梅雨も開けて暑い夏をお過ごしかと存じます。
自分の中では久々に思い入れのある研究が論文になったので、自分語りしようと思いました。
まず、単刀直入に言いたいのは、やっぱり対称性が高い構造が好きだということ。
対称性を高低で語るなんて、主観入ってるんじゃないの?と言われることもありますが、よろしいならばIan Nicholas Stewart博士の著作を読んだ上で反論があるなら徹底的に討論してやろうじゃないかという気持ちでございます。
この対称性によって、研究をする上で助けられることが多々あります。一方で、対称性という神秘的な先入観に縛られて苦しめられることもあります。
理論計算する上では対称性を考慮することで、計算にかかる時間を大幅に削減できますし、NMRシグナルの解析なんかはまさに対称性を考える場面のオンパレードで分かることや得られる情報の多いこと。一方で、単結晶を測定するとよく分かりますが、常温のNMR測定では対称性を保っていた分子が低温では崩れてしまう場合がよくあります。(だがそれもいい)
なんでそんな対称性の話なんかいきなりし始めたのかというと、この度公開されたTetraborylation of p-Benzynes Generated by the Masamune–Bergman Cyclization through Reaction Design Based on the Reaction Path Networkの論文には書かれない有機合成化学者のドラマに少なからず、つながってきますので、暫しお付き合いください。
多少盛った話になるのは関西人の御愛嬌ということで。
今回の反応は同業者の方ならコロンブスの卵的な発想の至極単純な作業仮説からきています。正宗・バーグマン環化の反応性中間体であるp-ベンザインビラジカル種を水素以外の元素で補足できないかということ。この仮説を検証すべく理論計算と実験の両面から最先端の技術を駆使して挑んだというのが今回の研究になります。
今回この反応を開発する上で、実験条件や反応条件を決めていく上で、人工力誘起反応法(AFIR)と化学反応経路自動探索プログラムGRRMを大いに活用させていただきました。
正宗・バーグマン環化の活性化障壁を実験前に推定するのに、AFIRがめちゃくちゃ役立ちました。また、反応性中間体であるp-ベンザインビラジカル種を何で補足するのが良いかの推定にも、AFIRとGRRMが役立ちました。普通は体感の時間コストで(週5日、8時間労働とする)、実験でスクリーニングして、初期条件固めるための基質の選択、反応剤の選択、溶媒の選択、温度や諸々の条件を固めようと思ったら、それだけで少なくとも1ヶ月位はかかると思います。(なお、マッチョな有機合成化学者は週7日16時間労働しているので、10日くらいで条件が決まる)
初期条件固めるためのイニシャル時間コストが下がるだけでも嬉しいのに、今回のミソである”反応性中間体であるp-ベンザインビラジカル種を何で補足するのが良いかの推定”にも、大いに役立ったものですから、
これはもう本当にたまらんですね。
初期条件を固めた後は、粗生成物をNMR測定してからカラムで単離を試みていましたが、粗生成物NMRの時点で多少除去しているとはいえ、B2pin2を基質の8倍使っているので、メチル基8つ分の24HがNMRではすべて等価なので、singletがズドン!と出ます。
これが厄介なので、溶媒留去と同時にある程度除去した上で、カラムにかけていました。その時はまだ4重ホウ素化体が本当にできているなど知る由もなく、2重ホウ素化体を追いかけています。
しかし、諸先生方のお知恵もお借りしながら反応条件を最適化しているはずなのに、2重ホウ素化体のGCとNMR粗生成物測定時の収率がすぐに頭打ちになってしまい増えない。しかも、基質の大半が反応後どこへ消えたかも分からない。。。と頭を抱え始めます。
マスバランス(最初に入れた試薬の量とGCとNMR収率から逆算した総量)が合わないのは、非常に具合が悪い。ましてや、このような溶媒と基質を含めて化合物が3種類しかない条件で。
ところが、ここでいくつかおかしなことが起きます。
何度か実験を重ねていると、カラムで単離してみるとどうでしょう。単離後の2重ホウ素化体の収率がNMR粗生成物測定時に比べて多くなる。単離したはずなのにB2pin2が残っている。でも、2回目のカラムをかけるとB2pin2は除去できる。
いくつかの仮説を立て始めます。粗生成物NMRの時点で多少除去しているとはいえ、B2pin2が残りすぎていて、NMR収率が過小評価されてるのでは?とか、1回目はB2pin2が多いので、カラムでテーリングして全体に流出してるのでは?とか、それらしい理由をこじつけていました。
そこで次の策を立てます。B2pin2が残りすぎているなら、溶媒留去と同時にしっかりと昇華させて、大半を除去してしまおう。これが実験手順の”After the solvent and B2pin2 was removed under reduced pressure (<10 Pa) at 50°C and 80 °C, respectively, ”に相当します。この粗生成物でカラムをかけてフラクションを分けて濃縮したところで、バイアルに移して帰ります。
すると、未知のフラクションから単結晶が出ていました。
すぐさま単結晶測定の時間を予約して、測定室へ向かいます。このとき、幸運だったことが1つあります。それが、事前に2重ホウ素化体の単結晶を測定していたときに、今回の分子の特性についてある程度把握していたことでした。それは、通常の単結晶測定用の高粘度オイルでは、簡単に結晶が粉々になること、いきなり低温に下げると、やはり粉々になること。この2点にそれぞれ対策して、初手から挑めたのはホンマにデカかった。プレパラート上に結晶を移し、顕微鏡で数十~数百ミクロン程度の結晶の集まりの中から、美しい1粒を選びぬき、その1粒を数十ミクロンの程度の穴が空いたループの上にすくい上げます。
測定器に乗せ、まずは常温のまま測定します。最近のRigaku様のハイエンドモデルでは測定中にもある程度構造を解析して、分子の形を出してくれます。
以下は実際の動画とは異なりますが、イメージが伝われば幸いでございます。
しばらくすると、その構造が現れます。そこにはこの時点では予想だにしていなかった4重ホウ素化体と思しき姿が写っていました。すぐさま写真をグループに共有して、自分は測定に使用しなかった残りの何粒もの結晶を溶媒から除いて洗い乾燥してNMRサンプルを調整しました。
段々と、すべてのピースがつながっていきます。
測定すると、2重ホウ素化体同様の対称性の高そうに見えるNMRシグナル、ナフタレンより高磁場シフトした芳香環のシグナル、同様に高磁場シフトしたシクロヘキセン部位のシグナル、48H分に相当するわずかに頭の割れた大きなシグナルが観測されました。
ここでも運が良かったのは、48H分に相当する大きなシグナルがわずかに頭が割れていたおかげで、芳香環のddで割れた各2Hのシグナルとの高さの差が少しマシになっていました。(ddの2Hとsの48Hだと高さの差が単純計算で100倍近い差になる可能性がありました。)
また、運が悪いとまでは言いませんが、実はこのときの単結晶の測定結果は、無置換体だったのですが、シクロヘキセン部位と芳香環側がおそらく結晶化の際に区別されなかったために、正確に構造解析できませんでした。(必死のパッチでディスオーダー処理をうまくやれば、解析できる可能性もありましたが)結果的には、論文で報告しているようにメトキシ基置換体で精度良く構造解析できました。
以上、論文には書かれない研究者の裏話みたいなドラマの話はいかがだったでしょうか。
それではまた。
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