2024年8月31日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0113~

論文のタイトル: Thiocarbonyl Pseudohalides – The Curious Case of Thiocarbonyl Dithiocyanate(チオカルボニル擬ハロゲン化物 - チオカルボニルジチオシアネートの興味深い事例)

著者: Jonathan Pfeiffer, Hennes Günther, Patrick Fuzon, Florian Weigend, Frank Tambornino

出版: Chemistry - A European Journal

巻: Volume30, Issue44, e202401508

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

カルボニル擬ハロゲン化物は広く研究されている

チオカルボニル擬ハロゲン化物の研究は限定的

チオカルボニルジチオシアネートの合成報告はあるが、詳細な分析データは不足


2: 未解決の課題

チオカルボニル擬ハロゲン化物の構造や性質は不明確

異性体や配座異性体の存在可能性

反応性や錯体形成能力の解明が必要


3: 研究目的

チオカルボニルジチオシアネートの合成と特性解明

構造、スペクトル特性、反応性の包括的研究

量子化学計算による安定性と反応経路の解析


方法

1: 合成方法

チオホスゲンとチオシアン酸アンモニウムの反応

銀チオシアン酸塩を用いたクロロチオカルボニルチオシアネートの合成

エタノールとの反応によるチオイミドジカルボン酸-O,O-ジエチルエステルの合成


2: 構造解析

X線単結晶構造解析

粉末X線回折

振動分光法(ラマン、IR)


3: 計算化学

DFT計算による構造最適化

エネルギープロファイル計算

反応経路解析


4: 錯体合成

ニッケル錯体の合成

単結晶X線構造解析による錯体構造の決定


結果

1: 構造特性

チオカルボニルジチオシアネート(1)はsyn-anti配座で結晶化

クロロチオカルボニルチオシアネート(2)はsyn配座で結晶化

両化合物とも-SCN基が中心炭素に結合


2: スペクトル特性

ラマンスペクトルで1のsyn-anti配座を確認

NMRスペクトルで特徴的な低磁場シフトを観測

IRスペクトルで分解生成物の存在を示唆


3: 反応性と錯体形成

化合物1とエタノールの反応でチオイミドジカルボン酸-O,O-ジエチルエステル(3)を生成

化合物3はニッケルと反応し、平面四配位錯体(4)を形成


考察

1: 構造的特徴の意義

化合物1のsyn-anti配座は類似化合物と異なる珍しい特徴

-SCN基の結合様式が反応性に影響


2: 熱力学的安定性

DFT計算により1は速度論的生成物であることが判明

熱力学的生成物との約100 kJ/mol のエネルギー差


3: 反応経路

-SCN置換の遷移状態が-NCS置換より低い

速度論的制御により12の選択的生成を説明


4: 錯体形成能

化合物3から得られる錯体4は新規な配位様式を示す

S,S-二座配位子としての可能性を示唆


5: 研究の限界

高温での不安定性により詳細な熱分析が困難

熱力学的生成物の単離には至らず


結論

チオカルボニルジチオシアネートの構造と性質を解明

速度論的生成物の選択的生成メカニズムを提案

新規錯体形成能を持つ配位子前駆体の開発


将来の展望

チオカルボニル化学の新たな可能性を示唆

他の金属との錯体形成や触媒応用

2024年8月30日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0112~

論文のタイトル: Formal High-Order Cycloadditions of Donor-Acceptor Cyclopropanes with Cycloheptatrienes(ドナー-アクセプター型シクロプロパンとシクロヘプタトリエンの高次形式的環化付加反応)

著者: Denis D. Borisov, Dmitry N. Platonov, Nikita A. Sokolov, Roman A. Novikov, Yury V. Tomilov

出版: Angewandte Chemie International Edition

巻: e202410081

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

ドナー-アクセプター(D-A)シクロプロパンは有機合成化学で重要な役割

2-アリールシクロプロパン-1,1-ジカルボキシレート(ACDC)は代表的なD-Aシクロプロパン

ACDCは天然物全合成や生理活性化合物の合成に利用される


2: 未解決の課題

D-Aシクロプロパンの高次形式的環化付加反応の開発が課題

[3+2]や[3+3]環化付加は知られているが、より高次の反応例は少ない

特に[6+3]環化付加反応は全く知られていない


3: 研究の目的

D-Aシクロプロパンとシクロヘプタトリエン系との新しい高次[6+n]環化付加反応の開発

様々なメチル化シクロヘプタトリエンの反応性を調査

GaCl3活性化条件下での1,2-双性イオン中間体や1,3-双性イオン中間体の生成と反応性の解明


方法

1: 反応条件の最適化

様々なルイス酸触媒のスクリーニング

GaCl3が最も効果的な触媒であることを発見

反応温度、時間、試薬量などの最適化


2: 基質の合成と調製

各種D-Aシクロプロパン(ACDC)の合成

メチル化シクロヘプタトリエンの合成(ジアゾメタンとメチル化ベンゼンの反応)

生成物の単離と精製


3: 分析手法

NMR分光法による構造解析

X線結晶構造解析による立体構造の決定

質量分析による分子量の確認


結果

1: [6+2]環化付加反応

ACDCと1,3,5-トリメチルシクロヘプタトリエンの反応で[6+2]環化付加体を高収率で取得

ビシクロ[4.2.1]ノナ-2,4-ジエン誘導体が主生成物

高い立体選択性と位置選択性を実現


2: [6+4]および[6+1]環化付加反応

p-トリルACDCとの反応で[6+4]環化付加体も生成

ペンタメチルシクロヘプタトリエンとの反応で[6+1]環化付加体を確認

複雑な転位反応を経て生成物が形成


3: [6+3]環化付加反応

GaCl3触媒量の調整により[6+3]環化付加反応も実現

1,3-双性イオン中間体を経由する反応経路

芳香環上への環化付加も観察


考察

1: 反応機構の考察

GaCl3による1,2-双性イオン中間体の生成が鍵

シクロヘプタトリエンの構造が反応経路に大きく影響

複雑な転位反応や環開裂を経る場合も


2: 反応の位置選択性

シクロヘプタトリエン上のメチル基の位置が重要

立体障害の少ない位置で優先的に反応が進行

芳香環上への環化付加は電子供与性置換基で促進


3: 立体選択性の制御

生成物の立体化学は高度に制御可能

エステル基の嵩高さが立体選択性に影響

アダマンチル基などの導入で選択性が向上


4: 研究の限界点

一部の反応で収率が中程度

複雑な生成物混合物が得られる場合あり

反応の適用範囲のさらなる拡大が必要


結論

D-Aシクロプロパンの新しい高次環化付加反応を開発

[6+2]、[6+3]、[6+4]、[6+1]環化付加反応を実現

7員環カルボサイクル合成の新手法を確立


将来の展望

反応の一般化と天然物合成への応用

2024年8月29日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0111~

論文のタイトル: Homogeneous organic reductant based on 4,4′-tBu2-2,2′-bipyridine for cross-electrophile coupling

著者: David J. Charboneau, Haotian Huang, Emily L. Barth, Anthony P. Deziel, Cameron C. Germe, Nilay Hazari, Xiaofan Jia, Seoyeon Kim, Sheikh Nahiyan, Leonardo Birriel–Rodriguez, Mycah R. Uehling

出版: Tetrahedron Letters

巻: 145, 155159

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

Ni触媒交差求電子剤カップリング(XEC)反応は重要なC-C結合形成法

XEC反応には外部電子源が必要

一般的に不均一系還元剤(Mn0, Zn0)が使用される

不均一系還元剤には大規模反応での再現性の課題がある


2: 均一系還元剤の課題

均一系還元剤は原理的に大小規模反応に適している

しかし、合成、安定性、コストに課題がある  

最も一般的な均一系還元剤TDAEは高価で空気に敏感

新しい実用的な均一系還元剤の開発が求められている


3: 研究目的

新しい均一系還元剤tBu-OED4の開発  

tBu-OED4の合成と物性評価

Ni/Co触媒XEC反応におけるtBu-OED4の有用性実証

幅広い基質に適用可能な還元剤の開発


方法

1: tBu-OED4の合成

市販の4,4′-tBu2-2,2′-ビピリジンから2段階で合成

1段階目:1,4-ジヨードブタンによるアルキル化 

2段階目:Mg0による還元

クロマトグラフィー精製不要、7gスケールで合成可能


2: tBu-OED4の特性評価

1H NMR、13C NMR、UV-Vis分光法による構造解析

サイクリックボルタンメトリーによる還元電位測定

溶解性試験による各種有機溶媒への溶解性評価


3: XEC反応への応用

Ni/Co二元触媒系でのアリールハライドとアルキルハライドのカップリング

基質適用範囲の検討:電子供与性/求引性置換基、立体障害、官能基許容性

医薬品中間体への適用


結果

1: tBu-OED4の合成と物性

2段階合成、総収率76%  

還元電位: -1.33 V vs Fc/Fc

ペンタン、ベンゼン、THF、DMFに可溶

空気に敏感、不活性雰囲気下での取り扱いが必要


2: XEC反応への適用

2-ブロモトルエンと1-ブロモ-3-フェニルプロパンのカップリング:87%収率

電子供与性/求引性置換基を持つ芳香族基質に適用可能

立体障害の大きな2,6-置換アリールハライドにも対応


3: 官能基許容性と複雑分子への適用

ピナコールボラン、アルコール、アリールクロライド、エステルに対応

ヘテロ環化合物(ピリジン、ベンゾチオフェン)にも適用可能

医薬品開発中間体との反応:71%収率で目的物を単離


考察

1: tBu-OED4の特徴

DMAP-OED3(-1.69 V)より弱い還元力

幅広い基質に適用可能な還元電位

固体で取り扱い可能、TDAEより実用的


2: XEC反応における利点

均一系のため反応再現性が高い

非アミド系溶媒での反応が可能

立体障害の大きな基質にも対応


3: 従来の還元剤との比較

TDAEと同等以上の収率

より安価な原料から合成可能

固体のため取り扱いが容易


4: 研究の限界点

空気に敏感、不活性雰囲気下での取り扱いが必要

反応後のtBu-OED4の動向が未解明

リサイクル可能性の検討が今後の課題


結論

新規均一系還元剤tBu-OED4の開発に成功

Ni/Co触媒XEC反応への有用性を実証

幅広い基質適用範囲と高い官能基許容性を確認


将来の展望

2,2′-ビピリジン骨格の修飾による還元電位制御

均一系還元剤の実用化

2024年8月28日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0110~

論文のタイトル: Simultaneous Stereoinvertive and Stereoselective C(sp3)−C(sp3) Cross-Coupling of Boronic Esters and Allylic Carbonates(ボロン酸エステルとアリルカーボネートの同時立体反転および立体選択的C(sp3)-C(sp3)クロスカップリング)

著者: Hong-Cheng Shen, Ze-Shu Wang, Adam Noble, Varinder K. Aggarwal

出版: Journal of the American Chemical Society

巻: 146, 20, 13719–13726

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

C(sp3)-C(sp3)結合形成の重要性が増加

医薬品開発において3次元構造の重要性が認識

C(sp3)-C(sp3)結合形成は従来のC(sp2)-C(sp2)結合形成より困難

立体制御の課題が存在


2: 既存の手法と課題

立体特異的クロスカップリング

立体選択的クロスカップリング

隣接する不斉中心の構築が特に困難

二重触媒系による全ての立体異性体の合成が可能だが、制限あり


3: 本研究の目的

立体特異的反応と立体選択的反応の組み合わせ

エナンチオマ純度の高い求核剤とラセミ電解質の同時反応

すべての可能な立体異性体の合成を目指す

ボロン酸エステルとπ-アリルイリジウム錯体の利用


方法

1: 反応設計

エナンチオ濃縮ボロン酸エステルの使用

ラセミアリルカーボネートとの反応

イリジウム触媒による立体制御

同時立体反転および立体選択的(SimSS)プロセスの開発


2: 最適化条件

フェニルリチウム試薬による四配位ボロネート錯体の形成

[Ir(cod)Cl]2触媒とホスホラミダイト配位子L1の使用

溶媒としてジクロロメタンを使用

室温での反応


3: 基質適用範囲の検討

様々な置換基を持つアリルカーボネートの使用

異なる電子的性質を持つベンジルボロン酸エステルの検討

第一級および第三級ボロン酸エステルへの適用

キラルプロリン由来ボロン酸エステルの使用


結果

1: 最適化結果

ビス(トリフルオロメチル)フェニルリチウムが最も効果的

90%の単離収率、>99% ee、95:5 dr、98:2 b:lを達成

フェニルリチウムも同様の結果を示し、商業的入手可能性から選択


2: 基質適用範囲

電子豊富および電子不足アリルカーボネートで高選択性を維持

オルト置換およびメタ置換アリルカーボネートも適用可能

ヘテロ芳香族置換基(チオフェン、インドール)も許容

アルキニル置換アリルカーボネートも高選択性で反応


3: ボロン酸エステルの多様性

第一級、第二級、第三級ボロン酸エステルが適用可能

電子的性質の異なるベンジルボロン酸エステルで高選択性

キラルプロリン由来ボロン酸エステルも高選択性で反応

グラムスケールでの反応も可能


考察

1: 反応機構の考察

π-アリルイリジウム中間体の形成

四配位ボロネート錯体との外圏的反応

立体反転を伴うC-C結合形成

単電子移動(SET)過程による立体選択性の僅かな低下


2: 立体選択性の起源

イリジウム触媒による高度な立体制御

ボロン酸エステルの立体特異的反応

アリルカーボネートのキネティック分割

マッチド/ミスマッチド効果が観察されない特徴


3: 方法論の利点

すべての立体異性体の合成が可能

高度な官能基許容性

グラムスケールでの適用可能性

ワンポット合成への展開


4: 限界点と今後の課題

非ベンジル系二級ボロン酸エステルでの収率低下

一部の基質での線形異性体の生成

反応機構のさらなる解明が必要

より幅広い基質への適用拡大


結論

同時立体反転および立体選択的C(sp3)-C(sp3)クロスカップリングの開発

高度な立体制御による隣接する不斉中心の構築


将来の展望

医薬品開発や材料科学への応用

新たな不斉合成手法としての展開

さらなる反応開発と応用研究

2024年8月27日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0109~

論文のタイトル: Mechanistic Studies on Iron-Catalyzed Dehydrogenation of Amines Involving Cyclopentadienone Iron Complexes: Evidence for Stepwise Hydride and Proton Transfer

著者: Srimanta Manna, Joannes Peters, Aitor Bermejo-López, Fahmi Himo, and Jan-E. Bäckvall

出版: ACS Catalysis

巻: 13, 8477-8484

出版年: 2023


背景

1: 研究の背景

鉄触媒による脱水素化反応は環境に優しい重要な変換反応

(シクロペンタジエノン)鉄カルボニル錯体が効率的な触媒として注目

これらの錯体の触媒メカニズムの詳細は不明確

アミンの脱水素化反応のメカニズム解明が重要


2: 研究の目的

鉄触媒によるアミン脱水素化反応のメカニズム解明

速度論的同位体効果(KIE)測定による反応経路の解析

中間体の単離と構造決定

密度汎関数理論(DFT)計算によるメカニズムの裏付け


3: 研究の具体的目標

鉄-アミン錯体中間体の単離と構造解析

KIE実験による律速段階の特定

DFT計算による反応エネルギー曲面の解析

段階的または協奏的メカニズムの解明


方法

1: 研究デザイン

速度論的同位体効果(KIE)測定

中間体の単離と構造解析

DFT計算によるメカニズム解析

対象アミン: 4-メトキシ-N-(4-メチルベンジル)アニリン


2: 中間体の単離

(シクロペンタジエノン)鉄トリカルボニル錯体とアミンの反応

トリメチルアミン N-オキシド(TMANO)存在下、80°Cで反応

NMRとX線結晶構造解析による構造決定

安定な鉄-アミン錯体の単離に成功


3: 速度論的同位体効果(KIE)測定

重水素化アミンの合成

分子間競争反応によるKIE測定

分子内KIE測定

C-H結合開裂とN-H結合開裂のKIEを比較


4: DFT計算

B3LYP-D3/def2-TZVP//B3LYP-D3/def2-SVP レベルで計算

溶媒効果はSMD連続溶媒モデルで考慮

反応中間体と遷移状態の構造最適化

反応エネルギー曲面の解析


結果

1: 鉄-アミン錯体の構造

X線結晶構造解析により鉄-アミン錯体の構造を決定

NMRスペクトルによる溶液中での構造確認

鉄-アミン錯体は加熱によりイミンと鉄ヒドリド錯体に変換


2: 速度論的同位体効果(KIE)

C-H結合開裂のKIE: kCHNH/kCDNH = 3.72 ± 0.13

C-HとN-H結合開裂の総KIE: kCHNH/kCDNH = 3.77 ± 0.15

N-H結合開裂のKIE: kCHNH/kCDNH = 1.22 ± 0.14

分子内KIE: 2.44 ± 0.14


3: DFT計算結果

反応エネルギー曲面の全体像を解明

ヒドリド移動の活性化障壁: 30.0 kcal/mol

イミニウムイオン中間体の生成を確認

プロトン移動は非常に速い過程


考察

1: 段階的脱水素化メカニズム

KIE実験結果は段階的メカニズムを強く示唆

C-H結合開裂が律速段階であることを確認

N-H結合開裂は速い過程であることが判明


2: DFT計算によるメカニズムの裏付け

計算結果は段階的メカニズムと一致

ヒドリド移動が律速段階であることを確認

イミニウムイオン中間体の存在を理論的に裏付け


3: 反応中間体の役割

鉄-アミン錯体が反応の休止状態であることを確認

アミンの解離とヒドリド配位中間体の形成が重要

イミニウムイオンと金属ヒドリドのイオン対形成


4: 先行研究との比較

von der Höhらの研究(2011年)

