2024年5月27日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0040~

 論文のタイトル: Janus Face All-cis 1,2,4,5-tetrakis(trifluoromethyl)- and All-cis 1,2,3,4,5,6-hexakis(trifluoromethyl)- Cyclohexanes

著者: Cihang Yu, Agnes Kütt, Gerd-Volker Röschenthaler, Tomas Lebl, David B. Cordes, Alexandra M. Z. Slawin, Michael Bühl, David O'Hagan

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

巻: Volume 59, Issue 45 p. 19905-19909

出版年: 2020


背景

1: 研究の背景

シクロヘキサン環は有機化学の発展に大きな役割を果たしてきた

これまでに全シス体の6置換シクロヘキサン化合物がいくつか合成されている  

しかし、最も立体障害の大きい全シス-1,2,3,4,5,6-ヘキサキス(トリフルオロメチル)シクロヘキサンは未だ合成されていない


2: 未解決の問題点と研究目的  

立体障害が大きい化合物ほど合成が困難

トリフルオロメチル基の導入により新規Janus面環状化合物が期待できる

全シス-1,2,4,5-テトラキス(トリフルオロメチル)シクロヘキサンと全シス-1,2,3,4,5,6-ヘキサキス(トリフルオロメチル)シクロヘキサンの直接水素化による合成を試みた


3: 期待される成果

最も立体障害の大きい全シス六置換シクロヘキサン化合物の合成

環反転のエネルギー障壁の解明  

Janus面環状化合物の性質の解明


方法

1: 研究デザイン

1,2,4,5-テトラキス(トリフルオロメチル)ベンゼン15と1,2,3,4,5,6-ヘキサキス(トリフルオロメチル)ベンゼン16の直接水素化反応

ロジウム触媒を用いた高圧水素化反応  


2: 反応条件と生成物の単離

1,2,4,5-テトラキス(トリフルオロメチル)ベンゼンの水素化: 50 bar水素圧, 25℃, 2日間で目的生成物を60%収率で得た

ヘキサキス(トリフルオロメチル)ベンゼンの水素化: 60 bar水素圧, 50℃, 14日間で目的生成物を13%収率で得た 

生成物の単離にはシリカゲルクロマトグラフィーを用いた


3: 分析手法

単結晶X線構造解析

温度可変NMR測定による環反転障壁の解析

密度汎関数理論(DFT)計算による立体構造と安定性の評価


結果

1: X線構造解析

新規Janus面環状化合物はいずれも椅子形構造をとる

全シス-1,2,4,5-テトラキス(トリフルオロメチル)シクロヘキサン 13のCF3基間の1,3-ジアキシアル角は107.5°と大きく歪んでいる

全シス-1,2,3,4,5,6-ヘキサキス(トリフルオロメチル)シクロヘキサン 14の3つのCF3基間の平均スプレイ角は110.8°と非常に大きい


2: 環反転障壁 

化合物13の環反転障壁はΔG‡ = 10.3 kcal/mol 

化合物14の環反転障壁は計算値でΔG‡ = 27.1 kcal/molと非常に高い

化合物14は調べた範囲で最も立体障害の大きい全シス六置換シクロヘキサン


3: Janus面環状分子の性質

化合物14の電荷分布は片面に負の領域、反対面に正の領域を持つ

化合物14はアセトン、塩化物イオンと相互作用を示す  

フッ化物イオンによる分解反応が観測された


考察

1: 化合物13の特徴的な構造と反応性

CF3基の立体配置による大きなひずみ

環反転にはねじれ船型の寄与が関与  

立体障害の増大に伴い反応性が低下する可能性


2: 化合物14の特有の性質

最も立体障害の大きい全シスヘキサ置換シクロヘキサン

フッ素面と水素面の極性が環反転を抑制する要因か  

塩化物イオン親和性はJanus面構造に由来


3: 限界点と将来の課題

収率の改善が必要

化合物14の結晶構造の更なる解析が望まれる

他のJanus面環状化合物の合成と性質評価


結論

最も立体障害の大きい全シス六置換シクロヘキサン14の合成に成功

化合物14は環反転障壁が非常に高いJanus面環状分子である


将来の展望

新規極性環状分子の開発につながる

Janus面環状化合物の実用化が期待される

2024年5月26日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0039~

論文のタイトル: Eosin, blue LEDs and DIPEA are employed in a simple synthesis of (poly)cyclic O,O- and N,O-acetalsO,O-およびN,O-アセタールの簡単な合成におけるエオシン、青色LEDおよびDIPEAの使用)

著者: Ioannis Papadopoulos, Artemis Bosveli, Tamsyn Montagnon, Ioannis Zachilas, Dimitris Kalaitzakis, Georgios Vassilikogiannakis 

雑誌: Chemical Communications

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

剛直な(ポリ)環状構造は医薬品開発で有利

sp3炭素が多く、適切に配置されたヘテロ原子を含む

タンパク質との結合が強く、膜透過能が高い


2: 未解決の問題

基質の複雑な前駆体合成が必要

金属や有毒な試薬の使用

高エネルギーUV光の使用


3: 研究の目的  

単純な条件で(ポリ)環状O,O-およびN,O-アセタールを合成する新規一段階手法の開発

可視光線、エオシン光触媒、グリーン溶媒の使用


方法

1: 研究デザイン

新規光触媒反応の開発と最適化


2: 基質と試薬

エノールエーテル、N-アシルエナミン、Boc保護エナミンを基質

エオシン光増感剤、DIPEA、青色LEDを使用


3: 反応検討

モデル基質で反応条件を確立  

各基質での反応性を検討


4: 生成物の同定・収率測定

1H NMR、質量分析などで生成物を同定

生成物の単離収率を決定


結果

1: エノールエーテルの反応結果

モデル基質からのO,O-アセタール生成 (75%収率)

様々なエノールエーテル由来のO,O-アセタール合成(65-80%収率)


2: N-アシルエナミンの反応結果 

N-アシルエナミン由来のN,O-アセタール合成 (63-76%収率) 


3: Boc保護エナミンの反応結果

Boc保護エナミン由来のN,O-アセタール合成 (42-65%収率)

一段階手法による(ポリ)環状アセタールの簡便合成


考察  

1: 主要な発見

可視光線/エオシン/DIPEA条件でStork-Ueno型環化が進行

これまで困難だった(ポリ)環状アセタールが簡便に合成可能

エノールエーテル、N-アシルエナミン、Boc保護エナミンに適用可能


2: 先行研究との比較

従来法に比べ、基質の前合成が簡単

金属や有毒試薬を使用せず、環境負荷が小さい


3: 反応機構の考察

DIPEAの多機能的な役割が重要

光増感剤の励起状態を失活、ラジカル中間体の発生


4: 限界点

ステップ数が2段階に限られる

ラジカル反応のため、一部の基質では適用が困難


結論

可視光線/エオシン/DIPEA条件で(ポリ)環状O,O-およびN,O-アセタールが簡便に合成可能

基質の幅が広く、環境負荷が小さい新規一段階手法


将来の展望

今後は反応の適用範囲拡大や連続的な反応開発が期待される

医薬品開発など幅広い分野への波及効果が見込まれる

2024年5月25日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0038~

論文のタイトル: From Criegee to Breslow: How π-Donors Steer the Route of Olefin Ozonolysis

著者: Serhii Medvedko, J. Philipp Wagner 

雑誌: Chemistry - A European Journal

出版年: 2024


背景

1: オレフィンのオゾン付加反応

通常は1,3-双極子環化付加反応が進行し、Criegee中間体が生成

しかし、一部のオレフィンでは部分的オゾン化が起こる

反応経路の違いは、置換基の電子供与性に起因すると考えられている


2: 研究の課題  

π電子供与性置換基を持つオレフィンの反応性は不明

強い電子供与性でCriegee中間体以外の生成物が得られるか?


3: 研究の目的

異なるπ電子供与性置換基を持つモデル化合物の反応を調査

電荷移動の影響と生成物の変化を理論計算から解析


方法

1: 計算手法 

密度汎関数理論(DFT)を用いた反応経路計算

B3LYP-D3/def2-TZVPP レベルで最適化と振動解析

溶媒効果は連続体モデル(CPCM)で考慮


2: モデル化合物

5員環オレフィンに種々のヘテロ原子(C, N, S)を導入

電子供与能の異なる一連のモデル化合物を設定


3: 解析項目

反応熱と活性化自由エネルギー 

遷移状態の非同期性

固有反応座標(IRC)解析による生成物予測


結果

1: 反応熱と生成物選択性

強いπ電子供与基を持つ場合、酸素原子移動生成物が安定化

極性溶媒中ではさらに酸素原子移動が有利に


2: 遷移状態構造

π電子供与基が強いほど遷移状態の非同期性が増大

酸素原子受入れ構造の寄与が大きくなる


3: 反応経路

π電子供与性の低いオレフィンはCriegee機構で進行

強い電子供与性では酸素原子移動経路に遷移


考察

1: 新規反応経路の意義 

Breslow中間体の新たな合成経路

従来のCriegee機構とは異なる選択性


2: 先行研究との整合性

部分的オゾン化の実験例と一致

電荷移動錯体の関与が示唆される  


3: 理論計算の限界

オゾンやシングレット酸素の記述が不十分

動力学計算による実験値との比較が必要


4: 今後の展望

ドナー置換オレフィンのオゾン化実験

Breslow中間体の実証と新規反応開発


結論

π電子供与性置換基がオレフィンに酸素原子移動経路を付与

電荷移動の程度で反応選択性が変化することを理論的に明らかに


将来の展望

有機合成での新たなアプローチとなりうる反応経路の提案

2024年5月24日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0037~

論文のタイトル: Synthesis of Stereodefined Polysubstituted Bicyclo[1.1.0]butanes

著者: Rahul Suresh, Noam Orbach, and Ilan Marek*

雑誌: Journal of the American Chemical Society

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

Bicyclo[1.1.0]butane (BCB)は高い歪みエネルギーを持つ最小のカルボサイクル

BCBsは独特の化学反応性を示し、様々な分子骨格の合成に役立つ

これまでにBCBsの合成法が報告されているが、立体選択性の制御が困難


2: 問題点 

置換基を導入するとさらに立体選択性の制御が難しくなる

特に四級不斉炭素を含むBCBsの合成が大きな課題


3: 研究の目的

四級不斉炭素を含む多置換BCBsの立体選択的合成法を確立する

置換基の種類と導入パターンを自在に変えられる汎用的な手法を開発する


方法

1: 研究デザイン 

合成反応の探索と最適化


2: 基質合成

シクロプロペニルカルビノールから出発

銅触媒を用いたカーボメタル化と続くヨウ素化を経て主要中間体を合成


3: 主反応

リチウム-ハロゲン交換によりシクロプロピルリチオ種を発生

求核的環化反応によりBCB骨格を構築  


4: 生成物の構造解析

NMR、X線結晶構造解析などで立体化学を決定


結果

1: 四置換BCBsの合成

3つの連続する四級不斉中心を有するBCBsを立体選択的に合成

立体化学は置換基の組み合わせで自在に制御可能


2: BCBsの多様性 

アルキル基、アリール基、官能基など、様々な置換基を導入可能

ビニル基やケイ素含有置換基も許容される


3: 難易度の高いBCBs

5置換のBCBの立体選択的合成に成功

光学活性なBCBも合成可能


考察

1: 本手法の特長

電子求引基を必要としない

四級不斉炭素の導入が容易

広い置換基の適用範囲


2: 反応機構

カルボメタル化の立体選択性が生成物の立体化学を支配

環化の位置選択性と立体選択性について考察


3: 先行研究との比較

EWG不要な点で本手法が優れている

他の手法では四級中心の導入が困難


4: 反応の限界

高度に置換されたBCBsは反応性が低下する可能性

一部の置換基パターンでは選択性が低下する可能性


結論

四級不斉中心を含む多置換BCBsの立体選択的合成法を開発

広い構造多様性を有する高歪みBCBsが調製可能に


将来の展望

BCBsの化学と生物活性の研究が加速される見込み  

本手法を活用した複雑な構造構築の開拓が期待される

2024年5月23日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0036~

論文のタイトル: One-Pot Synthesis of Bis(arylamino)pentiptycenes by TiCl4-DABCO Assisted Reductive Amination of Pentiptycene Quinone(ペンチプチセンキノンの還元的アミノ化によるビス(アリールアミノ)ペンチプチセンのワンポット合成)

