論文のタイトル: Detection and Characterization of Hydride Ligands in Copper Complexes by Hard X-Ray Spectroscopy(硬X線分光法による銅錯体中の水素化物配位子の検出と特性評価)
著者: Lorena Fritsch, Pia Rehsies, Wael Barakat, Deven P. Estes, Matthias Bauer
出版: Chemistry - A European Journal
出版年: 2024
背景
1: 研究背景
遷移金属錯体、特に銅水素化物は触媒プロセスで重要な役割を果たす
CO2水素化の潜在的触媒として銅水素化物の幾何学的・電子的性質の理解が必要
従来のNMR法では気固反応の研究に限界がある
過酷な反応条件下での水素化物種の検出に新たな分光法が求められている
2: 研究目的
硬X線分光法を用いた銅水素化物の電子状態・構造解析手法の確立
高エネルギー分解能X線吸収端近傍構造(HERFD-XANES)の可能性を実証
価電子-内殻X線発光分光(VtC-XES)による水素化物配位子の同定
理論計算を用いた実験結果の裏付けと解釈
3: 対象化合物
Stryker試薬 (Cu6H6)
[Cu3(μ3-H)(dpmppe)2](PF6)2 (Cu3H)
ICu(dtbppOH) (Cu-I、非水素化物対照化合物)
理論計算用モデル化合物: Cu6, Cu3, Cu-H
方法
1: 実験手法
試料: BNで希釈し、ウエハーに圧縮、Kaptonテープで密閉
測定: DESY(Deutsches Elektronen Synchrotron)のビームラインP64で実施
高エネルギー分解能蛍光検出X線吸収端近傍構造(HERFD-XANES): 入射エネルギーをスキャン
価電子間X線発光分光法(VtC-XES): 固定入射エネルギー9300 eV
測定温度: 90 K (N2クライオスタット使用)
2: 理論計算手法
ソフトウェア: ORCA version 5.0.3
構造最適化: PBEh-3c複合スキーム
XANES計算: 時間依存密度汎関数理論(TD-DFT)
VtC計算: 密度汎関数理論(DFT)
汎関数: XANES - TPSSh, VtC - TPSS
基底関数: def2-TZVP (Cu中心はCP(PPP))
結果
1: HERFD-XANES結果
8983 eV (I)と8985 eV (II)に2つの特徴的なシグナル
Iのシグナル強度: Cu-I > Cu3H > Cu6H6
IIのシグナル強度: ほぼ一定(約0.5)
シグナルIの強度は配位幾何学に依存
平面構造で強度が高く、四面体構造で低い
2: VtC-XES結果
A: 8979 eV付近の強いシグナル (Cu 3dと配位子pの結合軌道)
B: 8976 eV付近のショルダー (水素化物配位子に特徴的)
C: 8972 eV以下の弱いクロスオーバー領域
水素化物含有錯体(Cu6H6, Cu3H)でBのシグナルが顕著
3: 実験と理論計算の比較
HERFD-XANESスペクトルの良好な再現性
VtC-XESスペクトルも実験結果をよく再現
水素化物を含む錯体と含まない錯体の理論計算比較
8975 eV付近の水素化物由来シグナルを確認
考察
1: HERFD-XANESの解釈
シグナルIとIIは主に1s→4p遷移に起因
シグナルIの強度は配位幾何学に強く依存
平面構造: 4px軌道の安定化によりシグナルI強度が増加
四面体構造: 4p軌道の縮退によりシグナルI強度が低下
水素化物配位子の直接的な情報は限定的
2: VtC-XESの解釈
シグナルA: Cu 3dと配位子pの結合軌道からの遷移
シグナルB: 水素化物配位子に特徴的なショルダー
理論計算により水素化物由来のシグナルを確認
Cu6H6でより顕著な水素化物シグナル (高い水素化物含有率)
3: 硬X線分光法の有用性
HERFD-XANES: 配位幾何学の変化を検出可能
VtC-XES: 水素化物配位子の同定に有効
両手法の組み合わせによりHOMOとLUMOの情報を取得
過酷な反応条件下での in situ・operando測定に適用可能
4: 研究の限界点
HERFD-XANESによる水素化物の直接検出は困難
理論計算モデルの簡略化 (Cu6, Cu3)
実験データと理論計算の完全な一致は困難
他の遷移金属水素化物への適用性は未検証
結論
硬X線分光法による銅水素化物の特性評価手法を確立
HERFD-XANES: 配位幾何学の変化を検出
VtC-XES: 水素化物配位子の同定に有効
理論計算との組み合わせで詳細な電子状態解析が可能
将来の展望
触媒反応機構解明への応用が期待される
他の遷移金属水素化物への適用拡大が今後の課題
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