  - イミン水素化反応のメカニズム研究

  - シクロペンタジエノン鉄錯体を使用

  - 段階的なヒドリド移動とプロトン移動を提案

  - 本研究結果と一致:C-H結合開裂が律速段階


Caseyらのルテニウム触媒系(2005年)

  - Shvo型ルテニウム触媒によるイミン水素化

  - 配位圏外でのヒドリドとプロトン移動を提案

  - 本研究との類似点:段階的メカニズム

  - 相違点:金属-基質相互作用の違い


Bäckvallらの先行研究(2006年)

  - ルテニウム触媒によるイミン水素化

  - イミンの金属への配位を含むメカニズム

  - 本研究との違い:鉄触媒ではアミンの解離が重要


Poaterらの計算化学的研究(2013年、2022年)

  - Knölker型鉄触媒の反応メカニズム計算

  - イミン還元で協奏的メカニズムを提案

  - 本研究結果との相違:基質や条件の違いが影響か


5: 研究の限界と今後の展望

基質や配位子の特性がメカニズムに影響する可能性

より広範な基質での検討が必要

理論計算の精度向上による更なる知見の獲得


結論

鉄触媒によるアミン脱水素化は段階的メカニズムで進行

ヒドリド移動が律速段階、プロトン移動は速い過程

鉄-アミン錯体の構造と反応性を解明

本研究は鉄触媒設計への重要な指針を提供


将来の展望

今後、より効率的な触媒開発への応用が期待される

2024年8月26日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0108~

論文のタイトル: Sacrificial Anode-Free Electrochemical Cross-Electrophile Coupling of 1,3-Diol Derivatives to Form Aliphatic and Aryl Cyclopropanes(犠牲アノードを用いない電気化学・交差求電子剤カップリングによる1,3-ジオール誘導体からの脂肪族および芳香族シクロプロパンの合成)

著者: Nadia Hirbawi, Ethan T. A. Raffman, James R. Pedroarena, Tristan M. McGinnis, Elizabeth R. Jarvo*

出版: Organic Letters

巻: 26, 31, 6556–6561

出版年: 2024

背景

1: 研究の背景

医薬品化学分野で「平面性」からの脱却が進んでいる

C(sp3)-C(sp3)結合形成法の開発が重要になっている

交差求電子剤カップリング(XEC)反応が注目されている

従来のXEC反応は主にC(sp3)-C(sp2)結合形成に限られていた


2: 未解決の問題点

2つの脂肪族電解質によるXEC反応は未発達

従来のXEC法は第1級または第2級臭化アルキルを使用

より入手しやすい出発物質(アルコール誘導体など)の使用が望まれる

電気化学XEC (eXEC)反応の開発が必要


3: 研究の目的

1,3-ジオール誘導体を用いたeXEC反応の開発

脂肪族および芳香族シクロプロパンの合成法確立

犠牲アノードを用いない電気化学的手法の確立

様々な置換基を持つシクロプロパン類の合成


方法

1: 反応条件の最適化

1,3-ジメシレートを出発物質として使用

グラファイト電極を用いた非分割セルでの反応

三級アミン、ヨウ化亜鉛、ヨウ化リチウムを添加剤として使用

電流値、温度、反応時間の最適化


2: 基質の合成

プロリン触媒を用いたエナンチオ選択的アルドール二量化反応

LDAを用いたアルドール反応

マロン酸エステルのアルキル化反応

1,3-ジオールからの1,3-ジメシレート合成


3: eXEC反応の実施

最適化された条件下での基質のeXEC反応

様々な置換基を持つ1,3-ジメシレート類の反応

反応のスケールアップ(0.80 mmolスケール)

反応条件の感度分析(空気、水、温度、電流値の影響)


結果

1: 反応条件の最適化結果

LiIが最適な電解質として機能

三級アミン(Et3NまたはDIPEA)の添加が重要

グラファイト電極が最適な電極材料

室温で1時間、その後60°Cで反応が最適


2: 基質適用範囲

電子求引性および電子供与性置換基を持つ芳香族基質が適用可能

脂肪族置換基を持つ基質も反応可能

四級中心を持つシクロプロパン類の合成に成功

スピロ環状および縮合二環式構造の構築が可能


3: スケールアップと感度分析

0.80 mmolスケールで54%収率を達成

空気と水に対して感受性が高い

電流値の変化には比較的鈍感

80°Cでの反応では副生成物(アルケン)の生成が増加


考察

1: 主要な発見

犠牲アノードを用いない新規eXEC反応の開発に成功

1,3-ジオール誘導体から直接シクロプロパン類を合成可能

様々な置換基を持つシクロプロパン類の合成が可能


2: 反応条件

反応条件の最適化により、高収率でのシクロプロパン合成を実現

ヨウ化物イオンが反応の進行に重要な役割を果たす

温度制御が反応の選択性に大きく影響する


3: 先行研究との比較

従来のXEC反応と比較して、より入手しやすい出発物質を使用

電気化学的手法により、金属還元剤の使用を回避

非分割セルの使用により、反応のスケールアップが容易


4: 研究の限界点

嵩高い基質での反応性が低下

高温条件下での副反応(β-水素脱離)の発生

空気と水に対する感受性が高い


結論

1,3-ジオール誘導体からのeXEC反応による新規シクロプロパン合成法を確立

様々な置換基を持つシクロプロパン類の合成が可能になった

犠牲アノードを用いない電気化学的手法の開発に成功


将来の展望

反応機構の解明と基質適用範囲の拡大が今後の課題

2024年8月25日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0107~

論文のタイトル: Synthesis of zirconium(iv) and hafnium(iv) isopropoxide, sec-butoxide and tert-butoxide(ジルコニウム(IV)およびハフニウム(IV)イソプロポキシド、sec-ブトキシドおよびtert-ブトキシドの合成)

著者: Evert Dhaene, Carlotta Seno and Jonathan De Roo*

出版: Dalton Transactions

巻: 53, 11769-11777

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

ジルコニウムとハフニウムのアルコキシドは材料生産に重要

特に(ドープされた)酸化物ナノ結晶の合成に使用される

ZrO2やHfO2ナノ結晶の合成例が報告されている


2: 問題点

市販の前駆体は供給元や製造バッチによって品質にばらつきがある

色や純度に問題があることがある(黄色〜茶色、濁りなど)

再結晶や真空蒸留による精製が推奨される

特殊化学品は入手に時間がかかることがある


3: 研究目的

高品質な前駆体を研究室で合成する方法の確立

市販されていない前駆体(ジルコニウムsec-ブトキシドなど)の合成

過去の合成方法を見直し、最適化された合成プロトコルの提供

無水条件下での合成と保存が必要


方法

1: 合成方法の概要

全ての操作は厳密な無水条件下で実施

窒素またはアルゴン雰囲気下でのシュレンク技術とグローブボックス技術を使用

高純度の出発物質と無水溶媒を使用

分子ふるいで残留水分を除去(1 ppm未満)


2: Zr(OiPr)4iPrOHの合成

ZrCl4からの合成:2つの方法を比較

 1) イソプロパノール中のアンモニア溶液を使用

 2) ガス状アンモニアを使用

塩化アンモニウムの濾過除去

トルエン/イソプロパノール混合物からの再結晶


3: その他の化合物の合成

M(NEt2)4 (M = Zr, Hf):金属塩化物とリチウムジエチルアミドから合成

M(OtBu)4 (M = Zr, Hf):M(NEt2)4とtert-ブタノールから合成

Zr(OsBu)4:Zr(NEt2)4と2-ブタノールから合成

各化合物は真空蒸留で精製


結果

1: Zr(OiPr)4iPrOHの合成結果

白色結晶性固体として得られた(収率65%)

1H NMRと13C NMRで構造を確認

単結晶X線回折で既報の構造と一致することを確認

残留塩化物は検出限界以下(<0.85%)


2: M(NEt2)4とM(OtBu)4の合成結果

M(NEt2)4:無色透明の液体として得られた(収率67-76%)

M(OtBu)4:無色透明の液体として得られた(収率46-71%)

NMRスペクトルで構造を確認

残留塩化物は検出限界以下


3: Zr(OsBu)4の合成結果

無色透明だが非常に粘性の高い液体として得られた(収率57%)

NMRスペクトルで構造を確認

TOPOとの相互作用を調べ、構造の均一性を確認


考察

1: 合成方法の比較

アンモニア溶液法とガス状アンモニア法の利点と欠点

ガス状アンモニア法:より汎用性が高く、工程が少ない

アンモニア溶液法:取り扱いが容易だが、適用可能なアルコールが限られる


2: 前駆体の品質評価

TOPOを用いたNMR分析で化学量論と純度を確認可能

31P NMRで不純物(例:ZrCl(OR)3(TOPO)2)を検出可能

市販品と比較して高純度の前駆体を得られることを確認


3: M(NEt2)4の有用性

様々なアルコキシドの合成に利用可能

加水分解の問題を回避できる

市販されていない前駆体の合成に特に有用


4: 研究の限界

一部の化合物(例:Zr(OsBu)4)は非常に粘性が高く、取り扱いが難しい

大規模合成への適用性は検討されていない

長期保存安定性に関するデータが不足


結論

ジルコニウムとハフニウムのアルコキシド合成の最適化に成功

高純度前駆体の研究室レベルでの合成方法を確立

市販されていない前駆体(Zr(OsBu)4など)の合成も可能に


将来の展望

大規模合成への適用、長期安定性の評価

材料科学分野での応用研究の促進が期待される

2024年8月24日土曜日

ペリ環状反応とFMO理論おさらい2012

ペリ環状反応とFMO理論および関連する概念について、JAGDAMBA SINGHとJAYA SINGHの書籍Photochemistry and Pericyclic Reactionsに沿っておさらいします。

軌道対称性は、ペリ環状反応が可能かどうか、可能であれば、熱的に起こるのか、光化学的に起こるのかを決定する上で重要な役割を果たします。

1. 電子環状反応

電子環状反応は、単一のπ結合が環状系の開環または閉環をもたらすように再編成される、ペリ環状反応の1種です。これらの反応は、反応に関与するπ電子の数と、反応が熱的に誘起されるか光化学的に誘起されるかによって、同旋的または逆旋的のいずれかの立体特異的な様式で進行します。フロンティア分子軌道(FMO)法を用いると、この概念を理解することができます。

軌道対称性の概念を使用して、特定の電子環状反応が同旋的または逆旋的に進行するかどうかを予測できます。この分析には、反応物と生成物の分子軌道(MO)、特に最高被占軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)の対称性を考慮することが含まれます。

例えば、1,3-ブタジエンからシクロブテンへの変換を考えてみましょう。シクロブテンを形成するには、分子の両端にあるp軌道が互いに重なり合う必要があります。

基底状態、すなわち熱条件下では、1,3-ブタジエンのHOMOはC2-C3の中心を対称面にして逆対称です。両方のp軌道が同じ位相になった場合のみ、すなわち反応が同旋的に進行する許容されます。

対照的に、1,3-ブタジエンが光化学的に励起されると、軌道はC2-C3の中心を対称面にして対称になります。この場合、シクロブテンを形成するには、逆旋的に分子の両端にあるp軌道が互いに重なり合うことで許容されます。

要約すると、電子環状反応における軌道対称性は、反応が熱的条件下または光化学的条件下のいずれで許容されるかを決定する上で重要な役割を果たします。反応物と生成物のMOの対称性を考慮することにより、反応の許容される立体特異的経過を予測できます。


2. 電子環状反応におけるHückel-Möbius法

Hückel-Möbius法は、環状反応、特に電子環状反応の経過を予測するために使用できる簡便な方法です。この方法は、ペリ環状反応の遷移状態における軌道の環状配列を調べることによって、その反応が許容されるかどうかを迅速に評価します。

この方法は、芳香族性のヒュッケル則に基づいています。この規則では、単環式の平面共役系は、(4n + 2)π個の共役または非局在化電子を持つ場合、芳香族性であり、その結果、基底状態で安定であるとされています。同様に、単環式の平面共役系は、(4n)π個の共役または非局在化電子を持つ場合、反芳香族性となります。この系は、基底状態で不安定です。しかし、これらの規則は、原子軌道の配列にノードが存在することによって逆転することがあります。したがって、(4n + 2)π個の電子とノードを持つ系は反芳香族性であり、(4n)π個の電子とノードを持つ系は芳香族性となります。

言い換えれば、ノードを持たない系、すなわち「ヒュッケル系」と呼ばれる系では、(4n + 2)π個の電子は芳香族性で基底状態で安定であり、(4n)π個の電子は反芳香族性で基底状態で不安定です。ノードを持つ系、すなわち「メビウス系」と呼ばれる系では、(4n)π個の電子は芳香族性で基底状態で安定であり、(4n + 2)π個の電子は反芳香族性で基底状態で不安定です。 これらの規則を電子環状反応に適用すると、熱反応は芳香族性の遷移状態を経て進行するのに対し、光化学反応は反芳香族性の遷移状態を経て進行することが一般化されます。

例えば、1,3-ブタジエンからシクロブテンへの変換では、遷移状態には4個の電子と1つのノードが存在します。これは芳香族性のメビウス系であるため、熱的に許容されます。しかし、仮に4個の電子とノードがない場合、反芳香族性のヒュッケル系であり、光化学的に許容されることになります。

簡単に言うと、ヒュッケル・メビウス法は、(4n + 2)π個の電子を持つ系はノードがない場合にのみ芳香族性となり、(4n)π個の電子を持つ系はノードがある場合にのみ芳香族性となることを示唆しています。環状反応の遷移状態は、これらの規則に従って分類することができます。熱反応は芳香族性の遷移状態(すなわち、ノードのない(4n + 2)π個の電子またはノードのある(4n)π個の電子)を経て進行し、光化学反応は反芳香族性の遷移状態(すなわち、ノードのある(4n + 2)π個の電子またはノードのない(4n)π個の電子)を経て進行します。


3. [4+2] 環状付加と [2+2] 環状付加反応

[4+2] 環状付加反応: このタイプの反応(例:ディールス・アルダー反応)は、4π電子系(ジエン)と2π電子系(ジエノフィル)が関与します。基底状態では、ジエンのHOMOとジエノフィルのLUMOは、同位相の軌道ローブの重なりが結合性相互作用を起こし、新しいシグマ結合の形成につながる相互作用ができます。したがって、[4+2] 環状付加は熱的に許容されます。

一方、ジエンの励起状態を考えると、ジエノフィルの基底状態LUMOとの相互作用は対称性が許容されません。これは、軌道ローブの重なりが位相がずれており、反結合性相互作用が生じるためです。したがって、[4+2] 環状付加は光化学的には許容されません。

[2+2] 環状付加反応: この反応では、2つの2π電子系が関与します。基底状態では、2つのエチレン分子(またはその他の [2+2] 系)のHOMOとLUMOの相互作用は、軌道対称性のために禁制です。これは、軌道が結合のための正しい位相になっていないためです。したがって、熱的に誘起される [2+2] 環状付加は対称性が禁制の反応です。しかし、励起状態の1つのエチレン分子を考えると、その軌道は、もう1つのエチレン分子の基底状態LUMOと対称的に許容される相互作用ができます。したがって、[2+2] 環状付加は光化学的に許容されます。

要約すると、

[4+2] 環状付加: 基底状態の反応物は対称的に許容される相互作用をするため、熱的に許容されます。励起状態の反応物は対称性が禁制の相互作用をするため、光化学的には許容されません。

[2+2] 環状付加: 基底状態の反応物は対称性が禁制の相互作用をするため、熱的に許容されません。励起状態の反応物は対称的に許容される相互作用をするため、光化学的には許容されます。

一般に、環状付加反応では、軌道対称性の保存の原理に従う反応だけが許容されます。この原理は、反応が協奏的に進行する場合、すなわち、結合の切断と形成がすべて同時に起こる場合、反応に関与する軌道の対称性は、反応物から生成物、そして遷移状態へと維持されなければなりません。軌道相関図やウッドワード・ホフマン則などのツールを使用して、環状付加反応の許容性や立体化学的結果を予測することができます。


4. 1,3-双極子付加環化反応

1,3-双極子付加環化反応は、ディールス・アルダー反応(DA反応)と同様に、協奏的な[4π+2π]環化付加反応です。この反応は、4π電子を持つ1,3-双極子分子と、2π電子を持つ親双極子試薬との間で起こります。