著者: Zhe-Jie Zhang, Ying-Feng Hsu, Chia-Chien Kao, Jye-Shane Yang

雑誌: Organic Letters

出版年: 2024


背景

1: ペンチプチセン骨格の重要性

ペンチプチセンは剛直な形状のため、蛍光センサー、分子デバイス、ホスト・ゲスト化合物などの応用が期待されている

ペンチプチセンキノン(1)は置換基導入の出発原料として有用


2: 従来法の課題  

ビス(4-ニトロフェニルアミノ)ペンチプチセン(2g)の合成には8段階を要し、全収率は15%と低い

化合物1から一挙に二重アミノ化したジオキシム体が得られないため、迂回合成が必要


3: 研究の目的

TiCl4-DABCOを用いて1のアニリンとの一段階還元的二重アミノ化を達成

ビス(アリールアミノ)ペンチプチセン(2)の簡便合成法の開発


方法

1: 反応条件の最適化

基質比、Lewis酸(TiCl4など)、塩基(DABCOなど)、溶媒、温度、反応時間を検討


2: 基質の適用範囲の検討  

種々の置換アニリンを用いて反応を行い、生成物2の収率を比較


3: 生成物2の誘導体化

ヘック反応、薗頭反応、鈴木反応によりπ共役系を伸長

SNAr反応により三級アリールアミン(4)への変換


4: 分析手法

1H NMR、13C NMR、IR、HRMS等で生成物の構造解析


結果

1: 最適反応条件

10当量アニリン、6当量TiCl4、6当量DABCO、140℃、2日間

無置換体(2a)の単離収率91%


2: 置換アニリンの適用範囲  

ほとんどの置換アニリンで中〜良収率(18〜90%)で2が得られる

立体障害の大きいアニリンや強い電子供与基を有するアニリンでは収率低下


3: π系の伸長反応

4-ブロモアニリン置換体(2c)をヘック反応、ソノガシラ反応、鈴木反応で誘導体化し、良収率(76〜95%)で対応する誘導体が得られる  

化合物 2cとフルオロニトロベンゼンのSNAr反応により三級アミン4が生成


考察

1: 過剰量のアニリンの必要性

5当量のアニリンでは二重アミノ化が進行せず 

アニリンが求核剤のみならず、ジイミン中間体の還元剤としても作用


2: 電子求引基の効果

CN基やNO2基を有する2f2gでは二段階法に比べ一段階法の収率が低下

電子求引基がジイミン中間体の還元を阻害するため  


3: 還元的二重アミノ化の駆動力

Mills-Nixon効果により、ペンチプチセンジイミンはひずみのため芳香族化を受けやすい

これにより求核付加後の還元が起こりやすくなる  


4: モノオキシムの生成阻害要因  

モノオキシムのベンゼノイド化とニトロソ互変異性体の生成がジオキシム形成を阻害

トリプチセンキノンではこの影響が小さくジオキシムが得られる


5: 限界点

電子供与性の置換基を持つアニリンでは収率が低下

求核性の低下と芳香族化の促進が原因と考えられる


結論

TiCl4-DABCOを用いることで、ペンチプチセンキノンからアニリンとの一段階還元的二量化が可能に

従来8ステップを要したビス(4-ニトロフェニルアミノ)ペンチプチセン(2g)が一段階で調製可能に 

本手法で得られる2は、カップリング反応やSNAr反応によりπ系拡張が可能

ペンチプチセン系の特異な化学反応性が明らかになった


将来の展望

有機エレクトロニクス材料への応用が期待される

2024年5月22日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0035~

論文のタイトル: Drying of Organic Solvents: Quantitative Evaluation of the Efficiency of Several Desiccants

著者: D. Bradley G. Williams and Michelle Lawton 

雑誌: Journal of Organic Chemistry

巻: 75, 24, 8351–8354

出版年: 2010


背景

1: 研究の背景

有機合成では乾燥(脱水)した溶媒が必要

しかし、一般的な乾燥方法の効率は定量的に評価されていない

活性金属や水素化物を使う方法は危険性がある


2: 問題点

文献に掲載されている乾燥方法には矛盾がある  

乾燥剤の効率が十分検証されていない

安全で効率的な乾燥方法の確立が必要


3: 研究の目的

一般的な有機溶媒に対する各種乾燥剤の効率を定量的に評価

安全で実用的な溶媒乾燥方法を提案


方法

1: 研究デザイン

各溶媒に一定量の三重水を添加

様々な乾燥剤で処理後、残留水分量を測定


2: 測定対象 

テトラヒドロフラン、トルエン、ジクロロメタン、アセトニトリル、メタノール、エタノール

乾燥剤: 分子ふるい、アルミナ、シリカゲル、酸化カルシウム、水素化リチウムアルミニウムなど


3: 評価項目

電量カールフィッシャー滴定による残留水分量測定


4: 統計解析

3回繰り返し乾燥、各試料6回測定(n=18)

平均値と標準偏差を算出


結果

1: テトラヒドロフラン

ナトリウム/ベンゾフェノン: 43 ppm残留

3A˚ モレキュラーシーブス(20% m/v): 48時間で6 ppm

中性アルミナ: 単に通すだけで5.9 ppm 


2: トルエン 

ナトリウム/ベンゾフェノン: 31 ppm残留

3A˚ モレキュラーシーブス(10% m/v): 24時間で0.9 ppm

シリカゲル: 単に通すだけで2.1 ppm


3: その他の溶媒

ジクロロメタン: 3A˚ モレキュラーシーブス/シリカゲルで0.1〜1.3 ppm

アセトニトリル: リン酸で5 ppm、3A˚ モレキュラーシーブスで27 ppm  

メタノール/エタノール: 3A˚ モレキュラーシーブス(20% m/v)で10 ppm以下


考察  

1: 主な発見

3A˚ モレキュラーシーブス、中性アルミナ、シリカゲルが優れた乾燥剤

溶媒の種類によって最適な乾燥剤が異なる

反応性金属は不要、危険も伴う


2: 先行研究との比較

Burfieldらの結果と一部一致

溶媒の極性や水分含量によって乾燥効率が変化


3: 基礎乾燥方法の有用性

水酸化カリウムやリン酸は基礎乾燥に有用

3A˚ モレキュラーシーブスによる後処理で超乾燥溶媒が得られる  


4: 安全性の向上

本研究で提案する方法は活性金属を使わず安全

実験室で簡便に行え、溶媒の質を向上できる


5: 限界点

過酸化物の除去は評価していない

一部の溶媒で同位体交換が起こる可能性


結論

各種溶媒に対する様々な乾燥剤の効率を初めて定量的に評価

3A˚ モレキュラーシーブス、中性アルミナ、シリカゲルが有効な乾燥剤であることを実証

提案する安全で実用的な乾燥方法により、高品質の乾燥溶媒を簡便に調製可能

活性金属を使わないため、安全性が飛躍的に向上


将来の展望

溶媒乾燥の最適化に貢献し、合成研究の効率化が期待される

2024年5月21日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0034~

論文のタイトル: Tritiation of aryl thianthrenium salts with a molecular palladium catalyst

著者: Da Zhao, Roland Petzold, Jiyao Yan, Dieter Muri, Tobias Ritter

雑誌: Nature

巻: Vol. 600, 16 December

出版年: 2021


背景

1: 研究の背景

放射性同位体トリチウム(3H)ラベル化は医薬品の体内動態研究に重要

これまでは不均一系触媒を用いた水素化的ハロゲン脱離が主流

反応性と選択性に課題があった


2: 未解決の問題点

従来法では医薬品に存在する官能基が還元されてしまう問題があった

均一系遷移金属触媒は官能基耐性に優れるが、水素活性化が難しい


3: 研究の目的

新規なチアントレニウム塩を前駆体として用いる均一系パラジウム触媒による水素活性化反応を開発

医薬品の3Hラベル化への応用が期待される


方法

1: 研究デザイン

アリールチアントレニウム塩を基質とした均一系パラジウム触媒存在下での3H2による水素化的3Hラベル化反応


2: 反応条件の最適化

置換基や官能基の許容性評価


3: 反応機構の考察

反応速度解析 

速度論的重水素同位体効果の測定


4: 放射性同位体(RI)を用いるトレーサー実験

3Hラベル化収率

位置選択性の評価


結果

1: 反応結果

ビフェニル誘導体のチアントレニウム塩が高収率で目的の3H体を与えた

ハロゲン化アリールやトリフラートでは反応が進行しない


2: 基質一般性 

電子豊富および電子不足のチアントレニウム塩が良好な基質となった

ヘテロ環、アミド、エステル、ニトロ基などの官能基を許容


3: 選択性 

3Hラベル化収率が高く、位置選択性に優れていた

既存の水素同位体交換法と比較して単一生成物が得られた


考察  

1: 水素化

チアントレニウム基はパラジウム(II)への配位が弱く、水素分子との反応が可能に

触媒的に生成するパラジウム水素化種がキー中間体と考えられる


2: 反応機構

速度論的重水素同位体効果から、H2分子の酸化的付加が反応の律速段階である可能性が高い

ハロゲン化物や擬ハロゲン化物では反応しないことから新規な活性化機構が示唆された


3: 本手法の優位性   

均一系触媒の化学選択性の高さにより、不均一系触媒では問題となる官能基の還元が抑えられる

トリフラートのような弱く配位するアニオンによる活性触媒の被毒が観察されたことから、チアントレニウム塩の溶解度調節が重要な因子である可能性が示された  

本反応は空気や水分存在下でも実施可能であり、ラベル化合成に実用的


4: 限界点

一方で一級アミンへの適用が困難な点が今後の課題

小分子医薬品の複雑な構造への適用に制限がある点が本反応の限界


結論

チアントレニウム塩を出発物質とする分子内パラジウム触媒による新規な均一系3Hラベル化反応が開発された

官能基耐性と位置選択性に優れており、医薬品の放射性トレーサー合成に有用


将来の展望

反応機構の解明と条件検討により、さらなる適用範囲の拡大が期待される

2024年5月20日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0033~

論文のタイトル: Sustainable Production of Reduced Phosphorus Compounds: Mechanochemical Hydride Phosphorylation Using Condensed Phosphates as a Route to Phosphite(持続可能な低還元リン化合物の生産: 高縮合リン酸塩を用いる機械化学的ヒドリドリン酸化によるリン酸塩からのリン酸の合成)

