なトリケトンを回収

酸性化により再沈殿させモノマーを単離

イオン交換樹脂を用いてアミンモノマーを回収


3: リサイクル性評価

着色剤や難燃剤を含むPDKの脱重合と分離を検証

混合プラスチック廃棄物からのPDK選択的回収を試験

繊維強化複合材料からの繊維、樹脂、難燃剤の分離を評価

回収モノマーを用いた再重合と物性評価を実施


結果

1: PDKの合成と物性

ボールミル法により高Tg(>120℃)、高ゲル分率(>95%)のPDKを合成

反応時間と配合比により、再現性よくネットワーク密度を制御可能

貯蔵弾性率は0.3〜1.8 GPaの範囲で調整可能

線状ポリマーの導入により靭性を向上


2: PDKの脱重合と分離

5.0 M H2SO4中、室温12時間で完全脱重合

トリケトンとアミンモノマーを>90%の収率で回収

一般的プラスチック(PET、PA、PE、PP、PVCなど)は同条件で分解せず

着色剤、難燃剤、繊維などの添加物を含むPDKも効率的に分離可能


3: クローズドループリサイクル

回収モノマーから元のPDKと同等の物性を持つポリマーを再合成

モノマー組成を変更し、異なる物性を持つPDKへの再利用も可能

繊維強化複合材料から繊維、樹脂、難燃剤を個別に回収

添加物を含む混合プラスチック廃棄物からPDKを選択的に回収


考察

1: PDKの優位性

従来のプラスチックと比較し、容易な脱重合と分離が可能

添加物に対する高い許容性により、複合材料のリサイクルに適する

混合プラスチック廃棄物からの選択的回収が可能

回収モノマーの純度が高く、即時再利用が可能


2: PDKの特徴的な化学

ジケトエナミン結合の動的特性が鍵

酸触媒加水分解に対する安定性と脱重合のバランスを実現

アリファティック・アロマティック両アミンとの結合形成が可能

低い活性化エネルギーで結合交換反応が進行


3: 研究の限界点

長期使用時の安定性や耐久性の評価が必要

大規模生産・リサイクルプロセスの確立が課題

経済性や環境負荷の詳細な分析が今後必要

既存のプラスチック産業との互換性の検討が必要


結論

PDKは容易な脱重合と高純度モノマー回収を実現

添加物や混合プラスチックからの分離も可能

クローズドループリサイクルの実現に大きく前進

スマートプラスチックとして持続可能な材料循環に貢献


将来の展望

実用化に向けたスケールアップと長期評価

2024年10月14日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0155~

論文のタイトル: A radiative cooling structural material(放射冷却構造材料)

著者: Tian Li*, Yao Zhai*, Shuaiming He*, Wentao Gan, Zhiyuan Wei, Mohammad Heidarinejad, Daniel Dalgo, Ruiyu Mi, Xinpeng Zhao, Jianwei Song, Jiaqi Dai, Chaoji Chen, Ablimit Aili, Azhar Vellore, Ashlie Martini, Ronggui Yang, Jelena Srebric, Xiaobo Yin, Liangbing Hu

雑誌: Science 

巻: 364, 760-763

出版年: 2019年


背景

1: 研究背景

建物は米国の総エネルギー需要の40%以上を占める

冷暖房は建物エネルギー使用の約48%を占める

冷却は熱力学第二法則により、加熱よりも困難

パッシブ放射冷却が建物のエネルギー効率向上に注目されている


2: 既存の課題

昼間の放射冷却は、可視光の吸収により困難

精密設計されたナノ構造や光学メタマテリアルが開発されている

しかし、建設に必要な規模での製造と適用が課題


3: 研究目的

木材を用いた多機能パッシブ放射冷却材料の開発

大規模製造可能なバルクプロセスによるスペクトル応答の制御

構造材料としての利用可能性の検証


方法

1: 材料設計

完全な脱リグニンと機械的圧縮による木材のエンジニアリング

セルロースナノファイバーの部分的配向構造の形成

可視光範囲での非吸収性と赤外線範囲での強い放射特性の実現


2: 光学特性評価

反射ヘイズスペクトルの測定(入射角8°)

赤外線範囲(5-25μm)での放射率スペクトル測定

フーリエ変換赤外分光法による吸収スペクトル分析


3: 冷却性能評価

アリゾナ州Cave Creekでの24時間連続熱測定

200mm×200mmサイズの冷却木材を使用

放射冷却パワーと冷却温度の同時測定


結果

1: 光学特性

可視光範囲で平均96%の高反射ヘイズを示す

赤外線範囲で高放射率(ほぼ1に近い)を示す

大気の透明窓(8-13μm)で強い放射を示す


2: 冷却性能

夜間63 W/m²、日中16 W/m²の放射冷却パワーを実現

24時間平均で53 W/m²の冷却パワーを達成

周囲温度より夜間9°C以上、正午4°C以上の冷却を実現


3: 機械的特性

天然木材と比較して8.7倍の引張強度(404.3 MPa)

10.1倍の靭性(3.7 MJ/m³)を実現

比強度は334.2 MPa cm³/gで、多くの構造材料を上回る


考察

1: 冷却メカニズム

セルロース構造による可視光の散乱と反射

OH基やC-H、C-O、C-O-C結合の振動による赤外線放射

大気の透明窓を利用した効率的な熱放射


2: 構造材料としての可能性

高い機械的強度と靭性により構造材料として有望

軽量性と高比強度が建築応用に適している

屋根材や外装材として利用可能


3: エネルギー効率への影響

16の米国都市でのシミュレーションを実施

古い中層アパートで平均35%の冷却エネルギー節約

新しい中層アパートで平均20%の冷却エネルギー節約


4: 研究の限界

長期屋外使用に対する耐久性の検証が必要

水、火、紫外線、生物因子に対する耐性向上が課題

冬季の暖房エネルギー増加の可能性


結論

多機能パッシブ放射冷却構造材料の開発に成功

高い冷却性能と機械的強度を両立

建築応用による大幅なエネルギー消費削減の可能性


将来の展望

耐久性向上と実環境での長期性能評価

カーボン排出とエネルギー消費削減への貢献が期待される

2024年10月13日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0154~

論文のタイトル: Automated Continuous Crystallization Platform with Real-Time Particle Size Analysis via Laser Diffraction(自動連続晶析プラットフォームのレーザー回折によるリアルタイム粒子サイズ分析)

著者: Sayan Pal, Arun Pankajakshan, Maximilian O. Besenhard, Nicholas Snead, Juan Almeida, Shorooq Abukhamees, Duncan Craig, Federico Galvanin, Asterios Gavriilidis, Luca Mazzei*