 - 1,3-双極子付加環化反応とディールス・アルダー反応の類似点

    どちらも協奏的な[4π+2π]環化付加反応

    どちらも立体特異的なsyn付加反応

 - 1,3-双極子付加環化反応とDA反応の相違点

    DA反応は、ジエンと親ジエン試薬との間で起こるが、1,3-双極子付加環化反応は、1,3-双極子分子と親双極子試薬との間で起こる。

    1,3-双極子付加環化反応では、反応に関与する原子の種類や結合の種類が多様

 - 立体選択性と位置選択性

    立体選択性

    1,3-双極子付加環化反応は、DA反応と同様に、立体特異的なsyn付加反応

    反応が遷移状態を経て進行し、その遷移状態では、新たに形成される結合がすべて同じ側から形成される。

    位置選択性

    反応に関与する1,3-双極子分子と親双極子試薬の電子的および立体的な要因によって決まる。

 - 電子的要因

    電子求引性基は、親双極子試薬のLUMOを安定化させ、電子豊富部位での反応を促進する。

    電子供与性基は、親双極子試薬のHOMOを安定化させ、電子不足部位での反応を促進する。

 - 立体要因

   立体障害の大きい置換基は、反応速度を低下させる(遷移状態における立体反発が大きくなる)。


5. シグマトロピー転位における軌道対称性の役割

最後に、[1, 2] および [1, 3] シグマトロピー転位における熱的および光化学的許容性の背後にある理論を、フロンティア分子軌道(FMO)法を用いて説明します。このアプローチは、反応に関与する電子の数が許容されるかどうかを予測するために使用できます。先と同様に、一般に、反応に関与する電子の数が (4q + 2) の場合、その反応は熱的に許容され、反応に関与する電子の数が 4n の場合、その反応は光化学的に許容されます。

[1, 2] シグマトロピー転位: 熱的 [1, 2] シグマトロピー転位における超面移動は幾何学的には可能であるが、対称性によって許容されません。これは、基底状態 HOMO の対称性が、このモードでの結合性相互作用を妨げるためです。移動する基が分子を「一周」する必要があり、これは小さな環では不可能だからとも言えます。しかし、光化学的に励起された状態では、異なる対称性を持つため、超面 [1, 2] シフトが可能になります。

[1, 3] シグマトロピー転位: 熱的 [1, 3] シグマトロピー転位におけるスプラ面シフトは、対称性によっても許容され、幾何学的にも可能です。これは、基底状態 HOMO の対称性が、このモードでの結合性相互作用を可能にするためです。逆に、光化学的 [1, 3] シグマトロピー転位では、励起状態の軌道対称性により、スプラ面移動が対称性によって妨げられます。

反応の特徴として、[1, 2] シグマトロピー転位は、結合が移動する原子の両側で切断および形成されるため、反応に関与する電子は 4 個になります。これは、熱的に許容される [1, 3] シグマトロピー転位とは対照的であり、結合が切断および形成される原子の間に中間体が存在します。

一方、熱的に許容されるシグマトロピー転位反応は、スプラ面移動過程によって進行しますが、光化学的に許容されるシグマトロピー転位反応は、アンタラ面過程によって進行します。スプラ面過程は、反応中の軌道間の重なりが反応種の同じ面で起こる場合に発生します。アンタラ面過程は、反応中の軌道間の重なりが反応種の反対の面で起こる場合に発生します。

要約すると、シグマトロピー転位における HOMO と LUMO の役割は次のとおりです。

これらの軌道の対称性は、反応が熱的条件下と光化学的条件下のどちらで許容されるかを決定します。

熱反応では基底状態 HOMO が考慮されますが、光化学反応では励起状態が考慮されます。

これらの軌道相互作用の許容性により、スプラ面またはアンタラ面などの転位の特定の立体化学的経路が決定されます。


6. シグマトロピー転位における[m,n]の次数

シグマトロピー転位における[m,n]の次数は、移動に関与する原子または基の相対位置を示すために使用されます。 この番号付けシステムは、環状遷移状態に関与するπ電子の数によって分類される環化付加や電子環状反応の分類方法とは異なります。

シグマトロピー転位の次数を分類するために使用される方法は、原子または基の移動に関与する位置に数字を割り当てることによって決定されます。 最初の原子(移動する基)には数字「1」が割り当てられ、次に、結合している原子鎖に沿って順番に番号が付けられます。 移動基が最終的に結合する原子の番号は「j」で表されます。 この番号付けに基づいて、シグマトロピー転位は [1,j] 転位として分類されます。

たとえば、[2, 3] シグマトロピー転位では、移動する基は、元の位置から 3 つの原子離れた位置に移動します。アリル系を例として使用して、シグマトロピー転位の番号付けシステムをさらに説明します。 アリル系には 3 つの炭素原子と 3 つの p 軌道があるため、3 つの分子軌道があります。 これらの軌道は、エチレンの 1 つの分子軌道と 2 つの孤立した p 軌道の線形結合によって得られます。 線形結合は、常にエネルギー差が最小の 2 つの軌道間で行われます。 したがって、アリル系では、線形結合は 1 つのエチレン MO と 1 つの p 軌道の間で行われます。 これは、π±p および π*±p 相互作用の結果のみを考慮する必要があることを意味します。


7. 軌道の対称性の保存則

熱的[2+2] 環化付加反応が禁制となる理由は、軌道の対称性の保存則を用いて説明できます。この原則は、協奏的なペリ環状反応では、出発物質の分子軌道が、軌道の対称性を保持しながら、生成物の分子軌道に変換されなければならないと言えます。対称性が反応の過程で保持されれば、反応は起こり、その過程は対称性許容過程として知られています。対称性が反応の過程で保持されない場合、その反応は対称性禁制過程として知られています。

軌道の対称性を考慮すると、2 つのエチレン分子間の基底状態 HOMO と LUMO の間には結合性重なりがないことが分かります。これは、軌道が結合するためには、重なり合う軌道の位相が同じでなければならないためです。2 つのエチレン分子、またはその他の [2+2] 系の基底状態 HOMO と LUMO では、これが当てはまりません。軌道の位相が結合に適していないため、熱的に誘起された [2+2] 環化付加は対称性禁制反応と言われています。 熱反応は、(4q + 2)s 成分と (4r)a 成分の総数が奇数のときに許容されます。 [2+2] 環化付加では、(4q + 2)s 成分の数は 2、(4r)a 成分の数は 0 です。 合計は 2(偶数)なので、この反応は熱的には許容されません。

しかし、エチレンとシクロブタンの第 1 励起状態の間には相関関係があるため、光化学プロセスは対称性によって許容されます。 FMOアプローチは、HOMO の対称性と、反応が二分子反応の場合は 2 番目のパートナーの LUMO を調べることで、与えられたペリ環状反応が許容されるかどうかを迅速に予測する方法です。

一方、光化学的[4+2]環化付加反応が対称禁制となる理由は、反応物と生成物の基底状態軌道間の相関関係がないためです。 このタイプの反応の反応条件は、[2+2]環化付加反応とは異なります。 熱的に許容される[4+2]環化付加反応は、光化学的には禁制です。 これは、[4+2]系の光化学的環化付加が対称禁制反応であるためです。 対照的に、[2+2]環化付加反応は、光化学的に許容されます。環化付加反応における軌道の対称性を調べることで、これを理解することができます。結合が起こるためには、重なり合う軌道の位相が同じでなければなりません。 [4+2]環化付加では、基底状態の反応物の軌道が生成物の基底状態の軌道と相関しているため、熱的に許容されます。一方、光化学的な変換は、反応物の第1励起状態が生成物の第1励起状態と相関していないため不可能です。むしろ、生成物の上位励起状態と相関しています。

Catch Key Points of a Paper ~0106~

論文のタイトル: Synthesis and biological evaluation of vioprolide B and its dehydrobutyrine-glycine analogue(ビオプロリドBとその脱水ブチリン-グリシンアナログの合成と生物学的評価)

著者: Noé Osorio Reineke,   Franziska A. V. Elsen, Hanusch A. Grab, Dietrich Mostert, Stephan A. Sieber, Thorsten Bach*

出版: Chemical Communications

巻: 60, 8272-8275

出版年: 2024


背景

1: 研究の背景

ビオプロリドは生物活性を持つデプシペプチド化合物

マイコバクテリアCystobacter violaceusから単離された

E-デヒドロブチリンを含む特徴的な構造を持つ

抗がん活性などの生物活性が報告されている


2: 未解決の問題点

ビオプロリドの生物活性メカニズムが不明

E-デヒドロブチリン部位の役割が解明されていない

標的タンパク質が特定されていない

構造活性相関の詳細な研究が必要


3: 研究の目的

ビオプロリドBの全合成を達成する

E-デヒドロブチリンをグリシンに置換した類縁体を合成

両化合物の生物活性を比較評価する

ビオプロリドBの標的タンパク質を同定する


方法

1: 化学合成

南側フラグメントと北側フラグメントの合成

ペプチドカップリングによる骨格の構築

マクロラクタム化によるデプシペプチド環の形成

チアゾリン環の構築と二重結合の異性化


2: 生物学的評価

MTTアッセイによる細胞毒性評価

Jurkat細胞を用いた代謝活性測定

IC50値の算出と比較

活性ベースタンパク質プロファイリング(ABPP)の実施


3: タンパク質標的の同定

ヨードアセトアミドアルキンプローブを使用

競合的ABPPによるタンパク質標的の探索

LC-MS/MSによるペプチド解析

標的タンパク質の同定と修飾部位の特定


結果

1: 化合物の合成

ビオプロリドB(1)の全合成に成功

E-デヒドロブチリンをグリシンに置換した類縁体(2)の合成

NMRデータによる構造確認

高純度での化合物の単離


2: 細胞毒性評価

ビオプロリドB(1): IC50 = 123 nM (94-148 nM, 95% CI)

類縁体(2): IC50 > 10 μM

E-デヒドロブチリン部位が活性に必須であることが判明

合成品の活性が天然物と同等であることを確認


3: タンパク質標的の同定

伸長因子1-アルファ1 (eEF1A1)を主要な標的として同定

クロマチン組立因子1サブユニットα (CHAF1A)も標的として発見

eEF1A1のCys31とCHAF1AのCys79が修飾部位

両タンパク質は細胞生存に不可欠な役割を持つ


考察

1: E-デヒドロブチリンの重要性

E-デヒドロブチリン部位が活性に必須であることを初めて実証

マイケルアクセプターとしての役割を示唆

構造の複雑性だけでは活性発現に不十分


2: 標的タンパク質の機能

eEF1A1: タンパク質合成におけるアミノアシルtRNAの輸送を担う

CHAF1A: DNAの複製と修復に関与するクロマチン組立因子

どちらも細胞の生存と増殖に重要な役割を果たす


3: 作用メカニズムの考察

ビオプロリドBがシステイン残基と共有結合を形成

標的タンパク質の機能を阻害することで細胞毒性を示す

選択的な共有結合修飾が活性の鍵となる可能性


4: 研究の限界点

in vitroでの評価に限定されている

長期的な影響や副作用の評価が行われていない

他の潜在的な標的タンパク質の可能性を排除できない


結論

ビオプロリドBの全合成と類縁体合成に成功

E-デヒドロブチリン部位の重要性を実証

eEF1A1とCHAF1Aを主要な標的タンパク質として同定

天然物の複雑な構造と標的共有結合修飾の重要性を示唆


将来の展望

今後の創薬研究への応用可能性

2024年8月22日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0105~

論文のタイトル: Detection and Characterization of Hydride Ligands in Copper Complexes by Hard X-Ray Spectroscopy(硬X線分光法による銅錯体中の水素化物配位子の検出と特性評価)

著者: Lorena Fritsch, Pia Rehsies, Wael Barakat, Deven P. Estes, Matthias Bauer

出版: Chemistry - A European Journal

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

遷移金属錯体、特に銅水素化物は触媒プロセスで重要な役割を果たす

CO2水素化の潜在的触媒として銅水素化物の幾何学的・電子的性質の理解が必要

従来のNMR法では気固反応の研究に限界がある

過酷な反応条件下での水素化物種の検出に新たな分光法が求められている


2: 研究目的

硬X線分光法を用いた銅水素化物の電子状態・構造解析手法の確立

高エネルギー分解能X線吸収端近傍構造(HERFD-XANES)の可能性を実証

価電子-内殻X線発光分光(VtC-XES)による水素化物配位子の同定

理論計算を用いた実験結果の裏付けと解釈


3: 対象化合物

Stryker試薬 (Cu6H6)

[Cu33-H)(dpmppe)2](PF6)2 (Cu3H)

ICu(dtbppOH) (Cu-I、非水素化物対照化合物)

理論計算用モデル化合物: Cu6Cu3, Cu-H


方法

1: 実験手法

試料: BNで希釈し、ウエハーに圧縮、Kaptonテープで密閉

測定: DESY(Deutsches Elektronen Synchrotron)のビームラインP64で実施

高エネルギー分解能蛍光検出X線吸収端近傍構造(HERFD-XANES): 入射エネルギーをスキャン

価電子間X線発光分光法(VtC-XES): 固定入射エネルギー9300 eV

測定温度: 90 K (N2クライオスタット使用)


2: 理論計算手法

ソフトウェア: ORCA version 5.0.3

構造最適化: PBEh-3c複合スキーム

XANES計算: 時間依存密度汎関数理論(TD-DFT)

VtC計算: 密度汎関数理論(DFT)

汎関数: XANES - TPSSh, VtC - TPSS

基底関数: def2-TZVP (Cu中心はCP(PPP))


結果

1: HERFD-XANES結果

8983 eV (I)と8985 eV (II)に2つの特徴的なシグナル

Iのシグナル強度: Cu-ICu3H > Cu6H6

IIのシグナル強度: ほぼ一定(約0.5)

シグナルIの強度は配位幾何学に依存

平面構造で強度が高く、四面体構造で低い


2: VtC-XES結果

A: 8979 eV付近の強いシグナル (Cu 3dと配位子pの結合軌道)

B: 8976 eV付近のショルダー (水素化物配位子に特徴的)

C: 8972 eV以下の弱いクロスオーバー領域

水素化物含有錯体(Cu6H6Cu3H)でBのシグナルが顕著


3: 実験と理論計算の比較

HERFD-XANESスペクトルの良好な再現性

VtC-XESスペクトルも実験結果をよく再現

水素化物を含む錯体と含まない錯体の理論計算比較

8975 eV付近の水素化物由来シグナルを確認


考察

1: HERFD-XANESの解釈

シグナルIとIIは主に1s→4p遷移に起因

シグナルIの強度は配位幾何学に強く依存

平面構造: 4px軌道の安定化によりシグナルI強度が増加

四面体構造: 4p軌道の縮退によりシグナルI強度が低下

水素化物配位子の直接的な情報は限定的


2: VtC-XESの解釈

シグナルA: Cu 3dと配位子pの結合軌道からの遷移

シグナルB: 水素化物配位子に特徴的なショルダー

理論計算により水素化物由来のシグナルを確認

Cu6H6でより顕著な水素化物シグナル (高い水素化物含有率)


3: 硬X線分光法の有用性

HERFD-XANES: 配位幾何学の変化を検出可能

VtC-XES: 水素化物配位子の同定に有効

両手法の組み合わせによりHOMOとLUMOの情報を取得

過酷な反応条件下での in situ・operando測定に適用可能


4: 研究の限界点

HERFD-XANESによる水素化物の直接検出は困難

理論計算モデルの簡略化 (Cu6Cu3)

実験データと理論計算の完全な一致は困難

他の遷移金属水素化物への適用性は未検証


結論

硬X線分光法による銅水素化物の特性評価手法を確立

HERFD-XANES: 配位幾何学の変化を検出

VtC-XES: 水素化物配位子の同定に有効

理論計算との組み合わせで詳細な電子状態解析が可能


将来の展望

触媒反応機構解明への応用が期待される

他の遷移金属水素化物への適用拡大が今後の課題

2024年8月21日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0104~

論文のタイトル: Dearomative Intramolecular meta-Thermocycloadditions of Benzene Rings via Wheland Intermediates

著者: Shupeng Liu, Tianyi Xu, Yuting Liu, Youliang Wang

出版: Angewandte Chemie International Edition

出版年: 2024


背景

1: 研究背景

脱芳香族化環化付加は強力な合成変換法

芳香族化合物を利用して環化付加反応を実現

生物学的に関連する化合物の合成に広く応用されている

複雑な構造を簡単な原料から生成できる

原子効率と工程効率が高い


2: 未解決の課題

ベンゼン環系での脱芳香族化環化付加は困難

ortho位とpara位の環化付加は光化学的・熱的に実現済み

meta位の環化付加は1960年代からの光化学的プロセスに限定

meta位の熱的環化付加は未実現


3: 研究目的

ベンゼン環のmeta位での熱的環化付加反応の実現

Wheland中間体を経由した[4π + 2π]環化付加の提案

アニリン連結エンイン基質を用いた分子内反応の開発

C(sp2)リッチな平面構造からC(sp3)リッチな3D複雑多環構造への変換


方法

1: 反応設計

アニリン連結エンイン基質1をモデル基質として使用

ブレンステッド酸による反応の促進を想定

イプソ位での環化によるスピロ環状Wheland中間体Eの形成

分子内[4π + 2π]環化付加による中間体Fの生成

溶媒によるトラッピングを予想


2: 反応条件の最適化

トリフルオロ酢酸(TFA)を溶媒として使用

室温での反応で最適な選択性を達成

反応時間の延長により71%の収率を実現

予想外の分子内Friedel-Crafts反応による複雑な多環化合物4の生成


3: 基質適用範囲の検討

アニリン部分の置換基効果を系統的に調査

フェニルアセチレン部分の置換基効果を検討

オレフィン部分の構造変化の影響を評価

X線結晶構造解析による生成物の構造確認


結果

1: アニリン部分の置換基効果

パラ位の電子供与基から弱い電子吸引基まで許容

オルト位置換基では優れた位置選択性を観察

メタ位置換基では位置選択性が低下

多置換アニリン基質でも反応が進行


2: フェニルアセチレン部分の変更

オルト位およびパラ位に電子供与基や吸引基を許容

メタ位置換基では位置異性体混合物を生成

チエニル基などのヘテロ環も反応に参加可能


3: オレフィン部分の構造変化

末端オレフィン以外にも内部オレフィンが反応可能

トランス配置のオレフィンが好ましい

アリル位置換基を許容し、良好なジアステレオ選択性を示す

ホモアリル基を持つ基質も効率的に反応


考察

1: 反応機構の考察

重水素化TFAを用いた実験で反応速度の低下を観察

アルキンのプロトン化が律速段階の一つであることを示唆

位置選択的な生成物4の形成を立体配座解析で説明

X線構造解析結果が立体配座解析を支持


2: 合成的有用性

グラムスケールでの反応が可能(4および11を高収率で合成)