著者: Feng Zhai, Tiansi Xin, Michael B. Geeson, Christopher C. Cummins

雑誌: Journal of the American Chemical Society

出版年: 2022  


背景

1: 研究の背景

リン酸塩の持続可能な利用の必要性

リン酸塩排出による富栄養化が環境問題

排水処理で回収されるリン酸塩の有効活用が課題


2: リン化合物製造の従来法の問題点  

従来の熱的製造プロセスは白リン(P4)を経由

高温、環境負荷の大きいプロセス


3: 研究の目的

リン酸塩からリン酸(+3価)を直接合成する新規ルートの開発

安全で持続可能な製造プロセスの確立


方法

1: 機械化学的手法の採用

ボールミルによる固体反応

溶媒を使わず、効率的な混合と反応が可能  


2: 出発原料と条件検討

各種高縮合リン酸塩を出発原料に検討

水素化物源および反応条件を最適化


3: 生成物の分析

31P NMRによる生成物の同定と定量

生成機構の解析


4: バイオ由来ポリリン酸塩の利用

パン酵母から単離したポリリン酸塩を原料に適用

前処理条件の最適化


結果

1: 各種リン酸塩からのリン酸生成

リン3量体から58%、ピロリン酸塩から44%の収率

環状リン酸塩から過還元生成物も確認


2: 最適条件下でのリン酸生成  

ピロリン酸塩とKHの組み合わせが最適

ピロリン酸塩からの44%の収率は反応性のリンユニットの88%に相当


3: バイオ由来ポリリン酸塩の利用

未処理ではリン酸収率28%と低い

真空焼成処理で収率が42%に向上


考察

1: リン酸への選択的還元の鍵

直鎖状リン酸塩が良好なリン酸前駆体

環状構造は過還元を招く


2: 過還元の経路 

生成したリン酸がさらに還元されて低原子価リン化合物に

ポリリン酸塩の存在が過還元を促進


3: バイオ由来原料の有用性

ポリリン酸塩は潜在的な原料源

不純物の除去が収率向上に重要


4: 本手法の意義

白リンを経由しない直接的なリン酸製造プロセス 

持続可能で環境調和型のプロセス


5: 課題と展望

スケールアップと連続化に向けた検討が必要

バイオ由来ポリリン酸の利用拡大へ向けた最適化


結論

持続可能なリン資源循環への一里塚

リン酸塩からリン酸への直接変換に成功

安全で環境調和な製造プロセスを実証


将来の展望  

リン資源の有効利用とリン循環の促進が期待される

バイオリン酸塩の利用拡大に向けた更なる研究が必要

2024年5月19日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0032~

論文のタイトル: Deciphering the dichotomy exerted by Zn(II) in the catalytic sp2 C–O bond functionalization of aryl esters at the molecular level

著者: Craig S. Day, Rosie J. Somerville, Ruben Martin

雑誌: Nature Catalysis

出版年: 2021


背景

1: 研究の背景

ニッケル触媒によるC-O結合の活性化と新規C-C結合形成反応

簡便な前駆体から分子の複雑性を迅速に構築できる有用な手法

パラジウムや白金とは異なる単一電子経路が可能

通常の芳香族ハロゲン化物に代えてフェノール由来の基質が利用可能


2: 未解決の問題

ニッケル触媒によるアリールエステルのC-O結合活性化の機構は不明

単座配位子ニッケル錯体の酸化的付加中間体の同定が未解明

添加剤の役割(特にZn(II))が不明確


3: 研究の目的 

アリールエステルのニッケル酸化的付加中間体の同定と反応性評価

単座配位子ニッケル錯体におけるZn(II)の役割を解明

触媒サイクルにおける非生産的経路の特定


方法

1: 実験手法

ニッケル(0)錯体とアリールエステルの反応によるモノ核酸化的付加錯体の合成

X線結晶構造解析による酸化的付加中間体の同定  

種々の分光学的手法(NMR等)を用いた反応性評価


2: 触媒と基質  

モノデンテートリシクロヘキシルホスフィン配位子を有するニッケル錯体

非πひずみアリールエステル基質


3: 主要評価項目

酸化的付加中間体の同定と構造決定

中間体の反応性(転位反応、脱離反応等)

Zn(II)存在下での反応経路の変化


4: 評価法

NMRスペクトル

X線結晶構造解析データの詳細な解析

反応条件と生成物分布から反応経路の推定


結果

1: κ1-O結合モード酸化的付加錯体の単離と構造決定


2: κ2-O結合モード酸化的付加錯体の単離と同定  


3: Ni(I)カルボキシラート錯体の単離と分解経路の解明


考察

1: モノデンテート配位子下でのκ2-O結合モード酸化的付加中間体の同定

従来のκ1-O結合モードとは異なる配位形態  

より反応性が高いと予想される


2: Zn(II)の二面的役割

生産的な金属交換反応が進行する一方で

配位子の脱離、ニッケル-亜鉛クラスターの生成による非生産的経路も併存


3: 先行研究との比較

単座配位子系での酸化的付加中間体の同定は初例  

ニッケル-亜鉛クラスターの単離と構造決定に成功


4: 研究の限界

モデル反応を用いた基礎研究

実際の触媒反応条件下での挙動は不明確


5: 溶媒効果の解明  

配位溶媒の添加によりZn(II)との非生産的経路が抑制されることを発見

触媒活性の向上が期待される


結論

ニッケル触媒によるアリールエステルのC-O結合活性化反応の機構解明に成功

モノデンテート配位子下での酸化的付加中間体の同定に世界で初めて成功

Zn(II)が生産的・非生産的の両経路を制御する二面的役割を明らかに

配位溶媒の添加が非生産的経路を抑制し、触媒活性向上が期待される


将来の展望

これらの知見は、より効率的な新規C-C結合形成反応の開発に貢献する

2024年5月18日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0031~

論文のタイトル: Comparative study of TDDFT and TDDFT-based STEOM-DLPNO-CCSD calculations for predicting the excited-state properties of MR-TADF 

著者: Sunwoo Kang、Taekyung Kim 

出版: HELIYON

出版年: 2024年


背景

1: 研究の背景

多重共鳴性熱活性化遅延蛍光(MR-TADF)材料は有望な次世代発光材料

短距離分子内電荷移動と二重励起特性を併せ持つ

高い外部量子効率、狭い発光スペクトルなどの特長がある


2: 未解決の問題点

実験的・理論的にMR-TADF材料の設計や励起状態の解明が進められている

計算による励起状態の正確な記述は課題であった

従来の密度汎関数理論(DFT)では不十分

MR-TADF材料の励起状態には電子相関効果が重要


3: 研究の目的

本研究の目的は励起状態特性の定量的予測に適した理論手法を見出すこと

密度汎関数理論(TDDFT)と相関効果を取り入れたSTEOM-DLPNO-CCSD法を比較

MR-TADF材料の設計と励起状態の正確な理解に貢献


方法

1: 研究デザイン

10種のMR-TADF分子を対象に以下の計算を実施

最低一重項励起状態(S1)、最低三重項励起状態(T1)、S1-T1エネルギー差(ΔEst)を計算


2: 計算手法

TDDFT計算:

- 汎関数: B3LYP、M06、LC-ωHPBE 

- 基底関数: 6-311G**

TDDFT計算で最適化した構造を用いて以下の計算を実施 

STEOM-DLPNO-CCSD計算: 

- 基底関数: def2-TZVP 


3: 評価指標

実験値と比較し、各手法の定量的予測能力を評価

S1、T1、ΔEstそれぞれの二乗平均平方根誤差(RMSE)を算出

最も実験値に近い手法を同定する


結果

1: TDDFTの結果

TDDFTのみではS1、T1、ΔEstの定量的予測は困難

- B3LYP、M06、LC-ωHPBEいずれの汎関数も大きな誤差


1: TDDFT/STEOM-DLPNO-CCSDの結果

TDDFT/STEOM-DLPNO-CCSDではS1、T1、ΔEstの定量的予測が可能

- TD-LC-ωHPBE/STEOM-DLPNO-CCSDが最も精度が高い


3: RMSE値

TD-LC-ωHPBE/STEOM-DLPNO-CCSD計算のRMSE

  - S1: 0.097 eV、T1: 0.084 eV、ΔEst: 0.058 eV

TD-B3LYP/STEOM-DLPNO-CCSD

    - S1: 0.149 eV、T1: 0.106 eV、ΔEst: 0.089 eV

TD-M06/STEOM-DLPNO-CCSD 

    - S1: 0.157 eV、T1: 0.116 eV、ΔEst: 0.145 eV  


考察

1: 相関効果の重要性

MR-TADF材料の励起状態には電子相関効果が重要

TDDFT単体では十分な記述ができない

STEOM-DLPNO-CCSD法によって相関効果を取り入れることで定量的予測が可能


2: 長距離補正の効果

長距離補正を含むTD-LC-ωHPBEがTDDFTとして最適

短距離の交換相互作用と長距離の動的相関効果のバランスが重要

スピン反転励起をよく記述できる


3: M06汎関数の課題

一部の分子でTD-M06/STEOM-DLPNO-CCSDが異常値を示す

M06汎関数の局所密度の取り扱いが影響している可能性がある  

原因解明にはさらなる検討が必要


4: TDDFT/STEOMの有用性

TD-M06/STEOM-DLPNO-CCSDの問題はあるもののTDDFT/STEOM法の有用性は明らか

手法の特性を考慮すれば高精度な励起状態予測が可能


結論

MR-TADF材料の励起状態特性の定量的予測にはTDDFT/STEOM-DLPNO-CCSD法が有効

特にTD-LC-ωHPBE/STEOM-DLPNO-CCSDが最も高い予測精度

本研究で確立した手法はMR-TADF材料の理解と新規設計に大きく貢献する


将来の展望

将来的にはM06汎関数の問題点の解明と改良、さらなる高精度化が期待される

2024年5月17日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0030~

論文のタイトル: Humilisin E: Strategy for the Synthesis and Access to the Functionalized Bicyclic Core

著者: Prachi Verma, Rajanish R. Pallerla, Aino Rolig, Petri M. Pihko

雑誌: The Journal of Organic Chemistry

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

天然物は複雑な構造と様々な生物活性を有する

医薬品や機能性材料の開発につながる

効率的な合成経路の開発が重要な課題


2: Humilisin E の構造的特徴  

南シナ海産軟らん紅珊瑚から単離された新規ジテルペノイド

環状構造が特徴的 (シクロブタン-シクロペンタン-シクロノネン)