雑誌: Organic Process Research & Development

巻: 28, 7, 2755–2764

出版年: 2024年


背景

1: 研究の重要性

製薬産業で第4次産業革命が進行中

粒子プロセスと懸濁液処理が自動化の大きな課題

リアルタイム粒子サイズ分析の実装が困難

晶析プロセス開発には時間のかかる実験スクリーニングが必要


2: 研究目的

自動化された連続晶析プラットフォームの開発

オンラインレーザー回折による即時結晶サイズ分析

晶析プロセスパラメータと結晶器設計空間の迅速なスクリーニング

最小限の実験労力で効率的な開発を実現


3: 期待される成果

完全自動化された晶析システムの実現

リアルタイム粒子サイズ測定と表示

プロセスパラメータの迅速なスクリーニングと最適化

製薬晶析プロセス開発の加速化


方法

1: システム構成

閉じ込められた衝突ジェット反応器(CIJR)による反溶媒晶析

自動サンプル希釈システム

オンラインレーザー回折(LD)分析器

LabVIEW、Python、PharmaMVによるソフトウェア統合


2: 自動化プロセス

事前に計画された実験の自動実行

リアルタイム粒子サイズ測定と表示

サンプル準備、LD分析、洗浄の自動化

グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)による制御


3: 実験条件

イブプロフェンの反溶媒晶析をケーススタディとして使用

エタノールを溶媒、水をSoluplus添加剤と共に反溶媒として使用

反溶媒流量: 4 mL/min

反溶媒/溶媒比: 5〜9の範囲で変化


結果

1: システム検証

ポリスチレン粒子標準(2μmと15μm)を使用して検証

予測された平均粒子サイズと測定値を比較

大部分の実験で予測値と一致

二峰性分布では、測定値が予測値よりも一貫して低い傾向


2: イブプロフェン晶析

20-50 μmの範囲でイブプロフェン結晶を生成

体積基準の粒度分布は広く、複数のピークを示す

光学顕微鏡画像で多分散性を確認

サブミクロンの小粒子と10 μm以下の大粒子が共存


3: プロセスパラメータの影響

反溶媒/溶媒比の増加により平均粒子サイズが減少

高い過飽和度による核形成速度の上昇が原因と推測

添加剤濃度1.5 wt%以上では結晶安定化効果に大きな変化なし

測定された粒子サイズの標準偏差は10%未満で再現性良好


考察

1: 主要な発見

完全自動化された晶析プラットフォームの実現

オンラインLD分析による即時粒子サイズ測定の成功

反溶媒/溶媒比が結晶サイズに与える影響の定量化

自動希釈システムによる再現性の高いLD測定の実現


2: システムの利点

事前計画実験の自動実行によるスクリーニングの効率化

リアルタイム測定によるプロセス理解の向上

モジュール設計による異なる結晶器や分析技術への適用可能性

人的介入の最小化による実験の再現性向上


3: 測定の課題

体積基準分布による大粒子の過大評価

凝集体の存在による平均粒子サイズへの影響

数基準分布では10 μm以下の粒子のみ検出

LDシステムの測定下限(400 nm)による微小粒子の検出限界


4: 研究の限界

特定の結晶系(イブプロフェン)のみでの検証

凝集や閉塞を避けるための限定的な操作条件範囲

体積基準分布と数基準分布の解釈の難しさ

ナノ粒子範囲での測定精度の課題


結論

自動連続晶析プラットフォームの開発と検証に成功

リアルタイム粒子サイズ分析によるプロセス開発の加速化

反溶媒晶析の迅速なパラメータスクリーニングが可能に


将来の展望

閉ループ制御と自己最適化システムの開発

2024年10月12日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0153~

論文のタイトル: Redox-Reactive Field-Effect Transistor Nanodevices for the Direct Monitoring of Small Metabolites in Biofluids toward Implantable Nanosensors Arrays

著者: Vadim Krivitsky, Marina Zverzhinetsky, and Fernando Patolsky

雑誌: ACS Nano 

巻: 14, 3587−3594

出版年: 2020年


背景

1: 研究背景

化学修飾された電界効果トランジスタ(FET)ナノデバイスは選択的で高感度な検出プラットフォーム

FETセンサーは、ナノメートルスケールの半導体チャネルの静電ゲーティングに基づく

アナライト-レセプター相互作用がデバイスのトランスコンダクタンスに影響を与える

しかし、実世界のバイオセンシング応用には3つの根本的な制限がある


2: 研究課題

生体液中の高イオン濃度による電気二重層が電荷キャリアを遮蔽

小さな非荷電分子標的は半導体のトランスコンダクタンスへの影響が最小限

ほとんどの検出方式では、バイオ認識イベント後に洗浄ステップが必要

これらの制限により、複雑な生体液環境でのリアルタイムモニタリングが困難


3: 研究目的

複雑な生体液環境で直接バイオイベントをリアルタイムモニタリングできるナノFETデバイスの開発

表面に共有結合した可逆的レドックス系を利用したamperoFETデバイスの開発

小分子代謝物の連続的リアルタイムモニタリングの実現

インプラント可能なナノセンサーアレイに向けた基盤技術の確立


方法

1: デバイス設計

シリコンナノワイヤFETアレイを光リソグラフィーで作製

ナノワイヤ表面を9,10-アントラキノン-2-スルホクロリドで化学修飾

PDMSマイクロ流体チャネルを用いた流体送達システムを構築

ワイヤボンディングによりPCBに接続し、多重直流入出力システムを構成


2: 測定方法

ソース-ドレイン電圧(Vsd)と、ゲート電圧(Vg)を印加

電流vs時間信号を1秒間隔で記録

H2O2検出:100 nM〜1 mMの範囲で測定(Vsd=0.3V, Vg=-0.9V)

グルコース検出:0.1 mM〜10 mMの範囲で測定(Vsd=0.3V, Vg=-0.4V)


3: 生体液サンプル測定

未処理血液サンプルでのグルコース検出

模擬体液(25%ウシ血清+75% PBS)での連続グルコースモニタリング

流速5 μL/minおよび15 μL/minで測定

キャリブレーション応答の計算方法を定義


結果

1: H2O2検出

100 nM〜1 mMの範囲でH2O2を検出可能

検量線の相関係数R = 0.961

生理的なH2O2濃度範囲(1-5 μM)をカバー


2: グルコース検出

0.1 mM〜10 mMの範囲でグルコースを検出可能

検量線の相関係数R1 = 0.99, R2 = 1.00

血中グルコース濃度の生理的範囲(4.4-6.1 mM)および糖尿病範囲(〜10 mM)をカバー


3: 生体液中での連続モニタリング

未処理血液サンプル中で2-5 mMのグルコース濃度変化を検出(R = 0.993)

模擬体液中で少なくとも2時間の連続モニタリングが可能

濃度変化に応じたリアルタイムな信号変化を観察


考察

1: 主要な発見

表面修飾レドックス系の電気化学的還元が可能 

ゲート電圧-0.4 V〜-0.9 Vの印加で制御可能

特定のレドックス反応性部位に対する選択性を確認


2: グルコースの検出

生理的条件下でH2O2とグルコースの検量線を取得

未処理血液サンプル中でのグルコース検出に成功

模擬体液中での連続グルコースモニタリングを実現


3: 先行研究との比較

従来のFETセンサーの課題(電気二重層の遮蔽効果など)を克服

小分子代謝物の直接検出が可能に

洗浄ステップ不要の連続モニタリングを実現


4: 研究の意義

インプラント可能なナノセンサーアレイの開発に向けた重要な一歩

複雑な生体液環境での小分子代謝物のリアルタイムモニタリングを可能に

医療診断や生体モニタリングへの応用が期待される


5: 研究の限界

長期的な安定性や生体適合性の検証が必要

より多様な代謝物への応用可能性の検討

実際の生体内環境での性能評価が今後の課題


結論

レドックス反応性FETナノデバイスによる小分子代謝物の直接モニタリングを実現

生体液中での連続的リアルタイムモニタリングが可能に

インプラント可能なナノセンサーアレイの開発に向けた基盤技術を確立


将来の展望

長期安定性の向上、より多様な代謝物への応用、生体内での実証実験

2024年10月11日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0152~

論文のタイトル: Fluoride recovery in degradable fluorinated polyesters(分解性フッ素化ポリエステルにおけるフッ化物回収)