生成物の多様な官能基変換が可能

ラクタム環の開裂、還元、塩素化などの変換例

ヨウ化ビニル部分を利用したカップリング反応


3: 本研究の意義

ベンゼン環のmeta位での初めての熱的環化付加反応を実現

Wheland中間体を経由する新しい反応機構を提案

簡単な操作で複雑な3D多環構造を構築可能

幅広い基質適用範囲を持つ汎用性の高い手法


4: 研究の制限点

分子間反応での適用が困難

シス配置のオレフィンでは望みの生成物が得られない

強い電子吸引基を持つ基質では反応が進行しない

一部の基質で位置選択性の制御が困難


結論

ベンゼン環のmeta位での初めての熱的環化付加反応を開発

Wheland中間体を経由する新しい反応機構を提案

簡便な操作で複雑な3D多環構造を構築可能

グラムスケール合成と多様な官能基変換が可能

新しいmeta位熱的環化付加反応開発の基盤を確立


将来の展望

生物活性物質合成への応用が期待される

2024年8月20日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0103~

論文のタイトル: Interrupted SNAr-Alkylation Dearomatization

著者: Bilal Altundas, John-Paul R. Marrazzo, Tore Brinck, Christopher Absil, and Fraser F. Fleming

出版: JACS Au

巻: 2024, 4, 1118−1124

出版年: 2024年 


背景

1: 研究背景

芳香族化合物は産業プロセス、生物学的機構、医薬品有効成分として重要

芳香族化合物の脱芳香化は高価値製品への変換に有効

既存の脱芳香化法は強い還元条件を必要とする場合が多い

より穏和な条件での新しい脱芳香化戦略が求められている


2: 研究の課題

単純なベンゼン誘導体の脱芳香化は、π系の安定性のため困難

古典的な溶解金属還元は強い還元条件を必要とする

σ錯体を経由する新しい脱芳香化経路の開発が望まれる


3: 研究目的

リチウム化ニトリルやイソシアニドを用いた穏和な脱芳香化法の開発

溶媒効果を利用したσ錯体の形成と捕捉による複雑なシクロヘキサジエンの合成

置換ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ピリジンの効率的な脱芳香化


方法

1: 脱芳香化手順

ベンゾニトリル(1.0当量)をリチウム化ニトリルのTHF溶液(-78°C)に添加

1時間後、求電子剤(2.1当量)を添加

反応混合物を水で処理し、有機層を抽出・精製


2: 最適化研究

溶媒効果の検討(ヘキサン、トルエン、エーテル、THF、DME、ジグリム)

リチウム化ニトリルの当量、反応温度、時間の最適化

18-crown-6の添加効果の検討


3: 基質適用範囲の検討

様々な置換ベンゾニトリル、ナフタレン、アントラセン、ピリジンの反応

リチウム化イソシアニドを用いた反応の検討

異なる求電子剤(ベンジルブロミド、アリルブロミド、ヨウ化メチル)の使用


4: 計算化学的解析

M06-2X/jun-cc-pVTZレベルでの計算

局所電子付着エネルギーを用いた位置選択性の予測

反応機構の解明のための自由エネルギー計算


結果

1: 溶媒効果と反応最適化

ジグリムが最も高い収率(91%)を示した

THFでは48%、DMEでは64%の収率

リチウムカチオンの溶媒和が反応効率に重要な役割を果たす


2: 基質適用範囲

様々な置換ベンゾニトリルが効率的に脱芳香化された

ナフタレン、アントラセン、ピリジンも反応に適用可能

リチウム化イソシアニドも効果的な求核剤として機能


3: 位置選択性と立体選択性

オルト位またはパラ位での選択的な反応が観察された

ほとんどの場合、単一のジアステレオマーが得られた

ヨウ化メチルを用いた場合のみ、ジアステレオマー混合物が生成


考察

1: 反応機構の考察

σ錯体の形成が反応の鍵となる中間体

ジグリム中でのリチウムカチオンの溶媒和が反応を促進

求電子剤による捕捉が律速段階である可能性


2: 計算化学的知見

局所電子付着エネルギーが位置選択性を予測するのに有効

パラ位での攻撃が熱力学的に有利

リチウムカチオンの存在が反応障壁に影響を与える


3: 従来法との比較

本法は、従来の溶解金属還元法よりも穏和な条件で進行

複雑なシクロヘキサジエン骨格を短工程で構築可能

高い官能基許容性を示す


4: 研究の限界点

ベンゾニトリル自体の反応性は低い

一部の求電子剤では反応が進行しない

反応のスケールアップに関する検討が不十分


結論

リチウム化ニトリル/イソシアニドを用いた新規脱芳香化法を開発

穏和な条件下で複雑なシクロヘキサジエン骨格を構築可能

位置選択的かつジアステレオ選択的な反応


将来の展望

生物活性分子合成への応用が期待される

反応機構のさらなる解明と基質適用範囲の拡大

2024年8月19日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0102~

論文のタイトル: Synthesis of tetrahydropyrans via an intermolecular oxa-michael/michael stepwise cycloaddition(テトラヒドロピランの合成: 分子間オキサ-マイケル/マイケル段階的付加環化反応による新手法)

著者: Ricardo A. Gutiérrez-Márquez, Jazmín García-Ramírez, Ana L. Silva, Luis D. Miranda

出版: Tetrahedron Letters

巻: 147, 155215

出版年: 2024年 


背景

1: テトラヒドロピランの重要性

テトラヒドロピラン(THP)は自然界に広く存在する含酸素複素環

糖類、クロメン類、フラボノイドなど様々な化合物に含まれる

生物活性を持つ天然物の重要な構造単位

例:センツロロビン(抗リーシュマニア活性)、ジオスポンジンA(抗骨粗鬆症活性)


2: 既存のTHP合成法

カルベニウムイオンへの環化

環状ヘミケタールの還元  

ヘテロDiels-Alder環化付加

分子内オキサ-マイケル反応

分子間オキサ-マイケル反応は可逆性のため複雑な骨格構築に課題


3: 研究の目的

分子間オキサ-マイケル/マイケル反応を用いた新規THP合成法の開発

アリルアルコールとα,β-不飽和カルボニル化合物を用いたドミノ反応の設計

単一工程で3つの不斉中心を持つTHPの合成を目指す


方法

1: 反応設計

アリルアルコール1(求核性および求電子性)とアクリレート誘導体2を用いる

化合物2の芳香環による中間体エノラートの安定化を利用

化合物1の二量化を抑制し、オキサ-マイケル付加の可逆性を制御


2: モデル基質の選択

アリルアルコール1a: Baylis-Hillman反応で合成

メチル2-(4-ニトロフェニル)アクリレート2a: 強い電子求引性基を持つ

様々な塩基、溶媒、温度条件を検討


3: 反応条件の最適化

DBUを塩基として使用(4当量)

ジクロロメタンを溶媒として使用

70°Cで90分間、加圧チューブ内で反応


結果

1: 最適化された反応条件

アリルアルコール1a + メチル2-(4-ニトロフェニル)アクリレート2a

DBU (4当量), CH2Cl2, 70°C, 90分

目的のテトラヒドロピラン3aを89%収率で得た

X線結晶構造解析により立体化学を確認


2: 基質適用範囲の検討

様々な置換基を持つアリルアルコール1a-kを使用

電子豊富および電子不足なベンゼン環、ヘテロ芳香環に適用可能

収率35-89%で目的のTHP 3a-kを合成


3: 反応の限界

シアノ基含有アリルアルコール1lでは目的物3l不成功

脂肪族アリルアルコール1mでは目的物3m不成功

化合物2aの4-ニトロフェニル基が重要、他のアクリレートでは反応進行せず


考察

1: 反応機構の提案

DBUによるアルコキシドAの形成

オキサ-マイケル付加によるエノラートBの生成

エノラートBとプロトン化体C'の平衡

分子内6-endo-Michael付加による中間体Cの形成

プロトン化によるTHP 3aの生成


2: 高立体選択性の要因

エノラートB'の形成は不利(エステル基と酸素原子の反発)

エステル基がエカトリアル位にあるBが有利


3: 4-ニトロフェニル基の重要性

エノラートBの安定化に寄与

オキサ-マイケル付加の可逆性を制御

プロトン化-脱プロトン化平衡の効率化


4: 研究の意義

新規THP合成法の開発に成功

3つの不斉中心を一挙に構築可能

オキサ-マイケル反応の応用範囲拡大


結論

高立体選択的な分子間オキサ-マイケル/マイケル段階的付加環化反応を開発

Baylis-Hillman由来アリルアルコールと4-ニトロフェニルアクリレートを利用

3つの不斉中心を持つTHPの効率的合成法を確立

オキサ-マイケル反応の新たな合成的応用を示した

11種類のTHP誘導体の合成に成功し、手法の汎用性を実証


将来の展望

基質適用範囲の拡大

反応機構のさらなる解明

グリーンケミストリーの観点からの最適化

大規模合成への適用

2024年8月18日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0101~

論文のタイトル: Efficient Conversion of Light to Chemical Energy: Directional, Chiral Photoswitches with Very High Quantum Yields(効率的な光エネルギーの化学エネルギーへの変換: 方向性を持つキラルな光スイッチの非常に高い量子収率)

著者: Widukind Moormann, Tobias Tellkamp, Eduard Stadler, Fynn Rçhricht, Christian Näther, Rakesh Puttreddy, Kari Rissanen, Georg Gescheidt, and Rainer Herges*

出版: Angewandte Chemie International Edition 

巻: 59, 15081-15086

出版年: 2020年 


背景

1: 光スイッチの応用と課題

光スイッチは光エネルギー変換、分子モーター、ポンプなどに利用

実用化には光から化学エネルギーへの高効率変換が重要

力を環境に伝達するための剛直な構造が必要

異性化時の方向性のある動きが求められる


2: 既存の光スイッチシステム

アゾベンゼンは最もよく使われる人工光スイッチ

生体システムのロドプシンは64-67%の高い量子収率を持つ

人工システムは高い変換率と耐久性を示すが、エネルギー変換効率が不十分


3: 研究の目的

アゾベンゼンの性能を系統的に改善する

可視光での変換、高い量子収率、高いひずみエネルギーを目指す

方向性のある分子運動と剛直な構造を持つ光スイッチの開発


方法

1: 分子設計戦略

ジアゾシンにさらに架橋を導入

立体中心を2つ導入し、メソ化合物とラセミ体を得る

環ひずみを利用した設計アプローチ


2: 合成方法

市販の4-ニトロインダンから2段階で合成

メソ化合物3とラセミ体4を高収率で得る

X線結晶構造解析で分子構造を確認


3: 光物理的特性の評価

UV-Visスペクトル測定による異性化の追跡

NMR実験による半減期と光定常状態の決定

量子収率の測定

長期照射実験による光安定性の確認


結果

1: 合成と構造

メソ化合物3の収率53%、ラセミ体4の収率70%

X線構造解析でm-c-ff形の3とr-t-ff形の4の異なる分子構造を確認


2: 光物理的特性

メソ化合物3の熱緩和半減期: 3秒 (室温に外挿)

ラセミ体4の熱緩和半減期: 117時間 (300 K)

高い光定常状態転換率: 76-99%


3: 量子収率と安定性

非常に高い量子収率: 70-90% (ロドプシンを上回る)

5000サイクル以上の照射で劣化なし

メソ化合物3は18.5 kcal/molの高いひずみエネルギーを生成


考察

1: 構造と性能の関係

架橋導入により配座の自由度を制限

方向性のあるピンセット型の分子運動を実現

高いひずみエネルギーと高い量子収率を両立


2: エネルギー変換効率

メソ化合物3の光→化学エネルギー変換効率: 18%

アゾベンゼン(1.4%)やジアゾシン(7.6%)を大きく上回る


3: 応用可能性

メソ化合物3: 分子機械の駆動に理想的なアクチュエーター

ラセミ体4: 最小のキラル光スイッチ、キラル液晶制御に適する


4: 研究の限界

熱安定性の違いによる用途の制限

さらなる長期安定性の検証が必要


結論

新規ジインダンジアゾシンの開発に成功

非常に高い量子収率とエネルギー変換効率を実現

方向性のある分子運動と高いひずみエネルギーを両立


将来の展望

分子機械や光制御材料への応用が期待される

2024年8月17日土曜日

Catch Key Points of a Paper ~0100~

論文のタイトル: Four- and two-electron rules for diatropic and paratropic ring currents in monocyclic π systems

著者: Erich Steiner and Patrick W. Fowler

出版: Chemical Communications

ページ: 2220-2221

出版年: 2001


背景

1: 研究の背景

環電流は芳香族系の定義的特徴の1つとされている

有限基底関数での磁気特性計算には問題がある

分散ゲージ法が代替手法として提案されている

CTOCD-DZ法は実用的・概念的利点を持つ


2: 未解決の問題

π単環系における環電流の発生メカニズムが不明確

芳香族性と反芳香族性の電子的起源の理解が不十分

環電流と分子軌道の関係性の解明が必要


3: 研究の目的

π単環系における環電流の簡単なルールを導出する

Hückel理論に基づいて環電流の起源を説明する

芳香族性と反芳香族性の電子的差異を明らかにする


方法

1: 理論的アプローチ

Hückel近似を用いたπ分子軌道の計算

CTOCD-DZ法による電流密度の解析

軌道対称性に基づく選択則の適用


2: 軌道エネルギー解析

Frost-Musulin構成法による軌道エネルギー決定

角運動量量子数kによる軌道の特徴付け

HOMO-LUMO遷移の重要性に注目


3: 計算手法

6-31G**基底関数を用いたab initio計算

SYSMO パッケージによる電流密度マップの作成

平面構造でのモデル化(一部の分子では強制的に)


結果

1: (4n+2)電子系の結果

閉殻配置では常に反磁性(常磁性)環電流を示す

HOMO-LUMO遷移が環電流の主要因

4電子が環電流に寄与(HOMO電子)


2: 4n電子系の結果

開殻配置で常磁性(反磁性)環電流を示す

HOMO-LUMO分裂により2電子が環電流に寄与

結合交替によりHOMO-LUMO間のエネルギー差が小さくなる


3: 計算結果の可視化

C5H5-, C6H6, C7H7+で反磁性環電流を確認

C8H8, C10H10で常磁性環電流を確認(平面構造)

HOMO電子の寄与が全π電流とほぼ一致


考察

1: 主要な発見

(4n+2)電子系では4電子が反磁性環電流に寄与

4n電子系では2電子が常磁性環電流に寄与

HOMO-LUMO遷移が環電流の主要因


2: 結合交替との関連

結合交替が4n電子系の環電流に重要な役割を果たす

対称性の低下により新たな遷移が可能になるが、影響は小さい

HOMO電子の寄与が全体の環電流をほぼ決定する


3: 先行研究との関連

NICS基準など、他の磁気的芳香族性指標と整合性がある

より広範な系での環電流解釈の鍵となる可能性がある

フロンティア軌道理論との関連性が示唆される


4: 研究の限界

Hückel近似に基づく単純化されたモデル

平面構造への制限(一部の分子では非平面が安定)

電子相関効果の考慮が不十分


結論

π単環系の環電流に関する簡単なルールを導出

芳香族性と反芳香族性の電子的起源を明確化

HOMO-LUMO遷移の重要性を強調


将来の展望

より複雑な系への適用可能性を示唆

芳香族性の理解と予測に新たな視点を提供

2024年8月16日金曜日

Catch Key Points of a Paper ~0099~

論文のタイトル: Deoxyfluorination of Ketones with Sulfur Tetrafluoride (SF4) and Dialkylamines in Continuous Flow Mode(連続フロー方式によるスルフルテトラフルオリド(SF4)とジアルキルアミンを用いたケトンの脱酸素フッ素化)

著者: Dominik Polterauer, Simon Wagschal, Michael Bersier, Clara Bovino, Dominique M. Roberge, Christopher A. Hone, C. Oliver Kappe

出版: Organic Process Research & Development

巻: 28, 7, 2919–2927

出版年: 2024年 


背景

1: フッ素化合物の重要性

フッ素化合物は生物活性物質に広く存在

gem-ジフルオロ基は特に重要な構造

FDAが承認した低分子APIの最大44%がフッ素原子を含む

フッ素含有医薬品は成功率が10倍高いと推定されている


2: 既存の脱酸素フッ素化法の課題

選択的なgem-ジフルオロ化は困難な変換

一般的な試薬DASTは爆発の危険性がある

バッチ法では大量のHFが必要

副生成物であるビニルフルオリドの生成を抑制するのが難しい


3: 連続フロー法の利点

危険な化学反応のリスク軽減に有効

小さな密閉系で反応を行うため安全性が向上

反応中間体や副生成物をインラインで処理可能

一度に反応する量が少なく抑えられる


方法

1: 実験装置

SF4をマスフローコントローラーでガスシリンダーから導入

Et2NHとケトン基質を別々のシリンジポンプで導入

2つの反応コイルを使用(1.6 mLと16 mL)