環状エポキシドや水酸基など多数の官能基を含む


3: 研究の目的

Humilisin E の重要な前駆体と考えられる化合物の立体選択的合成

環状化合物の効率的な構築手法の確立

天然物全合成への足掛かり


方法

1: 研究デザイン

有機合成による化合物の合成と構造決定

2つの異なる合成経路を検討

1) Stork のエポキシニトリル環化反応

2) Wolff 転位を鍵反応とする経路  


2: 構造解析

各中間体の立体構造は1H NMR、NOE、X線結晶構造解析で決定

生成物の構造を参照化合物のデータと比較


3: 理論計算

密度汎関数理論(DFT)による構造最適化と反応解析


結果

1: 合成経路1

Stork 法により環状エポキシドを経て目的の二環式骨格を合成

立体選択性と収率の課題が残された  


2: 合成経路2

Wolff 転位を用いる新規合成経路の確立に成功

高い立体選択性と良好な収率で目的の二環式骨格を構築


3: 構造解析結果

生成物の構造を精査し、Humilisin E との構造的類似性を確認

九員環構築への指針を得た


考察  

1: 主要な知見

2つの合成経路の長所と短所を比較検討

環化前駆体の設計が重要であることが分かった


2: 先行研究との比較

Stork 法では立体選択性制御が課題

Wolff 転位は高度な立体選択性が得られる有力な手段  


3: 理論との比較

計算化学的解析によりさらなる反応設計への指針が得られた

合成研究と計算化学の相乗効果が期待できる


4: 今後の課題

今後の全合成研究の方向性を議論

類似天然物合成への展開の可能性  


5: 限界点

合成ステップ数の削減や大量合成への適用など課題が残る


結論

本研究では、Humilisin Eの重要な部分構造を立体選択的に合成する2つの経路を確立した

Wolff転位は高い立体選択性と収率で目的の二環式骨格を与えた

得られた知見はHumilisin E全合成や類似天然物の合成研究に役立つ


将来の展望

今後は効率化と大量合成法の開発が必要である

2024年5月16日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0029~

論文のタイトル: High-Pressure Promoted Nazarov-like Electrocyclization Enables Access to trans-4,5-Diamino-cyclopent-2-enones Bearing Electron-Poor Anilines

著者: Lídia A. S. Cavaca, Tiago M. P. Santos, Joao M. J. M. Ravasco, Rafael F. A. Gomes, Carlos A. M. Afonso

雑誌: The Journal of Organic Chemistry

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

trans-4,5-ジアミノシクロペンテノン(DCP)は生理活性天然物の合成に重要な中間体

ルイス酸触媒を用いたフルフラールとアミンの縮合反応で合成可能

従来法では電子豊富なアニリンしか使えず、電子不足なアニリンとの反応は困難


2: 未解決の問題点

電子吸引性置換基を持つアニリンからのDCP合成が極めて困難


3: 研究の目的

高圧条件下での反応を検討し、電子吸引性アニリンからのDCP合成を実現


方法

1: 研究デザイン

密閉系での高圧反応を実施

密閉容器内でフルフラール、アミン、Sc(OTf)3触媒を混合

900 MPa、室温で8時間反応


2: 反応条件最適化

モデル基質を用いたスクリーニング実施 

圧力、触媒、溶媒、反応時間などを最適化

DFT計算で遷移状態の活性化体積を確認


結果

1: 代表的な基質例

種々の電子吸引性アニリンから高収率でDCPが得られた

NO2、CF3、Cl置換体など幅広い基質に対応

200 MPaの低圧でも反応は進行


2: 生理活性化合物の合成

ATP感受性カリウムチャネル作動薬の前駆体である6-ニトロ置換DCP

高圧条件で65%の収率で合成可能(従来法5%のみ)  

工程短縮と原料使用量の削減が可能に


考察

1: 高圧条件の効果

遷移状態での負の活性化体積により高圧で反応が促進される

特に律速の電子環状反応で顕著な効果あり  

一般に低温・低圧が望ましいが、本反応は室温・高圧が有利


2: 反応機構と特徴

従来法と同様のStenhouse塩の生成を経由  

高圧条件下で電子環状反応が加速される

様々な求核剤との組み合わせが可能


3: 既存研究との比較 

従来の方法より幅広い基質適用が可能

収率の大幅な向上が認められた

環境に優しい工程であり、実用化が期待される  


4: 限界点

高圧反応装置の入手が容易でない

量産化に向けたスケールアップ研究が必要

他の環状反応への応用研究が今後の課題


結論

高圧条件下での電子環状反応により電子吸引性アニリンからのDCP合成が可能に

工程の簡略化と原料使用量の削減が期待される

本手法は電子環状反応の新しい活用法として興味深い


将来の展望

多様な誘導体合成への応用で医薬品開発への貢献が期待される

2024年5月15日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0028~

論文のタイトル: Pentamethylphenyl (Ph*) ketones: Unique building blocks for organic synthesis

著者: Roly J. Armstrong, Timothy J. Donohoe

雑誌: Tetrahedron Letters

巻: 74, 153151

出版年: 2021


背景

1: 研究の背景

既存の芳香族ケトンは平面構造を好む

ペンタメチルフェニル(Ph*)ケトンは特異な反応性を示す

カルボニル基と芳香環が90度ねじれた構造

求核剤の1,2-付加を抑制

エノラート形成が可能


2: 未解決の問題点

Ph*ケトンの特性を利用した新規な化学反応の可能性

    - 水素借用型アルキル化反応

    - 環化反応

    - 不斉アルドール反応など

有機合成ビルディングブロックとしての可能性は未開拓


3: 研究の目的

Ph*ケトンの独自の反応性を活かした新規変換反応の開発

様々な有用官能基への変換法の確立

有機合成におけるPh*ケトンの応用範囲拡大


方法

1: Ph*ケトンの合成

ペンタメチルベンゼンと酸塩化物のフリーデル・クラフツ反応  

エーテル塩基存在下のエノラート形成と求電子剤との反応


2: 反応例  

水素借用的アルキル化反応

    - 遷移金属触媒とアルコールを用いたワンポット反応

    - 1級、2級アルコールの両方が可能


アヌレーション反応 

    - 1,5-ジオールとの環化反応


結果

1: 水素借用的アルキル化

α-分岐ケトン生成物を定量的収率で合成可能

    - ベンジル性/非ベンジル性の1級アルコール

    - エーテル、アミン基含有基質に対応


β-分岐生成物の不斉合成も達成

    - キラル配位子で高いエナンチオ選択性


2: アヌレーション反応  

ジオールとの環化で多様な環状ケトンを合成

    - 5員環、6員環、7員環環状体  

    - 高い立体選択性


不斉触媒的変換で高いエナンチオ選択性

    - キラル環化生成物の一段階構築


考察

1: Ph*基の立体反発によるユニークな反応性

カルボニル基の1,2-付加を抑制

エノラート形成を許容  


2: 環境調和型プロセス

水素借用型アルキル化は水のみを副生成物とする


3: 芳香環の嵩高さが選択性に影響  

ジアステレオ選択性向上

エナンチオ選択性向上


4: 結晶性の向上による利点

単結晶X線解析が可能

再結晶による光学純度向上  


5: 限界点

γ-アミノPh*ケトン類でラセミ化が問題になり、窒素へのトリチル保護基の導入が必要

Ph*基の導入が困難な基質では新規導入法の開発が必要


結論

Ph*ケトンの特異な構造と反応性が有機合成に有用

    - 新規変換反応の開発が可能

    - 高選択的な環化や不斉合成  

官能基変換法の確立で合成等価体としての価値向上


将来の展望

今後のさらなる活用と方法論拡張が期待される

2024年5月14日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0027~

論文のタイトル: Molecular Dynamics Investigations of Dienolate [4 + 2] Reactions

著者: Peng-Jui Chen, Alexander Q. Cusumano, Kaylin N. Flesch, Christian Santiago Strong, William A. Goddard, III, Brian M. Stoltz

雑誌: Journal of the American Chemical Society

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景 

[4+2]環化付加反応は有機合成で広く利用されている手法

2つの新しいC-C結合と最大4つの立体中心を同時に構築できる

非極性または対称的に極性化した基質では立体特異的な経路が知られている

しかし、極性化した基質では中間体を経由する立体選択的な経路が提案されている


2: 研究の目的

極性化したジエノレートの[4+2]環化付加反応の機構を解明する

シロキシジエン、リチウムジエノレート、パラジウムエノレートの3種を比較

結合形成過程の同期性と中間体の寿命を分子動力学シミュレーションで解析


3: 期待される成果  

[4+2]環化付加反応の機構に関する新たな知見を得る

反応の同期性と立体化学的結果の由来を明らかにする  

基質の選択が反応機構に与える影響を評価する


方法

1: 計算手法

密度汎関数理論による基質と遷移状態の構造計算

遷移状態からの分子動力学シミュレーション 

結合形成の時間差(Δt)を中心とした解析


2: 基質と反応条件

シロキシジエン: 溶媒=トルエン、383 K

リチウムジエノレート: 溶媒=ヘキサン/エーテル混合物、195 K  

パラジウムエノレート: 溶媒=DMSO、333 K


3: 解析方法 

分子動力学シミュレーションから100本の軌道を抽出

生成物と出発物質への分岐を追跡

2つのC-C結合形成時間の差(Δt)を計算

Δt ≤ 60 fsを動力学的に同時、Δt > 60 fsを動力学的に段階的と定義


結果

1: シロキシジエンの結果

平均Δt = 26.5 fs 

97%の軌道が生産的

高い同期性、動力学的に同時的


2: リチウムジエノレートの結果  

分子内反応: 平均Δt = 251.0 fs、100%が動力学的に段階的

分子間反応: 平均Δt = 154.5 fs、95%が動力学的に段階的

長寿命の電荷分離中間体が観測された


3: パラジウムエノレートの結果

平均Δt = 172.9 fs

90%が動力学的に段階的 

シロキシジエンよりも非同期的だが、リチウムジエノレートよりは同期的


考察  

1: 主な発見とその意味

基質の極性化の程度に応じて、反応の同期性が変化する

高い非同期性では長寿命の電荷分離中間体が生じる

しかし、中間体の寿命が結合回転より短ければ立体化学は保持される


2: 先行研究との比較

Houkらの研究と同様に、高い非同期性が動力学的段階性をもたらす

リチウムジエノレートでは実験的に単一のマイケル付加体が単離されている例がある

シロキシジエンは同期的であるとされてきた


3: 基質選択の重要性

基質の選択が反応機構と生成物の立体化学制御に大きな影響を与える

適切な基質設計が全合成等での応用に重要である


4: 限界点

溶媒効果や求核剤・求電子剤の影響は考慮されていない

より複雑な基質系への外挿には注意が必要

実験的検証による裏付けが不可欠


結論

極性化したジエノレートの[4+2]環化付加反応の機構が明らかになった

反応の同期性と中間体寿命が生成物の立体化学を決定する鍵因子であることがわかった  


今後の展望

実験的検証と理論計算の融合により、さらに詳細な機構解明が期待される

効率的な立体選択的合成の開発

2024年5月13日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0026~

 論文のタイトル: Parametric Analysis of Donor Activation for Glycosylation Reactions

著者: Mei-Huei Lin, Yan-Ting Kuo, José Danglad-Flores, Eric T. Sletten, Peter H. Seeberger