著者: Christoph Fornacon-Wood, Merlin R. Stühler, Alexandre Millanvois, Luca Steiner, Christiane Weimann, Dorothee Silbernagl, Heinz Sturm, Beate Paulus, Alex J. Plajer*  

雑誌: Chemical Communications

巻: 60, 7479-7482

出版年: 2024年


背景

1: 研究背景

フッ素化ポリマーは多くの消費者向け製品や産業で不可欠

低い分極率により疎水性が高く、接着性が低い

撥水性や低摩擦コーティングとして有用

PFASとして知られ、環境中で分解しにくい「永遠の化学物質」


2: 問題点

フッ素化ポリマーの多くは埋立地に廃棄

マイクロプラスティックとして環境中に漏出

フッ素は限られた資源で、回収されずに失われている

循環型経済に向けた化学的リサイクル方法が必要


3: 研究目的

分解性フッ素化ポリマーの新しいクラスを開発

エポキシドと環状無水物の開環共重合を利用

フッ素化ポリエステルの合成と特性評価

フッ素回収の可能性を探る


方法

1: ポリマー合成

テトラフルオロフタル酸無水物(FPA)とプロピレンオキシド(PO)の共重合

LAl(III)Cl/PPNCl(PPN = Ph3PNPPh3)の二成分触媒系を使用

80℃で90分間反応


2: 分析手法

19F NMRスペクトロスコピーによる構造解析

GPCによる分子量測定

1H NMRによるエステル結合の定量


3: 物性評価

原子間力顕微鏡(AFM)による力-距離曲線測定

水接触角測定による疎水性評価

走査型電子顕微鏡(SEM)による表面観察


4: 分解性試験

5 wt% NaOH in 6:4 EtOH:H2O, 40℃での分解試験

5 wt% NaOMe in MeOH, 110℃での完全分解試験

19F NMRによる分解生成物の分析


結果

1: ポリマー合成

FPA/PO共重合体の分子量: 11.5-17.0 kg/mol (Ð = 1.1-1.3)

エステル結合92%、エーテル結合8%

非フッ素化ポリマーと比べ、重合速度が速い(TOF = 260-311 h-1)


2: 物性評価

フッ素化により弾性率が低下: E(FPA-co-FPO) < E(FPA-co-PO) < E(PA-co-PO)

表面の付着力が減少: 50 nN (PA-co-PO) > 41 nN (FPA-co-PO) > 38 nN (FPA-co-FPO)

水接触角: 97.4° (FPA-co-FPO) > 90.5° (FPA-co-PO) > 80.9° (PA-co-PO)


3: 分解性

フッ素化ポリマーの方が分解が速い: FPA/FPO (6h) < FPA/PO (72h) < PA/PO (144h)

表面侵食メカニズムを確認 (SEMによる観察)

完全分解によりNaFとして無機フッ化物を回収可能


考察

1: フッ素化の影響

フッ素化によりポリマーの疎水性が向上

予想に反し、フッ素化ポリマーの方が分解が速い

カルボニル基の求核攻撃に対する感受性が向上


2: 分解メカニズム

表面侵食による分解を確認

求核芳香族置換反応によるフッ素の脱離

DFT計算により、フッ素化ポリマーの分解が熱力学的・速度論的に有利であることを示唆


3: フッ素回収

芳香環結合フッ素を無機フッ化物として回収可能

酸処理によりHFとして回収

循環型フッ素経済への貢献の可能性


結論

テトラフルオロフタル酸無水物を用いた新しいフッ素化ポリエステルの合成に成功

フッ素化により分解性が向上し、フッ素回収が可能に

将来のフッ素化ポリマー設計には分解性と再利用性の組み込みが重要

循環型フッ素経済の実現に向けた重要な一歩


将来の展望

長期的な環境影響評価

スケールアップ

他のフッ素化ポリマーへの応用

2024年10月10日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0151~

論文のタイトル: The Hydronaphthalide Monoanion: Isolation of the “red transient” Birch Intermediate from liquid Ammonia(ヒドロナフタリドモノアニオン: 液体アンモニアからのBirch反応 "赤い一時的" 中間体の単離)

著者: Clara A. von Randow, Günther Thiele

雑誌: Chemistry - A European Journal

巻: e202401098

出版年: 2024


背景

1: Birch反応の背景

Birch反応は芳香族化合物の還元と官能基化に約100年使用されてきた

アルカリ金属とアンモニアを用いる

反応経路における中間体について長年議論されてきた

1939年に赤色溶液の形成が初めて報告された


2: 未解決の問題

"赤い一時的" 中間体の正体は長年不明だった

この中間体はこれまで単離・同定されていなかった

Birch反応のメカニズムの詳細は未解明のまま


3: 研究の目的

"赤い一時的" Birch中間体の単離と特性評価

単離した中間体の構造決定

中間体の反応性の調査

Birch反応メカニズムの理解を深める


方法

1: 合成と単離

ナフタレン、ナトリウム、テトラメチルアンモニウムクロリドを液体アンモニア中で反応

-60℃で1時間撹拌

アンモニアを蒸発させた後、冷THFで抽出・濾過


2: 構造解析

単結晶X線構造解析

NMR分光法 (1H, 13C, HSQC, HMBC, COSY)

UV-可視分光法

ラマン分光法

密度汎関数法(DFT)計算


3: 反応性試験

電子受容体(硫黄、セレン)との反応

ヒドリド供与体としての反応性 (ベンズアルデヒド、2-シクロヘキセン-1-オン)

生成物の同定: GC-MS、NMR、単結晶X線構造解析


結果

1: 中間体の構造

化学式: NMe4(HNaph) (1)