疎水性膜分離器で気液分離を行い、NaOH水溶液でクエンチ


2: 反応条件の最適化

溶媒、温度、当量比、濃度、滞留時間を検討

SF4/Et2NH系がDASTの代替として有効

DCEを溶媒として70°Cで反応

SF4とEt2NHを2当量使用


3: 基質適用性の検討

様々な環状ケトン(4,5,6員環)を基質として使用

置換基の影響を調査(アルキル、アリール、エステル、NHBoc等)

非環状ケトンにも適用


結果

1: 最適化された反応条件

溶媒: 1,2-ジクロロエタン

温度: 70°C 

SF4/Et2NH: 各2当量

基質濃度: 1 M

滞留時間: SF4とEt2NHの混合1.5分、脱酸素フッ素化16分


2: 環状ケトンの変換結果

シクロヘキサノン誘導体: 73-87%収率

Maraviroc中間体: 86%収率(ビニルフルオリド3%)

ピペリドン誘導体: 78-87%収率

シクロブタノン誘導体: ~90%転化率


3: その他の基質への適用

N-Boc-4,4-ジフルオロピロリジン: 93%収率

N-Boc-4,4-ジフルオロプロリン: 93%収率

融合環系(インダノン、ノルトロピノン): 中程度の転化率

非環状ケトン: 部分的な転化


考察

1: 主要な発見

SF4とEt2NH系がDASTの安全な代替法として機能

連続フロー法により危険な中間体を制御可能

幅広い環状ケトンのgem-ジフルオロ化に成功


2: 既存法との比較

DASTを用いたバッチ法よりも安全性が向上

外部からのHF添加が不要

Maraviroc中間体でのビニルフルオリド副生成を大幅に抑制


3: スケールアップの可能性

N-Boc-3-ピロリジノンで5時間の連続運転に成功

17.3 gの生成物を83%の単離収率で取得

3.5 g/hの生産性と217 g/L/hの空時収率を達成


4: 研究の限界点

非環状ケトンへの適用は限定的

ジクロロメタンやジクロロエタンの使用は環境面で課題

SF4の毒性と腐食性に対する安全対策が必要


結論

SF4/Et2NHを用いた安全な脱酸素フッ素化法を開発

連続フロー法により危険な中間体を制御

幅広い環状ケトンのgem-ジフルオロ化に成功


将来の展望

今後、医薬品合成への応用が期待される

環境に優しい溶媒の探索が今後の課題

2024年8月15日木曜日

Catch Key Points of a Paper ~0098~

論文のタイトル: eFluorination for the Rapid Synthesis of Carbamoyl Fluorides from Oxamic Acids

著者: Feba Pulikkottil, John S. Burnett, Jérémy Saiter, Charles A. I. Goodall, Bini Claringbold, and Kevin Lam

出版: Organic Letters 

巻: 26, 6103-6108

出版年: 2024年 


背景

1: カルバモイルフルオリドの重要性

フッ素化合物は化学分野で特別な位置を占める

カルバモイルフルオリドは殺虫剤やエステラーゼ阻害剤として使用

ヒドラジン、イソシアネート、カルバメート等の合成中間体として有用

カルバモイルクロリドよりも安定性と選択性が高い


2: 既存の合成法の課題

主な合成法はカルバモイルクロリドとフッ化物の反応

カルバモイルクロリドは不安定で、有毒なホスゲン誘導体から合成

近年開発された方法も実用的でない条件や高価・有害な試薬を使用

大規模合成は特に困難


3: 研究の目的

実用的で持続可能な新しいカルバモイルフルオリド合成法の開発

安定なオキサミン酸を出発物質とする電解酸化法の確立

フッ化物塩を用いた温和な条件下での合成の実現

バッチ法とフロー法による大規模合成の実証


方法

1: 電解酸化条件の最適化

溶媒:ジクロロメタン

フッ素源:Et3N·3HF (1.5当量)

電極:グラファイト(陽極)、ステンレス鋼(陰極)

電流密度:8.9 mA cm-2

通電量:2.5 F mol-1


2: 基質適用範囲の検討

さまざまな置換基を持つオキサミン酸誘導体を合成

医薬品関連構造を含む多様な官能基との適合性を評価

生成物の単離・精製方法の検討


3: 大規模合成の検討

バッチ法:1.0 gスケールでの合成

フロー法:連続フロー電解装置を用いた合成

電流密度、流速等の条件最適化


4: 反応機構の解明

サイクリックボルタンメトリーによる電気化学的挙動の解析

推定反応機構の提案


結果

1: 最適化条件下での収率

モデル基質1aから95%収率でカルバモイルフルオリド2aを合成

電極材料、溶媒、フッ素源、電流密度等の影響を系統的に評価

Et3N·3HFが最適なフッ素源かつ支持電解質として機能


2: 基質適用範囲

アルケン、アルキン、ハロゲン、エステル等、多様な官能基に適合

生物活性化合物由来の基質でも良好な収率(60-87%)

芳香族アミン誘導体では低収率(10-23%)


3: 大規模合成の結果

バッチ法:1.0 gスケールで98%収率を達成

フロー法:最適条件下で95%収率、60 g h-1 L-1の空時収率


考察

1: 方法論の利点

温和な条件下で高収率を実現

安価で安全な試薬を使用

クロマトグラフィー精製不要の場合が多い

バッチ法とフロー法の両方で大規模合成が可能


2: 基質適用範囲の考察

医薬品開発に関連する多様な構造に適用可能

電子豊富な芳香族アミンで低収率の理由を考察

N中心カチオン中間体の形成が重要


3: 反応機構の考察

2段階の電子移動過程を経由

不安定中間体を経由せず、直接カルバモイルフルオリドを生成

フッ化物イオンの求核付加が鍵段階


4: 既存法との比較

ホスゲン誘導体や高価な試薬を必要としない

操作が簡便で大規模合成に適している

電解合成の利点(原子効率、グリーンケミストリー)を活かせる


結論

オキサミン酸からカルバモイルフルオリドへの新規電解合成法を開発

温和な条件、安価な試薬、簡便な操作で高収率を実現

多様な基質に適用可能で、大規模合成も実証


将来の展望

今後、医薬品開発等への応用が期待される

2024年8月14日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0097~

論文のタイトル: Development of a Divergent Route to Erythrina Alkaloids

著者: Sebastian Clementson , Mikkel Jessing , Paulo J. Vital , Jesper L. Kristensen*

出版: Synlett 

巻: 31, 327–333

出版年: 2020年 


背景

1: エリスリナアルカロイドの概要

19世紀末に同定され、現在100種以上が単離されている

独特の四環性β-3級スピロアミン骨格を特徴とする

(+)-ジヒドロ-β-エリスロイジン(DHβE)は代表的な化合物の1つ


2: 既存の合成アプローチ

多くの合成努力がD環芳香族の四環性骨格に向けられてきた

アキラルなイミニウム中間体を利用するアプローチが一般的

エナンチオ選択的合成はわずかしか報告されていない


3: 研究の目的

DHβEの短く柔軟なエナンチオ選択的合成経路の開発

後期段階でのD環導入を可能にする発散的アプローチの確立

構造関連アナログへのアクセスを提供するプラットフォームの構築


方法

1: 合成戦略の概要

初期段階での第3級スピロアミン立体中心の構築

後期段階でのラクトンD環の導入

発散的逆合成アプローチの採用


2: 第一世代アプローチ

L-プロリンを用いたアルドール反応による出発物質の合成

閉環メタセシス(RCM)による5,7-二環系の構築を試みる

複雑な副生成物混合物の形成により断念


3: 第二世代アプローチ 

銅触媒クロスカップリングによるイナミドの合成

Trost条件下での環化異性化によるC5-C6結合の形成

HAT-Giese反応の試みは失敗


4: 第三世代アプローチ

Trostリガンドを用いた不斉アリル化による光学活性プロリノンの合成

RCMによるA-B二環系の構築

脱炭酸的α-シアノ化を鍵反応とした標的化合物の合成


結果

1: 鍵中間体の合成

不斉アリル化により95% eeで(+)-アリルプロリノンを得た

酸化的開裂、保護、Wittig反応を経てジエン前駆体を合成

RCMにより二環性中間体59を構築


2: 三環系の構築

脱保護、還元的アミノ化によりビスエステル69を合成

Dieckmann縮合により三環性β-ケトエステル70を得た

エノールトリフラート化、還元、保護によりカップリング前駆体73を合成


3: 最終段階の変換

Liu groupの脱炭酸的α-シアノ化を修飾して適用

生成したニトリルを加水分解して標的天然物1へ変換

プロリノン50から13工程で(+)-DHβE (1)の全合成を達成


考察

1: 合成戦略の利点

初期段階での四級立体中心の構築を実現

後期段階でのD環導入により柔軟性を確保

発散的アプローチにより関連アナログ合成への応用が可能


2: 既存合成法との比較

Hatakeyamaらの26工程、Funkらの20工程に比べて短工程数

エナンチオ選択的合成を実現し、光学純度の高い天然物を得た

中間体から様々なエリスリナアルカロイドへの展開が期待できる


3: 鍵反応の意義

不斉アリル化による光学活性四級中心の効率的構築

RCMによる二環系の簡便な合成

脱炭酸的α-シアノ化の応用による最終段階での炭素-炭素結合形成


4: 合成経路の限界点

ラジカル環化反応が失敗し、代替アプローチが必要だった

一部の変換で低〜中程度の収率にとどまった

さらなる最適化により全体の収率向上の余地がある


結論

(+)-DHβE (1)の新規発散的全合成経路を開発した

四級立体中心を触媒的不斉アリル化で構築し、RCMで二環系を形成

脱炭酸的α-シアノ化を鍵反応として天然物へ導いた


将来の展望

本合成経路は関連エリスリナアルカロイドの構造活性相関研究への応用が期待できる

2024年8月13日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0096~

論文のタイトル: Isolation and characterization of a californium metallocene(カリフォルニウムメタロセンの単離と特性評価)

著者: Conrad A. P. Goodwin, Jing Su, Lauren M. Stevens, Frankie D. White, Nickolas H. Anderson, John D. Auxier II, Thomas E. Albrecht-Schönzart, Enrique R. Batista, Sasha F. Briscoe, Justin N. Cross, William J. Evans, Alyssa N. Gaiser, Andrew J. Gaunt, Michael R. James, Michael T. Janicke, Tener F. Jenkins, Zachary R. Jones, Stosh A. Kozimor, Brian L. Scott, Joseph. M. Sperling, Justin C. Wedal, Cory J. Windorff, Ping Yang & Joseph W. Ziller 

出版: Nature

巻: Vol 599, 18 November, 421-424

出版年: 2021年 


背景

1: 研究の背景

カリフォルニウム(Cf)は現在マイクログラム以上で入手可能な最も重い元素

Cf同位体は希少性と放射線障害のため、実験的に大きな課題

5f/6d価電子軌道の結合への関与、スピン軌道結合の役割など、化学的特性は未解明


2: 未解決の問題点

有機金属分子は周期表全体の周期性と結合傾向を解明する上で基礎的

Th-Puの有機金属化学の進展により化学的理解が変革

Cm-Cfの類似化学は1970年代以降停滞


3: 研究の目的

空気/水分に敏感なCf化学の復活

[Cf(C5Me4H)2Cl2K(OEt2)]nの合成と特性評価

2mgの249Cfを用いた初のCf-C結合の結晶学的特性評価


方法

1: 研究デザイン

'CfCl3(DME)n'の合成

KCptetとの反応によるカリフォルニウムメタロセンの合成

単結晶X線回折による構造解析


2: 実験手順

249Cf3+塩化物溶液を乾燥し、DMEで処理

Me3SiClを添加し、ヘキサンで洗浄

KCptetとEt2O中で90分間反応


3: 分析手法

単結晶X線回折による構造決定

UV-vis-NIRスペクトル測定

理論計算(DFT、SO-CASSCF/NEVPT2)による電子構造解析


結果

1: 構造的特徴

[Cf(C5Me4H)2Cl2K(OEt2)]n2-Cf)の単結晶構造を決定

Cf-C結合距離: 2.623(12)-2.718(13) Å

Cf-Cl結合距離: 2.653(4)-2.670(6) Å

Cptet中心···Cf···Cptet中心角: 130.99(3)°, 130.51(3)°


2: スペクトル特性

化合物2-Cfは濃いオレンジ色(一般的なCf3+錯体は薄緑色)

UV-vis-NIRスペクトルで18,000 cm-1以上に強いLMCT吸収

6,800-18,000 cm-1に5f→5f遷移による幅広い吸収帯


3: 理論計算結果

Cf 5f軌道とリガンド軌道のエネルギー差が2-Dyより小さい

化合物2-Cfでのリガンド→金属電荷移動が可視光領域で発生

Cf-C結合は主にイオン性だが、わずかな共有結合性も示す


考察

1: 主要な発見

初めてのCf-C結合の結晶学的特性評価

化合物2-Cfの濃いオレンジ色は従来のCf3+錯体と異なる

Cf 5f軌道とリガンド軌道の相互作用がDy 4f軌道より強い


2: 電子構造の特徴

Cf 5f軌道はDy 4f軌道よりもエネルギー的に低い

これにより2-Cfでは可視領域でLMCT遷移が発生

Cf-C結合は主にイオン性だが、わずかな共有結合性も存在


3: 先行研究との比較

従来のCf3+錯体は主に薄緑色

過去の[Cf(Cp)3]の報告ではルビー赤色

本研究の2-Cfは濃いオレンジ色で、新たな電子構造を示唆


4: 研究の限界点

249Cfの希少性と放射能による実験規模の制限

短時間での反応と結晶化が必要(放射線分解の影響を最小化)

化合物1-Cfの合成・単離には至らなかった


結論

カリフォルニウムメタロセンの初めての構造決定を達成

Cf-C結合は主にイオン性だが、わずかな共有結合性も示す

Cf 5f軌道とリガンド軌道の相互作用がDy 4f軌道より強い

この研究はアクチノイド化学の理解を深め、周期表の末端元素の性質解明に貢献


将来の展望

今後、より重いアクチノイドの有機金属化学研究への道を開く

2024年8月12日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0095~

論文のタイトル: Total Synthesis of Hypersampsone M

著者: Adrian E. Samkian, Scott C. Virgil,* and Brian M. Stoltz*

出版: Journal of the American Chemical Society

巻: 146, 18886−18891

出版年: 2024年 


背景

1: 研究背景

PPAPsは多様な生理活性と構造を持つ天然物群

400以上のPPAP化合物が2018年までに単離されている

PPAPsはBPAPs、アダマンタン型、ホモアダマンタン型などに分類される

構造活性相関(SAR)が未確立で、小さな構造変化で活性が大きく変わる


2: 研究の課題

BPAPs合成は多数報告されているが、アダマンタン型PPAPsは3例のみ

ホモアダマンタン型PPAPsの全合成例は皆無

ホモアダマンタン型PPAPsは少なくとも70種類存在する

抗腫瘍、抗炎症、肝保護、抗脂肪細胞形成などの活性が報告されている


3: 研究目的

ホモアダマンタン型PPAPの代表的化合物Hypersampsone Mの全合成

新規合成戦略の開発

他のホモアダマンタン型PPAPs合成への応用可能性の探索


方法

1: 合成戦略

C4-シクロヘプタノン環を中心とした逆合成解析

後期段階でのClaisen縮合とC1位架橋頭ベンゾイル化を計画

シクロペンテン環形成を鍵反応として設定


2: 鍵中間体の合成

シクロヘキセノンから出発し、ラジカルHAT反応を利用

β-ケトエステルの形成とセレノキシド脱離を経て活性化エノン13を合成

1,1-ジメチルプロパルギル亜鉛試薬を用いたシクロペンテン環形成


3: 環拡大と官能基化

設計されたジアゾ酢酸エステルを用いた環拡大反応

プレニル化とトリメチルシリルエチルエステルの選択的脱炭酸

アルデヒド19の合成と続くカゴ型ラクトン21の形成


4: 最終段階の変換

ラクトン21のアニリド22への変換

Me3OBF4を用いたイミン23の形成

架橋頭位アシル化によるHypersampsone Mの合成


結果

1: 鍵中間体の合成

シクロヘキセノンから5段階でエノン13を73%収率で合成

シクロペンテン環形成は-40℃で6.3:1のジアステレオ選択性を達成

環拡大反応は79%収率で進行し、単一のジアステレオマーを生成


2: 環化と官能基化

カゴ型ラクトン21の形成は中程度の収率で進行

アニリド22への変換は2段階70%収率で達成

イミン23の形成は単一工程で進行


3: Hypersampsone Mの合成

架橋頭位アニオン形成は-35℃で40%の重水素取り込みを確認

最終的なアシル化は中程度の収率でHypersampsone Mを生成

全15工程でHypersampsone Mの初の全合成を達成


考察

1: 合成戦略の有効性

シクロペンテン環形成反応は高度に置換された5員環構築に有効

環拡大戦略により、所望のホモアダマンタン骨格の構築に成功

後期段階での予期せぬ変換が合成完了の鍵となった


2: 既存合成法との比較

BPAPs合成で用いられる脱芳香族化戦略は適用困難だった

アダマンタン型PPAPs合成で用いられた手法も直接応用できなかった

新規の合成戦略開発が必要であった


3: 合成の課題

架橋頭位プロトンの脱プロトン化が困難

BPAPsとは対照的に、アニオンの反応性よりも生成が課題だった

最終段階のアシル化は中程度の収率に留まった


結論

Hypersampsone Mの初の全合成を15工程で達成

ホモアダマンタン型PPAP天然物の最初の全合成例となった

開発した合成戦略は他のホモアダマンタン型PPAPsへ応用可能


将来の展望

開発した合成戦略は他のホモアダマンタン型PPAPsへの応用が期待される

生物学的活性評価

さらなるPPAPs合成への本戦略の展開

2024年8月11日日曜日

Catch Key Points of a Paper ~0094~

論文のタイトル: Diborane Reductions of CO2 and CS2 Mediated by Dicopper μ-Boryl Complexes of a Robust Bis(phosphino)-1,8-naphthyridine Ligand