雑誌: Chemistry - A European Journal

出版年: 2024


背景

1: 糖鎖合成の課題

糖鎖合成は複雑で再現性に乏しい

糖供与体の活性化温度が重要な因子

適切な温度制御が反応収率と副反応抑制に不可欠


2: 研究の目的  

糖供与体の活性化温度(TA)と分解温度(TD)の決定

構造効果と反応条件がTAおよびTDに与える影響を評価


3: 期待される成果

糖供与体ごとの最適活性化温度の決定

糖鎖合成反応の再現性と効率の向上


方法

1: 研究デザイン

半自動化システムによる温度分析アッセイ


2: 実験手順  

糖供与体溶液を目的温度に冷却

活性化剤溶液を添加し一定時間反応

反応停止剤を加えて反応を停止

1H NMRにより未反応の糖供与体の有無を確認


3: 評価項目  

活性化温度(TA): 糖供与体が未変化の最高温度

分解温度(TD): 糖供与体が消失する最低温度  


4: 解析手法

糖供与体の構造と反応条件の変化がTAおよびTDに与える影響を分析


結果

1: 反応条件の影響

活性化剤濃度が高いと副反応が増加

残留水分が多いと分解が促進される


2: 糖供与体の構造効果1  

エステル型保護基は活性化に高温を要する

アミド基を持つ場合は比較的低温で活性化


3: 糖供与体の構造効果2

Fmoc基の位置と糖の種類によりTA、TDが変化

一般にマンノース(Man)>グルコース(Glc)>N-トリクロロアセチルグルコサミン(GlcNTCA)>ガラクトース(Gal)の順にTAが高い


考察  

1: 主な発見

反応条件を最適化することで、望ましい活性化温度が得られる

特に活性化剤濃度と残留水分量が重要

糖供与体の構造が活性化温度に大きな影響を及ぼす

保護基の種類と位置、糖の立体配置が関与


2: 先行研究との比較

電子的・立体的効果による反応性の変化は先行研究と一致

新規に糖供与体ごとの最適活性化温度が明らかに


3: 限界点

求核体の影響は検討されていない

多段階の糖鎖合成に関する評価は行われていない  


結論

各糖供与体の最適活性化温度を決定することで、副反応を抑制し収率を向上できる

反応条件と構造効果に関する知見は、高効率な自動糖鎖合成に役立つ  

機械学習等を組み合わせることで、試行錯誤を最小限に抑えた反応設計が可能に


今後の展望

複雑な糖鎖合成における知見の適用と、求核体の影響評価が課題

2024年5月12日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0025~

論文のタイトル: The Role of Aryne Distortions, Steric Effects, and Charges in Regioselectivities of Aryne Reactions

著者: Jose M. Medina, Joel L. Mackey, Neil K. Garg, K. N. Houk

雑誌: Journal of the American Chemical Society

巻: 136, 15798-15805

出版年: 2014


背景

1: 研究の背景

アライン反応は複雑な分子を合成する有用な手法

しかし、置換基の影響でアライン反応の選択性が変わる

選択性を説明する従来の3つのモデル

    - 電荷制御モデル

    - 立体障害モデル 

    - アライン歪みモデル


2: 未解決の問題点  

アライン反応の選択性に影響する主要な要因は不明

3つのモデルのうち、どれが最も重要か分かっていない


3: 研究の目的

3-ハロベンザインの反応性と選択性を実験と計算で体系的に調査

アライン反応の選択性を支配する主要な要因を特定する


方法

1: 実験デザイン

様々な3-ハロベンザイン前駆体を合成

求核剤として N-メチルアニリンやベンジルアジドを使用

補足反応により生成物の比を測定


2: 計算手法

密度汎関数理論(DFT)を用いた遷移状態探索

反応経路の自由エネルギー変化を計算  

異性体比の理論予測と実験値を比較


結果

1: N-メチルアニリンを用いた実験結果

F、OMe置換体は高い選択性 

Cl置換体は中程度の選択性

Br、I置換体は低い選択性


2: ベンジルアジドを用いた実験結果  

OMe、F置換体は高い選択性

選択性はCl > Br > I の順に低下


3: 計算結果の概要

実験結果と計算結果は良く一致

置換基による歪みが大きいほど高い選択性

電荷や立体効果による影響は小さい  


考察  

1: アライン歪みが選択性を支配

置換基による歪みが遷移状態の安定性に影響  

歪みが大きいと特定の付加体が有利になる


2: 電荷効果は無視できる

ベンザイン環上の電荷は小さく、選択性に影響しない

簡単なCoulomb相互作用モデルでも説明できない


3: 立体効果の影響は小さい

原子半径の違いによる立体効果は予測と一致しない

置換基の大きさと選択性に相関がない  


4: 限界点

塩基性の高い求核剤では異なる挙動が予想される

他の置換基効果(π効果など)は検討していない


結論

3-ハロベンザイン反応の選択性はアライン歪みが主な決定因子

アライン歪みモデルはアライン反応の解析に有用


今後の展望

複雑な生理活性分子の合成へのアライン活用が期待される

2024年5月11日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0024~

論文のタイトル: Significant Enhancement of Absorption and Luminescence Dissymmetry Factors in the Far-Red Region: A Zinc(II) Homoleptic Helicate Formed by a Pair of Achiral Dipyrromethene Ligands

著者: Hiroaki Ito, Hayato Sakai, Yoshinori Okayasu, Junpei Yuasa, Tadashi Mori, Taku Hasobe

雑誌: Chemistry - A European Journal 

巻: 24号頁1-7

出版年: 2018


背景

1:  研究の背景

キラル分子の円二色性(CD)と円偏光発光(CPL)特性が注目されている

しかしレアアース金属や貴金属フリーの小分子ではこれらの値が小さい


2: 未解決の問題

ヘリセンなどの既存のキラル分子は吸収・発光波長が可視域に限られる

遠赤外領域での高い異方性因子を示す分子は希少


3: 研究の目的

アキラルなベンゾ[a]フェナントレン-ジピロメテン配位子を用いた新規キラル亜鉛(II)ヘリケートの開発

遠赤外領域での高い吸収・発光異方性因子の実現


方法

1: 合成と単結晶構造解析

ベンゾ[a]フェナントレン-ジピロメテン配位子の合成

亜鉛(II)イオンとの配位により新規キラルヘリケートを合成

単結晶X線構造解析によるヘリカル構造の確認  


2: 分光学的測定

UV-Vis吸収、円二色性(CD)、蛍光、円偏光発光(CPL)の測定

吸収と発光の異方性因子(gabs、glum)の算出


3: 理論計算 

時間依存密度汎関数理論(TD-DFT)による電子遷移の解析

電気および磁気遷移双極子モーメントの導出

大きな異方性因子の起源の理論的考察


結果

1: 吸収およびCD特性

ヘリケートは522nmの吸収極大に加え、548、615nmにエキシトン結合由来の吸収ピークを示す

CDスペクトルで500-650nm領域に大きなコットン効果(|gabs| = 0.20@615nm)


2: 発光およびCPL特性  

ヘリケートは700-850nmの遠赤外領域で強い発光を示す(ΦFL = 0.23)

CPLスペクトルでは660nmに強い正負の発光が観測される(|glum| = 0.022)


3: 理論計算結果 

励起状態では配位子間の重なりが増大し、励起子構造が形成される

電気および磁気双極子モーメント間の小さい角度が大きな異方性因子の要因


考察  

1: 吸収異方性の向上

配位子の二量化とエキシトン結合が大きなコットン効果をもたらす

アキラルな配位子のヘリカル配列が重要である


2: 発光異方性の向上 

遠赤外発光は配位子の拡張π共役系に由来

発光のエキシトン結合が遠赤外CPLの起源


3: 既存研究との比較

本研究のglumは貴金属錯体に匹敵する高い値

レアアース金属・貴金属フリーの分子としては最大級


4: 限界点

キラル安定性が低く、溶液中で徐々にラセミ化する

合成効率が低く、収率の改善が必要


結論

キラル亜鉛ヘリケートにおいて世界最高レベルの吸収・発光異方性因子を実現

アキラル配位子の適切な配列がその鍵となる新規設計指針を提案


今後の展望

さらなる長波長化と高効率発光が今後の課題

今後の改良により生物・化学センサーなどへの応用が期待される

2024年5月10日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0023~

論文のタイトル: New Solids Based on B12N12 Fullerenes

著者: J. M. Matxain, L. A. Eriksson, J. M. Mercero, X. Lopez, M. Piris, J. M. Ugalde, J. Poater, E. Matito, M. Solà

雑誌: Journal of Physical Chemistry C

巻: 第111巻, 第36号

出版年: 2007年


背景

1: 研究の背景

フラーレン発見後、同様の構造をもつBN化合物への関心が高まった

理論計算により安定なBN fullereneクラスターが予測された

実験的にもBN fullereneの合成が報告されている


2: 研究の目的 

B12N12 fullereneを基にした新規固体の理論的探索

B12N12一分子を単位とする固体構造の特性解明


3: 期待される成果

B12N12 fullereneを基にした新規ナノ多孔性固体の発見

この固体の電子構造、エネルギー的安定性、物性の予測


方法

1: 計算手法

密度汎関数理論 (DFT) を用いた第一原理計算

B12N12 fullerene二量体の構造と相互作用エネルギーを計算


2: 計算レベル

B3LYP、MPW1PW91の交換相関汎関数を使用  

原子軌道基底関数、有効内核疑ポテンシャルを適用


3: 固体状態計算

SIESTAコードを用いた周期的境界条件下での最適化計算

PBE汎関数、ノルム保存擬ポテンシャル使用


4: 解析手法  

構造最適化、結合エネルギー、電子構造、IR スペクトルを解析


結果

1: 二量体の安定構造

正方形同士が向かい合う構造 (S-S) が最安定

共有結合性二量体 (Cov) と van der Waals 性二量体 (VW) が存在


2: 二量体の相互作用エネルギー

CovS-S が最も安定 (B3LYP: -1.50 eV, MPW1PW91: -2.07 eV)  

VWS-S と VWH-H はそれより不安定

共有結合性二量体と分子間力で結合した二量体が共存 


3: 固体構造 

Cov 固体はナノ多孔質構造を形成、VW 固体は密な構造

Cov 固体の方が 12 eV 程度安定

共有結合性多孔質固体が最も安定


考察  

1: 二量体の安定性

N原子の非共有電子対とB原子の空軌道との相互作用が重要

正方形面どうしの方が六員環面よりも立体反発が小さい


2: 共有結合性二量体の形成

B-N結合距離の伸長により、モノマー構造を維持しつつ共有結合可能  

先行研究との一致: Batsanovらの実験により観測されたE-BN相の発見


3: ナノ多孔質固体の特徴  

表面積が大きく、分子吸着や触媒への応用が期待される

フラーレン固体と同様の構造を有する可能性


4: 固体の電子構造

Cov固体、VW固体ともに絶縁体的性質を示す

モノマーに比べバンドギャップは小さくなる  


5: 限界点

実験的合成の指針は得られていない

より大きな系への展開が必要


結論

B12N12 fullereneから新しいナノ多孔質固体が理論的に提案された

BNナノ構造体の合理設計につながる重要な知見が得られた


今後の展望

エネルギー的に安定で、分子吸着や触媒への応用が期待される

実験的検証と、さらなる大規模系への展開が今後の課題

2024年5月9日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0022~

論文のタイトル: A Homogeneous Method for the Conveniently Scalable Palladium- and Nickel-Catalyzed Cyanation of Aryl Halides