C2原子が四面体配位に変化

負電荷がC5原子に局在化

HOMO-LUMOギャップ: 3.568 eV


2: スペクトル特性

1H NMR: 芳香族プロトンは4.81-5.72 ppm、脂肪族プロトンは2.59 ppm

UV-可視: 460 nmに吸収極大

ラマン: 多環芳香族炭化水素に特徴的なバンド


3: 反応性

セレン、硫黄との反応: (NMe4)2Se6、(NMe4)2S6を生成

ベンズアルデヒドをベンジルアルコールに還元

2-シクロヘキセン-1-オンとは反応せず


考察

1: 構造的特徴

C2原子の四面体配位がBirch還元の中間段階を示す

負電荷の局在化が反応性に影響

HOMO-LUMOギャップが大きいことで安定性が高い


2: スペクトル特性の意義

NMRデータが非平面構造を裏付け

UV-可視スペクトルがナフタレンジアニオンと類似

ラマンスペクトルが部分的に還元された構造を示唆


3: 反応性の考察

ヘキサカルコゲニドの選択的生成が穏和な還元力を示す

ヒドリド供与能力が確認されたが、基質特異性あり

ナフタリドアニオンよりも制御された還元が可能


4: 研究の限界

反応中間体の生成経路が未解明

反応性試験が限られた基質のみ

低温での取り扱いが必要で応用に制限


結論

Birch反応の "赤い一時的" 中間体を初めて単離・同定

構造と反応性を詳細に解明

穏和な還元剤としての可能性を示唆


将来の展望

反応経路の解明、反応性のさらなる探索

低温アンモニア溶媒系での他の一時的種の安定化・単離の可能性

2024年10月9日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0150~

論文のタイトル: Lewis base adducts of NpCl4

著者: Lauren M. Lopez, Madeleine C. Uible, Matthias Zeller, Suzanne C. Bart

雑誌: Chemical Communications

巻: 60, 5956-5959

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

トランスウラン元素の基礎化学探索には、適切な出発物質が不足

有機溶媒に可溶な非水系ハロゲン化物の開発が重要

現在利用可能なトランスウラン酸化物から非水系ハロゲン化物を生成

NpCl4(DME)2が便利な出発物質として報告されている


2: 未解決の問題点

NpCl4(DME)2の合成にはTMS-Clが必要で、N系付加体の生成が困難

NpCl4(DME)2のTHF中での挙動は知られているが、他の溶媒での挙動は不明

Np(IV)クロリドの様々な有機溶媒中での同定が必要


3: 研究の目的

NpCl4(DME)2から新しいNp(IV)ルイス塩基付加体の合成

アセトニトリルとピリジンを用いたNp(IV)溶媒付加体の調製

4,4'-ジ-tert-ブチル-2,2'-ビピリジンとトリフェニルホスフィンオキシドを用いたNp(IV)付加体の合成

得られた化合物の分光学的・構造的特性解析


方法

1: 合成方法

NpCl4(DME)2をアセトニトリルまたはピリジンに溶解

溶液を約16時間攪拌後、真空下で揮発性物質を除去

4,4'-ジ-tert-ブチル-2,2'-ビピリジンまたはトリフェニルホスフィンオキシドとNpCl4(DME)2をTHF中で反応


2: 分析手法

1H NMR分光法による構造解析

固体赤外分光法による結合特性の評価

X線結晶構造解析による分子構造の決定

電子吸収分光法によるUV-Vis-NIR領域のスペクトル測定


3: 比較研究

合成したNp(IV)化合物とウラン類似体の特性を比較

スペクトル特性や結晶構造の違いを分析

Np(IV)とU(IV)の電子構造の差異を考察


結果

1: 新規Np(IV)化合物の合成

NpCl4(MeCN)4 (1): 非常に薄いピンク色粉末、95%収率

NpCl4(pyr)4 (2): 黄褐色粉末、93%収率

NpCl4(tBuBipy)2 (3): 明るいピンク色、81%収率

NpCl4(OPPh3)2 (4): 薄い青色結晶


2: 結晶構造解析結果

化合物12: 8配位、歪んだ十二面体構造

化合物3: 8配位、近似的な十二面体構造

化合物4: 6配位、オクタヘドラル構造

Np-Cl結合距離: 2.5732(17) - 2.6282(9) Å

Np-N結合距離: 2.5526(17) - 2.6877(14) Å


3: 分光学的特性

化合物1: アセトニトリル中で305 nmと360 nmに強い吸収

化合物2: ピリジン中で300 nm付近に強い吸収、388 nmに肩

化合物3: ジクロロメタン中で493 nmと530 nmに吸収

化合物4: ジクロロメタン中で365 nmに強い吸収

すべての化合物でNIR領域に弱い鋭い吸収(f-f遷移)


考察

1: 主要な発見

NpCl4(DME)2からのDMEリガンド置換が容易に進行

Np(IV)イオンの配位環境は溶媒やリガンドにより多様

Np(IV)ビピリジンおよびトリフェニルホスフィンオキシド化合物の初めての結晶構造解析


2: ウラン類似体との比較

Np(IV)とU(IV)化合物で類似のスペクトル特性

結晶構造に若干の違い(例:UCl4(tBuBipy)2は正方反柱形)

NIR領域の吸収パターンに差異(例:UCl4(OPPh3)2の1930 nm吸収)


3: 溶液挙動

アセトニトリルとピリジン付加体は溶液中で動的挙動

トリフェニルホスフィンオキシド付加体は溶液中で2種の異性体

ビピリジン付加体は溶液中で安定な構造を維持


4: 研究の意義

新規Np(IV)出発物質の開発に貢献

Np(IV)の配位化学に関する理解を深化

トランスウラン元素の非水系化学研究の基盤を提供


5: 研究の限界

放射性物質の取り扱いによる実験の制約

長期的な安定性や反応性に関する情報の不足

より広範なリガンドや反応条件の探索が必要


結論

NpCl4(DME)2からの4種の新規Np(IV)ルイス塩基付加体の合成に成功

Np(IV)イオンのリガンド置換化学に関する重要な知見を獲得

分光学的・構造的解析によりNp(IV)化合物の特性を明らかに


将来の展望

今後の非水系ネプツニウム有機金属化合物合成への基盤を確立

さらなるリガンド置換反応や有機金属誘導体の研究が期待される

2024年10月8日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0149~

論文のタイトル: Pentamethylcyclopentadienyltrimethylgermane: A Nontoxic Entry to Mid-Valent Monopentamethylcyclopentadienylvanadium Chloride Complexes

著者: Adrián Calvo-Molina, Adrián Pérez-Redondo*, and Carlos Yélamos*

雑誌: Organometallics

巻: 43, 17, 1780–1784

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

モノシクロペンタジエニルバナジウム錯体は反応性が高く、有用な前駆体

中間原子価のバナジウム種の化学は十分に発展していない

毒性の高いスズ試薬を用いた従来の合成法には問題がある

低毒性で効率的な合成法の開発が必要


2: 未解決の問題点

[{VCp*(μ-Cl)2}3] (1)の性質に関する矛盾点の解明

化合物1を前駆体とした中間原子価モノシクロペンタジエニルバナジウム錯体の合成

小分子活性化における低原子価バナジウム錯体の可能性の探索


3: 研究目的

[Ge(C5Me5)Me3]を用いた1の低毒性合成法の開発

化合物1の構造と反応性の解明

化合物1からの新規バナジウム錯体の合成と特性評価

合成した錯体の小分子活性化能の調査


方法

1: 合成と単離

[VCl3(thf)3]と[Ge(C5Me5)Me3]の反応による1の合成

化合物1の溶媒依存性の調査(ベンゼン、クロロホルム、ピリジン、THF)

化合物1の酸化反応による[{VCp*(μ-Cl)2}3](BPh4)の合成

[VCp*Cl2(L)] (L = thf, py)のMgによる還元反応


2: 構造解析

X線結晶構造解析による分子構造の決定

NMRスペクトル測定による構造と動的挙動の解析

磁気測定によるバナジウムの酸化状態の評価


3: 反応性調査

アゾベンゼンとの反応による窒素-窒素結合の還元

酸素との反応によるオキソ錯体の生成

窒素および水素との反応性試験


結果

1: 化合物1の合成と性質

[Ge(C5Me5)Me3]を用いた1の高収率合成(98%)に成功

化合物1は芳香族溶媒中で三核構造を保持

配位性溶媒中で単核種[VCp*Cl2(L)]に解離


2: 還元生成物の構造

[(VCp*)2(μ-Cl)3] (3): V(III)/V(II)混合原子価二核錯体

[{VCp*(py)(μ-Cl)}2] (4): V(II)二核錯体

X線構造解析により34の構造を決定


3: 小分子活性化

化合物4とアゾベンゼンの反応により[{VCp*(μ-Cl)}2(μ−η22-N2Ph2)] (5)を生成

化合物5の加熱によりN-N結合開裂し、イミド架橋二核V(IV)錯体6を生成

化合物4は窒素および水素と反応せず


考察

1: 化合物1の合成と構造

[Ge(C5Me5)Me3]による低毒性合成法の確立

溶媒依存的な構造変化の解明

三核構造の保持と単核種への解離挙動の理解


2: 還元生成物の特性

V(III)/V(II)およびV(II)二核錯体の合成に成功

構造解析により架橋塩化物の結合様式を明確化

磁気測定によりバナジウムの酸化状態を確認


3: 小分子活性化能

アゾベンゼンのN=N結合を室温で2電子還元

N-N単結合の開裂とイミド架橋錯体の生成を確認

N2やH2との反応性は低い


4: 研究の意義

低毒性前駆体の開発により安全性が向上

新規バナジウム錯体の構造と反応性の解明

小分子活性化における可能性と限界の示唆


5: 研究の限界点

N2やH2との反応性が低く、活性化条件の最適化が必要

生成物の触媒活性や応用面での検討が不十分

長期安定性や大量合成に関する知見が不足


結論

[Ge(C5Me5)Me3]を用いた1の低毒性・高効率合成法を確立

化合物1からの新規V(III)およびV(II)錯体の合成と構造解明に成功

アゾベンゼンの還元的開裂を実現


将来の展望

今後はより強い還元力を持つ錯体の設計が課題

触媒反応への応用や他の小分子活性化の探索が期待される

2024年10月7日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0148~

論文のタイトル: Electrochemical Generation of Aryl Radicals from Organoboron Reagents Enabled by Pulsed Electrosynthesis(電気化学的パルス合成法による有機ホウ素試薬からのアリールラジカル生成)