著者: Matthew S. See, Pablo Ríos, and T. Don Tilley

出版: Organometallics

巻: 43, 10, 1180–1189

出版年: 2024年 


背景

1: 研究背景

二核金属反応中心は協同効果により独特の化学的性質を持つ

多電子酸化還元過程や特異的な基質活性化が可能

酵素や不均一系触媒の活性部位で重要な役割を果たす

CO2還元などの重要反応を媒介する


2: 課題と目的

二核金属中心の合成制御は依然として困難

核数、金属間距離、配位幾何の精密制御が課題

1,8-ナフチリジン系配位子を用いた二核銅錯体の研究が進展

より低配位数の金属中心を持つ錯体の合成が求められる


3: 研究の具体的目標

化学的に安定なPNNPFlu配位子の設計・合成

新規二核銅μ-ボリル錯体の合成と特性評価

CO2およびCS2還元反応における触媒活性の検討

反応中間体の単離と構造解析による機構解明


方法

1: 配位子合成

フルオレン-9,9-ジイル基を含む新規PNNPFlu配位子を設計

2,7-ジクロロ-1,8-ナフチリジンと(9-(ジイソプロピルホスファニル)-フルオレン-9-イル)リチウムの反応で合成

NMRスペクトル解析により構造を確認


2: 錯体合成

PNNPFluと[Cu(NCMe)4][NTf2]の反応で二核銅錯体1を合成

錯体1からフェニル基、tert-ブトキシド基、ボリル基を持つ錯体2-5を合成

単結晶X線構造解析により構造を決定


3: 反応性評価

錯体4, 5のC(sp)-H結合活性化能を評価

CO2, CS2との反応性を検討

生成物の単離と構造解析

DFT計算により電子状態を解析


結果

1: 新規配位子の特性

PNNPFlu配位子は高い化学的安定性を示す

塩基性条件下でも分解しない

二核銅中心を効果的に安定化


2: 二核銅ボリル錯体の反応性

錯体4, 5はC(sp)-H結合活性化に高い活性を示す

フェニルアセチレンとの反応が既報の錯体より速い

CNXylとの反応で7を生成、低配位数銅中心の反応性を実証


3: CO2, CS2還元反応

錯体4はCO2を触媒的にCOに還元

CS2との反応で中間体様錯体10, 11を単離

Cu-S-C-B結合を含む新規構造を確認


考察

1: 配位子設計の意義

フルオレン-9,9-ジイル基導入により高い安定性を実現

側鎖の脱プロトン化や置換反応を抑制

二核金属中心の本質的な反応性の研究が可能に


2: 反応性向上のメカニズム

DFT計算により電子状態を解析

Cu-B結合の性質は既報錯体と大差なし

低配位数銅中心が高い反応性の主因と推定


3: CO2還元反応の意義

二核銅ボリル錯体による初のCO2触媒的還元を実現

単核銅錯体より反応は遅いが、触媒の安定性が向上


4: 反応中間体の単離

CS2との反応で10, 11を単離

CO2還元反応の推定中間体構造を実験的に支持

ボリル基移動を含む反応機構の妥当性を示唆


結論

安定なPNNPFlu配位子を用いて新規二核銅ボリル錯体を合成

高い反応性と安定性を両立する触媒設計を実現

CO2, CS2還元反応の機構解明に貢献

二核金属錯体の反応性制御に新たな指針を提供


将来の展望

今後、他の二核金属系への応用が期待される

2024年8月10日土曜日

論文には書かれない研究者のドラマの話

梅雨も開けて暑い夏をお過ごしかと存じます。

自分の中では久々に思い入れのある研究が論文になったので、自分語りしようと思いました。


まず、単刀直入に言いたいのは、やっぱり対称性が高い構造が好きだということ。

対称性を高低で語るなんて、主観入ってるんじゃないの?と言われることもありますが、よろしいならばIan Nicholas Stewart博士の著作を読んだ上で反論があるなら徹底的に討論してやろうじゃないかという気持ちでございます。

この対称性によって、研究をする上で助けられることが多々あります。一方で、対称性という神秘的な先入観に縛られて苦しめられることもあります。

理論計算する上では対称性を考慮することで、計算にかかる時間を大幅に削減できますし、NMRシグナルの解析なんかはまさに対称性を考える場面のオンパレードで分かることや得られる情報の多いこと。一方で、単結晶を測定するとよく分かりますが、常温のNMR測定では対称性を保っていた分子が低温では崩れてしまう場合がよくあります。(だがそれもいい)


なんでそんな対称性の話なんかいきなりし始めたのかというと、この度公開されたTetraborylation of p-Benzynes Generated by the Masamune–Bergman Cyclization through Reaction Design Based on the Reaction Path Networkの論文には書かれない有機合成化学者のドラマに少なからず、つながってきますので、暫しお付き合いください。

多少盛った話になるのは関西人の御愛嬌ということで。

今回の反応は同業者の方ならコロンブスの卵的な発想の至極単純な作業仮説からきています。正宗・バーグマン環化の反応性中間体であるp-ベンザインビラジカル種を水素以外の元素で補足できないかということ。この仮説を検証すべく理論計算と実験の両面から最先端の技術を駆使して挑んだというのが今回の研究になります。

今回この反応を開発する上で、実験条件や反応条件を決めていく上で、人工力誘起反応法(AFIR)化学反応経路自動探索プログラムGRRMを大いに活用させていただきました。

正宗・バーグマン環化の活性化障壁を実験前に推定するのに、AFIRがめちゃくちゃ役立ちました。また、反応性中間体であるp-ベンザインビラジカル種を何で補足するのが良いかの推定にも、AFIRとGRRMが役立ちました。普通は体感の時間コストで(週5日、8時間労働とする)、実験でスクリーニングして、初期条件固めるための基質の選択、反応剤の選択、溶媒の選択、温度や諸々の条件を固めようと思ったら、それだけで少なくとも1ヶ月位はかかると思います。(なお、マッチョな有機合成化学者は週7日16時間労働しているので、10日くらいで条件が決まる

初期条件固めるためのイニシャル時間コストが下がるだけでも嬉しいのに、今回のミソである”反応性中間体であるp-ベンザインビラジカル種を何で補足するのが良いかの推定”にも、大いに役立ったものですから、

これはもう本当にたまらんですね

初期条件を固めた後は、粗生成物をNMR測定してからカラムで単離を試みていましたが、粗生成物NMRの時点で多少除去しているとはいえ、B2pin2を基質の8倍使っているので、メチル基8つ分の24HがNMRではすべて等価なので、singletがズドン!と出ます。

これが厄介なので、溶媒留去と同時にある程度除去した上で、カラムにかけていました。その時はまだ4重ホウ素化体が本当にできているなど知る由もなく、2重ホウ素化体を追いかけています。

しかし、諸先生方のお知恵もお借りしながら反応条件を最適化しているはずなのに、2重ホウ素化体のGCとNMR粗生成物測定時の収率がすぐに頭打ちになってしまい増えない。しかも、基質の大半が反応後どこへ消えたかも分からない。。。と頭を抱え始めます。

マスバランス(最初に入れた試薬の量とGCとNMR収率から逆算した総量)が合わないのは、非常に具合が悪い。ましてや、このような溶媒と基質を含めて化合物が3種類しかない条件で。

ところが、ここでいくつかおかしなことが起きます。

何度か実験を重ねていると、カラムで単離してみるとどうでしょう。単離後の2重ホウ素化体の収率がNMR粗生成物測定時に比べて多くなる。単離したはずなのにB2pin2が残っている。でも、2回目のカラムをかけるとB2pin2は除去できる。

いくつかの仮説を立て始めます。粗生成物NMRの時点で多少除去しているとはいえ、B2pin2が残りすぎていて、NMR収率が過小評価されてるのでは?とか、1回目はB2pin2が多いので、カラムでテーリングして全体に流出してるのでは?とか、それらしい理由をこじつけていました。

そこで次の策を立てます。B2pin2が残りすぎているなら、溶媒留去と同時にしっかりと昇華させて、大半を除去してしまおう。これが実験手順の”After the solvent and B2pin2 was removed under reduced pressure (<10 Pa) at 50°C and 80 °C, respectively, ”に相当します。この粗生成物でカラムをかけてフラクションを分けて濃縮したところで、バイアルに移して帰ります。

すると、未知のフラクションから単結晶が出ていました

すぐさま単結晶測定の時間を予約して、測定室へ向かいます。このとき、幸運だったことが1つあります。それが、事前に2重ホウ素化体の単結晶を測定していたときに、今回の分子の特性についてある程度把握していたことでした。それは、通常の単結晶測定用の高粘度オイルでは、簡単に結晶が粉々になること、いきなり低温に下げると、やはり粉々になること。この2点にそれぞれ対策して、初手から挑めたのはホンマにデカかった。プレパラート上に結晶を移し、顕微鏡で数十~数百ミクロン程度の結晶の集まりの中から、美しい1粒を選びぬき、その1粒を数十ミクロンの程度の穴が空いたループの上にすくい上げます。

測定器に乗せ、まずは常温のまま測定します。最近のRigaku様のハイエンドモデルでは測定中にもある程度構造を解析して、分子の形を出してくれます。

以下は実際の動画とは異なりますが、イメージが伝われば幸いでございます。


しばらくすると、その構造が現れます。そこにはこの時点では予想だにしていなかった4重ホウ素化体と思しき姿が写っていました。すぐさま写真をグループに共有して、自分は測定に使用しなかった残りの何粒もの結晶を溶媒から除いて洗い乾燥してNMRサンプルを調整しました。

段々と、すべてのピースがつながっていきます。

測定すると、2重ホウ素化体同様の対称性の高そうに見えるNMRシグナル、ナフタレンより高磁場シフトした芳香環のシグナル、同様に高磁場シフトしたシクロヘキセン部位のシグナル、48H分に相当するわずかに頭の割れた大きなシグナルが観測されました。

ここでも運が良かったのは、48H分に相当する大きなシグナルがわずかに頭が割れていたおかげで、芳香環のddで割れた各2Hのシグナルとの高さの差が少しマシになっていました。(ddの2Hとsの48Hだと高さの差が単純計算で100倍近い差になる可能性がありました。)

また、運が悪いとまでは言いませんが、実はこのときの単結晶の測定結果は、無置換体だったのですが、シクロヘキセン部位と芳香環側がおそらく結晶化の際に区別されなかったために、正確に構造解析できませんでした。(必死のパッチでディスオーダー処理をうまくやれば、解析できる可能性もありましたが)結果的には、論文で報告しているようにメトキシ基置換体で精度良く構造解析できました。


以上、論文には書かれない研究者の裏話みたいなドラマの話はいかがだったでしょうか。

それではまた。


Catch Key Points of a Paper ~0093~

論文のタイトル: From dipivaloylketene to tetraoxaadamantanes

著者: Gert Kollenz and Curt Wentrup

出版: Beilstein Journal of Organic Chemistry

巻: 14, 1-10

出版年: 2018年 


背景

1: 研究の背景

テトラオキサアダマンタン骨格は比較的未知の化合物

これまでメチルやフェニル置換体のみが報告されていた

機能性置換基を持つ誘導体はほとんど知られていなかった

合成法も限られており、収率は低かった


2: 未解決の課題

テトラオキサアダマンタンの効率的な合成法が必要

機能性置換基を持つ誘導体の合成が課題

構造活性相関の研究が不十分

応用可能性の探索が不足


3: 研究目的

ジピバロイルケテンからの新規合成ルートの開発

ビスジオキシン経由でのテトラオキサアダマンタン合成

様々な置換基を持つ誘導体の合成 

構造と反応性の関係の解明


方法

1: 合成戦略

フラン-2,3-ジオンのFlash Vacuum Pyrolysis(FVP)によるジピバロイルケテンの生成

ジピバロイルケテンの二量化によるビスジオキシン前駆体の合成

ビスジオキシンへの求核付加反応

酸触媒による水和と環化反応でテトラオキサアダマンタンを合成


2: 主要な反応

ジピバロイルケテンの二量化反応

ビスジオキシンへのアミン、アルコール、水の付加反応

トランスアニュラー環化反応

酸触媒による脱炭酸を伴う環化反応


3: 構造解析

X線結晶構造解析による構造決定

NMR分光法による軸性キラリティーの確認

計算化学による構造最適化と反応性予測


結果

1: ビスジオキシンの合成

ジピバロイルケテンの二量化で安定なケテン3を高収率で合成

化合物3と求核剤の反応でビスジオキシン誘導体8-13を得た

アミン付加では脱炭酸が起こるが、酸性条件下では保持される

軸性キラリティーを持つビスジオキシンの合成に成功


2: テトラオキサアダマンタンの合成

ビスジオキシンの酸触媒加水分解で高収率でテトラオキサアダマンタンを合成

遊離カルボン酸基は脱炭酸されるがエステルやアミドは保持される

様々な置換基を持つテトラオキサアダマンタン20-25,28,29を合成

大環状化合物32では強い条件が必要、環状ビスジオキシン誘導体36、ビスジオキシン-p-tert-ブチルカリックス[6]-アレーン誘導体37では反応せず


3: 構造と反応性

ビスジオキシンの凹型構造が確認された

内側を向いた官能基の反応性が明らかに

環状構造では立体障害により反応性が低下

カリックスアレーン誘導体37ではテトラオキサアダマンタンを形成しなかったが、セシウムカチオン抽出能を示した


考察

1: 合成法の利点

ジピバロイルケテンからの効率的な合成ルートを確立

ビスジオキシン経由で多様な誘導体合成が可能に

高収率でテトラオキサアダマンタンを得られる

置換基の制御が容易になった


2: 構造と反応性の関係

凹型構造が特異な反応性をもたらす

内側に向いた官能基が選択的に反応

環状構造では立体障害が重要な因子に

軸性キラリティーが光学活性体合成の可能性を示唆


3: 応用可能性

ホスト-ゲスト化学への応用が期待される

イオン認識能を持つ誘導体の開発

光学活性体としての利用可能性

新規触媒や医薬品開発への展開


4: 研究の限界

大環状化合物での反応性の低下

一部の誘導体で強い反応条件が必要

軸性キラリティーの制御が課題

生物活性などの機能評価が不十分


結論

ジピバロイルケテンからテトラオキサアダマンタンへの新規合成ルートを確立

ビスジオキシン経由で多様な置換基を持つ誘導体の合成に成功

構造と反応性の関係を明らかにし、応用可能性を示唆


将来の展望

今後はキラリティー制御や機能性材料への展開が課題

2024年8月9日金曜日

超共役おさらい2018

超共役に関連する概念についてIgor V. Alabuginの2018年の総説に沿っておさらいします。

有機分子の構造や反応における超共役相互作用の役割について概説します。 軌道対称性、エネルギーギャップ、電気陰性度、分極率など、超共役効果の大きさを左右する主な要因を論じます。分光学的、立体配座的、構造的な影響を例に挙げ、超共役相互作用の寄与を過小評価することの危険性を示します。超共役は、自然結合軌道(NBO)解析、エネルギー分解解析(EDA)、ブロック局在化波動関数(BLW)法などの計算化学的手法を用いて研究されています。これらの手法により、超共役相互作用のエネルギーや軌道相互作用を定量化することができます。超共役の立体電子的性質は、分子の安定性と反応性を制御するための有効な方法です。

1. 用語の説明

 - 共役

π結合間またはπ結合とp軌道間の相互作用。

 - 超共役

σ結合とπ結合または空のp軌道間に電子の非局在化(安定化相互作用)が起こる現象のことです。例としては、エタンの回転障壁に寄与しており、ねじれ配座よりもスタッガード配座を安定化させる。これは、スタッガード配座におけるC-H結合とC-H反結合性軌道との間の有利な軌道の重なりによるもの。σ結合の超共役供与性は、結合エネルギー、結合の分極、および供与性原子上の置換基の電子供与性または電子求引性を含むいくつかの要因によって影響を受けます。

 - σ共役

σ軌道間の相互作用。多くの場合、超共役とも呼ばれる。

 - 正の超共役

電子密度の豊富なσ結合(C-H、C-Siなど)から空のπ*またはp軌道への電子供与。

 - 負の超共役

電子豊富なπ結合または孤立電子対から隣接する反結合性σ*軌道への電子供与。

 - 中性の超共役

電子供与性と電子受容性のバランスが取れた超共役相互作用。

 - ビシナル超共役

直接結合した2つの原子上の軌道間の相互作用。一方、供与性軌道と受容性軌道が1つ以上のσ結合で隔てられている場合に発生する拡張超共役という概念も知られる。

 - ホモ超共役

σ結合で隔てられた供与性軌道と受容性軌道間の相互作用。例としては、γ-効果やホモアノマー効果がある。これらの効果では、供与性軌道と受容性軌道は1つのσ結合で隔てられている。