著者: Finn Burg, Julian Egger, Johannes Deutsch, and Nicolas Guimond

雑誌: Organic Process Research & Development

巻: 20, 1540-1545

出版年: 2016年


背景

1: 研究の背景

ベンゾニトリルは化学工業で広く使われる重要な中間体

アリールハロゲン化物からの触媒的ベンゾニトリル合成が主流になりつつある


2: 従来法の問題点

従来法では不均一系や2相系の反応が多く、再現性とスケールアップの課題があった

既存の均一系法では、条件の最適化や配位子設計が十分でなかった  


3: 研究の目的 

広範なアリールクロリドおよびブロミドに適用できる均一系条件を開発

反応を容易にスケールアップ可能にすること


方法

1: 研究デザイン

モデル基質を用いた種々の条件検討

最適条件の同定と反応スコープの探索


2: 反応条件

触媒: [Pd(cinnamyl)Cl]2、(TMEDA)NiCl(o-tolyl)

配位子: XPhos、dppf、t-BuXPhosなど  

溶媒: i-PrOH、n-BuOH

塩基: DIPEA


3: 評価項目  

反応時間、温度、収率への影響を評価

各種置換基の影響を検討

ヘテロ環式化合物の適用性を調査


4: 実験手順

小スケール条件を確立後、400gスケールでの実験を実施

反応条件のモニタリング(pH測定など)

単離、精製方法の最適化


結果

1: ハロゲン化アリールの反応性

電子求引性、電子供与性置換基に対して高い反応性

立体障害が大きい基質にも適用可能

アルコール、アミン、カルボン酸の官能基が許容される


2: ヘテロ環化合物への適用  

ピリジン、キノリン、インドール、チオフェンなどが良好な収率で変換された

Ni触媒でも単純なベンゾニトリル合成に有効


3: 大規模反応結果

400gスケールで97%収率で目的物を単離

反応液からの析出結晶化が可能で、高純度品が得られた


考察  

1: 均一系の利点

不均一粒子の影響が排除され、再現性が向上  

スケールアップが容易になり、基質溶解性の影響が軽減


2: 反応機構

アセトンシアノヒドリンを触媒回転率よりも遅い速度で反応混合物にゆっくりと加えることが重要

pHモニタリングから反応初期の添加速度制御が鍵


3: 既存研究との比較  

Beller法に比べ、より汎用的で高収率

溶媒選択で単離工程が簡便化された 

還元剤を使用した Ni(0) の事前生成の必要がない

配位子のスクリーニングが簡単に実行可能

低コスト


4: 適用範囲

広範なアリール基質に有効


5: 限界点と将来の展望

一部の塩化アリールや電子豊富なアリール化合物では低収率

配位子および反応条件のさらなる最適化が望まれる


結論

ハロゲン化アリールのベンゾニトリルへの変換に対して、広範囲に適用可能な均一系パラジウムおよびニッケル触媒系を開発

均一系反応では再現性が向上し、スケールアップが容易になった

アルコール溶媒の使用により単離工程が簡略化された


今後の展望

さらなる条件検討による適用範囲の拡大

医薬品や材料製造分野などのベンゾニトリルの需要が高い産業におけるプロセス設計

2024年5月8日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0021~

論文のタイトル: Stereoinversion of tertiary alcohols to tertiary-alkyl isonitriles and amines (第三級アルコールのイソニトリルおよびアミンへの立体反転)

著者: Sergey V. Pronin, Christopher A. Reiher, Ryan A. Shenvi

雑誌: Nature

巻: 501, 195–199

出版年: 2013年


背景

1: 研究の背景

天然に存在する窒素含有マリンテルペノイドは、不安定なカルボカチオンを経由し、無機シアン化物から生合成される

これらの化合物の合成は困難で、立体化学の制御が課題だった


2: 従来法の課題

第三級アルコールは従来のSN2反応が進行しにくく、立体反転を伴う変換が限られていた

新しい立体選択的な第三級アルコールの活性化法が必要とされていた  


3: 研究の目的

ルイス酸を用いた第三級アルコールの立体反転的イソニトリル化反応を開発

マリンテルペノイドなどの複雑な窒素含有天然物の効率的合成


方法

1: 研究デザイン

第三級アルコールをトリフルオロ酢酸エステルに変換 

スカンジウム(III)トリフラートとTMSCNの存在下で反応


2: 評価手法

生成物の構造と立体化学をNMR、X線結晶構造解析で決定

各種誘導体への変換を検討


結果

1: 反応結果

第三級トリフルオロ酢酸エステルが高い立体選択性でイソニトリルに変換された

第一級および第二級アルコールは反応しない高い化学選択性を示した  


2: 基質による差 

直鎖アルコールでは脱離基に長鎖ペルフルオロカルボン酸を用いた際に高い立体反転選択性が得られた

環状アルコールの場合は立体構造的に柔軟性に依存した選択性の違いがあった


3: 反応の応用性

得られたイソニトリルはアミン、アミド、イソチオシアナートなどに誘導化可能

マリンテルペノイドの合成に有用であることが示された


考察  

1: 主要な知見

本反応は第三級アルコールの新規な立体反転変換法である

これまで困難だったマリンテルペノイドなどの合成が可能になった


2: 反応機構

カチオン中間体とTMSCNの攻撃過程が提唱されているが詳細は不明

基質の構造と反応条件が立体選択性に影響を与えていると考えられる


3: 発見の意義

第三級アルコールの新たな活性化法を提供した点にある

カルボカチオン化学の進展と新たな合成変換の開拓


4: 限界点

適用範囲が制限されていることが課題

条件の一般性が高くない  


結論

第三級アルコールのイソニトリル化による立体反転的変換法を開発した

マリンテルペノイド合成などの複雑な分子構築に有用である

カルボカチオン化学の新たな可能性を拓いた発見である


今後の展望

より一般性の高い反応条件の検討などが今後の課題となる

2024年5月6日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0020~

論文のタイトル: One-Step Continuous Flow Synthesis of Antifungal WHO Essential Medicine Flucytosine Using Fluorine

著者: Antal Harsanyi, Annelyse Conte, Laurent Pichon, Alain Rabion, Sandrine Grenier, and Graham Sandford

雑誌: Organic Process Research & Development

出版年: 2017, 21, 273-276


背景 

1: 研究背景

クリプトコッカス髄膜炎は、HIV/エイズ患者に多く見られる真菌感染症

年間62万5000人が死亡しており、サハラ以南のアフリカで髄膜炎の主要原因

世界保健機関(WHO)は、この感染症の第一選択治療薬としてアムホテリシンBとフルシトシンの併用を推奨


2: 従来の問題点

フルシトシンはアフリカのどの国でも使用登録されていない

製造コストが高く、ジェネリック医薬品メーカーが少ない  

低所得国での入手が困難な状況


3: 研究の目的   

フルシトシンの低コスト・簡便な製造方法を開発

安価な原料とフッ素ガスを用いた1ステップ連続フロー合成法の確立

WHOのフルシトシン供給要求に応える低コスト製造プロセス


方法  

1: 研究デザイン

化学反応の最適化と製造プロセスの確立


2: 原料と試薬

原料: シトシン

試薬: フッ素ガス、ギ酸  


3: 連続フロー反応装置

ステンレス鋼製チューブ反応器 (1.4 mm ID x 1 m)

ケイ素炭化物製パイロットスケールフロー反応器 (16 m 長、61 mL 容量)


4: 分析

生成物の同定: NMR、MS など

純度分析: HPLC


結果

1: バッチ法との比較

バッチ法では不純物が多く生じ、収率が38%  

連続フロー法で選択性が向上し、収率が63%に改善


2: ラボスケール連続フロー合成

ステンレスチューブ反応器で100%転化率

フルシトシン収率63%  


3: パイロットスケール連続フロー合成  

ケイ素炭化物製フロー反応器を用いた製造プロセス

1時間で純度99.8%のフルシトシン58 gを合成(収率83%)


考察

1: フッ素化反応の改善  

連続フロー法で反応時間とフッ素量の最適化が可能に

望ましい生成物への選択性が大幅に向上  


2: 従来法との比較

従来の4ステップ合成に比べてプロセスが大幅に簡略化

初期設備投資が低コストで済む


3: WHO必須医薬品リストへの対応

WHOがフルシトシンをHIV/エイズ治療の必須医薬品に指定  

本製造法で低所得国への供給が可能に


結論

フッ素ガスとシトシンから、1ステップの連続フロー合成でフルシトシンを製造

従来法に比べて大幅に簡便なプロセス

WHOの要求に応えられる低コスト製造が可能に  

HIV/エイズ治療薬アクセス向上に貢献する重要な製造技術


将来の展望

製造コストの詳細な分析が必要  

ジェネリック製薬会社との連携による実用化

他の医薬品合成への応用可能性の検討

Catch Key Points of a Paper ~0019~

 論文のタイトル: Interpreting Oxidative Addition of Ph−X (X = CH3, F, Cl, and Br) to Monoligated Pd(0) Catalysts Using Molecular Electrostatic Potential

著者: Bai Amutha Anjali, Cherumuttathu H. Suresh

雑誌: ACS Omega 

巻: 2, 4196-4206

出版年: 2017年


背景

1: 研究の背景

パラジウム触媒は有機合成において非常に重要

酸化的付加反応が触媒サイクルの開始段階で決定的

配位子選択が酸化的付加の活性化エネルギーに影響


2: 未解決の問題点

酸化的付加における配位子効果の定量的評価が困難

効率的な触媒設計のための電子的指標がない  


3: 研究の目的

分子静電ポテンシャル(MESP)を用いて金属中心の電子密度を評価

MESPと配位子効果・酸化的付加の活性化エネルギーの相関を確立

MESPに基づく合理的な触媒設計手法を提案


方法

1: 計算手法

B3LYP/BS1レベルの密度汎関数理論

50種の配位子(リン、NHC、アルキン、アルケン)

Ph-X (X = Br, Cl, F, Me)の酸化的付加反応の計算


2: 解析手法 

配位子単独の分子静電ポテンシャル(MESP)最小値(Vmin)を計算  

金属中心のMESP値(VPd)を算出

VPdと配位子効果、活性化エネルギーの相関解析


3: 計算システム

Pd(L)2および単核Pd(L)種

配位子置換基効果の検討

酸化的付加の経路と活性化エネルギーの算出


結果

1: 配位子のMESP(Vmin)解析結果

リン置換基: Cy3 > tBu3 >  alkyl > (SiMe3)3 > aryl > 電子求引性置換基

NHC: NMe2H2 > NH2H2 > NMe2(COOMe)2 > NMe2X2 (X = 電子求引性置換基)

アルキン・アルケン: アミノ > アルキル > フェニル > 水素 > ハロゲン


2: 金属中心のMESP(VPd)解析結果

電子供与性配位子でVPdが負に大きい

VPdと配位子解離エネルギーの相関性は低い


3: 酸化的付加の活性化エネルギー比較結果

Ph-F, Ph-Meが最も高いEact 

Ph-Brが最も低いEact

電子供与性配位子でEactが小さい


考察  

1: 配位子効果の分子静電ポテンシャル(MESP)解釈

Vminが負に大きいほど配位子は電子供与性

VPdが負に大きいほど金属は電子過剰

電子過剰金属種は酸化的付加を受けやすい


2: VPdとEactの相関

VPdとEactに強い直線相関

配位子の電子供与能がEactを決定  

VPdからEactの定量的予測が可能


3: 指標の有用性

VPdは酸化的付加の反応性指標として有用

配位子設計によりVPdを制御可能

効率的な酸化的付加触媒の分子設計に応用できる


4: 限界点

アニオン性Pdや3配位Pd種など他の系への適用


結論

分子静電ポテンシャル(MESP)で金属中心の電子状態を定量評価できる

VPdと活性化エネルギーに強い相関

配位子設計によるVPd制御が望ましい触媒を提供

効率的な酸化的付加触媒の合理設計法を確立


今後の展望

実験的検証

他の反応や物性予測への拡張が期待される

2024年5月5日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0018~

論文のタイトル: Mild and catalytic electrocyclizations of heptatrienyl anions (触媒的なヘプタトリエニルアニオンの温和な電子環状反応)