著者: Maxime Boudjelel, Jessica Zhong, Lorenzo Ballerini, Ian Vanswearingen, Rossul Al-Dhufari, Christian A. Malapit*

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

巻: e202406203

出版年: 2024


背景

1: 有機ホウ素試薬の重要性

化学合成における重要な基質

商業的入手可能性の増加

多様な炭素-炭素および炭素-ヘテロ原子結合形成に利用

主に遷移金属との金属交換反応が支配的

一電子酸化によるアリールラジカル生成の可能性


2: アリールラジカル生成の従来法と限界

アリールホウ素試薬の高い酸化電位

化学的・光化学的酸化プロセスに限定

Minisci型反応やラジカル共役付加反応に制限

電気化学的アプローチの可能性

電極不動態化、ラジカルのホモカップリング、分解などの課題


3: 研究の目的

有機ホウ素試薬からの効率的なアリールラジカル生成法の開発

電気化学的手法によるアリールラジカル生成の基本的課題の解明

パルス電解合成法の適用による課題解決の探索

多様な炭素-ヘテロ原子結合形成への応用


方法

1: 電気化学的手法の概要

アリールトリフルオロボレート塩を基質として使用

定電流および定電位電解の検討

パルス電解合成法の導入

白金電極の使用

アセトンを溶媒および犠牲試薬として利用


2: 反応条件の最適化

パルス周波数の影響調査(0.2 Hzが最適)

溶媒、支持電解質、電流・電位の検討

基質濃度の影響評価

電荷量の最適化(4 F/mol)

トリエチルホスファイトをラジカルトラップ剤として使用


3: 反応機構の解明手法

クロノアンペロメトリー分析

サイクリックボルタンメトリー実験

X線光電子分光法(XPS)による電極表面分析

ラジカルトラップ実験(TEMPO、1,1-ジフェニルエチレン)


結果

1: パルス電解合成の優位性

電極表面の再生により不動態化を抑制

アリールラジカルの効率的生成を実現

定電流/電位電解と比較して収率が2.5倍向上

電極表面の清浄性維持を確認(XPS分析)

反応溶液の透明性維持(副反応抑制の指標)


2: 基質適用範囲

電子供与性・求引性置換基を持つアリールBF3K塩に適用可能

オルト置換基を有する基質も有効

アリールクロリドとの共存性を確認

ヘテロアリール基質(ベンゾチオフェン、ベンゾフラン、キノリン、ピリジン)に適用可能


3: 多様な炭素-ヘテロ原子結合形成

アリールC-P結合形成を実現(収率90%)

アリールC-Se、C-Te結合形成に成功

アリールC-S結合形成も可能

反応条件の大幅な変更なしに多様な結合形成を達成


考察

1: パルス電解合成の利点

電極表面の継続的な再生により不動態化を防止

アリールラジカルの効率的生成と反応溶液中への放出

ホモカップリングや過剰酸化/分解の抑制

電極材料(白金)の選択が重要


2: 推定反応機構

Ar-BF3K塩の陽極酸化によるアリールラジカル生成

アセトンの対極での還元(電子シンクとして機能)

トリエチルホスファイトとのラジカル反応

アリールホスホラニルラジカルの開裂または酸化

アセトンケチルラジカルのホモカップリング


3: 従来法との比較

遷移金属触媒を必要としない直接的な官能基化

アリールクロリドとの共存性(クロスカップリング基質との差別化)

多様なヘテロアリール基質への適用可能性

環境調和型プロセスの実現(外部酸化剤不要)


4: 研究の限界点

特定の電極材料(白金)への依存性

パルス周波数の最適化が基質ごとに必要

高周波数(2-10 Hz)での収率低下


結論

パルス電解合成によるアリールラジカル生成法の確立

有機ホウ素試薬の電気化学的官能基化を実現

多様な炭素-ヘテロ原子結合形成への応用可能性

環境調和型合成プロセスへの貢献


将来の展望

さらなる反応開発と応用範囲の拡大

大規模合成への適用

芳香属性再考~その1~:NICS法について

芳香属性は、今日では化学の世界では基礎的な教科書レベルで習う概念として広く知られています。しかしながら、この芳香属性に対する誇大広告(Hype)的とも言える過剰な概念の拡張が、Hoffman先生によって問題提起されています。

NICS法は、Nucleus Independent Chemical Shift(核非依存化学シフト)の略称であり、分子の芳香族性を評価するために用いられる計算化学的手法です。1996年にPaul v. R. Schleyerによって提唱され、今日では芳香族性の同定と定量化のための主要な計算手法となっています。ということで、芳香属性の研究で多用されるNICS法について、再考してみようという次第です。


1. NICS法とは?

NICS法は、外部磁場に対する芳香族系の応答を利用して芳香族性を評価する「磁気的判断基準」に分類されます。外部磁場が印加されると、芳香環中のπ電子が環電流を誘起し、その結果、環の中心部に誘起磁場が発生します。NICS法では、この誘起磁場の強さを「仮想的なプローブ原子」の化学シフトとして計算することで、芳香族性を評価します。


2. NICS値はどのように解釈すればよいか?

一般的に、負のNICS値は反磁性環電流(芳香族性を示唆)を示し、正のNICS値は常磁性環電流(反芳香族性を示唆)を示します。ただし、NICS値の解釈は、プローブ原子の配置や計算方法、対象となる分子系によって異なる場合があるため注意が必要です。


3. なぜNICS法は芳香族性の指標として広く用いられるのか?