 - 二重超共役

供与性軌道と受容性軌道の間に2つのσ結合がある場合の相互作用。例としては、δ-効果に見られ、供与性軌道と受容性軌道の間に2つのσ結合が存在します。

 - ゴーシュ効果

1,2-二置換エタンにおいて、2つの電子求引性基がゴーシュ配座を好む傾向。例としては、ゴーシュ配座における電子豊富なC-H結合と電子不足のC-X反結合性軌道との間の有利な超共役相互作用などに見られる。

 - シス効果

1,2-二置換アルケンにおいて、2つの置換基がシス配座を好む傾向。

 - ボーマン効果

π系に隣接するC–H結合の伸縮振動の赤方偏移。これは、σC–Hからπ*への超共役相互作用によるものです。

 - 赤方偏移水素結合

水素結合供与体のX-H結合の伸長と、対応するIR伸縮振動数の赤方偏移。これは、負の超共役相互作用の結果として生じます。

 - 青方偏移水素結合

水素結合供与体のX-H結合の短縮と、対応するIR伸縮振動数の青方偏移。


2. 超共役効果の大きさを制御する主な要因

 - 軌道の種類

超共役は、充填された軌道と空の反結合性軌道間の相互作用を伴います。最も一般的なタイプは、σ結合とσ*反結合性軌道間の相互作用を伴います。超共役に関与する軌道の種類は、相互作用の強さに影響を与えます。たとえば、炭素-水素結合と炭素-フッ素結合の相対的なドナー能は広く議論されてきましたが、一般に、炭素-水素結合は基底状態の中性分子では炭素-炭素結合よりもわずかに優れたドナーであると考えられています。

 - エネルギーギャップ

超共役相互作用の強さは、相互作用する軌道間のエネルギーギャップに反比例します。エネルギーギャップが小さいほど、相互作用は強くなります。たとえば、結合が引き伸ばされると、σ軌道のエネルギーは上昇し、σ*軌道のエネルギーは低下し、遷移状態ではそれぞれHOMOとLUMOになります。

 - 電気陰性度

超共役相互作用の強さは、相互作用する原子間の電気陰性度の差にも影響されます。電気陰性度の差が大きいほど、相互作用は強くなります。電気陰性度が大きくなると、σ*分極に有利な変化が生じるため、C-Xσ結合のアクセプター能が向上します。

 - 分極率

超共役相互作用の強さは、相互作用する原子間の分極率の差にも影響されます。分極率の差が大きいほど、相互作用は強くなります。分極率は、分子の電子雲が外部電場によってどれだけ容易に変形するかを表す尺度です。周期表の族では、分極率もC-Xσ結合のアクセプター能に役割を果たします。分極率は、より拡散した軌道を持つ元素、つまり周期表の下位の元素の方が高くなります。たとえば、C-X結合の極性が低下した場合でも、σ*C-Xのエネルギーが低ければ、C-X結合は依然として良好なアクセプターとして機能します。

 - 立体電子効果

超共役相互作用の強さは、相互作用する軌道間の空間的配置にも影響されます。相互作用は、軌道が互いに反ぺり平面であるときに最大になります。たとえば、アキシアル位における結合の伸長は、アキシアル位にあるアンチペリプラナーC-H結合の超共役σC-H→σ*C-H相互作用の結果として生じるため、通常のPerlin効果(シクロヘキサンでは、アキシアル水素の方が直接1H-13C結合定数が小さくなる現象)は、NMR分光法と立体電子効果との間の関連性を提供します。超共役効果は、カチオン、特にシクロヘキシルカチオンでははるかに強くなります。


3. 超共役効果が分子の構造パラメータに与える影響

 - 結合長の変化

超共役は、結合の伸長や短縮につながる可能性があります。たとえば、シクロヘキサンでは、アキシアル位のC-H結合は、アンチペリプラナーのC-H結合とσC-H軌道との間の超共役的なσC-H→σC-H相互作用の結果として、エクアトリアル位のC-H結合よりも長くなります。この結合長の変化は、Perlin効果として知られ、NMR分光法で観察できます。

 - 結合解離エネルギー

超共役は、結合を安定化または不安定化し、結合解離エネルギーに影響を与える可能性があります。たとえば、アルキルフルオリドのC-F結合解離エネルギーの傾向(Me-F < Et-F < i-Pr-F < t-Bu-F)は、σC-H→σ*C-F超共役によって説明できます。超共役は、アルキルラジカルと比較してアルキルフルオリドをより大きく安定化するため、置換基を追加すると、アルキルラジカルよりもアルキルフルオリドが安定化し、結合解離エネルギーが増加します。

 - コンフォメーション

超共役は、分子のコンフォメーションの選択にも影響を与える可能性があります。たとえば、プロペンでは、メチル基のC-H結合が隣接するビニル基のC-H結合と重なる「スタッガード」コンフォメーションよりも、「エクリプス」コンフォメーション(メチル基のC-H結合が隣接するσC-C結合と重なる)の方が安定しています。このコンフォメーションの選択は、πC=C軌道とσ*C-H軌道との間の超共役的な相互作用によって説明できます。


4. 超共役効果が分子の反応性に与える影響

 - 回転選択性

熱的シクロブテン開環反応における回転選択性(電子環状開環反応における置換基の「内側」または「外側」への回転の選択)の例は、超共役によって説明できます。この選択性は、切断されるC-C結合に関連するσおよびσと、置換基のドナーおよびアクセプター軌道との相互作用によって決まります。外側の回転では、置換基のドナー軌道と、引き伸ばされたシクロブテン結合のσ*軌道(遷移状態のLUMO)との間の相互作用が最大になります。一方、低エネルギーの空軌道を有するアクセプター置換基は、この軌道が引き伸ばされた結合のσ軌道(遷移状態のHOMO)と直接重なる内側の回転を好みます。

 - 結合形成の支援

超共役は、遷移状態における結合形成を促進することもできます。たとえば、アジド-アルキン環化付加におけるσ-アクセプターによる結合形成の超共役的支援について説明します。アルキンが曲がると、アルキンLUMO(面内π*軌道)が電子密度を獲得するため、プロパルギルアクセプターは遷移状態における結合形成を促進します。

 - ラジカルフラグメンテーション

芳香族エンインをα-Sn置換ナフタレンに変換するラジカルカスケードを完了するフラグメンテーションにおける新しい立体電子効果についても説明します。これらのカスケードの最後から2番目の中間体では、最終段階でC-C結合の開裂が起こります。フラグメンテーションの効率は、ラジカル脱離基を合理的に設計することで向上させることができます。ベンジルラジカルとδ位の孤立電子対との間の結合を介した(TB)相互作用を介して、O含有フラグメンテーション前駆体に選択的な反応物安定化が存在することが示唆されています。このようなTBカップリングには、3つの電子(Xの孤立電子対とラジカル中心)で占められた2つの非結合軌道が関与します。反応物安定化は潜在的に不活性化効果をもたらしますが、σ架橋を介したラジカルと孤立電子対の間の奇数電子TB相互作用は、遷移状態でさらに増加します。


4. 超共役相互作用を記述および定量化する異なる計算手法

 - 自然結合軌道(NBO)解析
NBO解析の背後にある中心的な概念は、電子の非局在化を測定するための手段として、完全に非局在化した波動関数と仮説的に局在化した構成との間のエネルギー差を評価することです。NBO解析では、正規化された非局在化ハートリー・フォック(HF)分子軌道(MO)および非直交原子軌道(AO)が、局在化した「自然」原子軌道(NAO)、混成軌道(NHO)、結合軌道(NBO)の集合に変換されます。この局在化基底関数系はそれぞれ完全かつ正規直交であり、最小数の充填軌道で波動関数を最も迅速に収束する形で記述します。充填されたNBOは、仮説的な厳密に局在化したルイス構造を表しています。充填されたNBOと反結合性(またはリュードベリ)軌道との間の相互作用は、分子のルイス構造からの逸脱を表しており、電子の非局在化の尺度として使用できます。これらの非局在化相互作用のエネルギーは、通常、2次摂動アプローチまたはNBO基底におけるフォック行列の対応する非対角要素の削除によって評価できます。
NBO解析は、メチルアミン、エタン、メチルボランなどのさまざまな中性分子における負、正、中性の超共役の相対的な大きさを比較するために使用できます。エタン、メチルシクロヘキサン、プロペン、トルエンなどの炭化水素の立体配座プロファイルを定義する上で犠牲的超共役の重要性の議論に応用できます。置換エタンにおけるC-H結合と隣接するC-X結合との間の非局在化相互作用の強さを調べるためにNBO解析を適用し、さまざまな元素置換基の超共役ドナーおよびアクセプター能力の傾向を確立しています。NBO解析は、窒素の孤立電子対のエネルギーと混成化に対するα-ヘテロ原子の影響を理解するためにも使用されます。さらに、シクロヘキシルカチオンの相対的な安定性から得られた洞察を通じて、σ結合のドナー能力を分析するためのツールとしての超共役異性体の有用性を強調しておきます。NBO解析を使用して、アンメリック効果を説明する際に、静電的相互作用と超共役的相互作用の相対的な重要性を評価できます。NBO解析によると、C-H結合は、シクロヘキサンおよび関連分子中のσ C-C結合よりもわずかに優れた電子供与体です。
NBO解析は、これらの種の電子的構造に関する詳細な情報を提供します。NBOエネルギー分析は、H結合アクセプターの孤立電子対からH結合ドナーのσ*X-H軌道への超共役相互作用の重要性を説明するためにも使用できます。

 - 電子の非局在化を定量化するためのNBO法を使用する際の注意事項

摂動推定の精度は、相互作用が強くなると急激に低下します。大規模な分子または軌道空間の大部分におけるすべての反結合性軌道を非活性化するグローバルNBO削除の結果は、注意して使用する必要があります。これらの問題は、NBO展開に多数のリュードベリ軌道を追加する大規模な基底関数系を使用した計算で悪化する可能性があります。NBO解析を使用して、超共役相互作用がエタナールの立体配座プロファイルにどのように関与しているかを調べ、単純な分子でも複数の「層」の共役相互作用を含む場合があります。

 - エネルギー分解分析(EDA) 

エネルギー分解分析(EDA)は、分子間または分子内フラグメント間の全相互作用エネルギーを、静電相互作用、Pauli反発、軌道相互作用などの定義されたエネルギー成分に分割することにより、超共役効果を含む様々な種類の相互作用を理解するための強力なツールです。この方法は「ゼロ次」波動関数から始まり、分子フラグメントの重複する軌道から計算されます。

 - EDAを実行するための3つのステップ

まず、分子全体が固定された形状で計算されたフラグメントを重ね合わせますが、電子的緩和は行いません。これにより、古典的な静電引力ΔEelstatが得られます。

次に、生成物の波動関数を反対称化して再正規化します。これにより、Pauli反発と呼ばれる反発項ΔEPauliが得られます。

最後に、分子軌道を最終的な形に緩和させて、安定化する軌道相互作用ΔEorbを得ます。

3つの項ΔEelstat+ΔEPauli+ΔEorbの合計は、全相互作用エネルギーΔEintになります。軌道相互作用項ΔEorbは、σ効果とπ効果を分離するのに役立つ、異なる対称性を持つ軌道の寄与に分割できます。

EDAは、超共役効果と静電相互作用の両方が、1,2-ジフルオロエタンのゴーシュ配座異性体の安定化に寄与しています。また、EDA計算により、アルケンとアルキンにおける非局在化相互作用が評価され、超共役は2つの多重結合間のπ共役の約半分の強さであると報告されています。

 - ブロック局在化波動関数(BLW)法

ブロック局在化波動関数(BLW)法は、分子軌道(MO)理論と原子価結合法(VB)理論を組み合わせたもので、超共役効果を含む電子非局在化を研究するために使用できます。 この方法では、各MO(ブロック局在化MOと呼ばれる)の展開を、MO理論のようにすべてのMOがすべての原子軌道の組み合わせになることを許すのではなく、あらかじめ定義された部分空間に限定することで、局在化した(断熱的な)状態の波動関数を定義します。 異なる部分空間に属するブロック局在化MOは、一般に非直交です。 断熱状態のBLWは自己無撞着に最適化され、断熱状態は、いくつかの(通常は2つまたは3つの)断熱状態の波動関数の組み合わせです。 


5. 超共役相互作用の寄与を過小評価することの危険性を示す具体例

 - エタンの回転障壁

エタンの回転障壁は、伝統的に立体反発によって説明されてきましたが、実際には、超共役が主要な役割を果たしています。立体反発を取り除いても、超共役相互作用のためにねじれ形配座が有利であることを示唆する計算研究について説明します。エタンの回転障壁の原因であるスタッガード配座の約 3 kcal/mol 低いエネルギーの原因は、通常、重なり合った配座の C–H 結合の電子間の立体反発によるものとされています。あるいは、回転によって誘発される中央の C–C 結合の弱化と超共役が、スタッガード配座の安定性が高い理由であると考えられてきました。マリケン自身も、1939 年にはすでに、超共役がエタンのような分子の内部回転ポテンシャルに重要な役割を果たしていると推測していました。2001年の論文で、Pophristic と Goodman は NBO 解析を使用して、エタンの好ましい構造に対する 3 つの主な寄与を分析し、立体的相互作用と超共役相互作用を分離しました。彼らは、近接する超共役相互作用を除去すると、好ましい配座として重なり合った構造が得られるのに対し、パウリ交換 (立体的) および静電 (クーロン的) 反発は、ねじれ配座の好みには影響を及ぼさないことを発見しました。ねじれ配座における超共役の優先性は、アンチペリプラナーの立体電子的要請に起因します。この例は、超共役が分子の立体配座に及ぼす影響を過小評価すると、分子の形状と結合に関する誤った結論につながる可能性があることを示しています。

 - アルキンにおける共役安定化

従来の評価方法では、アルキンにおける共役安定化がゼロであると誤って結論付けられる可能性があることを示唆する研究について説明します。従来の方法で評価した場合、アルキンの超共役はアルケンの超共役の 2 倍の大きさであり、ブタジエンとブタジインの共役安定化は、1-ブテンと 1-ブチンの超共役安定化によって部分的に補償されるという洞察です。これは、参照化合物が超共役によって大きく安定化されているためですが、これらの超共役相互作用は、1,3-ブタジインの共役安定化を完全に隠すほど大きいです。 2005年の論文で、Frenking らはアルケンとアルキンの非局在化相互作用の EDA ベースの評価を提供し、2 つの多重結合間の超共役は π 共役のおよそ半分の強さであると報告しました。プロペンとそのトリメチル置換誘導体 H2C=CHCMe3 の超共役の計算値は、オレフィン二重結合による C-H および C-C 結合の超共役安定化がアルキン三重結合の半分の強さであることを示唆します。その結果、1-プロピンや 4,4-ジメチル-1-ブチンなどのアルキル置換アルキンの縮退 π システムの超共役安定化は、1,3-ブタジエンの共役安定化と同じくらい強いです。この例は、熱力学的データを使用して電子効果を推定する場合、超共役を考慮することが不可欠であることを示しています。超共役を無視すると、共役安定化の程度が不正確に評価される可能性があります。

 - プロペンの立体配座挙動

プロペンは、メチル基のC-H結合が隣接するC-C結合と重なる「重なり形」配座を優先します。この優先配座は、エタンのねじれ形配座に類似しており、超共役相互作用によって説明できます。この例は、超共役が、一見、単純なアルケンの配座優先性に影響を与える可能性があることを示しています。超共役を無視すると、このようなシステムの構造的優先性と、それに関連する分光学的特性を理解することができなくなります。


6. まとめ

超共役相互作用は、有機分子の挙動を理解するための基本的な概念です。これらの相互作用は、分子の構造、安定性、反応性に大きな影響を与え、分子の構造と反応性の複雑な関係の背後にあるわずかな電子効果を理解するための枠組みを提供します。これらの例は、分光法、立体配座分析、構造効果の解釈において、超共役を考慮することの重要性を浮き彫りにしています。超共役の寄与を過小評価すると、化学結合、分子構造、反応性の理解が不完全になりかねません。これらの相互作用の重要性を認識することは、有機化学の分野における洞察に富んだ予測を行い、分子システムの設計と操作のための新しい道を切り開くために不可欠です。

2024年8月7日水曜日

Catch Key Points of a Paper ~0092~

論文のタイトル: Smart Contact Lenses with Graphene Coating for Electromagnetic Interference Shielding and Dehydration Protection(スマートコンタクトレンズのグラフェンコーティングによる電磁波干渉シールドと脱水保護)

著者: Sangkyu Lee, Insu Jo, Sangmin Kang, Bongchul Jang, Joonhee Moon, Jong Bo Park, Soochang Lee, Sichul Rho, Youngsoo Kim,* and Byung Hee Hong*

出版: ACS Nano

巻: 11, 6, 5318–5324

出版年: 2017年

 