著者: Faizan Rasheed, Andrei Nikolaev, Anmol Dhesi, Tao Zeng, You Xuan Guo, Yarkali Krishna, Samira Komijani, Arturo Orellana  

雑誌: Chemical Science

出版年: 2024


背景

1:  研究の背景

複雑な生理活性天然物に見られる中程度の環状構造体の構築が困難

環状の有機化合物の合成は医薬品開発において重要な課題


2: 既存のシクロヘプタン合成法の限界  

高エネルギー前駆体や強塩基条件を必要とする

官能基許容性が低い


3: 研究の目的

ヘプタトリエニルアニオンの温和な電子環状反応条件の確立

触媒的変換のための新規設計指針の提案


方法

1: 反応設計

置換基の導入による環状/非環状アニオンの安定化

同程度の塩基性により温和な条件での反応を可能に  


2: 基質合成

ビルスマイヤー・ハック反応 鈴木・宮浦カップリングホーナー・ワズワース・エモンズ反応


3: 反応条件の最適化  

各種塩基、溶媒、温度の検討

計算化学による機構解析


結果

1: 脂肪族基質の電子環状反応

当量のDBUで良好な収率 

触媒量では進行しない


2: 芳香族基質の電子環状反応 

当量のDBUで良好な収率

触媒量のDBUでも良好な収率


3: 基質適用範囲

様々な置換基を有する芳香族基質で適用可能

脂肪族基質は不安定


考察  

1: 計算化学的考察

環状/非環状アニオンのエネルギー差が小さい

芳香族基質では連鎖反応機構が示唆される  


2: 連鎖反応機構の実験的証拠

強塩基存在下での反応進行

脂肪族基質では進行しない


3: 本手法の利点  

温和な条件で官能基許容性が高い

触媒的変換が達成できる


4: 限界点

一部の基質が不安定

より多様な基質クラスへの適用が必要


結論

ヘプタトリエニルアニオンの電子環状反応に対する新たな設計指針を提案した

本指針に基づき、従来より温和な条件での反応開発に成功した

さらに、芳香族基質に対しては触媒的な変換が達成できることを実証した

本手法は、シクロヘプタン合成の有用な選択肢となり得る


今後の展望

より幅広い基質適用範囲の検討と、実用的な合成への応用が期待される

Catch Key Points of a Paper ~0017~

論文のタイトル: E-Olefins through intramolecular radical relocation

著者: Ajoy Kapat, Theresa Sperger, Sinem Guven, Franziska Schoenebeck

雑誌: Science

巻: Vol. 363, Issue 6425

出版年: 2019年


背景

1: 研究の背景

炭素-炭素二重結合の幾何構造の制御は医薬品、食品、香料産業で中心的な役割を担う

従来のWittig反応やBirch還元では立体選択性が不十分


2: 未解決の問題点

貴金属水素化物を用いた二重結合異性化が一般的だが可逆的で水素交換が起こる

非貴金属触媒を用いた二重結合異性化では立体選択性が低い


3: 研究の目的

ラジカル機構による1,3-水素原子移動で高いE選択性を実現  

安価な非貴金属であるニッケル触媒を利用


方法

1: 研究デザイン

ニッケル(I)二量体触媒の合成と反応検討

基質スコープと反応条件の最適化


2: 反応機構解析手法

同位体標識実験、ラジカルプローブ実験

計算化学的手法による解析


結果

1: 反応結果

室温・短時間でE選択的二重結合異性化が進行

幅広い官能基に対する高い基質一般性 


2: 反応機構解析結果

シクロプロペニルオレフィンを用いたラジカル性の実証


考察  

1: 主要な知見

新規ラジカル的1,3-水素原子移動機構の発見

金属ラジカル種を経由する分子内ラジカル的水素移動


2: 先行研究との比較

可逆的水素交換が無く、高E選択性発現

共酸化剤や水素源を必要としない


3: 反応の一般性と官能基許容性    

ハロゲン、ニトリル、ボロン酸エステルなどの官能基が許容される


4: 反応の工業的有用性

簡便な条件、スケールアップ可能、溶媒不要による持続可能性 


5: 限界点

長鎖状基質の場合、副生成物が増加する


結論

安価な非貴金属ニッケル触媒を用いたE選択的ラジカル的二重結合異性化反応の開発に成功

従来法の問題を克服し、多様な基質に適用可能

官能基許容性が高く、工業的にも有望な手法


今後の展望

長鎖基質への適用

更なる反応加速・高選択化が期待される

2024年5月4日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0016~

論文のタイトル: Inorganic Triphenylphosphine

著者: Adam D. Gorman, Jonathan A. Bailey, Natalie Fey, Tom A. Young, Hazel A. Sparkes, Paul G. Pringle

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

巻: 57 巻

出版年: 2018


背景

1:  研究の背景

炭素-炭素 (CC) 結合と窒素-ホウ素 (BN) 結合は等電子的

BN化合物はCC化合物と類似した構造を持つが、一般的に反応性が高い

ボラジン (B3N3H6) は「無機ベンゼン」と呼ばれる代表的なBN化合物


2: 未解決の問題 

ボラジン誘導体の化学は未だ十分に解明されていない

リン原子を含むボラジン化合物は合成例がない  


3: 研究の目的

リン原子を含む最初の高分子量ボラジン化合物 tris(2-borazinyl)phosphine (PBaz3) の合成

PBaz3の構造と性質をトリフェニルホスフィン(PPh3) と比較


方法

1: 研究デザイン 

合成実験と物性解析


2: 合成方法

クロロボラジンと P(SiMe3)3 からPBaz3 を合成 

単離収率最大 97%


3: 分析手法  

NMR分光法 (31P, 11B, 1H)

X線結晶構造解析

理論計算 (DFT, DLPNO-CCSD(T))  


4: 物性評価

ルイス塩基性 (BH3との反応)  

酸化反応性 (H2O, ONMe3との反応)


結果

1: PBaz3とPPh3の構造比較

分子構造は類似しているが、P-B結合距離がP-C結合より長い

立体配座が大きく異なる


2: ルイス塩基性 

PBaz3とPPh3のルイス塩基性はほぼ同等

BH3との平衡定数から判断


3: 反応性の違い

PBaz3は水と定量的に反応してPH3を生成するが、PPh3は不活性

PBaz3はONMe3と反応してP(OBaz)3を与えるが、PPh3はそうならない


考察  

1: PBaz3とPPh3の構造の違い 

P-B結合はP-C結合よりも極性が高く、P周りの立体配座が変化する

計算化学的にP原子のlone pairの性質が異なることが示唆される


2: ルイス塩基性について

PBaz3とPPh3のlone pairのエネルギー準位は類似しているため、ルイス塩基性も同等  


3: 反応性の違いの起源

P-B結合は比較的強いが、生成物中のB-O結合がさらに強力であるため、反応が進行する


4: 先行研究との関係  

ボラジン誘導体の置換反応は付加-脱離機構で進行することが知られている

本研究結果はBN/CC化合物の反応性の違いを裏付ける


5: 限界点

PBaz3は極めて不安定で実用化は困難

より安定な単一ボラジニル置換体の開発が必要


結論

トリフェニルホスフィンの「無機版」PBaz3を初めて合成し、その構造と性質を解明した

PBaz3はPPh3とルイス塩基性は類似するが、酸化的付加反応性が顕著に異なる 

その差異は、強力なB-O結合の生成によるものと示唆された

本研究はBN/CC化合物の特性と反応性の違いを例証している


今後の展望

PBaz3よりも安定な類縁体の開発が望まれる

Catch Key Points of a Paper ~0015~

論文のタイトル: CO2 Methanation via Amino Alcohol Relay Molecules Employing a Ruthenium Nanoparticle/Metal Organic Framework Catalyst(CO2のメタン化のための触媒 - ルテニウムナノ粒子/金属有機構造体を用いる) 

著者: Xinjiang Cui, Serhii Shyshkanov, Tu N. Nguyen, Arunraj Chidambaram, Zhaofu Fei, Kyriakos C. Stylianou, Paul J. Dyson

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

巻: 59巻

出版年: 2020年


背景

1: 研究の背景

CO2活用は地球温暖化対策として重要な課題

CO2のメタン化は有用な水素キャリアとして注目


2: 従来法の課題

直接メタン化は8電子過程で反応が困難

高温条件が必要で副生成物が生じる


3: 研究の目的

アミノアルコールを介した間接メタン化法の開発

高活性・選択的な固体触媒の探索


方法

1: 触媒の調製 

Ru前駆体をMOFに含浸し、Ru ナノ粒子を形成

TEM、EDXによりキャラクタリゼーション


2: 反応評価

オキサゾリジノンをモデル基質に用いた

ガス生成物はGC-TCDで定量


3: 反応条件の最適化

温度、水素圧力、溶媒の影響を評価

再現性と触媒活性の評価


結果

1: Ru ナノ粒子の特性

MOF上に1.5-3 nmの狭い粒径分布

XPSで金属Ruの存在を確認  


2: 触媒活性

99%のメタン選択率で基質が変換 

最適条件下で71%のアミノアルコール収率


3: 反応機構

オキサゾリジノンがCO2と水素で還元

アミノアルコールが再生された


考察

1: MOF支持体の役割

ナノ粒子の高分散と小さなサイズ制御

反応場の化学的安定性が向上


2: Ruナノ粒子の役割

メタン生成の活性点として作用

金属性Ruが主要な活性種


3: Eu3+イオンの役割

ルイス酸性により基質活性化

発光クエンチ実験で相互作用を確認  


4: 他の触媒系との比較

Ru/C、Ru/Al2O3より高活性

貴金属触媒では低活性


5: 触媒の制約

263℃以上で分解が進行

長時間運転で活性が低下


結論

アミノアルコールを介体とする間接的CO2メタン化法を開発

MOF担持Ruナノ粒子触媒が高活性・選択性を示した

MOFの構造的特性が反応に有利に働いた  


将来の展望

再生可能な触媒システムとして実用的

2024年5月3日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0014~

論文のタイトル: Na2C3O2: The First Crystalline Compound with the Elusive −C≡C−COO− Anion (Na2C3O2: 初の結晶性化合物における希有な C≡C-COO陰イオン)

著者: Markus Krüger, Alexandra Lamann-Glees, Sean S. Sebastian, Renée Siegel, Jürgen Senker, Jan Hempelmann, Richard Dronskowski, and Uwe Ruschewit