NICS法は、その簡便さと計算コストの低さから、芳香族性の指標として広く用いられています。従来の芳香族安定化エネルギー(ASE)などの指標と比較して、NICS法は、非芳香族参照系を必要とせず、計算が容易であるという利点があります。また、NICS法は、さまざまな分子系に対して適用することができ、芳香族性に関する定性的な情報だけでなく、定量的な情報も得ることができます。

NICS法は、その使いやすさから広く採用されていますが、その解釈には注意が必要です。さまざまなNICS法のバリエーション、制限、一般的な誤用、より正確な化学的洞察を得るための方法について説明します。


4. NICS法にはどのような種類があるか?

NICS法には、プローブ原子の配置や計算方法の違いにより、さまざまな種類があります。芳香族性を評価するためのNICSベースの方法の進化を、単一点NICS法と多点NICS法に分けて説明します。さらに、σ電子とπ電子の寄与を分離するために、NBO解析やσ-onlyモデルを用いたNICS計算もよく行われます。主なNICS指標としては、以下のようなものがあります。

 - 単一点NICS法

NICS(0): 環の中心(幾何学的中心)にプローブ原子を配置して計算したNICS値

この最も初期のバージョンでは、NICSプローブを調査対象のリングの幾何学的中心に配置します。プローブは、芳香族性を示す負の値、または反芳香族性を示す正の値を報告します。ただし、この方法は、σ結合からの局所的な遮蔽効果の影響を受けやすく、誤った解釈につながる可能性があります。


NICS(1): 環の中心から1Å上方(または下方)にプローブ原子を配置して計算したNICS値

 この方法は、σ電子の寄与を最小限に抑えるために、分子平面から1Å上にNICSプローブを配置します。ただし、σ電子からの汚染は依然として問題となる可能性があります。


NICS(r): 環の中心から任意の距離rにプローブ原子を配置して計算したNICS値 

NICS(r)ZZ: 環の中心から任意の距離rにプローブ原子を配置し、化学シフトテンソルのZZ成分のみを計算したNICS値

この方法は、化学シフトテンソルのZZ成分(面外成分)のみを考慮することにより、σ電子の影響をさらに低減します。ただし、σ電子は依然としてNICS(r)ZZ値に影響を与える可能性があります。

NICS(r)π: σ電子の寄与を完全に排除するために、局在化分子軌道(LMO)-NICS、正準分子軌道(CMO)-NICS、およびσのみモデルを含む、さまざまな方法が開発されています。これらの方法は、π電子電流によって生成されたNICS値を提供し、芳香族性を評価するためのより正確な尺度を提供します。


 - 多点NICS法

これらの方法は、単一点NICS法に伴う情報の損失に対処するために開発されました。

芳香族環電流遮蔽(ARCS): この方法は、分子平面に垂直な線上にある離散点で計算された磁気遮蔽を使用して、誘起環電流の強度を決定します。

等化学シフト表面: この方法では、対象分子の周りの格子点のグリッドにNICSプローブを配置し、磁気異方性の影響を視覚化します。

NICSスキャン: この方法は、環の中心から始まる、分子平面に垂直な線に沿って配置された一連のNICSプローブを使用します。得られたNICS値を距離の関数としてプロットすると、ジアトロピック(反磁性)系とパラトロピック(常磁性)系に特徴的な形状が得られます。

∫NICS: この方法は、1D NICSスキャンに沿ったすべてのNICS(r)π値を統合することにより、任意の高さでサンプリングされた値ではなく、誘起された総磁場を考慮します。

  

 - 多環式骨格のNICS法

多環式骨格の芳香族性を評価するためのNICSベースの方法の適用について説明します。局所的(1つのリング)、半大域的(2つ以上のリング)、および大域的(骨格全体を包含する)環電流が同時に存在する可能性があるため、多環式骨格の芳香族性の定量化は課題となります。NICS値を解釈する際の潜在的な落とし穴と、「局所的な芳香族性」という用語の使用に関する懸念について説明します。

NICS-XYスキャン: この方法は、骨格の長さに沿って一定の高さで配置された一連のNICSプローブを使用し、多環式骨格内のさまざまな種類の環電流を識別できるようにします。

 

 - マクロ環状骨格のNICS法

マクロ環状多環芳香族骨格の課題と、これらの骨格の芳香族性を特徴付けるためにNICSベースの方法を使用する際の考慮事項について説明します。

NICS(0)等値面: これらの骨格では、π軌道とσ軌道を分離することが計算上困難または不可能な場合が多いため、NICS(0)等値面が実行可能なアプローチとして提案されています。ただし、これらの結果の解釈は細心の注意を払って行う必要があり、結果は同様の骨格と比較する必要があることを強調しておきます。


 - 分割NICSの重要性

環電流と芳香族性を正しく解釈するために、π電子効果を他のすべての効果から分離することの重要性を強調しておきます。σ電子汚染の影響を受けやすい等方性NICSメトリックの使用から生じる可能性のある誤った解釈を説明するために、後ほど、アントラセンのパラドックスやコロネンの例を示します。


5. 多環芳香族炭化水素ではNICS法をどのように適用すればよいか?

特定の環の上に計算されたNICS値は、実際には、隣接する環からの寄与を含んでいる可能性があり、個々の環の環電流の強度を明確に定量化することが困難になります。この問題を説明するために、まずは「アントラセンのパラドックス」を考えてみましょう。

 - アントラセンのパラドックス

アントラセンでは、中心環の上のNICS値は、隣接する環よりも絶対値で約33%大きく、従来のNICSの解釈によれば、より強い芳香族性を示唆しています。しかし、この中心環は、例えば水素化反応やディールス・アルダー反応においても反応性が高く、個々の環を他の環から独立したものと考えると、芳香族性のエネルギー的基準によれば、芳香族性が低いことを示唆しています。 

この明らかな矛盾は、アントラセンが6つの異なる電流(3つのベンゼン環電流、2つのナフタレン環電流、1つのアントラセン環電流)を維持するという提案によって解決できます。中心環は、最も多くの回路に関与しているため、その周りの電流密度が高くなり、それがNICS値に反映されます。しかし、これは、この環が隣接する環よりも個別に「より芳香族性が高い」ことを意味するものではありません。 

さらに、各環電流は、分子環の外周の外側に、反対方向に誘起磁場を生成することも強調しておきます。 この現象は、縮環系では、ある環の上に計算されたNICS値が、隣接する環の影響を受ける可能性があることを意味します。 

これらの課題に対処するために、多環芳香族系を調べる際には、NICS-XYスキャンを使用することが推奨されています。 垂直方向のNICSスキャンと同様に、NICS-XYスキャンでは、一連のNICSプローブを使用して、より包括的な環電流像が構築されます。ただし、NICS-XYスキャンでは、プローブは、分子の長さ(通常は対称要素)を横切る線に沿って、一定の高さに配置されます。この方法は、系内のさまざまな種類の環電流を識別し、局所的および大域的な芳香族性をより正確に把握するのに役立ちます。

 - コロネンの芳香族性

コロネンの芳香族性を評価する際にNICSを使用する場合、等方性NICS指標を使用すると誤った解釈につながる可能性があります。たとえば、コロネンの各環の中心に配置された等方性NICS(1)プローブは、弱い大域的な反磁性電流と、6員環のそれぞれに弱い局所的な常磁性電流を示唆しています。 しかし、これは、σ電子の寄与がこの測定に含まれているため、誤解を招く可能性があります。 σ電子の寄与は、π電子系の挙動を覆い隠し、芳香族性に関する不正確な描像につながる可能性があります。 

より正確な解釈を得るには、NICS(1)πZZなどの解析NICS指標を使用する必要があります。これは、化学シフトテンソルのZZ成分のみを考慮し、σ電子の寄与を削除します。コロネンに適用されたNICS(1)πZZは、周辺の環の周りに強い大域的な反磁性電流と、中心の環に中程度の強さの常磁性電流を示しています。 重要なのは、NICS(1)πZZは、等方性NICS(1)が示唆するのとは対照的に、周辺の環に常磁性電流を示しません。 したがって、コロネンの芳香族性のより正確な記述は、大域的な反磁性環電流と、中心の環に局在する常磁性環電流を持つことです。 

等方性NICS指標だけではσ電子の寄与を考慮していないため、芳香族性の定量的評価には信頼性が低いと繰り返し強調しておきます。 したがって、コロネンなど、NICSを使用して任意の分子の芳香族特性を評価する場合、特に等方性NICS指標を使用する場合には注意が必要です。 可能であれば、化学シフトテンソルに対するπ電子の寄与のみを反映した、より洗練されたNICS指標であるNICS(1)πZZを使用する必要があります。