背景

1: 研究背景

グラフェンは優れた電気的・機械的特性を持つ2次元炭素材料

電磁波吸収性と気体不透過性に優れている

スマートコンタクトレンズへの応用が期待される

電磁波シールドと脱水保護が重要な課題


2: 未解決の問題点

スマートコンタクトレンズの電磁波シールド機能が不十分

長時間装用による目の乾燥が課題

柔軟で生体適合性のある電極材料が必要

グラフェンの特性を活かした解決策が求められる


3: 研究の目的

グラフェンコーティングによるコンタクトレンズの機能向上

電磁波シールド効果の実証

脱水保護効果の検証

グラフェン電極を用いたLEDデバイスの実装


方法

1: グラフェンコーティング方法

CVD法による大面積高品質グラフェンの合成

PMMAを支持層としたウェットトランスファー法

コンタクトレンズ曲率に合わせたテンプレートの使用

アセトンによるPMMA除去と生理食塩水での形状回復


2: 評価方法

光学顕微鏡とSEMによる形態観察

ラマン分光法によるグラフェン品質評価

4端子法による電気特性測定

透過率測定による光学特性評価


3: 電磁波シールド効果の検証

電子レンジを用いた卵白への電磁波照射実験

赤外線カメラによる温度変化の観察

グラフェンコーティングの有無による比較


4: 脱水保護効果の評価

水蒸気透過率(WVTR)測定実験

38℃のホットプレート上での重量変化測定

グラフェンコーティングの有無による比較


結果

1: グラフェンコーティングの特性

シート抵抗: 593 Ω/sq (±9.3%)

透過率: 550 nmで2.3%の減少(目視では確認困難)

ラマンスペクトル: 単層グラフェンの特徴を確認


2: 電磁波シールド効果

グラフェンコーティングにより卵白の熱変性が大幅に減少

赤外線画像: グラフェンレンズの温度が約45℃まで上昇

通常のレンズはほとんど温度変化なし


3: 脱水保護効果

7日後の重量減少: 通常レンズ0.8268g、グラフェンレンズ0.5535g

水蒸気透過率(WVTR): グラフェンコーティングにより約30%低下

グラフェンの気体不透過性による脱水保護効果を確認


考察

1: 電磁波シールドメカニズム

グラフェンの電子が外部磁場に応答して振動

電磁波エネルギーを効率的に吸収し熱として散逸

眼球内部への電磁波到達を抑制する効果


2: 脱水保護効果の意義

コンタクトレンズ装用時の乾燥症状を軽減できる可能性

グラフェンの欠陥最小化やマルチレイヤー化で更なる向上の余地

長時間装用に適したコンタクトレンズの開発につながる


3: グラフェン電極の可能性

パターニングしたグラフェン電極でLEDデバイスを実装

9Vで動作を確認、電極としての機能性を実証

ウェアラブルデバイスへの応用可能性を示唆


4: 研究の限界

長期的な安全性や生体適合性の評価が必要

実際の装用環境下での性能評価が今後の課題

大量生産プロセスの確立が実用化には不可欠


結論

グラフェンコーティングによりコンタクトレンズの機能を向上

電磁波シールド効果と脱水保護効果を実証

スマートコンタクトレンズのプラットフォームとして有望


将来の展望

今後のウェアラブル技術への応用が期待される

2024年8月6日火曜日

Catch Key Points of a Paper ~0091~

論文のタイトル: Guanidinium 5,5'-Azotetrazolate: A Colorful Chameleon for Halogen-Free Smoke Signals

著者: Teresa Küblböck, Gaspard Angé, Greta Bikelytė, Jiřina Pokorná, Radovan Skácel, Thomas M. Klapötke*

出版: Angewandte Chemie International Edition

巻: 59, 12326-12330.

出版年: 2020年 


背景

1: 研究の背景

カラースモークは昼間の花火や写真撮影、ファッションショーで人気

一般の人々も使用するため、安全性と環境への影響が重要

軍事利用では地上-地上、地上-空中の通信手段として使用

環境・健康への影響を減らした「次世代火工品」の必要性


2: 既存の煙信号の問題点

従来の煙信号は有機染料、硫黄、塩素酸カリウムなどで構成

硫黄の燃焼で有害なSO2が生成

塩素酸カリウムは反応性が高く、自然発火の危険性

塩素酸塩と有機物の組み合わせで発がん性物質が生成


3: 研究の目的

ハロゲンフリーの多色煙信号システムの開発

窒素含有量の高いグアニジニウム5,5'-アゾテトラゾラート(GZT)の活用

安全性が高く、環境への影響が少ない煙信号の実現


方法

1: 研究アプローチ

GZTと各種染料を組み合わせた2成分系煙混合物の開発

白、赤、紫、黄、緑、青の煙色を目指す

従来の塩素酸塩ベースの配合との性能比較


2: GZTの特性評価

エネルギー特性の評価(感度、分解温度など)

白煙生成能力の検証

燃焼時間、燃焼速度の測定


3: カラースモークの評価

GZTと染料の最適な配合比の決定(85% GZT + 15% 染料)

燃焼特性(燃焼時間、燃焼速度)の測定

煙の質(エアロゾル質量、収率因子、染料移行率)の評価


結果

1: GZTの特性

分解温度: 239°C

衝撃感度: 35 J(非感度)

白煙生成: 654 mg エアロゾル, 32% 収率因子


2: カラースモークの性能

燃焼時間: 24-29秒 (従来品: 13-21秒)

収率因子: 35-38% (従来品: 32-36%)

エアロゾル質量: 715-783 mg (従来品: 642-729 mg)


3: 染料移行率

GZTシステム: 55-56%

従来品: 73-86%

GZTシステムは染料含有量が半分(15%)であることに注意


考察

1: GZTシステムの利点

ハロゲンフリーで環境への影響が少ない

高い分解温度と非感度性により安全性が向上

単一成分で使用可能で製造プロセスが簡略化


2: 性能比較

収率因子とエアロゾル質量は従来品と同等

燃焼時間が長く、よりゆっくりとした煙の生成

染料移行率はやや低いが、染料含有量の差を考慮する必要あり


結論

GZTを用いたハロゲンフリーの多色煙信号システムの開発に成功

従来品と同等の性能を保ちつつ、安全性と環境への配慮を実現

火工品の新しい研究領域を開拓し、より安全で持続可能な煙信号の可能性を示した


将来の展望

染料含有量の増加による色彩の改善

他の窒素含有量の高い化合物の探索

燃焼生成物の毒性評価

2024年8月5日月曜日

Catch Key Points of a Paper ~0090~

論文のタイトル: Photonic crystals cause active colour change in chameleons(カメレオンの活性色変化を引き起こすフォトニック結晶)

著者: Jérémie Teyssier, Suzanne V. Saenko, Dirk van der Marel, Michel C. Milinkovitch

出版: Nature Communications

巻: 6:6368

出版年: 2015年 


背景

1: 研究の背景

カメレオンは鮮やかな色変化能力で知られる

従来、色素含有細胞内の色素顆粒の分散・凝集によると考えられていた

構造性色彩の関与も示唆されていたが、メカニズムは不明だった

パンサーカメレオンを対象に、色変化のメカニズムを解明する研究を実施


2: 未解決の問題点

カメレオンの急速な色変化のメカニズムが十分に解明されていない

構造性色彩の具体的な仕組みが不明

色変化と体温調節の関係性が不明確


3: 研究の目的

パンサーカメレオンの皮膚構造を詳細に分析

色変化のメカニズムを分子レベルで解明

構造性色彩と体温調節の関連を調査


方法

1: 研究手法の概要

組織学的分析

透過型電子顕微鏡(TEM)による観察

ラマン分光法による色素分析

光学モデリングによるシミュレーション


2: サンプリングと分析

オスのパンサーカメレオンから皮膚サンプルを採取

興奮状態と平常状態の皮膚を比較分析

イリドフォア(虹色素胞)の構造を詳細に観察


3: 光学特性の測定

RGB測光法による皮膚色の定量化

反射率測定による光学特性の評価

単一細胞のビデオグラフィーによる色変化の観察


4: データ解析

グアニン結晶のサイズと配置の測定

フーリエ変換による結晶構造の分析

フォトニックバンドギャップモデリングによる光学応答のシミュレーション


結果

1: 皮膚構造の発見

カメレオンの皮膚に2層のイリドフォアを発見

表層(S-イリドフォア):小さな球状グアニン結晶を含む

深層(D-イリドフォア):大きな板状グアニン結晶を含む


2: S-イリドフォアの機能

S-イリドフォアのグアニン結晶が三角格子を形成

結晶間距離の変化により反射波長が変化

結晶間距離:平常時130nm → 興奮時180nm

結晶間距離の変化が急速な色変化を引き起こす


3: D-イリドフォアの機能

D-イリドフォアは近赤外線を強く反射

太陽光の45%を反射し、体内への吸収を抑制

体温調節に重要な役割を果たす可能性


考察

1: 色変化メカニズムの解明

S-イリドフォアのグアニン結晶格子がフォトニック結晶として機能

結晶間距離の能動的制御により、反射色が変化

これまで考えられていた色素顆粒の分散・凝集説を覆す新発見


2: 体温調節機能の発見

D-イリドフォアによる近赤外線反射は、過度の熱吸収を防ぐ

カメレオンの乾燥・高温環境への適応を可能にした可能性

色変化と体温調節の両立を実現する進化的新規性


3: 他の爬虫類との比較

2層のイリドフォア構造はカメレオン科に特有

他の爬虫類では単層のイリドフォアのみ観察される

カメレオンの特殊な生態的ニッチへの適応を示唆


4: 研究の限界

研究対象がパンサーカメレオンに限定

他のカメレオン種での検証が必要

イリドフォアの分子制御メカニズムは未解明


結論

カメレオンの色変化は、S-イリドフォアのフォトニック結晶による

D-イリドフォアは体温調節に重要な役割を果たす

2層イリドフォア構造は、カメレオンの進化的新規性

効果的なカムフラージュと派手な表示の両立を可能にした


将来の展望

今後は分子制御メカニズムの解明が課題

2024年8月4日日曜日

精密有機合成化学再考~その1~

精密有機合成化学における重要概念をおさらいします。

1. フロンティア分子軌道論(FMO)の導入
FMOとは何で、なぜ重要なのか?
FMO理論によると、反応する分子の最高被占軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)の相互作用が、反応の遷移状態を安定化させる上で非常に重要です。

福井謙一の仮説:「化学反応の過程において、反応種のHOMOとLUMOの相互作用が、遷移構造の安定化に非常に重要である。」

FMO理論は、有機化学者が反応のメカニズムや選択性を予測する際に役立ちます。例えば、求核剤のHOMOと求電子剤のLUMOの相互作用を考えることで、反応の起こりやすさや生成物の構造を予測できます。

2. 超共役
超共役とは何で、どのように分子を安定化させるのか?
超共役は、隣接する結合軌道とp軌道の相互作用のことです。これは分子、特にカルボカチオンを安定化させる重要なメカニズムです。

超共役の立体電子的要件:「相互作用する軌道間のsyn-planar配向が必要である。」

例えば、カルボカチオンの場合、C-R結合の電子が電子不足の炭素中心を安定化させます。これは分子軌道の観点から、σC-R軌道とカチオン中心のp軌道の線形結合として説明されることもあります。

3. 軌道の重なりと結合強度の関係
結合の強さ(結合解離エネルギー)は何によって決まるのか?
結合の強さは、共有結合の寄与とイオン性の寄与の和で決まります。

結合の強さ:「結合解離エネルギー(BDE)= ΔEcovalent + ΔEionic

例えば、C-C結合とC-Si結合を比較すると、H3C-C3HのBDE > H3C-Si3HのBDEであり、C-C結合の方がC-Si結合よりも強いことから、一般に以下のように説明されることがあります。

軌道の重なりと結合の強さ:「同程度のエネルギーを持つ軌道間の重なりは、エネルギーの異なる軌道間の重なりよりも効果的である。」

4. 混成軌道と電気陰性度の関係
混成軌道と電気陰性度にはどのような関係があるか?
混成軌道におけるs軌道の割合(%S性)と電気陰性度には直接的な関係があります。

例えば:
- sp3混成炭素(25% S性)
- sp2混成炭素(33% S性)
- sp混成炭素(50% S性)

S性が増加するにつれて、電気陰性度も増加します。これは、s軌道が核に近いため、最外殻電子から見る有効核電荷がより高くなるためです。

「S状態の電子から見る核電荷はP状態の電子より大きくなる」

5. 化学反応を支配する普遍的効果(立体効果、電子効果、立体電子効果)
立体電子効果とは何か?どのように化学反応に影響するか?

立体電子効果は、軌道の重なりによって基底状態や遷移状態に課される幾何学的制約のことです。これは反応の立体選択性に大きな影響を与えます。

反応の立体化学的結果に対する電子効果の影響:「E2脱離反応では、脱離基と引き抜かれる水素がアンチペリプラナー配座をとる方が、同じ側の配置よりも有利である」

これは、アンチペリプラナー配座の方が軌道の重なりが良いためです。

~再考~
精密有機合成化学における重要概念はまだまだありますが、初回は5つを紹介しました。5つの概念のうちの1つ、軌道の重なりと結合強度の関係について、再考します。
まず初めに、量子化学計算ソフトのORCAを使って、種々の原子・分子について計算を行い、以下の表を作成しました。
構造最適化: RI-MP2 cc-pVTZ cc-pVTZ/C TIGHTSCF
一点計算: DLPNO-CCSD(T) cc-pVTZ cc-pVTZ/C TightPNO TightSCF

BDEkJ/molElectronegativity
E(0)E(TOT)CCSDCCSD(T)H2.20diffC-E
H3CLi-80.46-189.11-189.11-197.65Li0.981.57
H3CBeH-297.05-405.80-405.80-413.41Be1.570.98
H3CBH2-353.31-444.77-444.77-453.29B2.040.51
H3CCH3-299.01-390.19-390.19-400.05C2.550.00
H3CNH2-260.05-361.78-361.78-372.71N3.04-0.49
H3COH-267.05-386.48-386.48-398.68O3.44-0.89
H3CF-316.61-451.68-451.68-463.57F3.98-1.43
E(0)E(TOT)CCSDCCSD(T)
H3CNa-12.11-123.81-123.81-133.89Na0.931.62
H3CMgH-170.18-274.70-274.70-282.96Mg1.311.24
H3CAlH2-257.02-341.84-341.84-349.43Al1.610.94
H3CSiH3-290.89-369.69-369.69-377.35Si1.900.65
H3CPH2-222.03-298.12-298.12-307.59P2.190.36
H3CSH-220.78-305.94-305.94-317.11S2.58-0.03
H3CCl-249.35-337.37-337.37-349.04Cl3.16-0.61
E(0)E(TOT)CCSDCCSD(T)
H3CGaH2-233.45-331.24-331.24-339.82Ga1.810.74
H3CGeH3-252.00-341.00-341.00-349.29Ge2.010.54
H3CAsH2-187.38-273.75-273.75-283.61As2.180.37
H3CSeH-187.09-344.58-278.28-289.28Se2.550.00
H3CBr-207.48-299.82-299.82-311.12Br2.96-0.41
BDEkJ/molElectronegativity
E(0)E(TOT)CCSDCCSD(T)H2.20deffSi-E
H3SiLi-114.80-205.37-205.37-210.62Li0.980.92
H3SiBeH-241.77-331.79-331.79-336.49Be1.570.33
H3SiBH2-278.49-358.03-358.03-363.90B2.04-0.14
H3SiCH3-290.89-369.69-369.69-377.35C2.55-0.65
H3SiNH2-338.23-423.14-423.14-430.92N3.04-1.14
H3SiOH-401.85-504.52-504.52-513.32O3.44-1.54
H3SiF-487.59-607.72-607.72-615.99F3.98-2.08

たしかにC-C結合とC-Si結合を比較すると、H3C-C3HのBDE: -400 kJ/molに対し、H3C-Si3HのBDE: -377 kJ/molとなっており、C-C結合の方がC-Si結合よりも強いです。
ただ、軌道の重なりと結合の強さに関する言説は、「ただし、炭素との結合に限る」と言っておいたほうが良いかもしれません。
また、BDEの大小の比較について、同族で比較すると、確かに高周期元素のほうがBDEが弱くなります。ただ、第3周期と第4周期元素間の差は、第2周期と第3周期の対応する各元素間の差に比べると、縮小しています。同周期で比較してみると、第2周期と第3周期のそれぞれで、C-Li結合とC-Na結合が最小なのはさもありなんといったところでしょうか。一方の最大はというと、第2周期ではC-F結合、第3周期ではC-Si結合、第4周期ではC-Ge結合となっています。

それにしても溶媒効果とか入れてないとはいえ、H3C-Naの結合めちゃくちゃ弱いですね。あと、H3C-LiのBDE: -198 kJ/molに対し、H3Si-LiのBDE: -211 kJ/molとなっており、Si-Li結合の方がC-Li結合よりも強くなっているのは、Liの原子半径が大きいことが影響しているっていう解釈でいけば、軌道の重なりと結合の強さに関する言説とは矛盾しないという解釈で良いのかなと。
一方、Si-N、Si-O、Si-F結合も、C-N、C-O、C-F結合よりも強くなっていますが、こちらは単純に電気陰性度の差が大きい方がイオン結合性が増すので、BDEとしては大きくなったと解釈しました。

以上

再考パートは車輪の再発明っぽい雰囲気が出ていますが、色々とちゃんと考えてみると、自分の中でちゃんと分かってないことが多いという再認識を得たので、このあたりの内容はまた別途深堀りします。