雑誌: Angewandte Chemie International Edition

出版年: 2024年


背景

1:  研究の背景

金属カルボン酸塩や金属アセチリドの配位化学は良く確立されている

しかし、1つの配位子で両方の配位モードを実現したものは極めてまれ


2: 未解決の問題

C3O22-アニオンは有機反応の中間体として知られているが、単離・詳細な特性評価はされていない

結晶性化合物中で二次元C≡C-COOアニオンを実現することが未解決の課題


3: 研究の目的

プロパルギル酸ナトリウム塩から C≡C-COO アニオンを持つ結晶性化合物を合成

結晶構造解析と分光学的手法によりアニオンの存在を実証する


方法

1: 実験デザイン

プロパルギル酸ナトリウム塩を出発原料とする

液体アンモニア中でナトリウムエレクトライドあるいはNaC2Hと反応させる 

生成物の結晶構造をリートベルト解析により決定


2: 構造解析

粉末単結晶構造解析にシンクロトロン放射光を使用 

13C固体NMR、IR/ラマン分光の実測値とDFT計算値を比較


3: 分光学的手法

13C固体NMR、IR/ラマンスペクトルによりアニオン存在の証拠を得る

23NaNMRによりNa+の配位環境を評価


結果

1: 結晶構造

Na2C3O2は単斜晶系I2/aに属する  

6員環状に連なったNa+とC≡C-COOアニオンからなる3次元構造


2: 13C MAS NMR

Na2C3O2では3つの13C 共鳴が観測された(δ 163.3, 132.3, 114.7 ppm)

プロパルギル酸塩と比べ大きく低磁場シフト


3: IR/ラマン

ν(C≡C) = 2012 cm-1と大きく低波数シフト

実測値とDFT計算値が良く一致


考察  

1: C≡C-COOアニオンの存在証明

回折データ、固体NMR、分光データすべてが一致

希有なC≡C-COOアニオンの結晶学的実証に成功  


2: 構造の特徴

C≡C-COOアニオンがカルボキシレートとアセチリドの両方で配位

ナトリウムエレクトライド使用時に副生成物が観測された


3: 反応条件の影響

NaC2Hを用いると副生成物は観測されなかった

結晶性は低下するがNaエレクトライドよりも穏和な条件


4: 限界点

Na2C3O2は空気や水分に敏感で取り扱いが困難

熱分析などの追加データが得られていない  


結論

希有なC≡C-COOアニオンを有するNa2C3O2の合成と構造決定に成功

配位多様性の高い新規配位子として興味深い


今後の展望

他の金属との類似体の合成や物性評価が今後の課題

Catch Key Points of a Paper ~0013~

論文のタイトル: Fully Conjugated [4]Chrysaorene. Redox-Coupled Anion Binding in a Tetraradicaloid Macrocycle(テトララジカロイド環状化合物における酸化還元連動型アニオン結合)

著者: Hanna Gregolińska, Marcin Majewski, Piotr J. Chmielewski, Janusz Gregoliński, Alan Chien, Jiawang Zhou, Yi-Lin Wu, Youn Jue Bae, Michael R. Wasielewski, Paul M. Zimmerman, Marcin Stępień

雑誌: Journal of the American Chemical Society

巻: 140, 14474-14480

出版年: 2018年


背景

1: 研究の背景

環状芳香族化合物(シクロアレーン)は高い共役性と特異な構造を持つ

これまで主に理論研究の対象であったが、合成と性質評価が進展

アニオン受容能力やラジカル性など、新奇な機能が期待される


2: 未解決の問題点

従来のシクロアレーンは電子供与基や極性基を持たないため、アニオン認識能が低い

高いラジカル性とアニオン認識能を両立する分子系が未開拓


3: 研究の目的

ラジカル性の高い新規[4]クリサオレン3aの合成と性質評価

酸化還元反応におけるアニオン結合能の変化を解明


方法

1: 研究デザイン

理論計算と実験的手法を組み合わせた研究


2: 合成と分子構造決定

環状前駆体であるフェナントレン5から[4]クリサオレン3aを合成

単結晶X線構造解析、各種分光分析により構造決定


3: アニオン結合実験

1H NMRによるアニオン結合定数の測定(Cl-, Br-, I-)

溶媒、温度、酸化剤の影響を検討


4: 理論計算

DFT、RAS-SFなどの量子化学計算で分子構造と電子状態を解析

開殻性、芳香族性、アニオン結合モード


結果

1: [4]クリサオレン3aの構造と性質

剛直な非ベンゼノイド環状構造を有する

NIR吸収、ラジカル指数から高い開殻性

中空のπ空間がアニオンホスト部位


2: アニオン結合能

ヨウ化物イオンに高い選択性(Ka=207 M-1)  

アニオン結合に伴う大きな1H NMRシフト変化


3: 酸化状態とアニオン結合

一電子酸化体[3a]ラジカルカチオンでヨウ素イオン内包

電荷移動に伴いヨウ化物結合が強化される


考察

1: [4]クリサオレン3aのラジカル性

環状π共役が主因、ポリラジカロイド的性質

開殻性はアニオン結合能の起源


2: アニオン選択性の起源 

空洞のサイズと形状が適合

非極性C-H供与体によるアニオン認識


3: 酸化還元とアニオン結合の相関

一電子酸化で[3a]ラジカルカチオン内包ヨウ化物が生成

静電相互作用の増大が内包状態を安定化


4: 先行研究との比較

通常のアニオン受容体に優る結合力

ラジカル種とアニオン間の組み合わせは新規


5: 限界点

単一のヨウ化物イオンのみの検討

固体状態での構造と機能評価が不足


結論

剛直なπ共役環[4]クリサオレンがヨウ化物イオンを強く認識

酸化還元に伴うアニオン結合能の劇的な変化を実証

開殻分子とアニオンの協同効果が新機能の発現に寄与

ラジカル分子の新たな設計指針を与える成果


将来の展望

複核イオンや球状イオンとの包接化合物の探索

伝導性材料などへの応用展開

2024年5月2日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0012~

論文のタイトル: Nitrogen Lewis Acids

著者: Alla Pogoreltsev, Yuri Tulchinsky, Natalia Fridman, Mark Gandelman

雑誌: Journal of the American Chemical Society

巻: 139巻, 4062-4067ページ

出版年: 2017


背景

1: 研究の背景

ルイス酸は化学の基本概念で、様々な化学分野で不可欠な役割を果たしている

従来は主にホウ素、アルミニウム、リン、スズ、アンチモンなどの元素を中心としたルイス酸が知られている


2: 未解決の問題点

窒素原子を中心としたルイス酸はこれまでほとんど知られていなかった

既存の電子不足窒素化合物はルイス塩基との安定な付加体を形成しない


3: 本研究の目的

安定で立体化学的に修飾可能な窒素ルイス酸の開発

窒素ルイス酸とルイス塩基との安定な付加体の形成と構造決定


方法

1: 研究デザイン

トリアゾリウム塩およびトリアジニウム塩の合成

これらの窒素ルイス酸とリン系および炭素系ルイス塩基との反応


2: 構造解析 

NMR分光分析による生成物の同定

単結晶X線構造解析による分子構造決定


3: 理論計算

DFT計算による反応性と構造の解析

ルイス酸性発現の理論的根拠の検討


結果

1: 窒素ルイス酸の発見

トリアゾリウム塩およびトリアジニウム塩がルイス塩基と安定な付加体を形成

付加体の構造がNMRおよびX線で決定された


2: 新規環状化合物の合成

付加体の一部が分子内環化して新規の三級飽和窒素化合物(トリアザン)を与えた


3: 理論計算による反応性解析  

DFT計算により、π共役系の増大とともにルイス酸性が増大することが示された

中心窒素の空のπ軌道がルイス酸性発現の起源であることが支持された


考察

1: 窒素ルイス酸の特徴

従来の典型元素ルイス酸に並ぶ新規なルイス酸の発見

幅広い修飾が可能で、ルイス酸性が電子的に調節可能


2: 環状トリアザンの特性

新規な三級飽和窒素化合物で、特異な構造と反応性が期待される


3: 計算化学的考察

中心窒素のπ軌道のエネルギー準位がルイス酸性を決定する重要な因子

六員環化合物の方が五員環より大きな歪みを受けやすく、より安定な付加体形成に寄与


4: 限界点

トリアゾリウム環開環の機構など、一部の反応経路が未解明

より幅広いルイス塩基との反応性評価が必要


結論

窒素を中心とする新規なルイス酸系が開発された

新奇の三級飽和窒素化合物(トリアザン)の合成に成功した


将来の展望

新規化合物群として、さらなる探索が必要

本研究は、ルイス酸化学の新たな方向性を拓く可能性がある

窒素ルイス酸の触媒反応や超分子化学への応用が期待される

2024年5月1日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0011~

論文のタイトル: Bottom-up precise synthesis of stable platinum dimers on graphene

著者: Huan Yan, Yue Lin, Hong Wu, et al.

雑誌: Nature Communications

巻: 8, 1070

出版年: 2017


背景

1: 研究の背景

従来の支持体上の金属触媒では、金属ナノ粒子が広い粒径分布を持つ

単一原子触媒の合成例が報告されているが、正確な原子価状態の超微小金属クラスターを高比表面積の支持体に合成することは大きな課題


2: 未解決の問題点

金属原子の凝集を正確に制御できない

広い粒径分布の金属ナノ粒子が生成してしまう


3: 研究の目的

原子層堆積(ALD)を利用し、グラフェン支持体上に原子レベルで精密に合成された白金二量体(Pt2)を創製する


4: 期待される成果

触媒特性が格段に向上した原子レベルで制御された超微小金属クラスター触媒

 高比表面積支持体上の正確な原子価状態制御による新しい触媒設計指針


方法

1: 研究デザイン

理論計算とX線分光を組み合わせた実験的アプローチ

グラフェン酸化物からの熱処理によるグラフェン支持体調製


2: Pt ALDサイクル

条件1

  - MeCpPtMe3 前駆体と酸素ガス

  - 250℃で単一白金原子(Pt1)を分散


条件2

  - 150℃、オゾンガスを用いて

  - Pt1 上に選択的に第2白金原子を堆積 

  - Pt2二量体を生成


3: 評価手法

収束イオンビーム補正走査透過電子顕微鏡(AC-STEM)

X線吸収微細構造分光法(XAFS)

密度汎関数理論(DFT)計算


結果

1: AC-STEM観察結果

サイクル1後: 単離したPt1原子のみ

サイクル2後: Pt2二量体が優勢に形成

平均Pt-Pt距離 0.30±0.02 nm (酸化状態)


2: XAFS/DFT解析結果

Pt2二量体はPt2O6鎖状構造

Pt-O結合長 ~1.93-2.03 Å

計算とXAFSスペクトルが良く一致


3: アンモニアボラン(AB)の加水分解反応結果

Pt2/グラフェン: 室温で2800 mol H2/mol Pt・min

Pt1/グラフェン、Pt NPsに比べ~17倍、45倍高活性


考察

1: Pt2二量体の高活性発現

ABおよびH2の吸着エネルギーが小さい

    → 活性種の脱離が容易に

Pt 5d軌道の不占有準位がPt1より高エネルギー

    → 電子受容性が低下


2: 先行研究との比較

単一原子触媒に比べ高活性

ナノ粒子触媒に比べAB/H2の過剰吸着がない

    → 被毒を避けられる


3: Pt2/グラフェンの高い安定性

AB加水分解反応中、構造を維持

300℃以下で二量体構造が保持される


4: 限界点

400℃以上で部分的にナノ粒子化


結論

ボトムアップALDにより、グラフェン上にPt2二量体を精密合成

単一原子触媒やナノ粒子に比べ、AB加水分解で驚異的な高活性  

超微小金属クラスター触媒の新しい調製手法と設計指針


将来の展望

他の金属種や反応への展開が期待される