以上、NICS法について概説しました。そのうち、具体的な計算法について、特にプローブ原子の配置の仕方は結構みなさん苦戦しているようなので、一例としてのやり方なども紹介できればと思っています。


以下余談のお気持ち表明ですみませんが、Hoffman先生によって問題提起された芳香属性に限った話ではないですが、私自身もこのような21世紀の誇大広告(Hype)的な概念拡張(すぐ教科書を書き換えたがる)について、色々と思うところはあります。この辺りは個々人の信念に依存する部分が大きいと思うので、他人のすることにあまりとやかく言うのも野暮ですが、少なくとも学会や研究会に関しては、同好会やファンクラブ等とは一線を画した存在であると言うのであれば、「あらーお宅の新しいお花キレイに咲いてはりますね」と、ご近所さん同士の庭の褒め合いじゃないのだから、ただ褒め称え合うだけでなく、正しく問題提起され、学会で議論され、学者たちが議論した上での結論として、何かしら提言されるべきではないかと思っています。そして、そのような提言がされない学会に参加して何が楽しいですか?各々のお気持ちだけが掲載されるような雑誌を誰が読みたいですか?そもそも高い金払ってまでそんな学会維持する必要ありますか?化学の普及活動は別団体でやればいいのでは?と個人的なご意見ばかり垂れ流しても仕方ないのですが、私個人としては、教科書を書き換える研究よりかは、人生の最後に教科書がかけるような研究の展開ができればと思っているところです。←なんでもかんでもすぐマニュアル化したがる癖はこの心情から来ているのかもしれません。

お目汚し失礼いたしました。

それではまた。

2024年10月5日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0147~

論文のタイトル: Photocatalytic Generation of Divalent Lanthanide Reducing Agents(光触媒によるランタニド二価還元剤の生成)

著者: Monika Tomar, Rohan Bhimpuria, Daniel Kocsi, Anders Thapper, K. Eszter Borbas

雑誌: Journal of the American Chemical Society

巻: 145, 22555-22562

出版年: 2023

注釈:Catch Key Points of a Paper ~0142~にて紹介したPhotodriven Sm(III)-to-Sm(II) Reduction for Catalytic Applicationsの先行研究にあたる論文をDr. Rohan Bhimpuriaからご指摘とともに紹介いただきました。



背景

1: 研究背景

ランタニド(Ln)は再生可能エネルギー生産から生体イメージングまで幅広く応用

二価ランタニド(Ln(II))イオンは強力な還元剤として知られる

SmI2は学術研究で広く使用される化学選択的な還元剤

現在のLn(II)使用法は過剰量や有害な添加物を必要とする


2: 未解決の問題

ランタニドの採掘は高コストで環境負荷が大きい

触媒量でのLn(II)使用が急務

既存の触媒的Ln(II)使用例は限定的で、基質の適用範囲が狭い

化学選択性や還元力の調整可能性が失われている


3: 研究目的

安定なLn(III)前駆体から反応性のあるLn(II)種を効率的に生成する方法の開発

光励起クロモフォアを用いたLn(III)の光化学的還元の実現

犠牲還元剤によるクロモフォアの再生と触媒サイクルの確立

幅広い基質に適用可能な触媒的Ln(II)反応の実現


方法

1: 触媒設計

3種類の触媒(LnL1-LnL3)を設計 (Ln = Eu, Sm, Gd, Dy)

6,7-オキシクマリン類縁体L1, L2: 強いLn(III)およびLn(II)結合能を持つ

7-アミノカルボスチリルL3: Eu(III)との弱い相互作用を利用

UV・可視光励起可能な光捕集ヘテロ環を導入


2: 反応条件の最適化

初期検討: Eu(II)を用いてベンジルクロリドの還元を実施

犠牲還元剤: Znおよび非金属系還元剤を検討

触媒量: 10 mol%が小・大スケール反応に適していることを確認

光源: 365 nm UV光または青色LED (463 nm)を使用


3: 機構解析

蛍光量子収率(ΦL)と寿命(τL)測定によるエネルギー移動過程の解析

EPR分光法によるEu(II)種生成の直接観測

ラジカル捕捉剤(TEMPO, PBN)を用いた中間体の同定


結果

1: 基質適用範囲 (ベンジルハライド)

様々なベンジルハライドを高収率で還元 (79-97%)

エステル、ケトン、ニトリル、アリールブロミド等の官能基を許容

触媒や反応条件の変更により生成物選択性を制御可能


2: 基質適用範囲 (アリールハライド)

電子不足および電子豊富な(ヘテロ)アリールハライドを効率的に脱ハロゲン化

アルデヒド、エステル等の官能基を保持

重水素化実験によりDMFやDIPEAがプロトン源として機能することを確認


3: 官能基変換反応

C-S, N=N, C=C, P=O結合の還元を高収率で達成

ピナコールカップリング反応を触媒的に実現

アルデヒドおよびニトロ基の選択的還元に成功


考察

1: 主要な発見

Ln(III)前駆体から光化学的にLn(II)種を生成可能

触媒量(0.1当量)のLn錯体で効率的な還元反応を実現

従来のSmI2法と比較して、最大99%のLn使用量削減を達成


2: 反応の特徴

配位子設計により反応選択性を制御可能

水などの環境負荷の低い添加物で反応性を調整可能

幅広い官能基変換反応に適用可能(C-C, C-N, C-P, C-S, N-N結合形成など)


3: 先行研究との比較

従来の化学量論量Ln(II)反応と同等以上の収率・選択性を実現

有害なHMPA等の添加物不要で環境負荷を低減

触媒的Ln(II)反応の基質適用範囲を大幅に拡大


4: メカニズムの考察

光励起クロモフォアからLn(III)への電子移動でLn(II)生成

EPRによりEu(II)種の生成を直接観測(光化学的Ln(II)生成の初の分光学的証拠)

クロモフォアラジカルカチオンの生成も確認


5: 研究の限界点

一部のアリールハライドは還元できず(より強力な還元剤が必要)

クロスカップリング反応の適用範囲に制限あり

配位子設計のさらなる最適化が必要


結論

光触媒的Ln(II)生成法の開発に成功

幅広い基質に適用可能な触媒的Ln(II)還元反応を実現

従来法と同等以上の機能群許容性と反応選択性を達成

環境負荷の低い添加物で反応性を制御可能


将来の展望

光化学的Ln(II)生成は強力な触媒的還元反応戦略として期待

2024年10月4日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0146~

論文のタイトル: Enhancement of London Dispersion in Frustrated Lewis Pairs: Towards a Crystalline Encounter Complex(フラストレートルイス対におけるロンドン分散力の増強: 結晶性エンカウンター錯体に向けて)

著者: Flip Holtrop, Christoph Helling, Martin Lutz, Nicolaas P. van Leest, Bas de Bruin, J. Chris Slootweg*

雑誌: Synlett 

巻: 34, 1122–1128

出版年: 2023


背景

1: フラストレートルイス対(FLP)化学の基礎

2006年にStephanらによって発見されたFLP

金属フリーで小分子(H2, CO2など)を活性化可能

ルイス酸とルイス塩基の相互作用が重要

エンカウンター錯体の形成が提唱されている


2: エンカウンター錯体の課題

弱い相互作用のため溶液中で高濃度化が困難

分光学的手法での研究が難しい

計算科学的研究では、ロンドン分散力の重要性が示唆

実験的には19F,1H HOESY NMRやUV/Visで観測例あり


3: 研究の目的

ロンドン分散力を増強したFLPの設計

エンカウンター錯体の濃度増加を目指す

結晶性エンカウンター錯体の単離と構造解析

FLP前駆体の相互作用の理解を深める


方法

1: 計算化学的アプローチ(計算化学による設計)

B97XD/6-311+G(d,p)//B97XD/6-31G(d)レベルでの構造最適化

エンカウンター錯体形成エネルギーの計算

様々なルイス酸・塩基の組み合わせを検討

ロンドン分散力の寄与を評価


2: 合成と構造解析(実験的アプローチ)

計算結果に基づき、有望なFLP系を選択

N(3,5-tBu2C6H3)3とB(3,5-tBu2C6H3)3の合成

単結晶X線構造解析による構造決定

NMR、IR、融点測定による特性評価


3: エンカウンター錯体の研究(エンカウンター錯体の探索)

FLP成分の混合と溶液挙動の観察

結晶化条件の最適化

得られた結晶の各種分析(X線回折、NMR、IR)

単一成分結晶との比較解析


結果

1: 計算によるFLP設計結果

N(3,5-tBu2C6H3)3/B(3,5-tBu2C6H3)3系が有望

エンカウンター錯体形成エネルギー: -39.93 kcal/mol

ロンドン分散力の寄与: -25.33 kcal/mol

N-B間距離: 3.778 Å (弱い相互作用を示唆)


2: FLP成分の合成と構造解析

N(3,5-tBu2C6H3)3とB(3,5-tBu2C6H3)3の合成に成功

単結晶X線構造解析で分子構造を決定

両成分とも平面三角形構造を持つ

分子間の最短N...N、B...B距離は10 Å以上


3: エンカウンター錯体の探索

FLP混合物の結晶化

トルエンまたはn-ペンタンから無色結晶を得た

X線回折で N(3,5-tBu2C6H3)3の結晶構造と類似

NMR解析で1:1混合物であることを確認

IRスペクトルは両成分の特徴を示す


考察

1: エンカウンター錯体の形成と評価

結晶中でN(3,5-tBu2C6H3)3とB(3,5-tBu2C6H3)3が1:1で存在

NとBの位置に置換型無秩序が観測される

ホモ二量体とヘテロ二量体の形成エネルギーが近い

完全な秩序構造は得られなかった


2: ロンドン分散力の役割と重要性

計算結果と実験結果が整合

ロンドン分散力がFLP成分の会合を促進

従来のFLPよりも強い相互作用を実現

結晶化を可能にする駆動力となった


3: 本研究の意義とFLP化学への影響

エンカウンター錯体の構造的証拠を初めて提示

FLP前駆体の相互作用の理解を深めた

分散力制御によるFLP設計の新たな指針を示した

H2活性化などのFLP反応機構解明に貢献する可能性


4: 研究の限界点

溶液中での挙動解析が不十分

N/B無秩序のため厳密な構造決定ができていない

反応性や触媒活性の評価が未実施

より多様なFLP系での検証が必要


結論

ロンドン分散力を増強したFLPの設計・合成に成功

N(3,5-tBu2C6H3)3/B(3,5-tBu2C6H3)3の1:1共結晶を得た

エンカウンター錯体の構造的証拠を初めて提示

FLP化学におけるロンドン分散力の重要性を実証


将来の展望

今後、異なる形状のルイス酸・塩基での研究が期待される

FLP反応機構解明への貢献が期待できる

2024年10月3日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0145~

論文のタイトル: Carrier–Carrier Repulsion Limits the Conductivity of N-Doped Organic Semiconductors(キャリア-キャリア反発がN型有機半導体の導電性を制限する)

著者: Xuwen Yang, Gang Ye, Jian Liu, Ryan C. Chiechi, L. Jan Anton Koster*

雑誌: Advanced Materials

巻: 34, 1122–1128

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

分子ドーピングは有機半導体の電気伝導度を向上させる重要な戦略

ドーピング濃度の増加に伴い、導電率は最大値を示した後に減少

従来、この導電率の減少は形態変化によるものと考えられてきた

最近のシミュレーション研究で、高ドーピング時の導電率制限要因が示唆された


2: 未解決の問題

高ドーピング領域での導電率低下メカニズムが不明確

電子-電子反発が導電率を制限する可能性が示唆されたが実証されていない

ゼーベック係数と電荷キャリア密度の関係が解明されていない

形態変化と電子-電子反発の影響を区別する必要性


3: 研究目的

N型有機半導体における導電率とゼーベック係数の関係を調査

高ドーピング領域でのキャリア-キャリア反発の影響を実験的に検証

ドーピング濃度と電荷キャリア数の関係を明らかにする

有機半導体の電荷輸送モデルの改善に向けた知見を得る


方法

1: 材料選択

N型材料:N2200、PNDITEG-TVT (TVT)、PC70BM

P型材料:P3HT(比較対象)

ドーパント:NDMBI (N型)、F4TCNQ (P型)

選択基準:広範囲のドーピング密度で測定可能な導電率


2: 電気伝導度測定

電圧源4端子法を使用

グローブボックス内で測定を実施

導電率計算式:σ = (I/V) × L/(w × d)

L: チャネル長、w: チャネル幅、d: 膜厚


3: ゼーベック係数測定

自作セットアップを使用

T型熱電対で温度と熱電圧を同時測定

「準静的」アプローチで熱電圧シフトを除去


4: キャリア密度測定

金属-絶縁体-半導体(MIS)構造を使用

アドミタンス分光法で測定

モット-ショットキー方程式を用いてキャリア密度を算出

測定周波数:10 Hz


結果

1: 導電率とドーピング濃度の関係

N2200:16 wt%で最大導電率0.6 S/m

TVT:9 wt%で最大導電率0.125 S/m

PC70BM:7 wt%で最大導電率54 S/m

全ての材料で導電率の増加後、減少傾向を確認


2: キャリア密度と導電率の関係

N2200:nx ≈ 2 × 1017 cm-3

TVT:nx ≈ 1.5 × 1017  cm-3

PC70BM:nx ≈ 6 × 1017  cm-3

nx:最大導電率を示すキャリア密度


3: ゼーベック係数とキャリア密度の関係

低キャリア密度:強い依存性を示す

高キャリア密度(> nx):Heikeの式に従う傾き(-198 μV Km-1/decade)

nx付近で明確な変化点を観察


考察

1: キャリア-キャリア相互作用の重要性

高ドーピング領域でのHeikeの式との一致

電子-電子反発が導電率を制限する主要因であることを示唆

形態変化よりもキャリア間相互作用が支配的


2: 既存モデルとの比較

Arkhipovモデル:高ドーピングでの移動度増加を予測

本研究:キャリア-キャリア反発による導電率制限を実証

既存のホッピング輸送モデルの不完全性を示唆


3: P型材料(P3HT)との比較

P3HTでは異なる挙動を観察

導電率ピーク付近でゼーベック係数の対称的な変化

P3HTでは形態変化が支配的な可能性


4: 研究の限界点

低導電率領域でのゼーベック係数測定の技術的制限

広範囲のキャリア密度での測定が困難

形態変化の直接的観察が行われていない


結論

N型有機半導体の高ドーピング領域でキャリア-キャリア反発が導電率を制限

ゼーベック係数とキャリア密度の関係がHeikeの式に従うことを実証

有機半導体の電荷輸送モデルの再考の必要性を示唆

材料特性に応じたドーピング戦略の重要性を強調


将来の展望

より広範なキャリア密度での測定と形態変化の直接観察